« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月の30件の記事

2010年6月30日

芸備線で線路下の土砂が流失するも1日で復旧

 JR芸備線 線路下の土砂流失(朝日新聞 2010年06月28)

 JR西広島支社によると、線路下の土砂が長さ15メートル、深さ3〜4メートルにわたってえぐれ、このうち長さ5メートルの部分では線路が完全に浮いた状態になっていた。28日始発から運転を再開できる見通し。

 線路の下の土が大きくえぐられた現場で、復旧工事をする作業員ら=三次市和知町、長尾大生撮影

 午後10時過ぎに現場を通過した三次発備後落合行きの列車の運転士が揺れを感じて一時停止し,列車に異常がないことを確認して運転を再開(当該列車に乗客は一人も乗っていなかったというのは寂しい話だ)。運転士からの連絡を受けた担当者が現地を確認したところ,土砂の流出が判明したらしい。

 この列車は現場を通る最終列車だ。これって,タイミング的にもの凄い幸運だったってことだよね。
 写真の状況を見ると,この状態になってから列車が差し掛かったら「揺れを感じた」程度では済まずに,列車がひっくり返っていたわけだし,逆に土砂が流出するのが少し遅かったら,何事もなくこの最終列車が通過し,翌日の始発列車が普段通りにこの区間に差し掛かることになったはずだ。

芸備線で線路下の土砂が流失するも1日で復旧
 芸備線東城駅で発車待ちする備後落合行き(左)と新見行き(右)[2003年4月撮影]

 復旧工事のために,JR西日本は27日始発から三次〜備後落合駅間で運転を見合わせ,28日始発から運転を再開する見通しとのこと。これほどの規模で路盤が流されてしまったものを,たった1日で復旧してしまうというのは凄い。関係者の皆さん,突貫工事お疲れ様と言いたい。
(規模が違うといえば違うのだけど,昨年の盆休みに東名高速の路肩が地震で崩れたときには,仮復旧まで5日間も通行止めになったのは記憶に新しい)

 芸備線に限らず,因美線や木次線など,JR西日本の路線には,線路保守設備の投資や点検のコストを削減することで,25km/hの速度制限がかかっている区間がたくさんある。列車に乗っていると,綺麗な車窓の中をゆっくり走るので嬉しい……と感じるのは私のような物好きだけで,通勤や通学で利用している人にはまったく迷惑な話である。ちょうど朝の小田急線がトロトロとしか動かず,横を走る自転車にも抜かれてしまうような速度なのだから。

 三次〜備後落合駅間で運転を見合わせた1日間は,乗客を「タクシーで代行輸送」したそうだ。残念ながら,輸送量がその程度なのが現実だ。列車の運転本数は2〜3時間間隔,速度も遅い。卵が先かニワトリが先か……と問うには厳しすぎる環境である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月29日

発売日前に「山口百恵 in 夜のヒットスタジオ」が届いた!

 ついに来た!

「山口百恵 in 夜のヒットスタジオ」が届いた
 山口百恵 in 夜のヒットスタジオのDVDボックスだ。

 先日Amazonから出荷済みのメールが来てから,配達予定日が6月30日になったまま,現在位置がずっと千葉県市川だったので,発売日の6月30日にならないと配達してくれないのかと思っていたが,一日前の今日6月29日,とうとう商品が到着した。

「山口百恵 in 夜のヒットスタジオ」が届いた
 夜のヒットスタジオは,ランキングが中心となるザ・ベストテンと違って,曲を聴かせる番組だったため,どの曲も短縮版じゃなくてフルコーラスが聴けるのがポイントだ。

 それに,あまり知られていない(けどすごくいい曲なのだ)“ささやかな欲望”から,“白い約束”“愛に走って”ときて“横須賀ストーリー”と続く,蝶が羽化するかのような急速な変化の過程を見ることができることも,このDVDのすごいところ。

 さらに言えば,番組の冒頭で,他の歌手の曲を歌いつないで出演者を紹介するコーナーでの山口百恵の歌唱も見物。“いい日旅立ち”から“ロックンロール・ウィドウ”まで幅の広い表現のできる歌手だということはわかっていても,自分の持ち歌でない曲……演歌やらサザンやらを見事にさらりと歌ってしまうところが見事である。
(百恵ちゃんはこういうところも手抜きせず,ちゃんと事前に準備してるんだな。大物歌手でも歌詞を忘れてグダグダになってたりしたし)

 まあ,とにかく,この山口百恵というすごい歌手が,妙な「すごいでしょオーラ」「上手いでしょうオーラ」を出さずに,みんなに「百恵ちゃん」と呼ばれて,小さな子供からじいさんばあさんまでの幅広い年齢層に聴かれていたってことは,めちゃくちゃ凄いことだと思うのだ。

 当時はそこまで気がつかなかったんだよね。
 平岡正明の「山口百恵は菩薩である」を読んでも,さすがに菩薩ってのはブラフだと思ってたし。
 辞書(大辞泉)を引くと,【菩薩:仏の位の次にあり、悟りを求め、衆生を救うために多くの修行を重ねる者】とあって,日本の国の隅々まで山口百恵の歌声が届いて,人の心を感動させていたとしたら,「菩薩」という表現は案外,的を射ていたのかもしれない……なんてね,今になって考えてみたり……。

 しばらく寝不足の日が続きそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年6月27日

新潟港朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故を思い出した

 階段の天井落下/新潟駅通路(朝日新聞2010年06月24日)

 23日午前6時ごろ、新潟市中央区のJR新潟駅西側連絡通路の階段の天井が落下していると通行人からJR東日本新潟支社に連絡があった。けが人はなかった。
 通路を管理している新潟市によると、現場は西側連絡通路の南口に下りる階段。天井の骨組みにビスで取り付けてあった厚さ約1センチの石膏(せっこう)ボード約17平方メートルが落下した。重さは約100キロ。

 新潟の通路で落下事故ということで,朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故を思い出した。いずれも無人の時間帯だったのは本当に(単なる)幸運だったように思う。

 今回落下したのは天井部分の石膏ボードということで(それでも重さは約100kgもある),新潟港朱鷺メッセの連絡デッキ落下事故とは比較にならないほど軽微だ。だからといって,問題がないわけではなく,2007年にも同じ通路の西側連絡通路で石膏ボード数枚が落下したという記録があることから,まったく何も解決していなかったことがわかる。
 100kgの石膏ボードを何本のねじで固定していたのかは不明だが,朱鷺メッセの連絡デッキと同様な,設計ミスの可能性も含めて,徹底的に調査してもらいたいものである。

※ 新潟港朱鷺メッセの連絡デッキ落下事故は,長さ200mを越える歩行者用の連絡通路(鉄筋コンクリート製)が,誰も歩いていない低負荷の状態で,通路の自重で6〜7m下の地面に崩落したという,前代未聞の事故である。
 事故調の調査では,完全な設計ミス,設計者と施工業者との連絡ミス,工法の無理解による製造ミスが重なった結果,完成から数年(疲労破壊は考えられない短期間)で,誰も歩いていないという設計上最も負荷の小さな状態で,通路自体の自重に耐えられずに,突然落下したことになっている。
 まったくもって,恥ずかしい事故である。

 今回の石膏ボード落下事件も,設計の妥当性,製造の妥当性,年に2〜3回行っていた目視点検の妥当性と,念入りに調査してほしい。ひょっとして,同じ業者が……等と感じてしまうのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが

 恵比寿駅にホームドア 山手線、JR在来線で初(朝日新聞 2010年6月26日10時30分)

  JR山手線恵比寿駅(東京都渋谷区)で26日、線路転落防止用のホームドア(可動式ホーム柵〈さく〉)の使用が始まった。東京メトロや新幹線の一部などには設置されているが、JRの在来線では全国初。山手線では2017年度をめどに全29駅に設置される。

 「JR山手線恵比寿駅で使用が始まったホームドア=26日午前、東京都渋谷区、橋本弦撮影」という写真が付いている。ホームの前に立っている女性を,ホーム上に置いたカメラからあおって撮った写真だ。
 駅などでの女性の盗撮がこれだけ問題になっているときに,この写真はこの記事を報じるために必要だったのだろうか。一般人なら(掴まる覚悟をしないと)絶対に撮れない写真なだけに,嫌な感じがする。

 JR東日本によると,駅のホームでの事故は,昨年,列車との接触事故が62件,自殺が132件あったという。非常ボタンで対策を進めたが,結果として事故は増加しており,ホームドアの導入を決めたそうだ。

 ここで以前から気になっていたのが,ホームの端を携帯電話を見ながら歩いていて電車に接触してしまうような事故が増えているのは,入っている電車の車体幅が広がっていることも一因になっているのではないだろうか。

 山手線を走っていた(走っている)電車は以下の通り。

 1980年代:    103系……車体幅2m83cm
 1990年〜2005年: 205系……車体幅2m87cm
 2005年〜     E231系……車体幅2m95cm

 5年ぐらい前から走っているE231系は,ホームにぶつからないように車体の裾を絞り,人が詰め込まれる部分は約10cmも幅が広くなっているのだ。片側では5cmの増加。つまり,今までホームに入ってきた電車よりも,5cmだけホームに出っ張っているのである。

 わずか5cm,電車がホームに近くなるということは,ホームの端を歩く癖のある人には驚異である。

 遅れ馳せながらホームドアを設けることで,そういううっかりした人間にも安全が確保されることは,良いことだと思う。中央快速線にも早急にホームドアを付けてほしいものである。

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 ホームでは「黄色い線の内側にお下がりください」と連呼される。しかし,黄色い線の前に乗車待ちの行列ができたりしていて,黄色い線の外側に安易に出てしまう人が多い。まったく気にしない人も多い。[2005年10月撮影]

 某JR岡山駅で,黄色い線の上を歩いているお母さんが,駅員に注意されていたのを見て,ちょっと気になって注意していた駅員さんに尋ねたことがある。それによると「黄色い線の内側」とは「黄色い線のオンラインはアウトであり,黄色い線に触れない範囲の内側をあるく。これはJR共通の認識だ」という。

 でも,この「黄色い線の内側(黄色い線の上はアウト)」は共通認識にはなってないよね。

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 この車両は山手線ではないが,1980年代には山手線の中心車両だった103系電車。電車の側面は上から下まで平面になっているので,電車の側面がホーム側にはみ出してくることはない。「2000年11月撮影」

