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2017年6月 4日 (日曜日)

悠久の歴史を持つ新しい街 海老名駅界隈

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悠久の歴史を持つ新しい街 海老名駅界隈


 相模大塚駅南口から相鉄バス綾瀬52系統のバスに乗り海老名駅へ。途中に「飛行場正門」や「日立相模前」「国分」というバス停があっていろいろ興味深かったが,RX100M3で撮影した写真をMacBook Proに取り込み忘れて,バスの先頭かぶりつきで撮影した写真を紛失。記録が残っていない=記憶がない。

「飛行場正門」バス停はもちろん米軍厚木基地の正門前であり,「日立相模前」は日立オートモーティブシステムズ社の相模事業所で,もともとはトキコ(東京機器工業)の相模工場だね。「国分」は国分南一丁目にあって,相模国分寺跡(と後継寺院の相模国分寺)がすぐ近くにある。

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 楽しかったバス旅が終わり,海老名駅前へ。小田急小田原線,相模鉄道本線,少し離れてJR相模線の海老名駅がある(神奈川県海老名市)。

 神奈川県のほぼ中央にある海老名市は人口約13万人で,天平時代に聖武天皇が日本の各国に建立させた国分僧寺と国分尼寺のうち,相模国分寺・相模国分尼寺があったという歴史を持ち,また近年になって海老名駅周辺の再開発で大型の商業施設が集積し,注目されている都市である。

 駅周辺の再開発とは書いたものの,実際のところ昭和も終わろうとする頃まで駅前に一面の田んぼが広がっていて,再開発というより新規開発に近い。駅前に広大な土地が残っていたという点が,今になって見れば非常に幸運だったと言える。

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 小田急・相鉄・JR相模線海老名駅(東口)。

 海老名駅周辺を歩くのは2005年6月12日以来だから十数年ぶり。そのときのブログ記事は『歴史と文化が息づくまち 海老名を訪ねる』にまとめているので,興味がある方は読んでほしい。JR相模線海老名駅周辺の変貌ぶりには驚かされると思う。

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 小田急・相鉄・JR相模線海老名駅(東口)。海老名駅の東西を結ぶ自由通路が立派になっている。

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 小田急系の複合型商業施設「ビナウォーク (ViNAWALK)」に続くペデストリアンデッキ。

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 駅と直結のビナフロント(ViNA FRONT:写真右)。ビナフロントは2014年開業と,比較的新しい商業施設である。

 ViNAWALKのWebサイトを見ると,“ビナウォークの「ViNA」はViVA NATURE(自然礼賛)の略語で、Rambling(ランブリング:ぶらぶら歩き)と併せて「歩いて楽しめる界隈」を表現しています”と書かれている。洒落た「ヴィナ」ではなく「エビナ」のビナなのかと思いきや,意外に旧式の表記が使われている。

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 海老名駅東口のペデストリアンデッキ。カーブが美しい。ビナウォークの2階部分を結ぶペデストリアンデッキは,街を繋げる歩行空間ということで「ランブリングテラス」と名づけられている。

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 左奥に見えるのが,マルイファミリー海老名が核店舗として入った「ビナウォーク3番館」である。

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 海老名駅東口のバスロータリーとタクシープール。

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 海老名駅東口の「ViNAWALK 1番館」。デイリーセレクトショップ,生鮮市場,三省堂書店が入っている。ペデストリアンデッキには「新幹線新駅を寒川町倉見に!」と書かれた神奈川県東海道新幹線新駅設置促進期成同盟会の横断幕が掲げられている。

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 ランブリングテラスの海老名駅方向を振り返る。

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 海老名駅前から県道40号線横浜厚木線(大山街道・厚木街道)の海老名駅入口交差点方向を見る。

 海老名駅入口交差点の先にイオン海老名店(元のニチイ海老名店〜サティ海老名店)がある。併設するイオンシネマ海老名は,日本で初めてのシネマコンプレックス「ワーナー・マイカル・シネマズ海老名」が改称したもので,海老名駅周辺が現在のような賑わいになるきっかけとなった商業施設である。

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 ビナウォーク5番館。ビナウォークを象徴するような大屋根がある。

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 ビナウォークの各館は海老名中央公園を取り囲むように配置されている。公園には相模国分寺にあったのではないかとされる七重塔の3分の1スケール模型が建っている。

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 海老名中央公園とビナウォーク3番館。

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 ビナウォーク3番館の前の大屋根の張り出しっぷりもすごい。

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 海老名中央公園の南側のビナウォーク5番館。

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 ビナウォーク3番館。

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 ビナウォーク3番館と透明な大屋根。

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 向かい側のビナウォーク5番館の大屋根との対比が面白い。

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 ビナウォーク3番館の2階マルイ正面と6番館TOHOシネマズ海老名前の間を運行するミニトレイン「ビナポッポ」。ゴムタイヤでバッテリー駆動。ゴムタイヤの4輪なのでカーブをどのように曲がるのか興味があったが,客車の車輪にも舵機構(たぶん連結器部分と連動して舵が切られるようになっている)が付いていて,見事に曲がり角を曲がる構造になっている。よくできている。一見の価値あり。

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 相模国分寺にあったのではないかとされる七重塔の3分の1スケール模型。3分の1なのにかなりデカい。この3倍の高さというのが想像できない。

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 七重塔を下から見上げる。

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 七重塔の前から海老名駅方向を振り返る。

 新しい商業施設に共通するのは,座る場所が潤沢に用意されていることである。市街地の商店街も大いにマネすべきと思う。

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 七重塔の横(写真左)にあるのがビナウォーク4番館。各種クリニックや美容サロンなどが入っている。

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 海老名中央公園の東端から海老名駅方向を見る。

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 海老名中央公園の東にあるのがビナウォーク6番館。2階部分にTOHOシネマズ海老名前があり,1階は「ビナウォークらーめん処」と称してラーメン屋がたくさん並んでいる。

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 首都圏では珍しい“富山ブラック”ラーメンの店「いろは」があり,4年前に富山の西町で食べた富山ブラックのしょっぱさと東日本の蕎麦のような外観が妙に懐かしくなり,入ってみた。
 蕎麦のような黒いスープ。しょっぱさは控え目なので,この店では万人受けする味にしているのかもしれない。

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 店内には「富山で休もう。」のポスターや富山県の地図が貼られている。

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 海老名に来たからには,JR海老名駅の西にできた「ららぽーと海老名」も見ておきたいので,海老名中央公園を横切って西へ。

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 ビナウォーク5番館中央の階段。描かれているのはイメージキャラクターの「ビナセブン (ViNASEVEN)」。エビがモチーフになっていて,エビワンからエビセブンの七匹がいる。

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 ビナウォーク3番館。

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 ランブリングテラスを海老名駅に向かう。
 時刻は午後6時過ぎ。この季節はだいぶ日が延びたとはいえ,日没までは40分程度しかない。

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 2010年に完成した新しい海老名駅自由通路。

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 きれいになった小田急海老名駅の改札口。

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 新しい自由通路からJR海老名駅までの連絡通路も新しくなっている。

 左側通行が推奨されているのに,なぜか理由もなく右側を歩く人がいるんだよね。不思議でしかたがない。こういうところで右側を歩いたら邪魔になる人が多くて歩きにくいと思うんだけど……

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 JR海老名駅との連絡通路が広々としている。ららぽーと海老名もできて,このぐらいの広さがないと混雑してしまうのだろう。

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 連絡通路の上から小田急海老名駅の電車基地を見る。小田原方面に旧塗装へ復元されたLSE(7000形)が走って行った。あとから登場したHiSE(10000形)やRSE(20000形)が2012年に早々と引退したのに,1980年運用開始のLSEが2017年まで残るなんて,誰が予想しただろうか。

 個人的な好みだが,私は小田急NSE(3100形)・LSE(7000形)・JR西日本の新幹線500系がカッコいい鉄道車両の史上ベスト3だと思っている。

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 小田急海老名駅とJR海老名駅の間にはまだ広大な空き地が残っている。ひょっとしたらここは市街化調整区域で開発ができない状況なのかもしれない。

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 小田急海老名駅西口の小田急電鉄海老名総合事務所。

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 JR海老名駅連絡通路を西へ。新自由通路の北側(北東側)ではビルの建築工事が行われている。

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 新自由通路の南側の少し離れたところに海老名市立中央図書館や文化会館ができたので,空き地を貫く広い歩道に歩行者が多い。中央図書館は佐賀の武雄市図書館に次ぐ“TSUTAYA図書館”として,世間の本好きに酷評された図書館である。話の種に訪問してみたい気もしたが,CCCやTSUTAYAとは過去にも将来も無縁の私は,関わらないのが吉と考えて無視した。

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 十数年前に野球のバックネットが残った状態で空き地になっていた場所だが,それからずっと空き地のままのようだ。自分が子供の頃だったら,近所にこんな空き地があったら遊び放題で最高だったと思うのだが,現代は子供が遊ぶのを親が許さなかったり,土地の所有者が許さなかったり,世知辛い時代になったもんだと感じる。

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 新自由通路には動く歩道も設置されている。

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 JR相模線海老名駅と2015年に開業した「ららぽーと海老名」。ホームのない手前側の線路は相模線ではなく,相模鉄道の厚木線(相鉄貨物線)である。

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 JR相模線海老名駅の南側を見る。手前側の線路が相鉄厚木線。

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 立派になった相模線の海老名駅。

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 駅前に田んぼが広がっていた頃から,ここにはエスカレーターとエレベーターが設置されていた。

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 JR海老名駅前のバスのりば。

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 JR海老名駅前のバスのりばの上を通る新自由通路と「ららぽーと海老名」。

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 ららぽーと海老名は2015年の開業。

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 ららぽーと海老名の横にあるJR海老名駅西口のマイカー用ロータリー。送迎用のマイカーが長時間停車するようになるのは目に見えているのだから,普通の駐車場のように並んで停車できるようにしたほうが多くの車が駅前に入れそうな気がする。

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 JR海老名駅のホームに入ってきた相模線茅ヶ崎行きの電車。

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 こちらは海老名駅を出て行く相模線橋本駅経由八王子行きの電車。

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 ららぽーと海老名に入ってみる。

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 空には月が出ている。

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 ららぽーと海老名の内部。

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 ららぽーと海老名。

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 ららぽーと海老名。

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 ららぽーと海老名の内部では大きなカメラを出しにくいため遠慮してiPhoneで撮影していたが,エントランスの吹き抜け部分の立体感を出したくて,1枚ぐらいなら許してもらえるかなと思って許可を得ずに1枚だけ撮影。

 見出しに「悠久の歴史を持つ」とは書いたものの,海老名駅の周辺に歴史を感じさせるものはない。昭和の終わり頃までは海老名駅周辺は田んぼだったところなのでしかたがない。
 歴史はなくても,若く魅力的な街であることは確かだ。小田急・相鉄海老名駅とJR海老名駅の間にはまだ広大な土地が残っている。相鉄線とJR横須賀線との直通運転,東急東横線との直通運転もまもなく始まる。今後,ますます魅力が増すことだけは確実だ。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

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2005年6月12日 (日曜日):歴史と文化が息づくまち 海老名を訪ねる

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相模大塚駅の米軍厚木基地引き込み線跡

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相模大塚駅の米軍厚木基地引き込み線跡


 いつものように,どこかの駅で適当に下車して商店街の写真を撮ろうと相鉄線の電車に乗り,今まで下車したことのない相模大塚駅で下車した。相模大塚駅の周辺に商店街がなさそうなことは知っていたが,駅の近くに米軍厚木基地への引き込み線跡(正確には廃線にはなっておらず休止状態だったはず)があり,一度見てみたいと思っていたのだった。

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 相模大塚駅の南口(神奈川県大和市)。

 実は桜森稲荷に挨拶してから街歩きしようと思い,最初に北口を出て駅北側の電留線(留置線)の電車を撮ったり,桜森稲荷の写真を撮ったりしたのだが,バッテリーが膨らんだMacBook Proが修理中だったため,Cyber-shot DSC-RX100M3で撮った写真をMacBook Proに取り込むのを忘れてしまい,まったく写真が残っていないという大失態。
 相模大塚駅に戻り,バッグの中からα7Sを出したあとはα7Sで撮っているので写真が残っている。

 駅前のバス停には綾瀬市コミュニティバス「かわせみ」が停車中。神奈川県のほぼ中央部に位置する綾瀬市は人口8万4千人の都市だが,市域に鉄道の駅がなく,周辺の海老名市や大和市,藤沢市の駅が最寄り駅となり,バスが主要な公共交通機関となっている。ここ相模大塚駅と綾瀬市役所を結ぶコミュニティバスの利用状況はあまり芳しくなさそうだ。

