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2010年12月の29件の記事

2010年12月31日

『さよう, Appleは今日CDを殺した』に無頓着な日本

新MacBook Airの再インストール用USBメモリ

 10月21日(現地時刻では10月20日),Appleが第二世代のMacBook Airを発表した後で,TwitterやTumblrで広まった記事のタイトルが衝撃的であり,そして現在起こっていることを端的に示していた。
 

『さよう, Appleは今日CDを殺した(「TechCrunch」MG Siegler氏の記事)』

今日(米国時間10/20)のAppleの発表で、もっと意義が大きいと思われるのは、Mac App Storeだ。Appleはまだ詳細を発表していないが、要するにiPhoneやiPadやiPod touchのApp Storeのように機能するのだろう。そこには、有料と無料のアプリケーションがある。つまりそういうことだ。
(中略)
この流通方式によって、CD、DVDなどの光学ディスクは陳腐化する。最初に述べたように、光学ドライブはコンピュータから消えて欲しいものの一つだから、それはたいへん良いことだ。

7年半前にiTunes Music Storeを立ち上げたときから、AppleはCD殺しを開始していた。今日は、CDに止め(とどめ)を刺した。もう、生き返ることはない。

新MacBook Airの再インストール用USBメモリ
 新MacBook Airに添付される再インストール用USBメモリ

 今までに発表されたMacintosh史上最も軽量・薄型のボディを持つMacBook Airは,高解像度のディスプレイやフルピッチのキーボードを持ちながら,光学ディスクドライブ(CD/DVDドライブ)を持っていない。
 光学ディスクドライブを持っていなくても,他のパソコンの光学ディスクドライブをWi-Fi経由で使用するRemote Disc機能が付いているので問題ないのだ……というような単純な話ではなく,もっと壮大な話だ。

 iMacが登場したときもそうだった。フロッピーディスクドライブやRS-422シリアルポートがレガシーデバイスとして,バッサリと斬り捨てられた。既にMacintosh界隈では,フロッピーディスクやMOはデータの受け渡し用途(文字どおり媒体・メディア)になりつつあったが,世の中の趨勢は,まだまだフロッピーディスクやMOはデータを保存する記録装置だった。フロッピーディスクドライブをなくして,大丈夫なのかという声も大きかったと記憶している(Appleという会社は,同じような調子で既存ユーザーもあっさり切り捨てる悪人だけどね)。
 そして,その後どうなったか。2005年頃までのWindowsパソコンには,フロッピーディスクドライブが付いていたように思うが,それが使われることはめったになくなっていた(特許の明細書とかお役所がらみの提出物など,ごく一部には残ってた感じかな)。データのやりとりは,既にネットワーク経由になっていた。

 それと同じことが,光学ドライブでも起ころうとしている。3年後,5年後が見えるというのはそういうことだ。未来は「ネットで借りて,(光学ドライブで使って)ポストに返却」のような形態にはないのだ。
 Mac App Store が発表されるときには,米ノースカロライナ州メイデンに建設中とされる巨大データセンターも稼働することになるだろう。デジタルライフはクラウド版のiTunesが中心となり,iPod・iPad・Apple TVを合わせることによって,音楽だけでなく,映画もテレビも,そして電子書籍も,ひとまとめに管理できることになる(残念ながら著作権のしがらみで,日本ではすんなり行かないだろうけどね)。

 もちろん,AmazonやGoogleも黙ってはいないだろう。彼らもAppleのCD殺しの動きは,とうの昔に知っているからだ。
 そんな状況の中で,何なのだろう,この日本のグダグダ感は。電子書籍におけるソニー,凸版印刷,KDDI,朝日新聞の大連合軍も心許ないし,電子書籍用の独自フォーマットXMDFを採用するという無謀な企てのおかげでスタート前に既に転んでしまっているシャープとか……。
 日本企業がそれぞれにぐだぐだな囲い込みをしようとして,結局大失敗……という未来が丸見えだ。

 いまだに記録(録画)メディアとしてBlu-ray Discの未来が信じられており,大容量化への技術開発も継続しているが,実はDVD-RどころかBlu-rayすらも終わりつつある技術なのだ。世の中に広く普及する前に消えてゆく……そんな未来が見える。

新MacBook Airの再インストール用USBメモリ

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2010年12月30日

痛風……最悪の年越しか

薬

 よりによって,こんなときに痛風である。
 久しぶりに帰省して親孝行しようかと考えていたのに……。

 十二指腸潰瘍もあるので,鎮痛剤は経口薬ではなく座薬。
 あとは足に湿布を貼って,腫れが引くのを待つしかない。

 自分史上最悪の年越しになりそうだ。

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豊川稲荷門前町と名鉄が乗り放題切符

 豊川稲荷初詣、名鉄が乗り放題切符 精進料理付きも(2010年12月28日 朝日新聞)

 名古屋鉄道は豊川市観光協会と協力して、豊川稲荷への初詣客向けに名鉄電車全線が1日乗り放題の切符を発売している。買い物の割引や景品プレゼントなどの特典も付いている。

 1月1~16日の乗車分は、「新春1DAYフリーきっぷ」(大人2500円、子ども1250円)と「エコ詣で1DAYフリーきっぷ」(大人2人と子ども2人がセットで5千円)を売り出している。「エコ詣で」には、駅までの行き帰りを想定し、名鉄協商の駐車場利用券500円分も付いている。

豊川稲荷
 豊川稲荷の門前町(2008年4月)

豊川稲荷
 駅前の豊川稲荷の案内板。あっ,これは名鉄じゃなくてJR豊川駅前だった(2008年4月)

 地方の鉄道やバス,駅前商店街の利用客増加のためには,ロードサイドのショッピングセンターへのマイカー利用客から,少しでも利用客を取り戻さなければならないわけで,こういう協力が積極的に行われるのは良いことだと思う。

 ただ,「新春1DAYフリーきっぷ」の大人2500円は,ちょっと高すぎるような気がしないではない。長大路線を持つ名鉄の場合は,ある程度高くなってしまうのは仕方がないかもしれないが,それでも,名鉄名古屋〜豊川稲荷の片道運賃は1080円,名鉄岐阜〜豊川稲荷の片道運賃は1430円だ。一日フリー切符として考えれば,1500円ぐらいが妥当ではないかという印象だ。

 この手の切符で注目しているのは,上田電鉄別所線のと上田駅前のイトーヨーカドー上田店が実施している『イトーヨーカドー「お帰りきっぷ」』である。このサービスは,イトーヨーカドー上田店で2000円以上の買い物をした客に,上田電鉄別所線の170円区間の「お帰りきっぷ」を配るというもので,好評だということで来年の1月末までサービス期間が延長されたようだ。

 行政が積極的に音頭取りして,類似のサービスが全国に広がるのを期待したい。

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2010年12月29日

とうきょうすかいつりい

 「とうきょうスカイツリー駅」に改称へ 東武業平橋駅(2010年12月27日 朝日新聞)

 東武鉄道は27日、東京都墨田区に建設中の東京スカイツリー(634メートル)が開業する2012年春に、玄関口となる東武伊勢崎線業平橋(なりひらばし)駅の駅名を、「とうきょうスカイツリー駅」に改称すると発表した。

 東武鉄道のニュースリリース(2010年12月27日:TOBU NEWS)
 『伊勢崎線業平橋駅の駅名を 「とうきょうスカイツリー」に改称します!』

東京スカイツリーととうきょうスカイツリー駅

 呆れかえってしまい,開いた口がふさがらなかった。「業平橋」という駅名が消えるのは,まあ仕方がないとして,「東京」をあえてひらがなにするってのがわからない。ライトフライを捕ったイチローが,ハンドの反則を取られたような気分だ(よけい意味がわからないか)。

 東武鉄道のリリース文を見ると,東京スカイツリーの部分には必ず「東京スカイツリー(R)」と商標のマークが入っていて,商標権を強く主張していることがわかる。東京スカイツリーは東武鉄道系列なので,そのまま「東京スカイツリー駅」にする障害は小さかったはず。
 要は,駅の近くの店に多く生じると思われる関連商法……,たとえば駅名を使った「○○○東京スカイツリー店」というようなかたちで,「東京スカイツリー(R)」が使われることすら認めない,使うならば使用料を払え……という,なんともみみっちい商標権の主張なのではないだろうか。

 たぶん,各地から集まってくるツアーバスの行き先表示も,「東京スカイツリー(R)」は許されなかったりするんだろう。
 一体誰が得するんだろう。もう「東京スカイツリーは」,E電と同じような存在にして,みんなで「墨田区タワー」とか「押上タワー」と呼ぼうではないか。自由に使えるなら「新東京タワー」でも十分魅了的な名前だ。

 少なくとも,「とうきょうスカイツリー駅」というひらがな駅名の,間の抜けた感じは,駅ができる前からむなしい感じがする。

 そういえば,札幌駅の地下鉄の駅で,似たような感覚になったことを思い出した。

「札幌駅」ではなく「さっぽろ駅」
 JR札幌駅の地下に降りると札幌市営地下鉄の駅はさっぽろ駅なのだ。「さっぽろ」というふりがなが振ってあるわけではなく,駅名が「さっぽろ」なのだ。意味不明の「さっぽろ駅」。こういうことに文句を言いたくなるオヤジが,どんどん少なくなっているということだろうか。

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2010年12月27日

福島県の半分が積雪深観測の空白地帯に

 会津地方の大雪が話題になった際に,我が故郷の福島県三春町ではどのぐらい積もったのだろうと,気象庁のアメダスの積雪深を表示してみた。

福島県の半分が積雪深観測の空白地帯に

 が,以前から状況が進んでいないのだが,福島県の東半分に積雪深の観測ポイントがなく,完全に空白地帯になってしまっている。

 東半分の大部分を占める阿武隈高地には大きな都市がなく,会津地方に比べて積雪も多くはないので,観測装置を設置するまでもないということなのかもしれないが,ちょっと空白地帯が大きすぎやしないだろうか。せめて,郡山市のアメダス地域気象観測所が積雪深を観測してくれれば……。

 ちなみに関東地方の東部(福島県の東部より積雪は少ないと思われる)では,宇都宮市,水戸市,千葉市の観測所では積雪深を観測している。

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雪に埋もれる会津若松駅が話題に

 12月25日夜からの福島県会津地方の大雪は会津若松で110cmを越える積雪深となるなど,記録に残るものになった。国道49号線で約三百十台の車が立ち往生(先頭でチェーンも付けていないトラックが車線にまたがって立ち往生したのが発端らしいね)するなど,あわや大惨事という事態も引き起こした。

