« 2008年11月 | トップページ | 2009年2月 »

2008年12月の6件の記事

2008年12月28日

iPhoneで産経新聞が無料で読める…が複雑な気分

 2週間ぐらい前,iPhoneの無料アプリに『産経新聞』が登場して話題を呼んだ。産経新聞朝刊まるごとを、新聞そのまんまのレイアウトでiPhone/iPod touchで読めるんだから,話題にならないわけがない。

Photo
[iPhoneの画面コピー]
 広告の部分も含めて 1面からテレビ面まで,朝の5時に配信される。各面をスクロールして選択し,読みたい部分を拡大・縮小して読むことができる。実際に使ってみると,情報量の多さにもかかわらず,意外にさくさくと動く。

 今までの携帯電話では,ちょっと詳しいことを知ろうとすると「この先は有料になります!」という壁が立ちはだかることが多かった。それが,Webには無料でゴロゴロ転がっているコンテンツであってもだ。
 そんな中で,新聞の朝刊をまるごと無料で配信するという決断には驚かされた。どのようなビジネスモデルを考えているのか想像もできないが,とりあえず大いに評価したい。

 で,「複雑な気分」と書いたのは,実は産経新聞が数年前からWeb版の「新聞まるごと配信サービス」である『産経NetView』というサービスを実施してるからだ。こちらは無料ではなく,過去1ヶ月分のバックナンバーも読める契約では一ヶ月420円(直近1週間の新聞が読めれば良いということであれば315円)かかる。私は当初からこのサービスを享受している。

Netview
[縦置き24inchディスプレイ(縦1920×横1200)に表示した『産経NetView』の1面]
 アンチエイリアシングの効いた綺麗なフォントにより,部分を拡大せず,1面全体を読むことができる(ディスプレイを横置きにすると,iPhoneで読むときのように部分拡大してスクロールする必要が出てくる)。
 記事をスクラップしてPDFで保存するのも(Mac OS Xなら)簡単にできるので,正直なところ紙の新聞にはもう戻りたくない。

 とは言え,利用している『産経新聞』の情報は無料版のiPhoneアプリとまったく同じだ。月420円は激安価格だと思ってはいるが……(iPhone版が無料なのは嬉しいに決まっている)複雑な気分である。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月25日

PLAYBOY誌終刊前号の山口百恵インタビュー

081224195841

 月刊PLAYBOY誌が来年1月号をもって廃刊となる。終刊前号・終刊号にはこれまでのインタビュー記事の傑作選が再録されているという。そのインタビュー傑作選【前編】の中に,筑紫哲也が引退直前(1980年11月)の山口百恵に対して行ったインタビューが掲載されていることを偶然知った。

 ただ,それを知った時期が遅かったため,既に本屋に積まれているのはPLAYBOY誌の終刊号(1月号)になっていて,その記事が載っている終刊前号(12月号)はどこにも残っていなかった。しかたなく,近くのコンビニで受け取れるネット書店で注文し,今日さっそく受け取ってきたところである。

 月刊PLAYBOY誌を買ったのは,たぶん学生時代以来のことだから二十数年ぶりになる。昔から,綺麗なヌード写真と意外に硬派な記事が多い雑誌だという印象だっが,ややスノビッシュというかなんというか独特の雰囲気があって好きになれなかった。私の大好きなJAZZの特集も多かったように思うが,しゃれた蘊蓄を覚えよう的なノリの記事ばかりのように感じ,立ち読みすらしなくなっていった。

 そんなわけだから,月刊PLAYBOY誌が廃刊になるといっても,それを取り立てて言うほどの感慨はない。ただ,ふらふらと目的もなく,何かに集中することもなく過ごした学生時代の記憶を思い出させるきっかけにはなった。当時は平岡正明(ジャズ評論家であり『山口百恵は菩薩である』の著者である)の本に影響されてJAZZと山口百恵ばかり聴いていたこともあって,その当時の山口百恵のインタビューだけは何としても読んでおきたくなったのである。

