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2011年1月の8件の記事

2011年1月20日

複々線化前の小田急線向ヶ丘遊園〜新宿

 今日,たまたま複々線化工事前の小田急線の話(アップダウンが激しかった等々)が出て,昔,先頭車両かぶりつきで撮った写真があることを思い出した。
 リコーのDC-1という古いデジカメで撮ったので画質はあまりよくないが,Flickrでスライドショー表示してみた。


 [1997年5月撮影]

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2011年1月13日

青い森鉄道が朝の混雑で臨時列車を運行

 朝の混雑、苦情で増便 青い森鉄道(2011年01月12日 朝日新聞)

 青い森鉄道が11日から、三沢から八戸に向かう早朝の列車を1本増やした。東北新幹線延伸前のJR東北線の時と比べて、本数はほとんど変わらないものの、普通列車が4両編成から2両編成となり、通勤・通学に利用する乗客から「混雑がひどい」という苦情が数多く寄せられていた。

米軍基地に寄り添う街 三沢
 三沢駅ホームの八戸行き(2009年5月 ─ JR時代)

 記事を読んで,〝やっちまったな〟と感じた。

 JR時代の早朝の列車は,定員135人(座席約50席+つり革の数)の車両で4両編成,合計定員540人のところに約300人ほどの乗客が乗っていたとのことなので,約6割の人が席に座り,1両編成につき約25人がつり革にぶら下がっていたことになる。まあ,混雑はしているものの,かなりゆったりとした状況だったようだ。

 ところが東北新幹線全線開通(新青森延伸)に伴って,在来線が青い森鉄道となり,普通列車のダイヤはほとんど変わらないまま,この朝の通勤通学列車は4両編成の列車が2両編成になってしまったようだ。

 定員135人の車両が2両に,約300人が乗ったとすると,混雑率は単純に約110%となる。首都圏で最も混雑すると言われる田園都市線の朝のピーク時の混雑率は約170%と言われるので,青い森鉄道の110%は大したことがなさそうに見える。

 が,実態はまったく異なっていたことが予想される。
 青い森鉄道はワンマン運転を実施しているので,2両編成のうち,駅でドアが開閉するのは(始発・終点以外は)1両目の前後のドアだけだったと思われる。つまり,乗客の多くが1両目にとどまってしまい,1両目は大混雑,2両目はゆったり……になってしまうのだ。そうなると,終点まで乗らない人は,1両目に乗っていなければ停車時間内に降りられないという事態になりかねないので,1両目に乗らざるを得ない……という悪循環。1両目の混雑率はたいへんなことになっていたに違いない。

 と思って,少し前の新聞記事を検索したところ,次のような記事が見つかった。

 一部区間で朝大混雑/青い森鉄道(東奥日報)
 17日午前6時56分、八戸市の陸奥市川駅。到着した上り列車の車内は、既にぎゅうぎゅう詰めだ。同駅は基本的に無人駅だが、この時間帯は職員が配置される。「こちらが空いてます」「もっと中に詰めてください」と、改札担当職員2人がホームにいた高校生ら約60人を誘導した。

 無人駅に,八戸臨海鉄道に改札業務を委託し,担当職員が切符回収や乗客の誘導を行っている対策を取っているほどの問題になっている。陸奥市川駅では,通常は1両目だけしか開けないドアを,2両目も開けるという対策も取っているようだ。

 さらに,こういう興味深いブログ記事も見つけた。
 

青い森鉄道の車内混雑報道で思った事を書いてみます(八戸の歩き方ブログ|青森八戸の乗り物、PHSネタ)

 要は,この朝の通勤通学列車は,JR東日本時代でも昨年の春頃までは2両編成で,満員で乗れないというという苦情を受けて,JRがやっと4両編成にしたという,いわく付きの列車だったわけだ。

