カテゴリー「映画」の4件の記事

2018年2月17日

(このブログは「控え」であり,メインのブログではありません)

 ブログ記事の更新を長期間サボっていたら,Google検索などで“三日画師”を検索したときのランクが下がってしまったらしく,メインのブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』よりも,名前を付けたこっちのブログのほうが上位に表示されてしまうようになった。

 以前は『写真撮っけど,さすけねがい?』を見てくれていた人が,検索結果上位にある『三日画師のかすかだり』を見て,

 「最近ブログの傾向を変えた?」
 「以前とは全然違ったブログになったね」

という反応をしてきたので,とりあえずメインブログへのリンクを冒頭に置くことにしてみた。

 私のメインブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』は下記になります。

_01
https://mikkagashi.cocolog-nifty.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月 7日

大東亜戦争中のニコン戸塚製作所内の映像

 Video of a Nippon Kogaku optics factory from the 1940s(2016年8月6日 Nikon Rumors)

 This video footage is made up of excerpts taken from a Japanese war-time film. The film has a patriotic agenda and is titled 'Ichiban Utsukushiku' (The Most Beautiful). Directed & written by Akira Kurosawa (regarded as one of the most important and influential filmmakers in the history of cinema), the footage shows what an early Nippon Kogaku (NIKKO/Nikkor/Nikon) optics factory and the working conditions looked like in the 1940s.

 Nikon Rumorsで,大東亜戦争中に日本光学工業(現在のニコン)戸塚製作所内で撮影された黒澤明監督の映画『一番美しく』の映像が紹介されている。

Photo

 日本映画専門チャンネルで『一番美しく』が放送されたときに,女工さんがレンズを研磨するシーンや光学検査をするシーン,そして明らかに戸塚大踏切と思われるシーンが気になり,画面キャプチャーを繰り返したので,ここで紹介したい。

Photo_2
 この映画は情報局選定の国民映画で1944年(昭和19年)に公開された。大東亜戦争中に制作された映画であり,表向きは戦意発揚のための作品で,光学機器の軍需工場で働く女子挺身隊の工員たちが身を粉にしてお国のために働くという内容である。

 女工さんの一人が体調を崩し,田舎に帰るように説得されるのだが,本人は「帰りたくない」「働きたい」と懇願するのである。黒澤明といえども,戦時中に戦争を否定する映画は撮れない。しかし,一生懸命に働くシーンのBGMには「星条旗よ永遠なれ」の作曲家でもあるジョン・フィリップ・スーザの行進曲が使われているあたり,実は反戦映画だとする意見もあるようだ。

Photo_3
 レンズ研磨室。壁には「軍神につづけ!」の横断幕がある。軍神というのは,戦場で散った戦死者のことだ。
 工場内のシーンは,全編にわたって実際に稼働している日本光学戸塚製作所で撮影されているので,実に臨場感がある。

 私は以前に某製品の開発業務で,評価試験を行っては試験サンプルの断面写真を撮るためにサンプルを樹脂で固め,鏡面になるまで研磨して,顕微鏡で観察するというような仕事を毎日のように続けたことがあって,レンズ研磨のシーンは妙に懐かしかった。回転する研磨機でサンプルを研磨しているうちにうとうとと居眠りしてしまい,サンプルをはじき飛ばしてしまったことも一度や二度じゃなかった。

Photo_4
 日本光学戸塚製作所は「東亜光学平塚製作所」として映画に登場する。
 最初は,ロケ地として平塚のどこかの工場が使われたのかとも思ったが,背景に山が映るシーンがなんどもあり,しかも平塚の高麗山よりもはるかに小さな山なので,ロケ地が平塚でないことは明かだ。

2
 主人公の渡辺ツル(矢口陽子=本映画の後に黒澤明夫人となる)が,遮断機が閉まった踏切の反対側に仲間たちを見つけ手を振る。

 線路は複々線で,デッキのある旧型電気機関車が牽く貨物列車が踏切を通過しようとしている。
 ここは,どう見ても国道1号線の戸塚大踏切である。このシーンを見て,「東亜光学平塚製作所」が日本光学工業の戸塚製作所だと確信した。

