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2010年3月の28件の記事

2010年3月30日

京成電鉄が本社を市川市に移転(古いニュースだけど)

 京成電鉄が市川へ移転 13年めど、新社屋建設(千葉日報)

 京成電鉄(花田力社長)は22日、東京都墨田区押上の本社を2013年をめどに市川市八幡の京成八幡駅前に移転する、と発表した。社屋の老朽化に加え、周辺で新電波塔「東京スカイツリー」の建設など再開発が進む本社跡地を、自社開発や売却などにより有効活用したい考え。新社屋は総事業費34億円を投じて、地下1階地上7階建てビルを新設する。

 古いニュース(2010年1月22日発表)だけど,ぜんぜん知らなかった(気がつかなかった)。

 東京タワーの高さを抜いたことが昨日のニュースになった「東京スカイツリー」は,東武伊勢崎線の業平橋駅と京成押上線(都営浅草線)押上駅の間に建設中である。
 そして,その押上駅(地下)の上に京成電鉄の本社ビルがある。一帯は「東京スカイツリー」の建設に合わせて再開発が予定されているから,跡地を売却するにしても自社で開発するにしても大規模なものになりそうだ。
 東武鉄道は「東京スカイツリー」の横に高層ビル建設を予定しているそうで,ひょっとしたらそれに並ぶようなビルが建つかもしれない。

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 右側のビルが現在の京成電鉄の本社ビル。昨日のニュースで見たスカイツリーは,この写真よりもずいぶん高くなっていた。[2009年11月21日撮影]

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 移転先となる京成八幡駅前の京成百貨店ビル。この周辺一帯は「本八幡A地区第一種市街地再開発事業」予定地になっている。老朽化した京成百貨店や八幡横丁商店街を含めて,京成本線から国道14号線の間が事業地となる大規模な再開発事業だ。(→本八幡A地区第一種市街地再開発事業エリアのPDFファイル

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 再開発エリアの中心となる八幡横丁商店街。どのような商店街に変わるのか,楽しみだ。[2009年7月19日撮影]

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2010年3月29日

憧れのTK-80

 東京理科大学近代科学資料館が「TK-80」のシンポジウムを開催
 (“大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」”より)

 東京理科大学近代科学資料館は、情報処理学会の情報処理技術遺産認定を受けたのを記念して近代科学資料館特別企画展「パソコンの歴史展」を、7月3日まで開催している。

 同企画展の特別講演として、3月27日、東京理科大学神楽坂校舎1号館17階記念講堂において、「パソコンの元祖TK-80 実演とシンポジウム」を開き、TK-80事業に携わった元NECの渡辺和也氏、後藤富雄氏のほか、アスキーメディアワークス「復活!TK-80」の著者である榊正憲氏が参加。アスキー総合研究所の遠藤諭所長がコーディネータを務めた。

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 懐かしぃ〜。憧れの「マイコン」TK-80だ。
 欲しかったけど,8万円以上もして買えなかったんだよなぁ。TK-80と組み合わせるとBASICが使えるようになるTK-80BSなんかも用意されて(合わせて20万円オーバー),I/OやASCIIといったマイコン雑誌の広告をよだれを垂らしてながめたもんだ。

 さらに夢のようなマイコンにApple ][(当時40万円ぐらい)があった。コモドールのPET 2001に較べても,段違いにApple ][ がイカしてた。

 私がマイコンに興味を持つようになったのは,高校の時に後ろの席に座っていた鈴木君の影響だ。授業の合間に「マイコン入門」という本を読んでいたかと思ったら,彼は文化祭の時にテレビに表示されるピンポンゲームを自分で作って発表したのだ。インベーダーゲームが出る前の話である。マイコンってのは何だかよくわからないけど,とにかく凄いものだと思った。

 その後もずっとApple ][ には手が出ず,初めてのコンピュータPC-8001を買ったのはだいぶ後のことになる。そして,Apple ][ のゲームプログラマーとして有名なトニー鈴木が,実はあの「マイコン入門」を読んでいたあの鈴木君だということを知ったのも,ずいぶん後のことだった。

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熊本駅前広場整備計画について

 熊本駅舎 石垣イメージ (asahi.com)

 来年3月の九州新幹線全線開業に合わせたJR熊本駅の新駅舎と東口駅前広場の整備について、県は27日、駅舎と広場の完成予想図を公開した。熊本城の石垣をイメージした駅舎と空に浮かぶ雲のように屋根を配置した広場が調和するようにデザインされた。最終的に完成するのは2018年度になる。

(リンク切れ)
(JR熊本駅(奥)と東口駅前広場の完成予想図:asahi.comより)

 横断歩道の屋根の端には丸みがない……という細かなことは置いといて,面白いデザインだと思った。ただ,設計者の西沢立衛氏は神奈川生まれの神奈川育ち,この丸みを強調したデザインが「(曲がったことを好まない)肥後もっこす」という県民性に合っているのかどうかが気になるところではある。

 まぁ,今の時代,「純粋で正義感が強く、一度決めたら梃子でも動かないほど頑固で妥協しない男性的な性質を指す。それと相俟って、曲がったことを好まず駆け引きは苦手で、他者を説得する粘り強さに欠け、プライドや反骨精神も強いため、組織で活躍することは向いていないと言われる(Wikipedia“肥後もっこす”より)」のような典型的な肥後もっこすを探すほうが難しいかもしれない。

 完成予想図を見て,熊本市電が少しだけ駅に近づくようにカーブしているのはなかなか良いと感じた。元々熊本駅前では車の動線を市電が横切る形になっているので,熊本駅前の電停は思い切ってJRの駅舎に近づけるべきだと思っている(2010年2月19日の記事「熊本の将来像……なんとなく不安」でも書いた)。
 高架化工事によって現在の駅ビルが無くなり,新しい駅は現在の駅ビルよりも市街地から遠ざかる感じになるので,駅前電停が熊本駅に近づいても,熊本駅との距離が近づくわけではないのが残念だ。

 熊本市のWebサイト,熊本駅周辺地域整備基本計画のページから,3.3-2 (1) 東口駅前広場計計画gai03_02_01.pdf (1,050KB) というファイルがダウンロードできる。新幹線開業時の暫定計画と完成形が描かれている。
 これを見て思ったことを列挙してみる。

 まず,公共交通である路線バスや市電の電停よりも,一般車乗降場や一般車整理場(送迎待ち&駐車場)が駅に近いのは(世間一般的にそういうところが多いのが現実ではあるが)やっぱりおかしい。配置を逆にして,少しでも公共交通機関を利用する方向へ誘導すべきだと考える。

 熊本駅の南側(地図の左側:二本木口・田崎橋側)で,市電が道路の歩道側を走るようにしたのは(いわゆるサイドリザベーション),車の動線と市電が交叉する回数を減らす意味でも,路上駐車を減らす意味でも,正しい選択だと思う。

 贅沢を言えば,熊本駅の北側で道路のセンターに戻ってゆく市電(センターリザベーション)を,そのまま歩道側を走らせるようにはできなかっただろうか,と思う。春日一丁目の交差点,もしくは古桶屋町で呉服町方向に曲がっていくところまでは,サイドリザベーションにしたほうが車の流れがスムーズになるんじゃないかと思う。

 熊本駅の南北で市電が歩道側を走ることになれば,駅前広場に入ってから熊本駅方向へ線路を曲げることは容易になる(無理に道路のセンターまで戻る必要がないのだから)。新しいJR熊本駅は高架駅だから,1F部分にはショッピングモールなどが入るものと推測されるが,何なら市電を高架下のショッピングモール内まで入れてしまうことだって可能だ。

 などという夢想を連ねてみた。もう計画ができちゃってるから,いまさらこんなところで愚痴ってみたところでどうにもならないけどね。

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モノレールがあった街 向ヶ丘遊園のその後……

 向ケ丘遊園の跡地利用計画 住宅地に変更

 小田急電鉄は26日、向ケ丘遊園(川崎市多摩区)の跡地利用に関する新しい基本計画を発表し、環境影響評価の手続きに入った。2007年の当初案を見直し、焦点の大規模マンションを戸建て中心の環境配慮型住宅地に変更した。12年度に着工し、18年度の完成を目指すという。


 注目を集めていた向ヶ丘遊園の跡地利用での大規模集合住宅の建設計画は,ここのところの景気悪化の煽りを受けて,環境配慮型の計画に変更になったようだ。かつての公園部分もある程度残るのだろう。

 向ヶ丘遊園のモノレールが突然廃止されてからほぼ10年になる。向ヶ丘遊園跡地の住宅地化のニュースを読んで,もしモノレールが残ったままだったら,どういう風な事態になっただろうか,等と夢想してみるのも面白いかもしれない。

[過去に撮影した向ヶ丘遊園モノレール関係の写真]

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 小田急向ヶ丘遊園駅の駅前にあった向ヶ丘遊園モノレール線(1998年4月10日)。

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 向ヶ丘遊園モノレール線の横にあったマーケット。八百一などの店が入っていて,屋根のカーブが特徴的だった(1998年4月10日)。

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 府中街道の飯室バス停付近を快走する向ヶ丘遊園モノレール(1998年4月10日)。

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 小田急向ヶ丘遊園駅側から府中街道に出るところで道路は渋滞。その上を轟音を立てながら,向ヶ丘遊園モノレールがゆっくりと通過する(1998年4月10日)。

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 小田急線向ヶ丘駅の駅前通りをモノレールが向ヶ丘遊園駅に到着するところ。後に見えるのはスーパー「ダイエー向ヶ丘遊園店」(1998年4月10日)。

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 ホームの駅名表示(1998年4月10日)。

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 ホームから駅前通りを見る(1998年4月10日)。

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 向ヶ丘遊園モノレールのドアが開いたところ(1998年4月10日)。