081224195950

 インタビューは,百恵と確執のあった父親についての質問から始まっている。
 (「PB」はPLAYBOY側ということで,すべて筑紫哲也氏。ただし,終刊前号の記事は残念ながらインタビューの一部を省略しているので,全文掲載されている『暴走の光景 1』筑紫哲也著から一部分を追記し,その部分は「筑紫」としている)

【父について】
(引用開始---------------------------------------------
PB お父さんは今どこにいるんですか。
百恵 知らないです。
PB 最後にあったのは?
百恵 倒れてすぐですね,父が。
PB 足利の病院で。とすると,あれはあなたのデビューの翌年だから,もう満6年になるわけだ。最近の消息も聞いていない?
百恵 ええ,あまり聞きたいとも思いません。

---------------------------------------------引用終了)

 山口百恵は父を歌っていない。デビューしてすぐの歌の中に「パパ」が出てくる曲があるが,それはあくまでTVドラマの宇津井健に相当するもので,自分の父親を歌ったものではない。「いい日旅立ち」の中に,“父が教えてくれた歌を道連れに”という歌詞が出てくるが,これは作詞した谷村新司の無神経さ故だと思っている。

 そんな中,傑作アルバム『A FACE IN A VISION』の一曲目の「マホガニー・モーニング」に出てくる老人,これが父親だというのが評論家平岡正明の説である。花びらの下に座っている老人は,山口百恵の実の父親であり,褐色の肌の色というのは,父と離れて育った百恵自身の比喩であると。だから,高く滑らかなファルセットで「そっとそっとしてあげて」と優しく歌ったとき,山口百恵が大乗の菩薩として父親を救った,許したのだと平岡は解き明かしている。

 「マホガニー・モーニング」(作詞:阿木燿子,作曲:芳野藤丸)は,Pink Floydの「エコーズ (Echoes)」(アルバム『おせっかい (Meddle)』に収録)にそっくりの,無機質で静寂なゆっくりした長いイントロで始まる。

   はらはらと散ってゆく
   花びらの下で
   年老いたその人は
   一日座ってる

 花びらがはらはら舞い散る木は,曲名からするとマホガニーだろう。どんな花なのか,見たことがないので良くわからない。マホガニーは常緑広葉樹で,中国名では桃花心木と書かれる。桃の花に似ているのだろうか。センダン科マホガニー属に属することから,センダンの花に似ているのだろうか。

 作詞家の阿木燿子はどこかのインタビューで,この曲を南部アメリカのイメージで書いたと言っているのを読んだ記憶がある。マホガニーはドミニカの国花にもなっており,中南米では一般的な花なのかもしれない。もう少しこのへんの知識があれば,曲のイメージや解釈ががらりと変わってくることもありそうだ。
 ここでは,年老いた「その」人の「その」の距離感がポイントになる。年老いたあの人でもなく,年老いた人でもない。

   起きたまま見る夢を
   当ててみましょうか
   昔 市場で買った
   帽子と金の鎖

 花が舞い散る木の下で,老人は過去を回想する。もう自由に歩き回れなくなってしまった老人は,一日中ぼんやりと座ったまま,若かりし日の想い出の中に生きている。

   階段の踊り場では
   子供が遊んでいる
   褐色の肌の色

   そっと そっとしてあげて
   マホガニー・モーニング

   「マホガニー・モーニング」(作詞:阿木燿子,作曲:芳野藤丸)

 プレイボーイ誌のインタビュー記事を読むと,引退直前にあっても百恵は,父に対して阿修羅のごとき形相を向けているように見える。とても父親を許しているようには思えない。

 「マホガニー・モーニング」の老人が実の父だというのはわかる。年老いて今は動けなくなってしまったが,若い頃はテンガロンハットをかぶり金のブレスレットをしたプレイボーイで,あちこちに女を作ったりもしていただろう。そして,「その」人と表現されていることに,老人(=実の父)との距離を感じる。

