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2011年11月の17件の記事

2011年11月29日

札幌市電の延伸計画に事業化予算

 先行して冬に突入している札幌からホットなニュースが飛び込んできた。

 札幌市の平成24年度予算要求の中に,「政策目標:活力みなぎる元気な街,重点課題:将来を見据えた魅力ある都市の整備」として,路面電車延伸推進事業が盛り込まれている
 以前から話が出ていた「路面電車延伸に向けた設計、各種検討等」として,延伸検討調査,ループ化実施設計,そして低床車両購入等が含まれている。

 しかも,その実施スピードが早い。

 H24年度:実施設計
 H25年度:各種法手続き
 H26年度:ループ化実施

 これは,札幌市が本気を出したということなのかな。

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[札幌市電西4丁目電停に近づくM100形 M101(2004年8月)]

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2011年11月28日

廃線から10年 思い出の谷汲線 写真展

 廃線から10年 思い出の谷汲線、写真展で再び 岐阜(2011年11月28日 朝日新聞)

 赤い電車で親しまれ、2001年に廃止された名鉄谷汲線(11.2キロ)。レトロ調の電車と一緒に年を重ねた人たちが撮った写真の展示会が、岐阜県揖斐川町の谷汲昆虫館で開かれている。線路はなくなったけれど、写真展を人が集まるきっかけにしたいという。

 谷汲線の開業は1926(大正15)年。通勤通学や谷汲山華厳寺への参拝の足として使われた。旧・谷汲村が終着の谷汲駅に昆虫館を建設するなどしたが、利用者は増えなかった。

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線谷汲駅 モ750形754(1999年1月)]

 懐かしいなぁ……名鉄谷汲線。10年前までは,谷汲線・揖斐線・美濃町線などの名鉄各線に乗るのが楽しみで,岐阜詣でを重ねたっけ……。

 写真展が開催されている谷汲昆虫館。新しくなった谷汲駅に併設されてて,いつもひっそりしていた記憶がある。それでも,谷汲山華厳寺への参拝客は,谷汲山命日には臨時列車が運行されるほどの人出だったわけだが,現在は臨時バスでも運行されているのだろうか。記事を読むと,代替路線バスも廃止されているらしく,その後の状況が心配だ。

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線谷汲駅 モ750形754(1999年1月)]

名鉄谷汲線の記憶
[谷汲駅ホームの屋根(1999年1月)]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線赤石駅付近(2001年2月)]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線谷汲駅 モ750形751(2001年2月)]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線長瀬駅付近(2001年2月)]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄黒野駅(2001年2月)]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄黒野駅 モ750形755(2001年2月)]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線谷汲駅]

名鉄谷汲線の記憶
[名鉄谷汲線谷汲駅]


[名鉄谷汲線(2001年2月)]

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iPod nano (1st generation) 交換プログラム

 ふと iPhone のメーラーを見たら,Apple からメールが届いてた。
 先日 Apple Store で MacBook Pro を購入したばかりなので,また購入手続き等に不満はないか等のアンケートなのかな……と思ったら,「iPod nano(1st generation)交換プログラム」という表題。

iPod nanoをお使いのお客様へ

Appleでは、ごく稀に
iPod nano(1st generation)のバッテリーが過熱して安全上の問題を引き起こす可能性があることを確認しております。対象となるiPod nanoは2005年9月から2006年12月の間に販売されたものです。

この問題は、製造上の欠陥があるバッテリーを生産した特定のバッテリーメーカーに原因があることがわかっています。
実際に過熱事故が発生する可能性はきわめて低いとはいえ、バッテリーの経年に伴ってその可能性は高くなります。

iPod nano(1st generation)をお持ちのお客様は使用を中止し、下記の要領で無料交換手続きをされることをおすすめいたします。

Ipodnano

という内容だった。

 そういえば,初代 iPod nano も Apple Store で買ったから(2005年9月),Apple に購入履歴が残ってるんだな……。輝いていた全体がつや消しになるほど使い込んで,今はまったく使わなくなってしまった。

 ちょっと面倒くさい気もするが,無料交換ということだし,手続きしてみようかな。そういえば,やはり今は使わなくなってしまった VAIO VGN-TZ90S も,発熱問題でリコール対象になってたけど,いまだに手続きしてないや……。

