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2010年10月の28件の記事

2010年10月31日

富士急が謎のブルートレイン購入

 富士急、富士山眺望の下吉田駅にブルートレイン展示(2010/10/26 日経新聞)

 富士急行はこのほど、全国を走ったブルートレインの客車1両を東日本旅客鉄道(JR東日本)から譲り受けた。富士山の眺望で知られる富士急行線の下吉田駅に展示する。同社は譲渡された車両を「富士」で使用されていた同型のものとアピールし、富士山をキーワードとした観光振興に役立てる。

富士急が寝台特急用客車を1両購入
 東京駅で発車を待つブルートレイン(2004年2月)

 富士急がブルートレイン……寝台特急「さくら」に使用されたスハネフ14を,1両だけ購入したことが,何のためなのか理由がわからないとして,一部の鉄道ファンの間で話題になっていた件だが,やっと日経新聞の記事になった。

 なんということはない,客車1両を下吉田駅に展示するらしい。

 富士急は「富士山に一番近い鉄道」をテーマとして,富士山観光強化のために富士吉田駅を「富士山」駅に改名する(反対運動とかは起こってないのかな?)が,その運動の一環として寝台特急「富士」と同型の車両をJR東日本から譲り受けたそうだ。

 そうか,わかったぞ。「富士山に一番近い鉄道」だから,寝台特急「富士」の車両じゃなくて,『寝台特急「富士」に一番近い寝台特急「さくら」の車両』ということをアピールするわけだな。

 ブルートレインの客車を利用した列車ホテル(SLホテル)は,全国各地にたくさん存在していたが,風雨に晒される車両はあっという間に老朽化し,無残な姿が哀愁を誘うことが多かった。富士急は鉄道会社だから,そんなことは合点承知の助,余計なお世話だろうけどね。

 というわけで,添付した写真は,「富士」でも「さくら」でもなく,それらに一番近い「あさかぜ」。

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一ノ関〜盛岡間開業120周年の485系臨時列車

 「はつかり」復活…一ノ関―盛岡開通120年(2010年10月31日 読売新聞)

 約30年前まで上野駅(東京)と盛岡駅間を走っていた特急列車「はつかり」「やまびこ」などで使われた485系車両が30日、一日限定で復活運行した。

 盛岡駅の東北線ホームは、レトロな列車を一目見ようと、家族連れや鉄道ファンなどでにぎわった。

 限定運行は、JR東北線の一ノ関―盛岡駅間が11月1日で開通して120周年となることを記念して、JR盛岡支社が企画。盛岡駅から一ノ関駅までの片道90・2キロを往復した。


[読売新聞:記念号として復活した485系車両と、記念撮影する家族連れ(JR盛岡駅ホームで)]

 読売のタイトルは微妙だなぁ。一日限定の「はつかり」は10月16日に上野〜青森間で復活運転したばかりだし,今回の一ノ関〜盛岡間の臨時列車は「はつかり」を名乗ってるわけじゃない。まぁ,どうでもいい話だけど。

 東北本線がのこの区間に特急車両が走るのは大変珍しい。しかも,使用されたのは国鉄色の485系車両ということで,鉄道ファンがたくさん集まったものと思われる。

 同じ編成を使った団体臨時列車が,本日10月31日にも同じ区間を走るらしいので,昨日台風14号の影響で思ったような写真が撮れなかった人は,再挑戦のチャンスかな。

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2010年10月30日

キハ181系特急「はまかぜ」がもうすぐ新型車両に

 引退「はまかぜ」写そう 但馬各地の沿線にファン集まる(2010年10月27日 朝日新聞)

 JR山陰線の特急「はまかぜ」の現行車両(キハ181系)が間もなく定期運転から引退する。最後の「雄姿」を写真などに残そうと、但馬各地の沿線で、多くの鉄道ファンがカメラや録音機を構える光景が見られている。
(中略)
 はまかぜは大阪方面と但馬、鳥取方面を結び、現在は4両編成で1日3往復している。11月7日からキハ181系に代わり、新型車両のキハ189系が3両編成で定期運行に就く。

 国鉄時代に製造された特急形の気動車キハ181系が,とうとう定期運用から外れ,引退することになった。新幹線の0系や寝台特急ブルートレインのような一般的な人気はそれほど高くないと思うが,一部の鉄道ファンにとってはそれら以上に思い入れのある車両だったのではないだろうか。それほど全国を走り回り,そこの代表的な「特急列車」として走り続けてきた歴史がある車両だ。

 私の場合も,田舎の三春町から出て,ときどき遊びに行った郡山駅で見た秋田からの特急「つばさ」の雄姿は,いまだに忘れられない。特に,屋根にずらりと並んだラジエーターの印象は強烈である。

 そのキハ181系ディーゼルカーを追いかけて,あちらこちらを旅したのも,今はもう昔のことになってしまった。もし,時間が許すならば,写真を撮るだけでなく,キハ181系の特急列車にぜひとも乗車して,500馬力ディーゼルエンジンの轟くようなエンジン音をぜひとも体験してほしい(かすかに聞こえるジェット機のようなターボ音とか,興奮しちゃうよ)。

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 余部鉄橋を渡る特急「はまかぜ」(2004年5月3日)

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 国英駅(鳥取県河原町)付近を走るキハ181系特急「いなば」(2003年4月)

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 玉江−三見間を走るキハ181系特急「いそかぜ」(2003年1月)

【参考】
2004年5月 5日 (水曜日):特急「スーパーはくと」で再度山陰へ
2004年5月 3日 (月曜日):山陰本線の余部鉄橋は今日も雨だった
2003年4月29日 (火曜日):キハ181系特急「いなば」を撮る
2003年1月 3日 (金曜日):玉江と木与でキハ181を撮る
2003年1月 2日 (木曜日):山陰本線をひた走る

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2010年10月29日

MacBook Air 11inch を買ったぞい

MacBook Air 11インチ

 約3年ぶりにパソコンを買った。
 Appleの新MacBook Airの魅力に惹かれてしまい,居ても立ってもいられず,ネットのApple Storeで注文した(US配列のキーボードは店頭販売されないので)。

MacBook Air 11インチ
 買ったのはMacBook Air 11インチで,仕様は以下の通り。

 ・1.4GHz Intel Core 2 Duo
 ・4GB 1066MHz DDR3 SDRAM
 ・128GBのフラッシュストレージ
 ・キーボード (US)

MacBook Air 11インチ
 3年半前に買ったMacBook Pro 15インチ(非ユニボディ)と並べるとこんな感じになる。
 MacBook Airの魅力のひとつが,フルピッチ(19mmピッチ)のキーボードだ。

MacBook Air 11インチ
 同じく約3年前に買った,持ち歩き用のSony VAIO type T (VGN-TZ90S) と並べてみる。
 奥行きはほぼ同じだが,幅はMacBook Airのほうがちょっと広い。VAIO type T は,キーボードのピッチが約17mmなのだ。17mmあればぎりぎりタッチタイプできる範囲なので,人によってはそれほど不具合を感じないらしいが,私はどうにもなじめず,使用頻度が低くなってしまった(トラックパッドが使いにくいのも一因だったが)。

MacBook Air 11インチ
 真上から見たところ。
 そうそう,MacBook Airは片手でディスプレイを開けられるのも便利なところだ。VAIO type Tは,片手で本体側を押さえないと,ディスプレイを開けようとしたときに本体側も浮き上がってしまう。

MacBook Air 11インチ
 真横から見たところ。
 上から,MacBook Air,VAIO type T,MacBook Pro。MacBook Airの薄さが際だっている。

MacBook Air 11インチ
 パソコンの裏側は,メーカーがどれだけ見た目を気にしてデザインしているかの差が如実に表れる。
 VAIO type T は,他のメーカーのパソコンの裏側に比べると,まともなほうだとは思うが,このあたりのApple社のこだわりは,拘泥にも感じるほどだ。

【参考】
・2007年8月11日:新しいVAIO type Tが届いた
・2007年4月 6日:MacBook Pro 15inchを使ってみて
・2005年2月11日:美しくなけりゃパソコンじゃない

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2010年10月28日

すっかり定着した「SLもおか」に合わせて駅コン

 吹奏楽とSL共演へ 真岡鉄道で小中高生が駅前演奏会(2010年10月21日 朝日新聞)

 蒸気機関車(SL)の運行が人気の真岡鉄道の各駅で11月3日、地元の小中高校の吹奏楽部が駅前コンサート(駅コン)を開く。「音楽が聞こえる街おこし」を目指し、地元の音楽教諭らが企画。児童・生徒たちとSLの「夢の共演」が実現した。

 タイトルは「吹奏楽 in コットンウエイ」。SLの保存活動に取り組む芳賀地区広域行政事務組合真岡線SL運行協議会が主催し、真岡市と真岡鉄道、県吹奏楽連盟が後援する。

