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2017年9月 3日 (日曜日)

「ハマのアメ横」洪福寺松原商店街へ

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「ハマのアメ横」洪福寺松原商店街へ


 約10年ぶりに洪福寺松原商店街を歩く。横浜の三大商店街といえば横浜橋通商店街,六角橋商店街,そして「ハマのアメ横」とも呼ばれる洪福寺松原商店街。10年間でどのように変わったのか,あいかわらずの賑わいなのかを見るのが楽しみだ。
(約10年前の記事「洪福寺松原商店街から天王町へ」)

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 相鉄の湘南台駅から横浜行きの各停に乗り,天王町駅で下車する。

 天王町駅は旧東海道と相鉄線が交差する場所にあり,旧東海道に平行する横浜環状1号線(横浜市道保土ヶ谷駅浅間線)と立体交差するために早い時期(1968年)に駅が高架化されている。近年になって天王町駅から和田町駅の東側までの区間で連続立体交差事業が行われており,天王町駅でも何らかの関連工事中である。

 古い地形図を見ていたら,1978年(昭和53年)発行の地理院地形図では駅名が「てんのうまち」,1986年(昭和61年)発行の地形図では「てんのうちょう」となっていた。単なる間違いか,「てんのうまち」だったことがあるのかは不明。

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 天王町駅の高架下から北側の旧東海道(駅前通り)を見る。

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 天王町駅北側の旧東海道。シルクロード天王町商店街。

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 相鉄天王町駅北側の高架沿い。

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 北側から天王町駅を見る。高架下を旧東海道が通っている。天王町駅付近からJR保土ヶ谷駅付近まで続くのが,かつての東海道程ヶ谷宿である。

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 天王町駅前通り(旧東海道)のシルクロード天王町商店街を北へ。

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 帷子川に架かる帷子橋に向かって上り坂になっている。帷子川の自然堤防が高くなっているのかと思いきや,戦前の地図で帷子川は天王町駅のすぐ南側を流れており,この先に帷子川はない。戦後,駅の北側を流れるように河川改修したときに,このなだらかな勾配を人工的に設けたようだ。

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 帷子橋が見えてきた。

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 本日の残業は当店で!!

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 帷子橋の袂から相鉄天王町駅方向を振り返る。

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 帷子川に架かる帷子橋。上に書いたように,ここが東海道だったころはここに橋はなく,天王町駅の南側に帷子橋があった。天王町駅前の跡地には帷子橋跡のモニュメントがあるという。

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 帷子橋の上から天王町駅方向を振り返る。

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 帷子橋北詰にある手打そば「伊豆庵」。

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 ぱっと見に何の店かわからないのは,だいたいがパチンコ屋だ。今まで半世紀以上生きてきて,パチンコ屋とゲームセンターには一度も入ったことがないので,なにか得体の知れなさを感じる。

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 シルクロード天王町商店街(旧東海道)を北へ。「シルクロード」の名のとおり,旧東海道に沿って形成した商店街ではなく,生糸の集散地だった八王子から町田を通り貿易港の横浜を結ぶ八王子街道は「絹の道」「日本のシルクロード」とも呼ばれていたことによる命名である。

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 旧東海道と横浜水道道路(水道道)の交差点。天王町の西側,現在イオン天王町店や保土ヶ谷区役所等の官庁街やマンション群のあるところには,富士瓦斯紡績の巨大な保土ヶ谷工場があり,シルクロード天王町商店街は,もともとは東海道から富士瓦斯紡績工場の正門に続く表門通りとそれに並行する横浜水道道路に形成した商店街である。

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 旧東海道と横浜水道道路の交差点から,北の江戸方向を見る。

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 喫茶店「コロボックル」には食べもののメニューがズラリと並ぶ。

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 喫茶店「コロボックル」の向かい側には橘樹神社(天王様)が鎮座する。大正時代に橘樹神社となる前は牛頭天王社,天王宮などと呼ばれ,天王町という地名の由来となった神社である。

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 橘樹神社の鳥居と旧東海道。

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 旧東海道と表門通りの交差点から表門通りの東側(環状1号線側)を見る。

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 旧東海道を北へ。

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 たこやきてるちゃん横の駐車場には「江戸方見附跡」の説明板がある。ここに東海道程ヶ谷宿の江戸方見附があったとされる。つまりここから南が程ヶ谷宿の「宿内(しゅくうち)」となる(上方見附は保土ケ谷町一丁目と二丁目の境の外川神社付近にあったという)。

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 程ヶ谷宿の江戸方見附跡付近から西に入る。

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 かつて天王町日用品市場が集合住宅に建て替えられていた。

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 これがかつての天王町日用品市場の写真(2008年2月16日撮影)。

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 天王町日用品市場跡地の前の屋台屋「うるの」に大衆酒場ののれんが下がる。

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 旧東海道に戻り,北へ。国道16号線(八王子街道)の松原商店街入口交差点が見えてきた。

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 国道16号線(八王子街道)の松原商店街入口交差点。洪福寺松原商店街の商店街アーチがある。

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 やすさ…来やすさ…と書かれた洪福寺松原商店街の商店街アーチ。

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 洪福寺松原商店街の国道16号線側の入口にはダイソー横浜洪福寺松原店とハックドラッグ洪福寺松原店が向かい合う。

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 松原商店街入口交差点を振り返る。日よけの傘が洪福寺松原商店街のシンボル的存在になっている。

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 写真左が「まつばらセンター」。大型小売店のない洪福寺松原商店街の中核になっているマーケットである。

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 まつばらセンターの旧東海道側の入口。

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 テント屋根の上にどんどん積み上がる段ボールが商店街のシンボルにもなっている八百屋の外川商店。

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 その向かいが茶・海苔「丸秀園」。

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 旧東海道から宮田町公園に向かって商店街が延びる。写真左が「まつばらセンター」。

 とにかく商店街に買い物客が多い。こうやって写真を撮るのも,人並みが途切れる瞬間を待つのが大変だ。

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 まつばらセンターの向かい側には UOKOH SUISAN®(魚幸水産)がある。

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 京町屋食品本店。

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 京町屋食品の向かい側にあるまつばらセンターにお菓子類が並ぶ。こちらの店も京町屋。

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 その隣の惣菜店,ここも京町屋。京町屋は本店,菓子部,惣菜部の三つがあるらしい。

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 京町屋食品惣菜店の前から東側を振り返る。

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 京町屋食品惣菜部の前から西側を見る。うっかり二つ前の写真と同じ場所の写真になってしまったが,面倒なのでアップしたままにする(いかに選別作業をサボってブログにアップしているかがわかる)。

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 とんかつ「かつ信」。店頭では焼豚や肉まんを売っている。

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 シューズショップ「カメヤ」の前から西側を見る。

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 エビスヤ青果店。

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 キムチの冬伯の前から東側を振り返る。

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 川根茶ののれんが下がる「身成園」。

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 彩鮮市場。三浦半島産地直送がウリで,肉の晃進,長井水産,三浦の青果の三つの店が入っているようだ。

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 彩鮮市場の前から東側を振り返る。

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 いのまた陶器店の前から東側を見る。隣には道志村情報館,水カフェ「どうし」がある。山形県道志村の道志川は,横浜市の水道水の水源地のひとつである。道志村の面積の約36%は横浜市水道局水源涵養林として保全されている。将来,横浜市が周辺の町村と合併することがあるとしたら,たぶん相手は道志村だと思う。

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 自然食品いな穂の隣が三角形の宮田町公園になっている。

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 宮田町公園の前から洪福寺松原商店街を見る。

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 洪福寺松原商店街を東に引き返す。

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 商店街に日よけの傘が並ぶ。

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 まつばらセンター。

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 洪福寺松原商店街の中心の四ツ辻。丸秀園の前から外川商店,かつらや商店を見る。

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 外川商店とお菓子のさいとう。

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 外川商店の段ボール箱と日よけ傘。

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 お菓子のさいとう,ふるさと弁当。

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 ふるさと弁当の前から洪福寺松原商店街の中心の四ツ辻を振り返る。

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 紳士専門「シムラ」の前から商店街の東側を見る。

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 釜山キムチ,韓国の軽食。

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 釜山キムチ。

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 つるや洋品店。

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 商店街の東側の突き当たりは横浜市環状1号線(主要地方道83号青木浅間線)。

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 小さな喫茶店たいむ。

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 環状1号線側の商店街アーチとラーメン「光家」。日曜日が定休日なのか,営業していなかった。

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 洪福寺松原商店街の中心の四ツ辻に引き返す。

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 洪福寺松原商店街の四ツ辻の外川商店。

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 外川商店の前から南側の松原商店街入口交差点方向を見る。

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 ファッションセンター柳屋の前から商店街の北側を見る。

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 清水青果店。

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 八百屋のファームガーデン松原と清水青果店。並んでいる商品をよく見ないと境界がわからない。

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 かまぼこ・半ぺん・さつまあげ・おでん種各種製造販売「三増屋」,焼鳥ムック,泉屋菓子店のある四ツ辻。

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 お菓子の店「泉屋」,五十貝商店,焼鳥ムック,肉の上原が四隅を固める四ツ辻。

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 三増屋の前。おでん種を猛烈に欲しがるワンちゃん。

 約10年前にこの商店街を歩いたときにも思ったのだが,犬を連れながら商店街を歩いている人がとても多い。単なる推測になるが,洪福寺松原商店街の近所に住んでいる方が多いためだと思われる。

 洪福寺松原商店街は最寄り駅である相鉄線天王町駅や西横浜駅からは少し離れた立地にある。横浜環状1号線や八王子街道(国道16号線)がそばを通るが,商店街は車で通行できず,周辺に駐車場は少ない。
 商店街の立地条件としては,それほど恵まれているとは言えない。それなのにこの商店街はとても賑わっている。

 Googleマップを見ると,洪福寺松原商店街の特徴がよくわかる。

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[洪福寺松原商店街(Googleマップより)]

 旧東海道に沿った商店街の北端に2階建ての「洪福寺松原商店街駐車場」が設置されているが,それほど大きな駐車場ではない。周辺に駐車場は少なく,大規模な駐車場もない。徒歩や自転車を使って訪れる客が多いことがわかる。

 対照的な地域として,千葉県でも有数の繁華街だった千葉市栄町の地図を見てみる。

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[千葉市栄町(Googleマップより)]

 一目見ただけで違いがわかる。面積の半分ぐらいが駐車場になっている。ここがかつては繁華街だったのかと思うと悲しくなってくるほどだ。

 栄町の北側にはかつて国鉄千葉駅,南側には京成千葉駅もあり,栄町は千葉市の中心的な繁華街として賑わっていた。
 その後,どちらの駅も遠ざかってしまい(と言っても,洪福寺松原商店街と天王町駅・西横浜駅との距離と同じぐらいなのだが),栄町は次第に風俗街・歓楽街となっていった。しかし,風俗街・歓楽街だけで街が成立するわけもなく,街は衰退の一途をたどっているように思う。

 衰退した商店街に飲み屋が増え,歓楽街化・飲食店街化する傾向は各地に見られる。県庁所在地クラスの都市でも,商店街が飲食店街化しているところが多いように感じる。

 その点では,洪福寺松原商店街に飲食店が少ないことにも注目したい。
 表層を見ての印象ではあるが,洪福寺松原商店街は衰退とは無縁の状態にある。商店街を利用しない人に訊ねたアンケートで「駐車場がないから」が上位になるからといって,駐車場を増やし,道路を広げて車が通りやすくするという商店街活性化施策が,必ずしも商店街に賑わいに結びつくわけではないのである。

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 お菓子の店「泉屋」。

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 四ツ辻の五十貝商店。

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 新鮮野菜・果物の五十貝商店。

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 大きなテント。ここも五十貝商店。

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 洪福寺松原商店街を北へ。婦人・紳士服「勉強堂」。

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 餃子ハウス。

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 餃子ハウス・荒井たばこ店の前の四ツ辻から和光豆腐店のほうに続く曲がりくねった道路。