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 代々木駅に停車している103系電車。ホームからはみ出ない限り,電車と接触することはないと思われる(風圧に巻き込まれることは十分考えられるが)。[2000年2月撮影]

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 新宿駅の山手線ホームに入ってきた205系電車。103系電車より新しい車両だが,車体の側面真っ直ぐなので,車体がホームにはみ出ていないことがわかる。[2002年5月撮影]

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 田町駅の山手線ホーム。おまけの写真。[2002年2月撮影]

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 新しいE231電車である。輸送量を増やすために(車内の混雑を少しでも緩和するように),車体は約10cmも広げられている。当然,今までの103系電車,205系電車に較べて,電車のボディはホームに5cm近いところを通ることになる。[2004年11月撮影]

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 2004年に走っていた「iPodラッピング電車」。ドアの断面カーブを見ると,車体がホーム側に5cm出っ張っているのがわかりやすい。[2004年11月撮影]

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 山手線大塚駅のホームの様子。ホーム屋根の柱の間を(ホーム側)を歩いたときには,電車とのすき間は5cm縮まったことで,結構感じる風圧が大きくなったような気がする。

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 TXつくばエクスプレスの筑波駅のホーム。当初からホームドアが設けられている。

山手線恵比寿駅にJR在来線初のホームドアが
 横浜市営地下鉄の上永谷駅のホームドア。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月26日

多摩都市モノレールが2年連続の黒字に

 多摩モノレール2年連続の黒字(朝日新聞2010年06月25日)

 都などが出資する第三セクター「多摩都市モノレール」(本社・立川市)は24日、2009年度の決算を発表した。経常損益は08年度に続いて2年連続黒字となり、同社は「赤字体質からの転換が軌道に乗った」としている。

 多摩都市モノレールは,立川市の北部にある上北台から西武拝島線の玉川上水駅,立川駅(立川北・立川南と分けたのは謎),京王線高幡不動駅,そして多摩丘陵の多摩センター駅を結ぶ路線である。東西方向の交通機関が並ぶ立川周辺の南北の結節点を結ぶ,待望の公共交通機関だった。

 開業以来,「膨大な赤字」で有名にはなったものの,乗車人員は順調に増加しており,営業損益は6年連続の黒字。まずまず順調な経営ができてる……ように見える。

 しかし,記事の後半を読むと暗澹たる気分になる。
 数年前に東京都が融資していた金の返済をあきらめ,膨大な借入金の利払い負担が軽減されたはずだが,それでも2010年3月期で借入金は544億円。毎年40億円近くを返済し続けなければならないという。

 多摩都市モノレールの売上高が74億8400万円(2008年3月期)の規模だから,これはちょっとやそっとじゃ返せそうにないね。金の話はよくわからないが,最初から何かが間違っていたとしか思えない。

多摩モノレールが2年連続で黒字に
 立川北駅を出て,第一デパートの横からJR立川駅のホームの上を通り,立川南駅に向かうモノレール。[2005年3月撮影]

多摩モノレールが2年連続で黒字に
 立川駅前から西に続く立川銀座商店街の上をモノレールが走る。[2005年3月撮影]

多摩モノレールが2年連続で黒字に
 立川北駅のホーム(写真右側)に入ってきたモノレール。[2005年3月撮影]
 写真右側が伊勢丹立川店,モノレールの奥が高島屋立川店。

多摩モノレールが2年連続で黒字に
 多摩都市モノレール同士のすれ違い。[2001年1月撮影]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月24日

古い歩道橋は意外に新しい

 小牧最古の歩道橋引退(朝日新聞愛知)

 小牧市岩崎の名古屋鉄道味岡駅近くの県道に45年前からかかる歩道橋「岩崎橋」が21日に撤去された。同市内では最古の歩道橋。県内でも古い部類に入るとみられ、住民からは惜しむ声も出ている。
 国内最古だった清須市のコンクリート製の歩道橋は59年のもので4月に撤去された。

 歩道橋というものが好きじゃないので,無くなって清々した気分……と言いたいところではあるが,古いものだと確かに名残惜しい気持ちになるかもしれない。

 ニュースになっている小牧市最古の歩道橋が1965年(昭和40年)製。国内最古だった歩道橋でも1959年(昭和34年)製だから,歩道橋というものがいかに新しい構造物で,短期間に全国にあっという間に普及したものだということがわかる。

 歩行者が道路を横断するために,えっちらおっちら階段を登らされる歩道橋は,バリアフリーの観点からも,今後増えることがないようにしてほしいものだ。

名鉄各務原線田神駅に近い竜田町の歩道橋
 岐阜市竜田町(名鉄田神駅近く)の古そうな歩道橋。[2001年2月撮影]

| | コメント (2) | トラックバック (0)

JR四国の駅の75.5%が無人駅に

 JR県内6駅無人化(朝日新聞高知)

 JR四国(本社・高松市)は21日、管内の計29駅を9月1日と10月1日に無人化すると発表した。高速道路の料金割引や長引く不況で厳しい経営状況が続いているため。今回の無人化による経費削減額は年間約5千万円を見込んでいる。同社が駅の無人化に踏み切るのは19年ぶりという。

 高知県内で6駅,四国全体では29駅が無人化される。

 今回の無人化で,JR四国管内全257駅のうち,194駅が無人駅になる。実に全駅中75.5%が無人駅ということになる。これは相当に厳しい状況だ。

 JR北海道には札幌大都市圏,JR九州には北九州・福岡大都市圏があり,そこでの収益を周辺に回すことができる。しかし,四国にはそれに相当するような規模の都市圏がない。
 さらに,岡山・高松都市圏の主な物流網のひとつだった瀬戸大橋(瀬戸中央自動車道・瀬戸大橋線)の自動車道が休日1000円となり,JR四国には強い逆風が吹いている。

 また,高松,松山,高知には,それぞれ,高松琴平電鉄,伊予鉄道,土佐電鉄が市内中心部を走り,JRと通勤通学輸送において競合している。松山においては,伊予鉄道が地域交通の中心になっているのは明らかだ。
 たとえば,四国各県のJR主要駅の,一日あたりの乗車人員を,東北地方の同等規模の都市の駅と比較してみると次のようになる。

 東北本線 郡山駅 17,716人/日
 東北本線 盛岡駅 17,697人/日
 東北本線 福島駅 14,932人/日
 奥羽本線 秋田駅 11,914人/日
 奥羽本線 山形駅 10,994人/日
 東北本線 青森駅  8,173人/日

 予讃線  高松駅 13,036人/日
 高徳線  徳島駅  8,523人/日
 予讃線  松山駅  7,772人/日
 土讃線  高知駅  5,059人/日

 都市の経済活動の規模に較べて,JR四国の利用者が少ないことがわかる。沿線に中小の都市が並ぶ路線が予讃線しかない現状では,いかんともしがたい感じだ。

大歩危駅
 10月1日から無人駅になることが発表された大歩危駅。[2002年5月撮影]

大歩危駅
 土砂降りの大歩危駅。高知行きの特急「南風」がホームに入ってきた。[1999年7月撮影]

新改駅
 1970年10月に無人駅となった新改駅。秘境駅としても有名らしいが,2〜3時間に1本程度の本数は確保されている。[2002年5月撮影]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月18日

一畑電車は発車する「RAILWAYS」号に乗れるか

 一畑電車の魅力がたっぷり 映画公開に合わせ、書籍出版

 一畑電車が舞台の映画「RAILWAYS」の公開に合わせ、一畑電車が走る写真やその歴史を紹介する書籍「一畑電車がゆく RAILWAYS特別版」が、今井書店(松江市殿町)から出版された。

 1999年に出版された初版本を、映画公開に合わせて増補改訂したもので、「RAILWAYS」の錦織良成監督と島根出身の俳優佐野史郎さんの対談や、一畑電車の車両基地がある雲州平田の街並み、四季折々の自然の中を走る電車の写真を新たに加えた。対談で話題にのぼる一畑パーク(1979年閉園)のCMを収録したDVDも付録でついている。

 過去に幾度となく存廃問題が取り上げられてきた一畑電車。その一畑電車を舞台にした映画「RAILWAYS」の公開をバネにして知名度を上げようと,営業活動が活発である。

 過去に訪問したときの印象では,地方ローカル鉄道に典型的な風景が残っており,沿線はとても良い雰囲気だと思った。

 ただ,各停の駅で記憶の補助的な写真を撮り歩いている私の個人的な印象では,一畑電車に乗りに行ったときのイメージはあまりよくない。松江しんじ湖温泉駅,電鉄出雲駅,出雲大社前駅などの主要な各駅では,列車がホームに入ってきて,降車客が全員降りたのを確認してからじゃないと,乗車客の改札を行わないシステムになっている。
 そのため,電車を降りたときには,電車やホーム,駅舎の様子をゆっくり撮影することはできないし,乗車するときには,電車がホームに入ってくるところどころか,電車から乗客が降りてくるところ,これから乗ろうとする電車を正面からの撮影する時間もなく,改札が開いて,乗客がホームに入った頃合いには,すぐに発車時刻になってしまうのである。
 まさに,撮影者泣かせの鉄道会社なのである。

 出雲大社前駅の見事さは,言葉で説明するより,写真を見てもらったほうがすぐにわかってもらえそうなのだが,その出雲大社前駅も,駅の外や駅舎の内部からの写真は撮れたが,ホームから見た駅舎の写真は残念ながら撮ることができなかった。もし,将来的に一畑電車が,駅や電車目当ての観光客を受け入れる態勢がとれたならば,ぜひともそのへんのところまで考慮していただきたいと思う。一畑電車は気づいていないかもしれないが,良い駅舎や風景が残ってるので,今のままではもったいないと思うのだ。

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 一畑電鉄大社線出雲大社前駅。実に見事な洋風建築の駅舎である。[2003年1月撮影]

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 出雲大社前駅の内部。屋根の形が高い天井そのままになっていて美しい。ホームで電車を待つということができないシステムなので,待合室は満員になっている。[2003年1月撮影]

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 見事な出雲大社前駅の内部。中心の円柱状の部分に切符売り場等が設けられている。[2003年1月撮影]

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 一畑電車北松江線津ノ森駅。[2002年5月撮影]

