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2010年7月30日

地方都市の市街地崩壊が止まらない

 秋田の「顔」進む弱体化 駅前の商店振興組合が相次ぎ解散(2010年7月16日 河北新報)

 秋田市のJR秋田駅西口の商店街で、集客やイベントを担ってきた振興組合が相次いで姿を消す。中央通商店街振興組合が今年3月に解散したのに続き、今度は目抜き通りの「広小路」が、シンボルとなっていたアーケード撤去とともに看板を下ろす。県庁所在地の振興組合が解散した例は、最近では東北で秋田市だけ。かつて県内随一のにぎわいを誇った「秋田の顔」は、多くの店舗にシャッターが下りるばかりか、足腰となる街のつながりまで弱体化が続く。

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 撤去の方針が決まった広小路商店街のアーケード(河北新報)

 日本全国,地方の都市はどこも同じようなもんだよ,という声も聞こえてきそうではある。

 だが,しかし,である。秋田市は秋田県の県庁所在地にして,政治・経済・交通の中心都市となる一極集中型の都市だ。県内の各都市が大幅に人口を減少させる中,周辺部の人口を集めて唯一人口を増やし続けてきた(ここ10年では若干減少傾向にあるが)。その秋田市の中心商店街が崩壊し始めているのだ。これはかなり深刻な状況である。

 秋田市の繁華街は,このニュースで話題になっている秋田駅前の広小路商店街や中央通り,金座街ではなく,旭川に沿って形成された川反通りという飲食店街だという意見もあろう。個人的な印象でも,一般的な商店街よりもバーやスナックが並ぶ飲食店街のほうが,寂れた街でも最後まで賑やかさが残り続ける印象があり,ひょっとしたら川反通りにはまだまだ賑やかさが残っているのかもしれない。

 しかし,それはそれ,都市の顔となる中心商店街とはちょっと違う存在だ。

 次の写真は,2006年の8月に撮影した秋田駅前の商店街の写真である。

秋田の「顔」進む弱体化 駅前の商店振興組合が相次ぎ解散
 JR秋田駅西口前のバスターミナル。

 1966年に秋田市電(路面電車)が廃止されてから,秋田県庁,秋田市役所,八橋運動公園,こまちスタジアム,県立武道館,そして市内の高校や大学などの市内の主要ポイントへの移動はバスが主になっているはずだ(マイカーは置いといて)。それらの乗客が集まるバスターミナルとしては,かなり寂しいバスターミナルであると言わざるを得ない。

 歩道を示すペイントが剥がれ,どこをどう歩けばバスターミナルにたどり着くのかが,私にはわからなかった。あえて,JR秋田駅から(写真を撮っているところから)のアクセスを排除しているかのような構造にも見えた。バスと鉄道の連携が取れているとは,決して言えない構造になっている。

秋田の「顔」進む弱体化 駅前の商店振興組合が相次ぎ解散
 そして,駅から続く正面のデッキを歩き続けると,その正面には中央商店街があることになっている。
 写真の左側の建物はイトーヨーカドー。正面右側の建物は西武デパートなのである。にもかかわらず,中央通りには買い物客の姿は疎らで,商店街の体をなしていない。立派な全蓋式アーケードが虚しいだけである。

 ヨーカドーの先に広場のように見えるところがある。ここは昔,金座街,銀座通り,平和通り,末広町と,戦後の青空マーケットから自然発生した雑然とした商店街だったところらしい。現在ではすっかり整備され,人のいない広い広場になっている。

 河北新報の記事の最後に,今年8月に広小路のブティックを閉めるという鳴海さんの話が載っている。「商店街は衰退の道をたどるだけ。時代の流れです」。

 そう,商店街の衰退は,時代の流れなのだ。住宅が郊外に広がり,歩いていける範囲にはまともな店など無く,日用品も嗜好品もクルマで郊外のロードサイドショップやショッピングモールにに買い物に行くというクルマ社会に生きれば,何も混雑する駅周辺の商業施設に行く理由はほとんど無い。
 利用する理由が無くなった中心市街地の商業施設が崩壊するのは当たり前のことなのだ。

 しかし,そういう時代の流れで良いのか。
 1960年,1970年までは,都市は「歩く」街だった。日常の生活圏の中に商業の核店舗や公共施設があれば,「歩く」都市を造り出すことができるのである。各地に分散したそれらの施設を集中させ,そこまでの公共交通機関(バス)を整備することによって,クルマに依存しない社会が作れるのではないかという希望を持ちたい。
 