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 写真左が旧東海道。

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 餃子ハウス・荒井たばこ店の前の四ツ辻から南側を見る。ここからの旧東海道が歩行者天国になっている。自転車や二輪車で商店街に来ている人は多いはずだが,商店街の中を自転車で走り回る人は少なく,ところどころにある(歩行者天国時間帯だけの)駐輪場にきれいに停めている人が多いようだ。

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 この和光豆腐店の前の道路がなぜ曲がりくねっているのか,不思議だ。

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 京あん・たいやき「鯛あん亭」。京町屋食品系の店らしい。

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 日よけの傘が並ぶ,ふとんの店「マルヨシ衣料」。織物は日焼けが禁物だからね。

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 マルヨシ衣料の婦人服店,インテリア雑貨店などが集まる丁字路。

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 旧東海道の北側を見る。歩行者天国になるのは餃子ハウス・荒井たばこ店の前から南側だけだが,その北側も車はほとんど通らない。
 車で買い物に来る人が少ない,あるいは北端の洪福寺松原商店街駐車場にちゃんと車を停めて買物をする人が多いのだろう。これだけ人気の商店街だと,周辺が路上駐車の車だらけになっていてもおかしくないし,歩行者天国になっていないこの写真のあたりに車に路上駐車の車が並んでいても不思議ではない。

 このまま旧東海道を浅間神社や横浜駅のほうまで歩くことも考えたが,10年前と同様に南浅間町・尾張屋橋のあたりを見てみたくなり,引き返す。

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 和光豆腐店の前の曲がりくねった道へ。

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 和光豆腐店の前から四ツ辻を振り返る。

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 道路が曲がりくねっている。

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 横浜環状1号線(主要地方道83号青木浅間線)に出る。

 交差点には神奈中バスの横17系統の横浜駅西口行きのバスが停車中。東戸塚から権太坂・保土ヶ谷と国道1号線を走り,相鉄西横浜駅を過ぎたところで国道16号線(八王子街道)に入り,尾張屋橋で東海道線や相鉄線,帷子川を渡って,洪福寺交差点からここまで横浜環状1号線を走ってきたバスだ。

 逆方向のバスは東戸塚行き。いつもの悪い癖で,乗ってみたくなる。

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 横浜環状1号線の街のコミュニティー食堂「タニヤ食堂」。タニタ食堂ではなく,タニヤ食堂。子持ち昆布や数の子の卸売「谷屋」が営業している食堂である。谷屋の子持ち昆布の取扱量は約30年間世界一らしい。最近は生唐辛子を使用した辛さが特徴の“横浜明太子”を売り出しているそうだ。

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 横浜環状1号線と八王子街道(国道16号線)が交差する洪福寺交差点。すぐ横に臨済宗の洪福寺がある。

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 洪福寺交差点の少し北にある中華「福屋」。

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 横浜洪福寺郵便局の南側,スナックが点在する南浅間町にあった古いマーケット跡を訪ねたが,スナック「ニューはれむ」があったマーケット跡の建物は取り壊され,新しいマンション建築工事が行われていた。

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 クリオ横濱天王町新築工事現場の前から北側を見る。GoogleマップやMapionにはまだ「ニューはれむ」が残っているので,マーケット跡が取り壊されたのはつい最近のことだと思われる。

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 スナック「ニューはれむ」と古いマーケット跡の写真(2008年2月16日撮影)

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 谷口鉄工所の壁に斜めに光が当たって美しい……

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 八王子街道(国道16号線)の南浅間交番前交差点。工事中のシートに覆われているビルが,スナック「ニューはれむ」があったマーケット跡地のクリオ横濱天王町新築工事現場である。

 洪福寺前から帷子川や東海道線・相鉄線を越えて浜松町まで横浜市電の尾張屋橋線があり,9系統の電車(六角橋〜横浜駅西口〜洪福寺前〜藤棚町〜久保山〜浦舟町:1969年廃止)が走っていた。

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 尾張屋橋際バス停。バス停名の通り,バス停のすぐ先から尾張屋橋への上り勾配が始まっている。

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 尾張屋橋際から下を見下ろすと新天地桜会稲荷神社が見える。以前見たときよりも鳥居の赤色がずいぶん褪せている。

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 玉垣に「新天地カフェー組合」の名が入った新天地桜会稲荷神社。

 このあたりは,戦前は新天地遊郭,戦後は新天地カフェー街だったところである。その面影はほとんど残っていない。唯一の名残と思われた近くの旅館「笹本」の看板も取り外されていた。あとはこの新天地桜会稲荷神社の玉垣にたくさん名が刻まれているカフェーの店名ぐらいである。

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 気になっていた東戸塚行きのバスに乗るため,尾張屋橋の下をくぐって,東戸塚方面の尾張屋橋際バス停に向かう。

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 バス停を関内駅北口行きのバスが出て行く。

 バス停の名前を見て驚いた。尾張屋橋際バス停の向かい側のバス停だから,当然尾張屋橋際バス停だと思ったら,洪福寺バス停だった。行先によってバス停の位置が互い違いに設置されていることはよくあるが,尾張屋橋際バス停が尾張屋橋側にズレると「橋際」ではなく「橋上」になってしまう。実際はどうなっているのだろうと思って,バスの中から橋の上にある尾張屋橋際バス停を探したが,橋の上にバス停はなかった。

 つまり,尾張屋橋際バス停は道路の片側にしか存在しないことになる。田舎の路線だと,バス停を示すバス停ポールが片側にしかないことはよくあるが,その場合はポールがなくてもバス停がないわけではない。
 尾張屋橋際バス停の場合は,横17系統のバスでいえば,東戸塚から横浜駅西口行きは浜松町−尾張屋橋際−洪福寺の順に停車するが,横浜駅西口発の東戸塚駅東口行きは洪福寺−浜松町と停車することになる。片側だけバス停がないのである。

 バス停ではよくあることなのだろうか? 尾張屋橋際バス停を利用する人は,会社に提出する通勤経路はどのように書いているのだろうか?

── Nikon D800E + AF-S Nikkor 18-35mm F3.5-4.5G ED or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

天王町〜洪福寺松原商店街

【関連記事】
2008年2月16日 (土曜日):洪福寺松原商店街から天王町へ

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2017年8月27日 (日曜日)

フェスティバル in 西谷 2017 西谷商店街

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フェスティバル in 西谷 2017 西谷商店街


 神奈川東部方面線の工事が進み,2019年度中には相鉄・JR直通線が,2022年度には相鉄・東急直通線が開通することになっている。その工事が相当に進んでいるはずの相鉄本線西谷駅とその南側に広がる西谷商店街(西谷商栄会商店街)を見て回る。

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 相鉄本線の西谷駅で下車する。ホームの上を東海道新幹線の線路が横切っている。神奈川東部方面線の相鉄・JR直通線は,相鉄本線から分岐して東海道新幹線に沿って東進,JR東海道貨物線のJR貨物横浜羽沢駅でJR東海道貨物線に乗り入れることになる。相鉄・東急直通線は,さらにそのまま東海道新幹線に沿って新横浜を通り,東急東横線に乗り入れる。相鉄線の人の流れが大きく変わりそうな計画である。

 西谷駅は2面4線の駅だったが,現在は両端のホームが閉鎖され,神奈川東部方面線の工事が行われている。

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 西谷駅のコンコースには相鉄グループ100周年を記念する大きな看板が立っていて,1966年に改良される前の西谷駅の写真が飾られている。

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 西谷駅南口を出る。西谷駅で下車したのは約10年ぶりである(2008年10月18日のブログ記事「相模鉄道西谷駅 西谷商店街」参照)。

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 西谷駅南口。神奈川東部方面線の工事で大きく変わっているかと思ったが,駅名が書かれた看板ぐらいしか変わっていない。

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 西谷駅南口の西谷商店街。和菓子・餅菓子「三吉野」がなくなっている。

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 はとや文具店の前から西谷駅の西側を振り返る。

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 アルミ風船を持った親子連れや浴衣姿の集団が通りすぎる。なにか日常とちょっと雰囲気が違う感じがする。

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 洋菓子の店「アルション」,スナックゆり,ちょっと一杯呑み処「はる美」がある一郭。すぐ横では西谷駅の1番線を閉鎖して神奈川東部方面線の工事が行われている。駅の周辺にも影響する大規模な工事が行われている可能性も考えていたが,そこまでの工事ではなかった。

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 洋菓子の店「アルション」と,ちょっと一杯呑み処「はる美」。

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 西谷駅方向を振り返る。写真右が西谷駅。

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 西谷駅前から西谷商店街のメインストリートに抜ける路地を下る。これからサンバカーニバルで踊ります,といった感じのおばさん達が目の前を通りすぎる。

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 街路灯には「ほっとひと息」と書かれた西谷商栄会のバナーが下がる。

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 路地から西谷商店街に抜ける通路。両側にはスナックや飲み屋が並んでいる。昼間はひっそりとしてそうな印象の通路だが,この日は人がたくさん。とても写真を撮って歩く雰囲気ではなかったので通路には入らず。

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 そのまま路地を下って西谷商店街(旧八王子街道)に出た。

 西谷商店街には露店が並び,お祭りが行われていた。さっきまで違和感を感じていたアルミ風船を持った親子連れや浴衣姿の人たち……,やっと事態が飲み込めた。

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 フェスティバル in 西谷2017というお祭りらしい。

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 フェスティバル in 西谷2017が行われている西谷商店街。

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 西谷商店街の西側になるこのあたりには露店が並んでいるだけだが,商店街の中心となる東側ではストリートパフォーマンスが行われているようだ。

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 フェスティバル in 西谷2017「ストリートパフォーマンス」のために車両通行止めになるという実行委員会の立て看板。ずっと東側の梅の木マーケットあたりの写真を撮ろうと思っていたが,奥のほうは人だかりがものすごい状態になっている。

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 西谷商店街。

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 西谷商店街の長谷川茶舗の前。

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 賑わう商店街を見るのは楽しい。

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 賑わう商店街を見るのは楽しいが,さすがにこれ以上東側はストリートパフォーマンスの人だかりがすごくて,商店街を撮っているのか祭りを撮っているのかわからなくなりそうなので,このへんで西谷駅に引き返すことにする。

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 スナックゆりの前を通り西谷駅に向かう。

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 西谷駅南口。

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 相鉄線西谷駅の下りホームへ。

 相鉄線から神奈川東部方面線が分岐することになる西谷駅。数年後に神奈川東部方面線が開通すると,現在は西谷駅を通過している快速や急行・特急が停車するようになるのだろうか。それによって西谷駅や駅前の位置づけが大きく変わってきそうだ。

── Nikon D800E + AF-S Nikkor 18-35mm F3.5-4.5G ED or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

相鉄線西谷

【関連記事】
2008年10月18日 (土曜日):相模鉄道西谷駅 西谷商店街

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2017年7月17日 (月曜日)

京急久里浜 黒船仲通り〜はろーど通り

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京急久里浜 黒船仲通り〜はろーど通り


 2007年2009年に続いて,約8年ぶりに京急久里浜駅(横須賀市久里浜)周辺を歩く。
 あいかわらず何も考えずに街を歩いているので,以前撮影した写真と同じような写真ばかりになってしまった。いつもそれなりに反省しているつもりだが,まったく改善効果がみられない。

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 京急久里浜駅東口にあるウィング久里浜を出て,駅前のバスターミナル越しに京急久里浜駅前交差点を見る。

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 京急久里浜駅東口のバスターミナルを出て,国道134号線の久里浜四丁目交差点に向かうバス。

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 京急久里浜駅の駅ビル「ウィング久里浜」。1987年開業の京急グループのショッピングセンターである。

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 京急久里浜駅前交差点から東に延びるのは「はろーど通り」。駅前の通りの歩道にはアーケードが設置されている。

