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2010年9月 2日

高校野球の一塁へのヘッスラ批判は妥当なのか

 過去の気象記録をことごとく上回るほどの猛暑だったこの夏,同じように熱かった甲子園の高校野球が終わった。

■ 興南は強かった

 優勝した興南高校は強かった。各打者が思いきってボールをたたく(しかも引っ張る)打撃の集中力。島袋君のここぞというときの,上向きスピンのかかった見事なフォーシーム。興南高校には,本州の強豪チームのような恵まれた練習環境は無いと思っているのだが,いったいどんな練習をしているのか,見てみたくなった。

 福島県高校野球史上最強チームだと多くの人が認めていた聖光学院。春の東北大会では仙台育英に勝って優勝し,広島の広陵,大阪の履正社,奈良の天理の4校が集まった「死のブロック」を勝ち抜いたことで,その実力が紛れもない事実であることを証明してくれた。その聖光学院でも歯が立たなかったほど,興南高校は強かった。


■ 野球は面白い

 高校野球に対しては根強い批判がある。チームや選手個人をドラマチックに取り上げすぎるとか,真夏の暑い時期に開催し,ピッチャーに連投を強いるスケジュール等々,批判には共感する部分も多い。

 でも,純粋に野球(ベースボール)としてみたときに,高校野球にも面白い部分があるのは確かだ。
 もちろん,選手の技量ははるかにプロ野球の選手のほうが上だから,たとえばプロ野球の選手がサッとボールを捕って投げるという動作をしただけで観客を感動させる(野球をやってた人なら絶対にわかるはず)ような凄さはない。

 しかし,プロ野球よりもボールが飛ばない高校野球では外野の守備位置が浅めになるため,外野の間を抜ける打球が長打になって,二塁や三塁でタッチプレーになることが多いのだ。打球が外野手の間を抜けたときの野手の連係プレーの動きと,ベース上でのタッチプレーは,選手の技量によらない野球の最大の楽しみのひとつである。


■ 一塁へのヘッスラ批判

 さて,高校野球への批判の中で,ちょっと気になるのが「一塁へのヘッドスライディング」批判である。それも,ヘッドスライディングは危険だからという批判ではなく,「走り抜けたほうが早いのに」「思い出作りのヘッドスライディングだな」というものだ。

 確かに,私が野球をやっていたときも「一塁は駆け抜けろ」と指導された。「一塁は駆け抜けたほうが早い」と。それが,ほぼ常識となっているのは確実である。
 これは本当に科学的に根拠のあることなのだろうか。実測した数値はあるのだろうか?

 高校生のヘッスラを批判する人は,実際に実測を試みた雑誌なり新聞なりを読んだことはあるだろうか?


■ 古い新聞記事の記憶

 私は実測値が載った新聞記事を読んだ記憶がある。ずいぶん古いことなので,何年何月という記憶はまったく残っていないが,確かに一度だけ,朝日新聞の記事に,一塁へのヘッドスライディングは本当に遅いのかどうかを実測した結果が載っていたのを覚えている。
 新聞の縮刷版等を調べなおしたわけではないので確証はない。しかし,載っていた結果が印象深かったので,記事の概要は覚えている(記事には到達時間の測定結果まで記載されていた)。それは次のようなものだった。

 ヘッドスライディングが得意な選手は,ヘッドスライディングしたほうが早い


■ 一塁ベースを駆け抜けたほうが早そうな理由

 一塁ベースを駆け抜けたほうが早いという理由に,陸上競技を例に挙げる人がいる。

 ひょっとしたら,女子100m走・100mハードルのゲイル・ディバース選手を思い出す人がいるかもしれない。バルセロナオリンピック,アトランタオリンピックの女子100m走の金メダリストである。
 バルセロナオリンピックの女子100mハードルでも金メダル候補だったディバースは,最終ハードルを跳び越える瞬間までは他の選手を大きく引き離していた。が,その瞬間に最終ハードルに脚を取られ,よろめき,ヘッドスライディングをするかのように転倒しながらゴールしたのだった。ほんの少し前につんのめっただけだったのだが,その瞬間に4人の選手に抜かれ,順位は5位だった。

 2位以下の選手を大きく引き離し,あとは(ヘッドスライディングするように)前に倒れるだけでも1位でゴールできそうな位置での出来事。そのまま駆け抜けたほうが圧倒的に早いことを示すかのような出来事でもあった。


■ 野球のベースランニングは走り幅跳びに近い?

