カテゴリー「スポーツ」の16件の記事

2018年2月17日

(このブログは「控え」であり,メインのブログではありません)

 ブログ記事の更新を長期間サボっていたら,Google検索などで“三日画師”を検索したときのランクが下がってしまったらしく,メインのブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』よりも,名前を付けたこっちのブログのほうが上位に表示されてしまうようになった。

 以前は『写真撮っけど,さすけねがい?』を見てくれていた人が,検索結果上位にある『三日画師のかすかだり』を見て,

 「最近ブログの傾向を変えた?」
 「以前とは全然違ったブログになったね」

という反応をしてきたので,とりあえずメインブログへのリンクを冒頭に置くことにしてみた。

 私のメインブログ『写真撮っけど,さすけねがい?』は下記になります。

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http://mikkagashi.cocolog-nifty.com/

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2016年8月22日

北海のバスター作戦に見た遠い夏の甲子園

 第98回全国高校野球選手権大会決勝は,栃木の作新学院が北海を7-1で破り,54年ぶり2回目の優勝を果たした。
 甲子園球場に作新学院が登場するだけで,1973年(昭和48年)に怪物江川卓を擁して甲子園の話題をさらったときの作新学院を思い出してしまうのだが……

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 今年の決勝戦で,作新学院の快速球右腕今井達也投手攻略のために北海高校が採ったのはバスター作戦(プッシュ打法)だった。ランナーがいなくても,各打者がバントの構えからミートに徹したバッティングをしたのである。そう,あの怪物江川に対して柳川商(福岡県)が行った作戦だ。思わず40年前を思い出して興奮してしまった。

 柳川商(現在の柳川高校)がそのような奇策を採るほど,江川が投げるボールは凄かった。春の選抜大会では準決勝で広島商に敗れたものの,江川は4試合で60奪三振を記録(2016年現在でも選抜大会の最多奪三振記録として破られていない)。江川から唯一得点した広島商も,打ったのは内野安打とポテンヒットの2安打だけで,ほとんど外野までボールが飛ばなかったのである。

 なにしろ,作新学院が選抜大会に出場を決めた1972年(昭和47年)秋の江川は,関東大会で東農大二高を6回1安打13奪三振無失点,銚子商を9回1安打20奪三振完封,決勝では横浜を9回4安打16奪三振で完封し,通算では110イニング連続無失点を記録したままで甲子園に乗り込んできたのであった。

 さらに,1973年の夏の大会の江川はそれほど調子が良くなかったと言われているが,栃木県大会は5試合中3試合がノーヒットノーラン(うち1試合は完全試合,1試合は三振振り逃げで完全試合を逃している),44イニングで打たれたヒットがわずか2本,75奪三振無失点で,今度は140イニング連続無失点で甲子園にやってきた。

 その連続イニング無失点記録を145イニングで止めたのが,柳川商のバスター作戦である。柳川商は延長15回で江川から7安打で1点を奪い(23三振),作新学院に破れはしたものの鮮烈な記憶を残した。

 高校時代の江川卓のピッチングがいかに圧倒的だったか,平成の怪物と呼ばれている横浜高校の松坂大輔,そして桐光学園の松井裕樹と高校時代の公式戦通算記録を比較してみる。

 江川 44試合 354.0回 103安打 531奪三振 自責点16
 松坂 47試合 379.0回 209安打 423奪三振 自責点47
 松井 37試合 253.2回 144安打 369奪三振 自責点53

 江川が打たれたヒットは松坂大輔の約半分しかない。松坂の通算完封数が13回なのに対して,江川はノーヒットノーランが12回(完全試合2回)。
 普通の好投手が1点取られるのと江川が1本ヒットを打たれるのが同じぐらい,普通の好投手が完封するのと江川がノーヒットノーランを記録するのが同じぐらいの頻度になると考えれば凄さをイメージしやすい。

 そんな怪物江川も,夏の甲子園2回戦の銚子商戦,よく知られている雨の中の延長12回,押し出しサヨナラ負けで甲子園を去った。

 雨を愛する詩人であり野球好きだったサトウハチローは,作新学院−銚子商戦を観戦した後で詩を作った。「雨に散った江川投手」と題するその詩が翌日のスポーツ新聞に掲載された。