 以下に,秋田の街が大きくなって,クルマ無しでは生活できない街になってしまった様子を示してみたい。

 まずは1962年8月13日撮影の航空写真である。
秋田市の変貌
 [国土地理院撮影の空中写真・秋田市・モノクロ(1962年8月13日撮影)]
 データのある1960年の秋田市の人口は20万3661人。全国の政令指定都市・県庁所在地の中では,27番目の人口を誇っている。
 市街地の大きさは,北は保戸野町,西は高陽幸町から大町一丁目〜六丁目,川尻総社町,南は楢山本町から羽後牛島駅付近,東側は秋田駅の東が一面の田んぼになっている他は,手形新栄町付近と東通観音町付近に集落が生まれつつある程度である。この時代は,秋田駅前から市街地を貫き,土崎駅前までを結ぶ秋田市電も走っていた。
 人口約20万人で,この程度の面積に市街地が集中していれば,日常の買い物は徒歩圏内にある近所の商店街で済ませられただろう。

 次の写真は1967年5月22日撮影の航空写真である。
秋田市の変貌
 [国土地理院撮影の空中写真・秋田市・モノクロ(1967年5月22日撮影)]
 1970年の秋田市の人口は23万5873人。わずか10年で3万人増加。全国の政令指定都市・県庁所在地の中では33位の人口となった。
 八橋・山王地区の公共施設工事が始まり,市街地は西側に大きく広がっている。田んぼしかなかった秋田駅の東側にも住宅地が広がりつつあるのがわかる。

 そして2004年5月6日撮影の航空写真。撮影エリアが少し東側に広がっているのは,ちょっと面倒で修正できなかった。
秋田市の変貌
 [国土地理院撮影の空中写真・秋田市・モノクロ(2004年5月6日撮影)]
 驚くほどの市街地の拡大である。2005年の秋田市の人口は33万3047人。全国の政令指定都市・県庁所在地の中では32位の人口である。
 まだまだ田んぼが残っていた八橋田から新川,大橋にも住宅が広がっている。山王地区の西側も完全に市街化されている。また,茨島にも卸団地ができ,秋田経済法科大学などの誘致もあって住宅地が増えている。
 さらにびっくりするのは,秋田駅の東側の変わりっぷりである。びっしりと住宅地が広がっているだけでなく,南大通りから東に延びる道路沿いにはたくさんのロードサイドショップが建ち並んでいる。さらに,城東十字路を南北に貫く県道41号線沿いにもロードサイドショップが並び,一大商業ゾーンになっている。

 これだけ市街地が拡散してしまうと,何をするにもクルマを使わなければならない状況になり,クルマ無しでは生活できない街になってしまう。

 秋田市の例を見てきたが,やっぱりというか,中心市街地が衰退している従来のパターンとまったく同じである。
 こういう例を見るたびに,大船の仲通り商店街が今でも賑わっているところを,シャッター商店街に悩む町の人や商店街の人に見てもらいたいと,真剣に思う。大船の仲通り商店街は,電車やクルマで遠くから通う人の少ない小さな商店街だが,いつも買い物客が絶えない人気の商店街なのである。道路を広げてクルマが通りやすくしたり,大きな駐車場を設けることでは得られない何かが,そこにはあるのだ。

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コメント

わが地元でございます。
見事な分析です。

そうなんですよね、秋田市は一時40万都市を夢見て拡張していったんですよね。
たいして集積もしてないのに、郊外につくば的な新都市まで作ってしまって…
公共施設や学校も均衡ある発展のためにあえて分散させた節も…

市街地が広がると、維持費だけでタイヘンになるんで、ほんと、どうしたもんだか…
広小路以外の商店街も、道路の拡幅工事がきっかけで店を閉める人が出たりで、なんだかなぁって感じです。はい。

ま、秋田市に限ったハナシじゃなく、秋田県全体にも、そして日本全体にも言えることですが、思い切って、選択と集中していって集中投下かつ維持費を節約していかないと、都市間、国家間競争に勝てなくなっちゃうと思うんですよねー。

投稿: n.waka | 2010年7月30日 15時11分

 都市がどんどん拡大しているときには良いと思っていた施策も,こういう時代になってしまうと,とても微妙ですよね。本当に秋田市に限った話ではないです。

「都心部の商店街を利用しない理由」ということでアンケートを採れば,どうしても,道路が狭い,クルマを停められない,駐車料金が高い……というのが上位にくるので,建物をセットバックして,道路を広げて,歩道も広く取って,駐車場を作って,結局スカスカで魅力のない商店街を作ってしまいがちです。