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 一畑電車北松江線津ノ森駅。駅の回りには花がびっしり咲いていた。[2002年5月撮影]

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 電鉄出雲駅を出た北松江線の電車が川跡駅を目指して走る。手前の踏切は大社線。[2004年5月撮影]

一畑電車は「RAILWAYS」の流れに乗れるか
 夕暮れ時の一畑電鉄川跡駅ホーム。隣のホームに大社線の電車が入ってきた。[2004年5月撮影]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「はやぶさ」鼻高々,新青森駅に初乗り入れ

 「はやぶさ」鼻高々、新青森駅に初乗り入れ 東北新幹線(朝日新聞)

 12月4日の東北新幹線の全線開業を前に、「はやぶさ」の愛称がついた新型車両のE5系が試験走行の一環として17日午前10時17分、終着駅となる新青森駅(青森市)に初めて乗り入れた。地元住民や全国の鉄道ファンら約500人が出迎えた。緑、ピンク、白が基調の色鮮やかな車両がホームに滑り込むと、長さ約15メートルある「鼻」に向けてカメラのフラッシュがシャワーのように注がれた。

http://rail.hobidas.com/rmn/archives/2009/06/jre5.html
[鉄道ホビダス・RMニュース 09.6.15 東北新幹線仙台 E5系量産先行車・河澄拓哉さん(栃木県)撮影]

 東北新幹線全線開通時の新型車両E5系「はやぶさ」が,試験走行のために初めて新青森駅まで走った。宇宙探査機「はやぶさ」に続いての,「はやぶさ」のニュースだ。

 E5系車両は,約15mもある長い「鼻」がトレードマークだ。しかし……私はこのかたちがどうしても好きになれない。あのカッコ良かった500系の点数が100点とすると,甘く見ても50点ぐらいにしかならないのだ。

 E5系車両の元となった新幹線用高速試験電車 FASTECH 360 S には,東京方に鼻が長すぎず,バランスの取れた先頭車両が付いていた。

http://rail.hobidas.com/rmn/archives/2009/06/jre5.html
[鉄道ホビダス・RMニュース 09.5.24 上越新幹線 上毛高原―高崎 FASTECH360S E954形・河澄拓哉さん(栃木県)撮影]

 この先頭車両(東京方のストリームライン)のほうがとても格好いい。なぜこっちのかたちを選ばなかったのか,空力特性のどのへんが劣っていたのか,理由を知りたい。そのぐらいE5系の長鼻は好きになれないのである。

 新型車両のE5系は,来年の3月に「はやぶさ」として運転を開始し,その2年後には,国内最高時速320km/h運転に移行するそうだ。東京−新青森感の最短時間は3時間5分程度。あいかわらず新青森から青森までのアクセス方法・所要時間が書いていないのは,質問する記者がいないのか,何かうまくはぐらかされているのか,あいかわらず気になる状況である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月17日

水郡線の上下列車がホームで鉢合わせ

 水郡線の上下列車 あやうく鉢合わせ(朝日新聞)

 相馬市と浪江町で震度5弱を観測する地震が起きた13日、郡山市のJR水郡線安積永盛駅で上りと下りの普通列車がホームで鉢合わせしそうになるトラブルがあった。

水郡線の上下列車がホームで鉢合わせ
[2002年11月2日 郡山駅]郡山駅の水郡線ホームに入ってくる水郡線の列車(切り欠きホームなので正面から撮れる)

 地震に人身事故が重なって上下線で遅れが続いていた……といっても,上り列車が停車しているホームに下り列車が入ってきてしまうトラブルは,あってはならない状況じゃないのかな。

 トラブルがあった安積永盛駅には東北本線のホームもあるが,基本的には水郡線は駅舎側の単式ホームを使用する。隣のターミナル駅である郡山駅も,水郡線は水郡線専用の単式ホーム(東北本線ホームの切り欠きにある)から発着する。さらに,安積永盛の南隣の磐城守山駅も単式ホーム1面1線だから,実質的に線路が1本しかない郡山−安積永盛−磐城守山の区間に2本の列車が走っていることは,相当に異常な状況であるように思う。

 列車の遅れに対応するために,水郡線の郡山駅行き下り列車を安積永盛駅の東北本線のホームに入れようとしたけど,いつものように水郡線のホーム(上り列車が停まっていた)に入れてしまったのだろうか。単純なミスでは済まされない怖さを感じる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ

 ポニョ鞆の浦の観光、7割増の計算ミス…実は1割(読売新聞)

 2009年に広島県福山市鞆町に市外から訪れた入り込み客数(観光客数)を、同市が実際より約68万人多い182万1700人と誤って計算し、県に報告していたことが分かった。

 市内の観光客数を含めてしまったことによる単純な計算ミスで、新聞報道を見た市職員が、前年より69・9%も増えていることを不審に思って気付いた。実際には10%も増えておらず、市はすぐに修正した数字を県に届け出たといい、「ご迷惑をかけ、申し訳ない」と平謝りだ。

 ことある毎に,「崖の上のポニョ」の町として注目されてしまうことの不幸を感じる。

 あまり知られていないが故に,素晴らしい歴史的景観が残っていた福山市鞆町。まさかとは思うが,この計算ミスが意図的(通行量の増大を示すため)でなかったことを祈りたい。

 鞆町は古くから風待ちの港として繁栄した町である。明治時代になって貨物輸送の手段が海から陸路に変わり,鉄道(山陽本線)や主要道路から外れた鞆町は近代化の波に取り残されることになった。

 “結果的”に古い家並みが残ったというのは,各地に残る重要伝統的建造物群保存地区と同じであり,道路が自動車交通に対応していないこともまた同様である。観光客の増加に伴う交通渋滞,マナーの問題などは,映画が話題になったことで輪を掛けたような状態らしい。

 まず鞆町の地図を見てほしい。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
 福山市鞆町[地図閲覧サービス 2万5千分1地形図名:鞆 (岡山及丸亀)]

 地図好き,街歩き好きなら,すぐに歩いてみたくなる町だということがよくわかる。

 地図の上(北)の方向から東岸に沿って,広い道路(それでも片側1車線の2車線)の県道22号線が道越町港まで続いている。
 その港の対岸にある焚場町の海岸部分からは,やはり片側1車線の2車線に拡幅された県道47号線のバイパスが西(沼隈町方面・福山市内方面のグリーンライン)に延びている。
 要は,それらの道路の中間部分が無いため,車は西町・江之浦町の細い路地に流れ込んで,渋滞を引き起こしているようだ。

 この鞆町には,鞆港の一部(江之浦町)を埋めて立てて橋を架け,町の東西を結ぶ県道47号線のバイパスを建設する計画がある。現在,唯一拡幅されている県道22号線と県道47号線を結ぶ計画であり,地図を見れば,確かに,ここをつなごうとするのは合理的だ。
 1983年(昭和58年)に鞆地区を東西に結ぶ県道47号線バイパス建設を計画。この計画は港の両岸を埋立てと橋梁によって結び,同時に近代的港湾施設や公園などの整備も行い地域活性化を図るものであった。この計画はその後,あれこれの理由で頓挫し,港の両側に2車線の計画道路だけが虚しく残っている。

 国土地理院の地図だけでは,鞆町内の道路の狭さの状況がわからないので,Googleマップの鞆町の部分を開いてみる。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
[Googleマップ]
 鞆町の中心部,西町の国道47号線は1車線なので,(少し幅員が広がっているすれ違い場以外では)車のすれ違いができない。古い町に特有の,T字路や鍵曲がりも連続している。
 走っている自動車が町の人のクルマばかりであれば,譲り合いの気持ちを持って運転をすることができ,信号機が無くても上手くやり取りすることは可能だ。

 しかし,前年比10%程度の観光客増加とはいえ,そういう基本的なマナーを持たない乗客がひとたび町の中に入ってしまえば,やり過ごしの呼吸や,絶対に駐車してはいけない場所などは簡単に無視されてしまうのも事実。
 鞆町行きのバスが,渋滞でにっちもさっちもいかずに鞆町にたどり着けず,結局福山に引き返したという話も漏れ聞く。

 渋滞は,岡部たばこ店の前から西へ向かう通り,その西端のT字路,その南側のT字路,そして西側の県道47号線で起こっている。たぶん,鞆町に住んでいる人だけのクルマでは,渋滞がひどくなることは少ないだろう。細い道路での行き違い時に,ちょっと立て直しに手間取って長引いてしまうようなトラブル程度なのではないだろうか。
 むしろ,問題になるのは新しく増えた分の交通量である。待避所で路上駐車しないなどのマナー(普段利用しない人は,ちょっと広いから駐めてもいいだろうなどと考えてしまう)を守ってもらいにくい人達だ。

 現在,本件は裁判沙汰になっており,広島県福山市の景勝地「鞆の浦」の埋め立て架橋計画の差し止めを命じた広島地裁判決に対し,県は控訴する方針を固めたという。

 鞆町が現在の状態で残っているのは,住民が密集して住んでおり,漁港の魚,新鮮な野菜を売る商店街があって,観光客相手の店とも融合して,コンパクトな観光地として細々と残ってきたからだと思う。
 住宅地の細い路地に観光客の車が入り,渋滞が発生してしまう状況は,年寄りが気楽に町を歩けないという意味で致命的ですらある。架橋反対・ポニョの町を壊すな運動をしている人のブログを読ませていただくと,港を埋めたり橋を架けたりせずに,古い家並みが建ち並んでいる道路を少し広げれば良いじゃないか,という意見すら見られる。正直,そんなことをしてしまったら,心臓ひと突きの即死コースだ。景観の中心となっている建築物がなくなる,鞆の人口が減る,町が寂れる……と,真っ逆さまだ。

 町中の道路を広げることは伝統家屋を壊すことになるので困難。港の一部を潰して架橋を作ることは港を壊すことになるので困難。そのまま放置すると,観光業以外の方が町からどんどんになくなり,鞆町の素晴らしい景観を形作ってきた家並みも,あっという間に朽ち果ててしまうことだろう。もうディレンマというより,トリレンマの状態だ。