 駅の日中の利用者があまり多くないためか,米軍関係の外国人の家族連れが目立つように感じた。

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 相模大塚駅南口からは相鉄バスの海老名駅行き,飛行場正門行,大和駅行き,綾瀬車庫行きのバスが運転されている。

 相模大塚駅があるのは大和市桜森三丁目。なぜここが「相模大塚」駅なのかが気になる人が18%ぐらいいると思う。

 Wikipediaの「相模大塚駅」のページには,“駅名は、開業時の所在地付近にあったとされる「相模大塚古墳」に由来している”と書かれている。
 神中鉄道の相模大塚駅が現在のさがみ野駅付近に開業したのは1926年(大正15年)。1921年(大正10年)測図の地形図を見ると,さがみ野駅付近は一面の桑畑になっており,古墳らしきものは見られない。近くには大山街道(厚木街道)の海老名村大塚の集落がある。現在の大塚本町交差点付近が集落の中心である。

 この大塚の集落は海老名村の中心である國分の集落(現在の海老名駅の東方で相模国分寺跡付近)に匹敵するほどの規模だ。大塚集落のすぐ横を神中鉄道が通っているが,台地の上から相模川河畔の海老名駅に向かって下るために切土区間になっており,切土区間直前の大山街道の踏切付近で大塚集落の北端(現在の大塚上町バス停近く)に初代相模大塚駅(現在のさがみ野駅)が設置されるのは合理的である。

 つまり,「相模大塚」という駅名は海老名村(柏ヶ谷)大塚という,この周辺では一番大きな集落の地名に由来するというのが正解だと思う。この「大塚」の塚が古墳を意味する可能性はあるが,それは大塚という地名の由来であって,駅名の由来ではない。

 1943年(昭和18年)頃,厚木海軍飛行場の完成に合わせて相模大塚駅が現在地に移転。1957年(昭和32年)発行の地理院地形図には移転後の相模大塚駅と飛行場への引き込み線が描かれている。神中鉄道から相模鉄道になったが,まだ単線の鉄道だった。海老名町大塚の集落から相模大塚駅は遠ざかってしまったが,集落の中心近くに大塚本町駅が設置されている。

 相鉄線の駅の変遷は激しく,その後は1975年(昭和50年)に大塚本町駅がもともと相模大塚駅があった場所にさがみ野駅という名称で移転するとともに,大塚本町駅の海老名寄りにかしわ台駅が開業。大塚本町駅があった場所にはかしわ台駅の東口が設けられ,かしわ台駅まで長い長い連絡通路でつながることになる。

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 相模大塚駅を出て県道40号横浜厚木線の相模大塚駅前交差点に向かう綾瀬市役所行き綾瀬市コミュニティバス。この通りは相模大塚駅南口正面の道路だが商店街はなく,駅前の一等地にトランクルームがある。

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 相模大塚駅前交差点。

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 続けて相鉄バス綾52系統の海老名駅行きのバスがやってきた。海老名駅行きのバスは1時間に1〜3本程度の頻度で運転されている。

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 相模大塚駅南口の大和屋質店の周辺にはスナックや飲食店が点在する。

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 大和屋質店の手前から県道40号線に抜ける路地にスナックが並ぶ。

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 スナックが並ぶ路地。

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 県道40号横浜厚木線に出る。

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 駅前がいきなり郊外のロードサイド風になっているが,そこにスナックが点在する。

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 県道40号線から大和屋質店の通りに戻る。

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 相模大塚駅方向を振り返る。

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 県道40号線沿いに飲食店が並ぶ一郭。これらの飲食店の裏側に米軍厚木基地への引き込み線跡がある。

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 よく見ると引き込み線と架線が見える(縮小写真ではわかりにくいが)。

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 県道40号線の小さな飲食店街。

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 県道40号横浜厚木線を斜めに横切る米軍厚木基地への引き込み線。踏切の設備なども残っていて,今にも警報器が鳴りそうな雰囲気がある。

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 米軍厚木基地方向を見る。この引き込み線は,横須賀線の田浦駅近くの田浦送油施設からJR相模線の厚木駅経由で米軍厚木基地までジェット燃料などを運ぶためのもので,1998年(平成10年)3月まで使われていたという。廃線ではなく休止状態ということで,架線もそのまま残っている。

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 相鉄線からの分岐方向を見る。相鉄線の海老名方面になだらかにつながっているので,JR相模線の厚木駅から相鉄厚木線経由でそのまま引き込み線に入れそうに思ったが,地図で線路配置をよく見たら相鉄線の上り線からの渡り線がない。一旦相模大塚駅構内でスイッチバックして相鉄線の下り線を渡り,今度は相鉄さがみ野駅方向に続く引き込み線に入ってまたスイッチバック。そこからこの引き込み線に入ってくることになっていたようだ。

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 もう20年近く列車が走っていない線路なので,線路の上に堂々と駐車している車もある。

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 線路に沿って米軍厚木基地方向に歩いてみようと思ったら,運良く線路上に駐車していた車がいなくなってくれた。

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 地鶏料理「さがみ」の裏手。

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 長年列車が走っていない様子は見てとれるが,草生したりはしていない。それなりに手入れがなされているようだ。

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 ろばた焼「皆与志」,大衆酒場「りん」の裏手あたり。白い猫がじっとこっちを見ている。

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 白い猫が振り返り振り返り去って行く。

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 でんしゃにちゅうい。ここを厳密な意味での「電車」が走ったことはあるのだろうか。

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 ろばた焼「皆与志」と桜森自治会館の間は線路の上も通路になっているようだ。

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 桜森二丁目の踏切(跡)。相模大塚駅から飛行場正門や海老名行きのバスはこの踏切を渡る。

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 さらに米軍厚木基地方向へ歩く。線路横の木が立派に成長して,枝が線路の上にまで伸びている。

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 バス通りの踏切方向を振り返る。

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 東名高速の防音壁に沿って延びる道路の踏切。細い道路なのに意外に交通量が多い。

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 東名高速道路に架かる橋。

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 東名高速道路に沿った道路はセンターラインが引けないほどの狭さなのだが,意外に交通量が多く,しかもなぜかスピードを出した車が多い(片側が防音壁で飛び出しの心配がないためだろうか)。児童の通学路になっているため,短い横断歩道に横断旗が置かれている。

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 道路にもはみ出して描かれた巨大な桜の花びら模様。

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 相模大塚駅に戻る途中の相模大塚駅前交差点。炭火焼肉「平和軒山口とんちゃん」がある。

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 相模大塚駅前交差点にやってきた大和駅行きの相鉄バス。

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 相模大塚駅南口西側のペンテコステキリスト教会。

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 ペンテコステキリスト教会と「cliel hair」の横からスナック街に続く通り。

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 ペンテコステキリスト教会 (PENTECOSTES CRISTO KYOKAI)。

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 ペンテコステキリスト教会と相模大塚駅。

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 相模大塚駅南口に戻る。

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 相模大塚駅南口のバス停で海老名駅行きのバスが発車時刻になるのを待っている。私に「乗ってください」と言わんばかりではないか。据え膳食わぬは……なので,バスに乗って海老名駅に向かう。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

相模大塚

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2017年6月 2日 (金曜日)

MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ

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MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ


 酷使していた MacBook Pro が突然動かなくなり,週末の休みを利用してアップルストア銀座の Genius Bar に持ち込んだ(詳細は別ブログの「MacBook Proのバッテリーが膨らむ(三日画師のかすかだり)」に書いた)。

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 東京に向かう電車の中で MacBook Pro の動作を再確認。うんともすんともいわない。こころなしかバッテリーの膨らみが増しているようだ。

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 有楽町駅の銀座口を出る。

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 アップルストア銀座へは有楽町イトシアの側から銀座西三丁目交差点に抜けるのが近道だが,東京都議会議員選挙を前にして中央口前の広場では何やら演説が行われて人だかりになっていたので,それを避けて有楽町マリオンの横から数寄屋橋側を回る。
 写真左の青空が見えているところに建っていたニュー・トーキョービル数寄屋橋本店ビルがなくなっている。ビアホールで有名なビルだったが,再開発事業のため2015年に閉店したとのことだ。

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 有楽町マリオン横の晴海通りの数寄屋橋バス停。

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 有楽町マリオン。西武有楽町店と有楽町阪急の二つの百貨店が入る不思議なビルだったが,現在は西武有楽町店が閉店し,代わりにルミネが入っている。

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 首都高の高架下の西銀座デパート。こういう街中に水着のポスターは下品だな……

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 晴海通りと外堀通りが交差する数寄屋橋交差点の銀座クリスタルビル。屋上に大きな不二家の看板があることで知られる。

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 数寄屋橋交差点のソニービル。ソニープラザやショールームがあったが,今年3月に閉館。まもなく解体される予定。

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 数寄屋橋交差点を渡る。

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 数寄屋橋交差点の南西側の一角には東急プラザ銀座がある。

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 銀座クリスタルビルの曲面状のファサードの1階部分にあるのがスキヤカメラのニコンハウス。並んでいる中古レンズに見入ってしまうと,うっかり財布が軽くなってしまうことがあるので注意が必要だ。

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 天賞堂本店の角に隠れて弓矢を射ようと狙っている天使が,背後からカメラを持った女性に狙われているのをオイラが撮影するという構図……

 天賞堂といえば時計・貴金属,そして鉄道模型の店。私が小学生の頃から(つまり50年近く前から),天賞堂の鉄道模型は他メーカに比べて圧倒的に精密で,圧倒的に高価であり,鉄道模型好きで知らない人はいない存在だった。
 もちろん私には天賞堂の製品が買える財力もなく,天賞堂の製品のベースになっているアダチ(安達製作所。天賞堂の製品の組立も行っているはず)のブラスキット(真鍮製のキット)を買って組み立てていた。D51とD50ではスパイクモデルのパーツを使って13mmゲージ化し,京成高砂のニワモケイのロストワックスパーツを使って,精密感でも天賞堂のモデルに追いつき追い越せと頑張っていた。

 ブラスキットは真鍮製のパーツをはんだ付けで組み立てる。パーツをはんだゴテで加熱してはんだを融かして組み立てるため,接着剤と違ってヘタに加熱すると先につけた部品を固定しているはんだが融けて取れてしまう。はんだ付けの技術のなさを補うため,低融点はんだと高融点のはんだを使うこともあった。そのときのはんだ付けの知識が,まさか仕事でスーパーコンピュータ・汎用超大型機の実装技術を開発したときに,はんだ接合に温度階層を使う技術(たしかIn-48Sn共晶はんだ融点117℃・Sn-38Pb共晶はんだ融点183℃・Au-20Sn共晶はんだ融点280℃を使った)につながるなんて思ってもみなかった。

 現在では天賞堂がプラスティック製の製品を出していたり,Nゲージの製品を出していて,時代の流れを感じる。Webページを見たら,HO 16.5mmのC62形蒸気機関車2号機(カンタム・システム搭載)が¥405,000円,NゲージC59形蒸気機関車161号機が¥120,000円だ。今も昔も天賞堂の製品は高嶺の花だね。

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 銀座四丁目の交差点。和光本館の前から銀座三越を見る。

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 銀座四丁目の交差点の銀座プレイスと銀座コア。その奥に話題の GINZA SIX がチラッと見える。閉館したソニービルのソニーストアやショールームは,ここ銀座プレイスに移って営業中。

 写真右は銀座三愛ビル(三愛ドリームセンター)。知る人ぞ知るリコー三愛グループのビルなので屋上にRICOHの広告塔があり,リコーのフォトギャラリーもある。昔はこの広告塔に三菱電機の三菱マークがついていて,昔のプロレス中継はネオンが光る銀座三愛の三菱マークの俯瞰映像で始まった記憶がある。プロレス中継のなかで,リング上を「風神」掃除機で掃除する生CMもあった。

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 中央通りを銀座三丁目交差点方向へ。

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 銀座三丁目交差点のアップルストア銀座。

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 アップルストア銀座の向かいは松屋銀座。中央通りと交差するのは松屋通り。

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 中央通りの銀座三丁目交差点。

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 アップルストア銀座の Genius Bar へ。

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 Genius Barで座って待つ。

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 MacBook Proのバッテリーが明らかに膨らんでいるので,あっという間に修理内容が決まり,修理を依頼してすぐにアップルストアを出る。

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 中央通りを北へ。シャネル銀座の前から銀座三丁目交差点を見る。

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 中央通りと銀座マロニエ通りが交差する銀座三丁目交差点。

