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2015年8月の20件の記事

2015年8月29日

池上線戸越銀座駅のリニューアル計画発表

 東急池上線戸越銀座駅リニューアル“木になるリニューアル”が始まります。(2015年8月21日 東急電鉄ニュースリリース)

当社は、沿線の皆さまがイキイキと働き、快適に暮らし、楽しみのある街を実現するために、新たな取り組みとして「いい街 いい電車 プロジェクト」をスタートさせました。
その一環として、2015年9月から、東京・多摩産材の木材による戸越銀座駅リニューアル「木になるリニューアル」に着手します。

これは、開業より約90年が経過した戸越銀座駅を、駅をご利用されるお客さまや周辺住民の方のご意見を参考に、木造駅舎の雰囲気を踏襲したリニューアルを行うものです。具体的には、東京都内で生産される多摩産材を用いたホーム屋根、トイレの建替え、駅舎内外装を改修すると共に、商店街と連携した駅施設のデザインやまちの情報発信機能等を整備し、まちの話題づくりと来街促進を図ります。2016年夏頃の竣工を予定しています。

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[戸越銀座駅ホーム屋根 イメージパース(東急電鉄のサイトより)]

 東急池上線戸越銀座駅のリニューアル計画が発表された。「木になるリニューアル」として,現在の木造駅舎の雰囲気を踏襲したリニューアルになるようだ。

 ホームの線路側に柱がない。木造駅舎になるのか,それとも木造駅舎風になるのか,ちょっと気になるところではある。2面2線ホームの特徴を活かして,ホームの壁側全体に長い(ホームの全長に近い)木製のベンチを設置してはどうだろうか。木造の駅舎・木造のホーム上屋には,プラスチック製のベンチではなく長い木製ベンチが似合うと思う。

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2015年8月28日

柔道の野村忠宏氏に国民栄誉賞を

 野村忠宏に国民栄誉賞を Rソックス・上原が訴える(2015年8月26日 デイリースポーツ)

 8月29日に出場する全日本実業柔道個人選手権大会限りでの現役引退を発表した五輪柔道3連覇の野村忠宏(40)についてレッドソックスの上原浩治投手(40)が26日、国民栄誉賞授与を訴えた。

 上原は公式ブログに「とうとうこの日が来てしまったね。29日の全日本実業柔道個人選手権で引退…。怪我との戦い、その中でも凄い実績をあげてきた。オリンピック三連覇」と、その業績を記した。

 そんな野村の引退を聞いて、上原は「なぜ国民栄誉賞が野村さんに渡らないんだろう?いまでも思ってます」と訴えた。

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 上原投手の言う通りだと思う。

 1996年アトランタ,2000年シドニー,2004年アテネ,オリンピック柔道で三連覇。とてつもない偉業なのに,なぜ野村忠宏氏は国民栄誉賞をもらえないのだろう。

 同じことが,アテネ,北京,そしてロンドンのオリンピック女子63kg級レスリングで三連覇を達成し,四連覇の可能性まである伊調馨選手にも言える。伊調選手は2003年5月以来負け知らずという,圧倒的な強さを継続しており,連勝記録でも同じオリンピック女子55kg級レスリングで三連覇をして国民栄誉賞を受賞した吉田沙保里選手を上回っている。

 国民栄誉賞の基準がいい加減すぎやしないだろうか?

 ちなみに,オリンピックの金メダリストで国民栄誉賞を受賞しているのは,柔道の山下泰雄氏(金メダル1個),女子マラソンの高橋尚子氏(金メダル1個),女子レスリングの吉田沙保里選手(金メダル3個)の3人である。

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2015年8月25日

奈良で渋滞解消のために歩道撤去するも…

 人より車優先と苦情…歩道撤去、路肩歩行相次ぐ(2015年08月22日 読売新聞)

 奈良県が県庁西側の歩道を撤去した今春以降、車道の路肩を歩く人が目立ち、危険性を指摘する声が上がっている。

 観光客も少なくなく、県は歩道代わりの通路を設定し、看板で誘導しているが、路肩歩行者は後を絶たず、新たな対策を検討している。

 歩道がなくなったのは、県庁と西隣の県文化会館の間にある幅10メートルの市道。県庁側に幅2・4メートルの歩道が約100メートルにわたって設けられていた。

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〔問題の奈良県庁西側の道路と奈良県庁西交差点〕

 上のGoogleマップの中央が奈良県庁西交差点,右上が奈良県庁で,東西を貫く広い通りが大宮通り。南側全体が興福寺の境内である。
 問題になっているのは奈良県庁西交差点から北に延びる市道の奈良県庁側で,以前は片側1車線の道路に片側だけ歩道があったところを,歩道をつぶして車線を増やし,奈良県庁西交差点の左折車線にしたため,路肩を歩く人が目立つようになったという。

 奈良県庁の北側には県立美術館があり,近鉄奈良駅や興福寺から県立美術館に向かう人は,県庁西交差点の横断歩道を県庁側に渡ったあとで矢印のように歩くことになる。従来は横断歩道を渡った正面に歩道があったが,それが撤去されたため,西側を大きく迂回することになる。

 近鉄奈良駅から県立美術館に向かうとき,駅から出る際に大宮通りの北側に出るか,駅を出たところの横断歩道で北側に渡ってしまえば,県庁西交差点で大宮通りを渡る必要はないが,そこで大宮通りの南側の歩道を歩いてしまうと,途中に横断歩道はないので,どうしても県庁西交差点の横断歩道を渡ることになってしまう。
 記憶では,地下にある近鉄奈良駅から地上に出るときに,階段ではなくエスカレーターやエレベーターを使うと,大宮通りの南側にある奈良近鉄ビルに出ることになったはずなので,どうしても大宮通りの南側を歩いてしまう人が多いのだと思う。記事の中で,県が県警と設置を協議中という横断歩道ができれば,問題は改善するかもしれない。

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 奈良県庁西交差点の歩道を渡り終えた状態をGoogleストリートビューで表示してみた。右の建物が奈良県庁である。歩道を撤去して作った左折車線に停車する車と,まさに今,問題の路肩を歩こうとしている女性が写っている。

 女性が歩こうとしている路肩は側溝の上も含めれば4〜50cmぐらいある(50cm程度あるとしたら,うっかり路側帯にも見える)のに対して,市道の左側(西側)の路肩は数cm程度で無いに等しい。さらに左側の,奈良県庁が求めている県文化会館の前庭の中を通るコースはかなり遠回りに感じるし,問題の路肩を歩きたくなるのはよくわかる。左右の路肩の幅の違いは,道路管理者が歩行者を誘導しているようにも見えるからである。
 実際には,危険な路肩を歩いて県庁の北側まで行っても,県立美術館側に渡る横断歩道はなく,結局遠回りをしてしまうのだが。

 渋滞が慢性化している奈良市中心部。奈良県庁周辺は官庁街である上に,奈良公園周辺への観光客の車が重なる。その中でも県庁東交差点とこの奈良県庁西交差点の渋滞がひどいらしく,歩道撤去は渋滞緩和のためのやむを得ない施策と考えたのだろう。

 奈良市街地への流入交通の抑制が必要なことは,奈良県・奈良市もわかっているはず。古都だから道幅の狭い道路が多く,それを拡幅する計画もいろいろあるようだが,歴史を壊す施策はばかばかしい。もっと強力にパーク・アンド・バスライド施策を進めるしか方法がないと思う。

 今回の施策の発端は,県庁東隣へのバスターミナルを備えた複合施設「登大路ターミナル(仮称)」の整備計画だという。このバスターミナルが,パーク・アンド・バスライドの推進を考慮したものだったのなら納得もできる。

 もっとも,世の中には歩道などなく,路肩しか歩くことができない道路も多いのだが……

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2015年8月24日

山陽新幹線N700系の金属カバー脱落事故

 脱落カバーの「座金」は再利用…山陽新幹線事故(2015年08月21日 読売新聞)

 今月8日に福岡県内を走行中のJR山陽新幹線から金属カバーが脱落して車体に当たり、乗客1人が負傷した事故で、カバーを車体に固定するために使っていた部品の一部が、社内ルールに反して再利用されていたことがわかった。

