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2011年4月の9件の記事

2011年4月29日

東北新幹線が全面復旧!

東北新幹線が全面復旧 青森―鹿児島、新幹線でつながる
(2011年4月29日 朝日新聞)

 東北新幹線が大型連休初日の29日、全面復旧した。東京駅や仙台駅など沿線の各駅は、帰省客やボランティアに向かう人たちでにぎわった。

 東北新幹線は3月11日の震災後、線路や架線に多数の被害が出て、全線で運転を見合わせた。同月15日に東京―那須塩原(栃木県)から段階的に復旧。この日、最後の仙台―一ノ関が運転を再開し、東京―新青森の全線がつながった。

 一昨日は架線がショートして断続的に停電するというトラブルもあったが,ゴールデンウィーク初日になんとか全面復旧。あれだけの大地震から短期間で全面復旧するためには,関係者の大変な苦労があったものと思う。本当に頭が下がる。

 東北新幹線の復旧は,東北地方の震災復興の第一歩だ。
 今後も余震は続くことが考えられるし,安全には万全を期して,復興のシンボルとして運行してほしいものである。

 がんばろう日本!
 がんばろう東北!

東北新幹線全線開業の悩み

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ひたちなか海浜鉄道湊線が生き残りをかけて戦っている

 湊鉄道を救え 写真展・屋台…応援団が復旧支援呼びかけ(2011年4月21日 朝日新聞)

 震災で被災し、休業が続くひたちなか市の第三セクター鉄道「ひたちなか海浜鉄道湊(みなと)線」の復旧を後押ししようと、市民らでつくる「おらが湊鐵道(みなとてつどう)応援団」が義援金の募集を始めた。那珂湊の地元商店街と手を組み、市民や観光客に寄付を呼びかけている。

 那珂湊駅のほど近く。明神町商店街の一角にあるまちの駅「3710(みなと)屋」で16日、「おらが湊鐵道応援団」が主催する写真展が始まった。

 路盤が流され、50メートルにわたって宙づりになった線路。凸凹にゆがんだ線路――。湊線の変わり果てた姿をメンバーが撮影した約10点が並ぶ。

(リンク切れ) [波打つ線路=ひたちなか市、中川宗右衛門さん撮影]

 地震の揺れが大きかった茨城県の鉄道の被害はひどい。
 ゆがんだレールの写真を見るまで,こんなにひどい状況だとは思わなかった。

 鉄道関係でよく知られている猫が好き♪氏の「鉄道のある風景weblog」の記事の中で,ひたちなか海浜鉄道の撮影ポイントとしてよく知られていた「ため池」部分の築堤が切れて,線路が崩落していることも知った。

(リンク切れ) [2011/04/03-16:37 ひたちなか海浜鉄道 金上~中根 ため池跡と崩落部分(猫が好き♪さん撮影)]

 茨城県沖は,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)M9.0の広大な震源域の南端に入っており,当日の揺れはもの凄いものだったことが想像される。気象庁の震度分布によれば,ひたちなか市や那珂市は震度6強〜6弱。
 もともと経営基盤の強くない鉄道だが,地元商店街や市民の応援団の力が後押しして,なんとかこの苦難を乗り切ってほしいものである。

(リンク切れ)
[2002年11月撮影]

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2011年4月25日

最悪の開業タイミングだった九州新幹線だけど

 効果さっぱり九州新幹線…特急減り不便な筑後(2011年4月21日 読売新聞)

 九州新幹線の全線開業から1か月以上が過ぎた。

 東日本大震災の自粛ムードも影響し、福岡県・筑後地区への観光地への開業効果はあまり見られなかった。また、特急の運行本数が大幅に減ったことで、沿線の街からは「不便になった」との声も出ている。
 筑後船小屋駅(筑後市)から約10キロ西の柳川市。開業日から市内と結ぶバス路線が新設されている。

(中略)

 一方、筑後船小屋駅から約3・6キロ北にある筑後市のJR羽犬塚駅は、福岡市方面への通勤・通学利用が多い。これまで1時間に2本運行されていた特急は、上りは朝2本、下りは夜4本だけに激減した。

(中略)

