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2016年7月 6日

川口市保存の京急デハ230形がボロボロに…

 京急の貴重な車両、管理されずボロボロ…譲渡へ(2016年07月03日 読売新聞)

 埼玉県川口市は、同市青木町公園総合運動場に約40年間展示され、老朽化が激しい京浜急行電鉄の「デハ230形」客車の無償譲渡を決め、補修と移転展示を引き受ける団体の公募を始めた。

 当時のままの姿で国内に残る同形車両は他県を含め今や3両だけ。市立科学館の新田光一館長は「応募がなければ廃棄になる。いい引き取り手が出てほしい」と願っている。

 市や京急によると、デハ230形は全長16メートル、重さ33・5トン。1929年に製造され、京急線全線で使われたが、78年に営業運転を終えた。79年、同形車両1両が京急から鉄道ファンを通じて川口市に譲渡され、同運動場内の旧市立児童文化センター前に置かれた。車内で遊ぶこともできた。

 しかし、2003年、管理者の同センターが市立科学館に組織変更し、管理は行われなくなった。窓ガラスが割れ、塗装がはがれるなど傷みが進み、市民らから「珍しいので残すべきだ」「保存を検討してほしい」などの声も上がった。

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〔元京急230形の琴電30形3代目(2002年12月22日撮影)〕

 京浜急行のデハ230形電車は,京急の前身のひとつである湘南電気鉄道のデ1形やデ26形,京浜電鉄のデ71形,デ83形などを,大東急〜京浜急行電鉄の分離時に整理統合した型式である。1930年から1940年に製造されていて(読売新聞の記事では1929年となっているが,たぶん間違いだと思う),たとえば「デゴイチ」こと国鉄D51形蒸気機関車が製造された1935年〜1950年よりも古い時代に作られた車両が多いのである。

 同じように歴史のある車両だが,蒸気機関車は古い鉄道車両のシンボル的な存在になっているため,たとえばD51形蒸気機関車は動態保存されている車両の他に,全国で180両近い車両が公園などに静態保存されている。D51以外の車両も含めるとその数は膨大になる。
 蒸気機関車に比べると,古い電車や気動車,客車,電気機関車,ディーゼル機関車は,まったくといっていいほど価値が認められておらず,デハ230形は全国でわずか3両だけになってしまった(川口市の車両を含む)。

 上に写真を載せた高松の琴電に譲渡されたデハ230形電車は,近年まで丁寧に使われて運用に入り続け,2007年まで現役だったが,残念ながら廃車となった。

 川口市の青木町公園総合運動場の展示場所を見ると,デハ230形車両は完全な雨ざらし状態である。2003年から管理が行われなくなったという。鉄道の車両を10年以上も直射日光のある場所で雨ざらしにしたら,すぐに修復不可能な状態になることは自明である。完全に補修すると1000万円以上もかかる見込みらしい。

 読売新聞の記事の写真には,デハ230形車両の後ろに屋根付きの車庫があるのが見える。実は,ここには国鉄9600形蒸気機関車が格納されている。ここでも蒸気機関車偏重,SL一辺倒なのだ。蒸気機関車には屋根が付いて,電車は雨ざらし。どういう意図でこのような管理をしていたのだろう。

 このようにボロボロになるほど荒廃させてしまってから,補修と移転展示を引き受ける団体の公募を始めるというのは,あまりに無責任だと思う。「放置してボロボロにしてしまい,多額の費用を計上して廃棄した」という批判を避けたい,うまく引き取り手が見つかって廃棄費用の負担がなくなれば一石二鳥,たとえ引き取り手が見つからなくても,なんとかしようとしたというアリバイはできる。そのための引き受け団体の公募ではないだろうか。

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