 今年4月、「吹奏楽を地域の方々にも楽しんでもらえないか」という、真岡高校吹奏楽部顧問の岩原篤男教諭の提案がきっかけだった。地元の音楽教諭や同市教委のメンバーと共に話し合いを重ね、駅コンを企画。予算がない中で、演奏場所の確保から出演校への依頼、選曲など数カ月にわたる交渉の末、同組合と真岡鉄道の協力を得て実現にこぎつけた。

 真岡高校吹奏楽部の先生の提案がきっかけというのが面白い。SL列車の乗客にも良い印象を残すだろうし,地元の住民も楽しめる。

 それにしても,真岡鐵道の「SLもおか」は完全に真岡鐵道に定着していて素晴らしい。運行を開始したころは,沿線に大きな都市がない脆弱な経営基盤の第三セクター鉄道なので,悪あがきだろうとか,すぐに運行できなくなるだろうとか,覚めた目で見ていたひとが多かったように思う。
 私自身,微弱ながら北海道鉄道文化協会による「C62ニセコ号」の運行に協力し,それが資金難で挫折した時期でもあったので,SLの復活運転がそんなに簡単にいくわけがないだろうと思っていた。

 1994年に運行を開始して,もう16年。SL列車はすっかり定着し,今では行楽期にJR東日本に貸し出したりするまでになった。関係者の努力の賜物だと思う。

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 多田羅駅付近を走るSLもおか(2002年9月)

真岡鐵道
 七井駅付近の鉄橋を渡るSLもおか(2002年9月)

真岡鐵道
 一日の運行が終わり真岡駅で休むSLもおか(2002年9月)

真岡鐵道
 SLの形をした真岡駅の駅舎(2002年9月)

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2010年10月27日

Nikonがソフトの不正プロダクトキー対策を実施

 私も愛用しているニコン製ソフトウェア「Capture NX2」のプロダクトキーの違法販売や,Webサイトでの違法配布が行われていることが判明したそうだ。要は,不正コピーがWeb上に出回ったということだろう。

Capturenx2

 私が使用しているバージョンは,NikonのD2XだったかD3を買ったときに,ニコンのキャンペーンで個数限定の付録(もちろん正規品)として付いてきたものだ。とはいえ,Capture NX からNX2にバージョンアップするときにアップデート料金は必要だった。

 この手のソフトを不法に使用している人は,想像以上に多いと思っている。コンパクトデジカメやデジタル一眼レフのエントリー機しか使っていないのに,Photoshopを使っている人がいかに多いか……。もちろん,ちゃんとPhotoshopを購入して使っている人はいるのだろうけど,不正使用はかなりの割合になるものと思われる。正直,胸くそ悪い。

 今回,ニコンが違法販売,違法配布または不正プロダクトキーの製品に対して,毅然たる対応を取ったことに喝采を送りたい。

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線路が燃えてる!(京福電鉄の記憶)

 線路が燃えてる!…実はレール交換作業でした(2010年10月23日 読売新聞)

 新しいレールを炎で膨張させて敷設する作業が23日未明、福岡市のJR博多駅構内の在来線で行われ、線路上に炎の帯が浮かび上がった。
(中略)
 ロングレールは揺れや騒音を減らすために、すき間を作らずにつなぐ。このため夏場に暑さで伸びてゆがまないよう、夏場と同じ長さまで炎で伸ばして交換するという。

 線路ではないが,枕木が燃えるところを目撃したことがあったな……と思い出して,ハードディスクの中を探したところ,1998年5月の写真が出てきた。

 福井県の京福電鉄の東古市駅(現えちぜん鉄道永平寺口駅)での出来事だった。

京福電鉄 東古市・永平寺
 電車から降りて,誰もいなくなったホームをうろついていたときに,枕木から煙が上がっているのを発見。駅員さんを呼んだら,バケツを持って飛んできてくれた。
(ポイ捨てたばこが原因だと思われる)

京福電鉄 東古市・永平寺
 ついでに,その日の写真をアップ。
 東古市駅の先は,勝山方面(写真左側)と永平寺方面(写真右側・今は廃線となった永平寺線)に分岐していた。

 写真の左端には,永平寺線が金津駅(現在の芦原温泉駅)まで延びていたときのホームが残っていた。

京福電鉄 東古市・永平寺
 駅本屋側に永平寺方面(永平寺線)のホームがあった。

京福電鉄 東古市・永平寺
 永平寺線のホームと改札口。奥に見えるのが越前本線(福井方面・勝山方面)のホーム。
 この写真を撮影してから2年後(ちょうど10年前),京福電鉄永平寺線の電車がブレーキロッド破断故障のために,終点だったこのホームに止まることができず,そのまま越前本線福井方面に入り込んでしまい,勝山行きの電車と正面衝突するという不幸な事故が起こったことは,記憶に新しい。

京福電鉄 東古市・永平寺
 京福電鉄東古市駅(現えちぜん鉄道永平寺口駅)の見事な駅舎。

京福電鉄 東古市・永平寺
 京福電鉄永平寺線永平寺駅。

京福電鉄 東古市・永平寺
 永平寺駅の駅舎。道路を挟んだ向かい側にはバスターミナルがあって,大きな観光バスがたくさん停まっていた。

京福電鉄 東古市・永平寺
 永平寺駅から永平寺線で東古市駅に戻り,越前本線の福井行きの電車を待つところ。

京福電鉄 東古市・永平寺
 福井行きの電車の中から東古市駅を見る。
 右側が永平寺線の電車。遠くに勝山行きの電車が見える。

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2010年10月26日

特急「さくら」が最後の復活…手慣れた閉店商法

 ブルトレ「さくら」最後の復活 11月に門司港—長崎間(2010年10月23日 朝日新聞)

 長崎・佐世保と東京を結び、青色の塗装からブルートレインの愛称で親しまれた寝台特急「さくら」が11月20、21日、門司港駅—長崎駅間に復活する。JR九州によると、ブルートレインが長崎駅に姿をみせるのは今回が最後になるという。

 「さくら」は1959年に登場。「走るホテル」として人気を集めたが、航空機や新幹線の発達で利用者は減少。2005年のダイヤ改定で姿を消した。「富士・はやぶさ」(東京—大分・熊本)も09年に廃止され、九州と東京を結ぶブルートレインは全廃された。

 しかし、ブルートレイン人気はその後も衰えず、臨時列車が何度か運転されたが、車両が製造から40年以上過ぎて耐用年数に達したため、今回で運転を取りやめる。

 

 廃止された「さくら」の上り最終列車=2005年2月28日、長崎駅 (asahi.com)

 なんだか微妙だなぁ……。
 寝台特急も電気機関車も客車列車も好きだが,こういう復活運転は複雑な気分になる。

 もちろん,イベント運転が好きな人は多いだろうし,(「寝台」特急ではないが)ブルートレインに乗ってみたい人もいるだろうから,JRの営業手法のひとつとして認めなければならないんだろうけど,2005年の寝台特急「さくら」の最後の営業運転を,“これが最後の姿だ”と感慨無量の面持ちで見送った人の『思い』はどこへ行ってしまうのだろう。

 こんなところで山口百恵の例を出すのは不適当かもしれないが,彼女が引退した後,二度と表舞台に出てこないことによって,守っているものがあると思うんだよね。その瞬間,その時間の『思い』,それは大事にしなくてはならないんじゃないだろうか。

 武道館でのサヨナラコンサートで,最後の曲『さよならの向こう側』を歌う前のMCは,何度もテレビで放映されているので知っている人も多いが,その数曲前の『イントロダクション・春』を歌った後のMCも,とても印象的だ。少し長くなるが引用してみる。

 このステージの幕を開けてから,一曲一曲を積み重ねてきました。一曲一曲の中に,私なりにいろいろな思い出がよみがえりました。本当に,8年間という,とても長い時間がこの中に刻まれていたような,そんな気がします。

 ただ,約8年間……。振り返ってみると,なんて早かったんだろうな,そんなふうに思えてしまう。
 これがたとえ10年であったとしても,15年であったとしても,20年であったとしても,きっと,同じようにあっという間だったなって,そう感じるんじゃないだろうかって……。
 そんな長い時間ですら,短く感じるんですから,今日幕を開けてからみなさんと過ごした時間が,本当にあっけなく思えてしまうのは仕方のないことかもしれない……。

 ただ,今日,あたしはこのステージ,ひとつのピリオドを打つ,そんな気持ちで歌ってきました。
 あたしにとって……みなさんにとっても,これからまだまだ時間は続きます。その時間,やっぱり大事にしていかなければいけないし,あたし自身ももちろん大事にしていきます。

 でもみなさんと一緒に歩いた8年間……みなさんが一緒に歩いてくれた8年間,その中で生まれた思い出は絶対に消えることはないんです。あたしの中でも,きっとみなさんの中でも,ずっと残ってくれると思います。(拍手)

 みなさん,いつかこのステージがみなさんの中で思い出と呼べるそんなときが来たら,そっと振り返ってみてください。この,ほんの数時間。この中に込められた一曲一曲の歌,みなさんの思い,あたしの思い,すべて思い出してください。
 思い出だけは,消えることはなく,いつまでも残り,そしていつでもよみがえるものだと思います。