 こういう問題が生じるたびに,どれだけの客を他の交通機関に奪われるのか。通学で3年間この列車を利用した高校生は,社会人になってもこの列車を利用するのか……。
 新学期の混雑もとうに終わった時期なので,青い森鉄道としては2両編成に戻しても問題ないと判断したのかもしれないが,素人目にも,かなり甘い判断だったと言わざるを得ない。青い森鉄道は,今年だけ無事に列車を運行できればいいというような交通機関ではなく,今後もずっと青森県民の足として列車を運行し続けなければならない公共交通機関なのだ。

 今回の問題は,〝やっちまったな〟という感じだが,その後,臨時列車を増発するまでの迅速な対応は,JR時代には考えられなかったものだと思う。
 昨年実施された国勢調査の速報値では,大幅な人口減少が報じられる東北地方。最初から経営が苦しいのが見えている青い森鉄道である。「利用客のニーズにはできるだけ応え」,地元密着の鉄道会社として細やかな対応をしていってほしいと思う。

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2011年1月12日

小田急の5000形がとうとう引退へ

 小田急5000形10両さよなら運行 1月末で見納め(2011年1月8日 朝日新聞)

 丸みを帯びたクリーム色の車体に青いラインが入った小田急電鉄の「5000形」6両編成が今月末で引退するのに合わせ、同社は29、30両日に「5000形10両さよなら運行」を行う。

 6両編成は1978年に登場、5000形4両編成と連結して急行や準急などに使われてきた。最盛期には20編成あり、同社を代表する通勤車両だったが、現在運行されているのは1編成のみ。4両編成は今後も残るが、同形10両編成が見られるのはこの運行が最後になる。

 小田急の電車の特徴だった顔を受け継いだ2600形,4000形が引退し,とうとう5000形10両編成も1編成のみ(4両編成は何編成残っているんだろう?)。もう,狙って見に行かないと見ることは難しい状況になっているようだ。記事を素直に読めば,4両編成は今後も他車両の6両編成と連結して走ることがあるようだから,まあ「5000形10両さよなら運行」とはいえ,慌てずに見に行くのが良さそうだ。

 古い電車が残るよりも,新しくて清潔な電車になるのは利用客の多くにとってはありがたいことだし,電気性能(省エネ性能)が良くなることで,電鉄会社のメリットも大きい。シートの座り心地に関しては,以前より劣化していると思っているのだが,それ以外の点については文句のつけようがない。

 小田急線の5000形を狙って撮影したことがほとんど無いので,人に見せるのは恥ずかしい写真ばかりになってしまうが,写真フォルダから見つけ出した5000形電車の写真を臆面もなく,大量に貼り付けたいと思う。当時は2600形や4000形が急に数を減らしていたので,どちらかというと5000系にはあまり気が向かなかったんだよなあ(と下手な言い訳)。

小田急5000形引退
 今は小田急多摩線「はるひ野駅」になっているあたりを走る(2000年8月)
 何もないところだったが,今はビルなんかもいっぱい建ってそう。

小田急5000形引退
 向ヶ丘遊園駅に停車する小田原行き急行(2000年11月)

小田急5000形引退
 代々木上原駅のホームに入ってくる新宿行き急行(2001年2月)

小田急5000形引退
 小田原駅発車寸前の新宿行き急行(2001年2月)

小田急5000形引退
 片瀬江ノ島駅のホームに入ってくる電車。行き先は既に新宿行き急行になっている(2001年8月)

小田急5000形引退
 北側で大規模な区画整理事業が行われている新百合ヶ丘駅を出る新宿行き急行(2002年4月)

小田急5000形引退
 向ヶ丘遊園駅から工事中の登戸まで築堤を上ってきた新宿行き急行(2002年4月)

小田急5000形引退
 読売ランド前駅の臨時改札口横を走り抜ける新宿行き急行(2002年4月)

小田急5000形引退
 新宿駅の急行ホームに電車が入ってくる。新宿駅に乗車待ちの行列ができている(2002年7月)
 この日,初めてのデジタル一眼レフのFinePix S2Proを買って,上機嫌での撮影。