 そんな中,ネットで話題を集めたのが,NTT福島がライブ配信しているJR会津若松駅のライブ画像だった。
 http://www.nttfukushima.com/live/jr_aizu/Default.html

 そして,25日夜の映像がこれ。

20101225

 会津若松駅の積雪がホームの高さぐらいまでになっていて,三本の線路や電車が完全に埋もれている(ように見える)。なぜ583系が会津若松駅のホームに停まっているのかはわからないが,そんなこまかな話とは別に,同様の画像はTumblrやTwitterに流れて話題になった。

 確かにすごいことはすごい積雪なのだが,冷静に事情を考えると,駅に停まっている電車が雪に埋もれて動けなくなっているわけではないことがわかる。

 ライブカメラの位置に注目である。普通に手前まで線路が延びているとすると,真ん中の線路を走ってきた電車はライブカメラにモロにぶつかることになる。それはあり得ない。

 種明かしをすれば,磐越西線会津若松駅はスイッチバック構造になっていて,電車はすべて会津若松駅で折り返しになるのだ。つまり,電車が雪に埋もれて停まっている位置から,雪が積もっている手前側に走ることはない。線路が画面の手前側で終わっているから,ライブカメラ側には走ってこないのである。

 というわけで,27日の朝,始発列車が発車していったあとの会津若松駅の映像は……

20101227609

 そうこうしているうちに,次の電車がホームに入ってきた……

20101227638

 27日なって,磐越西線の電車は,順調に動き出しているようである。
 もちろん,手前側に雪は積もったままである。線路がそこで終わっているのだから,除雪する意味もないわけだ。

 言葉の説明だけではわかりにくいかもしれないので,地図を追加してみた。

Photo
 会津若松と書かれているのが駅舎で,ライブカメラの右側のホームの建物があるのが,会津若松駅の駅舎である。地図に乗っている跨線橋の位置と,ライブカメラの電車の位置,三本の線路を合わせて見れば,ライブカメラの背後で三本ともレールが途切れているのがよくわかる。

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2010年12月25日

廃線の不安に揺れる大糸線を,ぜひJR東日本に

 大糸線、廃線の不安に揺れる沿線 1両が結ぶ地域の足(2010年12月20日 朝日新聞)

 「廃線にするのか、どういうやり方がいいのかよく考える」。今月1日の記者会見で、大糸線糸魚川―南小谷間の廃線の可能性に言及した佐々木隆之JR西日本社長の発言が、沿線で暮らす人々の間に波紋を広げている。北陸新幹線の開業に伴い、並行する北陸線が地元第三セクターに経営分離されると、大糸線は同社の「飛び地」になる。「いずれは」の不安が、にわかに現実味を帯びる。沿線人口が減る中で、廃止への流れを食い止めることができるのか。現状をみた。

大糸線、廃線の不安に揺れる沿線 1両が結ぶ地域の足
 姫川に沿って走る大糸線のディーゼルカー(2005年4月)

 JR西日本の社長が「廃止する」と言明したわけではなく,「廃止の可能性に言及した」だけだが,沿線自治体の不安は増すばかりのようだ。

 北と南で(経営会社がJR西日本とJR東日本とに)分断されてしまった大糸線は,本当に不幸な路線である。

 JR東日本が運営する大糸線南小谷まで(南線)は既に電化され,中央本線経由で新宿駅からの特急「あずさ」「スーパーあずさ」も乗り入れている。松本〜信濃大町間にくらべると,信濃大町〜南小谷間は,普通列車の運転本数は相当に少なくなるが,それでも大糸線(北線)にくらべてはるかに多い列車本数が確保されている。

 それに比べて,大糸線(北線)は,非電化のままで,つい最近まで骨董品のようなキハ52ディーゼルカーが1両編成でコトコトと走っていた。最近は車両の小さなキハ120に置き換えられたが,列車本数は少ないままに抑えられている。

 仮に,大糸線のディーゼルカーの車庫が信濃大町にあったとしたら,たぶん大糸線全線はJR東日本が運営することになったに違いない。そうなっていたら,大糸線(北線)はどのようになっていただろうか。

 この大糸線(北線),廃止してしまうのがまったく惜しいほどの車窓を持っている。姫川流域の急峻な地形の中を走る列車の車窓は,日本でもここでしか見られないほどの迫力がある。なぜなら,ここは,社会科の授業でも習うフォッサマグナ(中央地溝帯)の西端にあたる糸魚川-静岡構造線に沿って走る路線だからだ。
 日本の鉄道の車窓が綺麗なところには,たくさんのトロッコ列車のようなものが運行されているが,大糸線の車窓はそれにまったく負けていない。

 地殻変動も激しい場所だけに,大糸線は過去に大きな災害を受けている。1995年の7.11水害では周辺の道路も含めて,一帯は壊滅的な被害を受けた。道路も鉄道もずたずたになった。私は,この時ばかりは,大糸線が廃止になってしまうものと思っていた。

大糸線、廃線の不安に揺れる沿線 1両が結ぶ地域の足
 復旧工事の後も痛々しい姫川(2001年5月)

大糸線、廃線の不安に揺れる沿線 1両が結ぶ地域の足
 流された橋も新しく架け替えられた(2001年5月)

 しかし,大糸線(北線)は,巨額の復興費用と,沿線自治体の熱意によって見事に復活した。そんな大糸線を,簡単に廃止してしまうわけにはいかない。

 大糸線の沿線には,観光客が(Made in China等の)土産物を買ったり,怪しげな名物料理を食べたりするような観光スポットはないかもしれないが,大糸線の車窓は誰がなんと言おうと,そこいらへんの観光地の景色を凌駕するものだ。

 糸魚川での乗り換えを想定すれば,富山県の富山・高岡,新潟県の上越・長岡の客が,糸魚川〜大糸線〜信濃大町〜松本〜姨捨〜長野〜新幹線で帰宅というふうな経路で簡単な旅行だって可能になる。

 大糸線の再生のために,まずはJR東日本への移管,さらにディーゼルカーの信濃大町までの乗り入れを実現してほしいものである。

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2010年12月22日

柳の下のドジョウは厚かましく居直った

「棄景」丸田祥三

 廃墟写真の先覚者である丸田祥三氏が,メディアファクトリーの『廃墟遊戯』『廃墟漂流』などで丸田氏の写真と酷似した写真を発表し続ける小林伸一郎氏を訴えた,「盗作かもしれない」裁判の判決が12月21日に東京地裁であった。裁判長は請求を棄却した。

 まずは,裁判の結果を報じた各社の記事を抜粋した。

 「廃虚写真」の丸田氏敗訴 地裁、類似本差し止め認めず(2010年12月21日 朝日新聞)

 大鷹一郎裁判長は「被写体の選択はアイデアであって表現自体ではない。写真全体から受ける印象は大きく異なる」として請求を棄却した。


     ---------------------------------------------
 廃虚写真の著作権侵害、原告の請求棄却(2010年12月22日 読売新聞)

 大鷹一郎裁判長は「同じ被写体でも色合いなどの違いがあり、全体の印象は大きく異なる」と述べ、請求を棄却した。

 丸田さんは昨年1月、小林さんの写真集に掲載された旧変電所や鉱山跡地の廃屋など5点の写真が自分の作品と似ているとして提訴。訴訟で「廃虚を見つけるには多大な時間や費用がかかるのに、自ら発掘したように発表された」と主張したが、判決は「廃虚の撮影に制約はなく、最初に発見して取り上げても法的保護には値しない」と判断した。


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 「廃虚」写真家の請求棄却=作品集差し止め訴訟-東京地裁(2010/12/21 時事ドットコム)

 大鷹裁判長は、丸田氏側が被写体や構図をまねされたとする作品5点について、「被写体の選択はアイデアであって、表現それ自体ではない」と指摘。「白黒とカラーといった違いがある。写真全体の印象は大きく異なる」と述べた。
 丸田氏側は「それぞれの廃虚を作品で取り扱った先駆者として、営業上の利益を保護されるべきだ」とも主張したが、大鷹裁判長は「被写体発見に多大な労力を要したとしても、他者の撮影を制限することはできない」と退けた。


     ---------------------------------------------
 廃虚写真の著作権侵害認めず 東京地裁、請求を棄却(2010/12/21 日経新聞)

 大鷹裁判長は「被告の写真が原告の写真の翻案とは認められない」と判断。廃虚を撮影するのに最初に撮影・発表した人の許諾は不要とした。

裁判長の言葉を簡単にまとめると,次のようになる。

・被写体の選択はアイデアであって,表現それ自体ではない
・白黒とカラーといった違いがあり,写真全体の印象が大きく異なる
・廃墟の発見に多大な労力を要したとしても,他者の撮影を制限することはできない

 大変残念なことだが,これは,過去の著作権侵害裁判の判例に則った判決なのかもしれないと思った(判決の言い渡し日が何度か延期されたことから,画期的な判断がなされるかもしれないという期待を持ったが,そうはならなかった)。
 また,アイデアは表現ではないので著作権で保護されないというのは,恥ずかしながら今回初めて知ったことだ。いわゆる『みずみずしい西瓜事件』の高裁判決では,被写体のスイカの切り方や配置等においてアイデア以上の創作的な表現があるという判断がなされたことは,今回の裁判で有利にはたらくのではないかと期待したが,被写体である廃墟に対して何らかの創作を加えたものではないというふうに受け取られてしまったようだ。

 前回のブログの記事の最後に書いた,判決の前に感じていた不安,「裁判所に,同じ富士山を撮ったらパクリなのか,というような短絡的な考え方をされると,ひょっとしたら不幸な判決になってしまうかもしれないという怖さがある」が現実になった感じだ。
 丸田氏自身が,その点を危惧し,“同じ場所で後から撮ってはいけない”と言っているわけではないのだとブログなどで繰り返し強調なさっていたのだが,うまく伝わらなかったかもしれない。

 さて,次はどうすればいいのか。上告するのか,しないのか。私にはよくわからない。小林氏側が,勝訴を背景に,小林氏側が出してきた和解案のように,丸田氏本人のブログだけではなく,USTREAMのログや第三者のブログまでも削除させる(なんと傲慢な和解案なんだろう)方向に動いてくるのを防ぐために,まずは上告するという選択はあるのかもしれない。しかし,費用的な問題も,また,裁判が続くことによって丸田氏の次の作品制作にあたえる損失も少なくない。

 そもそも(という表現って,すごく嫌われているけど),この問題自体が裁判になじまない感じがあるのと,勝訴して得るものはそれほど大きくない(丸田さんごめんなさい)ように思うのだ。裁判に勝っても,嘆かわしい現在の写真界(日本カメラとかアサヒカメラとか,写真評論家,写真家……)が変わらなければ,ひょっとしたら何も解決しない可能性もある。