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 連結部。

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 車体の行き先表示は「向ヶ丘遊園駅←→向ヶ丘遊園正門駅」となっている。

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 モノレールの車内。このへんで8割の方はブラウザの「戻る」ボタンをクリックしようとしているに違いない。

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 モノレールの運転席。
 モノレールとはいえ,このロッキード式のモノレールはレールの上を走るので,普通の電車のように(音はそれ以上)に振動する。

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 向ヶ丘遊園正門駅に入る直前に府中街道に沿ってずっと横を流れていた用水をオーバークロスする(1998年4月10日)。

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 向ヶ丘遊園正門駅の前。左側が正門になっている(1998年4月10日)。

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 向ヶ丘遊園の正門。もう午後5時を過ぎ,入門する人はいなかった(1998年4月10日)。

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 向ヶ丘遊園の桜(ソメイヨシノ)は満開だが,帰りのモノレールの乗客は“そこそこ”という程度だった。

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 向ヶ丘遊園正門駅を出てすぐ,用水路を渡りながらカーブする瞬間,向ヶ丘遊園の正面階段が見えた(1998年4月10日)。

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 府中街道の横を走るモノレール。後に見えるのはスーパー「ダイエー向ヶ丘遊園店」(1998年6月6日)。たしかこの日,愛用していたDoCoMoのフルレート機D II Hyperを新しいハーフレート機に機種交換した。DoCoMoの「フルレート機をお使い続けられると迷惑です」攻撃に陥落したのだ。

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 向ヶ丘遊園の駅前通りと府中街道が交差する交差点を走るモノレール(1998年6月7日)

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 向ヶ丘遊園駅を出たモノレールが正門前を目指して走り出したところ(1998年6月7日)。

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2010年3月28日

福井鉄道福武線に「スポーツ公園駅」新設

 福井駅福武線に「スポーツ公園駅」(朝日新聞)
  ↑(ママ)
 福井鉄道福武線の越前市内の北府(きたご)(旧西武生)—家久間に25日、新しく「スポーツ公園駅」が開業した。西川一誠知事や沿線3市の市長、市民らが、13年ぶりとなる新駅の開業を祝った。

 ソフトバンク携帯電話のCMが(一部鉄道ファンの間で?)話題の福井鉄道に,新駅が誕生したというニュース。「スポーツ公園」駅が開業したというだけでなく,西武生(にしたけふ)駅がいつの間にか北府(ATOKはちゃんと変換してくれた)駅になっていたということも教えてくれた。

 西武生駅は福井鉄道の本社もある駅で,調べてみると新駅の開業と同じ3月25日に駅名が変更になっている。その他にも,武生新(たけふしん)駅が越前武生駅に,福井新(ふくいしん)駅が赤十字前駅に変更になるなど,複数の駅名が変更になっている。

 大したことじゃないけど,既存駅との混同を防ぐために「新」を付けるときに,普通は「新横浜」や「新大阪」のように頭に「新」を付けるのに対して,福井鉄道の駅は「武生新」「福井新」のように後に付けるところが珍しかったのだが,それが無くなってしまったのは残念な気がしないでもない。

 地方の私鉄にはどんどん厳しい時代となる中,新駅の開業は久々に明るいニュースだ。

 スポーツ公園駅の写真があれば普通のブログらしいのだが,残念ながらそういう都合の良い写真はないので,とりあえず両側の北府(旧西武生)駅と家久駅の写真を貼り付けておくことにする。

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 西武生(現北府)駅のホームと駅舎(2003年10月)。かなり大きな駅舎である。
 ソフトバンクのCMに使われているのが,このホームと駅舎(だと思われる)。

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 偶然なのか,はたまたこのときの縁でCMを撮影することになったのか,福井鉄道にはボーダフォン(現ソフトバンク)の電車が走っていた(2003年10月)。

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 西武生(現北府)駅には福井鉄道の本社だけでなく,車両工場や車庫があるため,貨車やら何やら面白そうなモノがたくさんある(2003年10月)。

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 家久駅の近くで日野川を渡る福井鉄道の電車(2003年10月)。

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 家久駅(2003年10月)。

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 家久駅のホームから駅舎を見る(2003年10月)。
 ホーム両側の線路のポイントの上に,雪避けのシェードが設置されているのが面白い。
 また,「警報機が“ジャンジャン”鳴っている時は危険です。渡らないで下さい」の注意書きも独特で面白い。

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2010年3月26日

スイングパノラマ vs. 魚眼ズームからのトリミング

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 SONY Cyber-shot DSC-HX5V。
 三脚穴にはペットボトルを三脚にしてしまうためのキャップを付けている。見た目はカッコ悪いが,写真を撮るという意味においては有用なグッズだ。

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 PENTAX K-7 + smc PENTAX-DA FISH-EYE ZOOM 10-17mm F3.5-F4.5ED。
 トリミング用のズーム機能が付いた便利な対角魚眼レンズ。このレンズだけのためにPENTAX K-xを購入しても損はないレンズだと思う。

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 SONY Cyber-shot DSC-HX5V自慢のスイングパノラマ機能で,商業施設Camioの2Fから京急百貨店・京急上大岡駅前を撮影。もう少し見晴らしの良い3Fから撮れば良かったと,後で少し後悔。

 まだ撮影になれないので,ところどころで直線が波打ってしまっている。中央付近に異常に長いバスが写っているのは,このスイングパノラマ機能の欠点と言える。
 それにしても,このスイングパノラマというアイデアは面白い。ところどころにつながりの微妙なところが生じるけど,そんなことはどうでもいいと思わせるだけの魅力のある写真が撮れる。

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 同じ上大岡駅前をPENTAX-DA FISH-EYE ZOOM 10-17mm F3.5-F4.5EDレンズで撮影。商業施設Camioの3Fから撮影しているので,比較画像にしてはずいぶんと違った写真になってしまっている。でも,なんとなく雰囲気はわかってもらえるのではないだろうか。要は,かなり同じような写真が撮れると言うことである。

 PENTAX-DA FISH-EYE ZOOM 10-17mm F3.5-F4.5EDレンズは魚眼レンズなので,当然ながら360°歪曲収差が残っており,このようにパノラマふうにトリミングしても,両端にはその歪曲収差が残っている。
 それに対して,SONY Cyber-shot DSC-HX5Vのスイングパノラマ機能の写真は,画面の垂直は垂直のまま撮影できている。

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 パノラマといっても横方向だけではない。SONY Cyber-shot DSC-HX5Vのスイングパノラマ機能を使って,縦方向のパノラマ写真を撮ってみた。場所は同じCamioの内部。もう少し適当な被写体を探したほうがスイングパノラマ機能の良さがわかりそうなもんだが,先日撮ったFISH-EYE ZOOMの写真ととりあえず同じ場所で撮ってみた。
 こういう場合,やっぱりカメラの水平にはもっと注意しておかなければならないようだ。

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 こちらがsmc PENTAX-DA FISH-EYE ZOOM 10-17mm F3.5-F4.5EDレンズで撮った写真。DSC-HX5Vの写真と同じようになるよう,適当にトリミングしてみた。一番下に写っているのは自分の足である。

 と言うわけで,ソックリの写真は撮れないが,smc PENTAX-DA FISH-EYE ZOOM 10-17mm F3.5-F4.5EDを使って似たような写真が撮れることがわかっていただけたかと思う。

 その昔のフィルム銀塩カメラの一部には,ファインダーの上下を隠して「パノラマ機能」と称して,横長の写真を撮る機能が付いていることがあった。
 私が参加していたパソコン通信のNIFTY-Serveの写真関係のフォーラムでは,「フィルムの上下が現像されない=無駄な機能」「偽パノラマ」という声が圧倒的だった。超広角レンズや魚眼レンズを使って「偽パノラマ」撮影をすると,実際には非常に面白い写真が撮れ,しかも巷の同時プリントで格安にそれがプリントされるという(通常,そのパノラマ写真の大きさにプリントするにはかなりの金額が必要だった……思い出せないけど)のは大きなメリットだという私の声は軽く無視されたような記憶がある。

 でも,実際に魚眼ズームレンズの撮影結果をトリミングしてパノラマ写真にしてみると,これがまた意外に面白い感じになる。ブログでは横長の写真を大きく表示することはできないのが残念なほどである。

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2010年3月24日

琴電の三連休のイベント…さりげなく参加したかったかも

 ことでんがレトロ車両を復活運転(朝日新聞)

 高松琴平電気鉄道(ことでん)が1926年製のレトロ車両「3000形300号」を20、21日の2日間限定で復活運転した。高松市玉藻町の高松築港駅には多くの人が詰めかけ、列車が入ってくると、ファンが走りながらシャッターを切ったり、子どもたちが歓声をあげたりしていた。

<レトロ車両の写真を撮る鉄道ファンら=高松市玉藻町>
(レトロ車両の写真を撮る鉄道ファンら=高松市玉藻町:朝日新聞撮影)


 琴電には,電車が好きな社員が多いんだろうな。今まで何度も琴電に乗りに行って,そう感じる。
 今回の20,21日に3000型300号が限定復活するというイベントには参加できなかったが,朝日新聞の写真を見ると,3000型300号車両だけではなく,1000型120号などの他のレトロな車両も走ったようだ。

 古い電車を簡単に廃車にしてしまわず,動態保存のようなかたちで保存し,定期的に運行してファンを楽しませるというのはとても良いことだと思う。

 というわけで,イベントには参加できなかったが,手元の写真の中から1000型・3000型の車両が写ったものを数枚セレクトしてみた。ひょっとしたらブログに既にアップしている写真と同じかもしれないが,その時はご勘弁を。

