カテゴリー「音楽」の38件の記事

2018年2月17日

(このブログは「控え」であり,メインのブログではありません)

 ブログ記事の更新を長期間サボっていたら,Google検索などで“三日画師”を検索したときのランクが下がってしまったらしく,メインのブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』よりも,名前を付けたこっちのブログのほうが上位に表示されてしまうようになった。

 以前は『写真撮っけど,さすけねがい?』を見てくれていた人が,検索結果上位にある『三日画師のかすかだり』を見て,

 「最近ブログの傾向を変えた?」
 「以前とは全然違ったブログになったね」

という反応をしてきたので,とりあえずメインブログへのリンクを冒頭に置くことにしてみた。

 私のメインブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』は下記になります。

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https://mikkagashi.cocolog-nifty.com/

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2016年8月19日

山口百恵は過大評価されているのか?

Momoe

 1980年の引退から35年以上経っても,いまだにメディアに取り上げられる百恵ちゃん。1990年代のCDバブル期でさえ山口百恵のCDが盛大に復刻することはなく,熱烈なファン以外の人々の記憶の中からは,そのまま消えてしまうかと思われていたのに,ここ5年ぐらいについて言えば,むしろメディアに取り上げられる回数が増加している印象さえある。ずっと百恵ちゃんのファンをやっていても驚くばかりである。

 YouTubeをはじめとするネット動画(もちろんその多くは厳密に言えば違法動画)の普及により,現役当時の映像が誰にでも簡単に見られることが,山口百恵の人気復活の引き金になっていることは言うまでもない。

 私は今まで『山口百恵と松田聖子・AKB48を比較する』『ピンク・レディーとAKB48を比較してみた』『オリコン1位が4曲・山口百恵はホントに凄かったの?』などの記事で,当時の山口百恵の人気が,世の中にたくさん存在する「○○曲連続オリコンチャート1位のアーティストたち」と比べても遜色がないばかりか,上回ってさえいるということを書いてきた。

 客観的な数値を元にした比較に徹して,主観に偏らず比較しているつもりではあるが,ブログ記事に「山口百恵は過大評価だ」「オリコンチャートで上位であっても実際の人気は別」というコメントが付いたり,YouTubeで『松本人志「山口百恵はそれほどでもない」 』という動画(音声のみだが)を見たりすると,反論したくなってしまう。

 そこで今回取り上げるのは,集英社の芸能誌『明星』である。ライバル誌だった『平凡』とともに,1970年代には売上げ部数が100万部を越えていた。その『明星』が毎年行っていた人気投票のランキングを比較してみる。人気投票なので,なかなかレコードを買えなかった当時の中高生の人気を反映したランキングになっていると思われる。

10_1978

『明星』誌 紅白人気投票ベストテン推移
〔『明星』の人気投票ランキング(クリックすると拡大)〕

 雑誌『明星』が人気投票を復活したのは1972年で,そこから1980年までのベスト10を抜き出した。Googleで検索したところ,1964年のデータと1982年の中間発表データが見つかったので,それを追記している。
 誌面ではランキング30位まで発表されていて,それがなかなか興味深いのだが(オリビア・ニュートン・ジョンやスージー・クアトロ,キッスが入っている),煩雑になるのでベスト10に限定した。
 ちなみに,山口百恵がデビューした1973年の順位は11位で,惜しくもベスト10に入っていない。

 1972年から1980年までの主なアイドルの人気投票ランキングをグラフ化してみた。

Photo

 雑誌『明星』の人気投票ランキングから言えることを箇条書きする。

・山口百恵の人気はダントツ
・レコードが爆発的に売れたピンク・レディーも2位止まり
 子供に人気=財布を持っている親がレコード購入か
・山口百恵が過大評価というより,桜田淳子が過小評価
・1975年に淳子が百恵を抜くのはオリコン順位と一致
・榊原郁恵と石野真子の人気は(個人的には)予想外
・キャンディーズの人気は安定していた
 「微笑がえし」だけが爆発的に売れたわけではない
・白組の新御三家の人気は盤石(特に郷ひろみ)
・三浦友和の順位が高いことにびっくり
 1975年から18位→4位→2位→7位→13位→16位

■ 結論

 山口百恵は1980年の引退時点でレコードを一番多く売った歌手であるだけでなく,現役当時からアイドル的な人気も高かった。引退を発表して人気が盛り上がったのでもなく,引退後にメディアに登場しないから神格化されているのでもない。

 ブログにコメントをいただいたように,1970年代の人気はオリコンランキングだけで測ることはできない。当時はレコードが高価で中高生が気楽に買えるものではなかった。だからみんなラジオの音楽番組で好きな曲を必死でエアーチェックし,カセットテープに録音して繰り返し聴いた。

 レコードやカセットテープを聴くためにはレコードプレーヤーやカセットデッキが必要で,歌謡曲は室内で聴くものだったし,テレビで見るものだった。テレビでは生バンドによる生演奏で歌手が歌う姿を見ることができたし,贅沢なことに当時は生放送も多かったので,ライブと同様の臨場感や緊張感も感じることができた。ミュージックDVDを買ったりしなくても,テレビでそれを楽しめたのである。

 ソニーが初代ウォークマンを発売したのは1979年であり,レコードの音楽をカセットテープに入れて外で聴くことが一般的になったのは,1980年代になってからである。街に貸しレコード店が一気に増え,1982年にはCDが登場。カセットテープにダビングして聴く環境が整ったことで,レコードやCDの売上げは爆発的に増加した。そんな時代と1970年代をレコードの売上げ枚数で比較することはできない。

 雑誌の人気投票ランキングで当時の人気がすべて判断できるわけではない。しかし,当時のデータを少しでも多く集めれば,忘れられつつある当時の様子が少しずつ見えてくることもまた確かである。

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2016年2月13日

坂田明師匠の「Summertime」

 ジョージ・ガーシュウィンの「Summertime(サマータイム)」はオペラ『ポーギーとベス』の劇中曲で,ジャズのスタンダードナンバーとして知られている。マイルス好きとしては,やっぱりアルバム『PORGY AND BESS』の「Summertime」は外せないところではあるが,実はラムゼイ・ルイス・トリオが1965年にライトハウスで録音したライブ盤の「Summertime」のリラックスした雰囲気での演奏がすばらしく,私のiTunesでの再生回数はこっちの方が多い。