 JR西日本は、カバーを固定したボルト自体の締め方が不十分だったのが脱落の原因とみているが、部品の再利用と事故との関連も調べる。

 JR西関係者によると、再利用されたのは、表面に凹凸の特殊加工がされた「座金(ざがね)」という金具。車体とアルミ製カバー(幅71センチ、高さ62センチ、重さ6・5キロ)を固定するボルトの頭部分と、カバーの間に座金2枚を挟み込み、凹凸をかみ合わせることで、ボルトの緩みを防いでいた。

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 JR西日本のN700系新幹線の金属カバーが脱落した事故は,ボルトの締め付けトルクが不十分だったのが原因とみられているが,ちょっと疑問を感じる情報が出てきた。

 社内ルールで禁止されていた座金(ワッシャ)の「再利用」である。

 ばね座金(スプリングワッシャ)や皿ばね座金は,規定トルクで一度締め付けると緩み止めとしての効果が多少落ちるので,再利用禁止にしているのはわかる。取り替えるのが面倒くさいから再利用したというのは論外だが,コストダウン要求のために作業現場で予備のワッシャーの入手手続きが煩雑だったりしないか,ちょっと気になる。

「座金2枚」ということから,単純なばね座金+平座金の組み合わせなのかと思ったが,よく読むと「表面に凹凸の特殊加工」「座金2枚を挟み込み、凹凸をかみ合わせることで、ボルトの緩みを防いで」とあり,これは緩み止め効果の高いノルトロックワッシャーが使われていたものと思われる。

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〔ノルトロックワッシャーのイメージ画像(「DIY-TOOL.COM」より)〕

 ノルトロックワッシャーは「再利用可能(山がつぶれていない場合)」をウリにしている。今回使用している車体のカバーは柔らかいアルミ合金なので,ノルトロックワッシャーなら数回再利用しても問題なさそうだ。JR西日本では,高い信頼性要求により「再利用禁止」という厳しめのルールにしているのだろう。

 今後調査が進み,やはり再利用が問題だったという結論が出たとすると,それはそれで別の問題になるかもしれない。

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2015年8月23日

王子駅前駅 消えゆく昭和の飲み屋街

 王子駅前駅 消えゆく昭和の飲み屋街(2015年8月18日 朝日新聞)

 闇夜にネオンがともる。線路脇や川べりにひっそりたたずむ飲食街を編集者の壬生篤さん(59)はよく歩く。都電荒川線開業100年の2011年には、雑誌の特集で沿線の酒場漫画を掲載した。「どこも人情味あふれる店でした」

 足しげく通ったのが王子駅前停留場近くの通称「さくら新道」だった。JR線脇の路地に木造棟割り長屋が続いていた。2階が住居。その下で小料理屋やスナックなど20軒近くが営業していたという。

 2012年1月21日早朝の火災で延べ約620平方メートルが全焼。ほとんどの店が廃業した。「にぎわっていたころが懐かしいね」と「小料理 愛」の松岡愛子さん(75)。残ったスナック1軒とともに横丁のネオンを守ってきたが、店じまいを考えているという。

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〔王子駅前の「さくら新道」(2008年12月撮影)〕

 王子駅近くの飲み屋街「さくら新道(しんみち)」の大火から3年半。長屋建築だった飲み屋街の約3分の2を消失した火災だった。
 スナックが1軒しか残っていないということを記事を読んで知った。戦後の「昭和」の面影が色濃く残る場所だったが,土地は都有地で,再建は難しかったのだろう。

 飛鳥山公園から王子駅に向かって降りてきた場所にあるので,以前なら飲食店には適した場所だったと思うが,現在は駅に近いところから「飛鳥山公園モノレール」というスロープカー(斜行エレベーターっぽい乗り物)があるので,動線からも外れてしまった。

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王子 飛鳥山 さくら新道飲食街消失

王子 飛鳥山 さくら新道飲食街消失

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2015年8月22日

ピンク・レディーとAKB48を比較してみた

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 ピンク・レディーは社会現象だった。私は質実剛健がモットーの男子校の高校生だったが,文化祭では机を並べたステージの上で男子も市内の女子高生も,振り付けをまねて踊り狂った。幼い子供までもが踊った。

 シングル9作連続オリコン1位,10曲連続ミリオンセラー。こんな爆発的な熱狂は二度と起こらないだろうと思った。

 今ではAKB48が26作連続オリコン1位,20曲連続ミリオンセラーなのだとか。こりゃ,開いた口がふさがらないほど凄い。この数値だけを見れば,ピンク・レディーを見たこともない人が,まるで比較にならないと思うのは無理もない。

 だが,AKB48は社会現象になっているだろうか? 一部の熱狂的なクラスターが盛り上がっているだけで,その外にいる人にはリーチしていないのではないだろうか。AKB48の人気が,ピンク・レディーのような圧倒的な社会現象になっている,私にはそんな感じがしない。なぜだろう?

 その原因を探るため,ピンク・レディーとAKB48のオリコン週間シングルランキングの推移をグラフにしてみた。

ピンク・レディーとAKB48のオリコン順位の推移

 青がピンク・レディー,赤がAKB48である。
 横軸が週単位の時間軸(年月週),縦軸がオリコンランキングで上が1位〜下が20位となっている。活動時期が異なっているので,両者が初めてオリコンランキング1位となった週を一致させている。

 グラフを見て,どのように感じるだろうか。

 ピンク・レディーの活動期間がわずか5年弱,オリコンランキングにチャートインしていたのが約3年と短かったのに対して,AKB48の人気が5年以上も続いているのは凄いことだと感じる。
 AKB48のグラフを見ると,20位にも入っていない期間がずいぶん長いことが目につく。ベスト10に入っている期間は,全体の3分の1の週しかない。それに対して,ピンク・レディーはほぼ毎週のようにベスト10に入っていたことがわかる。

 こんなことを言っている人がいた。“昔の「ザ・ベストテン」のような番組があったら,今は毎週AKB48か嵐が1位になって面白くないね”。
 どうやらそれは間違っているようだ。「ザ・ベストテン」が今も続いているとしたら,AKB48が10位以内にランキングされて番組に登場するのは,月に1回か2回ということになる。約2か月に1度,新曲が“初登場1位”として登場し,3週間程度ベスト10圏内に留まると,その後は当分出場なし……というペースだ。

 それでは1977年と2014年のオリコン週間シングルランキングがどのように違っているのかを見てみたい。1977年と2014年の4月〜5月末の期間に,オリコン週間シングルランキング10位以内に入った曲の推移をグラフにしてみた。横軸が週単位の時間軸,縦軸は上が1位〜下が20位である。
 Googleスプレッドシートの制限で,ラインの数が多くなりすぎて右半分がモノクロになって見づらいが,勘弁していただきたい。

1977年4月〜5月のオリコン順位の推移
〔1977年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移〕

 1977年4月〜5月のオリコンランキング1位争いの熾烈さが見て取れる。ピンク・レディーの『カルメン'77』が前月から1位を連続していたが,4月中盤から急激に順位を上げてきた清水健太郎の『帰らない』が5月になって4位から一気に逆転して1位を奪取し,2週連続1位。その間,ずっと2位に甘んじていた山口百恵の『夢先案内人』が5月中頃にやっと1位になるも,翌週は4月からじっくり順位を上げてきたさだまさしの『雨やどり』がとうとう1位となり6月まで連続1位を続ける……
 ベスト10以内に上り詰め,数週間はベスト10を維持したものの上位陣に跳ね返され,そのままランキングを下げていってしまう曲も多い。この時代の「オリコン1位」の壁は厚いのだ。

 以前にも書いたが,“誰もが知っているヒット曲”となるには,グラフの中でランキングを上っていく右上がりのカーブがとても重要だと考えている。新曲がランキングの下のほうに登場し,徐々にランキングを上っていくとともに,世の中でどんどん聴かれるようになる。そして,多くの人が“これいい曲だな”と感じるようになった曲がランキング1位になる。誰もが知っていて,誰もが口ずさめるような曲には,このプロセスが必要なのだ。