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[2002年12月22日:片原町]片原町を出た1000型120号電車が高松築港行きに向かう。

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[2002年12月22日:片原町]高松築港駅で折り返してきた1000型120号電車。

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[2002年12月22日]原駅を出た3000型335号電車が志度湾に沿って房前駅に向かう。

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[2002年12月22日]塩屋駅を出た瓦町行き3000型335号電車が,国道11号線に沿って力走し八栗新道駅を目指す。

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[2002年12月22日]西前田駅を出た高松築港行き3000型325号電車が橋を渡る。既に隣では新しい橋を建築中なので,現在はたぶんこの橋は無くなってしまっていると思われる。

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[2002年12月22日]踏切を渡った高松築港行き3000型325号電車。2両目は300型315号電車だった。周囲はだいぶ暗くなってきて,車内灯の明るさが目立っている。

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[2002年12月22日:片原町]終点の高松築港を目指して,片原町を発車する1000型120号電車。

 琴電のイベントはこんな感じだったのだろうか。

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2010年3月20日

JR桜井線 vs. JR万葉まほろば線

 JR桜井線に万葉まほろば線という愛称がついて,いきなり踏切事故が発生してしまった。
 そのおかげというか何というか,一部のメディアにおける「万葉まほろば線」の表記に違いが見られたので,参考までに列挙しておく。

■ 毎日新聞:《JR桜井線》

 17日午後0時10分ごろ、天理市兵庫町のJR桜井線長柄踏切で、橿原市の無職男性(66)運転の乗用車が立ち往生し、桜井発奈良行き普通電車(2両編成)と衝突した。男性と乗客38人にけがはなかった。

■ 読売新聞:《JR桜井線》

 17日午後0時10分頃、奈良県天理市兵庫町のJR桜井線長柄駅南側の長柄踏切(警報機、遮断機付き)で、立ち往生していた乗用車に桜井発奈良行き普通電車(2両)が衝突した。
<踏切で乗用車と衝突した普通電車>
踏切で乗用車と衝突した普通電車(17日午後1時14分、奈良県天理市で、読売ヘリから)=宇那木健一氏撮影

■ 朝日新聞:《JR万葉まほろば線(桜井線)》

 17日午後0時10分ごろ、奈良県天理市兵庫町のJR万葉まほろば線(桜井線)長柄(ながら)駅近くの踏切(遮断機、警報機つき)で、桜井発奈良行き普通電車(2両編成)と乗用車が衝突した。(当初は万葉まほろば線の表記のみで桜井線の表記はなかった)

 というわけで,Googleの新聞記事に引っかかった記事だけを見ると,朝日新聞だけが「JR万葉まほろば線(桜井線)」と併記(記事が出た最初は桜井線の併記はなかったと記憶している)しており,毎日新聞と読売新聞はJR桜井線との表記のみになっている。産経新聞などは記事を見つけることができなかった。

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05年羽越線「いなほ」脱線事故の運航責任者は不起訴処分

 05年のJR羽越線脱線事故、運行責任者ら不起訴処分(朝日新聞)

 山形県庄内町で2005年12月、JR羽越線特急いなほ14号(6両編成)が脱線転覆して5人が死亡、33人が負傷した事故で、山形地検は19日、業務上過失致死傷容疑で書類送検されたJR東日本の運行管理責任者だった新潟支社運輸部輸送課の指令室長、総括指令長、指令長の3人をいずれも嫌疑不十分のため不起訴処分にしたと発表した。

 というわけで,これは本当に良かった。被害者の遺族の方の心情は察するに余りあるが,極めて妥当な判断だと思う。

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 この事件の状況を書いた2009年12月22日の本ブログの記事を下に引用しておく。

 JR羽越線脱線事故、運行責任者3人を書類送検(朝日新聞)

 山形県庄内町で2005年12月、JR羽越線の特急いなほ14号(6両編成)が脱線・転覆して5人が死亡、33人が負傷した事故で、山形県警は21日、運行管理責任者だった当時のJR東日本新潟支社運輸部輸送課の指令室長(54)、総括指令長(52)、指令長(47)の3人を業務上過失致死傷容疑で山形地検に書類送検した。

 このニュースにはちょっとビックリ……。『国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)が08年4月に「原因は瞬間風速40メートルほどの局地的な突風で、運転方法に問題はなかった」と結論づける調査報告書を公表』しており,本来であればそれが尊重されるべきだと思う。
 書類送検となったのは,JR福知山線脱線事故の事故調の委員が報告書公開前にJR西日本関係者と接触したり,報告書案を漏らしたりしたことが判明し,事故調自体の社会的評価が急に低下したことが遠因になっていると思われる。

 ただ,事故現場からわずか800mのところにある風速計が,事故の直前に最大でも12m/s程度だったことや,局地的な突風の予測が現在でも難しいことからも,責任追及よりは事故の再発防止のほうに力を入れてほしかった気がする。もちろん,被害者の遺族の方の心情は察するに余りあるのは当然だが。

 新聞記事の中には,(JR福知山線事故と同様に)車体の軽量化が原因になっている可能性を指摘するものも見られたが,羽越本線で脱線転覆したのは国鉄時代からの重い旧型車両485系だ。
 羽越本線の特急「いなほ」脱線事故の翌年の2006年9月には,同じ485系車両を使用したJR九州日豊本線で特急「にちりん」が竜巻に巻き込まれて脱線転覆する事故が起きている。予見不可能な突風による事故は起こりうるのだ。

 事故の原因を,特定個人の過失に押しつけてしまうのは簡単だが,それによって事故の本質が見えなくなってしまったり,再発防止策が疎かになってしまうことを危惧する。

 鉄道を頻繁に利用していると,少しの強風で列車が止まってしまうことが,昨今増えているように感じられると思う。列車を運行してトラブルになるより,止めてしまったほうが鉄道会社のメリットが大きいからだ。
 今回「現場付近に暴風雪警報が出ているにもかかわらず列車を運行させた責任」を問われて,運行管理責任者が書類送検されたことにより,路線の一部地域で暴風警報,大雨警報,洪水警報……等々の警報が発令されると,現在よりも簡単に列車が止まるようになる可能性が高い。
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2010年3月19日

武豊線が2015年春に電化

 愛知の武豊線、15年春から電化 JR東海の旅客線で初(朝日新聞)

 JR東海は18日、愛知県大府市と同県武豊町を結ぶJR武豊線(19.3キロ)を2015年春に電化すると発表した。JR東海道線と同じ電車が使えるようになり、名古屋市への通勤・通学がより便利になるという。1987年にJR東海が発足して以来、旅客線の電化は初めて。


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[2002年12月15日:武豊駅付近]

 武豊線といえば,東海道本線の大府駅から,知多半島の知多湾側にある半田・武豊方面に伸びる路線だ。1886年に武豊−熱田間が半田線の名称で天下の東海道本線より先に開業し,東海道本線の建築資材運送にも多く利用され,現在でも武豊に向かう側が「上り」になっている不思議な伝統のある路線である。

 10年ぐらい前に最新のディーゼルカーが導入されて,ひょっとしたら将来もずっと電化されないままかと思っていた。実際に紀勢本線のように,特急列車が走っていても電化されていない路線もあるわけだし……。

 とにかく,武豊線の名古屋直行列車は便利なので,沿線の人口は増え,通勤客からの電化・複線化に対する要望も強いのだと思われる。便利になるのは良いことなので,順調に工事が進むことを期待したい。

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[2005年1月9日:半田駅]
 半田駅の跨線橋は,1910年に完成したJR最古のものだ。

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2010年3月16日

長崎新幹線がらみはあれこれボロボロじゃねーか

 鳥栖駅東口計画 暗礁(朝日新聞)

 JR鳥栖駅(鳥栖市)の東口設置計画が行き詰まっている。市や県、JR九州が九州新幹線が全線開通する来年3月までに設置することを申し合わせていたが、設置を望む市と国との協議がネックとなり、実現していない。市は「JRとの温度差もある。定住につながるなど設置による魅力を認識してもらうよう理解を求めていきたい」としている。


 鳥栖は強い思い出のある地だ。

 学生時代に九州ワイド周遊券を使って3週間ぐらい九州を旅したことがある。周遊券は東京と九州の往復切符も付いて,学割で2万円前後。その当時は,毎晩鹿児島本線経由と日豊本線経由の夜行列車が走っていたため,九州内のどこを旅していても夜行列車に乗り込んでしまえばワイド周遊券が宿泊代,列車が旅館になってくれた。目が覚めると,旅館のドアの外は九州地方の南北反対側(鹿児島で乗れば朝は福岡,福岡で乗れば朝は鹿児島)の駅のホームだった。

 さすがに,同じ服を着続けていると浮浪者のようになってしまうので,3-4日置きにちゃんとした旅館に宿泊して,着ているものを洗濯するのである。鉄道の要衝だった鳥栖の旅館は,その点で最高の立地だった。

 鳥栖駅の東口設置計画のニュースや九州新幹線新鳥栖駅の状況を見るために,鳥栖駅周辺の地図を詳細に眺めてみた。学生時代に宿泊した旅館は既に無くなっているようだが,記憶のある場所には旅館と同じ名前が付いた別の施設があるので,ご子息が同じ場所で別の事業をなさっているらしい。

 さて,鳥栖駅の東口設置の件である。

 地図や航空写真を見てまず感じたのは,東口にサガン鳥栖のホームスタジアム「鳥栖スタジアム(ベストアメニティスタジアム)」を作ったとき,なぜ一緒に東口(臨時改札口)を作らなかったのだろうということ。2万人を越える観客が集まるスタジアムなので,なぜ鳥栖駅東口と一体化して開発しなかったんだろうという疑問が浮かぶ。