 そんな「Summertime」の坂田明師匠による演奏をYouTubeで見つけた。『坂田明と渡辺香津美 セッションする』という番組らしいのだけど,これがとてもすばらしい演奏なので紹介したい。坂田師匠のフラジオは最高だ。


〔Akira Sakata 坂田明 - Summertime〕

 ちなみに,私が一番多く再生したSummertimeは,次のラムゼイ・ルイス・トリオの演奏。ライブならではの熱く楽しい演奏と観客の反応……。ジャズはこういうP.A.なしの生の音が聴けるライブハウスがいい。

〔Summertime by The Ramsey Lewis Trio From the "The Groover Ramsey Lewis" LP 1972 - Recorded at the Lighthouse 1965〕

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2015年12月24日

ザ・ビートルズのストリーミング配信開始

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 Apple Musicやその他の音楽ストリーミングサイトで,クリスマスイブからザ・ビートルズの全楽曲の配信が始まることが発表された。思いもよらぬクリスマスプレゼントとなった。

 その裏では,アップルとアップルのたいへんな綱引きがあったに違いない。元Apple Computer, Inc.のアップルと,ザ・ビートルズの版権を管理しているApple Corps Ltd.のアップル・コアである。

 ザ・ビートルズの楽曲がiTunes Storeで販売されたのは2010年になってからのことだった。それまでは両アップルの合意が得られなかったからだ。
 そして,2015年のクリスマスイブには音楽ストリーミングでの配信も開始された。もうデジタル音楽のストリーミングサービスへの移行は避けられない流れだ。

 いまだに一部のミュージシャンの配信を拒否し続けているソニー・ミュージックエンタテインメントさん,時代遅れになっているのではありませんか?

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2015年9月 8日

山口百恵と松田聖子・AKB48を比較する

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 8月22日の「ピンク・レディーとAKB48を比較してみた」という記事において,オリコン週間ランキング1位曲が9曲のピンク・レディーと,26作連続1位のAKB48を,オリコン週間ランキングの推移をグラフ化することにより,当時社会現象化したピンク・レディーの人気のすごさを示した。

 また,2014年7月31日の「オリコン1位が4曲・山口百恵はホントに凄かったの?」という記事では,1980年代中頃から多くの“オリコン週間シングル1位”が作為的に作られている可能性について言及し,その価値が大きく下がっていることを示すとともに,週間ランキングでの作為が働きにくい“年間ランキング”の推移をグラフ化することによって,オリコン1位曲が4曲しかない山口百恵が,はるかに多くのオリコン1位曲を記録している近年のミュージシャンと比べても遜色がないことを示した。

 今回は,オリコン週間ランキングの推移グラフを使って,1970年代の(女性歌手の)トップだった山口百恵と,入れ替わるようにデビューし1980年代に圧倒的な人気だった松田聖子を比較してみる。また,手間を掛けて入力したデータを使わないのはもったいないので,山口百恵とピンク・レディー・AKB48の比較も行った。


■ 山口百恵と松田聖子をオリコンランキングで比較する

 学生時代にジャズばかり聴いていた私は,ボーカルもののレコードを山口百恵以外はほとんど聴かず,シャンソンとファドを少し聴く程度だった。貧乏学生だったのでアパートにレコードプレーヤーはなく,レコードを買っては友人のところでカセットテープにダビングしてもらって聴いていた。私が買うレコードは友人に評判の悪いものが多く(友人のライブラリにも追加となる百恵ちゃんのレコードは別にして,シャンソンやジャズは彼には興味の対象外だった),あれこれ文句を言われながらダビングしてもらったのだった……

 その友人が松田聖子のファンだった。デビュー直後から,松田聖子は一気にトップアイドルに駆け上がった。その人気がすさまじかったことは覚えている。

 山口百恵は1970年代までにもっとも多くのレコードを売り上げた歌手だったが,レコードの売上げやオリコン週間ランキング1位の回数において,松田聖子はあっという間に山口百恵を上回ったと思われる。山口百恵が老若男女に幅広く支持されたのに対して,松田聖子はアイドルらしいアイドルで,男子高校生や男子大学生にずば抜けた人気があった。

 オリコン週間ランキングで山口百恵と松田聖子を比較しても,山口百恵が完敗して意気消沈するだけだからやめておけという考えが自分の中に浮かんでくることもあったが,とりあえずグラフにしてみた。

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〔山口百恵と松田聖子のオリコンランキング順位の推移〕

 青が山口百恵,赤が松田聖子である。
 横軸は週単位の時間軸,縦軸がオリコン週間ランキングで,一番上が1位で一番下が20位となっている。両者の活動時期が異なっているので,横軸でデビュー日時を一致させている。また,松田聖子は活動期間が非常に長いが,2000年以降は上位にランキングされることが非常に少ないため,2000年1月3日付けまでのデータとした(ごめんなさい,データを読み取る気力がなくなりました)。

 さて,グラフを見てどのように感じるだろうか。

 松田聖子は24曲連続オリコン1位,通算でも25曲で1位。山口百恵は1位が4曲なので,松田聖子の赤い色が目立つ? いやいや,意外に山口百恵の青色が目立っている?

 グラフが左側に小さく偏っていて見づらい? ごもっとも。
 それでは,デビューから3年ごとにグラフを区切って表示してみよう。


(1) デビューから3年間の比較

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〔山口百恵と松田聖子 デビューから3年間の比較〕

 山口百恵(青)は1973年5月21日発売「としごろ」〜1975年12月21日「白い約束」,松田聖子(赤)は1980年4月1日発売「裸足の季節」〜1982年10月21日「野ばらのエチュード」までの3年間の比較である。年齢でいえば,山口百恵が14歳〜17歳直前,松田聖子が18歳〜21歳直前の期間となる。
 どちらも1年間に4曲のペースでシングル曲を発表しているので,グラフの山が比較的重なっていて,比べやすい。

 デビュー曲の「としごろ」が最高位37位とふるわなかった山口百恵に対して,松田聖子の「裸足の季節」は最高位12位となり,デビュー直後にいきなりランキング20位内に登場している。
 2曲目の「青い珊瑚礁」も順調にランキングを駆け上り,4週連続2位を記録。その翌々週には3曲目の「風は秋色」が初登場1位となり,5週連続1位を記録。この衝撃的な登場で,松田聖子は一気にトップアイドルとなった。松田聖子は山口百恵と同じCBSソニー所属であり,既に引退を発表していた山口百恵の穴を埋める“ポスト百恵”として,CBSソニーの強力なプッシュもあった。この3曲は,いずれもCMソングとしてテレビから流れ続けた。

