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2010年7月の22件の記事

2010年7月30日

激化する羽田空港アクセス競争

 浜松町—羽田国際線ビル最速13分 モノレール新ダイヤ(2010年7月29日 朝日新聞)

 東京モノレールは29日、羽田空港で新国際線旅客ターミナルビルが開業する10月21日から実施するダイヤを発表した。浜松町(東京都港区)からの所要時間は、出発と到着のロビーと直結する新駅の国際線ビル駅が最速13分。その先にある国内線の第1ビル、第2ビル両駅は現行ダイヤより1分増える。

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 エアポート快特の京急蒲田通過「蒲田飛ばし」がちょっとした騒動になった,今年5月の京急ダイヤ改正。新国際線旅客ターミナルビルの開業を気に,乗客獲得競争が激化しそうだ。

 現状では,浜松町止まりのモノレールよりも,品川~羽田空港 16分,横浜~羽田空港 25分の直通電車を走らせられる京急線がやや有利の感もあるが,JRグループの強みを生かした割引切符などで東京モノレールも対抗する。モノレールの新橋延伸にも期待したい。

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夏……窓全開の列車に乗るのは気持ちいい

 新幹線から即、わ鉄トロッコへ 乗り換え便利、日帰り旅(2010年7月29日 朝日新聞)

 JR東日本高崎支社とわたらせ渓谷鉄道は、東京駅を新幹線で出発し、高崎駅で乗り換えたトロッコ列車がそのまま、わたらせ渓谷鉄道に乗り入れる日帰り旅行を企画した。8月28、29の両日、それぞれ2コースで、定員は1日132人。

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 わ鉄って書かれてもわかんねーよ……というのは置いといて,これは面白い企画だと思った。大間々までバスで移動してトロッコ列車に乗るよりも,楽ちんだと思う。
 トロッコ列車が,上越線や両毛線上を長距離走ることになるけど,今年の夏の暑さだったら大丈夫だろう。

 とにかく,夏の暑い時期に,窓全開の列車に乗ってカラダ全体に風を受けるのは最高に気持ちが良いのだ。わたらせ渓谷鉄道のように車窓が綺麗なところならなおさらである。

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地方都市の市街地崩壊が止まらない

 秋田の「顔」進む弱体化 駅前の商店振興組合が相次ぎ解散(2010年7月16日 河北新報)

 秋田市のJR秋田駅西口の商店街で、集客やイベントを担ってきた振興組合が相次いで姿を消す。中央通商店街振興組合が今年3月に解散したのに続き、今度は目抜き通りの「広小路」が、シンボルとなっていたアーケード撤去とともに看板を下ろす。県庁所在地の振興組合が解散した例は、最近では東北で秋田市だけ。かつて県内随一のにぎわいを誇った「秋田の顔」は、多くの店舗にシャッターが下りるばかりか、足腰となる街のつながりまで弱体化が続く。

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 撤去の方針が決まった広小路商店街のアーケード(河北新報)

 日本全国,地方の都市はどこも同じようなもんだよ,という声も聞こえてきそうではある。

 だが,しかし,である。秋田市は秋田県の県庁所在地にして,政治・経済・交通の中心都市となる一極集中型の都市だ。県内の各都市が大幅に人口を減少させる中,周辺部の人口を集めて唯一人口を増やし続けてきた(ここ10年では若干減少傾向にあるが)。その秋田市の中心商店街が崩壊し始めているのだ。これはかなり深刻な状況である。

 秋田市の繁華街は,このニュースで話題になっている秋田駅前の広小路商店街や中央通り,金座街ではなく,旭川に沿って形成された川反通りという飲食店街だという意見もあろう。個人的な印象でも,一般的な商店街よりもバーやスナックが並ぶ飲食店街のほうが,寂れた街でも最後まで賑やかさが残り続ける印象があり,ひょっとしたら川反通りにはまだまだ賑やかさが残っているのかもしれない。

 しかし,それはそれ,都市の顔となる中心商店街とはちょっと違う存在だ。

 次の写真は,2006年の8月に撮影した秋田駅前の商店街の写真である。

秋田の「顔」進む弱体化 駅前の商店振興組合が相次ぎ解散
 JR秋田駅西口前のバスターミナル。

 1966年に秋田市電(路面電車)が廃止されてから,秋田県庁,秋田市役所,八橋運動公園,こまちスタジアム,県立武道館,そして市内の高校や大学などの市内の主要ポイントへの移動はバスが主になっているはずだ(マイカーは置いといて)。それらの乗客が集まるバスターミナルとしては,かなり寂しいバスターミナルであると言わざるを得ない。

 歩道を示すペイントが剥がれ,どこをどう歩けばバスターミナルにたどり着くのかが,私にはわからなかった。あえて,JR秋田駅から(写真を撮っているところから)のアクセスを排除しているかのような構造にも見えた。バスと鉄道の連携が取れているとは,決して言えない構造になっている。

秋田の「顔」進む弱体化 駅前の商店振興組合が相次ぎ解散
 そして,駅から続く正面のデッキを歩き続けると,その正面には中央商店街があることになっている。
 写真の左側の建物はイトーヨーカドー。正面右側の建物は西武デパートなのである。にもかかわらず,中央通りには買い物客の姿は疎らで,商店街の体をなしていない。立派な全蓋式アーケードが虚しいだけである。

 ヨーカドーの先に広場のように見えるところがある。ここは昔,金座街,銀座通り,平和通り,末広町と,戦後の青空マーケットから自然発生した雑然とした商店街だったところらしい。現在ではすっかり整備され,人のいない広い広場になっている。

 河北新報の記事の最後に,今年8月に広小路のブティックを閉めるという鳴海さんの話が載っている。「商店街は衰退の道をたどるだけ。時代の流れです」。

 そう,商店街の衰退は,時代の流れなのだ。住宅が郊外に広がり,歩いていける範囲にはまともな店など無く,日用品も嗜好品もクルマで郊外のロードサイドショップやショッピングモールにに買い物に行くというクルマ社会に生きれば,何も混雑する駅周辺の商業施設に行く理由はほとんど無い。
 利用する理由が無くなった中心市街地の商業施設が崩壊するのは当たり前のことなのだ。

 しかし,そういう時代の流れで良いのか。
 1960年,1970年までは,都市は「歩く」街だった。日常の生活圏の中に商業の核店舗や公共施設があれば,「歩く」都市を造り出すことができるのである。各地に分散したそれらの施設を集中させ,そこまでの公共交通機関(バス)を整備することによって,クルマに依存しない社会が作れるのではないかという希望を持ちたい。
 
 以下に,秋田の街が大きくなって,クルマ無しでは生活できない街になってしまった様子を示してみたい。

 まずは1962年8月13日撮影の航空写真である。
秋田市の変貌
 [国土地理院撮影の空中写真・秋田市・モノクロ(1962年8月13日撮影)]
 データのある1960年の秋田市の人口は20万3661人。全国の政令指定都市・県庁所在地の中では,27番目の人口を誇っている。
 市街地の大きさは,北は保戸野町,西は高陽幸町から大町一丁目〜六丁目,川尻総社町,南は楢山本町から羽後牛島駅付近,東側は秋田駅の東が一面の田んぼになっている他は,手形新栄町付近と東通観音町付近に集落が生まれつつある程度である。この時代は,秋田駅前から市街地を貫き,土崎駅前までを結ぶ秋田市電も走っていた。
 人口約20万人で,この程度の面積に市街地が集中していれば,日常の買い物は徒歩圏内にある近所の商店街で済ませられただろう。