2014年4月〜5月のオリコン順位の推移
〔2014年4月〜5月のオリコンランキング順位の推移〕

 2014年4月〜5月のオリコンランキング順位である。
 横軸がほぼ同じスケールだとは思えないほど,1977年とはグラフのかたちが異なっている。

 各週のランキング1位曲はすべて“初登場1位”だ。1位曲だけじゃない。ベスト10登場曲の多くが初登場である。ベスト10の全曲が初登場の週もある。かつて“初登場1位”はめったにない快挙だったが,現在はほぼすべてのランキング1位曲は初登場1位である。
 初登場でベスト10に入った曲のほとんどが,翌週には20位以下に消えてゆく。抜きつ抜かれつのランキング争いはない。ランキング1位になった曲が,翌週はやっとベスト10に残る程度。3週連続でベスト10に入り続けている曲は,これだけたくさんの曲がベスト10にあるのに,この期間わずか4曲しかない。AKB48と嵐しか出られなくなるから「ザ・ベストテン」が続けられないのではなく,毎週初登場曲ばかりで,しかも翌週には登場しなくなるから「ザ・ベストテン」のようなランキング番組が成立しないのである。

 この9週間の初登場1位曲は,『高嶺の林檎』,『気づいたら片想い』,『Yes we are/ココカラ』,『時空を超え 宇宙を超え/Password is 0』,『ええじゃないか』,『GUTS!』,『泣いてもいいんだよ』,『King&Queen&Joker』,『ラブラドール・レトリバー』である。正直なところ,私は一曲も知らない。

 さて,話をピンク・レディーとAKB48に戻そう。

 ピンク・レディーがオリコン週間シングルランキング1位になったのは9曲,AKB48は26曲である。AKB48のほうが圧倒的に多い。しかし,最初に示したオリコン週間シングルランキングの推移のグラフは,ピンク・レディーを示す青い色のほうが抜きん出ているようにも見える。なぜだろうか?

 AKB48のオリコン1位曲は26曲だが,すべて次の週に1位から陥落しており,ランキング1位の期間は26週ということになる。
 それに対してピンク・レディーは,『渚のシンドバッド』が8週,『ウォンテッド(指名手配)』が12週,『UFO』が10週,『サウスポー』が9週,『モンスター』が8週などと,何週も続けて週間ランキング1位にため,1位になっている週の合計は63週にもなる。ピンク・レディーの活動期間は短いが,ランキング1位となっていた期間はAKB48の2倍以上になるのである。

 1年は52週(しかもオリコンは2010年頃まで1月はじめの1週と2週をまとめていたので,1年間は51週だった)なので,ピンク・レディーは丸々1年2か月という途方もなく長い期間,ずっとランキング1位であり続けたことになる。

エアコンと電子レンジの使用電力の推移

 朝から晩まで動かし続けたエアコン(朝晩は200W〜日中は400W)と,朝昼晩の3回1500Wの電子レンジを動かしたときの,時間と電力のグラフを適当に描いてみた。実際はエアコンが一気に動いたときの電力はもっと大きいが,動かしっぱなしにしたときの電力は300W前後だろうし,電子レンジを1時間も動かすことはないから,あくまで参考としてみてほしい。

 電気代に影響するのはエアコンか電子レンジか?
 W[Wh] = ∫ P[W]・dt
 電気代は使用電力量[W×時間(Wh)]によって決まる。つまり,青いところの面積と赤いところの面積の合計が使用電力量であり,エアコンと電子レンジのどちらが電気代に影響するかを比べるには,青と赤の面積を比較すれば良い。
 この例では,エアコンの青は5300[Wh],電子レンジの赤は4500[Wh]となり,エアコンのほうが使用電力量が大きいことになる(厳密には不適当なところはあるが)。

 ピンク・レディーの全盛期は今となっては短い期間だったが,なぜ社会現象にまでなったのか。オリコン1位曲数の比較,オリコン連続1位回数の比較では,そのすごさが説明不十分なのはなぜか?

 それは大電力の電子レンジを一日に何回使おうが,それでブレーカーが落ちようが,電気代に大きく影響をするのは長時間動かし続ける電気機器のほうであるのと同様に,比較すべきは電力(=オリコンの順位)ではなく電力推移グラフの面積,つまり電力量(=オリコンの順位×期間)だからである。

ピンク・レディーとAKB48のオリコン順位の推移

 ブログが長くなってしまい,うっかりここまで読んでしまった方の画面で最初のグラフはスクロールしてしまっただろうから,もう一度同じグラフを示した。
 なぜ電力量の話をしたかというと,横軸に期間,縦軸にオリコンランキングを示したグラフにおいて,グラフの面積こそが「時代への影響力」を示すのではないかと言いたいがためである。

 時代への影響力 = ∫オリコンランキング×dt

 オリコンランキングを数値化するために,1位を20ポイント,2位を19ポイント…20位を1ポイントとする。20位以下はポイント無し。
 以上の条件で,ピンク・レディーの青とAKB48の赤の面積を算出すると,

 青(ピンク・レディー):2457[ポイント・週]
 赤(AKB48):     2013 2068[ポイント・週]

 私が想像していたほどの差にはならなかったが,2015年の現時点までの「時代への影響力」は,AKB48よりもピンク・レディーのほうが大きかったと言えるのではないだろうか。


山口百恵と松田聖子・AKB48を比較する』に続く……

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2015年8月21日

「りくべつ鉄道」の運転体験区間延長

 旧分線駅まで区間延長 りくべつ鉄道 来月22日に体験乗車(2015年8月21日 北海道新聞)

 旧ふるさと銀河線の施設を活用して乗車や運転体験を行っている「りくべつ鉄道」は9月22日、りくべつ駅から旧分線駅まで5・7キロを往復する乗車体験列車を運行する。旧石井踏切から旧分線駅まで2・6キロの区間は、2006年のふるさと銀河線廃止以来初めて乗客を乗せた列車が走ることになる。

 これまで、りくべつ鉄道の乗車体験は、りくべつ駅から旧石井踏切まで3・1キロの往復が最長だった。しかし、旧石井踏切から先も旧分線駅までレールが残っていることから、活用方法を検討してきた。

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〔北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線陸別駅(2004年8月撮影)〕

 ふるさと銀河線りくべつ鉄道は2006年4月に廃線となった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の陸別駅構内を利用して鉄道車両の動態保存展示を行っている。

 当初は1.6kmでの運転体験・乗車体験を行っていたが,その後3.1kmまで運転区間を延長。そして,線路路盤や鉄橋の調査を行った結果,旧分線駅までの5.7kmの運転が可能になったようだ。

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〔ふるさと銀河鉄道陸別〜分線駅間の車窓(2004年8月撮影)〕

 5.7kmといえば,本格的な運転が可能な距離だ。車窓も素晴らしい。りくべつ鉄道の営業運転期間中,町に賑わいが戻ることを期待したい。

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東急東横線渋谷駅跡地の再開発始まる

 東横線跡地「渋谷駅南街区プロジェクト」工事本格着手
 渋谷に高さ180mの超高層ビルが2018年秋誕生(2015年7月21日 東急電鉄ニュースリリース)

当社および東横線隣接街区の権利者は、旧東横線渋谷駅のホームおよび線路跡地とその周辺敷地において、8月より、渋谷駅南街区プロジェクト(以下、当計画)の工事に本格着手します。
当計画は、地上35階建、高さ約180mを有し、高層部には貸床面積約45,000㎡のハイグレードオフィス、中層部には株式会社東急ホテルズ(出店予定者)による約180室のホテル、低層部には飲食店を主とした商業施設、そして、 “エンタテイメントシティSHIBUYA“に相応しい、情報発信機能を備えたホールなどを配置します。育成・創造・交流・発信を加速させる環境を創出することで、クリエイティブワーカーの聖地を目指します。また、国道246号を跨ぐ旧東横線の高架線路を活かした歩行者デッキや、地下2階から地上2階にわたる立体広場空間(アーバンコア)などを整備し、東急線、東京メトロ線、JR線の各線と接続することで、国道246号で分断された渋谷の街を繋ぎ、新しい人の流れを創出します。

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 渋谷の東急東横線跡地の再開発が始まる。まずは渋谷駅の南側の一郭で,ここはスクランブル交差点があるハチ公口や東急プラザ渋谷がある南口,東口・宮益坂口に比べると,目立たない「裏」側の場所だった。
 渋谷川に水流を復活し,約600mの緑の遊歩道のある水辺空間ができると,新たな渋谷の街の「表」になりそうだ。

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 いかにも「裏」側だった渋谷駅南側の渋谷川(2011年4月撮影)。

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 渋谷駅南街区プロジェクトで地上35階建て,高さ約180mのビルが予定される敷地(2011年4月撮影)。右側が東急東横線の渋谷駅で,高架下には荷物集配所があった。

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 かまぼこ形のドーム屋根がある東急東横線渋谷駅(写真右側)とJR渋谷駅(写真左側)。