小田急5000形引退
 多摩川の鉄橋を渡って登戸駅に入ってくる電車(2002年7月)
 もちろん,この日もFinePix S2Proを抱えて撮影三昧。

小田急5000形引退
 新百合ヶ丘駅を出て,百合ヶ丘までの急勾配をぐんぐん上ってくる新宿行きの急行(2002年10月)
 百合ヶ丘駅の下りホーム先端から。ここでは何度か撮影した。

小田急5000形引退
 百合ヶ丘駅を出たところから坂の下を見下ろすと,読売ランド前方向に電車が走り去るのが見えた(2002年10月)

小田急5000形引退
 夕日でいっぱいになった百合ヶ丘駅の下りホームから(2002年7月)

小田急5000形引退
 読売ランド前駅の上りホームを通過しようとする新宿行き(2003年4月)

小田急5000形引退
 新百合ヶ丘駅を出た上り電車が読売ランド前駅に向かって坂を下りる(2003年4月)

小田急5000形引退
 小田急多摩センター駅のホームに入ってきた唐木田行きの各駅停車(2003年5月)

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2011年1月11日

広島駅南口の広電駅前通り付け替え案に3案

 路面電車、駅前通り線に3案検討 平面か地下か高架か(2011年1月8日 朝日新聞)

 市は昨年、「広島駅南口広場再整備に係る基本方針検討委員会」を設置。広島駅南口から市中心部へ延びる路面電車のルートを、駅前大橋を通って稲荷町につなぐ「駅前通り線」に変更することを検討している。今より約200メートル縮めることで、広島駅と、八丁堀や紙屋町など中心部を結ぶ時間を短縮するのが主な狙いだ。

 3案は、駅前通り線を路上に通す「平面案」と、駅寄りの一部をトンネルにする「地下案」、駅前大橋から南口に向けて勾配をつけ高架にする「高架案」だ。

 広島電鉄が10年以上前に提案している駅前通り線への路線変更だが,市がやっと重い腰を上げた印象だ。
 現在の広島電鉄の広島駅前へのアプローチは,稲荷橋で京橋川を渡り,相生通りの稲荷町交差点を直進して的場町。猿猴橋で猿猴川を渡って,東側から大回りをして猿猴橋町を通り,広電広島駅にたどり着く。
 広島電鉄の提案は,相生通りの稲荷町交差点を左折して駅前通りの京橋町を通り,駅前大橋を渡って広島駅に最短でたどり着くという案だ。

 私が広島を訪問した数少ない経験で見たところでは,猿猴橋電停,的場町電停の利用客はそれほど多くはないことと,新しく広島電鉄を通そうとしている駅前通りには新しいビジネスホテルも建ち並び,電停があればそこそこの利用者のあることが予想される。

 10年以上も前に提案された路線変更に対して,現在になってやっと「基本方針検討委員会」が設置されたのは,広島に地下鉄を作りたかったと思われる市の落胆ぶりがあったためだろうか(勝手に推測)。

 広島電鉄とすれば,紙屋町・八丁堀〜広島駅間の所要時間短縮のためには,ぜひとも早い時期に路線変更を実現したいところだろう。どれだけの急勾配を想定しているのかは不明だが,電車が上れない高架案まで検討するのは,確かに時間の無駄に感じる。実現可能な案を丹念に話し合って,広島の駅前にふさわしい駅前ターミナルを作ってほしいものである。

広島電鉄「駅前通り線」平面か地下か高架か
 広島電鉄広島駅。JR広島駅前の広場に平面的に設置されているので,気楽に乗れる雰囲気がある(2009年1月)

広島電鉄「駅前通り線」平面か地下か高架か
 最新式の低床車と古い電車が混在しているのが面白い(2009年1月)

広島電鉄「駅前通り線」平面か地下か高架か
 広島駅前を走るGREEN MOVER max(2009年1月)

