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2009年11月の19件の記事

2009年11月29日

秩父鉄道でも自転車の持ち込みを試行

 自転車といっしょに電車乗降、秩父鉄道が試験運行(読売新聞)

 秩父鉄道(本社・埼玉県熊谷市)は、埼玉県と連携し、12月4日から来年1月31日までの毎日、自転車を電車に持ち込める「サイクルトレイン」の試験運行を秩父市内の御花畑―三峰口駅間(12キロ)で行う。

 同社の乗車客数はピーク時の3分の2程度に減っており、自転車ユーザーを新たな客層として取り込むのが狙いだ。埼玉県によると、県内では、臨時列車を使った同様の企画は過去にあるが、定期運行の列車で導入するのは初めてという。

 SL列車パレオエクスプレスで人気の秩父鉄道だが,輸送人員はピークだった1991年の3万5千人から2008年は2万4千人に減少している。
 そこで,全国の各地で行われているサイクルトレイン(自転車を輪行袋に入れなくても車内に積み込める)を秩父鉄道でも実施して,乗客増加を図ることにしたようだ。

 利用できる駅は,秩父市内の御花畑駅,武州中川駅,武州日野駅,白久駅,三峰口駅の5つしか設定されていないが,うまく行けば増えてくるかもしれない。

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 [2003年1月4日] 自転車の持ち込みが可能になっている一畑電鉄川跡駅にて。

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2009年11月28日

富山地方鉄道市内線の環状運転が復活!

 路面電車で街中ぐるり、富山で環状線復活(読売新聞)

 次世代型路面電車(LRT)が走る富山市中心部で来月23日、36年ぶりに環状線が復活する。

 26、27の両日深夜、初の試走が行われ、低床で騒音も揺れも少ない真新しい車両が、人が歩くほどの速さでゆっくりと周回した。路面電車の環状線は全国唯一となる。

 今回路線が復活したのは丸の内−西町間であり,富山市の中心繁華街(西町・総曲輪・中央通り)に位置している。

 車社会に合わせて,都市郊外に役所や病院,学校などを配置し,郊外のショッピングセンターが買い物の中心となる町では,当然のように市街地の繁華街が空洞化してしまう。

 富山市や青森市では,コンパクトシティという新しいコンセプトで,主要施設を街の中心部に配置し,公共交通機関だけで快適に生活できる街づくりをしている。

 今回の富山市における路面電車の環状運転再開は,富山港線のLRT化から続くコンパクトシティ化の一環だろうと考えられる。昨今の富山市の積極性には目を見張るものがあり,ぜひともうまく行き,全国の悩める地方都市の中心市街地の活性化の見本となってほしい。

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[2003年10月6日]富山駅前の富山地方鉄道富山市内軌道線の電停。

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[2003年10月6日]富山市内を縦横に走っていた路線も1970年代まで廃止が相次ぎ,富山の路面電車もモータリゼーションの波に呑まれて風前の灯火かという時代をくぐり抜け,今では最小限の路線ながら富山市には欠かせない交通機関として生き残っている。

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2009年11月23日

東京スカイツリーの内部が公開……ただし報道陣のみ

 「ツリー」を貫く長ーい空洞…内部を初公開(読売新聞)

  東京都墨田区で建設中の「東京スカイツリー」(完成時・高さ634メートル)で22日、タワー内部が報道陣に初めて公開され、中心部の長い空洞が姿を見せた。

 空洞は直径約10メートルで、タワー本体の頂上(地上約470メートル)まで貫く予定で、現在は200メートルほど延びている。空洞内には、地震の揺れを低減するための鉄筋コンクリート製の巨大な円筒「心柱(しんばしら)」や非常階段が作られる予定だ。

 11月21日に東京スカイツリーの写真を撮りに行ったばかりだったので,タイムリー(?)なニュース。
 工事中の東京スカイツリーの外観を見る限りでは,内部の空間は少なそうに見える。しかし,読売新聞のWebサイトの写真を見ると,巨大な空間が残っているようだ。

 現在でも相当に高い(西新宿の高層ビル群並)東京スカイツリーも,完成時にはさらにこの3倍の高さになるのだから驚く。完成時が楽しみだ。

 以下は11月21日撮影した写真から……

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 押上二丁目交差点付近。

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 東武伊勢崎線の業平橋の車庫から。

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 北十間川と東京スカイツリー。

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2009年11月22日

500系は来年2月に東海道から引退へ

 さよなら新幹線「500系」 東海道から来年2月引退へ(産経ニュース)

 21日午後0時13分、来年2月末で東海道区間(東京-新大阪)から姿を消す、新幹線500系が博多から到着すると、大勢のファンや子供たちが、速さを追求したくさび形の車両を取り囲んだ。東京駅で1日1回繰り広げられる、折り返しまでの17分間の“ショータイム”だ。

 新幹線の車両で,誰もがカッコいいと思っている500系車両が,来年2月には東海道から引退することが決まったようだ。

 500系は先頭車両の座席数や扉の制限が大きく運用が混乱するとか,JR西日本が開発した車両だとか,いろいろ問題やメンツはあるのだろう。融通を利かせるとか,柔軟に運用するとかができればいいのだが,最近は電車が少し遅れただけで駅員に食って掛かるような融通の利かない人も多いわけで,残念だが仕方のないことなのだろう。

