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2010年11月20日

愛染橋:現代歌手のカバーを聴いて山口百恵の凄さを知る

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 「愛染橋」は山口百恵の28枚目のシングルで,1979年12月にリリースされた曲だ。作詞が松本隆,作曲は堀内孝雄で,宇崎竜童のカタカナ演歌とは違って,純演歌に近いテイストを持っている。
 デビュー当時の曲を除いて,「初恋草紙(日本情緒あふれる文学作品のような曲で,個人的には好きな曲だ)」と同じぐらいに,売り上げが低い曲だった。

 怪作『山口百恵は菩薩である』において平岡正明氏は,“「夜へ…」から「娘たち」へ,抱かれるおびえから破瓜の痛苦へ,暗喩をもって百恵の性的実存は進化しているのである。しかし「愛染橋」はちがう。ガクっとおちる。愛染橋を渡ることが結婚を意味するという比喩だが,「娘たち」の暗喩に遠く及ばない。(中略)等身大の実像を描けば伝達が完了するという錯覚はフォークソング並みの錯覚である。実像と虚像のダイナミズムを保持できないのは知識人並みの衰弱である”と喝破している。

 「夜へ…」や「娘たち」といった傑作と比べれば,やや凡庸な感じの「愛染橋」を“遠く及ばない”と言いたくなってしまう気持ちはわからないでもないが,歌詞に出てくる京言葉は現代においても非常に新鮮だし,いい曲だと思う。昨今のシンガー・ソングライターの自作歌詞に比べれば,結婚に揺れる女心を描いて,松本隆の歌詞は遙かに秀逸である(比べること自体,松本隆に失礼だという声が聞こえてきそうだ)。

 それを証明するかのように,YouTubeやYouku优酷を検索すると,実に多くの歌手がこの「愛染橋」をカバーしていることがわかる。作られてから30年経った現在,この歌は色あせるどころか,さらに輝きを増しているようにも感じる。

 フジテレビで放映されていた『夜のヒットスタジオ』での山口百恵の歌唱である。井上順,吉村真理との会話で,「愛染橋」は新曲で,番組初披露だということがわかる。
 とても緊張した場面での歌唱だったはずだ。しかし,恥ずかしそうに見つめる目,瞬きしながら伏せる目,遠くを見る目,はにかむような笑顔……。“うちはさみしい女やからね 愛なんてよう知らん”と,揺れる女心を見事に表現している。ほとんど瞬きをせずに歌う「プレイバックPart2」の映像と比較してみれば,その違い(演技の細やかさ)がよくわかると思う。

 “結婚なんて古い言葉に縛られたくなくて”のところで見せる表現も興味深い。1970年代はウーマンリブ運動が盛んな時代であり,既に「イミテーション・ゴールド」「プレイバックPart2」で,男を去年の彼氏と比較したり,“ぼうや”と歌っていた山口百恵は,伝統的な男と女の関係を逆転させ,女性の社会進出の旗手というような扱い方をされることもあった。
 百恵自身は「ウーマンリブ運動には興味がない」「あんなのバカみたい」とインタビューで語っているわけだが,世間はそういう風に見ていなかったという時代背景がある。

 そこで,“結婚なんて古い言葉に縛られたくなくて”のところの表現を見ると,歌詞の字面通りに全部を毅然として歌うわけではなく,“結婚なんて”と前を見つめるが“古い言葉に”のところで瞬きをし,(ウーマンリブみたいな)強い主張をするわけじゃないけど……という感じで目を伏せながら,“縛られたくなくて”と恥ずかしそうに歌うのである。
 結婚に対して揺れる心とともに,三浦友和と結婚して専業主婦となることに対して,ウーマンリブ運動の側から寄せられた「山口百恵が日和った」「ウーマンリブ運動が積み上げてきた活動が10年遅れた」というような声に対する反駁の意も,少しだけ込められている気がする。

 以下の映像は,この「愛染橋」をカバーしたものである。
 いずれも素晴らしい歌手による歌唱なので,それぞれが見事に歌いこなしている。この「愛染橋」のテーマは“求婚されて戸惑う女心”であり,孤独や悲哀ではないし,高らかに歌い上げる内容ではないと思う。これらの映像を見ていると,21歳で引退してしまった山口百恵の凄さをあらためて実感してしまうのである。


 中森明菜「愛染橋」


 藤あや子「愛染橋」


 石原詢子「愛染橋」


 北原ミレイ「愛染橋」


 水森かおり「愛染橋」


 城之内早苗「愛染橋」

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コメント

山口百恵の歌の凄さって、他の歌手がカバーしたときにわかる気がします。
特に愛染橋は音楽的には難しくないけれど、歌われている情景が極めて微妙なので百恵の凄さが際立ちますよね。女の結婚前の惑い・ためらい・不安などを顔の表情で見事に表しています。
彼女の表現力の凄さを実感できる曲だと思います。

投稿: タカ | 2011年2月28日 00時23分

 タカさん,コメントありがとうございます。
 表現力の凄さがわかりますよねぇ。主題の奥底にある“愛される幸せ”まで表現できているように思います。音程が正確だとか,音域が広いとか,声量があるとか,そういう凄さとはまた違った凄さ……。

投稿: 三日画師 | 2011年2月28日 00時47分

私も百恵さんのファンですw


芸能活動7年半という短いキャリアでしたが、
活動後半・末期は既にベテラン歌手のような独特の
オーラを感じましたし、表現力ではあの美空ひばりに勝るとも劣らない、アイドルの枠から大きく離れたハイレベルなものでした。


個人的には曼珠沙華が一番好きです。
若干20歳前後の歌手が女性の業をテーマにした楽曲を
見事に歌いこなしていることに感銘を覚えます。

引退後も様々な歌手が百恵さんの楽曲のカバーに挑戦していますが、
皆残念ですが本家には及ばぬ出来かなと思います。
特に最近は、このような大惨事も起こっていますし…。
http://www.youtube.com/watch?v=tTjcgByZ89s

投稿: BOY | 2013年10月 1日 18時25分

 大惨事……ですね。観客がいることに驚いてしまいました。

投稿: 三日画師 | 2013年10月 6日 23時06分

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