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2011年3月の6件の記事

2011年3月31日

老朽化した原発が6機も並んでいた理由

 3月11日に発生した2011年東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災・東日本大震災)の大津波により,冷却機能を失った福島第一原発の行方を世界中が注目している。

 地震により発生した大津波は,岩手・宮城・福島の海岸沿いの集落に甚大な被害を被害をもたらした。海岸部でも10メートル以上あったと言われる津波は,検潮所の通信機器等を壊してしまったらしく,正確な記録が残っていない。明治三陸地震の津波には高さ38.2メートルという記録が残っているが,この数値はあくまで遡上高(谷状の坂道を水がかけ上ったところの標高)であって,調査が進めば今回の津波でも恐ろしくなるような遡上高が記録されることになると思う。

 私の実家がある福島県三春町は,太平洋の海岸線から遙かに離れた内陸部にあるため,津波の被害を受けることはなかった。また,三春町のある阿武隈高地は,河川等による堆積物が積もった平坦地ではなく,いわゆる侵食が進んだ準平原が隆起した老年期地形なので,安定した岩盤のうえに町が形成されている状態であり,地震の揺れも周辺の都市に比べると小さかったようだ。あまり丈夫な感じではない実家の古い木造建築でも,特に問題は生じなかったらしい。

 そんなわけで,横浜在住の私も実家のことを考えると,もっとも気になるのは福島第一原発の状況だ。


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[福島第一原子力発電所(福島県双葉郡大熊町)]

 まず,いろいろ問題はあるが,最初に書いておきたいのは,地震の発生直後に原子炉の炉心には制御棒が挿入されて,核分裂反応は止まり,原子炉は停止しているということだ(ここんとこ重要)。炉心にある燃料は放射線を出し続ける(崩壊熱となる)ので,これをずっと冷やし続ける必要がある。その冷やす機能を津波で喪失してしまったのが今回の事故である。
 原子炉は停止しているので,炉心の中で燃料棒や制御棒が溶けて圧力容器の底に溜まるような状況になったとしても,再臨界は起きないということを頭に入れておいた方が良いと思う(いろいろ飛び交うデマに惑わされないためにも)。

 冷やし続けることができないと,炉心の温度はどんどん上がり,空焚きの状態になれば燃料棒の被覆が破れたり,圧力容器内部の圧力が高くなり,炉内のガス(水蒸気や放射性物質や水素ガス)を格納容器内に放出することになる。
 それが進むと,格納容器内の圧力が上がりすぎて格納容器が壊れないように,いわゆる「ベント」をして,大気中に放射性物質(放射性ヨウ素等)を含んだガスを放出することになる(ベントの指示が出たのに実際にベントするまで時間がかかったのは,菅首相の視察のタイミングが原因じゃないかという話もあるが,早めにベントして問題が終結した後で「放射性物質を大気中に放出してしまうベントをする必要があったのか?」と追求されることを恐れた可能性もあるんじゃないかと思っている)。

 ベントをした際に水素ガス(軽いので建物上部に溜まる)が出るのは,スリーマイル島の事故の例からもよく知られたことだったらしいが,福島第一原発の原子炉建屋はそれを考慮していなかったためか(情けない……),水素爆発で原子炉建屋の上半分が吹き飛ぶという衝撃的な大失態を演じた。

 さらには,使用済み燃料プールが,原子炉建屋内の安直な位置にあるという変な設計や,東京電力や原子力安全・保安院の対応のひどさとか,現場の作業環境のひどさとか(放射線量を測る線量計なしで作業させてたなんて,ひどすぎる話だ),もうボロボロすぎて,呆れかえってしまった。

 まあ,とにかく圧力容器の外側からでも水を掛けて,炉心を冷やし続けるしかないのが現状だと思う。その間,また大気中に格納容器内の放射性物質を含んだガスが放出されることもあるだろう。冷却のための大量の水の多くは海に流れ出ていると思われるので,海に流れ出る放射性物質も含めて,測定データを注意深く見ていく必要がある。「年」単位の長期戦だ。

 今回の状況を見ると,炉心を空焚きしている時間が長いので,ひょっとしたら燃料棒や制御棒や構造物の一部は溶けて圧力容器の下に溜まっているかもしれない。タービン建屋の底に溜まっていた水の放射能レベルの高さを見ると,(素人の推測だけど)燃料棒などの一部が溶解した圧力容器には破損があり,圧力抑制プールの水の放射能も高レベルになっているのではないかと思う。
 最悪のケースとして,圧力容器の底が抜けて水蒸気爆発を起こすなどということも,考えられないわけではないと思うが,私のような素人がそんなことを考えてもしかたがない。