「ピンク・レディーとAKB48を比較してみた」で書いたように,“ランキング初登場1位”は,後年になってレーベル・音楽事務所間でのレコード/CD発売時期の調整手法等が確立し,オリコン1位濫発のひとつの結果と考えることができるのだが,この時期の松田聖子に“ランキング初登場1位”は「風は秋色」しかなく,それ以外の曲は“ランキングを駆け上る”カーブを描いている。

 デビュー2曲目の「青い果実」の♫あなたが望むなら わたし何をされてもいいわ…という大胆な歌詞が話題になり,やっと最高位9位となった山口百恵は,5曲目の「ひと夏の経験」♫ あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ…がヒットして最高位3位,そして7曲目の「冬の色」で初めてランキング1位を記録,5週連続1位となる。
 懐かしのメロディ的な番組で映像が放送されることもなく,現在では百恵ファン以外にはほとんど知られていない「冬の色」がなぜ5週連続1位なのか,不思議に思われるかもしれないが,B面の「伊豆の踊子」が映画『伊豆の踊子』の主題歌だったことの影響が大きいと推測される。

「冬の色」以降は,「湖の決心」「夏ひらく青春」「ささやかな欲望」と伸び悩む。“青い性路線”と“純愛プラトニック路線”を繰り返す路線がややマンネリ化していた印象があり,山口百恵自身もそれを自覚していたんじゃないだろうか。宇崎竜童の曲を歌いたいと主張したのもこの時期だったはずだ。

 デビューから3年間のグラフの面積(1位を20ポイント,2位を19ポイント…20位を1ポイント,21位以下はポイントなしとする)は,山口百恵(青)が1238[ポイント・週],松田聖子(赤)が1769[ポイント・週]となる。この期間の社会的影響は松田聖子のほうがはるかに大きかったと考えられる。


(2) 4年目〜6年目の比較

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〔山口百恵と松田聖子 4年目〜6年目の比較〕

 山口百恵(青)は1976年3月21日発売「愛に走って」〜1978年11月21日「いい日旅立ち」,松田聖子(赤)は1983年2月3日発売「秘密の花園」〜1985年6月24日「ダンシング・シューズ」までの3年間の比較である。年齢でいえば,山口百恵が17歳〜20歳直前,松田聖子が21歳〜24歳直前の期間となる。

 山口百恵17歳。自ら希望した宇崎竜童の作曲で1976年6月21日発売の「横須賀ストーリー」が大ヒット。「横須賀ストーリー」は7週連続の1位を記録,次の1976年9月21日発売の「パールカラーにゆれて」も5週連続1位となる(近年のオリコン1位は複数週にまたがる連続1位はなく,たった1週だけの1位なので,「横須賀ストーリー」と「パールカラーにゆれて」の1位は12週分=12曲分に相当すると強弁することもできる)。

 しかし,1976年8月25日に「ペッパー警部」でデビューしたピンク・レディーが,ここから2年間,爆発的なヒットを連発し,オリコン週間ランキングの1位を独占することになる。山口百恵もピンク・レディー旋風には圧倒され,1977年4月1日発売の「夢先案内人」で1週間だけ1位を獲得した以外はオリコン1位になることはなかった。

 松田聖子は「秘密の花園」から「ダンシング・シューズ」まで11曲連続でオリコン1位になっている。そのうち9曲が“初登場1位”であり,1位を獲得した後でベスト10に留まっている期間は短くなっている。ランキング推移のグラフにおいて,青い線よりも赤い線のほうが山が急峻で,ピークの幅が狭いのが見てとれる。
 これは,下に示す1977年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移と2014年4月〜5月のランキングの推移のグラフの違いほど極端ではないが,毎週ランキング1位曲が入れ替わり,オリコン1位曲を増やしたいレコード会社側の意向が反映されつつあることを意味する可能性がある。

 この期間は,中森明菜がデビューしてライバルとなっただけでなく,田原俊彦や近藤真彦,チェッカーズなどの若いアイドルがランキング1位を競っており,1970年代は1年間にオリコン1位曲が10曲前後しかなかったのに対して,1983年20曲,1984年26曲,1985年28曲と2〜3倍にオリコン1位曲が増えている。

 1968年から2014年までの年間オリコン1位曲数の推移を示すので,その傾向を見てほしい。

年間オリコン1位曲数の推移
〔年間オリコン1位曲数の推移(1968年〜2014年)〕

 1981年から増え始めたオリコン1位曲の数は,1986年と1987年に最初のピークとなる。この2年間のオリコン1位曲数は,1986年が46曲,1987年が44曲となっている。1年間は52週であり,オリコン週間ランキングでは年初の2週間を1週分にまとめていることから,1年間は51週となっている。つまり,ほぼ毎週オリコン1位曲が入れ替わったことになる。

 この2年間はレコード会社側が意図的におニャン子クラブとそのメンバーが毎週交互に曲を発売,それ以外のアイドルもそれとかち合わないように新曲を発売することによって,その多くがオリコン初登場1位を獲得し,翌週から一気にランキングを下げるという状況となった。その手法が,2000年代半ばから完全に確立し,ほとんどの(レコード会社の支援があるという意味で)メジャーなミュージシャンは,発売する曲がすべてオリコン1位となっている。

1977年4月〜5月のオリコン順位の推移
〔1977年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移〕

2014年4月〜5月のオリコン順位の推移
〔2014年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移〕

 さて,山口百恵と松田聖子のデビュー4年目〜6年目を比較すると,松田聖子のランキング推移の曲線のピークの幅が狭いのに対して,山口百恵はランキング10位に入っている期間が長くてグラフの幅が広く,ランキングが下がっていくと同時に次の曲がランクインするため,曲と曲の隙間が小さいことがわかる。
 松田聖子には1985年6月24日「ダンシング・シューズ」の後から年末までブランクがある。このブランクは,翌年の郷ひろみとの破局,神田正輝との結婚・出産へと続くことになる。

 山口百恵の後半の4つの山は,それぞれ「プレイバックPart2」「絶体絶命」「いい日旅立ち」「美・サイレント(山の途中まで)」を示している。「プレイバックPart2」で紅白歌合戦の紅組のトリをとった山口百恵だが,実はこの1978年後半には相手の名前は伏せたまま“恋愛中”宣言をしており,YouTubeにはTBS『3時にあいましょう』で司会者の野村・三雲に恋愛の相手は誰か,しつこく突っ込まれるシーンがアップされていたことがある。

