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2015年6月の10件の記事

2015年6月27日

SONYがα7R IIを国内正式発表


 ソニー「α7R II」国内正式発表 ファーストインプレッション(2015/6/26 デジカメWatch)

すでに海外で発表になっているソニー「α7R II」(ILCE-7RM2)が6月26日、日本でも正式発表された。呼び方は「アルファ セブン アール マークツー」だ。α7 IIに続き、α7シリーズの高解像力モデルである“R”も2世代目に突入した。

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 海外では6月10日に既に正式発表されていたα7R II (ILCE-7RM2) が,国内でもやっと正式発表された。
 4,240万画素の裏面照射型CMOSセンサーとボディ内5軸手ぶれ補正を搭載している。ボディの形状はα7 IIを踏襲している。高速なAFのための像面位相差AF素子はセンサーサイズの45%をカバーしている。

 α7Rで最も残念だったシャッターユニットが新規設計のものになり,シャッター音は静かになっているらしい。しかも,電子先幕シャッターはもちろんのこと,サイレント撮影機能(無音シャッター)まで搭載している。α7Rの問題をほぼ解決しているようだ。

 私はサイレント撮影機能(無音シャッター)に圧倒的な魅力を感じてα7Sを使用している。
 α7Sには現時点では一番使用頻度の高いカメラになっているが,不満がないわけではない。昨年7月5日の『無音シャッターの SONY α7S を購入!』で書いたα7Sの残念な点は次の通りである。

・シャッターボタン周辺に少しガタがあり,レリーズ時の感触が安っぽい
・ファインダー部のアイセンサーが赤外線を検知してEVFと液晶モニターを切り替えてくれるのだが,残念ながら腹部の赤外線にも敏感に反応するため,可動式液晶モニターを起こしてウエストレベルで撮影しようとすると,勝手にEVFに切り替わってしまい,腹からカメラを少し離さないと撮影できない
・吊り環の位置がシャッターボタンを押す人差し指に干渉する
・レンズラインナップが貧弱(好みのレンズが少ない)
・グリップが好みじゃない
・カスタムボタン2を「モニターミュート」に設定して,ファインダーを覗いているとき以外の電力消費を抑えようと思うのだが,「モニターミュート」しても液晶ディスプレイのバックライトが点いたまま(シャッター速度などが表示されている)なので,あまり省エネに寄与していない
・せっかくISOオートでISO409600まで設定できるのに,プログラムAE時にシャッター速度低限値が設定できない

 残念ながらこれらは解決していない。
 さらに,良かった点として挙げた中で,「・高感度と広いダイナミックレンジ(ダイナミックレンジは?かも)」の「?」部分であるダイナミックレンジは,やはりあまり広くなく,現在では少し不満に思っている。

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のような写真で暗部を持ち上げると,意外にざらざらになりやすいのだ。そもそも,DレンジオプティマイザーDROを5(強)に設定して撮影していて,さらに持ち上げようというのだから無茶なのではあるが。

 α7Sの意外なほどのダイナミックレンジの狭さは,同時に使用している(高感度に弱いはずの)Nikon D800EやPENTAX K-5 IIsと比べても見劣りしていると感じる。いろいろググってみたが,α7Sのダイナミックレンジが狭いと文句を言っているページは少ない。でも,実際に使ってみると狭く感じるのは明かだ。

 DxOMark Sensor ScoresのLandscape (Dynamic Range)のスコアを比べてみると,

 Nikon D800E:14.3 Evs
 PENTAX K-5 IIs:14.1 Evs
 SONY α7S:13.2 Evs
(SONY α7R:14.1 Evs)

となっていて,やっぱりα7Sのダイナミックレンジは少し低い数値になっていて,これは使っていての実感と一致する。

 新しいα7R IIがどのような数値をたたき出すのかは不明だが,SONY α7Rのあらゆる点を改良しているとすれば,かなり魅力的な機種だと言える。

 ネックとなるのは,約44万円と言われる店頭予想価格だ。世間からは〈独身貴族〉と呼ばれる高貴な身分の私ではあるが,ホイホイと買える金額ではない。年末もしくは来年早々には,念願のPENTAXフルフレーム一眼レフも発売されるはず。