1
 貨物列車が通過し,踏切が開いてみんなが主人公のツルに駆け寄る。背後に見える小さな山が,まさに戸塚大踏切の東側から西側を見たときの風景そのままである。「開かずの踏切」として知られた戸塚大踏切は,歩行者用の戸塚大踏切デッキ設置と戸塚アンダーパスの開通にともない,2015年(平成27年)の3月に閉鎖された。

 戦意発揚映画かもしれないが,実際に稼働している工場を使って撮影されているため,当時の工場の様子がまるで記録映画のように残されている。ニコンの工場で撮影されたということを前提にして,もう一度映画を見直すと,また全然違ったように見えてくるから面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月31日

映画『裸の太陽』に目が釘付けになった

0-「裸の太陽」タイトル

 日本映画専門チャンネルで放送された映画『裸の太陽』の録画をぼんやり見ていたら,冒頭の場面でC59形蒸気機関車牽引の客車列車・紡績工場・工場への引き込み線・機関区のD60と続くシーンに目が釘付けになった。思わず画面キャプチャーを繰り返した。

1−鉄橋を渡る(黒川鉄橋?)

 映画『裸の太陽』は1958年(昭和33年)公開の映画で,監督は家城巳代治である。
 D60形蒸気機関車は,私が生まれ育った福島県三春町を通る磐越東線で活躍していた蒸気機関車だ。磐越東線は鉄道ファンには人気がないため,残念ながら磐越東線を走るD60の写真を見る機会は少ない。
 C59とD60が並ぶなんて,当時の郡山機関区はこんな感じだったんだろうな……と思いながら見ていたが,映画を見ているうちに郡山以外には見えなくなってきた。D60が配置された機関区でC59と並びそうなところは郡山以外にあるか? 黒沢尻? 違うな。直方? 大分?
 架空の都市「峰山市」の峰山機関区という名称は,いかにも「郡山」を少しだけ修正して使うのに都合が良さそうだ。

 さっそくGoogleで検索してみると,『裸の太陽』のロケ地は宇都宮・郡山・平・川越らしい。あらら,どんぴしゃだ。峰山機関区は郡山機関区らしい。

2-海沿いを走る(常磐線)
 ロケ地がある程度わかってから冒頭のシーンを振り返ると,この海沿いをC62牽引客車列車が走るのは,どう見ても勿来海水浴場のすぐ横だ。

3−鉄橋を渡る(どこだろ?黒川鉄橋?)
 この橋梁は東北本線の黒川鉄橋かとも思ったが,築堤と橋脚のかたちが違う。どこの映像か最後まで不明だったが,Twitterで尋ねたところ黒磯の那珂川鉄橋であることが判明。あちこちの路線の映像をつなげているようだ(機関車もC62からC59になっている)。

4−ゆき子への合図の汽笛を鳴らす
 主人公である機関助士の木村(江原真二郎)が機関士の崎山(高原駿雄)に「一声頼みます!」と汽笛を鳴らすよう求め,「汽笛をラブシーンの合図にされちゃかなわねえな」と応えて,汽笛を鳴らす。

4−日東紡の工場内
5−日東紡の工場内
 汽笛の音と時刻を確認したゆき子(丘さとみ)が仲間に「ちょっとお手洗いしてくるわ」と言い,「ごゆっくり」と声を掛けられて紡績機やミシンが並ぶ工場内を通って外に出る。
 このシーンは郡山市富久山町の日東紡績の工場内だと思われる。

6−郡山市富久山町の日東紡の引き込み線
7−郡山市富久山町の日東紡の西側で手を振るゆき子
8−郡山市富久山町の日東紡西側の東北本線
 工場内の引き込み線を横切り,工場の裏手に出ると,C59牽引の上り客車列車がやってくる。

Photo_2
 1974年〜1978年頃の郡山市富久山町の日東紡績富久山工場付近の航空写真。西側を南北に走る東北本線と,そこから工場内へ続く引き込み線が見える。田んぼが一面に広がっているのも,まさにこの風景だ。