 よく見ると,女性歌手としてはほぼ頂点に立ったと思われる「プレイバックPart2」以降に,ややランキングが下がり気味なのは,ピンク・レディーの影響に加えて,“恋愛中”宣言によってアイドル的人気を支えていた若い男性ファンが多少離れていった影響があるのではないかと思われる。

 この3年間のグラフの面積=社会的影響は,山口百恵(青)が2202[ポイント・週],松田聖子(赤)が1585[ポイント・週]となる。この期間の社会的影響は山口百恵が松田聖子をやや上回っている。


(3) 7年目〜9年目の比較

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〔山口百恵と松田聖子 7年目〜9年目の比較〕

 山口百恵(青)は1979年3月1日発売「美・サイレント」〜1980年11月19日「一恵」,松田聖子(赤)は1987年4月22日発売「Strawberry Time」〜1988年9月7日「旅立ちはフリージア」までの3年間の比較である。年齢でいえば,山口百恵が20歳〜21歳での引退,松田聖子が24歳〜26歳直前の期間となる。

 山口百恵のランキング推移でもっとも低い山は堀内孝雄作曲・松本隆作詞の「愛染橋」である。演歌風の曲で,現在でもカバーする人が多い曲だ。デビュー直後の曲を除くと最も売れなかった曲になる。山口百恵の曲としてはインパクトが弱かったことに加えて,そのひとつ前の「しなやかに歌って」発売後のリサイタル中に,“私が好きな人は三浦友和さんです”と発表したことの影響があったのかもしれない。

 1年前の“恋愛中”宣言に続いての“好きな人は三浦友和さん”宣言。デビュー2年目の映画『伊豆の踊子』から,三浦友和とのペアで認識され続けていた山口百恵は,今も昔も恋愛がタブーとされている女性アイドルとしては稀有な存在だったと思うのだが,それでも恋人宣言はランキングに影響した可能性がある。
 そんな中で,「謝肉祭」「ロックンロール・ウィドウ」「さよならの向こう側」「一恵」と,超弩級の曲で盛り返しての引退はさすがだった。

 松田聖子は,この3年間で「Strawberry Time」「Pearl-White Eve」「Marrakesh〜マラケッシュ〜」「旅立ちはフリージア」の4曲しか出していない。いずれも“初登場1位”ではあるが,長くても「旅立ちはフリージア」の7週間しか20位以内に入っていない。1987年は上にも書いたようにおニャン子クラブとそのメンバーを意図的にオリコン1位にする動きが強かった年であり,松田聖子もその動きに飲み込まれたように見える。

 この3年間のグラフの面積=社会的影響は,山口百恵(青)が889[ポイント・週],松田聖子(赤)が353[ポイント・週]となる。この期間の社会的影響は山口百恵が松田聖子を上回っている。


(4) 10年目以降……

山口百恵と松田聖子(1989〜1991)
〔松田聖子 10年目〜12年目のランキング推移〕

山口百恵と松田聖子(1992〜1994)
〔松田聖子 13年目〜15年目のランキング推移〕

 松田聖子の10年目〜12年目のグラフの面積は39[ポイント・週],13年目〜15年目の面積は143[ポイント・週],15年目〜20年目(2000年1月3日まで)は216[ポイント・週]となった。


(5) 山口百恵と松田聖子の比較のまとめ

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〔山口百恵と松田聖子のオリコンランキング順位の推移(再掲)〕

 レコードやCDの売上げ枚数は時代によって大きく異なる。1990年代〜2000年代始めのCDバブル時代は売上げ枚数が突出しており,売上げ枚数で活躍年代の違う人を正確に比較するのは困難である。そこで,相対的な影響力を比較的正確に示すと考えられるオリコン週間ランキングの推移グラフを使って,山口百恵と松田聖子が社会に及ぼした影響を比較してみた。

 デビューから2000年1月3日分までのオリコンランキング順位の推移をあらわすグラフのトータルの面積=社会的影響は,山口百恵(青)が4329[ポイント・週],松田聖子(赤)が4105[ポイント・週]となる。この期間の社会的影響は山口百恵が松田聖子を上回るという結論になった。松田聖子は2015年の現在でも現役であり,2000年以降のポイントを加えれば山口百恵を上回っている可能性もある。

 毎週のランキングから名前を探し出し,順位を読み取る作業は,ある程度連続してランキングに登場している場合は比較的簡単に名前と順位を見つけることが可能だが,数年おきにしかランキングに登場しないものを見つける労力は想像以上であり,今回は2000年以降の松田聖子のポイント計算を断念した。この点については次回までの課題としたい。

 事前の予想では,松田聖子のほうが山口百恵を上回るであろうと考えていたが,予想外の結果となった。1位を20ポイント,2位を19ポイント…20位を1ポイントという重み付けが妥当なのかどうか,少し検討する必要があるだろう。1位と2位の差は,19位と20位の差よりも大きいと考え,指数関数的な重み付けのほうが,より正確な判断ができるかもしれない。


■ 山口百恵とピンク・レディーを比較する

 ずいぶん長くなってしまったが,最後に山口百恵とピンク・レディー,桜田淳子,AKB48を比較したグラフを提示して終わりたい。

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〔山口百恵とピンク・レディーのオリコンランキング順位の推移〕

 ピンク・レディー(赤)がオリコンランキング20位以内にチャートインしていたのは約3年間で,そのうち2年間近くはオリコン1位に君臨し続けた。しかし,約7年半の活動期間中,ほとんどの期間,オリコン20位以内に入り続けた山口百恵(青)が4329[ポイント・週]なのに対して,ピンク・レディー(赤)は2457[ポイント・週]で,トータルの社会的影響は山口百恵のほうが大きかったと考えられる。


■ 山口百恵と桜田淳子の比較

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〔山口百恵と桜田淳子のオリコンランキング順位の推移〕

“デビューしてから数年間は桜田淳子のほうが売れていた”,“引退後の過大評価によって,現在では山口百恵のほうが売れていたと言われるが,実は桜田淳子も同じぐらい売れていた”,という話を聞くことがある。そこで二人のオリコンランキング順位の推移を比較してみた。