 さて,鞆町の港の一部埋め立て・架橋工事については差し止めを命じた広島地裁判決についてだが,どういう対策が残っているのだろうか。

 日本では聞いたことがないが,町の南北に自家用車乗り換えゾーン(パーキング&バスライド)を設け,鞆の町にバスで入ってもらい,観光客には町の中は自分の足で歩いてもらうのが一番だと思う。町の中は,鞆町在住者の車に限って乗り入れられるようにすればいい。実際に困っているのは鞆町の在住者なのだから。
 それができるならば,が前提条件になるが。正直,車依存から逃れられない観光客が多い状況を見ると,これはたぶん無理だ。

 まったくの部外者が結論を出すことはできないが,家並みを残してほしいと考えている私の立場から,架橋前の鞆町の写真と,架橋後の鞆町の写真を較べてみると,橋を架けても鞆町の特徴的な家並みに大きな影響はなさそうな気がする。街のあちらこちらに観光客の違法駐車があって,町の人が迷惑を被っている状況を考えると,駐車場の拠点ができるのも良いことだと思う。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
[写真は福山市の鞆地区道路港湾整備事業「整備のイメージ」のページより]
 これが現在の鞆町の俯瞰写真。

鞆の浦で知られる鞆町のディレンマ
[写真は福山市の鞆地区道路港湾整備事業「整備のイメージ」のページより]
 こちらが埋め立て・架橋工事が完了したあとの鞆町の俯瞰写真(想像図)。

 さて,皆さんはどのように判断するだろうか。

 繰り返しになるが,私は架橋工事よりも,鞆町内への乗用車の乗り入れ禁止,観光客はパーク・アンド・バスライドで,鞆町の中は歩いてもらうのが一番だと思う。それには市民の覚悟と強力な行政の協力が必要だ。
 架橋反対派のページやブログを見ると,なんだかそういう覚悟が見えてこないのが残念だ。鞆町の住人の意見はほとんど聞こえてこないが,「ポニョ」を介した全国の観光客のブログが,港の埋め立て反対・架橋反対の姿勢になっていることに強い恐怖を感じる。

 困っている住民の方の希望を反映した結論が,早く出ることを期待したい。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2010年6月16日

宇宙探査機「はやぶさ」7年に及ぶ旅から地球に帰還!

 和歌山大学のUstreamを見ていて,思わず涙が出てしまった。

 打ち上げ直後から様々なトラブルに見舞われ,もうダメかという状況を何度も打開しての地球帰還は快挙だと思う。

 日本の宇宙探査機『はやぶさ」が7年に及ぶ旅から地球に帰還!
 東京に向かって帰還を急ぐ「はやぶさ」。(……すみません。つまらないジョークで)


 日本の宇宙探査機「はやぶさ」が,オーストリア上空で大気圏に突入し,燃え尽きるところの画像。
 燃え尽きる前に,熱シールド素材で覆った試料帰還カプセルを打ち出し,最後は先端を試料帰還カプセルが飛んでいくのが見える。NASAのDC-8の空中ラボラトリからの素晴らしい映像だ。

Tumblr_l3ykcegf6c1qzyhd6o1_500
[朝日新聞:南天の天の川の前を右下から上方へ横切った「はやぶさ」と回収カプセル=日本時間13日午後10時51分から星を自動追尾して3分間露光、豪州南部グレンダンボ近郊、東山写す]

 満天の天の川の前を横切る「はやぶさ」。これも素晴らしい写真だ。

 地球の大気圏突入の寸前,試料帰還カプセルを打ち出したあとの探査機「はやぶさ」は,あとは燃え尽きるだけという状態の中,最後の燃料を使って2時間掛けて姿勢を変え,カメラを地球側に向けた。
 地球に戻ってきた「はやぶさ」に地球の姿を見せたかったということらしい。

 最後に「はやぶさ」が送ってきた写真がこれ。

Tumblr_l3ylfdp5q91qz5bx6o1_1280

 5,6枚撮影した中の燃え尽きる時間ぎりぎりの最後の1枚に地球の姿が写っていたそうだ。こんなに素晴らしい偶然があって良いものだろうか。
 宇宙探査機「はやぶさ」が送ってきた映像の右下を見ると,テータが途中で途絶えているのがわかる。この瞬間に「はやぶさ」の本体が燃え尽きたのだと思われる。

 とにかく,地球帰還おめでとう!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

目前をDE10が通過の公園…「撮り鉄」は本当に大満足?

 目前を機関車通過、「撮り鉄」大満足の公園(読売新聞)

 現在はあまり走っていないディーゼル機関車「DE10」を間近で眺められるとあって、カメラを手にしたファンの姿が目立つ。管理する区では、鉄道ファンを意識して公園を整備しており、「珍しい公園なので、ぜひ来てほしい」としている。

 区は昨年3月、JR貨物から線路跡地約2460平方メートルの寄付を受けたため、約7300万円かけて公園として整備した。今年4月1日に開園した同公園は、幅数メートルと細長い敷地が約310メートルにわたって続く。高さ1・8メートルのフェンスを隔てて、すぐ脇を線路が走っている。

201006025754501l
(南砂線路公園を通過するディーゼル機関車「DE10」を撮影する鉄道ファン:読売新聞撮影)

 東京都江東区の貨物線沿いに今年4月、オープンした「南砂線路公園」が、鉄道ファンに静かな人気を呼んでいるようだ。ここは,越中島貨物駅と新小岩操駅を結ぶ越中島支線(総武線の越中島支線)で,日曜日を除いて1日に3往復も貨物列車が走っているらしい。

 トイレや遊具がある公園が近く,子連れでも楽しめるというのがウリになっているようだ。

 気になったのは,貨物列車の見え方である。高さ1.8mのフェンスがあって,しかもフェンスが列車に近いので,相当工夫しないとフェンス越しの撮影になってしまう。記事のように,本当に「撮り鉄大満足」という具合になるのだろうか。撮り鉄は,列車を写すことにかけては相当にこだわり(良い意味でも悪い意味でも)のある連中らしいからね。

目前をDE10が通過の公園…「撮り鉄」は本当に大満足?
 2002年11月2日撮影。磐越東線の郡山駅貨物線に入ってきたDE10の牽く貨物列車。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年6月15日

あの余部鉄橋,あと1ヶ月で引退

 線路支えて98年 余部鉄橋、もうすぐ引退 JR山陰線(朝日新聞)

 1世紀近くレールを支えてきたJR山陰線の余部鉄橋(兵庫県香美町)が、あと1カ月余りで役目を終える。コンクリート製の新しい橋がほぼ完成し、新旧の2本が山あいに並行して延びる姿も見納めを迎える。

Osk201006100041
[新しいコンクリート製の橋(右)の建設が進む。現在の鉄橋が使われるのもあと少しだ=10日午前10時33分、兵庫県香美町、新井義顕撮影]

 11基の橋脚,23連の橋桁を持つ日本一のトレッスル橋,余部鉄橋が,あと約1ヶ月でその役割を終える。2010年7月16日夜の列車が最後となり,約1ヶ月の切替工事後の,2010年8月12日の始発列車からは新しいコンクリート製の橋が供用開始される。

 日本海から吹き付ける強い風が原因で1986年に列車転落事故が起きたのをきっかけに,新橋梁への架け替え工事が始まったわけだが,ほぼ完成したというコンクリート製の新橋梁の写真を見ると,意外に海側のフェンスが低いという印象がする。まあ,鉄橋以外の他の区間よりも強風に強く作っても無駄になるだけなので,このぐらいで十分なのだろう。

 余部鉄橋の東側は,すぐにトンネルに入ることになる。新橋梁のために新しくトンネルを掘り治すわけにも行かないから,現行トンネルから新橋梁にどのように線路を繋ぐのかが非常に興味深い。残念ながら,現状の工事状況の写真からは,どのような切替工事を行うかが見えてこない。1ヶ月の切替工事があるということは,かなり大がかりな工事を行って,トンネルと新橋梁を滑らかに繋ぐことになるのだろう。どんなふうになるのか,とても楽しみだ。

あの余部鉄橋,あと1ヶ月で引退
[2004年5月撮影]

あの余部鉄橋,あと1ヶ月で引退
[2003年1月撮影]

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年6月14日

鹿島鉄道跡はバス専用道に

 鹿島鉄道跡バス専用道 ダイヤ大幅増加で8月開通へ(産経)

 平成19年3月に廃線となった茨城県・旧鹿島鉄道跡地のうち石岡駅-常陸小川駅(7・1キロ)をバス専用道とする事業を進めている「かしてつ沿線地域公共交通戦略会議」が25日、開かれた。会議ではバスの起点をJR石岡駅西口とした上で、路線バスを大幅増発し、石岡駅-玉里沼田(旧四箇村駅)間を8月中に開通させる計画を決めた。

 2007年3月に廃線となった鹿島鉄道跡地をバス専用道として整備し,代替バスや路線バスを走らせる事業がだいぶ進んでいるようだ。

 鹿島鉄道廃線後の代替バスは,国道355号線や6号線の渋滞に巻き込まれることが多く,定時運行ができないために鉄道から代替バスへの利用者の移行が進まず,渋滞に輪を掛けている状態だったという。常陸小川から石岡駅まで,代替バスは20分〜25分(ひどいときには35分)かかっているそうだ。

 そこで,鹿島鉄道跡地をバス専用とする,いわゆるBRT(Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)の地方都市版というアイデアが出てきたようだ。(いろいろな意味で話題になっている)茨城空港へのアクセスとしても利用される。バス専用道を走ることで,常陸小川から石岡駅までの所要時間は,16~20分に短縮するとのこと。

 鹿島鉄道は単線だったため,バス同士のすれ違いができるような広い道路は造れないが,途中の玉里駅等にあった交換設備の用地を使ってすれ違うようにすれば問題ないだろう。
 現行のバスより運転本数を約1.7倍にして,利便性を高めるということなので,定時性が高まることと合わせて,非常に期待できそうな事業だ。

 と,ひとまず肯定的なニュースとして書いといて,あとはオッサンの愚痴を……。

 まず,石岡駅の起点は既存のバスターミナルがある西口となっている。それはそれで妥当だとは思うが,鹿島鉄道の線路があったのは石岡駅の東側だ。バス専用道を走ってきたバスが石岡駅西口へ廻るには,東石岡一丁目の国道6号線と国道355号線の交差点付近で既存の道路に合流し,常磐線を渡らなければならない。渋滞に巻き込まれずに定時性を守れるのか,取り付け道路を造るとしたら,費用がかさむんじゃないか……と疑問が浮かぶ。