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2011年11月27日

1089・1090号が11月27日に現役引退(ことでん)

十一月二十七日、現役引退。
さよならとは言わない。
「ありがとう」でお別れです。

1089・1090号
2011.11.27 引退運転
(高松琴平電気鉄道株式会社)

ことでん(高松琴平電鉄)
[高松城(玉藻城)内堀沿いを走る1089・1090号:2003年12月]

 10年前なら琴電の中では新しい部類の車両という印象のあった元京急1000形電車が,引退記念運転をするらしい。新しい元京急1000形電車が古い元京急1000形電車を置き換えるという,不思議なことになる。
 2000年代前半は古い電車目当てに頻繁に高松に出かけものだが,最近はしばらくご無沙汰している。なんだか,生まれ変わりつつある琴電を見に行きたくなってきた。

ことでん(高松琴平電鉄)
[高松城(玉藻城)内堀沿いを走る1089・1090号:2003年12月]

ことでん(高松琴平電鉄)
[高松城(玉藻城)内堀沿いを走る1080形電車:2002年12月]

ことでん(高松琴平電鉄)
[片原町のホームに入ってくる1080形電車:2003年12月]

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2011年11月23日

「ことでん」が開業100周年

 高松琴平電鉄が開業100周年 破綻から再生、黒字化(2011年11月19日 朝日新聞)

 「ことでん」の愛称で親しまれている香川県の高松琴平電鉄が18日、開業100周年を迎えた。10年前に経営破綻(はたん)したが、ゆるキャラの制作やレトロ電車の運行など、あの手この手の取り組みで会社再生を果たした。
(中略)
 ことでんは高松市と琴平町、さぬき市を結ぶ3路線、総延長60キロ。1日平均約3万人が利用。前身の東讃電気軌道が1911(明治44)年に開業。2001年に債務保証先の子会社、百貨店「コトデンそごう」の倒産で、高松地裁に民事再生法の適用を申請した。

ことでん(高松琴平電鉄)
[高松城(玉藻城)の内堀に沿って走る「ことでん」(2003年12月)]

 提携していたそごうグループの破綻の影響を受けて民事再生法の適用を受けたときには,高松琴平電鉄もどうなることやらと思ったが,その後は車両の近代化(大手私鉄の中古車両だが)や路線改良が進み,黒字化まで達成するとは,なかなか見事な会社再生だと思う。

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下手の考え休むに似たり

 高岡・黒部両市、新幹線駅名に苦悩 富山(2011年11月17日 朝日新聞)

 北陸新幹線の開業を前に、現在のJR駅と離れた場所に新駅が設置される富山県高岡市と黒部市が、名称に頭を悩ませている。JRへの提出期限が迫る中、広域利用の視点から高岡市が県外を含め公募に踏み切る一方、黒部市は逆に周辺市町を気づかって慎重姿勢だ。
(中略)
 駅名をめぐる論議はこれまで、「新」をつけるだけの駅名には新鮮さの点で抵抗感があるという意見がある一方、広域的なPRには「高岡」が外せない、などの声が上がっている。ほかに、「万葉」「越中」の言葉を入れる案や、能登、飛騨の地名を織り込む案も伝えられ、論議の行方は分からない状況という。

 新駅が現駅から4キロ離れる黒部市では、先に市議会が「黒部宇奈月温泉駅」との名称案を採択した。しかし、文字数の多さや近隣市町への配慮の点で市側は慎重姿勢を崩さず、公募の方針にも踏み切れていない。

 どうでも良いけど,能登は石川県,飛騨は岐阜県で,富山県ではない……と思う。たぶん。

 宇奈月温泉も,平成の大合併で宇奈月町が黒部市と合併したことで黒部市内にはなったが,北陸新幹線の駅名としてふさわしいとは思えない。まあ,もともと黒部市の中心は三日市町(や港のある生地町)で,多くの人が「黒部」から連想する黒部ダムは黒部市ではなく立山町に存在するから,遠方に住む者にはややこしい。

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蒲蒲線計画がまたまた亡霊のように現れる

 2つの蒲田駅結ぶ「蒲蒲線」設置検討へ 東急電鉄(2011年11月15日 朝日新聞)