 階段の踊り場で遊んでいる褐色の肌の子供は,やはり私生児としての百恵の暗喩だろう。「そっとそっとしてあげて」という歌いかけが,「老人をそっとしてあげて」ではなく,「(年老いたその人よ)褐色の肌の子供のことをそっとしてあげて」であるとすれば,感情のこもった見事なファルセットの「そっとしてあげて」は,父親を許したものではないと解釈できるのではないだろうか。


【結婚と仕事】
(引用開始---------------------------------------------
百恵 (略)結婚するっていったって,それが1年でだめになるかもしれないし,5年続くか,10年続くかわからないわけですよね。そういうことを考えると,本当は仕事を持ってた方がいいんだろうと思うわけだけれども。(略)最終的に,うんと年をとったときに,「ああ幸せだったわ」って思えればいい。だから,別に今から幸せを追っていくということじゃなくていいように思うんですよね。(略)
PB たとえば,結婚後の吉永小百合さんみたいな行き方を考えることはありませんか。
百恵 要するに,しぼって仕事をする,映画に出るという……。私は,歌にしろ映画にしろ,今の仕事に戻っていきたいとは思わないんですよね。
PB でも,30,40になればまた別な歌が歌えるでしょう。
百恵 欲というものは出しちゃえば切りがないんですよね。でも,今までのことを考えると,この7年半の間で私は思うぞんぶんやってきたし,それぞれに,こうだよって,はっきり自己主張できるような形でやってきたし,だから悔いも残らないし,未練もないし……(略)

PB 吉永小百合のことを訊いたから,もうひとり美空ひばりのことを訊きたいんだけど,あなたは,わりと早い時期から,ひばりの次の女王候補という言い方をされていた。一方は横浜,一方は横須賀という,わりと共通の雰囲気から出てきて,実力で一時代を築いた。もちろんキャラクターはまったく違うけれども,それは時代の違いであって,本質は意外と似ているんじゃないかしら。
百恵 はっきり言って,似ていてほしくないですね。私はあんまり好きじゃない──というと非常に失礼ですけどね。たとえ仕事をしていてもしていなくても,あそこまで孤独になってしまいたくない。

---------------------------------------------引用終了)

 インタビューのあった1980年当時,美空ひばりは暴力団との関係云々もあってNHKの紅白歌合戦に出場することもなくなるなど,メディアへの露出も少なくなってはいたが,それでも芸能界の女王だった。

 その美空ひばりに対して,「はっきり言って,似ていてほしくないですね。私はあんまり好きじゃない」である。これを聞き出したインタビュアーの筑紫哲也もすごいが,きっぱり言ってしまう山口百恵の度胸(or 醒めかた)もさすがだ。覚悟ができている人間というか,確信が持てている人間はやっぱり強い。

【70年代の象徴】
(引用開始---------------------------------------------
PB やっぱり70年代という時代が山口百恵を生んだという面があると思う。たとえばウーマンリブなんていうのは興味ありますか。
百恵 ないです。
PB じゃ,この10年間──というより,あなたが出てきてからの7年半でもいいや,時代の動きの中で何か興味を持ったものってありますか。(略)
百恵 そういう意味での興味っていうんだったらば,興味を持ちたい対象になるようなものがなかったという感じ。ただウーマンリブっていうのは,時間がなくて興味が持てなかったんじゃなくて,集団意識であんなもの叫んだってバカみたいっていう感じしかなくて。
PB ただ,厄介なことは,70年代を百恵の時代とすれば,それがウーマンリブの時代であったことと無関係ではないわけだ。女性の自己主張という一点にしぼってみてもね。
百恵 自己主張ということを言うなら,自己というものは集団ではあり得ないと思うんですよね。大事なのは本人でしょ。個人の意識であったりね。(略)叫んで,集団意識の中である程度世間に認められた上で「私は……」ってしゃしゃり出ていくのは,私はウソだって思うから,そういう意味においてのくっつけられ方はいやだったんですけどね。(略)
筑紫 そういう人たちから「百恵ちゃん,ヒヨったわね」と非難されることに対しては?
百恵 私は私だからしょうがないでしょって,はっきり言っちゃえばそういう感じですよね。