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 かまぼこ屋根が特徴的だった東急東横線渋谷駅(2011年4月撮影)。
 東横線の高架線跡は,JR渋谷駅と渋谷駅南街区とを結び,国道246号線を横断する歩行者用デッキとして使われる。デッキの屋根は「カマボコ屋根」風になるらしい。

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2015年8月20日

膨らむリチウムイオン電池が怖い

 スマホ予備電池、預けないで 航空機貨物室で発火の恐れ(2015年8月7日 朝日新聞)

 飛行機に乗る前に航空会社に預ける手荷物に、スマホ充電用のモバイルバッテリーは入れないで、と航空各社が呼びかけている。貨物室では発火する恐れがあるからだ。だが、あまり知られておらず、成田空港では見つかる度に客を呼び戻し、運航にも支障が出ている。

 預け入れできないのは、スマホだけでなくパソコンやデジタルカメラなどにも使うリチウムイオン電池(リチウムイオンポリマー電池を含む)。スマホの充電用のモバイルバッテリーとして持ち歩かれることが多い。

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〔異常に膨らんだモバイルバッテリー(単三電池は比較のため)〕

 今から7〜8年前はiPhoneでのテザリングは一般的ではなく,PHSのAdvanced/W-ZERO3[es]でマルチプロキシサーバー「DeleGate」というツールを使って旅先でネット接続をしていた。このAdvanced/W-ZERO3[es]がバッテリー食いで,いつも旅行には外部給電用のモバイルバッテリーが手放せなかった。

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 iPhoneとiPhoneのテザリングで十分になってからはPHSを解約し,モバイルバッテリー「PowerBank slim」はずっとホコリをかぶらせておいたのだが,ある日手に取ってみると,内部のリチウムイオンバッテリー(この製品は正確にいうとリチウムポリマーバッテリー)が大きく膨らみ,筐体が壊れていて驚いた。

 怖いねぇ。運が悪ければ破裂・発火していたかもしれない。

 現在はiPhone 5sを使っていて,バッテリーはなんとか一日持つようになったし,屋外でテザリングすることもなくなったので,モバイルバッテリーを使うことはなくなった。バッテリーが進化して高エネルギー密度になると,何か問題があったときのトラブルが大きくなる。一度あの膨らみを見たら,怖くて二度と買う気はしない。

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iPhone 5のバッテリーの膨らみも経験したし(無料交換になった)

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2015年8月19日

デジタルカメラ操作性の統一を阻むもの

 カメラに限らず,機械類のインターフェースは直感的で,統一感があることが望ましい。慣れてくると無意識のうちに操作することになるから,統一感がないと大いにまごつくことになる。

 たとえばカメラのズームリングとピントリングの回転方向。
 私は銀塩フィルムカメラの頃からPENTAXとNikonのカメラを使っていて,幸運なことにこの2社のズームリングとピントリングの回転方向が一致しているため,大きな違和感もなく2社のカメラを併用することができた。

ズームリングの回転方向に撃沈
〔PENTAX Kマウントレンズのズームリングとピントリング〕

ズームリングの回転方向に撃沈
〔Nikon Fマウントレンズのズームリングとピントリング〕

 そこに7年前からPanasonic LUMIX DMC-GF1,そしてDMC-GX1のマイクロフォーサーズ,去年からα7S(ILCE-7S)のEマウントが加わった。我ながら節操のない複数マウント併用状態である。新しいカメラを使い込むにつれて,PENTAXとNikonのカメラだけを使っているときには感じなかった違和感に悩まされることになる。

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〔SONY Eマウントレンズのズームリングとピントリング〕

 SONYのFEレンズのズームリングの回転方向はPENTAXやNikonと同じだ。実はPanasonicのマイクロ4/3のレンズも同じ。
 ところがピントリングの回転方向がPENTAXやNikonと逆なのだ。これがとても悩ましい。

 しかも,写真のようにピントリングに距離指標(距離目盛)が付いていない。コストダウンのために各社の廉価版ズームレンズに距離指標のないレンズが増えているのは知っていたが,まさか10万円を越えるレンズに距離指標が付いていないとは……
 各社のレンズから絞りリングが消えて久しい。そのうちに,ピントリングがなくなる時代がやってくるのだろうか。

 距離指標の付いていない理由はコストダウンだろう。部品のコストだけじゃなく,組み立て時に距離指標の精度を調整する手間も省ける。距離指標のないレンズは「ズームレンズ」と称しているものの,厳密には「バリフォーカルレンズ」だろうから,それで設計コストや材料コストを抑えているとも言える。

 ちゃんとした「ズームレンズ」ならば,ピントが合った状態でズームしてもピントがずれることはない。たとえば距離指標を5メートルに合わせれば,ズームしてもピントは5メートルのままである。「バリフォーカルレンズ」ではズームすることでピントの位置がずれるから,距離指標があっても役に立たないのだ。

 ズーミングによってF値が変化するレンズの台頭により絞りリングが淘汰され(もちろんコストダウンの影響も大きい),ズームレンズを詐称するバリフォーカルレンズの台頭によって距離指標が淘汰される。
 そして,そんな細かいことを気にする化石頭のカメラユーザーが淘汰される。
 自然の摂理である……トホホ

 主なメーカー別のズームリングやピントリングの回転方向,その他について一覧表にまとめてみた。

メーカー毎の回転方向

 こうやって一覧表にしてみると,PENTAXとNikonのカメラの併用は合理的だったように思う。CanonやMINOLTAのカメラに手が伸びなかったのは,カメラを手にしたときに違和感を感じたからなのだが,一覧表を見るとその違和感の正体がわかるような気がする。

 Nikonの“不変のFマウント”(笑)のバヨネットの固定方向は,誰がなんと言おうが,やっぱり変だ。ピントリングやズームリングのように直感で頻繁に回すものではないので,さすがにレンズの取り付け時に迷うことはなくなったが,レンズのリヤキャップの取り付け取り外しはいまだに戸惑うことがある。

 レンズ取り外しボタンの位置については,まあどこでも良いという声がありそうだ。個人的には,普通にカメラを右手で持った状態で,右手の指(人差指か薬指)で取り外しボタンを押し,そのまま左手でレンズを交換できる「正面左」のPENTAX・SONY・Leicaの位置が使いやすいと思う。

 それにしても,過去のレンズ資産を有効活用するためとはいえ,これだけ各社バラバラなのも困ったものである。多くのメーカーが賛同して標準規格化されたフォーサーズシステム・マイクロフォーサーズシステムにおいてさえ,OLYMPUSとPanasonicで仕様が統一できていない。OLYMPUSユーザーがパナソニックのレンズを買う,あるいはその逆は,なかなか敷居が高くなっていると思われる。

 私が所有しているピントリングに距離指標が付いていないレンズは,ピントの制御をバイ・ワイヤー(電気配線による制御)で行っている。やろうと思えば,カメラのボディ側の設定でピントリングの回転方向が変えられるはずなので,今後の機種にそのような機能が追加されることを期待したい。

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 レンズのピントリングやズームリングと同様に,操作が統一できると大変ありがたいのが,カメラの前後電子ダイヤルの役割である。

 私の場合,もっとも頻繁に使用する露出補正の操作は,すべてのカメラでほぼ共通の操作で行いたいと考える。残念ながらPanasonicのLUMIX DMC-GF1・GX1には後電子ダイヤルはあるが,前電子ダイヤルがないので,必然的に後電子ダイヤルに露出補正を割り当て,他社カメラにも同様の設定をしたくなる。

 まず,PENTAXのカメラのカスタマビリティ……カスタマイズの柔軟性は実に見事で,前後のダイヤルの設定をほぼ自由に変更できる。

PENTAXのダイヤルカスタマイズ
〔PENTAX K-5 II/K-5 IIs使用説明書から抜粋〕

 このPENTAXの前後電子ダイヤルの割り当てマトリックスは実に柔軟になっていて,ほぼ希望通りの機能を前電子ダイヤルと後電子ダイヤルに割り振ることができる。

 たとえばプログラム露出モードでは,片方をシャッター速度にしてシャッター速度優先オート,反対を絞り値にして絞り優先オートというように,PENTAX独自のハイパープログラムからのシャッター速度優先AEへの移行や,絞り優先AEへの移行が自由自在になるが,後電子ダイヤルでの露出補正のために泣く泣くハイパープログラムをあきらめ,前電子ダイヤルでプログラムシフト,後電子ダイヤルで露出補正の設定をする。◉ボタン(グリーンボタン)でプログラムラインに復帰するのも素晴らしい。
 同様にTv(シャッター速度優先)やAv(絞り優先)でも,前電子ダイヤルでシャッター速度や絞り値を変え,後電子ダイヤルで露出補正をするように設定できる。まったく問題ない。

