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2016年8月の16件の記事

2016年8月29日

日本から迷走台風がなくなる日

 台風10号、30日に上陸の恐れ…大雨に警戒(2016年8月29日 読売新聞)

 大型で非常に強い台風10号は30日に北日本か関東に上陸する恐れが出てきている。

 台風の平年の上陸数は2・7個だが、10号が上陸すれば今月4個目となり、1954年9月と62年8月の1か月の最多上陸に並ぶ。

 気象庁によると、台風10号は29日午前0時現在、日本列島の南海上を時速約25キロで北東に進んでいる。中心気圧は940ヘクト・パスカルで、中心付近の最大風速は45メートル、最大瞬間風速は65メートル。29日は関東の南東海上を北東に進み、30日は関東の東海上で、北よりに進路を変更するとみられ、暴風域を伴ったまま上陸する恐れがある。

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 十日ほど前に本州の南を西にゆっくりさまよっていたときには,それほど大きくも強くもなかった台風10号「ライオンロック」だが,沖縄東方の南大東島付近まで移動ながら暖かい海からのエネルギーを大量に取り込んで,とうとう大型で強い台風に発達し,しかも関東沖から江川卓が投げるカーブのような軌道を描いて,関東地方から東北地方に上陸しそうな勢いである。

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 これは約十日前の8月20日18時の天気図である。
 台風9号から台風11号の三つがそれぞれに影響し合うほどの距離で日本列島に迫っていた。相互作用する質点の運動の問題は,質点が3点になると途端に難しくなり,厳密解が得られなくなる。三体問題である。

 こりゃ気象庁などで天気予報をする人は大変だろうと思ったが,驚いたことに台風の進路予想はかなり正確だった。

 そして,ひとつだけ残って日本列島の南を迷走していた台風10号も,「迷走」を強調するのは天気予報だけで,その迷走の仕方も含めて,予報円は(予報円が大きいという問題はあったが)どんぴしゃだったように思う。台風10号が暴風域を持って東に移動し始めてからもほぼ予想通りに動いている。

 とうとう迷走台風の進路まで予想できるようになりつつあることを感じさせる出来事だった。「迷走していて明日の進路がわからない台風」がなくなる日も,いずれやってくるに違いない。

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2016年8月28日

カシオが広角端19mmズームのデジカメ発表

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 カシオが35mm判換算で19-95mmに相当(F2.7-6.4)するズームレンズを搭載するコンパクトデジタルカメラ EXILIM EX-ZR4000 を9月9日に発売すると発表した。

 広角端が19mm相当というのは,なかなか魅力的だ。コンパクトデジカメの望遠側にはまったく期待していないので,95mmまで頑張らずに50mm程度に抑えてくれたら,そして広角側を18mmまで(ぜいたくをいえば16mmまで)頑張ってくれたら,もっと魅力的だったのにとも思う。

 そう,実はニコンのDL18-50 f/1.8-2.8を心待ちにしているのだが,6月に予定されていた発売が延期になってしまって,8月が終わろうとする現在でも発売日が未定のままなのである。

 なぜ広角端が18mm,19mm相当のコンパクトデジタルカメラに魅力を感じるのか。私の場合は,旅先に持っていく一眼レフカメラ(ミラーレス含む)のレンズを標準ズーム1本だけにし,広角ズームレンズ代わりに使いたいからである。

 直近の旅行に持ち出したカメラは,

 ・SONY α7S + FE16-35mm F4
 ・Cyber-shot RX100M3 24-70mm F1.8-2.8

という組み合わせだったが,これを逆にしたいのである。

 本格的な写真撮影は標準ズームにして,サブカメラのコンパクトデジタルカメラを広角ズームにすれば,乗り降りした列車やバス,駅の写真を気楽にスナップするときに広角レンズが使える。限界まで引いて建物全体を撮りたい時など,広角レンズは絞って使うことが多いので,センサーサイズの小さなコンパクトカメラでも十分なのだ。

 たとえば,

 ・PENTAX K-1 + D FA24-70mm F2.8
 ・Nikon DL18-50 f/1.8-2.8

 ほら,しっくりくる組み合わせではないか。

 家電メーカーのカメラは買いたくない気持ちもあって(とか言いながら,パナソニックのGF1とかGX1に手を出している),カシオのEXILIM EX-ZR4000にすぐ飛びつくつもりはないが,店頭でいじってみて良さそうだったら買っちゃうかも。色がホワイトとブラックで,個人的にはブラック一択なのだが,カメラ全体がブラックなのではなく,天板と底板やレンズ周りがシルバーなので魅力が半減。ブラック一色のモデルは出ないのだろうか……

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2016年8月25日

北海道の台風被害甚大 石北線復旧に1か月以上

 石北線復旧に1カ月以上 北海道の台風被害(2016.8.24 産経フォト)

 JR北海道は24日、台風11号と9号の上陸に伴う大雨で、石北線の一部で線路下の土砂が流失し、復旧には1カ月以上かかるとの見通しを示した。札幌と網走を結ぶ特急「オホーツク」が通過する区間で、長期の運休が避けられない見通し。
 JR北海道によると、上川町の石北線上川-白滝間で脇を流れる留辺志部川が増水、護岸が壊れ、約40メートルにわたり線路下の土がえぐり取られた。23日には復旧作業のため通過した保線用車両が脱線、作業員3人がけがをした。同社工務部の板東茂己副部長は記者会見で「被害は甚大で最低でも1カ月、月単位の時間がかかる」と説明した。

Dly1608240025p1 〔JR石北本線上川−白滝間で、線路下の土砂が流出した現場=23日、北海道上川町(JR北海道提供)〕

 低気圧からのびた前線により雨が降り続いていた北海道に,台風11号と9号が相次いで上陸したことにより,北海道に大きな被害が発生している。
 JR北海道関係では,1月に高波で線路下の路盤が流出,現在も不通になったままの日高本線では,他の区間でも土砂が流れ込んだり,路盤が流出している。その他にも,釧網線や根室線など19か所で線路に土砂が流れ込んだり,冠水したりする被害が出た。

 さらに,石北本線の上川〜白滝間では線路の横を流れる留辺志部川が増水して路盤の護岸が流されたため,シェード区間で保線用車両が脱線,作業員3人がけがをした。
 この区間は札幌と網走を結ぶ特急「オホーツク」が通過する区間であり,路盤流出の被害は甚大で,最低でも1か月,月単位の時間がかかることから,長期の運休が避けられない。

 厳しい経営状況が続くJR北海道は,すべての路線を維持するのでは資金繰りの破綻は避けられないとして,秋にもJR北海道単独では維持するのが難しい路線の具体名を公表することを発表している。一部路線の廃止やバス転換,上下分離方式への移行は待ったなしの状況である。

 そんなJR北海道にとって,これらの甚大な被害はまさに泣き面に蜂だ。なし崩し的に,抜本的な経営改革が必要になるのではないだろうか。

※ マスメディアのほとんどが「石北線」と記述しているが,国鉄民営化時にJR四国が予讃本線・土讃本線・高徳本線・徳島本線から本線を取って予讃線・土讃線・高徳線・徳島線にしたのとは違い,JR北海道は「本線」を省略していないはずなので,「石北本線」が正しいと考え,記事中では「石北本線」と記述している。

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〔北見駅のホームに停車する石北本線の気動車と北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(2006年4月廃止)の気動車(2004年8月撮影)〕

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〔北見駅を発車した石北本線網走行きの気動車(2004年8月撮影)〕

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〔石北本線の北見駅に停車するディーゼルカーの中からホームを見る(2004年8月撮影)〕

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〔石北本線北見〜網走間の車窓(2004年8月撮影)〕

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〔網走駅を発車した札幌行き特急「オホーツク」(2004年8月撮影)〕