 デビューは桜田淳子のほうが約3カ月早く,デビュー曲の「天使も夢みる」が最高位12位まで行ったのに対して,山口百恵のデビュー曲「としごろ」の最高位は37位。
 しかし,1年目の桜田淳子は「天使も夢みる」が12位,「天使の初恋」が27位,「わたしの青い鳥」が18位,「花物語」が9位だったのに対して,山口百恵は「としごろ」37位,「青い果実」9位,「禁じられた遊び」12位で,ベスト10に入ったのは山口百恵のほうが早く,1973年のランキングの面積も山口百恵のほうが大きい。1973年の桜田淳子「わたしの青い鳥」のレコード大賞最優秀新人賞には,疑問の声が多かったことも付け加えておきたい(同年の新人,浅田美代子の「赤い風船」はオリコン1位を記録している)。
 翌1974年も山口百恵が圧倒。唯一1975年はわずかに桜田淳子が上回っている。1976年以降は勝負にならない。

 山口百恵が老若男女に幅広い人気だったのに対して,桜田淳子はアイドルの本道となる男子中高生に人気だったため,周囲に同じ桜田淳子ファンが多かった当時の中高生が,当時の記憶から“実は桜田淳子も同じぐらい売れていた”と主張しているのかもしれない。実態はだいぶ異なっている。


■ 山口百恵とAKB48のオリコンランキング推移を比較する

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〔山口百恵とAKB48のオリコンランキング順位の推移〕

 活動時期が大きく異なるので,手元にデータがあった最新の2015年5月25日の週と山口百恵のラストシングル「一恵」がオリコン週間ランキング20位から消えた1981年1月26日の週のデータで横軸を一致させている。

 オリコン1位曲が4曲しかない山口百恵(青)のほうが,26曲連続オリコン1位を続けるAKB48を圧倒していることがわかる。26曲連続オリコン1位といっても,AKB48は“初登場1位”でランキングに登場し,わずか3〜6週程度でランキング20位から消えていくため,活動期間の半分以上はランキングにいない。

 それに対して,山口百恵は活動期間の大部分がランキング20位以内にいて,20位以下に落ちる前に次の曲がランク入りしてくるため,ランキング20位に入っている期間が途切れないことも多い。

 山口百恵(青)が4329[ポイント・週]なのに対して,AKB48(赤)は 2068[ポイント・週]で,現時点でのトータルの社会的影響は山口百恵のほうが2倍以上になる。オリコン1位曲数の比較では絶対に説明できない,当時の山口百恵の影響力の大きさがわかる。

【関連記事】
ピンク・レディーとAKB48を比較してみた』(2015年8月22日)
オリコン1位が4曲・山口百恵はホントに凄かったの?』(2014年7月31日)

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2015年8月22日

ピンク・レディーとAKB48を比較してみた

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 ピンク・レディーは社会現象だった。私は質実剛健がモットーの男子校の高校生だったが,文化祭では机を並べたステージの上で男子も市内の女子高生も,振り付けをまねて踊り狂った。幼い子供までもが踊った。

 シングル9作連続オリコン1位,10曲連続ミリオンセラー。こんな爆発的な熱狂は二度と起こらないだろうと思った。

 今ではAKB48が26作連続オリコン1位,20曲連続ミリオンセラーなのだとか。こりゃ,開いた口がふさがらないほど凄い。この数値だけを見れば,ピンク・レディーを見たこともない人が,まるで比較にならないと思うのは無理もない。

 だが,AKB48は社会現象になっているだろうか? 一部の熱狂的なクラスターが盛り上がっているだけで,その外にいる人にはリーチしていないのではないだろうか。AKB48の人気が,ピンク・レディーのような圧倒的な社会現象になっている,私にはそんな感じがしない。なぜだろう?

 その原因を探るため,ピンク・レディーとAKB48のオリコン週間シングルランキングの推移をグラフにしてみた。

ピンク・レディーとAKB48のオリコン順位の推移

 青がピンク・レディー,赤がAKB48である。
 横軸が週単位の時間軸(年月週),縦軸がオリコンランキングで上が1位〜下が20位となっている。活動時期が異なっているので,両者が初めてオリコンランキング1位となった週を一致させている。

 グラフを見て,どのように感じるだろうか。

 ピンク・レディーの活動期間がわずか5年弱,オリコンランキングにチャートインしていたのが約3年と短かったのに対して,AKB48の人気が5年以上も続いているのは凄いことだと感じる。
 AKB48のグラフを見ると,20位にも入っていない期間がずいぶん長いことが目につく。ベスト10に入っている期間は,全体の3分の1の週しかない。それに対して,ピンク・レディーはほぼ毎週のようにベスト10に入っていたことがわかる。

 こんなことを言っている人がいた。“昔の「ザ・ベストテン」のような番組があったら,今は毎週AKB48か嵐が1位になって面白くないね”。
 どうやらそれは間違っているようだ。「ザ・ベストテン」が今も続いているとしたら,AKB48が10位以内にランキングされて番組に登場するのは,月に1回か2回ということになる。約2か月に1度,新曲が“初登場1位”として登場し,3週間程度ベスト10圏内に留まると,その後は当分出場なし……というペースだ。

 それでは1977年と2014年のオリコン週間シングルランキングがどのように違っているのかを見てみたい。1977年と2014年の4月〜5月末の期間に,オリコン週間シングルランキング10位以内に入った曲の推移をグラフにしてみた。横軸が週単位の時間軸,縦軸は上が1位〜下が20位である。
 Googleスプレッドシートの制限で,ラインの数が多くなりすぎて右半分がモノクロになって見づらいが,勘弁していただきたい。

1977年4月〜5月のオリコン順位の推移
〔1977年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移〕

 1977年4月〜5月のオリコンランキング1位争いの熾烈さが見て取れる。ピンク・レディーの『カルメン'77』が前月から1位を連続していたが,4月中盤から急激に順位を上げてきた清水健太郎の『帰らない』が5月になって4位から一気に逆転して1位を奪取し,2週連続1位。その間,ずっと2位に甘んじていた山口百恵の『夢先案内人』が5月中頃にやっと1位になるも,翌週は4月からじっくり順位を上げてきたさだまさしの『雨やどり』がとうとう1位となり6月まで連続1位を続ける……
 ベスト10以内に上り詰め,数週間はベスト10を維持したものの上位陣に跳ね返され,そのままランキングを下げていってしまう曲も多い。この時代の「オリコン1位」の壁は厚いのだ。

 以前にも書いたが,“誰もが知っているヒット曲”となるには,グラフの中でランキングを上っていく右上がりのカーブがとても重要だと考えている。新曲がランキングの下のほうに登場し,徐々にランキングを上っていくとともに,世の中でどんどん聴かれるようになる。そして,多くの人が“これいい曲だな”と感じるようになった曲がランキング1位になる。誰もが知っていて,誰もが口ずさめるような曲には,このプロセスが必要なのだ。