雨に散った江川投手  サトウハチロー

雨のために江川投手は
敗戦投手となった
彼のことだから雨をうらんだりはしない
敗けましたと大きくうなづき
深いためいきをもらした

晴天つづきだった今度の大会に
雨が落ちた
それもものすごいどしゃぶりだった
普通なら中止だった
だが延長戦になっていたのでつづけた

天を仰いで応援団は
嘆きと悲しみの底に沈み
ナインの胸にはこの雨が
生涯忘れることの出来ないものとなった
こんな雨は又とない雨だ

甲子園の雨は
ものすごい音がする
わたしはそれをよく知っている
すぎし日にわたしはそれを唄った
わたしはその詩句までおぼえてる

雨に散った江川投手の心に
この日の雨はしみこんだにちがいない
心の底までぬらしたにちがいない
わたしはその姿を目にうかべ
まつ毛をびしょびしょにぬらしていた

わたしは雨を愛した詩人だ
だがわたしは江川投手を愛する故に
この日から雨がきらいになった
わたしは雨をたたえる詩に別れて
雨の詩はもう作らないとこころにきめた

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2016年8月16日

オリンピック生中継の臨場感と映画の映像美

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 リオデジャネイロ・オリンピックの日程も終盤に入り,すっかり寝不足の毎日である。そんなオリンピック三昧の中,日本映画専門チャンネルで映画『時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日 (VISIONS OF EIGHT)』が放送された。

 映画『時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日 (VISIONS OF EIGHT)』は,市川崑をはじめとして世界を代表する8人の映画監督がオムニバス形式で映像美の極地に挑んだミュンヘン・オリンピックの公式ドキュメンタリー映画で,1973年のゴールデングローブ最優秀ドキュメンタリー賞の受賞作品でもある。

 ミュンヘン・オリンピックは,個人的には,体操の塚原光男の鉄棒の下り技「月面宙返り(ムーンサルト)」と,パレスチナゲリラによる選手村襲撃の悲劇「黒い九月事件」が強く印象に残る大会だった。

 ジョン・シュレシンジャー監督が担当した最後の章「最も長い闘い(マラソン)」には選手村の悲劇も描かれている。

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 市川崑が担当した陸上男子100mでは,走る選手を正面からとらえる。一列に並んだ選手が一斉にこちら側に向かって走ってくるシーンは,テレビの映像では見ることはなく,迫力がある。
 映画全体が,まさに「時よとまれ 君は美しい」という映像美で埋め尽くされている。

 しかしながら,今現在,リオデジャネイロ・オリンピックの生中継のライブ映像を見ていると,やっぱりリアルタイムの映像は,リアルタイムならではの緊張感というか緊迫感というか,手に汗握る魅力にあふれている。何が起こるかわからない臨場感は,名監督が構成する映像美をはるかに上回る迫力がある。

 生中継の映像は,眠い目をこすりながらでも見る価値があると断言できる。

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2016年8月 6日

二刀流大谷翔平の進化…セ・リーグだったら

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 大谷翔平のバッティングがすごい。“二刀流”の大谷の打撃が急速な進化を遂げている。

 ピッチングのほうは,2015年に15勝で最多勝,防御率2.24で最優秀防御率,最高勝率のタイトルも取り,今シーズンもここまで8勝4敗,防御率は2.02とすばらしい内容である。プロ野球最速の163km/hも計測した。7月10日のマリーンズ戦で指を負傷してからほとんど登板していないが,打撃に専念できるためか,バッターとして圧倒的な数字を残し,チームに貢献している。7月3日のホークス戦での「1番ピッチャー」での先頭打者ホームランも印象的だった。

 もともと左中間への打球の伸びには非凡さを感じさせてはいたが,なかなか成績が追いついてこなかった。2014年に10本塁打を打ち,“ベーブ・ルース以来の10勝10本塁打”を達成したものの,僕たちの大谷への期待はそんなものではない。

1918年のベーブ・ルースは11本塁打,13勝7敗の成績であり,11本塁打とはいえホームラン王のタイトルを取っている。また,この年から4年続けてホームラン王を取り,投手としては前年まで18勝8敗,23勝12敗,24勝13敗の成績をおさめている。

 ピッチングで大活躍だった昨年(2015年),大谷翔平の打撃成績は期待外れだった。たとえば江川卓の1983年の打撃成績と比較してみる。なぜ江川なのかと言えば,江川以外のピッチャーの詳細な打撃成績が手元になかったからである。

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 1983年の江川卓といえば,前年の夏の終わりに肩を傷めたこともあって,球速が落ちて奪三振が大幅に減少,成績がガクッと落ち始めたシーズンである。ちなみに江川は1980年,1982年にも3本塁打を記録している。

 このように,2015年の大谷はバッティングが不調で,DH制のないセ・リーグのピッチャーの打撃成績とどっこいどっこいの成績に終わった(江川のバッティングが優秀だったということもあるが)。
 視点を変えれば,DH制のないセ・リーグのピッチャーは,ある意味で“二刀流”を行っているとも言える。

