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2015年12月21日

「お人形様」を画像検索すると……

 お人形さんのように可愛いというと,日本人形のように黒髪で,額に垂らした前髪を切りそろえた姿を想像したり,博多人形のような優雅な姿を想像したりする。

 では,Googleなどの検索エンジンで「お人形様」を画像検索してみてほしい。

Photo

 たぶん,想像とは全然違ったものが表示されたのではないかと思う。

 実は福島県内でもあまり知られていないが,「お人形様」というのは,福島県田村市船引町の屋形・朴橋・堀越の三地区に祀られている背丈4メートルの魔除けの神様であり,2001年(平成13年)に「磐城街道沿いのオニンギョウサマ製作の習俗」として福島県無形民俗文化財に指定されている。磐城街道を見晴らす場所に祀られ,両手を広げ,手には薙刀や刀を持ち,にらみをきかせて集落の外から入り込む疫病などを防いでいるという。

 三春町からいわき市に通じる道は,江戸時代から磐城街道と呼ばれていた。かつては旧磐城街道の三春町芹ヶ沢地区から船引町・滝根町の五か所にお人形様が祀られ,「五人形様」と呼ばれていたそうだが,現在残っているのは船引町の三地区のみ。

 いつ頃からお人形様が祀られているのか,詳細は不明だという。

 秋田の「なまはげ」に似てるって?

 私は歴史に詳しくないので不正確かもしれないが,「なまはげ」とお人形様は,ひょっとしたら起源が同じなのではないかと思っている。

 お人形様のある(があった)三春町や田村市船引町は,戦国時代から三春藩の領地である。戦国時代は坂上田村麻呂を祖とする田村氏がおさめていたが,豊臣秀吉の奥州仕置以降は殿様が次々にかわる。1645年に秋田氏が常陸国宍戸から移され,それから三春藩は幕末まで秋田氏が治めることとなった。

 この三春藩秋田氏は,かつては安東氏として陸奥国十三湊を中心に下北半島から出羽国秋田までを支配していた一族で,奥州仕置後に土崎湊に本拠を移し,秋田氏を名乗っている。

 つまり,「なまはげ」の男鹿半島は,安東氏・秋田氏の支配下にあったわけだから,その秋田氏が三春藩主となって,「なまはげ」に似た風俗が三春藩内に根付いたとしても,何の不思議もない。

 気になるのは,なぜ磐城平と三春を結ぶ磐城街道にだけ「お人形様」が置かれたかということである。なにを畏れたのだろう?

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