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 京急久里浜駅東口の前,駅前交差点から南北に延びるのは駅前本通り。写真右が東口のバスターミナル。

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 京急久里浜駅東口のバスターミナルとウィング久里浜。

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 京急久里浜駅前交差点(駅前本通り)から「はろーど通り」を見る。柱の上に黒船のオブジェがある。

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 全蓋式アーケードのある黒船仲通り。入口にあるパチンコ屋がやたら目立つ。

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 黒船仲通りの京急久里浜駅東口側の入口。

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 京急久里浜駅ビルのウィング久里浜。

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 京急久里浜駅を出て三崎口駅に向かう京急久里浜線の電車。

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 京急久里浜駅東口の南側にある袋小路の飲食店街。

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 全蓋式アーケードのある黒船仲通りへ。

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 黒船仲通りから京急久里浜駅方向を振り返る。

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 黒船仲通り。「黒船産直市場」と書かれたバナー(垂れ幕)がズラリと並ぶ。

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 黒船仲通りのきものセンター「あさひや」。

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 京急久里浜駅方向を振り返る。

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 “ひもの”の幟が立つ手づくり専科「妙宝水産」。

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 黒船仲通りの中央の四ツ辻。

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 黒船仲通りの中央の四ツ辻から北側を見る。

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 黒船仲通りの元祖札幌や。

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 やきとり「くりはま家」。

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 黒船仲通りの東(東南)端で国道134号線に出る。

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 黒船仲通りの東側,国道134号線の向かい側にイオン久里浜店がある。2008年8月の開業で,開業時はジャスコ久里浜店だった。ここにイオンができたことで,横須賀中央などに出かけていた買物の多くが久里浜で済むようになったんじゃないかと思う。

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 黒船仲通りの国道134号線側の入口。

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 イオン久里浜店が開業した影響もあるのだろう,黒船仲通りにシャッターが閉まったままの店が増えているように感じた。

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 黒船仲通りの中央の四ツ辻。

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 鮮魚「やました」。定休日かな。

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 黒船仲通り側に角を向けた「Choutypes」という美容室。

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 化粧品,袋物の店「めおと」。

「めおと」の斜向かいにあった久里浜銘菓“発電もなか”の盛家菓子舗は既に閉店していた。“発電もなか”がかたどっていた発電機の元になった横須賀火力発電所も老朽化のために2010年に休止していたが,2011年の東日本大震災での電力不足のために老体にむち打って運転再開していた。その横須賀火力発電所の発電設備も今年2017年3月いっぱいでとうとうすべて廃止された(新しい発電設備が計画されている)。

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 黒船仲通りの全蓋式アーケードの南端と衣料品「ときわ屋」。

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 黒船仲通りの全蓋式アーケードの南端,「まるげんらーめん」と蕎麦の「濱膳」。広い通りを挟んで,その先は「すずらん通り」となっている。

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 黒船仲通りの全蓋式アーケードの南端。国道134号線の久里浜交差点から京急久里浜駅南側の八幡公園前交差点にかけても,歩道の上にはアーケードが設置されている。

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 黒船仲通り側から向かいのすずらん通り商店街を見る。以前は入口に「すずらん通り」と書かれた立派な商店街アーチが設置されていたが,今は撤去されている。

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 すずらん通り側に渡り,黒船仲通りを振り返る。

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 久里浜交差点とイオン横須賀久里浜ショッピングセンター(イオン久里浜店)。

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 すずらん通り商店街。

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 すずらん通りには落ち着いた感じの飲食店が多い。

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 すずらん通りから黒船仲通りを振り返る。

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 すずらん通り商店街。

 地図を見れば明らかなように,夫婦橋付近から「はろーど通り」〜黒船仲通り〜すずらん通りと続くこの細い通りが,三浦往還(現在の国道134号線の旧道)である。

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 すずらん通りから国道134号線に出る。尻摺経由京急久里浜駅行きのバス。

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 国道134号線の久里浜交差点のイオン横須賀久里浜ショッピングセンター。

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 国道134号線の久里浜交差点。国道134号線=尻こすり坂通りとの案内板が立つ。国道134号線(三浦往還)の神明中学校前(尻摺坂下)から野比四丁目のハイランド入口交差点(尻摺坂上)が急坂で,荷車を曳いて坂を下るときに荷車の後部を摺ったことから「尻こすり坂」と呼ばれたらしい。

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 尻こすり坂通り(国道134号線)の横,イオン横須賀久里浜ショッピングセンターの前の野菜の無人販売所。

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 国道134号線を北へ。

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 洒落た感じの美容室「luce(ルーチェ)」。

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 国道134号線の交差点。駅前から続く「はろーど通り」と中央通りを結ぶ。

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 はろーど通りの京急久里浜駅方向を見る。

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 はろーど通りの新鮮屋ヨシダ。

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 はろーど通り商店街。旧三浦往還の黒船仲通りは「はろーど通り」の北側で全蓋式アーケードが付き,はろーど通り商店街となる。

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 ゆるやかなカーブを描きながら京急久里浜駅前交差点に続く「はろーど通り」。

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 はろーど通りから黒船仲通りを見る。

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 黒船仲通り商店街。

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 黒船仲通りから「はろーど通り」を振り返る。買い物客が絶えない新鮮屋ヨシダ。

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 黒船仲通り商店街の柳屋と100YEN生活工房(写真右)。

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 黒船仲通り。

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 はろーど通りに戻り,モスバーガーの前から京急久里浜駅方向を見る。

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 はろーど通りと黒船仲通りの交差点を振り返る。

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 全蓋式アーケードが付いた「はろーど通り」から黒船仲通りを見る。

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 はろーど通り商店街の全蓋式アーケードの北端。酒蔵「一升屋」がある。

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 はろーど通りの全蓋式アーケードの北端。「はろーど久里浜」と書かれている。

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 KSS横須賀スイミングスクール。

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 銭湯「梅の湯」の周辺が小さな飲食店街になっている。

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 銭湯「梅の湯」は街路に対して斜めに建っている。

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 銭湯「梅の湯」の煙突。

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 銭湯「梅の湯」の周辺の小さな飲食店街。

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 KSS横須賀スイミングスクールの裏手の路地。「ロマン風呂」はなくなり,普通の住宅になっていた。

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 はろーど通り商店街の北側に飲み屋街がある。

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 縁取りのあるツタ(アイビー)に覆われた居酒屋「元」。

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 飲み屋街。たそがれ横丁と呼ばれているらしい。

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 ツタに征服されつつある。

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 居酒屋「元」の前から銭湯「梅の湯」方向を振り返る。

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 久里浜の飲み屋街「たそがれ横丁」。

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 久里浜の飲み屋街「たそがれ横丁」。

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 ツタ(アイビー)に覆われた居酒屋「元」の横に戻る。

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 たそがれ横丁を南東側へ歩く。

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 たそがれ横丁。

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 たそがれ横丁。

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 たそがれ横丁を南東側へ歩く。

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 たそがれ横丁。

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 旧三浦往還からたそがれ横丁を振り返る。

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 たそがれ横丁の旧三浦往還側の入口。

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 はろーど通り商店街側を見る。

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 平作川に架かる夫婦橋の南詰。川岸に釣り船が並ぶ。

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 夫婦橋の南詰から平作川の下流側を見る。左岸の久比里(くびり)二丁目には陸上自衛隊久里浜駐屯地がある。

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 夫婦橋南詰には横須賀風物百選「夫婦橋風景」の碑が立っている。

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 夫婦橋の上から平作川に並ぶ釣り船をきれいに撮ろうと思ったが,うまい構図にならなかった。まだまだ未熟だ。

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 たそがれ横丁を歩いて京急久里浜駅に戻る。

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 たそがれ横丁。

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 たそがれ横丁を北西側へ歩く。

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 たそがれ横丁。

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 たそがれ横丁。

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 駅前本通りに出る。

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 SNACK「ニューこしみづ」の横を通って京急久里浜駅西口へ。

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 SNACK「ニューこしみづ」の前の駅前本通り。

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 京急久里浜駅の高架ホーム。

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 京急久里浜駅西口(西口北側のJR久里浜駅方)。

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 西口栄通り商店街。8年前と10年前に見たときには路上駐車の車がズラリと並んでいたが,それが大幅に少なくなっている。

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 京急久里浜駅西口と西口栄通り商店街。

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 西口栄通り商店街。自分の影が写り込んでしまった。

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 西口栄通り商店街を走る回送バス。国道134号線沿いの北久里浜駅寄りに京浜急行バス久里浜営業所の車庫があるため,車庫を出たバスは西口栄通り商店街を通って京急久里浜駅東口のバスターミナルに向かう。

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 西口栄通り商店街。

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 西口栄通り商店街の京急久里浜駅西口の北側には従来通りに路上駐車の車が並んでいる。それでも台数はずいぶん少なくなったように思う。

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 京急久里浜駅西口(北側)の前の西口栄通り商店街。

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 日宝薬品の店頭に並ぶ「サトちゃん」。「サトちゃん」「サトコちゃん」は佐藤製薬のマスコットキャラクターである。

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 西口栄通り商店街。

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 西口栄通り商店街の石井畳店の前。

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 京急久里浜駅の西側に,JR横須賀線久里浜駅から延びる線路(JR横須賀線なのかJR久里浜駅構内なのかは不明)の八幡第一踏切がある。JR久里浜駅には電留線があり,その電留線から久里浜駅ホームに入る電車(あるいは久里浜駅ホームから電留線に入る電車)は,この線路に一旦入り込んで,スイッチバックする線路配置になっている。地図で線路の長さを見ると,たぶんこの踏切上で電車が停車してからスイッチバックしているはずなので,入庫・出庫時には踏切は開かずの踏切になりそうだ。

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 八幡第一踏切。古い地図を見ると,戦前からこの踏切が存在していることがわかる。その当時はこれほど立派な道路ではなかったため問題にはならなかったようだ。

 また,戦前にはこの踏切の線路とは別に,久里浜駅の手前から分岐して久里浜港まで続く線路もあり,途中のJVCケンウッド横須賀事業所の構内に痕跡は見当たらないものの,横須賀線から分岐して尻こすり坂通り(国道134号線)と交差するまでと,くりはま花の国公園の東側でJVCケンウッド横須賀事業所を出たあたりでは,廃線跡が道路として残っているので,廃線跡を巡ってみるのもおもしろそうだ。

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 西口栄通り商店街を京急久里浜駅西口方向に戻る。

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 京急久里浜駅西口前のパチンコ屋。

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 京急久里浜駅西口前のパチンコ屋と日宝薬品。

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 京急久里浜駅西口(北側)。西口の外階段にはエスカレーターなどはないが,高架下に京急ストアが入っており,店内のエスカレーターを使って改札口へ。

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 暑い一日だったが,高架ホームに吹く風が心地よく,しばらくホームでのんびりしたい気分になった。

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京急久里浜

【関連記事】
2009年7月25日 (土曜日):ゆっくりハマる久里浜の夏
2007年9月 9日 (日曜日):京急久里浜駅周辺を歩く

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2017年6月 4日 (日曜日)

悠久の歴史を持つ新しい街 海老名駅界隈

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悠久の歴史を持つ新しい街 海老名駅界隈


 相模大塚駅南口から相鉄バス綾瀬52系統のバスに乗り海老名駅へ。途中に「飛行場正門」や「日立相模前」「国分」というバス停があっていろいろ興味深かったが,RX100M3で撮影した写真をMacBook Proに取り込み忘れて,バスの先頭かぶりつきで撮影した写真を紛失。記録が残っていない=記憶がない。

「飛行場正門」バス停はもちろん米軍厚木基地の正門前であり,「日立相模前」は日立オートモーティブシステムズ社の相模事業所で,もともとはトキコ(東京機器工業)の相模工場だね。「国分」は国分南一丁目にあって,相模国分寺跡(と後継寺院の相模国分寺)がすぐ近くにある。