 が,そもそも鳥栖駅自体が小さいので,鳥栖スタジアムで試合があった日は,試合後に既存の駅自体の混雑が大変なことになるそうで(Wikipediaの「鳥栖駅」),東側に臨時改札口を作る・作らない以前の問題にも思える。そうでなくても,現在の駅の横に設けられている東西往来用の跨線橋「虹の橋」を使えば,鳥栖駅と鳥栖スタジアムは徒歩で3分なのだから。

 なぜ鳥栖スタジアムを作るときに東口(臨時改札口)を作らなかったかは,鳥栖スタジアムや鳥栖駅の東側の道路配置をじっくり見ると浮かび上がってくる。どこと,どのように繋げようとしているのかが不明な道路がたくさんあるのだ。
 その不自然な道路は,JR鳥栖駅の構内の線路を全部取っ払うと西口側の道路と自然に繋がる。何のことはない,鳥栖駅全体を高架化することを前提に鳥栖市が街づくりしてしまったんだな。高架化するのが前提だから,既存の駅を改造して東口側に臨時改札口を設ける必要もなかったことになる。

 結局,そのJR鳥栖駅高架化工事が頓挫し,鳥栖市の計画自体が頓挫してしまったわけだ。

 実際のところ,JR九州が本気で(鳥栖市の大きな負担無しに)鳥栖駅の高架化工事を行おうとしていたとは思えないのだ。現在の鳥栖駅は,鹿児島本線,長崎本線,久大本線の特急列車が頻繁に発着する巨大な駅(駅舎は小さいが)だが,九州新幹線の鹿児島ルートと長崎ルート(長崎新幹線)が開通すれば,新幹線が通らない鳥栖駅の鉄道の要衝としての地位は大幅に低下する。

橋本康志市長は9日の市議会一般質問で「JR九州に必要性を訴えており、住民の思いを引き続き伝えていきたい」と答弁。ただJR九州広報室は「市から正式な要望は受けていない。具体的な設置は未定」としている。(朝日新聞)

 こういう記事を読むと,JR九州と鳥栖市の関係はもうボロボロだなと感じる。

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[2006年5月3日:鳥栖駅]
 久大本線のディーゼルカーの向こう側に見えるのが,駅の東西を結ぶ跨線橋「虹の橋」。駅の東側には国鉄230形蒸気機関車268号が静態保存されている。

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[2006年5月3日:鳥栖駅]
 鳥栖駅のホームから見える鳥栖スタジアム。

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 Googleマップで新鳥栖駅予定地を見る。
 航空写真の中心部分が九州新幹線新鳥栖駅予定地。南北に通る巨大な建造物が九州新幹線,東西に走るのが長崎本線(複線なのに目立たない。鉄道の環境負荷の小ささを示しているような気がする)で,交点に新鳥栖駅が予定されている。
 Googleマップを見てわかるように,長崎本線(在来線)の鳥栖駅と肥前麓駅の中間付近に設けられる。

 この新鳥栖駅の状況も結構グダグダ状態だ。
 詳しくはWikipediaの「新鳥栖駅」の項目を見ていただきたい。

 状況を列挙してみる。

■ 九州新幹線は,新鳥栖駅で鹿児島ルートと長崎ルート(長崎新幹線)が分岐することになっている。
 しかし,航空写真を見る限り,新鳥栖駅部分に九州新幹線鹿児島ルートから長崎本線へ分岐するような構造を設けるのは困難に思える。現状の九州新幹線の工事は,新鳥栖駅での分岐は行わないフリーゲージトレイン案に則って行われている。

■ 新鳥栖駅に長崎本線の新駅はできるのか?
 鳥栖市は長崎本線(在来線)にも新駅を設け,特急列車も含めて全部停めると主張しているが,JR九州からの発表はないそうだ。まあ,鹿児島ルートが先行し,長崎ルートはいつになるかわからない状況では,乗換駅は作ることになると思うが,長崎ルートが完成すれば在来線との乗り換え需要は大きく減るわけだし。JR九州としては地元負担次第というところではないだろうか。

 ということで,まとまりのないことをあれこれと書いてしまった。
 長崎新幹線(九州新幹線長崎ルート)のことを調べようとすると,どこからどこまでがどういう仕様(線路幅等)なのかという基本的なことすらよくわからず,佐賀県のページと長崎県のページでは違ったことが書かれていたり,強いストレスを感じる。そんな中で記事を書いたのが失敗だったようだ。

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『これ、最高うめぇから』は最高に魅力的だわ

 400系新幹線に育てられ…「カリスマ」車内販売員(朝日新聞)

 山形新幹線の初代車両「400系」が4月18日で引退する。新幹線と在来線を乗り換えなしで結ぶ初めてのミニ新幹線として、記念碑的な車両だが、新型車両の導入で一気に廃車が進んだ。この400系と成長した「カリスマ車内販売員」がいる。茂木久美子さん(30)=山形県天童市在住。時代遅れになってしまった「あこがれの車両」に、名残を惜しむ。


車内販売員の茂木久美子さん。「今の自分があるのは山形新幹線のおかげ」と語る=山形新幹線「つばさ」車内(撮影:朝日新聞)

 新幹線に乗っていて車内販売員の様子を見ていると,販売員さん個人の才能や努力で売り上げはずいぶん違うんだろうな,と感じる。声をかけ忘れたときでも,ちらっとアイコンタクトしたら,ちゃんと対応できる販売員さんっているよね。
 記事に載っている茂木さんも,たぶんそういうところがしっかりしてるんだと思う。

「『おいしいですよ』という標準語じゃ伝わらない。山形の特産品は『これ、最高うめぇから』じゃないと」

 『これ、最高うめぇから』なんて山形弁で言われちゃったら,ふぐすま出身の俺なんか,ウルウルして高価なホタテ貝柱なんかも買っちゃうよ……。

 山形新幹線(ミニ新幹線)が走り始まってから20年程度なので,最初に作られた400系の車両でも20年程度しか経っていない。今回最後となる400系は「初代」とは書かれているものの,製造された400系の編成の中では最新のものだと思う。
 それが既に「時代遅れの」車両なんだから,時代の流れは想像しているよりもずっと早いんだな。

 最後に,手持ちの400系車両の写真を探したら,全然見つからない。奥羽本線の列車を撮る機会が一度でもあれば,多少は撮影する機会もあっただろうに……。

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[2005年8月7日:山形駅]

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[2005年8月7日:山形駅]

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2010年3月14日

門司港駅隣の旧三井物産門司支店ビル保存へ

 門司港レトロに旧JR九州ビル仲間入り 耐震・改装へ(朝日新聞)

 北九州市門司区のJR門司港駅に隣接する「旧JR九州本社ビル」を観光拠点として保存・活用するため、市は7月から耐震補強と内部の改修工事を実施する。1〜2階部分にアートギャラリーや音楽ホール、門司港歴史資料室が入り、2011年3月の暫定オープンを目指す。

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 これが保存されることになった旧三井物産門司支店ビル。右奥に見えるのが門司港駅。

 鉄筋コンクリート6階建てで,1937年に旧三井物産門司支店ビルとして建てられ,戦後は国鉄九州総局,門司鉄道管理局,そして国鉄がJRとなった1987年からはJR九州の北九州本社として使われていたそうだ。

 余計な装飾のない実用一点張りのビルではある(もう少し上まで写せば,多少装飾的な感じになっている)。現代人はこのビルが普通の鉄筋コンクリートビルに見えてしまう言うことは,戦前にはこのビルがいかにモダンだったかを意味するように思う。

 北九州市が門司港一帯をレトロ地区として開発していることもあって,運良く生き残った感もあるが(他の都市ではこのようなビルがどんどん取り壊されている),耐震補強工事を経て,新たな賑わいの場所になるといいね。

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マスコミの「撮り鉄」報道とマスコミの撮り方・煽り方

 ありがとう「キハ52」糸魚川の別れ(朝日新聞)

 JR大糸線糸魚川—南小谷間に最後に残ったディーゼル気動車「キハ52」が12日、引退した。13日のダイヤ改定に伴うもので、最後の1往復は特別に全3両を連結して運行、糸魚川駅などで大勢の鉄道ファンが見送った。

(リンク切れ)
林原克己駅長の合図で走り出すキハ52=JR糸魚川駅(朝日新聞)

 というわけで,春のダイヤ改正に伴う一連の列車引退騒動が終わった。

 今回は,2月当初の「暴走する鉄道ファン」で話題をさらった後,2月半ばの「鉄道ファンの暴走止まらず」では,線路際に三脚を立てて列車を止めてしまった馬鹿者がニュースとなり,とうとう『撮り鉄』という言葉がマスコミで普通に話されるようになるというオマケまで付いた引退騒動だった。

 全然話は逸れるが,各局のニュースが寝台特急「北陸」&ボンネット型夜行急行「能登」の最終便について報道する中で,NHKで月曜〜金曜23:30に放送される「きょうのニュース&スポーツ(藤井彩子さんのやつ)」では,大糸線のキハ52にスポットを当てていたのが興味深かった。

 で,話を「撮り鉄」に戻すと,最終列車が停まるホームに集まる集まる溢れんばかりの人々について,私はちょっとした間違いでも大事故に繋がる危険な状況だと考えているが,各マスコミから否定的なコメントはなかった。駅員の警備も数を増やしたりして大変だったそうだが,ホームにはたくさんの三脚や脚立が立てられていた。テレビ局の映像を見る限りでは,テレビ局も脚立もしくはそれに類するものを使っていたように見受けられる。

 列車がいつもよりもゆっくりゆっくり走り出したのは,ホームにたくさんの人が溢れかえっており,危険防止のためにスピードが出せなかっただけではないか。テレビ報道でのコメントのように,名残を惜しむようにスピードを落としていたのではないはず。
 結局,迷惑な「撮り鉄」さんと同じことをマスコミがやっているから,迷惑な行為を否定できなかったに違いない。

 たとえば,先頭に引用した朝日新聞の記事『ありがとう「キハ52」糸魚川の別れ』の写真……。駅長が発車の合図をした状態,まさに発車間際で,運転士はパネルの計器類や信号機をしっかり確認しなければならない状態である。で,何とこの朝日新聞の写真は強力なフラッシュもしくはライトを使って撮影されている。

 運転士に強力なフラッシュを浴びせる行為は誰が考えても危険なものであり,報道の腕章を付けているからといって許される行為ではない。列車が動き出したときに「フラッシュの光が当たって車体が綺麗だ(こちらはテレビ朝日)」などとコメントするなんて,(心の中でそう感じたとしても)常識としてあり得ないものだ。

 以前の記事で,確か私は無法者の「撮り鉄」とマスコミカメラマンを同列に批判した記憶がある。今回の報道も,ああやっぱり,としか思えないものだった。

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2010年3月13日

客寄せの「ご主人様」は正直迷惑!