 次の写真は1967年5月22日撮影の航空写真である。
秋田市の変貌
 [国土地理院撮影の空中写真・秋田市・モノクロ(1967年5月22日撮影)]
 1970年の秋田市の人口は23万5873人。わずか10年で3万人増加。全国の政令指定都市・県庁所在地の中では33位の人口となった。
 八橋・山王地区の公共施設工事が始まり,市街地は西側に大きく広がっている。田んぼしかなかった秋田駅の東側にも住宅地が広がりつつあるのがわかる。

 そして2004年5月6日撮影の航空写真。撮影エリアが少し東側に広がっているのは,ちょっと面倒で修正できなかった。
秋田市の変貌
 [国土地理院撮影の空中写真・秋田市・モノクロ(2004年5月6日撮影)]
 驚くほどの市街地の拡大である。2005年の秋田市の人口は33万3047人。全国の政令指定都市・県庁所在地の中では32位の人口である。
 まだまだ田んぼが残っていた八橋田から新川,大橋にも住宅が広がっている。山王地区の西側も完全に市街化されている。また,茨島にも卸団地ができ,秋田経済法科大学などの誘致もあって住宅地が増えている。
 さらにびっくりするのは,秋田駅の東側の変わりっぷりである。びっしりと住宅地が広がっているだけでなく,南大通りから東に延びる道路沿いにはたくさんのロードサイドショップが建ち並んでいる。さらに,城東十字路を南北に貫く県道41号線沿いにもロードサイドショップが並び,一大商業ゾーンになっている。

 これだけ市街地が拡散してしまうと,何をするにもクルマを使わなければならない状況になり,クルマ無しでは生活できない街になってしまう。

 秋田市の例を見てきたが,やっぱりというか,中心市街地が衰退している従来のパターンとまったく同じである。
 こういう例を見るたびに,大船の仲通り商店街が今でも賑わっているところを,シャッター商店街に悩む町の人や商店街の人に見てもらいたいと,真剣に思う。大船の仲通り商店街は,電車やクルマで遠くから通う人の少ない小さな商店街だが,いつも買い物客が絶えない人気の商店街なのである。道路を広げてクルマが通りやすくしたり,大きな駐車場を設けることでは得られない何かが,そこにはあるのだ。

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2010年7月29日

大雨被害の美祢線がやばいかも

 美祢線の復旧「少なくとも1年」 JR西・広島支社長(2010年7月29日・朝日新聞)

 JR西日本広島支社の杉木孝行支社長は28日、大雨被害で不通となっている美祢線の復旧に「少なくとも1年はかかる」との見通しを明らかにした。6月に就任した杉木支社長は「広島支社の歴史を振り返っても、まれに見る被害」との認識を示した。

 7月14日からの西日本豪雨の影響により,全線が不通になっている美祢線。その被害は想像を超えたものになっているようだ。湯ノ峠−厚保間では長さ63mの第三厚狭川橋梁が流出したほか,237mにわたって盛り土が崩れている。また,四郎ケ原−南大嶺間でも約20mにわたって盛り土が崩れているらしい。
 第三厚狭川橋梁の近くには道路が通っておらず,工事の車両が入れない状態だそうだ。

 また,美祢線の沿線では代行バスが運行(列車の本数と同レベルの1日約10往復を確保)されているが,周辺の道路にも被害が出ている場所があり,代行バスも湯ノ峠など4駅は経由できない。

 朝日新聞の記事にはないが,杉木JR西日本広島支社長は「部分的な運行も難しい」としているそうだ。これは大変な事態であると認識せざるを得ない。

 1995年の7月の水害で未曾有の被害を受けた大糸線が,2年あまりの大復旧工事の末に1997年11月に復活したような経過をたどるのか,2009年10月に台風18号による被害甚大で,復旧できずに廃線となってしまった名松線の家城−伊勢奥津間のような経過をたどるのか,見守っていきたい。


大きな地図で見る
 【地図は美祢市にある宇部興産伊佐セメント工場】
 宇部市までの「宇部興産専用道路」のすごさは一瞥の価値有り。

 美祢線は,美祢駅の東方にある大嶺鉱山からの石炭輸送や宇部興産伊佐セメント工場からのセメント輸送で多くの貨物列車が運行されていた路線である。大嶺鉱山の閉山により石炭輸送は無くなったが,宇部港駅への石灰石輸送は残っていた。
 しかし,それも「宇部興産専用道路(これはすごい!)」という,30km近い長さの,宇部市から美祢市に至る宇部興産の専用私道を宇部興産が作ったことで,美祢市の伊佐セメント工場と宇部市の宇部興産宇部セメント工場の間を往復する半製品は専用のトレーラーで運搬されている(全線私道を走るため,ナンバープレートのない専用トレーラーが走るさまはスゴらしい)。

 というわけで,現在の美祢線には,美祢駅と山陰本線岡見駅の間に,タキ1100形で編成された専用貨物列車が1日1往復運転されているだけになっている。

 貨物輸送以外では,沿線最大の都市美祢市の代表駅である美祢駅乗車人員は,2007年で427人/日(降車客含まず)と,あまり利用が活発ではない状況になっている。周辺には秋吉台のカルスト台地や秋芳洞があるものの,美祢線が活用されているとは言い難い。
 美祢駅以外の利用客数は,ここに書くのをはばかれるほど少ない。あまりに少なくて,名前が特定できてしまえるレベルの駅も多い。

 またもやJR西日本に襲いかかった厄介な問題。どういうふうに解決していくのか,お手並み拝見というところか。同じ事態は,将来JR東日本・JR東海に起こらないという保証はないのだから。

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PENTAX K-7 にリバーサルフィルムが来た!

PENTAX K-7 にリバーサルフィルムが来た!

 PENTAX K-7 の最新ファームウエアアップデータが公開されてた。
 いつもなら,アップデータの不具合が怖いので,しばらく様子見するのだが,645D に搭載されて話題になっているカスタムイメージの「リバーサルフィルム」を使ってみたくて,珍しくすぐにアップデートした。

 更新内容は次の通り。

・カスタムイメージ「リバーサルフィルム」の追加!
・ライブビューでの合焦速度向上
・マニュアル露出モードで,ファインダー内露出計表示と水準器表示が両立
・再生モードでの動画編集機能の追加(パソコン要らずだね)
・その他

 拙ブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』の写真のように,最近は手持ちのデジカメのほとんどで,コントラスト低め,暗部持ち上げ,というリバーサルフィルムとは正反対の設定を使っているので,自分でも「リバーサルフィルム」カスタムイメージを使ってみたい気持ちがうまく説明できないのだが,まあ,使ってみたいんだから仕方がない。

 実際に撮影してみるのは週末のお楽しみだが,とりあえずパソコンの画面を撮ってみた。

PENTAX K-7 にリバーサルフィルムが来た!