 常陸小川から石岡駅の所要時間が16〜20分に短縮するというのはいいけれど,もともと鹿島鉄道のボロボロの列車が15分で結んでいた区間だ。この区間は沿線人口もそこそこ多く,区間運転の列車があって,鉄道の利用客も多かった。「古き良き鉄道を残したい」というノスタルジックな感情だけではなく,利便性・定時性・コストの面から見ても,石岡〜常陸小川は鉄道を残し,常陸小川〜鉾田までを代替バスにするという選択肢も十分考えられたはず(何をいまさら,だけど)。

 バス専用道の道路整備費は,石岡市が4億3千万円,小美玉市が2億4400万円,バス5台分の取得費用が約1億円……。
 茨城県が尽力した茨城空港(百里基地の官民共用化)の総事業費が約540億円ということなので,空港へのアクセス道路としてのバス専用道整備と考えれば,上記金額ぐらいは「屁」みたいなもんなのかな。

 思い起こせば,(廃止を希望していた)鹿島鉄道が5年間の必要支援額として提示したのが約11億円。公共交通利用の促進によって道路の渋滞を緩和し,所要時間の短縮(もともと鉄道のほうが早い)や定時性の確保による時間損失解消の経済効果云々……なんぞを計算したら,それこそ吹っ掛けすぎと思われる11億円だって「屁」みたいなもんだったんじゃなかろうか。

鹿島鉄道跡はバス専用道に
 かつての鹿島鉄道石岡駅。[2004年3月]
 JR常磐線の石岡駅に隣接していて,JRのホームが1〜3番線,4番線は貨物線,5番線が鹿島鉄道線となっていた。

鹿島鉄道跡はバス専用道に
 交換設備のあった玉里駅。[2004年3月]

鹿島鉄道跡はバス専用道に
 石岡〜常陸小川は利用客もそこそこ多かった。[2004年3月]

鹿島鉄道跡はバス専用道に
 常陸小川付近ののどかな風景の中を走るキハ430形ディーゼルカー。[2004年3月]

鹿島鉄道跡はバス専用道に
 浜駅と玉造町駅間の切り通しを行くキハ430形ディーゼルカー。[2004年3月]

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月11日

豪徳寺駅前に招き猫像が

 招き猫像豪徳寺駅前に ─ あさってお披露目「街のシンボルに」(2010年6月10日 読売新聞)

 世田谷区の豪徳寺に伝わる「招き猫」の伝説にちなみ、小田急線豪徳寺駅前に12日、御影石で作られた招き猫像がお目見えする。縁起の良い招き猫を街のシンボルにしたいと、地域の住民が5年間、温めてきた企画。地元商店街が一足先にデザインした招き猫キャラクター「たまにゃん」とともに、「地域の活性化につなげたい」と期待を込めている。

 招き猫にあやかって,街が活性化すると良いね。
 小田急線豪徳寺と東急世田谷線山下駅周辺の商店街は,大好きな商店街のひとつだ。このニュースを読んで,さっそく手元の豪徳寺駅前の写真を探してみた。

 しかし,残念ながら,好きだという割りには豪徳寺のまともな写真が見つからない。出かけた回数も少ない。今になって後悔しても仕方のないことだが,豪徳寺のように雰囲気の良い街は,もう少し真剣に撮っておくべきだった。

昔の小田急豪徳寺駅
 2001年1月8日の(旧)豪徳寺駅前。右側の階段の上が小田急豪徳寺駅になっていた。前日にはずいぶん雪が降ったので,まだあちこちに雪が残っている。

昔の小田急豪徳寺駅
 これも2001年1月8日の写真。(旧)豪徳寺駅の側から階段下の駅前商店街の方を見る。細い路地に商店が密集している雰囲気の良い商店街だ。

昔の小田急豪徳寺駅
 1998年12月23日に撮影した小田急線(旧)豪徳寺駅。ちょっとした階段の上に駅があり,バリアフリーにはなっていなかった。

昔の小田急豪徳寺駅
 1998年12月23日。(旧)豪徳寺駅の横を抜けると裏道に抜けることができた。駅前は小さな広場になっていたが,個性的な店も見られた。

昔の小田急豪徳寺駅
 1998年12月23日。(旧)豪徳寺駅の改札口。築堤の中を通るトンネルをくぐってホームに行く構造になっていた。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年6月10日

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア

 Apple が WWDC 2010 で iPhone 4 を発表したことは,既に各種メディアで報道されている。若干Appleらしくない外観だという気がしないでもないが,手に取ってみなくても質感の良さは手に取るようにわかる(変な日本語だ)。まぁ,今までiPhone 3Gのままで我慢し続けてきた私は,ここで勝ち組になった気がした(もちろん,iPhone 4 を買うつもりは満々だ)。

Iphone_4

 機能や性能については,あちこちに既にたくさん書かれているので,それを見ることにして,あまり書かれていない機械的なところに注目してみようと思う。

 Appleのサイトの「iPhone_4のビデオを見る(英語)」を見ると,iPhone 4 が,日本の電機メーカーの常識ではほとんど考えられなかった作り方をしているのがわかる。これは,MacBookが“ユニボディ”と呼ばれる製造方法で,大量生産を続けてきたことによる技術の蓄積の賜物だと思われる。

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア
 ステンレス製(SUS) のフレームの周囲をマシニングで加工している。簡単な治具で2段重ねで加工しているが,二つのエンドミルで2台同時に加工している。このペースで加工するとしたら,いったい何台のマシニングセンターが必要になるんだろう(もちろんそれを用意するのはEMSであってAppleじゃないけど)。

 一般的な他社製品に使用されている,プラスチックやステンレス板金プレス加工品,アルミやマグネシウム合金のダイキャストフレームの場合は,いずれも高価で精密な金型を製作し(この精密金型製造技術は日本の製造業のお家芸的なところがあったのだが,海外への流出は問題になっている),たとえば10個取りの金型にフレームの材料を押し込むことによって,ポン・ポン・ポン……と,10個ずつのフレームを大量生産することによって,低コストを実現してきた。高価な金型の製造に数週間から数ヶ月かかったとしても,金型さえできてしまえば,鯛焼きを作るように同じものを大量生産できるわけだ。

 しかし,MacBookで採用した「ユニボディ」では,マシニングセンタを使ってアルミ合金の固まりを切削し,フレームを削り出すという,従来の考え方からすれば大量生産には絶対に不適当な方法を採用したAppleである。
 iPhone 4 のフレームの周囲を2台ずつ治具で固定して削るとしても,金型プレスと違って,1000台分作るならば,500台分の加工時間がかかる。百万台なら五十万台分の加工時間……。さらに,ステンレスは一般的に加工しにくいネバい材料で,加工精度には細心の注意が必要だし,高価なマシニングセンターは占有してしまうし,とにかく大量生産には向かない製造方法なのだ。
 たぶん,国内メーカーの製造現場にこのフレームの図面を持っていったら,「大量生産品でSUSを削れと言うのか? おめえは,ちゃんと頭を使って設計しとんのか?」とだめ出しを喰らいそうな予感がする。

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア
 マシニングセンターのエンドミルで加工できない部分は(壁に近い穴,アンダーカット……側面の穴),お得意のレーザー加工を使用している。

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア
 iPhone 4のステンレスフレーム。細かなところにネジ止め用にボスが設けられている。Appleと同じ図面で,自社の工場や社外の加工会社にこのステンレスフレームの見積もりを依頼したら,3万円……ヘタすると10万円を超える見積もりが出てきそうだ。

 私が関わっている分野では量産という考えがほとんどないため,機器のフレームはアルミ合金の削り出しで作っている。ブロックを削るので,ブロックの9割方は削り屑になってしまうような状況だ。極限までの軽量化と高剛性を両立するのに適した方法ではあると思う。しかし,今の時代に削り出しのフレームのコストは大問題になっており,何らかの代替方法を検討している状況である。特殊なダイキャストやら何やら……。

 そんな中,Appleが切削加工でステンレスフレームを実現し,数万円の機器に使用してしまうのだから,私も含めて,大きな発想の転換が必要になっているに違いない。「ユニボディ」に次ぐ衝撃である。

 また,電気伝導率(熱伝導率も)の低いステンレスをアンテナに使う構造になっているらしい。これまた意表を突かれた。アンテナの効率はアンテナ部材の電気伝導率や導体(筐体)の幅,厚みに依存する。ステンレスをアンテナに使えば,明らかに導体損が大きくてアンテナ効率が悪そうだ。
 これは,電波が届きにくいという問題の他に,バッテリ消費を早くする原因にもなる。何かうまいアイデアがあるのかもしれない。
 Appleとしても,当初はユニボディで実績のあったアルミ合金フレームを考えたが,強度的な問題でも生じて,ステンレスを使うように仕様変更したのだろうか。

 中身にはそれほど大きな変更の無かったiPhone 4だが(通信規格も未標準化の4Gでも,中途半端な3.9Gでもなかった),メカ系のガジェット好きには堪らない魅力をかもしている。後は現在のiPhone 3Gを,具体的にどのようにiPhone 4に切り替えるかが最大の問題かな。料金プランとか,何とか割引とか,まーーーったくわかってないので。

 それから,今までカバーやケースに入れない裸のiPhone 3Gを,いつもGパンの尻ポケットに入れて持ち歩いていた。特に傷も付かないし,まったく頑丈にできていて感心する。しかし,今回のiPhone 4 は表裏両面がガラスになるという。後ろポケットに入れたまま,固いところに座ったりすると,結構あっさりひびが入ってしまうかもしれない。これはちょっと怖い。

 iPhone 3Gと併用しているDoCoMoのPROSOLID μは,実は筐体の多くの部分にステンレスを使用している。ただし,いわゆる大量生産に合わせたステンレス板金のプレス加工で,しかもその表面にあまり意味のあるとは思えない塗装を施しているため,iPhone 3Gと同様にGパンの尻ポケットに入れっぱなしにしていたら,塗装が剥がれてボロボロの外観になってしまった。
 ステンレスへの塗装は,表面に不動態皮膜がある(そのため錆びにくい)反面,塗膜の密着性に問題が生じやすい。さらに,製造現場では塗料のロット管理,塗料と溶剤の混合比率の管理,塗料を空中に出してから使い切るまでの時間の管理,使用後の溶剤の廃棄処理……等,塗料(と接着剤)は非常に嫌われる工程だ。
 Appleの最近の製品に,塗装がほとんど使われていない(と私は思う)のは,そのへんの問題点も十分に考慮した結果と言えるだろう。

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア
 iPhone 3Gと併用して,ボロボロになったDoCoMoのPROSOLID μの外観。

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア
 2008年8月に買ったiPhone 3G。ポケットに入れて,ほとんど肌身離さず使っているが,さすがにガラスに擦り傷が入るようなこともない。液晶保護用のフィルム(たぶん材質はPET)を貼ったりすると,ガラスよりもはるかに簡単に傷が入るので,長く使っていると細かな傷がたくさん入った見づらい液晶(もちろん液晶自体は綺麗なままだが)を見る羽目になる。昔は,液晶ディスプレイの表面にガラスや硬質のアクリルを使ったものが少なくて,すぐに傷だらけになったもんだ……(遠い目)。

Apple iPhone 4 びっくり仰天のハードウェア
 iPhone 3Gの背面のプラスチックカバーは,何やらコーティング処理がなされているようで,拡大すると細かな傷が入っているのが見える程度のヤレ具合だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 9日

「のこぎり屋根は桐生市が日本一」説が覆る?