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 銀座三丁目交差点のカルティエ銀座ブティックの前の宝くじ売場。宝くじだけ,なぜこのような売場があるのか,ちょっと不思議な気がする。

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 銀座三丁目交差点から松屋銀座を見る。松屋銀座の手前はルイ・ヴィトン松屋銀座店。

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 銀座マロニエ通り。マロニエというと洒落た印象になるが,日本語にすればトチノキである。葉っぱの形をみるとベニバナトチノキなので,厳密に言えばマロニエ(セイヨウトチノキ)ではないという主張もできそう。

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 銀座マロニエ通りから銀座三丁目交差点を振り返る。正面に見えるのはブルガリ銀座タワー。銀座三丁目交差点の四隅にはブルガリ,ルイ・ヴィトン,シャネル,カルティエが並んでいる。さすが銀座,オイラには縁のない店ばかりだ。

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 銀座マロニエ通りのデビアス銀座ビルティング。ゆるやかな曲面を描くステンレスの外壁が印象的なビルである。

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 銀座ガス灯通り。

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 銀座ガス灯通りのキャバレー「白いばら」。キャバクラなどとは違う,オーソドックスなキャバレーである。生バンドによる音楽ショーやダンスショーがあったり,ダンスフロアがあって踊れたり。昔はたくさんあったキャバレーもずいぶん少なくなった(ひょっとして銀座はここ「白いばら」だけ?)。

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 銀座ガス灯通りを南へ。

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 ガス灯通りの北側を振り返る。

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 松屋通りに出る。あらら,こんなところに車を停めちゃって……というような車は,だいたい埼玉・千葉・神奈川のナンバーだったりする。

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 松屋通りを西(北西)へ。

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 松屋通りから細い路地を入ったところにある親子丼専門店「○勝」。Sobaの看板はラーメンの「篝(かがり)」。

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 銀座レンガ通り。

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 松屋通りと銀座レンガ通りの交差点にある清水カメラ。だいぶ少なくなったとはいえ,銀座〜新橋には中古カメラ屋が多い。

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 PENTAX 67II + SMC Takumar 75mm f4.5 が¥162,000。使わなくなってしまった PENTAX 67II を手放さずに持っているが,これぐらいの値段で売れるなら手放そうかな……
 オリンパスの「実態顕微鏡」は「実体顕微鏡」の typo かな。

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 並木通りの銀座並木通郵便局の一郭。

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 松屋通りの MCM。

 MCM はバッグや財布のブランドだが,私のかつての専門である実装技術の分野で MCM といえばマルチチップモジュール(Multi-Chip Module)を意味する。通常の電子機器はシリコンの LSI をセラミックやプラスチックのパッケージに入れて,それをプリント基板上に並べるのだが,MCM は裸のままの LSI のダイ(ベアチップ)を複数個,直接サブストレートの上に並べることで,LSI 間の伝送経路をより短くして高速化したり,小型化する技術である。もともとは高速化・高性能化のためにスーパーコンピュータや大型汎用コンピュータ向けに開発されていた技術だが,小型化のメリットもあり,現在では携帯電話などの超小型機器にも使用されている。

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 銀座西三丁目交差点の横断歩道で外堀通りを渡る。正面は首都高速高架下の西銀座デパート。

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 銀座西三丁目交差点から数寄屋橋交差点を見る。

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 銀座西三丁目交差点から銀座西二丁目交差点を見る。

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 外堀通りの丸の内東映会館とマロニエゲート銀座2。マロニエゲート銀座2(讀賣銀座ビル)は2016年までプランタン銀座だったところ。

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 丸の内東映会館の向かい側あたりから首都高速高架下は銀座インズとなる。

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 マロニエゲート銀座2 にはニトリやユニクロが入っている。プランタン銀座にニトリの出店が決まったときには,あれこれ驚きの声を耳にした(目にした)ものだった。

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 ふと時刻を見たら午後4時20分。夕方の通勤ラッシュに巻き込まれる前に帰るつもりだったので,そろそろ銀座を離れなければ……

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2017年5月 6日 (土曜日)

大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景

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大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景


 タワークレーンが林立する日本橋界隈を見ていたら,同様に大規模な再開発が行われている渋谷駅界隈の写真を撮っておきたくなったので,三越前駅から東京メトロの銀座線に乗り渋谷駅へ。

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 渋谷駅西口バスターミナル側に出る。

 写真左が渋谷駅と一体化した東急東横店南館。渋谷駅直結の東急百貨店東横店は東館・西館・南館で構成されていたが,再開発事業のためにまず東館が解体され,現在は西館と南館の2館体制となっている。

 写真正面では玉川通りの上を首都高速3号渋谷線が走っている。その向こう側が桜丘町。「桜丘町1地区」では東急不動産が大規模な再開発を計画しており,地上36階建てと地上32階建て,地上15階建ての3棟のビルが建つらしい。

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 視線を南側に移すと,東急電鉄本社跡地にセルリアンタワーがそびえ立つのが見える。渋谷では一番高いビルだ。

 数年前までならセルリアンタワーの手前の駅前に東急プラザ渋谷が立地していたが,老朽化により2015年3月に閉館して解体された。現在は跡地に地上18階地下4階建ての再開発ビルの建築が始まっており,2020年の東京オリンピック前に竣工予定だそうだ。ビルの1階部分にはバスターミナルが設置されるらしい。

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 手狭な感じの渋谷駅西口バスターミナルだが,バスのりばまではすべて平面移動で済む。駅の正面を出てすぐのところにバス停が並び,島になっているところのバス停へも地上を歩くだけで到達する。

 世の中には,バスのりばへの移動に階段の上り下りが必要だったり(そういうところは地上が横断禁止になっていても,歩行者は危険な路上横断をしがち),駅の正面にマイカーで横付けできるのにバス停は駅から離れていたりするようなバスターミナルが多い。少しは渋谷駅西口バスターミナルを見習ってほしい気がする。

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 ハチ公前広場を通って宮益坂口のほうへ。ハチ公前広場は人が多すぎて,写真を撮っているような状況ではなかった。

 写真左が東急文化会館跡地に建つ渋谷ヒカリエ,渋谷駅前を東京メトロ銀座線の高架橋が横切る。

 写真右側は渋谷駅宮益坂口である。以前はここに東急百貨店東横店東館が建っていたが,2013年3月末に閉館し,解体された。現在はJR山手線や東京メトロ銀座線の運転を止めずに,線路の上にある東急百貨店の建物を解体する工事が進められている。東急百貨店東横店東館跡地は,最終的には新しい東口バスターミナル(の一部)になるようだ。

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 渋谷駅東口の渋谷ヒカリエ。地上34階,地下4階建て,2012年3月竣工の渋谷の新しい顔だ。以前ここに建っていた東急文化会館の五島プラネタリウムは残念ながら復活せず,ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の名称にその面影を残すのみ。

 写真右側のタワークレーンは東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビルで,地上35階建て,地下4階のビルが2018年秋に竣工予定だ。
 もちろんここも東急系の再開発である。東京丸の内が“
三菱村”,東京日本橋が“三井村”(三井村は大阪の淀屋橋にもある)であるように,渋谷は“東急村”になっている。

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 渋谷駅東口バスターミナルは,東口の南側,東京メトロ銀座線と玉川通りに挟まれたところにあったが,都市再生特別地区の再開発で旧東横線ホーム跡地と併せて渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の建築が始まり,宮益坂側に押し出されてきている。最終的にもこちら側が東口バスターミナルになるようだ。

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 渋谷からのバスの主力,都01系統の六本木経由新橋駅前行きのバス停も宮益坂側に移動している。

 どうでもいい話だが,1990年頃に南青山に通勤していたことがあって,渋谷から勤務先に近い南青山七丁目を通り東京タワーへ行く渋88系統のバスをたまに利用していた。今になってみると1990年もずいぶん昔のことになってしまったが,それでもほぼ現代と言える1990年に,この渋88系統のバスだけは,なぜかワンマン運転ではなく車掌が乗務していたことを覚えている。ほんと,なぜだったのだろう?

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 工事用フェンスで囲まれた東急百貨店東横店東館跡地。

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 明治通りの宮益坂下交差点を渡る。

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 宮益坂下交差点を渡り,渋谷駅方向を振り返る。東急百貨店東横店西館と渋谷マークシティ(イースト)が見える。
 渋谷マークシティイーストは地上25階建てで,京王井の頭線渋谷駅の上に建っている。“東急村”の渋谷では,かつての京王帝都電鉄の京王電鉄も目立たず,駅の上に建つ渋谷マークシティの上層階に入っているのは京王グループではなく東急グループの渋谷エクセルホテル東急である。

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 銀座線の高架線をくぐり,渋谷ヒカリエの前から南側を見る。

 写真正面が東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビル,写真右のタワークレーンが渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)である。

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 地方の都市では駅を市街地から少し遠ざけて高架化し,駅前広場を大きく広げる工事が盛んに行われているが,東京を代表する繁華街の渋谷では駅前広場をつぶしてビルを建てている。そのコントラストが興味深い。

 個人的な話になるが,駅を下りて巨大な駅前広場を見ると,その向こう側まで歩くのがおっくうになり,ため息をつきたくなる。駅の改札口を出たら,すぐに商店街になっているような街だと,心からホッとする。
 交通の結節点になって利用者の多い駅では,利用者を受け入れるだけのキャパシティが必要になるので,駅前広場を大きくしなければならない面もあって難しい問題だ。

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 まずは渋谷ヒカリエ9階のヒカリエホールから渋谷駅周辺を俯瞰する。

 ヒカリエ11階には展望スペース「スカイロビー」があるのだが,Googleで画像検索したところ,渋谷駅側には植栽を施したひさしがあるらしく,下のほうを俯瞰できるのは東京メトロ銀座線の真上の一部だけのように思われる。
 それより階数は低くなるが,9階のヒカリエホールのほうが真下に障害物がなく,広角レンズでの俯瞰が撮りやすいと判断したのだった。

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 渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の様子がよく見える。

 これで綺麗な夕焼けになってくれたら最高なのだが,残念ながら水平線近くに雲があるので難しそう……

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 かぶっていた帽子でレンズを覆って写り込みを防ごうとするが,なかなかうまくいかない。こういう撮影のためにラバーフードが欲しくなるね。

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 ヒカリエホールに到着してから15分。あっという間に日没。鮮やかな夕焼けにはならなかった。

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 思い思いのかたちで渋谷の街を見る。

 今度は標準域〜中望遠のレンズも用意して,11階のスカイロビーにも行ってみたい。

(動画もずいぶん撮ったのだが,Macに取り込み忘れてしまった。大失敗)

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

【関連記事】
2011年4月25日 (月曜日):もうすぐ地下化される東横線渋谷駅界隈
2011年4月25日 (月曜日):ときどき剣呑ベーゴマ遊び 渋谷のんべい横丁

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2017年5月 4日 (木曜日)

京急品川駅の上下ホーム連絡通路から見る

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 JR東日本の品川車両基地跡地の再開発やJR東海の中央リニア新幹線品川駅の工事,京浜急行の品川駅地平化計画にともなって,数年後には変わり始めそうな品川駅(既にJRのホームは変わりつつある)。
 京浜急行品川駅からJRに乗り換える機会があったので,京急の上下ホーム連絡通路からの俯瞰を中心に写真を撮ってみた。

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 現在の京急品川駅は2面3線の高架駅になっている。これを地平化する計画が進められている。
 全国区の中核都市で,街を駅や鉄道が分断しているため街が衰弱しているという理由で駅の高架化が進められている中,首都東京の中心的な駅である品川駅で,高架駅を地平化する計画があることがとてもおもしろい。
 そういえば,JR東海道本線沿線は,品川も川崎も横浜も地平駅のままである。

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 京急品川駅の下りホームのペイントは,慣れないとわかりにくい。

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 上下ホーム連絡通路をエスカレーターで下る。

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 下りホームの上に掲示される発車案内。比較的最近まで(と言っても2000年頃までだったろうか)反転フラップ式の案内表示機が残っていたが,現在はLED方式の案内表示機になっている。

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 JR品川駅との間にある中間改札口と下り1番線ホームが同じ高さにある。

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 JR品川駅構内の京急線切符売り場。

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 階段を下りるとJR品川駅構内となる。

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 JR品川駅の京浜東北線ホームへの階段。階段の手摺りは転落事故防止の観点から基本的には下り用のはずだが,利用客の動線を考慮したためか,下りは階段の真ん中,上りが手摺りのある両側を利用するようになっている。