9−日東紡の西側で東北本線のC59牽引急行に手を振るゆき子
10−東北本線のC59からみた手を振るゆき子
11−峰山(郡山)に向かって東北本線の列車が走り去る
 手を振り合う機関助士の木村とゆき子。
 列車が向かう先の,煙が上がっているあたりが郡山駅・郡山機関区(映画の中では峰山機関区)。蒸気機関車から煙が上っているのだと思われる。

 走行しているSLのキャブに機関士と機関助士の俳優二人がいるシーンがたくさん出てくるが,いずれも画面合成ではなさそうだ。横に本物の運転士がいたとしても,俳優が走行中の運転席に座り続けるシーンを撮るのは難しいだろう。重連運転の2台目に俳優達が乗り込んで撮影しているのだろうと思うが,SLを外から映すシーンでは重連にはできないので,かなり手間を掛けて撮影しているようだ。

12-郡山駅構内
 峰山駅(郡山駅)の構内。

13-富久山町の日東紡の引き込み線
 日東紡績富久山工場の引き込み線横を歩くゆき子の妹きみ子(中原ひとみ)。映画の中では中東紡績の峰山工場となっている。

14−郡山機関区に戻ってくるC59182
15−郡山機関区に戻ってくるC59182
16−C59182を点検する機関士崎山
17−郡山機関区の扇形庫とC59
 峰山機関区(郡山機関区)に戻ってきたC59形蒸機機関車。ターンテーブルと扇形庫が見える。

18−ターンテーブルを回るD6068
 ターンテーブルで回るD60 68号機。テンダーに重油タンクがある。郡山機関区のD60は燃焼効率を上げるために重油併燃タイプなのだ。

19−郡山市富久山町の日東紡の門で待つ妹きみ子
 中東紡績峰山工場の正門でゆき子が出てくるのを待つきみ子。郡山市富久山町の日東紡績富久山工場の正門で,現在でもかなり面影が残っている。

20−国道288号線の東北本線跨線橋の取り付け道路
21−国道288号線の東北本線跨線橋の取り付け道路
 なんと,ここは国道288号線の東北本線跨線橋の取り付け道路だ。まだ未舗装で,歩道もガードレールもない。

288
 1974年〜1978年頃の郡山市富久山町の国道288号線東北本線跨線橋部分。右上が日東紡績富久山工場だ。
 三春町からバスに乗って郡山にやってくると,この跨線橋を越えたところから市街地になり,郡山に来たことを実感したことを覚えている。

22−郡山市方八町の東橋
23−郡山市方八町の東橋と日本専売公社「御進物にたばこ」
 郡山駅の南側,方八町の東橋と日本専売公社の倉庫。屋根には「御進物にたばこ」と書かれている。「峰山」の峰の部分だけが少し大きく,「郡山」の郡の上に文字を貼り付けているのがわかる。
 下路アーチ橋だった東橋は,上を東北新幹線が通ることになり,上路式の橋に掛け替えられた。

24−川越市松江二丁目の原田住宅の前から仲町交差点方向を見る
 この日の乗務を終えた木村とゆき子が峰山市内の喫茶店で待ち合わせる。ここは郡山市内ではなく,川越市松江二丁目の原田家住宅の前から仲町交差点方向を見たときの家並みが使われている。

25−峰山駅前(どこの駅だろう?)
26−峰山駅(どこの駅か不明)
 ゆき子が峰山駅に向かう。駅前には「海え」と書かれた八原海水浴場の看板が立っている。
 この駅は東北本線の白河駅と判明。駅舎は現在の白河駅と同じだが,黒っぽく塗られていて印象がまったく異なる。戦時中の迷彩塗装が残っていたのではないかという説もある。

 峰山機関庫と駅構内は郡山駅で撮影されているのに,なぜ駅舎が白河駅で,商店街が川越だったのだろうか?
 映画の撮影時,郡山駅は空襲で焼け,既に近代的な鉄筋コンクリート造2階建てに建て替えられていた。ゆき子と木村はこの後で一緒に峰山から汽車に乗って,大きな街である「萩の宮市」に向かうのだが,鉄筋コンクリート造の郡山駅では,田舎町の「峰山」と大きな街の「萩の宮」の違いが明確に感じられないと判断したのだろう。
 同じことが川越の商店街にも言える。なぜ川越市で撮影したのかは不明だが,川越市松江二丁目は川越の中心商店街ではないことから,この後で出てくる萩の宮の商店街との違いを明確にするためだったと思われる。郡山市の商店街が使われなかったのも同じ理由か。