 ご存じNATIONAL GEOGRAPHICのページを表示した画面を撮ってみたのだが,なかなか面白い絵が撮れそうだ。ライトボックスにのせたリバーサルフィルムをルーペで覗いたときの,あの感動が得られるかもしれない。

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2010年7月28日

やっぱ GR DIGITAL は使いやすいわ

 ソニーの Cyber-shot DSC-HX5V を購入して,常時持ち歩くデジカメとして使ってきた。やっぱり,電子コンパス機能とGPS機能は便利だ。たぶん,しばらくは使い続けるだろう。でも,「SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい」でも書いたように,あれこれ不満を感じることも確かだ。

 デジカメを使っててストレスを溜め込むのもバカらしいので,先日は久しぶりに GR Digital II を持ち歩いてみた。しかも,Voigtländer COLOR SKOPAR 21mm F4 に付いてきたビューファインダー付きで

やっぱ GR DIGITAL は使いやすいわ

 このビューファインダーは21mm用なので,135フィルムで28mmレンズ相当の画角を持つ GR Digital II には合わないはずだが,アスペクト比4:3画像の縦方向は,ちょっと幅の広いブライトフレームのほんの少し内側が28mmと大きくは違っていないので,厳密なフレーミングをしないなら十分使える。液晶をOFFしたまま使えるので,デジカメの電源をONにしたまま持ち歩いても,バッテリーを食わないのがありがたい。

 それと,コンパクトデジカメのように微小CCDの場合は,街並みなどを撮っている分にはAFも不要なので,次のようにフォーカスはMFモードにして無限遠に設定している。

やっぱ GR DIGITAL は使いやすいわ

 こうしておくと,シャッターボタンを半押しするたびにジーコ・ジーコとAF駆動したりしないので,楽ちんだ。

 手に持った感じ,シャッターを押した感じ,露出補正のしやすさ……,あれからこれまで,Cyber-shot DSC-HX5V より GR Digital II のほうが優れていると感じた。あーあ,この GR Digital II に電子コンパスとGPS機能が付いていたら嬉しいのだが……。

 GR Digital II で撮った写真:2010年7月24日 (土)「維新丸来ないか 新丸子」

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2010年7月26日

スイスの氷河急行脱線事故について

 スイス列車事故 日本人1人死亡、3人意識不明に(2010年7月24日朝日新聞)

 列車は機関車と客車5両の6両編成。事故は23日正午(日本時間午後7時)ごろ、スイスとイタリアの国境近くのカーブで起きた。列車は南部のツェルマットから中部のアンデルマットに向かう途中で、後ろの3両が脱線し、うち2両は完全に横倒しになった。

 この事故には驚いた。重傷の方の一日も早いご回復をお祈りしたい。

 有名な氷河急行の事故である。
 急行とはいうものの,評定速度が30km/h程度なので,スピードを出して突っ走る列車ではない。一部にはアプト式のラックレール区間もある観光列車である。
 マスコミでは,意図的にかどうか「氷河特急」という呼び方が使われ(昔からそういう呼び方が無かったわけではないが),スピードを出した列車が派手にひっくり返った印象に報道されているが,決してそんなことはないと思われる。

 映像を見る限りでは,事故が発生した場所はゆるやかな(脱線防止レールが見あたらない)S字カーブが連続する区間で,脱線の原因になりそうな分岐点などもなさそうである。

 列車は機関車が牽引する6両編成の客車列車で,4両目以降が脱線,5両目と6両目が転覆しているようだ。編成の後ろのほうが脱線しているということは,速度超過でカーブに突っ込んだことも考えられるが,氷河急行に関してそれは考えられないのではないだろうか。

 重い機関車や3両目までが脱線していないことから,線路側に問題があったようにも思えない(現場では30℃以上の高温が続いていたとか,雨で地盤がゆるんでいたのではないかという話もあるようだが)。最初に脱線したのが4両目の食堂車だったということで,その台車周りにも調査の目が行っていることだろう。

 現在のところ,日比谷線の電車が中目黒駅近くで起こした「競合脱線」のような現象が起きたのではないかという説が有力らしく,気になっている。

 意外なことかもしれないが,スイスは鉄道王国である。日本の在来線鉄道および公共交通機関が目指すべき総合交通体系を実現している国であり,そのスイスの鉄道で発生した事故として,原因の究明がどのようになされるのかには注目したい。

 知る人ぞ知る鉄道王国スイスについて書かれた面白い本がある。
時刻表に見るスイスの鉄道
 『時刻表に見るスイスの鉄道 ─ こんなに違う日本とスイス ─ 大内雅博著』

 この本によると,スイス鉄道の鉄道としての魅力は以下の点にあるそうだ。
(1) 多い列車本数と種類
 線路1キロ当たりの1日の列車運転回数:日本75.3回,ドイツ47.5回,フランス29.8回,スイス89.7回と,列車本数が多い。
(2) 交通機関同士の連携
 国鉄と私鉄にまたがることを意識せずに乗車できる。鉄道と高速バスの競合もない。共通運賃制度は,切符一枚で鉄道にもバスにも路面電車にも乗車できる。各交通機関が国内の総合交通体系の中できちんと位置付けられ,それぞれが協調している。
(3) 美しいパターンダイヤ
 早朝から深夜まで毎時の発車時刻「分」が揃っている。また,列車同士の接続を考慮した巧みなダイヤ後世になっている。

 各交通機関がバラバラにサービスを行い,「会社間の競争がサービスを高める」と言われる日本とは対極の,総合交通体系を実現しているのだ。

 私は,駅のホームから駅前のバス停までが遠く離れていることを,他人から嫌がられるほどしょっちゅう嘆いているのだが……

ブルック駅とバス発着場
 スイスのブルック駅では,駅のホームとバス乗り場が一体化しているらしい。何と素晴らしいことではないか。なぜこういうことが日本でできないのだろうか。

 と,話がどんどん脱線してしまったので,このへんで終了。返す返すも,お亡くなりになった方のご冥福と,ケガをされた方の一日も早いご回復をお祈りしたい。

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2010年7月23日

銚子電鉄の2000形運用開始・LAST RUN デハ801

 伊予鉄道から海を越えてやってきてから,なかなか動き出さなかった銚子電鉄のの2000形(元伊予鉄道8000形・元々京王電鉄3000系)だが,とうとう明日7月24日から運用を開始するらしい。

潮風とロマンのふるさと
撮影鈴木氏
銚子電鉄
新車両運行開始決定!
イベント情報はこちら!
デキ3も走るよ!

 昨年末に伊予鉄道からやってきて,何に手間取ったのかは不明だが,やっと営業運転を始めることになったようだ。猛暑日が続くこの夏,冷房付きの車両は,通勤通学に利用している人には嬉しい知らせになるだろう。

 ということで,古い非冷房車両のデハ801は玉突きで運用から外れることになるはず。既に,車体正面に「LAST RUN デハ801」と書かれたステッカーが貼られているらしい。

 名残り乗車をする人で溢れる前に(それでなくても銚子電鉄の土日は混雑していることが多い)デハ801に乗りに行きたいと思っていたが,残念ながらそれは叶わないことになりそうだ。

銚子電鉄LAST RUN デハ801
 君ヶ浜駅付近を走るデハ801(2006年11月撮影)

銚子電鉄LAST RUN デハ801
 犬吠埼灯台が見える(2006年11月撮影)

【参考】
2006年11月4日 (土曜日):銚子電鉄と外川港の街並み(写真撮っけど,さすけねがい?)

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成田スカイアクセスと京成在来線はホーム分離で対応?

 2009年12月18日の拙ブログ『「成田スカイアクセス」は東京−空港36分』で書いた,成田スカイアクセスを使用したときと京成本線を使用したときの運賃・料金の違いは,成田空港駅・空港第2ビル駅でどのように吸収するのだろうかという疑問があった。
 
・空港第2駅ビル(第2旅客ターミナル)の駅の概略
 http://www.keisei.co.jp/keisei/tetudou/skyliner/pdf/terminal2_1_jp.pdf

 複雑でよくわからないのであるが,これを見ると,従来の京成本線と成田スカイアクセスは,同一ホームで縦列に停車するらしく,ホームには両者の間に仕切りが設けられ,京成本線在来線から出る場合には,中間改札と最終改札の二つの改札口を通らなければならないようだ。

 駅に列車が縦列停車って,京阪淀屋橋駅のヤツが有名かな。非常に昭和的な解決方法だと思うのだが,それが最新の成田スカイアクセスにも適用されることになるわけだ。

 なんだか,最新の交通工学やシステム工学を使った,使いやすい鉄道・使いやすい駅がどんどんできるだと思っているのだが,何が原因かは不明だが,わかりにくい駅がどんどん増えていくのは勘弁してほしいものである。

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ほぼ全部入りで使ってたiPod 60GBが膨らんで壊れた