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2016年8月22日

北海のバスター作戦に見た遠い夏の甲子園

 第98回全国高校野球選手権大会決勝は,栃木の作新学院が北海を7-1で破り,54年ぶり2回目の優勝を果たした。
 甲子園球場に作新学院が登場するだけで,1973年(昭和48年)に怪物江川卓を擁して甲子園の話題をさらったときの作新学院を思い出してしまうのだが……

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 今年の決勝戦で,作新学院の快速球右腕今井達也投手攻略のために北海高校が採ったのはバスター作戦(プッシュ打法)だった。ランナーがいなくても,各打者がバントの構えからミートに徹したバッティングをしたのである。そう,あの怪物江川に対して柳川商(福岡県)が行った作戦だ。思わず40年前を思い出して興奮してしまった。

 柳川商(現在の柳川高校)がそのような奇策を採るほど,江川が投げるボールは凄かった。春の選抜大会では準決勝で広島商に敗れたものの,江川は4試合で60奪三振を記録(2016年現在でも選抜大会の最多奪三振記録として破られていない)。江川から唯一得点した広島商も,打ったのは内野安打とポテンヒットの2安打だけで,ほとんど外野までボールが飛ばなかったのである。

 なにしろ,作新学院が選抜大会に出場を決めた1972年(昭和47年)秋の江川は,関東大会で東農大二高を6回1安打13奪三振無失点,銚子商を9回1安打20奪三振完封,決勝では横浜を9回4安打16奪三振で完封し,通算では110イニング連続無失点を記録したままで甲子園に乗り込んできたのであった。

 さらに,1973年の夏の大会の江川はそれほど調子が良くなかったと言われているが,栃木県大会は5試合中3試合がノーヒットノーラン(うち1試合は完全試合,1試合は三振振り逃げで完全試合を逃している),44イニングで打たれたヒットがわずか2本,75奪三振無失点で,今度は140イニング連続無失点で甲子園にやってきた。

 その連続イニング無失点記録を145イニングで止めたのが,柳川商のバスター作戦である。柳川商は延長15回で江川から7安打で1点を奪い(23三振),作新学院に破れはしたものの鮮烈な記憶を残した。

 高校時代の江川卓のピッチングがいかに圧倒的だったか,平成の怪物と呼ばれている横浜高校の松坂大輔,そして桐光学園の松井裕樹と高校時代の公式戦通算記録を比較してみる。

 江川 44試合 354.0回 103安打 531奪三振 自責点16
 松坂 47試合 379.0回 209安打 423奪三振 自責点47
 松井 37試合 253.2回 144安打 369奪三振 自責点53

 江川が打たれたヒットは松坂大輔の約半分しかない。松坂の通算完封数が13回なのに対して,江川はノーヒットノーランが12回(完全試合2回)。
 普通の好投手が1点取られるのと江川が1本ヒットを打たれるのが同じぐらい,普通の好投手が完封するのと江川がノーヒットノーランを記録するのが同じぐらいの頻度になると考えれば凄さをイメージしやすい。

 そんな怪物江川も,夏の甲子園2回戦の銚子商戦,よく知られている雨の中の延長12回,押し出しサヨナラ負けで甲子園を去った。

 雨を愛する詩人であり野球好きだったサトウハチローは,作新学院−銚子商戦を観戦した後で詩を作った。「雨に散った江川投手」と題するその詩が翌日のスポーツ新聞に掲載された。

雨に散った江川投手  サトウハチロー

雨のために江川投手は
敗戦投手となった
彼のことだから雨をうらんだりはしない
敗けましたと大きくうなづき
深いためいきをもらした

晴天つづきだった今度の大会に
雨が落ちた
それもものすごいどしゃぶりだった
普通なら中止だった
だが延長戦になっていたのでつづけた

天を仰いで応援団は
嘆きと悲しみの底に沈み
ナインの胸にはこの雨が
生涯忘れることの出来ないものとなった
こんな雨は又とない雨だ

甲子園の雨は
ものすごい音がする
わたしはそれをよく知っている
すぎし日にわたしはそれを唄った
わたしはその詩句までおぼえてる

雨に散った江川投手の心に
この日の雨はしみこんだにちがいない
心の底までぬらしたにちがいない
わたしはその姿を目にうかべ
まつ毛をびしょびしょにぬらしていた

わたしは雨を愛した詩人だ
だがわたしは江川投手を愛する故に
この日から雨がきらいになった
わたしは雨をたたえる詩に別れて
雨の詩はもう作らないとこころにきめた

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2016年8月19日

山口百恵は過大評価されているのか?

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 1980年の引退から35年以上経っても,いまだにメディアに取り上げられる百恵ちゃん。1990年代のCDバブル期でさえ山口百恵のCDが盛大に復刻することはなく,熱烈なファン以外の人々の記憶の中からは,そのまま消えてしまうかと思われていたのに,ここ5年ぐらいについて言えば,むしろメディアに取り上げられる回数が増加している印象さえある。ずっと百恵ちゃんのファンをやっていても驚くばかりである。

 YouTubeをはじめとするネット動画(もちろんその多くは厳密に言えば違法動画)の普及により,現役当時の映像が誰にでも簡単に見られることが,山口百恵の人気復活の引き金になっていることは言うまでもない。

 私は今まで『山口百恵と松田聖子・AKB48を比較する』『ピンク・レディーとAKB48を比較してみた』『オリコン1位が4曲・山口百恵はホントに凄かったの?』などの記事で,当時の山口百恵の人気が,世の中にたくさん存在する「○○曲連続オリコンチャート1位のアーティストたち」と比べても遜色がないばかりか,上回ってさえいるということを書いてきた。

 客観的な数値を元にした比較に徹して,主観に偏らず比較しているつもりではあるが,ブログ記事に「山口百恵は過大評価だ」「オリコンチャートで上位であっても実際の人気は別」というコメントが付いたり,YouTubeで『松本人志「山口百恵はそれほどでもない」 』という動画(音声のみだが)を見たりすると,反論したくなってしまう。

 そこで今回取り上げるのは,集英社の芸能誌『明星』である。ライバル誌だった『平凡』とともに,1970年代には売上げ部数が100万部を越えていた。その『明星』が毎年行っていた人気投票のランキングを比較してみる。人気投票なので,なかなかレコードを買えなかった当時の中高生の人気を反映したランキングになっていると思われる。

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『明星』誌 紅白人気投票ベストテン推移
〔『明星』の人気投票ランキング(クリックすると拡大)〕

 雑誌『明星』が人気投票を復活したのは1972年で,そこから1980年までのベスト10を抜き出した。Googleで検索したところ,1964年のデータと1982年の中間発表データが見つかったので,それを追記している。
 誌面ではランキング30位まで発表されていて,それがなかなか興味深いのだが(オリビア・ニュートン・ジョンやスージー・クアトロ,キッスが入っている),煩雑になるのでベスト10に限定した。
 ちなみに,山口百恵がデビューした1973年の順位は11位で,惜しくもベスト10に入っていない。

 1972年から1980年までの主なアイドルの人気投票ランキングをグラフ化してみた。

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 雑誌『明星』の人気投票ランキングから言えることを箇条書きする。

・山口百恵の人気はダントツ
・レコードが爆発的に売れたピンク・レディーも2位止まり
 子供に人気=財布を持っている親がレコード購入か
・山口百恵が過大評価というより,桜田淳子が過小評価
・1975年に淳子が百恵を抜くのはオリコン順位と一致
・榊原郁恵と石野真子の人気は(個人的には)予想外
・キャンディーズの人気は安定していた
 「微笑がえし」だけが爆発的に売れたわけではない
・白組の新御三家の人気は盤石(特に郷ひろみ)
・三浦友和の順位が高いことにびっくり
 1975年から18位→4位→2位→7位→13位→16位

■ 結論

 山口百恵は1980年の引退時点でレコードを一番多く売った歌手であるだけでなく,現役当時からアイドル的な人気も高かった。引退を発表して人気が盛り上がったのでもなく,引退後にメディアに登場しないから神格化されているのでもない。

