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2015年7月の12件の記事

2015年7月31日

映画『裸の太陽』に目が釘付けになった

0-「裸の太陽」タイトル

 日本映画専門チャンネルで放送された映画『裸の太陽』の録画をぼんやり見ていたら,冒頭の場面でC59形蒸気機関車牽引の客車列車・紡績工場・工場への引き込み線・機関区のD60と続くシーンに目が釘付けになった。思わず画面キャプチャーを繰り返した。

1−鉄橋を渡る(黒川鉄橋?)

 映画『裸の太陽』は1958年(昭和33年)公開の映画で,監督は家城巳代治である。
 D60形蒸気機関車は,私が生まれ育った福島県三春町を通る磐越東線で活躍していた蒸気機関車だ。磐越東線は鉄道ファンには人気がないため,残念ながら磐越東線を走るD60の写真を見る機会は少ない。
 C59とD60が並ぶなんて,当時の郡山機関区はこんな感じだったんだろうな……と思いながら見ていたが,映画を見ているうちに郡山以外には見えなくなってきた。D60が配置された機関区でC59と並びそうなところは郡山以外にあるか? 黒沢尻? 違うな。直方? 大分?
 架空の都市「峰山市」の峰山機関区という名称は,いかにも「郡山」を少しだけ修正して使うのに都合が良さそうだ。

 さっそくGoogleで検索してみると,『裸の太陽』のロケ地は宇都宮・郡山・平・川越らしい。あらら,どんぴしゃだ。峰山機関区は郡山機関区らしい。

2-海沿いを走る(常磐線)
 ロケ地がある程度わかってから冒頭のシーンを振り返ると,この海沿いをC62牽引客車列車が走るのは,どう見ても勿来海水浴場のすぐ横だ。

3−鉄橋を渡る(どこだろ?黒川鉄橋?)
 この橋梁は東北本線の黒川鉄橋かとも思ったが,築堤と橋脚のかたちが違う。どこの映像か最後まで不明だったが,Twitterで尋ねたところ黒磯の那珂川鉄橋であることが判明。あちこちの路線の映像をつなげているようだ(機関車もC62からC59になっている)。

4−ゆき子への合図の汽笛を鳴らす
 主人公である機関助士の木村(江原真二郎)が機関士の崎山(高原駿雄)に「一声頼みます!」と汽笛を鳴らすよう求め,「汽笛をラブシーンの合図にされちゃかなわねえな」と応えて,汽笛を鳴らす。

4−日東紡の工場内
5−日東紡の工場内
 汽笛の音と時刻を確認したゆき子(丘さとみ)が仲間に「ちょっとお手洗いしてくるわ」と言い,「ごゆっくり」と声を掛けられて紡績機やミシンが並ぶ工場内を通って外に出る。
 このシーンは郡山市富久山町の日東紡績の工場内だと思われる。

6−郡山市富久山町の日東紡の引き込み線
7−郡山市富久山町の日東紡の西側で手を振るゆき子
8−郡山市富久山町の日東紡西側の東北本線
 工場内の引き込み線を横切り,工場の裏手に出ると,C59牽引の上り客車列車がやってくる。

Photo_2
 1974年〜1978年頃の郡山市富久山町の日東紡績富久山工場付近の航空写真。西側を南北に走る東北本線と,そこから工場内へ続く引き込み線が見える。田んぼが一面に広がっているのも,まさにこの風景だ。

9−日東紡の西側で東北本線のC59牽引急行に手を振るゆき子
10−東北本線のC59からみた手を振るゆき子
11−峰山(郡山)に向かって東北本線の列車が走り去る
 手を振り合う機関助士の木村とゆき子。
 列車が向かう先の,煙が上がっているあたりが郡山駅・郡山機関区(映画の中では峰山機関区)。蒸気機関車から煙が上っているのだと思われる。

 走行しているSLのキャブに機関士と機関助士の俳優二人がいるシーンがたくさん出てくるが,いずれも画面合成ではなさそうだ。横に本物の運転士がいたとしても,俳優が走行中の運転席に座り続けるシーンを撮るのは難しいだろう。重連運転の2台目に俳優達が乗り込んで撮影しているのだろうと思うが,SLを外から映すシーンでは重連にはできないので,かなり手間を掛けて撮影しているようだ。

12-郡山駅構内
 峰山駅(郡山駅)の構内。

13-富久山町の日東紡の引き込み線
 日東紡績富久山工場の引き込み線横を歩くゆき子の妹きみ子(中原ひとみ)。映画の中では中東紡績の峰山工場となっている。

14−郡山機関区に戻ってくるC59182
15−郡山機関区に戻ってくるC59182
16−C59182を点検する機関士崎山
17−郡山機関区の扇形庫とC59
 峰山機関区(郡山機関区)に戻ってきたC59形蒸機機関車。ターンテーブルと扇形庫が見える。

18−ターンテーブルを回るD6068
 ターンテーブルで回るD60 68号機。テンダーに重油タンクがある。郡山機関区のD60は燃焼効率を上げるために重油併燃タイプなのだ。

19−郡山市富久山町の日東紡の門で待つ妹きみ子
 中東紡績峰山工場の正門でゆき子が出てくるのを待つきみ子。郡山市富久山町の日東紡績富久山工場の正門で,現在でもかなり面影が残っている。

20−国道288号線の東北本線跨線橋の取り付け道路
21−国道288号線の東北本線跨線橋の取り付け道路
 なんと,ここは国道288号線の東北本線跨線橋の取り付け道路だ。まだ未舗装で,歩道もガードレールもない。

288
 1974年〜1978年頃の郡山市富久山町の国道288号線東北本線跨線橋部分。右上が日東紡績富久山工場だ。
 三春町からバスに乗って郡山にやってくると,この跨線橋を越えたところから市街地になり,郡山に来たことを実感したことを覚えている。

22−郡山市方八町の東橋
23−郡山市方八町の東橋と日本専売公社「御進物にたばこ」
 郡山駅の南側,方八町の東橋と日本専売公社の倉庫。屋根には「御進物にたばこ」と書かれている。「峰山」の峰の部分だけが少し大きく,「郡山」の郡の上に文字を貼り付けているのがわかる。
 下路アーチ橋だった東橋は,上を東北新幹線が通ることになり,上路式の橋に掛け替えられた。

24−川越市松江二丁目の原田住宅の前から仲町交差点方向を見る
 この日の乗務を終えた木村とゆき子が峰山市内の喫茶店で待ち合わせる。ここは郡山市内ではなく,川越市松江二丁目の原田家住宅の前から仲町交差点方向を見たときの家並みが使われている。

25−峰山駅前(どこの駅だろう?)
26−峰山駅(どこの駅か不明)
 ゆき子が峰山駅に向かう。駅前には「海え」と書かれた八原海水浴場の看板が立っている。
 この駅は東北本線の白河駅と判明。駅舎は現在の白河駅と同じだが,黒っぽく塗られていて印象がまったく異なる。戦時中の迷彩塗装が残っていたのではないかという説もある。