 昨晩のUSTREAMに登場されていた,枡野浩一氏,切通理作氏,中村うさぎ氏……その他の方たちの協力で,何か良いアイデアが出ることを期待したい。

 最後に,丸田祥三氏が昨晩TwitPicにアップしてくださった,来年予定の廃道写真集用の新作へのリンクを貼り付けて終わりたい。上越国境に遺る廃橋だそうで,見事な下曲弦トラスの廃橋写真だ。新作もまた期待できそうだ。

(リンク切れ)
(2010年 丸田祥三氏撮影)

# 以下は12月28日に追加……
 控訴して勝訴しても得られるものは大きくないように思う,などと書いてしまったが,裁判で丸田正三氏が要求しているのは,かたちあるものというよりは,義とか礼といったものであり,私はかなり不遜な書き方をしてしまっていたかもしれない。

 その後,12月26日の丸田氏のブログに,知的財産高等裁判所(知財高裁)へ控訴する方向で動き出したことが書かれている。裁判によって創作活動が制限されるのが辛いことなのは,丸田氏御自身が一番わかっているはず。陰ながらしか応援できない状況だが,控訴という判断を支持し,最後まで応援していきたい。
 http://blogs.yahoo.co.jp/marumaru1964kikei/folder/557842.html

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2010年12月21日

紀勢線で振り子装置が動かず速度超過

 JR紀勢線特急、20キロ速度超過か 振り子装置不具合(2010年12月21日 朝日新聞)

 JR西日本和歌山支社は20日、JR紀勢線の特急「スーパーくろしお」が、カーブを高速で通過するため車体を傾かせる「振り子制御装置」と、緊急停止(EB)装置を作動させないまま運行していたと発表した。脱線の恐れはなかったとしているが、カーブで最大20キロの速度超過をした可能性があるとしている。

 同支社によると、19日午後4時35分ごろ、新宮発新大阪行きの特急「スーパーくろしお26号」の運転士が、紀伊田辺―芳養(はや)駅間で車両に違和感を覚えた。南部駅で停車して運転台下の配電盤を点検したところ、振り子制御装置などにつながるブレーカーが「切」の状態になっており、作動できなくなっていた。運転士は「入」に戻して運転を続けた。

特急「くろしお」振り子不具合で20キロ速度超過
 御坊駅を発車した特急「くろしお」(2006年1月)

 ちゃんと統計を取っているわけではないが,この手の安全意識が欠如したかのような事故がJR西日本で多発しているような気がする。最近でも,トンネル内で保守車両同士が衝突したり,枕木に固定するボルトが半分外されたレールの上を寝台特急が徐行せずに通過したりとか……。

 紀勢本線は海岸に沿ったカーブが連続する路線で,そこを高速で通過する特急「くろしお」「スーパーくろしお」には振り子式の381系電車が使われている。この381系電車は,国鉄時代に開発された自然振子式のためにカーブでの傾きが(「自然」なのに)不自然で,車酔いをする人が多いことから特急「くろしお」ならぬ「げろしお」などと呼ばれることもある。

 それほど特徴のある傾き方をする電車の運転士が,新宮から紀伊田辺までの区間を走っていて,振り子制御装置が動作していないことに気づかないはずがない。これは大変な異常事態だと思う。
 紀伊田辺〜芳養駅間で運転士が違和感を覚えたということは,これは単なる推測だが,新宮〜紀伊田辺と紀伊田辺〜和歌山(〜新大阪)では乗務員が異なっていて,新しい運転士が紀伊田辺で乗り込み,走り出してすぐに振り子装置の異常に気づいたのではなかろうか。

特急「くろしお」振り子不具合で20キロ速度超過
 海岸沿いの崖の上を走る381系電車(2003年1月)

 381系電車には自然振子式制御装置が付いていることから,カーブでの制限速度が通常の車両よりも時速20km速く設定されている。
 ということは,振り子装置が動作していない車両が,海岸沿いの断崖の上を通るカーブを,時速20kmも速度超過して走ったことになる。JR西日本は「脱線の恐れはなかった」と発表しているらしいし,たぶん20km/hの速度超過以外にはまったく問題がない場合には脱線しないんだろうけど,列車の安全には乗客の転倒事故など車両内の安全も含まれる。ホントに怖い話だ。

 記憶も生々しい福知山線の脱線事故は,制限速度70km/h(事故後には60km/hに変更)のカーブに,108km/h(車両に付いていた速度記録計の数値)の速度……つまり時速38kmの速度超過で突っ込んだことが主因の事故である。これはあくまで主因であって,台車の構造や整備状況,レールの状態など,実際の事故原因は複雑だ。日比谷線の中目黒駅近くでの脱線衝突事故では,カーブでの速度超過がないのに,複合的な要因で列車は脱線している。

 今回の20km/hの速度超過で「脱線の恐れはなかったから安全」だと言い切れる理由を知りたいものだ。

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JR四国の特急が全面禁煙へ

 JR四国の特急、全面禁煙へ 11年3月ダイヤ改定(2010年12月19日 朝日新聞)

 JR四国は、来年3月のダイヤ改定に合わせ、寝台を除く特急列車の喫煙ルームを廃止する。今回の廃止で新幹線や寝台を除き、JRの特急は全面的に禁煙となる。JR四国は「喫煙客のニーズもあるが、世の中の流れが分煙から禁煙に向かっているため」と説明している。

JR四国の特急,全面禁煙へ
 阿波池田駅に停車する特急「剣山」(2002年3月)

 ああ,やっと禁煙になるのか……という印象だ。
 記事を見れば,JR四国の普通列車は1994年12月には全列車禁煙となり,特急列車についても2008年3月には全座席が禁煙となっていたという。今回の施策では,分煙の徹底を図るためにデッキ部分に設置した喫煙ルームを廃止するというものだ。

JR四国の特急,全面禁煙へ
 阿波池田駅に停車する特急「剣山」(2002年3月)

 私は,JR四国の特急列車に乗る機会が少ない人間なので,現状には疎いが,過去の経験で抱いたイメージを強く持ち続けている。

 JR四国の特急列車と言えば2両編成の特急がとても多く,しかもそのうちの1両が自由席の喫煙車,残りの1両は禁煙車という編成だった。禁煙車の半分は指定席で,残り半分の自由席になっていて,この禁煙車はいつも混雑しているというイメージが残っていて,非常に印象が悪い。喫煙車に行けば席は空いているのだが,咳が付いてくるのだ。
 たばこを吸わない人間は,気楽に特急列車の自由席に乗り込めるような雰囲気ではなかった。

JR四国の特急,全面禁煙へ
 高松駅を発車する特急「いしづち」(2002年5月)

 たばこを吸う人にとっては辛い時代になったもんだが,列車に乗るときの障害・不安が少しでも低減されるのは良いことだと思う。

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米Yahoo!のdeliciousの件で,flickrに幾ばくかの不安が…

 ソーシャルブックマークDelicious、「閉鎖しない」とコメント 身売り模索(2010年12月20日 ITmedia)

 米Yahoo!がDeliciousを終了するとの報道を受けて、同サービスの担当チームは閉鎖を否定し、「Yahoo!の外に理想的なホームがあると信じている」とコメントしている。

 米Yahoo!がソーシャルブックマークサービス「Delicious」を閉鎖しようとしているとの報道を受け、Deliciousチームが閉鎖はしないとのコメントを発表した。

 同チームは、「われわれはDeliciousを閉鎖しない」と明言。「Yahoo!の外に理想的なホームがあると信じている」と身売りを模索することを明らかにしている。「さまざまな選択肢を模索しており、複数の企業と話をしている」


Delicious


 米Yahoo!がソーシャルブックマーク「delicious」の閉鎖を考えているという報道で,大騒ぎになった件だが,とりあえずは「閉鎖しない」「複数の企業への身売りを模索」という方向で落ち着いたようだ。

 確かに,以前ほど,「delicious」が無くなると大打撃を受けるという状況ではなくなってきたかもしれないが,ほとんどの人が考えたのは,たとえば同じ米Yahoo!のPhoto Sharingサービスである「flickr」に対して同様の報道があったら,その動揺は大変なものになるだろうことを想像したからに違いない。


Flickr


 まさか「flickr」のサービスが突然終わることなんて,これっぽっちも考えていなかったときに比べると,米Yahoo!の経営状態いかんでどうにかなってしまう可能性だってあるんだということに気づいたこれからでは,「flickr」の使い方に変化が出てきたとしても不思議ではない。

 私の場合は,今年2010年の春頃から,ブログに貼り付ける写真は,一旦丸ごと「flickr」にアップロードした後で,そのリンクをココログの本文中に貼り付けることで,ブログに写真を表示するというかたちに変更している。ココログの写真アップロード機能があまりにも貧弱で(MacのSafariにも,まともに対応する気がないらしい),「flicker」を使う方が圧倒的に便利だからだ。

 「flicker」のサービスが停止してしまったら,これは一大事である。そんなことも想像しながら写真の置き場所を考えなければならないとしたら,三十日間砂肝が食べられなくなるぐらい憂鬱な話だ……。

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2010年12月20日

若き廃墟写真家の存在が消されようとしている

「棄景」丸田祥三

 丸田祥三氏の写真集「棄景」との出会いは衝撃的だった。たしか1990年代の半ば,写真集が出て間もない頃だったと思う。
 それまでも,香港の九龍城の写真集や,長崎の軍艦島(端島)の写真集が出ていて,私の別ブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』を見ていただいている人ならば,私がそれらの写真集に共感を覚えるであろうことは容易に想像が付くはず。

 しかし,丸田祥三氏の「棄景」には,それらとは明らかに違う“何か”が感じられたのだ。その“何か”が,上手く説明できなくてもどかしい……。
 当時は,堀淳一氏の「地図を歩く」「地図の楽しみ」などの影響で,廃線跡歩きをしていたことや,廃止と直面しながら走るローカル私鉄や路面電車に惹かれる気持ちが,どこかで「棄景」に通底していたのかもしれない。

 2000年以降の大波のようなレトロ・ブームや廃墟趣味ブームとは違って,1980〜90年頃のレトロ・ブームは,まだ弱々しいマイナーなものだったと記憶している。そんな中で,世の中から完全に捨てられ,忘れ去られようとしている廃校や廃線,廃駅,廃車両,鉱山跡……,それらを実に丁寧に丁寧に撮影してきたのが丸田祥三氏である。
 彼がこの分野の先駆者であったことは間違いないのだ。