 SONYのα7Sも電子ダイヤルのカスタマイズで同じ設定にすることができる。α7Sにはカメラの右肩に露出補正専用のダイヤルがあり,後電子ダイヤルの動作に優先する。つまり,露出補正専用ダイヤルが±0以外になっていると,後電子ダイヤルでの露出補正ができない。これは使っているうちに慣れるだろう。

ニコンのダイヤルカスタマイズ
〔Nikon D800/D800E使用説明書から抜粋〕

 前後電子ダイヤルの割り当てが思うようにならないのがNikonのカメラである。

 カスタム設定で〔露出補正簡易設定〕を設定すると電子ダイヤルだけで露出補正ができるようになる。しかし,露出補正ができる電子ダイヤルは,プログラムモードではサブコマンドダイヤル(前電子ダイヤル),シャッター速度優先モードでもサブコマンドダイヤル,絞り優先モードではメインコマンドダイヤル(後電子ダイヤル)と決まっている。

 カスタム設定には〔メインとサブの入れ換え〕があるので,露出モードごとに前後を入れ替えられるのかと思うと,そうはならない。上記の表のように,全露出モードの設定が一部入れ替わるだけなので,露出補正を前電子ダイヤルか後電子ダイヤルのどちらかに統一することができない。プログラムモードでは,どのように設定してもメインコマンドダイヤル(後電子ダイヤル)では露出補正ができないのだ。なんとも石頭でトンチンカンな設計だと思う。

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2015年8月 8日

一塁へのヘッドスライディング批判を否定する理由

 甲子園での夏の高校野球が始まった。真夏の炎天下で白球を追う高校球児の姿は夏の風物詩になっているが,選手の健康面を危惧する声や,清々しさやひたむきな態度を過剰に美化・演出する報道への批判も多い。

 高校野球への批判の中で,ちょっと気になるのが「一塁へのヘッドスライディング」「ヘッスラ」批判である。それも,ヘッドスライディングは危険だからという批判ではなく,「走り抜けたほうが早いのに」というものだ。

 確かに,私が野球をやっていたときも「一塁は駆け抜けろ」と指導された。「一塁は駆け抜けたほうが早い」と。それが,ほぼ常識となっているのは確実である。

 これは本当に科学的に根拠のあることなのだろうか。実測した数値はあるのだろうか?

■ 古い新聞記事の記憶

 私は一塁へのヘッドスライディングの有無による到達時間の実測値が載った新聞記事を読んだ記憶がある。ずいぶん古いことなので,何年何月という記憶はまったく残っていないが,確かに一度だけ,朝日新聞の記事に,一塁へのヘッドスライディングは本当に遅いのかどうかを実測した結果が載っていたのを覚えている。

 新聞の縮刷版等を調べなおしたわけではないので確証はない。しかし,載っていた結果が印象深かったので,記事の概要は覚えている(記事には到達時間の測定結果まで記載されていた)。それは次のようなものだった。

〈ヘッドスライディングが得意な選手は,ヘッドスライディングしたほうが早い〉

■ 一塁へのベースランニングは走り幅跳びの助走に近い

 走る速さの究極を競う陸上競技において,選手は誰もが胸を出してゴールラインを駆け抜ける。ゴールラインにヘッドスライディングする選手はいない。これが,一塁へは走り抜けたほうが早いと言われる根拠になっているものと思われる。

 陸上競技の短距離走で選手が胸を出してゴールラインを駆け抜けるのは,ゴールの判定を胴体で行っているからだ。ゴールラインに達するのが身体のどの部分でもかまわないというルールだったらどうなるだろうか。ゴールの瞬間,腕を前に伸ばすのではないだろうか。

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 ノルディックスキーの距離競技やスピードスケートのショートトラックのゴールは,胴体ではなく足首やブレードの先端がゴールに到達した瞬間で判定される。これらの競技では,ゴール間際にデッドヒートになると,ゴールを走り抜けるのではなく,最後の瞬間に走るのをやめ,足をゴールラインに伸ばすことによって,一瞬でも早くゴールラインを切ろうとする。

 ゴールの判定が胴体によって行われるか,足先によって行われるかだけで,これほどの違いが出てくるのである。

 野球のベースランニングは,単にある地点を駆け抜ければゴールとなる陸上競技の短距離走とは違う。野球のベースランニングでは「ベースを踏む」という行為が重要になる。これが最大の違いだ。全力で疾走した状態で一塁ベースを踏むためには,事前に足を合わせるというある意味で高度な調整が必要になる。

 草野球をやると,初心者がベースを踏まずに走り抜けてしまうことがある。野球をやったことがない方にはにわかに信じがたいことかもしれないが,これは実際によくあることだ。

 ゴールの瞬間に足を合わせてベースを踏まなければいけないという意味で,ベースランニングは100m走よりも走り幅跳びの助走に近いと言える。一塁ベース付近を早く走り抜けるだけではセーフにならないのだ。

 ただし,一塁ベースに足を合わせることをせずに,ひたすら全力疾走できる方法がひとつだけある。それがヘッドスライディングで一塁ベースに触塁するケースである。

■ スライディングには2種類ある

 フット・ファースト・スライディング(脚からの滑り込み)とヘッドスライディングの2種類という意味ではない。二塁,三塁に到達するときのように,オーバーランできない状況でのスライディングと,一塁と本塁のように,オーバーランが許される場合のスライディングがあるという意味である。

 スライディング中の状態,つまり砂や芝生の上を身体が滑っている状態は,推進力がまったく存在せず,速度を低下させる摩擦力のみが働いているので,滑っている時間が長ければ長いほど(つまり遠くからスライディングすればするほど),ベースへの到達時間は遅くなる。
 二塁や三塁ではオーバーランが許されないため,全力疾走状態の速度をベース上でゼロにするために,スライディング時間を長くする必要が生じる。これは仕方がない。オーバーランしてしまっては,アウトになる可能性が高くなるし,逆にベースの近くでスライディングすれば,急激な減速のためにケガをする危険性が高くなる。

 走り抜けるよりも早く一塁ベースに触れるためには,オーバーランできない状況でのスライディングのように,一塁ベースのかなり手前からヘッドスライディングしてしまっては,遅くてダメなのは当たり前なのである。

■ 一塁へはヘッドスライディングのほうが早い場合がある!

 一塁へヘッドスライディングで早く到達する,それはどういう場合か。ここまでの考察から結論は導かれる。

 一塁ベースのすぐ近くまでひたすらに全力疾走し,指先からベースに触塁した後はベースの上を勢いよく滑り抜けるぐらい(滑り終わったときにはベースが腹や太股の位置にあるぐらい)ベースの近くでヘッドスライディングするのだ。一塁ベースではオーバーランが許されるので,指先で一度ベースに触れていれば,その後は一塁ベースに触れていようがいまいが関係ない。

 ただし,ケガをする危険性が増えることを考えると,指導者は「ヘッドスライディングしたほうが良い」とは言えないと思う。

■ 素人のたわごとにしないために

 根拠らしいものが少しでもあったほうが良いので,朝日新聞の記事,もしくはその元になった情報を探してみた。新聞社のWebサイトは,過去の記事の検索に対してまったく無力なのは,まあ,ご存じの通りである。

 しかし,さすがは国立情報学研究所「CiNii」のデータベースである。たぶん朝日新聞の記事のネタになったと思われる論文が見つかった。

 大阪体育大学 淵本隆文氏の「一塁ベースへのヘッドスライディングに関する動作学的分析」という1995年の論文である。

 この論文の結論は以下の通りである。

 一塁ベースへのヘッドスライディングは、ベースタッチまでのスライディング距離を短くすれば、走り抜けるよりもベースタッチが早くなる可能性が示唆された。

 興味のある方は,読んでみることをお勧めする。

(本エントリは2010年9月2日の「高校野球の一塁へのヘッスラ批判は妥当なのか」の後半を抜粋,編集したものである)

