カテゴリー「山口百恵」の18件の記事

2012年9月 9日

江口君は菩薩である

 グループ社員全員に毎月配布される某広報誌に「美の巡礼」というコーナーがあって,8月号では円山応挙の『江口君図(えぐちのきみず)』が紹介されていた。『見立江口の君図』は寛政6年(1794年),円山応挙最晩年の作品である。

「江口の君は菩薩である」
 銀の打ち掛け,金の帯,若柳の裾模様の白い着物を着て,微笑みをたたえる江口君(えぐちのきみ)。

「江口の君は菩薩である」
 江口の君は,白い象の背中に腰を掛けた姿で描かれている。江口の君は普賢菩薩の化身なのだ。

 摂津国江口は大阪府東淀川区の淀川から神崎川が分流するあたりの地名で,水上交通の要衝だったところ。江口の君はそこの遊女「妙」である。

 新古今和歌集の巻第十羇旅歌に西行法師と遊女妙の問答歌が収録されている。

 西行法師が天王寺詣でで江口を通りかかった折りに雨に降られ,一夜の宿を遊女妙の家に借りようとして断られ,

  世の中を厭うまでこそ難からめ かりの宿りを惜しむ君かな(西行法師)

という歌を詠んだところ,遊女の妙から,

  世を厭う人とし聞けば 仮の宿に心止むなと思ふばかりぞ(遊女妙)

という歌が返ってきた。

 遊女ごときが出家するのは難しいだろうけどさ,一晩ぐらい泊まらせてくれたって良いじゃないか,という西行法師の遊女を蔑んだ捨て台詞に対して,この世を厭って出家までしたお方なのに,たかが一晩の宿に執着しちゃってるの?……と思っちゃうわ,と軽妙洒脱な遊女妙の返し。結局,二人は意気投合して一晩語り明かしたという。

 謡曲「江口」は,その西行法師と江口の遊女との和歌のやりとりを元に作られており,遊女が普賢菩薩(ちなみに普賢菩薩は男)となり白象に乗って西方浄土に去っていくという話である。つまり,円山応挙の江口の君は,この菩薩の化身としての遊女を描いたものである。

i
 菩薩と言えば,平岡正明著「山口百恵は菩薩である」。
 謡曲「江口」の話は,「山口百恵は菩薩である」を呼び起こす。

 平岡正明は,「山口百恵は菩薩である」の冒頭「菩薩テーゼあわせて108」で,こう書いている。

自分の煩悩を歌に昇華させた山口百恵は,他人の煩悩にも鋭敏に反応するだろう。他人の煩悩を自分の悲劇に繰り込んで山口百恵はさらに大きくなるだろう。すなわち菩薩である。

 あの平岡正明である。江口の君の話が下地にあったのは間違いない。

 遊女=芸能人・流行歌手というアナロジーもあるだろう。遊女=遊郭の女性,売春婦と読み取ることはありがちだが,近世以前,観阿弥・世阿弥が「江口」を描いた当時の遊女は少し違っているようで,当時は,遊女とは一種の巫女であり,白拍子であり,歌舞などの芸能を職とする存在だったらしい。

「江口の君は菩薩である」
 篠山紀信撮影の山口百恵。

 そういえば,NHKの大河ドラマで「平清盛」をやっているが,その平清盛の寵愛を集めた白拍子に仏御前(ほとけごぜん)がいる。
 仏御前は加賀国生まれで,14歳で京都に上京して白拍子となり,平清盛の前で即興で今様を詠み,それを歌って舞を見せたという。17歳で清盛の元を離れて出家し,数え年21歳で故郷の加賀国で没したそうで,あれっ,山口百恵は14歳でデビューして21歳で引退……。偶然というのは面白い。

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2012年3月29日

待望の『完全記録「山口百恵」』が届いた

 夜8時頃,ようやくクロネコの宅急便が到着。かなりの重量物だ。届いたのはこれ……

『完全記録「山口百恵」』が届いた
 ジャーン! 『豪華書籍:完全記録「山口百恵」』である。われながらマニアックだなぁ……
(正直なところ,この「初恋草紙」のページを出して撮影するあたりにも,物好き具合がにじみ出てると思う)

 ところで,クロネコの宅急便のお兄ちゃんが持ってきた外箱は……

『完全記録「山口百恵」』が届いた

 無地の段ボールではなく,白い箱の外側に「山口百恵」と大きく書かれていた。
 奥さんに内緒で買って気まずいことになった方……ご愁傷様です。

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2011年3月27日

百恵とりんごとエポケー


 山口百恵 - 幻へようこそ (YouTube RedPorsche785さんの動画)

 フッサールの現象学入門のような本を少しだけ囓ると,「目の前にあるりんご」の話がよく出てくる。

 目の前のりんごは,そこに本当にあるのかどうかは,本当はわからない。赤い色や形から,たしかに赤いりんごが存在しているように思えるが,りんごではないものを見間違っているかもしれないし,幻を見ている可能性もある。