 のこぎり屋根、一宮が7倍 桐生最多説を“切る”!(2010年5月1日 中日新聞)

 全国有数の毛織物産地として栄えた愛知県一宮市に、採光を良くするため屋根をギザギザに加工した「のこぎり屋根」の工場が少なくとも1539棟あることが、市民有志の調査で分かった。これまで最多だと考えられていた群馬県桐生市の228棟をはるかにしのぐ数。正式な全国調査はないものの、事実上の「日本一」に躍り出た。

 これはびっくり。
 そして,今年の正月に一宮市の玉ノ井駅周辺を歩いたときの驚きと,5月に「のこぎり屋根の町」桐生を歩いたときの印象を合わせると,意外に納得できる話でもある。

 ずっと「のこぎり屋根は桐生市が日本一」という話を信じていた。2008年のNHK「小さな旅」では,『のこぎり屋根から降る夢は』というテーマで桐生市を紹介しており,街のシンボルとして「のこぎり屋根」を大切にする人達が取り上げられたばかりだ。実際に桐生の町を歩いてみて,のこぎり屋根が特に多く感じなかったのは,(事前に調査して出かけたわけじゃないため)密集地帯を外してしまっただけだと思っていた。

 正式な調査結果が無いということにも,ちょっとびっくり。市町村が,それぞれに工場の数(や形状)を把握しているものと思っていた。ひょっとしたら,全国にある「蔵の町」も,実数を比較したわけじゃなかったりして……。

「のこぎり屋根は桐生市が日本一」説が覆る?
 桐生市。日本一じゃないとしても,のこぎり屋根がたくさん残っていることや,町の人に大切にされていることは確かだ。(2010年5月)

「のこぎり屋根は桐生市が日本一」説が覆る?
 一宮市玉ノ井。のこぎり屋根目当てに玉ノ井駅で下車したわけではなかったが,その密度の高さに驚いた。玉ノ井駅周辺は,2005年に一宮市に編入される前は葉栗郡木曽川町だったので,元々は一宮市の数には入っていなかったわけだが……。(2010年1月)

「のこぎり屋根は桐生市が日本一」説が覆る?
 泉大津。毛織物の産地なので,のこぎり屋根の工場が多い。(2007年5月)

【過去の記事】

『西の西陣,東の桐生』絹織物の町,桐生を歩く / 2010年5月4日 (火曜日)
https://mikkagashi.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-fa9f.html

ノコギリ屋根が並ぶ 玉ノ井 / 2010年1月2日 (土曜日)
https://mikkagashi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-ae42.html

毛織物の町 ─ 泉大津を歩く / 2007年5月2日 (水曜日)
https://mikkagashi.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_3361.html

| | コメント (3) | トラックバック (0)

N'EX 253系が長野へ…長野電鉄2000系は引退?

 成田エクスプレス、長野電鉄に「移籍」(2010年6月5日 読売新聞)

 長野電鉄(長野市)は、首都圏と成田空港を結ぶ「成田エクスプレス」の車両(253系)をJR東日本から譲り受け、来年春から特急として走らせる。

 同電鉄によると、導入するのは、1991年から成田空港と横浜、新宿などの駅を結んで走っていた2編成計6両。廃車予定だったものを買い取り、長野電鉄で約50年間使用した特急の後継として活用する。

N'EX 253系が長野へ…長野電鉄2000系は引退?
[2005年9月]長野電鉄湯田中駅に停車する2000系電車。奥志賀高原行きのバスが踏切を渡る。

 先日,253系成田エクスプレスが6月30日の営業運転で運用終了というニュースがあったが,その車両(の一部)が長野電鉄に譲渡されたようだ。

 長野電鉄では自社発注車両である2000系の後継車両として,2005年に小田急のロマンスカー10000形(HiSE)を譲り受け,特急「ゆけむり」として運用しており,また新鮮で不思議で,かつ楽しみな列車が走ることになる。

 長野電鉄を走るロマンスカーはまだ見に行っていない。成田エクスプレスが走り始めたら,両方まとめて見に行こうかな……とも思ったが,よく考えたら,その時は長野電鉄の看板列車だった2000系が引退してるはず。2000系を見に行くことが先決問題かな……。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年6月 8日

貨物列車時刻表が大人気……ってホント?

 貨物列車時刻表、乗れないのに大人気 創刊30周年(朝日新聞)

 一般客が利用できない貨物列車の時刻表が人気を集めている。ダイヤ改定にあわせて毎年発売される「JR貨物時刻表」で、3月に発行された創刊30周年記念号の約2万部は、6月にも売り切れる勢いという。背景には、小学生や若い女性にも広がる「貨物列車ファン」の根強い支持があるようだ。

 大阪府内で唯一、店頭に置いている旭屋書店本店(大阪市北区)では、3月以降に約1200部が売れ、同月の販売ランキングで1位を記録。4月も3位に入った。同店の担当者は「発売時には、いつも問い合わせが殺到する。鉄道関連の書籍ではダントツの売り上げです」という。

(またリンク切れ? 困るな新聞社のサイトは)
(JR貨物時刻表:朝日新聞)

(またリンク切れ? 困るな新聞社のサイトは)
(JR貨物時刻表のあるページ。大阪を通って東京と九州を結ぶ長距離貨物列車が掲載されている)

 最初に記事を読んだときには我が目を疑った。貨物列車時刻表が「書泉グランデ」あたりで大人気だというのならば,よーく理解できる。大阪の旭屋書店も鉄道書籍コーナーには力を入れているそうだが,まさか月別のランキング1位になるほどとは……。

 私は貨物列車が主力だった磐越東線生まれなので,貨物列車は大好きだ。しかし,基本的には,いつやってくるかもわからない貨物列車を見たり撮影するには,よほどの運を持っていなければならない(東海道本線の貨物線のように本数が多いところは別だが)。だから,貨物列車を見ることができたときには,なんとなく幸せな気分になれる。

 この際だから,モーダルシフトが進んで,貨物列車がどんどん増えてくる時代になると良いね。

貨物列車時刻表、乗れないのに大人気 創刊30周年
 羽越本線間島駅付近を走る貨物列車。[2005年8月5日撮影]

貨物列車時刻表、乗れないのに大人気 創刊30周年
 東海道本線東田子の浦駅付近を走る貨物列車。[2003年9月13日撮影]

貨物列車時刻表、乗れないのに大人気 創刊30周年
 筑豊の三井セメント専用線の貨物列車。[2004年4月1日撮影]

貨物列車時刻表、乗れないのに大人気 創刊30周年
 中央本線初狩駅付近の貨物列車。[2003年3月23日撮影]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ

 北陸鉄道 4期連続減収減益(朝日新聞)

 北陸鉄道は26日、2009年度の連結決算を発表した。主力のバス、鉄道事業ともに厳しく、4期連続の減収減益となった。特に鉄道事業は約1億円の赤字となり、赤字幅は平成に入ってからでは最大。同社は「このままでは存続は厳しい」として、沿線自治体や県に引き続き協力を求めていく考えを示した。


 北陸鉄道石川線の,鶴来〜加賀一の宮間が昨年10月に廃止されたばかりだが,鉄道事業は厳しい状況にあるようだ(それでも日本航空株の売却損が約1億5千万円ってのは巨額すぎだろ)。

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ
 水が入ったばかりの田んぼの中を走る石川線の電車。[2004年4月30日撮影]

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ
 現在の石川線の終点,鶴来駅。[2004年4月30日撮影]

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ
 石川線のかつての終点,加賀一の宮駅。[2004年4月30日撮影]

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ
 浅野川線粟ヶ崎駅横の大野川の鉄橋を渡る電車。[2004年4月30日撮影]

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ
 浅野川線の終点,内灘駅を出た電車。[2004年4月30日撮影]

北陸鉄道の鉄道事業が約1億円の赤字……存続問題へ
 石川線野町駅に隣接するバスターミナル。[2004年4月30日撮影]

 北陸鉄道には,金沢駅の地下と内灘駅を結ぶ浅野川線と,金沢市の中心繁華街である香林坊・片町から約1km離れたところにある野町駅から,JR西金沢駅を経由して鶴来までを結ぶ石川線の2路線がある。
 石川線は鶴来〜加賀一の宮間が廃止になったように,かつては加賀一の宮,白山比咩(しらやまひめ)神社へのアクセス線として参拝客で賑わったようだ。

 しかし,残念ながら金沢市内の繁華街へは,手前の野町駅でバスに乗り換える必要があることから,金沢市街へのアクセス手段としては魅力を失っているように思う。かつては,北陸鉄道金沢市内線の路面電車が市内を縦横に結んでいたが,道路の混雑を理由に1967年に廃止されている。
 せめて,JR金沢駅〜武蔵ヶ辻〜香林坊〜片町〜野町という路線が一本だけでも残っていれば(理想を言えば,武蔵ヶ辻から茶屋街に近い橋場町〜兼六園下〜香林坊というループがあれば,観光客の訪問先もほぼ満たす),周辺地域から市街地への交通アクセスがずいぶん楽だったのではないかと思う。