 きのう,iPod 60GBが死んだ。

 発売当時は最大量だった60GBのiPod。買ったのが4年前の1月のことだから,約4年半しか稼働しなかった。

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 ホイールのあたりから液晶ディスプレイの下側にかけて,結構大きく膨らんでいる(写真では目立たないが)。

 60GBの容量があったので,iTunesに入ってる音楽のほぼすべて(全部は入りきっていなかった)を入れて,いつでもどの曲でも取り出して聴けるのが良いところだった。
 手持ちのiPod類は……,iPod Touch は16GBだし,iPod nanoも16GB,そしてiPhone 3G も16GBと中途半端な容量しか入っていないので,音楽は16GBに入りそうな適当なプレイリストを作って,それを入れることで満足するしかなかった

 さて,問題はこれからである。
 ネットで調べると,(自己責任になるが)iPod用の互換バッテリーは約3000円から売られている。いPod 60GB の症状は,リチウムイオンバッテリーが膨らんで,操作基板を押していることによるものと推定されるが,本当にそれだけなのか。バッテリーを交換すれば直るのかどうか,一か八かの賭に出る方法がひとつある。
 Apple 純正の交換サービスを利用すれば,確実に1万円を超えるから,とりあえず選択からは除外する。

 もうひとつの方法は,現行機種の中で大容量のiPodを買うことである。それが iPod classic 160GBになる。

 iPod,iPad,iPhone全体がフラッシュメモリ化している中で,ラインナップに残っているHDD機を買うのは,ちょっとリスクが大きい感じだよね。

 でも,いろいろ悩むと,iPod classic 160GB に落ち着かざるを得ないのかな。

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2010年7月22日

東北新幹線のレールが65℃に上昇「こまち」20分停車

 レール温度65度超 東北新幹線、一時運転見合わせ(2010年7月21日19時7分 朝日新聞)

 21日午後5時32分ごろ、東北新幹線の盛岡—仙台駅間の上下線が、約20分にわたって運転を見合わせた。JR東日本によると、猛暑で、新幹線のレール温度が運転規制値を超過したため。新幹線で暑さによる運転見合わせは珍しいという。

 JR東日本新幹線運行本部の説明では、同社の新幹線は、レール温度が65度を超えると、運転を見合わせる内規がある。岩手県一関市内で超過を検知し、運転を休止。現場で計測したところ51度だったため、再開したという。

 ローカル線では,まれに熱でレールが曲がるトラブルが発生するが,新幹線のレールでのトラブルは珍しいのではないだろうか。

 7月21日の一ノ関の,12時から18時までの気温のアメダス観測データは次のようになっている。

   12時 31.8℃
   13  32.5
   14  32.8
   15  32.5
   16  32.4
   17  32.2
   18  30.7

 さすがに東北,35℃越えの猛暑日となった北関東ほどの高温にはなっていない。問題が発生した時刻が17時22分頃というのがヒントになりそうだ。

 レールの断面を見ると,真上から太陽が当たる踏面は,新幹線が通るたびにピカピカに磨かれて,鏡面になっている。
 金属に光沢がある場合は,一般的に赤外線放射率が小さくなるので,太陽光からの熱入射をいくら跳ね返したとしても,入り込んだ熱が放射で逃げないため,宇宙空間では金属光沢面はかなり高温になる。

東海道新幹線小田原駅の線路
 東北新幹線のレールの写真がなかったので,東海道新幹線小田原駅で撮った写真。
 東北新幹線は確か全線スラブ軌道なので,このような砂利はないはず。

 しかし,ここは地上だ。レールが高温になると自然対流が起こるし,風も多少はあるだろう。太陽が南中した12時から16時頃までの太陽光は,主にレールの光沢面に当たり,対流伝達によって熱が放散したためにレールの温度はそれほど上昇しなかったに違いない。

 しかし,17時になり太陽が西に傾いてくると,太陽の光はレールの踏面(鏡面)ではなく,レールの横の部分に当たるようになる。思い起こしてほしい。レールの側面はかなり黒っぽい色をしている。黒っぽいということは太陽光の可視光線成分を大量に吸収していると言うことだ。大雑把な数値だが,レールの踏面の鏡面部は太陽光吸収率が1%程度なのに対して,レールの側面は50%ぐらいの吸収率になっているのではないだろうか。

 さらに,東北本線は線路が南北に走っているため,レールの西側面は太陽光を正面から受けることになる。これが東海道新幹線や山陽新幹線では,レールが側面から光を受けるのは太陽の南中時前後と言うことになるが,幸いなことに南中時の太陽高度は高く,レールの側面に正面から光を浴びせるほどの位置にはないのである。

 17時になって,太陽光の強度は弱くなったものの,東北本線のレールに太陽光が直射し,レールの温度を65℃以上に上昇させてしまった。レール側面の色や周囲の環境(コンクリート枕木の温度)などを考えると,65℃というのは十分にあり得る温度だと思う。

 運転を停止し,現場で測定したところ51℃だったため,20分遅れで電車の運転を再開したということだが,ここにも少し疑問がある。
 時間が経って太陽高度が下がり,新幹線の防音壁よりも太陽が低くなったために,急激にレールの温度が下がったことは十分考えられる。しかし,新幹線のレールの熱容量は半端なく大きい。たとえ熱入力をゼロにしたとしても,20分間で14℃もさがるというのは考えにくいように思う。

 当初から,この65℃を記録したレール温度を測定するセンサーはどこに何カ所ぐらい付いているのだろうかという疑問がある。本来ならレールに貼り付けてあるべきセンサーがレールから剥がれていた場合,レールの温度は正確に測れず,直接温度センサーに太陽光が当たって,そのセンサーの出力だけ異常に高く出てしまった可能性も考えられる。それであれば,センサーを正しく取り付けることで,20分間でセンサーの出力値が65℃から51℃に14℃に下がることは十分考えられる。

 何はともあれ,新幹線ではレールの温度もモニターして,安全運転に注意を払っていることがわかり,ますます安心して新幹線に乗れると思うと,嬉しくもあるニュースである。

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富士フイルムが位相差AFを可能にした FinePix F300EXR 発表

 驚いた。この手があったかという感じだ。
 富士フイルムが,CCD EXRに位相差画素センサーを組み込み,位相差情報を元にAF行う素子を発表した。F300EXRとZ800EXRのCCDセンサーに搭載されるようだ。


 FinePix F300EXR。カメラ自体は,どうでもいい形をしている。正直,あまり魅力を感じないフォルム。



 富士フイルムが独自センサーを作り続けていると言うことの強みは大きいね。イメージセンサー上の要所に位相差画素(マイクロレンズではなく,マイクロプリズムかスプリットイメージの楔形プリズムみたいなもんかな)を組み込んで,位相差検出方式のAFができるらしい。

 コンパクトカメラのAFが早くなり,シャッターボタンを一気押しして写真を撮る人には,だいぶ使いやすいカメラになるので,今後話題になるかもしれない。

 個人的には,コンパクトカメラのAFは置きピンで使うか,MFモードで無限遠に固定して使っているので(RICOH GR DIGITAL II の場合),あまりAFが高速になったからといって,メリットをほとんど感じない。
 むしろ,電動ズームはもう入門機だけに限定して,ズームリングでマニュアル(手動ズーム)できるコンパクトカメラが出たら,価格が相場の2倍ぐらいになっていても買いたい気分だ。

 電動ズーム反対! 手動ズーム機を使わせろ!