 東京急行電鉄蒲田駅(東京都大田区)と京浜急行電鉄蒲田駅を結ぶ新路線「蒲蒲(かまかま)線」の設置を、東京急行電鉄が検討していることがわかった。東急電鉄が京急電鉄に乗り入れて羽田空港に接続することで、外国人客の取り込みをねらう。

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[立体交差工事が進む京急蒲田駅・空港線(2009年12月)]

 また「蒲蒲線」の亡霊が現れたか……。

 過去に何度も現れては消える幻の路線。というか,実は国鉄時代にJR蒲田駅(国鉄蒲田駅)と京急蒲田駅(京浜蒲田駅)を結ぶ貨物線は過去に実在していて,旅客路線化するタイミングを完全に逃してしまったのが実情だと思う。

 現在,貨物線跡はきれいに消え去り,京急蒲田駅周辺は高架化,空港線大鳥居駅付近は既に地下化されている。蒲蒲線を実現するならば,遅くても空港線の立体交差事業の前には提案しなくちゃ……。

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2011年11月13日

大船駅前で鳴り続ける音の謎

湘南モノレールと観音食堂 大船

 大船駅前の商店街を歩くと,何やら不思議な音が鳴り続けている。朝から夜まで「プーン」というような単純な音で,遠くで車のクラクションが鳴っているようにも聞こえる。あまり大きな音ではないから,気にならない人は気にならないようだ。

 先月の初め頃から,聞こえるようになったはず。いったい何の音だろう。

 単純な音なので発生源がよくわからない。商店街のスピーカーかな?
 歩きながら聞くと強弱(干渉波の腹と節)を感じることから,複数の音源があるようだ。ちょっと気持ち悪い。

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2011年11月10日

年度内に石巻-仙台間の直通列車運転へ

 石巻-仙台間の直通列車運転へ JR東日本、年度内にも(2011年11月8日 朝日新聞)

 JR東日本は、東日本大震災の津波被害で一部区間の運転を見合わせている仙石線に代わり、仙台―石巻を東北線経由で結ぶ直通列車の運転を年度内にも始める。清野智社長が8日の記者会見で明らかにした。

 計画では、1日1~2本運行。所要時間は80分程度で、東北線(仙台―小牛田)と石巻線(小牛田―石巻)の乗り継ぎより10分、仙石線と代行バスの併用より30分ほど短縮される。

 記事を読んだときに,てっきり年度内に仙石線の石巻−仙台間の復旧するのかと思ってしまった。
 それに合わせて,ついうっかり仙石線の不通区間(陸前大塚駅付近)の写真を三枚も用意してしまった。

仙台−石巻間を東北線経由で直通運転

仙台−石巻間を東北線経由で直通運転

仙台−石巻間を東北線経由で直通運転

 仙石線の電車が海沿いの低い築堤の上を走る,とても印象的な区間だ。現在,仙石線は全線中の中央部分,高城町〜矢本間(16km)が不通になったままだ。海岸線沿いに線路がある区間が長く,復旧時に線路の移転も考慮することになって,復旧に時間が掛かっている。

 朝日新聞の記事を読むと,仙台〜小牛田は東北本線,小牛田からは石巻線に乗り入れて石巻線の石巻駅に到達する列車らしい。石巻線を走ることから,電車ではなく気動車が使われることになるのだろう。

 あれっ,この経路には見覚えがあるぞ……と思ったら,途中までほぼ同じコースを走り,前谷地駅から気仙沼線に入って気仙沼まで走っていた快速「南三陸」という列車があったではないか。それが,前谷地から石巻に向かうと思えば良さそうだ。

 そういえば,快速「南三陸」には何度か乗った記憶がある。
 ということで,過去の写真を探してみたら,2001年12月にくりはら田園鉄道に乗りに行ったときの帰り,小牛田駅で東北本線の各駅停車から快速「南三陸」に乗り換えている。

仙台−石巻間を東北線経由で直通運転
 当時はまだ現役鉄道だったくりはら田園鉄道の石越駅[2001年12月]