 α7R IIのダイナミックレンジがどうなるのか,とても楽しみだ……

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2015年6月25日

炭酸水が好き=身体に悪い? んなバカな…

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 炭酸水が好きだ。水のかわりにぐいぐい飲む。
 ペリエだ,サンペレグリノだ,いやゲロルシュタイナーだ,発泡ミネラルウォーターだなどという贅沢は言わない。

 軟水の多い日本に生まれ井戸水で育ったこともあって硬水は苦手だから,ゲロルシュタイナーぐらいの硬度になると,ぬるくなったときに飲みにくく感じてしまう。無発泡のミネラルウォーターでも,コントレックスやヴィッテルのような硬度の高い硬水は苦手だ。エヴィアンもちょっとキツい。ミネラルウォーターなら実家の井戸水が一番で,あとは軟水ならば日本製のミネラルウォーターでもヴォルヴィックでもクリスタルガイザーでも十分だ。

 味覚オンチだから,ハイボール用の安い炭酸水で十分なんである。

 炭酸水が好きだというと,身体に悪いと言われる。炭酸水のどこが身体に悪いのかと問うと,糖分が多いのだと……
 炭酸水には糖分なんか入ってねーよ。炭酸飲料と間違ってるんじゃね?


 それとは別に,冒頭の写真で炭酸水の「SODA」の文字は紛らわしいかもしれない。炭酸水にナトリウムが入っているように見えてしまうからだ。

 SODA=ソーダは,一般的には炭酸ナトリウムNa₂CO₃=炭酸ソーダを意味することがあるからだ。ナトリウムNaは英語でSodiumソジウムで,化合物はソーダ(曹達)とよばれる。
 私は腎臓病&高カリウム血症なので,NaやKの摂取を控えめにするよう医師に指示されている(健康に良いと思われている野菜類や青汁もKが多いので大量には摂取できない)。高血圧でなくても,Naの摂取は控えめにしたいところだ。そういう観点から「SODA」に不健康なイメージが感じられるとしたら,この「SODA」の文字は非常に紛らわしい。このような炭酸水にナトリウムは含まれていないのだ。

 自家製炭酸水を安く作ろうとする人がいる。実はこの自家製炭酸水の作り方が「SODA」という言葉の由来であって,これは市販の炭酸水とは違ってNaがたっぷり含まれる飲み物になる。

 自家製炭酸水は,重曹(炭酸水素ナトリウム)とクエン酸を混ぜて作る。

 C₆H₈O₇クエン酸+3NaHCO₃炭酸水素ナトリウム
  →Na₃(C₃H₅O(COO)₃)クエン酸三ナトリウム+3H₂O水+3CO₂二酸化炭素

という反応により水の中に炭酸ガス(二酸化炭素)が発生し,炭酸飲料になる。水には二酸化炭素だけじゃなく,クエン酸三ナトリウムが含まれる。これがSODAソーダ水という名称の由来だ。
 このような製法で作られた炭酸水の代替自家製飲料は,Na過剰摂取が怖く,安く作れるからと言って炭酸水のようにがぶがぶと飲むことはできない。

 二酸化炭素を加圧して水に溶け込ますよりも簡単にソーダ水を作ることができるので,昔はこうやって作っていたし,家庭でも作ることができる。
 しかし,これは炭酸水とは似て非なるものだ。
 冒頭の写真の「SODA」が紛らわしいのは,Naソジウム=ソーダが含まれていないにもかかわらず「SODA」と書かれているのは,Naが使われていた時代(昭和初期まで?)の名残にすぎないからである。

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2015年6月21日

JR姫路−御着駅間の新駅の名称について

 新駅名アンケ、最多は「白鷺」案…「官兵衛」も(2015年6月20日 読売新聞)

 来春に開業するJR姫路―御着間の新駅の名称について、兵庫県姫路市がアンケート結果を公表した。

 「白鷺」「が122票で最も多く、上位10位の中には「姫路白鷺」「白鷺の里(郷)」「播磨白鷺」が入り、平成の大修理を終えた白鷺城と称される姫路城への愛着と関心の高さがうかがえる結果となった。アンケートは3月16日〜5月25日にはがきとメールで実施。市内を中心に北海道や九州から計957票の応募があった。