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 楽しかったバス旅が終わり,海老名駅前へ。小田急小田原線,相模鉄道本線,少し離れてJR相模線の海老名駅がある(神奈川県海老名市)。

 神奈川県のほぼ中央にある海老名市は人口約13万人で,天平時代に聖武天皇が日本の各国に建立させた国分僧寺と国分尼寺のうち,相模国分寺・相模国分尼寺があったという歴史を持ち,また近年になって海老名駅周辺の再開発で大型の商業施設が集積し,注目されている都市である。

 駅周辺の再開発とは書いたものの,実際のところ昭和も終わろうとする頃まで駅前に一面の田んぼが広がっていて,再開発というより新規開発に近い。駅前に広大な土地が残っていたという点が,今になって見れば非常に幸運だったと言える。

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 小田急・相鉄・JR相模線海老名駅(東口)。

 海老名駅周辺を歩くのは2005年6月12日以来だから十数年ぶり。そのときのブログ記事は『歴史と文化が息づくまち 海老名を訪ねる』にまとめているので,興味がある方は読んでほしい。JR相模線海老名駅周辺の変貌ぶりには驚かされると思う。

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 小田急・相鉄・JR相模線海老名駅(東口)。海老名駅の東西を結ぶ自由通路が立派になっている。

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 小田急系の複合型商業施設「ビナウォーク (ViNAWALK)」に続くペデストリアンデッキ。

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 駅と直結のビナフロント(ViNA FRONT:写真右)。ビナフロントは2014年開業と,比較的新しい商業施設である。

 ViNAWALKのWebサイトを見ると,“ビナウォークの「ViNA」はViVA NATURE(自然礼賛)の略語で、Rambling(ランブリング:ぶらぶら歩き)と併せて「歩いて楽しめる界隈」を表現しています”と書かれている。洒落た「ヴィナ」ではなく「エビナ」のビナなのかと思いきや,意外に旧式の表記が使われている。

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 海老名駅東口のペデストリアンデッキ。カーブが美しい。ビナウォークの2階部分を結ぶペデストリアンデッキは,街を繋げる歩行空間ということで「ランブリングテラス」と名づけられている。

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 左奥に見えるのが,マルイファミリー海老名が核店舗として入った「ビナウォーク3番館」である。

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 海老名駅東口のバスロータリーとタクシープール。

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 海老名駅東口の「ViNAWALK 1番館」。デイリーセレクトショップ,生鮮市場,三省堂書店が入っている。ペデストリアンデッキには「新幹線新駅を寒川町倉見に!」と書かれた神奈川県東海道新幹線新駅設置促進期成同盟会の横断幕が掲げられている。

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 ランブリングテラスの海老名駅方向を振り返る。

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 海老名駅前から県道40号線横浜厚木線(大山街道・厚木街道)の海老名駅入口交差点方向を見る。

 海老名駅入口交差点の先にイオン海老名店(元のニチイ海老名店〜サティ海老名店)がある。併設するイオンシネマ海老名は,日本で初めてのシネマコンプレックス「ワーナー・マイカル・シネマズ海老名」が改称したもので,海老名駅周辺が現在のような賑わいになるきっかけとなった商業施設である。

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 ビナウォーク5番館。ビナウォークを象徴するような大屋根がある。

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 ビナウォークの各館は海老名中央公園を取り囲むように配置されている。公園には相模国分寺にあったのではないかとされる七重塔の3分の1スケール模型が建っている。

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 海老名中央公園とビナウォーク3番館。

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 ビナウォーク3番館の前の大屋根の張り出しっぷりもすごい。

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 海老名中央公園の南側のビナウォーク5番館。

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 ビナウォーク3番館。

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 ビナウォーク3番館と透明な大屋根。

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 向かい側のビナウォーク5番館の大屋根との対比が面白い。

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 ビナウォーク3番館の2階マルイ正面と6番館TOHOシネマズ海老名前の間を運行するミニトレイン「ビナポッポ」。ゴムタイヤでバッテリー駆動。ゴムタイヤの4輪なのでカーブをどのように曲がるのか興味があったが,客車の車輪にも舵機構(たぶん連結器部分と連動して舵が切られるようになっている)が付いていて,見事に曲がり角を曲がる構造になっている。よくできている。一見の価値あり。

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 相模国分寺にあったのではないかとされる七重塔の3分の1スケール模型。3分の1なのにかなりデカい。この3倍の高さというのが想像できない。

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 七重塔を下から見上げる。

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 七重塔の前から海老名駅方向を振り返る。

 新しい商業施設に共通するのは,座る場所が潤沢に用意されていることである。市街地の商店街も大いにマネすべきと思う。

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 七重塔の横(写真左)にあるのがビナウォーク4番館。各種クリニックや美容サロンなどが入っている。

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 海老名中央公園の東端から海老名駅方向を見る。

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 海老名中央公園の東にあるのがビナウォーク6番館。2階部分にTOHOシネマズ海老名前があり,1階は「ビナウォークらーめん処」と称してラーメン屋がたくさん並んでいる。

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 首都圏では珍しい“富山ブラック”ラーメンの店「いろは」があり,4年前に富山の西町で食べた富山ブラックのしょっぱさと東日本の蕎麦のような外観が妙に懐かしくなり,入ってみた。
 蕎麦のような黒いスープ。しょっぱさは控え目なので,この店では万人受けする味にしているのかもしれない。

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 店内には「富山で休もう。」のポスターや富山県の地図が貼られている。

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 海老名に来たからには,JR海老名駅の西にできた「ららぽーと海老名」も見ておきたいので,海老名中央公園を横切って西へ。

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 ビナウォーク5番館中央の階段。描かれているのはイメージキャラクターの「ビナセブン (ViNASEVEN)」。エビがモチーフになっていて,エビワンからエビセブンの七匹がいる。

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 ビナウォーク3番館。

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 ランブリングテラスを海老名駅に向かう。
 時刻は午後6時過ぎ。この季節はだいぶ日が延びたとはいえ,日没までは40分程度しかない。

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 2010年に完成した新しい海老名駅自由通路。

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 きれいになった小田急海老名駅の改札口。

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 新しい自由通路からJR海老名駅までの連絡通路も新しくなっている。

 左側通行が推奨されているのに,なぜか理由もなく右側を歩く人がいるんだよね。不思議でしかたがない。こういうところで右側を歩いたら邪魔になる人が多くて歩きにくいと思うんだけど……

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 JR海老名駅との連絡通路が広々としている。ららぽーと海老名もできて,このぐらいの広さがないと混雑してしまうのだろう。

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 連絡通路の上から小田急海老名駅の電車基地を見る。小田原方面に旧塗装へ復元されたLSE(7000形)が走って行った。あとから登場したHiSE(10000形)やRSE(20000形)が2012年に早々と引退したのに,1980年運用開始のLSEが2017年まで残るなんて,誰が予想しただろうか。

 個人的な好みだが,私は小田急NSE(3100形)・LSE(7000形)・JR西日本の新幹線500系がカッコいい鉄道車両の史上ベスト3だと思っている。

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 小田急海老名駅とJR海老名駅の間にはまだ広大な空き地が残っている。ひょっとしたらここは市街化調整区域で開発ができない状況なのかもしれない。

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 小田急海老名駅西口の小田急電鉄海老名総合事務所。

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 JR海老名駅連絡通路を西へ。新自由通路の北側(北東側)ではビルの建築工事が行われている。

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 新自由通路の南側の少し離れたところに海老名市立中央図書館や文化会館ができたので,空き地を貫く広い歩道に歩行者が多い。中央図書館は佐賀の武雄市図書館に次ぐ“TSUTAYA図書館”として,世間の本好きに酷評された図書館である。話の種に訪問してみたい気もしたが,CCCやTSUTAYAとは過去にも将来も無縁の私は,関わらないのが吉と考えて無視した。

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 十数年前に野球のバックネットが残った状態で空き地になっていた場所だが,それからずっと空き地のままのようだ。自分が子供の頃だったら,近所にこんな空き地があったら遊び放題で最高だったと思うのだが,現代は子供が遊ぶのを親が許さなかったり,土地の所有者が許さなかったり,世知辛い時代になったもんだと感じる。

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 新自由通路には動く歩道も設置されている。

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 JR相模線海老名駅と2015年に開業した「ららぽーと海老名」。ホームのない手前側の線路は相模線ではなく,相模鉄道の厚木線(相鉄貨物線)である。

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 JR相模線海老名駅の南側を見る。手前側の線路が相鉄厚木線。

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 立派になった相模線の海老名駅。

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 駅前に田んぼが広がっていた頃から,ここにはエスカレーターとエレベーターが設置されていた。

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 JR海老名駅前のバスのりば。

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 JR海老名駅前のバスのりばの上を通る新自由通路と「ららぽーと海老名」。

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 ららぽーと海老名は2015年の開業。

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 ららぽーと海老名の横にあるJR海老名駅西口のマイカー用ロータリー。送迎用のマイカーが長時間停車するようになるのは目に見えているのだから,普通の駐車場のように並んで停車できるようにしたほうが多くの車が駅前に入れそうな気がする。

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 JR海老名駅のホームに入ってきた相模線茅ヶ崎行きの電車。

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 こちらは海老名駅を出て行く相模線橋本駅経由八王子行きの電車。

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 ららぽーと海老名に入ってみる。

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 空には月が出ている。

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 ららぽーと海老名の内部。

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 ららぽーと海老名。

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 ららぽーと海老名。

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 ららぽーと海老名の内部では大きなカメラを出しにくいため遠慮してiPhoneで撮影していたが,エントランスの吹き抜け部分の立体感を出したくて,1枚ぐらいなら許してもらえるかなと思って許可を得ずに1枚だけ撮影。

 見出しに「悠久の歴史を持つ」とは書いたものの,海老名駅の周辺に歴史を感じさせるものはない。昭和の終わり頃までは海老名駅周辺は田んぼだったところなのでしかたがない。
 歴史はなくても,若く魅力的な街であることは確かだ。小田急・相鉄海老名駅とJR海老名駅の間にはまだ広大な土地が残っている。相鉄線とJR横須賀線との直通運転,東急東横線との直通運転もまもなく始まる。今後,ますます魅力が増すことだけは確実だ。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

【関連記事】
2005年6月12日 (日曜日):歴史と文化が息づくまち 海老名を訪ねる

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相模大塚駅の米軍厚木基地引き込み線跡

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相模大塚駅の米軍厚木基地引き込み線跡


 いつものように,どこかの駅で適当に下車して商店街の写真を撮ろうと相鉄線の電車に乗り,今まで下車したことのない相模大塚駅で下車した。相模大塚駅の周辺に商店街がなさそうなことは知っていたが,駅の近くに米軍厚木基地への引き込み線跡(正確には廃線にはなっておらず休止状態だったはず)があり,一度見てみたいと思っていたのだった。

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 相模大塚駅の南口(神奈川県大和市)。

 実は桜森稲荷に挨拶してから街歩きしようと思い,最初に北口を出て駅北側の電留線(留置線)の電車を撮ったり,桜森稲荷の写真を撮ったりしたのだが,バッテリーが膨らんだMacBook Proが修理中だったため,Cyber-shot DSC-RX100M3で撮った写真をMacBook Proに取り込むのを忘れてしまい,まったく写真が残っていないという大失態。
 相模大塚駅に戻り,バッグの中からα7Sを出したあとはα7Sで撮っているので写真が残っている。

 駅前のバス停には綾瀬市コミュニティバス「かわせみ」が停車中。神奈川県のほぼ中央部に位置する綾瀬市は人口8万4千人の都市だが,市域に鉄道の駅がなく,周辺の海老名市や大和市,藤沢市の駅が最寄り駅となり,バスが主要な公共交通機関となっている。ここ相模大塚駅と綾瀬市役所を結ぶコミュニティバスの利用状況はあまり芳しくなさそうだ。