 パ・リーグにはDH制があるため,先発したゲームでは基本的に打席に入ることができない。日本ハムファイターズは,大谷翔平が先発するゲームでは攻撃で大谷の打力を活かすことができないのである。
 今シーズンはDH制を解除し,5番ピッチャー(あるいは1番・6番ピッチャー)として先発することも実現したが,試合開始時にDH制を解除した場合は試合途中でDH制を復活することができず,ファイターズは相手チームに比べて不利な状況となる。

 もし大谷がセ・リーグで“二刀流”に挑戦していたら……

 大谷選手が持っているポテンシャルがとてつもないものだけに,どうしても夢を見たくなってしまう。DH制のあるパ・リーグで二刀流を続ける限り規定打席に達することは難しいだろうし,打撃成績の上位に大谷の名が食い込むことは至難である。

 もし大谷がセ・リーグにいたら……。そのような「たられば」を考えてしまうほどの大谷翔平選手の凄さである。

 バッティングで急速な進化を遂げた大谷選手。花巻東高校時代の投球フォームは,テイクバック時に肘が上がってしまうクセがあって,肘の故障が心配だった。

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〔花巻東時代の大谷翔平投手のテイクバック〕

 テイクバック時に肘が上がり,コッキングが遅れ気味になるピッチャーは肘を痛めることが多い。プロ野球の解説者が打たれたピッチャーの投球フォームを指して「肘が下がっている」と言うことがあって,以前からとても気になっていた。テイクバック時に肘が上がるのは,肘にたいへんな負担が掛かる投球フォームである。

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〔2015年の大谷翔平投手のテイクバック〕

 ちょっと肘が上がり気味だった大谷投手の投球フォームだったが,2015年にはテイクバック時に肘が上がらないように改善されている。

 そもそも163km/hもの速球を投げるときの肘の負担はたいへんなものだろうが,少しでも負担が少なくなる投球フォームになって,見ているほうとしても安心だ。今までの歴史になかったような,とんでもないピッチングを見てみたい。

 プロ入り後もテイクバック時に肘が上がってしまう投球フォームが直らず,肘を痛めてしまったのが楽天ゴールデンイーグルスの安樂智大投手である。済美高校時の選抜甲子園での酷使が議論になった安樂投手だが,投げすぎよりも投球フォームの問題が大きすぎる印象だ。

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〔楽天ゴールデンイーグルス安樂智大投手のテイクバック〕

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2016年7月23日

大相撲のジレンマ 横綱昇進基準と公傷制度

 暴行事件,八百長事件と不祥事が立て続けに起き,人気が低迷していた大相撲。2011年の春場所は不祥事により初めての本場所中止に追い込まれた(偶然にもこの春場所は,東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の直後の3月13日に開催予定だった)。続く2011年五月場所も正式な興行ではなく,無料公開となる前代未聞の技量審査場所となった。

 それが現在では,本場所で満員御礼が続き,あの「若貴フィーバー」に迫る盛り上がりを見せている。日本人力士(日本出身力士)優勝の期待や,稀勢の里や琴奨菊の綱取りがあり,嘉風や勢,遠藤に対する声援も多い。

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 しかしながら,春場所の琴奨菊に続く今場所(名古屋場所)の稀勢の里の綱取りフィーバーには,大相撲が抱えるジレンマによる空虚さを感じざるを得ない。

 日本人横綱が誕生しないのは,身体が丈夫で強く,運動神経のいい子供が,将来的にその身体を使って身を立てようとするときの選択肢が,相撲以外にも増え,そちらのほうが相撲以上に魅力的だからである。こればかりはどうしようもない。

 大相撲が抱えるジレンマのひとつは,横綱昇進の基準となる内規「大関の地位で2場所連続優勝,またはそれに準ずる成績」である。「またはそれに準ずる成績」の定義は厳密ではなく,かつては2場所連続で優勝して横綱に昇進する力士のほうが珍しかったのである。

 流れが大きく変わったきっかけは,優勝なしで横綱に昇進した双羽黒の突然の廃業である。内規を曖昧なまま適用していたことが批判され,「大関で2場所連続優勝」が必要十分条件であるかのように変わっていった。
 本当に強い力士でなければ大関で2場所連続優勝するのは難しいから,これで横綱の粗製濫造は避けられ,土俵が充実するはずであった。

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 たしかに横綱朝青龍が誕生するまでは,「大関で2場所連続優勝」という横綱昇進条件が十分に機能していたのかもしれない。しかし,この横綱昇進条件は,過去に存在しなかったような“強い力士の存在を想定していない”ことが見えてくる。これが「ジレンマ」である。