 目の前にあるものがりんごであると確信できるのは,実際にそう見えていること自体は疑うことができないからであって,客観的にりんごが実在しているかどうかはわからない。主観客観問題という哲学的なアポリアである……。

 哲学的なことは結局のところよくわからないのだが,30年間ずっと気になっていることがあった。
 百恵ちゃんが引退を間近に控えたころのTV番組のインタビューで,赤いりんごの話をし,まだ若かった私は,むっちゃ上手いこと言うなぁ……と感心した記憶があるのだ。もちろん,私はその頃「現象学」などという言葉も知らないし,百恵ちゃんがフッサールや現象学の話をしたとも思わない。

 確かなのは,百恵ちゃんが自分のことをりんごにたとえて,「りんごの赤い部分を見る人もいるし,青い部分を見る人もいる,外側じゃなくて中身について考える人もいるし,人によって見え方が違うのだ。でも,あたしはあたしでしかない」というようなことを,さらっと答えたという記憶である。

 何の番組だったのかも記憶がないし,インタビューアが誰だったのかも覚えていない。記憶が薄れるにつれて,どんどん私自身が記憶を作りあげてしまっているような気がしてくるし,ひょっとしたらりんごの話をしたのは百恵ちゃんじゃなかったかもしれないという気までしてくる。

 筑紫哲也のインタビュー記事や藤原新也のエッセイなどを買い込んだり,YouTubeで動画を探してみたりしてみたのだが,情報は何も得られず,ほとんどあきらめていた。

 そんなときに,あるブログでこのインタビューが文字起こしされているのを発見したのだ!

 『STRONGER THAN PARADISE 踊るシャーデー鑑賞記』
  2010.11.17 Wed 山口百恵、引退前日ラスト・インタヴュー

 このブログはマジですごいので,山口百恵に興味のある人は絶対に読んだ方がいいと思う。いや,山口百恵に興味がない人も,ひょっとしたら百恵ファンに変えてしまうほどの破壊力を持ったブログだと思う。知識もすごいし,文章力が半端ない。

 そこの情報によると,百恵ちゃんが赤いりんごの話をしたのは,NHK特集「百恵」1980年11月17日20:00〜20:50で,インタビューアは和田勉(これにはびっくり)。
 これで長年ノドの奥に引っかかっていた小骨が取れたような気分だ。すっきり!

 一部を下に引用しておく。[行頭に「和田勉」「百恵」を追記]

和田勉:貴方とメシを食って楽しいという人はいましたか?
百恵: うん、まあ、それは友達もいますしねえ。だから、そうだなあ……その人それぞれあたしに対して見方が違うっていうのはね、たとえば、その人の生き方もあるでしょうし、ものの考え方もあるでしょうし、ものを見るときの観点もあるでしょうし。同じ赤いリンゴを置いておいてね、たとえば、赤い部分に目がいくか、まだ青い部分に目がいくか、もしかしたら、側じゃなくて中の種の部分を見るかとか、人それぞれ見方が違うわけですよね。だから、そういうので言えば、あたしっていうものに対して……そう仰る方も(笑)いるでしょうし……
和田勉:そうか。
百恵: うん……色んな見方があると思うけど……でも、どういう見方をされても、どういう言い方をされても、結局、あたしはあたしでしかないから……
和田勉:それを言われると……もう、恐れ入りました(笑)
百恵: いえ、とんでもない(笑)

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2011年3月 6日

百恵ファンは見逃せない『プレイバック制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡』

 年初から一部の百恵ファンの間では相当に話題になっていた本,『プレイバック制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡 (川瀬泰雄著)』が出版されたので,さっそく入手した。百恵ファンとしては,レコーディングディレクターが全シングル全アルバム全曲についての,レコーディング模様から,作詞家・作曲家・編曲家,そして山口百恵とのやりとりについて解説したものだから,これを入手しないわけにはいかない。

【著者プロフィール】
川瀬泰雄:横浜出身。東京音楽出版(ホリプロ)入社後,山口百恵の引退までプロデュース。そのほか井上陽水,浜田省吾,松田聖子,岩崎宏美等のプロデュースも担当,現在まで約1600曲をプロデュース。現在,ビートルズ研究家として,著書に学研新書「真実のビートルズ・サウンド」がある。

 山口百恵の全曲辞典で,全曲についての解説という荒技を,1979年の時点で平岡正明氏は『山口百恵は菩薩である』にて実現しているが,直接レコーディングに立ち会った川瀬氏の解説を読むことができるのは,それに勝るとも劣らない楽しみである。

プレイバック 制作ディレクター回想記 川瀬泰雄

 まず,この本の装丁を見て驚いた。『プレイバック制作ディレクター回想記 川瀬泰雄』,目立つ帯にも「楽曲,編曲,レコーディング 制作ドキュメント 全シングル・アルバムの解説&エピソード満載!」とあっさり書かれているだけ。

