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2014年7月31日

オリコン1位が4曲・山口百恵はホントに凄かったの?

20_1980
[週刊20世紀1980年(朝日新聞出版)と週刊YEAR BOOK 日録20世紀1980年(講談社)より……どちらも1980年の表紙は山口百恵引退のシーン]

 私が学生時代に引退してしまった山口百恵。彼女の現役時代は,そのまま私の青春時代に重なる。学生時代は,かなり頭でっかちで知ったかぶりのジャズファンだったので,「エレキ・マイルスは堕落だ」などとジャズ雑誌の受け売りを口にしながら,モダンジャズと山口百恵とマイルス・デイヴィス(エレキ・マイルス含む)ばかり聴いていた。

 ブログに山口百恵のことを書いていると,若いと思われる人から「山口百恵ってそんなに凄かったの?」「オリコン1位の曲が4曲しかないんでしょ?」「引退した後で出てこないから美化されてるだけじゃないか?」というようなことを聞かれることがある。

 デビュー当時から熱心に聴いていたわけではないが,学生時代にほぼリアルタイムにアルバム曲も含めて全曲を聴いての印象で言えば,山口百恵はやっぱり凄かったと思う。たしかにオリコンシングル曲週間1位の曲は4曲しかないが,当時の男性ボーカルのトップだった沢田研二でもオリコン1位は5曲しかなく,シングルレコードの売上げだけでは計り知れぬほど凄かったとしか言いようがない。引退を発表する前の醜聞も混じるマスコミ報道の中でも,彼女はとても輝いていたんである。

 引退から30年以上経ち,当然のことながら現役時代の山口百恵に対する熱狂ぶりは確実に消えつつある。それと同時に,ときどきテレビの特番で引退コンサートの映像が流れたりして,それら一部分の映像は当時の現実の姿よりも肥大化したり変質して見えたりもする。マスメディアはそういうことに無頓着だ。とてもよく笑う人だったのに,そういう姿を見ることはない。

 NHK特集という番組は現在のNHKスペシャルであるが,1979年3月30日『NHK特集 山口百恵 激写/篠山紀信』,1980年11月17日『NHK特集 百恵』と,個人が2回も取り上げられたという事実(他にはいないんじゃないかな)から,当時の雰囲気をわかってほしいようにも思うのだが,ちょっと伝わりそうにない。

 ということで,ストレートに「オリコンチャート1位」の意味を考えてみようと思う。

 ジャズと山口百恵ばかり聴き続け,その後は幅を広げようとしてシャンソンやファド,そして昭和歌謡曲を聴くようになったが,J-POPには馴染めなくてほとんど聴いていない。ただ,いろいろなWeb情報やWikipediaを調べることによって,どのような曲が「オリコンチャート1位」なのかはわかる。
 また,レコード・CDの売上枚数での比較は,レコードが貴重品だった時代と1990年〜2000年前半のCDバブル時代での比較が困難であることから,オリコンのランキングでの比較は,人間の感覚に近いバロメーターになり得る。

 最初の疑問……

 J-POPにはオリコンシングル1位の曲がとても多い。Wikipediaの「オリコンチャート」の項目を見ると,オリコンシングル1位獲得数は,B'zが46曲,浜崎あゆみが37曲,嵐35曲……であり,これは沢田研二5曲,山口百恵4曲よりもはるかに多い。もう圧倒的である。でも,実感とはずいぶん違っている。脳が老化して,感覚が麻痺しているのだろうか。

 しかし,同じWikipediaの「オリコンチャート」のページをよく見ると,オリコン10位以内獲得最多週数歌手はサザンオールスターズの246週,ソロ歌手では山口百恵の239週がトップだということが書かれている。オリコンシングル1位というのは,最低でも1週は1位のはずだから,46曲もオリコン1位だったら,1曲がたった5〜6週間10位以内に入っただけで246週を越えてしまうはず。46曲もオリコン1位を取りながら,10位以内が246週より少ないのは不思議だ。

 山口百恵の239週という数字は,換算すると4.6年になる。山口百恵は14歳でデビューして21歳で引退。活動期間は7年半だから,ほぼその6割の期間はオリコン10位以内に入っていたことになる。凄い? いや,現役時代をずっと見続けての印象では,デビュー直後以外はベストテン番組にはほぼいつも入っていた気がするので,10位以内が6割しかないのは,少ないようにも思う。だとすると,山口百恵よりも長い期間活動していて,オリコン1位をたくさん取っているアーティストのオリコン10位以内期間が239週よりも短いというのはどういうことだろうか。ますます不思議になってくる。