 列車に入ると「ご主人様!」 茨城のローカル鉄道(朝日新聞)

 紺のミニスカートに白いエプロン姿の少女たちが21、22両日、茨城県のローカル鉄道2路線で客を迎える。名づけて「メイドトレイン」。

 地元での利用客増に限界を感じ、ひたちなか海浜鉄道(同県ひたちなか市)と鹿島臨海鉄道(同大洗町)が、都心から客を呼び込もうと「萌(も)え」心をくすぐる。


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 死活問題である。客を少しでも増やすだけのことなら何だってやる。そういう心意気が伝わってくるようなイベントである。

 しかし,私はがっかり。好みに合わない。
 世界中の保存鉄道で,若い女性や若い男を使って客を集めているところがあるだろうか。
 と,当初は書いたが,イベントは2日間だけのようなので,それを私が避ければ良いだけの話だ。「迷惑!」なんて大げさなことを書くような話じゃないような気がしてきた。

 もちろん,ひたちなか海浜鉄道や鹿島臨海鉄道が「萌え」で一山当てたい気持はよくわかるけど,私にとって「萌える」は,硬派の母校の校歌の歌詞,

 若草萌ゆる安積野や
 雲に聳ゆる安達太郎(安達太良山)
 ……

の「萌ゆ」なので,誰がなんと言おうと,「もえ〜」とか言われたとしても,私にとっては春になって野山の草木が芽を出し,若葉を出すことが「萌ゆる」なのである。これは絶対に譲れない。

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琴電の大正レトロ車両3000型300号が復活運転

 大正仕様の超レトロ車両復活へ 高松琴平電鉄(朝日新聞)

 「ことでん」の愛称で親しまれる高松琴平電気鉄道(本社・高松市)が20、21両日、利用者に感謝して1926年製の超レトロ車両を復活運行させる。

 資金不足で更新できず3年前まで現役だったこともあり、ファンは全国に。各地で「撮り鉄」トラブルが相次ぐ折、「どうか同じ“てつ”を踏まないで」と担当者。


 今までに撮影した琴電の写真を見て,この大正仕様の超レトロ車両ってのはどれだろうと思った。ここが本格的な鉄ちゃんと,私のような甘い鉄道ファンの違いだ。鉄道の列車番号の付け方は,理解するのがなかなか難しい。
 特に琴電の列車番号は,Wikipediaの記事をじっくり読んでも,正直なところわけがわからなかった。
 
 この記事,最後の「どうか同じ“てつ”を踏まないで」をどうしても書きたくて,そこ以外に気が回らなかったのか,「資金不足で更新できず3年前まで現役だったこともあり、ファンは全国に」の文章の意味がわかりにくい気がする。3年前まで現役だったことと,更新資金が不足していることと,ファンが全国にいることはどういう関係なのだろう。

 手持ちの写真に325号や315号はあちこちに写っているんだが,肝心の300号はなかなか見つからなかった。本気で探したよ,車両3000形の300号。車体の左下に「○で囲った300」が表示されてる車両だね。

 結局,出てきたのはたった3枚だった。

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[2002年12月22日:琴電瓦町駅]
 ホームに停車していた高松築港駅行き(325号・315号)に,後から300号が近づいて連結。

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[2002年12月22日:琴電瓦町駅]
 堂々3両編成の電車が完成。325号,315号,300号という3000系電車のそろい踏み。

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[2002年12月22日:琴電瓦町駅]
 電車は高松築港駅に向かって走り去る。

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ねえCyber-shot DSC-HX5Vはエントリー機って知ってた?

 発売早々に購入した SONY Cyber-shot DSC-HX5V をあれこれ使ってみた。撮った写真は別ブログの《写真撮っけど,さすけねがい?「京急弘明寺の弘明寺じゃないほう」》にまとめた。

 とりあえずここには,Cyber-shot DSC-HX5V の印象を書き連ねてみたい。
(あくまで私個人の意見なので,気に障る方がいらっしゃったら申し訳ない)

 ちなみに購入価格は約3.7万円。昨年2月に買ったRICOH GR DIGITAL II(約3.6万円)とほとんど同じ。発売されて間もないコンパクトデジタルカメラなので,ちょっと高めなのは仕方がない。

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■ 外観
 私はミーハーなので,カッコ悪い(と自分が思う)カメラは持ち歩きたくない。また,デザインが奇抜なことで目立ちたくもない。DSC-HX5Vはコンパクトデジタルカメラの平均的な形状だし,まとまった良いデザインだと思う。
 細かいことを言えば,正面の「Cyber-shot」と「G」の文字は不要だし,「10x Optical Zoom」が2カ所にも必要だとは思わない。でも,まぁこういうのは営業さんが許してくれないんだよね,たぶん。

 外観で気になるのは「安っぽさ」だ。電子コンパス・GPS測位・TransferJet機能のように,ボディの内外で電波のやり取りが必要なので,プラスティック部品が多用されている。表面仕上げで一見高級感を持たせているが,どうにもこうにも「携帯電話風の安っぽさ」が感じられるのは残念。

■ 画質・機能
 画質は,望遠端側で若干塗り絵っぽくなるような感じはあるが,広角端で周辺が流れるようなこともなく,10倍ズームレンズと言うことを考えれば十分頑張っていると思う。何より広角側が25mm相当と,広めの画角なのが嬉しい。
 ただ,コンパクトデジタルカメラ全般に言えることだが(画質が自慢のGR DIGITAL IIにしても),輪郭強調が強く,コントラストも高めになっている。

 輪郭強調は控えめに,コントラストもちょっと低く抑えたい……(私の好み)。
 というわけで,Cyber-shot DSC-HX5Vをいじってみて,初めて知った驚愕の事実。このカメラには,シャープネス(輪郭補正)やコントラスト,彩度を調整する機能が付いていないのだ。本当に腰が抜けるほど驚いた。

 今までコンパクトデジタルカメラのエントリー機に近い機種は使ったことがなかった。強いて言えば,SONY Cyber-shot DSC-W200は最上位機種ではなかったかもしれない。それでもDSC-W200のメニューには,カラーモード(ナチュラル・ビビッド・セピア……),コントラスト(弱い・強い・ダイナミックレンジ補正),シャープネス等があり,個人の好みに合わせて調整できるようになっていた。DSC-HX5Vにはそういう機能は一切無く,ホワイトバランス以外は基本的には全部カメラにまかせてしまうことになる。これに慣れるのは大変そうだ。
 DSC-WX1で議論になった画面中央部に生じるフレアも,まったく同じとは言えないものの,画面中央部がフレアっぽくなりやすい感じは見受けられた。

 さらに言えば,画像サイズに「3:2モード」が無いのはガッカリだ。
 私はもうひとつのブログに大量の写真をアップしているが,写真は縦横とも最大サイズが480ドットになるように画像縮小している。ブログの写真は縦にずらっと並ぶので,横位置の写真であれば画像が4:3でも3:2でも横幅は480ドットで同じだが,縦位置の写真は360ドットと320ドットが混在してカッコ悪いのだ。
 まあ,これも個人的な問題に違いない。

 というわけで,根本的な問題は,私がDSC-HX5Vが上位機種だと勘違いしていたことにあると思われる。型番等からそれがわかる人にはわかるのかもしれない。ソニーの製品紹介のページを見ても,オートオンリーのエントリー機だという雰囲気はどこにも無いんだよなぁ……と愚痴りついでに,ソニーの製品紹介ページへのリンクを以下に掲載。

Sony_cybershot_lineup
 サーバーショットラインアップ&機能比較表(PDFファイルへリンク)

Sony_cybershot_lineup2
 商品ラインアップ

■ その他
(1) 動作がキビキビして良い。まったりとした動作の GR DIGITAL II 比べると別次元。
(2) DSC-W200とバッテリーが共通なのが素晴らしい。
(3) 充電器は小型軽量で,折り畳みのプラグが付いたタイプなのが良い。
(4) 三脚穴は,有史以来おそらく人類が経験したことがなかった場所に付いている。

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 このように,三脚穴は底面の端に付いている。おそらく設計上ここしか場所が残らなかったんだろうけど,まぁ,三脚に付けたままメディアやバッテリの交換が可能だ,と良い方向に考えておくしかない。