 最初に書こうと思ったことから,どんどん話が逸れてしまった。

 なぜ,福島第一原発には6機もの原子炉が並んでいるのだろうか。しかも,当初の設計寿命である30年を越えた老朽化した原子炉が6機も……。1号機に至っては,運転開始が1971年で,設計寿命を10年もオーバーし,40年目を迎えたところだった。

 福島県の原子力安全対策課のページにある「福島第一原子力発電所1号機の安全確認の状況について(平成17年5月 東京電力株式会社 福島第一原子力発電所)」というPDFの資料によると,
 http://www.pref.fukushima.jp/nuclear/old/pdf_files/h17.06.29-7.pdf

 福島第一原子力発電所1号機には,

・図面が古く100%のものと言えない
・何十年も1号機に携わった者でないと図面を読み切れない
・図面通りに配管,配線の接続をしても合わない
・ミスが起きやすい
・内部が非常に狭く作業員の安全が十分に確保できない
・何かしらトラブルがおきる

という意見があり,図面は手書きのものが多いこと,長く改訂されていない図面類の中には,青焼きの原図からコピーしたものが多く,不鮮明なものがあるとの説明がある。
 これを定期検査を期にCAD化して描き直すとか,使用頻度の高い図面から順次鮮明化を図り,ミス・トラブルの未然防止に努める旨が書かれている。

 これを読むと,少なくとも1号機は,システムとして維持するのは,もう限界だったのではないかと感じる。

 なぜこのように老朽化した原子炉が,同じ場所に6機も並んでいるのだろうか。

 それは,そこにしか原発を建てることができず,しかも,老朽化した原子炉を停止して新しく建て直したり,安全性向上のために大幅な改修をすることが困難だったからだ。

 原子力発電所を推進した人たちの責任はもちろんあると思う。原発利権というものは実際に存在した(ただし,同じ福島県内でも,原発から離れた三春町などに恩恵はなかった)。

 しかし,このような大変な事態を招いた原因のひとつは,今回の事故で「ほらやっぱり言ってた通りになったじゃないか」と溜飲を下げているかもしれない原発反対派と,原発が作った電力の恩恵にあずかりながら,原発というものに無関心であり続けた我々一般人にあるのではないかと思うのである。

 原発反対運動によって,原子力発電所を新しい場所(自然災害の少ない場所など)に作ることはできなくなった。それ故,既存の原子炉に隣接して,新たな(基本的には同じ=古い構造の)原子炉を作ることになった。

 また,原発を作るためには,原発が100%安全であることを言い続けなければならなくなった。工学的に,100%まったく事故が起きないシステムを作ることは不可能であるにもかかわらず,事故が起こる可能性が少しでもあることは認められない。何か問題が生じた時のフェイルセーフの考え方も,「100%安全」であるものには不要とされてしまう。そもそも問題が生じないことが,原発というものの存在の前提条件なのだから。

 安全を向上するための改修であっても,それは既存の原発が100%安全ではないことを意味することになり,認められない。改修・改善をすることは,100%安全の前提条件が崩れ,嘘をついて100%安全ではない原発を作ったことの責任を問われかねない。原発反対派から一斉に「今まで安全と言ってたのは嘘だったんじゃないか」と批難されることになる。

 ちょっと考えてみれば,原発を推進したい人々,新しい原発を作りたい人々が古い原発をそのまま使い続ける理由など,どこにもないのだ。しかたなく,ポンコツ原発を整備点検メンテナンスしながら使い続けてきたのである。嫌なことから目をそらし続けてきたとも言える。

 貞観地震による大津波の存在が明らかになった際に,東京電力がその対策をとらなかったことが問題だと指摘されている。
 東京電力や原子力安全・保安院の隠蔽体質は以前からひどかったので擁護できるレベルではないが(それに激怒した当時の佐藤栄佐久福島県知事が,プルサーマル計画に反対して,検察のでっち上げとも思われる汚職事件で失脚したことは記憶に新しい),もし原発反対派との関係がもう少し友好的なものであったならば,防潮堤の改修や,ディーゼル発電機や燃料タンクの改修ができていたかもしれないと思うと,本当に残念でならない。