 0系新幹線が東海道線内から引退したときには,記憶では驚くような大騒ぎとなったはず。山陽新幹線では走り続けるわけだから,もう少し冷静なセレモニーをしてほしいものだ。

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 姫路を出てひとつ目の相生駅で,通過列車を待ち合わせる500系こだま。
 500系の電車が各駅停車のこだま号に使用され,他の電車に追い抜かれるのを見ると,なんだか寂しい気がする。

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 500系こだまが岡山駅に到着。どこから見ても美しいフォルムの車体だ。

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2009年11月20日

東海道新幹線が最高速度300km/hを目指す

 東海道新幹線、最高速度300キロ目標 葛西会長が表明(朝日新聞)

 JR東海の葛西敬之会長は19日、東京都内で講演し、東海道新幹線の最高速度を現在の270キロから300キロに引き上げる考えを明らかにした。最もきつい半径2500メートルのカーブも280キロで走るという。最短2時間25分で結んでいる東京—新大阪(552.6キロ)は、数分程度、短縮されるとみられる。

 車両がすべて、カーブで車体を内側に1度傾ける装置を備える、最新の「N700系」に置き換わるときに実現させたいという。N700系は16日の試験走行で瞬間的に時速332キロを記録した。


 車両のすべてがN700系に置き換わったときに実現させたいということは書いてあるが,それが何年のことになるのかの記述は見つからなかった。記者は質問しなかったんだろうか。

 ちなみに,JR東日本の東北新幹線は,2011年春のE5系投入で最高速度を300km/hまで上げ,さらに2013年春には320km/hまで引き上げる計画だそうだ。

 なお,山陽新幹線でこだま号として走っている500系新幹線は,すべての車両がN700系に置き換わったときにはお払い箱なのだろうか。ちょっと気になる今後である。

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 2003年4月26日。東海道新幹線名古屋駅のホームに停まっているのは,新幹線の車両の中でも異彩を放つ500系。
 圧倒的なロングノーズと円筒形の車体は美しく,未来派のマリネッティが今も生きていたら大喜びするだろう。
 この列車のフォルムは,「サモトラケのニケ」よりも美しい!

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 2001年7月2日。小郡駅に停車中の0系新幹線を500系新幹線が追い越す瞬間。

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小惑星探査機「はやぶさ」帰還運用再開!

 探査機「はやぶさ」、奇跡の復活…予定通り帰還へ

 奇跡の復活――。4台あるエンジンのうち3台が停止し、小惑星イトカワから地球への帰還が危ぶまれていた日本の探査機「はやぶさ」について、宇宙航空研究開発機構は19日、故障していた2台のエンジンを組み合わせて、1台分のエンジンの推進力を得ることに成功したと発表した。

 幾たびものトラブルを乗り越え,小惑星探査機「はやぶさ」がまた復活した。

 「はやぶさ」が満身創痍(4つあるイオンエンジンのうち2つが故障)の状態で地球に向かっていた11月4日,残る2つのエンジン(エンジンCとD)のうちひとつ(エンジンD)が自動停止していることが判明し,残りの1つのエンジンCのみでは十分な推進力が得られず,地球への帰還が危ぶまれるとの発表があった。
(エンジンAは打ち上げ直後,エンジンBは2007年4月に異常が生じていた)

 発生するトラブルを何度も乗り越えてきた「はやぶさ」だから,また何かやってくれそうな希望を持とうと思いつつ,今回ばかりはもうダメかなという気がしていた……。

 そして今日11月19日,JAXAが記者会見を行い,停止していたイオンエンジンAの中和器とイオンエンジンBのイオン源を使って,十分な推進力が安定して得られることがわかったことから,地球への帰還運用を再開すると発表したのだ。
 このまま推進力を維持できれば,予定通り2010年6月に帰還可能だという。

 それにしてもこの危機対応力はすばらしい。「はやぶさ」が持っているイオンエンジン用の電源は3台。それぞれが同時に異なるエンジンのイオン源と中和器を運転できるように回路を設けていたそうだ。こういう想像力があるからこその「はやぶさ」復活である。

 地球に「はやぶさ」が帰ってくるのを楽しみに待ちたい。

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 平成21年11月19日 JAXAのプレスリリースより
 小惑星探査機「はやぶさ」の帰還運用の再開について

 宇宙航空研究開発機構(以下:JAXA)は、平成21年11月9日にご報告いたしました、小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンの異常について、その対応策を検討してきました。その結果、今後の運用に対する見通しが得られましたので、イオンエンジンの状況を注視しつつ帰還運用を再開することとしました。

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2009年11月19日

「北1西2」交差点が3カ所もある札幌の街

 札幌の街の交差点名が面白い。

 街歩きが好きなので,地図(最近はもっぱらiPhoneのGoogle Map)とカメラを片手にブラブラすることが多い。後でブログにまとめるときの目印となるように,交差点名もできるだけ撮影しておくようにしている。
 戸惑うことと言えば,普段は「交差点名を知りたいが,どこにも書いてない。どこにも載っていない」ことぐらいなのだが,札幌の街は戸惑うことばかりである。同じ名前の交差点が複数あるし,街の写真を撮り,交差点名を確認し,交差点を通り過ぎてから交差点方向を振り返ると,直前に確認した交差点名とは異なっていることがあるのだ。