 2位は現在仮称として使われている「東姫路」(60票)、3位は「姫路白鷺」(42票)だった。駅東側に流れる市川にちなみ、6位に「姫路市川」(34票)、8位に「播磨市川」(19票)もランクインした。

 11位以下にはユニークな名前が並ぶ。「リバーサイド姫路」「イースト姫路」などの“カタカナ系”や、昨年のNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」のブームを受けた「官兵衛」や「如水」も登場。3月に亡くなった市出身の落語家桂米朝さんの名を冠した「米朝」という案もあった。

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 こういうアンケートは新駅を盛り上げるためのイベントのひとつだ。
 新幹線開業時の新列車名のアンケートなどと同じで,結果はどうでもいい……とは言わないが,一般的にはろくな結果にならないことが多い(この姫路市のアンケート結果はかなりまともなほうだとは思う)。
 新駅付近が黒田官兵衛ゆかりの地だったり,関連する施設があってそれで町を売り出していくのならいざ知らず,「官兵衛」や「如水」がまともに考えた結果だとは思えない。軽いノリである。

 1位となった「白鷺」についても,姫路市民が白鷺城に愛着を持っていることはわかるが,10年後・20年後に白鷺駅という名称が定着したとしても,駅の位置を考慮すれば僭称のそしりを免れない。

 姫路城(白鷺城)の最寄り駅はJR姫路駅・山陽姫路駅や播但線の京口駅であり,新駅(航空写真の赤丸)で降りて姫路城を訪ねる人はいない。姫路城ほどの有名観光地であれば,そこから遠く離れていてもそれを名乗ることは容認されるだろうが,あくまでそこが最寄り駅だった場合のみであろう。たとえば,篠山市中心部の最寄り駅「篠山口駅」や草津温泉の最寄り駅「長野原草津口駅」等である。

 隣の御着駅は,播磨国分寺および国分尼寺が設けられた場所で,現在でも江戸時代に建立された牛堂山国分寺がある。御国野町国分寺・御国野町御着という地名があり,そこから「御着」という駅名がつけられている。歴史が感じられて,とてもいい駅名だと思う。「播磨国分寺駅」「御国野町国分寺駅(少し長い)」となっていても違和感は少なかったに違いない。

 新駅の場所は姫路市市之郷(いちのごう)。西側には市之郷一丁目から三丁目があり,姫路市市之郷住宅が駅前に建つ。駅前からは少し西に離れるが,姫路警察署は市之郷地区にある。ものづくり大学校やすこやかセンターなどのキャスティ21地区として公共ゾーンが設けられる予定があり,強みになりそうだ。

 姫路市日出町一丁目から三丁目も駅のすぐ北側に接しており,県営姫路日出住宅1号棟もある。市川の河川敷には日ノ出緑地がある。

 新駅から山陽新幹線のガードをくぐった南側は阿保地区となる。阿保地区は阿保神社や宇賀神社などがあり,古来からの歴史が感じられる町だが,姫路市による阿保土地区画整理事業が行われようとしている(or 既に始まっている)。姫路市がどのぐらいの力を入れて阿保土地区画整理事業を行うのかが,ポイントとなりそうだ。

 新駅のすぐ横を流れる「市川」は,国府が置かれた姫路市本町付近(本町遺跡がある)に立った市場に由来する川なので,候補になり得る名称だと思うが,残念ながら上流側に昭和の大合併によって「市川町」が誕生しており,新しく駅名にするにはちょっと紛らわしすぎる。

 と言うわけで,私が考えた新駅名は,「市之郷」「姫路日出(既存の日の出駅や日出〈ひじ〉駅との重複を避けるため)」,2番人気だった「東姫路」そして「阿保」のいずれか。さてどうなるだろう。

 ところで,山陽本線の新駅付近の地図を見ていて,航空写真がモザイク状になって,うまく表示されない場所がある。新駅予定地の南側の阿保地区である。

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 特に何か表示をオーバーレイしているわけでもないのに,正方形の形にマスクされているように見える。姫路駅付近には何カ所かこのような場所がある。何が原因なのだろう?