 慌てて本をひっくり返しても,小さな文字で,百恵のデビューから引退までのシングル曲が,人にめざめる14才 としごろ/青い果実/禁じられた遊び/……/さよならの向こう側/一恵,と並んでいるだけなのである。帯の文字にやっと『「スター誕生!」からデビューし,国民的大スターへと成長した山口百恵の全ドキュメント。その軌跡を制作ディレクターが書き綴った。数々の名曲が生まれた背景,歌手としての成長を,シングル&アルバム制作の現場から紹介する。』と,あまり大きくなく書かれている。

 世の中の週刊誌を始め,書籍にもでかでかと見出しに「百恵(あるいは,その時点で人の気を惹き付けている何か)」と表示して,読者の目を引こうとするものが溢れているにもかかわらず,この本はそういう戦略を拒絶しているかのような体裁を取っている。
 1970年代の歌謡曲やアイドル系ポップスアルバムでは,アルバムのジャケットに顔写真が使われないことなど,考えられない時代であった。60年台〜70年代の洋楽のロックのLPジャケットはイラストなどによるカッコいいものがたくさんあり,川瀬氏は,山口百恵のアルバムでそれをやってみたいと思い続けていたそうだ。音楽のみで勝負してみたかったのだ。

 そのあたりからも,この『プレイバック制作ディレクター回想記』の装丁が,「百恵」の文字を極力排除して,地味でストレートな装丁の中身で勝負という路線をとったのは,川瀬氏の本の中身で勝負という意気込みの表れだと感じる。
 さらに,こういう本にありがちな,「俺は百恵と仕事をしてたんだぜ」「あそこは俺の指示でこう直したんだぜ」のような,著者の傲慢な自尊心のようなものも皆無なのがすばらしい。

 そして,その本の内容ががすごいのだ。
 実は,私があまり評価していなかった初期の山口百恵の歌唱についても,1曲ごとに何かつかんでいることにちゃんと気づき,レコーディングごとにそれが少しずつ花開いていくところまで,温かい目で見守っている。
 それが全曲について書かれているわけなので,百恵の歌を聴きながら,本を読み進めていくと,百恵の歌唱の驚くべき進化がまるで映画を見るかのように眼前に立ち上がってくるのである。

プレイバック 制作ディレクター回想記 川瀬泰雄

 この本は本当にすばらしい。山口百恵マニアだけにとどまらず,30年以上も前の百恵の歌が2011年になっても歌い継がれていることを不思議に思っている若い人も,ひょっとしたら楽しめる本だと思う。
 あえて問題を挙げれば,本を読んでいるうちに,百恵のアルバムが次から次に欲しくなってしまうことだろう。あっ,私は既にアルバムをコンプリートしているので,まったく問題ないけどね(イヤミ笑)

 川瀬氏が生きているうちに,このような企画が成立したことを,率直に喜びたい。最高の贅沢を言わせてもらえば,この本の出版をきっかけにして,川瀬泰雄・金塚晴子・萩田光雄の三氏に,三浦百恵さんを加えた対談が開かれることを期待したい。もちろん,文字オンリーでも万々歳である。

 このブログ「三日画師のかすかだり」の記事で,「私」を「アタシ」と「わたし」に歌い分ける百恵の凄さなどを書き続けてきた私だが,本の中で『夢先案内人』の「♪夜明け前です〜」の歌い分けを先に指摘されてしまったし,それ以外のところも,私の素人の思いつきのようなレベルの指摘を遙かに超えた解説を,川瀬氏がしてしまっている。
 その点では,『夢先案内人』の表現のエロさとか,これからちょっと書こうと思っていたブログ記事を見直していかなければならなくなったようだ。

 また,本を入手してから土曜日丸ごと一日を,本を読みながら百恵ちゃんの音楽を聴き直す作業に使い切ってしまった。まだ,18才時の「百恵白書」のところまでしか聴き直せていない。まだまだ百恵漬けで寝不足の日が続きそうである。

 それにしても,引退後30年もたった歌手の全アルバム全シングルの全曲解説本が出版されるなんて,これは空前絶後の事態だ。

【追記】
 掲載曲の索引が巻末に掲載されているのは当然だが(この当然のことすらできていない本も多い),なんと「楽曲バージョン違い一覧」というマニアックな一覧まで掲載されている。
 シングル,アルバムで発表されたスタジオ録音の楽曲の中には,後にアレンジやサイズを変えた別バージョンがリリースされる場合がある。MIX違いやニュー・アレンジにはボーカルに別トラックが使われている場合もある。この資料が,そのへんのマニアックな聴き方の参考になりそうだ。

プレイバック 制作ディレクター回想記 川瀬泰雄

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2010年12月 5日

幻の雑誌『絶体絶命』をとうとう入手した!