 金沢市は,北陸自動車道を使って金沢観光に訪れる人のために,インターチェンジに近い駐車場を利用して,パーク・アンド・バスライド(金沢郊外で,マイカーからバスに乗り換えてもらう施策)を行っている。
 そのおかげもあってか,あるいは公共交通機関を利用する観光客の量をさばくだけのバスの運転本数が不足しているのか,連休時などのバスの混雑は大変なものになっているという話を聞く。

 金沢の地図を見るとわかるように,繁華街が古くからの主要道路に沿って存在しており,繁華街を迂回するようなバイパス的道路が整備されていない。それゆえ,ヨーロッパの城塞都市のように,旧市街へのマイカー乗り入れを禁止し,旧市街へ入れるのは公共交通機関のみとするのは困難な状況だ。

 勝手な妄想を書くと,金沢とライバル関係にある富山(金沢はライバルとは思ってない?)が推進しているLRTの導入を検討してみてはどうだろうか。北陸自動車道のIC(2カ所ある)から金沢駅を経由し,武蔵ヶ辻〜香林坊〜片町〜野町と国道159号線にLRTを走らせる。
 金沢駅と野町駅から,LRTは北陸鉄道の浅野川線,石川線にも乗り入れる。金沢の繁華街へ電車やバスの乗り換え無しに行くことができるようになれば,人の流れも変わってくるのではないだろうか。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年6月 7日

富山市の新都市計画 路面電車の地鉄上滝線乗り入れ検討

 路面電車、上滝線へ(朝日新聞)

 富山市は4日、利用者の低迷に悩む富山地方鉄道上滝線(南富山—岩峅寺)の活性化策として、市街地を走る路面電車の乗り入れを本格的に検討することを明らかにした。
上滝線を走る現在の車両に加え、南富山駅で新型低床車両が同線に乗り入れる構想。利便性をあげるため、新駅もつくる。今後、運行する富山地方鉄道や国と協議を重ねる。

(路線図:リンク切れかな?)

 不二越線,上滝線,笹津線と,南富山駅は過去にもいろいろ経緯のあった路線だが,富山市内線の上滝線乗り入れが現実性を帯びてきた。
 富山地方鉄道不二越線の電車が,大きく市街地を東側に迂回して富山駅に到着するのを回避し,南富山から市内線で真っ直ぐに富山市最大の繁華街である総曲輪や市役所・県庁などの官庁街に向かうことができる。
 富山ライトレールに次ぐLRTができるかもしれない。富山市はさすがにやってくれるな。

 以下の写真は2003年10月に撮影したもの。

LRT乗り入れが検討されている富山地方鉄道上滝線岩峅寺駅
 富山市内線 (LRT) の乗り入れが検討されている富山地方鉄道の岩峅寺駅。
 手前のホームに,上滝線の富山行きの電車が停車している。その奥を立山まで向かう立山線の電車が行く。

LRT乗り入れが検討されている富山地方鉄道上滝線岩峅寺駅
 岩峅寺駅は駅舎が見事なことで知られている。富山地方鉄道の駅には,目を見張るような素晴らしい駅がたくさん残っている。

LRT乗り入れが検討されている富山地方鉄道上滝線岩峅寺駅
 岩峅寺駅の改札口。
 ホームに入ってくる電車を撮影したかったので,「(切符を見せて)中に入って,ホームから電車を撮影しても良いですか?」と訊ねたら,無下に「ダメ!」と断られてしまった。今まで○十年も鉄道の写真を撮っているが,無下に断られたのは初めてだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 4日

来春100系新幹線が山陽新幹線からも引退

 駆け抜けた「とんがり鼻」100系新幹線12年春引退(朝日新聞

 100系新幹線が2012年春、引退する。東海道・山陽新幹線では初代0系に次ぐ車両で、初めて個室や2階建てを備え、快適さを売りに一時代を築いた。いまは山陽新幹線の「こだま」として走っているが、11年春に山陽・九州新幹線に導入される最新型車両「さくら」に押し出される格好で姿を消す。

 旧国鉄が開発し、1985年に東海道・山陽新幹線の「ひかり」として営業運転を始めた。騒音と空気抵抗を抑えるため、先端の「鼻」がとがっているのが特徴だった。90年代前半までは主力車両として活躍した。

来春,100系新幹線が引退
 山陽新幹線岡山駅に並ぶ100系新幹線(右)と500系新幹線[2009年1月撮影]

来春100系新幹線が引退
 東京駅の新幹線ホームに入ってくる100系新幹線。[2002年7月撮影]

来春100系新幹線が引退
 小田原駅に到着した100系新幹線のこだま号。[2003年2月撮影]

 最近は引退・廃止の話が多い。
 100系新幹線は,鼻が尖っている,目が細長い,2階建て車両が付いてた……と,特徴はいろいろあるものの,初代の0系新幹線よりはマイナーな車両なので,あまり騒がれずに引退することになると思う。

 そう言えば,新幹線に食堂車やビュッフェが付いていたのは,この100系が最後だった。その後の300系「のぞみ」からは,スピードアップとともに食堂車が消えていった。日本の新幹線は,欧米の長距離列車のように長時間走り続けるわけではないので,食堂車に需要がないのは仕方がない(混雑時に自由席代わりの需要があったのは皮肉)。そういう時代の流れだ。車内で飯が食いたい人は,事前にホームの売店やコンビニで,弁当やサンドウィッチを買ってから列車に乗り込むのだ。

 しかし,自分は,年を取ったためか,そういう時代の流れのスピードに付いていけなくなりつつあるのを実感する。世の中の移り変わりが早すぎて,めまいがする。

 大きな駅での停車時間。「弁当〜! 弁当〜!」と駅弁売りの声。クソ重い窓を開けて,手を挙げて弁当売りを呼び,弁当とぬるい茶を買う。とりあえずお茶を口にした頃,思い出したように列車が動き出す……。
 こんなことを最後に経験したのはいつだったろうか。今やローカル線にもロングシートの車両が増え,車内で弁当なんて食えたものではない。
 ノスタル爺と言われようが,ある種の便利さとともに棄ててきたものの大きさを痛感する。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

九回2アウトからの誤審で完全試合逃したガララーガ…裁定は?

 【MLB】誤審で完全試合逃したガララーガ、コミッショナー裁定で覆る可能性も(産経)

 試合後にリプレイを見て誤審と分かったジョイス塁審は「私のキャリアで最大のコールだった。若い選手の完全試合を台無しにしてしまった」と真っ青。ジョイス塁審から謝罪されたガララーガも「仕方がないよ。誰も完全(パーフェクト)ではない」と、“パーフェクトゲーム”に引っかける余裕のシャレで寛容に受け入れたが、タイガース史上初、今季メジャー3人目となるパーフェクトゲームが完全に“消滅”したわけではないようだ。

(リンク切れ?)
(【MLB】完全試合あと1人、誤審で吹っ飛ぶ →試合後、審判「アウトでした」)


(YouTube「Armando Galarraga's Perfect Game RUINED By Umpire Jim Joyce」)

 ちゃんとニュースをチェックしてなかったので,このニュースを見逃していた。

 ビデオで見ると誤審は明らか。日本のプロ野球でもこの程度の誤審は少なくないけど,なにしろパーフェクトが掛かったタイミングだから大騒ぎになってしまった。

 ジョイス塁審も誤審を認め,ガララーガに謝罪している。
 ガララーガの「仕方がないよ。誰も完全(パーフェクト)ではない」という言葉はすばらしい。

 現在考えられる可能性は次の通りだという。

(1) コミッショナーが「強権」を発動して,判定を覆す。ガララーガは次の打者を打ち取っているようなので(誤審の後で,「打者に有利な記録に残る」ヒットやホームランが出ていると,それが消滅してしまう問題が生じる)可能な方法だと思う。

(2) 一塁ベース上で送球を受けたピッチャーのガララーガが「ジャッグル」していると判定して,ヒットの記録をエラーに訂正する。この場合,記録はパーフェクトゲームではなくノーヒットノーランになる。

(3) 誤審をそのまま受け入れる。

 さて,“世紀の誤審”となってしまいそうなこの問題。どう展開していくのか,注目である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 3日

253系成田エクスプレスも見納め

 253系 成田エクスプレス引退記念入場券の発売について (JR東日本千葉支社)
 
 1991年3月にデビューし成田エクスプレスとして活躍した253系車両が、2010年6月30日の営業運転を最後に成田エクスプレスとしての運用を終了します。

253系成田エクスプレスも見納め
 大船駅を出て行く253系成田エキスプレス (2009年10月)

 成田エキスプレスが運行している区間の西の端の戸塚や大船で見た感じでは,あまり乗客が多い電車だとは思わず,自分が利用する機会もなく,運行路線や駅の大幅な見直しが必要な気がしていた。

 それが,京成スカイライナーが北総線を使った新アクセスで「成田スカイアクセス」の開通が迫って,早急に259系への置き換えを進めなければ,成田−羽田の乗客が奪われかねない状況となった。

 成田空港は今まで一度も使用したことがないので,実感があまり湧かないが,「成田エクスプレス」という名前だし,車両も253系と国鉄時代の付け方だと「5」が急行用の車両を表していて,てっきり「急行」列車だと感じるほど。
 車内の外国人向けのアナウンスは「Super Express "NARITA Express"」なんだろうか。それとも,「Super Express "NARITA EKUSUPURESU"」。他人事ながら気になる。

 通勤経路の戸塚−大船間でときどき見かけた253系。目立つ存在だったので,見られなくなると寂しくなる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

♪赤い電車は白い線〜京急1000形が引退へ

 京急「1000形」が年度内で引退へ、(5月)30日に引退イベント(神奈川新聞)

 白い帯の入った赤い車体で親しまれてきた京浜急行電鉄の通勤型車両「1000形」が年度内に引退する。1959年の登場以来、同社の主力車両として活躍してきたが老朽化が進んだため、2007年に投入された省エネ型の後続車両「新1000形」に道を譲る。

♪赤い電車は白い線〜京急1000形が引退へ
 京急大師線 港町駅付近を走る京急1000形[2008年6月撮影]

 京急の車両の中で最も京急らしい車両だと思っていた1000形(旧1000形)が,年度内にとうとう引退してしまうようだ。1959年の初登場から半世紀……初期の車両は廃車になっているだろうが,京急の主力車両として走り続けてきた。
 京急沿線をぶらぶらしていると,たまに1000形を見かけることがあり,まだまだ頑張ってるな……とその度に安心していたが,それが無くなると寂しくなるなぁ。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2010年6月 2日

Googleが新入社員にWindowsの使用を禁止…ってマジか?