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2015年6月20日

映画『ラブホテル』のラストシーン……

 にっかつロマンポルノの『ラブホテル』は相米慎二監督による映画である。脚本石井隆による名美と村木のシリーズで,挿入歌として山口百恵「夜へ…」ともんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」が効果的に使われていることで知られている。ポルノ映画として見に行った客は驚いたであろう,とても切ない映画なのである。低予算・短納期ではあるが,とりあえず裸さえ出てくれば内容は自由に作ることができたという,にっかつロマンポルノらしい傑作だと思う。

映画「ラブホテル」波止場での再会
「赤いアンブレラ」が美しく流れる波止場での再会のシーン。名美が持っているのは,村木がプレゼントした山口百恵のアルバム『A Face in a Vision』。タクシーの中で,ラジオから流れてきた山口百恵の「夜へ…」がB面最後の曲として収められているアルバムだ。
(見覚えのあるこのレコード袋,これ新星堂の袋だね。懐かしい〜)

映画「ラブホテル」 切れた電話
 村木からもらったレコード『A Face in a Vision』の曲「夜へ…」を掛け,不倫相手に電話。切れた電話に向かって語り続ける名美。相米慎二得意の長回しとともに「夜へ…」が印象的に流れ続ける……

『夜へ…(作詞:阿木燿子,作曲:宇崎竜童)』
 修羅 修羅 阿修羅 修羅
 慕情 嫉妬 化身
 許して… 行かせて…
 繻子 繻子 数珠 繻子
 襦袢 朱色 邪心
 許して… 行かせて…
 妖しく 甘やかな 夜へ…
 優しく 柔らかな 夜へ…
 シュル シュル シュルル シュル
 夜へ… 夜へ… 夜へ…

映画「ラブホテル」遠近ツーショット

 さて,問題のラストシーンである。

 名美と村木がラブホテルで抱き合った翌朝,村木が消えていた。買い物袋を抱えて,いそいそと村木のアパートへの階段を下る名美。しかし,村木はアパートを既に引き払っていた。

 そこに階段を下ってくる村木の妻。“赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった”と「赤い靴」を口ずさんでいる。

映画「ラブホテル」階段ですれ違う女二人

 階段の途中で村木の妻と名美がすれ違う。そして,お互いに振り返る。「赤いアンブレラ」と「赤い靴」もすれ違う。“すれ違い”はこの映画のテーマだ。

映画「ラブホテル」花びらが舞う階段の踊場
〔画像はすべて日本映画専門チャンネルの「ラブホテルR-15版」より〕

 問題の階段での幻想的な桜吹雪のシーン。階段で遊ぶ子供たちと桜吹雪。うっかりドサっと大量に桜吹雪を落としてしまった失敗シーンのように見える不自然さが話題になった。

 花びらの下・階段の踊り場・子供たちが遊んでいる……,山口百恵のアルバム『A Face in a Vision』を聴いたことのある方なら,ここでドキッとするはずだ。映画の中でアルバム最後の曲「夜へ…」が使われているからではない。同じアルバムのA面一曲目「マホガニー・モーニング」を思い出すからである。

 映画の中にも,小道具としてアルバム『A Face in a Vision』が出てくることから,スタッフ達はこのアルバムの「夜へ…」以外の曲も聴いているに違いない。ひょっとしたら……いや,当然「マホガニー・モーニング」を意識したんじゃなかろうか。

「マホガニー・モーニング」の歌詞は次の通りである。
(作詞:阿木燿子,作曲:芳野藤丸)

 はらはらと散ってゆく花びらの下で
 年老いたその人は 一日座ってる
 起きたまま見る夢を 当ててみましょうか
(中略)
 階段の踊り場では 子供が遊んでいる
 褐色の肌の色
 そっと そっとしてあげて
 マホガニー・モーニング

 念のため書いておくと,私は映画『ラブホテル』を映画館でリアルタイムに見たわけではない。ずいぶん前に真夜中のテレビでやっているのを偶然見て感動し,当時使っていたβマックスのビデオやDVDが出るのを長年待ち続け,念願叶って10年ぐらい前にやっとDVDを購入したのである。

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2015年6月14日

「ハーバーライト」は港の夜景じゃねえべ?