 もちろんJRもそのへんはわかっていて,「手すりを必要とされるお客様は、通行区分に関わらずご利用ください。お客さまのご理解とご協力をお願いいたします(品川駅長)」という貼り紙があちこちに掲示されている。真ん中に一本手摺りがあると良いかも(真ん中に手摺りを設けるには階段が狭すぎるかな)。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

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2017年3月20日 (月曜日)

シーサイドライン延伸工事が進む 金沢八景

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再開発真っ盛りの金沢八景を歩く


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 上大岡から京急線の普通浦賀行きに乗り,金沢八景駅で下車する。少し離れたところにある横浜シーサイドライン金沢八景駅を京急の駅まで延伸する工事に合わせて,橋上駅化する工事が行われており,ホームの上の構造物ができつつある。

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 ホーム下の改札口に続く階段。京急の金沢八景駅は築堤(一部切土?)の上にホームがあり,一段低くなった地上に改札口がある。

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 京急金沢八景駅の改札口。

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 京急金沢八景駅前からできあがりつつある橋上駅舎を見る。写真右側の工事中の桁は横浜シーサイドラインの駅と京急の駅を結ぶ連絡通路。

 京急金沢八景駅の工事計画を詳しく読んでいないので,地上の改札口が残るのかどうかは不明だが,完全に橋上駅に移るとすると,地上から京急線に乗るには,階段またはエレベーターで3階まで上がってから2階に下りることになりそうだ。

 さすがに21世紀になって10年以上経った今はバリアフリーの時代になっているので,延伸した横浜シーサイドライン金沢八景駅のホームと京急金沢八景駅の橋上駅の高さは一致させて,同一平面上で乗り換えられるようにするはずだが,乗り換えではなく地上から京急線を利用する客は少し遠回りになる。

 金沢八景駅は駅前広場から停車中の赤い電車が見えるのが特徴であり,ぜひとも新しい駅でも外から電車が見えるようにしてほしいのだが,さてどうなるだろうか。

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 駅前の商店街は区画整理で一掃され,菓子処「鳳月堂」の新しい建物だけがぽつんと建っている。この「鳳月堂」の建物が仮設なのか,区画整理後を一郭に建ててあるのかはわからない。駅の正面にあった三本コーヒーショップやお茶の六浦園は,駅北側の「せとこみち」という仮設店舗群に移っており,駅前広場の周囲がどのようになるのかはまだ見えてこない状況だ。

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 工事用フェンスに描かれた京急線の電車や飛行機をじっと見つめる少年。

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 京急金沢八景駅の上屋はかなりできあがっているようにも見えるが,駅前からの階段や通路がどのように設置されるのかはまだわからない。

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 個人的には,あまり階段の上り下りをせずに駅を利用したいので,一度3階まで登らずに,現状のような地上から真っ直ぐホームに上がる階段を残してほしい気がする。

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 新しく建てられた「鳳月堂」の横を歩いて,横須賀街道(国道16号線)の交差点へ向かう。横浜シーサイドライン金沢八景駅に電車が到着したタイミングで,たくさんの人が京急金沢八景駅に向かう人並みができるが,その人並みもしばらくすると途切れる。

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 横浜シーサイドラインの延伸工事部分を覗き見しようとするが,フェンスが高く,なかなか防御が堅い。

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 鳳月堂の前から南に続く路地。両側の店舗の取り壊しが進み,すっかりまわりに何もなくなってしまった。かつては八景食堂や居酒屋喜八,八景旅館などが並んでいた路地である。

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 鳳月堂の隣の光栄堂薬局の横から京急金沢八景駅を振り返る。

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 光栄堂薬局の前から横須賀街道(国道16号線)の南側を見る。横須賀街道の金沢八景駅入口交差点付近には数か所のバスのりば(2カ所は降車場)があり,駅前のバスターミナルに入らないバスに乗る場合は横須賀街道沿いで待つことになるらしいが,どの系統のバスがバスターミナルに乗り入れないのかどうかを調べるのは少し難しそうだ。

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 光栄堂薬局の前から横須賀街道の北側を見る。延伸する横浜シーサイドラインの軌道が横須賀街道を跨いで設置されている。まだ仮設の橋受けで支えている状態だ。

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 再び京急金沢八景駅方向を見る。

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 鳳月堂の前から南に続く(元)路地へ。

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 この路地は東海道の程ヶ谷(保土ヶ谷)宿から能見道を経て六浦に至る古道「金沢道(保土ヶ谷道)」であり,かつては平潟湾の海岸沿いの道であった。江戸に近い景勝地だった金沢八景は,鎌倉・江の島見物の途中で立ち寄る行楽地として賑わったという。

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 古道「金沢道」だった路地を通ってたくさんの人が金沢八景駅に向かう。今まで何度かこの街を見に来ているが,この路地にこれほどの人通りがあるのは見たことがない。近くに何かイベントが行われそうな施設があったかな……と考えたが,思いつかない。となると,少し離れているが関東学院大学・関東学院六浦高で父兄も参加しての説明会のようなものがあったのだろう。

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 八景バルや遊食酒家おいしんぼ,居酒屋おぼろ,鳥真などの飲食店が並ぶ。

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 横須賀街道(国道16号線)の金沢八景南口交差点に出る。

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 金沢八景南口交差点から横須賀街道の北側を見る。金沢八景駅前交差点で横浜シーサイドラインの延伸工事が行われているのが見える。

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 金沢八景南口交差点を金沢八景経由磯子駅行きのバスが通りすぎる。

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 金沢八景南口交差点の西側に泥牛庵(でいぎゅうあん)がある。鎌倉時代末期に建立された寺だが,江戸時代にはここに金沢藩の陣屋が置かれていたという。横須賀街道を挟んで向かい側には,金沢八景を展望する九覧亭跡(現在は聖徳太子堂が建てられている)のある金龍禅院がある。

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 昇天山金龍禅院の生け垣。九覧亭跡からの金沢八景の見晴らしを見てみたいとも思ったが,奥に旅館追浜園の看板が見えたので,そっちの方が気になってしまう。

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 金龍禅院の生け垣の角張り具合がすばらしい。

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 金龍禅院の生け垣の先に見える旅館追浜園の看板。

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 南関東でよく見かける古い民家。関東大震災後に建てられたものと思われ,瓦屋根が使われないのは雪国と同じだが,屋根の角度などが違っているように見える。

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 このこんもりとした土手の上に九覧亭(九覧亭跡)がある。

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 旅館追浜園とやなぎ旅館が並んでいる。旅館ができた頃は平潟湾が眺望できたのかもしれないが,現在は目の前に大きな金沢八景マンションが建っている。

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 追浜園とやなぎ旅館の間にすれ違うのが困難なぐらいの細い路地がある。

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 平潟湾側に旅館追浜園の入口がある。
 ここには追浜園,やなぎ旅館,旅館皆楽園と3軒の旅館が並んでおり,かつて金沢八景が行楽地だった頃の名残が感じられる。

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 平潟湾沿いに並ぶマンション群と横浜シーサイドライン金沢シーサイドライン。ちなみに「横浜シーサイドライン」という会社が運営する新交通システムの鉄道線が「金沢シーサイドライン」なので,「京急久里浜線」と同じ言い方をすると「横浜シーサイドライン金沢シーサイドライン」になる。

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 金沢八景駅方向を見る。

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 平潟湾を渡る金沢シーサイドライン。

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 平潟湾にたくさんのボートが係留されている。桟橋がなく,ボートは湾の中央に係留されていて,岸からは小型の手こぎボートで自分の船に向かうらしい。

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 平潟湾に突き出した琵琶島神社と釣り船。

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 金沢シーサイドライン金沢八景駅の真下。

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 琵琶島神社。1180年(治承4年)に源頼朝が瀬戸神社を創建した際,北条政子が瀬戸神社の正面の平潟湾に小さな琵琶島を築き,琵琶湖の竹生島の弁財天を勧請したと言われる。

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 金沢シーサイドラインの金沢八景駅。

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 マンホールに金沢八景が描かれている。これは乙舳帰帆(おっとものきはん)。

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 ベンチ?にも金沢八景が描かれている。ちなみに「金沢八景」は,この地に立ち寄った明(みん)の僧がこの風景を故郷中国の瀟湘八景に似ていると絶賛し,七言絶句の漢詩に詠んだことから名づけられたもので,小泉夜雨(こずみのやう),称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう),乙艫帰帆(おっとものきはん),洲崎晴嵐(すさきのせいらん),瀬戸秋月(せとのしゅうげつ),平潟落雁(ひらかたのらくがん),野島夕照(のじまのせきしょう),内川暮雪(うちかわのぼせつ)の八景である。

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 横浜シーサイドライン金沢八景駅の階段。以前は横須賀街道に架かる横断歩道から金沢八景駅に直接続く通路があったが,延伸工事でそれが撤去されたため,この階段かエレベーターを使うようになっている。

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 延伸工事中のシーサイドラインの仮橋脚。

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 かつての連絡通路がここで分断されている。奥に横浜シーサイドライン金沢八景駅の階段が見える。

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 延伸部分が横須賀街道(国道16号線)を跨ぐ部分。

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 横須賀街道の金沢八景駅前交差点。奥に京急金沢八景駅が見える。既存の横浜シーサイドライン金沢八景駅と京急金沢八景駅前を結ぶにはかなりの急カーブが必要になるので,もう少し仮設バスターミナル側に延ばすのかと思っていたが,ちゃんと京急金沢八景駅前まで延ばすようだ。

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 工事用の覆いがあるので見づらいが,連絡通路の柱として使われていた橋脚が延伸部分に使われているのがわかる。この橋脚が延伸時に使われるという話は以前から言われていたが,人口減少社会となり,シーサイドラインの延伸計画にも動くがなく,本当に使われるときがくるとは思えなかった。

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 ちなみにこれが工事が始まる前の歩道橋からの連絡通路と延伸計画を見越した橋脚の写真(2014年8月3日撮影)。

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 現在の金沢シーサイドライン金沢八景駅構内は単線になっていて,複線部分の西側の線路部分にホームが設置されている。この延伸部分の線路を見ると,ホームが設置されている部分にポイントが設置されて,京急金沢八景駅前で複線に分岐している。

 なぜ複線のまま京急金沢駅前まで延ばさないのか不思議に思ったが,よく考えてみると,シーサイドライン金沢八景駅で現在使われているホーム側の線路を延伸しようとすると,ホームに登るエレベーターが邪魔になり,それを撤去するのは利用者に多大な不便を生じさせることになる。まずは現在利用していない側を延伸した上で現在の駅を廃止,その後にエレベーターを撤去して残りを延伸するのだと思われる。

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 横須賀街道の金沢八景駅前交差点。仮設バスターミナルだったところに新しいビルが建ち,店舗群も形成されている。

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 金沢八景駅前交差点から横須賀街道を北へ。右側にあった金沢八景ビルは取り壊され,新しいビルの建築が始まっている。

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 金沢八景ビルが取り壊され,新しいビルの建築が始まっている。その奥に金沢シーサイドラインの金沢八景駅が見える。

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 1180年(治承4年)創建の瀬戸神社。瀬戸三島明神とも呼ばれる。

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 瀬戸神社の正面から真っ直ぐ平潟湾に延びる琵琶島神社の参道。島のかたちが琵琶に似ているから琵琶島と呼ばれる。琵琶湖の竹生島の弁財天を勧請したことから琵琶島,ではないようだ。

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 横浜シーサイドライン金沢シーサイドラインの電車が駅を出て行く。

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 瀬戸神社の前から洲崎町にかけて釣船店が並ぶ。宮川の河口から東の洲崎町が,もともと金澤と呼ばれ,金澤村の中心的集落だったところである。

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 琵琶島神社から瀬戸神社を振り返り見る。まさに真正面に続いていることがわかる。ど真ん中で横須賀街道が両者を分断している。

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 琵琶島神社の参道から横浜シーサイドライン金沢八景駅を見る。地上とホームを結ぶ長い階段とエレベーター,そして延伸工事のために途中で分断された連絡通路が見える。ボラか何かが跳ねて波紋ができている。

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 琵琶島神社の参道と先端の円形部分を結ぶ赤い欄干の橋。

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 かつては橋の部分だけが少し高くなっていたことがわかる。

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 琵琶島神社と横浜シーサイドライン。

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 琵琶島神社と横浜シーサイドライン。

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 琵琶島神社から瀬戸神社を振り返る。

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 琵琶島神社の周囲が丸い島になっていることを写し込もうと思ったが,広角側24mmのレンズでは無理だった。

