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2013年4月の10件の記事

2013年4月26日

岡山電気軌道の3010号がとうとう引退

 レトロ路面電車、40年の歴史に幕 岡山で7日催し(2013年4月4日 朝日新聞)

 丸みを帯びたレトロな姿が目を引く岡山電気軌道(岡電)の路面電車「3010号」が、7日で引退する。岡電に3両残る3000型車両の一つで、40年以上、岡山市中心部で活躍してきた。最終日には、さよなら運転の出発式や記念撮影会が開かれる。

(リンク切れ) 引退する岡山電気軌道の3010号=岡山市中区徳吉町2丁目の東山北車庫(朝日新聞)

 3010号はもともと東武100形電車として日光市の東武鉄道日光軌道線を走っていた電車だが,日光軌道線の廃止に伴って岡山電気軌道に移り,1969年から40年以上岡山市内を走り続けてきた。引退後は日光霧降高原チロリン村へ譲渡されることが決まっており,それに向けて東武鉄道日光軌道線時代の塗色に塗り替えられた。

 岡電には3010号以外に元東武100形電車の3000形電車が2両(3005・3007)ほど残っているはずだが,これがどのような使われ方をするのかはよくわからない。

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能勢電鉄開業100年

 能勢電鉄、開業100周年 当時のカラー再現車両も登場(2013年4月13日 朝日新聞)

 兵庫県川西市と同県猪名川町、大阪府豊能町を結ぶ能勢電鉄(本社・川西市)が13日、開業100周年を迎えた。川西市の川西能勢口駅で記念式典があり、鉄道ファンが集まった。

 同社は、能勢地域の農産物輸送と妙見山参拝を目的に1908年に設立。13年から川西能勢口―一の鳥居(川西市)間で営業運転を始めた。現在では主に大阪に向かう通勤、通学客が利用する鉄道線のほか、妙見山へのケーブルカー、リフトを運行している。

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〔阪急宝塚線との乗換駅となる能勢電鉄川西能勢口駅(2004年5月)〕

 1990年頃に自社の関西地区の研究所に長期出張していたときに,そこの上司が能勢電鉄沿線に住んでいて,ホームパーティーを開いてくれたときに乗ったのが能勢電鉄の最初の記憶だ。そういえば,一緒に上司宅を訪問した尊敬すべき先輩研究員の中には,各大陸の最高峰のほとんどを登ったという山登りのプロが居て,彼が少し前に登頂した南極大陸最高峰のヴィンソン・マシフの氷を持ってきてくれて,その氷で飲んだウィスキーロックが美味かったことを覚えている(酒の味に雰囲気は重要)。

 当時の能勢電鉄川西能勢口駅はこんなに立派じゃなくて,高架化工事が進んだ阪急川西能勢口駅の横の地上に,小さなプレハブのような駅が寄り添うように存在していた。

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〔能勢電鉄光風台駅(2004年5月)〕

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〔能勢電鉄光風台〜ときわ台間(2004年5月)〕

 1990年頃には,阪急電鉄のお下がりの電車とは言え,能勢電鉄独自の塗色が楽しい感じだったが,その後は阪急と同じマルーンに塗られている。

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大阪串かつエレジー

 NHKのドキュメント72時間「大阪 串かつエレジー」を見た。

 大阪梅田の地下道出入口の壁に張り付くように営業する立ち食いの串かつ屋。最大10人程度が横一列に並んで串かつを食べる。いつも満員だ。まったくの他人同士が,肩を並べて食べているうちに,話に花が咲く。朝から徹夜明けのガードマンが一杯やり,定年後に居場所をなくしたおじさんが居場所を求めて,朝も昼も夕もやってくる……

 地下街から大阪駅に続く階段の下の串かつ屋。大阪駅の近くではインパクトが強く,忘れられない店だ。写真も撮った記憶があるので,引っぱり出してきてみた。

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〔串かつ松葉(2007年5月撮影)〕

 ここだ,ここだ。懐かしい。関西出張のときに立ち寄ることも多かった。満員のときには,大阪駅前地下道の「ぶらり横丁」もあり,周辺に気楽に立ち寄れる場所が多いのも助かる。