 Mapion の札幌市役所付近の地図は以下のようになっている。

「北1西2」交差点が3カ所もある札幌

 札幌市役所の北側を通る北1条雁来通には「北1西2」交差点が2カ所ある。札幌市役所の東側と西側にひとつずつ。さらにその北側(北2条通)にも「北1西2」がある。「北1西2」交差点は合計3カ所あることになる。

 北1西3交差点にある武田りそなビルの前にいる人を,地図の右上のピア2・1ビルに案内する場合,こんなことになってしまう。

 北1条雁来通を東に歩くと「北1西2」がある。そこでは曲がらず,二つ目の「北1西2」を左に曲がり,北へ歩くと「北1西2」がある。その「北1西2」交差点の北東の角にピア2・1ビルがある……。

 これじゃ,わけがわからない。

 地図を見てその理由を考えてみる。

 札幌の街は基本的に碁盤の目状になっており,大通を境にして北側は北1条,北2条……,南側は南1条,南2条……と規則正しく並んでいる。
 東西方向も同様に東1条,東2条……,西1条,西2条……となっていれば,それこそ碁盤の目と同様に(「17の4」というふうに)交差点名は一意的に決まることになる。

 ところが,なぜか東西方向は,通りではなく「区画」に東1丁目,東2丁目……,西1丁目,西2丁目……と振られているのだ。それゆえ,北1条通は西2丁目の角のところに2カ所交差点を生じることになる。また,南北方向も完全に通りが基準になってはおらず,通りの中心が住居表示の境になっているところがあるため,南北方向にも「北1西2」交差点が2カ所生じるような事態となっている。

 東西方向が通りではなく「区画」になっているのは,たぶん住居表示のためだと思われるが,札幌のような計画的に作られた街がどうしてこうなってしまったのだろう……という印象である。

 碁盤の目状になった札幌の街が,南北で少し傾いていることはよく知られている。街が出来た頃の測量精度が低くて,現在の中心街から広がった街と山鼻付近から広がった街が融合したときに,誤差を生じたのが原因だと聞く。
 元々札幌の街は,200万人近い大都市になることを想定して作られていなかったのかもしれない。

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 電車事業所前電停付近の交差点を曲がる電車。交差点は「南21西15」となっている。

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 同じ交差点を西側から見たところ。正面の信号機には「南22西14」と表示されている。また,左側の信号機は「南21西14」となっている。

 つまり,「南21西15」「南22西14」「南21西14」は同じ交差点だが,交差点に進入する方向によって名前が変わるのである。

 車を使って道路を真っ直ぐ走っているぶんにはわかりやすい表示なのかもしれないが,ブラブラ街歩きをすると,頭の中がこんがらがってしまうような街である。

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2009年11月18日

ひたちなか海浜鉄道湊線……「善戦?」

 輸送人員は増えたものの(残念ながら)赤字だということで,「善戦」という言葉が選ばれたのかな。

 ひたちなか海浜鉄道善戦(朝日新聞)

 昨年4月に第三セクターになった「ひたちなか海浜鉄道」は17日、今年度上半期(4〜9月)の決算を発表した。景気悪化による通勤客の減少や高速道路の休日割引などの逆風に対し、観光客を呼び込む企画やグッズ販売を仕掛け、輸送人員は40万7763人と、前年同期より1・7%伸ばした。ただ、値引きにより売上高は同1・6%減の1億1891万円、最終損益も2186万円の赤字を計上した。


 正直なところ鹿島鉄道などのように廃止されてしまうのかと思っていたが,第三セクターとなってからは土俵際で頑張っているようだ。今後にも期待したい。

 とはいえ,利用客の多くが通学客という状況は変わっていないので,少子化が進むこれからはますます厳しくなりそうだ。

 利用客の推移を,Wikipediaから拾ってみると以下の通りとなっている(茨城交通時代の情報を含む)。

 1980年150.8万人/年
 1985年146.8万人/年
 1990年150.0万人/年
 1995年113.1万人/年
 2000年 88.8万人/年
 2005年 78.5万人/年
 2008年 75.5万人/年

 そして今年度上期は40.8万人。長期的な減少傾向に歯止めが掛かっているかどうかは微妙なところである。
 この鉄道は,茨城交通時代から鉄道ファンを呼び込む努力をしており,その熱意も伝わってくる。機会があればまた乗りに行ってみたい。

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[2002年11月4日]中根駅付近を走るディーゼルカー。

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[2002年11月4日]中根駅で列車を待つ。

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[2002年11月4日]那珂湊駅。いろいろな車両が停まっていて楽しい。

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[2002年11月4日]終点阿字ヶ浦駅。天気が回復し,構内に放置されている古い車両(写真右奥)の上に虹が出た。

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[2002年11月4日]阿字ヶ浦駅。夏には近くの阿字ヶ浦海水浴場を利用する客で賑わうが,季節外れのこの日はひっそりしていた。

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2009年11月16日

姫路市営モノレールが1日だけ一般公開!