 ところが1990年代の末から2000年以降になって,事情が変わってきた。丸田氏の写真集に酷似した廃墟写真集が書店に並びはじめたからである。それが,小林伸一郎氏の「DEATHTOPIA 廃墟遊戯」や「廃墟漂流」である。
 どのように事情が変わったのかはまったく把握できず,単に,大きなレトロ・ブームが類似写真集を生み出したものだと思っていた。素人がパラパラと写真集をめくった程度では,写真に盗作があるかどうかなんて簡単には判別できないし,同じような場所を撮った写真も,ひょっとしたら丸田氏のアドバイスを元にして撮影したんじゃないかとさえ思っていた。何しろ,丸田氏の写真のほうが素人目にも良くできていて,小林氏の方がベテラン写真家だということを知ったのは,この件が裁判沙汰になってからのことなのだ。

 盗作疑惑発覚から裁判までの流れは,すばらしく良くまとめられたサイトがいくつもあるので,そちらを見てほしい。
 なぜ,先駆的な良い写真が世の中から消し去ろうとされ,つまらない写真が残ろうとしているのか。和解交渉の場で出された条件ですら,もはや盗作云々の次元を越え,丸田祥三という若き写真家,そして彼が残した作品までも無かったことにしようという出版社ぐるみの意図がみえてくる恐ろしい状況を,ぜひとも多くの人に知ってもらいたい。

風景剽窃裁判/写真家・小林伸一郎氏を盗作で提訴いたしました(丸田氏のブログ)
小林伸一郎盗作廃墟写真疑惑/アサヒカメラ記事捏造事件(まとめサイト)
丸田祥三氏『棄景』剽窃被害について思う・1(切通理作の社会に斬られる)
小林伸一郎氏 盗作・盗用検証サイト
「盗作かもしれない」前編(丸田祥三、切通理作、枡野浩一)【USTREAM】
「盗作かもしれない」後編(丸田祥三、切通理作、枡野浩一)【USTREAM】
(丸田氏が愚直で嘘のつけない人であることは,最後のUSTREAMを見ればよくわかる)


 テレビ報道「【小林伸一郎氏】盗作疑惑報道(前半)fujimusume1980さんの動画」



 テレビ報道「【小林伸一郎氏】盗作疑惑報道(後半)fujimusume1980さんの動画」

 とまあ,こんな具合である。みなさんはどう感じただろうか。
 個人的には,写真を比べてみれば,オリジナルな丸田氏の写真に魅力を感じる。憤りを込めれば,同じパクるなら,もっと上手くパクれ。これじゃ劣化コピーじゃないか……と言いたい気分だ。

 明日12月21日火曜日は,丸田氏が小林伸一郎氏を訴えた「盗作かもしれない」裁判の判決日である。裁判所が“同じ富士山を撮ったらパクリなのか”というような考え方をした場合,ひょっとしたら不幸な判決になってしまうかもしれない。心を落ち着けて判決を待ちたい。

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2010年12月18日

鉄より強いプラスチック!……の懐かしさ

# 今年の春に入力だけして,公開してないエントリーを偶然発見。既に賞味期限切れだが,臆面もなく公開する。ひょっとしたら,言いたいことが上手くまとまらないので,当時はボツにしていただけかもしれない。

 鉄より強いプラスチックを開発 広島大グループ (2010/04/19 47NEWS)

 鉄鋼の2~5倍の強度を持つプラスチックのシートを開発したと、広島大の彦坂正道特任教授(高分子物理学)らのグループが19日、発表した。

 厚さ10分の数ミリ。透明で成形しやすく、自動車の車体やガラスの代用品などとして応用が見込める。通常のプラスチックとほぼ同じ値段ででき、不純物がないためリサイクルしやすい利点もあり、新素材として普及を目指す。まずは食品容器での実用化を検討している。

 キャッチーな見出しの記事だけど,どこか懐かしさを感じる……。

 なぜなら,デュポンが戦前だったか戦後だったかに(いずれにしろ昔の話),ストッキング用のナイロン66を売り出したときのキャッチフレーズが,確か「蜘蛛の糸よりも細く,鋼鉄より強い」だったと思うから。

 だから,この記事を読んで,ものすごく強い強度のプラスチックが開発されたというふうに受け取ってしまうと,それはそれでちょっと違うと思う。何をもって「強い」というのか,ちゃんと基準を決めて比較しないと,単にデュポンのキャッチフレーズ(しかも半世紀も前)のパクリになってしまう。

 記事には,従来のポリプロピレンより,引張強度が7倍以上の230MPa(メガパスカル)に増していて,この強度は同じ重さの鉄鋼の2〜5倍だという。

 ここがもう怪しい……というか,自動車の車体の代用品として応用が見込めると書いてあるわりには,自動車の車体に使われる材料の引張強度が書いていない。一般的な自動車の車体に使われる高張力鋼の引張強度は800MPaぐらいあって,今回のプラスチックの230MPaよりも非常に大きな値を持っているのだ。そのまま同じ形状のサンプルを使って引張強度試験をしても,今回のプラスチックは高張力鋼に勝てない。

 要は「同じ重さの鉄鋼の2〜5倍」の強度というところがミソなのだ。
 プラスチックの比重が1.00前後(水と同じぐらい)なのに比べると,鉄鋼の非常は8ぐらいあるので,プラスチックの試験編を8倍の厚さにして,引張試験をすれば,230×8=1840となって,800MPaの鉄鋼を上回る(同じ重さの鉄鋼の2〜5倍)ということになる。

 まあ,ようはプラスチックでも使いようってことかな。

 どんな世界でも,プラスチックは弱いもんだというという偏見があるので,このぐらいキャッチーな見出しでも良いのかもしれない。

 この記事で取り上げているのは,純粋なプラスチック素材の強度についてだが,世の中で使われているプラスチックには,繊維強化プラスチック(FRP : Fiber Reinforced Plastics)というものも多く,ケブラー繊維で強化したKFRP,ガラス繊維で強化したGFRP,カーボン繊維で強化したCFRPなどがあって,これらは軽くて高強度という特徴がある。

 少し脱線気味になると,昔,カメラのシャッター幕に何が使われるかが興味の対象になった時期がある。いや,昔と言っても10年ぐらいまでだが(金属ボディ派はまだ多いかな),高級機に使われていたチタンシャッター幕が最高だとする考え方が広く残っていた。

 たとえば,NikonのFM2というカメラには,初期のボディにはエッチングでハニカム加工を施したチタン合金製のシャッター幕が使用されていて,1/4000秒の高速シャッターを実現するためには「チタン」の採用が決め手だと言われていた。ところが,後期のFM2のシャッターは,アルミ合金製のシャッター幕になり,同じ1/4000秒のシャッター速度も実現したわけだが,同じ性能のカメラにかかわらず,中古品市場では初期のチタン合金製のシャッター幕が使われたボディのほうが高値で取引されるという状況が続いた。

 それほどまでに,金属カメラ信仰のような中で「チタン最高」的な意見は多かったように思う。

Nikon F5 のシャッター幕
 シャッター幕にプラスチック(CFRP)を使用した当時の最上位カメラNikon F5

 でも,その後のNikonのカメラがF4〜F5と進化して,1/8000秒のシャッター速度が普通になってくると,事態は変わってくる。金属カメラ信仰の方たちは,あまりAFフィルムカメラに興味を持っていないようだったが,シャッター機構はどんどん進化し,高速で静かに動作するシャッター幕の研究が進み,結局Nikon F5のシャッター幕にはカーボン繊維強化プラスチック(いわゆるCFRP)が使われている。
 ちょっと無神経だったと今になって反省しているが,チタンシャッター幕が最高というひとに,アルミ合金でも同性能が出ているし,さらに高性能なカメラではプラスチックが使われてますよと進言して,顰蹙をかった記憶が今でも残っている(NIFTY-Serveの某フォーラムだったかな)。

 話が逸れまくり,しかも何が言いたいのかがわからない記事になってしまった。
 まとめれば,鉄より強いプラスチックは昔からあるので,その点を含めた記事にしないと,この広島大のプラスチックの成果は上手く伝わらないってことかな。

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2010年12月17日

加茂市新町商店街の道路拡幅について

 加茂市の新町商店街を整備へ 雁木など歴史に配慮した街並みに(2010年12月15日 新潟日報)

 加茂市の中心商店街のアーケードづくりなどを進める「近代化事業」で、未着手だった新町地区の「加茂新町雁木(がんぎ)通り商店街振興組合」の設立総会が13日、同市内で開かれた。道路拡幅で一方通行を解消するとともに、木造の雁木づくりを目指す。

   (リンク切れ)
   近代化事業に入る加茂市の新町商店街(新潟日報)


(大きな地図で見る)
 加茂市の新町商店街付近の地図(Googleマップ)

 確かに新町商店街付近は道幅が狭い。
 加茂駅前から見ると,駅前から本町,仲町から上町,五番町から新町と,徐々に幅員が狭くなっており,Googleマップを見る限りでは,南小前交差点から東側では,東側の郊外に向かう方向の一方通行になっている。

 加茂市は人口が約3万人。JR信越本線の加茂駅の東側に細長く旧市街地が延びているのが特徴の町だ。古くから栄えた町なので,人口に比べて市街地の規模は大きく(長く),長い商店街は「ながいきストリート」とも呼ばれているようだ。
 かつては,蒲原鉄道が加茂駅から磐越西線の五泉駅までを結んでおり,ローカル私鉄の典型的ないい感じの電車が走っていた。その電車も昭和の末期に廃止され,現在は加茂駅の西側に移転した加茂市役所や加茂高校に象徴されるように,加茂駅の西側に新しい町が作られ,ロードサイドショップ中心の郊外型の街づくりがなされている。

 さて,加茂市の中心商店街の近代化事業であるが,加茂駅側から東側に向かって,徐々に道路拡幅と新しいアーケードの設置(雁木は取り壊し?)を行っているようで,その事業が新町商店街まで伸びてきたことになる。
 新町商店街の一方通行だけでなく,加茂川に沿った道路の一方通行も複雑で,いろいろなしがらみの中で,このような一方通行が生じているのだと思われる。

 だが,新町商店街を拡幅して一方通行を解消し,(写真を見る限り)部分的に残ったり残らなかったりしている雁木を取り壊して,新しい木造の雁木(アーケード)を作ることで,はたして新町商店街に賑わいが戻ってくるのだろうか。はなはだ疑問である。
 商店街に人が戻ってくる要素が見当たらず,結局自動車の交通量が増えて,単なる加茂駅・西加茂のロードサイドショップに向かうアクセス道路になるだけではないだろうか。駅前から本町,仲町から上町の商店街の現状がどういうものなのかを知らないので,あくまで推測になってしまうが,新町商店街の拡幅工事は,商店街としての機能にとどめを刺しそうな予感がする。

