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2016年7月23日

大相撲のジレンマ 横綱昇進基準と公傷制度

 暴行事件,八百長事件と不祥事が立て続けに起き,人気が低迷していた大相撲。2011年の春場所は不祥事により初めての本場所中止に追い込まれた(偶然にもこの春場所は,東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の直後の3月13日に開催予定だった)。続く2011年五月場所も正式な興行ではなく,無料公開となる前代未聞の技量審査場所となった。

 それが現在では,本場所で満員御礼が続き,あの「若貴フィーバー」に迫る盛り上がりを見せている。日本人力士(日本出身力士)優勝の期待や,稀勢の里や琴奨菊の綱取りがあり,嘉風や勢,遠藤に対する声援も多い。

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 しかしながら,春場所の琴奨菊に続く今場所(名古屋場所)の稀勢の里の綱取りフィーバーには,大相撲が抱えるジレンマによる空虚さを感じざるを得ない。

 日本人横綱が誕生しないのは,身体が丈夫で強く,運動神経のいい子供が,将来的にその身体を使って身を立てようとするときの選択肢が,相撲以外にも増え,そちらのほうが相撲以上に魅力的だからである。こればかりはどうしようもない。

 大相撲が抱えるジレンマのひとつは,横綱昇進の基準となる内規「大関の地位で2場所連続優勝,またはそれに準ずる成績」である。「またはそれに準ずる成績」の定義は厳密ではなく,かつては2場所連続で優勝して横綱に昇進する力士のほうが珍しかったのである。

 流れが大きく変わったきっかけは,優勝なしで横綱に昇進した双羽黒の突然の廃業である。内規を曖昧なまま適用していたことが批判され,「大関で2場所連続優勝」が必要十分条件であるかのように変わっていった。
 本当に強い力士でなければ大関で2場所連続優勝するのは難しいから,これで横綱の粗製濫造は避けられ,土俵が充実するはずであった。

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 たしかに横綱朝青龍が誕生するまでは,「大関で2場所連続優勝」という横綱昇進条件が十分に機能していたのかもしれない。しかし,この横綱昇進条件は,過去に存在しなかったような“強い力士の存在を想定していない”ことが見えてくる。これが「ジレンマ」である。

 下に示した朝青龍と白鵬の成績を見てほしい(Wikipediaからの抜粋)。黄緑色が優勝した場所を示している。

 朝青龍が毎場所のように優勝すると,当然のことながら大関以下の力士が優勝する機会はまれになる。朝青龍が横綱になって2年目の2004年は年間6場所中5場所優勝。2005年は年間6場所全部を制覇した。朝青龍は,2003年から2006年まで4年間は,2場所連続で優勝をのがしたことがないのだ。

 さらに,その“強い力士”の存在は,間を開けずに横綱白鵬へと受け継がれる。朝青龍の成績の中の赤丸は白鵬が優勝した場所,白鵬の成績の中の赤丸は朝青龍が優勝した場所を示している。

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 2003年の初場所から2015年の名古屋場所までの約13年間,朝青龍と白鵬が2場所以上優勝から遠ざかったのは,2012年の夏場所(五月場所)から秋場所(九月場所)のたった1回のみである(青線部分。ちなみにこの千載一遇のチャンスに日馬富士が横綱に昇進している)。

 東西に横綱が揃わない「一人横綱」の状態は大相撲の番付において異常な状態である。史上最長の一人横綱期間は,2004年の一月場所から2007年の五月場所までの21場所であり,そのときの横綱は朝青龍であった。史上2番目の一人横綱期間は2010年三月場所から2012年九月場所までの15場所で,横綱は白鵬である。

 過去にも強い横綱は存在した。双葉山,大鵬,北の湖,千代の富士……。しかし,一人横綱が長く続くことはなかった。なぜなら,彼らが横綱だった時代には,「大関で2場所連続優勝」という絶対基準がなかったのである。2場所連続して優勝を逃すことが皆無の,飛び抜けて強い横綱が存在するときに新しい横綱が誕生しないのは,「大関で2場所連続優勝」という横綱昇進条件が影響している可能性が高い。