---------------------------------------------引用終了)

 今の若い人だと,「ウーマンリブって何?」かもしれない。当時は「翔ぶ女」や「キャリア・ウーマン」をキーワードとして,女性の地位向上,女性差別反対の運動が盛り上がり,その象徴として「プレイバック Part 2」で「馬鹿にしないでよ!」「坊や,いったい何を教わってきたの」と歌った山口百恵が語られることも多かったのだ。

 それが,百恵当人は「ウーマンリブには興味がない」「あんなもの叫んだってバカみたい」。そういう何か特定の集団の象徴とならなかったことが,かえって高度経済成長が止まって方向性がまるで見つからなかった70年代の象徴として,「山口百恵」がいまだに生き続けることを示唆しているのような気がする。

【泣かない女】
(引用開始---------------------------------------------
百恵 (略)たとえば何かプレゼントをしてくださった方が喜んでくれるような喜び方ができない。だから,人から物をもらうのがいやだし,どっかへ一緒に連れていってもらうのがいやだった。
筑紫 感じてはいるんだけど表現が下手だというタイプだと,芸能界にはあまり向いていないはずなんだけどね。
百恵 そうですね。
筑紫 居心地は終始悪かった?
百恵 悪かったというよりも,何でこんなことでガチャガチャ言われなきゃならないんだ,こんなところで泣こうが泣くまいが関係ないでしょ,ということはよくあった。たとえば賞をもらったからって決して最高ではない。それはあくまでも一部分の評価でしかないわけだし,レコードは売れてなくてもうんといいステージやってる人っているわけでしょう。一部分の評価でしかないもので,そこで自分が泣いた泣かないということで,こういう人間だと言われてしまうのが,すごくいやだったしね。
筑紫 そこではもう「張り合いのない子」であることに居直っているわけだ。(笑)
百恵 実際,賞をもらわなくても,私がやってきた仕事の中では全く支障をきたしていないですよね。新人賞でも,全部次点ばかりなんです。グランプリというのはひとつもない。それなのにちゃんとやってこれているんだから,賞なんて実は関係ないんじゃないかというのがすごくあって。何となく人間セリ市みたいな感じがしていやなんですよ,(略)

---------------------------------------------引用終了)

 わかっている人はわかっている。というか,ごく普通のまっとうな感覚の持ち主だったのだ。現実に,「グランプリというのはひとつもない」山口百恵の歌は,21世紀の今になっても燦然と輝いている。

 山口百恵がシャンソンの金子由香利を尊敬し,あこがれていたことはよく知られている。(金子由香利はシャンソン界きっての歌い手だから,レコードが売れてないというわけではないが)「レコードは売れてなくてもうんといいステージやってる人」がいるというまっとうな感覚は,そのあたりからきているのかもしれない。
(CDがたくさん売れていても,聴くに堪えない自称?アーティストが多すぎるのかも)

[参考文献]
081224233639
 筑紫哲也著『暴走の光景 1』すずさわ書店
 月刊PLAYBOY 1980年11月号のインタビューが全文掲載されている。なんと情けないことに,本エントリーを書くためにこの本を引っ張り出してきて,初めて,本書のインタビュー部分が月刊PLAYBOY 1980年11月号に掲載されたものだったことに気づいた。

| | コメント (6) | トラックバック (2)

2008年12月21日

哀愁のタンゴ Gotan Project

Gotan
La Revancha del Tango / Gotan Project

 バンドネオンの愁いを帯びた音色。バンドネオンに絡むバイオリン。格好良く支えるギター。そして……淡々としながらも官能的でエロいボーカル。
 以前,BSで放映された2006年のモントルー・ジャズ・フェスティバル (Montreux Jazz Festival) の映像を見て,ハマったのが Gotan Project だ。

 彼らの音楽は「タンゴとエレクトロニカの融合」と紹介されたが,そもそも「エレクトロニカ」という種類の音楽を私は知らない。リズムセクション(機械の打ち込み?)がやや単調な気がするのは,私が「エレクトロニカ」を理解していないゆえのことだろう。