27−峰山駅(郡山駅)構内を走るD60
28−構内を走るD60の横を走り寮に戻る木村
 ゆき子と峰山駅から汽車に乗って萩の宮市に買い物に行く前に,貯金を下ろすために峰山機関区(郡山機関区)を横切って寮に戻る木村。構内を走行するD60(or D50)の間をぬって走る。

 郡山機関区には東北本線の機関車に加えて,磐越東線・西線で使われたD60や磐越西線用のD50が所属しており,とても賑やかだ。

29−東北本線・磐越東線の逢瀬川橋梁と県道57号線のアンダーパス
 ゆき子と会う前に,木村から金を借りようとした前田(仲代達矢)がふらふらと歩いていて,三輪トラックにはねられそうになる。木村は峰山機関区(郡山機関区)からそれを見ていて心配になる。
 これは東北本線・磐越東線の逢瀬川橋梁と県道57号線のアンダーパス部分だ。アンダーパスを抜けた右側が福島交通バスの車庫になっているはず。

30−磐越東線阿武隈川橋梁
 ゆき子と木村は峰山駅(郡山駅)から汽車に乗り,大きな街で買い物(翌日海水浴に行くために二人で海水着買おうとする)をするために萩の宮市に向かう。木村は貯金を下ろして汽車に乗るはずだったが,結局前田が心配になり,貯金を全部前田に貸してしまったので,客車のデッキで二人は口論となる。夏なので旧客のデッキが開けっ放しなのが印象的だ。
 この鉄橋は,磐越東線の阿武隈川橋梁。私が高校時代に毎日通学のために通ったところでもある。私の高校時代も磐越東線の多くの列車(特に通勤通学時間帯)はDD51が牽引する旧客だったため,このシーンはとても懐かしい。

31−磐越東線舞木駅とホッパー
32−磐越東線舞木駅に到着
 萩の宮行きの列車が次の駅に到着する。ここは磐越東線で郡山から一駅目の舞木駅が使われている。
 磐越東線の舞木駅には,気になる人は気になっていたはずのホッパー跡が残っているが,この映画の舞木駅にはホッパーの上屋が映っている。

33−磐越東線舞木駅の階段
34−磐越東線舞木駅のホーム
35−磐越東線旧客デッキから見えたホッパー
 列車の中で口論となった木村とゆき子。ゆき子はまだ動いている列車からホームに飛び降り,ホームから駅舎に続く階段を上る。それを止める木村。まだ立派な駅舎だった頃の舞木駅がちらっと映る。
 動き出した列車にゆき子と木村が飛び乗る。この映画では,動いている列車から飛び降りたり,動き始めた列車に飛び乗るシーンが何度も映る。
 飛び乗った列車のデッキ。ドアが開きっぱなしのデッキの向こうには,舞木駅のホッパーが映る。

36−はぎのみや(宇都宮)駅構内
37-はぎのみや(宇都宮)駅
 二人の乗った列車が萩の宮に到着する。宇都宮市が「萩の宮」という名で登場する。駅構内の映像もたぶん宇都宮駅だと思われる。古い蒸気機関車が貨車の入れ換えを行っている。

38−八原海水浴場(勿来海水浴場)
39−はぎのみや(宇都宮)で海水着をうらめしそうに見るゆき子
 二人で行くはずだった海水浴場がちらっと映る。これはどう見てもいわき市の勿来海水浴場だと思う。
 買えなくなったショーウィンドウの海水着(かいすいぎ)をうらめしそうに見るゆき子。この映画に映るバスは全部ボンネットバスだ。