 峰山機関庫と駅構内は郡山駅で撮影されているのに,なぜ駅舎が白河駅で,商店街が川越だったのだろうか?
 映画の撮影時,郡山駅は空襲で焼け,既に近代的な鉄筋コンクリート造2階建てに建て替えられていた。ゆき子と木村はこの後で一緒に峰山から汽車に乗って,大きな街である「萩の宮市」に向かうのだが,鉄筋コンクリート造の郡山駅では,田舎町の「峰山」と大きな街の「萩の宮」の違いが明確に感じられないと判断したのだろう。
 同じことが川越の商店街にも言える。なぜ川越市で撮影したのかは不明だが,川越市松江二丁目は川越の中心商店街ではないことから,この後で出てくる萩の宮の商店街との違いを明確にするためだったと思われる。郡山市の商店街が使われなかったのも同じ理由か。

27−峰山駅(郡山駅)構内を走るD60
28−構内を走るD60の横を走り寮に戻る木村
 ゆき子と峰山駅から汽車に乗って萩の宮市に買い物に行く前に,貯金を下ろすために峰山機関区(郡山機関区)を横切って寮に戻る木村。構内を走行するD60(or D50)の間をぬって走る。

 郡山機関区には東北本線の機関車に加えて,磐越東線・西線で使われたD60や磐越西線用のD50が所属しており,とても賑やかだ。

29−東北本線・磐越東線の逢瀬川橋梁と県道57号線のアンダーパス
 ゆき子と会う前に,木村から金を借りようとした前田(仲代達矢)がふらふらと歩いていて,三輪トラックにはねられそうになる。木村は峰山機関区(郡山機関区)からそれを見ていて心配になる。
 これは東北本線・磐越東線の逢瀬川橋梁と県道57号線のアンダーパス部分だ。アンダーパスを抜けた右側が福島交通バスの車庫になっているはず。

30−磐越東線阿武隈川橋梁
 ゆき子と木村は峰山駅(郡山駅)から汽車に乗り,大きな街で買い物(翌日海水浴に行くために二人で海水着買おうとする)をするために萩の宮市に向かう。木村は貯金を下ろして汽車に乗るはずだったが,結局前田が心配になり,貯金を全部前田に貸してしまったので,客車のデッキで二人は口論となる。夏なので旧客のデッキが開けっ放しなのが印象的だ。
 この鉄橋は,磐越東線の阿武隈川橋梁。私が高校時代に毎日通学のために通ったところでもある。私の高校時代も磐越東線の多くの列車(特に通勤通学時間帯)はDD51が牽引する旧客だったため,このシーンはとても懐かしい。

31−磐越東線舞木駅とホッパー
32−磐越東線舞木駅に到着
 萩の宮行きの列車が次の駅に到着する。ここは磐越東線で郡山から一駅目の舞木駅が使われている。
 磐越東線の舞木駅には,気になる人は気になっていたはずのホッパー跡が残っているが,この映画の舞木駅にはホッパーの上屋が映っている。

33−磐越東線舞木駅の階段
34−磐越東線舞木駅のホーム
35−磐越東線旧客デッキから見えたホッパー
 列車の中で口論となった木村とゆき子。ゆき子はまだ動いている列車からホームに飛び降り,ホームから駅舎に続く階段を上る。それを止める木村。まだ立派な駅舎だった頃の舞木駅がちらっと映る。
 動き出した列車にゆき子と木村が飛び乗る。この映画では,動いている列車から飛び降りたり,動き始めた列車に飛び乗るシーンが何度も映る。
 飛び乗った列車のデッキ。ドアが開きっぱなしのデッキの向こうには,舞木駅のホッパーが映る。

36−はぎのみや(宇都宮)駅構内
37-はぎのみや(宇都宮)駅
 二人の乗った列車が萩の宮に到着する。宇都宮市が「萩の宮」という名で登場する。駅構内の映像もたぶん宇都宮駅だと思われる。古い蒸気機関車が貨車の入れ換えを行っている。

38−八原海水浴場(勿来海水浴場)
39−はぎのみや(宇都宮)で海水着をうらめしそうに見るゆき子
 二人で行くはずだった海水浴場がちらっと映る。これはどう見てもいわき市の勿来海水浴場だと思う。
 買えなくなったショーウィンドウの海水着(かいすいぎ)をうらめしそうに見るゆき子。この映画に映るバスは全部ボンネットバスだ。

40−東武宇都宮駅前の大通り
41−東武宇都宮駅前の大通りの横断歩道(二本線)
42−東武宇都宮駅前の大通りとボンネットバス
 萩の宮(宇都宮)の繁華街を歩く二人。宇都宮の繁華街がふんだんに映る。素晴らしい。たぶん一番賑やかだった頃の街の姿だろう。大通りの横断歩道はゼブラではなく二本線のタイプだ。

43−宇都宮の八日市場通りの押切橋(田川)でけんかする
 萩の宮(宇都宮)の繁華街で,さっき金を貸した前田(仲代達矢)を見かける二人。ひとりでビールを飲む前田を見て,木村はせっかく貸した金を前田が競輪に使ったものと思い込み,問い詰めるが,何に使ったかを言わない前田。二人が取っ組み合いのけんかになる。警察官も駆けつけ,大騒ぎになる。
 このシーンは,ちらっと映る川のかたちから,宇都宮市の八日市場通りの押切橋と田川だと思われる。

 ゆき子は警察署から出てくる木村を待ち,わずかしか金のない二人だったが,ラーメンを食べ,海水着キズモノ大安売りの店で,唖然とするような買い方でキズモノ?の海水着を買い,明日は海水浴に行くことを決める。

44−峰山駅(郡山駅のホーム)
 翌日の峰山駅(郡山駅)のホームで木村を待つゆき子。だが,木村は昨晩,警察署からなかなか帰ってこない前田の代わりに貨物列車への乗務を依頼されてしまったのだった。

45−峰山駅構内で貨車に近づくD6058
46−峰山駅構内でD6058が貨車に連結
 郡山機関区から出てきて貨物列車に連結するD60の58号機。この連結シーンは,驚くほど速くてスムーズ。現在よりも頻繁に連結作業を行っていた当時の機関士の技術が見事だ。

47−D60内でいらつく木村に「むくれんのはいいが釜壊すなよ」と崎山
48-木村の代わりに峰山駅ホームのゆき子に会いに行く機関士崎山
 この日のD60も機関士崎山と機関助士木村のコンビ。崎山はゆき子の姉と結婚しており,この二人は義兄弟である。休日だったはずの木村はいらつきながら釜に石炭をくべる。「むくれんのはいいが釜壊すなよ」と崎山。崎山はホームで待つゆき子のところに行ってこいと木村に言うが,木村はむくれたまま。代わりに崎山がホームへ。

