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2012年9月 9日

江口君は菩薩である

 グループ社員全員に毎月配布される某広報誌に「美の巡礼」というコーナーがあって,8月号では円山応挙の『江口君図(えぐちのきみず)』が紹介されていた。『見立江口の君図』は寛政6年(1794年),円山応挙最晩年の作品である。

「江口の君は菩薩である」
 銀の打ち掛け,金の帯,若柳の裾模様の白い着物を着て,微笑みをたたえる江口君(えぐちのきみ)。

「江口の君は菩薩である」
 江口の君は,白い象の背中に腰を掛けた姿で描かれている。江口の君は普賢菩薩の化身なのだ。

 摂津国江口は大阪府東淀川区の淀川から神崎川が分流するあたりの地名で,水上交通の要衝だったところ。江口の君はそこの遊女「妙」である。

 新古今和歌集の巻第十羇旅歌に西行法師と遊女妙の問答歌が収録されている。

 西行法師が天王寺詣でで江口を通りかかった折りに雨に降られ,一夜の宿を遊女妙の家に借りようとして断られ,

  世の中を厭うまでこそ難からめ かりの宿りを惜しむ君かな(西行法師)

という歌を詠んだところ,遊女の妙から,

  世を厭う人とし聞けば 仮の宿に心止むなと思ふばかりぞ(遊女妙)

という歌が返ってきた。

 遊女ごときが出家するのは難しいだろうけどさ,一晩ぐらい泊まらせてくれたって良いじゃないか,という西行法師の遊女を蔑んだ捨て台詞に対して,この世を厭って出家までしたお方なのに,たかが一晩の宿に執着しちゃってるの?……と軽妙洒脱な遊女妙の返し。結局,二人は意気投合して一晩語り明かしたという。

 謡曲「江口」は,その西行法師と江口の遊女との和歌のやりとりを元に作られており,遊女が普賢菩薩(ちなみに普賢菩薩は男)となり白象に乗って西方浄土に去っていくという話である。つまり,円山応挙の江口の君は,この菩薩の化身としての遊女を描いたものである。

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 菩薩と言えば,平岡正明著「山口百恵は菩薩である」。
 謡曲「江口」の話は,「山口百恵は菩薩である」を呼び起こす。

 平岡正明は,「山口百恵は菩薩である」の冒頭「菩薩テーゼあわせて108」で,こう書いている。

自分の煩悩を歌に昇華させた山口百恵は,他人の煩悩にも鋭敏に反応するだろう。他人の煩悩を自分の悲劇に繰り込んで山口百恵はさらに大きくなるだろう。すなわち菩薩である。

 あの平岡正明である。江口の君の話が下地にあったのは間違いない。

 遊女=芸能人・流行歌手というアナロジーもあるだろう。遊女=遊郭の女性,売春婦と読み取ることはありがちだが,近世以前,観阿弥・世阿弥が「江口」を描いた当時の遊女は少し違っているようで,当時は,遊女とは一種の巫女であり,白拍子であり,歌舞などの芸能を職とする存在だった。

「江口の君は菩薩である」
 篠山紀信撮影の山口百恵。

 そういえば,今NHKの大河ドラマで「平清盛」をやっているが,その平清盛の寵愛を集めた白拍子に仏御前(ほとけごぜん)がいる。
 仏御前は加賀国生まれで,14歳で京都に上京して白拍子となり,平清盛の前で即興で今様を詠み,それを歌って舞を見せたという。17歳で清盛の元を離れて出家し,数え年21歳で故郷の加賀国で没したそうで,あれっ,山口百恵は14歳でデビューして17歳で千家・都倉の元を離れて宇崎・阿木の歌に出会い,21歳で引退……。偶然というのはとても面白い。

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