 下に示した朝青龍と白鵬の成績を見てほしい(Wikipediaからの抜粋)。黄緑色が優勝した場所を示している。

 朝青龍が毎場所のように優勝すると,当然のことながら大関以下の力士が優勝する機会はまれになる。朝青龍が横綱になって2年目の2004年は年間6場所中5場所優勝。2005年は年間6場所全部を制覇した。朝青龍は,2003年から2006年まで4年間は,2場所連続で優勝をのがしたことがないのだ。

 さらに,その“強い力士”の存在は,間を開けずに横綱白鵬へと受け継がれる。朝青龍の成績の中の赤丸は白鵬が優勝した場所,白鵬の成績の中の赤丸は朝青龍が優勝した場所を示している。

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 2003年の初場所から2015年の名古屋場所までの約13年間,朝青龍と白鵬が2場所以上優勝から遠ざかったのは,2012年の夏場所(五月場所)から秋場所(九月場所)のたった1回のみである(青線部分。ちなみにこの千載一遇のチャンスに日馬富士が横綱に昇進している)。

 東西に横綱が揃わない「一人横綱」の状態は大相撲の番付において異常な状態である。史上最長の一人横綱期間は,2004年の一月場所から2007年の五月場所までの21場所であり,そのときの横綱は朝青龍であった。史上2番目の一人横綱期間は2010年三月場所から2012年九月場所までの15場所で,横綱は白鵬である。

 過去にも強い横綱は存在した。双葉山,大鵬,北の湖,千代の富士……。しかし,一人横綱が長く続くことはなかった。なぜなら,彼らが横綱だった時代には,「大関で2場所連続優勝」という絶対基準がなかったのである。2場所連続して優勝を逃すことが皆無の,飛び抜けて強い横綱が存在するときに新しい横綱が誕生しないのは,「大関で2場所連続優勝」という横綱昇進条件が影響している可能性が高い。

 2場所連続優勝が必須になって以降,大関在位期間の長い力士が増えている。魁皇,千代大海,琴欧洲,小錦,貴ノ浪。最終的には横綱になったが,武蔵丸の大関在位期間も長かった。
 勝てない横綱は,即引退となる。やっと横綱になったが,勝てずに短命横綱となった力士も多い。琴櫻,三重ノ海,旭富士……。
 大関在位期間が長いことを美談にする傾向もあるが,魁皇や貴ノ浪,小錦などは,「2場所連続優勝」の厳密適用さえなければ横綱になっていてもおかしくはないし,たとえ短命横綱に終わってもそのほうが華があったんじゃないだろうか。

 たとえば2004年の大関魁皇の成績は,
10-5,13-2,10-5,11-4,13-2(優勝),12-3(13-2の朝青龍が優勝)
である。魁皇は,「大関在位期間最長の65場所,通算勝星歴代1位の1045勝,幕内在位歴代1位の107場所」の力士としてではなく,力士生命は6年近く短くなっても「左四つで右上手を取ったらめっぽう強い横綱魁皇」として後世に伝えられるべきだったと思う。

 大相撲のもうひとつのジレンマ,それは「公傷制度の廃止」である。

 休場力士の増加に対する批判から,2004年の一月場所に公傷制度が廃止された。「公傷制度」というのは,土俵上のけがで途中休場した力士は,公傷が認められれば翌場所を休場しても番付が下がらないという制度である。けがで途中休場した大関が,角番になった翌場所も公傷が認められないまま休場すると大関から陥落してしまうことが話題になった。

 問題なのは,番付が下がることを嫌い,無理して出場して,力士寿命を縮めているように見えることである。遠藤や大砂嵐が十字靱帯や半月板を痛めたまま,素人目にも完治していないことが明かなのに出場し,元気な頃の姿からは想像もできない,弱々しい相撲を取っている。

 横綱昇進も近いかと思わせた大関照ノ富士も,右膝の十字靱帯を損傷,遠藤と同様に手術を回避して出場を続け(初場所は鎖骨骨折もあり休場),とうとう大関陥落寸前である。琴欧洲は大関に昇進して早々に稽古で右膝を痛め(公傷制度があっても公傷にはならないが) ,強行出場してそれなりの成績は治めたものの,結局引退するまで膝は完治しなかった。把瑠都の最後も痛々しかった。

 公傷制度の廃止が若い有望力士の芽を摘んでしまう危険性は高い。けがを押しての強行出場が美談になる時代ではない。公傷制度の復活,あるいは新たな制度の創設を望む。

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2016年7月13日

フォークボールは自由落下しているだけ

 これから新しい変化球は生まれるか?
 早大・矢内教授と高橋尚成氏に聞く
(2016年5月20日 週刊ベースボールONLINE)

 6つに大きく分類した変化球を、オーソドックスなオーバーハンドの右投手、左投手が投げたとき、ボールの変化の大きさと方向を図表化したのが上記の図です。空気の抵抗や揚力を考慮せず、ボールが自由落下した際に到達した場所が真ん中だとしたとき、それぞれの球種の回転軸と回転の方向によってどの場所に到達するかを示した図です。 