 旧姫路モノレール、35年ぶり日の目 1日だけ一般公開(朝日新聞)

 昭和40年代、兵庫県姫路市が8年間運行した旧姫路モノレールの車両が15日、35年ぶりに旧手柄山駅舎の格納庫から出され、1日限定で一般公開された。

 モノレールは市内で開かれた博覧会に合わせて開業し、3両編成で姫路駅と手柄山中央公園の1.8キロを5分で結んだ。しかし、乗客が増えず、74年に運休された。

Osk200911150046  旧姫路モノレールの車両を見に大勢の人が訪れた=兵庫県姫路市の手柄山中央公園(朝日新聞)
Osk200911150045  公開された旧姫路モノレールの車両=兵庫県姫路市の手柄山中央公園(朝日新聞)

 写真を見てびっくり。車両が非常にキレイなまま保存されているではないか。
 一般公開,そしてその後の手柄山中央公園内での展示に向けて,多少キレイに手を入れたのかもしれないが,ジュラルミン製の車体は今すぐにでも走り出せそうなほどの美しさに見える。

 姫路市では,手柄山中央公園内の旧駅舎を改修し,この姫路市営モノレールの車体を展示する予定だそうだ。

2008年5月1日 (木曜日):「ノスタルヒアス姫路」写真撮っけど,さすけねがい?

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[2008年5月1日]姫路市営モノレールの廃線跡が残る一郭。

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[2008年5月1日]桁は外され橋脚だけが残っている一郭。

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[2008年5月1日]西駅前町の交差点付近から姫路市営モノレールの遺構を振り返る。

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2009年11月15日

RICOH GXRの衝撃度

 11月10日に発表されたRICOHのGXRについては,やっぱり語っておきたい。
 ただ,書いている時間もそれほどないので,とりあえずTwitterでつぶやいたことをささっとまとめるかたちにしてみた。

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 まず,現在私が使用しているGR DIGITAL II。GR LENS f=5.9mm 1:2.4 という,実際の焦点距離と開放F値が記されている。
 GXRのセンサーはAPS-Cサイズになるという噂は以前からあったので,フィルム時代のGR1の名レンズGR 28mm F2.8 に近づけたGR 18mm F2.8 ぐらいのカメラを期待してみたのだったが,期待はすっかり(良くも悪くも)裏切られた。

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 これが発表されたGXR本体と,GR LENS A12 50mm F2.5 MACRO カメラユニット。レンズとセンサーを一体にしてカメラユニット化し,ユニット単位でレンズとセンサーの組み合わせを交換するようになっている。

 まず,このシステムを某社のように「一眼」カメラと呼んでいないことは評価したい。

 噂サイトには,「レンズ・センサー一体式」「バヨネット式マウントではなく,スライド式マウント」という噂がずいぶん前から流れていて,まさかとは思っていたが,噂から想像していたものに意外に近いものが出てきたという感じだ。APS-CセンサーでのコントラストAFになるが,AF速度は実用的なものになっているだろうか。ちょっと不安を感じる。

 大きなサイズのセンサーを積んだユニット,既存の各社バヨネットマウントを搭載したユニット(Mマウント用とかKマウント用とか),小さなセンサーを使った超望遠用・顕微鏡用ユニットなど,想像できるユニットは自由自在だ。

Ricoh_gxr
 GXR本体。実際に手にしてみないと判断はできないが,マグネシウム合金シャシはガッチリしてそう。ただ,画像を見る限りでは外付けEVFとレンズの光軸がズレが大きく,しかもEVFの取り付け位置がGXR本体の中心に近いので右目では覗きにくいし,左目が利き目の人はさらに辛いことになりそうな予感がする。

 リコーの発表時の資料を見ると,「リコーの絵作り……一眼に比べ,少し高めのシャープネス」という表現があって,エッジ強調の強い画像は今後も続きそうだ。CaplioGXとGR DIGITAL II を使ってて,最も不満に感じるのがエッジ強調画像なのだが,今後もそれが続くのは残念だ。

 WebであれこれリコーGXRの記事を読みあさったけど,マウント情報(ピンアサイン等)の公開という言葉がどこにもなかった。RICOHの話としては,「積極的に公開するつもりはないけど,一緒にやりたいということであれば閉ざすつもりはない」そうだが,もっと積極的に公開するようにすべきだと感じた。

 たとえばDP1のボディ造りに悩んでいるように見えるシグマが,FOVEON X3を搭載した互換レンズユニットを出してくるとか,富士フイルムがm4/3を搭載した互換レンズユニットを出してくるとか,そういうことが盛んになるように,マウント情報を積極的に公開してほしい。公開しないと絶対に後悔する。

 リコーは,かつてマウント情報を公開していたPENTAX Kマウントの一眼レフを出して「リコーのサンキュッパ」で人気になったけれど(50mmレンズが付いた一眼レフが三万九千八百円だから激安だ),AE/AF化でPENTAXが情報を非公開にしたことで,じり貧になった歴史がある。マウント情報を積極的に公開することの重要さを肌身で感じていたはずだ。