(5) やっとSDカードが使えるようになったのはGOOD(メモリースティックと兼用)。
(6) アフタービュー無しに設定できない。
 続けて撮りたいときは,一度シャッターボタン半押ししてアフタービューをキャンセルする必要がある。シャッターボタンを押して撮影し,そのままボタンを半押ししたままでは続けて撮影できず,一旦シャッターボタンを戻す必要がある。これは結構ストレスになる。
(7) 最初(その日一日,屋外で最初に電源を入れたとき)のGPS電波受信までの時間が長い。
(8) 動画のファイル構成が異常に複雑。
 AVCHD形式は扱うのが面倒そうなので,MPEG-4でちょっとした動画を撮ってみたが,出来上がったファイル構成がすごいことになっている。
 *.MP4のムービーファイル以外に,AVF_INFOというフォルダに*.BNP,*.INP,*.INTなどという大きなサイズのファイルができている。MPEG-4とは言え,記録にMPEG-4 AVC/H.264のMain Profileを採用しているようだ。
 SDカードに記録した動画を再生できるテレビやら何やらが増えているが,互換性は大丈夫なんだろうか。たとえばこのCyber-shot DSC-HX5Vで撮った動画はPanasonicの「VIERA」で再生できるのだろうか。取扱説明書の「他機での動画再生に際してのご注意」欄を読むと,たぶんこれで苦労する人がいっぱい出るんだろうな……という予感がする。

Files
 MPEG-4で動画を3本撮影したときのファイル構成。

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2010年3月12日

PENTAX 645Dのカタログが届いた

 帰宅したら,PENTAXから封筒が届いていた。

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 PENTAX 645Dのカタログである。

 PENTAXの新製品予告サイトの情報専用メールマガジンに情報を登録したひとを対象に送っているようだ。結構な数量のカタログを送ることになって,その費用もバカにならない金額だと思うけど,やっぱり645DにかけるPENTAXの思いが伝わってくるようだ。

 前にも書いたが,私はPENTAX 645Nのユーザーではなく,PENTAX 67 (& 67 II) のユーザーなので,すぐに645Dを買いたくなる状況ではないが,カタログからはPENTAXの本気度がビシバシと伝わってきて,ちょっとふらついてみたくなる……。

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「サプライズ」発表から1年 PENTAXが645Dを発表!

 PIE2009でのPENTAXの「サプライズ」発表から1年経った。その時の「サプライズ」とは,

・中判デジカメ「645 Digital」の開発再開および2010年の発売
・中判フィルムカメラの「67II」と「645NII」の2009年9月を目処としての生産終了

の2つだった。開発が中止されたままだった「645 Digital」も,展示会があるたびにモックアップが展示されるだけで,そのまま消え去ってしまいそうな雰囲気を感じていた。
 なにしろ,世の中はリーマンショックだかリーマン予想(ココ笑うとこ)だかで経済ガタガタの状態。100万円を超える中判デジカメなんて出せっこないよ,という予想も多かった。

 しかし,PENTAXの開発陣は違った。逆境に耐え逆光に持たえた。単純に歳を取って涙もろくなっただけだが,発表されたPENTAX 645Dと標準55mmの超音波モーターレンズの仕様を見たときに,涙が出てきたよ。ついにここまで来たんだって。

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(PENTAXの http://www.pentax.jp/japan/news/2010/201008.html にリンク)

 横浜のCP+2010で発表されたPENTAX 645Dは,サプライズ・飛び抜けた機能こそ存在しないが(実売85万という価格は圧倒的に飛び抜けて安いと思うけど),要点要点,気になるところがことごとくうまくまとめられている良い機械だと感じた。

 残念ながら私の中判システムはPENTAX 67,67IIなので,645Dにすぐに飛びつく状況ではないと思う。しかし,フィルムでも結局135フィルム(35mmフィルム)には満足できずに120フィルム(ブローニーフィルム)に手を出してしまった。
 現在フルフレームのシステムは,ニコンのD3を持っているのみであるが,67システム一式を手放して,645Dに手を出すことになるかもしれない。

 なんせ本体の実売価格が約85万。180万円になることすら覚悟していたのに(それでも競合他社より安いよね)。

【いろいろなサイトに上げられている情報のまとめ】
・撮像素子は44mm×33mmのKodak社製CCDイメージセンサー
・有効画素数は4000万画素
・ローパスフィルターなし
・マグネシウム合金外装,アルミダイキャストシャシー
・シーリングを70カ所に施した防塵・防滴構造
・−10℃まで動作を保証。シャッターの耐久性は5万回
・AFは新開発の高精度11点ワイドセンサー
・UV・IRカットフィルタ部を超音波振動させるゴミ除去機構 DR II を搭載
・トラピゾイドプリズム用いた小型ファインダー
・視野率約98%,倍率約0.62倍(55mm)・約0.85倍(75mm)
・SD/SDHCメモリスロットカードを2基装備
・液晶モニターは3インチ92.1万ドット
・電子水準器
・ISO200〜1000
・シャッタースピードは1/4000~30秒
・大きさ:156×117×119mm
・重さ:1480g
・発売日:2010年5月中旬

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2010年3月10日

ネットで買った新しいデジカメが翌日の晩に届いた

 『電子コンパス内蔵』と発表されたときから,既に買う気満々だったSONY Cyber-shot DSC-HX5Vを早速購入した。買ったのはTwitterでのつぶやきが評判の,中野の「フジヤカメラ」。購入ボタンを押した翌日の晩には品物が届くという,恐るべき仕事の速さを見せつけられた。素晴らしい。

 個人的に重要なのは,肝心の『電子コンパス』の精度がいかほどかということと,その情報がSONY専用ソフト用の独自データの持ち方をしたりせず,一般的なジオタグに書き込まれるかどうかである。動画云々が人気とも聞くが,動画にはあまり興味がない(ちゃんと撮るには三脚やスタビライザが必要なので面倒すぎると思う)。

 私のもうひとつのブログである『写真撮っけど,さすけねがい?』の写真や説明を見れば,たぶん『電子コンパス』の重要性はわかっていただけるものと思う。商店街の交差点で四方の写真を撮ったとき,どの写真がどの向きの写真かというのを明確に判別する方法がないのである。GPSデータがあれば,撮影した交差点ぐらいは明確になるものの,東西南北の撮影方向はGPSデータのみではいかんともしがたい。

 写真にGoogleマップに載っている有名施設が写っていたり,明確な影が写っていれば別だが,何もない普通の商店街の写真の場合,後で地図を目を皿のようにして探しても方向がわからないことがしばしば発生する。

 まず考えたのは,Nikon純正のGPSユニット ニコン-GP-1だったが,画像撮影時の緯度,経度,標高,日時が記録できて良さそうなものの,肝心の方位データがないのだ。

 で,『電子コンパス内蔵』コンパクトカメラとして発表されたのが,SONY Cyber-shot DSC-HX5Vなのである。値段もそこそこ。これは買うしかないと判断したのだった。

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 ここ2年間,Gパンのポケットの中で頑張ってくれたSONY Cyber-shot DSC-W200と並べてみる。

 数値だけ見て,大きさはあまり変わらないという印象だったが,実物は二回りぐらい大きかった。
 誤回転が多かったモードダイヤルが,誤回転しにくい軍艦部に移ったのは大正解だと思う。電源ボタン(ON/OFF)は軍幹部の中心近くに移った。指の長い人は問題ないと思うが,片手で電源を入れるときなどに,ちょっと遠いかなと感じる。丸くなったシャッターボタンは圧倒的に押しやすくなった。

 SONY Cyber-shot DSC-W200は「オールメタル」を謳いつつ,各所にプラスチックメッキ品を使っていて,妙に安っぽい外観だった。今回のSONY Cyber-shot DSC-HX5Vは,GPS衛星からの電波を受信したり,電子コンパスを駆動する必要があったためだろうか,プラスチック部品の数はさらに多くなっていて,とても金属カメラとはいえない状態になっている。正直なところ妙に安っぽい印象である。

 2年間ポケットに入れっぱなしの状態でも,Cyber-shot DSC-W200は外観のヤレもほとんど無く,硬質アクリル製と思われる液晶ディスプレイも(保護シートなんかはまったく付けずに)綺麗なままである。さて,プラスチック部品が増えたCyber-shot DSC-HX5Vはどのような外観変化をしていくのだろうか,楽しみである。

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 コンパクトカメラとして使用頻度が高かった,Cyber-shot DSC-W200(写真奥),RICOH GR DIGITAL II(写真中),SONY Cyber-shot DSC-HX5V(写真手前)を右揃えで並べてみた。
 こうやってみても,Cyber-shot DSC-HX5VはRICOH GR DIGITAL II とほぼ同じ大きさになっている(幅が少し狭いぐらいで,高さも同じ)。

 ただ,まだ慣れないことにも一因あるが,カメラとしての使い勝手はRICOH GR DIGITAL II の圧勝だと感じた。GR DIGITAL II の前ダイアル,後レバー,シャッターボタン,電源位置……これらは実によく練られていて,指にしっくり来る。

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 RICOH GR DIGITAL II との比較映像をもう一枚。
 ストラップの取り付け位置は,GR DIGITAL II のように右手の下側にも付けられるようになっているのが合理的だ(GR DIGITAL II の場合は両吊りを考えたものだから偶然の産物とも言えるが)。

 さて,まだマニュアルも見ずにあれこれいじっている段階だが,何やら恐ろしいことが身に迫っている感じがする。

 デフォルトの設定のまま室内で数枚撮影したところ,コントラストが強め,シャープネスも強めの絵が撮れた。彩度は……まぁ室内光なのでよくわからないとして,とりあえずコントラストとシャープネスを落とそうとメニューの中をさまよい歩いたのだが,画質に対する調整項目がどこにも見あたらないのだ。
 これが変えられないとすると大弱りだ。Cyber-shot DSC-W200には当然のように付いていた機能なので,それよりは上位にあると思われる機種に付いていないわけがない(と思い込みたい)。明日,マニュアルを良く読んでみることにしよう。