 この図を見るとストレートがカーブと並んで大きな変化をしていることが分かります。右投手のオーソドックスなオーバーハンドでは、リリース時に右へ30度程度の角度がつくため、ボールの回転軸も右へ傾きます。そして強烈なバックスピンがかかるため、右上の方向へと軌道は変化するのです。

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 日本では珍しく「チェンジアップやフォークボールは(自由落下以上には)落ちない」ことを書いた記事である。さらにいえば,下向きに自由落下以上に変化するのはカーブだけであることも書かれている。

 10年ぐらい前からメジャーリーグではSPORTVISION社が開発した投球軌道追跡システム「PITCHf/x」を全スタジアムに設置しており(守備や走塁での選手の動きを追跡する「FIELDf/x」もある),ピッチャーの手を離れた位置からホームベースまでのボールの軌道や球速の変化,ボールの回転量,そして無回転だったときの軌道に比べた変化量を,全試合,全球記録している。
 しかも,メジャーリーグ公式サイトのGAMEDAYページで,誰でもそのデータを見ることができる。
 前時代的なスピードガンの数値だけの日本とは大違いである。

 そのPITCHf/xのデータからわかるのは,ボールの変化量はスピン量に比例するということである。

 つまり,スピン量の少ない(=無回転に近い)チェンジアップやフォークボール,スプリットの軌道はほぼ自由落下曲線を描き,自由落下以上には変化しない。

 それとは逆に,強いバックスピンがかかるストレート(特にフォーシーム)は上向きの浮力が加わるため,自由落下曲線よりも直線に近い軌道となり(=落下量が少ない),下向きのスピンがかかるカーブ(昔の言葉で言えばドロップ)は自由落下曲線よりもさらに下向きの力が加わって,より下向きに変化することになる。

 もちろん,自由落下以上には変化しないからといって,そのボールが打ちやすいわけでないことは,実際に野球のゲームを見ればわかるし,野球をしたことのある方なら体感済みだろう。

 大昔,私は野球部でピッチャーをやっていたことがあり,ボールの回転によるマグヌス効果で説明できるカーブの変化やストレートの伸びに対して,なぜフォークボールが落ちるのかがずっと気になっていた。大学の流体力学の授業でナビエ−ストークス方程式やレイノルズ数を習ったときに,無回転ボールの球速の変化が乱流域と層流域を跨がる可能性を考えたりもしたが,まったく的外れだった。学生時代にPITCHf/xのデータがあったら人生が変わっていたかもしれない(意味不明)。

 前にも書いたが,私は大の江川卓ファンである。しかし,一部の江川ファンが「江川のボールは初速と終速の差がなかった」というようなことを言うのが嫌いだ。バックスピンにより直線に近い軌道であることを意味する“ボールの伸び”と,空気抵抗による球速の低下が小さいことを混同しているからである。

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 江川の全盛期と私の学生時代はほぼ重なるので,テレビの野球中継で江川が投げたゲームはほとんど見ていた記憶があるが,初速と終速が表示された神宮球場などの中継で,江川のボールの初速と終速が近かったことはないし,江川よりボールの遅いピッチャーに比べて,江川の初速と終速の差はむしろ大きかったことは,当時の精度の低いスピードガンでも明らかだった。

 PITCHf/xのデータを見れば,速いボールほど初速と終速の差が大きく,遅いボールは初速と終速の差が小さいことがわかる。バックスピンの効いたボールほど空気抵抗に反する力が働いて終速が落ちないなんてこともないし,回転の少ないチェンジアップやフォークボールのほうが急に速度が落ちるなんてこともない。ボールの球速を低下させる空気抵抗は速さに比例するのだから,速いボールほど大きな空気抵抗を受ける。当たり前である。

 日本のプロ野球では,解説者までもがいまだに「初速と終速が変わらず,手元で伸びるボール」とか「交代したばかりの選手のところにボールが飛ぶ」のような科学的根拠のないことをしゃべりまくっている……

 バックスピンのない140km/hのフォークボールは,ピッチャーの手を離れてから約0.47秒でホームベース上に到達する。ボールは0.47秒間で重力加速度により約1.1m落下する。これがフォークボールが“落ちる”正体である。

 そんなバカな。バッターの手元で急激に落ちているじゃないか?