49−峰山駅のホームを出て行く上り列車・残るゆき子
 上り列車が走り去り,ホームにぽつんと残るゆき子。走り去る列車のデッキのステップ部に座った乗客の姿が映る。
 夏はこのデッキのステップが一等席なのだ。子供の頃,弟と二人でデッキに座りながら,三春から郡山まで磐越東線に乗ったことがある。やってきた車掌に頭をぽんと叩かれ「気いつけろよ」と笑顔で言われたことを覚えている。特にやめさせられるような乗り方ではなかった(もちろん推奨はされないだろうが)。

50−タブレットを受け取るD6058の機関助士木村
51−峰山駅を貨物列車が発車
52−峰山駅を貨物列車が発車
53−峰山駅を出て行く貨物列車とワム
 タブレットを受け取り,D60牽引の貨物列車が発車。郡山駅を出て行く貨車の種類に注目。D60の後には無蓋車が1両,そして3両の冷蔵車が繋がっている。

54−磐越東線の上り勾配10‰と貨物列車
 D60が牽引する貨物列車が上り勾配を登る。まずは10‰。

55−磐越東線の棚木橋梁を渡るD60牽引の貨物列車
 磐越東線の棚木橋梁を列車が渡る。
 映画には平駅(現在のいわき駅)から郡山駅に向かう列車が映っている。つまり,磐越東線が夏井川に沿って走る上り勾配を使っていて,郡山駅を出た列車とは逆向きの貨物列車になるのだが,貨車の並びが郡山駅を出たときの姿と同じように見える。この映画の細部へのこだわりは尋常ではないと思う。

56−夏井川沿いの上り勾配をゆく貨物列車
57−磐越東線の上り勾配をゆく貨物列車
58−磐越東線の20‰勾配
59−D60の砂まき
60−上り勾配が25‰になる
61−磐越東線の上り勾配
 夏井川沿いにどんどん勾配がきつくなり,とうとう25‰区間に入る。始業前の点呼で,25‰区間に線路交換をしたところがあり,空転に注意するように言われている。動輪が空転し,砂まき装置で砂をまく。

62−上り勾配で速度が落ち,車掌車の車掌が心配する
63−機関士崎山「砂まき装置を確認してくれ」
 動輪が空転し,みるみる速度が落ちる。最後尾の車掌車の車掌が心配になって前を見る。
 機関士崎山「砂まき装置を確認してくれ」と砂をまき,機関助士が身を乗り出して砂を確認する。どうやら左側の砂が出ていないようだ。

64−貨物列車の到着を待つ天津小湊駅ホームでは鮮魚が
65−貨物列車の到着を待つ天津小湊駅ホームでは鮮魚が
 次の駅(安房小湊駅だと思われる)では,ホームに鮮魚の箱が積まれている。鮮魚なので,列車は遅れるわけにはいかない。
 ここでは,3両分に分けて箱が積まれていることに注目。そう,蒸気機関車の後に3両だけ白っぽい冷蔵車が繋がっていることを思い出してほしい。やっぱり,この映画の細部へのこだわりは尋常ではない。

66−走行中のD6058で砂まき装置の砂を確認
67−機関助士の木村が砂を持ってD6058の先頭へ
68−D6058の先頭でレールに砂をまく木村
 走行中の蒸気機関車D60に登り,砂箱を確認。さらにD60のフロントへ行き,レールに砂をまく機関助士の木村。アクション映画のように,わざとコケたり,落ちそうになったりしないが,そこがまたリアルに感じる。

69−木村が砂をまきながらD60は橋梁を渡る
70−木村が砂をまきながらD60は橋梁を渡る
71−機関士の崎山が石炭をくべる
 機関助士の木村が砂をまきながらD60は走行し,橋梁を渡る。
 機関助士がいなくなった運転室では機関士の崎山が石炭をくべ,釜を焚く。

72−木村が砂をまきながら走るD60牽引の貨物列車
73−木村が砂をまきながら走るD60牽引の貨物列車
74−サミットにあるトンネルが近づいた
 今にも止まりそうな速度で勾配を登るD60。上り勾配のサミットにあるトンネルが近づく。トンネルを抜ければ楽になるが,トンネル内は煙り地獄となる……

75−天津小湊駅では「貨物列車は定刻に出ましたか?」
 次の安房小湊駅では定刻に列車が来ず,駅員がタブレット閉塞用電話で「658列車遅れてるようですが,そちら定時に出ましたか?」と尋ねる。

76−ようやくトンネルを抜けるD60牽引の貨物列車
77−列車から見下ろすとボンネットバスが走る
 とうとうトンネルを抜けた貨物列車。見下ろすとボンネットバスが峠道を走っている。

78−下り勾配を快走するD60と動輪裏の板バネ
 下り勾配を軽快に走るD60。動輪の板バネが揺れる。学生時代に13mmゲージのD51でイコライザー(機能はしないが)まで作ったことがあって,D51などの新しめの蒸気機関車は動軸の上に板バネがあると記憶しているが,古いD50を改造したD60では動軸の下に板バネがある。

79−郡山市富久山町水穴付近から見た日東紡の工場と安達太良山
 平坦部を走り,次の安房小湊に向かう。
 よく見ると,日東紡績の煙突,右奥に安達太良山が見える。これは磐越東線が阿武隈川橋梁を渡り終える郡山市富久山町水穴付近で,右側に白く見える道路は国道288号線だ。

80−天津小湊駅に貨物列車が到着する
 そして次の駅に到着。映画の中では駅名は明らかになっていないが,安房小湊駅であることは確実だ。

81−終

 とても興味深い映画だった。
 マイナーな磐越東線のマイナーな国鉄D60形蒸気機関車の映像は,世の中にあまり残っていないようで残念に思っていたが,この映画では準主役級だった。

 ゆき子と木村のその後や,前田の借金の理由などドラマチックな部分は映画を見てのお楽しみ。

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2015年7月29日

田川線の行橋〜田川伊田が開業120周年

 120年記念しイベント 田川線の行橋―田川伊田(2015年7月28日 朝日新聞)

 平成筑豊鉄道(本社・福智町)は田川線の行橋―田川伊田間が開業から120周年となるのを記念し、8月23日に記念イベントを開く。記念列車を運行したり、地域の特産品などを販売する「駅ナカパビリオン」を設けたりするなど多彩な催しを予定している。

 行橋―伊田(現田川伊田)間(26・3キロ)は豊州鉄道が1895年8月15日に開業した。15日がお盆にあたるため、記念行事は23日にした。

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〔平成筑豊鉄道田川伊田駅のホームから(2004年3月撮影)〕

 田川伊田駅にはJR九州の日田彦山線と平成筑豊鉄道の伊田線・田川線の3路線が乗り入れている。平成筑豊鉄道の田川伊田駅のホームからJR日田彦山線のホームを見ると,その後には田川市石炭・歴史博物館と石炭記念公園の煙突(旧三井田川鉱業所第一・第二煙突)と竪坑櫓(旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓)が見える。煙突と竪坑櫓はいずれも国の登録有形文化財となっている。