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 琵琶島神社と横浜シーサイドライン。

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 金沢シーサイドラインの電車が金沢八景駅を出て行く。

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 横浜シーサイドライン金沢シーサイドラインの電車。

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 金沢シーサイドラインの電車が平潟湾を渡ってゆく。

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 琵琶島神社の周囲の松の木。砂地でも生育する松は海岸や岩山にも生えるし,樹形も美しいし,不老長寿の象徴としてとてもめでたい木なのだが,車が走る道路の街路樹として適さないためか,(旧街道の街路樹は松並木が定番だが)街中で見る機会が少ない。

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 琵琶島神社の横の金沢八景駅に停車するシーサイドラインの電車。

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 数年後にはここが駅ではなくなり,電車が通過するだけとなる。

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 琵琶島神社の鳥居の横にしめ縄がまかれた神木がある。

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 福石。源頼朝が参拝したときにこの石に服を掛け,海水で禊祓(みそぎはらえ)したことから福石(服石)と呼ばれるらしい。江の島の福石と同様に石の前でものを拾うと福を授かるらしいが,そうそうものが落ちているわけがない。ゴミを拾って街をきれいにすると御利益があるという意味かな。

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 横須賀街道の金沢八景駅前交差点に戻る。

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 バスターミナルから横須賀街道に出ようとするバス。

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 写真左側が古くから横断歩道兼通路として使われてきた橋脚。この橋脚の真上にシーサイドラインが延伸すると思っていたので,京急金沢八景駅まで延ばすには異常な急カーブが必要になると考えていたが,なるほど橋脚の真上ではなく,こんなふうな使われ方になるのね……

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 新しくシーサイドラインの金沢八景駅になるあたり。奥が京急金沢八景駅。

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 京急金沢八景駅の正面にあったパン屋の「8K-アオキ」が移転して営業中。

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 金沢八景駅東口土地区画整理事業にともなう仮設店舗群の「せとこみち」。

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 新しいバスターミナル(とはいえたぶん仮設)とタクシーのりば。新バスターミナルは大きなロータリーになるのかと思ったが,それほどバスの発着数は多くなく,さらに最終的には駅前に移ることになることから,一直線のタイプとなった。

 ちなみに仮バスターミナルだった2008年3月,バスのりばは次のような寂しい感じだった。

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(2008年3月30日撮影の仮バスターミナル)

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 仮設店舗「せとこみち」。写真左がせとこみち南館,右がせとこみち北館。

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 新バスターミナルのまわりには飲食店のチェーン店やコンビニができている。

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 仮設店舗「せとこみち」。駅前にあった三本コーヒーショップや六浦園などが入店している。

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 区画整理事業が始まる前の駅前の店が全部入っているわけではなく,空き店舗も多いようだ。横浜シーサイドラインから京急への乗り換えが橋上駅上で完結すると,地上に乗り換え客が流れなくなる。「せとこみち」も含めて,新バスターミナルの周辺は魅力的だが,最終的に区画整理事業が完成すれば,バスターミナルは新しく駅前にできるロータリーに移ることになるだろう。個人商店は難しい判断を迫られていることになる。

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 せとこみちの西側の三本コーヒーショップの前から東側を振り返る。

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 工事現場をくぐって京急金沢八景駅へ。写真右が西口側への通路。橋上駅になると,西口側へ出るためには線路上の連絡通路を使うことになる。この線路下の通路が残るか廃止されるかは,駅の利用以外で駅の東西を移動する人には大きく影響する問題かもしれない。

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 京急金沢八景駅。

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 京急金沢八景駅のホームで帰りの電車を待つ。

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or SONY SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

金沢八景

【関連記事】
2006年4月23日 (日曜日):金沢八景は瀟湘八景に似てるの?
2008年3月30日 (日曜日):雨の金沢八景を歩く
2010年10月23日 (土曜日):六浦交差点から金沢八景駅へ
2013年4月14日 (日曜日):乙舳帰帆 野島夕照 平潟湾 野島の舟屋
2014年8月 3日 (日曜日):金沢八景東口地区土地区画整理はじまる

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2017年3月11日 (土曜日)

北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く

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北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く


 上大岡から京急線の品川行き普通(=各駅停車)に乗り,どこへ行こうかと考えながら拙ブログの過去記事を読んでいたら,前回北品川駅で下車したのは9年前の2008年3月ということに気づいた。

 もう10年近く北品川駅で下車していないことに驚く。再開発が急ピッチで進む品川駅北部ほどではなくても,新しい高層ビルが立ち並ぶJR品川駅港南口は近いし,北品川駅周辺が大きく変わっていても不思議ではない。あるいは,10年近く経ってもほとんど変わっていない可能性もある。とりあえず下車して歩き回ってみることに決めた。

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 北品川駅で下車。乗ってきた品川行きの普通電車を見送る。電車の行先にはJR品川駅港南口のビル群が見える。

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 北品川駅のすぐ横の踏切を渡ってすぐに旧東海道に出るのもいいが,まずは北品川駅の北側にある第一京浜の八ツ山橋の踏切を見てみる。踏切付近の大規模な工事が終わり,JR品川駅港南口側と第一京浜新八ツ山橋東詰交差点を結ぶ道路が踏切の下を通るようになったため,地上の(正確には築堤の)道路もだいぶ変わったのではないかと思っていたが,大きな変化はなさそうだ。

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 踏切の築堤からの下り坂にある都営北品川アパート(1966年昭和41年竣工)も健在だ。

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 八ツ山橋の踏切(品川第1踏切)の京急線の電車と都営バス。
 理想をいえば,品川駅方面に去って行く電車ではなく,向かってくる電車が写真に収まってくれたら嬉しいのだが,そうなるともう少しカメラを右に振らなければ構図のバランスが悪くなってしまい,しかも左端に写っているマンション「ペアシティルネッサンス高輪」が写らなくなってしまう。

 ちなみに「ペアシティルネサンス高輪」は1980年末の竣工で,同年結婚引退した山口百恵・三浦友和夫妻が最初に入居した高級マンションであることは知る人ぞ知る話であり,それを構図に入れるかどうかはますますどうでもいい話ではある。

 どうでもいい話を続けると,百恵ちゃんは芸能界デビューしたときに,横須賀市の不入斗中学校から中学3年生で北品川の品川中学校(現在は品川女子学院中等部に名称変更)に転校している。北品川駅のホームで電車を待つセーラー服姿の百恵ちゃんの写真が,当時の雑誌に掲載されたりしていた。初めての住居,ペアシティルネサンス高輪が,卒業した中学とは東海道線・山手線を挟んで斜向かいにあるというのはなかなかの巡り合わせである。

 品川中学を卒業した百恵ちゃんは,芸能活動への理解があり当時から多くの芸能人が通っていた堀越高校ではなく,普通の高校生として通いたいという理由で芸能コースのない日出女子学園に進学する。芸能人「山口百恵」ではなく,同級生と一緒のときには普通の高校生になれることに幸せを感じていたようだ。授業中にサインをねだった簿記の先生の授業を最後までボイコットしたりしつつ,出席日数不足で同級生から遅れること約3か月,6月末に無事に高校を卒業する(そんな日出女子学園も現在は日出中学・高校となって芸能コースが設置され,芸能人がとても多いようだ)。

 普通の高校生であることに幸せを感じ,特別扱いしない友人たちを大切に思う。引退〜引退後と同じだ。弱冠21歳の山口百恵が提示してみせた,大スターや売れっ子芸能人の座にあるより普通の主婦になるほうがとても魅力的であり幸せなのだとする判断は,いつの世も一般の民衆に対して説得力を持ち続けるはずだ。

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 北品川駅ホームのすぐ北にある品川第2踏切から南に続くのが旧東海道(品川宿・北品川本通り商店街)である。

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 旧東海道の北品川本通り商店街。「くさ餅」の幟が立つ枡翁軒。ちなみにATOKの候補は「草餅」「草もち」のふたつ。わかりやすい「草」をひらがなにして「餅」が漢字のままなのは不思議な「かんじ」。

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 枡翁軒の前の丁字路でこの写真(八百半商店)を撮ろうとしていたら,品川浦のほうから坂を上ってきたクルマが丁字路を曲がろうとして,たどたどしいハンドルさばき。私が立っていたのは路側帯の上だったけど,我が身の危険をも感じたので大きく道を譲って差し上げたら,なんとそのまま八百半商店の前に路上駐車,運転していた老人はそのまま八百半商店の中に消えていった。「撮れるときに撮るべし」は,このような短時間でも,数年から数十年のスパンでも,街歩き&写真撮影では鉄則だと思う。

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 北品川郵便局の前から北品川本通り商店街の北側を振り返る。野菜・果物の八百半商店はお客さんでいっぱいだ。

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 フローリスト「はなの樹」の前から北品川本通り商店街の南側を見る。

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 北品川郵便局の前。ちなみに品川宿の北寄りの北品川本通り商店街あたりには,幕府の命により歩行役(かちやく・人足役)が配置されていたことから,歩行新宿(かちしんしゅく)と呼ばれていた。

歩行新宿
(昭和22年発行の地理院地形図。「今昔マップ on the web」より)

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 路上駐車の老人が単なる八百半商店の客なのか(しばらくすれば立ち去る),付近の住人だったりして何十分も停めたままなのか気になりながら,郵便局の前に居続ける。写真の撮影時刻を見ればわかるように,八百半商店の付近に15分も立ち続けている……(なんと酔狂な)

 八百屋での買物に15分もかかるとは思えないので,あきらめて立ち去ろうとしたとき,私の目は見覚えのある老人の姿が店から出てくるのを見逃さなかった。

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 くさ餅の枡翁軒の前に戻り,最初に撮ろうと思っていた構図で撮影。ここまで約20分。そこまで時間を掛けて撮るような写真かと言われればそれまで。

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 せっかくなので問答河岸の碑が立つ丁字路の坂を下る。

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 多国籍料理「居残り 連」の横,八ツ山通りの交差点へ。

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 八ツ山通りの交差点にある多国籍料理「居残り 連」。交差点に面した看板建築の切り欠き(面取り・C面・Chamfer)が美しい。

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 八ツ山通りの栄歩道橋の下から都営北品川アパートを見上げる。

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 都営北品川アパートには都営バス品川営業所が併設されていて,そこからバスが次々に出てくる。

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 八ツ山通りから旧東海道を見ると,旧東海道がかなり高いところにあるのがわかる。

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 都営バス品川営業所の事務所棟。

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 都営バス品川営業所の前の交差点から路地を入ると,品川浦の船溜まりが見えてくる。その横には古い民家の家並みが残っている。

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 品川浦の船溜まり。

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 屋形船が並ぶ品川浦の船溜まりに小さな漁船が帰ってきた。

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 小さな漁船が屋形船の間を抜けて船溜まりの奥へ。

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 それにしても見事な古民家群。路地は未舗装で,中央に石畳がある。

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 建物も植栽も丁寧に手入れされていて,気品を感じる。

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 超高層ビルが立ち並ぶ街のすぐ近くに,このような家並みが残っているのは貴重だ。

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 八ツ山通りを歩いて品川浦船溜まりの南側へ。

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 品川浦がL字型になっている部分に架かる北品川橋。

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 豊かな水産物の水揚げがあり,海苔の産地でもあったかつての品川浦に思いを馳せていたら,突然耳をつんざく轟音が響き,現実に引き戻された。
 公道を走るゴーカートの集団だった。その姿からすぐに,任天堂が提訴したことがニュースになっていた「マリカー」だとわかった。そしてこれはやっぱり“あかんやつ”だと思った。任天堂には相当な苦情が届いたのだろう。個人が任天堂のキャラクターに扮して公道走行しているのならまだしも,レンタルサービスでの集団走行では言い訳できない。

 この後も北品川付近をブラブラしていたら,ゴーカートの爆音が何度も聞こえてきた。調べてみたらこの公道ゴーカートのレンタルショップが北品川にあるようだ。近隣住民の方,大変だね……

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 たくさんの屋形船が並ぶ品川浦と品川の超高層ビル群。

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 品川浦の対岸に先ほどの古い民家の家並みが見える。

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 品川浦(かつての目黒川)に架かるのは1925年(大正14年)竣工の北品川橋。橋のたもとに鮨処「石橋」がある。北品川橋の親柱は石積みなので,それにちなんで石橋なのか,ご主人の名前が石橋さんなのかは不明だ。

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 北品川橋の西側を振り返る。

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 旧目黒川の船溜まり。

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 旧目黒川の右岸(写真左)は河口にできた砂州で,幕府に魚介類を納める御菜肴八ケ浦のひとつ南品川猟師町(現在の東品川一丁目。洲崎とも)と呼ばれる漁業の町だった。沖は埋め立てられ,東京湾が遠くなってしまったが,猟師町だった頃の名残がかすかに感じられる。