 ブログにコメントをいただいたように,1970年代の人気はオリコンランキングだけで測ることはできない。当時はレコードが高価で中高生が気楽に買えるものではなかった。だからみんなラジオの音楽番組で好きな曲を必死でエアーチェックし,カセットテープに録音して繰り返し聴いた。

 レコードやカセットテープを聴くためにはレコードプレーヤーやカセットデッキが必要で,歌謡曲は室内で聴くものだったし,テレビで見るものだった。テレビでは生バンドによる生演奏で歌手が歌う姿を見ることができたし,贅沢なことに当時は生放送も多かったので,ライブと同様の臨場感や緊張感も感じることができた。ミュージックDVDを買ったりしなくても,テレビでそれを楽しめたのである。

 ソニーが初代ウォークマンを発売したのは1979年であり,レコードの音楽をカセットテープに入れて外で聴くことが一般的になったのは,1980年代になってからである。街に貸しレコード店が一気に増え,1982年にはCDが登場。カセットテープにダビングして聴く環境が整ったことで,レコードやCDの売上げは爆発的に増加した。そんな時代と1970年代をレコードの売上げ枚数で比較することはできない。

 雑誌の人気投票ランキングで当時の人気がすべて判断できるわけではない。しかし,当時のデータを少しでも多く集めれば,忘れられつつある当時の様子が少しずつ見えてくることもまた確かである。

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2016年8月16日

オリンピック生中継の臨場感と映画の映像美

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 リオデジャネイロ・オリンピックの日程も終盤に入り,すっかり寝不足の毎日である。そんなオリンピック三昧の中,日本映画専門チャンネルで映画『時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日 (VISIONS OF EIGHT)』が放送された。

 映画『時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日 (VISIONS OF EIGHT)』は,市川崑をはじめとして世界を代表する8人の映画監督がオムニバス形式で映像美の極地に挑んだミュンヘン・オリンピックの公式ドキュメンタリー映画で,1973年のゴールデングローブ最優秀ドキュメンタリー賞の受賞作品でもある。

 ミュンヘン・オリンピックは,個人的には,体操の塚原光男の鉄棒の下り技「月面宙返り(ムーンサルト)」と,パレスチナゲリラによる選手村襲撃の悲劇「黒い九月事件」が強く印象に残る大会だった。

 ジョン・シュレシンジャー監督が担当した最後の章「最も長い闘い(マラソン)」には選手村の悲劇も描かれている。

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 市川崑が担当した陸上男子100mでは,走る選手を正面からとらえる。一列に並んだ選手が一斉にこちら側に向かって走ってくるシーンは,テレビの映像では見ることはなく,迫力がある。
 映画全体が,まさに「時よとまれ 君は美しい」という映像美で埋め尽くされている。

 しかしながら,今現在,リオデジャネイロ・オリンピックの生中継のライブ映像を見ていると,やっぱりリアルタイムの映像は,リアルタイムならではの緊張感というか緊迫感というか,手に汗握る魅力にあふれている。何が起こるかわからない臨場感は,名監督が構成する映像美をはるかに上回る迫力がある。

 生中継の映像は,眠い目をこすりながらでも見る価値があると断言できる。

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2016年8月11日

青春18きっぷと途中下車はどっちが得か?

 夏休み前になると「青春18きっぷで旅をしたいのでアドバイスがほしい」と訊ねられることが多い。青春18きっぷが“JR全線が乗り放題”であるところが魅力で,“気ままな旅”がしてみたいらしい。

 訪ねた人に「普通乗車券の“途中下車”という仕組みを知っているか?」と聞いてみると,どうも知らない人のほうが多いようだ。普通の切符でも列車の乗り降り・途中下車は自由なんですよというとびっくりされる。普段利用する片道100km未満の切符に“下車前途無効”と書かれているように,どこまでの切符であっても途中の駅で改札を出てしまうと,そこから先は切符を買い直さなければならないと思っている人が多いのである。

■「青春18きっぷ」と「普通乗車券での途中下車」はどっちが得か?

 東京から静岡まで行くときに熱海までの切符を買って,熱海で一旦下車して昼食を食べて,熱海駅で静岡までの切符を買って静岡に行った場合,熱海で「途中下車」したことにはならない。熱海で「下車」したのである。
 同様に,熱海駅で時間があったからホームに降りて立ち食いソバを食べたとしても,それは「途中下車」とは言わない。

 途中下車はとてもよく知られている言葉だが,正確な意味で使われているとはいえない状態だ。途中下車とは,簡単に言えば「乗車券の有効期間内なら,途中駅で改札の外に出た後にまた改札内に入り,乗車券に記載してある区間を後戻りしないで旅を継続することができる」という仕組みである。

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〔津山から姫新線・伯備線・芸備線・山陽線経由で岡山までの普通乗車券。わずか3260円で有効期間は4日間〕

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〔姫路〜福岡市内の普通乗車券。有効期間は4日間〕

 片道100km以上の乗車券であれば,200kmまでなら有効期間は2日,400kmまでなら3日間,600kmまでなら4日間,800kmまでなら5日間となる。たとえば東京から姫路までの普通乗車券は9830円で,駅間営業距離が644.3kmだから有効期間は5日間ある。9830円で青春18きっぷを目一杯使ったときと同じ5日間の旅ができることになる。
 東京都区内から姫路までの駅で何度でも途中下車ができる。乗車券に記載してある区間なら乗り降り自由だ。

 たとえば熱海と名古屋と京都と姫路で途中下車して宿泊することもできるし,時間さえあれば(東京駅からの切符なら発駅が「東京都区内」となるため,東京都区内では途中下車できないが),東海道本線の全駅で途中下車することだって可能だ。途中で少ししか列車に乗らない一日があっても,青春18きっぷを使った旅のように損をした気がしない。
 さらに,途中の区間で新幹線を使っても,青春18きっぷのようにその区間の乗車券を追加で購入する必要はなく,特急料金を追加するだけで済む。

 以前にもちょっと書いたが,私は以下のような理由で「青春18きっぷ」は世間で言われているほど自由な切符ではないと思っている。

・各駅停車(快速列車含む)にしか乗れない
・途中で特急や新幹線に乗ると,その区間の乗車券も必要になる
・少ししか列車に乗らない日があると損した気分になる
・元を取ろうとして,一日中乗りっぱなしの行程になりがち
・乗る列車が限定される区間では,異常に混雑することがある
・切符発売開始当時には存在した夜行列車はほとんど走っていない
・ローカル線では事前にしっかり計画を立てないと悲惨な目に遭う
・利用期間が限定される

 青春18きっぷの一日分2370円でどこまで乗れるか,列車の本数の少ないローカル線ではなく,たとえば東海道本線や山陽本線,東北本線で遠くまで行きたいというのが目的の旅,普通乗車券ならば1万円以上かかる区間を2370円で済ます旅ならば,そりゃ青春18きっぷにかなうものはない。

 しかし,「乗り降りが自由な切符」ならば,普通乗車券でも途中下車は自由だし,疲れたりして途中で特急に乗っても特急料金だけの追加で済む(青春18きっぷの場合は特急料金の他に乗車券も必要)なら普通乗車券のほうが融通が利くようにも思えてくる。

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〔車内で区間変更してもらったときの切符の例〕

 行先の決まった普通乗車券でも,途中で行先を変えたくなったら車内や駅で「区間変更」してもらえばいい。不足分を支払えばいいし,未使用区間が長ければ(101km以上ある場合)は払い戻ししてもらえる。

 そこで,青春18きっぷを使った現実的な5日間の旅の日程を具体的に考え,その行程を普通乗車券(一筆書き切符)で旅した場合との支払金額を比較してみることにする。


■ ケース1:

 東京出発,富士急ハイランド・昇仙峡・諏訪湖・飯田線・大井川鐵道を堪能する4泊5日の旅

 一日目:
  東京駅出発,中央本線で大月へ
   富士急に乗り(運賃は別途),富士急ハイランドで遊ぶ。
  大月から中央本線で石和温泉へ。宿泊

 二日目:
  石和温泉から中央本線に乗り甲府へ
   甲府からバス(運賃は別途)で昇仙峡へ
   甲府駅に戻り,信玄餅とほうとう,鳥もつ煮を食う
  甲府から中央本線で上諏訪へ。上諏訪温泉に宿泊

 三日目:
  上諏訪から中央本線に乗り下諏訪へ
   諏訪大社下社秋宮参拝
  下諏訪から中央本線で岡谷へ
  岡谷から中央本線経由の飯田線に乗り伊那市へ
   伊那市名物のローメンを食う。伊那市の劇シブ商店街
  伊那市から飯田線に乗り飯田へ。宿泊

 四日目:
  飯田から飯田線に乗り天竜峡へ
   天竜峡の渓谷,吊り橋で震え,天竜峡温泉
  天竜峡から飯田線に乗り豊橋へ
   豊橋で豊橋鉄道東田本線の路面電車に乗る。宿泊

 五日目:
  豊橋から東海道本線に乗り金谷へ
   金谷で大井川鐵道に乗る(運賃は別途)
  金谷から東海道本線で清水へ
   清水魚市場でまぐろ丼を食い,土産物に干物を買い込む
  清水から東海道本線で東京へ帰還

 ケース1での青春18きっぷと普通乗車券の比較……
・青春18きっぷ:5日間 11850円
・普通乗車券:有効期間5日間 11880円(乗車距離 688.3km)
〔東京都区内発 中央線・辰野・飯田・豊橋・東海道線経由東京都区内行き〕

 ケース1の場合,青春18きっぷのほうが30円安上がりとなる。

 ただし,中央本線や飯田線で特急に乗ったり,豊橋から東京までのどこかで新幹線を使うと,青春18きっぷの場合はその区間の乗車券が別途必要になる分だけ高くなる。その場合は普通乗車券を買って途中下車を繰り返すほうが安上がりとなる。

 青春18きっぷが使用できる期間,東海道本線は混雑することが多く,金谷や清水から乗ると座れない可能性もある。浜松や静岡始発の列車を利用して確実に座るという手段もあるが,旅も五日目になると疲れもたまり,指定席を確保できる新幹線を使いたくなることもある。「こだま」なら自由席でも余裕で座れる。それをあらかじめ考慮すると,わずか30円の差ならば普通乗車券を買っておいたほうがお得感がある。

※ 東京都区内発〜東京都区内着のような複雑な乗車券は,面倒くさそうに発券する駅員さんと,嬉しそうに発券してくれる駅員さんがいる。また,慣れない駅員さんだと発券に時間が掛かり,混雑するみどりの窓口だと迷惑になるので注意が必要である。


■ ケース2:

 静岡出発。東海道本線・山陽本線で広島まで4泊5日の旅
  単純化のため片道の旅とする
  大垣と相生のダッシュは嫌なので新幹線でワープする

 一日目:
  静岡から東海道本線に乗り金谷へ
   金谷で大井川鐵道に乗る
  金谷から東海道本線で浜松へ
   浜松でうなぎを食べる
  浜松から東海道本線で豊橋へ
   豊橋で豊橋鉄道東田本線の路面電車に乗る
  豊橋から東海道本線で名古屋へ。宿泊

 二日目:
  大垣ダッシュを避けるため名古屋から米原まで新幹線ワープ
  (乗車距離79.9km:乗車券1320円,新幹線自由席1730円)
   青春18きっぷの場合3050円,普通乗車券の場合1730円かかる
  もしくは,名古屋から米原まで特急「しらさぎ」でワープ
  (乗車距離79.9km:乗車券1320円,特急券自由席1180円)
   青春18きっぷの場合2500円,普通乗車券の場合1180円かかる
  米原から東海道本線に乗り彦根,近江八幡,石山で途中下車
   彦根で彦根城散策
   近江八幡で八幡堀を散策
   石山で京阪石山坂本線に乗り石山寺へ
  石山から東海道本線で京都へ。宿泊

 三日目:
  京都駅から地下鉄烏丸線と阪急京都線で河原町へ
   木屋町通り・先斗町や祇園を歩き八坂神社参拝
   あるいは寺町京極,新京極から錦市場を歩く
  京都駅に戻り,東海道本線で大阪へ
  地下鉄御堂筋線で難波へ
   なんば道頓堀で食い倒れ
  大阪駅へ戻り,東海道本線で三宮へ
  三宮からポートライナーでポートアイランドへ。宿泊

 四日目:
  ポートライナーで三宮へ
  三宮から東海道・山陽本線で明石へ
   明石城趾を見て,玉子焼(たこ焼き)を食う
  明石から山陽本線で姫路へ
   国宝の姫路城(白鷺城)を見る
  相生ダッシュを避けるため姫路から岡山まで新幹線でワープ
  (乗車距離88.6km:乗車券1490円,新幹線自由席1730円)
   青春18きっぷの場合3220円,普通乗車券の場合1730円かかる
  岡山で宿泊

 五日目:
  岡山から山陽本線で倉敷へ
   倉敷美観地区(重伝建地区)を見て歩く
  倉敷から山陽本線で福山へ
   福山からバスで鞆町へ。重伝建地区と鞆の浦を見る
  福山から山陽本線で広島へ

 ケース2での青春18きっぷと普通乗車券の比較……
 (米原と相生を新幹線でワープした場合)
・青春18きっぷ:5日間 11850円+3050円+3220円=18120円
・普通乗車券:有効期間5日間 10150円(乗車距離 714.0km)
               +1730×2=13610円
 〔普通乗車券は地方交通線割増しのあるケース1より安い〕

 米原ダッシュや相生ダッシュをしなくても,列車を1本見送れば楽に座れる。新幹線なんか使わなくても十分という考え方もできる。しかし,列車に乗りまくるのが目的ではなく,旅の移動手段として列車を使おうとする場合,青春18きっぷのアドバンテージはそれほど大きくない。


■ 結論

 青春18きっぷを使えば,一日分の2370円で東京から小倉まで乗り続けることもできる。まる一日,苦行のような列車の旅も,それはそれで楽しいかもしれない。しかし多くの列車はロングシートで車窓を楽しめない。ローカル線の列車本数は少ないし,JRから第三セクター鉄道になった区間も多く,残りの四日分も同様に乗りまくるのは難しい。

 学生時代には東京から九州ワイド周遊券で使い,大垣行きの夜行に乗り,そのまま西への各駅停車に乗り続け,北九州の門司からはさらに夜行急行に乗り換えて,翌朝に西鹿児島まで乗り続ける旅をしたこともある。青函トンネル開通後の北海道ワイド周遊券の旅も尻が痛かった。当時は夜行急行も多かったので,2週間から3週間,旅館を利用せずに走る列車の中で寝るという,周遊券だけの貧乏旅行をすることも可能だった。

 しかし,鉄道をめぐる環境は大きく変わっている。安価な旅ができた夜行列車はなくなり,長距離を走る普通列車もなくなった。面倒な乗り換えが多くなり,旅に水を差す。ローカル線は1〜2両編成の列車ばかりになり,驚くほど混雑する列車もある。落ち着いて列車に乗ることができにくくなっている。

 ロングシートの車両が多くなり,車窓を楽しむことが難しくなった。ロングシートでは列車内で駅弁を食べることもできない。次々と移り変わる車窓を楽しみながら駅弁を食べるという,鉄道旅行の醍醐味が味わえないのは悲しい。

 鉄道会社が,列車を「移動手段」として最適化しようと努力した結果,青春18きっぷで満喫できるはずの“鉄道旅行の楽しさ”が失われつつある。残念ながら青春18きっぷは「自由を満喫できる魔法の切符」ではない。

(注釈)JRの料金計算は地方交通線割増があって複雑であるため,同経路の乗車券を買ったときには金額が多少違っている可能性がある。

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2016年8月 9日

デジカメの液晶にプログラム線図の表示を!