 「さくら」の次には「富士・はやぶさ」も走るようだし,こういうのが好きな人には最高のプレゼントだね。

寝台特急「さくら」が最後の復活
 機関車の前で記念撮影。こういうのって思い出になるんだよね(2003年8月)

寝台特急「さくら」が最後の復活
 寝台特急の車内(2004年2月)

寝台特急「さくら」が最後の復活
 田子の浦近くを走る寝台特急「さくら・はやぶさ」(2003年9月)

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2010年10月22日

やっと iPhone 3G から iPhone 4 に機種変更

 いまさらではあるが,最近殊に動作がもっさりしてきた感のある iPhone 3G を,iPhone 4 に機種変更した。

iPhone 3GからiPhone 4に機種変更

 iPhone 4 にする方法が2種類あって……

(1) iPhone 3G をiPhone 4 に機種変更
(2) 2台持ちしているdocomoの機種を,MNP で iPhone 4 新規購入とし,iPhone 3Gは去年の春頃に○○キャンペーンで契約が変わってからの2年縛りが終わった時点で解約

の二つで悩んでいたのだが,いろいろ考えた末に(1)の方法で素直に機種変更することにした。docomoの古い機種(PROSOLID μ)は,Wi-Fi ルータとしても使えるN-04Bか何かに機種変更するつもり。N-04B……は,外観がカッコ悪すぎて迷っているところ。

 帰宅して Mac に繋いでシンクロすると,今まで使っていた iPhone 3G とほぼ同じ状態になる。このへんは,高機能ジャパニーズ携帯よりもはるかに進んでると思う。

 そして,噂の「Retinaディスプレイ」の圧倒的な解像度のディスプレイは,綺麗すぎて,表示がはめ込み合成みたいに見えるほどだ。これは素晴らしい。
 個人的には,レチナといえば,コダックのカメラのことだけどね……。

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2010年10月21日

新MacBook Air登場:Unibodyはやっぱり凄い

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 Appleの「Back to the Mac」イベントに Steve Jobs が登場し,噂の新MacBook Air を発表した。ディスプレイサイズは,予想されていた通り11.6インチ(1366×768ピクセル)と13.3インチ(1440×900ピクセル)の2種類だった。
 魅力を感じるのは,やっぱり11.6インチ版で,厚さ3mm〜17mm,重さ1.06kg。ソニーのVAIO X 等に比べると,まだまだ重量感たっぷりだが,質感は比較にならないレベルだと思う(あくまで既存モデルからの推測)。

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 メカ系エンジニアとして感心するのは,やはり初代のMacBook Airから使われて続けているユニボディ (Unibody) だ。本体のシャシーだけでなく,ディスプレイのハウジングも一枚のアルミニウム合金板から削り出している。

 Appleはユニボディの加工方法と同様の製品として航空宇宙産業用機器を挙げている。従来の常識としては,航空宇宙産業用機器のような個産品(大量生産のように同じものをたくさん作らない)でシャシーを削り出しで作ることはあっても,パソコンのような大量生産品で削り出し加工を行うことはあり得なかったのだ。

 通常の大量生産品では,金型を使ったプラスチックの射出成形や板金のプレス加工,半溶解状態にしたマグネシウム合金を使ったチクソモールドなどの手法が使われる。いずれの場合も,マシニングセンタを使った金属切削加工は金型に対してのみ行われ,その金型を使って鯛焼きを作るように大量に安く製品を作っていくのだ。

 こういった大量生産を前提にした生産方法と違って,製品を削り出すというユニボディの手法は,1つの製品を作り出すための手間がかかり,しかも100個作るには100倍の手間,1万個作るには1万倍の手間がかかるという問題があり,せいぜい100個レベルの製品にしか使われない。

 そのあり得なかったことを実現しているAppleのユニボディは,実は恐るべき製造技術なのである。

 こんなことが可能になった本当の理由……たとえば,製造不況によって遊休設備となった大量のマシニングセンタをどこかに集約しているとか,そのあたりを知りたいものだ。

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 驚くことに,わずか6万円台の Mac mini の筐体もユニボディだ。この厚さ3.6cmもある筐体が,アルミニウム合金のかたまりから削り出されるのである。光学ドライブのスロットも,当然切削加工だ(放電加工・ワイヤカット加工……?)。

AppleのUnibodyは凄い(ifixitの画像)

 Mac mini の筐体。(一部パーツが付いているが)これが切削加工で作られているのだ。目から鱗が落ちて鼻に抜け,口から吹き出すほどの驚きである。アンダーカットだらけで,5軸マシニングセンタを使ったからって簡単に加工できる代物じゃない。

 こんなに凄いものが6万円台の製品に使われている。恐るべきことだ。私が今までに見てきたものは井戸の中の技術だったのかもしれない。日本の技術力,ものづくりの力はもっと凄いよ……と,誰か慰めてほしい。

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2010年10月20日

北近畿にコウノトリが飛び 文殊の知恵は消える

 特急北近畿、「こうのとり」に改称検討 JR西(2010/10/08 神戸新聞)

 JR西日本が来年3月、阪神間と丹波、但馬を結ぶ特急「北近畿」(新大阪‐城崎温泉)の名称を「こうのとり」に変える方向で検討していることが7日、分かった。春のダイヤ改正と新型車両の投入に合わせた改称。但馬の空を舞うコウノトリにちなみ、自然豊かな沿線のイメージを高めて利用増を目指す。
 「北近畿」は1986年11月、宝塚‐城崎(現・城崎温泉)間の電化に伴い導入された。新大阪から大阪、尼崎を経て福知山線、山陰線を走り、城崎温泉までを2時間50分前後で結ぶ。国鉄時代に製造された183系車両を用い、現在上下計21本を運行している。

 豊岡市がコウノトリにこだわるのは,わからないでもないが(新市名候補に「こうのとり市」があったそうな),世間一般にコウノトリのイメージがあるかどうかというと,結構微妙な感じがする。

 国内の野生個体が一旦絶滅したものの,ロシアからもらい受けて人工飼育に成功し,再度野生化をめざしていることはマスコミで報道され,広く知られてはいるけれど,ひょっとしたら佐渡のトキ(もらい受けたのは中国から)と混同されてはいないだろうか。

 とはいえ,現行の「北近畿」自体が,近畿の北ということはわかっても,歴史的に使われてきた地域名ではないため具体的な地名と直接結びつかない曖昧な感じなので,この際,名称を集約(阪神間と但馬を結ぶ特急を「こうのとり」と「はまかぜ」)することには大賛成だ。

 そもそも,北近畿ビッグXネットワークという特急群(=北近畿,文殊,たんば,きのさき,まいづる,はしだて,タンゴディスカバリー,タンゴエクスプローラー,はまかぜ)が,複雑でわかりにくく,特急料金を取るのはどうかと思うような列車が多いイメージがあるので,名称の集約だけじゃなくて,一部列車の急行への格下げも含めた大胆な見直しがあっても良いんじゃないかと思う。
 
文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 和田山駅を発車する特急「はまかぜ」(2004年5月)

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 和田山駅を発車する特急「北近畿」(2004年5月)

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 高架化工事が進む福知山駅の特急「タンゴエクスプローラー」(2004年5月)

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 福知山駅のホームに入ってくる特急「北近畿」(2004年5月)

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 福知山駅に停車する特急「きのさき」(2004年5月)

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 福知山駅の特急「たんば」(2004年5月)

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 西舞鶴駅に停車する特急「まいづる」(2004年5月)
 先頭車化改造車両がカッコ悪い。

文殊・まいづる・きのさき・北近畿……わけわからん
 城崎温泉駅付近の円山川沿いを走る特急「きのさき」(2004年5月)

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良いところが多い羽越本線沿線だけど……

 羽越線沿線、観光優待パスポート第2弾(2010年10月19日 asahi.com)

 山形、秋田、新潟の羽越線沿線地域で様々な特典が受けられる観光優待パスポート「きらきらパスポート」が発刊された。各地の観光案内所や観光施設、道の駅などで5万部が無料配布される。

 とても良いところが多いけど,いまいちマイナーな羽越本線沿線。列車に乗って車窓を眺めているだけで,十分楽しめる路線だけど,あまり知られていないのはもったいない。「きらきらパスポート」も,羽越本線の振興にも役立てばいいのだけど……。

羽越線
 羽越本線村上駅(2005年8月)
 羽越本線は日本海沿線を結ぶ幹線だが,村上駅以北は列車の本数が異常に少なくなり,電化されているにもかかわらず経費削減のためにディーゼルカーが走っていて唖然とする。

羽越線
 村上駅の隣の間島駅付近(2005年8月)
 旅客列車の本数は少ないが,長大貨物列車が頻繁に通過する。羽越本線は物流の大動脈になっている。

羽越線
 間島駅付近(2005年8月)