 万人が利用したくなる商店街なんてのはあり得ないので,アンケートは商店街に来ている人に,なぜ商店街を利用するのかを聞くようにして,それに特化する方向に向かってほしい気がします。

 秋田市では「タウンビークル」という,トランジットモール的なものを考えているようですが,あちこちの文章を読んでみてもタウンビークルの実態がよくわかりませんでした。なんとか良い方向に行ってほしいです。

投稿: 三日画師 | 2010年7月30日 23時25分

私の実家は北関東ですが、そこそこ大きな町の市街地に住んでいるにもかかわらず、公共交通たるバスは時間当り1~2本しか無い状況です。市役所等に行くのにも、車か自転車・バイク利用しか手立てがありません。

かつて近所に有った商店やスーパー、飲食店は軒並み廃業して、いまや最寄のコンビニでさえ500m以上離れてしまっています。

運転免許を持たない、車を所有しない人には大変厳しい世界となってしまっております。70代後半に差しかかった私の両親も、いまだ運転免許を返上する事無く、日々、夕方のラッシュの道を、2km以上離れた大型スーパーまで自家用車で買い回りに出かける生活を送っています。

近くのJR駅は、それなりに列車本数も多くて便利な筈なのですが、実家の両親にしてみれば、東京や、高崎駅前の大型店等に出かける時くらいしか利用価値の無い代物になってしまっています。

都会の生活にはまった今の私では、ひと昔前の様に「老後は田舎でのんびりと…」なんて、まず無理ですね。かえって都会よりもストレスが堪りそうです。異次元みたいなもんでしょうかね。

投稿: もりあき | 2010年7月31日 00時42分

 本来ならば鉄道ではまかないきれない公共交通の末端の部分をバスが補うかたちが理想なんでしょうけど,その路線バスを取り巻く環境が非常に厳しいようですね。

 先日買ってきた週刊東洋経済の「バス大異変! 知られざる公共交通の実像」という特集を読んでみましたが,バスの輸送人員はピーク時の半分以下になり,地方では経費を切り詰めてもバス事業者の約9割が営業赤字だそうです。

 郊外の大型スーパーが商業の拠点になっているならば,その実情に合わせたバス路線に組み換えられなくちゃならないですよね。バス路線に対してどのような規制があるのかは調べてませんが,柔軟に対応できるようにしてほしいです。

 話は変わりますが,秋田市の中心市街地や郊外に立地する大規模小売店の店舗を見て,ちょっと驚きました。イオン系のショッピングセンターばかりなんです。同じ系列のショッピングセンターが競合しないんでしょうかね。

・市街地:
 なかよしターミナルビル(ジャスコ秋田フォーラス店)
・郊外:
 土崎SC(ジャスコ土崎港店)
 イオンモール秋田(ジャスコ御所野店)
 秋田サティ
 イオンタウン茨島パワーセンター

 私も,老後は田舎でのんびりしたいと思っていましたが,クルマを運転できない(免許は持っていても)やわな人間に,田舎は耐え難い厳しさを持っているような気がしてきました。

投稿: 三日画師 | 2010年7月31日 02時16分

食料品なんてものは、本来、在庫を調整しながら日々買い足していく方が合理的だし、新鮮に味わえるものです。

車社会が浸透した地方では、家から職場まで、家からスーパー等の商業施設までの距離が遠くなる傾向が強まっていて、その都度在庫を確認しながらの買い物が出来難い環境が醸成されてしまっています。スーパーの「特売日」や「まとめ買いセール」の設定なども、そうした消費者心理を煽る一因になっているのでしょう。

「まとめ買い」スタイルも、決して消費者が望んだからそうなった…というのではないと思っています。私の両親も、年をとってからの買い物スタイルが、まとめ買いから日々調達に戻っている感じですしね。

昨日、所要で新横浜方面に移動した際、環状2号線で港北区・鶴見区境の師岡、という所を通りがかってびっくりしました。昔、トヨタ自動車関連の納車用プール施設が拡がっていた所に、『トレッサ横浜』という巨大な商業施設が出来ているんですね。

三ッ池公園や師岡八幡神社を抱える丘陵に取り囲まれた盆地状の土地で、広い道路は環状2号線のみ、という、交通手段に恵まれてるとは思えない土地なのですが、逆に都会の周辺ながら、比較的地代の安い土地がまとまって手に入る、という論法で、こうなるのでしょう。