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〔PENTAX K-1のフレキシブルチルト式液晶モニター〕

 デジタルカメラには欠かせない液晶モニター。銀塩フィルム時代から一眼レフカメラを使い続けていて,今までは,光学ファインダーさえしっかりしていれば液晶モニターでは構図やピントの確認ができれば十分だという意識が強かったが,デジタル一眼レフカメラでのライブビュー撮影が実用的になってきて,今後はますます液晶モニターの重要性は増してくる。

 どうでもいいと思っていた液晶モニターが便利に感じられてくると,あれもこれもと液晶モニターに表示してほしいものが増えてくる。そのひとつがプログラム線図(プログラムライン)である。


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リコーのコンパクトデジカメのプログラム線図の例

 写真の撮り方教室みたいなところや,“良い写真=ボケの大きな写真”と思っている人の間では絶大な支持を受けている「絞り優先オート」に比べると,圧倒的に不人気な「プログラムオート」。世の中には,プログラムオートを使うのは初心者だけだろうと思っている人も多い。
 実際のところ,“シャッターチャンスを逃さず”に撮りたい場合には,プログラムオートがオススメである。

 そのプログラムオートを使うにあたって,確認しておきたいのがプログラム線図だ。

 プログラム線図は使用するレンズやISO値によって違ってくるし,プログラムオートでプログラムシフトする場合(プログラム線図のプログラムラインが同一露出範囲でシフトする),あるいはPENTAXの一眼レフのようにプログラムオートでも,プログラムラインを高速シャッター優先・被写界深度深め優先・被写界深度浅め優先・レンズMTF優先というように複数選べる場合は,その時点でのプログラム線図がどのようになっているかを見たいのが心情である。

 レンズMTF優先というのは,使用レンズのMTF曲線(空間周波数特性)から,最良の絞り値を優先して使用するプログラムラインである。このレンズはF5.6あたりにプログラムラインがへばりついてるとか,こっちのレンズはF8.0まで積極的に絞り込んでるとか……ほら,たとえ絞り優先オートしか使わないとしても,レンズMTF優先プログラムのプログラムラインは見てみたくなるでしょ?

 フレキシブルチルト式液晶モニターではヘンタイ的なところを見せてくれたPENTAX(RICOH IMAGING)である。液晶モニターへのプログラム線図表示を実現して,やっぱりPENTAXはヘンタイだというところを見せてほしい。

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2016年8月 7日

愛される銚子電鉄 銚子商の生徒が銚電支援

 千葉)銚子商生の銚電支援、駅修復へネットで資金募る(2016年7月28日 朝日新聞)

 2年前、インターネットの「クラウドファンディング」で資金を募り、銚子電鉄の事故車両の修理を支援した県立銚子商業高校の生徒たちが、同じ手法で今度は老朽化した駅舎の修繕に乗り出した。その一環として手がけた犬吠駅前広場の壁画が27日、完成した。

 「銚電メイクアッププロジェクト」(https://readyfor.jp/projects/8591)と名付けて、9月30日までに100万円を集める目標を掲げ、支援を呼びかけている。

 3年生の36人が銚電本社のある仲ノ町駅の修繕を目指す。うち4人が中心となってクラウドファンディングを進めている。

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〔銚子電鉄犬吠駅のホームの壁(1999年2月14日撮影)〕

 これまで何度も廃線の危機を迎え,そのたびにそれを乗り越えてきた銚子電鉄。危機を救ったのは「銚電のぬれ煎餅」であり,観音駅のたい焼きであり,「“電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。”という社員の言葉」であり,「脱線事故で走れなくなった銚子電鉄をもう一度走らせたい!」プロジェクトであり,「銚子電鉄サポーターズ」であり……銚子電鉄をサポートするすべての人たちの“愛”である。ここまで愛されている鉄道も珍しい。

 ぜひとも,銚電を愛する思いがあふれた千葉県立銚子商業高校の生徒のクラウドファンディング「銚電メイクアッププロジェクト」のページを見ていただきたい。
 https://readyfor.jp/projects/8591

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 銚子電鉄の本社でもあり,老朽化が進む「仲ノ町駅」(1999年2月14日撮影)。「銚電メイクアッププロジェクト」では,この仲ノ町駅の修繕資金の調達を目指している。

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 蛇足ではあるが,私は銚子商とはまったく無縁の人間であるにもかかわらず,銚子商の校歌をそらで歌うことができる。

 中学生の頃,夏の甲子園で江川の作新学院に勝った試合や,その翌年の夏,好投手土屋と二年生の4番打者篠塚を擁して甲子園を全試合完勝で優勝したのをテレビにかじりついて見ていて,いつの間にか銚子商の校歌を覚えてしまったのである。歌詞がすばらしい。とても短い校歌なので,覚えやすいということもある。

 銚子商の応援は,アルプス席にずらりと大漁旗が並んで圧巻だった。銚子商が地元の方に愛されていた所以だろう。
 残念ながら「大漁旗は高校生らしくない」と高野連が禁止したとかなんとかで大漁旗がなくなり,それに合わせたかのように千葉県の高校野球は県立高校を私立高校が圧倒するようになり,甲子園で銚子商の校歌を聴く機会はなくなってしまった。また甲子園で銚子商の校歌を聞きたいな……

 幾千年の昔より
 海と陸との戦いの
 激しきさまを続けつつ
 犬吠埼は見よ立てり

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JR三江線の存廃問題

 島根)三江線問題、議論の時間求める住民意見相次ぐ(2016年8月4日 朝日新聞)

 JR三江線の存廃問題で島根、広島両県の沿線6市町長らでつくる「三江線改良利用促進期成同盟会」が2日夜、邑南町で住民説明会を開いた。JR西日本が前日、存廃についての考え方を9月1日に沿線自治体に示す方針を明らかにしたことを受けた最初の説明会で、住民からは議論の時間を確保するよう求める意見が相次いだ。

 住民約60人のほかJR米子支社や県の関係者らが出席。石橋良治町長が、JR西日本本社(大阪市)で来島達夫社長と面会したことなどを説明した。住民からは「(存続を)もうあきらめている住民もいる。将来に禍根を残さないためにも、納得できるよう議論する時間をいただきたい」などと要望が出された。

 県に対しては「三江線沿線の活性化にイニシアチブを取っていただきたい」との注文もあった。

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三次駅にあった三江線専用0番線ホーム

 朝日新聞の記事は「議論の時間求める住民意見相次ぐ」という内容だが,三江線の状況が最近になって急激に悪化したわけではなく,今までにも議論する時間は十分にあったはずだ。

 2013年8月の豪雨被害で不通になった三江線の復旧には,トータルで10億8千万円かかったという(JR西日本が約6億円,地元自治体などが約4億8千万円)。約3年前,全国の多くの人が「とうとう廃線だろう」と感じていた三江線に巨額の税金を投じて復旧したばかりだ。どの時点で判断を誤ったのか,きちんと検証しておく必要があると思う。

 三江線は広島県三次市の三次駅と島根県江津市の江津駅を江の川に沿って結ぶローカル線で,全通は1975年と比較的新しい路線である。福山と三次(塩町駅)を結ぶ福塩線と合わせて,山陰地方と山陽地方を結ぶ陰陽連絡路線という位置づけも弱く,開通したときには既にマイカー時代になっており,沿線における代替道路未整備という理由によって廃線を免れている状況だった。

 沿線の主な自治体の人口は広島県三次市5万3千人,島根県美郷町約5千人(中心は粕淵駅で2012年の1日平均乗車人員は23人),島根県川本町約3.5千人(石見川本駅の1日平均乗車人員は35人),島根県江津市約2万4千人であり,いずれも人口が大きく減少している。全国どこのローカル線にも共通しているが,県境を跨ぐ区間は利用客が極端に少なくなるので,この沿線人口の少なさは致命的だ。