 株式会社幻影城の,熱血冗談多発的ドタバタ風クソ真面目マガジン『絶体絶命』が創刊されたのは,1977年の10月である。月刊で定価330円也(もちろん当時の価格)。

 この雑誌が面白いという話を聞いたのは,1980年代に入ってだいぶたった頃だった。しかし,『絶体絶命』は,創刊6号を持って文字通り「絶命」していたのである。なんでも,企画から原稿依頼,割付,校正まで二人でやってたという噂もあるぐらいで,相当に無茶苦茶な,どこからか湧き上がってくるエネルギーが作らせていた雑誌なのではないかと思うのだ。

 で,1985年頃から,この『絶体絶命』探しが続いたのだ。最大の目的は,創刊2号に載った「大部分特集 山口百恵様みな気にしてますです」と「いろはにほへと山口百恵」である。

 だが,それからが苦難の道で,いまのようにネットの古書店なんぞは存在しないから,神田やあちらこちらの古書店を歩いて探すしかなかった。たまに見つけても,肝心の創刊2号だけが抜けていて,それでも結構な値段が付いていたりしたものだった。

 そしてついに,2010年11月の末,21世紀のネット古書店の威力をまざまざと見せつけられて,手元に届いた『絶体絶命』である。ジャーン……!

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 わずか6巻で終刊となってしまったため,これが『絶体絶命』の全部である。

 2号「大部分特集 山口百恵様,みな気にしてますです」
 3号「特集    手塚漫画ばかり読んできた」
 4号「欠陥小特集 みだれ撃ち筒井康隆グラフィティ」
 5号「欠陥小特集 破れかぶれ野坂昭如グラフィティ」
 6号「小特集   憎みきれないジュリー グラフィティ」

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 これが『絶体絶命』創刊号の目次だ。
 はっきり言って,滝井圀夫・矢場徹吾の二人だけで作っていたとは思えない,本気の豪華執筆陣である(もちろん現代の大物でも,当時は駆け出しだったってことはあるだろう)。

 『絶体絶命』の広告に入っていた,『面白半分(筒井康隆責任編集)』や『ビックリハウス』とも,一部の執筆陣はかぶっているものの,そこかしこに,はちゃめちゃな時代のエネルギーが噴き出していたことがよくわかる。荒木経惟の「私のアリスたち 触写!!」も素晴らしい(アグネス・チャンがうるさい現代では不可能な写真かもね)。

 そして,この1巻のために「6巻全部」を買ったも同然の,創刊2号の山口百恵特集。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 この号が出たのは1977年11月である。
 既に山口百恵は,「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「イミテイション・ゴールド」で,徐々にではあるが歌謡界の主導権を握りはじめ,「秋桜」を歌っていた18歳の百恵の頃である。アイドルと言われながら,アイドルの枠に収まらないオーラのようなものを放ちつつあった時期なので,引退を前面に打ち出した興行を行った最後の1年や,引退後に書かれた文章からではうかがい知ることのできない,その時代の貴重な雰囲気が雑誌の中にとどまっているのが嬉しい。引退に向けての雑誌には書けないような,きついことも書かれていたりするが,それはそれで非常に貴重だ。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 それにしても,この年になって,いまだに百恵ちゃんの雑誌を探していたりして,私は完全な病気だね。それも深刻な。自覚はあるんだけど,正直なところどうしようもない状況だ。

 書き忘れたので付け加えると,この『絶体絶命』の終刊は1978年の3月号。山口百恵は同じ1978年の5月に名曲『プレイバックPart2』を歌い,続く1978年の8月にこの雑誌のタイトルと同じ『絶体絶命』を歌っている。雑誌が山口百恵の歌を使って(パクって)いるわけではなく,ひょっとしたらその逆である可能性もあるのだ。

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2010年11月24日

iTunesに新登場……しなかったアレ

 既に古いネタになってしまったが,本当に忘れられない一日だった。

Itunes

 11月16日の24時00分,息を呑み,見守ったAppleのiTunesのサイトに現れたのは……

iTunesに新登場

 iTunesからの特別な発表は,なんと,あのSony Musicの楽曲のiTunesでの配信開始というニュース。やった,俺はこの日が来るのを待っていたんだ……というふうにはならなかった。

 iTunesからの特別な発表というのは,ご存じの通りThe Beatlesの楽曲のiTunesでの配信開始のニュースだった。私以外の皆さんが,iTunesの発表に何を期待していたのかはよくわからなかったが,ネット上のあちこちから「期待はずれ」「がっかり」の声が上がった。

 iTunesのサイトには,The Beatlesがいっぱい。
 (こっちが本物!)
iTunesに新登場

 まぁ,Appleにとって(ビートルズの楽曲を管理する)Apple社との争いは,Apple Computer社創業時からのものだから,Steve JobsにとってiTunes StoreでのThe Beatlesの楽曲配信開始は,「忘れられない一日」との声を上げたい出来事だったに違いない。米国でのサービス開始から遅れること5年,2010年11月10日からは日本でもやっと映画配信サービスが始まったところだ。これはもう,音楽・映画などのコンテンツ配信サービスでの勝利宣言だね。

 でも……,The BeatlesまでiTunes Storeにやってきたのに,Sony Musicが抱え込んでいる楽曲は,あいかわらず来てくれないままだ。デビュー時のキャッチコピーが「大きなソニー,大きな新人」だったCBSソニーの山口百恵も,もちろんiTunes Storeでは配信されていない。

 CDは廃盤になったままで,iTunes StoreでもAmazon MP3でも配信されない楽曲を,倉庫に眠らせたままにしておくのは,音楽を冒涜するようなものだ。CDが売れない,音楽が売れない……など,どの口が言うてんねん,と言いたい。