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 北品川橋の上から北側を見る。

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 旧目黒川に沿って八ツ山通りを歩く。屋形船・釣り船「ひらい丸」の看板が立つ。

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 品川浦旧目黒川の一番奥。ここから上流側はすっかり埋め立てられ,品川浦公園となっている。

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 品川浦公園から旧目黒川を見る。

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 品川浦公園の横にある利田(かがた)神社。沢庵和尚が弁財天を祀ったのが始まりと言われ,かつて洲崎弁財天・洲崎弁天と呼ばれていた神社である。目黒川河口の南品川猟師町の沖は,江戸時代の中頃から南品川宿の利田吉左衛門によって埋め立てられ開墾(南品川新開場)されたことから利田新地とも呼ばれたという。

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 利田神社(洲崎弁天)といえば「鯨塚」で知られ,品川浦公園にはクジラのオブジェや遊具がある。

 1798年(寛政10年),品川沖に迷い込んだ巨大な鯨を漁師たちが浅瀬に追い込み捕獲,一目見ようとする人で浜は大賑わい。浜御殿(現在の浜離宮)沖まで運び,11代将軍徳川家斉が上覧するほどの大騒動になったという。その後,鯨の骨を埋めて祀ったのが利田神社脇にある鯨塚である。

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 八ツ山通りの台場歩道橋……の下の横断歩道を渡り,台場横丁の坂を上って旧東海道に戻る。

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 星野金物店の見事な看板建築。

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 星野金物店。レンガまたはスクラッチタイルの壁に銅板張りのパラペットがすばらしい。

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 星野金物店の前から旧東海道の南側を見る。

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 同じ場所を撮っても,広角側(この写真は24mm)と中望遠側(ひとつ前の写真は60mm)ではこんなに印象が変わってくる。

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 旧東海道と黒門横丁の交差点。

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 黒門横丁から旧東海道を振り返る。写真左側にあったはずの「天ぷら三浦屋」がなくなってる。がっかりしているところを,「マリカー」装束の外人軍団とすれ違った。こうやって時代は変わっていくんだな……

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 黒門横丁から法禅寺に抜ける。

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 臨海山光照院法禅寺。1384年(至徳元年)開創,芝増上寺の末寺である。

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 法禅寺の山門とレンガ塀。突き当たりが旧東海道である。

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 法禅寺。門の横に品川小学校発祥の地の碑が立っている。品川小学校は品川区で最も古い公立小学校で,法禅寺にあった寺子屋を引き継ぐかたちで開校したという。

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 法禅寺から旧東海道へ。

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 法禅寺の入口から旧東海道(北品川本通り商店街)の北側を見る。

 旧東海道は電線類地中化され,電線は共同溝に埋設されている。しかし,道路上から電柱をなくす無電柱化は行われていない。広い歩道のある道路であれば,歩道上に変圧器や開閉器を納めた地上機器を設置すれば良いが,旧東海道のような道路では設置場所の問題が大きいため,地上に電柱を残して,電柱の上にトランスを設置している(単柱頂部設置方式)。

 トランス用電柱(街路灯)から下がる東海道品川宿のバナー(垂れ幕)には,「きたしなカード葵」と書かれている。北品川地区の北品川本通り商店街・北品川商店街・京急新馬場商店街の三つの商店街共同のポイントカードらしい。

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 野菜・果物「マルダイ」とせんべい処「あきおか」の前。

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 喜楽すしの前の実用自転車。懐かしいロッド式ブレーキだ。

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 喜楽すしの横には品海公園がある。品海公園の入口には小さな街道松とともに品川宿と刻まれた石碑があり,「日本橋より二里 川崎宿へ二里半」と記されている。

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 トーモンハウスの前に東海道品川宿と書かれた門柱のようなものが立っており,ここから南が北品川商店街となる。歩行新宿と北品川宿の境もこのへんになるのだろうと思われる。

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 創業明治23年の老舗尾張屋の前から北品川宿(北品川商店街)を見る。このあたりから目黒川に架かる品川橋までが北品川宿である。

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 尾張屋の前から歩行新宿(北品川本通り商店街)を振り返る。

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 北品川商店街の米の専門店「新実商店」。その奥の緑に囲まれた山門は一心寺。

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 北品川商店街の丸屋履物店は1865年(元治2年・慶応元年),激動の幕末の創業である。店頭にはたくさんの下駄や雪駄・草履が並んでいる。店内には鼻緒をすげていない下駄も並んでおり,ちゃんとした職人さんがいる店らしい。すばらしいね。

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 一心寺。江戸三十三箇所(昭和新撰江戸三十三観音札所)の30番札所である。
 境内は広くなく,山門を入るとすぐに本堂が建っている。

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 一心寺の前から北側を振り返る。

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 一心寺の向かい側,養願寺(品川虚空蔵尊)に続く路地を入る。

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 一心寺側を振り返る。

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 品川虚空蔵尊(天台宗養願寺)。

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 品川虚空蔵尊の前から一心寺方向を振り返る。

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 狭い路地と虚空蔵尊(養願寺)の境内が一体化していて,路地を歩く人が自然に虚空蔵尊の本堂の前を通り抜けるようになっている。

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 虚空蔵尊(養願寺)には女性の参拝者が絶えなかった。

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 虚空蔵尊の南側に続く路地へ。この路地は虚空蔵横丁と呼ばれているらしい。

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 正徳寺を囲む虚空蔵横丁のレンガ塀。

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 正徳寺のレンガ塀と虚空蔵横丁。レンガは下のほうがイギリス積み,上のほうがフランドル積み(フランス積み)になっていて面白い。一般的にはイギリス積みのほうが新しい場合が多いので,施工時期の違いによるものでもなさそうだ。

 そもそも,なぜここにレンガ塀があるのかが不思議だ。由緒ある寺とレンガ塀が結びつかない。古い地図を見ていたら,大正8年発行の地形図のこの付近に学校を示す「文」マークがあることに気づいた。昭和に入ってからの地図には「文」マークが見当たらないが,それがレンガ塀に関係しているのかもしれない。そういえば法禅寺もレンガ塀になっていて,品川小学校発祥之地でもあった。

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 正徳寺のレンガ塀から北品川公園に続く路地に旅館「靜正」がある。

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 旅館「靜正」の横には壊れた井戸がある。このあたりは江戸時代に小泉長屋と呼ばれたところで,入り組んだ路地に共同井戸が残っていることで知られる。探せばまだ現役の共同井戸が見つかるはず。共同井戸の水質は飲用に適さなくても,散水などの生活用水としては十分利用でき,住民に大事に守られている。全国には,「名水百選」に選ばれているのに,飲用不可となっているその土地自慢の名水も多い。飲用に使わないのに,地下水が飲み水の環境基準を満たさないから“安全だけど安心じゃない”とか言っている都知事の行動に唖然とするばかりだ。

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 誰も遊んでいない北品川公園と,寂しく佇む黒猫。

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 入り組んだ路地の中にある北品川公園には飛行機のかたちをした遊具がある。しかも複座だ。印象的な遊具から「ひこうき公園」とも呼ばれるらしい。

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 レンガ塀のある虚空蔵横丁に戻る。

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 虚空蔵横丁から新馬場北口通りへ。

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 新馬場北口通りの京急新馬場商店街。

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 京急新馬場商店街(北馬場参道通り商店街)。以前は商店街の東西に「サクセス品川」という商店街アーチがあったのだが撤去されたようだ。サクセス品川商店街あるいは新馬場北口通り,または新馬場サクセス通りと呼ばれていたのは確かだ。品川神社の前の第一京浜北品川三丁目交差点から東海道北品川交差点まで続く新馬場商店街は,品川神社の参道として発達した商店街である。通りや商店街の名称が定まらないところに迷いが感じられる。

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 明治時代の一軒家を改装したレンタルスペース松本は,戦前は松本酒店,戦後はもつ煮込みが名物の居酒屋「松本屋」だったそうで,この日は山形の野菜を販売中だった。

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 新馬場参道通りから虚空蔵横丁を見る。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)に並ぶ看板建築。

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 お菓子の太子堂とリサイクルショップ桃色雛。

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 麺屋「まる」と休み処「品川宿参道」,桃色雛の並び。見事な三軒長屋の看板建築だ。

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 王将せんべいとさっぽろジンギスカン喜楽,そしてパン屋の龍月堂。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)は看板建築の宝庫だ。

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 サクセス品川(新馬場北口通り)から北馬場参道通りとなった商店街アーチ。赤い電車が走る京急線の高架橋の先には品川神社がある。

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 電線類の地中化でスッキリした北馬場参道通りの京急新馬場商店街。まだ「サクセス品川」だった2008年11月撮影の写真と比べると,そのスッキリ具合がよくわかる。

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 上の写真からわずか2分後の写真。撮ろうと思った瞬間に撮っておかないと,後で後悔することになる。

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 北馬場参道通りを東へ歩き,正徳寺の門前から京急新馬場駅方向を振り返る。

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 創業宝暦11年(1761年)の加藤畳店(創業時は湊屋)。写真右は正徳寺。

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 木村屋和菓子店とトモ薬局。

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 北馬場参道通り商店街のトモ薬局の看板建築。

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 北馬場参道通り商店街。

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 チャイニーズレストラン「野沢屋」の並びの看板建築。

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 ここの看板建築を2008年11月に撮ったときのようにもう少し引いた位置から撮影したかったのだが,ちょうど向かい側で建築工事をやっていて,その関係者のものと思われる車(工事用車両ではない)が路上駐車をしていて,引きの写真が撮れなかった。残念。

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 突き当たりのやまのて青果の前の道路が旧東海道。

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 北馬場参道通り商店街のミツワヤ化粧品店。ちなみに,上に書いた路上駐車の工事現場はここではない。

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 マルサングループやまのて青果。

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 旧東海道の花と園芸「花本園」と旬菜料理「竹乃家」。このあたりは北品川商店街となる。

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 北品川商店街の若素園と魚より。

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 東海道品川宿本宿「北品川商店街」と書かれた商店街事務所と中国料理「登龍」。

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 若素園と魚よりの間に緑の多い路地がある。

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 東海道品川宿本陣跡は聖蹟公園となっている。江戸初期には南北の品川宿それぞれに本陣が置かれたが,江戸中期に本陣は北品川宿のみとなったらしい。「聖蹟」の名は明治天皇の明治元年の行幸の際に行在所となったことから。

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 山手通りと旧東海道が交差する東海道北品川交差点。油そば専門店「ぶらぶら」の油っぽい名前に惹かれたが,がまんがまん……

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 山手通りを渡り,旧東海道をさらに南へ歩き,品川屋海苔店の前。このあたりも北品川商店街になる。「○○○品川店」と「○○○新馬場店」が混在している。

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 北品川商店街の品川宿交流館本宿お休み処。駄菓子屋や休憩所,多目的スペースが設置されている。

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 品川交流館の横から北浜公園に続く石畳の路地に割烹神戸家がある。

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 品川橋のたもと。

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 目黒川に架かる品川橋。品川橋を境に北品川宿と南品川宿に分かれることから境橋とも,昔は北品川宿の品川神社の天王祭と南品川宿の荏原神社の天王祭が同じ日に行われ,この品川橋の上で行き会ったことから行合橋とも呼ばれたという。目黒川の改修で南品川宿側にあった荏原神社が,目黒川の北側になってしまい,紛らわしくなった。
 品川駅の南に北品川があったり,品川駅が品川区ではなく港区にあったり,品川区では海岸通りと呼ばれる道路が,港区に入ると旧海岸通りになったり,紛らわしいといえば紛らわしいことだらけの土地であるとも言える。

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 目黒川の左岸にある北浜公園の北浜こども冒険広場。

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 目黒川の横の須山米店と新品川橋(洲崎橋)。

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 品川橋の上流に架かる赤い欄干の鎮守橋。荏原神社の参道に架かる橋である。大正末期から昭和にかけて,曲がりくねっていた目黒川を真っ直ぐに改修した際,南品川から荏原神社へ渡る橋が必要になり,1928年(昭和3年)に鎮守橋が架けられた。

 南品川から品川橋を渡れば,図らずも北品川側に移ってしまった荏原神社を詣でることは可能だが,荏原神社は南品川の鎮守だったから話は複雑だ。結局,荏原神社の氏子の拠出により,南品川地区から北品川を通らずに目黒川の北に移った荏原神社に直接参拝できる鎮守橋が架けられることとなった。