 三江線の旅客輸送密度はJR全路線で最下位の約50人/日で,1992年度には1日平均1409人だった利用客が,2014年度は183人にまで減少しているという。国鉄再建法では,鉄道からバスへ転換する目安となる旅客輸送密度は4000人/日とされ,廃止対象となる特定地方交通線に指定されており,三江線の50人/日という数字は,既に公共交通機関としての役目が終わっていることを示す。

 三次から雲南市木次町・三刀屋町を通り出雲・松江方面とを結ぶ松江自動車道(中国横断自動車道尾道松江線)が2013年に全線開通した。三次東から三刀屋木次は新直轄方式で建設され,無料区間となっている。無料とはいえ,建設・運用に掛かる費用は税金でまかなっているわけだから,交通行政の判断で税金を投入していることになる。
 三江線の赤字を税金で補填しようとすると,今後の10年間で10億円ぐらいだろうか。松江自動車道に島根県がどのぐらいの税負担をしているのか不明だが,これから沿線の自治体が三江線をどうしたいのかを判断することになるだろう。

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大東亜戦争中のニコン戸塚製作所内の映像

 Video of a Nippon Kogaku optics factory from the 1940s(2016年8月6日 Nikon Rumors)

 This video footage is made up of excerpts taken from a Japanese war-time film. The film has a patriotic agenda and is titled 'Ichiban Utsukushiku' (The Most Beautiful). Directed & written by Akira Kurosawa (regarded as one of the most important and influential filmmakers in the history of cinema), the footage shows what an early Nippon Kogaku (NIKKO/Nikkor/Nikon) optics factory and the working conditions looked like in the 1940s.

 Nikon Rumorsで,大東亜戦争中に日本光学工業(現在のニコン)戸塚製作所内で撮影された黒澤明監督の映画『一番美しく』の映像が紹介されている。

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 日本映画専門チャンネルで『一番美しく』が放送されたときに,女工さんがレンズを研磨するシーンや光学検査をするシーン,そして明らかに戸塚大踏切と思われるシーンが気になり,画面キャプチャーを繰り返したので,ここで紹介したい。

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 この映画は情報局選定の国民映画で1944年(昭和19年)に公開された。大東亜戦争中に制作された映画であり,表向きは戦意発揚のための作品で,光学機器の軍需工場で働く女子挺身隊の工員たちが身を粉にしてお国のために働くという内容である。

 女工さんの一人が体調を崩し,田舎に帰るように説得されるのだが,本人は「帰りたくない」「働きたい」と懇願するのである。黒澤明といえども,戦時中に戦争を否定する映画は撮れない。しかし,一生懸命に働くシーンのBGMには「星条旗よ永遠なれ」の作曲家でもあるジョン・フィリップ・スーザの行進曲が使われているあたり,実は反戦映画だとする意見もあるようだ。

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 レンズ研磨室。壁には「軍神につづけ!」の横断幕がある。軍神というのは,戦場で散った戦死者のことだ。
 工場内のシーンは,全編にわたって実際に稼働している日本光学戸塚製作所で撮影されているので,実に臨場感がある。

 私は以前に某製品の開発業務で,評価試験を行っては試験サンプルの断面写真を撮るためにサンプルを樹脂で固め,鏡面になるまで研磨して,顕微鏡で観察するというような仕事を毎日のように続けたことがあって,レンズ研磨のシーンは妙に懐かしかった。回転する研磨機でサンプルを研磨しているうちにうとうとと居眠りしてしまい,サンプルをはじき飛ばしてしまったことも一度や二度じゃなかった。

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 日本光学戸塚製作所は「東亜光学平塚製作所」として映画に登場する。
 最初は,ロケ地として平塚のどこかの工場が使われたのかとも思ったが,背景に山が映るシーンがなんどもあり,しかも平塚の高麗山よりもはるかに小さな山なので,ロケ地が平塚でないことは明かだ。

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 主人公の渡辺ツル(矢口陽子=本映画の後に黒澤明夫人となる)が,遮断機が閉まった踏切の反対側に仲間たちを見つけ手を振る。

 線路は複々線で,デッキのある旧型電気機関車が牽く貨物列車が踏切を通過しようとしている。
 ここは,どう見ても国道1号線の戸塚大踏切である。このシーンを見て,「東亜光学平塚製作所」が日本光学工業の戸塚製作所だと確信した。

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 貨物列車が通過し,踏切が開いてみんなが主人公のツルに駆け寄る。背後に見える小さな山が,まさに戸塚大踏切の東側から西側を見たときの風景そのままである。「開かずの踏切」として知られた戸塚大踏切は,歩行者用の戸塚大踏切デッキ設置と戸塚アンダーパスの開通にともない,2015年(平成27年)の3月に閉鎖された。

 戦意発揚映画かもしれないが,実際に稼働している工場を使って撮影されているため,当時の工場の様子がまるで記録映画のように残されている。ニコンの工場で撮影されたということを前提にして,もう一度映画を見直すと,また全然違ったように見えてくるから面白い。

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2016年8月 6日

二刀流大谷翔平の進化…セ・リーグだったら

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 大谷翔平のバッティングがすごい。“二刀流”の大谷の打撃が急速な進化を遂げている。

 ピッチングのほうは,2015年に15勝で最多勝,防御率2.24で最優秀防御率,最高勝率のタイトルも取り,今シーズンもここまで8勝4敗,防御率は2.02とすばらしい内容である。プロ野球最速の163km/hも計測した。7月10日のマリーンズ戦で指を負傷してからほとんど登板していないが,打撃に専念できるためか,バッターとして圧倒的な数字を残し,チームに貢献している。7月3日のホークス戦での「1番ピッチャー」での先頭打者ホームランも印象的だった。

 もともと左中間への打球の伸びには非凡さを感じさせてはいたが,なかなか成績が追いついてこなかった。2014年に10本塁打を打ち,“ベーブ・ルース以来の10勝10本塁打”を達成したものの,僕たちの大谷への期待はそんなものではない。

1918年のベーブ・ルースは11本塁打,13勝7敗の成績であり,11本塁打とはいえホームラン王のタイトルを取っている。また,この年から4年続けてホームラン王を取り,投手としては前年まで18勝8敗,23勝12敗,24勝13敗の成績をおさめている。

 ピッチングで大活躍だった昨年(2015年),大谷翔平の打撃成績は期待外れだった。たとえば江川卓の1983年の打撃成績と比較してみる。なぜ江川なのかと言えば,江川以外のピッチャーの詳細な打撃成績が手元になかったからである。

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 1983年の江川卓といえば,前年の夏の終わりに肩を傷めたこともあって,球速が落ちて奪三振が大幅に減少,成績がガクッと落ち始めたシーズンである。ちなみに江川は1980年,1982年にも3本塁打を記録している。

 このように,2015年の大谷はバッティングが不調で,DH制のないセ・リーグのピッチャーの打撃成績とどっこいどっこいの成績に終わった(江川のバッティングが優秀だったということもあるが)。
 視点を変えれば,DH制のないセ・リーグのピッチャーは,ある意味で“二刀流”を行っているとも言える。

 パ・リーグにはDH制があるため,先発したゲームでは基本的に打席に入ることができない。日本ハムファイターズは,大谷翔平が先発するゲームでは攻撃で大谷の打力を活かすことができないのである。
 今シーズンはDH制を解除し,5番ピッチャー(あるいは1番・6番ピッチャー)として先発することも実現したが,試合開始時にDH制を解除した場合は試合途中でDH制を復活することができず,ファイターズは相手チームに比べて不利な状況となる。

 もし大谷がセ・リーグで“二刀流”に挑戦していたら……

 大谷選手が持っているポテンシャルがとてつもないものだけに,どうしても夢を見たくなってしまう。DH制のあるパ・リーグで二刀流を続ける限り規定打席に達することは難しいだろうし,打撃成績の上位に大谷の名が食い込むことは至難である。