 しかし,野球のベースランニングは,単にある地点を駆け抜ければゴールとなる陸上競技の短距離走とは違っている。

 野球のベースランニングにはベースを踏むという行為が重要になる。これが最大の違いだ。全力で疾走した状態で一塁ベースを踏むためには,事前に足を合わせるというある意味で高度な調整が必要になる。
 草野球をやると,初心者がベースを踏まずに走り抜けてしまうことがよくある。野球をやったことがない方には信じがたいことかもしれないが,これは本当によくあることだ。

 ゴールの瞬間に足を合わせてベースを踏まなければいけないという意味で,ベースランニングは100m走よりも走り幅跳びの助走に近いと言えるかもしれない。一塁ベース付近を早く走り抜けるだけではセーフにならないのだ。

 ただし,一塁ベースに足を合わせることをせずに,ひたすら全力疾走できる方法がひとつだけある。それがヘッドスライディングで一塁ベースに触塁するケースである。


■ スライディングには2種類ある

 と言っても,フット・ファースト・スライディング(脚からの滑り込み)とヘッドスライディングの2種類という意味ではない。二塁,三塁に到達するときのように,オーバーランできない状況でのスライディングと,一塁と本塁のように,オーバーランが許される場合のスライディングがあるという意味である。

 スライディング中の状態,つまり砂や芝生の上を身体が滑っている状態は,推進力がまったく存在せず,速度を低下させる摩擦力のみが働いているので,滑っている時間が長ければ長いほど(つまり遠くからスライディングすればするほど),ベースへの到達時間は遅くなる。
 二塁や三塁ではオーバーランが許されないため,全力疾走状態の速度をベース上でゼロにするために,スライディング時間を長くする必要が生じる。これは仕方がない。オーバーランしてしまっては,アウトになる可能性が高くなるし,逆にベースの近くでスライディングすれば,急激な減速のためにケガをする危険性が高くなる。

 走り抜けるよりも早く一塁ベースに触れるためには,オーバーランできない状況でのスライディングのように,一塁ベースのかなり手前からヘッドスライディングしてしまっては,遅くてダメなのは当たり前なのである。


■ 一塁へはヘッドスライディングのほうが早い場合がある!

 一塁へヘッドスライディングで早く到達する,それはどういう場合か。ここまでの考察から結論は導かれる。

 一塁ベースのすぐ近くまでひたすらに全力疾走し,指先からベースに触塁した後はベースの上を勢いよく滑り抜けるぐらい(滑り終わったときにはベースが腹や太股の位置にあるぐらい)ベースの近くでヘッドスライディングするのだ。一塁ベースではオーバーランが許されるので,指先で一度ベースに触れていれば,その後は一塁ベースに触れていようがいまいが関係ない。

 ただし,ケガをする危険性が増えることを考えると,指導者は「ヘッドスライディングしたほうが良い」とは言えないと思う。

■ 素人のたわごとにしないために

 素人がかすかだってんでねえ(適当なことを言うもんじゃない),という批判がありそうなことを長々と書いてしまった。根拠らしいものが少しでもあったほうが良いので,朝日新聞の記事,もしくはその元になった情報を探してみた。新聞社のWebサイトは,過去の記事の検索に対してまったく無力なのは,まあ,ご存じの通りである。

 しかし,さすがは国立情報学研究所「CiNii」のデータベースである。たぶん朝日新聞の記事のネタになったと思われる論文が見つかった。

 大阪体育大学 淵本隆文氏の「一塁ベースへのヘッドスライディングに関する動作学的分析」という1995年の論文である。

 この論文の結論は以下の通りである。

 一塁ベースへのヘッドスライディングは、ベースタッチまでのスライディング距離を短くすれば、走り抜けるよりもベースタッチが早くなる可能性が示唆された。

 興味のある方は,読んでみることをお勧めする。

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