仙台−石巻間を東北線経由で直通運転
 東北本線の普通列車(電車)で小牛田駅に到着すると,ホームの反対側にディーゼルカーが停まっている。これが快速「南三陸」だった。車内アナウンスで,ディーゼルカーのほうが仙台駅に先に着くとのことで,乗り換えようかどうか迷っているときの写真。
 ディーゼルカーの快速「南三陸」のほうがガラガラだったら躊躇なく乗り換えたのだが,そこそこの乗客が乗っているようなので,このままガラガラの東北本線の電車に乗り続けるのも良さそうに感じたのである。

仙台−石巻間を東北線経由で直通運転
 結局快速「南三陸」に乗り換えた。この列車,私が乗り込んだ小牛田から仙台までノンストップだった。東北本線の高規格線路をディーゼルカーがノンストップでぶっ飛ばす体験は,めったにできるものではない。素晴らしい乗車体験だったことを今でも覚えている。

 というわけで,年度内に仙台−石巻間を走ることになる列車の所要時間は80分程度。東北線と石巻線の乗り継ぎよりも10分,仙石線と代行バスの併用よりも30分ほど短縮されるとのこと。時間だけを見ると,快速「南三陸」ほどの韋駄天っぷりではないかもしれないが,今までよりはずいぶん便利になりそうだ。

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2011年11月 8日

これを機に由紀さおりの歌謡曲路線とアルバムの復活を!

 「夜明けのスキャット」の由紀さおりアルバム
 米、カナダで次々1位と世界的ヒットの快挙(2011/11/ 7 J-CASTニュース)

 歌手の由紀さおりさん(62)がアメリカの人気ジャズ・オーケストラ「ピンク・マルティーニ」と組んだアルバムが、世界22か国で順次売り出され、人気を集めている。デビュー当時の日本の歌謡曲を日本語で歌っているのに、アメリカやカナダのチャートでも1位になったのだ。
「ルルルルル~ラララララ~」
オリコン年間ヒット・チャートで1位に輝いた「夜明けのスキャット」で由紀さおりさんがデビューしたのが1969年。今回出したアルバム「1969」は、この曲のほか、当時の日本や世界でヒットしたポップスをカバーしてある。

 数日前から由紀さおり & ピンク・マルティーニのアルバム『1969』が Twitter で話題になっていて,最初は何が起こっているのかわからなかった。

 アメリカやカナダのヒットチャート1位だけじゃなく,

 由紀さおり&ピンク・マルティーニ、ロンドン「ロイヤル・アルバート・ホール」コンサートで7,000人熱狂(2011年10月21日 MUSICMAN-NET)

2011年10月17日、ロンドン「ロイヤル・アルバート・ホール」で、アメリカ・オレゴン州のジャズ・オーケストラ「ピンク・マルティーニ」のコンサートが開催され、7000席がソールドアウトとなった。この公演にヴォーカリストとして参加したのが、由紀さおり。

2組は、由紀が「夜明けのスキャット」でデビューした1969年の世界のヒット曲を集めたコラボレーションアルバム『1969』(日本発売:2011年10月12日)を完成させたばかり。このアルバムは現在世界20カ国以上でCD発売、配信が始まってる。今回は、BBCコンサート・オーケストラも迎えての大舞台。由紀は、第一部「夜明けのスキャット」、「ブルー・ライト・ヨコハマ」、第二部「さらば夏の日」、「夕月」、アンコールでは「マシュケナダ」という『1969』で共演した5曲を披露した。

と,こういう情報まで次から次へ入ってくる。

 
 1969 / 由紀さおり & ピンク・マルティーニ [amazon]

 これは素晴らしい。「由紀さおりの歌謡曲」の魅力が認められるのはとてもうれしい。海外から……というのは,ちょっとシャクではあるが,日本の音楽産業界隈に眼力がないのは今に始まったことではないからしかたがない。由紀さおりに,童謡ではなく歌謡曲を歌ってほしいと思っていた人は国内にも多かったはずだ。

 今回の世界的ヒットの背景には,そういう人たちの願いの力があったのかもしれない。
 由紀さおりの歌謡曲は,CDベスト盤かアナログレコードでしか聴くことができない時代が長く続いていた。一昨年の2009年に,やっと『由紀さおり Complete Single Box』(ベスト盤とは重複するけど私は即買)が出て,日の目を見た曲も多い。

 癖のようなものがほとんど見当たらない歌声。不思議なもので,余分なものをそぎ落としてそぎ落として生まれてくるピュアな歌声は,余人によるモノマネを許さない際立った個性を持つ(この点で山口百恵と通底する)。特徴がないからつまらないということにはならないのだ。