 そんなことはどうでも良いし,アルゼンチンタンゴだろうがミロンガだろうがハバネラだろうが,とにかくバンドネオンの哀調を帯びた旋律が胸の中に入り込んできて,心臓を鷲掴みにするのだ。

1. Queremos Paz
2. Epoca
3. Chunga's Revenge
4. Triptico
5. Santa Maria (Del Buen Ayre)
6. Una Musica Brutal
7. El Capitalismo Foraneo
8. Last Tango In Paris
9. La del Ruso
10. Vuelvo Al Sur
11. Interlude
12. Confianzas
13. Epoca Muro Remixcour Tesy of Incredible Records / Lexington Co. Ltd. / Toy's Factory

---------------------------------------------


Lunatico / Gotan Project

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月13日

ポメラ熱が急速に冷める

 11月10日に発売開始となったキングジムの「ポメラ (pomera)」。「テキスト入力に特化」という魅力的なコンセプトに,ごく一部のGadgetマニアは騒然となった。


[株式会社キングジムのニュースリリースページ『デジタルメモ「ポメラ」 DM10 発売』の記事より]

 忘れかけていた記憶だったが,その「テキスト入力」のために,EPSONのWORDBANK-NOTE2や富士通のOASYS Pocket,NECのMobile GearなどのGadgetをいじくり回し,あれこれ悩んだころの甘い記憶が甦ってきた。
 ポメラが欲しい! ポメラを使ってみたい!……と,ポメラ熱が急上昇。

 冷静になって,詳細仕様を調べる。

◎ ATOK2007相当を搭載
 ── 私はMacもWinもATOK。現状ではATOK以外は考えられない。
○ 17mmピッチの折りたたみ式キーボード
 ── 撓み等は気になるが,タッチタイプできる大きさはぎりぎり確保か。
○ モノクロTFT液晶640×480ドットディスプレイ
 ── ディスプレイ周りの額縁が広くて萎えるが,まあ必要十分。
○ 単四アルカリ電池2本で動く
 ── 20時間も駆動すれば単四アルカリ電池で十分。ACアダプタ不要だし。
○ 電源スイッチオンから約2秒で起動
 ── VAIOノートのサスペンドからの復帰よりずっと早いのでありがたい。
 ── でも,MacBookのスリープからの復帰は2〜3秒だから,驚くほどではない。
× JIS配列キーボード
 ── 日本独自の製品だからあきらめざるを得ないが,魅力は半減。
× CAPSキーとCTRLキーの入れ替えは不可(これがわかるまで時間が掛かった)
 ── Backspace代わりの CTRL-h も使えないようだ。
× 変換候補からの選択時に数字キーは使えず,カーソルキー選択のみ

 最後の2件で一気にとどめを刺された。これではATOKのキーアサインの主力であるctrl+u,i,o,p,k,lや,ホームポジションでの操作が行えない(使いにくくてしかたがない)。

 「ポメラ」が発表されてから,大手のIT関係サイトには「ポメラ」のレビュー記事がたくさん掲載された。かなり詳細な記事が多いように感じたが,肝心の「CAPSキーとCTRLキーの入れ替えは可能か?」について言及している記事は出てこなかった。大手IT関係サイトの記者の皆さんは,ATOKでの文字種の変更にはファンクションキーを使い,文節の伸縮にはカーソルキーを使うなんてことをやってるんだろうか。

 そうこうしているうちに,「ポメラ」を購入した一般ユーザーの方のレビュー記事があちこちのブログで読めるようになり,CAPSキーとCTRLキーの入れ替えはできないらしいことがわかった。

 わかってみれば,「なーんだ,やっぱり」という気分である。
 急性症状を引き起こしたポメラ熱は,頭から液体窒素をかぶったかのように冷めていった。

#液体窒素は皮膚の表面で一瞬にして蒸発するから(量にもよるけど)水をかぶるより冷たくない,というツッコミは無し。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 9日