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2015年8月 7日

ニコンが待望の新大口径標準ズームを発表

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 ニコンが,手ぶれ補正機能(VR機構)を搭載し,NIKKORで初のED非球面レンズを採用した大口径標準ズームレンズ「AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8E ED VR」を正式発表した。発売は8月27日となる。
 F2.8通しの大口径標準ズームレンズへの手ぶれ補正機能搭載はタムロンに続いて2社目,カメラメーカーでは初となる。VR機構による手ぶれ補正の効果は約4段分。絞り制御が電磁制御となり,とうとうマウント部にはメカ系の連動機構はなくなった。

 ニコンユーザーが待ちに待った,待望の新大口径標準ズームレンズである。全長・最大径・フィルタ径・質量,そして価格もすべてアップしており,当然画質も大幅に向上しているに違いない。待望の新レンズを既に予約した人も多いことだろう。

 キヤノンの大口径標準ズームレンズは,現行製品から望遠側へのズーミングで(フード込みの)全長が伸びるタイプに身を落としてしまったのに対して,フード込みの全長が変化せず,望遠側で最短サイズになることによってフードの効果が発揮できる構造(いわゆる「ズームフード」)を維持したことはスタンディングオベーションで賛辞を贈りたい(写真を見ると,フードが少し浅いようなのが気になるところ)。

 だが,私は意気消沈している。

 ニコンに非はない。個人的な好みの問題だ。私はミーハーで単細胞なので,細くて長いレンズよりも,太くて短いレンズが好きなのである。

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〔Nikon D3に付けたAF-S NIKKOR 28-70mm F2.8D〕

 私は銀塩フィルムカメラのF5を使っていた頃から,古い大口径標準ズームレンズAF-S NIKKOR 28-70mm F2.8Dを使っており,今でもD800EやD3で使い続けている。
 広角端を多用するので,現行AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8Gの広角側24mmには魅力を感じていたが,どうも画質の評判がよろしくない。しかも,鏡胴がずいぶん細くなって扱いやすくなったとはいうものの,全長が長くなって,標準ズームレンズというよりは望遠ズームレンズのような外観になってしまったのが気に入らなかった。

 画質については,当時はDxOMarkのような比較サイトがなかったため,ヨドバシカメラなどで試し撮りさせてもらったときの印象が強いのだが,たとえば「photozone」のようなレビューサイトの結果を見ても,やっぱり買い換えるほどの魅力を感じなかった。

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〔「photozone」による現行・旧大口径標準ズームレンズの解像度比較〕

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〔「photozone」による現行・旧大口径標準ズームレンズの色収差(Chromatic Aberration)比較〕

 現行AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G(左)のほうが旧AF-S NIKKOR 28-70mm F2.8D(右)よりも絞り開放・中央部の解像度が高いが,周辺部の解像度はかなり落ちる。F5.6以上に絞り込むと,旧AF-S NIKKOR 28-70mm F2.8Dのほうが中央部も周辺部も均質で解像度が高くなる。色収差は望遠端70mm以外は旧AF-S NIKKOR 28-70mm F2.8Dの圧勝……

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 そういうわけで,銀塩フィルムカメラ時代の古いレンズを使いながら,新しい大口径標準ズームの発表を長年心待ちにしていたのだ。

 そこで発表されたのがAF-S NIKKOR 24-70mm F2.8E ED VRである。細くて長いレンズではなく,太くて短いレンズがほしいという私の身勝手な希望は,あっさりと打ち砕かれた。それが意気消沈の理由である。

 ニコンの大口径標準ズームレンズの旧・現・新タイプのスペックを表にしてみた。

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〔「Nikon Rumors」の新旧24-70mm F2.8レンズのサイズ比較〕

 新しいレンズは長さが154.5mmで,現行レンズよりも21.5mmも長くなっている。私が使い続けているAF-S NIKKOR 28-70mm F2.8Dに比べると,なんと32.5mmも長い。現行レンズが旧レンズよりも11mmも長くなったときには,ずいぶん細長くなった印象だったが,それがそんなに気になるほどのことだったのかと不思議に思えてくるほどだ。

 ここしばらくは体調が悪く,加齢による体力の低下も重なって,重く大きなカメラを持ち歩くことがなくなっている。去年からSONYのα7Sばかり使っている。

 ニコンのカメラはF3(+モードラ)〜F5〜D2X〜D3〜D800Eと使い続けてきて,どちらかというとニコンの奇数派だ。いずれ体調が回復すれば,これから発表されるであろうD5かD5Xを入手して,新しい大口径標準ズームレンズを付けて町並みを撮りまくりたいと思っていた。
 そうやらそれは夢物語になりそうだ。体力の低下曲線と,ニコンのフラッグシップカメラ・レンズの重量増加曲線は,このまま一切交わることがなさそうな予感がする。

 とにかく,長さが150mmを越えるレンズをカメラに付けて,好きな町並みを撮り歩く日はこないだろう。そんな現実を突きつけられたニコンの新大口径標準ズームレンズ発表なのであった。

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2015年8月 6日

引退したJR北海道の711系が解体を免れる

 JR北海道の引退車両「赤電」、ファンの力で保存実現(2015年8月4日 朝日新聞)

 真っ赤な外観で「赤電」の愛称で親しまれていたものの、今春のダイヤ改定で引退したJR北海道の711系車両が、北海道岩見沢市のレストランで活用されることになり4日、移設された。解体寸前だったが、全国のファンからインターネットを通じて保存費用が集まった。

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〔苫小牧駅に停車する711系電車(2004年8月撮影)〕

 JR北海道の711系電車は,函館本線の小樽〜滝川間が北海道で初めて電化されたときに国鉄が耐寒耐雪機能を考慮して開発・設計した近郊形電車である。北海道では初めての電車で,札幌近郊を約50年間走り続けた。

 JR北海道にとっては記念すべき車両だと思うのだが,全車両とも廃車・解体予定だったようだ。厳しい経営状態にあるJR北海道とはいえ,ちょっと寂しい。

 引退した車両の一部を記念に保管することすら難しい状況ならば,動態保存運転を取りやめた蒸気機関車C62 3号機を腐らせてしまう前に,ノウハウを持つJR東日本に譲渡してほしいものである。

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〔札幌駅のホームに停車する赤い711系電車(2004年8月撮影)〕

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〔苫小牧駅に停車する「赤い電車」711系(2004年8月撮影)〕

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〔2004年8月の苫小牧駅構内〕

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高崎駅西口にイオン開業へ 都心回帰鮮明に

 イオン17年秋開業へ 高崎駅前 西口再開発加速(2015年8月6日 上毛新聞)

 高崎市のJR高崎駅西口に進出を予定する大型商業施設「イオンモール高崎駅前」(仮称)について、富岡賢治市長は5日の市都市計画審議会で、2017年秋に開業するとの見通しを明らかにした。イオン進出をめぐっては、民間業者が大規模な立体駐車場の建設を計画したり、市が周辺施設をつなぐペデストリアンデッキの整備を急ぐ。17年春には市の新体育館がオープン予定で、イオン開業を見据えた西口エリアの再開発が加速しそうだ。富岡市長は審議会冒頭のあいさつで、「イオンモールの進出は確定しており、オープンは再来年の秋にはということで進んでいる」と述べた。

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〔「イオンモール高崎駅前」開業予定地の高崎ビブレ(2010年5月撮影)〕

 高崎駅西口の高崎ビブレ(2014年3月31日閉店。元ニチイ高崎店〜高崎サティ)跡地に出店が計画されている大型商業施設「イオンモール高崎駅前(仮称)」が,2017年秋に開業するとの見通しが明らかになった。

 地方都市の郊外に大型商業施設を出店してきたイオンが,人口の都市中心部への回帰や高齢化に対応して,駅前などの都市の中心部への出店傾向が明確になってきたようだ(もちろん,郊外への出店がなくなることはないだろうが)。

 2014年12月に開業した「イオンモール岡山」は岡山駅のすぐ南に位置し,西日本でも最大級の都市型大規模モールになっている。高架化に合わせて新しくなった旭川駅の駅ビルには「イオンモール旭川駅前」が入った。

 郊外型の店舗では週末に車で訪れる家族連れがメインターゲットになるが,駅前立地の店舗では会社員や学生,車を運転しない高齢者も多くなり,客層が幅広くなる。

 都市の一等地の地下はバブル期よりも大幅に値下がりしたとはいえ,郊外に比べれば土地代は高く,敷地も潤沢ではないから郊外店より高層のビルになる。そうなってくると,従来の百貨店とどう違うのだろうという気もしてくる。