 AppleはiPod/iPhoneのDockコネクタ情報を積極的に公開し,それはもう完全にデファクトスタンダードになっている。世の中にiPod/iPhoneに対応した周辺機器メーカーの製品があふれているのは,AppleがDockコネクタの情報を公開したからなのだ。

 最後に,誤解を招きそうなレンズの焦点距離表示は,やっぱりマズいんじゃなかろうか>RICOHさん

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2009年11月14日

肥薩線100周年……だが

 肥薩線100周年記念イベント(朝日新聞)

 肥薩線は八代(熊本県八代市)—隼人(鹿児島県霧島市)間の124・2キロ。人吉(人吉市)—吉松(鹿児島県湧水町)間の愛称「山線」35キロが1909(明治42)年11月21日に開通し、全線がつながった。

 鉄道資料展は約230点を展示。SLや電気機関車の銘板や前照灯、ヘッドマーク、明治や昭和の古い絵地図や路線図、写真が並び、肥薩線沿線の模型やミニ列車が走る鉄道模型もある。

 当初は鹿児島本線だっただけに,肥薩線は明治時代の全通である。

 熊本と鹿児島を結ぶだけではなく,熊本と宮崎を結ぶ路線として特急「おおよど」が走っていたこともある路線だが,現在は見る影もない。人吉から八代側,吉松から隼人・鹿児島側には現在も特急列車が走っているとはいえ,正直なところ特急料金を取るようなレベルの列車ではないように見受けられる。

 なにより,肥薩線のウリである車窓のすばらしい人吉−吉松間の列車本数が少なすぎて,途中下車して楽しめるダイヤになっていない。存続することだけで精一杯の単なるローカル線ならいざ知らず,観光列車「いさぶろう」・「しんぺい」を運行している路線において……である。肥薩線の列車に乗ってみたいと思い,時刻表を見て乗るのをあきらめている人は多いはず。残念なことである。

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[2003年8月1日]肥薩線,真幸−矢岳(やたけ)間の矢岳越えの区間は霧島山やえびの高原を見下ろすことができ,日本三大車窓のひとつと言われる。

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[2003年8月1日]矢岳駅(熊本県人吉市)に到着。ここで列車はしばらく停車する。肥薩線には,大隅横川駅や嘉例川駅など,開業当初からの木造駅舎が残っている駅が多い。

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[2003年8月1日]大畑駅でも長時間停車となる。列車はここで進行方向が前後入れ替わる。有名な大畑ループのスイッチバックである。

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[2003年8月1日]人吉駅で発車を待つ急行「くまがわ」。

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2009年11月12日

糸魚川駅の「赤レンガ車庫」の解体が決定的に

 レンガ車庫歴史に幕/JR糸魚川駅構内(朝日新聞)

 糸魚川市のシンボルの一つ、JR糸魚川駅構内の「レンガ車庫」の解体が決定的になった。建物をそのまま駅南側の駐輪場予定地に移動させる「曳家(ひきや)」案を提示し全面保存を求めていた市民団体に対し、市は10日夕、北陸新幹線の建設工事に支障が出て実施できないとする結論を示した。今後は、部分切り取り保存に向けて双方で協議し、JR西日本に要請することになった。


 糸魚川駅を通るたびに,気になって写真撮影していた赤レンガ車庫だが,とうとう解体されてしまうようだ。

 糸魚川には北陸新幹線の駅ができる。地図を見ればわかるように,普通に計画すれば在来線糸魚川駅の南側に高架駅を作ることになるので,ちょうど赤レンガ車庫の位置に新幹線の駅がかぶってしまうのだろう。

 北陸新幹線糸魚川駅計画の段階で,この赤レンガ車庫を残そうという強い意識が(関係者の中に)あれば,在来線駅の上に新幹線の駅を設ける等で回避することも可能だったのではないだろうか。糸魚川市長のコメントなどを読むに,そういう強い意志は感じられない。
 ひょっとしたら(単なる推測・妄想),新幹線の工事に合わせて,在来線の糸魚川駅も一緒に高架化することを計画していたのではないだろうか。そうだとすると,現在の糸魚川駅の広さを見れば,もう鼻から赤レンガ車庫を残すことは考慮していなかった可能性が高い。

 全国に存在した赤レンガ車庫のほとんどは,もう既に撤去されてしまっている。個人的には,大糸線のディーゼルカーも含めて,近代遺産が重要視されずに簡単に消えて無くなってしまう状況を嘆かわしく思う。
 でも,ぶっちゃけて言うと,世の中の大多数の人は,赤レンガ車庫の歴史的な価値がどうこういうことにはほとんど関心がないんだよね。私が現在住んでいる横浜のみなとみらい地区には赤レンガ倉庫群が現存し,観光地としてとても賑わっているけど,観光に来ている人のほとんどは「お洒落に整備された場所」に遊びに来ているだけで,その中心にある赤レンガ倉庫の歴史的価値に興味なんか無いんだから。ハリボテのレプリカだって全然構わない人ばかり。記念撮影だって,「赤レンガ倉庫」って大きく書かれた案内板バックだからねぇ。