 駅の日中の利用者があまり多くないためか,米軍関係の外国人の家族連れが目立つように感じた。

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 相模大塚駅南口からは相鉄バスの海老名駅行き,飛行場正門行,大和駅行き,綾瀬車庫行きのバスが運転されている。

 相模大塚駅があるのは大和市桜森三丁目。なぜここが「相模大塚」駅なのかが気になる人が18%ぐらいいると思う。

 Wikipediaの「相模大塚駅」のページには,“駅名は、開業時の所在地付近にあったとされる「相模大塚古墳」に由来している”と書かれている。
 神中鉄道の相模大塚駅が現在のさがみ野駅付近に開業したのは1926年(大正15年)。1921年(大正10年)測図の地形図を見ると,さがみ野駅付近は一面の桑畑になっており,古墳らしきものは見られない。近くには大山街道(厚木街道)の海老名村大塚の集落がある。現在の大塚本町交差点付近が集落の中心である。

 この大塚の集落は海老名村の中心である國分の集落(現在の海老名駅の東方で相模国分寺跡付近)に匹敵するほどの規模だ。大塚集落のすぐ横を神中鉄道が通っているが,台地の上から相模川河畔の海老名駅に向かって下るために切土区間になっており,切土区間直前の大山街道の踏切付近で大塚集落の北端(現在の大塚上町バス停近く)に初代相模大塚駅(現在のさがみ野駅)が設置されるのは合理的である。

 つまり,「相模大塚」という駅名は海老名村(柏ヶ谷)大塚という,この周辺では一番大きな集落の地名に由来するというのが正解だと思う。この「大塚」の塚が古墳を意味する可能性はあるが,それは大塚という地名の由来であって,駅名の由来ではない。

 1943年(昭和18年)頃,厚木海軍飛行場の完成に合わせて相模大塚駅が現在地に移転。1957年(昭和32年)発行の地理院地形図には移転後の相模大塚駅と飛行場への引き込み線が描かれている。神中鉄道から相模鉄道になったが,まだ単線の鉄道だった。海老名町大塚の集落から相模大塚駅は遠ざかってしまったが,集落の中心近くに大塚本町駅が設置されている。

 相鉄線の駅の変遷は激しく,その後は1975年(昭和50年)に大塚本町駅がもともと相模大塚駅があった場所にさがみ野駅という名称で移転するとともに,大塚本町駅の海老名寄りにかしわ台駅が開業。大塚本町駅があった場所にはかしわ台駅の東口が設けられ,かしわ台駅まで長い長い連絡通路でつながることになる。

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 相模大塚駅を出て県道40号横浜厚木線の相模大塚駅前交差点に向かう綾瀬市役所行き綾瀬市コミュニティバス。この通りは相模大塚駅南口正面の道路だが商店街はなく,駅前の一等地にトランクルームがある。

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 相模大塚駅前交差点。

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 続けて相鉄バス綾52系統の海老名駅行きのバスがやってきた。海老名駅行きのバスは1時間に1〜3本程度の頻度で運転されている。

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 相模大塚駅南口の大和屋質店の周辺にはスナックや飲食店が点在する。

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 大和屋質店の手前から県道40号線に抜ける路地にスナックが並ぶ。

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 スナックが並ぶ路地。

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 県道40号横浜厚木線に出る。

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 駅前がいきなり郊外のロードサイド風になっているが,そこにスナックが点在する。

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 県道40号線から大和屋質店の通りに戻る。

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 相模大塚駅方向を振り返る。

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 県道40号線沿いに飲食店が並ぶ一郭。これらの飲食店の裏側に米軍厚木基地への引き込み線跡がある。

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 よく見ると引き込み線と架線が見える(縮小写真ではわかりにくいが)。

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 県道40号線の小さな飲食店街。

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 県道40号横浜厚木線を斜めに横切る米軍厚木基地への引き込み線。踏切の設備なども残っていて,今にも警報器が鳴りそうな雰囲気がある。

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 米軍厚木基地方向を見る。この引き込み線は,横須賀線の田浦駅近くの田浦送油施設からJR相模線の厚木駅経由で米軍厚木基地までジェット燃料などを運ぶためのもので,1998年(平成10年)3月まで使われていたという。廃線ではなく休止状態ということで,架線もそのまま残っている。

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 相鉄線からの分岐方向を見る。相鉄線の海老名方面になだらかにつながっているので,JR相模線の厚木駅から相鉄厚木線経由でそのまま引き込み線に入れそうに思ったが,地図で線路配置をよく見たら相鉄線の上り線からの渡り線がない。一旦相模大塚駅構内でスイッチバックして相鉄線の下り線を渡り,今度は相鉄さがみ野駅方向に続く引き込み線に入ってまたスイッチバック。そこからこの引き込み線に入ってくることになっていたようだ。

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 もう20年近く列車が走っていない線路なので,線路の上に堂々と駐車している車もある。

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 線路に沿って米軍厚木基地方向に歩いてみようと思ったら,運良く線路上に駐車していた車がいなくなってくれた。

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 地鶏料理「さがみ」の裏手。

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 長年列車が走っていない様子は見てとれるが,草生したりはしていない。それなりに手入れがなされているようだ。

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 ろばた焼「皆与志」,大衆酒場「りん」の裏手あたり。白い猫がじっとこっちを見ている。

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 白い猫が振り返り振り返り去って行く。

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 でんしゃにちゅうい。ここを厳密な意味での「電車」が走ったことはあるのだろうか。

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 ろばた焼「皆与志」と桜森自治会館の間は線路の上も通路になっているようだ。

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 桜森二丁目の踏切(跡)。相模大塚駅から飛行場正門や海老名行きのバスはこの踏切を渡る。

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 さらに米軍厚木基地方向へ歩く。線路横の木が立派に成長して,枝が線路の上にまで伸びている。

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 バス通りの踏切方向を振り返る。

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 東名高速の防音壁に沿って延びる道路の踏切。細い道路なのに意外に交通量が多い。

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 東名高速道路に架かる橋。

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 東名高速道路に沿った道路はセンターラインが引けないほどの狭さなのだが,意外に交通量が多く,しかもなぜかスピードを出した車が多い(片側が防音壁で飛び出しの心配がないためだろうか)。児童の通学路になっているため,短い横断歩道に横断旗が置かれている。

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 道路にもはみ出して描かれた巨大な桜の花びら模様。

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 相模大塚駅に戻る途中の相模大塚駅前交差点。炭火焼肉「平和軒山口とんちゃん」がある。

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 相模大塚駅前交差点にやってきた大和駅行きの相鉄バス。

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 相模大塚駅南口西側のペンテコステキリスト教会。

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 ペンテコステキリスト教会と「cliel hair」の横からスナック街に続く通り。

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 ペンテコステキリスト教会 (PENTECOSTES CRISTO KYOKAI)。

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 ペンテコステキリスト教会と相模大塚駅。

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 相模大塚駅南口に戻る。

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 相模大塚駅南口のバス停で海老名駅行きのバスが発車時刻になるのを待っている。私に「乗ってください」と言わんばかりではないか。据え膳食わぬは……なので,バスに乗って海老名駅に向かう。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

相模大塚

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2017年6月 2日 (金曜日)

MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ

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MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ


 酷使していた MacBook Pro が突然動かなくなり,週末の休みを利用してアップルストア銀座の Genius Bar に持ち込んだ(詳細は別ブログの「MacBook Proのバッテリーが膨らむ(三日画師のかすかだり)」に書いた)。

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 東京に向かう電車の中で MacBook Pro の動作を再確認。うんともすんともいわない。こころなしかバッテリーの膨らみが増しているようだ。

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 有楽町駅の銀座口を出る。

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 アップルストア銀座へは有楽町イトシアの側から銀座西三丁目交差点に抜けるのが近道だが,東京都議会議員選挙を前にして中央口前の広場では何やら演説が行われて人だかりになっていたので,それを避けて有楽町マリオンの横から数寄屋橋側を回る。
 写真左の青空が見えているところに建っていたニュー・トーキョービル数寄屋橋本店ビルがなくなっている。ビアホールで有名なビルだったが,再開発事業のため2015年に閉店したとのことだ。

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 有楽町マリオン横の晴海通りの数寄屋橋バス停。

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 有楽町マリオン。西武有楽町店と有楽町阪急の二つの百貨店が入る不思議なビルだったが,現在は西武有楽町店が閉店し,代わりにルミネが入っている。

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 首都高の高架下の西銀座デパート。こういう街中に水着のポスターは下品だな……

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 晴海通りと外堀通りが交差する数寄屋橋交差点の銀座クリスタルビル。屋上に大きな不二家の看板があることで知られる。

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 数寄屋橋交差点のソニービル。ソニープラザやショールームがあったが,今年3月に閉館。まもなく解体される予定。

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 数寄屋橋交差点を渡る。

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 数寄屋橋交差点の南西側の一角には東急プラザ銀座がある。

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 銀座クリスタルビルの曲面状のファサードの1階部分にあるのがスキヤカメラのニコンハウス。並んでいる中古レンズに見入ってしまうと,うっかり財布が軽くなってしまうことがあるので注意が必要だ。

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 天賞堂本店の角に隠れて弓矢を射ようと狙っている天使が,背後からカメラを持った女性に狙われているのをオイラが撮影するという構図……

 天賞堂といえば時計・貴金属,そして鉄道模型の店。私が小学生の頃から(つまり50年近く前から),天賞堂の鉄道模型は他メーカに比べて圧倒的に精密で,圧倒的に高価であり,鉄道模型好きで知らない人はいない存在だった。
 もちろん私には天賞堂の製品が買える財力もなく,天賞堂の製品のベースになっているアダチ(安達製作所。天賞堂の製品の組立も行っているはず)のブラスキット(真鍮製のキット)を買って組み立てていた。D51とD50ではスパイクモデルのパーツを使って13mmゲージ化し,京成高砂のニワモケイのロストワックスパーツを使って,精密感でも天賞堂のモデルに追いつき追い越せと頑張っていた。

 ブラスキットは真鍮製のパーツをはんだ付けで組み立てる。パーツをはんだゴテで加熱してはんだを融かして組み立てるため,接着剤と違ってヘタに加熱すると先につけた部品を固定しているはんだが融けて取れてしまう。はんだ付けの技術のなさを補うため,低融点はんだと高融点のはんだを使うこともあった。そのときのはんだ付けの知識が,まさか仕事でスーパーコンピュータ・汎用超大型機の実装技術を開発したときに,はんだ接合に温度階層を使う技術(たしかIn-48Sn共晶はんだ融点117℃・Sn-38Pb共晶はんだ融点183℃・Au-20Sn共晶はんだ融点280℃を使った)につながるなんて思ってもみなかった。

 現在では天賞堂がプラスティック製の製品を出していたり,Nゲージの製品を出していて,時代の流れを感じる。Webページを見たら,HO 16.5mmのC62形蒸気機関車2号機(カンタム・システム搭載)が¥405,000円,NゲージC59形蒸気機関車161号機が¥120,000円だ。今も昔も天賞堂の製品は高嶺の花だね。

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 銀座四丁目の交差点。和光本館の前から銀座三越を見る。

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 銀座四丁目の交差点の銀座プレイスと銀座コア。その奥に話題の GINZA SIX がチラッと見える。閉館したソニービルのソニーストアやショールームは,ここ銀座プレイスに移って営業中。

 写真右は銀座三愛ビル(三愛ドリームセンター)。知る人ぞ知るリコー三愛グループのビルなので屋上にRICOHの広告塔があり,リコーのフォトギャラリーもある。昔はこの広告塔に三菱電機の三菱マークがついていて,昔のプロレス中継はネオンが光る銀座三愛の三菱マークの俯瞰映像で始まった記憶がある。プロレス中継のなかで,リング上を「風神」掃除機で掃除する生CMもあった。

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 中央通りを銀座三丁目交差点方向へ。

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 銀座三丁目交差点のアップルストア銀座。

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 アップルストア銀座の向かいは松屋銀座。中央通りと交差するのは松屋通り。