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♫ ハーバーライトが朝日に変わる
♫ そのとき一羽のかもめが翔んだ
(渡辺真知子『かもめが翔んだ日』作詞:伊藤アキラ)

 渡辺真知子は港湾都市の横須賀生まれなので,「ハーバーライト」がどんなものかがわかっている(作詞は伊藤アキラ氏だが)。曲を聴けばわかる。

 なぜブログにこの記事を書こうと思ったかというと,曲名はわからないが“ハーバーライトが愛する二人を包む”というような奇妙な歌詞の曲がネットラジオから聞こえてきたからである。世間一般では,ハーバーライトがどんなものなのか,意外に知られていないようなのだ。

 Googleで「ハーバーライト」を画像検索してみると,港町の夜景の写真がごろごろ出てくる。本物のハーバーライトの写真は出てこない。

080103-073523 熱海港の白灯台
 この写真(熱海港)の防波堤の先端に立っている白灯台,これがハーバーライトである。

 ハーバーライトは港湾の入口を示す灯台(光波標識)で,港の入口の両側に立っている。港に入る船から見て,左側が白灯台(灯りは緑色),右側が赤灯台(灯りは赤色)とすることが国際的なルールとして決められている。白灯台と赤灯台のペアで「ハーバーライト」なので,英語では「Harbour Lights」と複数形になる。

040816-161835 浜金谷港の赤灯台
 これが浜金谷港の赤灯台である。

 港に入る船は,防波堤の先端等に設置されているハーバーライトを見て,左舷側に緑色に光る白灯台,右舷側に赤色に光る赤灯台を確認することで港を認知するのである。けっして海岸通りを歩く恋人同士がハーバーライトに包まれるようなことにはならないのだ。

 以下にハーバーライトの写真を追加する。

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 横須賀市走水漁港のハーバーライト(2017年7月29日撮影)

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 横須賀市大津漁港のハーバーライト(2017年11月4日撮影)

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2015年6月13日

倉敷市の直交しない斜め格子の街路

 ゴールデンウィークに西へふらふらと放浪した。倉敷市玉島の町並みが素晴らしかったのだが,そのときに倉敷市水島の地図を見ていて,面白いものを見つけた。

倉敷市福田の斜め格子の街路(Google航空写真)

 倉敷市水島の東にある倉敷市福田町のGoogleマップ航空写真である。
 一目見てわかるように,街路が直交しておらず,斜め格子になっている。もちろん,Googleマップで“ビューを傾斜”させたわけではない。実際に斜め格子になっているのである。

 同じ場所を国土地理院の地理院地図で表示してみる。

倉敷市福田の斜め格子の街路(地理院地図)

 見事な斜めっぷりである。
 人間の感覚はいい加減なところがあるので,ここを車で走っても違和感は感じないかもしれない。その場で見れば,交差点は直交しているように感じるのではないだろうか。

 しかし,倉敷市福田町からさらに東の倉敷市茶屋町の茶屋町駅東部では,車で走っていると方向感覚が麻痺するかもしれない。

茶屋町駅東部の斜め格子(Google航空写真)

茶屋町駅東部の斜め格子(地理院地図)

 倉敷市の茶屋町駅の東側では,直交しない斜め格子の地域同士が,それぞれ傾いた状態で隣接している。これだけ斜めになっていると,交差点を数回曲がると自分がどっちの方角を向いているのか確信が持てなくなるはずだ。

 どちらの地域も,現在水田が多いことからわかるように,もともとは一面の水田だったところだ。なぜこのような斜め格子になってしまったのだろう。水田として使うにしても,斜めなのは使い勝手が悪いように思う。あれこれググってみたが,詳しい情報を見つけることができなかった。

 1945〜1950年の航空写真でも,やはり斜め格子になっている。

茶屋町駅東部の斜め格子(1945年航空写真)