 フォークボールの落下は重力加速度によるものである。
 落下距離 z は,z = 1/2・g・t²(g は重力加速度 9.8m/s²)で求まるから,ピッチャーの手を離れてから0.47秒間の最初の0.235秒で約27cm落下し,後半の0.235秒で約81cm落下する。バッターの手元で急激に落ちているように見えるのも当然である。

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2016年4月 2日

着地しかけて再び浮き上がるスキージャンプ

 アルペンスキーの滑降とノルディックスキーのジャンプが好きだ。特にスキーフライングが大好きだ。ジャンプの後半で,着地面と平行にぐんぐん距離を伸ばす瞬間にエクスタシーを感じる。

 スキージャンプは空中を飛んでいるわけでなく,高いところから落ちているだけだ,という言い方をすることがある。たしかに,どれほど距離を伸ばすジャンプでも低い位置から高く舞い上がるわけではない。
 しかし,助走路で得た100km/hという速度から重力によって加速し,着地時には150km/h近くまで高速化することによってジャンパーは大きな浮力を得ることができるため,ジャンプ後半はまさに“空中を飛ぶ”状態となる。

 次のYouTube動画は,一度スキーの後端が着地面に接触しかけてから再び浮き上がるのをとらえた映像である。

 これは,2015年2月15日,ノルウェーのVikersundにある世界最大のジャンプ台ヴィケルスンジャンプ競技場で行われたフライングワールドカップにおける,ノルウェーのAndreas STJERNEN選手の1回目,230.5mの大ジャンプだ。

 Andreas STJERNEN選手は2回目に160mと失敗して10位,2回目に245m飛んだSeverin FREUND選手が優勝している。同大会で2位となったAnders FANNEMEL選手は,1回目に251.5mという世界最長記録を更新。スキーフライング好きには忘れられない大会だった。

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2015年12月20日

スキージャンプの革新か ユリア・キッカネン

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 ノルディックスキーのW杯ジャンプ女子を見ていたら,明らかに他の選手と異なる試みをしている選手に目が釘付けになった。フィンランドのユリア・キッカネン(Julia Kykkaenen)である。
 まだ21歳の若い選手で,最近はW杯の10位前後に入り始めている。今シーズンのW杯は第2戦が6位,第3戦が12位で,3戦までの総合成績は62ポイントで13位に入っている。

 キッカネン選手の何が革新かと言うと,ジャンプ台のアプローチ(助走路)でのスターティングゲートからの離れ方である。
 キッカネン以外の選手は,スターティングゲートに座った姿勢から,そのまま空気抵抗の少ないクラウチング姿勢に滑らかに移行する。クラウチング姿勢は,少しでも大きいアプローチ速度を得るために,できるだけ空気抵抗の少ない低い姿勢が好ましい。
 ところがキッカネン選手は,スターティングゲートを離れる瞬間にクラウチング姿勢に移らず,一旦立ち上がってアプローチをすべり始めるのだ。

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〔ユリア・キッカネン選手のアプローチ姿勢〕

 参考のために,ノルディックスキーW杯ジャンプで総合成績トップに立つ高梨沙羅選手のアプローチ姿勢は,ゲートを離れた直後からクラウチング姿勢である。

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〔高梨沙羅選手のアプローチ姿勢〕

 スキージャンプのアプローチは,ジャンプ台先端のカンテでジャンプするときの初速度をいかに高めるかがカギとなる。すなわち,滑り抵抗の小さいスキー,空気抵抗の小さいクラウチング姿勢が重要だ。
 そしてもうひとつ。重力による位置エネルギー[E = mgh]をジャンプ台先端のカンテでいかに運動エネルギー[E = (mv²)/2]に変換するかの勝負になるから,スターティングゲート位置によって決まるジャンパーの重心位置[h]がとても重要になる。

 スターティング位置はアプローチ速度,すなわちジャンプの飛行距離に直接影響するため,選手が飛びすぎないように,競技が正しく行われるように,50cm程度の単位で細かく調整される。競技前半に飛ぶランキング下位選手が飛行距離を伸ばすようだと,上位選手は危険になるため,途中からスターティングゲートを1段2段下げて,得点にゲートファクターを追加することもある。

 それほどまでにスターティングゲート位置は重要なのである。それを頭に入れて,上のユリア・キッカネン選手のアプローチ姿勢を見てほしい。スタート直後にクラウチング姿勢を取る場合に比べて,キッカネン選手の重心位置は50cmぐらい,つまりスターティングゲート1段分ほど高いことがわかる。
 キッカネン選手のアプローチは,うまく体重移動ができれば他の選手よりも常にゲート1段分ほど位置エネルギーが大きいのである。

 アプローチを少し下り始めるとスキーの速度が上昇するため,空気抵抗が発生する。
 空気抵抗は選手の周囲を流れる空気の状態が層流か乱流かによって大きく変化するのだが,大ざっぱに言うと低速のときは層流で空気の粘性はほとんど影響せず(レイノルズ数Reが小さい)空気抵抗は速度に比例し,高速になってくると空気の粘性率が寄与する(=レイノルズ数Reが大きくなる)ため空気抵抗は速度の二乗に比例するようになる。