 もし大谷がセ・リーグにいたら……。そのような「たられば」を考えてしまうほどの大谷翔平選手の凄さである。

 バッティングで急速な進化を遂げた大谷選手。花巻東高校時代の投球フォームは,テイクバック時に肘が上がってしまうクセがあって,肘の故障が心配だった。

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〔花巻東時代の大谷翔平投手のテイクバック〕

 テイクバック時に肘が上がり,コッキングが遅れ気味になるピッチャーは肘を痛めることが多い。プロ野球の解説者が打たれたピッチャーの投球フォームを指して「肘が下がっている」と言うことがあって,以前からとても気になっていた。テイクバック時に肘が上がるのは,肘にたいへんな負担が掛かる投球フォームである。

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〔2015年の大谷翔平投手のテイクバック〕

 ちょっと肘が上がり気味だった大谷投手の投球フォームだったが,2015年にはテイクバック時に肘が上がらないように改善されている。

 そもそも163km/hもの速球を投げるときの肘の負担はたいへんなものだろうが,少しでも負担が少なくなる投球フォームになって,見ているほうとしても安心だ。今までの歴史になかったような,とんでもないピッチングを見てみたい。

 プロ入り後もテイクバック時に肘が上がってしまう投球フォームが直らず,肘を痛めてしまったのが楽天ゴールデンイーグルスの安樂智大投手である。済美高校時の選抜甲子園での酷使が議論になった安樂投手だが,投げすぎよりも投球フォームの問題が大きすぎる印象だ。

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〔楽天ゴールデンイーグルス安樂智大投手のテイクバック〕

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2016年8月 5日

「ウィンカーを出さない」岡山県がワーストは本当か?

 「ウィンカーの合図出さない」、岡山が全国ワースト(2016年8月2日 朝日新聞)

 日本自動車連盟(JAF)が行った交通マナーに関する調査で、岡山県は右左折や車線変更の時に「方向指示器(ウィンカー)の合図を出さない車が最も多い都道府県」という不名誉な結果が出た。これまでも県外ドライバーや観光客からの批判を受け、県警は合図の徹底を呼びかけてきたが、改善の必要性が裏付けられた形になった。

 調査は6月にJAFのホームページで実施。全国約6万5千人から回答があり、県内居住者は970人が答えた。「ウィンカーを出さずに車線変更や右左折する車が多い」との設問に対し、「とても思う」と答えた割合が53・2%、「やや思う」は37・8%で、合計した91・0%が全国でトップだった。特に、「とても思う」は全国平均(29・4%)を大きく上回った。

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 JAFのホームページでの設問「ウィンカーを出さずに車線変更や右左折する車が多い」に対して,岡山県の回答者は「とても思う」と「やや思う」の合計が91.0%となり,全国で最も多いという。

 あれっ,この結果で岡山県がワーストと言えるのだろうか?

 ここで「91.0%」の岡山県は全国でワーストということになっているわけだが,この設問と回答の結果では,「91.0%の人がウィンカーを出さない」ということを意味しない。
 91.0%という数字は,ウィンカーを出さずに車線変更や右左折する車が多くて,怖い・危ないと思っている人の割合であると考えることができる。

 極端な解釈をすると,岡山県では91.0%のドライバーはいつもウィンカーを出しており,ウィンカーを出さない残りの9.0%の悪質なドライバーに対して「ウィンカーを出さない車」が多いと感じている可能性もある。

 その極端な考え方を進めて,とてもき県(仮称)では,50%のドライバーがいつもウィンカーを出していて,残りの50%はしょっちゅうウィンカーを忘れるいい加減な運転をし,わかりやすい道路ではウィンカーを出さなくたって問題ないと考え,JAFの設問「ウィンカーを出さずに車線変更や右左折する車が多い」にも,「あまり多いとは思わない」と回答したとする。

 すると,とてもき県では,「ウィンカーを出さない車が多い」に対して「思う」という回答は岡山県よりも少ない50%という数値になり,ワーストを逃れるばかりか,全国的にも優秀な県だということになる。

 さて,本当にこのJAFの設問内容と回答で,岡山県や香川県,徳島県に「ウィンカーを出さない車が多い」ことを説明できるだろうか?

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2016年8月 4日

東北の夏を彩る青森ねぶた祭りが始まる

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 東北地方の夏の風物詩「青森ねぶた祭り」「弘前ねぷたまつり」が始まった。青森ねぶた祭りは8月2日から,弘前ねぷたまつりは8月1日から(五所川原の立佞武多は8月4日から),約1週間にわたって行われる。

 3年前の2013年の夏,東北地方を旅したときに,運良く弘前ねぷたまつり青森ねぶた祭りを順番に見ることができた。弘前ねぷたまつりの「ヤーヤードー」という独特の掛け声,青森ねぶた祭りの「ラッセーラー,ラッセーラー」というハネトの掛け声,重低音が響く大太鼓と祭り囃子,そして巨大なねぶたや扇ねぷた。最高にエキサイティングな祭りだった。

 まだ夏の真っ盛りだが,祭りの終わりは夏の終わり,街に秋がやってくると言われるほど,多くの人々が情熱を燃やし尽くす伝統行事である。


〔弘前ねぷたまつり(新寺町ねぷた愛好会)2013年8月2日撮影〕


〔青森ねぶた祭り(2013年8月3日撮影)〕

【関連記事(拙ブログ:写真撮っけど,さすけねがい?)】
2013年8月 2日 (金曜日):津軽の夏を彩る弘前ねぷたまつり
2013年8月 3日 (土曜日):ラッセラーラッセラー 青森ねぶた祭り

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2016年8月 3日

つくばクレオスクエア西武筑波店が存続断念

 「西武なくなると困る」…街活性化に大きな影響(2016年08月03日 読売新聞)

  そごう・西武は2日、西武筑波店(茨城県つくば市吾妻)を2017年2月28日に営業終了すると発表した。

 営業不振を主な理由としている。

 同店はつくばエクスプレス(TX)つくば駅前の商業施設に立地しており、同店の撤退が市の中心市街地活性化への取り組みに大きな影響を与えることは必至だ。

 同店は1985年3月に開店した。売り場面積は2万6905平方メートルで、社員数248人(6月末時点)。

 そごう・西武の発表によると、同店はピーク時の1991年度には248億円の売上高を記録したが、周辺地区に進出した大型ショッピングセンターとの競合が激しくなり、業績が悪化。2015年度の売上高は128億円と1991年度に比べ半減した。人件費などのコスト削減を行っても収益改善に至らず、今後の営業力の回復が見込めないことなどから存続を断念したとしている。

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〔撤退の方針が明らかになったつくばクレオスクエアの西武筑波店〕

 つくばセンターにあるつくば駅前の複合型ショッピングセンター「つくばクレオスクエア」の核店舗が西武筑波店,イオンつくば駅前店,そしてLoft(ロフト)だ。つくばクレオスクエアは,CREO(クレオ)・MOG(モグ)・Q’t(キュート)の3つのビルで構成されており,西武筑波店とイオンがCREOに,LoftがQ’tに入っている。
 西武筑波店が閉店すると,茨城県内の大型百貨店は水戸市の京成百貨店のみとなる。

 西武とイオンならば十分並立できると思うのだが,西武筑波店の売上高は1991年度に比べて半減しているという。セブン&アイ・ホールディングスがそごう・西武の閉店を進める中,西武筑波店もその対象になってしまったようだ。百貨店の経営が難しい時代になっているとはいえ,コンビニ&ヨーカドー流の経営は「百貨店」の経営に適応できなかったんじゃないだろうか。

 つくば市(筑波研究学園都市)の人口は約23万人。1988年に筑波郡谷田部町,大穂町,豊里町,新治郡桜村の3町1村が合併,1988年に筑波郡筑波町,2002年に稲敷郡茎崎町を編入してできた非常に新しい都市である。1987年に廃止されるまで,筑波山麓を筑波鉄道筑波線が走っていたが,現在は完全な車社会である。