2014年4月〜5月のオリコン順位の推移
〔2014年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移〕

 2014年4月〜5月のオリコンランキング順位である。
 横軸がほぼ同じスケールだとは思えないほど,1977年とはグラフのかたちが異なっている。

 各週のランキング1位曲はすべて“初登場1位”だ。1位曲だけじゃない。ベスト10登場曲の多くが初登場である。ベスト10の全曲が初登場の週もある。かつて“初登場1位”はめったにない快挙だったが,現在はほぼすべてのランキング1位曲は初登場1位である。
 初登場でベスト10に入った曲のほとんどが,翌週には20位以下に消えてゆく。抜きつ抜かれつのランキング争いはない。ランキング1位になった曲が,翌週はやっとベスト10に残る程度。3週連続でベスト10に入り続けている曲は,これだけたくさんの曲がベスト10にあるのに,この期間わずか4曲しかない。AKB48と嵐しか出られなくなるから「ザ・ベストテン」が続けられないのではなく,毎週初登場曲ばかりで,しかも翌週には登場しなくなるから「ザ・ベストテン」のようなランキング番組が成立しないのである。

 この9週間の初登場1位曲は,『高嶺の林檎』,『気づいたら片想い』,『Yes we are/ココカラ』,『時空を超え 宇宙を超え/Password is 0』,『ええじゃないか』,『GUTS!』,『泣いてもいいんだよ』,『King&Queen&Joker』,『ラブラドール・レトリバー』である。正直なところ,私は一曲も知らない。

 さて,話をピンク・レディーとAKB48に戻そう。

 ピンク・レディーがオリコン週間シングルランキング1位になったのは9曲,AKB48は26曲である。AKB48のほうが圧倒的に多い。しかし,最初に示したオリコン週間シングルランキングの推移のグラフは,ピンク・レディーを示す青い色のほうが抜きん出ているようにも見える。なぜだろうか?

 AKB48のオリコン1位曲は26曲だが,すべて次の週に1位から陥落しており,ランキング1位の期間は26週ということになる。
 それに対してピンク・レディーは,『渚のシンドバッド』が8週,『ウォンテッド(指名手配)』が12週,『UFO』が10週,『サウスポー』が9週,『モンスター』が8週などと,何週も続けて週間ランキング1位にため,1位になっている週の合計は63週にもなる。ピンク・レディーの活動期間は短いが,ランキング1位となっていた期間はAKB48の2倍以上になるのである。

 1年は52週(しかもオリコンは2010年頃まで1月はじめの1週と2週をまとめていたので,1年間は51週だった)なので,ピンク・レディーは丸々1年2か月という途方もなく長い期間,ずっとランキング1位であり続けたことになる。

エアコンと電子レンジの使用電力の推移

 朝から晩まで動かし続けたエアコン(朝晩は200W〜日中は400W)と,朝昼晩の3回1500Wの電子レンジを動かしたときの,時間と電力のグラフを適当に描いてみた。実際はエアコンが一気に動いたときの電力はもっと大きいが,動かしっぱなしにしたときの電力は300W前後だろうし,電子レンジを1時間も動かすことはないから,あくまで参考としてみてほしい。

 電気代に影響するのはエアコンか電子レンジか?
 W[Wh] = ∫ P[W]・dt
 電気代は使用電力量[W×時間(Wh)]によって決まる。つまり,青いところの面積と赤いところの面積の合計が使用電力量であり,エアコンと電子レンジのどちらが電気代に影響するかを比べるには,青と赤の面積を比較すれば良い。
 この例では,エアコンの青は5300[Wh],電子レンジの赤は4500[Wh]となり,エアコンのほうが使用電力量が大きいことになる(厳密には不適当なところはあるが)。

 ピンク・レディーの全盛期は今となっては短い期間だったが,なぜ社会現象にまでなったのか。オリコン1位曲数の比較,オリコン連続1位回数の比較では,そのすごさが説明不十分なのはなぜか?

 それは大電力の電子レンジを一日に何回使おうが,それでブレーカーが落ちようが,電気代に大きく影響をするのは長時間動かし続ける電気機器のほうであるのと同様に,比較すべきは電力(=オリコンの順位)ではなく電力推移グラフの面積,つまり電力量(=オリコンの順位×期間)だからである。

ピンク・レディーとAKB48のオリコン順位の推移

 ブログが長くなってしまい,うっかりここまで読んでしまった方の画面で最初のグラフはスクロールしてしまっただろうから,もう一度同じグラフを示した。
 なぜ電力量の話をしたかというと,横軸に期間,縦軸にオリコンランキングを示したグラフにおいて,グラフの面積こそが「時代への影響力」を示すのではないかと言いたいがためである。

 時代への影響力 = ∫オリコンランキング×dt

 オリコンランキングを数値化するために,1位を20ポイント,2位を19ポイント…20位を1ポイントとする。20位以下はポイント無し。
 以上の条件で,ピンク・レディーの青とAKB48の赤の面積を算出すると,

 青(ピンク・レディー):2457[ポイント・週]
 赤(AKB48):     2013 2068[ポイント・週]

 私が想像していたほどの差にはならなかったが,2015年の現時点までの「時代への影響力」は,AKB48よりもピンク・レディーのほうが大きかったと言えるのではないだろうか。


山口百恵と松田聖子・AKB48を比較する』に続く……

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2015年7月19日

定額制音楽配信サービスApple Music始まる

Apple Music

 7月1日から,日本でもAppleの定額制音楽配信サービス「Apple Music」が始まった。日本国内ではSMEのような版権保有者が音楽のネット配信に積極的でないため,サービスの開始はもっと遅くなるかと思ったが,ダウンロードからストリーミングへという世界的な流れに逆らうのは難しいようだ。

 5月27日には「AWA」,6月11日には「LINE MUSIC」のサービスが始まり,それらとの違いはどうなのかはとても気になるところ。

 まず「LINE MUSIC」は,あのLINEだからさすがにインストールしたくない。
 LINE MUSICは邦楽に強いらしいが,ちょっと調べると,邦楽と言っても純粋な伝統音楽としての「邦楽」ではなく,J-POPに強いと言うことらしくて,歌謡曲ならともかく,私はJ-POPを聴くつもりはないのでパス。

