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2010年12月 5日

幻の雑誌『絶体絶命』をとうとう入手した!

 株式会社幻影城の,熱血冗談多発的ドタバタ風クソ真面目マガジン『絶体絶命』が創刊されたのは,1977年の10月である。月刊で定価330円也(もちろん当時の価格)。

 この雑誌が面白いという話を聞いたのは,1980年代に入ってだいぶたった頃だった。しかし,『絶体絶命』は,創刊6号を持って文字通り「絶命」していたのである。なんでも,企画から原稿依頼,割付,校正まで二人でやってたという噂もあるぐらいで,相当に無茶苦茶な,どこからか湧き上がってくるエネルギーが作らせていた雑誌なのではないかと思うのだ。

 で,1985年頃から,この『絶体絶命』探しが続いたのだ。最大の目的は,創刊2号に載った「大部分特集 山口百恵様みな気にしてますです」と「いろはにほへと山口百恵」である。

 だが,それからが苦難の道で,いまのようにネットの古書店なんぞは存在しないから,神田やあちらこちらの古書店を歩いて探すしかなかった。たまに見つけても,肝心の創刊2号だけが抜けていて,それでも結構な値段が付いていたりしたものだった。

 そしてついに,2010年11月の末,21世紀のネット古書店の威力をまざまざと見せつけられて,手元に届いた『絶体絶命』である。ジャーン……!

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 わずか6巻で終刊となってしまったため,これが『絶体絶命』の全部である。

 2号「大部分特集 山口百恵様,みな気にしてますです」
 3号「特集    手塚漫画ばかり読んできた」
 4号「欠陥小特集 みだれ撃ち筒井康隆グラフィティ」
 5号「欠陥小特集 破れかぶれ野坂昭如グラフィティ」
 6号「小特集   憎みきれないジュリー グラフィティ」

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 これが『絶体絶命』創刊号の目次だ。
 はっきり言って,滝井圀夫・矢場徹吾の二人だけで作っていたとは思えない,本気の豪華執筆陣である(もちろん現代の大物でも,当時は駆け出しだったってことはあるだろう)。

 『絶体絶命』の広告に入っていた,『面白半分(筒井康隆責任編集)』や『ビックリハウス』とも,一部の執筆陣はかぶっているものの,そこかしこに,はちゃめちゃな時代のエネルギーが噴き出していたことがよくわかる。荒木経惟の「私のアリスたち 触写!!」も素晴らしい(アグネス・チャンがうるさい現代では不可能な写真かもね)。

 そして,この1巻のために「6巻全部」を買ったも同然の,創刊2号の山口百恵特集。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 この号が出たのは1977年11月である。
 既に山口百恵は,「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「イミテイション・ゴールド」で,徐々にではあるが歌謡界の主導権を握りはじめ,「秋桜」を歌っていた18歳の百恵の頃である。アイドルと言われながら,アイドルの枠に収まらないオーラのようなものを放ちつつあった時期なので,引退を前面に打ち出した興行を行った最後の1年や,引退後に書かれた文章からではうかがい知ることのできない,その時代の貴重な雰囲気が雑誌の中にとどまっているのが嬉しい。引退に向けての雑誌には書けないような,きついことも書かれていたりするが,それはそれで非常に貴重だ。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 それにしても,この年になって,いまだに百恵ちゃんの雑誌を探していたりして,私は完全な病気だね。それも深刻な。自覚はあるんだけど,正直なところどうしようもない状況だ。

 書き忘れたので付け加えると,この『絶体絶命』の終刊は1978年の3月号。山口百恵は同じ1978年の5月に名曲『プレイバックPart2』を歌い,続く1978年の8月にこの雑誌のタイトルと同じ『絶体絶命』を歌っている。雑誌が山口百恵の歌を使って(パクって)いるわけではなく,ひょっとしたらその逆である可能性もあるのだ。

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コメント

!!!絶体絶命!!!
百恵ファンでもありジュリーファンでもある私には一度拝みたい雑誌です。
よく見ると鈴木いずみも書いてますね。
ちなみに私は80年生まれですが私もある意味おかしいのかもしれません(/ω\)

投稿: 小豆 | 2011年4月 7日 02時22分

 おはようございます。コメントありがとうございます。

 80年生まれとお若いのに,ずいぶんと深みにハマっておられるようで……。ジュリーファンにも,とても気になる雑誌だと思います。

 鈴木いずみさん,あの天才サックス奏者阿部薫と結婚なさっていたんですね。しかもその阿部薫が急死したのが1978年で,この雑誌「絶体絶命」とかぶってます。
 鈴木いずみ氏は,沢田研二特集とは別で,全号通して「60年代グラフィティ 勝手にしやがれ」という小説を書いていらっしゃいます。

 憎みきれないジュリーグラフィティという特集に文章を寄せているのは……吉行淳之介,萩原葉子,中村とうよう,湯川れい子,長谷川和彦,美輪明宏,伊藤文学,沼田早苗,中島梓,森茉莉,白石かずこ,F・モレシャン,山口はるみ,吉田ルイ子,朝倉摂。
 ほんと,豪華執筆陣ですね。

 と,ここまで書いてしまうことが小豆さんにとって良かったかどうか,気になってしまいました。

投稿: 三日画師 | 2011年4月 7日 06時48分

絶対絶命 入手おめでとう御座います。私は当時から百恵ちゃんのファンで当然絶対絶命は読みましたが、如何せん記憶に残っていません。三上寛が強烈だったのは記憶に残っていますがもう一度読んでみたいですね。

投稿: KID | 2011年4月 7日 14時51分

ジュリー特集号の詳細教えてくださってありがとうございます!
鈴木いずみはアラーキーの写真集に載っていたのを見て知りました。
中島梓はジュリーオタだったようなので一度執筆された本を読んでみたいと思っています。
でも取り敢えずは川瀬さんの本を入手しなければ。
これからも自ら深みに突っ込んでいく所存です。
百恵さんに関してはあまり突っ込んだ内容のブログが少ないので
(シャーデーファンのあの方のブログは愛読しております(^ω^))うれしかったです。

投稿: 小豆 | 2011年4月 7日 15時39分

 KIDさん,こんばんは。
 ありがとうございます。入手困難な出版物ってのは困りますね。20年再販されなかったら,権利放棄と見なしてパブリックドメインにしてほしかったりします。

 リアルタイムで「絶体絶命」をお読みになったとは,それは羨ましいです。内容を覚えていなくても,なにかしら影響が残っているんじゃないかと思います。
 当時,福島県までは「絶体絶命」は届いてなかったと思われるので(今みたいにネット通販もないし),当時の情報格差がうらめしいです。

投稿: 三日画師 | 2011年4月 7日 23時27分

 小豆さん,こんばんは。
 川瀬さんの本は,ほんとお薦めです。読んでから聴き直すと,今まで聴き飛ばしていた曲が,全然違った魅力ある曲になったりします。

 おっしゃる通り,山口百恵について深く追求したブログがあまりないですね。そんな中,あのシャーデーファンの方のブログはすごいです。

投稿: 三日画師 | 2011年4月 7日 23時39分

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