広島電鉄「駅前通り線」平面か地下か高架か
 京橋川にかかる稲荷橋を渡る広島駅行きの電車(2004年1月)

広島電鉄「駅前通り線」平面か地下か高架か
 稲荷橋を渡り,稲荷町電停・稲荷町交差点に向かう広電(2004年1月)

広島電鉄「駅前通り線」平面か地下か高架か
 相生通りの稲荷町交差点を直進する広島駅行きの広電(2004年1月)
 後に見える神社は,稲生神社。

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2011年1月 7日

さりげなくAppleの『App Store』が開店

さりげなくMac App Store登場

 Appleの App Store がいつの間にか開店していた。
 実にさりげない登場だった。

 試しに,無料の「Twitter公式アプリ」をダウンロードしてみたが,1クリックしただけでMac内のアプリケーションフォルダ内にアプリケーションが入り,Dockにアイコンが表示される。

 パソコンのインタフェースはどんどん進化して,直感的に使えるようになってきた。
 しかし,アプリケーションをダウンロードしてパソコンにインストールするためには,ダウンロード→ZIPファイル解凍→インストーラ起動……というような,古くさい方法が,今の今まで残っていた。

 フリーウェアならまだしも,シェアウエアでは,登録キーやアクセスコードを入手するまで,カード番号を入力したり,こちらの個人情報を入力した後,登録キーやアクセスコードが送られてくるのを待ち,それをアプリケーションの設定画面で入力するという,気が遠くなりそうな(大げさだが)手順が必要だった。

 Appleの App Store は,そんな手間をまったく省いてしまうものになる。
 本当にさりげない登場のしかただったが,パソコンの世界に古くさいまま残っていたやりかたが,大きく変わっていく始まりであると思われる。

 それにしても,iPhoneなどの App Store に比べて,初期の品揃えは値段が高すぎじゃないか?

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2011年1月 6日

DSC-HX5VのGPSアシストデータをMacで更新する方法

SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい

 昨年の3月にSONY Cyber-shot DSC-HX5Vを購入して以来,いろいろな愚痴を拙ブログに書き連ねてきた。DSC-HX5Vのファンサイトにも拙ブログのリンクが自動収集されていて,ファンの方には大変申し訳ないことになっていると感じている。まあ,他機種と交互に常時持ち歩いていると,どうしても不満が溜まることをお許し頂きたい。
 なんてことを書きながら,最近はGPS & 電子コンパスデータ付きの写真を撮りたいときは,さっとiPhone 4を使ってしまうことが多く,Cyber-shot DSC-HX5Vの使用頻度は低くなりがちな今日この頃である。

 さて,SONY Cyber-shot DSC-HX5Vについてブログ記事をいくつか書いてみて,「HX5V GPSアシストデータ Mac 更新」というようなキーワードで,検索サイトから拙ブログに飛んでくる方が,いまだに多いことに驚いている。SONYのデジカメのMac対応のひどさ(MacにはCyber-shot DSC-HX5VのGPSアシストデータを更新するソフトが付いてこない)に,多くの方が苦労していらっしゃることがわかる。
 私も,最初は手元のWindows機に「PMB」を入れてGPSアシストデータを更新していたが,PMBのあまりの面倒くささに,現在ではMacで直接GPSアシストデータを書き換えるようにしている。

 今まで拙ブログには,そのGPSアシストデータ(GPS位置情報の補正データで,カメラにそれを入れておくことでGPS位置情報を取得するまでの時間を短くすることができる)をMacで更新する方法が書かれていなかったため,Googleなどの検索サイトで記事が引っかかるのに,ブログにアクセスしてみたら愚痴しか書いていない……という不親切な状況になっていた。一部の方にご迷惑をおかけしたかもしれない。

 というわけで,Macを使って(というかPMBを使わないで)DSC-HX5VのGPSアシストデータを更新する手順をまとめておく……。

 手順は,以下の(1)〜(4)である。

(1) SONYのサイトからGPSアシストデータ(assistme.dat)をダウンロードする。
 http://control.d-imaging.sony.co.jp/GPS/assistme.dat