 となると,AWAとApple Musicのどちらを選ぶかが問題になってくる。

AWAのプレイリスト
〔AWAのお薦めプレイリスト〕

 まず,iPhoneでAWAのプレイリストを表示してみた。
「マジで最高すぎる曲」「かんがえごと」「チュッチュ♪しながら聴きてえな(^^)」「お気に入り!!!」……というプレイリスト名が気持ち悪い。中高生ぐらいがサービスの対象なのだろうか。私は50歳過ぎのおっさんなので,これを見ながら音楽を聴くのは耐え難い。

Apple Music はじめての
〔Apple MusicのFor Youお薦めプレイリスト〕

 MacのiTunesでApple MusicのFor Youお薦めプレイリストを表示してみた。
 既にiTune内にチェット・ベイカーやアンドリュー・ヒルのアルバムがたくさん入っているのに,「はじめての チェット・ベイカー」「はじめての アンドリュー・ヒル」をお薦めするセンス(というかアルゴリズム)が気になるが,AWAの「マジで最高すぎる曲」よりはずっといい。

Apple MusicとAWA
〔AWAとApple Musicで「鈴木勲」を検索してみた〕

 次に登録されている曲のラインナップを比較してみる。

 洋楽か邦楽かはよくわからないが,私が聴きたいジャズやブルーズは,どちらもそこそこラインナップされているように思った。ためしにジャズの「鈴木勲(ベース奏者)」で検索してみると,AWAには登録がなく,Apple Musicにはアルバム2枚が見つかった。私のiTunesのライブラリに劣るまったく満足できない,たった2枚のラインナップではあるが,Apple Musicもなかなかやるね,という印象だ。

(ところで,鈴木勲のアルバムは邦楽? 洋楽?)

 それよりなにより,Apple MusicはiPhoneでもMacでも,そして出力先を換えればリビングのアンプ・スピーカーでも聴くことができるが,AWAはiPhoneでしか聴くことができない。これじゃ満足できない。

 というわけで,私はApple Musicを利用することにした。月額料金は980円(3カ月間は無料トライアル)。

Apple Music Jackie McLean
〔Jackie McLeanの「すべて」「マイミュージック」〕

Apple Music Ornette Coleman
〔Ornette Colemanの「すべて」「マイミュージック」〕

 たとえば,iTunesでJackie McLeanやOrnette Colemanの既存のライブラリー「マイミュージック」に対して,「すべて」という項目が追加になり,ライブラリーに入っていないネット(Apple Music)上のアルバムも表示されるようになっている。

Apple Music Hank Mobley マイミュージック
〔Hank Mobleyには「すべて」が表示されない〕

 ところが,同じiTunesでHank Mobleyのアルバムを表示させると,既存のアルバムがずらりと表示されるが,Apple Music上の「すべて」が表示されない。

 iPhoneの「ミュージック」アプリでも同様だ。

Apple Music 西田佐知子
〔西田佐知子の「すべて」「マイミュージック」〕

Apple Music 久保田早紀
〔Lou Donaldsonと久保田早紀には「すべて」が表示されない〕

 西田佐知子のアルバムを開くと,既存の「マイミュージック」の横に「すべて」が表示されるようになった。まだ「すべて」のラインナップは貧弱だが,いずれ増えてくるだろう。
 それに対して,Lou Donaldsonや久保田早紀には「すべて」が表示されない。
 美人でとても可愛かった久保田早紀が,妙に男前になっているのは笑える。早く直ってほしい。

 なぜJackie McLeanとHank MobleyやLou Donaldsonで違いが生じるのだろうか。たぶん,ミュージシャン名が「Hank Mobley」「ハンク・モブレー」「ハンク・モブリー」のように混在していたりするなど,まだiTunesが完全に対応できていないのだと思われる。

 Apple Musicはまだサービスが始まったばかりで,iTunesの対応もまだバグっぽいところが多いようだ。これはしばらくすれば良い方向にこなれてくるだろう。

Apple Music久保田早紀

 男前の久保田早紀(笑)

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2015年6月20日

映画『ラブホテル』のラストシーン……

 にっかつロマンポルノの『ラブホテル』は相米慎二監督による映画である。脚本石井隆による名美と村木のシリーズで,挿入歌として山口百恵「夜へ…」ともんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」が効果的に使われていることで知られている。ポルノ映画として見に行った客は驚いたであろう,とても切ない映画なのである。低予算・短納期ではあるが,とりあえず裸さえ出てくれば内容は自由に作ることができたという,にっかつロマンポルノらしい傑作だと思う。

映画「ラブホテル」波止場での再会
「赤いアンブレラ」が美しく流れる波止場での再会のシーン。名美が持っているのは,村木がプレゼントした山口百恵のアルバム『A Face in a Vision』。タクシーの中で,ラジオから流れてきた山口百恵の「夜へ…」がB面最後の曲として収められているアルバムだ。
(見覚えのあるこのレコード袋,これ新星堂の袋だね。懐かしい〜)

映画「ラブホテル」 切れた電話
 村木からもらったレコード『A Face in a Vision』の曲「夜へ…」を掛け,不倫相手に電話。切れた電話に向かって語り続ける名美。相米慎二得意の長回しとともに「夜へ…」が印象的に流れ続ける……

『夜へ…(作詞:阿木燿子,作曲:宇崎竜童)』
 修羅 修羅 阿修羅 修羅
 慕情 嫉妬 化身
 許して… 行かせて…
 繻子 繻子 数珠 繻子
 襦袢 朱色 邪心
 許して… 行かせて…
 妖しく 甘やかな 夜へ…
 優しく 柔らかな 夜へ…
 シュル シュル シュルル シュル
 夜へ… 夜へ… 夜へ…

映画「ラブホテル」遠近ツーショット

 さて,問題のラストシーンである。

 名美と村木がラブホテルで抱き合った翌朝,村木が消えていた。買い物袋を抱えて,いそいそと村木のアパートへの階段を下る名美。しかし,村木はアパートを既に引き払っていた。

 そこに階段を下ってくる村木の妻。“赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった”と「赤い靴」を口ずさんでいる。