 番組の最後に『この店も立ち退きになる』というナレーションがあって,何かがのっぴきならない事態が進んでいることに気がついた。

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〔ぶらり横丁(2008年5月)〕

 記事を探してみると,次のような記事が見つかった。

 大阪駅前「ぶらり横丁」など、占用許可打ち切りへ 60年入札せず(2013年4月24日 産経新聞)

 大阪市が約60年にわたり、JR大阪駅近くにある市所有の地下道で営業する10店以上について、入札などを経ずに占用許可を与え続けていたことが24日、分かった。この一部で、市の元外郭団体が店に占用エリアをまた貸しして利益を得ていることも容認。終戦後の闇市を一掃、秩序回復のために始めた措置だが、混乱期を抜けた後も許可を見直していなかった。入札などは義務づけられてはいないが、市は「不適切」としており、早ければ来年度にも占用許可を打ち切る。

 問題となっているのは市営地下鉄御堂筋線と阪神電鉄の梅田駅の改札口を結ぶ「大阪駅前地下道」。市は終戦直後の昭和20年代、当時外郭団体だった財団法人「大阪市民共済会」など6つの団体・個人に占用許可を出し、今も飲食店が集まる「ぶらり横丁」やドラッグストア、生花店など10店以上が営業している。

 占用許可は毎年更新があり、今は通常「公平性」の観点から入札や公募で事業者を選定するが、この地下道の許可は自動的に更新されてきた。市路政課は「相手方は戦後から代々店を収入源としており、許可を見直すきっかけがなかった。公平性を欠き、今の市民感覚から外れている」としており、不適切な措置だと認めている。

 市では、早ければ来年度、阪急阪神ホールディングスと共同で地下道の改装工事を行う予定で、着工前に占用許可を取り消す方針。

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〔阪神百貨店横の地下通路の壁面店舗。店の奥行きが50cmぐらいしかない(2007年5月)〕

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2013年4月24日

秩父鉄道のパレオエクスプレスが運転再開

 秩父鉄道SL、運転再開 脱線から7カ月ぶり 埼玉(2013年3月21日 朝日新聞)

 秩父鉄道のSL「パレオエクスプレス」の今年の営業運転が20日始まった。昨年夏の脱線事故から約7カ月ぶりの晴れ姿。熊谷駅では大勢のファンに見送られて、終点の三峰口駅(秩父市)へと出発した。

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〔秩父鉄道白久駅付近を走るパレオエクスプレスのC58(1998年11月)〕

 昨年の8月6日に熊谷市内の秩父鉄道広瀬川原熊谷工場敷地内のポイントで脱線事故を起こし,映像を見る限りでは先輪が完全に折れ,それ以外にも動輪やフレームにまで破損が及んで,廃車という最悪の事態も頭をよぎったが,関係者の努力によって奇跡的に復活。3月20日からパレオエクスプレスとして元気に運行を再開したようだ。

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〔秩父鉄道浦山口駅横の浦山川橋梁を渡るパレオエクスプレス(1998年11月)〕

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2013年4月23日

副都心線直通運転でまさかの渋谷一人負け?

 副都心線乗客増、JR渋谷駅の客減 東京、直通運転明暗(2013年4月4日 朝日新聞)

 東急東横線と東京メトロ副都心線で3月16日に直通運転を始めてから、副都心線の乗降客数が大幅に増加していることが東京メトロのまとめでわかった。一方、路線が競合するJR東日本の冨田哲郎社長は2日の記者会見で「渋谷駅の乗客が減っているのではないか」と話し、JRの利用客が減っている可能性に言及した。
 東京メトロによると、副都心線の池袋、新宿三丁目、明治神宮前の3駅の乗降客数を、相互直通開始前の3月2~8日と開始後の同16~27日で比べたところ、いずれも開始後に増加したという。1日平均すると、平日は3駅とも約4割増加。休日は、池袋は約6割、新宿三丁目は約8割、明治神宮前は約5割、それぞれ大幅に増加した。東京メトロは「東横線との直通運転開始で横浜方面からの乗客が増えたようだ」と分析している。