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2015年6月12日

『完全版 山口百恵は菩薩である』買ったよ

 序文 酔狂な価格
 平岡正明は山口百恵を〈菩薩〉であると言う。かつて〈大菩薩峠〉が大衆のアナーキーな殺気をはらんだ脱欧入亜の斜坑であったとすれば、〈少女菩薩歌手〉の背後に見え隠れするものは、新たな講談社の編集者と四方田犬彦との包囲線の中に組織された押しの強さと4320円という強気な価格である。異論を持つ者にこそ、彼の一冊は有効だ。この酔狂な価格。

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 山口百恵,そして歌謡曲の終焉を語ろうとすると,この本は避けて通れない。平岡正明著の『山口百恵は菩薩である』だ。その『山口百恵は菩薩である』が,四方田犬彦氏編集による完全版として復刊した。

 1979年10月の平岡正明の原著出版当時,山口百恵は「第5回百恵ちゃんまつり(ライブ盤未発売)」でクレオパトラを演じ,大スターの雰囲気をまといつつある時期であり,この本はインパクトのある装丁もあってかなり話題になったが,アクが濃すぎたのか一般人にはあまり売れなかったと記憶している。

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 原著である『山口百恵は菩薩である』と,山口百恵が引退を発表した後に追加出版された『菩薩のリタイア』,そして引退後の1983年にそれらをまとめて文庫本化した『文庫版 山口百恵は菩薩である』がある。本書は,1983年以降に平岡正明が山口百恵について書いた文章や対談を,四方田犬彦氏が編集して収め,完全版としたものだ。
 私の手元にある本でいうと,『歌謡曲見えたっ』『大歌謡論』『歌の情勢はすばらしい』『美空ひばりの芸術』『女優山口百恵』あたりの本の一部が追記されている可能性がある。

 とはいえ,大ざっぱには,巻末8ページの「解説 歴史を歌う稀有な作業」という四方田犬彦氏の解説文が文庫版『山口百恵は菩薩である』にプラスされているだけとも言える。それで価格は4320円。原著や文庫版の古本価格がAmazonでも高騰していたから,かなり強気な値付けをしたのだろう。

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 多少は迷ったけど,買ったよ,私は。

 原著の表紙イラストが小乗仏教的なら,完全版は大乗仏教的か。篠山紀信は写真の使用にOKを出したのに,ホリプロが写真の使用を認めなかったため,原著では各所にイラストが使われていて,それがなかなか印象的だったのだが,本書の底本は文庫版であるため,それらのイラストはない。原著の強烈なインパクトが薄れており残念だ。

 平岡正明は1979年に本著の中で,“空間的に,美空ひばり以上に山口百恵が上回るだろう可能性は,彼女が大陸中国にも現れるだろうという予測の中にある”と予言のようなことを書いた。
 1980年に百恵が引退し,その後,中国でドラマ「赤いシリーズ」が大人気になり,今でも山口百恵は中国や東南アジアで人気があるという。中国を代表する女優コン・リーは,幼い頃「山口百恵に似ているから女優になりなさい」と周りから言われたため女優を目指したという。

 奇才平岡正明の妄想力,恐るべし。

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2015年6月 9日

Appleが WWDC 2015 で El Capitan を発表

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 Appleが WWDC 2015 で新しい Mac OS X “El Capitan”を発表した。ユーザーへの提供は今年の秋になるという。

 エル・キャピタンはヨセミテ国立公園の渓谷にあるロッククライミングの名所らしい。Mac OS X の現在のバージョンが“Yosemite”であることから,“El Capitan”での大きな変化はなく,細かなユーザビリティの向上やパフォーマンスの改善が中心になると考えられる。
 Note(メモ)アプリケーションのアップデートは,複数のMacやiPhoneから共通のメモ帳を更新できることにメリットを感じて使い続けている私には,とてもありがたい内容だ。

 WWDC 2015の動画を見て,久しぶりに“カピタン”という単語を聞いて,映画『デルス・ウザーラ』を思い出した。中学生のときに学校の体育館で『デルス・ウザーラ』を見たあと,教室では“カピタン”という言葉が飛び交ったっけ……

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2015年6月 2日

川崎駅東口のシンボルさいか屋川崎店が閉店

 さいか屋川崎店が閉店 開業59年、駅前の顔(2015年6月1日 朝日新聞)