Photo
 由紀さおり Complete Single Box[iTunesへのリンク

 魅力的な曲がずらりと並ぶ。私が一番好きなのは「好きよ」。
 この「好きよ」は,大半がスキャットで歌われることで有名(スキャットじゃないところの歌詞はかなりエロい)な「夜明けのスキャット」の流れもあって,“好きよ”を大胆に連呼する歌詞になっている。数えてみると,合計26回もの“好きよ”がくり返される。
 だが,凄いのは,それぞれの「好きよ」が「すきよ」から「ス・キ・ヨ」,「〜(ハァ)好きよ」「好きよぉ」まで微妙にニュアンスというか色合いが変えられているのだ。これは実際に聴いてもらわないとわからない。

 Miles Davisが最もレコーディングに苦労したのは,Gil Evansとのアルバム『ポーギー&ベス (Porgy and Bess)』で,『“Bess, You Is My Woman Now”というセリフを8回も意味を変えて吹き分けなければならなかったから』だという。印象的で有名な言葉だが,なんだかその言葉を思い出させるような由紀さおりの凄さなのである。

 この由紀さおりブームを機に,国内でも少しは盛り上がって,埋もれてしまっているアルバムが復刻してくれたら嬉しい。


[YouTubeのshuchan328さんの動画:「昭和の隠れた名曲 ひとり言 由紀さおり」]

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2011年11月 7日

UFO型 AirMac Extreme 引退

 MacBook Pro 15インチを購入するのとほぼ同時に,自宅内の Wi-Fi 環境も一新することにした。
 10年近く使い続けてきた Apple 社の UFO 型 AirMac Extreme(IEEE802.11g の WPA2 で使用) が,最近不調になって,外から帰宅すると電波は捕まえられるのに,まったくデータ伝送してくれない状態になることが多く,そのたびに AirMac Extreme をリセットしなければならなかったのだ。そんなことが3日に1回ぐらい発生した。

旧UFO型AirMac ExtremeからTime Capsuleへ
 [Time Capsule 3TB(左)と旧 UFO 型 AirMac Extreme]

 Twitter で教えてもらった情報などを合わせて考えると,どうやら帰宅して iPhone がソフトバンクの 3G 回線から自宅内 Wi-Fi 環境に切り替わるときにトラブルが多発しているようにも感じる。が,確証が持てない。

 そんなこんなで,新型の MacBook Pro を買うと,自宅内には MacBook Air や AirMac Express(音楽を聴いたり,テレビやHDDレコーダをLANに繋ぐのに使用)など,IEEE802.11n の機能を持ちながら,IEEE802.11g のままで使い続けている機器が多いことになる。これは何とももったいない。

 思い立ったが吉日,IEEE802.11n のベースステーションにもなる Time Capsule 3T(3TB の HDD内蔵)を購入し,宅内 Wi-Fi 環境に IEEE802.11n 機能を追加することにした。

 さっそく繋いでみると,今まで IEEE802.11n では上り下りとも 20〜25Mbps 程度だったインターネットとの回線接続速度が,50〜65Mbps ぐらいには向上している。自宅内のファイル伝送だとさらに高速だ。数日毎にブチブチ切れる Wi-Fi に我慢なんかせずに,もっと早く Time Capsule 買うんだったわ。

 そうそう,AirMac ユーティリティには,今まで使っていた旧 AirMac Extreme 設定をそのまま引き継げる機能があるので,特に設定をすることなく,今までと同じ設定にすることがきた。特に,リビングで音楽を聴いたりするときに使っている MDS 接続(Wi-Fi のリピータというかブリッジ接続というか)のAirMac Express の設定も,ほぼそのまま何もしなくても使うことができる。こういうのがうまく機能しているのは良いね。Windows にも「移行アシスタント」がほしいと熱烈に感じる今日この頃だった。

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2011年11月 6日

大分駅が開業100周年 − 昔は一面イモ畑

 昔は一面イモ畑 大分駅100周年、元首相も祝う(2011年11月6日 朝日新聞)