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〔伊勢丹新宿店がある新宿三丁目交差点(2005年2月)〕

 東急東横線と東京メトロ副都心線の直通運転が始まり,それ以前に副都心線に乗り入れていた東武東上線・西武有楽町線・西武池袋線とも相互直通運転することになった。
 直通運転開始前には,埼玉県から渋谷・横浜・元町中華街まで行きやすくなる,神奈川から明治神宮前(原宿・表参道)・新宿三丁目まで行きやすくなる,でも神奈川から池袋や埼玉まで行く理由はない……などと議論され,渋谷・明治神宮前・新宿三丁目あたりが勝ち組,池袋あたりが負け組になるという予想もあった。個人的には新宿三丁目が一人勝ちするんじゃないかという予感がしていた。

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〔新宿末廣亭がある新宿三丁目の末広通り(2005年2月)〕

 ところが,朝日新聞の記事によれば,渋谷駅の乗客が減り,池袋・新宿三丁目・明治神宮前は乗客が大幅増加しているようだ。いわば,渋谷の一人負けか。

 池袋・新宿・渋谷(・横浜)と,沿線には集客力の大きな街が並んでいる。以前は新宿に頻繁に出かけていたことはあるものの,人混みが好きではない私はこれらの街にはあまり縁がなく,街の魅力について比較できるだけの知識がない。しかしながら,池袋・新宿・渋谷の巨大繁華街は,それぞれに独特の魅力ある街であり,副都心線の直通運転ごときには左右されない固定客をもっているように思える。

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〔渋谷駅東口(2011年4月)〕

 では,なぜ差が生じたのだろうか。
 新宿・池袋にあって,渋谷にないもの……から連想すると,百貨店の時代は終わったと言われて久しいが,ひょっとしたら百貨店の集客力の差ではないだろうか。

 2011年の百貨店店舗別売上高ランキングがある。元ネタは日経MJ(日経流通新聞)」の「店舗別売上高ランキング」らしい。

(「東京・大阪 都心上空ヘリコプター遊覧飛行」ブログより)
2011年度百貨店店舗別売上高ランキング
① 伊勢丹新宿本店   235,010(+ 7.1%)
② 西武池袋本店  176,476(+ 5.5%)
③ 三越日本橋本店   165,220(▲19.6%)
④ 高島屋横浜店 131,794(▲ 1.7%)
⑤ 阪急うめだ本店       124,458(▲ 5.1%)
⑥ 高島屋東京店   124,242(▲ 2.2%)
⑦ 高島屋大阪店   117,890(+ 2.6%)
⑧ 松坂屋名古屋店   111,102(+ 1.1%)
⑨ ジェイアール名古屋タカシマヤ 104,002(+ 4.3%)
⑩ 東武百貨店池袋本店   102,936(▲ 5.8%)
⑪ そごう横浜店   100,996(▲ 0.7%)
⑫ 東急百貨店本店(渋谷)   96,999(▲ 2.2%)
⑬ 阪神梅田本店          92,350(▲ 3.8%)
⑭ 小田急百貨店新宿店    87,459(▲ 2.8%)
⑮ 近鉄阿百貨店倍野本店   84,793(▲ 2.8%)
⑯ 大丸心斎橋店        83,944(▲ 5.0%)
⑰ 高島屋京都店         83,378(▲ 2.3%)
⑱ 京王百貨店新宿店      80,814(▲ 1.1%)
⑲ 大丸神戸店          78,796(▲ 2.0%)
⑳ 名古屋栄三越     75,777(+ 1.4%)

 副都心線・東横線沿線には,日本でもトップクラスの百貨店が集まっていることがわかる。新宿には圧倒的1位の伊勢丹新宿本店,14位の小田急百貨店新宿店,18位の京王百貨店新宿店がある。池袋には2位の西武池袋本店,10位の東武百貨店池袋本店,横浜には4位の高島屋横浜店,11位のそごう横浜店がある。
 それに比べると,意外なことに渋谷には12位の東急百貨店本店しかない。