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 中央通りの銀座三丁目交差点。

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 アップルストア銀座の Genius Bar へ。

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 Genius Barで座って待つ。

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 MacBook Proのバッテリーが明らかに膨らんでいるので,あっという間に修理内容が決まり,修理を依頼してすぐにアップルストアを出る。

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 中央通りを北へ。シャネル銀座の前から銀座三丁目交差点を見る。

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 中央通りと銀座マロニエ通りが交差する銀座三丁目交差点。

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 銀座三丁目交差点のカルティエ銀座ブティックの前の宝くじ売場。宝くじだけ,なぜこのような売場があるのか,ちょっと不思議な気がする。

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 銀座三丁目交差点から松屋銀座を見る。松屋銀座の手前はルイ・ヴィトン松屋銀座店。

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 銀座マロニエ通り。マロニエというと洒落た印象になるが,日本語にすればトチノキである。葉っぱの形をみるとベニバナトチノキなので,厳密に言えばマロニエ(セイヨウトチノキ)ではないという主張もできそう。

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 銀座マロニエ通りから銀座三丁目交差点を振り返る。正面に見えるのはブルガリ銀座タワー。銀座三丁目交差点の四隅にはブルガリ,ルイ・ヴィトン,シャネル,カルティエが並んでいる。さすが銀座,オイラには縁のない店ばかりだ。

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 銀座マロニエ通りのデビアス銀座ビルティング。ゆるやかな曲面を描くステンレスの外壁が印象的なビルである。

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 銀座ガス灯通り。

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 銀座ガス灯通りのキャバレー「白いばら」。キャバクラなどとは違う,オーソドックスなキャバレーである。生バンドによる音楽ショーやダンスショーがあったり,ダンスフロアがあって踊れたり。昔はたくさんあったキャバレーもずいぶん少なくなった(ひょっとして銀座はここ「白いばら」だけ?)。

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 銀座ガス灯通りを南へ。

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 ガス灯通りの北側を振り返る。

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 松屋通りに出る。あらら,こんなところに車を停めちゃって……というような車は,だいたい埼玉・千葉・神奈川のナンバーだったりする。

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 松屋通りを西(北西)へ。

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 松屋通りから細い路地を入ったところにある親子丼専門店「○勝」。Sobaの看板はラーメンの「篝(かがり)」。

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 銀座レンガ通り。

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 松屋通りと銀座レンガ通りの交差点にある清水カメラ。だいぶ少なくなったとはいえ,銀座〜新橋には中古カメラ屋が多い。

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 PENTAX 67II + SMC Takumar 75mm f4.5 が¥162,000。使わなくなってしまった PENTAX 67II を手放さずに持っているが,これぐらいの値段で売れるなら手放そうかな……
 オリンパスの「実態顕微鏡」は「実体顕微鏡」の typo かな。

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 並木通りの銀座並木通郵便局の一郭。

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 松屋通りの MCM。

 MCM はバッグや財布のブランドだが,私のかつての専門である実装技術の分野で MCM といえばマルチチップモジュール(Multi-Chip Module)を意味する。通常の電子機器はシリコンの LSI をセラミックやプラスチックのパッケージに入れて,それをプリント基板上に並べるのだが,MCM は裸のままの LSI のダイ(ベアチップ)を複数個,直接サブストレートの上に並べることで,LSI 間の伝送経路をより短くして高速化したり,小型化する技術である。もともとは高速化・高性能化のためにスーパーコンピュータや大型汎用コンピュータ向けに開発されていた技術だが,小型化のメリットもあり,現在では携帯電話などの超小型機器にも使用されている。

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 銀座西三丁目交差点の横断歩道で外堀通りを渡る。正面は首都高速高架下の西銀座デパート。

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 銀座西三丁目交差点から数寄屋橋交差点を見る。

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 銀座西三丁目交差点から銀座西二丁目交差点を見る。

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 外堀通りの丸の内東映会館とマロニエゲート銀座2。マロニエゲート銀座2(讀賣銀座ビル)は2016年までプランタン銀座だったところ。

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 丸の内東映会館の向かい側あたりから首都高速高架下は銀座インズとなる。

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 マロニエゲート銀座2 にはニトリやユニクロが入っている。プランタン銀座にニトリの出店が決まったときには,あれこれ驚きの声を耳にした(目にした)ものだった。

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 ふと時刻を見たら午後4時20分。夕方の通勤ラッシュに巻き込まれる前に帰るつもりだったので,そろそろ銀座を離れなければ……

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2017年5月 6日 (土曜日)

大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景

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大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景


 タワークレーンが林立する日本橋界隈を見ていたら,同様に大規模な再開発が行われている渋谷駅界隈の写真を撮っておきたくなったので,三越前駅から東京メトロの銀座線に乗り渋谷駅へ。

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 渋谷駅西口バスターミナル側に出る。

 写真左が渋谷駅と一体化した東急東横店南館。渋谷駅直結の東急百貨店東横店は東館・西館・南館で構成されていたが,再開発事業のためにまず東館が解体され,現在は西館と南館の2館体制となっている。

 写真正面では玉川通りの上を首都高速3号渋谷線が走っている。その向こう側が桜丘町。「桜丘町1地区」では東急不動産が大規模な再開発を計画しており,地上36階建てと地上32階建て,地上15階建ての3棟のビルが建つらしい。

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 視線を南側に移すと,東急電鉄本社跡地にセルリアンタワーがそびえ立つのが見える。渋谷では一番高いビルだ。

 数年前までならセルリアンタワーの手前の駅前に東急プラザ渋谷が立地していたが,老朽化により2015年3月に閉館して解体された。現在は跡地に地上18階地下4階建ての再開発ビルの建築が始まっており,2020年の東京オリンピック前に竣工予定だそうだ。ビルの1階部分にはバスターミナルが設置されるらしい。

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 手狭な感じの渋谷駅西口バスターミナルだが,バスのりばまではすべて平面移動で済む。駅の正面を出てすぐのところにバス停が並び,島になっているところのバス停へも地上を歩くだけで到達する。

 世の中には,バスのりばへの移動に階段の上り下りが必要だったり(そういうところは地上が横断禁止になっていても,歩行者は危険な路上横断をしがち),駅の正面にマイカーで横付けできるのにバス停は駅から離れていたりするようなバスターミナルが多い。少しは渋谷駅西口バスターミナルを見習ってほしい気がする。

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 ハチ公前広場を通って宮益坂口のほうへ。ハチ公前広場は人が多すぎて,写真を撮っているような状況ではなかった。

 写真左が東急文化会館跡地に建つ渋谷ヒカリエ,渋谷駅前を東京メトロ銀座線の高架橋が横切る。

 写真右側は渋谷駅宮益坂口である。以前はここに東急百貨店東横店東館が建っていたが,2013年3月末に閉館し,解体された。現在はJR山手線や東京メトロ銀座線の運転を止めずに,線路の上にある東急百貨店の建物を解体する工事が進められている。東急百貨店東横店東館跡地は,最終的には新しい東口バスターミナル(の一部)になるようだ。

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 渋谷駅東口の渋谷ヒカリエ。地上34階,地下4階建て,2012年3月竣工の渋谷の新しい顔だ。以前ここに建っていた東急文化会館の五島プラネタリウムは残念ながら復活せず,ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の名称にその面影を残すのみ。

 写真右側のタワークレーンは東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビルで,地上35階建て,地下4階のビルが2018年秋に竣工予定だ。
 もちろんここも東急系の再開発である。東京丸の内が“
三菱村”,東京日本橋が“三井村”(三井村は大阪の淀屋橋にもある)であるように,渋谷は“東急村”になっている。

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 渋谷駅東口バスターミナルは,東口の南側,東京メトロ銀座線と玉川通りに挟まれたところにあったが,都市再生特別地区の再開発で旧東横線ホーム跡地と併せて渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の建築が始まり,宮益坂側に押し出されてきている。最終的にもこちら側が東口バスターミナルになるようだ。

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 渋谷からのバスの主力,都01系統の六本木経由新橋駅前行きのバス停も宮益坂側に移動している。

 どうでもいい話だが,1990年頃に南青山に通勤していたことがあって,渋谷から勤務先に近い南青山七丁目を通り東京タワーへ行く渋88系統のバスをたまに利用していた。今になってみると1990年もずいぶん昔のことになってしまったが,それでもほぼ現代と言える1990年に,この渋88系統のバスだけは,なぜかワンマン運転ではなく車掌が乗務していたことを覚えている。ほんと,なぜだったのだろう?

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 工事用フェンスで囲まれた東急百貨店東横店東館跡地。

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 明治通りの宮益坂下交差点を渡る。

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 宮益坂下交差点を渡り,渋谷駅方向を振り返る。東急百貨店東横店西館と渋谷マークシティ(イースト)が見える。
 渋谷マークシティイーストは地上25階建てで,京王井の頭線渋谷駅の上に建っている。“東急村”の渋谷では,かつての京王帝都電鉄の京王電鉄も目立たず,駅の上に建つ渋谷マークシティの上層階に入っているのは京王グループではなく東急グループの渋谷エクセルホテル東急である。

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 銀座線の高架線をくぐり,渋谷ヒカリエの前から南側を見る。

 写真正面が東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビル,写真右のタワークレーンが渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)である。

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 地方の都市では駅を市街地から少し遠ざけて高架化し,駅前広場を大きく広げる工事が盛んに行われているが,東京を代表する繁華街の渋谷では駅前広場をつぶしてビルを建てている。そのコントラストが興味深い。

 個人的な話になるが,駅を下りて巨大な駅前広場を見ると,その向こう側まで歩くのがおっくうになり,ため息をつきたくなる。駅の改札口を出たら,すぐに商店街になっているような街だと,心からホッとする。
 交通の結節点になって利用者の多い駅では,利用者を受け入れるだけのキャパシティが必要になるので,駅前広場を大きくしなければならない面もあって難しい問題だ。

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 まずは渋谷ヒカリエ9階のヒカリエホールから渋谷駅周辺を俯瞰する。

 ヒカリエ11階には展望スペース「スカイロビー」があるのだが,Googleで画像検索したところ,渋谷駅側には植栽を施したひさしがあるらしく,下のほうを俯瞰できるのは東京メトロ銀座線の真上の一部だけのように思われる。
 それより階数は低くなるが,9階のヒカリエホールのほうが真下に障害物がなく,広角レンズでの俯瞰が撮りやすいと判断したのだった。

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 渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の様子がよく見える。

 これで綺麗な夕焼けになってくれたら最高なのだが,残念ながら水平線近くに雲があるので難しそう……

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 かぶっていた帽子でレンズを覆って写り込みを防ごうとするが,なかなかうまくいかない。こういう撮影のためにラバーフードが欲しくなるね。

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 ヒカリエホールに到着してから15分。あっという間に日没。鮮やかな夕焼けにはならなかった。

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 思い思いのかたちで渋谷の街を見る。

 今度は標準域〜中望遠のレンズも用意して,11階のスカイロビーにも行ってみたい。

(動画もずいぶん撮ったのだが,Macに取り込み忘れてしまった。大失敗)

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

【関連記事】
2011年4月25日 (月曜日):もうすぐ地下化される東横線渋谷駅界隈
2011年4月25日 (月曜日):ときどき剣呑ベーゴマ遊び 渋谷のんべい横丁

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2017年5月 4日 (木曜日)

京急品川駅の上下ホーム連絡通路から見る

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 JR東日本の品川車両基地跡地の再開発やJR東海の中央リニア新幹線品川駅の工事,京浜急行の品川駅地平化計画にともなって,数年後には変わり始めそうな品川駅(既にJRのホームは変わりつつある)。
 京浜急行品川駅からJRに乗り換える機会があったので,京急の上下ホーム連絡通路からの俯瞰を中心に写真を撮ってみた。