 JR大分駅(大分市要町)が今月1日、開業100周年を迎えた。5日には記念行事があり、関係者が祝福に集まった。

 大分駅は1911(明治44)年11月1日、豊州線(現在の日豊線)の停車場として開業。当時、周辺は一面イモ畑で、列車は大分―門司間の5往復のみ。乗降客は1日150人程度だったという。

 1958年の大改築工事で現在の駅舎になった。来年3月には現在進行中の高架化工事が完成し、その後、駅ビルも建設される。現在、日豊線、豊肥線、久大線の3線の接続駅として1日460本の列車が乗り入れ、1日3万3千人の利用客数は博多、小倉、鹿児島中央に次ぎ、九州で4番目という。

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 [バス乗り場から見る大分駅(2009年10月)]

 こういう現在の大分駅の姿を見ると,駅前にはセントポルタ中央町のアーケード商店街や府内五番街商店街があり,ここが一面のイモ畑だったというのはかなり意外な感じがして面白い。南口側がイモ畑ということであれば,まったく違和感を感じないかも。

 現在の鉄筋コンクリート3階建ての大きな駅舎は1958年建築で,確かに内部はかなり老朽化している感じだった。高架化工事後に建てられる駅ビルは,地上7階建て(一部8階建て)になるらしい。

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 [現在でも余裕を持った広さに感じる駅前広場(2009年10月)]

 大分駅の高架化工事も全国の他の高架化と同様に,既存のホームより駅裏側に高架線を作り,高架化後に駅が高架線路部分に近づく(もしくは高架下に移る)形になるため,現在でもかなり広い駅前広場が,さらに広がることになるようだ。
 その部分をどういうふうに有効利用していくのかが重要になる。現在のように,マイカーが駅の正面にビタ付けできて,公共交通機関のバスが駅からかなり離れたところに設置されている降車場で降りなければならない状況は,改善が必要だと感じた(2009年10月訪問時の印象)。

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Unibody の15インチ MacBook Pro が届いた!

 午後,品川と上海の間を(書類上は)2往復もした MacBook Pro が届いた。外出せずに自宅待機してて良かった。配送予定時刻が空白になっていて,いつ届くのかわからなかったが,なんとなく届きそうな予感がしてた……

Unibody の MacBook Pro が届いた
 ジャーン!
 憧れの Unibody なのだ。

Unibody の MacBook Pro が届いた
 さっそく 2007年購入のアルミ合金板金プレス MacBook Pro と並べてみる。幅・奥行きともに,若干のサイズアップ。
 MacBook Air の光沢液晶の映り込みがなんとなく我慢できる範囲だったので,非光沢液晶を選んだのだが,その光沢っぷりにちょっとガッカリ。[いきなり不満(笑)]

 OS が古い Mac OS X Leopard のままの旧 MacBook Pro からの“移行アシスタント(ユーザアカウントやアプリケーション,ネットワーク設定やコンピュータ設定,ファイルをそっくり移行できるアプリケーション)”がちょっと不安だったので,MacBook Air の環境をそっくり移行しようと思ったのだが,移行しようと思ってから,MacBook Air には FireWire(IEEE1394) も Ethernet ポートも無いことに気付く……大ボケ。

 明日には IEEE802.11n の付いた Time Capsule が届く予定(UFO型の AirMac Extreme が不安定だったので置き換え予定)なので,“移行アシスタント”は明日以降に実行することにしようっと(Wi-Fi 経由の移行は無謀かな?)。

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2011年11月 5日

旅する MacBook Pro

 10月28日に Apple Store の BTO で MacBook Pro を買ったのだが,その MacBook Pro の荷物の状況をクロネコヤマトのサイトで確認すると,驚くようなことになってる。

Macbook_pro

 海外荷物受付 11/01 17:28 上海支店(中国)
 国内到着   11/03 10:00 ADSC支店
 海外発送   11/03 17:30 上海支店(中国)
 荷物受付   11/04 15:12 ADSC支店
 発送     11/04 15:12 ADSC支店

 ADSC支店というのは,東京品川の「Apple Delivery Support Center」だそうで,私の MacBook Pro は上海→品川→上海→品川と旅をしているようだ。

 何かトラブルが起きたのかとも思ったが,これはよくあることで,上海支店の時刻処理が結構いい加減なのが原因らしい。そう聞いてから荷物の状況を見ると,確かに上海支店の海外発送日時の部分1カ所が,たとえば11/02 17:30だったら合点がいく。

