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2010年6月17日

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ

 ポニョ鞆の浦の観光、7割増の計算ミス…実は1割(読売新聞)

 2009年に広島県福山市鞆町に市外から訪れた入り込み客数(観光客数)を、同市が実際より約68万人多い182万1700人と誤って計算し、県に報告していたことが分かった。

 市内の観光客数を含めてしまったことによる単純な計算ミスで、新聞報道を見た市職員が、前年より69・9%も増えていることを不審に思って気付いた。実際には10%も増えておらず、市はすぐに修正した数字を県に届け出たといい、「ご迷惑をかけ、申し訳ない」と平謝りだ。

 ことある毎に,「崖の上のポニョ」の町として注目されてしまうことの不幸を感じる。

 あまり知られていないが故に,素晴らしい歴史的景観が残っていた福山市鞆町。まさかとは思うが,この計算ミスが意図的(通行量の増大を示すため)でなかったことを祈りたい。

 鞆町は古くから風待ちの港として繁栄した町である。明治時代になって貨物輸送の手段が海から陸路に変わり,鉄道(山陽本線)や主要道路から外れた鞆町は近代化の波に取り残されることになった。

 “結果的”に古い家並みが残ったというのは,各地に残る重要伝統的建造物群保存地区と同じであり,道路が自動車交通に対応していないこともまた同様である。観光客の増加に伴う交通渋滞,マナーの問題などは,映画が話題になったことで輪を掛けたような状態らしい。

 まず鞆町の地図を見てほしい。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
 福山市鞆町[地図閲覧サービス 2万5千分1地形図名:鞆 (岡山及丸亀)]

 地図好き,街歩き好きなら,すぐに歩いてみたくなる町だということがよくわかる。

 地図の上(北)の方向から東岸に沿って,広い道路(それでも片側1車線の2車線)の県道22号線が道越町港まで続いている。
 その港の対岸にある焚場町の海岸部分からは,やはり片側1車線の2車線に拡幅された県道47号線のバイパスが西(沼隈町方面・福山市内方面のグリーンライン)に延びている。
 要は,それらの道路の中間部分が無いため,車は西町・江之浦町の細い路地に流れ込んで,渋滞を引き起こしているようだ。

 この鞆町には,鞆港の一部(江之浦町)を埋めて立てて橋を架け,町の東西を結ぶ県道47号線のバイパスを建設する計画がある。現在,唯一拡幅されている県道22号線と県道47号線を結ぶ計画であり,地図を見れば,確かに,ここをつなごうとするのは合理的だ。
 1983年(昭和58年)に鞆地区を東西に結ぶ県道47号線バイパス建設を計画。この計画は港の両岸を埋立てと橋梁によって結び,同時に近代的港湾施設や公園などの整備も行い地域活性化を図るものであった。この計画はその後,あれこれの理由で頓挫し,港の両側に2車線の計画道路だけが虚しく残っている。

 国土地理院の地図だけでは,鞆町内の道路の狭さの状況がわからないので,Googleマップの鞆町の部分を開いてみる。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
[Googleマップ]
 鞆町の中心部,西町の国道47号線は1車線なので,(少し幅員が広がっているすれ違い場以外では)車のすれ違いができない。古い町に特有の,T字路や鍵曲がりも連続している。
 走っている自動車が町の人のクルマばかりであれば,譲り合いの気持ちを持って運転をすることができ,信号機が無くても上手くやり取りすることは可能だ。

 しかし,前年比10%程度の観光客増加とはいえ,そういう基本的なマナーを持たない乗客がひとたび町の中に入ってしまえば,やり過ごしの呼吸や,絶対に駐車してはいけない場所などは簡単に無視されてしまうのも事実。
 鞆町行きのバスが,渋滞でにっちもさっちもいかずに鞆町にたどり着けず,結局福山に引き返したという話も漏れ聞く。

 渋滞は,岡部たばこ店の前から西へ向かう通り,その西端のT字路,その南側のT字路,そして西側の県道47号線で起こっている。たぶん,鞆町に住んでいる人だけのクルマでは,渋滞がひどくなることは少ないだろう。細い道路での行き違い時に,ちょっと立て直しに手間取って長引いてしまうようなトラブル程度なのではないだろうか。
 むしろ,問題になるのは新しく増えた分の交通量である。待避所で路上駐車しないなどのマナー(普段利用しない人は,ちょっと広いから駐めてもいいだろうなどと考えてしまう)を守ってもらいにくい人達だ。

 現在,本件は裁判沙汰になっており,広島県福山市の景勝地「鞆の浦」の埋め立て架橋計画の差し止めを命じた広島地裁判決に対し,県は控訴する方針を固めたという。

 鞆町が現在の状態で残っているのは,住民が密集して住んでおり,漁港の魚,新鮮な野菜を売る商店街があって,観光客相手の店とも融合して,コンパクトな観光地として細々と残ってきたからだと思う。
 住宅地の細い路地に観光客の車が入り,渋滞が発生してしまう状況は,年寄りが気楽に町を歩けないという意味で致命的ですらある。架橋反対・ポニョの町を壊すな運動をしている人のブログを読ませていただくと,港を埋めたり橋を架けたりせずに,古い家並みが建ち並んでいる道路を少し広げれば良いじゃないか,という意見すら見られる。正直,そんなことをしてしまったら,心臓ひと突きの即死コースだ。景観の中心となっている建築物がなくなる,鞆の人口が減る,町が寂れる……と,真っ逆さまだ。