 新大牟田駅(大牟田市)は、西鉄駅が併設する市中心部の在来線駅から約7キロ離れている。在来線駅と結ぶ路線バスも1時間に1本しかない。

 新鳥栖,筑後船小屋,新大牟田,新玉名……と,立地の良くない駅が並ぶ九州新幹線。本来なら全線開業で盛り上がっているはずだったが,同じタイミングで発生してしまった東日本大震災……。まさに弱り目に祟り目状態だ。

 今まで,このブログでは九州新幹線について厳しいことを書いてきたが,JR九州の九州新幹線開業のCMは,新幹線の開業を喜ぶ沿線の人たちが参加したもので,それを一度見てしまったら,JR九州にはこのままがんばって九州の人たちの足として走り続けて欲しいと,強く感じた。とても良いCMだったと思う。最近歳を取って涙腺が緩んできてるので,不覚にも涙を流してしまった。

 [祝!九州 九州新幹線全線開CM180秒]crmgn1969さんの動画

(アスペクト比が正しい動画を探したけど,どれも縦長になっちゃってる……)

 [JR九州CM「全線開業」30秒ver]cmuper51さんの動画

 このCM,タイミングを見計らって首都圏で流してみてもいいんじゃないかと思う。

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2011年4月10日

JR東日本の「責任を持って復旧させる」という言葉は心強い

廃線懸念の津波被害7路線、JR東が復旧明言(2011年4月5日 読売)

 JR東日本の清野智社長は5日、震災後初めて記者会見し、津波で大きな被害を受けた路線について、「責任を持って復旧させる」と明言した。
 被災地からは、「このまま廃線になるのでは」と不安の声が上がっていた。
 同社によると、津波を受けたのは気仙沼線など7路線。被害は少なくとも1700か所に上り、23駅が流失、線路が約60キロにわたって流されるなどした。清野社長は、「街が津波の来ない所に移るという話もある。そうなると、元の場所に復旧しても需要に合わないので、県や町と検討したい」と話した。

[気仙沼線南気仙沼駅 2007年8月3日]
 [気仙沼線 南気仙沼駅 2007年8月3日]

 鉄道ファンのひとりとしても,津波被害を受けた三陸〜宮城の7路線の今後が心配だったが,JR東日本の社長の「責任を持って復旧させる」という言葉には安心した。
 津波のこない高台に街を移設する計画にも,県や町と検討したいと言明しているのは心強い。

 先のエントリー「直轄道予算復活なら三陸縦貫自動車道へ優先充当できぬか」では,これを機に鉄道の三陸縦貫線の復旧はあきらめて,三陸縦貫自動車道や付随する道路を一気に整備して,鉄道利用客のバスへの移行を促した方がメリットが大きいのではないかと書いたが,まだ都市再生計画がどのようなものになるのかが見えない状況でのこのJR東日本の言葉は,沿線住民の方に相当な安心感を与えたことだろう。

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直轄道予算復活なら三陸縦貫自動車道へ優先充当できぬか

 新規直轄道、2年ぶり復活 11年度予算配分(2011年4月1日 日経)

 国土交通省は1日、2011年度予算が成立したことを受け、道路やダムなどの個別の公共事業費の予算配分(箇所づけ)を公表した。10年度に新規事業を認めなかった直轄道路の整備への予算を2年ぶりに復活し、14事業に約10億円を計上。新規事業を一切認めなかった10年度予算からは様変わりした。直轄ダムの凍結も2事業にとどめ、公共事業で地方に配慮した。

 どさくさに紛れて,全国各地の高速道路建設を進めましょうという話? 日本大震災のニュースに目を奪われているときに,何というセコいやり方だ……という印象だ。

 震災復興財源をひねり出すのに苦労しているのだから,緊急性のない予算は凍結して,復興のための財源に回した方が良いと思う。

 4月1日の「JR東日本の津波被害状況がひどい」にも書いたように,鉄道の三陸縦貫線(気仙沼線・大船渡線・三陸鉄道南リアス線・山田線・三陸鉄道北リアス線・八戸線)の被害が甚大だ。
 もともと沿線人口が多くないため,鉄道の利用客も少なく,震災に遭う以前から廃線の心配があった路線が多い。