AF-S NIKKOR 50mm F1.4Gを使ってみて

 12月6日,7日の二日間,ニコンの新しい標準レンズであるAF-S NIKKOR 50mm F1.4Gを使ってみた。
 他の皆さんのようなシビアな条件での些細な違いを比較するような使い方はしないこともあって,特に不満を感じることもなく,安心して操作することができた。

081208203139

○(良かった点):
・SWM (Silent Wave Motor) 内蔵によるフルタイム・マニュアル・フォーカスは快適
 (もちろん,親指AF+シャッターボタンでのAF動作OFFでの話)
・まぁ納得できる程度の安定した画質(贅沢を言えばきりがない)
・機械的な造りがしっかりしている(旧50mm/1.4Dは前枠がカタカタ動いた)
・そこそこ小型軽量である
 (全般的にNikonのレンズはCanonの同等品より大きく重い傾向があるが,
  このレンズはCanonのEF50mm F1.4USMと同程度に収まっている)
 [Digital Photography Review (dpreview.com) の各社の50mmレンズの比較]
・高コントラスト部の色収差は旧50mm/1.4Dよりずっと小さい
・塗装がD3等のボディに似ていて,違和感がない

×(気になった点):
・わずかではあるが樽形ひずみ(歪曲収差)がある
・AF速度が速くない(AFが全群繰り出しなのでしかたないかも)
・ピントリングの動く感触がカサカサした感じで,官能的な魅力がない
 (MFレンズのような魅惑的な感触までは求めないが……)

△(その他):
・やっぱり「ナノクリ」ことナノクリスタルコートにしてほしかった
・前玉が大きくないので,口径食Vignetting(周辺光量落ち)は大きいかも
 (絞って撮ってばかりいるので実際のところは不明)
・次はAF-S 35mm F1.4Gをお願いします,と言いたい
・ボケが滑らかかどうか,二線ボケ傾向があるかどうかはあまり興味がないので不明

 絞り羽根の形状にも無頓着な私だが,最後にニコンの新旧50mm F1.4レンズのF2.8時の絞り羽根形状を参考まで。
(絞り羽根の枚数の回折光芒も,私はあまり気にならない)

・AF-S NIKKOR 50mm F1.4G (@F2.8)
081209002145
 9枚羽根で,かなり綺麗な円形絞りになっている。

・AF NIKKOR 50mm F1.4D (@F2.8)
081209002514
 典型的な7枚絞り羽根。絞り羽根が奇数枚だと回折光芒を抑える効果はあるので,そういう配慮はあるのかもしれない。このレンズが出た当時は,円形絞りだとかボケ味に強くこだわっていたのはミノルタぐらいだったので,思いっきり多角形である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月 5日

AF-S NIKKOR 50mm F1.4Gが届いた

 ネットで注文していたNikonの新しいレンズ,AF-S NIKKOR 50mm F1.4Gが届いた。待望のAF-S単焦点レンズである。

 古い設計のままAF-S化されずに残っていた50mm F1.4標準レンズが,やっと新設計になり,しかもSWM (Silent Wave Motor) を内蔵したんである。これは,注文が殺到して発売日に入手できるかどうか……と思いきや,あっさりと発売日に届いた。すっかりズームレンズ時代になり,単焦点レンズが人気になるなんてことはなくなったようだ(という感覚自体が時代遅れらしい)。

081205114754
 旧AF NIKKOR 50mm F1.4Dと並べてみる。左側が新しいAF-S NIKKOR 50mm F1.4G。ひとまわり大きくなっている。重量は約280gで,旧タイプの230gよりも約50g重くなっている(ちなみにPENTAXのsmc FA50mm F1.4は約220gでひとまわり小さい)。

081205114945
 フードを付けたところ。

081205115451
 さっそくD3に装着。明日はどこかで試し撮りか……。

(あまり参考にはならないが,試し撮りの結果は『三日画師の「さすけね」:新橋駅烏森口の飲食店街』へ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年2月 »