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 都市内の道路は広く真っ直ぐで,人工的に区画された広大な敷地に公的な研究機関が並んでいる。市内の移動手段は車か自転車がほとんどであり,歩道を人が歩くことは想定していないから,広い歩道に街路灯はなく,夜は真っ暗になる。懐中電灯なしでは歩けない。出張でつくばに行きビジネスホテルに泊まると,ホテルで貸し自転車を借りなければ近くのコンビニにさえ行くことができない。

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 そんなつくば市の中で,人が歩くことを想定した唯一の地区が「つくばセンター」周辺である。
 街が生き生きするためには,人と人が交わる場所を作ることがとても重要であり,「つくばセンター」はそのための場所として計画されているが,建物の中は別にして外を歩いている人は少なく,賑わいを創出できているわけではない。

 つくば市は他の都市と異なり,旧来からの市街地や商店街のしがらみも少なく,ほぼまっさらな土地に,日本の都市工学(土木,建築,環境工学,交通工学その他もろもろ)の叡智を集めて作った都市である。来たるべき車社会に適合し,古臭い鉄道や路面電車など必要のない,夢の未来社会が実現するはずだった。つくば市の現状を見ると,人工的なまちづくりの難しさを感じる。

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〔つくばクレオスクエアのCREOとQ't(2006年12月1日撮影)〕

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〔つくばクレオスクエアの「Q't」(2006年12月1日撮影)〕

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2016年8月 1日

コンパクトシティは撤退戦である

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  拙ブログの管理ページでは,GoogleやYahoo!といった検索サイトからどのような検索キーワードでアクセスしてきたかのランキングを見ることができる。SSLを適用した検索結果ページのキーワードは表示されずに「not provided」となるので,検索キーワードがわかるのは全体の10%前後しかないが,おおよその傾向は把握できる。

 ずっと気になっているのは,「コンパクトシティ_富山_失敗」とか「コンパクトシティ_アウガ_失敗」「コンパクトシティ_失敗例」という検索キーワードでのアクセス数が非常に多い件である。
 いかにもコンパクトシティ施策が失敗してほしいかのような意図を感じてしまう。

 2015年1月30日の拙ブログ記事『富山市の「コンパクトなまちづくり」は失敗したのか』,および2015年2月3日の『富山市の「コンパクトなまちづくり」は失敗したのか ── その2〔参考資料編〕』では,富山や青森がコンパクトシティ政策を進めているのは,郊外まで広がった市街地のインフラ(道路,電気,ガス,上下水道)に関して,将来的に更新・維持管理費用を捻出することができなくなるのが確実な状況であり,このままだと財政破綻まっしぐらであるから,「コンパクトシティ」を進めるしかない状況になっていると書いた。

 なぜか日本のコンパクトシティ施策は,衰退した中心商店街・中心市街地の活性化を核にして語られることが多い印象がある。地方都市の中心商店街の衰退とバブル経済崩壊後の財政難が,ほぼ同時に地方都市を襲ったため,藁をもつかむ思いで「コンパクトシティ」に飛びついてしまったのかもしれない。

 もともとのコンパクトシティの概念は,将来にわたって持続可能な都市開発という考え方に基づいている。中心商店街の活性化を意図したものではなく,地球温暖化のような環境問題を端緒にした,都市のあり方についての概念である。青森の「アウガ」の失敗がコンパクトシティの失敗を意味するわけではないのである。

 たとえば,郊外にまで路線を延ばしてきた鉄道事業者が,人口減少社会がより一層進展することを予想して,さらなる郊外への延伸計画を白紙に戻し,不採算路線を徐々に廃止,主要路線の車両を省エネ車両に置き換えていこうとする施策,それこそがコンパクトシティの概念なのである。

 下図は,福島県白河市の公共下水道事業計画図である。同様の事業計画図は各市町村が公開しているはずなので,それを見てほしい。

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〔「福島県白河市公共下水道のページ」より〕

 灰色のエリアは既に整備が完了している第1〜5期事業区域,赤色は2017年度(平成29年度)までに下水道整備を完了させる区域,黄色のエリアは将来的に下水道を整備しようと計画している区域である。
 つまり,中心市街地ではほぼ下水道の整備が完了し,その後は重要な区域から順番に整備している段階にある。計画エリアはまだまだ広いので,黄色いエリアがたくさん残っている。

 この白河市も,今後はより一層の人口減少社会となる。1980年頃から整備し始めた中心市街地の下水道は,既に老朽化が進み,補修・維持費用は増加し始めているだろう。人口が減少して財源・予算が少なくなり,維持・整備費用が増大する中で,このまま黄色の区域の下水道新設工事を進めていけば,早々に財政破綻するのは目に見えている。

 過去の計画で,将来的に市街地が黄色の区域まで大きく広がることを想定していたとしても,都市のあり方を見直して,黄色の部分で事業の縮小を図る。必要であれば,既に下水道事業が完了した灰色の区域であっても,維持費用を徐々に減らし,いずれは廃止することも考える。撤退するのである。これがコンパクトシティ施策だ。

 下水道事業以外でもまったく同じである。

 また,「コンパクトなまちづくり」を進めている富山市が,郊外に三井アウトレットパークを出店させず,三井アウトレットパークは富山市ではなく小矢部市にオープンしたことも話題になった。

 富山市がどのような判断で三井アウトレットパークの出店を断ったのかは不明である。出店場所によっては(土地が格安の場所ではなおさら),新たに道路拡幅・道路新設やガス,上下水道の整備が必要になる。そのようなインフラについては,三井アウトレットパーク側は費用負担してくれない。それらインフラの維持管理費用は富山市にとって新たな負担となる。

 コンパクトシティの概念と郊外のショッピングモールは相反しない。富山地鉄市内軌道線の富山大学五福キャンパス内延伸にあわせて,たとえば下野地区にショッピングモールを整備し,市内軌道線をモール内に引き込むのもありではないかと思う。富山市は,今後の都市のあり方と照らし合わせて,出店を認めないという判断を下したのだろう。

 ずいぶん前のBLOGOSに興味深い記事があった。2015年2月27日の『「コンパクトシティ」議論のボタンのかけ違い――「コンパクトシティ」は都市問題ではなく農業問題である』という記事だ。コンパクトシティは都市問題ではなく農業問題であるという視点が興味深い。

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BLOGOS『「コンパクトシティ」議論のボタンのかけ違い――「コンパクトシティ」は都市問題ではなく農業問題である』より〕

同じ位置で振り返るとこんな感じ。奥に集落が見える。というか、コンパクトシティによってこんな道路を廃止にして、本当に道路の維持管理費の削減につながるのだろうか。

 前述の福島県白河市の公共下水道事業計画図で黄色に塗られているのが,このような田園地帯の集落である。白河市に限らず,このような田園地帯の集落も都市計画区域に含まれていて,将来的に下水道や都市ガスの整備が計画されているところが多い。

 BLOGOSの記事には,『コンパクトシティによってこんな道路を廃止にして、本当に道路の維持管理費の削減につながるのだろうか』とある。大きな勘違いがあるようだ。農業のために道路は必要に決まっている。廃止するのは,このような地域における下水道や都市ガスの整備計画である。

 既に下水道や都市ガスが整備されている場合は別途考えるとして,このような集落では下水道の代わりに合併浄化槽,そしてプロパンガス(LPガス)を将来的にも使い続けていただくこととする。下水道や都市ガスといった都市インフラがこのような農村集落にまで拡大することを阻止し,遠い将来,個別に撤退が始まったときに,無用なインフラ維持・整備コストが生じ続けることを避ける。

 コンパクトシティは撤退戦である。「アウガ」や「総曲輪フェリオ」「なかいち」が失敗したからといって,立ち止まるわけにはいかないのだ。

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2015年1月30日:富山市の「コンパクトなまちづくり」は失敗したのか
2015年2月3日:富山市の「コンパクトなまちづくり」は失敗したのか ── その2〔参考資料編〕

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