 スターティング位置で少し大きな位置エネルギーをもらったキッカネン選手だが,空気抵抗による損失を最小限にするためには,速度の小さい,レイノルズ数Reが1000以下の状態でゆっくりとクラウチング姿勢に移る必要がある。どの時点でクラウチング姿勢にするかは難しいところだが,映像を見る限りでは,キッカネン選手はそのあたりもちゃんと考慮しているようだ。

 以上のように,スキージャンプの女子選手ユリア・キッカネン選手の,一旦立ち上がってからのアプローチは合理的であり,今後スキージャンプ界に広く浸透していくことになるのではないかと推測する。

 私はノルディックスキージャンプが好きで,子供の頃から競技を見続けている。小学生の時には札幌オリンピックの70m級ジャンプで日本の笠谷・金野・青地の金銀銅表彰台独占を見て興奮し,教室で友人達に支えられながらジャンプの姿勢をマネしたり,裏山での竹スキー遊びで無茶なジャンプを何度も繰り返した。
 テレビのジャンプ中継にかじりつき,インスブルック五輪70m級金メダルのハンス=ゲオルク・アッシェンバッハ(Hans-Georg Aschenbach)のクラウチング姿勢でのバックハンドスタイル(当時はアッシェンバッハスタイルと呼ばれた),そして元祖V字ジャンプのヤン・ボークレブ(Jan Boklöv)というジャンプ競技における2つの革新に立ち会えた。
 キッカネン選手のアプローチは,その2つに続く大きな革新になるかもしれないと考えている。

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〔笠谷幸生のフォアハンドスタイル。飛行姿勢とテレマークが完璧〕

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〔アッシェンバッハのバックハンドスタイル。現在はこれが一般的になった〕

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〔ヤン・ボークレブのV字スタイルジャンプ。現在ではこのスタイルが一般的になったが,当時は不格好なことで話題になった〕

 マッチ・ニッカネンが圧倒的に強い時代が続いていた1980年代後半,ときどき飛距離でニッカネンを上回る選手が突然現れた。それがヤン・ボークレブである。スキーの板を平行にして飛ぶのが常識だった時代に,スキー先端が広がってしまう不格好な飛び方だった。当時の採点基準では,スキーの板が平行になっていないと飛型点が大きく減点されたため,飛距離では他選手を上回っても得点が伸びないことが多く,W杯では通算5勝したものの,オリンピックの個人では47位が最高だった。

 しかし,ボークレブの後,V字スタイルのジャンプは科学的に飛距離が伸びることが証明され,多くの選手が次第にV字ジャンプに移行することになった。1992年のアルベールビルオリンピックでは,ほとんどの選手がV字スタイルで飛んだ。現在も現役選手を続ける“レジェンド”葛西紀明選手は,アルベールビルでのV字スタイルへの移行の決断が遅れ,部外者の私から見ると,ほとんどぶっつけ本番でオリンピック本番を迎えたという記憶がある。

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〔カナダのコリンズの逆V字スタイル〕

 飛型点が低くても飛距離を伸ばした例では,ボークレブの他にカナダのコリンズ(Steve Collins)がいる。彼がまだ若かった1980年頃は,スキーの先端を閉じ,後ろ側を広げた逆V字スタイルで飛んでいた。この逆V字スタイルも,ひょっとしたらスキーを平行にするよりも流体力学的に飛距離が伸びていた可能性がある。なにより,この飛型はV字スタイルよりも美しいと思う。

 そういえば,日本の上原子(かみはらこ)選手も,スキーの板をそろえられず,脚を段違いに広げて飛ぶ選手だった。

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2015年9月20日

ラグビーW杯で日本が歴史的大金星

 <ラグビーW杯>日本金星 強豪南ア破る(2015年9月20日 毎日新聞)

 ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会は19日、当地で1次リーグB組の日本が過去2回優勝で世界ランキング3位の南アフリカと初戦を戦い、34-32で破る「金星」を挙げた。

 日本は前半、五郎丸(ヤマハ発動機)のPGで3点を先取。その後、逆転されたものの、リーチ(東芝)のトライで逆転するなど互角に戦い、10-12で折り返した。後半開始直後に再逆転し、その後も2度同点に追い付く粘りを見せたうえ、終了間際にトライを決めて逆転勝ちした。

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 凄いものを見させてもらった。感動的な試合だった。涙が止まらなかった。
 鋭く粘り強いタックル,低いスクラム,確実なハンドリング,そして継続継続……