 土日のどっちかには届くかな……。

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2011年11月 3日

進んでるように見えないトレイン・オン・トレイン

 時速200キロ超の「貨物新幹線」、実用化へ調査(2011年10月14日 朝日新聞)

 時速200キロ超で走る「貨物新幹線」は導入できるか――。国土交通省が来年度予算で、効果などを探るために1千万円の調査費を求めている。実用化するとなったら1千億円以上かかるとされる。本当に必要なのか、疑問の声もあがりそうだ。

 「トレイン・オン・トレイン」と呼ばれ、新幹線の専用貨車に在来線の貨物列車を丸ごと乗せて走る。2005年度にJR北海道が開発に乗り出し、10年度からJR貨物と共同開発している。車両の開発費は約70億円の見込みだ。

(リンク切れ)
 貨物新幹線は、新幹線タイプの貨車に在来線の貨物列車をそのまま乗せて走行できる=JR北海道提供

 北海道新幹線が2015年に新函館まで走ることになったときには,青函トンネルを走る貨物列車の起死回生の解決策として,このトレイン・オン・トレインが実用化されていなければならない。だが,2011年も暮れようとしているこの時期に,公開されているのは,わずか2両編成のトレイン・オン・トレインの試験装置だけ。開発が進んでいるようにはとても思えない。

 2015年の開業当初は,遅い貨物列車(や寝台列車)を三線軌条を走らせ,運用でカバーすることになるのだろうが,ずるずるとそれが後年まで続くことになりそうな予感がする。

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2011年11月 1日

東急電鉄、車両製造部門をJR東日本に来春売却へ

 東急電鉄、車両製造部門をJR東日本に来春売却へ(2011年10月27日 朝日新聞)

 東京急行電鉄は27日、完全子会社「東急車両製造」の手がける事業のうち、車両製造部門の経営権をJR東日本に譲渡すると発表した。会社分割で新しい会社を作り、その全株式をJR東が来年4月2日に約65億円で取得する。

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 京急線金沢八景駅に近い横浜市立大学の前から,東急車両製造の工場への引き込み線(三線軌条)がある。

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 引き込み線は横浜市立大学の前を通り,金沢高校の横へ入っていく。
 この先には東急車輌(株)の大きな工場があり,JR,私鉄各社の車両を作っている。レールの幅が異なる車両を京急逗子線内を通り,JR逗子駅まで走らせるために,線路が3本(三線軌条という)になっているのが面白い。

 鉄道車両メーカーのことはよく分からないが,東急車輌製造はJR東日本に年間120両もの車両を納入していたようだ。そのた首都圏の私鉄各社とも取引があり,企業として安泰なのかと思っていたが,3期連続で純損失を計上するなど,なかなか採算の確保は難しい業界のようだ。

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高松琴電の1070形が引退

 ことでん2車両引退(2011年10月31日 朝日新聞)

 高松琴平電気鉄道(ことでん)で24年間活躍した2車両が30日、最後の営業運転をした。2両は「ありがとう」と書かれたプレートを付けて琴平線を終日運行し、各駅や沿線には多くの鉄道ファンが駆けつけた。
 引退するのは1950年代に製造された1070形の2両。京浜急行電鉄(東京)で使用されていたのを譲り受け、ことでん初の冷房車として87年から運行した。今年9月に京急から新たに中古4両を導入したため、引退が決まった。

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[2002年12月21日:琴電片原町駅を出る琴平行きの1070形電車]

ことでん(高松琴平電鉄)
[2003年12月23日:玉藻城内堀沿いを走る一宮行き1070形電車]

ことでん(高松琴平電鉄)
[2003年12月23日:玉藻城内堀沿いを走る一宮行き1070形電車]

 旧型電車がたくさん走っていた琴電(ことでん)も,中古車両とはいえ,比較的新しい車両がどんどん増えて,旧型電車が一気に少なくなってしまったようだ。

 そういえば,私が最初に琴電で琴平まで行ったときに乗った電車は,確かこの1070形だったと思う。

【11月3日追記】
 これで1070形の車両が全部引退するのかと思ったら,6両あるうちの1075号・1076号の2両が廃車になるというだけの話らしい。

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