 Wikipediaによると,オリコンシングル1位曲数が46曲あるB'zは1988年9月21日のデビュー。B'zがオリコン10位以内に入っている期間のデータはORICON STYLEのこの記事にしか見つからず,それによると2005年11月28日までで10位以内は176週=3.4年ということになっている。

 つまり,デビューから17年目までにB'zがオリコン10位以内に入っている期間は3.4年しかない。活動期間の8割はオリコン10位以内に入っていないのだ。昔のようなベストテン番組があったとすると,5週間に1回しか番組に登場しないことになる(ベストテン番組は有線放送のリクエスト数やはがきによる投票数も加味しているらしいので,正確な表現ではないが)。

 Wikipediaの「オリコンチャート」のページには,シングル1位獲得作品の通算No.1〜1350までの曲名が載っている。1980年頃までの曲名はわかるが,それ以降は聞いたこともない曲名が並んでいる。これは単に私がJ-POPやアイドル歌謡曲を聴いていないのが理由かもしれない。
 とは言え,この通算50曲単位の作品の発売年月データから,1年あたりのシングル1位曲数が計算できるので,客観的にグラフ化してみよう。
 通算1位から500位までについては,全曲を紹介するページがあり,グラフの詳細化にとても役立った。

1
 [年別のオリコンシングル1位曲数の推移(単位:曲/年)]

 このグラフは,オリコンが集計を始めた1968年1月4日から2014年までの,1年ごとのオリコンチャートシングル1位曲数をグラフ化したものである。1994年5月の通算500位以降は50曲単位になるので,グラフが粗くなるが,全体的な傾向は見て取れるのではないかと思う。
 なぜならば,1年間はほぼ52週なので,グラフが52曲を越えることはあり得ず,グラフが50曲単位になっても,ほぼ実体を現しているからである。

 グラフを見ると,1987年前後と1996年頃以降に,明らかにオリコン1位曲が増えていることがわかる。しかも,1年間のほぼ毎週1位曲が変わり,毎年50曲程度のオリコン1位曲が誕生していることもわかる。1980年初頭までは1年間に10曲前後だったオリコン1位曲が,約5倍に増えていることになる。

 なぜこのようなことになったのだろうか。この後は推測しかない。

 私の予想は次の通り。
 アーティストの所属事務所やレーベルが,ランキングマネジメントを徹底するようになったのだ。オリコン1位を取らせようとする曲の発売タイミングは,他社との調整を念入りに行い,同じ週に重ならないようにする。1年間は52週しかないのに,1年間に1位曲が50曲も誕生する状態が長年続いているのだ。総売上枚数は多くても,何週間も連続して1位になる曲は少ない。

 ランキング初登場1位というのは,一瞬凄いことのように感じるが,現実には発売直後に大きく売れてランキング1位を取り,翌週からは徐々に売上げが落ちていく,そういう売り方をしなければ,毎週のようにランキング1位が登場することはできない。逆に言えば,ランキング1位の曲をできるだけ多くするために,必然的にランキング初登場1位曲が増えてしまったと考えることができる。

 新曲がランキングの下のほうに登場し,徐々にランクアップするとともに,世の中でどんどん聴かれるようになり,多くの人がいい曲だと感じるようになった曲がランキング1位を獲得する。そういうプロセスがぽーんと抜け落ちているから,ファンの人にしかわからないランキング1位曲が生じてしまうのだ。

 結果として,オリコン1位曲であっても,オリコンの年間売上枚数ランキングが50位程度の曲がたくさん生まれることになる。1年間にオリコン1位曲が50曲もあれば,そりゃ聞いたことがない曲がオリコン1位曲であっても不思議ではない。

 山口百恵にはオリコンチャート1位曲が4曲しかない。これは事実である。オリコン1位曲を連発している最近のアーティストには歯がたたないように見える。しかし,オリコン1位の重みは,1970年代と1990年以降では大きく異なっている。
 それでは,シングル曲の年間売上枚数ランキングで比較したらどうだろうか。これならWikipediaの情報で何とかなりそうだ。

Photo
 [山口百恵・宇多田ヒカル・浜崎あゆみのシングル曲年間ランキング推移]

 最近のJ-POPの女性アーティストと山口百恵のシングル曲年間ランキングの順位を比較してみた。オリコンの年間ランキングの定義がちょっと不明なところがあり,ランキング未発表の曲が100位より下なのか,200位より下なのかがわからなかったので,ランキング不明でランキング未発表の曲は200位と定義している。