 田川市は筑豊を代表する都市のひとつで,飯塚市,直方市と並んで筑豊三都と呼ばれることもある。炭鉱とは切っても切れない縁を持つ町である。

 九州地方の鉄道は,1891年までに門司〜熊本間,鳥栖〜佐賀間の完成が最初で,豊州鉄道の行橋〜伊田(現田川伊田)開業が1895年8月15日というのは,とても早い時期の開業である。筑豊炭田の石炭は,日本にとってそれほど重要ものであった言える。

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〔平成筑豊鉄道とJRの改札口が並んだ田川伊田駅(2004年3月撮影)〕

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2015年7月26日

JR東日本 気仙沼線・大船渡線の復旧断念

 <鉄路復旧断念>JR東、BRTでの復旧提案(2015年07月25日 河北新報)

 東日本大震災で被災したJR気仙沼線と大船渡線の復旧方針をめぐり、JR東日本は24日、宮城、岩手両県の沿線自治体5市町に対し、鉄路の復旧を断念してバス高速輸送システム(BRT)による本格復旧を提案した。各自治体はBRTのルートや駅拡充などの検討を重ね、復旧に向けたそれぞれの考えを年内に示す。

 国土交通省で開かれた沿線自治体首長会議の第2回会合で、JRは両線の現状について「鉄路復旧では多額の費用が掛かる。震災前から利用者が少なく、大量輸送機関として鉄道の特性を十分に発揮できる水準を下回っている」と報告。BRTは運行本数や駅の位置などを地域の実情に合わせられるとした。

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〔気仙沼線の南気仙沼駅(2007年8月撮影)〕

 東日本大震災で被災して,現在はBRT(「本来は」バス高速輸送システム)として仮復旧している気仙沼線の柳津〜気仙沼間と大船渡線の気仙沼〜盛間について,JR東日本は鉄道としての復旧を断念し,BRTを継続する方針を固めたという。

 青森県〜岩手県〜宮城県と続く三陸海岸を鉄道で結ぶという「三陸縦貫鉄道構想」は,国鉄末期の国鉄再建法施行に伴って未成線のまま建設が凍結されたが,地元住民の強い願いにより,日本で初めての第三セクター方式鉄道の三陸鉄道の北リアス線・南リアス線として1984年に開通し,一本の線路として繋がることとなった。

 残念ながら東日本大震災で多くの区間が被災し,かなりの区間がとうとう復旧することなくバスに転換することになる。

 JR山田線については,三陸鉄道に移管することにより北リアス線と南リアス線をつないで一帯運営できることから,JR東日本と岩手県・関係自治体の話し合いにより,JR東日本が多額の費用負担をすることを前提に,三陸鉄道への経営移管が行われることになり,不通区間を鉄道として復旧する工事が始まっている。

 三陸海岸沿いは沿線人口の少ない地域でもあり,震災以前から赤字ローカル線だったところなので,多額の費用を掛けて鉄道路線を作り直すよりも,バスの小回りの良さを活かしたBRTとして復旧するという判断はやむを得ないと思う。

 赤字経営である三陸鉄道北リアス線・南リアス線の復旧は,鉄道軌道整備法「洪水、地震その他の異常な天然現象により大規模の災害を受けた鉄道であって、速やかに災害復旧事業を施行してその運輸を確保しなければ国民生活に著しい障害を生ずるおそれのあるもの(Wikipediaより)」ということで助成対象となり,全線が復旧して運転が再開されている。

 しかし,JR東日本は黒字経営の民間会社である。総額1100億円と言われる復旧費用を税金で補助するのは難しいし,赤字になることが明白なローカル線に1100億円もの巨額の資金を民間企業が投入することもあり得ない。

 国鉄民営化を前に,採算が取れないとの判断で建設が凍結されたり,バス転換が妥当と判断されされて廃止対象となった国鉄の特別地方交通線が,第三セクター鉄道として存続・復活し,国鉄時代には廃止の対象とはならずにJR東日本の路線として生き残った鉄道が,補助金の交付を受けられずに廃線となる。なんとも皮肉な話である。

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 気仙沼線の前谷地駅に停車するディーゼルカー。真夏の「窓全開」(2007年8月撮影)

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 陸前戸倉駅(南三陸町)の待合室。陸前戸倉駅は志津川湾から5〜600メートル入ったところにあったが,折立川をさかのぼった津波により被災した(2007年8月撮影)

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 志津川駅(南三陸町)の近くで気仙沼線の列車が水尻川を渡る。国道45号線(東浜街道)の橋の下流側に水尻川の河川堤防が見える。南三陸町志津川地区は南三陸町役場・防災対策庁舎(女性職員が命がけのアナウンスを繰り返したことで知られる)があったところで,大津波により甚大な被害を受けた(2007年8月撮影)

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 志津川駅のホーム。駅名標には宮城県本吉郡志津川町と書かれているが,2005年に志津川町と歌津町が合併して南三陸町となっている。ホームは海抜10メートルの高さにあったが,津波によりホーム上屋が流された(2007年8月撮影)

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 清水浜駅(南三陸町)のホームと駅前の家並み。ホームは築堤の上にあったが,津波はほぼこの高さまで押し寄せ,すぐ横の桜川に架かる橋梁も流された(2007年8月撮影)

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 清水浜駅を出た列車が桜川を渡る。桜川に架かる県道221号線の橋のすぐ先は海だ(2007年8月撮影)

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 歌津駅(南三陸町歌津)のホームと南三陸町歌津字伊里前の家並み(2007年8月撮影)

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 本吉駅(気仙沼市本吉町)の近くで津谷川に架かる津谷川橋梁を渡る気仙沼線のディーゼルカー。河口の小泉海岸からは2km近い上流にある橋梁だが,津谷川を遡上した津波により橋桁がすべて流出した(2007年8月撮影)

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2015年7月25日

暑さで Windows Update がボケた?

150724183444

 Windows Update が来ていたので更新プログラムをインストールしたら……

「2 個のうち 7 個目の更新プログラムをインストールしています…」

 えっ,2 個のうち 7 個目???