 糸魚川の赤レンガ車庫がどうなるかはわからない。けど,残そうと尽力した人たちがいたことは,どこかに記録として残してほしいね。

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[2005年8月14日]夕方,大糸線のディーゼルカーで糸魚川駅に到着したときに撮影。一日中天気が悪い日だった。

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[2005年8月14日]少し場所を変えて撮影。越屋根の付いた見事な赤レンガ車庫である。非常に綺麗なまま残っているところを見ると,よほど丁寧に使われていたのだろう。

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 以下は拙ブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』の記事から。

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[2005年4月30日 (土曜日)]:大糸線のディーゼルカーを撮る
 糸魚川駅に到着し,乗ってきた電車を見送る。
 貨車,煉瓦造りの車庫,ディーゼル機関車……,昔から変わらない糸魚川駅の光景である。

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[2005年8月14日 (日曜日)]:大糸線でリベンジ。
 根知駅で対向列車と列車交換。

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東京メトロと都営地下鉄が統合協議

 東京メトロ、都営地下鉄と統合協議 メトロ社長が言及(朝日新聞)

 東京地下鉄(東京メトロ)の梅崎寿社長は11日、東京都営地下鉄と経営統合を視野に入れた協議を行っていることを明らかにした。メトロ側は、統合にあたっては都営地下鉄が抱える巨額の累積赤字の解消が必要とみており、短期間での統合実現には課題も多い。

 東京メトロ(元・帝都高速度交通営団)と都営地下鉄の統合については,以前から話は何度も出ているが,ここへ来て東京メトロの社長が言及したということは,「協議は続けてまっせ。頓挫してるわけじゃないよ」ということを言いたかったのかもしれない。

 巨額の累積赤字も含めて統合されるわけだから,初乗り運賃等が高い方に合わせて値上げされることも考えられる。しかし,それを考慮しても,乗り換え運賃が不要になるとか,乗り換え口を一緒に整備すれば乗り換えが便利になるとか,利用者が得るメリットは大きい。

 問題が多く,協議には時間がかかるかもしれないが,前向きな姿勢で臨んでもらいたい。

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 神田川に架かる聖橋(ひじりばし)の上から秋葉原の方向を見ると,川面近くを走る東京メトロ丸ノ内線の電車が見える。[2004年9月4日撮影]

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2009年11月11日

置き傘のある駅っていいね

 置き傘の心遣い10年に(2009年11月05日・朝日新聞)

 「雨でお困りの方、傘をお貸しします」。大津市内を走る京阪電車石山坂本線と京津(けいしん)線の26駅すべての降り口に、傘立てが置かれている。「あいあい傘」と名付けられ、駅員に声をかけてもかけなくても、自由に持ち帰っていい。

 忘れ物を利用した置き傘は,大津市内だけのサービスだそうだ。「ローカル線ならではの……」と京阪電車大津鉄道事業部がいうように,ローカル線には置き傘があったり,待合室に手作りの座布団があったりして気分が和む。
 大津市内の京阪電車石山坂本線と京津線というと,ローカル線というには運転本数も多い都市部だから,そこに置き傘が成立する環境があるというのはうらやましい気がする。

 2000年のゴールデンウィークに,今は無き名鉄竹鼻線を乗り歩いたときにデジカメで撮った写真から数枚……。

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 2000年5月5日,名鉄竹鼻線の牧野駅にて。
 なぜ牧野駅で下車したのか覚えていない。とてもきれいな置き傘だった。自治会の方が置いているものだったらしい。

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 牧野駅には羽島市の無料貸し自転車も置いてあった。名鉄竹鼻線をご利用の方はご自由にお使いください……だって。治安の悪いところだったら,こんなこと絶対に成立しないよね。

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 2000年5月5日,同じ名鉄竹鼻線の八神駅。竹鼻線の終点大須駅のひとつ手前の駅だった。
 八神駅も牧野駅もホームは2両分の長さしかなく,4両編成の電車がはみ出して停まっていた。

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2009年11月 8日

長野電鉄村山橋架け替え ─ 鉄道道路併用橋の歴史に幕

 83年の歴史に幕 長野・須坂境の村山橋(2009年11月08日 朝日新聞)

 須坂、長野市境を流れる千曲川に架かり、列車と自動車が並走する珍しい橋として知られた村山橋(全長814メートル)が6日夜、83年の歴史に幕を下ろした。老朽化した橋に代わって、新村山橋ができたためだ。古い橋は取り壊される予定で、通勤・通学で親しんできた市民や鉄道ファンからは「寂しい」と惜しむ声が聞かれた。

 鉄道ファンに人気だった名鉄犬山線の犬山橋(木曽川に架かる)が鉄道専用橋になってからは,普通の鉄道と自動車が併走する鉄道道路併用橋は,確かここ長野電鉄の村山橋が最後だったはず。

 東京・お台場のレインボーブリッジも,新交通システム・ゆりかもめと道路の併用橋だが,まぁ,あれは新交通システムなのでカウントしないことにする。もちろん路面電車も。

 何にしろ,長く使われてきたものが使われなくなる瞬間は寂しいものだ。
 珍しい鉄道道路併用橋の写真を撮ろうと,村山駅で下車して村山橋の袂まで行ったことがあるのだが,残念ながら(腕が未熟だったので)期待したような写真が撮れなかった。
 いずれもう一回撮りに行きたいと思っても,それを思い出すのは廃止直前のニュース。他の人と並んで撮影するのは大の苦手なので,結局遠い空の下から別れを惜しむだけになってしまう。

 ところで,朝日新聞の記事によると,旧村山橋を電車が走るのは11月6日夜が最後だったらしい。新村山橋の鉄道部分は8日に工事を終え,9日の始発から電車が走り始めるとも書いてあるので,7日と8日はこの区間の電車は運休になるように読める。本当に2日間も運休にしたんだろうか?