 結果を見てどう感じるかは個人差があると思う。少なくとも,最近の宇多田ヒカルや浜崎あゆみと遜色のない程度には売れていたんじゃないかと思うのだが,いかがだろうか。

 ここまで調べたら,その他のアーティストとの比較もしてみたくなる。チャーリー・パーカー亡き後,一斉にハード・バッパー達が活躍し始めたように,山口百恵の引退とすれ違うかのように登場した松田聖子はどうなんだろうとか,そのライバルだった中森明菜はどうだろうとか……

 体調が悪くて会社を休んでいたので,ベッドに横になりながら,ついでに調べてみた。

Photo_2
 [アーティスト別シングル曲年間ランキング推移]

 山口百恵・宇多田ヒカル・浜崎あゆみ・サザンオールスターズ・松田聖子・中森明菜・天地真理・ピンクレディーのシングル曲年間ランキングを並べてみた。グラフを重ねたら,ぐちゃぐちゃで何が何だかわからなくなったので,上下に並べた表示にした。

 ピーク時のピンクレディーや天地真理や宇多田ヒカルはやっぱり凄かったとか,松田聖子と中森明菜は若い頃から活動時期が重なっていて,売上数の傾向がとても似ているとか,感じ方はいろいろだろう。ただ,これらのアーティストと比べて,山口百恵の売上枚数が特段劣っていたとは思えない当時のファンの気持ちは,わかっていただけるのではないかと思う。

 デビューから引退まで,毎年シングルレコード4枚,オリジナルアルバム3枚,ライブアルバム1枚をコンスタントに発売し,大ヒットはないもののコンスタントにほぼ年間50位以内の売上数を達成している。

 これだけだと,平岡正明氏が著書『山口百恵は菩薩である』の中で《山口百恵は美空ひばりを指呼の間にとらえている。やがて抜くだろう。その根拠は,他流試合の豊富さと“傑作の濫発”という二点で美空ひばりをうわまっているからである》と言い切った凄さが伝わってこない。

 山口百恵が凄かったのは,歌手としてこれだけの仕事をしながら,毎年2本の映画に主演し,ほぼすべての映画が年間興行収入ランキングで10位以内に入ったこと,もちろんテレビドラマでも活躍したことに尽きる(ぜんぜん尽きてないが)。

 1974年から1979年までの邦画の年間興行収入ランキング10位を抜き出してみた(元ネタは こちら だったが,サイト移転と同時に邦画・洋画合わせたランキングになっている)。

19741979
 [1974年〜1979年 映画興行収入ベストテン(邦画)]

 興行収入ランキングでは,渥美清や菅原文太に並ぶ活躍である。主演作品がこれほどランキング上位に入り続けた女優はほかにいない。空前絶後である。

 引退時でまだ21歳の女優であるから,まだまだ未熟な演技だったのは確かだ。大物女優のような風格はまだなかった。百恵が忙しすぎる上にホリプロがお金を出さないから,低予算で超短期間に作りあげた映画ばかりだ。しかし,日活が傾き,日本映画冬の時代を支えた女優のひとりが,兼業女優の山口百恵だったことに異論を唱えるのは難しいだろう。

# グラフの一部に間違いがあったので,2014年11月28日に一部修正。それにあわせて,安室奈美恵・沢田研二・DREAMS COME TRUEのデータを追加した。
# 2015年2月16日に「B'zがオリコン10位以内に入っている期間」についての記述を追加した。

【関連記事】
山口百恵と松田聖子・AKB48を比較する』(2015年9月8日)
ピンク・レディーとAKB48を比較してみた』(2015年8月22日)

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コメント

(*^ー゚)bグッジョブ!!
お久しぶりです。当方は飽きもせず毎日百恵ちゃんのブログを書いています。
日ごろから、言いたかった事が、分かりやすく書かれていて、胸のすく思いです。
今の時代,音楽も本当にパーソナルなものになり、本当の意味でのみんなが知っているヒット曲などは年間数曲あるかないかくらいですね。
レコード大賞?も今では意味をなさないと思います。

投稿: KID | 2014年7月31日 13時55分

 伝道師のKIDさん,こんばんは。コメントありがとうございます。

 ブログを書いてて思ったのですが,誰もが知っている「ヒット曲」になるためには,売れる過程・広まる過程こそが重要なんでしょうね。いきなり「ヒット曲」になることはないんだと思います。神は成長過程に宿る,という感じでしょうか。

 平岡正明氏が,「国民歌手は,クラシックなりジャズなりの出来合いの音楽体系を身につけた歌手ではなく,色に染まっていない少年少女歌手とその成長過程に宿る。美空ひばりと山口百恵の本質的な一致はそこにあり,そこだけにある」と言っていまして,その受け売りなんですけどね。