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「イオンモール高崎駅前」を迎え撃つことになるスズラン百貨店高崎店。群馬県の地場百貨店である。

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 かつては高崎随一の商店街だった高崎中央銀座商店街。「イオンモール高崎駅前」の開業によって駅前を歩く人が多くなれば,なんとかそれをにぎわい復活のきっかけにしたいところだが,やっぱり難しいか……。「クルマを使わない客=酒が飲める」から,商店街の周囲に広がる飲食店街を上手い具合に活用したい気がする。

【参考】
2010年5月 3日 (月曜日):お江戸見たけりゃ高崎田町…高崎

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鹿児島市の山形屋バスセンターが8月末で廃止

 山形屋バスセンターが廃止へ(2015年7月31日 NHK鹿児島)

60年余りにわたって多くの利用者に親しまれてきた鹿児島市中心部の「山形屋バスセンター」が8月いっぱいで閉鎖されることになりました。
鹿児島交通と鹿児島市の老舗デパート「山形屋」は31日、デパートの建物の1階部分に設置されているバスターミナル、「山形屋バスセンター」を8月いっぱいで閉鎖すると発表しました。
このバスセンターには、鹿児島市内をはじめ、薩摩地方の南部や大隅地方に向かう便など平日は1日294便が発着し、鹿児島市中心部のバスターミナルとして親しまれてきました。

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〔電車通りの山形屋とバスターミナルに入る路線バス〕

 老舗デパート山形屋の耐震改修工事と,バスが横断歩道や人通りの多い道を出入りするときに歩行者や車の通行の妨げになっており,安全性を向上するためというのがバスターミナル廃止の理由になっている。

 市街地の中心にあるバスターミナルがなくなるのは,鹿児島市の旧来の繁華街にとって大きなダメージになるかもしれない。

 デパートが入ったビルの1階部分にバスターミナルが入るという構造は,私が住んでいる横浜市港南区の中心部,上大岡の駅ビル(京急百貨店)と同じだ。バスターミナルの上部空間を有効利用するという意味で,非常に合理的な構造だと思うのだが,周辺が繁華街であればあるほど,バスターミナルに出入りするバスと歩行者の動線が重なってしまうという問題がある。
 また,左折してバスターミナルに入る路線は良いが,逆方向の路線の場合は右折で入らざるを得なくなり,それを避けるためにバスターミナルに入る前に降車専用バス停を設け,バスが大きく迂回してバスターミナルに戻ってくることになる(上大岡の場合はそのようにしているし,山形屋バスセンターも同様ではないかと推測する)。

 明治から大正時代にかけて,鹿児島市の商業の中心は広馬場通り(現在の電車通り・大門口通りの東に平行する通り)にあり,商店や金融機関が軒を連ねていたという。
 そこに,いづろ通から鹿児島駅に向かう路面電車を通す計画が持ち上がった際,道路拡幅を嫌った広馬場通りに対して,隣の狭い加治木通り(現在の電車通り)にあった山形屋が用地の提供や店舗撤去の自己負担を申し出て,現在の電車通りに路面電車が通ることになったのだそうだ。

 結果として,鹿児島市の商業の中心は電車通りに移り,さらに西側の天文館通りまで広がることになった。

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〔いづろ通と三越鹿児島店(現マルヤガーデンズ)〕

 そして現在,九州新幹線の開業とともに「鹿児島中央」駅となった,かつての西鹿児島駅一帯が再開発によって鹿児島市の中心繁華街になりつつある。大型商業施設併設の駅ビルのアミュプラザ鹿児島の店舗面積は山形屋を上回る。名物だった桜島口大階段を撤去して,アミュプラザ鹿児島プレミアム館も2014年に開業した。

 鹿児島中央駅がまだ西鹿児島駅だった頃は,東京や大阪からの優等列車の終着駅というだけで,駅前には繁華街と言えるようなにぎわいはなかった。学生時代に九州ワイド周遊券を使った貧乏旅行で,夜行急行列車から降りた西鹿児島駅前はがらんとしていて,鹿児島市電だけが動いているようなところだった。

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 建設中のアミュプラザ鹿児島と整備中の駅前広場(2003年撮影)。

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 2003年,西鹿児島駅前の鹿児島銀行支店と南国日本生命ビル。まだのんびりしていた頃の駅前の雰囲気が残る。現在ここには高層複合ビルの鹿児島中央ターミナルビルが建ち,1階部分が高速バスや鹿児島空港行きの南国交通バスターミナル「Reise」になっている。

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 まだ「西鹿児島」だが,新八代からの九州新幹線の部分開業の準備が整いつつある2003年の西鹿児島駅と,桜島口大階段。

 大変貌した鹿児島中央駅周辺に対して,旧来の繁華街である天文館・電車通りがどのように対抗していくのかが注目される。谷山地区にできた巨大なショッピングセンター「イオンモール鹿児島」(店舗面積はアミュプラザ鹿児島の2倍近い)は鹿児島県全域を商圏に設定しているという。鹿児島中央駅周辺と天文館・電車通りが競い合うだけではなく,手を組んで郊外のショッピングセンターに対抗していく必要があるのかもしれない。

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2015年8月 5日

「姫路フォーラス」が来年1月に閉店へ

 さよなら姫路駅前の顔 「フォーラス」1月で閉店へ(2015.8.5 産経WEST)

 兵庫県姫路市中心市街地の大型商業施設「姫路フォーラス」が、平成28年1月で閉店する。駅近の好立地もあり、40年以上に渡って親しまれてきたが、駅前再開発による競争激化で売り上げが低迷し、施設が老朽化していることから、姿を消すことになった。

 姫路フォーラスの入るビルは、昭和46年にスーパー「ジャスコ姫路店」としてオープンし、62年に現在のファッションビルに業態変更した。地上8階地下1階の西館と東館があり、計約1万3400平方mの売り場面積に衣料店や飲食店など62店が構える。

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 イオンリテールが姫路駅前の大型商業施設「姫路フォーラス」を2016年1月に閉店すると発表した。
 姫路フォーラスは1971年にジャスコ姫路店として開店,姫路駅前の銀座通り商店街(十二所前線)と小溝筋・駅前小溝商店街の交差点に位置し,ファッションビルとして親しまれてきた。

 ビルが老朽化して耐震性に問題があるため,姫路駅前の再開発に対抗しての大幅改装に限界があり,現時点では黒字経営だが閉店を決定したという。

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 JR姫路駅の高架化とともに新装なった駅ビル「ピオレ姫路」。

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 JR姫路駅の高架化に伴って旧姫路駅ビル「フェスタ」は取り壊され,跡地は駅前広場と半地下のサンクンガーデン(キャッスルガーデン)となった。駅前の旧駅前ビルは1階部分がバスターミナルで,地上5階建ての雑居ビルだったが,駅前の再開発に合わせてバスターミナルは移転し,4階建てに減築して新しい「フェスタ」となり,駅ビル「フェスタ」のテナントも移転している。

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 山陽姫路駅が入る山陽百貨店もエントランスゾーンの大規模リニューアルが行われた。

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2015年8月 4日

八高線多摩川橋梁下流の牛群地形

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 八高線多摩川橋梁のすぐ下流に不思議な地形がある。それは牛の列が何列も並んでいるように見えることから,「牛群地形」と名付けられているらしい。

 1980年頃だったか,学生時代に八高線の車内から見たその風景が忘れられずにいたのだが,本格的に調べることもなく,また今のようにネットを検索すればある程度の情報が見つかる時代ではなかったので,そのままになっていた。
 八高線に新しい電車が投入されることになり,電化されてからずっと走り続けていた103系電車がそろそろ引退しそうだということで,2004年2月に牛群地形と合わせて撮影に行った。

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 場所は八高線の小宮駅〜拝島駅間の多摩川橋梁のすぐ下流である。八高線の多摩川橋梁は終戦直後の1945年に橋の中央部で列車が正面衝突し,客車が川に転落した八高線列車正面衝突事故で知られ,牛群地形よりもむしろ,当時のさびた車輪が川の中州に残っていることで有名だった(現在は引き上げられて河原の公園に設置されているらしい)。
 多摩川左岸の昭島市側ではアキシマクジラの化石が発見されたことから,河川敷は多摩川緑地くじら運動公園として整備されている。