 たとえば,TBMという略称で知られる「three blind mice」は日本が世界に誇るジャズ・レーベルだが,現在Sony Musicが版権を握っており,その膨大なライブラリが埋もれたままである。廃盤となったCDは,ショップでの入手が難しく,ネットでも高値が付いてしまっている。

 Amazon.co.jpでは……

BLOW UP / 鈴木勲トリオ,カルテット
 1973年録音の,定番中の定番「BLOW UP」は7000円の値段が付いている。


BLUE CITY / 鈴木勲カルテット
 渡辺香津美のギターがカッコ良い人気盤「BLUE CITY」は,新品が9980円,中古でも5980円が最安値だ。


GIRL TALK / 山本剛
 情感あふれ,スイングする山本剛のピアノと,芯のある大由彰のベース……。TBMのアルバムは,録音もまた素晴らしく,音が良いんだよなぁ。中古品が残り1点で7000円也。

 どうにかしてほしいよ,まったく。

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2010年11月20日

愛染橋:現代歌手のカバーを聴いて百恵の凄さを知る

 「愛染橋」は山口百恵の28枚目のシングルで,1979年12月にリリースされた曲だ。作詞が松本隆,作曲は堀内孝雄で,宇崎竜童のカタカナ演歌とは違って,純演歌に近いテイストを持っている。
 デビュー当時の曲を除いて,「初恋草紙(日本情緒あふれる文学作品のような曲で,個人的には好きな曲だ)」と同じぐらいに,売り上げが低い曲だった。

 怪作『山口百恵は菩薩である』において平岡正明氏は,“「夜へ…」から「娘たち」へ,抱かれるおびえから破瓜の痛苦へ,暗喩をもって百恵の性的実存は進化しているのである。しかし「愛染橋」はちがう。ガクっとおちる。愛染橋を渡ることが結婚を意味するという比喩だが,「娘たち」の暗喩に遠く及ばない。(中略)等身大の実像を描けば伝達が完了するという錯覚はフォークソング並みの錯覚である。実像と虚像のダイナミズムを保持できないのは知識人並みの衰弱である”と喝破している。

 傑作である「夜へ…」や「娘たち」と比べてしまうと,やや凡庸な感じの「愛染橋」を“遠く及ばない”と言いたくなってしまうのはわからないでもないが,そこまで悪い曲ではないし,歌詞に出てくる京言葉は現代においても非常に新鮮だ。昨今のシンガー・ソングライターの自作歌詞に比べれば,結婚に揺れる女心を描いて,松本隆の歌詞は遙かに秀逸である(比べること自体,松本隆に失礼だという声が聞こえてきそうだ)。

 それを証明するかのように,YouTubeを検索すると,実に多くの歌手がこの「愛染橋」をカバーしていることがわかる。作られてから30年経った現在,この歌は色あせるどころか,さらに輝きを増しているようにも感じる。


 山口百恵「愛染橋」(YouTube Dankakyoさんの動画)

 フジテレビで放映されていた『夜のヒットスタジオ』での山口百恵の歌唱である。井上順,吉村真理との会話で,「愛染橋」は新曲で,番組初披露だということがわかる。
 とても緊張した場面での歌唱だったはずだ。しかし,恥ずかしそうに見つめる目,瞬きしながら伏せる目,遠くを見る目,はにかむような笑顔……。“うちはさみしい女やからね 愛なんてよう知らん”と,揺れる女心を見事に表現している。ほとんど瞬きをせずに歌う「プレイバックPart2」の映像と比較してみれば,その違い(演技の細やかさ)がよくわかると思う。

 “結婚なんて古い言葉に縛られたくなくて”のところで見せる表現も興味深い。1970年代はウーマンリブ運動が盛んな時代であり,既に「イミテーション・ゴールド」「プレイバックPart2」で,男を去年の彼氏と比較したり,“ぼうや”と歌っていた山口百恵は,伝統的な男と女の関係を逆転させ,女性の社会進出の旗手というような扱い方をされることもあった。
 百恵自身は「ウーマンリブ運動には興味がない」「あんなのバカみたい」とインタビューで語っているわけだが,世間はそういう風に見ていなかったという時代背景がある。

 そこで,“結婚なんて古い言葉に縛られたくなくて”のところの表現を見ると,歌詞の字面通りに全部を毅然として歌うわけではなく,“結婚なんて”と前を見つめるが“古い言葉に”のところで瞬きをし,(ウーマンリブみたいな)強い主張をするわけじゃないけど……という感じで目を伏せながら,“縛られたくなくて”と恥ずかしそうに歌うのである。
 結婚に対して揺れる心とともに,三浦友和と結婚して専業主婦となることに対して,ウーマンリブ運動の側から寄せられた「山口百恵が日和った」「ウーマンリブ運動が積み上げてきた活動が10年遅れた」というような声に対する反駁の意が,ここに込められているのではないだろうか。

