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2013年10月20日

iPhone 5sのホームボタンの話

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 iPhone 5sの指紋認証付きホームボタンに使われたことで,ちょっと話題になったサファイアクリスタル。腕時計の風防にも使われている素材だ。サファイアガラスと書かれていることもあるが,酸化アルミニウムAl2O3(いわゆるアルミナ)の結晶のことをサファイア(あるいはルビー,ひっくるめてコランダム)と言うので,それを正反対の非晶質(アモルファス)であるガラスと呼ぶことには,ちょっと違和感を感じる。

 その違和感をあえて強調して,黒炭とダイヤモンドが同じであるというコンテキストでは,サファイアクリスタルは純度の高いアルミナセラミックと同じものである。

・アルミナセラミックとは……

 アルミナセラミックは,パソコンのマイクロプロセッサや高発熱のICのパッケージに使用されている黒褐色の素材だ。CCDやCMOSがデジカメなどの撮像素子として使用されていることからわかるように,半導体に光が当たると電子が励起されてしまうため(光電効果),通常の半導体は光の影響を受けないように黒褐色のアルミナセラミックパッケージの中に入っている。発熱量の小さなパッケージは,高価なセラミックではなく,光を通さない黒いプラスチックパッケージやポッティング樹脂で封止されていることが多い。

Photo 〔日本特殊陶業(株)のアルミナセラミックパッケージ〕

 半導体パッケージに使用されているアルミナセラミックはAl2O3が95%前後で,あえて不純物を入れて黒褐色にしているが,不透明にする不純物を入れなければ,95%〜99%のアルミナセラミックは純白で,表面を滑らかにすれば半透明状態になる。

・アルミナセラミックがサファイアクリスタルに変わる瞬間……

 昔,某社にいたときに,25cm角の低温焼成ガラスセラミック基板を使ったメインフレーム用のプロセッサの開発に携わったことがある。ガラスセラミックは製造がたいへんだったため,各種評価用の安価なアルミナセラミック板を京セラに発注したのだが,純白のセラミックを想像していたら,出来上がってきたのが半透明で宝石のようなアルミナセラミック板だったことを今でも覚えている。

 アルミナセラミックの透明な板≈99.9%のAl2O3≈京セラの技術力≈クレサンベール≈ルビー・サファイア……というシナプスが脳の中に形成された瞬間だった。京セラの技術力はすごい。

 実際には,サファイアクリスタルは,アルミナセラミックのようにアルミナ粉末(スラリー〜グリーンシート)を焼成するのではなく,融かしたアルミナからアルミナの結晶を引き上げて作っているのだと思われる。

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〔京セラの電子工業用セラミックのカタログのサファイア基板〕

 蛇足だけど,半導体をパッケージに封止せず,基板の上に裸のまま高密度に実装するベアチップ実装の開発をしていたときに,実体顕微鏡を覗きながら半導体のパッドにプローブを当てて電気特性を測定すると,何度やっても正確なデータが取れずに行き詰まったことがあった。数日後に気付いたのが光電効果。実体顕微鏡の光が半導体に当たり,光電効果で特性が変化していたのだった。そんなことも知らずにベアチップ実装(マルチチップモジュール)の研究をしていた青臭い日々だった。

・指紋認証装置の周囲のステンレス製リング……

 iPhone 5とiPhone 5sを併用していて,iPhone 5sの圧倒的アドバンテージだと感じるのが,ホームボタンに内蔵された指紋認証機能。読み取り装置の上で指を滑らせる必要もなく,職場のドアやパソコンに付いているヤツのように認識エラーが多発することもなく(これは自分だけかも),便利すぎて涙がちょちょぎれる(言葉が古すぎ?)。

 この指紋読み取り機能を起動するためのセンサーを,ホームボタンの外周に設けるのは常識的な設計だと思うが,Appleがヘンタイなのは,そのセンサーにステンレス製のリングを採用していることだ。
 正確に言うと,このセンサーは錆びてもらっては困るところだから,素材に錆びにくいステンレスを使うこと自体はそれほど不思議ではない。

 しかしながら,Appleは並みのヘンタイでない。使っているのは素のステンレスじゃないのだ。私のiPhone 5sはスペースグレイだが,ホームボタンの周囲は黒色になっている。だからステンレスリングも黒い。Appleのことだから,ゴールドもたぶんそれに合った色になっているはずだ。

 普通の電気メーカーであれば,たぶん,多色展開した機種のホームボタンにステンレスリングを採用したら,リングはすべての機種でステンレス素材の銀色一色にするだろう。

 冷静に考えてみる。ステンレスという素材は表面に不動態皮膜を形成することによって,表面から内部に侵入する錆を防いでいる。その反面,塗装やメッキは非常に付きにくい。無理矢理塗膜をつけても簡単に剥がれてしまう。通勤電車にステンレス車両が増えたのと同時に,昔のような黄色や緑色や青色のわかりやすい塗装をした電車が少なくなったのも,ステンレスへの塗装が難しいという問題が影響している。また,センサーとして使用するわけだから,塗るならば導電性の塗料でなくてはならない。さらにハードルは高くなる。まず,導電性の塗料でステンレスリングを塗っている可能性は低い。

 そんなわけで,iPhone 5sのステンレスリングは塗装ではなく,陽極酸化皮膜処理を行っていると推測している。一般的にはアルミニウム合金に対して行う処理だ。その場合,陽極酸化皮膜処理はアルマイトと呼ばれる(通常のアルマイトは導電性がない)。

 私は今までの仕事で,ステンレスの陽極酸化皮膜処理を利用した経験がないので,どのぐらいの導電性が生じるのか,想像がつかない。導電性をつけるために,陽極酸化皮膜処理のピンホールの中に導電性の染料を入れて,スペースグレイ,ゴールド,シルバーに色を合わせることができるのかもよくわからないが,とにかく色をつけたステンレス製のリングにタッチセンサーの機能を実現している。

 iPhone 5sが販売されてから約1か月。ホームボタン周囲のステンレスリングの塗装が剥げ,下地が見えてしまったという話もチラホラ聞こえてくる。本当は陽極酸化皮膜処理なんかじゃなくて塗装なのか……。正確なことはわからない。

 ホームボタン周囲のステンレスリングは,そういう面倒な着色処理をすることによって,やっと目立たなくなる。たかが,これだけのリングにここまで手を加えているApple社の開発陣。畏怖の念を込めて,超ヘンタイと呼ばせていただきたい。

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