40−東武宇都宮駅前の大通り
41−東武宇都宮駅前の大通りの横断歩道(二本線)
42−東武宇都宮駅前の大通りとボンネットバス
 萩の宮(宇都宮)の繁華街を歩く二人。宇都宮の繁華街がふんだんに映る。素晴らしい。たぶん一番賑やかだった頃の街の姿だろう。大通りの横断歩道はゼブラではなく二本線のタイプだ。

43−宇都宮の八日市場通りの押切橋(田川)でけんかする
 萩の宮(宇都宮)の繁華街で,さっき金を貸した前田(仲代達矢)を見かける二人。ひとりでビールを飲む前田を見て,木村はせっかく貸した金を前田が競輪に使ったものと思い込み,問い詰めるが,何に使ったかを言わない前田。二人が取っ組み合いのけんかになる。警察官も駆けつけ,大騒ぎになる。
 このシーンは,ちらっと映る川のかたちから,宇都宮市の八日市場通りの押切橋と田川だと思われる。

 ゆき子は警察署から出てくる木村を待ち,わずかしか金のない二人だったが,ラーメンを食べ,海水着キズモノ大安売りの店で,唖然とするような買い方でキズモノ?の海水着を買い,明日は海水浴に行くことを決める。

44−峰山駅(郡山駅のホーム)
 翌日の峰山駅(郡山駅)のホームで木村を待つゆき子。だが,木村は昨晩,警察署からなかなか帰ってこない前田の代わりに貨物列車への乗務を依頼されてしまったのだった。

45−峰山駅構内で貨車に近づくD6058
46−峰山駅構内でD6058が貨車に連結
 郡山機関区から出てきて貨物列車に連結するD60の58号機。この連結シーンは,驚くほど速くてスムーズ。現在よりも頻繁に連結作業を行っていた当時の機関士の技術が見事だ。

47−D60内でいらつく木村に「むくれんのはいいが釜壊すなよ」と崎山
48-木村の代わりに峰山駅ホームのゆき子に会いに行く機関士崎山
 この日のD60も機関士崎山と機関助士木村のコンビ。崎山はゆき子の姉と結婚しており,この二人は義兄弟である。休日だったはずの木村はいらつきながら釜に石炭をくべる。「むくれんのはいいが釜壊すなよ」と崎山。崎山はホームで待つゆき子のところに行ってこいと木村に言うが,木村はむくれたまま。代わりに崎山がホームへ。

49−峰山駅のホームを出て行く上り列車・残るゆき子
 上り列車が走り去り,ホームにぽつんと残るゆき子。走り去る列車のデッキのステップ部に座った乗客の姿が映る。
 夏はこのデッキのステップが一等席なのだ。子供の頃,弟と二人でデッキに座りながら,三春から郡山まで磐越東線に乗ったことがある。やってきた車掌に頭をぽんと叩かれ「気いつけろよ」と笑顔で言われたことを覚えている。特にやめさせられるような乗り方ではなかった(もちろん推奨はされないだろうが)。

50−タブレットを受け取るD6058の機関助士木村
51−峰山駅を貨物列車が発車
52−峰山駅を貨物列車が発車
53−峰山駅を出て行く貨物列車とワム
 タブレットを受け取り,D60牽引の貨物列車が発車。郡山駅を出て行く貨車の種類に注目。D60の後には無蓋車が1両,そして3両の冷蔵車が繋がっている。

54−磐越東線の上り勾配10‰と貨物列車
 D60が牽引する貨物列車が上り勾配を登る。まずは10‰。

55−磐越東線の棚木橋梁を渡るD60牽引の貨物列車
 磐越東線の棚木橋梁を列車が渡る。
 映画には平駅(現在のいわき駅)から郡山駅に向かう列車が映っている。つまり,磐越東線が夏井川に沿って走る上り勾配を使っていて,郡山駅を出た列車とは逆向きの貨物列車になるのだが,貨車の並びが郡山駅を出たときの姿と同じように見える。この映画の細部へのこだわりは尋常ではないと思う。