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2011年3月27日

百恵とりんごとエポケー


 山口百恵 - 幻へようこそ (YouTube RedPorsche785さんの動画)

 フッサールの現象学入門のような本を少しだけ囓ると,「目の前にあるりんご」の話がよく出てくる。

 目の前のりんごは,そこに本当にあるのかどうかは,本当はわからない。赤い色や形から,たしかに赤いりんごが存在しているように思えるが,りんごではないものを見間違っているかもしれないし,幻を見ている可能性もある。

 目の前にあるものがりんごであると確信できるのは,実際にそう見えていること自体は疑うことができないからであって,客観的にりんごが実在しているかどうかはわからない。主観客観問題という哲学的なアポリアである……。

 哲学的なことは結局のところよくわからないのだが,30年間ずっと気になっていることがあった。
 百恵ちゃんが引退を間近に控えたころのTV番組のインタビューで,赤いりんごの話をし,まだ若かった私は,むっちゃ上手いこと言うなぁ……と感心した記憶があるのだ。もちろん,私はその頃「現象学」などという言葉も知らないし,百恵ちゃんがフッサールや現象学の話をしたとも思わない。

 確かなのは,百恵ちゃんが自分のことをりんごにたとえて,「りんごの赤い部分を見る人もいるし,青い部分を見る人もいる,外側じゃなくて中身について考える人もいるし,人によって見え方が違うのだ。でも,あたしはあたしでしかない」というようなことを,さらっと答えたという記憶である。

 何の番組だったのかも記憶がないし,インタビューアが誰だったのかも覚えていない。記憶が薄れるにつれて,どんどん私自身が記憶を作りあげてしまっているような気がしてくるし,ひょっとしたらりんごの話をしたのは百恵ちゃんじゃなかったかもしれないという気までしてくる。

 筑紫哲也のインタビュー記事や藤原新也のエッセイなどを買い込んだり,YouTubeで動画を探してみたりしてみたのだが,情報は何も得られず,ほとんどあきらめていた。

 そんなときに,あるブログでこのインタビューが文字起こしされているのを発見したのだ!

 『STRONGER THAN PARADISE 踊るシャーデー鑑賞記』
  2010.11.17 Wed 山口百恵、引退前日ラスト・インタヴュー

 このブログはマジですごいので,山口百恵に興味のある人は絶対に読んだ方がいいと思う。いや,山口百恵に興味がない人も,ひょっとしたら百恵ファンに変えてしまうほどの破壊力を持ったブログだと思う。知識もすごいし,文章力が半端ない。

 そこの情報によると,百恵ちゃんが赤いりんごの話をしたのは,NHK特集「百恵」1980年11月17日20:00〜20:50で,インタビューアは和田勉(これにはびっくり)。
 これで長年ノドの奥に引っかかっていた小骨が取れたような気分だ。すっきり!

 一部を下に引用しておく。[行頭に「和田勉」「百恵」を追記]

和田勉:貴方とメシを食って楽しいという人はいましたか?
百恵: うん、まあ、それは友達もいますしねえ。だから、そうだなあ……その人それぞれあたしに対して見方が違うっていうのはね、たとえば、その人の生き方もあるでしょうし、ものの考え方もあるでしょうし、ものを見るときの観点もあるでしょうし。同じ赤いリンゴを置いておいてね、たとえば、赤い部分に目がいくか、まだ青い部分に目がいくか、もしかしたら、側じゃなくて中の種の部分を見るかとか、人それぞれ見方が違うわけですよね。だから、そういうので言えば、あたしっていうものに対して……そう仰る方も(笑)いるでしょうし……
和田勉:そうか。
百恵: うん……色んな見方があると思うけど……でも、どういう見方をされても、どういう言い方をされても、結局、あたしはあたしでしかないから……
和田勉:それを言われると……もう、恐れ入りました(笑)
百恵: いえ、とんでもない(笑)

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2011年3月 8日

DMVは地域活性化の起爆剤となるか

 DMV どこ走る?(2011年03月07日 朝日新聞)

 線路と道路を走行できるJR北海道の「デュアル・モード・ビークル(DMV)」が、本格的に営業運転する日が近づいている。同社は2011年度末以降を目途にしている。早ければ6、7月にも走行区間の候補を選定し、地元との協議に入りたいとしている。道外からのラブコールが多かったDMVだが、地域活性化に役立てたいと、夕張市が官民挙げて誘致を表明している。世界初の「夢の乗り物」はどこを走るのか。