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2015年7月24日

正式には大きさを表現できない台風12号来襲

 本島 昼ごろ最接近 台風12号、南大東で31・9メートル(2015年7月25日 琉球新報)

 強い台風12号は24日午後9時50分現在、南大東島の南約90キロにあり、大東島地方を暴風域に巻き込みながら1時間に15キロの速さで西北西へ進んでいる。24日午後3時8分、南大東村南大東で最大瞬間風速31・9メートルを観測した。沖縄気象台によると、台風は勢力を維持しながら25日昼ごろ沖縄地方に最接近する見通し。大東島地方は25日明け方ごろ暴風域を抜ける見通しだが、沖縄本島地方は25日昼ごろから夕方にかけて暴風が吹く見込み。沖縄本島では最大瞬間風速35メートルの強い風が予想されている。

 沖縄気象台は「暴風域の半径が70キロとコンパクトなのが台風12号の特徴だ。接近時に急に風が強まる恐れがあるので十分注意してほしい」としている。

201572412

 日付変更線よりも東の海域で発生し,そのまま発達すればハリケーンになるはずだった熱帯低気圧が,何の風の吹き回しか,西へ西へと進み続けて日付変更線を越え台風第12号「ハロラ」となった。しかも,一旦熱帯低気圧に戻って(最大風速が17.1m/sより弱くになると台風ではなくなる)から再び台風第12号として復活するという変な台風だ。

 7月25日現在でも最大風速35m/sの「強い」勢力を維持しており,今後の経路が気になるところである。

 さて,気になるのが,メディアで使われている「コンパクトな台風」,そしてそれと同義に近い「接近時に急に風が強まる恐れがある」という表現である(後者は問題にしなくても良いとは思うが)。

 台風の勢力を表現するため,台風やハリケーンには「強さ」と「大きさ」によって階級が定められている。日本の気象庁も,基本的にはそれに従った分類をしている。

 しかしながら,日本の気象庁の「強さ」の分類で言葉が定義されているのは,現在〈強い〉〈非常に強い〉〈猛烈な〉の3つだけ,「大きさ」の階級も〈大型(大きい)〉〈超大型(非常に大きい)〉の2種類しかない。
 だから,現時点での台風第12号を「強い台風」としか言えず,マスコミなどが勝手に“コンパクトな”という形容詞をつけて「コンパクトで強い台風」と呼ばれているのである。

 もともとはこんなことはなく,台風の「強さ」と「大きさ」の定義は次のように,ちゃんと定められていた。

【強さ】
 最大風速[m/s] 分類
 17.2未満    弱い熱帯低気圧
 17.2〜24.5   弱い     → 現在は使わない
 24.6〜32.6   並の強さ   → 現在は使わない
 32.7〜43.7   強い
 43.8〜54.0   非常に強い
 54.0以上    猛烈な

【大きさ】
 風速15m/s以上の半径 大きさの階級
 200km以下   ごく小さい   → 現在は使わない
 200〜300km  小型(小さい) → 現在は使わない
 300〜500km  中型(並の)  → 現在は使わない
 500〜800km  大型(大きい)
 800km以上   超大型(非常に大きい)

 つまり,かつての気象庁の定義によって,現在の台風第12号は「強い台風」やマスコミの「コンパクトで強い台風」のようなあいまいな表現ではなく,ちゃんと基準によって定義された「小型で強い台風」という表現ができるのである。

「大型で並の強さ」「小型で猛烈な」「超大型で弱い」……
 正確な基準さえ知っていれば,なんとわかりやすい台風の表現だろうと思う。

 Wikipediaの記述によると,1999年8月14日の玄倉川水難事故を契機に,「ごく小さく弱い台風」というような表現では,危険性を過小評価してしまう人が被害に遭うおそれがあるとして,気象庁は2000年6月1日から,「弱い」や「並の」といった表現の使用をやめたという。

 なんとももったいない決断だ。台風の「強さ」と「大きさ」の定義には,「雨量」の定義は含まれていない。風が弱い台風だからと言って,雨が弱いとは限らない。そんなことは定義に書かれていなくても常識的なことである。
 ごく一部の方々の過ちによって,簡単に定義が使われなくなってしまったことが残念でならない。

 強さと大きさの定義の完全復活,もしくは新たな階級表現の導入を期待したい。

 たとえば地震の震度階級は,震度0:無感 ・ 震度1:微震 ・ 震度2:軽震 ・ 震度3:弱震 ・ 震度4:中震 ・ 震度5弱/5強:強震 ・ 震度6弱/6強:烈震 ・ 震度7:激震というように名称と震度階級がつけられていて,かなり普及している。いまだに震度とマグニチュードの区別ができていない人もいないわけではないが,ほとんどの人は問題ない理解状態だと思う。

 台風の強さと大きさも,震度階級と同様な数値によるクラス分けが必要なのではないだろうか。

 明らかに「小型で強い台風」である台風第12号を「強い台風」としか言えないため,テレビ番組独自の基準や気象予報士の親切心からの表現で「コンパクトで強い台風」などと統一されていない名称で呼んでいるのを見て思った次第である。

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2015年7月19日

定額制音楽配信サービスApple Music始まる

Apple Music

 7月1日から,日本でもAppleの定額制音楽配信サービス「Apple Music」が始まった。日本国内ではSMEのような版権保有者が音楽のネット配信に積極的でないため,サービスの開始はもっと遅くなるかと思ったが,ダウンロードからストリーミングへという世界的な流れに逆らうのは難しいようだ。

 5月27日には「AWA」,6月11日には「LINE MUSIC」のサービスが始まり,それらとの違いはどうなのかはとても気になるところ。

 まず「LINE MUSIC」は,あのLINEだからさすがにインストールしたくない。
 LINE MUSICは邦楽に強いらしいが,ちょっと調べると,邦楽と言っても純粋な伝統音楽としての「邦楽」ではなく,J-POPに強いと言うことらしくて,歌謡曲ならともかく,私はJ-POPを聴くつもりはないのでパス。

 となると,AWAとApple Musicのどちらを選ぶかが問題になってくる。

AWAのプレイリスト
〔AWAのお薦めプレイリスト〕

 まず,iPhoneでAWAのプレイリストを表示してみた。
「マジで最高すぎる曲」「かんがえごと」「チュッチュ♪しながら聴きてえな(^^)」「お気に入り!!!」……というプレイリスト名が気持ち悪い。中高生ぐらいがサービスの対象なのだろうか。私は50歳過ぎのおっさんなので,これを見ながら音楽を聴くのは耐え難い。

Apple Music はじめての
〔Apple MusicのFor Youお薦めプレイリスト〕

 MacのiTunesでApple MusicのFor Youお薦めプレイリストを表示してみた。
 既にiTune内にチェット・ベイカーやアンドリュー・ヒルのアルバムがたくさん入っているのに,「はじめての チェット・ベイカー」「はじめての アンドリュー・ヒル」をお薦めするセンス(というかアルゴリズム)が気になるが,AWAの「マジで最高すぎる曲」よりはずっといい。

Apple MusicとAWA
〔AWAとApple Musicで「鈴木勲」を検索してみた〕

 次に登録されている曲のラインナップを比較してみる。

 洋楽か邦楽かはよくわからないが,私が聴きたいジャズやブルーズは,どちらもそこそこラインナップされているように思った。ためしにジャズの「鈴木勲(ベース奏者)」で検索してみると,AWAには登録がなく,Apple Musicにはアルバム2枚が見つかった。私のiTunesのライブラリに劣るまったく満足できない,たった2枚のラインナップではあるが,Apple Musicもなかなかやるね,という印象だ。

(ところで,鈴木勲のアルバムは邦楽? 洋楽?)