 各地の都市の様子を見てきた(数少ない)経験では,マイカー中心の生活への対応ということで,商店街をセットバックして綺麗に整備し,道路を広げ商店街を歯抜けにして駐車場を作る……という施策で,商店街が賑やかになった例を,私は知らない。

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南武通り商店街の南武ストアーが焼失

 豆腐店から出火、商店街の計6棟焼く…川崎(2010年12月16日 読売新聞)

 16日午前7時20分頃、川崎市中原区中丸子の店舗兼住宅から出火、木造2階店舗兼住宅約1050平方メートルを全焼し、隣接する民家など計5棟を延焼した。
(中略)
 中原署の発表などによると、1階の豆腐店で、男性店主が油揚げを揚げていた際に出火したという。1階には豆腐店を含め5店舗が入居しているが、営業前で客はいなかった。現場はJR平間駅北約300メートルの商店街の一角。

(リンク切れ)
 川崎市中原区で店舗などが燃えた火災の現場=読売ヘリから、栗原怜里撮影

 ここ2週間は,不審火による大火から復興しつつある磯子の浜マーケットや,残念ながら復興をあきらめた滝頭市場を訪ねて,写真を撮ったりしていたわけだが,そんなときにまた大きな火事のニュースが入ってきた。

 午前中から,ブログへのアクセスがもの凄く増えていることに気づいたのが,その発端だった。
 その検索キーワードは……

南武中央通り商店街 南武ストアー焼失

 「南武ストアー」「南武ストア」「中丸子商店街」「南武通り商店街」「南武ストア 火事」「中丸子 南武ストア」「中原区 南武ストアー」……というふうに,南武ストアーで火事が発生したことを表しているかのようだ。これで非常に悪い予感がしないひとはいないだろう。

 で,ニュースを見て,南武通り商店街の南武ストアーが焼失したことを知った。急激に増えたブログへのアクセスキーワードで,過去に訪問した商店街の火事を知ったことは,今までに何度もある。ひょっとしたら,そういう残念な閲覧のされ方をしているブログになってしまっているのかもしれない。

 とにかく,今回の被災された皆様には,一日も早い復旧を心からお祈り致したい。

 最後に,南武ストアーについて,場所と焼失する前の写真を貼り付けておきたい。
 すぐに再訪できると思っていたので,ちゃんと中の様子まで撮影していなかったことが,今となっては非常に悔いが残る。


大きな地図で見る
 場所は南武線の平間駅の北約300メートル,向河原駅からは南約600メートルぐらいの商店街の一角だ。
 地図を見ると,南武ストアーは大きな〝L字〟形をしており,正面が南北に通る南武通り商店街に,南側の側面が細い路地にそれぞれ面していることがわかる。

南武通り商店街の南武ストアー
 正面の南武通り商店側の姿(2006年12月撮影)

南武通り商店街の南武ストアー
 南武ストアーの入口(2006年12月撮影)
 このときは中の撮影はしていない。読売新聞の記事では,5店舗が営業していたように読めるので,ひょっとしたらこの写真を撮ったときよりも,開いている店が増えていたのかもしれない。

南武通り商店街の南武ストアー
 南武ストアーの周辺(2006年12月撮影)
 南武ストアには,「さのふとん」屋さんなどが隣接している。今回の火事で被災していなければ良いのだが……。

南武通り商店街の南武ストアー
 南武ストアの南側の入口(2006年12月撮影)

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2010年12月13日

ケータイをN-04Bに機種変更

 しばらく前にWILLCOMのPHS (Advanced/W-ZERO3[es])を解約してから,旅先でのネット接続方法をどうしようか考えてきた……というか,考えずに先延ばしにしてきたのだが,結局,Docomoの携帯電話をアクセスポイントモード(いわゆるテザリング)付きのN-04Bへ機種変更することに落ち着いた。e-mobileのモバイルWi-Fiルーター等は非常に魅力的だったが,WILLCOM解約時に,もう回線数は増やさないと心に決めたのだ。

 最近はiPhoneだけで済むことも多いし,旅行に出掛けることも少なくなっているので(5月連休に群馬県をブラついて以来,旅してない…),本当に必要なのかと問い詰められると,ちょっと怪しい。

ケータイ機種変更
 今まで使っていたPROSOLID μとN-04Bを並べてみた。

 PROSOLID μはカメラ無しのケータイなので非常に薄い。Docomoのサイトで見ると,高さ109mm×幅50mm×厚さ9.8mm 質量約98g,N-04Bは,高さ112mm×幅50mm×厚さ15.9mm(最厚部 約21mm)質量約135gということで,実感としては厚みが約2倍に膨れあがった感じだ。

 N-04Bは液晶側にいろいろ詰め込んであるらしく,机上に置いたときに液晶側に倒れ込む。ちょっと情けない姿だ。こういうトップヘビーな仕様だと,手に持ったときに感じる重さが実際の質量よりも重くなるし,印象がよくないと思うのだが,そういう細かなところにツッコミを入れる変人は少ないのだろう。

ケータイ機種変更
 これが,機種をN-04Bにした唯一の理由であるアクセスポイントモード。いわゆるテザリング。ケータイがWi-Fiルーターになってくれる機能だ。
 付属の取扱説明書にアクセスポイント機能の説明がないのは,Docomoの回線に負担を掛けるこの機能をあまり使ってほしくないのか,それともうっかり設定して高額請求される人が続出するのを防ぐためだろうか。
 それにしては,初期設定で無線LANのセキュリティ設定(パスワードと暗号化方式)が「なし」になっているのは,ちょっと酷いと思った。

 蛇足だけど,取扱説明書の「はじめに」の章に「無線LANについて」という項目が唯一存在しているのだが,その本文では「無線LAN」という言葉のかわりに,いきなり「WLAN」という言葉が出てくる。不親切というか,チェックが甘いというか……でも,このメーカーの界隈ではWLANと呼ぶのが普通になっているのかもしれない。使っている人は「Wireless LAN」のつもりだろうか,「Wave LAN」のつもりだろうか,ちょっと気になる。まあ,どうでもいいことだけど……。

 さらに蛇足になるが,ケータイの画面に,いわゆる「半角カナ」「1バイトかな」が使われているのには驚いた。あと半月で2010年も終わろうとするこの時代にまで「半角カナ」が生き残っているとは,まさにガラパゴスだ。
 設計者は「アクセスポ イントモード」という表示が気にならないんだろうか。ちまたでは,禁則処理のできていない(画面が表示されてしまった)KDDIの電子書籍端末「biblio Leaf SP02」や,縦書き文字がガタガタずれていて,縦書きフォントを使っていない疑惑が浮上しているソニーのReaderなど,日本語が美しく表示されない端末が話題になっているが,こういうことに〝こまけぇこたぁいいんだよ!〟という感覚では,結局AmazonやAppleにかなわない。

ケータイ機種変更
 というわけで,iPhone 4でもiPod touchやMacBook Airでも,どこでもDocomo回線でネット接続が可能になった。WILLCOMを解約する前の環境が復活かな。もちろん,速度は大きく向上し,通信可能エリアはだいぶ大きくなるけど。

【以前の環境】
2008年1月15日:iPod touchでどこでもネットサーフィン(死語)
2008年5月1日:iPod touchでどこでもネットサーフィン(その後)

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2010年12月11日

大糸線・氷見線・城端線は廃止&バス転換視野に

 北陸の赤字路線で対策協議 JR西の佐々木社長(47NEWS)

 JR西日本の佐々木隆之社長は1日、東京都内で記者会見し、大糸線の南小谷(長野県)―糸魚川(新潟県)間など北陸方面の赤字路線が「それほど豊富な輸送量はなく経営的に苦しい。地域交通のあり方を地元と議論したい」と述べ、廃止してのバス転換や本数削減などの可能性を含めて地元自治体と協議したい考えを明らかにした。

 検討対象は大糸線の一部区間のほか、富山県を走る氷見線、城端線で、2014年度の北陸新幹線開業を控え、需要動向が注目されている。

 大手の新聞社が報じていない(地方版には載ったのかな)ので,状況がつかめていないが,もりあきさんにコメントを頂いたので,記事を追加しておきたい。

 北陸新幹線の開業に伴って,並行在来線としてJRから経営分離されるのが,信越本線の長野〜直江津間,北陸本線の直江津〜金沢間。そして,さらに心配されているのが,JRの孤立線となるはずの大糸線(北線)・氷見線・城端線だった。

 従来から,大糸線・氷見線・城端線は並行在来線の対象ではないと言明していたはずのJR西日本だが,どうやらJR西日本が列車を走らせ続けますという意味ではなく,廃止してのバス転換なども視野に入れて,地元自治体と話をしたいという意味だったらしい。もちろん,並行在来線の受け皿となる第三セクターで上手くやってね,という意味も含まれていることだろう。

 結局……こういうことだったのね。

 たとえば,高岡駅にはJRが一本もなくなる可能性も出てきたわけだ。
 でも,それなら逆に,高岡駅を線路配置をがらりと変えて,氷見線〜城端線直通運転とか,万葉線平面交差で城端線新高岡乗り入れ,さらには城端線LRT化とか,積極策に出やすくなったと考えてもいい。
 まあ,沿線自治体も含めて,真剣に考えてほしいものである。

JR西が大糸線・氷見線・城端線廃止に言及
 雨の中,大糸線小滝駅を出て姫川を渡るキハ52ディーゼルカー(2005年8月)

JR西が大糸線・氷見線・城端線廃止に言及
 能町駅付近の工業地帯を走る氷見線のディーゼルカー(2002年9月)

JR西が大糸線・氷見線・城端線廃止に言及
 雨晴〜越中国分間を走る氷見線の列車(2002年9月)

JR西が大糸線・氷見線・城端線廃止に言及
 氷見線雨晴の義経岩付近を走るSLシーサイド号(2002年9月)

JR西が大糸線・氷見線・城端線廃止に言及
 高岡駅に停車する城端線のディーゼルカー(2000年2月)

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2010年12月10日

台風で不通の名松線 復旧目標は2016年度

 台風で不通の名松線、復旧目標は16年度 津市事業計画(2010年12月10日 朝日新聞)

 台風被害で昨年秋から運行が不通となっているJR名松線の家城―伊勢奥津間(17.7キロ)について、津市は、2016年度の運行再開を目指すための事業計画を明らかにした。JR東海が今秋になって、線路復旧に向けた前向きな姿勢を示したことを受けての措置だ。

 津市交通政策課によると、県が土砂崩れを防ぐ治山事業に取り組み、津市が水路整備を行って安全が確保されれば、JR東海側は線路の復旧工事を行う方針を示しているという。これを受け、津市は11年度から調査設計を行い、12年度に水路復旧工事を着工し、15年度までに完成させる見込み。総事業費は5億円。

名松線伊勢奥津行き(現在休止中)
 松阪駅で発車を待つ名松線伊勢奥津行きキハ11(2006年1月)

 三日画師のかすかだりの2010年11月25日:「JR東海が名松線復旧の可能性について言及」で,JR東海の山田社長が定例記者会見において,三重県と津市が十分な治山治水対策を行い,その後も維持管理を適切に行うという条件付きではあるが,名松線の復旧に応じる可能性があるとの発表を行ったということを書いた。

 それを受けて,津市と県が治山事業,水路復旧工事を行い,2015年度までに線路を復旧させる見込みだ。
 かなり大規模な治山事業・水路整備工事になるが,名松線の家城−伊勢奥津間の復旧に向けて,大きな一歩を歩み出した感じだ。

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2010年12月 9日

常磐線特急が新型に。上野−仙台直通運転は廃止!