 街や港の復興を急ぎ,鉄道の復旧を急ぐ……ことによって,なし崩しに港のまわりに街ができ,膨大な費用を費やして利用者の少ない(もちろん利用者にとっては欠かせない路線である)ローカル鉄道が元に戻る。それでは,10年後100年後と不幸の連鎖が続くだけになってしまう。

 海・港と共に生きる,津波のリスクは抱えつつも海から離れては生活できない……という考え方が後退したであろう今こそ,高台を造成して街を作り,港まで通勤するという生活への移行を模索するときであると思う。
 街の位置が変わると,必要な道路も鉄道の駅の位置も変わることになる。

 少しでも震災復興のための費用を小さく抑えるためには,街や港湾,道路,鉄道を含めた都市計画のありようが重要になる。
 利用者の少ないローカル鉄道を元通りにすることで,本当に幸せになれるのかどうかも考えた方が良いと思う。むしろ,これを機に鉄道の三陸縦貫線の復旧は(泣く泣く)あきらめ,三陸縦貫自動車道や付随する道路を一気に整備して,鉄道利用客のバスへの移行を促した方がメリットが大きいのではないかと思う。

 安易な都市再生計画は,将来に負担を残すことになる。

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三陸鉄道北リアス線も被害甚大

 三陸鉄道「国の支援なければ、もはや何も…」(2011年4月5日 読売)

 線路はつり橋のように垂れ下がり、駅舎が跡形もなく流された。

 東日本大震災の大津波は、鉄道網をズタズタに寸断した。なかでも、過疎化などで利用者減に苦しんできた自治体出資の第3セクター鉄道は、経営の厳しさに拍車がかかる。地元では「地域の足をなくさないで」「国のさらなる支援を」と悲痛な声が上がっている。

 がれきの中から高さ約10メートルの橋脚が突き出ている。上に載っていた線路もホームも津波に流され、今はない。岩手県田野畑村の三陸鉄道北リアス線・島越駅の無残な姿だ。

(読売新聞の記事)
三陸鉄道北リアス線の島越駅。コンクリート橋の上にあったホームや線路は橋ごと流された=山田正敏撮影

 4月5日付の記事「被災した三陸鉄道が国に復旧支援要請」で,三陸鉄道の被害状況がひどく,特に海岸に近いところを通っていた南リアス線は厳しいという予想を書いたのだが,この読売新聞の記事を見て,北リアス線の被害も甚大なものであることがわかった。

 三陸鉄道北リアス線は,宮古寄りの旧国鉄宮古線と,久慈寄りの久慈線と,その間を結んだ路線である。
 国鉄末期に計画されていた路線なので,海岸線をクネクネと曲がりながら走るような経路を取らず,線形の良い長いトンネルと高架線で海岸近くを通り抜ける区間が多いことと,既に一部区間で運賃無料の復興支援列車を運転を開始しているため,津波の被害は意外に少ないのではないかと思い込んでいたが,そうそう甘くはなかったようだ。

 読売新聞の記事に掲載された写真を見て驚いた。
 コンクリートの高架線の上に設置されていた島越駅が,橋桁ごと流されてしまっている。
 2009年の5月に三陸鉄道北リアス線に乗ったときの写真の中から,島越駅の写真を探してみた。

北リアス線島越駅
 [島越駅に停車中の列車から島越駅前〜三陸の海を見たところ(2009年5月2日)]

 こののどかな風景は,津波によって一瞬で流されてしまったようだ。うーむ,これは厳しい……。

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2011年4月 5日

被災した三陸鉄道が国に復旧支援要請

 三陸鉄道「自力復旧できず」=国に支援要請-岩手県(時事ドットコム)

 東日本大震災で津波を受け、3分の2の区間で運休が続く三陸鉄道(本社岩手県宮古市)は4日、「復旧は国などの支援がないとできない。全面復旧には莫大(ばくだい)な経費と長い時間が必要」とする見解をホームページ(HP)で公表した。


