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2015年12月20日

スキージャンプの革新か ユリア・キッカネン

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 ノルディックスキーのW杯ジャンプ女子を見ていたら,明らかに他の選手と異なる試みをしている選手に目が釘付けになった。フィンランドのユリア・キッカネン(Julia Kykkaenen)である。
 まだ21歳の若い選手で,最近はW杯の10位前後に入り始めている。今シーズンのW杯は第2戦が6位,第3戦が12位で,3戦までの総合成績は62ポイントで13位に入っている。

 キッカネン選手の何が革新かと言うと,ジャンプ台のアプローチ(助走路)でのスターティングゲートからの離れ方である。
 キッカネン以外の選手は,スターティングゲートに座った姿勢から,そのまま空気抵抗の少ないクラウチング姿勢に滑らかに移行する。クラウチング姿勢は,少しでも大きいアプローチ速度を得るために,できるだけ空気抵抗の少ない低い姿勢が好ましい。
 ところがキッカネン選手は,スターティングゲートを離れる瞬間にクラウチング姿勢に移らず,一旦立ち上がってアプローチをすべり始めるのだ。

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〔ユリア・キッカネン選手のアプローチ姿勢〕

 参考のために,ノルディックスキーW杯ジャンプで総合成績トップに立つ高梨沙羅選手のアプローチ姿勢は,ゲートを離れた直後からクラウチング姿勢である。

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〔高梨沙羅選手のアプローチ姿勢〕

 スキージャンプのアプローチは,ジャンプ台先端のカンテでジャンプするときの初速度をいかに高めるかがカギとなる。すなわち,滑り抵抗の小さいスキー,空気抵抗の小さいクラウチング姿勢が重要だ。
 そしてもうひとつ。重力による位置エネルギー[E = mgh]をジャンプ台先端のカンテでいかに運動エネルギー[E = (mv²)/2]に変換するかの勝負になるから,スターティングゲート位置によって決まるジャンパーの重心位置[h]がとても重要になる。

 スターティング位置はアプローチ速度,すなわちジャンプの飛行距離に直接影響するため,選手が飛びすぎないように,競技が正しく行われるように,50cm程度の単位で細かく調整される。競技前半に飛ぶランキング下位選手が飛行距離を伸ばすようだと,上位選手は危険になるため,途中からスターティングゲートを1段2段下げて,得点にゲートファクターを追加することもある。

 それほどまでにスターティングゲート位置は重要なのである。それを頭に入れて,上のユリア・キッカネン選手のアプローチ姿勢を見てほしい。スタート直後にクラウチング姿勢を取る場合に比べて,キッカネン選手の重心位置は50cmぐらい,つまりスターティングゲート1段分ほど高いことがわかる。
 キッカネン選手のアプローチは,うまく体重移動ができれば他の選手よりも常にゲート1段分ほど位置エネルギーが大きいのである。

 アプローチを少し下り始めるとスキーの速度が上昇するため,空気抵抗が発生する。
 空気抵抗は選手の周囲を流れる空気の状態が層流か乱流かによって大きく変化するのだが,大ざっぱに言うと低速のときは層流で空気の粘性はほとんど影響せず(レイノルズ数Reが小さい)空気抵抗は速度に比例し,高速になってくると空気の粘性率が寄与する(=レイノルズ数Reが大きくなる)ため空気抵抗は速度の二乗に比例するようになる。

 スターティング位置で少し大きな位置エネルギーをもらったキッカネン選手だが,空気抵抗による損失を最小限にするためには,速度の小さい,レイノルズ数Reが1000以下の状態でゆっくりとクラウチング姿勢に移る必要がある。どの時点でクラウチング姿勢にするかは難しいところだが,映像を見る限りでは,キッカネン選手はそのあたりもちゃんと考慮しているようだ。

 以上のように,スキージャンプの女子選手ユリア・キッカネン選手の,一旦立ち上がってからのアプローチは合理的であり,今後スキージャンプ界に広く浸透していくことになるのではないかと推測する。

 私はノルディックスキージャンプが好きで,子供の頃から競技を見続けている。小学生の時には札幌オリンピックの70m級ジャンプで日本の笠谷・金野・青地の金銀銅表彰台独占を見て興奮し,教室で友人達に支えられながらジャンプの姿勢をマネしたり,裏山での竹スキー遊びで無茶なジャンプを何度も繰り返した。
 テレビのジャンプ中継にかじりつき,インスブルック五輪70m級金メダルのハンス=ゲオルク・アッシェンバッハ(Hans-Georg Aschenbach)のクラウチング姿勢でのバックハンドスタイル(当時はアッシェンバッハスタイルと呼ばれた),そして元祖V字ジャンプのヤン・ボークレブ(Jan Boklöv)というジャンプ競技における2つの革新に立ち会えた。
 キッカネン選手のアプローチは,その2つに続く大きな革新になるかもしれないと考えている。

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〔笠谷幸生のフォアハンドスタイル。飛行姿勢とテレマークが完璧〕

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〔アッシェンバッハのバックハンドスタイル。現在はこれが一般的になった〕

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〔ヤン・ボークレブのV字スタイルジャンプ。現在ではこのスタイルが一般的になったが,当時は不格好なことで話題になった〕

 マッチ・ニッカネンが圧倒的に強い時代が続いていた1980年代後半,ときどき飛距離でニッカネンを上回る選手が突然現れた。それがヤン・ボークレブである。スキーの板を平行にして飛ぶのが常識だった時代に,スキー先端が広がってしまう不格好な飛び方だった。当時の採点基準では,スキーの板が平行になっていないと飛型点が大きく減点されたため,飛距離では他選手を上回っても得点が伸びないことが多く,W杯では通算5勝したものの,オリンピックの個人では47位が最高だった。

 しかし,ボークレブの後,V字スタイルのジャンプは科学的に飛距離が伸びることが証明され,多くの選手が次第にV字ジャンプに移行することになった。1992年のアルベールビルオリンピックでは,ほとんどの選手がV字スタイルで飛んだ。現在も現役選手を続ける“レジェンド”葛西紀明選手は,アルベールビルでのV字スタイルへの移行の決断が遅れ,部外者の私から見ると,ほとんどぶっつけ本番でオリンピック本番を迎えたという記憶がある。

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〔カナダのコリンズの逆V字スタイル〕

 飛型点が低くても飛距離を伸ばした例では,ボークレブの他にカナダのコリンズ(Steve Collins)がいる。彼がまだ若かった1980年頃は,スキーの先端を閉じ,後ろ側を広げた逆V字スタイルで飛んでいた。この逆V字スタイルも,ひょっとしたらスキーを平行にするよりも流体力学的に飛距離が伸びていた可能性がある。なにより,この飛型はV字スタイルよりも美しいと思う。

 そういえば,日本の上原子(かみはらこ)選手も,スキーの板をそろえられず,脚を段違いに広げて飛ぶ選手だった。

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