(2) Macのカードリーダにメディア(SDカード or メモリースティック)を入れる。
CYBER-SHOT DSC-HX5VにGPSアシストデータを入れる
  カメラ(DSC-HX5V)で初期化したカードを使うのが無難。

(3) メディアに/PRIVATE/SONY/GPS/ディレクトリを作り,ダウンロードしたGPSアシストデータ(assistme.dat)をその中に入れる(下図)。

GPSアシストデータ
 /PRIVATE/SONY/GPS/のディレクトリの下にassistme.datを入れる

 蛇足だが,MSTK_PRO.INDとMEMSTICK.INDの2つは,カメラでメモリースティックを初期化したときに自動的に作られたファイルなのだが,ファイル作成日を見たときに,その配慮のなさには悲しさを覚える。

(4) GPSアシストデータを入れたメディアをカメラに入れ,電源を入れる。
 電源を入れると,メディアに記録されたassistme.datを本体内のメモリにも保存するらしく,数秒時間がかかるが,以降は問題なくGPSアシストデータが働くはず。念のため,カメラのメニューからGPSアシストデータが有効になっているかどうかを確認するといい。

 以上で作業は終了である。
 このGPSデータは有効期間が1ヶ月しかないので,1ヶ月置きに(1)〜(4)の操作をしなければならない。まあ,はっきり言って面倒くさい作業であるが,PMBを使うよりは2.83倍ぐらいは楽ちんだと思う。

 まあ,GPSアシストデータを入れるとGPS位置情報取得までの時間が短くなるということなのであるが,これは「GPSアシストデータが無い場合に比べると,非常に早くなる」という程度の話であって,ポケットからカメラを取り出して,電源を入れてサッと撮影しても大丈夫かというと,そんなに甘い話ではない。
 iPhone 4に付属のカメラはおまけみたいな性能なのだが,GPS位置情報取得までの時間はあっという間で,GPS機能目的に買ったCyber-shot DSC-HX5Vの使用頻度が低くなってしまったのは,ちょっと残念である。

【過去のSONY Cyber-shot DSC-HX5V関連記事一覧】
2010年3月10日:ネットで買った新しいデジカメが翌日の晩に届いた
2010年3月10日 (水曜日):京急弘明寺の弘明寺じゃないほう
(写真撮っても,さすけねがい?)

2010年3月13日:ねえねえCyber-shot DSC-HX5Vはエントリー機だって知ってた?
2010年7月15日:SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい

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2011年1月 5日

山陰や東北で記録的な大雪

 鳥取で特急が立ち往生 大雪で列車運休、山陰各地で(2011年1月1日 朝日新聞)

 記録的な大雪に見舞われている鳥取県では、大山町のJR山陰線・下市―御来屋(みくりや)駅間で雪による倒木があり、鳥取発新山口行きの特急「スーパーおき5号」(3両編成)が12月31日午後4時15分ごろから約23時間にわたって立ち往生している。JR西日本米子支社によると、約130人が車内に閉じ込められ、子ども3人を含む9人が車内で体調不良を訴えた。このうち、成人3人が鳥取県米子市の病院に運ばれた。JR西は乗客を降ろし、バスで米子駅まで運ぶことも検討している。

 運行再開のため、米子駅を出発した除雪車両(1両編成)が1日午前4時前、同県米子市の東山公園―伯耆大山駅間で積雪が原因で脱線。午後3時前に復旧し、約20キロ先のスーパーおき5号を目指し除雪作業を続けている。

雪の山陰線
 益田駅を出て行く山陰本線のスーパーおき(2003年1月)

 今年の正月三が日のニュースといえば,昨年末からの山陰や東北での記録的な大雪である。三八豪雪並みの大雪だとの声も聞こえてきた。
 昨年末に山陰や東北で発生した大規模な停電は,復旧作業が深い雪に阻まれてはかどらず,1月3日の夜になってもまだ復旧していないところがある。にもかかわらず,首都圏のニュースでは,既にその後の情報を報道しておらず,すっかり忘れてしまったかのようなありさま。