映画「ラブホテル」階段ですれ違う女二人

 階段の途中で村木の妻と名美がすれ違う。そして,お互いに振り返る。「赤いアンブレラ」と「赤い靴」もすれ違う。“すれ違い”はこの映画のテーマだ。

映画「ラブホテル」花びらが舞う階段の踊場
〔画像はすべて日本映画専門チャンネルの「ラブホテルR-15版」より〕

 問題の階段での幻想的な桜吹雪のシーン。階段で遊ぶ子供たちと桜吹雪。うっかりドサっと大量に桜吹雪を落としてしまった失敗シーンのように見える不自然さが話題になった。

 花びらの下・階段の踊り場・子供たちが遊んでいる……,山口百恵のアルバム『A Face in a Vision』を聴いたことのある方なら,ここでドキッとするはずだ。映画の中でアルバム最後の曲「夜へ…」が使われているからではない。同じアルバムのA面一曲目「マホガニー・モーニング」を思い出すからである。

 映画の中にも,小道具としてアルバム『A Face in a Vision』が出てくることから,スタッフ達はこのアルバムの「夜へ…」以外の曲も聴いているに違いない。ひょっとしたら……いや,当然「マホガニー・モーニング」を意識したんじゃなかろうか。

「マホガニー・モーニング」の歌詞は次の通りである。
(作詞:阿木燿子,作曲:芳野藤丸)

 はらはらと散ってゆく花びらの下で
 年老いたその人は 一日座ってる
 起きたまま見る夢を 当ててみましょうか
(中略)
 階段の踊り場では 子供が遊んでいる
 褐色の肌の色
 そっと そっとしてあげて
 マホガニー・モーニング

 念のため書いておくと,私は映画『ラブホテル』を映画館でリアルタイムに見たわけではない。ずいぶん前に真夜中のテレビでやっているのを偶然見て感動し,当時使っていたβマックスのビデオやDVDが出るのを長年待ち続け,念願叶って10年ぐらい前にやっとDVDを購入したのである。

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2015年3月21日

消えゆく鼻濁音〔山口百恵のきれいな鼻濁音〕

「鼻濁音」来世紀ほぼ消滅? もともと使わない地域も…(2015年3月5日 朝日新聞デジタル)

 日本語で優しく響く発音とされるガ行の「鼻濁音(びだくおん)」を日常生活で使う人は5人に1人しかおらず、全国的に著しく衰退しつつあることが、国立国語研究所の調査でわかった。来世紀には東北地方でわずかに残るだけとなり、それ以外の地域は消滅する可能性が高いという。

 ガギグゲゴには通常の濁音と、息を鼻に抜いてやわらかく発音する鼻濁音がある。たとえば「学校」のガは通常の濁音で、「鏡」のガは鼻濁音で発音する。特にアナウンサーの場合、鼻濁音の発音は欠かせない。ただし、もともと鼻濁音を使わない地域も多い。

Photo_2

 西日本では濁音と鼻濁音の使い分けをしない人が多いという話は聞いたことがあったが,中国・四国・九州では,ほぼ100%が「鏡」に鼻濁音を使わないということに驚いた。それらの地方では,ローカル局のアナウンサーも鼻濁音を使わないのだろうか?

 私は崩壊アクセント地帯(無アクセント地帯=宮城・山形県南部〜福島県〜茨城県・栃木県あたり)である福島県の阿武隈高地の出身なので,上京したときから言葉の発音やアクセントに強いコンプレックスがあった。

 逆にそのコンプレックスが,鼻濁音の発音ができなくても平気なタレントやアナウンサーに嫌悪感を生じさせていたのかもしれない。「鏡」に鼻濁音を使わないしゃべり方が好きじゃないのである。一般人の場合はどちらでもいいのだが,テレビやラジオで濁音と鼻濁音の使い分けができない人が“しゃべりのプロとして”しゃべるのを聞くのがイヤだった。スポーツ中継以外の民放のテレビ番組をほとんど見ないのもそれが理由のひとつだ。

 実は,学生の頃からモダン・ジャズと山口百恵ばかり聴いていたというのも,「鼻濁音」の影響が大きい。とても意外に思えるかもしれないが,デビュー直後の14歳の頃から山口百恵は濁音と鼻濁音の使い方が完璧なのだ。

 『としごろ(作詞:千家和也 作曲:都倉俊一)』
 陽に焼けた あなたの胸に
 眼を閉じて もたれてみたい
 潮風「が」鼻をくす「ぐ」る
 めざめてくる とし「ご」ろよ

 『ひと夏の経験(作詞:千家和也 作曲:都倉俊一)』
 あなたに女の子の一番 大切なものをあ「げ」るわ
 綺麗な涙色にか「が」やく 大切なものをあ「げ」るわ
 愛する人「が」喜ぶなら それで幸せよ

 『教室を出たら大人(作詞:なかにし礼 作曲:鈴木邦彦)』
 喫茶店の〔ガ〕ラス窓にうつる(〔ガ〕は濁音)
 あなたの横「が」おは 大人の匂い「が」する
 お茶をのむ素振り「が」妹みたいだと
 たばこをもみ消しな「が」ら つぶやくあなた

 完璧な濁音・鼻濁音の使い分けである。2枚目のシングル『青い果実』からの「青い性路線」の曲は,ともすれば嫌らしくべとついた感じになってしまいそうな歌詞だったが,そうならなかったのは,濁音・鼻濁音を完璧に使い分けた丁寧な発音のおかげもあったんじゃないかと思う。

 山口百恵の引退後,そのまま松田聖子や中森明菜を聴くようにならなかったのは,彼女ら1980年代の歌手が鼻濁音をちゃんと使えていなかったからとも言える。その後のJ-POPも同様である。鼻濁音に関しては,どんどんひどくなっている。まさに,「鼻濁音を日常生活で使う人は5人に1人」という記事の通りだ。

 結局,ファドやシャンソンも聴くようになると同時に,日本の歌謡曲を年代を遡って聴くようになった。由紀さおりや青江三奈,伊東ゆかり,美空ひばりなどの1970年代以前の歌手(の一部)は,ちゃんと濁音・鼻濁音ができているから,聴いていて妙な違和感を感じない。

 まさに古い人間の戯言である。

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2015年2月 7日

He Loved Miles Madly …… 中山康樹さん死去

Milesgetup

 元スイングジャーナル編集長で『マイルスを聴け!』の中山康樹さんがお亡くなりになった。まだ62歳。早すぎだろ……

 追悼の思いで,朝からMiles Davisの『GET UP WITH IT』を聴いている。

 一曲目は,マイルスがデューク・エリントンに捧げたレクイエム“He Loved Him Madly”。演奏が始まってから16分過ぎ,マイルスがたった一音パーッと吹くだけで,涙がちょちょぎれる。マイルスはやっぱりすげえや。

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