 以下の映像は,この「愛染橋」をカバーしたものである。
 いずれも素晴らしい歌手による歌唱なので,それぞれが見事に歌いこなしているが,これらの映像を見て,21歳で引退してしまった山口百恵の凄さをあらためて実感してしまったのである。


 中森明菜「愛染橋」(YouTube Akina1307さんの動画)


 藤あや子・堀内孝雄「愛染橋」(YouTube Ayakosuki2さんの動画)


 石原詢子「愛染橋」(YouTube MrKz1011さんの動画) 


 北原ミレイ「愛染橋」(YouTube tsuruenka9さんの動画)


 水森かおり「愛染橋」(YouTube fullmoon266さんの動画)
 NHKアナウンサーが“昭和54年に大ヒットした山口百恵さんの「愛染橋」”と紹介するが,さすがに“大ヒット”というのは大げさすぎる感じだ。山口百恵の曲の中では,売れなかったほうから五本の指に入る曲なのだから。


 堀内孝雄「愛染橋」(YouTube 539chenさんの動画)

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2010年10月26日

特急「さくら」が最後の復活…手慣れた閉店商法

 ブルトレ「さくら」最後の復活 11月に門司港—長崎間(2010年10月23日 朝日新聞)

 長崎・佐世保と東京を結び、青色の塗装からブルートレインの愛称で親しまれた寝台特急「さくら」が11月20、21日、門司港駅—長崎駅間に復活する。JR九州によると、ブルートレインが長崎駅に姿をみせるのは今回が最後になるという。

 「さくら」は1959年に登場。「走るホテル」として人気を集めたが、航空機や新幹線の発達で利用者は減少。2005年のダイヤ改定で姿を消した。「富士・はやぶさ」(東京—大分・熊本)も09年に廃止され、九州と東京を結ぶブルートレインは全廃された。

 しかし、ブルートレイン人気はその後も衰えず、臨時列車が何度か運転されたが、車両が製造から40年以上過ぎて耐用年数に達したため、今回で運転を取りやめる。

 

 廃止された「さくら」の上り最終列車=2005年2月28日、長崎駅 (asahi.com)

 なんだか微妙だなぁ……。
 寝台特急も電気機関車も客車列車も好きだが,こういう復活運転は複雑な気分になる。

 もちろん,イベント運転が好きな人は多いだろうし,(「寝台」特急ではないが)ブルートレインに乗ってみたい人もいるだろうから,JRの営業手法のひとつとして認めなければならないんだろうけど,2005年の寝台特急「さくら」の最後の営業運転を,“これが最後の姿だ”と感慨無量の面持ちで見送った人の『思い』はどこへ行ってしまうのだろう。

 こんなところで山口百恵の例を出すのは不適当かもしれないが,彼女が引退した後,二度と表舞台に出てこないことによって,守っているものがあると思うんだよね。その瞬間,その時間の『思い』,それは大事にしなくてはならないんじゃないだろうか。

 武道館でのサヨナラコンサートで,最後の曲『さよならの向こう側』を歌う前のMCは,何度もテレビで放映されているので知っている人も多いが,その数曲前の『イントロダクション・春』を歌った後のMCも,とても印象的だ。少し長くなるが引用してみる。

 このステージの幕を開けてから,一曲一曲を積み重ねてきました。一曲一曲の中に,私なりにいろいろな思い出がよみがえりました。本当に,8年間という,とても長い時間がこの中に刻まれていたような,そんな気がします。

 ただ,約8年間……。振り返ってみると,なんて早かったんだろうな,そんなふうに思えてしまう。
 これがたとえ10年であったとしても,15年であったとしても,20年であったとしても,きっと,同じようにあっという間だったなって,そう感じるんじゃないだろうかって……。
 そんな長い時間ですら,短く感じるんですから,今日幕を開けてからみなさんと過ごした時間が,本当にあっけなく思えてしまうのは仕方のないことかもしれない……。

 ただ,今日,あたしはこのステージ,ひとつのピリオドを打つ,そんな気持ちで歌ってきました。
 あたしにとって……みなさんにとっても,これからまだまだ時間は続きます。その時間,やっぱり大事にしていかなければいけないし,あたし自身ももちろん大事にしていきます。

 でもみなさんと一緒に歩いた8年間……みなさんが一緒に歩いてくれた8年間,その中で生まれた思い出は絶対に消えることはないんです。あたしの中でも,きっとみなさんの中でも,ずっと残ってくれると思います。(拍手)

 みなさん,いつかこのステージがみなさんの中で思い出と呼べるそんなときが来たら,そっと振り返ってみてください。この,ほんの数時間。この中に込められた一曲一曲の歌,みなさんの思い,あたしの思い,すべて思い出してください。
 思い出だけは,消えることはなく,いつまでも残り,そしていつでもよみがえるものだと思います。

 「さくら」の次には「富士・はやぶさ」も走るようだし,こういうのが好きな人には最高のプレゼントだね。

寝台特急「さくら」が最後の復活
 機関車の前で記念撮影。こういうのって思い出になるんだよね(2003年8月)