 Googleが新入社員にWindowsの使用を禁止–Chrome OSへの移行準備か (TechCrunch)

 今夜のFinancial Timesの記事(米国時間5/31)によると、Googleは社内でも優勢だったMicrosoftのオペレーティングシステムを、今後社員たちが使わないようにし向けていくという。というか、その記事には、”今年の新入社員から、AppleのMacまたはLinuxをオペレーティングシステムとするPCのどちらかを使わなければならない“、とある。そして自分のコンピュータでWindowsを使いたい者は、最高役員であるCIOの許可を要する。

(リンク切れ?)

 あちこちで話題になっているニュース。記事自体に「記事のニュースソースは複数の匿名の社員」と書いてあるように,信憑性が薄い感じはあるが,Googleならばありそうな話なのが面白い。よく考えると,自由な社風のGoogleらしくない感じもする。

 Googleが中国から撤退するきっかけとなった,中国内(中国政府関係者?)からのGoogleへの不正アクセス事件が,Windowsの脆弱性を利用したものだったことから,類似の事件がまた起きるのを防ぐための措置ではないかと推測される,としている。

 私はMacをメインに使っていてWindowsが無くても困らないし,世の中でもWindowsでなければならない場面は減っているように思う。Chrome OS云々は別にして,iPadやiPhone,Android携帯を見ていると,脱Windows (Windows Mobile) は着実に進んでいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

来春,特急「雷鳥」の愛称が消える

 「雷鳥」来春でお別れ…大阪と北陸結び46年

 半世紀近く大阪と北陸方面を結んだJR西日本の特急「雷鳥」の愛称が来春、消える。

 「雷鳥」は立山連峰に生息する特別天然記念物のライチョウから名付けられた特急で、1964年12月、大阪―富山間で運行開始。観光客や登山客らが利用、往時は1日19往復した。

 97年には新型車両の「サンダーバード」が登場。「雷鳥」は今年3月から1日1往復となり、「サンダーバード」は4往復増えて22往復になっている。

来春,特急「雷鳥」の愛称が消える
 北陸本線新疋田駅付近を走る特急「雷鳥」(2002年12月)

 46年前というと1964年だから,東海道新幹線開業時のダイヤ改正で登場した列車だったようだ。鳥の名前は特急列車の愛称としては定番だし,立山連峰を連想させる「雷鳥」は,北陸本線を走る特急列車としてとても良い名称だったと思う。

 来春からは「サンダーバード」に統一されるようだが,「雷鳥」をオヤジギャグで英語に直したような「サンダーバード」はやめて(当初の「スーパー雷鳥」よりはマシだけど),「雷鳥」に統一しても良かったのではないだろうか。

 特急「雷鳥」には6年前の5月に乗っただけだが(本ブログのその日の記事が読めなくなっている。ココログのバグには困ったもんだ),無くなってしまう前にもう一回乗ってみたい気がしてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 1日

とてもなだらかな阿武隈高地の分水嶺(分水界)

 福島県の阿武隈高地を走る磐越東線は,「ゆうゆうあぶくまライン」の愛称がつけられているが,鉄道ファンには人気のない,非常にマイナーな路線である。
 近年には,並行して走る磐越自動車道に長距離客をほとんど奪われてしまい,列車本数が激減してしまっている。

 そんな磐越東線の唯一の見どころは夏井〜小川郷間の渓谷沿いの車窓だが(個人的には要田−神俣間に続く特徴のない里山の風景が好きだ),実は路線のマイナーさに負けない,マイナーで面白いモノがある。

 まずは磐越東線菅谷(すがや)駅付近の地図を見てほしい。
 実は菅谷駅は母方の実家があるので,結構頻繁に乗り降りした想い出の駅である。

とてもなだらかな阿武隈高地の分水嶺(分水界)
 [国土地理院 地図閲覧サービス2万5千分の1地形図:上大越(福島)]

 地図の中心にあるのが菅谷駅。磐越東線が左上から右下にかけて通っている。

 画面の右上,太子堂付近から菅谷駅方向に流れているのが入水(いりみず)川である。この川は,この地図の右上方向にある入水鍾乳洞から流れ出た水である。入水鍾乳洞の下にはニジマスの釣り堀があって,そこのニジマスが雨が降ったりしたときに少しずつ逃げ出して,この大子堂のあたりでもニジマスが悠然と泳いでいたりする。

 その入水川は,菅谷駅の近くでちょうどT字路のように,二手に分かれている。ここがポイントである。

 T字路を南側(地図上では右下側)に流れる水は,やがて夏井川となり,阿武隈高地の東側に深い渓谷を刻んだ後で太平洋に流れ込んでいる。

 もう一方,菅谷駅前からT字路を北西の沖田,椚塚側に続いている水はどうなっているのだろうか。

 磐越東線の西側に原屋敷という集落があり,その北側に川が集まっている。
 等高線をよく見ると,原屋敷の西側の川は西へ行くほど標高が高くなっており,写真の左側(西側)から水が流れ込んでいることがわかる。
 菅谷駅前から流れた細い水路の水と,原屋敷の西側から流れてきた川が集まり,牧野川となって地図の北側に流れていくのである。この牧野川は船引に入って大滝根川となり,三春町の三春ダムに貯水された後で,阿武隈川へと,ちょうど阿武隈高地の西側の起伏の少ない渓谷を流れて行く。

 つまり,磐越東線菅谷駅前の,なんということはない水路のT字路は,宮城県南部から福島県に広がり,茨城県北部にまたがる大きな阿武隈高地の分水嶺(分水界)になっているのだ。
 ここの分水嶺は,水が少ないときにはほとんどの水は夏井川系に流れ,雨が降ったりなどして水の量が増えると牧野川から阿武隈川に流れる水が増えるという状況だという。

とてもなだらかな阿武隈高地の分水嶺(分水界)
 磐越東線菅谷駅。写真の右側が夏井川に沿って下っており,写真の左側が牧野川方向に下っている。見た目はほぼ平坦だ。

 磐越東線に乗って車窓から川の流れを見ていると,大きな起伏やトンネルがないのに,いつの間にか川の流れが反対向きになる。
 大した話ではないが,実は意外に珍しい話だと思う。

とてもなだらかな阿武隈高地の分水嶺(分水界)
 蛇足ながら磐越東線の磐城常葉駅。ホームに停車する2両編成のキハ110系ディーゼルカーの左側に,とても良い感じの木造駅舎がある。
 駅前の家並みの裏側を牧野川が流れている。

# 写真を2枚追加してみた(6月1日)

# 以下,さらに2枚の写真を追加(6月14日)

とてもなだらかな阿武隈高地の分水嶺(分水界)
 菅谷駅の東側にある仙台平(せんだいひら)からの俯瞰(2000年8月撮影)。
 中心に見える集落が沖田,椚塚あたり。手前に写る木々の上にちらっと見えるのが菅谷駅。撮影している足元に入水鍾乳洞があり,流れ出た水が入水川となって菅谷駅方向に流れ,一部が写真右手の方向の牧野川に流れて行く。

とてもなだらかな阿武隈高地の分水嶺(分水界)
 仙台平から南に視線を移すと,神俣(田村市滝根町)の集落が見える。入水川の流れのもう一方は夏井川となって,神俣の集落の中を通り,写真の奥の太平洋へと流れて行く。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

駅前にある案内地図がわかりにくい

 旅に出て駅で降りる。
 真っ先に,駅前にある地図を見て,街の様子を確認する。iPhoneのGoogleマップを常時携帯するようになっても,それは変わらない。街歩きをするにあたって,現地の生の地図情報は今でも重要だ。

 しかし,駅前の案内地図が,どうにもこうにも出来の悪いものが多いのだ。某メーカーが全国的にもシェアを持っているらしいが,まずは日本における地図の基本である「(1) 地図の上は北」「(2) 駅前の地図に限っては,駅を地図の下側に配置するのも可」という最低限の原則を守ってほしいという,ささやかな欲望を書いておきたい。

駅前にある案内地図をわかりにくい
 これは広島県三次市の駅前にあった地図。
 バリアフリーの視点に立ち,色覚異常者にでもわかりやすい色配置を使用するなどの対策が施されているそうだ。その点は評価したい。

 だが,しかしだ。北は地図の下向き方向だし,三次駅は地図の上部に描かれている。この地図を手に持って(地面に固定してあって,重くて持てそうにないけど),駅正面の駅前通りを歩くとしたら,その人は後ろ向きのまま商店街を歩くことになるだろう。
 それほど,地図の上に駅(出発点)を描くことは,的外れなことだと思うのだ。

駅前にある案内地図をわかりにくい
 こちらは岡山県津山市の駅前の地図。同じメーカーの製品だと思われる。

 この地図ではちゃんと上が正確な北になり,駅が下側に描かれている。やればできるじゃん。
 こういうふうにちゃんとできた地図なら,目的地までの道順も,駅前を200メートル行って,交差点を左曲がってすぐ……というふうに,非常にわかりやすいのだ。

駅前にある案内地図をわかりにくい
 神奈川県相模原市の相模原駅前にあった地図だ。「相模原広域案内所・広域避難場所」というように,緊急のときにこの地図を元に避難場所に逃げることを想定した地図である。

 驚くことに,3枚の地図にはすべてJR相模原駅が描かれているが,すべて鉄道(横浜線)の走っている方向が違っている。北を指す矢印は,左側の地図から,左斜め上,右斜め上,左斜め下になっている。

 地図を造ったデザイナーさんが,左の地図は「横浜線を真横に配置したらカッコよくね?」と考え,真ん中の地図は「そんなことより,市の中心を通る国道16号線を斜め45度に配置するのがイカしてるぜ」と考え,「だったら俺は横浜線を垂直に配置するぜ。これなら角度も三者三様,見ざる聞かざる言わざるの三猿みてえだな」と決まったんじゃないかと邪推してしまった。

 見た目の美しさも大切だが,もう少し利用者の立場に立った地図を作ってもらえたら,駅前の地図に感謝する人も多くなるんじゃないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »