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2011年3月31日

老朽化した原発が6機も並んでいた理由

 3月11日に発生した2011年東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災・東日本大震災)の大津波により,冷却機能を失った福島第一原発の行方を世界中が注目している。

 地震により発生した大津波は,岩手・宮城・福島の海岸沿いの集落に甚大な被害を被害をもたらした。海岸部でも10メートル以上あったと言われる津波は,検潮所の通信機器等を壊してしまったらしく,正確な記録が残っていない。明治三陸地震の津波には高さ38.2メートルという記録が残っているが,この数値はあくまで遡上高(谷状の坂道を水がかけ上ったところの標高)であって,調査が進めば今回の津波でも恐ろしくなるような遡上高が記録されることになると思う。

 私の実家がある福島県三春町は,太平洋の海岸線から遙かに離れた内陸部にあるため,津波の被害を受けることはなかった。また,三春町のある阿武隈高地は,河川等による堆積物が積もった平坦地ではなく,いわゆる侵食が進んだ準平原が隆起した老年期地形なので,安定した岩盤のうえに町が形成されている状態であり,地震の揺れも周辺の都市に比べると小さかったようだ。あまり丈夫な感じではない実家の古い木造建築でも,特に問題は生じなかったらしい。

 そんなわけで,横浜在住の私も実家のことを考えると,もっとも気になるのは福島第一原発の状況だ。


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[福島第一原子力発電所(福島県双葉郡大熊町)]

 まず,いろいろ問題はあるが,最初に書いておきたいのは,地震の発生直後に原子炉の炉心には制御棒が挿入されて,核分裂反応は止まり,原子炉は停止しているということだ(ここんとこ重要)。炉心にある燃料は放射線を出し続ける(崩壊熱となる)ので,これをずっと冷やし続ける必要がある。その冷やす機能を津波で喪失してしまったのが今回の事故である。
 原子炉は停止しているので,炉心の中で燃料棒や制御棒が溶けて圧力容器の底に溜まるような状況になったとしても,再臨界は起きないということを頭に入れておいた方が良いと思う(いろいろ飛び交うデマに惑わされないためにも)。

 冷やし続けることができないと,炉心の温度はどんどん上がり,空焚きの状態になれば燃料棒の被覆が破れたり,圧力容器内部の圧力が高くなり,炉内のガス(水蒸気や放射性物質や水素ガス)を格納容器内に放出することになる。
 それが進むと,格納容器内の圧力が上がりすぎて格納容器が壊れないように,いわゆる「ベント」をして,大気中に放射性物質(放射性ヨウ素等)を含んだガスを放出することになる(ベントの指示が出たのに実際にベントするまで時間がかかったのは,菅首相の視察のタイミングが原因じゃないかという話もあるが,早めにベントして問題が終結した後で「放射性物質を大気中に放出してしまうベントをする必要があったのか?」と追求されることを恐れた可能性もあるんじゃないかと思っている)。

 ベントをした際に水素ガス(軽いので建物上部に溜まる)が出るのは,スリーマイル島の事故の例からもよく知られたことだったらしいが,福島第一原発の原子炉建屋はそれを考慮していなかったためか(情けない……),水素爆発で原子炉建屋の上半分が吹き飛ぶという衝撃的な大失態を演じた。

 さらには,使用済み燃料プールが,原子炉建屋内の安直な位置にあるという変な設計や,東京電力や原子力安全・保安院の対応のひどさとか,現場の作業環境のひどさとか(放射線量を測る線量計なしで作業させてたなんて,ひどすぎる話だ),もうボロボロすぎて,呆れかえってしまった。

 まあ,とにかく圧力容器の外側からでも水を掛けて,炉心を冷やし続けるしかないのが現状だと思う。その間,また大気中に格納容器内の放射性物質を含んだガスが放出されることもあるだろう。冷却のための大量の水の多くは海に流れ出ていると思われるので,海に流れ出る放射性物質も含めて,測定データを注意深く見ていく必要がある。「年」単位の長期戦だ。

 今回の状況を見ると,炉心を空焚きしている時間が長いので,ひょっとしたら燃料棒や制御棒や構造物の一部は溶けて圧力容器の下に溜まっているかもしれない。タービン建屋の底に溜まっていた水の放射能レベルの高さを見ると,(素人の推測だけど)燃料棒などの一部が溶解した圧力容器には破損があり,圧力抑制プールの水の放射能も高レベルになっているのではないかと思う。
 最悪のケースとして,圧力容器の底が抜けて水蒸気爆発を起こすなどということも,考えられないわけではないと思うが,私のような素人がそんなことを考えてもしかたがない。