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 品川橋を渡って南品川宿(品川宿場通り南会商店街)へ。橋のたもとにある小さな建物は,どこからどう見ても旧交番っぽいが,特に説明書きは見当たらなかった。

 その向かいの城南信用金庫品川支店には案内板があり,信用金庫の場所が南品川宿の脇本陣の百足屋だったこと,東海道から荏原神社への道を天王横丁といい,荏原神社の鳥居の向きから往時の様子が推定できることが書かれている。
 地図を見ると,荏原神社から鎮守橋に続く参道の角度は北品川地区の町割りの角度とは違い,目黒川の対岸の南品川地区の町割りに一致することがわかる。

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 品川宿場通り南会商店街のまいばすけっとの前から品川橋を振り返る。

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 旧東海道の南品川宿の品川宿場通り南会商店街。写真右の建物のシャッターに「南品川一郵便局」の文字が残っている。現在郵便局は約100m南に移っている。

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 南品川宿の街道松の広場と「浜松宿の松(品川宿の松)」。浜松市の有賀氏から寄贈された樹齢80年の黒松で,1993年に植樹されたものらしい。

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 品川診療所のある四ツ辻。品川診療所の北隣には昭和ネオンの品川本社がある。

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 南品川二丁目児童遊園でトイレ&休憩。

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 南品川二丁目児童遊園の隣にある青波堂木庭印房(創業明治四十年)。その隣は床屋さん風だが,今は空き家になっている。

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 創業明治二十七年の富田屋工業所。軒下の古い看板は富田工業所となっている。

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 長徳寺の入口付近の旧東海道(品川宿場通り南会商店街)。このあたりになると「○○○品川」「○○○南品川」「○○○東品川」の他に「○○○青物横丁」がチラホラ。

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 写真右側が開校明治七年の城南小学校の正門。品川区立城南小学校と区立城南幼稚園の共用の正門になっている。長年川崎市と横浜市に住んできたため,幼稚園は私立という思い込みがあり,公立の幼稚園と小学校が併設されていることに驚いてしまったが,都市によってはごく普通のことなのかもしれない。

 城南幼稚園・小学校の正門付近から,旧東海道の商店街は青物横丁商店街となる。

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 1779年(安政8年)創業の松岡畳店。大正時代の建築である。

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 畳松岡の看板がある松岡畳店。

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 古い「魚長」の看板が残る居酒屋えいちゃん。

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 青物横丁商店街の焼肉「オモニ」。

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 派手な看板の焼き鳥店(店名読めず)の横に諏方神社の参道がある。

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 南品川二丁目の諏方神社。境内の狛犬は1831年(天保2年)につくられたもの。

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 旧東海道とジュネーブ平和通りが交差する東海道南品川交差点。竹内醫院の下見板張りの洋館は健在だ。

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 東海道南品川交差点から東側の八潮高校入口交差点・南品川二丁目郵便局方向を見る。青物横丁商店街のエンドウ豆風の街路灯が面白い。

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 東海道南品川交差点から旧東海道の南側(南品川三丁目)を見る。

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 東海道南品川交差点から西側の京急青物横丁駅方向を見る。

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 東海道南品川交差点のフードマーケット平野屋。もともとは1800年(寛政12年)創業の酒屋「平野屋」。

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 青物横丁商店街の街路灯は照明の部分がエンドウ豆風になっているだけじゃなく,柱の部分にも果物や野菜が刻まれている。

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 東海道南品川交差点のすぐ南,南品川三丁目の青横ファーマシー薬局。旧東海道らしい縦書きの看板に,創業平成三年と記されている。旧東海道とはいえ,江戸時代や明治・大正時代創業の店ばかりではないのだ。平成生まれでも既に二十年以上になり,昭和生まれの私は時の流れを感じる。

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 ジュエル靴クリームの矢場靴店。

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 青物横丁駅が近づいてきた。

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 青物横丁駅前のジュネーブ平和通りの青物横丁商店街。南品川三丁目にある品川寺(ほんせんじ)の行方不明になっていた梵鐘が大正時代にスイスのジュネーブの美術館に所蔵されていることが判明し,その返還交渉が契機となって品川区とジュネーブ市が友好都市の関係を結んだ。それがジュネーブ平和通りの名の由来になっている。

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 京急本線の青物横丁駅のガード下。

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 青物横丁駅前の横断歩道。モスバーガーの看板を見たら,腹ぺこだったのでハラペーニョがのったスパイシーチリドッグが無性に食いたくなり,足が勝手に横断歩道を渡ろうとしている。

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 横断歩道を渡る。看板通りなら50m先にモスバーガーがある。

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 京急線のガードをくぐる。

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 モスバーガーのスパイシーチリドッグにむしゃぶりつき,一休み。

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 青物横丁駅から京急線の普通電車に乗り,のんびりとした帰路につく。

北品川〜新馬場〜青物横丁 2

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or RICOH GR

【関連記事】
2008年11月29日 (土曜日):京急線新馬場駅周辺を歩く
2008年3月22日 (土曜日):北品川駅界隈(品川宿〜品川湊)
2005年4月 3日 (日曜日):京浜急行青物横丁〜鮫洲

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2016年1月10日 (日曜日)

和歌山から和歌山線に乗って御所へ

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和歌山から和歌山線に乗って御所へ


 和歌山駅発の和歌山線+桜井線経由奈良行きの電車に乗って御所(奈良県御所市)を目指す。

 iPhoneの乗換案内を調べると,和歌山駅を12時55分に発車した奈良行きの電車が終点の奈良駅に到着するのは16時13分で,所要時間は3時間18分となる。所要時間優先だと和歌山から阪和線で大阪の天王寺へ行き,そこから関西本線(大和路快速)で奈良駅に向かうように案内される。

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 和歌山から御所までの切符。けっこう距離があるので,余裕で途中下車のできる区間だと思っていたが,残念ながら「下車前途無効」なので途中下車はできない。

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 和歌山駅の改札口の案内板。奈良行きの発車時刻まで時間があるので,ゆっくり昼飯を食うことにする。

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 和歌山駅のホームに和歌山線・桜井線経由奈良行きの電車が入ってきた。105系のワンマン電車である。

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 車内にはJR和歌山線子供絵画展の作品が掲示されている。

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 妙寺駅(和歌山県かつらぎ町)付近の和歌山線車内。和歌山駅から橋本駅(和歌山県橋本市)までは,なかなかの乗車率だ。

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 橋本駅には和歌山線の他に南海の高野線が乗り入れている。

 橋本から難波までは快速急行で50分弱,特急ならば40分程度で到着するため,大阪への通勤圏となっている。橋本市は大阪都市圏に含まれる和歌山県唯一の市である。
 橋本駅で大量下車。乗客の大部分が入れ替わる。

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 和歌山線の電車が奈良県に入り,五条駅(奈良県五條市)に到着。

 五条駅では乗務員が交代する。奈良県と和歌山県の県境に近く,和歌山線の運行上でも境界になっており,和歌山駅方面,王寺・奈良方面に向かってそれぞれ五条始発の電車が設定されている。

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 吉野口駅(奈良県御所市)には和歌山線と近鉄の吉野線が乗り入れている。

 吉野口から大阪阿部野橋駅(天王寺駅)までは急行で1時間弱。大阪阿部野橋方面の電車の本数などを見ても,橋本駅とそれほど変わらない条件のように感じるのだが,大阪への通勤客はそれほど多くないらしく,南海の橋本駅の一日の乗降客が9千人近いのに対して,近鉄の吉野口駅の一日の乗降客は2千人弱である。

 電車が吉野口駅を発車したタイミングで,近鉄の電車もほぼ同時に同じ方向に発車し,しばらく併走した。

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 電車が御所駅(奈良県御所市)に到着。御所駅の近くには近鉄御所線の近鉄御所駅があるため,JR御所駅の利用客が少ないとはいえ,ワンマン運転の電車は運転席後ろのドアしか開かず,切符を運賃箱に入れてホームに降りるようになっていて,ちょっと驚いた。

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 和歌山線の電車が高田駅に向かって走り去るのを見送る。

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 御所駅の改札口。切符は電車内で回収されたが,御所駅は無人駅ではなく集札業務は行わない簡易委託駅となっている。

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 1896年(明治29年)に和歌山線が南和鉄道として開業した当時の駅本屋がそのまま使われている。

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 これから見て回るつもりの御所まち(赤い部分)の案内図。葛城川を境にして東御所と西御所に分かれた古い町並みが残っている。
 が,一瞬頭の中が真っ白になった。右下に御所駅があって,御所駅の南東側にあると思っていた御所町が駅の左上に描かれている。なんのことはない,この案内図は上が南,下が北になっているだけなのだが,紛らわしすぎる。

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 質実剛健といった風情のJR御所駅。

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3 or SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS

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2016年1月 8日 (金曜日)

有馬温泉から三田経由で天王寺へ

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有馬温泉から三田経由で天王寺へ


有馬温泉〜天王寺

 他の温泉地と同様に有馬温泉でも一人旅の客は歓迎されず,今晩の宿は大阪の天王寺に決定。三田経由で天王寺に向かう。

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 神鉄の有馬温泉駅(神戸市北区有馬町)から有馬口行きの電車に乗り込む。

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 有馬口駅(神戸市北区有野町)に到着。構内踏切を使って三田行きの電車に乗り換える。

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 有馬口駅の構内踏切で三田方面のホームへ。有馬温泉からの電車と新開地行きの電車は同一ホームで,待ち時間のない乗り換えが可能なダイヤになっているらしい。

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 有馬口駅のホームに三田行きの電車が入ってきた。新開地方面からの神鉄有馬線の電車は,そのまま三田線に乗り入れて三田まで運転されている。

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 神鉄三田線の電車が岡場駅(神戸市北区藤原台中町一丁目)に停車中。駅前にはダイエー藤原台店が核店舗となるエコール・リラ ショッピングセンターがある。ダイエー藤原台店は,この後イオン藤原台店となった。

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 終点の三田駅に到着。到着してすぐ,ホームの反対側にはウッディタウン中央からの公園都市線の電車も到着する。

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 神鉄三田駅のホームに新開地行きの電車とウッディタウン中央行きの電車が並ぶ。

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 神戸電鉄三田駅の改札口。

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 神戸電鉄三田駅。

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 JR福知山線の三田駅は橋上駅になっていて,ペデストリアンデッキを使って乗り換える。

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 三田駅前のペデストリアンデッキとキッピーモール(三田駅前一番館)。キッピーモールは三田阪急が核店舗になっている。

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 三田駅を発車する神鉄公園都市線のウッディタウン中央行き電車。

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 JR福知山線三田駅の改札口。

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 JR三田駅には,2005年(平成17年)のJR福知山線脱線事故のお詫びと追悼の言葉が今でも掲示されている。

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 JR福知山線三田駅のホームに高槻行きの列車が入ってきた。

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 のどかな福知山線の車窓。この後,宝塚駅までの区間は都市近郊とは思えない山間部をトンネルで抜けることになる。旧線は武庫川の渓谷に沿った車窓で知られた区間だった。

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 大阪駅で下車し,大阪環状線の電車に乗り換える。
 福知山線の列車は,かつては大阪駅が始発・終着が基本だったが,現在はJR京都線(東海道本線)やJR東西線(片町線・学研都市線)に乗り入れている。
 ディーゼル機関車が牽引する客車列車が比較的近年まで残り,のんびりしていた福知山線が急速に近代化し,京都〜大阪〜神戸の都市路線に組み込まれるようになって,少しの列車の遅れが他線区へ大きな影響を及ぼすことになったことも,JR福知山線脱線事故の遠因になったのではないかと思われる。

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 大屋根のある巨大な橋上駅舎が新しく作られた大阪駅。

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 大阪環状線のホーム。山手線が正確には品川から渋谷・新宿・池袋,そして田端間を結ぶ路線なのに対して,その名の通り環状に繋がった(今宮〜天王寺は関西本線との重複区間)大阪環状線だが,環状運転する電車はとても少ない。外回りの電車は天王寺止まりが多く,内回りの電車は天王寺からやってきて,環状線をぐるりと回った後で奈良や和歌山に向かう列車が多い。

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 東京では「♫丸い緑の山手線」という歌の通り,路線図の山手線は丸く描かれるが,大阪の環状線は,天王寺駅を中心に一直線に開いたかたちで描かれている。

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 大阪環状線の電車が終点の天王寺駅に到着。回送電車となる。

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 天王寺駅の中央改札口。

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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迷える子羊は神戸牛の夢を見るか? 三宮