 東北電力の社員が1800人体制で復旧作業を行っているが,深い雪に阻まれて思うように捗っていない,というニュースがさらりと書いてあったりする。この大雪は端から見ていても,電力会社一社だけで対処できるようなレベルではなく,緊急を要する大規模な自然災害だと思うのだが,ニュースを見ていてどうにも歯がゆい。

 道路や港では,1000台以上の車が2昼夜立ち往生したり(チェーンを付けていない車が多いのには驚く),300隻以上の係留船が沈没するなどの被害が出た。下市〜御来屋駅間で立ち往生した特急「スーパーおき5号」は,バスへの乗り換えを試みたが失敗し,結局2日午後,約34時間ぶりに運転を再開したという。米子駅を出たラッセル車が脱線するなど,こちらも想定外の事態に苦労したようだ。

 特急「スーパーおき」はディーゼルカーだから,雪で立ち往生しても,ディーゼル発電で車内灯や暖房が止まるようなことはなかったと思われる。しかし,ニュースの中には特急「やくも」も立ち往生していたと報じているものもあった。こちらは電車なので,パンタグラフに雪が積もれば,長時間停電していた可能性もある。詳報がないので不明だが,停電したまま1日以上立ち往生していたとしたら,これはまた大変な状況になっていた可能性がある(駅で発車待ちをしていた特急「やくも」は問題ないが)。

 数年に1回,十数年に1回の大雪のための設備(しかも1年のうちの大半は使わない設備)を整えるのは,JR西日本にとって大きな負担になることだが,近年になって降雪量が少なくなったこともあって,そのあたりに少し手抜かりがなかったかどうかも検証してほしいところだ。

雪の山陰線
 雪の中,益田駅に入ってくるキハ181臨時特急(2003年1月)

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元日の三春町「西方水かけ祭り」

 2011年,明けましておめでとうございます。
 暮れから三が日を,痛風で動けずに過ごすという最悪の年越しを経験しましたが,なんとか外に出て歩けるまでになりました。日頃の心がけに問題があったと考えて,少しでも煩悩の束縛から脱するような生き方を心がけたいと思います。
 今年もかすかだりますので,よろしくお願いいたします。

 元日といえば,かつてニュースの定番だった三春町の「西方水かけ祭り」。元日からお祭りをやるなんてところは全国的にも珍しいのか,夕方のニュースで故郷の三春町が放送されると嬉しく思ったものだ。その後もローカル局のニュースでは放映されているとは思うが,少し飽きられたのか全国ニュースで放映されることは少なくなったように思う。

 それが,今年の一月一日のNHK午後7時の全国ニュースで,「西方水かけ祭り」が放映されているのを見て,とても嬉しい気分になれた。正月早々,めでたいめでたい。

 1年前の水かけ祭りの様子を映したビデオがYouTubeにアップされていたので,その雰囲気を見ていただきたい。


[三春町西方の水かけまつり(2010.1.1) NHK4896さんの動画]

 見ていただければわかるように,冬の田んぼに水を張って,バケツでその水を掛け合う(すぐに泥になるので「泥かけ祭り」とも呼ばれる)という,とてもお馬鹿な祭りで,町の自慢のお祭りである。

 参加しているのは,三春町西方地区の若者たちと,前の年に結婚した男だ。水を掛け合ったあとは,初嫁が自宅で男たちを接待するということで,祭りは地区の婚姻承認・祝福の儀礼,そして五穀豊穣・子孫繁栄を祈願するものだ。

 もちろん,町の無形民俗文化財に登録されており,立派な伝統文化なのだ。このような素朴な祭りが残っている故郷の町を,私は誇りに思う。
 久しぶりに水かけ祭りを見て,幸せな気分になった元日だった。

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