 最初に書こうと思ったことから,どんどん話が逸れてしまった。

 なぜ,福島第一原発には6機もの原子炉が並んでいるのだろうか。しかも,当初の設計寿命である30年を越えた老朽化した原子炉が6機も……。1号機に至っては,運転開始が1971年で,設計寿命を10年もオーバーし,40年目を迎えたところだった。

 福島県の原子力安全対策課のページにある「福島第一原子力発電所1号機の安全確認の状況について(平成17年5月 東京電力株式会社 福島第一原子力発電所)」というPDFの資料によると,
 http://www.pref.fukushima.jp/nuclear/old/pdf_files/h17.06.29-7.pdf

 福島第一原子力発電所1号機には,

・図面が古く100%のものと言えない
・何十年も1号機に携わった者でないと図面を読み切れない
・図面通りに配管,配線の接続をしても合わない
・ミスが起きやすい
・内部が非常に狭く作業員の安全が十分に確保できない
・何かしらトラブルがおきる

という意見があり,図面は手書きのものが多いこと,長く改訂されていない図面類の中には,青焼きの原図からコピーしたものが多く,不鮮明なものがあるとの説明がある。
 これを定期検査を期にCAD化して描き直すとか,使用頻度の高い図面から順次鮮明化を図り,ミス・トラブルの未然防止に努める旨が書かれている。

 これを読むと,少なくとも1号機は,システムとして維持するのは,もう限界だったのではないかと感じる。

 なぜこのように老朽化した原子炉が,同じ場所に6機も並んでいるのだろうか。

 それは,そこにしか原発を建てることができず,しかも,老朽化した原子炉を停止して新しく建て直したり,安全性向上のために大幅な改修をすることが困難だったからだ。

 原子力発電所を推進した人たちの責任はもちろんあると思う。原発利権というものは実際に存在した(ただし,同じ福島県内でも,原発から離れた三春町などに恩恵はなかった)。

 しかし,このような大変な事態を招いた原因のひとつは,今回の事故で「ほらやっぱり言ってた通りになったじゃないか」と溜飲を下げているかもしれない原発反対派と,原発が作った電力の恩恵にあずかりながら,原発というものに無関心であり続けた我々一般人にあるのではないかと思うのである。

 原発反対運動によって,原子力発電所を新しい場所(自然災害の少ない場所など)に作ることはできなくなった。それ故,既存の原子炉に隣接して,新たな(基本的には同じ=古い構造の)原子炉を作ることになった。

 また,原発を作るためには,原発が100%安全であることを言い続けなければならなくなった。工学的に,100%まったく事故が起きないシステムを作ることは不可能であるにもかかわらず,事故が起こる可能性が少しでもあることは認められない。何か問題が生じた時のフェイルセーフの考え方も,「100%安全」であるものには不要とされてしまう。そもそも問題が生じないことが,原発というものの存在の前提条件なのだから。

 安全を向上するための改修であっても,それは既存の原発が100%安全ではないことを意味することになり,認められない。改修・改善をすることは,100%安全の前提条件が崩れ,嘘をついて100%安全ではない原発を作ったことの責任を問われかねない。原発反対派から一斉に「今まで安全と言ってたのは嘘だったんじゃないか」と批難されることになる。

 ちょっと考えてみれば,原発を推進したい人々,新しい原発を作りたい人々が古い原発をそのまま使い続ける理由など,どこにもないのだ。しかたなく,ポンコツ原発を整備点検メンテナンスしながら使い続けてきたのである。嫌なことから目をそらし続けてきたとも言える。

 貞観地震による大津波の存在が明らかになった際に,東京電力がその対策をとらなかったことが問題だと指摘されている。
 東京電力や原子力安全・保安院の隠蔽体質は以前からひどかったので擁護できるレベルではないが(それに激怒した当時の佐藤栄佐久福島県知事が,プルサーマル計画に反対して,検察のでっち上げとも思われる汚職事件で失脚したことは記憶に新しい),もし原発反対派との関係がもう少し友好的なものであったならば,防潮堤の改修や,ディーゼル発電機や燃料タンクの改修ができていたかもしれないと思うと,本当に残念でならない。

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