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迷える子羊は電気神戸牛の夢を見るか? 三宮


 昨晩,寝転がりながら地図を見ていたら,有馬温泉の坂道に並ぶ土産物屋の町並みを歩いてみたくなったので,姫路から有馬温泉に向かう。宿屋に空きがあったら泊まりたいと思ったが,残念ながら宿泊は無理……

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 姫路駅南口。
 それにしても,もう少し事前に旅の計画を立てて,近くの町を効率的に見て回ったほうが幸せになれそうな気もする。せっかく姫路まで来たのに,姫路城も姫路の商店街も見ずに神戸に戻るのは,傍から見ると相当に間抜けだと思う。

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 JR姫路駅のホームから姫路城を見る。

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 姫路駅のホームに新快速湖西線経由敦賀行きが入ってきた。有馬温泉まで行こうと決めたのに,「敦賀」の文字を見て,このまま敦賀まで乗ってみようかという誘惑にも駆られるが,最近は長時間座っていると尾てい骨が痛くなることを思い出し,危うく断念することができた。

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 姫路から新神戸まで新幹線を使うほど急ぐ旅ではない。しかし,いつものペースなら山陽姫路から山陽電鉄に乗っているはずなので,新快速は私にしては珍しく高速での移動になる。

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 明石駅。明石駅前南地区の再開発が本格化し,再開発ビル工事のクレーンが林立している。

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 朝霧駅を過ぎたあたりで明石海峡大橋が見えてくる。神戸市垂水区から須磨付近までの車窓はすばらしい。山陽新幹線にはこのような車窓がないのが残念である。

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 山陽本線は西明石から複々線になっていて,新快速は先行する米原行きの快速を走行中に豪快に追い抜く。JR西日本の新快速は最高速度130km/hで,首都圏の特別快速のような名前だけの快速と違って,本当に速いんである。5年ぐらい前までは,同区間を走っていた特急よりもマジで速かったほどである。

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 三ノ宮駅に到着。

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 ホームの案内板には「JR西日本ではホームでの自撮り棒の使用を禁止している」旨の案内が流れている。ごく一部の人が,ホームに三脚を立てたり,危険な自撮り棒の使い方をすることによって,そのうちにホームでこのような写真を撮ることも禁止されるようになるかもしれない……などと本気で危惧する今日この頃。

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 柱頭に凝った装飾がある円柱に歴史を感じさせるJR三ノ宮駅のコンコース。1931年(昭和6年)に高架化にともなって現在の元町駅付近からここに移転したときに作られた駅舎である。

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 三ノ宮駅前のフラワーロードの三宮交差点。そごう神戸店の三宮阪神ビルの地下には阪神本線の神戸三宮駅がある。そごうの向かい側には“○I○I”の神戸マルイがある。

 数年前から阪急と阪神の三宮駅が相次いで神戸三宮駅を名乗るようになり,JR三ノ宮には神戸市から「神戸三宮」駅に改称してほしいとの要望があるらしい。JRには神戸駅があるから「神戸三宮」駅は紛らわしいと思うのだが,どうだろうか。神戸市は,JR神戸駅に隣接した神戸市営地下鉄海岸線の駅名を,なぜか「神戸」駅ではなくハーバーランド駅としており,いずれJR神戸駅をハーバーランド駅にしてほしいと考えているのかもしれない(とほほ)。

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 三ノ宮駅前,フラワーロードの三宮交差点。

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 神戸市中央区三宮町の「さんプラザ」と19階建てのセンタープラザ。三宮センター街や地下の「さんちか」に面した複合商業施設である。さんプラザの手前に三宮センター街のアーケードの入口がある。

 三宮(三ノ宮)という駅名は,三宮神社がある三宮町に由来する。駅の北側には二宮神社のある二宮町があったり,一宮神社もあって(そればかりか一宮から八宮神社まであって生田裔神八社という),駅の位置が少しズレていれば二宮駅になっていたかもしれない。

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 JR東海道本線三ノ宮駅前高架下の三宮センイ商店街と空港バスのりば。

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 三宮センイ商店街の前にある関西空港ゆきバス・大阪空港ゆきバスのりば。チラッと時刻表を見たら,日中は約20分間隔でバスが運転されているようだ。ベンチのある待合室が見当たらないのだが,そういうものなのかな。オイラの今の体調だと,立ったままここでバスを待つのはちょっとつらいなぁ……

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 東海道本線の高架下に並ぶ三宮センイ商店街。

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 三宮センイ商店街。1995年の阪神淡路大震災では壊滅的な被害を受けたが,震災直後の1996年にはアーケードが整備され,広い歩道のある商店街に生まれ変わっている。その名の通り,元々が戦後の進駐軍の横流れの洋服生地などを扱う高級なヤミ市としてスタートしており,現在でも色とりどりの生地や服飾系の店が多い。

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 東海道本線の高架下をくぐる。

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 東海道本線と阪急神戸線の高架橋の間の飲食店街。三ノ宮高架下市場と書いてあったので,市場のようなものがあるのかと思ったら,普通の居酒屋だった。

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 東海道本線と阪急神戸線の高架下に並ぶ飲食店街。「碁」阪急囲碁の先の茶房「ジャヴア」はバスケットボールのアブドゥル・ジャバーだろうか。あっ,ジャバーじゃなくてジャヴアだからジャワ島のJAVAコーヒーかJAVA茶だろうな。
 ちなみにアブドゥル・ジャバーは「スカイフック」という無敵のシュートを得意としたバスケットボールの選手で,試合中にゴーグルをするのが特徴だった。

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 ギョウザ専門店の多い一郭。

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 歩道の上にアーケードがあるサンキタ通り商店街(三宮阪急前商店街)。昭和28年に神戸で初めてアーケードを作った商店街らしい。
 写真左のナムコランドがあるのは神戸阪急ビル西館。東隣にある神戸阪急ビル東館は阪急神戸三宮駅の上に被さるように作られた神戸のシンボル的な建築物「阪急会館」だったが,1995年の阪神淡路大震災で被災し,解体され,仮設ビルとなっている。その仮設ビルも,この日から3日後の2016年1月11日に閉館し,新しい三宮のシンボルとなるビルが建つことになる。

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 サンキタ通りの立ち食いラーメン「山笠ラーメン」。

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 サンキタ通り商店街のアーケードにステーキランド神戸の看板が並ぶ。

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 サンキタ通り商店街。写真右が阪急神戸三宮駅。

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 北長狭通一丁目の路地へ。

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 飲食店が並ぶ。男はつらい……

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 北長狭通一丁目の繁華街。

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 素人若妻・人妻・お姉さんとの秘密の…など,ヘルシーな店が集まる一郭。

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 生田新道商店街の新道モール。地下には神戸市営地下鉄山手線の三宮駅がある。生田新道と生田ロードの交差点には東急ハンズ三宮店がある。

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 生田新道から生田神社の東側を北に延びる生田東門商店街,通称「東門街」。

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 生田東門商店街「東門街」の大きな商店街アーチ。

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 生田東門商店街「東門街」は兵庫県随一の歓楽街で,大阪の北新地と並び称された“神戸の夜の顔”だという。

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 生田神社の参道「IKUTA ROAD」生田前筋商店街。生田神社から南へ450mほど延びる商店街である。

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 生田新道から生田前筋商店街「IKUTA ROAD」を見る。神戸牛を食わせる店が多い印象。洋菓子店を増やして「スイーツ通り」にする計画があるらしい。
 奥に見える高架橋は阪急神戸線・JR東海道本線のもの。

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 生田神社の鳥居と東門街のアーチ。

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 日本書紀によると,生田神社の創建は神功皇后元年(201年)。『日本書紀』神功皇后条巻第9(神功皇后摂政元年2月)には,「吾は活田長峡国(いくたながをのくに)に居らむとす」とのたまふ。因りて海上五十狭茅(うなかみのいさち)を以て祭(いわ)はしむ」と記されているそうだ。

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 生田神社の楼門。門松ではなく杉飾りが立っている。

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 生田神社の楼門。

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 拝殿の周囲にはびっしりとおみくじが結わえ付けられている。おみくじ専用のネットが張ってある。このネットがないと,たぶん無粋な現代人は境内の樹木の枝にびっしりおみくじを結わえ付けてしまうんだな,たぶん。

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 生田神社の拝殿。阪神淡路大震災で倒壊した拝殿の映像は衝撃的で,今も記憶に残っている。
 平安時代の法政書である『新抄格勅符抄』に,806年(大同元年),神社に奉仕する封戸の神戸(かんべ)が朝廷より与えられたと記されているらしく,「かんべ」→「こうべ」と変わって現在の神戸(こうべ)という地名の語源になったともいわれる。生田神社は神戸の起源でもあるのだ。

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 境内を引き返す。

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 生田神社の拝殿の裏にうっそうと繁っているのが「生田の森」。

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 楼門の前に立つ杉飾り。
 かつては生田神社の周囲に松の木が植えられていたが,延暦18年の洪水で神社が流されそうになったときに,松の木がまったく役に立たなかったという故事があるため,生田の森には松は一本もなく,正月には門松ではなく杉飾りを立てるそうだ。

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 東門街の呑み屋横丁。

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 東門街の呑み屋横丁に一升瓶が並ぶ。

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 呑み屋横丁の洋食屋「赤ちゃん」。町場の気どらない洋食屋さんで,近所にこういう店があったら入り浸りになりそう。

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 兵庫県随一の歓楽街,生田東門商店街「東門街」だが,日中はパッとしない感じだ。

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 生田東門商店街「東門街」の裏路地。

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 東門街の裏路地。

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 生田東門商店街「東門街」。山手通りに向かって緩やかな登り坂になっている。

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 中山手通一丁目。

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 こっちの写真のほうがよかったかな……と思いつつ,両方ともアップする。写真の選別が面倒なので,だらだらと大量にアップするのが拙ブログ流。

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 東門街の生田新道側にある商店街アーチ。

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 生田神社側にある東門街の商店街アーチ。

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 神戸牛の店から逃げ出そうとする牛と,それを追いかけるスパイダーマン。

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 生田新道と生田前筋商店街「IKUTA ROAD」の交差点。

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 神戸市営地下鉄の三宮駅へ。西神・山手線の三宮駅と海岸線の三宮・花時計前駅とは約300m離れている。

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 神戸市営地下鉄西神・山手線の三宮駅の切符売場。市営地下鉄から直通運転の北神急行電鉄北神線と神戸電鉄を乗り継いで有馬温泉までの切符を買う。

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 三宮から市営地下鉄海岸線の「みなと元町」や「ハーバーランド」までの切符を買おうとすると,地下連絡通路で地上に出ることなく歩いて行ける三宮・花時計前駅からの切符ではなく,新長田駅乗り換えの経路が案内されてる。ちょっと驚く。

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 神戸市営地下鉄西神・山手線の三宮駅のホームに谷上行きの電車が入ってきた。この電車が北神急行電鉄北神線に乗り入れて谷上まで行く。

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 新神戸から六甲山地の中を貫く全長約7kmの北神トンネルを抜け,北神線の谷上駅に到着。神戸電鉄有馬線の電車は同一ホームでの乗り換えとなる。

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 谷上駅のホームに神戸電鉄有馬・三田線の三田行き電車が入ってきた。

 驚くのは,4分後,同じ3番線に反対方向の新開地行き電車がやってくることだ。神戸電鉄有馬線の電車は,三田行きの電車も,新開地行きの電車も谷上駅では同じ3番線に停車するのである(日中のみ)。神戸電鉄有馬線は有馬口駅まで基本的には全線複線だし,谷上駅には1番線から6番線まである中で,1〜3番線が神戸電鉄専用のホームだ。こうすることで,北神急行電鉄北神線・神戸市営地下鉄と神戸電鉄を乗り換える乗客は同一ホームで乗り換えることができる。

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 神戸電鉄有馬・三田線の電車は,有馬線の終点有馬温泉まで行かず,その手前の有馬口から三田線に乗り入れて三田に向かう。
 ここで,有馬口駅と有馬温泉駅を往復する有馬線の電車に乗り換える。

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 有馬口駅のホームに停車する有馬線の有馬温泉行き電車。構内踏切を使っての乗り換えとなる。

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 有馬口駅から有馬温泉駅までは神戸電鉄らしい急勾配だが,距離はわずかに2.5km。あっという間に有馬温泉駅に到着する。短い距離にもかかわらず数年前まで新有馬駅という途中駅があったというのが面白い(形式上は40年間ずっと休止中だったが,2013年2月末にとうとう廃止された)。

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 終点の有馬温泉駅で下車する。

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 乗客が全員下車し終わった頃,ホームの反対側から有馬口行きの電車が発車してゆく。

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 有馬温泉駅の改札口。

三宮〜生田神社

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