 2場所連続優勝が必須になって以降,大関在位期間の長い力士が増えている。魁皇,千代大海,琴欧洲,小錦,貴ノ浪。最終的には横綱になったが,武蔵丸の大関在位期間も長かった。
 勝てない横綱は,即引退となる。やっと横綱になったが,勝てずに短命横綱となった力士も多い。琴櫻,三重ノ海,旭富士……。
 大関在位期間が長いことを美談にする傾向もあるが,魁皇や貴ノ浪,小錦などは,「2場所連続優勝」の厳密適用さえなければ横綱になっていてもおかしくはないし,たとえ短命横綱に終わってもそのほうが華があったんじゃないだろうか。

 たとえば2004年の大関魁皇の成績は,
10-5,13-2,10-5,11-4,13-2(優勝),12-3(13-2の朝青龍が優勝)
である。魁皇は,「大関在位期間最長の65場所,通算勝星歴代1位の1045勝,幕内在位歴代1位の107場所」の力士としてではなく,力士生命は6年近く短くなっても「左四つで右上手を取ったらめっぽう強い横綱魁皇」として後世に伝えられるべきだったと思う。

 大相撲のもうひとつのジレンマ,それは「公傷制度の廃止」である。

 休場力士の増加に対する批判から,2004年の一月場所に公傷制度が廃止された。「公傷制度」というのは,土俵上のけがで途中休場した力士は,公傷が認められれば翌場所を休場しても番付が下がらないという制度である。けがで途中休場した大関が,角番になった翌場所も公傷が認められないまま休場すると大関から陥落してしまうことが話題になった。

 問題なのは,番付が下がることを嫌い,無理して出場して,力士寿命を縮めているように見えることである。遠藤や大砂嵐が十字靱帯や半月板を痛めたまま,素人目にも完治していないことが明かなのに出場し,元気な頃の姿からは想像もできない,弱々しい相撲を取っている。

 横綱昇進も近いかと思わせた大関照ノ富士も,右膝の十字靱帯を損傷,遠藤と同様に手術を回避して出場を続け(初場所は鎖骨骨折もあり休場),とうとう大関陥落寸前である。琴欧洲は大関に昇進して早々に稽古で右膝を痛め(公傷制度があっても公傷にはならないが) ,強行出場してそれなりの成績は治めたものの,結局引退するまで膝は完治しなかった。把瑠都の最後も痛々しかった。

 公傷制度の廃止が若い有望力士の芽を摘んでしまう危険性は高い。けがを押しての強行出場が美談になる時代ではない。公傷制度の復活,あるいは新たな制度の創設を望む。

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コメント

相撲部屋制度と中卒入門制度が相撲の近代化を妨げている気がします。

アイドルですらほとんど高卒(通信制多数ですが)ですし、中卒だと親方に残れる一握りの力士以外、
引退後に一般社会に戻らざるを得ない時点で
非常に大きなハンディキャップを背負う形となります。

このセカンドキャリア問題は相撲だけではなく、
野球やサッカーも同様なのですが、こちらは中卒でプロ入りする選手はほとんどいません…。

部屋入門条件を「18才以上」に繰り上げる時期だと思います。

投稿: BOY | 2016年7月30日 16時36分

 相撲部屋への入門が中学卒業時と決まっているわけではなく,最近は高校卒業時の入門も増えているようです。もちろん大卒も多いですし。

 それと,引退時の仕事の斡旋は相撲部屋ごとに対応がずいぶん異なるとは思いますが,部屋では何年もちゃんこ番をするので,名もない力士でもちゃんこ料理屋を営んだり,料理屋で働いたりしやすいのは,他のスポーツよりもアドバンテージがあるのではないかと思っています。

投稿: 三日画師 | 2016年7月30日 22時30分

おすもうは、「休めない」スポーツですからね。こんな競技はほかに例がないでしょう。怪我の問題を早急に考えないと競技希望者がいなくなるのではないかと思いますが上がつかえそうでもあるし悩ましいですね。

投稿: 猫めん | 2016年8月 9日 15時20分

 休めないのはきついですね。けがで1年間6場所休場すると,三役力士でも番付が三段目ぐらいまで落ちますよね。幕下以下だと基本的に無給ですから,たとえ付き人やちゃんこ番は免除されたとしてもきついですね。

投稿: 三日画師 | 2016年8月10日 18時54分

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