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長野電鉄屋代線で実証実験

 長野市のサイトに,総合連携計画に基づく平成22年度事業ということで,「長野電鉄屋代線総合連携計画」の実証実験が行われている。実証実験は7月1日から始まっているので,現在その真っ最中ということになる。

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 長野電鉄屋代駅のホームに須坂からの電車が入ってきたところ。元営団地下鉄日比谷線の車両が使われている。[2008年8月撮影]

 長野電鉄屋代線(旧線路名河東線)は,昭和40年度の330万人の旅客数をピークに,平成21年度には,その約14%となる45万人まで旅客数が落ちこみ,年間約1億七千万円の赤字を出しているそうだ。累積赤字は50億円。これはも一企業のの努力ではどうにもならないところまで来てしまっていると思う。

 そこで,7月は屋代線の電車の本数を増便,日中の9時から15時台に始発駅を発車する列車には自転車を持ち込めるようにする(サイクルトレイン)という計画になっている。
 8月からはバスと連携する運用が組まれ,バスの本数は大幅に増便されるようだ。バスと鉄道の差があって,電車が40分前後で走っている区間を,バスは1時間以上かかるようだが,運転本数の増加は利便性の向上につながり,新たな需要を生む可能性がある。

 どれだけ電車やバスに利用者を取り戻すことができるか,楽しみな実験ではある。ただ,ひねくれた心でこの計画を受け止めると,なんとなく屋代線の廃止に向けての足固めのような気がしなくもない。

 長野電鉄の電車をしなの鉄道上田駅までの乗り入れとか(設備上無理?),何か思いきった案(飛び道具)があっても良かったのかな,という気もする。
 あっ,完全に部外者の勝手な意見になってるね。とにかく,どういう結果が出るのか,今から楽しみだ。

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2010年7月20日

草軽電鉄デキ12形電気機関車の木製実物大模型

 草軽電鉄「かぶとむし」、木目姿で復活 長野原に模型(2010年7月16日 朝日新聞)
 半世紀前まで草津温泉と長野県・軽井沢を結んだ「草軽(くさかる)電鉄」の電気機関車が木製の実物大模型として復元され、15日、長野原町の旧北軽井沢駅にお目見えした。地元で工務店を経営する新井光さん(54)が3カ月かけて製作した。

 草軽電鉄北軽井沢駅のL字型のデキ12形といえば,映画『カルメン故郷に帰る』のシーンを思い出す。

草軽電鉄デキ12形機関車(旧軽井沢駅舎記念館)
 かつて草軽電鉄を走っていたL字型のデキ12形電気機関車は,軽井沢駅の横にある旧軽井沢駅舎記念館の前にひっそりと保存されている。旧軽井沢駅舎は国鉄軽井沢駅の駅舎であり,草軽電鉄とは直接関係ないのだが,まあ,古い軽井沢の象徴ということだろうか。ひっそりと置かれているが故に,ほとんど注目されていない感じなのがもったいないと感じた。

 北軽井沢「北軽」の活性化のシンボルとしてデキ12形機関車に注目した際,この軽井沢駅近くに放置(ちゃんと屋根は付いているが)されている実機を活用することはできなかったのだろうか。軽井沢は長野県,北軽井沢は群馬県……という垣根は高すぎたかな。

 「かぶとむし」の愛称で親しまれたという機関車に目をつけたのは、地元自治体や商工会、NPO、群馬大などからなる北軽井沢コンソーシアム協議会。「北軽」の名で知られる浅間高原の別荘地を今後、観光地として活性化するシンボルにしようと、新井さんに製作を依頼し、350万円かけて復元した。

 記憶違いでなければ,最初にこの朝日新聞の記事がアップされたときには,この部分がずいぶん違った表現だったはず。同じ朝日新聞の別記事では「産学官でつくる協議会」となっているが,それとも違っていて,お金の出所にちょっと首をかしげるたくなるような感じだった。まあ,どうでもいいや。

# 7月11日付の読売新聞の記述が,

惜しまれながら廃線となった電鉄を記憶にとどめてもらおうと、地元の産官学組織が約350万円をかけて企画。15日には同駅でお披露目式が行われる。

となっている。これと勘違いしていたかもしれない。

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2010年7月17日

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕

 余部鉄橋、最後の列車「はまかぜ5号」無事通過(2010年7月16日22時28分 読売新聞)

 コンクリート橋への架け替えのため、JR山陰線・余部鉄橋(兵庫県香美町香住区余部)が16日夜、大阪発鳥取行き特急「はまかぜ5号」の通過で、98年の歴史に幕を閉じた。

 さよなら余部鉄橋 高さ41m、列車が夜空を駆け抜けた(2010年7月16日22時29分朝日新聞)

 JR山陰線の余部(あまるべ)鉄橋(兵庫県香美町)が16日、98年の歴史に幕を閉じた。朱色の美しい橋脚で、京都方面と鳥取・出雲方面をつなぐ鉄路を支え続けた。接続する余部駅には鉄道ファンが100人以上集まり、鉄橋を渡る列車にカメラを向けた。地元の住民らも惜別のセレモニーを開いた。

 既にわかっていたことだが,鉄橋をもう列車が走らないと思うと,いろいろ感慨深い。
 時刻表を見て,餘部駅午後9時18分の浜坂行き各駅停車が鉄橋を渡り餘部駅に到着した時点で,もう走る列車はないと思っていたが,どうやら大阪発鳥取行きの特急「はまかぜ5号」が最後の列車になったようだ。

 いろいろ思い出のある場所で,写真もたくさん撮ったはずなのだが,多くは既に行方がわからなくなっている(乗るほうにばかり気を取られていたこともある)。

 デジカメを持って余部鉄橋に行ったときの記録が少し残っているので,適当なものをアップしてみたい。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 余部鉄橋に撮影を目的に行くときには,大阪から米子行き夜行急行「だいせん」を利用することが多かった。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 急行「だいせん」が浜坂到着。
 余部鉄橋に近い浜坂駅到着は午前3時30分頃と,ちょっと早すぎる時刻だったが,ちゃんと車掌さんが浜坂駅に近づくと(私が起きているかどうかの確認の意味で)「浜坂ですよ」と教えに来てくれたし,駅の待合室には(冬は)ストーブも用意され,駅前の店は朝早くから店が開いて,カップ麺を買うとお湯も入れてくれた。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 駅の待合室で背中が痛い思いをしながら仮眠して,背中の痛さに耐えられなくなった頃,ホームには午前6時15分発の豊岡行きのディーゼルカーが,ガ〜ラ・ガ〜ラ……とエンジンのアイドリング音を立てて待っていた。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 初めてデジタル一眼レフを持って餘部駅で下車したのは2003年1月だった。ときおり雨が落ちてくる曇り空で,冷たく猛烈な風が日本海から吹き付けていた。寝台特急「出雲」の撮影が目的だったのに,列車の通過時刻は日の出前。完全に事前調査不足だった。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 寝台特急「出雲」が通り過ぎ,少し明るくなってからの各駅停車。それにしても,実に雄大なトレッスル橋である。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 余部鉄橋を渡り,餘部駅のホームに入ってくる各駅停車。この日は,この後山陰本線の列車を乗り継ぎ,益田まで行く予定だった。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 餘部駅で取った整理券。駅名は餘部(あまるべ),鉄橋の名前は余部(あまるべ)鉄橋なのが面白い。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 2004年の5月に撮った寝台特急「出雲」。この日は小雨が降り続けるあいにくの天気で,全体にモヤっていた。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 2004年には,撮影ポイントまでの階段が整備され,案内表も立っていた。2003年にはなかったものだ。現在の余部鉄橋の取り壊しが決まり,ここを訪れる人が急激に増えたのはこの頃かもしれない。

JR山陰線余部鉄橋が98年の歴史に幕
 餘部駅に豊岡行きのディーゼルカーが入ってきた。この日は豊岡から,城崎,舞鶴と廻ったが,舞鶴ではとうとう大雨に降られてしまった。山陰本線に乗るときには,いつも天気に恵まれていないような気がする。