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〔渋谷駅ハチ公口(2011年4月)〕

 渋谷の魅力はそんなところにあるのではない,という意見は多いだろう。巨大な繁華街と比較して小規模な店が軒を連ねているのが魅力だと言われれば,たしかにその通りだと思う。今後,どのように渋谷が巻き返すのかが楽しみだ。
 東横線渋谷駅の高架駅跡と3月31日に閉館した東急百貨店東横店跡地を中心にして,かつてないほどの大規模な再開発が予定されている渋谷駅界隈。大型店が街の盛衰を左右するとすれば,跡地に地上43階建ての再開発ビルが建設される予定の2027年までの期間は,途方もなく長いように思う。

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〔3月31日に閉館した東急百貨店東横店東館(2011年4月)〕

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〔渋谷駅前のスクランブル交差点(2011年4月)〕

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2013年4月22日

北陸新幹線「米原ルート」割れる賛否

 「米原ルート」割れる賛否 北陸新幹線延伸で滋賀の首長(2013年4月9日 朝日新聞)

 北陸新幹線の敦賀(福井県)以西の延伸について、関西広域連合が米原駅で東海道新幹線と接続させる「米原ルート」を国に提案する方針を決め、県内の候補ルートの沿線市の間で賛否両論が巻き起こっている。経済効果や県が負担する整備費用は今後明らかになる見通しで、議論が本格化しそうだ。

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〔北陸本線新疋田駅付近の急勾配を上る…(2003年4月28日)〕

 北陸新幹線の敦賀以西の3ルートは,小浜ルート・湖西ルート・米原ルートの3つ。湖西ルートは,当初湖西線経由でフリーゲージトレインを走らせる計画のはずだったが,現在では3ルートともフル規格案となっている。

 さて,朝日新聞の記事にはこの3ルートの比較表が載っている。この表は,あくまで米原ルートを国に提案することになった関西広域連合(大ざっぱに言うと,関西地方の府県から奈良県と三重県が抜け,徳島県と鳥取県が加わった自治体)の試算によるものなので,あくまでそれを念頭に置いて読んでみたい。

 まず敦賀〜新大阪間の所要時間は,米原ルートが45分,湖西ルートが35分,小浜ルートが33分となる。米原ルートの45分という試算は米原での乗り換えがない(=北陸新幹線が東海道新幹線に乗り入れる)ことが前提だ。同じ前提でも,京都府の試算では所要時間は52分となっている。この違いは何が原因だろう。

 さらに,米原での乗り換えが必要になる場合の敦賀〜新大阪間の所要時間は,関西広域連合の試算で50分,京都府の試算では62分となる。現在,在来線の特急サンダーバードが同区間を最短76分で走行しているので,新幹線による短縮時間は,関西広域連合の試算で26分(京都府の試算ではわずか14分)しかないことになる。米原駅での待ち合わせ時間・乗り換えの面倒くささを考慮すると,これでは新幹線を作るメリットが感じられない。

 また,新幹線開業後の並行在来線問題も考慮しなければならない。米原ルートを選んだ場合,現在特急「しらさぎ」が担っている敦賀から米原経由での名古屋方面への需要がなくなる敦賀〜長浜(もしくは米原)間の北陸本線,および近江舞子駅以北の湖西線は存続が厳しくなる。湖西ルートを選んでも,近江舞子駅以北の湖西線は厳しい状況になる。

 目先の費用負担(新幹線工事の費用負担)だけでなく,並行在来線も含めた30年,50年の長期的視点で判断してほしいものである。特に滋賀県……

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お茶目な茶こし

 3月の末にチームメンバーが開いてくれた送別会のプレゼントで頂いたお茶セットのひとつ「Mr.TEA」。

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 下半身部分が茶こしになっていて,これでお茶を入れると湯船でリラックスしたような気分になる。