 さらに,これもCyber-shot DSC-W200には付いていた画像サイズの「3:2モード」が見あたらない。デジタル一眼レフなどと併用するため,後で写真を並べたときに4:3の写真や3:2の写真が混在するのは非常に見苦しいのだ。何とCyber-shot DSC-HX5Vでは3:2の写真が撮れないことになる。これは,Canon PowerShot G7に「3:2モード」が付いていなかったときと同じぐらいショックである。

 PowerShot G7では間違えて16:9モードの横長で撮った写真を大量に作ってしまったこともあり,そのショックでCanon PowerShot G7の使用頻度は激減している。

 最後に,SONY Cyber-shot DSC-HX5VのバッテリーとCyber-shot DSC-W200とに互換性を持たせたことには拍手を送りたい。PENTAXも同様にバッテリーの共用化を行っていたが,ユーザーからすれば,これほどありがたいことはない。

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三次駅の三江線乗り場(0番のりば)廃止

 大手メディアの報道ではないが,某鉄道系掲示板(大きなところではない)の情報を見ると,三次駅の三江線乗り場(0番のりば)に「お知らせ」が貼られているという。

 三江線ご利用のお客様へ 《0番のりば廃止について》  平成22年3月13日のダイヤ改正から三次市による『三次駅前再開発』に伴い,【0番のりば】が廃止されます。3月13日から三江線は3番のりばに全て変更となります。三次駅長
 三江線は,三次と日本海沿岸の江津間を中国山地(北半分)を横断して結ぶ路線である。線路が江の川に沿っていて,風光明媚な路線だが,残念ながら運転本数の関係で気楽に乗ることはできない。

 試しに,3月10日午前11時に三次駅を出発して,三江線の終点江津までの乗り換え案内の検索結果を表示してみると,驚くべきことになる。

■ 三次→(芸備線)→広島→(新幹線)→新山口→(山口線・山陽本線)→江津
 三江線の三次−江津間の列車を待つより,一旦山陽本線の広島に出て,新山口まで新幹線に乗って,そこから山口線・山陰本線直通列車に乗ったほうが早いっていうんだから……。

 さて,これが三次駅の0番のりば「三江線のりば」。

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[2003年4月30日:三江線のりばに停車する江津行き]

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[2003年4月30日:0番のりばだけ1番線の横に設けられていた]

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2010年3月 9日

3時間電車が止まっても影響を受けない社会へ

 JR湖西線、強風で3時間止まる 4500人影響(朝日新聞)

 8日午前3時20分ごろ、大津市のJR湖西線近江舞子駅で秒速20メートルを超える強風が吹き、JR西日本は同駅と近江今津駅間の上下線の運転を約3時間15分にわたって見合わせた。普通列車7本が運休、近江今津発京都行きの始発列車が95分遅れるなど2本に遅れが出て、約4500人に影響した。また、大阪と北陸方面を結ぶ特急の一部が湖西線を走らずに、琵琶湖線経由で運転した。


 以前より弱い風でもどんどん電車は止まるようになっているんじゃないだろうか。その原因は,1月24日のエントリー「予想通り強風での羽越線運休が増加……困るのは誰なの?」に書いた件も影響しているに違いない……という方向で話を進めようと思ったが,ちょっと脱線する。

 日本の社会の仕組みや生活は,電車がたった3時間止まっただけで大きな影響を受けるようになってしまっている。
 たった3時間である。商談でお客さんを待たせてしまうとか,問題はいろいろあるのだろうが,もっとおおらかに,3時間ぐらい遅れたって心にゆとりが持てる生活ができるよう,社会のほうを変えていく方が良いんじゃないかな。大規模な工事を行って,湖西線に風よけを設けるよりも建設的だと思う。

 たとえば今秋その役割を終える余部鉄橋にしても,強い風が吹いたときには列車が止まるということを許容できるおおらかな社会になっていれば,取り壊さずに済んだんじゃないだろうか。
 あぁ,なんだかノスタル爺みたいになってるな。日本の古い社会が良かったと思っているわけではないけどね。

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2010年3月 8日

宇高航路当面継続へ

 宇高航路の廃止撤回、当面継続へ/国道フェリー(四国新聞)

 3月26日で宇高航路からの撤退を表明していたフェリー2社のうち、国道フェリー(香川県高松市)が4日、四国運輸局に提出していた航路廃止届を取り下げた。少なくとも、瀬戸大橋を含む高速道路の新たな料金体系が明らかになる見込みの6月ごろまで、減便など自助努力で運航を続ける。廃止期日が迫る中、航路の消滅はとりあえず回避された格好。だが依然として、存続の中長期的な見通しは立っていない。


 2月19日の記事「宇高航路の廃止…本当に廃止で良いの?」では3月末で廃止になることを書いたが,廃止発表後に関係自治体や利用客からの運航継続についての要望が想像以上に大きかったようだ。
 同じく撤退を表明していたライバルの四国フェリーはどうするのか,調整はどうなるのか,まだまだどうなるかは予断できないが,運航継続のほうに舵を切る動きがでてきたのは良かった。

 フェリーやローカル鉄道事業者は,道路や橋の整備次第でどうにでもなってしまう運命にある。国と周辺自治体とで,交通体系をどのようにバランスさせるのか,ちゃんと考えなければならない。

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[1997年12月6日:木更津/川崎−木更津を運航したマリンエキスプレス]
 当時の高級デジカメ?RICOH DC-1で撮影。東京湾アクアライン開通にともなって廃止されたフェリーだ。羽田空港に着陸する飛行機が真上を通る瞬間は感動的だった。

 大型のフェリーではないが,富山新港の越ノ潟〜堀岡間には富山県営渡船が運航されていて,誰でも無料で対岸に渡ることができる。

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[2000年1月30日:射水市(当時新湊市)越ノ潟。氷雨の中,出港を待つ射水丸]

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[2000年1月30日:越ノ潟側の待合室]

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[2000年1月31日:堀岡側の待合室に掲げられた時刻表]
 運航時刻表をよく見てほしい。無料の渡船は,24時間,真夜中もほぼ30分間隔で運航されている。
 注意書きを見ると,「1時から始発電車の間は乗客のない場合は休止することがあります」ということで,柔軟な運用がなされているようだ。

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デジカメWatchの裏面照射型CMOSセンサー工場訪問記

 ソニーの裏面照射型CMOSセンサー工場を訪ねる(デジカメWatch)

 今回、ソニーの裏面照射型CMOSセンサーを量産するソニーセミコンダクタ九州の長崎テクノロジーセンターを見学する機会に恵まれた。工場内部は自由な撮影ができないなど最先端技術が詰まった半導体工場らしい一面もあるが、少しでも雰囲気をお伝えできればと思う。

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《裏面照射型CMOSセンサー「Exmor R」。写真は、「Exmor R」を搭載した初めてのデジタルカメラ「サイバーショットDSC-WX1」および「DSC-TX1」に搭載されていたセンサー。1/2.4型で、有効1,020万画素》

 個人的には知りたいことがいっぱいある「裏面照射型CMOSセンサー」技術。ソニーが世界で初めて“Exmor R”という名称で実用化した技術だ。その生産工場の見学記事だから面白くないわけがない(と思いたい)。

 まず,DSC-WX1やDSC-TX1に搭載されていたという1/2.4型のExmor Rセンサーの写真を見て,本質じゃないところで驚いた。センサーとパッケージの接続にワイヤボンディングが使われてるのだ。
 ワイヤボンディングは,個別半導体とか特殊なもの以外には使われなくなるだろうと10年ぐらい前には思っていた古い技術だ。
 端子数の増大や端子ピッチ狭小化にともなって,TABやフリップチップ等に置き換わって行くものと思っていたが,意外に根強く残っているようだ。(条件さえ決まれば)安定した技術なので,いろいろと強みがあるのだろう。

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 で,こちらが裏面照射型CMOS Image Sensor製造プロセスの模式図。

 シリコン基板上にフォトダイオードを形成し,そこに配線層を付ける。絵を見ると,多層ビルドアップ基板状のものを貼り付けているようにも,別プロセス(銅−ポリイミド等)で形成するようにも見えるが,別の図に「Si(単結晶)とSi酸化膜(非晶質)との界面は大きなノイズ発生源」という説明があることから,フォトダイオードを形成した上に,さらにSiO2+Al ? で配線層を形成しているようだ。

 さて,すごいのはその後。配線層側を保持してシリコン基板を研磨するところだ。約0.7mm厚のシリコンウエハを約8µmまで研磨するわけだが,残念ながらそこんところは公開されていないようだ。
 研磨してからダイシングするんだろうか。ダイシングしてから研磨するのだろうか。8µmになってからはどうやってハンドリングしてるんだろうか……。
 想像も付かない世界だ。

 今までの表面照射型のセンサーだと,センサーの裏面はSi基板だから信号を取り出すことはできないが,裏面照射型だとセンサーの裏面は配線層になっている。ということは,この配線層部分に端子を形成して裏面から信号を取り出すことが可能になるね。
 上の写真にある1/2.4型センサーでは,センサーの4辺からワイヤボンディングで信号を取り出しているけど,裏面から信号を取り出す形にすれば4辺のワイヤボンディング部は不要になる。それだけでずいぶん小型化ができそうだ。

 まぁ,結局のところはよくわからなかった裏面照射型CMOSセンサーではあるが,Cyber-shot DSC-HX5Vは買うつもりが93%ぐらいあるので,効果には期待したい。