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2010年7月15日

SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい

 3月に購入して以来,常時持ち歩くデジカメとして愛用しているソニーのCyber-shot DSC-HX5V。

SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい

 買ってすぐの印象「ねえねえCyber-shot DSC-HX5Vはエントリー機だって知ってた?」で書いたように,撮影時の動作をあれこれカスタマイズしたりできない(露出補正すら難しい)等の不便は抱えつつも,電子コンパスとGPS機能の魅力は大きく,RICOH GR DIGITAL II を持ち歩くことがほとんどなくなってしまった。

 電源を入れれば広角側25mmのズームレンズがきびきびと出てくる。単焦点レンズなのにもっさりしたGR DIGITAL II よりずっときびきびしている。内部の画像処理プロセッサで歪曲収差等をゴリゴリと補正してるんだろうけど,歪みの少ない画像にも感心する。

 だが……,使っていると,今まで経験したことのない不満をあれこれと感じる。使っていてイライラするのだ。「そうそう,そうだよね」と言ってくれる人がいれば,多少は不満もおさまるのだが,ググってみてもおおむね好評なブログ記事が多くて,拍子抜けしてしまう。

 というわけで,この場でCyber-shot DSC-HX5Vのダメなところを愚痴って,ストレスを発散しようと思う。非常に偏った愚痴なので,たぶん購入の参考にはならないと思う。

SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい
 まずはシャッターボタンの周りにあるズームレバー。
 個人的に望遠側はほとんど使わないが,25mm−250mm相当の光学10倍ズームは良いと思う。だが,その動作がひどい。このズームレバーを使って,思うところにサッとズーミングできる人がいたら尊敬する。

 私はプログラミングには縁のないハードウェアのエンジニアだが,このズーム機能の割り込み処理のアルゴリズムは何かが間違っているように思う。いや,ズームレバーの処理がハードウェア割り込みになっていないんじゃないだろうか。

 たとえば,シャッターボタン半押しでAE/AFロックした後で(実際はそれに限らず,たとえば1枚撮影した直後とかいろいろある),サッとズームレバーに人差し指を移し,おもむろにズームレバーを動かしてもズームレンズは反応しないのだ。なんともアンポンタンな仕様ではないか。
 そのままズームレバーを動かしっぱなしにしてもレンズはうんともすんとも言わない。そういうときは,一旦ズームレバーから指を放し,あらためてズームレバーを操作しなければならない。逆に,一瞬間をおいてから,(既に指を離していても)思い出したようにレンズが動き出したりすることもあって,ちょっと呆れてしまう。

 DSC-HX5Vは,不親切なことに,オートモードやプログラムAEモードでは,シャッターボタンを半押ししてAEロックしてからでないと,液晶にシャッター速度と絞り値が表示されない。だから,どうしても頻繁にシャッターボタンを半押しして,シャッター速度を確認してしまう(普通確認するよね)。
 そして,ズームレバーのアンポンタンな仕様の罠にはまり込むことになる。

 そうそう,バッテリーの裏蓋にも困っている。
SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい
 このバッテリー蓋の作りの安っぽさにも驚く。今どきバッテリー蓋のロックがないのだ。Nikon D3やPENTAX K10Dのような簡易防水カメラ並のロック機構がコンパクトデジカメに付いていたら,かえって面倒くさいが,それでも簡易的なロック機構ぐらいは付けてほしい。

 おかげで,ポケットからカメラのストラップを掴んで引っ張り出すときに,バッテリー蓋も一緒に引っ張ってしまい,蓋が開いてしまったという経験が何度もある。
 ストラップはシャッターボタン近くの角を一点吊りするタイプだ(よくあるタイプ)。長方形のカメラの角を吊り上げたら,吊っている点とカメラの重心を結ぶかたちで斜めに吊り上がることは,中学校の理科で習うはず。
 つまり,ポケットの中からストラップを掴んで真っ直ぐ引っ張るとカメラは斜めになって,ポケットのどこかに引っかかることになる。そこで,カメラを真っ直ぐに引き上げるためには,ストラップの付いていない一辺に補助力を加えることになるのだが,そこにバッテリー蓋があるんだからたまらない(設計者出てこい!)。

 あっという間に長くなってしまったので,次の愚痴で終わりにする。

SONY Cyber-shot DSC-HX5V について愚痴りたい
 最後の愚痴は,この機種を使い続けている理由にもなっているGPS機能だ。

 まず,測位精度はまあいいとして,測位が完了するまでに時間がかかりすぎる。デジカメの電源を入れて,普通にサッと撮影してしまうと,まず確実にGPS測位は終わらない。
 その結果,直前に測位した位置のデータがEXIF情報に書き込まれるのだが,この直前というのが曲者で,5分前でも3時間前でも24時間前でも,直前は直前なのだ。そんなややこしいことにならないように,できるだけ測位が完了するまで待ってから撮影することになる。

 撮りたいものを見かけたときに,サッとカメラを取り出して撮影する,という基本的なことができない(写真が撮れないわけじゃないけど)のは辛い。デジカメと同様にいつも持ち歩いているiPhone 3G(古い!とは言わないように)のGPS測位時間があっという間なのに較べると,Cyber-shot DSC-HX5Vの遅さにはガッカリする。

 さて,このGPS測位時間を短くするために使われるのが「GPSアシストデータ」である。これがないと,測位に数分,あるいはそれ以上という長い時間がかかる。もはやスナップ写真を撮るというレベルではなく,いつ流れるかわからない流れ星を待っているかのような状態になってしまう。

 ということで,Cyber-shot DSC-HX5Vを使うのに「GPSアシストデータ」は必須なわけだが,これをカメラに入れるのが大変なのだ。添付のPMB(PMBランチャー,PMB Portable等も)という,何の略称かもわからない謎のソフトをインストールしなければならないのである。
 いつも思うのだが,デジカメメーカーの人は,ユーザーが複数メーカーのデジカメを同時使用している可能性があるという簡単なことを,ちゃんと把握しているのだろうか。新しくデジカメを買うたびに,PCの中をしっちゃかめっちゃかにされているユーザーも多いんじゃないだろうか(私は基本的にデジカメ付属ソフトはインストールしないようにしている)。

 しかも,この「GPSアシストデータ」の有効期間は1ヶ月なので,1ヶ月おきにはCyber-shot DSC-HX5VをPMBがインストールされたパソコンに繋がなくてはならない。
 さらに,パソコンにCyber-shot DSC-HX5Vを繋げば,自動的にGPSアシストデータが更新されるという文章をあちこちで見かけるが,そんなことはない。ちゃんとPMBランチャーのGPSサポートツールから,最新のGPSアシストデータを更新する対象(ドライブ)を選ぶ必要があるのだ。
 21世紀の今になってもしつこく生き残ってるWindowsのドライブレターの中から,Cyber-shot DSC-HX5Vのそれを選べばいいだけなのだが,甘く見てはいけない。Windows PCにCyber-shot DSC-HX5Vを繋ぐと,4つのドライブレターが現れるのだ。GPSアシストデータを更新するドライブは……H:? I:? J:? K:?……どれを選べばええねん?,という感じになる。

 まあ,月に1回,アンポンタンなシステムを笑いましょうって儀式だと思えばいいのかな。

 Mac用にはPMBが用意されず,PMB Portableだけを使うことができるらしい。私はMacがメインなので,何もインストールしなくて良かったと思っている。正直,今後もかかわり合いたくないアプリケーションだ。

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2010年7月 8日

名古屋「あおなみ線」運営の第三セクター破綻

 名古屋「あおなみ線」運営の三セク破綻、営業は続行(2010年7月6日朝日新聞)