寝台特急「さくら」が最後の復活
 寝台特急の車内(2004年2月)

寝台特急「さくら」が最後の復活
 田子の浦近くを走る寝台特急「さくら・はやぶさ」(2003年9月)

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2010年9月 1日

こんどはNHK「SONGS」で山口百恵特集

 全国の山口百恵ファンの方は,昨年発売の『ザ・ベストテン 山口百恵 DVD ─ 完全保存版 ─』,そして今年の『山口百恵 in 夜のヒットスタジオ』というDVDボックスを観るのに忙しくて,寝不足の日々を送っているに違いないと思う。

 生オーケストラをバックにした生番組で生声の歌を披露する映像は,百恵ちゃん本人の魅力に加えて,お金をたくさん使ったであろうセットや,生番組で鍛えられたカメラマンの見事なカメラワークが,歌謡曲全盛時代のすごさを伝える貴重な映像記録だということを,否が応でも感じさせてくれる。

 さて,TBSが出し,フジテレビが出したとすると,次はどこが出してくるかが気になるのは人情だ。日本テレビには,歌手山口百恵を生み出した『スター誕生!』というオーディション番組他の画像が残っているはずだし,テレビ朝日(当時NET)だって負けてはいないだろう。

 そんな中,次に行動を起こしたのはNHKの「SONGS」という番組だった。
 その放送予定ページに,「山口百恵」の文字を発見した。

「SONGS」は、
大人の心を震わせる新しい音楽番組です。
1960年代から現代に至るJ-POPの名曲を中心に、
クオリティの高いサウンドと映像で
“いい歌をたっぷりと”お届けします。

 放送予定は,
・2010年9月29日(水)~山口百恵 Part1~
・2010年10月6日(水)~山口百恵 Part2~

 NHKでは,南極昭和基地の生中継の特別番組の際に,他では歌ったことのない「ANTARCTICA(未来大陸)」という山口百恵の歌を使っている。この歌は,その後のCDにもDVDにも含まれておらず,幻の映像になっているので,ぜひとも「SONGS」の中で放映されることを期待したい。


[19歳という史上最年少で紅白歌合戦紅組のトリで歌う山口百恵]


[NHKでしか聴けなかった“プレイバック Part2”の「真紅(まっか)なクルマ」バージョン]


[沢田研二との『ふたりのビッグショー』のときの映像。“曼珠沙華”は二十歳の記念碑となるアルバムの曲なので,セリフに「私はもう二十歳」と入る映像は貴重]

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2010年8月11日

山口百恵“韓国ルーツ説”を封殺する!

 ブログのアクセス解析を見ていると,非常に驚くことがある。

 私のブログに対する検索ワード/フレーズの実質的なトップが,「山口百恵 父親」であることだ。「山口百恵 父」なども合算すると,その結果には寒気,そして胸クソの悪さを感じるほどだ。みなさん,何を恐れ,どんな事実を下世話に探しているんだろうか。

 それはたぶん,山口百恵の現役時代からちらほら存在し,20年以上も前に完全に否定された「山口百恵の父親は韓国・朝鮮系」説だろう。それがいまだに亡霊のように残って,YouTubeのコメント欄やネット上の「教えてコーナー」のようなところで,訳知り顔で語られたりしている。
 そしてその亡霊は,何度否定されても,ときどきよみがえって恐れられるのだ。

アクセス解析:検索ワード/フレーズ
[拙ブログの2010年5月1日から8月10日までの検索ワード/フレーズのリストアップ]

 疑問に思ったときには,できるだけ原典に当たるのがよい。山口百恵の情報に関しては,まず山口百恵著『蒼い時』に当たるべきだと思う(もう一冊は後述)。この自叙伝には,下世話な暴露本の類よりも衝撃的な事実が書かれている。出生の秘密,たまにしか会いに来ない憎むべき父親,怖いオバサン(=本妻)……。

 父と母は,いわゆる法律的に認められた夫婦関係ではなかった。父には,すでに家庭があり,子供もいた。母を愛しはじめた時,父は母の父に「責任を持ってきちんとします」と言明したという。だが,戸籍に書かれた娘たちの名前の上には「認知」という二文字が置かれている。(『蒼い時』より)

 デビュー当時には,これらの事実が隠され,ホリプロからは「幼いころ両親が別れ,父はいません」と答えさせられていたことが,余計な詮索や妄想を生み,山口百恵の父親は韓国・朝鮮系だという説まで生じたと考えられる。

 最近では,孔子も李白も韓国がルーツだと主張する人たちがいる国のゴシップ誌に次のような記事が載ると,そんなくだらないことをも信じ込んでしまう人が多いのだ。記事の内容は以下の通りである。

 中国の黒竜江日報が発行する「生活報」の今月11日の報道によれば、中国大衆にもよく知られた日本のトップ歌手である山口百恵は韓国人の父を持つ韓国系だ、と紹介した。

 山口百恵は1959年、韓国人の父と日本人の母の間に生まれたが、両親の離婚後は母方の姓を名乗り、現在まで母親と一緒に日本人として生活してきた。

(略)日本では芸能界デビュー時に所属事務所の指示に徹底的に従うのが慣例。したがって元々名前を変える意思がなかったこれら韓国系芸能人も元々の姓と名前を隠し、名前を変えて日本人戸籍に登録しなければならなかった、と同紙は伝えた。