 町中の道路を広げることは伝統家屋を壊すことになるので困難。港の一部を潰して架橋を作ることは港を壊すことになるので困難。そのまま放置すると,観光業以外の方が町からどんどんになくなり,鞆町の素晴らしい景観を形作ってきた家並みも,あっという間に朽ち果ててしまうことだろう。もうディレンマというより,トリレンマの状態だ。

 さて,鞆町の港の一部埋め立て・架橋工事については差し止めを命じた広島地裁判決についてだが,どういう対策が残っているのだろうか。

 日本では聞いたことがないが,町の南北に自家用車乗り換えゾーン(パーキング&バスライド)を設け,鞆の町にバスで入ってもらい,観光客には町の中は自分の足で歩いてもらうのが一番だと思う。町の中は,鞆町在住者の車に限って乗り入れられるようにすればいい。実際に困っているのは鞆町の在住者なのだから。
 それができるならば,が前提条件になるが。正直,車依存から逃れられない観光客が多い状況を見ると,これはたぶん無理だ。

 まったくの部外者が結論を出すことはできないが,家並みを残してほしいと考えている私の立場から,架橋前の鞆町の写真と,架橋後の鞆町の写真を較べてみると,橋を架けても鞆町の特徴的な家並みに大きな影響はなさそうな気がする。街のあちらこちらに観光客の違法駐車があって,町の人が迷惑を被っている状況を考えると,駐車場の拠点ができるのも良いことだと思う。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
[写真は福山市の鞆地区道路港湾整備事業「整備のイメージ」のページより]
 これが現在の鞆町の俯瞰写真。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
[写真は福山市の鞆地区道路港湾整備事業「整備のイメージ」のページより]
 こちらが埋め立て・架橋工事が完了したあとの鞆町の俯瞰写真(想像図)。

 さて,皆さんはどのように判断するだろうか。

 繰り返しになるが,私は架橋工事よりも,鞆町内への乗用車の乗り入れ禁止,観光客はパーク・アンド・バスライドで,鞆町の中は歩いてもらうのが一番だと思う。それには市民の覚悟と強力な行政の協力が必要だ。
 架橋反対派のページやブログを見ると,なんだかそういう覚悟が見えてこないのが残念だ。鞆町の住人の意見はほとんど聞こえてこないが,「ポニョ」を介した全国の観光客のブログが,港の埋め立て反対・架橋反対の姿勢になっていることに強い恐怖を感じる。

 困っている住民の方の希望を反映した結論が,早く出ることを期待したい。

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コメント

はじめまして。ブログ拝見させていただきました。

かなり共感させていただきました。
私も同感です。

投稿: 鞆の浦新聞 | 2010年6月17日 02時29分

地図や航空写真で見る限り、鞆の浦の街の東西両側に伸びてきている幅広の道路を、仮に港の上に架橋して繋げても、福山市街地から鞆の浦の西側の田島や千年港方面に抜けていく車の交通路になるだけの気がしますね。

正直、鞆の浦西側の地域から福山市街地までの通行道路なら、尾根筋を走るグリーンラインを別にしても、他の道路を経由する事で間に合いそうです。

私も、巨額な建設資金を必要とする架橋を、単なる通過交通の為にするくらいなら、パーク&バスライドの方が、より現実的な対応ではないかと思います。

鞆の浦の皆さんも含め、その辺のお金と利便性のバランスを追求した遣り繰りを、もう少し冷静に検討していったら良いのでは?

鞆の浦と言えば、坂本龍馬率いる海援隊の用船「いろは丸」が、航海中に紀州藩の明光丸と衝突・沈没した「いろは丸事件」の舞台にもなりました。夏の終わりくらいには、このエピソードが放映中の大河ドラマ『龍馬伝』で採り上げられるでしょうから、秋以降、鞆の浦を訪れる観光客の数が、またぞろ増えそうな予感がします。

とはいえ、ポニョの件といい、一時的な観光客の増減に惑わされる事の無い、未来を見据えた決断を、鞆の浦の住民の皆様が自ら決められる事を望みます。

国家百年の計、などと軽々しく口にする政治家や官僚、建築関係の業界の方々はよく見かけますが、彼等が百年、本当に面倒を見てくれる訳でもありませんしね。

投稿: もりあき | 2010年6月17日 08時12分

 コメントありがとうございます。
 本場,鞆の浦の方にコメントをいただいて,恐縮しています。

 実際に鞆町を歩いたわけでもないのに,想像であれこれ書いてしまいました。昨年の1月,鞆町に行くために福山に宿泊したものの,ポニョ人気で混雑しているらしいと言う噂を聞いて,急遽,松永の町に行き先を変えた軟弱者です。
 でも,ぜひとも行って見たい場所であることに変わりはありません。

 日刊 鞆の浦新聞を読ませていただき,すばらしい内容に圧倒されました。ポニョの人気が無くなってから行きたいと思ってましたが,龍馬関連でもあるのですね(不勉強でした)。

投稿: 三日画師 | 2010年6月17日 08時23分

 もりあきさん,コメントありがとございます。

 鞆の浦の架橋ですが,通過車両だけではなく,町の中を通って観光スポットを移動する車が通るだけでも,町の中の車を減らす効果はあると思います。

 ただ,その効果を上げるには,港の一部を埋め立てて,観光の起点ともなる駐車場を作る必要があるわけで,焚場跡等ダメージは大きく,常夜灯のある港から見る風景も変わってしまいますね。

 歩いて橋を渡れば,常夜灯のある港や街並みを海の側から見ることができるという,新しい楽しみが増えると考えることもできます(港町を港の側から見るのは新鮮なはずです)。

 とはいえ,現実的な策はやっぱりパーク・アンド・バスライドだと思います。

投稿: 三日画師 | 2010年6月17日 08時44分

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