弊ブログ 「写真撮っけど,さすけねがい?」から
 ・村山駅で下車して撮った村山橋の写真が見あたらない……(どこへやった?)

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 [2008年8月12日 (火曜日)]須坂駅のホームに長野行きの各駅停車が入ってきた。

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 [2005年9月24日 (土曜日)]湯田中駅。旅の人達が思い思いに長野電鉄の電車を撮影する。

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 [2005年9月24日 (土曜日)]長野行き特急電車が村山橋で千曲川を渡るときの車窓。

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銚子電鉄に伊予鉄道からの譲渡車両が届いた

 老朽化車両を更新 1962年製4両入線作業 銚子電鉄(千葉日報社)

 銚子電気鉄道(本社・銚子市、小川文雄社長)が、伊予鉄道(本社・愛媛県松山市)から購入した新型車両4両の入線作業が4日深夜から始まった。銚子港から線路への搬入口となる笠上黒生駅まで大型トレーラーで運び、クレーンで降ろす大作業は6日早朝には完了。その後、点検整備を実施し、年度内にまず2両の運用を開始。4両すべての車両確認書が交付された後、残存2両と合わせ6両4編成で運用するという。

 銚子電鉄に届いたのは,元京王電鉄の車両。20年以上も前に伊予鉄道に譲渡されたものだ。そういえば,現銚子電鉄のデハ801も伊予鉄道から譲渡されたものであり,今回の車両譲渡のきっかけになっているのかもしれない。

 銚子電鉄のヘロヘロ線路を走るには,ちょっと車両が大きすぎるんじゃないかと思うのだが,平行して線路の補強工事を行うとのこと。

 新型車両導入で旧車両3両が廃車となる。デハ702が来年1月下旬、デハ701とデハ801が3月下旬の予定。動態保存が検討されている801以外の2両は売却する方針。

 ということで,銚子電鉄が現有している旧型車両は,とうとう廃車となってしまうようだ。そのうちにサヨナラ運転会のようなイベントが開催されるかもしれない。普段の姿を写真におさめたいひとは,早めに出かけたほうが良さそうだ。

拙ブログ 「写真撮っけど,さすけねがい?」から
  2006年11月4日 (土曜日):銚子電鉄と外川港の街並み

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 本銚子駅の上を通る跨線橋から。

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 君ヶ浜駅近くを走る。

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 君ヶ浜駅近くの線路に近づいて撮影。

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 犬吠埼灯台。

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 外川港の街並みから外川駅に戻ると,ちょうど電車が到着したところだった。

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2009年11月 5日

初の本格的な新規設置として期待された堺市のLRTは白紙に

『次世代型の路面電車、堺市が中止申し入れ(読売新聞)』

 堺市が、南海電鉄と阪堺電気軌道に対し、両社による市中心部での運行を計画していたLRT(次世代型路面電車)整備の中止を申し入れたことがわかった。

 中止を公約に掲げて初当選した竹山修身市長が10月に就任して以後、市が関係機関に中止を表明したのは初めて。LRTが本格導入されれば、全国の自治体で富山市に次ぐ2番目、大都市では初の先進的な施策だったが、白紙に戻ったかたち。

 富山のLRTは既存の富山港線を改良したものだし,広電は見事なLRTを従来から作り上げている。しかし,既存の路面電車がない区間(南海高野線堺東駅−南海本線堺駅)にLRTが導入されるとしたら,それは画期的なことだ。今までずっとマイナスだったことが,初めて本格的にプラスになるからだ。

 しかし,堺東駅−堺駅の区間では線路のために道路が一車線に減ることなどから,沿線住民の反発は大きかったようだ。9月の市長選で当選したのはLRT新設事業反対派の候補者だった。
 都心部が空洞化し,人口も減りつつある政令指定都市堺市の将来を考えると,自家用車依存の社会からの脱却を考える必要があり,LRTは低コストで大きな効果もたらすことが期待できたはずだ。

 さらに心配なのは現阪堺線の今後である。LRT新設事業については選挙公約でもあり中止になる可能性が高いが,堺市から大阪までを結んでいる阪堺電車は,LRT化計画と一体になって基盤を整備する予定だったのだ。赤字運営が続いているという阪堺電車は,LRT化による経営改善を目論んでいただけに,今後の存続策の議論に注目したい。

 10月29日に3者が会談し、市側が中止を伝えた。赤字が続き、LRT化での経営改善を目指していた阪堺線の今後の存続策については、市と阪堺側で検討を続ける。

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写真撮っけど,さすけねがい?『阪堺電車で浜寺公園へ』から

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[2007年5月2日 (水)]神明町電停(大阪府堺市堺区)付近。綾ノ町駅を過ぎ,堺市の中心部では紀州街道の広い道路の中心部分の専用軌道を走る。

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2009年11月 2日

東海地方ってどこ?