 それよりなにより,Apple MusicはiPhoneでもMacでも,そして出力先を換えればリビングのアンプ・スピーカーでも聴くことができるが,AWAはiPhoneでしか聴くことができない。これじゃ満足できない。

 というわけで,私はApple Musicを利用することにした。月額料金は980円(3カ月間は無料トライアル)。

Apple Music Jackie McLean
〔Jackie McLeanの「すべて」「マイミュージック」〕

Apple Music Ornette Coleman
〔Ornette Colemanの「すべて」「マイミュージック」〕

 たとえば,iTunesでJackie McLeanやOrnette Colemanの既存のライブラリー「マイミュージック」に対して,「すべて」という項目が追加になり,ライブラリーに入っていないネット(Apple Music)上のアルバムも表示されるようになっている。

Apple Music Hank Mobley マイミュージック
〔Hank Mobleyには「すべて」が表示されない〕

 ところが,同じiTunesでHank Mobleyのアルバムを表示させると,既存のアルバムがずらりと表示されるが,Apple Music上の「すべて」が表示されない。

 iPhoneの「ミュージック」アプリでも同様だ。

Apple Music 西田佐知子
〔西田佐知子の「すべて」「マイミュージック」〕

Apple Music 久保田早紀
〔Lou Donaldsonと久保田早紀には「すべて」が表示されない〕

 西田佐知子のアルバムを開くと,既存の「マイミュージック」の横に「すべて」が表示されるようになった。まだ「すべて」のラインナップは貧弱だが,いずれ増えてくるだろう。
 それに対して,Lou Donaldsonや久保田早紀には「すべて」が表示されない。
 美人でとても可愛かった久保田早紀が,妙に男前になっているのは笑える。早く直ってほしい。

 なぜJackie McLeanとHank MobleyやLou Donaldsonで違いが生じるのだろうか。たぶん,ミュージシャン名が「Hank Mobley」「ハンク・モブレー」「ハンク・モブリー」のように混在していたりするなど,まだiTunesが完全に対応できていないのだと思われる。

 Apple Musicはまだサービスが始まったばかりで,iTunesの対応もまだバグっぽいところが多いようだ。これはしばらくすれば良い方向にこなれてくるだろう。

Apple Music久保田早紀

 男前の久保田早紀(笑)

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2015年7月18日

三井アウトレットパーク北陸小矢部が開業

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 北陸地方では初めての出店となるアウトレットモール「三井アウトレットパーク北陸小矢部」が7月16日にオープンした。三井不動産のアウトレットパークの開業時の店舗数としては,「三井アウトレットパーク入間」に次いで全国2番目の店舗数だという。地元富山県だけではなく,隣の石川県や福井・新潟・岐阜北部などの広域からの来客が見込まれる。

 三井アウトレットパークは,当初は富山市呉羽町に開業したいと考えていたという話を聞いたことがある。富山市はコンパクトシティ政策(正確には「コンパクトなまちづくり」)を進めているため呉羽町への建設を許可せず,結局小矢部市に建つことになったのだと。

 その話が本当なのかどうかはわからない。個人的には,ショッピングセンター建設とコンパクトシティ政策は背反するものではないと考えているので,富山市呉羽町へ出店ができなかったのはコンパクトシティ施策のためとは思えないのだが,「コンパクトシティ政策の自滅」ということで面白おかしく語られている。

 オープン初日,周辺の道路は大渋滞だったという。まあ少しずつ渋滞は落ち着いていくのだろうとは思う。しかし,地図を見る限り,周辺の道路事情はかなり厳しい。

Photo2

 三井アウトレットパーク北陸小矢部の前を東西に走る国道8号線小矢部バイパスは,小矢部市内の市街地(石動町)を通っていた旧国道8号線のバイパスで,芹川(東)交差点から能越自動車道の福岡ICまでは2車線(片側1車線),そこから西の区間も暫定2車線で約20年前に開通している。小矢部川に架かる橋も2車線(片側1車線)だ。
 また国道8号線小矢部バイパスと西中野交差点で交差する県道32号線も2車線,小矢部川の支流である子撫川に架かる橋も2車線だ。
 三井アウトレットパーク北陸小矢部の駐車場への入口や交差点では車線を増やしたりする工事は行われたようだが,状況に合わせてさらなる工事が必要になるだろう。

 20年も前に開通した小矢部バイパスの暫定2車線区間は,人口減少社会となり,2車線のままで将来も維持運用できていたかもしれなかったが,早急に4車線化が求められるかもしれない。小矢部川に架かる橋梁は(そして子撫川に架かる橋梁も)2車線分増やす必要がある。

 数年から十数年の期間を掛けてバイパスや橋梁を4車線化しているうちに,新たな大型ショッピングセンターが富山県内にでき,三井アウトレットパーク北陸小矢部が琵琶湖畔のピエリ守山のような事態にならないとも限らない。しかし,渋滞がひどければ,買い物客以外の経済活動にも影響がある。道路整備をしないわけにはいかないのだ。

 国道や県道の整備は国や富山県が行うことになる。三井アウトレットパークは直接費用負担してくれないから,整備費用には巨額の税金が投入される。

 中心市街地再生の名の下に,コンパクトシティ政策によって市街地の箱物に無駄な金がつぎ込まれているという批判がある。その象徴が,青森市の複合施設「アウガ」や秋田市の「エリアなかいち」だ。郊外への無制限な市街地拡大を抑制しましょう,というのがコンパクトシティ政策のキーポイントであるはずなので,「アウガ」や「エリアなかいち」の失敗が象徴になるのは,ちょっと違うように思う。

 小矢部市の現在の人口は約3万人。約30年前から7千人も人口が減少しており,数年後には3万人を切るだろう。国道・県道の整備・維持は小矢部市の負担にはならないかもしれないが,ここにショッピングセンターができることにより必要となる公共投資や維持コストは,めぐりめぐって住民の負担になっていくのだろうと思う。

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2015年7月16日

iPhone 6s or iPhone 7 に期待すること

Iphone_6_2

 AppleのiPhoneの次機種の噂がちらほらと聞こえてくるようになった。

 こんなブログにApple社へのお願いや希望を書いたところで,それが何の影響もないことはわかっているが,やっぱり書いておかずにはいられない。

■ 4インチ以下の小型ディスプレイ機
 やっぱり携帯電話は片手で操作したい。
 現在使用しているiPhone 5sでも,親指の対角線にあるボタンは,握りを少し変えないと指が届かない。ディスプレイが4.7インチ / 5.5インチになったiPhone 6 / iPhone 6 Plusへの乗り換えは,それで断念した。ぜひとも4インチ以下の小型ディスプレイ機をラインナップに加えてほしい。

■ カメラ部分のダサい出っぱり
 見た目がダサい。テーブルに置いたときにカタカタする。天国でジョブズが泣いているはず。もちろん,テーブルでカタカタするからといって,四隅にゴム足を付けろということではない。
 逆に,どうしても出っ張らせるなら,バヨネットぐらい付けてほしい(それはそれでダサいけど)。