 JR東、上野―仙台間の直通廃止 12年春(2010年12月8日 朝日新聞)

 JR東日本は7日、常磐線特急に新型車両「E657系」を2012年春に導入し、現在1日上下合わせて7本ある上野―仙台間の直通便は廃止すると発表した。これに伴い、上野―仙台間は上野―いわき間と、いわき―仙台間の2便に分かれ、相双地区と上野方面を行き来する際は、いわき駅での乗り換えが必要となる。

常磐線特急「ひたち」
 泉駅付近を走る651系特急「ひたち」。右横にチラリと写るのが福島臨海鉄道の短い貨物列車(2006年8月)
 電線にピントが合って,ほぼピンぼけ写真なのが残念。

常磐線特急「ひたち」
 常磐線と磐越東線の分岐点付近を走る651系特急「ひたち」(2004年10月)

 常磐線の上野−いわき間の特急「ひたち」(スーパーひたち,フレッシュひたち)に,2012年春から新型車両 (E657系) が導入されるようだ。
 さらに,いわき以北,仙台までの特急列車は名称を変えて,E653系によって運転されるらしい。上野−仙台の直通運転が無くなるのは寂しいが,やはり直通であることを求める乗客は少なかったのかもしれない。

 となると,在来線で最高速度130km/h運転を最初に行った651系の特急「ひたち」は引退してしまうのだろうか? それともどこかに転線するのかな。

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2010年12月 7日

新しいクレジットカードが届いた

 突然カード会社から電話があって,あなたのカードが不正使用された可能性があるなどとおっしゃる。
 やべぇ,どっかでスキミングされたか,あるいはネット通販で使ったところから漏れたのかな……という話をしたら,最近は「クレジットマスター」という計算でカード番号を手口もあって,利用先から漏れた可能性ばかりではないそうだ。

 というわけで,すぐに新しいクレジットカードが送られてきた。

新しいクレジットカード

 もう20年以上も使ってるASCIIカード。アスキーの経営もいろいろ変わって,とうとうアスキー自体もなくなってしまったが,カードはなぜか存在し続けている。

 何でASCIIなの?……と言われても,あまりに昔のことなので理由はすっかり忘れてしまった。パソコン通信をするためだったか(でもメインはNIFTY-Serveだったしなぁ),旅先の公衆電話でパソコン通信するために持ち歩くノートPCに保険がかかるからだったか(現在のASCIIカードの保険ではノートPCは保証の対象外らしい)……。

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特急ソニックがテレビと衝突?

 特急ソニック、踏切でテレビと衝突 JR鹿児島線(2010年12月4日 朝日新聞)

 4日午後2時25分ごろ、福岡市東区筥松4丁目のJR鹿児島線の多々良踏切で、横断していた同区の無職男性(70)の台車からテレビ1台が落ち、博多発大分行きの特急ソニック31号(7両編成)とテレビが衝突した。

特急「ソニック」@別府駅
 別府駅に停車する特急「ソニック」(2009年10月)

 えっ,テレビと衝突……?

 見出しを見た瞬間は,何が起こったのかわからなかった。
 テレビはパナソニックだったのだろうか。

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融通が利くってのはいいよね

 間違ってた町の境界線、住民の要望でそのままに(2010年12月2日 読売新聞)

 高知県中土佐町の4世帯7人が、町境を調べる同町の地籍調査で同県四万十町に属することが判明したものの、「元のままで」という住民の要望を受け、誤ったままの境界線を正式なものとして国に申請すると、県が1日発表した。
 いつから誤っていたかは不明で、住民登録や納税などは中土佐町に対して行っており、両町が住民生活を優先した形となった。

 お役所ってのは,とかく融通が利かないものと相場が決まっているので,こういうふうに柔軟な対応のニュースを見るとホッとするね。

 このニュースに限らず,何にでも言えることだけど,やっぱり融通が利くってのはいいよね。

 数日前に,エスカレーターに乗るときに,右側を空けるか左側を空けるか,東京ではどうだ,大阪ではどうだという話をテレビでやっていた。そう,そんな単純なことすら融通が利かない人が多いのだ。前に乗っている人が左側に立っていても,「ここは大阪だから,左側を空けるのが常識だよ」という感じで右側に立っちゃったりして……。

 エスカレーターで歩くこと自体が問題だという話は置いといて,右側を空けるか左側を空けるかなんてのは,どっちでもいい話で,前の人がその地方の習わしとは違った側に寄って立っていたとしても,次の人は同じ側に寄って立つようにすれば,左右ぐちゃぐちゃになることはないのだ。ほんの少しの柔軟ささえあればいい。

 ちょっと話はそれるが,通勤電車のバケットシートとスタンションポールも,乗客同士で譲り合う融通性を奪うものじゃないかと感じている。これは,たぶん人によって感じ方がずいぶん違うと思うので,まったく正反対に感じる人がいてもおかしくない。

スタンションポール
 通勤電車のバケットシートとスタンションポール

 乗車マナーの悪さを調査すると,必ず上位に上がってくるのが「詰めて乗らない」「7人掛けシートに6人で座っている」というのがある。その対策として,定員分を区切ったバケットシートと,7人掛けシートを4+3や2+3+2に区切るスタンションポールだ。

 そもそもの話をすれば,車両全体が7人掛けシートに6人座っている程度の混雑の時に,「座り方が悪くて腹が立つ」と思う人の気持ちが,私にはよくわからないのだ(そういう状態では座ろうとせずに立ったままの人が多いことから見て,私ばかりではないと思っている)。私は京浜急行で上大岡から品川まで行くのにも,必ず座れる普通列車(各駅停車)に乗るし,東海道線や横須賀線に長時間乗るときにはいつもグリーン車を利用している。基本的に,私は「座りたい人間」なのだ。
 それでも,7人掛けに既に6人座っているところに座りたいとは思わないし,下手をすると2+3+2にスタンションポールが立っている車両では,7人掛けに4人座っている状態でも座りたくない気分になる。「残り一人」の状態に抵抗を感じるのだ。

 で,話を元に戻すと,7人掛けのシートには必ず7人座らなければならないという融通の利かなさのほうに,ちょっとした苛立ちを感じる。大人の男が6人座っている状態の7人掛けシートの隙間は小さい。そこに,「このシートには7人座らなければならないのよっ」的な勢いで入り込んでくる人がいるが,正直なところ,その隙間の両側のどちらかに私が座っていたら,「どうぞどうぞ,お座り下さい」という感じで,席を譲って差し上げたい。

 逆に,7人掛けのシートに女性や子供が7人でゆったりと座っているのを見ると,ちょっと詰めて(融通を利かせて),もう一人座らせてあげたらどうかと感じることがある。スタンションポールがなく,バケットシートになっていなければ,女性なら8人掛けだって十分可能だと思うのだ。

 と思って,ちょっと計算をしてみた。

 通勤電車の一人分のシート幅は,一般的にはひとりあたり430mmで計算されている(日本人の体格向上に伴い,最新の電車ではもう少し広げる傾向があるようだ)。これは,鉄道営業法か何かで,ひとりあたりの座席幅を400mm以上にすべしと決められていたことにも由来する。
 ところが,産業技術総合研究所のデジタルヒューマン工学研究センターの統計データに寄れば,若い成人男女の肩幅は,男:456.2mm,女:407.8mmとなっている。

 つまり,平均的な成人男性が7人掛けのシートに7人座ると,456.2mm × 7 = 3193.4mm。430mm × 7 = 3010mmであり,両端の人が肩をシートの外側に逃がすことを考慮すると,(3193.4−3010) ÷ (7 + 1) ≒ 23mm。つまり男性が7人掛けのシートに座る場合は,隣の人と肩を23mmずつ重ね合わせて(前後にズラして)乗ることになる。
 同様に計算すると,成人女性の場合は,7人掛けのシートに7人で座ると隣の人との間に19mmの隙間ができることになる。女性ばかりが座っていると,やけにゆったり見えるのはそのせいだ。

 さて,その隙間を詰めた場合はどうなるだろうか。
 7人掛けのシートに,成人女性が8人座ったときの状況を計算してみると,(407.8mm × 8 − 3010mm) ÷ (8 + 1) ≒28mmとなる。つまり,男性が7人座ったときに我慢して肩を重ね合う23mmとそれほど違わない……28mmずつ肩を重ね合うことで,7人掛けのシートに8人座れることになる。

 まあ,考え方は人それぞれだが,電車に乗り合わせたときに周囲の状況を見て,声を掛け合って,少しずつ詰め合わせて乗るという基本的なこと,融通を利かせるということができない世の中ってのは,世知辛くて困っちゃうね。

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2010年12月 6日

新幹線開業で消えゆく特急

 「かもしか」ラストラン 新幹線開業で消えゆく特急(2010年12月4日 朝日新聞)

 東北新幹線は4日、新青森駅まで延伸し、全線が開業する。待望の新幹線は、青森市内と東京都を乗り換えなしの3時間30分前後でつなぐ。開業を前に3日の街はお祝いムードに包まれるとともに、この日がラストランとなる列車を惜しむ鉄道ファンらの姿も目立った。

 午後3時45分。国鉄時代から走ってきた485系の車体の秋田行き特急「かもしか」が、鉄道ファンらに見送られながら青森駅を出発した。

 青森から秋田に向かう特急が「かもしか」の名で走るのはこの日が最後。時刻表から名は消え、4日からは秋田方面の奥羽線特急はすべて「つがる」の名に統一される。

特急「かもしか」
 青森駅に停車する特急「かもしか」(2006年8月)

 東北新幹線全線開業に伴って特急「かもしか」がなくなることは,以前も書いている(2010年9月25日:「函館まで24分かもしか短縮しない東北新幹線」)ので,貧弱な知識では書き加えることは何もないのだが,東北新幹線の関係で青森駅の写真を探していたら特急「かもしか」の写真が出てきたので,とりあえず記事にしてみた。

 特急「かもしか」の廃止とは直接結びつかないが,東北新幹線新青森駅の開業にともなって,青森−八戸間の東北本線は第三セクター「青い森鉄道」となり,走っていた特急「つがる」や「白鳥」「スーパー白鳥」は青い森鉄道を走らなくなる。
 青い森鉄道は,走らなくなった特急列車の代わりに快速列車を運行することになっているが,残念ながら運賃は高くなり,速度は特急列車に比べて見劣りしてしまった。先のエントリーの所要時間比較でも,青い森鉄道に駅がある浅虫温泉や野辺地駅の所要時間は,東北新幹線全線開業前よりも明らかに所要時間が伸びてしまっている。

 北海道から走ってくる特急列車の一部や,青森駅(青い森鉄道)から,浅虫温泉や野辺地(もちろん下北半島の客は野辺地で乗り換えることになる)の客を拾って,八戸駅まで届ける特急列車の設定は,やっぱり必要だったのではないだろうか。青い森鉄道が運行するというより,JRが乗り入れるという形ならば問題は少ない(現に先週まではバンバン走っていたのだから)。

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2010年12月 5日

幻の雑誌『絶体絶命』をとうとう入手した!