# 結局3月8日中にSONY CYBER-SHOT DSC-HX5Vの購入ボタンを押しちゃった。買ったのは,黒の在庫があったフジヤカメラ。明日の夜には届くらしい。楽しみ,楽しみ。

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2010年3月 7日

金曜の晩は粋に夜遊び……帰りは琴電で

 毎週金曜日は午前0時便 琴電最終電車

 金曜日の夜を遅くまで楽しんで——。高松琴平電気鉄道(ことでん)は4月から、毎週金曜日の高松築港、瓦町両駅発の下り最終電車の発車時間を午前0時以降に繰り下げる。同社は昨年4月から、毎月1回、最後の金曜日(12月は毎週)のみ最終電車の時間を繰り下げていたが、利用者から「毎週にしてほしい」といった要望が出ていた。


 これは英断だね。地方のローカル私鉄が生き残って行くには,やっぱりこういうサービスをやって行かなくちゃダメだ。
 長尾線と志度線は終電が0時10分になるそうだ。私が鎌倉の大船駅から帰る際の終電のほうが早いじゃねぇか……(ちょっとショック)。

 これで琴電の利用客が増えてくれればいいのだが……。

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[2002年12月21日:琴電片原町駅を出る琴平行きの電車]

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刺激的な見出し《「撮り鉄」に警戒せよ!》

 「撮り鉄」に警戒せよ 「北陸」「能登」12日最終運転(朝日新聞)

 半世紀以上にわたって東京・上野と金沢を結んできた寝台特急「北陸」と急行「能登」が、12日夜発の列車で運転を終える。「撮(と)り鉄」と呼ばれる撮影目的の鉄道ファンの一部によるトラブルが相次いでいることから、JR側は「厳戒態勢」で臨む。
 (中略)
 鉄道ブームで、旅行を楽しむ「乗り鉄」、走行音や発車音を録音する「録(と)り鉄」、最終運転に駆けつける「葬式鉄」などがメディアに登場する機会が増えた。鉄道会社や古くからの鉄道ファンは「趣味として公言できるようになった」とブームは歓迎しつつも、暴走する撮り鉄については「問題を起こしているのはマナー知らずの一匹おおかみで、腹立たしい」と憤る。

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昨年3月に廃止された寝台特急「富士・はやぶさ」の最終列車出発の際には東京駅に約3千人のファンが詰めかけた(朝日新聞)

image1 500系新幹線の東海道区間ラストランでは東京駅だけで約1500人が詰めかけた。転倒したり柵(さく)から身を乗り出したりする人もいた=2月28日、東京駅(朝日新聞)

 というわけで,「乗って撮っての酸化第二鉄(純粋な鉄じゃない)」の私としても,カメラを持って駅のホームを歩くようなときには警戒されないように注意しようっと。あくまで「酸化第二鉄」なので,トラブルが起きそうなイベントへは加わらないつもり(参加は二の次)だが。

 記事をよく見ると,後半部分は「乗り鉄,録り鉄,葬式鉄について,鉄道会社や鉄道ファンはブームを歓迎しているが,暴走する撮り鉄については腹立たしい」とまとめることができる。つまり,上に2枚の写真を引用したようなホームでの混乱は,何となく認めてしまっているようにも読めてしまうのだ。まぁ,お金を払ってラッチ内に入ってくれるお客さんであり,沿線を車で走り回り,駅を使うのはトイレだけというような「撮り鉄」とは別だという考え方であれば,それはそれで納得だが。

 しかし,利用者からすれば混雑したホームは非常にジャマくさいし,鉄道会社もその状態を認めているとは思えない。むしろ,そのような状況の記事を書いたり写真を撮っているマスメディア側が,それを否定できない(共犯)状況にあることが問題だ。過去には,テレビカメラの設置場所が線路に近すぎて,列車を止めてしまった前科だってある。マスコミは当然ながら決して報道しないが,マスコミのカメラは結構無茶苦茶な撮り方をしていることがある(#1)。
 そんなこんなで,このような珍妙な記事になってしまったのだろう。


 某ローカル線に30数年ぶりにSLが走ったときのこと。とあるカーブの手前で鉄道ファンや地元の方々,子供達がSLが走ってくるのを待った。
 ボーッと汽笛が聞こえSLが近づいてくる。
「来た!」
 カーブを曲がってやってきたのは,SLとその横を超低空で飛ぶヘリコプター(横には○○放送という会社名)だった。
 SLが蒸気を吐き出す「シュッシュッ」という音も「ゴトンゴトン」というレールの音も,ヘリコプターの「バタバタバタバタ」という音にかき消されながら通り過ぎてゆきましたとさ。本格的なビデオ録画をしようとしていたオジサンは泣いているように見えた。
 なにしろ30年ぶりのイベントだった。(#1)

 まぁ,今度廃止される「北陸」と「能登」は珍しい列車だから,いろいろな「鉄」が沿線に集まることだろう。線路内に立ち入るとか,明かな私有地に無断ではいるとか,ホームで三脚や脚立を立てるような無茶なことをする「撮り鉄」は,この際だからどんどん取り締まることに期待したい(常時取り締まるには費用が掛かりすぎるので,良い機会だと思う)。

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[2004年4月29日:上野駅ホームで発車を待つ寝台特急「北陸」]

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[2004年4月30日:金沢駅に到着した寝台特急「北陸」]

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[2004年4月30日:金沢駅に「北陸」に続いて到着した夜行急行「能登」]

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JR東日本が新型電気機関車EF510-500を公開

 “高級ホテル”引っ張る新型機関車デビューへ(読売新聞)

 JR東日本は、国鉄分割・民営化後初めてとなる電気機関車「EF510」を導入し、3日、東京都北区の田端運転所内で報道関係者に公開した。

 4月以降にデビューさせ、“走る高級ホテル”として人気の寝台特急「カシオペア」や「北斗星」などに運用する。

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JR東日本が導入する新型電気機関車「EF510」(左)。「カシオペア」(中央)、「北斗星」(右)に順次投入される(3日、東京・北区で)=田中成浩氏撮影


 まず「走る高級ホテル」ちゅうところに引っかかった。正確には「運賃が高級ホテル並みの列車」ではなかろうか。

 で,この新型電気機関車EF510-500は,今年2010年1月の中頃だったろうか,常磐線での試運転でトラブルを起こした機関車ではなかっただろうか。確か,取手−藤代間のデッドセクションでこのEF510-500が白煙を上げて動けなくなり,常磐線のダイヤが大幅に乱れて大混乱したことがあったはず。
(その後郡山工場まで引っ張られていった?)

 不具合はもちろん解決したんだろうけど,どういう不具合だったのかは公表しておいたほうが良いと思う。

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2010年3月 6日

「夢千代日記」と余部鉄橋

 風雪100年、いざさらば 山陰線 余部鉄橋(朝日新聞)

 どんよりした鉛色の空に架かる朱色の鉄橋。高さ41メートル、長さは310メートルに及ぶ。海沿いの集落の上を、山陰線の列車が轟音(ごうおん)を響かせ渡っていく。

 「この鉄橋は、どこですか」。窓の外を見た前の席の男性が驚いた表情で尋ねる。殺人事件の捜査で偶然、乗り合わせた神奈川県警の刑事だ。夢千代が静かに答える。「余部(あまるべ)です」

 1981年にNHKで放送されたドラマ「夢千代日記」の冒頭のシーン。夢千代は、山陰の小さな温泉街の置屋を切り盛りする芸者。広島に投下された原爆で胎内被爆し白血病を患う。女優の吉永小百合さんが演じた。

 今秋には新しいコンクリート橋が完成し,その役割を終える余部鉄橋。ドラマ「夢千代日記」を引用したとても良い記事だ。使われている写真も良い。

 ドラマ人間模様「夢千代日記」のオープニングロールは,鎧駅を出た列車の前面展望がやがてトンネルに入り,長いトンネルを出るとすぐ余部鉄橋に差し掛かるシーンで始まっている。どうやら,ドラマの冒頭で刑事が夢千代に鉄橋の名前を尋ねるシーンに繋がっているようだ。

 実は,当時「夢千代日記」を積極的に見た記憶はない。それでも,印象的なテーマ曲とかそれぞれの登場人物の印象が残っていることから,たぶん父か母が好きで見ていたのだろう。既に有名女優だった吉永小百合も,このドラマ以前は少し低迷している感じ(サユリストの方,ごめんなさい)だったが,このドラマで完全に復活したという印象がある。


 映画「夢千代日記」予告編 (Tomorrow's Japanさんの動画)
「夢千代日記」のオープニングロール(YouTubeにminhavozさんがアップしてくださった動画)
 ・作曲 武満徹
 ・演奏 東京コンサーツ
 ・指揮 田中信昭

 オープニングを見ただけで感動できちゃうってのは凄いね。

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[2004年5月3日:余部鉄橋を渡る寝台特急「出雲」]
 ここは有名撮影ポイント。いわゆる「お立ち台」だった。

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[2004年5月3日:橋の袂から見る余部鉄橋]
 橋の袂の説明書きを見るとJR的には「餘部橋りょう」が正しいのかもしれない(駅名は「餘部」)。
 全長310.59m,高さ41.45mのトレッスル橋である。
 写真の右奥の道路際に,1986年12月28日に起きた回送列車転落事故の慰霊碑の菩薩像が見える(写真を縮小してるので米粒よりも小さい)。

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[2004年5月3日:餘部駅ホーム横の壁画]
 餘部駅は余部の集落の人達の請願でできた駅で,建設の際には子供達まで手伝ったのだそうだ。その様子が描かれた壁画である。餘部駅ができる前は,余部鉄橋を渡り,長い於伊呂トンネルなど複数のトンネルをくぐり,隣の鎧駅まで歩いて行ったのだそうだ。

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[2004年5月3日:餘部駅のホームに豊岡行きのディーゼルカーが入ってきた]

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