もともとの地主で、交通手段としての車も売れるし、遊休施設となっていた土地が人気の商業施設に化けたトヨタ自動車グループとしては、笑いが止まらないでしょう。しかし、周辺の末吉橋交差点や綱島街道の大綱橋辺り、港北区役所に近い大豆戸交差点などは、以前にも増して渋滞が酷くなっている印象でした。

綱島駅から当地を経由し、三ッ池公園を経て鶴見駅西口に向かうバスは、獅子ヶ谷や寺尾台周辺住民の重要な生活の足になっています。それだけに、この「トレッサ横浜」絡みの渋滞で、正常な運行が困難になっているんじゃないか?と、少々心配になりました。

投稿: もりあき | 2010年7月31日 09時25分

イオングループは、地方の中堅スーパーをどんどん系列化してますからね。

イオンが潰れたら、地方の生鮮品を中心とした買い物環境は破綻するんじゃないか?と思ってしまいます。

どうせ潰れても、もはや影響力に配慮して公的支援が約束された様なものになるから…と、調子に乗っているのかどうかは分かりませんが、そういう風に勘繰りたくなる程の膨張路線です。

投稿: もりあき | 2010年7月31日 09時49分

 師岡のトレッサ横浜を地図で確認しました。ちょうど港北区と鶴見区の境界に,本当に巨大な商業施設ですね。近くを東海道新幹線が通ってはいるものの,鉄道の駅の空白地帯という感じでしょうか。

 ウチの近所を通っている環状2号線(港南区)をそのまま走り続けると,トレッサ横浜に達するようですが,同じ環2でも師岡周辺は片側2車線しかないし,周辺の道路はさらに貧弱で,渋滞がひどいというのも納得です。
(Googleマップの航空写真は,まだトレッサ横浜のところが更地の時期のものなので,その後,道路は改善されているかもしれませんが……)

 もりあきさんのコメントに,このような大型商業施設の問題点が集約されているように思いました。交通手段に恵まれていない場所だったからこそ成立する大規模な店舗は,それが周囲の道路に及ぼす影響は非常に大きいんですね。

 周辺には空き地や,大型の倉庫のような建物が多く,当然のように大型マンションの立地としても注目されるんでしょうけど,将来的に道路交通を正常な状態にするには,それはそれはものすごいコストが掛かることになりそうです。この周辺の横浜環状2号線を,なぜ新横浜から西側の区間のように片側3車線にしなかったんだ,という問題も生じそうな予感がします。

 横浜市が税収の悪化にともなって,来年度からは地方交付税の交付団体となる可能性がでてきたと最近報じられましたが,まだまだお金が掛かりそうで心配です。

 イオンができると商店街がなくなり,イオンが潰れると町がなくなるってやつですね。怖い怖い。

投稿: 三日画師 | 2010年7月31日 22時34分

秋田駅前の商店街は衰退というよりも元々あった商店は今、フォンテの中に入居しています。仲小路の日赤跡地には、なかいち(公共施設+県立美術館)が出来ました。広小路は貸しボート店がオープン、アーケードは撤去されアーケードの支柱にLEDライトをつけた照明だけが残っています。

投稿: akita | 2013年9月 3日 21時40分

 貴重な情報をありがとうございます。

 駅前のイトーヨーカドーが撤退し,残ったビルに市内のテナントが入り,「フォンテ」となったのですね。時系列的に考えると,元々あった商店がフォンテの中に入っているということは,一度は商店街から郊外などに出ていた商店が,また駅前に戻ってきたと言うことでしょうか。

 日赤跡地の再開発で「なかいち」ができたということは,秋田市でも遅ればせながら〝コンパクトシティ〟を目指して政策転換し,それが実行されているようですね。

 ちょっと気になって,秋田市のサイトを探し,歩行者・自転車通行量調査の結果(速報値)などを見てみました。データにバラツキはありますが,休日の仲小路側アトリオン前などは,明らかに通行量が増えているようですね。

 秋田市の施策が,全国に成功例として取り上げられるようになると良いですね。楽しみにしたいです。

投稿: 三日画師 | 2013年9月 3日 23時27分

説明不足でした。ヨーカドーを建設する時に金座街という商店街がかつてありました。その商店が再開発でヨーカドーの中に入り、ヨーカドーが撤退、ヨーカドーがフォンテになり、その中で営業しています。フォンテの中には市立図書館の分館もあり学習スペースとして学生に人気があります。

なかいちは美術館、公共施設、食品スーパー、マンションなどがあるエリアです。課題はイベントで人を集めてにぎわいを生み出す事が継続して出来るかだと思います。イベントの中で特に人気があったのがサッカーワールドカップの試合のパブリックビューイングとビールフェスタでした。この2つはスポーツとお酒好きな秋田人にマッチしていると思います。これを組み合わせて週末、定期的に(地元のブラウブリッツの試合中継など)開催しても良いのではないかと思っています。

投稿: akita | 2013年9月16日 14時05分

 Wikipediaなどを読むと,金座街に出店していた店舗を集約するために西武百貨店の専門店街ができたことになっていますが,コメントを拝見するとヨーカドー(現フォンテ)の中にも最初から入店していたということですね。

 先のコメントで,「時系列的に考えると」と書いたのは,金座街の営業終了が1983年8月20日で,フォンテAKITAのオープンは2010年12月1日ですので,金座街に出店していた店舗がフォンテの中で営業しているということは,一度他の場所に移ったあとに,フォンテに戻ってきたと考えたからです。

 1980年にイトーヨーカドーがオープンしたときに既に金座街から店舗が移っていたとしたら,秋田駅前の商店街が近年衰退しているという内容に関して,「秋田駅前の商店街は衰退というよりも元々あった商店は今、フォンテの中に入居しています」というのは衰退を否定する説明にはなっていないような気がします。

投稿: 三日画師 | 2013年9月16日 22時56分

詳しくは20世紀ひみつ基地というホームページを見ると駅前のこれまでが分かります。ちょっと文章がおかしい所があったと思います。金座街と広小路がごちゃごちゃになってました。このブログのニュースは広小路の事でしたね。広小路は店舗数減少=衰退だという認識でいます。

投稿: akita | 2013年9月20日 20時22分

止むを得ない話ではありますが、
日本の地方都市はどこも車中心の交通状況ですし、
いうまでもなく、移動手段のメインも鉄道から車に完全に移行しました。

そうなると、人が集まる場所も中心街の百貨店や市場から、ロードサイドの大型スーパーやSCに移行するのは自明の理です。
首都圏や京阪神など人口密度が高く、鉄道網が充実していて、
車の維持費が高い(車なしでも十分生活できる)エリアと
事情が違うので、首都圏の方はピンと来ないかもしれません。

投稿: BOY | 2013年10月 1日 18時34分

 秋田市(県庁所在地)クラスの都市でこの有様なので、人口10万クラスの都市となるとさらに悲惨です。
 私は6月末に酒田駅前に降り立ちましたが、駅周辺を見て唖然としました。百貨店跡と思われる広大な更地が広がり、居酒屋以外の飲食店が皆無に等しく、見える範囲のコンビニ・土産店は駅構内のみ。駅弁も「ががちゃおこわ」のみで他は撤退。ネットで調べたところ、郊外店舗に客を取られているようでした。
 特急「いなほ」に先日新型車両(改造車ですが)が入りましたが、乗客を受け入れる駅前の活性化も並行して行うべきだとつくづく感じました。

投稿: 原色1068 | 2013年10月 3日 23時48分

 駅前に集めるのがいいかどうかは議論のあるところでしょうけど,郊外に街を薄く広げるのではなく,もっと集中しなくちゃならないですよね。

 郊外に道路を作り,上下水道や電気・ガスのインフラを広げたら,その維持だけでも大変な時代が必ずやってきますから。

投稿: 三日画師 | 2013年10月 6日 23時24分

秋田に住んでます。駅前ですが、夜8時にはスカスカ。
駅前近辺で飲み会やってる人がいる程度です。
駅からは。
市役所、県庁、主要病院は全部バス。
ショッピングセンターは遥か郊外にでかいのが何件かある。美味いとされる食事どころもそう。
ただでさえ景況が悪く、除雪も必要な街なのに広げすぎたためにこの有様。しかも、市役所などは新庁舎も100億以上かけて新築中。未だに箱物行政で年に1つ、目玉工事を出し続けています。
ちなみに、なかいちはキーテナントが消滅し、既に閑散としています。
この体質なので、市が破綻し、インフラが消滅しないと変化は無いだろうと諦めています。
ちなみに、郊外の団地は安いので若い人が家を建てているようですが、人口激減中であり、インフラが破綻したときはタダでも誰も要らない土地となるでしょう。

投稿: あらら | 2014年6月 8日 01時32分

「なかいち」のにぎわいも,どうやらオープン直後だけで終わってしまったようですね。コンパクトシティをうたった箱物行政は,ひたすら残念でなりません。

投稿: 三日画師 | 2014年6月15日 11時06分

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