 株式会社幻影城の,熱血冗談多発的ドタバタ風クソ真面目マガジン『絶体絶命』が創刊されたのは,1977年の10月である。月刊で定価330円也(もちろん当時の価格)。

 この雑誌が面白いという話を聞いたのは,1980年代に入ってだいぶたった頃だった。しかし,『絶体絶命』は,創刊6号を持って文字通り「絶命」していたのである。なんでも,企画から原稿依頼,割付,校正まで二人でやってたという噂もあるぐらいで,相当に無茶苦茶な,どこからか湧き上がってくるエネルギーが作らせていた雑誌なのではないかと思うのだ。

 で,1985年頃から,この『絶体絶命』探しが続いたのだ。最大の目的は,創刊2号に載った「大部分特集 山口百恵様みな気にしてますです」と「いろはにほへと山口百恵」である。

 だが,それからが苦難の道で,いまのようにネットの古書店なんぞは存在しないから,神田やあちらこちらの古書店を歩いて探すしかなかった。たまに見つけても,肝心の創刊2号だけが抜けていて,それでも結構な値段が付いていたりしたものだった。

 そしてついに,2010年11月の末,21世紀のネット古書店の威力をまざまざと見せつけられて,手元に届いた『絶体絶命』である。ジャーン……!

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 わずか6巻で終刊となってしまったため,これが『絶体絶命』の全部である。

 2号「大部分特集 山口百恵様,みな気にしてますです」
 3号「特集    手塚漫画ばかり読んできた」
 4号「欠陥小特集 みだれ撃ち筒井康隆グラフィティ」
 5号「欠陥小特集 破れかぶれ野坂昭如グラフィティ」
 6号「小特集   憎みきれないジュリー グラフィティ」

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 これが『絶体絶命』創刊号の目次だ。
 はっきり言って,滝井圀夫・矢場徹吾の二人だけで作っていたとは思えない,本気の豪華執筆陣である(もちろん現代の大物でも,当時は駆け出しだったってことはあるだろう)。

 『絶体絶命』の広告に入っていた,『面白半分(筒井康隆責任編集)』や『ビックリハウス』とも,一部の執筆陣はかぶっているものの,そこかしこに,はちゃめちゃな時代のエネルギーが噴き出していたことがよくわかる。荒木経惟の「私のアリスたち 触写!!」も素晴らしい(アグネス・チャンがうるさい現代では不可能な写真かもね)。

 そして,この1巻のために「6巻全部」を買ったも同然の,創刊2号の山口百恵特集。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 この号が出たのは1977年11月である。
 既に山口百恵は,「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「イミテイション・ゴールド」で,徐々にではあるが歌謡界の主導権を握りはじめ,「秋桜」を歌っていた18歳の百恵の頃である。アイドルと言われながら,アイドルの枠に収まらないオーラのようなものを放ちつつあった時期なので,引退を前面に打ち出した興行を行った最後の1年や,引退後に書かれた文章からではうかがい知ることのできない,その時代の貴重な雰囲気が雑誌の中にとどまっているのが嬉しい。引退に向けての雑誌には書けないような,きついことも書かれていたりするが,それはそれで非常に貴重だ。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 それにしても,この年になって,いまだに百恵ちゃんの雑誌を探していたりして,私は完全な病気だね。それも深刻な。自覚はあるんだけど,正直なところどうしようもない状況だ。

 書き忘れたので付け加えると,この『絶体絶命』の終刊は1978年の3月号。山口百恵は同じ1978年の5月に名曲『プレイバックPart2』を歌い,続く1978年の8月にこの雑誌のタイトルと同じ『絶体絶命』を歌っている。雑誌が山口百恵の歌を使って(パクって)いるわけではなく,ひょっとしたらその逆である可能性もあるのだ。

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2010年12月 4日

さて,本当の東北新幹線の所要時間を調べてみた

 新幹線 きょう待望の出発式(2010年12月4日 読売新聞)

 新青森発 午前6時31分 東京まで3時間20分

 東北新幹線はきょう4日、全線開業する。八戸―新青森駅間の81・8キロが延伸し、東京と青森を直結する大動脈が始動する。各駅では、それぞれの一番列車に合わせて出発式が行われ、関係者が38年越しの開業を祝福する。県民の期待をのせた新幹線が、いよいよ走り出す。

 新青森駅発の一番列車「はやて12号」は、午前6時31分に新青森駅を出発。東京まで3時間20分の同区間最短時間で到着する。下り「はやて11号」は、午前6時28分に東京駅を出発する。

東北新幹線全線開業の悩み
 雨の中を疾走する東北新幹線E2系(2003年8月)

 とうとう東北新幹線全線開業の日を迎えた。期待していた人の夢を乗せた新幹線である。
 この文章を書いている早朝の6時30分,テレビニュースの生中継で,新青森駅を発車する一番列車が動き出したところだ。

 過去のブログ記事で私は,青森のコンパクトシティ政策との整合性とか,アクセス交通機関の整備の不安とか,新幹線の時間短縮効果は公表されているよりも小さいんじゃないか,などということを書いてきたが,八戸〜新青森開業当日には,三点目の,新幹線の開業による青森県内各地から東京までの所要時間の変化について,ちょっと書いてみたい。

東北新幹線全線開業の悩み
 新幹線がやってくることはなかった青森駅(2006年8月)

 よく知られているとおり,東京まで最短3時間20分とかいうのは,あくまで新青森〜東京間のごく一部の最速列車の所要時間であり,普通に走っている新幹線は途中に停車する駅も多く,そんなに速いわけではない。
 最近は鉄道路線経路探索サイトが便利なので,同じ条件を設定して,新幹線全線開通後と開通前の在来線を特急列車が走っていた頃の電車が,実際にはどのぐらいの所要時間で走っていたのか(走ることになるのか)を簡単に調べることができて便利だ。

 というわけで,青森県内の主要都市から東京までの所要時間を,「東京駅に15時00分までに到着する」「東京駅に18時00分までに到着する」という二つの条件で,検索してみた。
 結果を手抜き表示で羅列するが,簡単に言うと上が新幹線開通後,下が開通前の在来線使用時の所要時間である。在来線の料金には特急列車使用時の自由席特急料金が加わっている。

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青森〜東京(新青森から新幹線)
 09:07→13:08所要4時間01分16,170円乗換1回(普通〜はやて20号)
 12:45→17:08所要4時間23分16,170円乗換1回(普通〜はやて28号)
青森~東京(在来線〜八戸乗り換え)
 09:46→14:08所要4時間22分16,640円乗換1回(つがる12号〜はやて12号)
 12:49→17:08所要4時間19分16,640円乗換1回(白鳥18号〜はやて18号)
※ 朝日新聞の記事で,上りは従来より最大39分の短縮になるということだったが,それほど早くなっていない。これはちょっと意外……でも真実だ。
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弘前~東京(新青森から新幹線)
 09:41→14:08所要4時間27分16,490円乗換1回(普通~はやて22号)
 12:58→17:08所要4時間10分16,490円乗換1回(普通~はやて28号)
弘前~東京(在来線~八戸へ乗り換え)
 09:09→14:08所要4時間59分17,150円乗換1回(つがる12号~はやて12号)
 11:54→17:08所要5時間14分16,950円乗換2回(普通~白鳥18号~はやて18号)
※ 弘前からは新幹線による高速化のメリットを直接享受できる。
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浅虫温泉~東京(新青森開通後:八戸乗り換え)
 09:09→14:08所要4時間59分16,900円乗換1回(快速~はやて22号)
 12:18→17:08所要4時間50分16,900円乗換1回(普通~はやて28号)
浅虫温泉~東京(在来線~八戸乗り換え)
 09:58→14:08所要4時間10分16,320円乗換1回(つがる12号~はやて12号)
 13:02→17:08所要4時間06分16,320円乗換1回(白鳥18号~はやて18号)
※ 残念ながら,大幅な所要時間の増加となる。温泉地として,とても厳しい結果だ。
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野辺地~東京(新青森開通後:八戸乗り換え)
 09:30→14:08所要4時間38分16,450円乗換1回(快速~はやて22号)
 12:46→17:08所要4時間22分16,450円乗換1回(普通~はやて28号)
野辺地~東京(在来線~八戸乗り換え)
 10:14→14:08所要3時間54分16,320円乗換1回(つがる12号~はやて18号)
 13:18→17:08所要3時間50分16,320円乗換1回(白鳥18号~はやて18号)
※ 予想されてはいたが,野辺地も所要時間は大幅に増加する。
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三沢~東京(新青森開通後:八戸乗り換え)
 10:27→14:08所要3時間41分15,700円乗換1回(快速~はやて22号)
 13:12→17:08所要3時間56分15,700円乗換1回(普通~はやて28号
三沢~東京(在来線~八戸乗り換え)
 09:22→13:08所要3時間46分15,560円乗換1回(しもきた~はやて10号)
 13:17→17:08所要3時間51分15,560円乗換1回(普通~はやて18号)
※ 八戸まで近いこともあって,所要時間に変化は少ない。
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蟹田〜東京(新青森から新幹線)
 07:08→12:08所要5時間00分16,490円乗換2回(普通〜普通〜はやて18号)
 11:28→17:08所要5時間40分16,490円乗換2回(普通〜普通〜はやて28号)
蟹田〜東京(在来線:八戸乗り換え)
 08:26→13:08所要4時間42分16,840円乗換1回(S白鳥10号〜はやて10号)
 11:42→17:08所要5時間26分16,640円乗換2回(普通〜白鳥18号〜はやて18号)
※ 蟹田に八戸行きの特急が停車するときには,従来のほうがかなり早かったようだ。
---------------------------------------------
八戸~東京(新青森開通後)
 10:57→14:08所要3時間11分15,150円乗換0回(はやて22号)
 14:06→17:08所要3時間02分15,150円乗換0回(はやて28号)
八戸~東京(従来:八戸始発)
 10:57→14:08所要3時間11分15,350円乗換0回(はやて12号)
 14:06→17:08所要3時間02分15,350円乗換0回(はやて18号)
※ 八戸は,当然ながらほぼ変化無し。
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 とうわけで,簡単にまとめれば,奥羽本線の新青森駅より西側(弘前方面)は,東北新幹線延伸のメリットを享受できるが,そのほかの都市はあまりメリットが感じられないという結果となった。正直なところ,これがショックだと感じる人もいるだろうし,うすうす感じていたという人も多いことだろう。
 青い森鉄道を利用することになる区間は運賃が上がることによって,在来線特急を使った場合に比べても,あまり安くなっていない。