 山口百恵には所属事務所が緘口令を敷き、父親を認めず韓国の親戚友人とも往来ができないようにしたケースだった。同紙は、韓国の血を引く日本芸能人らは芸能活動に支障を来たさぬよう姓と名前を隠してきたが、「韓流」が徐々に広がる中で彼らの韓国系の出自が改めて注目を集めている、と診断した。

▽聯合ニュース/スポーツトゥデイ(韓国語)(2006/08/13 22:28)

 正確な情報さえ知っていれば,なんといい加減な記事であるかがわかる。「両親の離婚後は母方の姓を名乗り」とあるが,百恵の父親には別の家庭があり,百恵のお母さんはいわゆる妾さんである。離婚なんてありようがない。

 山口百恵の父親が韓国・朝鮮系ではないかといううわさは,現役時代や引退後にもあった。発生源は複数あると思われるが(後述の雑誌の特集記事に,『噂の真相』や『現代』に載ったいい加減な記事についての記載がある),確かにそのようなゴシップ記事がときどき流れたことを覚えている。しかし,その発生源と思われる記事は,何らかの証拠に基づいたものではなく,「……という言っている人がいる」というレベルの記事なのだ。

 と,ここまで書いても,本当のところはどうなんだ,という疑問を持っている人が8.7%ぐらいはいるかもしれない。そう,あなた,あなたのことだ。

 そんな疑り深い人が多い世の中である。実際に山口百恵の戸籍を調べようとする人が,出てこないわけがない。

 実際にその噂について調べた記事が,創出版の月刊『創』1986年5月号の「山口百恵“韓国ルーツ説”の真相を追う(ルポライター早川和廣氏)」という特集記事である。はっきり言って,これが決定版だ。

創出版 月刊「創」バックナンバー1986年
[創出版 月刊『創』バックナンバー1986年のWebページ]

山口百恵の韓国ルーツ説を封殺する!
 [月刊『創』1986年5月号の目次]

山口百恵の韓国ルーツ説を封殺する!
 [月刊『創』1986年5月号の特集記事「山口百恵“韓国ルーツ説”の真相を追う」]

 実際に雑誌を手にとって読んでもらえば,真偽のほどはすぐにわかる。非常に丁寧に,かつ執念深く取材した,読み応えのある素晴らしいルポルタージュになっている。もやもやを晴らしたい方は,なんとか入手して一読することをお薦めする。

 結論を簡単にまとめると,百恵の父・Kこと久保茂は旧姓が山本茂で,その父・山本徳太郎,母・イチの二男。大正十年一月に久保コノの養子となる。久保茂の父・山本徳太郎は山本寅吉(江戸時代の人),トミの二男で,戸籍を江戸時代末期まで遡っても韓国とは無関係。母方も同様。
 明治三十二年三月から昭和二十五年七月までは旧国籍法の適用下にあったため,外国人でも比較的容易に日本人国籍を取得できたそうだが,江戸末期はその範囲外である。

山口百恵の韓国ルーツ説を封殺する!
 [「山口百恵“韓国ルーツ説”の真相を追う」の一部]

 残念ながら創出版のWebページからバックナンバーを購入することはできないので(25年も前の雑誌だからねぇ),とりあえず見出しを抜き出しておく。

山口百恵“韓国ルーツ説”の真相を追う 早川和廣(ルポライター)
 山口百恵に関わる最大のタブー?
 根強く噂される“韓国ルーツ説”
 『現代』に“告訴する”と抗議
 百恵の出生に関する「怪文書」
 噂を追って韓国へ飛ぶ
 背景に芸能界の民族問題

 韓国ルーツ説の要因となった話には,部落解放同盟の朝田善之助氏の文書や,大阪の在日韓国人グループの機関誌の話があることなども書かれていて興味深い。

 まあ,とにかく,訳知り顔で「百恵の父親は在日だから」などと言いたがる輩がいたら,鼻で笑ってやればいいのだ。百恵ちゃんは日本人なのだ。

 最後に,『朝日ジャーナル』のインタビューで,百恵ちゃんが半ばあきらめの心境で語っている部分を引用しておきたい(引用の引用だ……)。

<エーッ,というようなことが,自分でも知らないようなことが書かれていたりするとなんでだろうって。これはほんとうにどうしてだろうなって思わざるを得ないんですよね。これはウソですっていっても,「ウソです」っていう私の言葉を信じてくれる人のほうが少ないですし,かりに身近な人に,あれに出た記事はウソだからっていったとしても,「でも,雑誌がいくらなんでも,100%ウソは書かないでしょう」って思うと思うんです。(略)こんなにウソ書いて,ありもしないことを並べたてて,平気でいられる人たちがいるんだろうかって思って,それがすごく悔しいというのもあったし,悲しいというのもあったしなんか複雑でしたね>

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