56−夏井川沿いの上り勾配をゆく貨物列車
57−磐越東線の上り勾配をゆく貨物列車
58−磐越東線の20‰勾配
59−D60の砂まき
60−上り勾配が25‰になる
61−磐越東線の上り勾配
 夏井川沿いにどんどん勾配がきつくなり,とうとう25‰区間に入る。始業前の点呼で,25‰区間に線路交換をしたところがあり,空転に注意するように言われている。動輪が空転し,砂まき装置で砂をまく。

62−上り勾配で速度が落ち,車掌車の車掌が心配する
63−機関士崎山「砂まき装置を確認してくれ」
 動輪が空転し,みるみる速度が落ちる。最後尾の車掌車の車掌が心配になって前を見る。
 機関士崎山「砂まき装置を確認してくれ」と砂をまき,機関助士が身を乗り出して砂を確認する。どうやら左側の砂が出ていないようだ。

64−貨物列車の到着を待つ天津小湊駅ホームでは鮮魚が
65−貨物列車の到着を待つ天津小湊駅ホームでは鮮魚が
 次の駅(安房小湊駅だと思われる)では,ホームに鮮魚の箱が積まれている。鮮魚なので,列車は遅れるわけにはいかない。
 ここでは,3両分に分けて箱が積まれていることに注目。そう,蒸気機関車の後に3両だけ白っぽい冷蔵車が繋がっていることを思い出してほしい。やっぱり,この映画の細部へのこだわりは尋常ではない。

66−走行中のD6058で砂まき装置の砂を確認
67−機関助士の木村が砂を持ってD6058の先頭へ
68−D6058の先頭でレールに砂をまく木村
 走行中の蒸気機関車D60に登り,砂箱を確認。さらにD60のフロントへ行き,レールに砂をまく機関助士の木村。アクション映画のように,わざとコケたり,落ちそうになったりしないが,そこがまたリアルに感じる。

69−木村が砂をまきながらD60は橋梁を渡る
70−木村が砂をまきながらD60は橋梁を渡る
71−機関士の崎山が石炭をくべる
 機関助士の木村が砂をまきながらD60は走行し,橋梁を渡る。
 機関助士がいなくなった運転室では機関士の崎山が石炭をくべ,釜を焚く。

72−木村が砂をまきながら走るD60牽引の貨物列車
73−木村が砂をまきながら走るD60牽引の貨物列車
74−サミットにあるトンネルが近づいた
 今にも止まりそうな速度で勾配を登るD60。上り勾配のサミットにあるトンネルが近づく。トンネルを抜ければ楽になるが,トンネル内は煙り地獄となる……

75−天津小湊駅では「貨物列車は定刻に出ましたか?」
 次の安房小湊駅では定刻に列車が来ず,駅員がタブレット閉塞用電話で「658列車遅れてるようですが,そちら定時に出ましたか?」と尋ねる。

76−ようやくトンネルを抜けるD60牽引の貨物列車
77−列車から見下ろすとボンネットバスが走る
 とうとうトンネルを抜けた貨物列車。見下ろすとボンネットバスが峠道を走っている。

78−下り勾配を快走するD60と動輪裏の板バネ
 下り勾配を軽快に走るD60。動輪の板バネが揺れる。学生時代に13mmゲージのD51でイコライザー(機能はしないが)まで作ったことがあって,D51などの新しめの蒸気機関車は動軸の上に板バネがあると記憶しているが,古いD50を改造したD60では動軸の下に板バネがある。

79−郡山市富久山町水穴付近から見た日東紡の工場と安達太良山
 平坦部を走り,次の安房小湊に向かう。
 よく見ると,日東紡績の煙突,右奥に安達太良山が見える。これは磐越東線が阿武隈川橋梁を渡り終える郡山市富久山町水穴付近で,右側に白く見える道路は国道288号線だ。

80−天津小湊駅に貨物列車が到着する
 そして次の駅に到着。映画の中では駅名は明らかになっていないが,安房小湊駅であることは確実だ。

81−終

 とても興味深い映画だった。
 マイナーな磐越東線のマイナーな国鉄D60形蒸気機関車の映像は,世の中にあまり残っていないようで残念に思っていたが,この映画では準主役級だった。

 ゆき子と木村のその後や,前田の借金の理由などドラマチックな部分は映画を見てのお楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月20日