 赤字経営が続くあおなみ線(名古屋—金城ふ頭間約15キロ)を運営する第三セクター・名古屋臨海高速鉄道(斎藤圭三社長)は5日、私的整理の一つ「事業再生ADR(裁判外紛争解決手続き)」を使って再建を目指すと発表した。事実上の経営破綻(はたん)だが、営業を続けながら再建を進め、2013年度の黒字化を目指すという。

近鉄米野駅の近くを走る「あおなみ線」の電車
 近鉄米野駅の近くを走る「あおなみ線」の電車(2009年9月)

 西名古屋港線,通称「あおなみ線」を運営する第三セクター,名古屋臨海高速鉄道(出資者:名古屋市 56.5%,愛知県 11.4%,JR東海 10.0%……)が経営破綻だそうだ。

 「あおなみ線」沿線はこんな感じ。

大きな地図で見る

 開業して15年で廃止という大失敗に終わった桃花台新交通「ピーチライナー」のように,まっさらのところに新鮮な新線を作ったわけじゃなく,基本的には既存の貨物線を旅客化した路線なので,開業時から膨大な建設費の負債を抱えていたということはないはず(駅の写真などをみると,無駄に金を掛けた感じはある)。
 また,沿線にはびっしりと住宅や工場が建ち並んでいるばかりか,名古屋競馬場,イオン名古屋みなとベイシティ,TOHOシネマズ名古屋ベイシティ,カインズモール名古屋みなと,名古屋市国際展示場(ポートメッセなごや),大洋薬品オーシャンアリーナ……のような集客力のありそうな施設が駅の最寄りに存在している。

 このように恵まれた環境で,鉄道経営が立ち行かなくなることが信じられない。需要予測を大幅に下回ったというが,各駅の利用客数を調べると「大幅に下回った」という言葉の予測を大幅に下回る数の利用者しかいないのだ。名古屋は車中心の社会だから,という理由だけでは説明が付かないレベルだ。

 あおなみ線各駅の利用客数は,次のように惨憺たる結果だ。

あおなみ線(朝夕10分間隔,日中15分間隔)
・ささしまライブ 468人/日
・小本 863人/日
・荒子 1,428人/日
・南荒子 891人/日
・中島 2,165人/日
・名古屋競馬場前 2,618人/日
・荒子川公園 2,598人/日
・稲永 1,963人/日
野跡 714人/日
・金城ふ頭 1,140人/日

 驚くほど少ない。このような人口が密集した都市部で,1日に1000人以下というのが信じられない。
 列車の本数が同じ程度の相模線はどうだろうかと思って,調べてみた。

相模線(約15分間隔)
・北茅ヶ崎 2,709人/日
・香川 4,754人/日
・寒川 6,880人/日
・宮山 2,098人/日
・倉見 1,823人/日
・門沢橋 1,845人/日
・社家 1,599人/日
・厚木 6,371人/日
・海老名 9,315人/日
・入谷 (無人駅)
相武台下 1,255人/日
下溝 1,001人/日
・原当麻 4,141人/日
・番田 2,990人/日
・上溝 5,728人/日
・南橋本 5,443人/日

 相模線に申し訳ないことをした。相模線なら1日に1000人以下の駅があって,あおなみ線の様子がわかるだろうと思ったが,比較にならなかった。下溝駅相武台下駅の利用者がこんなに多いとは思わなかった。それほどあおなみ線の利用客は少ない。相模線の施設と比較すると,あおなみ線の駅が立派なだけに,利用客の少なさが際立つ。

 まさかと思って,故郷のローカル線,磐越東線の利用客数も調べてみた。2両・3両編成のディーゼルカーが1〜2時間に1本しか走っていない路線である。1日に1000人以下の利用者しかいない駅が,いかに寂しい駅であるかがわかる。

 あおなみ線……廃止になるようなことは無いと思うが,なんだかヤバイ感じだ。

磐越東線(1〜2時間間隔・1日14往復程度)
・舞木 (無人駅)
・三春 1,079人/日
・要田 (無人駅)
・船引 1,053人/日
・磐城常葉 293人/日
・大越 272人/日
・菅谷 102人/日
・神俣 202人/日
・小野新町 487人/日

以下は7月9日に緊急追加。
 事情をよく知らずに書いていた。恥ずかしい。
 あおなみ線の高架線は,東海道本線の貨物支線をほとんどそのまま転用したものと思っていたが,元の貨物支線は単線・非電化だったようだ。東海道新幹線の車窓から見えていた未完成の南方貨物線(あおなみ線となった貨物支線につながっていた)の残骸のイメージが強くて,てっきり複線・高架の部分を流用したものだと思い込んでいた。
 土地だけを流用して,あんなに立派な高架線や駅を,旅客需要のないところに造ったら破綻するがね。

 南方貨物線がみかん星人に襲われた……もとい,未完成に終わったことで,名古屋の西からの東京方面行きの貨物列車は,名古屋駅を通過してあおなみ線中島駅横に広がる貨物ターミナルに入り,荷物を積み卸しした後で,機関車を付け替え,また名古屋駅を通過して稲沢駅まで戻り,ここでまたまた機関車を付け替えて,またまたまた名古屋駅を通過して,晴れて東京に向かうのである。ふぅっ(笑)

・南方貨物線は8割方とか9割方出来上がっていたはずだが,これをちゃんと造らなかったのはなぜなんだろう。
・需要の予測が現実的なものであれば,西臨港貨物線の線路をほとんどそっくりそのまま使う方法(単線でディーゼルカーの,神奈川のちょっと前の相模線相当)も考えられたかと思うのだが,なぜ大がかりな工事が必要な計画になってしまったのだろうか。

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2010年7月 6日

山陽新幹線の100系が,引退を前に国鉄塗装に変身

 「100系」一部デビュー時の色に…山陽新幹線(2010年7月2日 読売新聞)

 2012年春の引退が決まった山陽新幹線の2代目車両「100系」の一部の車体について、JR西日本は、デビューした国鉄時代のデザインに塗り直して7月下旬から順次、運行する。

 現在の車体の色は、グレーに黄緑色のライン。これを白地に青いラインを引いたデザインに戻し、新大阪―博多間で再デビューする。

来春100系新幹線が引退
 小田原駅に停車する在りし日の100系新幹線[2003年2月撮影]

 初代新幹線の0系に較べると,鼻筋がすーっと伸びて,ヘッドライトの目も流し目風で,それなりに人気があった車両だと思ったが,いつの間にか地味な存在に……。
 国鉄時代のデザインに戻して走行するのは山陽新幹線だが,これもまた結構人気になるのかな。

来春100系新幹線が引退
 東京駅のホームに入ってくる100系新幹線[2002年7月撮影]

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きしむ北陸新幹線・新潟編

 三セク設立続く不協和音 新幹線並行在来線(朝日新聞2010年06月20日)

 北陸新幹線の開業に伴って、並行在来線を運営することになる第三セクターの早期設立をめぐり、関係者がもめている。「経営計画が示されず、拙速だ」と反発する糸魚川市と同市議会に加え上越、妙高両市の議会でも疑問の声が出始めた。反発の背景に何があるのか。

(中略)

 知事が上越駅(仮称)への全列車停車を強調するあおりで、糸魚川駅への停車本数が減ったり、速達タイプが止まらなくなったりする懸念がある。県によると、新幹線の各駅停車タイプの糸魚川―東京間の所要時間は約2時間40分で、特急と上越新幹線を乗り継ぐ現在と変わらない。

 北陸新幹線の建設負担金の見込み額は、糸魚川市が約22億円で、約13億円の上越市を大きく上回る。糸魚川駅の改築にも多額の投資をする。それなのにメリットが見えてこない。

