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2013年6月11日

姫路市営モノレールの遺構 大将軍駅ビル解体へ

 モノレール軌道貫通、駅もあったビル解体へ(2013年6月11日18時00分 読売新聞)

 大阪万博(1970年)の4年前に全国で初めて建設された公営モノレールの軌道が貫通する兵庫県姫路市内の集合住宅(10階建て)が解体されることになった。

 貫通部分の耐震性が弱いため大地震で倒壊する恐れがあるとして、所有する都市再生機構(UR)が決めた。建築当時は「画期的なデザイン」とされたが、高度経済成長期の斬新な造りがあだとなった。

 モノレールは66年に開かれた姫路大博覧会に合わせ、市が14億円を投じて整備。当時の国鉄姫路駅から、会場だった市内の手柄山中央公園間の約1・8キロを結び、同年5月から運行したが、利用客が伸びず、8年後に休止。79年に廃止された。

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[姫路市営モノレールの軌道跡と大将軍駅ビル(2004年5月)]

# もう少し近くから大将軍駅跡のビル(公団高尾アパート)を撮った写真があったはずなのだが,どうしても見つからなかった。

 今から約30年も前の学生時代,学割の九州ワイド周遊券で九州へ貧乏旅行(当時は夜行急行もたくさん走っていたため,それをホテル代わりに使うと,約2万円の周遊券で20日間ぐらい九州中の電車に乗り放題だった。もちろん東京駅からの往復乗車券も込み)に向かう各駅停車の中からこの姫路市営モノレールの遺構を見つけ,当時はGoogleもスマートホンもなく,九州中を旅行する間もあれはなんだったのだろうと気になったことを,つい最近のことのように覚えている。駅前の商店の屋根から延びた遺構は衝撃的だった。

 結局,九州からの帰りに姫路で途中下車し,廃止になったモノレールの軌道だということを知り,それ以来,姫路を訪れる毎に姫路城よりも気になる存在だった。今になって考えてみると,最初に見たときには,モノレールが走らなくなってから約10年しか経っておらず,覚えている姿よりも,ずっと生々しい姿だったに違いない。

 遺構の中でも,10階建てのビルの中にモノレールの軌道が突っ込んでいる大将軍駅跡はインパクトがあった。その駅ビルが解体されるということで,あらがうことのできない時の流れを感じる。

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[奥の手柄山に向かってうねるように軌道が延びていた(2001年7月)]

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[山陽新幹線の車窓からもよく見えた姫路モノレールの遺構(2001年7月)]

 見るたびに,姫路駅に近い側から遺構が取り壊されて短くなっていくのがわかった。

080501-173934
[姫路市営モノレールの遺構(2008年5月)]

 建物の上に軌道が延びている姿が,とても不思議な光景に見える。どういう経緯でこのようなことになったのだろう。

080501-175147
[姫路市営モノレールの遺構(2008年5月)]

 姫路駅に近い側では,桁が早くから取り外され,橋脚のみが残っている。

【参考】
2008年5月1日 (木曜日):ノスタルヒアス姫路(写真撮っけど,さすけねがい?)

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