(リンク切れ)
写真は「雑学万歳!! 鉄道ローカル線の切り札?DMVを徹底紹介(裏辺金好氏)」より

 鉄道用の線路と道路の両方を走ることができる乗り物DMVは,JR北海道などがローカル線の切り札として開発している車両である。北海道以外からもラブコールがあって,富士市の岳南鉄道,岐阜県の明知鉄道などでも試験走行が行われた。2012年3月からの実用化を目指しているようだが,まだどこを走るかも決まっていないらしい。

 DMVの試験走行のニュースを見ただけの印象なのだが,実用化までの課題がまだまだ多いように感じだ。

 まず,車両のコストだ。最新のDMVは29人乗りで鉄道車両の4分の1程度の3500万円と格段に安いということだが,同じ程度の大きさのバスに比べて,どの程度の値段におさまるのかがわかりにくい。同じぐらいの大きさのコースターRやポンチョという小型路線バスの価格は1500万円程度とすると,その2倍以上の値段がすることになる。

 DMVをどこからどこまで走らせるようにするのかにもよるのだが,たとえば郊外の住宅地の客を拾って,最寄りの駅から鉄道に乗り入れ,その地方の中心市街地の駅で道路に戻り,病院・学校・役所をまわるというルートでDMVを使用した場合と,最寄り駅までのフィーダーバスに小型路線バスを使用し,一般的な鉄道車両を使用した鉄道に乗り換え,中心市街地の駅で病院・学校・役所をまわるフィーダーバスに乗り換えるのに比べて,どのぐらい安くおさまるのかがはっきりしない。
 道路事情は昔に比べて格段に良くなっている時代である。町の大きさにもよるが,鉄道に乗り入れずに,全部小型路線バスで走りきったほうが低コストになりはしないだろうか。

 また,バスとして道路を走るときは大型第二種運転免許が必要,線路上を走るときには動力車操縦者免許が必要ということで,試運転のときの映像ではDMVには二人の運転手が乗り,交互に運転を交代していた。両方の運転免許を持つ人材の確保は,ちょっとハードルが高いように思う。

 そう,DMVが鉄道を走ることのメリットが見えにくいように感じるのだ。

 鉄道の線路上を走るときには,後輪のゴムタイヤを推進用に使用するということで,その摩擦抵抗ゆえに,列車に比べるとエネルギー効率はかなり悪いと思わざるを得ない。

 鉄道の駅の乗降口は,従来の鉄道用の背の高いホームは利用できず,途中駅を利用する場合は,DMV用のホーム(乗り場)を新たに設けなければならない。また,ローカル線ではホームが片側にしかないことがよくあるが,DMVは車体の左側にしか乗降口がないので,DMV用のホーム設置が難しくなる駅もでてきそうだ。

 と言うわけで,個人的にはあまりメリットを感じないDMVだが,JR北海道では,経費削減・赤字圧縮の切り札と考えているようだ。運行実験がうまくいって,道内が活性化すると,日本全国の見本になるようだと面白い。

 朝日新聞の記事は,このように締めくくられている。

 DMVはどこを走るのか――。これまで天竜浜名湖鉄道(静岡県)、岳南鉄道(同)、南阿蘇鉄道(熊本県)、明知鉄道(岐阜県)で実証試験が実施され、「何とか導入して走らせたい」(岐阜県恵那市)などと好意的な声も聞かれた。ただ昨夏に、JR幹部が「道内で走らせたい」と発言したこともあり、道内で実用化される模様だ。
 「世界で最初となる『DMVが走るマチ』として、地域活性化の起爆剤にしたい」
 夕張市内の経済団体や農協などでつくる夕張経済振興会議が同市に提言したのを受け、藤倉肇市長と同振興会議議長の澤田宏一・夕張商工会議所会頭らが1月25日、JR北海道の本社を訪問。市内でDMVを展示し、夕張―新夕張駅間でのデモ走行や乗車試験運行を始めること、同区間でDMVを早期に走らせるよう求めた。
 JR北海道によると、正式な誘致の要望は夕張が初めてだという。JR側は、本格的な営業運転については言及しなかったが、現在同区間で走行試験をしていることもあり、デモ走行や展示などには前向きな考えを示している。
 同市はJR側に対し、「当面は鉄道での運行を想定している」と伝えたうえで、「DMVが走れば路線の注目度も上がる。観光客の誘致にもつながるはずだ」と熱視線を送っている。