 なんだかいざこざが外にまで見えて来ちゃってるね。新潟県知事のオッサン,何で上越駅(仮称)への全駅停車なんかを強調したんだろう。意図がぜんぜん見えない。
 それに,糸魚川に至っては,新幹線の駅ができても,こだまタイプの新幹線しか止まらないとなると,在来線の糸魚川〜(特急はくたか)〜越後湯沢〜(上越新幹線)〜東京と,所要時間が約2時間40分で変わらないというのは初めて知った。これじゃ,糸魚川も気合いが入らないね。赤レンガ車庫は壊しちゃうし……。

 ちなみに,北陸新幹線上越駅(仮称)ができるとされる,現行の信越本線脇野田駅(青森の脇ノ沢ではない。念のため。)は,2008年度乗車人員 128人/日(降車客含まず),ホームは1面2線のささやかな駅。とても新幹線を全部停車させるほどの需要が生まれるようには思えない。

 それに対して,上越駅(仮称)に全駅停車となってしまうと,停車本数がグッと減ってしまうことが予想される糸魚川駅は,在来線特急列車の停車駅でもあり,2008年度乗車人員 1,093人/日(降車客含まず)で貫禄は十分。といっても,超ローカル線の磐越東線(特急や急行なんて走ってません)にある我が故郷の三春駅の2008年度乗車人員は1,079人/日なので,どっこいどっこい。糸魚川は大糸線にも接続し,もう少し鉄道の要衝的な位置付けかと思っていたが,目くじらを立てて停車列車の本数を争うようなレベルにはないんじゃなかろうか。

糸魚川駅にある巨大な翡翠の勾玉
 糸魚川駅にある巨大な翡翠の勾玉。翡翠は不老不死,生命の再生をもたらす力を持つらしい(信じる人にはね)から,糸魚川駅の再生もこれで大丈夫だね。[2007年1月撮影]

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2010年7月 3日

あかん阪堺電車をほかすわけにもいかんし,なんぎやな

 阪堺電車存続支援、年間最大2億円 堺市、利用促進に(朝日新聞)

 堺市は30日、阪堺電気軌道(大阪市)が運行する路面電車「阪堺線」の堺市区間について、今後10年間にわたり運賃割引などの利用促進策に年間2億円を上限に補助するほか、新型車両の導入などに総額30億円を助成する支援策を公表した。赤字続きで廃止が検討されている同区間の存続を図るもので、同社は9月末にも存廃を最終決定する。

 昨年2009年11月5日の『初の本格的な新規設置として期待された堺市のLRTは白紙に』という記事で,堺市が、南海電鉄と阪堺電気軌道に対し、両社による市中心部での運行を計画していたLRT(次世代型路面電車)整備の中止を申し入れたことがわかったということを書いた。

 都心部が空洞化し,人口も減りつつある政令指定都市堺市の将来を考えると,自家用車依存の社会からの脱却を考える必要があり,LRTは低コストで大きな効果もたらすことが期待できたはずなので,本当に残念なニュースだった。

 堺市の東西を結ぶLRTの実現は困難になったが,日常生活の足としての阪堺電車は,どの面から検討しても,なくすことはできないという結論になったのだろうと思われる。現在まで爪に火をともすような経営をして,新しくて綺麗な車両がまったく無い状態の阪堺電車が,少しずつ変わっていくことを期待したい。

阪堺電車存続支援、年間最大2億円
 阪堺電車の車両の近代化は遅れているが,確か冷房化はかなり進んでいたと記憶している。阪堺電車阪堺線[2007年5月撮影]

阪堺電車存続支援、年間最大2億円
 阪堺電車は天下茶屋付近の小さな商店街のすき間を走っている。阪堺電車が無くなることによる影響は計り知れない。[2007年5月撮影]

阪堺電車存続支援、年間最大2億円
 南の終点,浜寺駅前駅電停。次から次に電車がやってきては,折り返して行く。[2007年5月撮影]

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三岐鉄道でディーゼル機関車の脱線が連続

 鉄道事故:三岐鉄道のディーゼル機関車が脱線 富田駅で繰り返す/三重(2010年6月30日 毎日jp)

 同委や三岐鉄道によると、事故があったのは20日午後4時35分ごろと29日午前9時25分ごろ。20日、駅構内で機関車(1両編成)が入れ替え作業中に緩い右カーブを走行していたところ、片側6輪ある右側の前から5番目の車輪が内側に脱輪し、約20メートル走行したという。同社で調べたところ、枕木を固定するくぎが外れかかっており、老朽化が原因として枕木を交換した。

 だが、29日にも同じカーブで脱線したことから、同委に連絡したという。

 さて,「脱輪自体は珍しいことではなく」公表しなかったというのは,19世紀の鉄道というわけじゃないので,どうかと思うけど,まず詳しい鉄ちゃんじゃないので事故の状況がよくわからない。

 まず,三岐鉄道はディーゼル機関車を持ってるんだっけ? 本線は電気機関車だったよね。富田駅の入れ替えには専用のディーゼル機関車を使っているんだろうか。
 片輪が6輪あるディーゼル機関車というと「DF※※」か2軸の中間台車を持つ「DD51」ということになるのだが,ひょっとして脱線した機関車はJR貨物の車両だったのだろうか。記事にはJR貨物の話が出て来ないので,たぶん後者ではないのだろう。

 大した記事じゃないけど,なんとなく気になる記事である。

鉄道事故:三岐鉄道のディーゼル機関車が脱線 富田駅で繰り返す/三重
 三岐鉄道保々駅に到着した電車から降りてくる乗客。電車はこの保々駅で近鉄富田駅に引き返すことになる。[2002年2月撮影]

鉄道事故:三岐鉄道のディーゼル機関車が脱線 富田駅で繰り返す/三重
 三岐鉄道は現在でも貨物輸送を行っている,私鉄では珍しい路線である。
 仕事を終えた電気機関車が車庫に戻ってきた。[2002年2月撮影]

鉄道事故:三岐鉄道のディーゼル機関車が脱線 富田駅で繰り返す/三重
 三岐鉄道の車庫。奥に聳える鈴鹿山脈の山々が綺麗だ。[2002年2月撮影]

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2010年7月 2日

横須賀線(東海道線)のN'EX 253系とはお別れ

 成田エクスプレス初代車両「253系」引退(2010年7月1日12時52分 読売新聞)

 首都圏と成田空港を結ぶJR東日本の特急「成田エクスプレス」(NEX)の新型車両への入れ替えに伴い、1991年のNEX開業時に導入された初代車両「253系」が30日で引退した。


 普段利用している戸塚〜大船で見られるカッコいい車両というと,やっぱりこのN'EXだった。6月30日が引退ということで,記念運転時でもされない限り,もう見ることはできなくなってしまったようだ。
 長野電鉄に譲渡された分が,来年になれば走り出すそうなので,それを見に行くのは楽しみである。

 さて,先月の6月28日の夕方5時半過ぎに大船駅で,6番線の大船始発の横須賀線・総武線千葉行きが発車間際になった頃,反対の5番線に回送の旧N'EXの253系が入ってきた。千葉行きの電車のドアがすぐに閉まってしまったため,ちゃんと写真に収めることができなかった。たぶん横浜始発のN'EXだと思い,戸塚駅で下車したときに,数分だけホームに残っていたら,予想通り回送の253系N'EXが走ってきた。

 前から気になっていたSONY Cyber-shot DSC-HX5Vのズーム機能がまともに動いてくれず,まともな写真を撮ることはできなかったが,とりあえずこれが東海道線(横須賀線)での見納めになりそうだ。

N'EX 253系を戸塚で見るのは最後かな
 後追いで,しかも盛大なピンぼけ写真になってしまった(画像修正でごまかし)。[2010年6月28日戸塚駅にて撮影]

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