 今回のW杯でも優勝候補と言われ,過去に2回も優勝している南アフリカは,W杯通算25勝4敗でW杯では最も勝率の高いチーム。対する我が日本は通算1勝21敗2分け。勝敗に運が大きく左右する野球やサッカーと違い,ラグビーは番狂わせの少ないスポーツだから,戦前は“どこまで善戦するか”が注目されていた。世界ランク3位と13位では大きな実力差があり,失点が20点台で1トライ取れれば大健闘という新聞の予想もあった。

 日本は五郎丸のPGで先制。逆転された後も,離されては追いつき,離されては追いつく手に汗を握る展開。最後の最後まで接戦だった。

 そしてノーサイド直前,日本はペナルティゴールのチャンスを得た。得点は29-32と3点ビハインド。決めれば南アフリカ相手に引き分けて,勝ち点2をゲットできる。

 なんと,そこで日本は敢えてトライを狙いに行くため,PGではなくスクラムを選択するのだった。大きな賭けだった。スタジアムに響き渡るジャパンコールとどよめき。

 その数分前,29-29の同点で南アフリカのゴール前で日本は痛恨のファウルを取られ,南アフリカはスタジアムの大きなブーイングの中でPGを選択し,3点をリードしていた。格下の日本相手にトライを狙わない消極的な選択。離しても離しても追いついてくる日本の粘りに,明らかに南アフリカは追い込まれていた。

 対照的に,PGによる引き分けではなく,あくまで勝ちを狙いにいった日本。スタジアムの盛り上がりは最高潮。最後はヘスケスが逆転のトライを決めた。ラグビーW杯の歴史に残る番狂わせとなった。

 2019年のラグビーW杯の開催国は日本である。開幕戦や決勝戦を行うメインスタジアムは新国立競技場のはずだったが,例のゴタゴタで日本のラグビー界は聖地を失った。ゴタゴタについての言論の中には,2019年のラグビーW杯開催に対する言及が一言もない,いい加減なものも多く,ラグビーファンの不満は鬱積するばかりだった。

 今回の南アフリカ戦が,そんな鬱憤を一気に晴らしてくれた気がする。今までに見たラグビーの中でも最高の試合だった。勝ったことだけじゃなく,その内容がまた素晴らしい。

 50ウン回目の誕生日に,最高のプレゼントをもらった。

 そして,“ラグビーW杯地上波独占放送”を謳いながら日本×南アフリカ戦を生中継せず,録画放送にするという「0テレ」。過去にも生放送と言いながらラグビーのディレイ放送をして,しかも試合が放送時間に収まらないという醜態をさらしたことのある「0テレ」が,またもや歴史的大失態。既に削除されているけど,セクシー解説動画もひどかった。日テレ,ざまあ……


〔日本対南アフリカ 感動のラスト10分(YouTubeから)〕


〔Irish fans in Cardiff celebrate Japan's Rugby World Cup win(YouTubeから)〕

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2015年8月28日

柔道の野村忠宏氏に国民栄誉賞を

 野村忠宏に国民栄誉賞を Rソックス・上原が訴える(2015年8月26日 デイリースポーツ)

 8月29日に出場する全日本実業柔道個人選手権大会限りでの現役引退を発表した五輪柔道3連覇の野村忠宏(40)についてレッドソックスの上原浩治投手(40)が26日、国民栄誉賞授与を訴えた。

 上原は公式ブログに「とうとうこの日が来てしまったね。29日の全日本実業柔道個人選手権で引退…。怪我との戦い、その中でも凄い実績をあげてきた。オリンピック三連覇」と、その業績を記した。

 そんな野村の引退を聞いて、上原は「なぜ国民栄誉賞が野村さんに渡らないんだろう?いまでも思ってます」と訴えた。

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 上原投手の言う通りだと思う。

 1996年アトランタ,2000年シドニー,2004年アテネ,オリンピック柔道で三連覇。とてつもない偉業なのに,なぜ野村忠宏氏は国民栄誉賞をもらえないのだろう。

 同じことが,アテネ,北京,そしてロンドンのオリンピック女子63kg級レスリングで三連覇を達成し,四連覇の可能性まである伊調馨選手にも言える。伊調選手は2003年5月以来負け知らずという,圧倒的な強さを継続しており,連勝記録でも同じオリンピック女子55kg級レスリングで三連覇をして国民栄誉賞を受賞した吉田沙保里選手を上回っている。

 国民栄誉賞の基準がいい加減すぎやしないだろうか?

 ちなみに,オリンピックの金メダリストで国民栄誉賞を受賞しているのは,柔道の山下泰雄氏(金メダル1個),女子マラソンの高橋尚子氏(金メダル1個),女子レスリングの吉田沙保里選手(金メダル3個)の3人である。

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