 職場ではいつもペットボトルのミネラルウォーターかお茶,あるいは紙コップ式ベンダーのコーヒーを飲んでいたので,まさかの緑茶セットには驚いた。もし紙コップ式ベンダーのメニューに緑茶があったら,たぶんいつも緑茶を選んでいたぐらいの緑茶好きだが,職場ではあまりそのそぶりを見せた記憶がないからだ。私が緑茶好きなのを知っているのは,いつもお世話になっている理髪店の方ぐらいだと思っていた(パーマを掛けている間にコーヒーかお茶を出してくれるのだが,私はいつもお茶をお願いしている)。

 4月初めから新しい職場で仕事している。両親がどこかでこの話を聞いて,「また転職したのか」と悲しまないように書いておくと(若い頃に何度か転職を繰り返したし,いわゆる大企業を辞めるときには心配を掛けたので),特に転職したわけではなく,職場が変わっただけ……念のため。

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2013年4月 8日

福山通運のモーダルシフト

 JR貨物が福山通運と専用貨物列車 東阪間を25日から毎日1往復(2013.3.18 msn産経)

 JR貨物と福山通運は18日、専用の直行貨物列車「福山レールエクスプレス号」を25日から東京-大阪間で1日1往復、運行すると発表した。上下あわせて大型トラック80台分の貨物を輸送、片道で約6時間40~50分程度で、運行は年間300日を想定している。

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〔写真は「福山レールエクスプレス号」とは無関係〕

 JR貨物が特定企業専用の貨物列車を運行するのは,佐川急便,トヨタ自動車に次いで3例目。福山通運は「福山レールエクスプレス号」で東京−大阪間の取り扱い貨物の2割をカバーする。今後はこれを3〜4割に引き揚げたい意向らしい。

 トラックより時間が掛かるのが課題。

 貨物列車の所要時間は片道約6時間40〜50分程度とのことで,評定速度は80km/hを超えているはず。東海道本線初の電車特急「こだま」の東京−大阪間の所要時間は6時間50分(当時は日帰りできるということで話題になった)であり,「福山レールエクスプレス号」はそれと遜色がない。
 東京−大阪間の高速道路をトラックが突っ走る場合でも,距離は約500km強あるから6〜7時間は掛かるだろう。

 問題になるのは,東京貨物ターミナル,吹田貨物ターミナルからのフィーダ輸送と,積み卸し時間だろう。鉄道貨物の場合はそこがウィークポイントになる。

 それでも,20両編成のコンテナ貨物列車1列車で,31フィートコンテナを40個(往復で80個……大型トラック80台分),年間300日運行するだけで,年間17,244トンものCO2が削減されるという。
 こういうモーダルシフトはどんどん進めてほしい。

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2013年4月 7日

日立電鉄線跡地にBRT運行開始

 日立電鉄線跡地にBRT運行開始 日立南部(2013年03月26日 朝日新聞)

 廃線となった日立電鉄線跡地を専用道にバスを走らせるバス高速輸送システム(BRT)が25日、日立市南部で運行を始めた。公設民営方式で、日立電鉄交通サービスが専用のバス2台を走らせる。県内では鹿島鉄道の線路跡のBRTに次いで2例目。

 運行区間は、おさかなセンター―JR大甕駅前の約3・2キロ。うち専用道(幅約4メートル)は約1・3キロで、残りは一般道。11カ所の停留所を設けた

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〔大橋駅〜川中子駅間のヘロヘロの跨道橋を登り始める日立電鉄の電車(2004年3月)〕

 BRT(Bus Rapid Transit) というのは,本来ならばブラジル・クリチバ市のRIT幹線バスのような都市内大量輸送機関であり,市街地にバス専用レーンを設けて鉄道並みの定時・高頻度運行を可能にしたもののはずだが,どうやら日本では,鹿島鉄道跡のBRTといい,東日本大震災で被災した三陸の鉄道跡を転用したBRTといい,違ったイメージでBRTが認識されているような気がする。

 駅間隔が大きく運行頻度の低いローカル線の場合,バスのほうが低コスト&便利になる部分もあって,少子高齢化時代の救世主的な交通機関システムとしてBRTが扱われる理由もわからないではないが,逆に,本来のBRT普及の妨げになってしまうのが心配だ。