 東海地方はどこからどこまでなのかが,職場の飲み会の時に話題になった。

 「東海地方に静岡は絶対含まれる」と主張するI氏と,「愛知・岐阜・三重が東海地方」と主張するM氏が自説を曲げない。
 どっちでもいいじゃん。大した問題じゃないよ,とも思うけど,まぁ個人的にはI氏の主張が妥当だとは感じる。愛知・岐阜・三重が東海三県というのは,東海テレビの放送地域のことであって,東海地方のことではない。江戸時代の東海道が通っていたのは,静岡−愛知−三重−滋賀で,岐阜県は通っておらず,岐阜を通っていたのは中山道(東山道)だ,というのが私の認識である。

 しかし,ご両人にとっては重大な問題なのかもしれないし,興味がないわけじゃないので,手元の地図で東海地方がどのように扱われているのか,ちょっと調べてみることにした。

 まず,昭和25年版の中学校社会科地図帳(帝国書院編集部編)から。
 私が昭和25年当時に中学校で使った地図帳というわけではなく,最近復刻版を購入したものである。

■ メインとなる地図
 ・北海道地方:現北海道
 ・奥州地方:現東北地方
 ・関東地方:現関東地方
 ・中部地方:新潟,富山,石川,福井,山梨,長野,岐阜,静岡,愛知
 ・東海地方という表示はない
 ・近畿地方:三重,滋賀,京都,大阪,兵庫,奈良,和歌山
 ・以下省略

■ 昔の畿道と国
 ・東海道:常陸,下総,上総,安房,武蔵,相模,甲斐,駿河,伊豆,遠江,三河,尾張,伊勢,志摩,伊賀
 (昔の東山道,東海道,北陸道……の分類。関東の東側から三重県までが東海道に分類されている)

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■ 一毛作と二毛作地
 ・東海:静岡県,愛知県,三重県
 ・東山:岐阜県,長野県,山梨県

■ 日本の米の生産と供出[日本統計年鑑昭和24年版 1947(昭和22)年度]
 ・東海区:静岡,愛知,三重
 ・東山区:山梨,長野,岐阜

◎ 昭和25年版中学校社会科地図帳によれば,東海≒静岡・愛知・三重
  ただし,「東海地方」という表記はない。

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 次に,昭和48年版の中学校社会科地図(帝国書院)から。

■ メインとなる地図
 ・中部・関東地方:昭和25年版とほぼ同一
 ・東海地方という表示はない

東海地方要部
 ・小田原,沼津,清水,静岡,浜松,豊橋,岡崎,名古屋,一宮,岐阜,大垣,四日市,津,松阪

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東海地方の工業
 ・地図に表記のある都市:三島,沼津,富士,富士宮,清水,静岡,焼津,藤枝,島田,磐田,浜松,浜北,湖西(すべて静岡県)

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■ 太平洋岸ベルト地帯の工業 (2)
 ・東海工業地帯:沼津,富士,清水,静岡,浜松(すべて静岡県)
 ・中京工業地帯:豊橋,岡崎,豊田,名古屋,春日井,一宮,岐阜,四日市,鈴鹿

■ 都道府県別の庁所在地・人口・面積および生産(表)
 ・中部地方:新潟,富山,石川,福井,山梨,長野,岐阜,静岡,愛知
 ・東海地方という表記はない
 ・近畿地方:三重,滋賀,京都,大阪,兵庫,奈良,和歌山

◎ 昭和48年版の中学校社会科地図によれば,東海地方≒静岡 or 静岡・愛知・岐阜・三重

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2009年11月 1日

二夜の夢 「くりはら田園鉄道」復活

 『台風18号で被災したJR名松線末端区間が廃止へ』の記事を書く際に,昔のくりはら田園鉄道の写真をあれこれと引っ張り出して懐かしく見ていたところで,今日の読売新聞のWebサイトを見て驚いた。

 2日間限定で「くりはら田園鉄道」復活

 2007年3月末で廃線になった「くりはら田園鉄道」(愛称・くりでん)が、2日間限定で復活することになり、31日、宮城県栗原市若柳の旧若柳駅で乗車会が開かれた。

 「復活」の文字に,一瞬自分の目を疑った……。

 栗原市産業まつりが10月31日と11月1日の2日間開催され,その一環として車両が保存されている旧若柳駅で乗車会が行われたそうだ。くりでんOBの運転で旧若柳駅から石越駅方面に約500mの区間を走行したと言う。若柳駅の石越駅側はすぐに田園風景が広がっていたはずなので,のんびりした懐かしい光景が見られたに違いない。

 2日間限定だけど,良いイベントだったようだ。

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 [2001年12月23日] 石越駅で発車を待つレールバス

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 [2001年12月23日] 沢辺駅での列車交換風景

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