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 写真ではわかりにくいが,岩が浸食されたものではなく,泥層と砂層の中間というか,粘土質というか,足で強く蹴るとどんどん削れる程度の柔らかさなので,大雨のたびに姿形を変えているものと思われる。

 2004年の時点でも,1980年頃に見た凹凸地形よりもだいぶ侵食が進んでいるようだった。それから10年以上が過ぎ,Googleマップの航空写真で見るかぎり,牛群地形はますます小さくなっているように見える。砂利の採取や多摩川橋梁のコンクリート護岸の影響で偶然生まれた儚い地形が見られるのは,そう長くないことかもしれない。

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東京五輪エンブレム盗作問題の疑問点

 「東京五輪エンブレムは盗作」 ベルギー側、使用差し止め要求(2015年8月4日 朝日新聞)

 2020年東京五輪のエンブレムが、ベルギーにあるリエージュ劇場のロゴマークと似ているとされる問題で、劇場のロゴをデザインしたオリビエ・ドビ氏の代理人がエンブレムの使用差し止めを求める文書を、日本オリンピック委員会(JOC)に送っていたことが3日、分かった。


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 いろいろもめる2020年の東京オリンピック。新国立競技場に続いてエンブレムの盗作問題が浮上してきた。

 似ている,似ていないについてはよくわからない。個人的には,躍動感のないバランスの悪さは気になる。
 東京オリンピックの組織委員会は「世界中の商標登録を確認しており問題ない」とコメントしているようなので,確認した商標にベルギーのリエージュ劇場のロゴマークが含まれていたかどうかがポイントになるのではないだろうか。問題になるまでリエージュ劇場のロゴマークを見たことがないのだとしたら,「世界中の商標登録を確認しており」というのは噴飯物だ。

 デザイナーが既存のデザインとの類似性チェックをどこまでやっているのかも気になる。職業作曲家が新しい曲を作ったときに,もっとも恐ろしいのは無意識のうちに既存の曲に似てしまうことだという。エンジニアが新しい技術を開発したとき(するとき)には,既存の他社の技術との重複がないかどうか,先行技術・特許調査を念入りに行う。まったく新しいものを発見したと思っても,既に誰かが同様のことを考えていたということはよくあることだ。たとえ独自に考えた技術であっても,残念ながら特許侵害は免れない。

 今回の東京オリンピックのエンブレムに関していえば,似ている似ていない以前に,「T」の部分がTokyoの頭文字なのはわかるが,「L」の部分が意味不明ではないだろうか。似ているとされるリエージュ劇場のほうは,Théâtre de Liègeの頭文字だから「T」「L」になっている。意味不明な「L」について,何か具体的な説明はあったのだろうか?

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2015年8月 2日

スター・ウォーズねぶた展示のみの判断を支持する

 ねぶた:「スター・ウォーズ」地元反対、運行できず 青森(2015年08月01日 毎日新聞)

 東北の夏を彩る青森ねぶた祭が2日、青森市で開幕する。今年は映画「スター・ウォーズ」を題材にしたねぶたの初登場に注目が集まるが、祭り本番では運行されず、展示のみ。「伝統に合わない」と地元が難色を示したためで、市民から「青森をPRするいいチャンスになったのに」と残念がる声も出ている。

 市関係者によると、昨年秋ごろ、映画の関係者が市に打診、夜間の練り歩きへの参加を希望した。しかし祭りの実行委員会で、国の重要無形民俗文化財としての伝統や、ファンの殺到に伴う安全確保との兼ね合いから反対意見が相次いだ。関係者によると、代替案として最終日の日中の運行を提示したが折り合わず、1日の前夜祭でのお披露目と、祭り期間中の展示で決着したという。

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〔「青森ねぶた祭」前夜祭セレモニーでお披露目されたスター・ウォーズねぶた (C)ORICON NewS inc.〕

 スター・ウォーズねぶたの運行をせず,展示のみとした関係者の判断を断固として支持する。

 明らかに今年2015年12月に公開予定の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒(原題 Star Wars: The Force Awakens)』の宣伝である。国の重要無形民俗文化財に指定されている伝統の青森ねぶた祭において,潤沢な予算を使って新しい映画をPRしようとするなんて,映画会社・配給会社・大手広告代理店が入り込んでいるのだと思われるが,厚顔無恥としか思えない。

 今までのねぶたも,ほとんどは大企業や学校法人,官公庁がスポンサーになって運行している。それでも,ねぶたの題材であからさまなPRを行うことはなかった。スポンサー名も台車の部分に目立たないように表記している。スター・ウォーズをPRしたいなら,そのやり方に則ってやればよかったのだ。大型ねぶたではなく,その前後を運行する子供ねぶたをスター・ウォーズねぶたにすることもできたはず。

 人も社会も常に変わり続けている。ねぶたまつりも変化している。伝統とはいえ,徐々に変化していくものだ。しかし,伝統を守るという意識がなくなったら,古くから続いてきた文化や風習を守ることはできない。

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城端・氷見線の観光列車「べるもんた」

 海と山楽しめる観光列車、愛称は「べるもんた」(2015年08月01日 読売新聞)

 JR西日本は7月31日、富山県の城端・氷見線の新たな目玉となる観光列車の名称を、フランス語で「美しい山と海」を意味する「ベル・モンターニュ・エ・メール」、愛称を「べるもんた」に決めたと発表した。
(中略)
 列車は「走るギャラリー」を基本概念に窓を大型化し、氷見線で海側の座席は窓向きに配置するなど沿線の景色を満喫してもらうことに重点を置いている。39席すべてが指定席の快速列車となり、乗車には普通運賃に加え、指定席券520円が必要となる。

 運行計画によると、土曜日は雨晴海岸や海越しの立山連峰を望む「海側コース」で運転し、新高岡―氷見間を52~76分間で結ぶ。日曜日は砺波平野の散居村を見られる「山側コース」で運転。高岡―城端間を42~50分間で走る。

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〔氷見線のディーゼルカー(2002年9月撮影)〕

 キハ40形気動車を改造した1両編成の快速列車で,39席全席指定席。旅行客がこういう列車に惹かれるのかどうかといえば,JR九州の各種観光列車の状況を見れば,多くのツアー客は「これ」に惹かれるのだろう(旅好きの私は勘弁願いたいが)。
 全席指定だから,旅行会社がツアーに組み込みやすいというのは大きい。あらかじめ予約客を確保できるというJR西日本のメリットも大きい。

 新高岡~氷見間の列車の所要時間が長いのは,高岡駅に氷見線と城端線を結ぶ渡り線がないため,構内で何度もスイッチバックが必要になるからだ。記事には「観光列車ならではの異例の運転形式で、鉄道ファンの注目を集めそうだ」と書かれている。たしかに,珍しい乗車体験になるだろう。

 しかし,ここは本来,北陸新幹線の新高岡へのアクセスのため,氷見線を城端線に直通運転できるように渡り線を設けるべき場所だった。かつては列車本数の多い北陸本線を横切る渡り線など夢物語だったろうが,あいの風とやま鉄道となった今は違う。

 北陸新幹線の線路を大きく迂回させてまで,新幹線の駅を在来線の富山駅と同じ場所に作った富山市と違い,在来線の高岡駅から約1.5kmという中途半端な離れ方をした新高岡駅に新幹線の駅を作った高岡市。交通の中心は新高岡になる。高岡市はそういう選択をしたのだと思う。新高岡駅に直接アクセスできない交通機関は淘汰される。

 実際に,高岡駅に隣接する高岡市営高岡中央駐車場は,新高岡駅から北陸新幹線を利用する客に対して無料サービスを行っている。かつては市の中心だった高岡駅に車で向かい,そこからバス・タクシーやJR城端線に乗り換えて新しく市の中心となった新高岡に向かう。これは,高岡駅前を郊外の結節点と位置づけ,新高岡駅を新しい中心部ターミナルであると判断した高岡市のパーク&ライド施策である。

 新高岡駅を能登半島や和倉温泉,そして氷見の新しい玄関口として位置づける施策は,今のところあまり順調とは言えないようだ。

 JR西日本としては,北陸本線の第三セクター化によって幹線から切り離されて孤立した城端線・氷見線・大糸線を廃止したくてしかたがないはず。そのJR西日本の観光列車という提案である。沿線自治体は積極的に後押しする必要があるだろう。

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〔城端線のディーゼルカー(2013年5月撮影)〕

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