 三陸鉄道は3月29日までに、北リアス線(全長71キロ)の久慈-陸中野田、小本-宮古の計36.2キロで運転を再開。しかし、同線の陸中野田-小本と、南リアス線全線(釜石-盛、全長36.6キロ)の計約72キロは線路や駅の流失、橋の倒壊が多く、運転を見合わせている。

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 [三陸鉄道久慈駅に停車するディーゼルカー 2009年5月2日]

 先日のJR東日本の津波被害状況の発表で,三陸沿岸を走る各線の被害が予想以上に大きいことが明らかになかったが,同様に三陸沿岸を走る第三セクター鉄道の三陸鉄道北リアス線・南リアス線の被害も大きいことがわかった。

 全面復旧に莫大な経費が必要になることから,再三セクターはの出資者である県は,復旧工事費の4分の1までと規定されている国庫補助率の見直しなどを国に求める方針とのこと。

 現在三陸鉄道は,運転が可能となった北リアス線の一部区間で復興支援列車を運転している。
 運賃は無料で,安全運行のために速度を落としての運転だ。

 北リアス線は,国鉄時代に列車の高速運転を考慮したトンネルの多い路線になっているので,幸いなことに運転できる区間が多いのだろう。三陸鉄道の「少しでも役に立ちたい」という言葉通り,病院に行くというお年寄りや,車を流されてしまったという若者が復興支援列車を利用している映像がTVのニュースにも流れていた。

 南リアル線は,海沿いを走る区間が多かったため,全線で運行を見合わせている状態だ。

 沿線の街づくりは,官邸に設置された有識者や被災地関係者による復興構想会議において,たとえば過去の街に隣接した高台に住宅地を作り,そこから漁港まで通うというようなものも含めて,検討が進められていくことになる。
 当然のことながら,JR東日本と三陸鉄道の鉄道路線も,既存の駅と路線を復活するのではなく,新しい街づくりの中で交通機関の位置づけとともに検討されることになろう。

 ひょっとしたら,鉄道の復興はあきらめ,道路を整備してバスなどで代替することになるかもしれない。

 新しい街づくりが遅れてしまうと,どんどん港に近い便利なところからバラックが建つようにして,なし崩しに(災害に弱い)街が形成していってしまいかねない。ここは政治力の見せどころである。

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2011年4月 4日

合唱王国福島県

 いろいろあって,ものごとが手につかない。
 ぼけっとしていても仕方がないので音楽を聴いたりしている。
 昔からJAZZと山口百恵ばかり聴いてきたけど,少しは他の音楽も聴いてみようということで,ここ数日は合唱コンクールの動画にハマっている。たとえば……


 [YELL(郡山第二中学校):shibusazappaさんの動画]

 郡山二中のNHK全国学校音楽コンクール(通称Nコン)2009年中学校の部での演奏である。福島県,そして郡山市は,知る人ぞ知る合唱王国なのだ。郡山二中はこの合唱で2年連続2回目の金賞を受賞している(2010年も金賞を取って3年連続)。

 いや,ほんとにすてきな歌声だ。素晴らしい。

 そして,合唱王国福島を語る上で欠かせないのが,県立安積黎明高校。


 [福島県立安積黎明高等学校 自由曲「ともに-・・・」:sutataboGTさんの動画]

 2010年のNコン高等学校の部で15回目の金賞を取った演奏である。安積黎明高校は安積女子高時代も含めて8回連続金賞という記録も持っている。もう福島の宝だとしか言いようがない。

 ちなみに,郡山二中と安積黎明高校,実は敷地がほぼ隣同士というほど近接したところにある。

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2011年4月 1日

JR東日本の津波被害状況がひどい

 JR東日本が3月31日付で発表した「津波を受けた7線区の点検状況(PDF資料)」を見た。
 http://www.jreast.co.jp/pdf/check.pdf

 予想はされていたことだが,かなりひどい状況だ。
 駅舎の流出が23駅。震災後約3週間経過して,線路の点検率が全体でも約50%にとどまっているということが,被害状況のひどさを物語っている。

 山田線,大船渡線,気仙沼線……と,もともと経営的に厳しい路線が多いだけに,存廃が取り沙汰されるところが出てくるかもしれない。

気仙沼線
[気仙沼線南気仙沼駅 2007年8月3日]

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