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2015年12月14日

鉄道林より中学校からの景観が大事な村

 鉄道林が学校の眺望遮る JRに伐採要望(2015年11月18日 河北新報)

 山形県戸沢村の戸沢中(生徒125人)で、防風雪のためJR(旧国鉄)が線路沿いに植えたスギの鉄道林が半世紀以上たって大木となり、校舎、校庭からの自慢の眺望を遮っている。村は3年越しでJRに伐採を求めているが見通しは立っていない。

 戸沢中は敷地南側斜面の下にJR陸羽西線が走り、その奥に最上川が流れる。高台にあるため眺めが良く、校庭側の眼下に川の流れや対岸の山並み、南西には遠く月山も一望できた。旧校歌には「学びの庭に月の山」「最上川流れゆくなり」とある。
 一帯の約1キロ区間に鉄道林のスギが植えられたのは70年前ごろからで、戸沢中付近は約50年前という。現在地で1971年に開校した当時、若木だったスギは高さ15メートル以上に成長。今ではうっそうとした林の壁となって景観を損ねている。

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〔後方のスギは中学校の新校舎より高く、視界を遮る。手前では再来春に併設される小学校の基礎工事が進む(河北新報)〕

 開いた口がふさがらなかった。山形県最上郡戸沢村の戸沢中学校から月山が見えなくなったから鉄道林を伐採してほしいと,JR東日本に村長や教育長らが要望したのだという。村民の9割以上が要望書に署名しているらしい。ローカル線沿線の自治体や住民が,鉄道にまったく関心がないことがわかる。鉄道路線に存廃問題が生じてからじゃないと,鉄道が正常に運行されていることのありがたさに気付かないのだろう。

 さて,この記事を読んで,戸沢村の戸沢中学校周辺の地図を開いたのだが,いろいろ疑問点が湧いてくる。

 まず,最初の写真に写っている戸沢中学校の新校舎の位置についての疑問である。Googleマップの航空写真で戸沢中学校を表示してみる。

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 戸沢村立戸沢中学校の校舎の南側にあるグラウンドで基礎工事が行われているのがわかる。これが写真に載っている新校舎だと思われる。
 その南側にあるのが陸羽西線(奥の細道最上川ライン)の鉄道林だ。
 現在は中学校が新校舎に移り,旧校舎を取り壊して,その跡地では再来春に併設される小学校の基礎工事が進んでいるのだろう。

 戸沢中学校の旧校舎と鉄道林の間には広い校庭が存在したため,校舎からの視界は開けていたはずだ。校舎を鉄道林のそばに移設すれば,校舎からの視界が鉄道林に遮られるようになるのは当然である。旧校歌に「学びの庭に月の山」と歌われた月山が見えなければ困るのであれば,なぜ鉄道林のすぐ横に校舎を移設したのだろうか。


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〔1976年、3階建て旧校舎から見た校庭での雪遊びの様子。鉄道林はまだ低く、最上川越しに里山が一望できた(河北新報)〕

 旧校舎の3階から見た校庭の写真である。まず,鉄道林が低かった頃でも,「最上川流れゆくなり」と歌われた最上川は校庭からは見えなかったことがわかる。

 そもそも,校歌に山や川が歌われていても,学校からその山や川が見えないことはよくあることだ。見えないからといって,その視界を遮る木やビル,川の堤防を撤去してほしいと思ったりしないのが普通である。

 それでは,戸沢中学校旧校歌で「学びの庭に月の山」と歌われた月山はどのように見えるのだろうか。国土地理院の地形図を見ると,戸沢村から月山が見える場所は意外に少なそうだ。実際,戸沢村にとって月山がシンボルになるのであれば,戸沢村のWebサイトには村から見える月山の写真が掲載されていても不思議ではないが,月山の写真は一枚も見つけることができなかった。

 山形県を代表する山,月山は標高が1984m。湯殿山,羽黒山とともに出羽三山のひとつで,山岳信仰の山として知られる。
 標高1984mと高い山だが,戸沢中学校からは24kmも離れており,間近にそびえるという感じではないはずだ。戸沢中学校は海抜62mのところにあるため,計算すると月山の頂上は4.58°の仰角で見えることになる。頂上を見上げるというほどの角度ではない。

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〔赤丸が戸沢中学校。南西側に青丸で示す里山が並ぶ〕

 地理院地図において戸沢中学校から月山のある南西方向には,上図の青丸で示す里山が並んで見えることがわかる。それぞれの里山のピークは,戸沢中学校から見て左側から,標高211m,246.5m,200m,160m,151.9m,150m,175.9m,152mとなる(上の地図の一番右の山,戸沢中学校からは一番左に見える211mの山より,その手前の167mの山のほうが高く見えるかもしれない)。