 東京駅から新横浜駅までは東海道新幹線で18分。しかし,新横浜から横浜市営地下鉄や横浜線に乗り換えて横浜駅まで行こうとすると,乗り換え時間を入れて40分弱かかる。東京駅から東海道本線の在来線に乗ると,横浜までは乗り換え無しで30分弱。東海道新幹線を使うよりも早い。それと同じような事態が,東京〜新青森・青森間に生じている。

 何となく感じていた,東北新幹線の新青森延伸,北海道新幹線の新函館までの延伸の,むなしさを,強くだめ押しされたような結果となってしまった。

# 東北新幹線全線開通のこの日,新青森駅を朝一番に発車した電車が盛岡駅で秋田新幹線との連結に失敗したほか,北海道付近で発達した低気圧の影響による強風で,運転見合わせが続くなど,散々な初日になってしまったようだ。まったく縁起でもない。

【参考】
2010年4月15日:東北新幹線青森延伸のジレンマ
2010年8月30日:東北新幹線の玄関口,新青森駅が更地だらけで大丈夫か
2010年9月 9日:東北新幹線全線開業時のダイヤを発表
2010年9月25日:函館まで24分かもしか短縮しない東北新幹線
2010年11月18日:わかっちゃいるが「はやぶさ」通過にため息
2010年10月 7日:「青い森鉄道 赤字軽減策」交渉してるの?

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突風被害ニュースで〝新湊大橋〟を知る

 朝から強風と大雨で,首都圏の交通機関も大変な被害をもたらした,発達した温帯低気圧と前線の被害を伝えるニュースの中で,富山県の射水市で建設中の橋から作業中の人を乗せたゴンドラが落ちた(お亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします)という映像から目が離せなくなった。

 テレビに映った橋梁がもの凄く大きかったのである。想像を超える大きさだった。

(リンク切れ)  作業員2人とともに地面に崩れ落ちた足場(3日、富山県射水市で):2010年12月3日 読売新聞

 射水市に巨大な橋梁……ということで,もしやと思って調べてみたら,予想通りだった。
 富山新港の海に開いた部分の上を,一気に乗り越える巨大な斜張橋(なんでも日本海側では最大規模とか)〝新湊大橋〟である。

 いや,しばらく越ノ潟に行かないうちに,こんなに凄いものの工事が始まっていたとは……。

 歴史的なことはWikipediaあたりで調べた方が詳しいので,そちらを一読することをお薦めする。
 富山新港は,放生津潟を利用した人口の港で,港を作る前は,現在大きく海に開いている開口部の砂州の上を,道路や富山地方鉄道射水線が通っていたのだ。それを分断して,富山新港の開口部を作ったことで,道路や線路は分断され,西側は加越能鉄道としてのこり,東側は富山鉄道射水線(その後廃止)となった。

 そして,この区間を分断する代償として,加越能鉄道の越ノ潟駅横の越ノ潟発着場と,富山側の堀岡発着場の間に富山県営の渡船が運航されることになったのだ。この渡船は運賃無料で,しかも24時間体制で,夜中の丑三つ時でも約30分に1本の運行が確保されるという,非常に珍しいものだった。
 残念ながら,利用者の減少で,深夜の利用者の少ない時間帯はタクシーによる代替運転になっているそうだ。

氷雨の越ノ潟発着場で出港を待つ射水丸
 越ノ潟発着場で出向を待つ県営渡船(2000年1月)

堀岡発着場(新港東口)の時刻表
 堀岡発着場(新港東口)の時刻表。夜中まで頻発しているのに驚く(2000年1月)

富山県営渡船の越ノ潟発着場の待合室
 富山県営渡船,越ノ潟発着場待合室の暖かいストーブ(2000年1月)

 新湊大橋(臨港道路富山新港東西線)は2012年以降に開通を予定しているそうだが,当然のことながら,橋が完成すれば富山県営渡船は廃止になってしまうだろう。
 何とも良い雰囲気の無料の県営渡船……。もう一度乗りに行ってみたいな。

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青森県民が待ちに待った新幹線開業へ

 東北新幹線4日全線開業、一番列車は6時28分(2010年12月3日 読売新聞)

 東北新幹線は4日、全線開業する。
 延伸する青森市の新青森駅では3日、駅ビルが報道陣に公開され、出発式のリハーサルが行われるなど、最後の準備が進められた。
 各駅では始発時間前に出発式が行われる予定。一番列車は東京駅で午前6時28分、新青森駅で同6時31分に出発する。

 新青森駅では,東北新幹線の全線開業を祝うイベントが大々的に行われるのであろう。青森市民が待ちに待った新幹線だ。嬉しいことである。

 さて,お客さんを満載して新青森駅に到着してからは,青森市営バスなどのバスが青森駅や市内の中心部,各地の拠点に路線バスを伸ばすのだと思うのだが,バス路線の中心となる青森市営バスの時刻表検索案内ページを見ると,なんと,新幹線の開業を明日に控えた今日の夜になっても,バス停一覧に「新青森駅前」「新青森北口」とか「新青森南口」というようなバス停が表示されていない。
 多くの人が待ち望んだ新青森駅だし,これからの飯のタネになる施設である。バス会社として,やる気はあるんだろうか?

市営バス時刻表検索 青森市内
http://www.bus.city.aomori.aomori.jp/page6.file/jikoku/H21/H21/jikoku.htm

 新青森を探すべく「し」のところを選んでも,残念ながら新青森からのバスは調べられない。

 これだけ準備時間があって,青森市のコンパクトシティの公共交通の取り組みが注目されている中で,前日になってもバス案内に「新青森駅」は入っていないのは,考えられないほどのやる気のなさだ(なにかの手違いでなければ)。

 新青森駅周辺の問題だけではなくて,多くがマイカーでの新青森アクセスに頼るような状況で,道路インフラは大丈夫なのかとか,現行の青森駅や既存の中心市街地が置いてきぼりになってしまうとか,問題が山積みなのに,どうなってしまうのだろうか……という心配がつきない東北新幹線全線開業である。

 とにかく,たくさんの問題を抱えつつ,今日の6時31分には新青森発東京行きの列車が出発する。もう止められない。

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2010年12月 3日

中国「国産」新幹線時速486kmの世界最高を記録

 中国の新幹線、時速486キロを記録 営業用の世界最高(2010年12月3日 朝日新聞)

 中国鉄道省が北京―上海間で建設している新幹線で3日、試験走行があり、鉄輪式の営業用車両としては、世界最高速度の時速486.1キロを記録した。中国中央テレビなどが伝えた。

 この路線は来年、営業開始の予定で、北京市と上海市を最短4時間で結ぶ。最高速度を記録したのは国産の新型車両CRH380A。JR東日本の東北新幹線「はやて」などで使われるE2系の技術を基礎に、独自開発したとされる。

https://mikkagashi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2010/12/04/apx201012030004.jpg鉄輪式の営業車両として、世界最高速度を記録した中国の新幹線(新華社)=AP

 これは悔しいなあ。中国〝国産〟の新型車両CRH380A……といっても,JR東日本のE2系がベースのCRH2型に手を加えた車両だよね。それが,中国〝国産〟だからなあ。

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2010年12月 1日

いすみ鉄道への小湊鐵道乗り入れ構想?

 関東運輸局長がいらっしゃいました(2010.11.16 「いすみ鉄道 社長ブログ」)

直通運転こそありませんが、上総中野の駅構内でいすみ鉄道と小湊鉄道の線路がつながっていることもご確認いただきましたが、私の社長としての構想(野望)として、いすみ鉄道に導入するキハ52に上総中野で小湊鉄道の車両を連結し、そのまま2両編成で大原まで小湊の車両を連れてきてしまえば、横断鉄道直通列車ができあがりますので、再来年の2012年に国鉄木原線の前身である夷隅人車軌道の開業から数えて100周年を迎えるまでには直通運転を実現させたいというお話をさせていただきました。

 いすみ鉄道の鳥塚社長のブログ「いすみ鉄道 社長ブログ」を読んでいたら,11月16日付のに記事に,上記引用の文章を見つけた。
 国鉄木原線の前身である夷隅人車軌道の開業から100周年を迎える再来年の2012年までに,小湊鐵道との直通運転を実現させたいと,関東運輸局長に話をしたという。

いすみ鉄道の存続が決定
 上総中野駅での小湊鐵道からいすみ鉄道への乗り換え(1998年5月)

 いすみ鉄道は,現在「いすみ200型」という第三セクター向けのLE-CarIIで運転されている。

 上総中野まで走ってきた小湊鐵道の車両キハ200(国鉄のキハ20系をベースに作られた車両)に,JR西日本からいすみ鉄道が購入した古い気動車キハ52(これも国鉄のキハ20系をベースに,勾配向けにエンジンを2台積んだ車両)を連結し,2両編成でいすみ鉄道の大原まで走らせるという構想だという。幸いなことに,どちらも国鉄キハ20系ベースの車両なので,連結しての運転は問題なさそうだ。

大糸線のキハ52とレンガ倉庫の撮影会がうらやましい
 いすみ鉄道がJR西日本から購入したキハ52(2005年8月)

 鳥塚社長が小湊鐵道とどの程度話を詰めているのかはまったく不明ではあるが,非常に興味深いアイデアだと思う。この際だから,小湊鐵道のJR千葉までの乗り入れも,ついでに実現して(昭和30年代に数年間だけ乗り入れてたんだよね),千葉−五井−上総中野−大多喜−大原などという,のんびりした列車が走ったりすると面白そうなんだけどね。

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