 ということで,JR北海道のDMVはまず夕張で走ることになりそうな感じだが,いきなり「DMVで観光客の誘致」を考えているのであれば,それは違うんじゃないの,市民の足の確保が目的でしょ,と言いたい。

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2011年3月 7日

上田電鉄 旧丸窓電車譲渡先決定

 丸窓電車譲渡先決定(2011年2月28日 上田電鉄公式サイトより)

 昨年12月1日より公募させていただいておりました別所温泉駅線路脇に保存している丸窓電車1両(モハ5251号車)の譲渡先がさくら国際高等学校(長野県上田市手塚1065番地)に決定しました。

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 昨年末から上田電鉄公式サイトに告知されていた旧丸窓電車譲渡の件だが,さくら国際高校に譲渡されることが決定したようだ。

 旧丸窓電車は別所温泉駅の線路横に2両保存されていて,現在は確か資料館として使われているはずだが,2両保存するのは経費がかかるためだろうか,1両を譲渡先を募集し,もし譲渡先が見つからない場合は解体されることになっていた。

 無償譲渡といっても,輸送費と設置費用が必要になるので,ちゃんとした譲渡先が見つかるのかどうか不安を感じていたが,とりあえず行き先が決まってホッとした気持ちだ。

 譲渡先のさくら国際高校は,別所温泉駅からもほど近くの立地らしい。野ざらしになった車両は,朽ち果てるのもあっという間なので,なんとか長くその姿を留めるようにしてほしいものである。

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2011年3月 6日

百恵ファンは見逃せない『プレイバック制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡』

 年初から一部の百恵ファンの間では相当に話題になっていた本,『プレイバック制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡 (川瀬泰雄著)』が出版されたので,さっそく入手した。百恵ファンとしては,レコーディングディレクターが全シングル全アルバム全曲についての,レコーディング模様から,作詞家・作曲家・編曲家,そして山口百恵とのやりとりについて解説したものだから,これを入手しないわけにはいかない。

【著者プロフィール】
川瀬泰雄:横浜出身。東京音楽出版(ホリプロ)入社後,山口百恵の引退までプロデュース。そのほか井上陽水,浜田省吾,松田聖子,岩崎宏美等のプロデュースも担当,現在まで約1600曲をプロデュース。現在,ビートルズ研究家として,著書に学研新書「真実のビートルズ・サウンド」がある。

 山口百恵の全曲辞典で,全曲についての解説という荒技を,1979年の時点で平岡正明氏は『山口百恵は菩薩である』にて実現しているが,直接レコーディングに立ち会った川瀬氏の解説を読むことができるのは,それに勝るとも劣らない楽しみである。

プレイバック 制作ディレクター回想記 川瀬泰雄

 まず,この本の装丁を見て驚いた。『プレイバック制作ディレクター回想記 川瀬泰雄』,目立つ帯にも「楽曲,編曲,レコーディング 制作ドキュメント 全シングル・アルバムの解説&エピソード満載!」とあっさり書かれているだけ。

 慌てて本をひっくり返しても,小さな文字で,百恵のデビューから引退までのシングル曲が,人にめざめる14才 としごろ/青い果実/禁じられた遊び/……/さよならの向こう側/一恵,と並んでいるだけなのである。帯の文字にやっと『「スター誕生!」からデビューし,国民的大スターへと成長した山口百恵の全ドキュメント。その軌跡を制作ディレクターが書き綴った。数々の名曲が生まれた背景,歌手としての成長を,シングル&アルバム制作の現場から紹介する。』と,あまり大きくなく書かれている。

 世の中の週刊誌を始め,書籍にもでかでかと見出しに「百恵(あるいは,その時点で人の気を惹き付けている何か)」と表示して,読者の目を引こうとするものが溢れているにもかかわらず,この本はそういう戦略を拒絶しているかのような体裁を取っている。
 1970年代の歌謡曲やアイドル系ポップスアルバムでは,アルバムのジャケットに顔写真が使われないことなど,考えられない時代であった。60年台〜70年代の洋楽のロックのLPジャケットはイラストなどによるカッコいいものがたくさんあり,川瀬氏は,山口百恵のアルバムでそれをやってみたいと思い続けていたそうだ。音楽のみで勝負してみたかったのだ。