 ちなみに,羽越本線間島駅の列車時刻表は次のようになっている。

酒田・秋田方面:
  6:05
  7:37
 10:42
 13:46
 16:09
 17:12
 18:41
 21:54

新津・村上方面:
  7:29
  9:33
 11:33
 15:12
 16:49
 18:09
 19:25
 21:48

 日中に4時間近く列車がない……とか,利用者を拒んでいるようなダイヤになっている。

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「ゆふいんの森」乗務員が久留米絣のベストでおもてなし

 久留米絣のベストでおもてなし 「ゆふいんの森」乗務員(2010年10月19日 朝日新聞)

 久留米市がJR九州に地元特産の久留米絣(かすり)で作ったベストを贈った。図柄はツバキと格子の2種類。博多—久留米—大分を結ぶ「特急ゆふいんの森」の客室乗務員の制服として使われている。

ゆふいんの森
 ゆふいんの森に使用される車両は,JR九州お得意の水戸岡マジックを使った改造車で,一度見たら忘れられないほどのインパクトを持っている。レトロ風のデザインとモダンなデザインを融合した車体が,なかなか良い。

ゆふいんの森
 先頭車や最後尾からは前がよく見えるようになっている。

ゆふいんの森
 日田駅にて(2003年8月)

 この「特急ゆふいんの森」の客室乗務員が,地元特産の久留米絣のベストを着て接客するというのも,良いアイデアだと思う。日本人は,どこかで日本的なものに惹かれるからね。

 蛇足だけど,山口百恵ちゃんが自前の和服で「愛染橋」を歌うシーンは,表情が豊かで,やっぱり日本の女性はこうでなくっちゃ……と感じてしまう。当時百恵ちゃんは若干20歳。はっきり言って天才ですな。そういう私はいい歳のオッサンだけど。

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九州初の「ローレル賞」西鉄2000形車両が引退

 九州初の「ローレル賞」、西鉄車両が引退運行(2010年10月18日 読売新聞)

 西日本鉄道天神大牟田線で38年間にわたり親しまれてきた2000形車両が17日、引退し、福岡市の西鉄福岡駅では最終運行の出発式が行われた。

 ホームには約150人が詰めかけた。

 特急用として1973年に導入された黄色に赤のラインが入った車両で、鉄道愛好家団体がデザインなどが優れた車両に贈る「ローレル賞」を九州で初めて受賞した。

九州初の「ローレル賞」2000形車両が引退
 西鉄栄町駅付近を走る西鉄2000形電車(2005年5月)

 大牟田から福岡天神(西鉄福岡)までは何度か乗ったことがあるが,残念ながら左右非対称の6000形ばかりだった記憶がある。カッコ良い2000形車両には,ぜひとも乗ってみたい気がしていたが,残念ながらその機会がないままに引退してしまった。

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2010年10月19日

憂鬱の美を飾る「中央線オレンジ電車」ラストラン

 中央線オレンジ電車、終着駅は松本 長野でスクラップ(2010年10月18日 朝日新聞)

 「201系、ありがとう〜!」。中央線の代名詞として約30年の間活躍してきた「オレンジ電車」が17日のラストランで役目を終えた。始発駅となった東京都日野市のJR豊田駅、途中停車した甲府市のJR甲府駅、終着駅となった長野県松本市のJR松本駅には、最後の雄姿を一目見ようと多くの鉄道ファンが詰めかけた。

 自宅ではNHKのテレビの音を小さくして点けっぱなしにしているので,ニュースのたびに「中央線“オレンジ車両”が引退」の映像が流れて,少々憂鬱になった。

 201系電車については,JR東日本において「中央線201系 さよならキャンペーン」を銘打ったツアー列車が春から毎月のよう(毎週のように)に運転されていて,しかも平日の中央線快速線への運用にも組み込まれ続け,さらには最後の列車は長年走行して親しまれたわけでもない中央本線を走り,解体を行う長野県(松本)への長旅。JR東日本もずいぶん商売上手になったもんだ。

中央線“オレンジ車両”が引退

 ニュース映像では,列車が到着するホームがどう見ても危険な状態になっているのだが,そのことについてニュースではまったく言及していない。映像を見る限り,コアな鉄道ファンというよりは,一般人に近い人たちが多いようにも見え,駅員による場内の整理はできていない。事故が起こっても何ら不思議ではない,危険な状態だ。
 JR東日本が鉄道ファンを煽ったこともあるが,イベントとは無関係に巻き込まれてしまう一般の利用客(JR東日本を支えているのは,この一般の利用客だ)にとっては迷惑な話である。

 マスコミも,たとえば明石花火大会歩道橋事故の問題点をさんざん報道しているが,自分たちの報道がそれに限りなく近い状況を生み出している可能性を認識しなければならないんじゃないだろうか。事故が起こってからでは遅いのだ。

 引退したはずの新幹線0系や500系が,西日本で走っているのを見て驚いたという声を聞いたことがある。何のことはない,マスコミの報道が正確じゃないのが理由だ。いや,あえて正確な情報を伝えずに,印象的(感傷的)に報道している印象がある。
 今回の中央線201系車両引退報道にしても,「“オレンジ一色の車両”中央線から引退」と,ある意味では正確だが,201系車両は京葉線などでまだ現役であること,関西地区にはオレンジ一色の201系車両が残っていることを伝えないのは配慮不足である(意図的だから,配慮不足という表現は違ってるかな)。

中央線201系
 御茶ノ水のホームに入ってくる東京行き快速(2004年9月)

中央線201系
 御茶ノ水駅を出て行く東京行き快速(2004年9月)

中央線201系
 高架化前の武蔵境駅(2002年11月)

中央線201系
 東中野駅を通過する東京行き中央特快(2002年11月)

中央線201系
 東中野駅付近を走る八王子行き(2002年11月)

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2010年10月18日

世界最長の「ゴッタルド基底トンネル」貫通

 「青函」抜かれた…世界最長の鉄道トンネル貫通(2010年10月15日 読売新聞)

 スイス南部のアルプス山脈を南北に貫く全長約57キロの「ゴッタルドトンネル」が15日、貫通した。
 青函トンネル(53・85キロ)を上回り、世界最長の鉄道トンネルとなる。

世界最長の鉄道トンネル「ゴッタルド基底トンネル」=ロイター

 とうとう青函トンネルが「世界最長」の座を奪われる。

 調べてみると,このゴッタルドの山を貫く全長15kmの現ゴッタルドトンネルは,既に100年以上も前に複線で作られていて,今回貫通した「ゴッタルド基底トンネル(ゴッタルドベーストンネル)」は,現ゴッタルドトンネルよりも標高の低い部分に,勾配が最小限にしたかたちで設けられるらしい。
 現トンネルへのアプローチは渓谷沿いの急勾配(途中にはループ線もある)で,貨物列車の編成にも制限があるため,新トンネルでその障壁を取り払い,高速走行も可能にするそうだ。

 温室効果ガスを大量に排出するトラック輸送から,平坦なトンネルを走る鉄道輸送に物流の手段を切り替えることにより地球温暖化防止を図るという目的を,1993年の工事開始時(京都議定書より早い)から考えているということは,さすがに環境問題の先進国だ……と思った。

 ロイターの写真を見ると,トンネルの幅は単線分しかないように見える。ということは,トンネルの穴は2本掘られていることになり,青函トンネルに北海道新幹線を走らせるときのような列車同士のすれ違いの問題は生じない。ゴッタルドトンネルにはトレイン・オン・トレインも必要ないのだ。
 2017年にはドイツ〜イタリア間を250km/hの高速列車が走ることができるようになるそうで,青函トンネルは列車の速度でも追い抜かれてしまうようだ。

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2010年10月17日

明石のたこフェリーが11月中旬で運航休止へ

 兵庫のたこフェリー運航休止 11月から、全社員解雇へ(2010/10/15 47NEWS)

 兵庫県明石市と淡路島を結ぶフェリーを運航する第三セクター「明石淡路フェリー」(明石市、愛称・たこフェリー)は15日、経営悪化のため11月16日から運航を休止し、社員約70人を全員解雇すると発表した。

経営悪化で運行を休止する「明石淡路フェリー」(愛称・たこフェリー)=15日夕、兵庫県の明石海峡で共同通信社ヘリから

 明石海峡大橋等の高速道路料金値下げの影響で経営状況が大幅に悪化し,同区間で高速船を運航している淡路ジェノバラインへのフェリー譲渡を模索していた明石淡路フェリー(たこフェリー)だが,自治体も含めての調整が不調に終わり,11月16日から運航休止になるようだ。

 道路だけじゃなくて,鉄道や海運,空運を含めた総合的な交通施策を考え,市街地へ流入する車への課金(ロードプライシング)なども検討すべき時代になっているのに,高速道路無料化云々ばかりの現在の状況では,明石海峡大橋と経路がほぼ重複する明石淡路フェリーの経営が悪化するのは火を見るよりも明らかだ。まさに,民間企業の努力ではどうにもならない状況だ。
 関係する自治体は,フェリーが公共交通機関として必要だと判断するなら,赤字分を全額補填するぐらいの覚悟が必要だと思う。