 初登場1位の曲は,いきなり誰もが知っている国民的「ヒット曲」にはならないのだろうと思います。

投稿: 三日画師 | 2014年7月31日 23時30分

はじめまして。2,3指摘させてください。
まず年間ランキングのグラフについて。
あくまで自分の感覚ですが、年間ランク20位以上、15位以上、トップ10の曲に比べ
30位以下は大分違うのではないかなと。
当然ですが、曲名を見ても大体そう思います。
ここのグラフでは左の数値を200位と高く設定していますが、それだと「違い」が分かり難くなってしまう。
(30位以下・40位以下等と15位前後との変化があまり無いように思わせる事が可能)
意図的ではないのかもしれませんが。
この手法は他のグラフでも、よく使われますので気になりました。
山口百恵さんは74.6~80.8までの約七年間、30位以下がこのようになってます。
32位 夏ひらく青春
44位 湖の決心
50位 初恋草紙
34位 絶体絶命 78年
41位 乙女座宮
67位 赤い絆
34位 美・サイレント
36位 愛の嵐
55位 しなやかに歌って
40位 ロックンロール・ウィドウ
41位 さよならの向こう側
48位 謝肉祭
69位 愛染橋
77年「秋桜」も35位です。が、これは年跨ぎの数字で、翌年分の総合計差が10万枚以上も有ります。10万枚増えると年間ランクは大きく上がります。
よって除外しました。それでも13曲はやはり多いと思います。
例えば松田聖子(80年~85年+87年)中森明菜(83年~89年)この両者の場合、
一度30位以上に乗った後の全盛期7年間。
30位以下は(年跨ぎ10万枚差を除外すると)1曲有るか無いかです。
つまり歌手として大きな差が見られます。
更にハーフミリオン(50万枚)の曲数を考えてみます。
74年~80年(百恵さん活躍期間)のハーフミリオンは12曲~20曲で推移
一方、80年~84年は12曲~22曲と、シングルの購買意欲は大して変わりません。
85年から6曲と激減しますが。
百恵さんのハーフミリオン超えは5曲、聖子明菜は10曲。
30位以下だけでなく、ハーフミリオン達成に関しても大分差が有るようです。
ちなみに『月間チャート1位』獲得月も百恵5ヶ月、聖子15ヶ月、明菜10ヶ月です。
1/3~半分以下です。

投稿: | 2014年8月 1日 02時56分

 コメントありがとうございます。

 グラフ縦軸の最大値を200に設定している件ですが,50位以下の変動を小さく見せるように意図したものではありません。

 もともとこのグラフは,山口百恵・宇多田ヒカル・浜崎あゆみを比較するために作成したものです。ランキングの構造に違いのある1970年代と2000年代の年間ランク50位程度の曲の数(後者にはオリコン1位の曲が多い)を比較する意図があります。

 そうすると,宇多田ヒカルの20枚目のシングル,オリコン年間順位102位の「HEART STATION/Stay Gold」の扱いが問題になります。

 オリコン年間順位が発表されていない曲を100位と設定すれば,それより「HEART STATION/Stay Gold」のほうが下になってしまい,矛盾が生じます。年間102位の曲が順位の出ないランキング下の曲のノイズの埋もれず,正しく表現できるようにするため,順位のない曲を200位にするのが妥当だと判断しています。

 実は,松田聖子61枚目のシングル「逢いたい」はオリコン年間順位247位とWikipediaには書かれています。となると,ランキング表示のない曲は,少なくとも247位以下という可能性も出てきます。

 順位のない曲は300位にしようかとも思いましたが,最初に書いたように,もともと山口百恵・宇多田ヒカル・浜崎あゆみを比較するために作成したものですから,200位のままにしてあります。松田聖子の247位「逢いたい」も,200位としてグラフ化しております。

 レコードの売上げ枚数に関しては,年代ごとに差がありすぎるので議論しません。

投稿: 三日画師 | 2014年8月 1日 07時18分

初めまして^o^ 三日画師さんのデータを拝見して、改めて山口百恵さんの凄さを感じ、喜んでおります。私もアメブロやっているのですが、この記事参考にしてブログ書きたいので、三日画師さんの紹介と共にデータの一部をお借りしてもよろしいでしょうか?