 そのあたりからも,この『プレイバック制作ディレクター回想記』の装丁が,「百恵」の文字を極力排除して,地味でストレートな装丁の中身で勝負という路線をとったのは,川瀬氏の本の中身で勝負という意気込みの表れだと感じる。
 さらに,こういう本にありがちな,「俺は百恵と仕事をしてたんだぜ」「あそこは俺の指示でこう直したんだぜ」のような,著者の傲慢な自尊心のようなものも皆無なのがすばらしい。

 そして,その本の内容ががすごいのだ。
 実は,私があまり評価していなかった初期の山口百恵の歌唱についても,1曲ごとに何かつかんでいることにちゃんと気づき,レコーディングごとにそれが少しずつ花開いていくところまで,温かい目で見守っている。
 それが全曲について書かれているわけなので,百恵の歌を聴きながら,本を読み進めていくと,百恵の歌唱の驚くべき進化がまるで映画を見るかのように眼前に立ち上がってくるのである。

プレイバック 制作ディレクター回想記 川瀬泰雄

 この本は本当にすばらしい。山口百恵マニアだけにとどまらず,30年以上も前の百恵の歌が2011年になっても歌い継がれていることを不思議に思っている若い人も,ひょっとしたら楽しめる本だと思う。
 あえて問題を挙げれば,本を読んでいるうちに,百恵のアルバムが次から次に欲しくなってしまうことだろう。あっ,私は既にアルバムをコンプリートしているので,まったく問題ないけどね(イヤミ笑)

 川瀬氏が生きているうちに,このような企画が成立したことを,率直に喜びたい。最高の贅沢を言わせてもらえば,この本の出版をきっかけにして,川瀬泰雄・金塚晴子・萩田光雄の三氏に,三浦百恵さんを加えた対談が開かれることを期待したい。もちろん,文字オンリーでも万々歳である。

 このブログ「三日画師のかすかだり」の記事で,「私」を「アタシ」と「わたし」に歌い分ける百恵の凄さなどを書き続けてきた私だが,本の中で『夢先案内人』の「♪夜明け前です〜」の歌い分けを先に指摘されてしまったし,それ以外のところも,私の素人の思いつきのようなレベルの指摘を遙かに超えた解説を,川瀬氏がしてしまっている。
 その点では,『夢先案内人』の表現のエロさとか,これからちょっと書こうと思っていたブログ記事を見直していかなければならなくなったようだ。

 また,本を入手してから土曜日丸ごと一日を,本を読みながら百恵ちゃんの音楽を聴き直す作業に使い切ってしまった。まだ,18才時の「百恵白書」のところまでしか聴き直せていない。まだまだ百恵漬けで寝不足の日が続きそうである。

 それにしても,引退後30年もたった歌手の全アルバム全シングルの全曲解説本が出版されるなんて,これは空前絶後の事態だ。

【追記】
 掲載曲の索引が巻末に掲載されているのは当然だが(この当然のことすらできていない本も多い),なんと「楽曲バージョン違い一覧」というマニアックな一覧まで掲載されている。
 シングル,アルバムで発表されたスタジオ録音の楽曲の中には,後にアレンジやサイズを変えた別バージョンがリリースされる場合がある。MIX違いやニュー・アレンジにはボーカルに別トラックが使われている場合もある。この資料が,そのへんのマニアックな聴き方の参考になりそうだ。

プレイバック 制作ディレクター回想記 川瀬泰雄

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2011年3月 2日

週刊東洋経済がまた鉄道特集号

 メインのブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』の記事 “如月最後の日の冷たい雨” の最後に書いた,週刊東洋経済の最新3/5特大号の件を,こっちの『かすかだり』にも少し詳細に掲載してみる。

2月最後の日の冷たい雨

 週刊東洋経済の鉄道特集は何やら毎年恒例になってる感じだが,最新号も「鉄道 最前線」という総力特集になっている。

 かつては国鉄が毎年発表していた路線ごとの営業係数を,週刊東洋経済誌が独自に算出していて非常に興味深い。全国の私鉄路線も全部計算されている。
 昨年の夏頃に発売された臨時増刊号「鉄道完全解明」が1986年と2007年のデータだったのに対して,今回の特集は2003年と2008年のデータになっている。残念ながら中小私鉄については,「鉄道完全解明」が路線別だったのに対して,鉄道会社別に省略されている。算出の根拠云々はあるだろうが,傾向は読み取れる。