 淡路ジェノバラインと合併したとしても,最終的に共倒れになってしまうことすら考えられる。

 フェリーの運航が無くなると,車での利用者は明石海峡大橋を使うことで代替できそうだが,原付バイクや自転車での利用者は困ったことになりそうだ。あっ,自転車なら淡路ジェノバラインに乗せられるから大丈夫かな。原付バイクは明石海峡大橋を通れないのでどうするんだろう。

たこフェリー運行休止へ
 明石淡路フェリー(たこフェリー)乗り場。なぜか道路に横断歩道が無く,フェリー乗り場側に渡りにくかったので,近づいて写真が撮れなかった(2008年5月)

たこフェリー運行休止へ
 明石港(2008年5月)

たこフェリー運行休止へ
 明石と言えば玉子焼き(たこ焼き・明石焼き)

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物欲には勝てず,LUMIX G14mm F2.5を衝動買い

 読書の秋! 天高く馬肥ゆる秋! 物欲の秋!……などと書いた翌日,欲しかったもののひとつを衝動買いした。

 買ったのは,これ……

LUMIX G 14mm F2.5 を衝動買い

 Panasonicのマイクロ4/3用レンズ,LUMIX G 14mm F2.5 ASPH. である。
 最大径φ55.5 × 厚さ20.5mmで,質量が55gしかない。
 多少ずんぐりむっくりした形状だが,堂々とパンケーキレンズを名乗れそうなレンズだ。

LUMIX G 14mm F2.5 を衝動買い
 典型的なパンケーキレンズ,smc PENTAX-DA 40mm F2.8 Limited と並べてみた。

 smc PENTAX-DA 40mm F2.8 Limited は,最大径φ63 × 厚さ15mm,質量90g。アルミ合金削り出しの DA Limited レンズと比較するのは適当ではないが,LUMIX G 14mm F2.5 ASPH. の55gという軽さは凄い。まさにレンズキャップ並みである。

LUMIX G 14mm F2.5 を衝動買い
 買ってすぐ,店の外で Panasonic LUMIX DMC-GF1に取り付けて,上大岡の街を撮影してみた。店の外はすっかり夜になっていたので,絞り開放の写真ばかりになってしまったが,開放でも良く写るレンズだと感じた(近接撮影でのボケ具合等には興味がないのでよくわからない)。

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2010年10月16日

読書の秋! 天高く馬肥ゆる秋! 物欲の秋!

 読書の秋,天高く馬肥ゆる秋,そして物欲の秋である。
 fall という言葉は枯れ葉が落ちていくだけでなく,我慢していた魅惑の製品に陥落する,平常心が落ちていくことをいう言葉に違いない。

 今年の秋は魅惑の製品が多くて,物欲を抑えるのに大変な苦労が必要なのだ。

■ 真っ先に気になるPENTAX 645D

 PENTAX渾身の一眼レフ中判デジタルカメラである。レビュー記事を読んでも「悪い」評判を目にしない。35mmフルフレームのNikonやCanonのフラッグシップ機の画像を足下にも寄せ付けない解像度の写真を見ると,興奮が湧き上がってくる。
 80万円オーバーのカメラなんて,とても買えない。買えるはずがないとは思うが,元PENTAX 67を使っていた中判カメラ好きとしては,思いっきり心が騒ぐのだ。大きすぎるだろうという声もあるが,たかだか645程度。PENTAX 67を持ち歩いていた感覚からすれば,大幅な軽量化だ。

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[最近は使うことが無くなってしまったPENTAX 67II + smc PENTAX67 45mm F4]

 それに,PENTAX 67で使っていたレンズは,レンズの機能がすべて使えるフィルム時代のマウントアダプタを使えばそのまま動作する。67用のレンズを3本も使わずに持っているだけの私は,マウントアダプターさえ買えば,レンズを買う必要だってないのだ。もちろん,新設計のモーター内蔵レンズは魅力的だが。

 とはいえ,ボーナスも目減りしている現在,さすがに80万円オーバーの645Dには手が出せない。使っていないレンズや,ノスタルジックを感じて手元に置いている銀塩フィルムカメラやレンズを一旦整理して,ある程度まとめて手放すことからやらないと難しそうだ。
 それに,メインのPCとして使用しているPowerMac G5+23インチと24インチのデュアルディスプレイ環境は,PENTAX 645Dの画像を処理するにはあまりに貧弱すぎる。しばらくは手に負えそうにない。


■ PENTAXと言えば,渾身の新一眼レフK-5

 1年間K-7を買うのを躊躇していれば,間違いなくK-5の胸に飛び込んでいただろう。しかし,今までの経緯からしても,昨年の時点でK-7に飛び込んでしまった自分を責めることはできない。

 今まで,PENTAXのデジタル一眼レフは,初代(待望)の*ist D,K10Dと購入して,評判の良かったK20Dを我慢していた自分には,K-7を我慢することなんて無理だった。

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[K-7に smc PENTAX-DA21mm F3.2 AL Limited レンズを付けてみた。くぅ,カッコいい。ミーハーなのでカッコは重要なのだ!]

 カメラで連写はしないので,K-5のK-7に対するアドバンテージは高ISO感度での画質だ。夕方の商店街の写真を撮っていると,歩行者の被写体ブレはどうでも良いときがあって,そんなときにはそれほど高ISO感度が必要になるわけじゃないから,K-5に替えなくても良いだろう……と自分に言い聞かせているところだ。
 でも,ミラーのストッパーのブレーキ動作などにも改良を加えているらしいので,シャッターを押した感覚がぜんぜん違うものになっていたら,コロっと衝動買いしてしまいそうなK-5である。


■ 対抗馬,Nikon DXフォーマットの D7000

 カタログスペックで見たらPENTAXのK-5とがっぷり四つの製品。しかし,「Nikon」ブランドは圧倒的に強いので,世の中の売り上げ数では10:1ぐらいの比でD7000が圧勝することになるはず。

 Nikonが今までの姿勢を反省し,この中級機クラスのマウントにAFカップリングを追加。しかも,非CPUレンズ(古いMFレンズのほとんど)でも露出計が動くという超大サービス。正直なところ,このぐらいだったらPENTAXは当然のように実現しているわけだけど,Nikonにしては挑戦的な仕様だ。

 私の手持ちの Nikon DXフォーマット一眼レフは,生まれて初めて買ったデジタル一眼レフの,Fujifilm FinePix S2ProとNikonのD2Xだ。どちらもチト古くなっている。

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[FinePix S2Pro + AF NIKKOR 24mm F2.8 D]

 このFinePix S2Proが生成する絵の画素数は,D3と同じ1200万画素クラス。バッテリーの問題はあるが,なかなか綺麗な写真が撮れるカメラである。が,カメラの部分が2000年前後に大ヒットしたフィルム一眼レフのF80をベースにしていて,井戸の底から覗いているかのような光学ファインダーや,まったりとした動作は既に時代遅れのカメラになっている。

 それでも,撮れる絵は意外にも綺麗なので,使い続けても良いのだが,Nikonの中級機以下のカメラの仕様をそのまま引きずっていて,非CPUレンズであるMFレンズでは露出計が動かないのだ。これはまったく面白くない。その点で,新しいD7000はその今までのNikon中級機の制限を取っ払ってくれている。これは保守的なNikonにしては,何やら本気度が伝わってくる感じのボディだ。

 もう一台のNikon DXフォーマット一眼レフであるD2Xは,その後性能はあれこれ追い抜かれてしまってはいるが,いちおうのところ高級機なので,非CPUレンズでの制限もないし,ボディも最高にしっかりしている。

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[買ったばかりのD2Xと*ist Dを並べてみたところ]

 しかし,NikonのFXフォーマットのD3を買ってからは,どうしても同じ大きさ・重さを誇るD2Xの使用頻度は下がり,私の手持ちのカメラの中でも,最ももったいない使い方(使われなさ)を誇ってしまっている。
 一時は真剣に売却を考えたが,カメラを使って旅をして歩いた思い出などが,そこかしこに染みこんでいる気がしてしまって,どうしても手放せないのだ。やはり,根からの貧乏性なのだ。


■ Nikonの FXフォーマット用新標準レンズ AF-S 24-120mm F4 ナノクリ付き!