■ アンテナ機能のためのダサいライン
 ジャージの側面のラインのような,いわゆる「Dライン」である。アンテナ機能のために必要なことはわかる。iPhone 5 / iPhone 5s のツートンは不評だったようだが,iPhone 6 / iPhone 6 Plus を見ると,そのツートンがまともに見えるほどだ。せめて見えなくなる努力をしてほしい。

 Apple社は,新機種を出すたびにむやみにデザインを変えるような会社ではないから,次機種ではiPhone 6の基本デザインが踏襲されるだろう。それはわかっているつもり。でも,カメラの出っぱりをなくすぐらいは可能なはず。

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2015年7月14日

HX90Vを買いに行ってRX100M3に決める


Sony_rx100m3_evf

 コンパクトデジカメを買うためにヨドバシカメラに数回通った。そして,とうとう購入を決心したという話である。

 事の発端は,今年のゴールデンウィークの旅。メインのカメラはソニーのα7S,サブ機として尻ポケットに入れておけるCanon PowerShot S100を持っていった。

 GW中には雨の日も多く,左手で傘を差し,右手にサブ機のPowerShot S100を持って街を撮り歩くことも多かった。どうもこのPowerShot S100はEye-Fiカードを入れるとシャッターボタン半押しで5秒間ぐらい動作が固まることがあるのと,EVFが付いていないので,傘を差しながらの片手撮影だと(手ぶれ補正機能はあるが)どうも画像がシャキっとしない状態になりやすいのだった。

 これらは数年前から感じている不満であり,代わりになる適当なデジカメが見当たらなかったため放置していたが,ここへ来てやっと惹かれるデジカメが出てきた感じがしたので,ヨドバシカメラでコンパクトデジカメをあれこれいじくり回してみた。

 ほしいカメラの条件は……

・内蔵EVF付き。傘を差していても,片手でカメラを顔に押しつけて
 安定させて撮ることができる
・広角側が24mm始まり。理想をいえば16mm〜35mm広角ズーム
・望遠側はほとんど使わないので50mm程度まであれば十分
・ダイナミックレンジは広いのがいい。ピーカンでも軒先は黒くつぶれず,
 雲は白く飛ばず。曇り空でも空は白く飛ばず……が理想
・画質は良いに越したことはないが,あまりこだわらない
・Gパンの尻ポケット運用が可能な大きさ
・レンズバリア付き。キャップを外すタイプや,レンズ繰り出しに
 合わせて動作する社外品の不格好なヤツは使いたくない
・可動式液晶は不要
・GPS機能不要(あとでiPhoneのデータを埋め込んだ方が正確)
・4K動画不要
・Wi-Fiにより写真を1枚単位でiPhoneに送れる
・それなりに安く買える

という感じで,あまり厳しい条件はつけないつもりだったが,条件がいっぱい付いてしまった。まあ,一部は妥協できるし,なんとかなるだろうと言うことで,実はSONY Cyber-shot DSC-HX90Vを買うつもりでヨドバシカメラに向かったのだった。

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 購入したのは新しいCyber-shot DSC-RX100M4がもうすぐ発売されようとしているSONY Cyber-shot DSC-RX100M3である。

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 もちろん決め手はEVF。そして,カメラ全体の作りがしっかりしていたことだ。

 このように飛び出すタイプのEVFより,完全な内蔵EVFが良かったのだが,その希望に応えてくれそうだったPanasonic LUMIX DMC-TZ70は,日本ではシルバータイプしか販売しておらず(海外には黒タイプがある),しかもカメラのボディが妙に(価格相応かもしれないが)安っぽくて購入意欲が失せた。

 PanasonicといえばLUMIX DMC-LX100にも魅力があった。いじくり回してみると意外に大きいし,レンズバリアが付いていないのは大きなマイナスポイント。メインのカメラとして使うならば気にならないが,尻ポケットやリュックのサイドポケットから出してさっと撮影するような使い方には向かない。

 もともとは買う気満々だったSONYのCyber-shot DSC-HX90V。外観はDSC-RX100M3に似ていて大きさはほぼ同じ。厚みはだいぶ薄い。発売されたばかりで価格はまだ下がっておらず,1年以上前に発売されたRX100M3に比べて少し安い程度。

 当初はDSC-HX90Vで十分だと思っていたのだが,いじくり回しているうちにカメラボディの安っぽさが気になってしまった。

150722-175414
 この写真はRX100M3のフロントパネルと底板の結合部分の拡大である。

 DSC-HX90Vでは,フロントパネルと底板の結合部分にある微小段差が,ボディの左右で0.3mmぐらい幅が異なっていて,ほんのわずか斜めになっている。ボディを指で押すことによって段差が広くなったり狭くなったりする。

 ネジで底板を固定する方法はRX100M3と同じだし,ネジが緩んでいるわけでもない。組み立て時の調整で隙間が小さくなるような構造ではなく,プラスチックの射出成形部品レベルで既にそういう精度で出来上がっているように感じた。

 安いコンパクトデジカメに贅沢を言うなと言われそうだが,あっという間にDSC-HX90Vに感じていた魅力が消えてしまった。

 残ったのはSONY Cyber-shot DSC-RX100M3。RX100M4の発売開始はまだ先で,発売が始まったときには古いRX100M3はある程度価格が下落するだろうから,それを待つという手もないことはないのだが,こういうものは「ほしいときが買い時」である。

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 しばらく前から,(どんなデジカメでも動かないデジカメでもOKの)3000円下取りセールの対象品になっていて,72,370円まで安くなった。ヨドバシでは10%ポイントが付くので約65,000円の買い物となった。レジで店頭表示よりもだいぶ安くなっていたので,店員さんも私もびっくり。

RX100M3の安値価格

 買い物をしたら,他ショップの価格表は見ないようにするのが常識だが,やっぱり気になって見てしまった。まあ,ヨドバシカメラなら買ってから数週間ならば初期故障は新品と交換してくれるし,価格コム情報で最安値になっていなくてもあきらめるのは仕方がないと思っていたが,約65,000円ならばかなり良い買い物ができた気がする。

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 ここ数年サブカメラとして使ってきたCanon PowerShot S100と並べてみた。ボディはかなり分厚くなり,レンズの出っぱりも大きい。尻ポケットに入れての運用は難しいかもしれない。

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 ときにはメインカメラとしても使っているRICOH GRとの比較。ボディはだいぶずんぐりした感じになる。RICOH GRがメイン,サブとしてSONY Cyber-shot DSC-RX100M3というのは十分アリな気がする。メインSONY Cyber-shot DSC-RX100M3,サブがRICOH GRというのは……たぶんなさそうだ。

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2015年7月 4日

風評被害を作り続けたい人々

 ツイッターで「福島・三春町の旧御木沢村」を検索すると,ある人が去年から同じツイートを繰り返していることがわかる。

JTは10日までに、葉タバコの放射性物質検査で、福島・三春町の旧御木沢村地域で生産された葉タバコから、自社基準値を上回る565.2ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。『セシウム自社基準値超 三春・旧御木沢村産の葉タバコ』http://goo.gl/Vb1y23