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 現在の京急品川駅は2面3線の高架駅になっている。これを地平化する計画が進められている。
 全国区の中核都市で,街を駅や鉄道が分断しているため街が衰弱しているという理由で駅の高架化が進められている中,首都東京の中心的な駅である品川駅で,高架駅を地平化する計画があることがとてもおもしろい。
 そういえば,JR東海道本線沿線は,品川も川崎も横浜も地平駅のままである。

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 京急品川駅の下りホームのペイントは,慣れないとわかりにくい。

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 上下ホーム連絡通路をエスカレーターで下る。

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 下りホームの上に掲示される発車案内。比較的最近まで(と言っても2000年頃までだったろうか)反転フラップ式の案内表示機が残っていたが,現在はLED方式の案内表示機になっている。

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 JR品川駅との間にある中間改札口と下り1番線ホームが同じ高さにある。

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 JR品川駅構内の京急線切符売り場。

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 階段を下りるとJR品川駅構内となる。

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 JR品川駅の京浜東北線ホームへの階段。階段の手摺りは転落事故防止の観点から基本的には下り用のはずだが,利用客の動線を考慮したためか,下りは階段の真ん中,上りが手摺りのある両側を利用するようになっている。

 もちろんJRもそのへんはわかっていて,「手すりを必要とされるお客様は、通行区分に関わらずご利用ください。お客さまのご理解とご協力をお願いいたします(品川駅長)」という貼り紙があちこちに掲示されている。真ん中に一本手摺りがあると良いかも(真ん中に手摺りを設けるには階段が狭すぎるかな)。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

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2017年3月20日 (月曜日)

シーサイドライン延伸工事が進む 金沢八景

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再開発真っ盛りの金沢八景を歩く


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 上大岡から京急線の普通浦賀行きに乗り,金沢八景駅で下車する。少し離れたところにある横浜シーサイドライン金沢八景駅を京急の駅まで延伸する工事に合わせて,橋上駅化する工事が行われており,ホームの上の構造物ができつつある。

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 ホーム下の改札口に続く階段。京急の金沢八景駅は築堤(一部切土?)の上にホームがあり,一段低くなった地上に改札口がある。

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 京急金沢八景駅の改札口。

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 京急金沢八景駅前からできあがりつつある橋上駅舎を見る。写真右側の工事中の桁は横浜シーサイドラインの駅と京急の駅を結ぶ連絡通路。

 京急金沢八景駅の工事計画を詳しく読んでいないので,地上の改札口が残るのかどうかは不明だが,完全に橋上駅に移るとすると,地上から京急線に乗るには,階段またはエレベーターで3階まで上がってから2階に下りることになりそうだ。

 さすがに21世紀になって10年以上経った今はバリアフリーの時代になっているので,延伸した横浜シーサイドライン金沢八景駅のホームと京急金沢八景駅の橋上駅の高さは一致させて,同一平面上で乗り換えられるようにするはずだが,乗り換えではなく地上から京急線を利用する客は少し遠回りになる。

 金沢八景駅は駅前広場から停車中の赤い電車が見えるのが特徴であり,ぜひとも新しい駅でも外から電車が見えるようにしてほしいのだが,さてどうなるだろうか。

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 駅前の商店街は区画整理で一掃され,菓子処「鳳月堂」の新しい建物だけがぽつんと建っている。この「鳳月堂」の建物が仮設なのか,区画整理後を一郭に建ててあるのかはわからない。駅の正面にあった三本コーヒーショップやお茶の六浦園は,駅北側の「せとこみち」という仮設店舗群に移っており,駅前広場の周囲がどのようになるのかはまだ見えてこない状況だ。

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 工事用フェンスに描かれた京急線の電車や飛行機をじっと見つめる少年。

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 京急金沢八景駅の上屋はかなりできあがっているようにも見えるが,駅前からの階段や通路がどのように設置されるのかはまだわからない。

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 個人的には,あまり階段の上り下りをせずに駅を利用したいので,一度3階まで登らずに,現状のような地上から真っ直ぐホームに上がる階段を残してほしい気がする。

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 新しく建てられた「鳳月堂」の横を歩いて,横須賀街道(国道16号線)の交差点へ向かう。横浜シーサイドライン金沢八景駅に電車が到着したタイミングで,たくさんの人が京急金沢八景駅に向かう人並みができるが,その人並みもしばらくすると途切れる。

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 横浜シーサイドラインの延伸工事部分を覗き見しようとするが,フェンスが高く,なかなか防御が堅い。

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 鳳月堂の前から南に続く路地。両側の店舗の取り壊しが進み,すっかりまわりに何もなくなってしまった。かつては八景食堂や居酒屋喜八,八景旅館などが並んでいた路地である。

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 鳳月堂の隣の光栄堂薬局の横から京急金沢八景駅を振り返る。

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 光栄堂薬局の前から横須賀街道(国道16号線)の南側を見る。横須賀街道の金沢八景駅入口交差点付近には数か所のバスのりば(2カ所は降車場)があり,駅前のバスターミナルに入らないバスに乗る場合は横須賀街道沿いで待つことになるらしいが,どの系統のバスがバスターミナルに乗り入れないのかどうかを調べるのは少し難しそうだ。

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 光栄堂薬局の前から横須賀街道の北側を見る。延伸する横浜シーサイドラインの軌道が横須賀街道を跨いで設置されている。まだ仮設の橋受けで支えている状態だ。

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 再び京急金沢八景駅方向を見る。

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 鳳月堂の前から南に続く(元)路地へ。

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 この路地は東海道の程ヶ谷(保土ヶ谷)宿から能見道を経て六浦に至る古道「金沢道(保土ヶ谷道)」であり,かつては平潟湾の海岸沿いの道であった。江戸に近い景勝地だった金沢八景は,鎌倉・江の島見物の途中で立ち寄る行楽地として賑わったという。

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 古道「金沢道」だった路地を通ってたくさんの人が金沢八景駅に向かう。今まで何度かこの街を見に来ているが,この路地にこれほどの人通りがあるのは見たことがない。近くに何かイベントが行われそうな施設があったかな……と考えたが,思いつかない。となると,少し離れているが関東学院大学・関東学院六浦高で父兄も参加しての説明会のようなものがあったのだろう。

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 八景バルや遊食酒家おいしんぼ,居酒屋おぼろ,鳥真などの飲食店が並ぶ。

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 横須賀街道(国道16号線)の金沢八景南口交差点に出る。

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 金沢八景南口交差点から横須賀街道の北側を見る。金沢八景駅前交差点で横浜シーサイドラインの延伸工事が行われているのが見える。

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 金沢八景南口交差点を金沢八景経由磯子駅行きのバスが通りすぎる。

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 金沢八景南口交差点の西側に泥牛庵(でいぎゅうあん)がある。鎌倉時代末期に建立された寺だが,江戸時代にはここに金沢藩の陣屋が置かれていたという。横須賀街道を挟んで向かい側には,金沢八景を展望する九覧亭跡(現在は聖徳太子堂が建てられている)のある金龍禅院がある。

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 昇天山金龍禅院の生け垣。九覧亭跡からの金沢八景の見晴らしを見てみたいとも思ったが,奥に旅館追浜園の看板が見えたので,そっちの方が気になってしまう。

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 金龍禅院の生け垣の角張り具合がすばらしい。

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 金龍禅院の生け垣の先に見える旅館追浜園の看板。

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 南関東でよく見かける古い民家。関東大震災後に建てられたものと思われ,瓦屋根が使われないのは雪国と同じだが,屋根の角度などが違っているように見える。

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 このこんもりとした土手の上に九覧亭(九覧亭跡)がある。

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 旅館追浜園とやなぎ旅館が並んでいる。旅館ができた頃は平潟湾が眺望できたのかもしれないが,現在は目の前に大きな金沢八景マンションが建っている。

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 追浜園とやなぎ旅館の間にすれ違うのが困難なぐらいの細い路地がある。

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 平潟湾側に旅館追浜園の入口がある。
 ここには追浜園,やなぎ旅館,旅館皆楽園と3軒の旅館が並んでおり,かつて金沢八景が行楽地だった頃の名残が感じられる。

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 平潟湾沿いに並ぶマンション群と横浜シーサイドライン金沢シーサイドライン。ちなみに「横浜シーサイドライン」という会社が運営する新交通システムの鉄道線が「金沢シーサイドライン」なので,「京急久里浜線」と同じ言い方をすると「横浜シーサイドライン金沢シーサイドライン」になる。

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 金沢八景駅方向を見る。

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 平潟湾を渡る金沢シーサイドライン。

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 平潟湾にたくさんのボートが係留されている。桟橋がなく,ボートは湾の中央に係留されていて,岸からは小型の手こぎボートで自分の船に向かうらしい。

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 平潟湾に突き出した琵琶島神社と釣り船。

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 金沢シーサイドライン金沢八景駅の真下。

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 琵琶島神社。1180年(治承4年)に源頼朝が瀬戸神社を創建した際,北条政子が瀬戸神社の正面の平潟湾に小さな琵琶島を築き,琵琶湖の竹生島の弁財天を勧請したと言われる。

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 金沢シーサイドラインの金沢八景駅。

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 マンホールに金沢八景が描かれている。これは乙舳帰帆(おっとものきはん)。

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 ベンチ?にも金沢八景が描かれている。ちなみに「金沢八景」は,この地に立ち寄った明(みん)の僧がこの風景を故郷中国の瀟湘八景に似ていると絶賛し,七言絶句の漢詩に詠んだことから名づけられたもので,小泉夜雨(こずみのやう),称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう),乙艫帰帆(おっとものきはん),洲崎晴嵐(すさきのせいらん),瀬戸秋月(せとのしゅうげつ),平潟落雁(ひらかたのらくがん),野島夕照(のじまのせきしょう),内川暮雪(うちかわのぼせつ)の八景である。

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 横浜シーサイドライン金沢八景駅の階段。以前は横須賀街道に架かる横断歩道から金沢八景駅に直接続く通路があったが,延伸工事でそれが撤去されたため,この階段かエレベーターを使うようになっている。

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 延伸工事中のシーサイドラインの仮橋脚。

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 かつての連絡通路がここで分断されている。奥に横浜シーサイドライン金沢八景駅の階段が見える。

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 延伸部分が横須賀街道(国道16号線)を跨ぐ部分。

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 横須賀街道の金沢八景駅前交差点。奥に京急金沢八景駅が見える。既存の横浜シーサイドライン金沢八景駅と京急金沢八景駅前を結ぶにはかなりの急カーブが必要になるので,もう少し仮設バスターミナル側に延ばすのかと思っていたが,ちゃんと京急金沢八景駅前まで延ばすようだ。

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 工事用の覆いがあるので見づらいが,連絡通路の柱として使われていた橋脚が延伸部分に使われているのがわかる。この橋脚が延伸時に使われるという話は以前から言われていたが,人口減少社会となり,シーサイドラインの延伸計画にも動くがなく,本当に使われるときがくるとは思えなかった。

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 ちなみにこれが工事が始まる前の歩道橋からの連絡通路と延伸計画を見越した橋脚の写真(2014年8月3日撮影)。

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 現在の金沢シーサイドライン金沢八景駅構内は単線になっていて,複線部分の西側の線路部分にホームが設置されている。この延伸部分の線路を見ると,ホームが設置されている部分にポイントが設置されて,京急金沢八景駅前で複線に分岐している。

 なぜ複線のまま京急金沢駅前まで延ばさないのか不思議に思ったが,よく考えてみると,シーサイドライン金沢八景駅で現在使われているホーム側の線路を延伸しようとすると,ホームに登るエレベーターが邪魔になり,それを撤去するのは利用者に多大な不便を生じさせることになる。まずは現在利用していない側を延伸した上で現在の駅を廃止,その後にエレベーターを撤去して残りを延伸するのだと思われる。

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 横須賀街道の金沢八景駅前交差点。仮設バスターミナルだったところに新しいビルが建ち,店舗群も形成されている。

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 金沢八景駅前交差点から横須賀街道を北へ。右側にあった金沢八景ビルは取り壊され,新しいビルの建築が始まっている。