 D3を旅行用に使用するときの標準レンズがAF-S 24-120mm F3.5-F5.6だ。しかし,このレンズは設計が古くて,周辺画像が流れ,アマアマの画質しか実現してくれなかった。それが,F4通しのレンズとなり,ナノクリスタルコートを搭載して待望の新登場。魅力たっぷりだ。最近ちらほら聞こえてくる実写画像を見た人の評判がイマイチなのが気になるところだが……。

 ただし,D3を旅行用に持ち出すときの,もうひとつの問題点である「携帯用充電器がない」はまったく解決していない。D2Xとはバッテリーが共通なので,少しでも小型のD2X用バッテリーチャージャーを持ち歩くことにしていたが,その後は私の身体も段々と軟弱になり,旅行用のカメラはK-7かPanasonicのLUMIX DMC-GF1に落ち着いている。

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[D3+AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D]

 結局D3は,一世代前の大口径標準ズームAF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8Dを付けて使うことが多い。もちろん,ナノクリの24-70mm F2.8はうらやましいが,見た目重視のミーハーな私としては,あの細長い24-70mm F2.8よりは,寸胴で太いAF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8DのほうがD3にはお似合いだと思って使い続けている。D3関係は,大口径単焦点レンズのAF-S NIKKOR 35mm F1.4Gの誘惑さえ我慢できれば,しばらくは安泰かも。


[魅惑的なAF-S NIKKOR 35mm F1.4G…ただし20万円オーバー]


■ 新しいMac Pro

 さすがに6年前のPowerMac G5は,K-7の10MB前後のJPEG画像を開くだけで青息吐息……。もう限界は近い。PowerMac G5の性能だと,Mac miniで十分じゃないのと気楽で悲しい無神経な言葉を投げかけられることも多いが,確かにそれは実情に即してはいる。しかし,現在でも23インチと24インチのデュアル縦横ディスプレイを動かしているので,やっぱりグラフィックボードがしっかりしたMac Proが欲しいのだ。

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[ほぼ6年前に買ったPowerMac G5(紆余曲折あって中身は5年前の製品に変わったけど)]


■ 新しいMacBook Pro

 購入して既に3年半。Core 2 Duo プロセッサの性能はなかなか長持ちしたことで,今ではメインのPowerMac G5よりもさくさくとした動きをしてくれている。

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[3年半前に買ったMacBook Pro。安定して動き続けてくれた。]

 しかし,既に「バッテリーがほとんど持たない」「パームレスト上が異常温度になる(当初からかな)」という症状が出ており,サブ機としての使い勝手に問題になってきている。

 噂では,次回のAppleの発表で小型のMacBook Airが出るということなので,一気にそれに移行したいものだ。


■ Panasonic LUMIX DMC-GF1 のレンズ LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.

 標準ズームを使ったり,Voigtländer COLOR SKOPAR 21mm F4 を使ったりして,意地でも20mm F1.7レンズを買わずにきたが(本命はOlympusのM.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8だったのだが,ピント合わせで前玉が少しだけ前に出るのが不満で本命脱落),スナップ写真用のレンズとして,LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.レンズはやはり魅力的である。

 広角レンズなのに,開放絞り値がF1.7ではなくF2.5なのでボケが少ない……との不満を聞いたりすると,少々呆れた感覚さえしてしまうが,私はもともとボケを撮っているわけではないし,このレンズが魅力的なことに変わりはない。

……と,秋の夜長を過ごすと,煩悩がどんどん溜まっていきそうだ。

【追伸】
 10月16日の夕方に馬堀海岸駅周辺で撮影した後で,上大岡のヨドバシであれこれカメラやレンズをいじくり回していたところ,LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.が39,900円で在庫があるとの話を聞いた。やべぇ,ポイント10%だと約36,000円……。ネットでの最安値とどっこいどっこいじゃないか。

 というわけで,その場でLUMIX G 14mm F2.5 ASPH.をひとつ買った(二つは要らない)。
 煩悩がひとつ無くなったことになる。

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2010年10月14日

旭川駅の高架化完了……必要だったの?

 新・旭川駅スタート(2010年10月11日 読売新聞)

 JR旭川駅の新駅舎が10日開業し、列車の出発式や記念式典が行われた。

 新駅舎は、周辺の線路の高架化に伴い、最上階にホームが設置されたのが特徴。ホームで行われた出発式では、JRや道、市の関係者らが、「一日駅長」となった幼稚園児の合図で出発する列車を見送った。

 旭川駅の高架化工事が順調に進み,10月10日に新駅舎が開業となった。
 旧駅では駅舎から遠く離れたところに位置していた富良野線のホームも,めでたく他のホームと一体化し,しかも新駅では富良野線のホームが1・2番線を名乗るらしい。

 旭川の新しい駅が完成してめでたい,めでたいで終わりたいところだが,かねてよりこの高架化工事には疑問を感じていたので,それについて書いておきたい。

 疑問点は以下の通り。
(1) 高架化工事によって解消する踏切が無い
(2) 立体交差が必要な道路は既に立体交差していた
(3) 新駅舎は駅前商店街から約50m70mほど遠ざかる

 まず,国土地理院の地形図でJR旭川駅周辺を見る。

旭川駅高架化完了
 JR旭川駅周辺[国土地理院地図閲覧サービス 2万5千分1地形図名:旭川]

 旭川駅の南側に,大きな忠別川が流れているのが目に付く。旭川駅と忠別川の間はすべてJR旭川駅の施設なので,鉄道が交通を遮断していることはなく,高架化工事が必要な踏切は存在しない。

 また,旭川駅の西側は1968年に既に鉄道が高架化されており,忠別橋とも立体交差している。
 旭川駅の東側で北側にカーブした後は,隣の旭川四条駅前後を含めて1973年(今から40年近くも前)に高架化が済んでおり,既に踏切は存在していない。

JR旭川駅高架化完了
 JR旭川駅周辺[Googleマップ(航空写真)]

 Googleマップを見ると,工事中の高架駅の状況が写っている。
 新しい高架駅は,現在のホームの南側の,富良野線のホームとの間に設置されることになるのが見てとれる。各地の駅の高架化工事に良くあるように,新しい駅舎は旧駅舎よりも大きく後退するため,駅前広場は広大になり,駅と駅前商店街との距離は約50m70mも遠ざかることになる。

 広々とした駅前広場は,綺麗に植栽されたり,大きな駐車場やタクシープールやバス乗り場が整備されたりするものと思われるが,商店街との距離は確実に遠くなる。わずか50m70mとはいえ,広々とした駅前広場の先にあるという心理的な影響は大きいだろう。
(駅の高架化で駅前広場が広がり,駅と商店街の密着感が無くなった都市としては,たとえば浜松や岐阜がある)

 旭川駅前から延びる平和通買物公園は,国内で最初に歩行者天国(買い物公園)を実施した,先進的な商店街である。その平和通買物公園でも,歩行者通行量が減少し,核店舗だった丸井今井が閉店するなど,商店街の空洞化が問題になっていると聞く。
 浜松や岐阜のように,綺麗に整備された広い駅前広場の先に,賑わいのない商店街が広がるというような事態にはならないでほしいものである。

 旭川駅の南側の忠別川と美瑛川に囲まれた神楽地区には,旭川大雪アリーナと大雪クリスタルホールという大きな施設の他,神楽市民交流センターや森林管理局などの施設があり,旭川市としては,忠別川に橋を架けて,この地区を一体化した開発を行おうとしているものと思われる。
 旭川市の財政が豊かで,近接した芦別市・深川市・赤平市・歌志内市と違って,財政に余裕があるとしたら,それはそれでうらやましいことだ。

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富士山駅は富士登山鉄道の駅にすれば解決

 富士吉田駅:富士急、来年7月に改名「富士山駅」に 市長、複雑な心境吐露(毎日jp)

 富士急行の富士吉田駅が来年7月1日の富士山山開きの日に「富士山駅」に改名され、「吉田」の名前が消えることについて、富士吉田市の堀内茂市長は7日の定例会見で「富士吉田駅として定着しているので市民感情的に理解してもらえない部分も感じているが、民間企業なので市としては聞きとどめる形になる」と述べ、改名について複雑な心境を明かした。

 富士吉田市の堀内茂市長としては,市民感情にも配慮しなければならないので,改名については複雑な心境だろうが,堀内光一郎・富士吉田商工会議所会頭は「富士山市」というトンデモない市名にするよう提言をしているそうな。

 あれ,市長も商工会議所会頭も「堀内」だけど,親戚関係だったりして?

 それにしても,富士急行としたら,富士吉田駅から富士山駅に改名するなどという小手先の観光対策ではなく,もっと長期展望のある対策を考えるべきではないだろうか。

富士吉田駅が富士山駅に?
 羽田に向かう飛行機の中から見えた富士山(2006年5月)

 富士吉田市の富士山の玄関口としての地位は,以前に比べると大きく低下していることは,少し調べればよくわかる。富士講が盛んだったころは,さぞかし賑わったことだと思う。
 しかし,平成の今は状況が違う。富士の麓から富士山に登る人はごくわずかだろう。多くの人は,バスやマイカーで五合目付近まで登ってしまうのが現実だ。富士吉田駅が富士山駅になろうと,その現実は変えられない。

 富士急行が問題にすべきは,バスやマイカーによる大気汚染や沿線への環境負荷だ。
 まずは,富士山へのマイカーの乗り入れ禁止と,麓での電気自動車・電気バスへの乗り換えを強制する。そう,スイスのツェルマットのように,環境保護のためにエンジンを搭載したマイカーの乗り入れを規制し,代わりに電気自動車への乗り換えを強制するのである。
 これは,富士急行一社でどうにかなる問題ではなく,当然のことながら富士吉田市の協力が必要になる。

富士吉田駅が富士山駅に?
 羽田に向かう飛行機の中から見えた富士山(2006年5月)