 鉄道専門誌ではないので,濃い鉄道ファンにはもの足りない内容かもしれないが,ちょっと違った視点から,かなり細かなところまで取材した特集になっているので,鉄道に興味のある人は読んでみたらいいと思う。

 参考までに,目次は次の通り。けっこう惹かれる見出しだと思う。

週刊東洋経済 2011/3/5 特大号
【「鉄道」最前線】
[図解]日本の鉄道車両産業の全貌/追い詰められた地方鉄道
■PART 01 鉄道はモノづくりの塊!
・車両メーカー大図鑑 川崎重工/日立製作所/日本車輌製造/東急車輛製造/近畿車輛/新潟トランシス/JR東日本 新津車両製作所/東芝/アルナ車両
・鉄道を支える部品メーカーたち 三菱電機/小糸工業/ハードロック工業/住江織物/モリト/中小企業6社
・鉄道を支える人・モノ・技術 東京計器レールテクノ/日本信号/鉄道・運輸機構/鉄建/大和軌道製造/峰製作所/FPS
■PART 02 世界の鉄道戦争
・新幹線の輸出は成功するか
・激化するカリフォルニア商戦
・INTERVIEW│加州高速鉄道局生みの親、クエンティン・コップ氏
・メイド・イン・中国 世界での実力
・世界の鉄道牛耳るビッグ3頂上決戦 シーメンス(ドイツ)/ボンバルディア(カナダ)/アルストム(フランス)
■PART 03 国内鉄道最前線
・青森&九州新幹線全線開業!
・地方鉄道、存続への取り組み 一畑電車/ひたちなか海浜/くま川/北条/秩父/秋田内陸縦貫/青い森
・次のLRTは札幌か沖縄か?
・国内鉄道全路線の収支実態 JR最新営業係数ランキング ベスト20 ワースト20 JR/首都圏/地方
・主要寝台列車の損益分岐点
■PART 04 都市圏鉄道の課題
・東西の通勤電車と駅の比較
・統合できるか メトロ&都営
・福知山線事故から学ぶ「失敗学」
・第3回 住みたい「駅力」3大都市圏 全642駅 ランキング&格付け
・〈3大都市圏別〉駅力ランキング 1位 首都圏 田町駅/近畿圏 弁天町駅/中部圏 金山駅
・利便性VS.市場性で見た「お得な駅」「割高な駅」
・〈全642駅〉駅力格付け 首都圏/近畿圏/中部圏
[COLUMN]
・車内清掃、乗客サービス…快適な旅を支える達人たち
・日本の鉄道を宣伝する 新興国を走る中古車両
・リニア 次の課題は駅設置問題
・最も運賃の安い鉄道は?
・キヨスク&NEWDAYSの秘密

 ついでに,昨年の7/17日号は「バス大異変! 知られざる公共交通の実像」という,これまた興味深い特集だったので,その目次も挙げておくことにする。

【知られざる公共交通の実像 バス大異変! タクシー&客船】
[図解]乗合バスの事業を取り巻く環境は極めて厳しい
バス工場潜入ルポ! バスができるまで
■路線バスVS.ツアーバス
・「高速バス」変革の舞台裏
・運転手の過酷な労働実態
・急増するM&Aの裏側
・大手4社のバス開発最前線 三菱ふそう・いすゞ・日野・UDトラックス
・バスの技術とデザイン クラシックバス、エコバス、おもしろバス…
・「最強バス会社」の苦悩
・バス業界は今後どうなる
■初公開! バスの収支実態
・路線バス事業者のバス保有台数と収支
・〈図解〉どちらが速くて安い? 鉄道VS.バス
・〈ルポ〉日本全国路線バス 再生への取り組み 九州/盛岡/鯵ヶ沢/茨城/彦根/京都/東京
・「コミュニティバス」の現実
・ここが変だよ日本のバス
・大躍進! はとバスの秘策
■転機迎えたタクシー業界
・規制緩和見直しで攻勢へ
■フェリー・高速船業界
・高速道路料金値下げで明暗
・〈図解〉社会実験に翻弄されるフェリー
・佐渡汽船/東海汽船/小笠原海運/東京汽船/関西汽船/商船三井フェリー
・潜入! 豪華クルーズ客船 横浜に帰ってきた「にっぽん丸」
■COLUMN
・国内最長距離を走る高速バス体験記
・「美しすぎるバス停」で景観向上
・人口減少で脚光浴びるタクシー 小学生が利用するスクールタクシー/料金は一律200円の「あねっこバス」

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