 JR川崎駅東口のシンボルとして、59年間にわたって市民に親しまれた百貨店「さいか屋」の川崎店が31日、閉店した。駅周辺に次々と競合が増え、老舗は場所を移して営業することになった。
(中略)
 さいか屋は1872(明治5)年に横須賀市で創業した呉服店が母体。川崎店は1956年、地上3階、地下1階、売り場面積約4千平方メートルで開業した。増改築を重ね、73年に現在の姿(地上8階、地下3階、同約2万2100平方メートル)になった。

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 さいか屋は西浦賀で呉服屋を開いた創業者が,現在の横須賀市本町で開いた雑賀屋呉服店に由来する百貨店。もともとは現在のさいか屋横須賀店が本店だったが,横須賀さいか屋・藤沢さいか屋・川崎さいか屋を統合した際に,川崎のさいか屋が本店となった。

 2003年までは丸井と西武百貨店(現在はヨドバシカメラ)が入ったルフロンとさいか屋が京急線を挟んで並び,川崎駅東口のシンボル的な存在だった。さいか屋の南側にはシネコンを中心としたラ・チッタデッラ(川崎チネチッタ)もあり,とても賑わっていた。

 東急ハンズやシネコンが入る川崎DICEは強力なライバルだったとは思うが,まだ同じ川崎駅東口にあるため,ある程度の相乗効果もあったに違いない。やはり,2006年に川崎駅西口に開業したラゾーナ川崎プラザにより,川崎駅での買い物客の流れが大きく変わったことの影響が大きかったものと思われる。それまで川崎駅西口には東芝の大きな工場があり,西口の利用者は東芝関係者か西口周辺住民がほとんどだったのだ。

 駅前の一等地であり,跡地がどのように利用されるのか興味深い。

昼から散髪ツアー 締めは川崎ラゾーナ
[川崎駅西口のラゾーナ川崎プラザ]

昼から散髪ツアー 締めは川崎ラゾーナ
[ラゾーナ川崎プラザのルーファ広場]

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2015年6月 1日

岐阜県でササの花が咲きニュースになる

 花をつけるのは60〜120年に1度…ササ咲く(2015年5月31日 読売新聞)

 岐阜県中津川市神坂の湯舟沢国有林の林道沿いで、ササの花が咲き、関係者を驚かせている。

 国有林を管理する東濃森林管理署の職員が今月中旬、白っぽい小さな花をつけているのを、作業中に見つけた。
 温泉施設「クアリゾート湯舟沢」から富士見台高原方面へ約7・7キロの林道付近に、10か所ほど点在している。

 東山植物園(名古屋市)によると、ササの生態は不明な部分が多いが、花をつけるのは60〜120年に1度とも言われ、非常に珍しいという。
 同管理署では、開花の資料がなかったため、OBに確認したところ、80歳代の2人が1955年頃に咲いたと記憶していた。

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 ササの花,一度見てみたいな。

 60〜120年に一度咲くというササの花は,どういう単位で咲くんだろう。株単位かな?
 約7.7kmの林道付近に10カ所ほど咲いているということは,60〜120年に一度しかない珍しい気象条件がそろったときに一斉に咲くわけでもなさそうだ。

 一斉に咲くのではなく株単位で咲くということは,1000株も集まっていれば,それぞれが60〜120年に一度咲くとしても,毎年10株ぐらいは咲いていることになる。あれっ,それは全国版のニュースになるほど珍しいことなのだろうか?

 1000株という数は,多少大きなササ薮ならそれほど多い数だとは思わない。各都道府県には千本桜とよばれる桜並木がそれぞれ何カ所かある。桜の花が60〜120年に一度咲くとしたら,毎年春になると全国各地の千本桜でそれぞれ10本程度の桜の花が咲くぐらいの珍しさだといえば,イメージできるかもしれない。

 でも,実際は森林管理署の職員さんが珍しく感じるほどなのだから,やはり珍しいことなのだろう。
 そんなことを考えてみると,60〜120年に一度というのは多く見積もりすぎで,一株一株のササにおいては,もっとまれな現象なのではないだろうか。それとも,実は毎年ササ薮のどこかで数株のササが花をつけているけど人間が気付かないだけなのか……

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