 さらに一歩進めて,富士吉田駅から富士登山鉄道を造ってしまってはどうだろうか。登山鉄道については箱根登山鉄道の例も,スイスの登山鉄道の例も,実例はたくさんある。線路を引くために必要になる用地は,自動車道に比べるとはるかに狭い用地で済む。電化鉄道であれば,輸送量は十分に確保できるし,環境負荷も小さい。
 最終的にマイカーやバスの乗り入れは禁止するわけだから,基本的に自動車道の上に線路を敷いていくようにすれば,用地の確保もしやすい。
 そして,その最も高いところに設けた駅に,堂々と「富士山駅」と付ければいいのである。これなら誰も文句を言わないだろう。

 富士登山鉄道……もう既に誰もが考えていそうな案ではあるが,10年20年の期間で考えれば,それほど突拍子もない考え方ではないと思っている。
 富士山に鉄道を造るのは環境破壊だという意見があるかもしれないが,現状のアスファルトの道路をマイカーやバスが排気ガスを出しながら走っている状況のほうが,はるかに環境を破壊していることを忘れてはならない。

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JR松島海岸駅前で「日本三景松島園遊茶会」……

 松島背景に「野だて」はいかが? 3日に、お茶会(2010年10月2日 朝日新聞)

 宮城県・松島を背景に野だてを楽しむ「日本三景松島園遊茶会」が3日、JR仙石線松島海岸駅前グリーン広場で開かれる。午前10時10分〜午後3時半(受け付けは午後3時まで)。

 どうでもいいことだが,松島という地名を聞くと胸がキュンとなる。

 松島は,中学一年の時にバスに乗って行った現場学習(いわゆる遠足だが,当時の中学ではそう呼んでいたのだ)で,生まれて初めて遊覧船に乗ったこともあるし,瑞巌寺や五大堂を見て回るような観光的な旅行は初めてだった(実家が自営業だったので,旅行に出かけることはほとんど無かった)。もちろん,好きな女生徒も一緒だったし,いくつかのシーンは昨日のことのように覚えている。

 そんな松島をもう一度ゆっくり(一人で)歩いてみたいと思っていた。

松島背景に「野だて」はいかが?
 JR仙石線松島海岸駅。チャンスを作って出かけたのは,2005年11月だった。

 真っ黒な曇り空で,観光客の姿も見えず,一人で感傷に浸るにはちょうど良いぐらいの天気だと思ったのだが……

松島背景に「野だて」はいかが?
 まだ松島海岸駅のホームにいるうちに,雨が強くなり,大粒の雪が混ざり始めた。

 というわけで,松島海岸駅で下車するのはまたの機会にして,ホームに入ってきた電車に乗り込んだのだった。

松島背景に「野だて」はいかが?
 ひたすら仙石線の電車に乗り,みぞれが小降りになった陸前大塚駅で下車した。牡蠣剥き工場のある潮の香りがする駅だった(ホームのすぐ隣が海だ)。

松島背景に「野だて」はいかが?
 空が暗くて,写真のほうはイマイチだったけど,また松島に来るぞ〜と思った一日だった。

 それから五年,まだ松島海岸へは行っていない。

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2010年10月10日

JR南武線に待望の快速運転が復活!

 JR南武線の快速、32年ぶり復活 川崎—登戸5分短縮(2010年10月5日 朝日新聞)

 JR東日本横浜支社は来年3月から、南武線(川崎—立川駅間)で約32年半ぶりに快速列車を復活させる。午前10〜午後3時台に快速を12往復運行。川崎—登戸駅間の停車駅を14から7に減らし、所要時間を約27分間から約5分間短縮する。

 南武線ではこの時間帯に各駅停車のみ1時間当たり6往復していたが、快速列車2往復を追加する。川崎駅からの停車駅は鹿島田、武蔵小杉、武蔵中原、武蔵新城、武蔵溝ノ口の5駅と登戸以北の各駅。今年3月にJR横須賀線の武蔵小杉駅が開業するなど南武線の利用者が増えており、さらに利便性を高める。

 南武線は,川崎駅と立川駅を多摩川の西に沿って結ぶ路線で,川崎駅の東芝,向河原駅のNEC,武蔵中原の富士通,南多摩の富士通(現在は跡地),分倍河原の東芝府中,NEC府中,その他にもキヤノンや富士通ゼネラルの工場や事業所が建ち並ぶ,日本でも有数のハイテクラインである。

 昔から他電車区で使われたお下がりの電車が走っていることも多く,かなり遅い時代まで国電時代の茶色い電車が使われていたりした。いわば,JRの主要路線としては位置づけられていなかったことになる。

 しかしながら,路線別の収支状態を計算すれば,南武線がJR東日本上位の,東海道線,横浜線,根岸線,京葉線,中央線あたりと,ほぼ互角の営業係数をたたき出していることはよく知られている。

 南武線の快速運転は,過去にうまく行かなかったことがあるそうだが,このたび,快速運転を32年ぶりに復活させ,利用者の利便性向上を図ろうとするらしい。
 この試みは,全面的に支持したい。ほとんどの電車が満員状態で走っており,気楽に座れない状況では,到着時間を短くして利用者が座れなくても快適に移動できる工夫のひとつなのだろう。

 もうひとつ,快速運転の開始によって各駅停車の乗客が減ることで,私のように,混雑が嫌いで,時間は掛かってもいいから混雑していない電車に乗りたいタイプが逃げ込む先ができるのは有り難い。快速急行で有名な京急線に乗っても,ほとんどいつも各駅停車に乗っているからねぇ……。

JR南武線の快速、32年ぶり復活 川崎—登戸5分短縮
 溝口西口商店街の横を走る南武線の電車(2004年1月撮影)

JR南武線の快速、32年ぶり復活 川崎—登戸5分短縮
 溝口西口商店街の飲食店街の横を走る南武線の電車(2004年1月)
 この南武線の車内から,この溝口の飲み屋街が気になっている人はかなり多いはずだ。

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2010年10月 7日

「青い森鉄道 赤字軽減策」交渉してるの?

 青い森鉄道 赤字軽減策(2010年10月2日 朝日新聞)

 東北新幹線全線開業でJR東北線(八戸—青森間)の運営を引き継ぐ第三セクター「青い森鉄道」の赤字軽減の見通しが立たない。年16億円分の負担を肩代わりする県は国の財政支援を求めるが、未定のまま。業を煮やした県議会が1日、賛成多数で可決した意見書は「国の支援がなければ重大な判断をせざるを得ない状況になる」とし、線路を管理する県がJR貨物を通さないという「実力行使」も現実味を帯びかねない事態になっている。

 八戸−青森間の並行在来線を引き継ぐ第三セクター「青い森鉄道」が厳しいのは,東北新幹線の全線開業前から良くわかっていたことだ。今になって急に出てきた問題ではない。
 当初から考えられていた問題について論議も解決策も示さぬままに,『JR貨物を通さない』などという実力行使をちらつかせるとは,○○○と一緒の酷いやり方ではないだろうか。

青い森鉄道 赤字軽減策がない
 かつての東北本線(在来線区間)に走っていた特急列車(青森駅にて 2006年8月)

 発表された新幹線開通後の列車ダイヤで,青い森鉄道の電車が新青森駅に乗り入れる列車は,ほんのわずかしか設定されていない。JRの奥羽本線の駅に青い森鉄道の列車がたくさん乗り入れるのは,難しいことなのであろう。
 しかし,新青森駅に乗り入れられるかどうかは,青い森鉄道の今後の明暗を分ける重要な交渉だったはず。一駅だけとはいえ,青森駅で新青森駅行きの電車に乗り換える必要が生じるとしたら,矢田前・野内・浅虫温泉からの利用客は,青い森鉄道ではなく,車やバスを利用するようになってしまうのではないだろうか。
 また,野辺地や三沢からの乗客をバスに奪われないためにも,ロングシートの青い森701系を,転換クロスシートに変更するなど,乗客の立場になった車両の改善も必要だろう。

青い森鉄道 赤字軽減策がない
 東北本線(在来線区間)の三沢駅のホームに入ってきた普通列車(2009年5月)
 2両編成のロングシート車両で,座る場所に困るほど混雑していた。

 今回発表されたダイヤ改正では実現しなかったが,奥羽本線や函館から津軽線経由の特急列車の乗り入れ(青い森鉄道区間では快速列車として走る)も,交渉次第では何とかなる施策だと考える。実際,貨物列車はどんどん乗り入れているではないか(そして青い森鉄道の収入源でもある)。

 八戸以南では,青い森鉄道とIGRいわて銀河鉄道の話し合いがうまく行かず,両社の分界点を通過する列車が設定できずに,直通列車がなくなってしまうのではないかとの危惧の声が上がった時期もあった。利用者無視の運行管理がなされていることは明らかで,非常に残念な自体である。

 まともな交渉をしているのかどうかは不明だが,支援策がない場合は「県の所有物の線路に貨物を通さない判断もある」などと寝ぼけたことは言わずに,しっかりした交渉を継続してほしいものである。