Photo

 葉タバコから基準を上回る放射性セシウムが検出されたというニュースなのだが,「10日までに」とは書いてあるものの,発見された年月が書いてないので,ツイートを目にした人には去年のニュースだと言うことがわからない。これは2014年10月11日のニュースだと思われる。

 しかも,もっと詳しい内容を言うと,「日本たばこ産業 (JT) が,葉タバコの購入前段階の放射性物質検査で,三春町の旧御木沢村地域で生産されたバーレー種と在来種の2品種の葉タバコから自社基準(1キロあたり100ベクレル)を上回る565.2ベクレルの放射性セシウムが検出された」というニュースであり,もちろんタバコの製造には使用せず,出荷などされていない。

 このようなツイートを毎日のように,多いときには一日に3回も繰り返している。基準値を上回る放射性セシウムが,今でもずっと検出され続けているかのように。これはひどい。三春町に恨みでもあるのかな?
 気持ち悪くて,寒気がするんですけど……

 togetterのこのまとめを読むと,ツイートを繰り返しているのは,一生関わり合いにはなりたくない感じの人だ。Wikipediaの自分の項目を自分で編集しちゃう人だもんな。くわばらくわばら。

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2015年7月 3日

台北旅客機墜落事故は機長の操縦ミスか

 機長が判断ミス、作動中のエンジン停止 台湾旅客機墜落(2015.07.02 CNN.co.jp)

台湾の台北で今年2月、地元の復興航空(トランスアジア航空)235便が出力を失い、市内に墜落した事故で、台湾の飛航安全調査委員会は2日、同便の機長が出力喪失のエンジンの選別を誤り、正常作動のエンジンを停止したのが原因との報告書を発表した。
(中略)
事故の際、同便の2基のエンジンのうち1基は機能停止に陥っていたが、もう1基が正常に作動していれば飛行を継続できるように設計されていた。
(中略)
報告書はまた、この機長が2014年8月に機長に昇格する際、フライトシミュレーターを使用した訓練で落第していたことも明らかにした。離陸時にエンジン停止が起きた場合の対処について、知識が不足していたためだという。

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 台湾の台北でトランスアジア航空の旅客機が墜落した事故は,当初はエンジン不調の緊急事態の中,機体を傾けてビルとの衝突を避け,川への不時着を試みたと美談的に語られていたような気がするが,どうやら機長が出力喪失のエンジンの選別を誤り,正常作動していたエンジンも停止してしまったのが原因らしい。

 機長の操縦ミスが原因となると,機長への評価は真逆になるね。この機長,フライトシミュレータでの訓練でも落第してたとか……

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2015年7月 2日

大涌谷「ごく小規模な噴火」の基準は?

 箱根山噴火、水蒸気爆発か 指示区域の住民ら全員避難(2015/6/30 日本経済新聞)

 気象庁は30日、箱根山(神奈川県箱根町)の大涌谷でごく小規模な噴火が発生し、マグマで熱せられた地下水が噴き出す「水蒸気爆発」の可能性が高いと発表した。同庁は噴火警戒レベルを「2(火口周辺規制)」から「3(入山規制)」に引き上げ、箱根町は火口から半径約1キロに避難指示を出した。同庁が箱根山の噴火を確認したのは初めて。

 気象庁は「大規模な噴火の兆候はないが、大涌谷周辺では今後も小規模な噴火に警戒してほしい」と呼びかけている。

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〔地面から水蒸気をあげ続けている大涌谷(1998年11月撮影)〕

 噴火の発生日時は不明だが,約2km離れた場所でも降灰を確認しており,6月29日夜から30日朝までの間と見られている。気象庁は記者会見で「噴火自体はごく小規模。大涌谷の火口から半径約1キロの範囲以外では噴火への警戒は必要ない」と説明しているが,気象庁の対応については疑問の声も出ているようだ。

 箱根山噴火:浅間山などの研究者が気象庁の対応疑問視(2015年7月1日 毎日新聞)

 気象庁は29日夜、「大湧谷周辺で新たな噴気孔を発見し、ここから土砂が噴き上がった。現時点で噴火ではない」と発表した。大涌谷の北1・2キロで白っぽい粉状の降下物▽マグマや熱水の動きを示す火山性微動▽神奈川県箱根町湯本で震度1の地震−−などを観測。気象庁の基準では「固形物が噴出場所から水平または垂直に100〜300メートルの範囲を超えた」時を噴火と定めているが、火口外の土砂が噴き上げられたとして噴火とは認めなかった。

 これに対し、浅間山にも詳しい群馬大の早川由紀夫教授(火山学)は「気象庁自らが決めた基準に反した判断だった」と批判。浅間山では16日朝、火口から約4キロ離れた施設職員が微量の降灰を確認したと通報し、気象庁は1時間以内に「噴火した模様」と第1報を打った。早川教授は「今回はあまりに慎重すぎた」と対応の違いに違和感を覚えたという。

 なるほど,気象庁の対応に疑問の声を上げているのは,〈青プリン〉として有名な群馬大の早川由紀夫教授らしい。

 最初に「箱根山の大涌谷で小規模な噴火が発生」というニュースを聞いたときから,気になったのが「小規模な噴火」の定義だった。たぶん私が生まれる前からも,ずっと噴気をあげ続けていた大涌谷である。大辞林を調べると「噴火:地球内部から,水蒸気・マグマ・岩塊などが地表に噴き出すこと。また,その現象」と書かれており,素人判断をすれば,噴気をあげ続けている大涌谷は噴火し続けていることにもなる。噴気をあげ続けていることと,「ごく小規模な噴火」の違いはなんなのだろうか。

 噴火の定義についてググってみると,気象庁の次のような文書が真っ先に見つかる。文章から判断すると,2004年2月に噴煙や火山性微動を観測したときの文書らしい。

 また、単に噴火と聞くと、山麓まで噴石が飛ぶような噴火や、記憶に新しい 2000 年の有珠山の噴火をイメージされるかもしれません。しかし、約 9 万年前に九州の阿蘇山で発生した噴火の火山灰は、1,400km 離れた北海道東部でも 20cm の厚さに積もっていますし、一方今回の十勝岳の噴火の火山灰は、降雪の影響もありますが風下に 15km 離れた山麓の集落で確認されない程度と、噴火という現象は、その規模にたいへんな幅があります。
 噴火の規模は、一般的には噴出物量などを尺度に「小噴火」「大噴火」などと分類されることがありますが、気象庁ではその分類について特に厳密に定義づけていません。今回の十勝岳の噴火は便宜的に「ごく小規模な噴火」や「微小な噴火」と呼んでいるものの、その表現や定義はまだ不確定です。

 どうやら定義が決まっていないようだ。気象庁では噴火の定義や規模の分類について見直しを進めているらしいが,見直した後の文書は見つからなかった。

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