 たかだか200m前後の山だが,戸沢中学校からの距離は1.8km程度と近くにある。遠くにある高い山よりも,近くにある低い山のほうが高く見えることはよくある。
 静岡県の沼津市は富士山のすぐ近くにあるが,沼津市のすぐ北側には愛鷹山という標高1187.5mの山が立ちはだかるため,沼津市からは富士山がよく見えなかったり,見えても山頂がチラッと見える程度になる。それゆえ,愛鷹山は「富士隠し」とも呼ばれる。

 新聞記事や戸沢村の言うことを信じないわけではないが,戸沢中学校の南西側にある標高200m前後の山が「月山隠し」になり,戸沢中学校からはもともと月山が見えない可能性がある。

 それでは,1.8km離れたところに標高何メートルの山があると月山よりも高く見えるのだろうか。本来なら,カシミール3Dのようなソフトを使って確認すれば良いのだろうが,残念ながら私はMac使いなのでWindows用のカシミール3Dは使えない。とりあえず手計算で見積もってみる。

 海抜62mの戸沢中学校から月山の頂上を見たときの仰角は4.58°と計算済みだ。1800[m]の距離にある h [m]の山の仰角が4.58°になるのは,

 tan(4.58°) = ( h - 62 ) / 1800 から h = 206.2[m] となる。
 
 戸沢中学校の南西側1.8kmにある206.2mの山は,月山と同じ高さに見える。山頂に高さ10mの木が生えていたとすると,200mより低くても月山より高く見えることになる。

 なんとも微妙な高さとなった。月山がどの方向に見えるかを,もう少し正確に把握しなければ,戸沢中学校から月山が見えるかどうかがわからない。

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〔戸沢中学校から月山が見える方向〕

 地理院地図に戸沢中学校と月山を結ぶ線を引いてみた。赤丸が戸沢中学校,青丸が月山を隠しそうな里山になる。160mと151.9mの里山の間の標高130m弱のところに,月山はちゃんと見えるようだ。
 また,戸沢中学校と月山を結ぶラインには,13km先に標高934mの剣崎山の頂上もある。これも「月山隠し」になりそうだが,剣崎山の仰角を計算すると3.84°になるので,月山の4.58°より小さい。月山の山頂はかろうじて見ることができそうだ。

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〔戸沢中学校から見える月山のイメージ(由比から見える富士山)〕

 戸沢中学校からは,最上川の対岸にある里山と同じぐらいの高さではあるが,月山がちゃんと見えることがわかった。そびえるように見えるわけではないが,信仰の山でもあり,それが見えることの村民の意義を推し量ることは難しい。

 校庭の広さが100mあったとすると,
 tan(4.58°) = x / 100 から,x = 8.0 [m]
となり,鉄道林が校庭に生えていたとしても,8m以下の高さなら校庭の端から月山の頂上が見えることになる。
 陸羽東線は校庭よりも10数メートル低いところを通っているため,鉄道林が15メートル以上あったとしても,校舎が鉄道林から100m程度離れていれば,月山は見え続けていただろう。

 戸沢村が鉄道林より校舎から見える月山のほうが重要だと考えるのであれば,なぜ鉄道林の近くに中学校の校舎を移設したのだろうか?
 さらにその北側に建築中の小学校の校舎は,中学校の校舎のすぐ横に造られているため,鉄道林を伐採したとしても小学校の校舎から中学校の校舎が邪魔になって月山は見えない。それでも良かったのか? 村民(の9割以上)にとって月山が見えることは,鉄道林の伐採をJRに要望するほどまで重要なものなのであれば,校舎の移設計画立案・設計段階で,月山の見え方を考慮すべきだったのではないだろうか。

 蛇足になるが,戸沢中学校の旧校歌の3番の歌詞には,「雲光る鳥海の峯」と山形県の最高峰である鳥海山(標高2236m)も歌われている。月山とは逆に,戸沢中学校の北北西側に鳥海山はそびえているが,中学校の県道をはさんだ北側には海抜92mのこんもりとした起伏があり,うっそうと茂る木々のために中学校から鳥海山は見えないと思われる。
 仮に,鉄道林伐採費用,そして代替となる防風雪柵の設置費用を戸沢村が全額負担して,鉄道林を撤去したとして,もともと見えない鳥海山の眺望はどうするつもりだろうか?

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〔戸沢村の陸羽東線古口駅前から月山方向を見るが,駅のすぐ後ろにある標高86.8mの山と木々が邪魔になって月山は見えない〕

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〔古口駅の近くの角川から月山の方向を見る(月山は見えない or 写らない〕

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 戸沢村名物の最上川舟下り。戸沢村の中心である古口は最上川舟運で栄えたところ。

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