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2010年10月 5日

石岡市の「かしてつBRT」利用者 目標を下回る

 かしてつBRT利用者、平日の平均1128人 当初目標下回る(2010年10月2日 東京新聞)

 廃線となったローカル線・鹿島鉄道の線路跡をバス専用道に整備した「かしてつBRT(バス高速輸送システム)」の平日の利用者が平均千百二十八人と、当初目標としていた千六百人を大きく下回っていることが一日、バス会社の調査で分かった。石岡市の久保田健一郎市長は「(八月三十日の)BRT開通が住民にまだ周知されていない。出足としてはまずまずと思う」と話している。

 鹿島鉄道(かしてつ)の廃止から約3年半が経った。
 主な利用者だった中学生は高校生へ,高校生は社会人へとなり,通い先も変わっているに違いない。鹿島鉄道の利用者が,一旦他の交通(自家用車・原付バイク・自転車)に移ってしまった状態から,利用客をバスに取り戻すのは,なかなか難しいはず。

 そんな中,バスの利用者は,4月の時点と比較して土休日が30%近い増加の601人,平日は1.6%増の1128人と,目標の「1日あたり1600人」は大きく下回っているが,まだまだアピールに仕方によって増加する方向に持って行けるのではないだろうか。

 この石岡市のバスBRTの取り組みは,地方における交通施策としては珍しいものだから,成り行きに興味を持っている人(自治体)は多いだろうと思う。あちこちのマスコミのWebからBRTが報道されているのを見つけるのは大変だが,関係者の努力で,何とか盛り上げていくことができるよう期待したい。

鹿島鉄道 2004年3月
 鹿島鉄道(かしてつ)が残っていた頃の石岡駅(2004年4月)

鹿島鉄道 2004年3月
 変化に富んだ区間を走る鹿島鉄道のディーゼルカー(2004年4月)

【関連記事】
2010年6月14日:鹿島鉄道跡はバス専用道に(三日画師のかすかだり)
2004年3月21日:鹿島鉄道は快晴だった(写真撮っけど,さすけねがい?)
2002年のまとめ [2](写真撮っけど,さすけねがい?)

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2010年10月 3日

怖いぞ! オーバーラン繰り返す横浜市営地下鉄

 横浜市営地下鉄がオーバーラン 運転手「前後の記憶がない」(msn産経ニュース)

 2日午後3時50分ごろ、横浜市戸塚区の横浜市営地下鉄ブルーライン戸塚駅で、あざみ野発湘南台行き電車(6両編成)が停止位置を約800メートル通り過ぎて停車した。乗客にけがはなかった。
 横浜市によると、男性運転士(44)は市の調査に「戸塚駅を通過した前後の記憶がない」と説明。指令所の無線連絡でオーバーランに気付き、電車を停止させたという。市が原因を調べている。

横浜市営地下鉄ブルーライン
 上永谷駅付近で地上を走る横浜市営地下鉄ブルーライン(2006年3月)

 記事には書かれていないが,後述するように横浜市営地下鉄はオーバーラン事故を繰り返していて,乗るのが非常に怖い状況になっている。

 戸塚駅を800mもオーバーランしたということは,隣の踊場駅との距離は1.7kmだから,駅間の約半分ぐらいまで走ったことになる。もう単なるオーバーラン事故のレベルを超えてしまっている。しかも,オーバーランに気づいた運転士(横浜市営地下鉄はワンマン運転)は,(指令所からの指示はあっただろうが)そこから戸塚駅までの800mを逆行運転するという恐ろしいことをしている。電車は約7分間隔で走っているので,少し指令所からの指示を待っただけで次の電車はすぐ後ろにまで迫っているのだ。

 そもそも,横浜市営地下鉄にはATO(自動列車運転装置)が付いているので,オーバーランしたということは,ATOを切断して手動運転を行っていたことになる。

 昨年の8月のオーバーランのときにも,運転士はわざわざATOを解除して手動運転にした上で居眠り運転をしている。その事故を受けての「自動運転から手動運転の切り替えについて、取り扱いを厳正にする」という処置は,まったく守られていなかったのだ。

 昨年の事故では,「運転士が操作レバーを握ったまま居眠りしたため停車しなかった」と報道されたが,私の勝手な推測では,レバーから手を離すと自動停止する→停止すると事故扱いになるので自動運転を解除して運転していた可能性があるのではないだろうか。

 ひょっとしたら,自動運転を解除する行為は「何らかの理由」で常態化していたのかも?

 とにかく,単に「運転士が睡眠時無呼吸症候群だったため居眠りしていた」ということを事故の理由にせず,なぜ自動運転を解除する行為(訓練は別にして)が行われているのかを明らかにし,再発防止を徹底してほしい。
 大事故でも起きないと直らないとしたら,ホント,怖くて乗れないよ。

 2005年6月26日 ブルーライン仲町台駅でオーバーラン「腹痛で注意力散漫に」

 横浜市交通局は二十九日、同市都筑区仲町台の市営地下鉄仲町台駅上りホームで二十六日午後、湘南台発あざみ野行き電車(六両編成)が約百メートルオーバーランした、と発表。約百五十人の乗客にけがはなかった。同局は、運転士(40)らから事情聴取した結果、運転士が急な腹痛で前方への注意力が散漫となり、ブレーキ操作が遅れたのが原因。

 2009年8月7日 運転手居眠りで下永谷駅通過 横浜市営地下鉄 「全く記憶がない」(msn産経ニュース)

 7日午後1時5分ごろ、横浜市営地下鉄ブルーラインの湘南台発あざみ野行き電車で、男性運転士(39)が居眠りをし、横浜市港南区の下永谷駅に停車せず通過した。

 市交通局によると、この運転士は舞岡駅で、自動で車両の速度やブレーキを制御する自動運転から、手動運転に切り替えていたが、下永谷駅での停車措置を行わなかった。運転士は次の上永谷駅到着前に目を覚まし、車両は同駅に停車。その後は自動運転を行った。運転士の健康状態に異常はなく、「全く記憶がない」と話している。同局によると、下永谷駅での乗降客約10人に影響が出たという。

 市交通局は全乗務員に健康管理アンケートの実施を決め、「自動運転から手動運転の切り替えについて、取り扱いを厳正にする」としている。

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深夜の鹿児島で「芝刈り電車」快走

 「芝刈り電車」快走中 深夜の鹿児島、一時引退の2車両(2010年9月27日 朝日新聞)

 路面電車の軌道に芝生を敷いている鹿児島市電で、世界初を名乗る「芝刈り電車」が快走中だ。約半世紀働いて引退した車両に、新たな活躍の場が与えられた。桜島の降灰に見舞われる街に潤いをもたらす芝生の景観は、2両の「老朽電車」が支えている。

 世界初の「芝刈り電車」は500形電車を改造したものらしい。

 鹿児島市電は,軌道敷の芝生化による緑化整備とセンタポール化が進んでいて,従来の国内の路面電車のイメージを一新しているように思う。
 緑の芝生の上を走る路面電車は目に鮮やかだし,軌道敷の芝生への車の乗り入れも防ぐ効果もある。芝生を敷いたほうが騒音レベルも低く,夏の日光直射時の地表温度も下がるという,良いことずくめのような施策だ。

 残念ながら最後の鹿児島訪問は2003年なので,鹿児島市電の新しい姿を見たことがない。鹿児島中央駅付近も様変わりが大きそうだ。ぜひとも再訪してみたい街である。

鹿児島市電(2003年7月)
 鹿児島駅前(2003年7月)

鹿児島市電(2003年7月)
 鹿児島駅前(2003年7月)

鹿児島市電(2003年7月)
 大門口通りのいずろ通電停付近。左側は鹿児島の老舗百貨店山形屋(2003年7月)

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銚子電鉄でレトロ車両のさよなら運転

 くすんだ赤に「ありがとう」銚子電鉄レトロ車両に別れ(2010年9月26日 朝日新聞)

 レトロ感を漂わせたくすんだ赤色が人気を集めた千葉県銚子市の銚子電鉄の2車両が、さよなら運転を行い、鉄道ファンやカメラマンたちが最後の姿を熱心にカメラに収めた。

 1942年に製造されたデハ701は滋賀県の近江鉄道から購入し、78年から30年以上走り続けた。50年製のデハ801は愛媛県の伊予鉄道から購入、86年から運行した。近く廃車になる予定だ。

 くすんだ赤……確かにくすんだ赤色だった。最初に見たときには違和感を感じたが,徐々に風景に馴染んでいったように思う。

 伊予鉄道からやってきたデハ801は廃車になってしまうようだが,単純に解体してしまうのなら,故郷の伊予鉄道に里帰りさせて,どこかに展示したら懐かしがる人が多いような気がする。

 銚子には,歩いてみたい街並みがまだまだ残っているので,新しい車両が落ち着いた頃に再訪してみたい。


 本銚子付近を走るデハ801(2006年11月)

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 外川港に停車するデハ801(2006年11月)

銚子電鉄デハ702(1999年2月)
 仲ノ町駅のデハ702(1999年2月)

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