映画『ラブホテル』のラストシーン……

 にっかつロマンポルノの『ラブホテル』は相米慎二監督による映画である。脚本石井隆による名美と村木のシリーズで,挿入歌として山口百恵「夜へ…」ともんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」が効果的に使われていることで知られている。ポルノ映画として見に行った客は驚いたであろう,とても切ない映画なのである。低予算・短納期ではあるが,とりあえず裸さえ出てくれば内容は自由に作ることができたという,にっかつロマンポルノらしい傑作だと思う。

映画「ラブホテル」波止場での再会
「赤いアンブレラ」が美しく流れる波止場での再会のシーン。名美が持っているのは,村木がプレゼントした山口百恵のアルバム『A Face in a Vision』。タクシーの中で,ラジオから流れてきた山口百恵の「夜へ…」がB面最後の曲として収められているアルバムだ。
(見覚えのあるこのレコード袋,これ新星堂の袋だね。懐かしい〜)

映画「ラブホテル」 切れた電話
 村木からもらったレコード『A Face in a Vision』の曲「夜へ…」を掛け,不倫相手に電話。切れた電話に向かって語り続ける名美。相米慎二得意の長回しとともに「夜へ…」が印象的に流れ続ける……

『夜へ…(作詞:阿木燿子,作曲:宇崎竜童)』
 修羅 修羅 阿修羅 修羅
 慕情 嫉妬 化身
 許して… 行かせて…
 繻子 繻子 数珠 繻子
 襦袢 朱色 邪心
 許して… 行かせて…
 妖しく 甘やかな 夜へ…
 優しく 柔らかな 夜へ…
 シュル シュル シュルル シュル
 夜へ… 夜へ… 夜へ…

映画「ラブホテル」遠近ツーショット

 さて,問題のラストシーンである。

 名美と村木がラブホテルで抱き合った翌朝,村木が消えていた。買い物袋を抱えて,いそいそと村木のアパートへの階段を下る名美。しかし,村木はアパートを既に引き払っていた。

 そこに階段を下ってくる村木の妻。“赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった”と「赤い靴」を口ずさんでいる。

映画「ラブホテル」階段ですれ違う女二人

 階段の途中で村木の妻と名美がすれ違う。そして,お互いに振り返る。「赤いアンブレラ」と「赤い靴」もすれ違う。“すれ違い”はこの映画のテーマだ。

映画「ラブホテル」花びらが舞う階段の踊場
〔画像はすべて日本映画専門チャンネルの「ラブホテルR-15版」より〕

 問題の階段での幻想的な桜吹雪のシーン。階段で遊ぶ子供たちと桜吹雪。うっかりドサっと大量に桜吹雪を落としてしまった失敗シーンのように見える不自然さが話題になった。

 花びらの下・階段の踊り場・子供たちが遊んでいる……,山口百恵のアルバム『A Face in a Vision』を聴いたことのある方なら,ここでドキッとするはずだ。映画の中でアルバム最後の曲「夜へ…」が使われているからではない。同じアルバムのA面一曲目「マホガニー・モーニング」を思い出すからである。

 映画の中にも,小道具としてアルバム『A Face in a Vision』が出てくることから,スタッフ達はこのアルバムの「夜へ…」以外の曲も聴いているに違いない。ひょっとしたら……いや,当然「マホガニー・モーニング」を意識したんじゃなかろうか。

「マホガニー・モーニング」の歌詞は次の通りである。
(作詞:阿木燿子,作曲:芳野藤丸)

 はらはらと散ってゆく花びらの下で
 年老いたその人は 一日座ってる
 起きたまま見る夢を 当ててみましょうか
(中略)
 階段の踊り場では 子供が遊んでいる
 褐色の肌の色
 そっと そっとしてあげて
 マホガニー・モーニング

 念のため書いておくと,私は映画『ラブホテル』を映画館でリアルタイムに見たわけではない。ずいぶん前に真夜中のテレビでやっているのを偶然見て感動し,当時使っていたβマックスのビデオやDVDが出るのを長年待ち続け,念願叶って10年ぐらい前にやっとDVDを購入したのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)