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2015年8月 8日

一塁へのヘッドスライディング批判を否定する理由

 甲子園での夏の高校野球が始まった。真夏の炎天下で白球を追う高校球児の姿は夏の風物詩になっているが,選手の健康面を危惧する声や,清々しさやひたむきな態度を過剰に美化・演出する報道への批判も多い。

 高校野球への批判の中で,ちょっと気になるのが「一塁へのヘッドスライディング」「ヘッスラ」批判である。それも,ヘッドスライディングは危険だからという批判ではなく,「走り抜けたほうが早いのに」というものだ。

 確かに,私が野球をやっていたときも「一塁は駆け抜けろ」と指導された。「一塁は駆け抜けたほうが早い」と。それが,ほぼ常識となっているのは確実である。

 これは本当に科学的に根拠のあることなのだろうか。実測した数値はあるのだろうか?

■ 古い新聞記事の記憶

 私は一塁へのヘッドスライディングの有無による到達時間の実測値が載った新聞記事を読んだ記憶がある。ずいぶん古いことなので,何年何月という記憶はまったく残っていないが,確かに一度だけ,朝日新聞の記事に,一塁へのヘッドスライディングは本当に遅いのかどうかを実測した結果が載っていたのを覚えている。

 新聞の縮刷版等を調べなおしたわけではないので確証はない。しかし,載っていた結果が印象深かったので,記事の概要は覚えている(記事には到達時間の測定結果まで記載されていた)。それは次のようなものだった。

〈ヘッドスライディングが得意な選手は,ヘッドスライディングしたほうが早い〉

■ 一塁へのベースランニングは走り幅跳びの助走に近い

 走る速さの究極を競う陸上競技において,選手は誰もが胸を出してゴールラインを駆け抜ける。ゴールラインにヘッドスライディングする選手はいない。これが,一塁へは走り抜けたほうが早いと言われる根拠になっているものと思われる。

 陸上競技の短距離走で選手が胸を出してゴールラインを駆け抜けるのは,ゴールの判定を胴体で行っているからだ。ゴールラインに達するのが身体のどの部分でもかまわないというルールだったらどうなるだろうか。ゴールの瞬間,腕を前に伸ばすのではないだろうか。

Photo

 ノルディックスキーの距離競技やスピードスケートのショートトラックのゴールは,胴体ではなく足首やブレードの先端がゴールに到達した瞬間で判定される。これらの競技では,ゴール間際にデッドヒートになると,ゴールを走り抜けるのではなく,最後の瞬間に走るのをやめ,足をゴールラインに伸ばすことによって,一瞬でも早くゴールラインを切ろうとする。

 ゴールの判定が胴体によって行われるか,足先によって行われるかだけで,これほどの違いが出てくるのである。

 野球のベースランニングは,単にある地点を駆け抜ければゴールとなる陸上競技の短距離走とは違う。野球のベースランニングでは「ベースを踏む」という行為が重要になる。これが最大の違いだ。全力で疾走した状態で一塁ベースを踏むためには,事前に足を合わせるというある意味で高度な調整が必要になる。

 草野球をやると,初心者がベースを踏まずに走り抜けてしまうことがある。野球をやったことがない方にはにわかに信じがたいことかもしれないが,これは実際によくあることだ。

 ゴールの瞬間に足を合わせてベースを踏まなければいけないという意味で,ベースランニングは100m走よりも走り幅跳びの助走に近いと言える。一塁ベース付近を早く走り抜けるだけではセーフにならないのだ。

 ただし,一塁ベースに足を合わせることをせずに,ひたすら全力疾走できる方法がひとつだけある。それがヘッドスライディングで一塁ベースに触塁するケースである。

■ スライディングには2種類ある

 フット・ファースト・スライディング(脚からの滑り込み)とヘッドスライディングの2種類という意味ではない。二塁,三塁に到達するときのように,オーバーランできない状況でのスライディングと,一塁と本塁のように,オーバーランが許される場合のスライディングがあるという意味である。

 スライディング中の状態,つまり砂や芝生の上を身体が滑っている状態は,推進力がまったく存在せず,速度を低下させる摩擦力のみが働いているので,滑っている時間が長ければ長いほど(つまり遠くからスライディングすればするほど),ベースへの到達時間は遅くなる。
 二塁や三塁ではオーバーランが許されないため,全力疾走状態の速度をベース上でゼロにするために,スライディング時間を長くする必要が生じる。これは仕方がない。オーバーランしてしまっては,アウトになる可能性が高くなるし,逆にベースの近くでスライディングすれば,急激な減速のためにケガをする危険性が高くなる。

 走り抜けるよりも早く一塁ベースに触れるためには,オーバーランできない状況でのスライディングのように,一塁ベースのかなり手前からヘッドスライディングしてしまっては,遅くてダメなのは当たり前なのである。

■ 一塁へはヘッドスライディングのほうが早い場合がある!

 一塁へヘッドスライディングで早く到達する,それはどういう場合か。ここまでの考察から結論は導かれる。

 一塁ベースのすぐ近くまでひたすらに全力疾走し,指先からベースに触塁した後はベースの上を勢いよく滑り抜けるぐらい(滑り終わったときにはベースが腹や太股の位置にあるぐらい)ベースの近くでヘッドスライディングするのだ。一塁ベースではオーバーランが許されるので,指先で一度ベースに触れていれば,その後は一塁ベースに触れていようがいまいが関係ない。

 ただし,ケガをする危険性が増えることを考えると,指導者は「ヘッドスライディングしたほうが良い」とは言えないと思う。

■ 素人のたわごとにしないために

 根拠らしいものが少しでもあったほうが良いので,朝日新聞の記事,もしくはその元になった情報を探してみた。新聞社のWebサイトは,過去の記事の検索に対してまったく無力なのは,まあ,ご存じの通りである。

 しかし,さすがは国立情報学研究所「CiNii」のデータベースである。たぶん朝日新聞の記事のネタになったと思われる論文が見つかった。

 大阪体育大学 淵本隆文氏の「一塁ベースへのヘッドスライディングに関する動作学的分析」という1995年の論文である。

 この論文の結論は以下の通りである。

 一塁ベースへのヘッドスライディングは、ベースタッチまでのスライディング距離を短くすれば、走り抜けるよりもベースタッチが早くなる可能性が示唆された。

 興味のある方は,読んでみることをお勧めする。

(本エントリは2010年9月2日の「高校野球の一塁へのヘッスラ批判は妥当なのか」の後半を抜粋,編集したものである)

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コメント

これはどうなんでしょうね。

地球の重力加速度等を考慮すると計算では4m以内からヘッドスライディングの方が速いそうですが、地球は緯度によって重力加速度は変化しますし、地面の摩擦係数も場所によって色々変化あるので一概には言えませんよね。

投稿: Gackt | 2020年4月25日 20時22分

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