投稿: ボバチャン | 2015年3月18日 12時28分

 はじめまして。使用したデータはすべて公開されているデータですので,そのまま使ってくださってかまいません。

投稿: 三日画師 | 2015年3月18日 23時24分

ブログ昨日書きました。三日画師さんのデータや文章一部お借りしました。ありがとうございました。

投稿: ボバチャン | 2015年3月20日 08時07分

山口百恵の凄かったところは、
・歌・映画・ドラマ・グラビア、全ての分野でトップであったこと(当時の人気雑誌GOROも篠山紀信氏が絡んでいたため、アグネスラム・木之内みどりと並びかなり表紙を飾っています)
・現在でも歌い継がれる名曲が多いこと
・人気絶頂時にスパッと引退し伝説となり、
活動中・引退後もイメージを崩すようなトラブル・スキャンダルが一切ないこと(結婚相手が三浦友和であったのもイメージを守る一因でした)

かと。

70年代のアイドルの寿命は、長くても3年。
もとよりアイドル色の強くなかった小柳ルミ子・岩崎宏美・森昌子・高田みづえを除くと、ブレイク時から衰退期・引退解散まで3年持ったアイドルは、百恵と桜田淳子のみです。
ピンク・レディー・天地真理・麻丘めぐみ・キャンディーズ(年下の男の子よりカウント)・アグネスチャン・石野真子・榊原郁恵・浅田美代子など、皆3年程度で一線から退いたり、女優転身・結婚引退などで消えていきました。
この壁を破り、青い果実からさよならの向こう側まで、
ほぼ7年第一線でい続けたのは格の違いでしょう。


尚、別に後のアイドルを批判するつもりは毛頭ないですが、
・沢田研二:百恵と同格またはそれ以上の
70年代を代表するスーパースターだったと思います
・松田聖子:歌手としての実績は百恵と同格またはそれ以上ですが、演技は大根でした…
・中森明菜:聖子同様80年代を代表する歌手ですが、
周りの人脈(恋人の男性アイドルと事務所・家族)に恵まれず、心を壊してしまい残念でした。
聖子・明菜共に2000年代以降は歌手としての評価は難しいように思えます
・天地真理&ピンクレディー:前述したように、大ブームとなった後、潮が引くようにバッシング記事や事務所トラブル等の報道、奇行・メンバー不和の報道で人気低迷ですね…。比較対象としては、百恵よりも売れ方の近い80年代の南野陽子・おニャン子クラブ・光GENJIあたりが妥当なように感じます。
・安室奈美恵 ピーク時の人気は前述のピンクレディー級でしたね。彼女は一度ピークアウト後、人気再燃という
珍しいパターンですね…。
・宇多田ヒカル:バックボーンに藤圭子等ありましたが、
基本的にアイドル・歌謡曲的なプロモーションも行っておらず、ユーミンや中島みゆき・竹内まりやなどとの比較のほうが妥当に思えます…。
・浜崎あゆみ:ファンの人には申し訳ないですが、
彼女に関しては作られたスターであって、実力は付いてきていないように感じます。宇多田とは逆に、出発点もB級アイドルであり、「アーティスト風アイドル」というのが
正しい表現かなと。正直、近年の不幸商法・空港芸は痛々しい限りです・・・。セールスの数字こそ素晴らしいですが、百恵の足元にも及ばないレベルで、比較対象はAKBやモーニング娘。が妥当でしょう。

結局全方位でトップレベルにいたアイドルとなると、
百恵以降は、ソロだと中山美穂・小泉今日子・菊池桃子・
斉藤由貴・南野陽子など、小物感が漂うアイドルばかりなのが現実でしょうか・・・。

投稿: BOY | 2015年3月25日 23時53分

 BOYさん,詳しい解説ありがとうございます。

 山口百恵のグラビアの分野については,資料を持っていないので書けませんが,篠山紀信の影響が大きく,至る処に進出していたように記憶しています。グラビアに関するまとまった論評がほしいですね。

投稿: 三日画師 | 2015年3月27日 04時11分

初めまして。
すごく興味深いデータでした。
70年代後半は
およげたいやきくんとピンクレディーが爆発的に売れて
何ヶ月も連続で1位になってたから
割を食ってますね。

投稿: 松村KJ | 2015年7月11日 19時50分

はじめまして。大変興味深く読ませていただきました。
比較困難な対象をとてもわかりやすく分析されていて、「そうなんだよ!」と言いたくなりました。
自分のブログに転載して紹介したいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

投稿: 森のくま | 2017年2月27日 10時32分

 はじめまして。
 引用は問題ありませんし,ちゃんと転載元を書いていただけるなら転載下さってかまいません。

投稿: 三日画師 | 2017年2月28日 21時28分

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