 たとえば,宇都宮市や堺市において遅々として進まないLRT計画も,既存鉄道への乗り入れや,郊外での高速走行というLRTとしてのメリットが大きくないのであれば,BRTのほうがはるかに現実的な選択にも思える。

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〔大甕駅のホームに入ってきた日立電鉄の電車(2005年3月)〕

 今回,BRTとしてバス専用道路が整備されたのは,JR大甕駅からおさかなセンターまでの約3.2km(専用道は約1.3km)。日立電鉄時代の駅で言うと大甕駅から久慈浜駅までのわずか一駅分だ。

 2020年度にはJR日立駅まで運行区間を延伸させるらしいが,今回はわずか1.3km……。その事業費は約5億円で,JR日立駅までの延伸(バス専用区間は約8.5km)するための総事業費は約44億円だという。運行本数は一日に往復48本で,廃線直前に運行本数が激減した日立電鉄時代の往復52本よりも少ない。

 2004年10月22日の茨城新聞によると,日立電鉄の後継事業者として名乗りをあげた岡山電気軌道は,電車の運行のみを請け負う場合で約20億円,鉄道施設も引き継ぐ場合で約35億円の公的負担が,引き継ぎ後10年間に必要だと試算したことになっている。後者の中には,鉄道資産20億円が新会社へ無償譲渡されることにより発生する法人税8億2000万円も含まれている。法人税は確か国税だから差し引きしちゃいけないんだろうけど,鉄道会社の負担が差し引き約27億円と考えれば,今回のBRTに対する日立市の44億円という金額がいかに大きいかがわかる。

 日立電鉄の代替バスが,現在どのような収支で運行されているのか,路線自体が維持できているのか不明だが,もともと代替バスが年間数千万円から一億円もの赤字が予想されていたわけで(代替バス運行開始後1ヶ月間の利用者数は,鉄道のときの一日約1300人に比べて約70%も減少しているという記事もある),なぜあのときに慌てて店仕舞いするかのように鉄道を廃止してしまったのか,いまさらながら疑問を感じる。本当にイマサラだけど……。

 とはいえ,日立電鉄線跡のBRTが順調に運行され,便利な公共交通機関となるのを期待したい。

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〔廃止間近い電車を見送る(川中子〜常陸岡田間:2005年3月)〕

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〔茂宮駅付近の俯瞰(2005年3月)〕

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2013年4月 1日

ああっ,E127系車両ってこれだったのか

 2013年3月18日の「2013年春のダイヤ改正で国鉄型が続々引退」という記事で,123系電車(クモハ123)の後継車両が「E127系」だということで,どういう電車なのかまったく頭に浮かんでこないと書いたところ,コメントで「新潟を走っている」という情報をいただいた。

 そうか,新車じゃなくて既存の車両だったら過去に乗ったことがあるんじゃないかと思い,手元の写真フォルダの中を探してみたら……出てきた出てきた。

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 2005年8月に米沢から米坂線に乗り,坂町で羽越本線に乗り換えたときの写真だ。
 E127系電車は「新潟」行きの普通列車として坂町駅のホームに入ってきた。

 私には普通の鉄道ファンのような知識はないので,〝走ルンです〟と揶揄された701系との違いはよくわからなかった。たぶんそれが印象に残っていない一番の理由なのだと思う。

 さらに調べてみると,大糸線のJR東日本の区間(つまり電化区間)でもE127系が走っているという。

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 大糸線には何度も乗っているので,探してみたら出てきた。
 同じ2005年の5月,安曇沓掛の近くで,水田の水鏡と北アルプスの山々が写った写真を撮ろうと思ったときのものだ。
 電化区間の大糸線は,いつも荷物の大きな人たちで大混雑することばかり印象に残っていて,あまりよい思い出のない区間だった。

 あぁ,やっぱりE127系電車が印象に残っていないことには,ちゃんとした理由があったと言えるかもしれない。

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