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 金沢八景ビルが取り壊され,新しいビルの建築が始まっている。その奥に金沢シーサイドラインの金沢八景駅が見える。

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 1180年(治承4年)創建の瀬戸神社。瀬戸三島明神とも呼ばれる。

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 瀬戸神社の正面から真っ直ぐ平潟湾に延びる琵琶島神社の参道。島のかたちが琵琶に似ているから琵琶島と呼ばれる。琵琶湖の竹生島の弁財天を勧請したことから琵琶島,ではないようだ。

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 横浜シーサイドライン金沢シーサイドラインの電車が駅を出て行く。

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 瀬戸神社の前から洲崎町にかけて釣船店が並ぶ。宮川の河口から東の洲崎町が,もともと金澤と呼ばれ,金澤村の中心的集落だったところである。

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 琵琶島神社から瀬戸神社を振り返り見る。まさに真正面に続いていることがわかる。ど真ん中で横須賀街道が両者を分断している。

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 琵琶島神社の参道から横浜シーサイドライン金沢八景駅を見る。地上とホームを結ぶ長い階段とエレベーター,そして延伸工事のために途中で分断された連絡通路が見える。ボラか何かが跳ねて波紋ができている。

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 琵琶島神社の参道と先端の円形部分を結ぶ赤い欄干の橋。

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 かつては橋の部分だけが少し高くなっていたことがわかる。

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 琵琶島神社と横浜シーサイドライン。

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 琵琶島神社と横浜シーサイドライン。

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 琵琶島神社から瀬戸神社を振り返る。

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 琵琶島神社の周囲が丸い島になっていることを写し込もうと思ったが,広角側24mmのレンズでは無理だった。

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 琵琶島神社と横浜シーサイドライン。

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 金沢シーサイドラインの電車が金沢八景駅を出て行く。

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 横浜シーサイドライン金沢シーサイドラインの電車。

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 金沢シーサイドラインの電車が平潟湾を渡ってゆく。

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 琵琶島神社の周囲の松の木。砂地でも生育する松は海岸や岩山にも生えるし,樹形も美しいし,不老長寿の象徴としてとてもめでたい木なのだが,車が走る道路の街路樹として適さないためか,(旧街道の街路樹は松並木が定番だが)街中で見る機会が少ない。

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 琵琶島神社の横の金沢八景駅に停車するシーサイドラインの電車。

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 数年後にはここが駅ではなくなり,電車が通過するだけとなる。

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 琵琶島神社の鳥居の横にしめ縄がまかれた神木がある。

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 福石。源頼朝が参拝したときにこの石に服を掛け,海水で禊祓(みそぎはらえ)したことから福石(服石)と呼ばれるらしい。江の島の福石と同様に石の前でものを拾うと福を授かるらしいが,そうそうものが落ちているわけがない。ゴミを拾って街をきれいにすると御利益があるという意味かな。

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 横須賀街道の金沢八景駅前交差点に戻る。

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 バスターミナルから横須賀街道に出ようとするバス。

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 写真左側が古くから横断歩道兼通路として使われてきた橋脚。この橋脚の真上にシーサイドラインが延伸すると思っていたので,京急金沢八景駅まで延ばすには異常な急カーブが必要になると考えていたが,なるほど橋脚の真上ではなく,こんなふうな使われ方になるのね……

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 新しくシーサイドラインの金沢八景駅になるあたり。奥が京急金沢八景駅。

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 京急金沢八景駅の正面にあったパン屋の「8K-アオキ」が移転して営業中。

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 金沢八景駅東口土地区画整理事業にともなう仮設店舗群の「せとこみち」。

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 新しいバスターミナル(とはいえたぶん仮設)とタクシーのりば。新バスターミナルは大きなロータリーになるのかと思ったが,それほどバスの発着数は多くなく,さらに最終的には駅前に移ることになることから,一直線のタイプとなった。

 ちなみに仮バスターミナルだった2008年3月,バスのりばは次のような寂しい感じだった。

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(2008年3月30日撮影の仮バスターミナル)

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 仮設店舗「せとこみち」。写真左がせとこみち南館,右がせとこみち北館。

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 新バスターミナルのまわりには飲食店のチェーン店やコンビニができている。

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 仮設店舗「せとこみち」。駅前にあった三本コーヒーショップや六浦園などが入店している。

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 区画整理事業が始まる前の駅前の店が全部入っているわけではなく,空き店舗も多いようだ。横浜シーサイドラインから京急への乗り換えが橋上駅上で完結すると,地上に乗り換え客が流れなくなる。「せとこみち」も含めて,新バスターミナルの周辺は魅力的だが,最終的に区画整理事業が完成すれば,バスターミナルは新しく駅前にできるロータリーに移ることになるだろう。個人商店は難しい判断を迫られていることになる。

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 せとこみちの西側の三本コーヒーショップの前から東側を振り返る。

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 工事現場をくぐって京急金沢八景駅へ。写真右が西口側への通路。橋上駅になると,西口側へ出るためには線路上の連絡通路を使うことになる。この線路下の通路が残るか廃止されるかは,駅の利用以外で駅の東西を移動する人には大きく影響する問題かもしれない。

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 京急金沢八景駅。

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 京急金沢八景駅のホームで帰りの電車を待つ。

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or SONY SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

金沢八景

【関連記事】
2006年4月23日 (日曜日):金沢八景は瀟湘八景に似てるの?
2008年3月30日 (日曜日):雨の金沢八景を歩く
2010年10月23日 (土曜日):六浦交差点から金沢八景駅へ
2013年4月14日 (日曜日):乙舳帰帆 野島夕照 平潟湾 野島の舟屋
2014年8月 3日 (日曜日):金沢八景東口地区土地区画整理はじまる

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2017年3月11日 (土曜日)

北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く

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北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く


 上大岡から京急線の品川行き普通(=各駅停車)に乗り,どこへ行こうかと考えながら拙ブログの過去記事を読んでいたら,前回北品川駅で下車したのは9年前の2008年3月ということに気づいた。

 もう10年近く北品川駅で下車していないことに驚く。再開発が急ピッチで進む品川駅北部ほどではなくても,新しい高層ビルが立ち並ぶJR品川駅港南口は近いし,北品川駅周辺が大きく変わっていても不思議ではない。あるいは,10年近く経ってもほとんど変わっていない可能性もある。とりあえず下車して歩き回ってみることに決めた。

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 北品川駅で下車。乗ってきた品川行きの普通電車を見送る。電車の行先にはJR品川駅港南口のビル群が見える。

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 北品川駅のすぐ横の踏切を渡ってすぐに旧東海道に出るのもいいが,まずは北品川駅の北側にある第一京浜の八ツ山橋の踏切を見てみる。踏切付近の大規模な工事が終わり,JR品川駅港南口側と第一京浜新八ツ山橋東詰交差点を結ぶ道路が踏切の下を通るようになったため,地上の(正確には築堤の)道路もだいぶ変わったのではないかと思っていたが,大きな変化はなさそうだ。

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 踏切の築堤からの下り坂にある都営北品川アパート(1966年昭和41年竣工)も健在だ。

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 八ツ山橋の踏切(品川第1踏切)の京急線の電車と都営バス。
 理想をいえば,品川駅方面に去って行く電車ではなく,向かってくる電車が写真に収まってくれたら嬉しいのだが,そうなるともう少しカメラを右に振らなければ構図のバランスが悪くなってしまい,しかも左端に写っているマンション「ペアシティルネッサンス高輪」が写らなくなってしまう。

 ちなみに「ペアシティルネサンス高輪」は1980年末の竣工で,同年結婚引退した山口百恵・三浦友和夫妻が最初に入居した高級マンションであることは知る人ぞ知る話であり,それを構図に入れるかどうかはますますどうでもいい話ではある。

 どうでもいい話を続けると,百恵ちゃんは芸能界デビューしたときに,横須賀市の不入斗中学校から中学3年生で北品川の品川中学校(現在は品川女子学院中等部に名称変更)に転校している。北品川駅のホームで電車を待つセーラー服姿の百恵ちゃんの写真が,当時の雑誌に掲載されたりしていた。初めての住居,ペアシティルネサンス高輪が,卒業した中学とは東海道線・山手線を挟んで斜向かいにあるというのはなかなかの巡り合わせである。

 品川中学を卒業した百恵ちゃんは,芸能活動への理解があり当時から多くの芸能人が通っていた堀越高校ではなく,普通の高校生として通いたいという理由で芸能コースのない日出女子学園に進学する。芸能人「山口百恵」ではなく,同級生と一緒のときには普通の高校生になれることに幸せを感じていたようだ。授業中にサインをねだった簿記の先生の授業を最後までボイコットしたりしつつ,出席日数不足で同級生から遅れること約3か月,6月末に無事に高校を卒業する(そんな日出女子学園も現在は日出中学・高校となって芸能コースが設置され,芸能人がとても多いようだ)。

 普通の高校生であることに幸せを感じ,特別扱いしない友人たちを大切に思う。引退〜引退後と同じだ。弱冠21歳の山口百恵が提示してみせた,大スターや売れっ子芸能人の座にあるより普通の主婦になるほうがとても魅力的であり幸せなのだとする判断は,いつの世も一般の民衆に対して説得力を持ち続けるはずだ。

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 北品川駅ホームのすぐ北にある品川第2踏切から南に続くのが旧東海道(品川宿・北品川本通り商店街)である。

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 旧東海道の北品川本通り商店街。「くさ餅」の幟が立つ枡翁軒。ちなみにATOKの候補は「草餅」「草もち」のふたつ。わかりやすい「草」をひらがなにして「餅」が漢字のままなのは不思議な「かんじ」。

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 枡翁軒の前の丁字路でこの写真(八百半商店)を撮ろうとしていたら,品川浦のほうから坂を上ってきたクルマが丁字路を曲がろうとして,たどたどしいハンドルさばき。私が立っていたのは路側帯の上だったけど,我が身の危険をも感じたので大きく道を譲って差し上げたら,なんとそのまま八百半商店の前に路上駐車,運転していた老人はそのまま八百半商店の中に消えていった。「撮れるときに撮るべし」は,このような短時間でも,数年から数十年のスパンでも,街歩き&写真撮影では鉄則だと思う。

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 北品川郵便局の前から北品川本通り商店街の北側を振り返る。野菜・果物の八百半商店はお客さんでいっぱいだ。

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 フローリスト「はなの樹」の前から北品川本通り商店街の南側を見る。

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 北品川郵便局の前。ちなみに品川宿の北寄りの北品川本通り商店街あたりには,幕府の命により歩行役(かちやく・人足役)が配置されていたことから,歩行新宿(かちしんしゅく)と呼ばれていた。

歩行新宿
(昭和22年発行の地理院地形図。「今昔マップ on the web」より)

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 路上駐車の老人が単なる八百半商店の客なのか(しばらくすれば立ち去る),付近の住人だったりして何十分も停めたままなのか気になりながら,郵便局の前に居続ける。写真の撮影時刻を見ればわかるように,八百半商店の付近に15分も立ち続けている……(なんと酔狂な)

 八百屋での買物に15分もかかるとは思えないので,あきらめて立ち去ろうとしたとき,私の目は見覚えのある老人の姿が店から出てくるのを見逃さなかった。

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 くさ餅の枡翁軒の前に戻り,最初に撮ろうと思っていた構図で撮影。ここまで約20分。そこまで時間を掛けて撮るような写真かと言われればそれまで。

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 せっかくなので問答河岸の碑が立つ丁字路の坂を下る。

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 多国籍料理「居残り 連」の横,八ツ山通りの交差点へ。

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 八ツ山通りの交差点にある多国籍料理「居残り 連」。交差点に面した看板建築の切り欠き(面取り・C面・Chamfer)が美しい。

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 八ツ山通りの栄歩道橋の下から都営北品川アパートを見上げる。

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 都営北品川アパートには都営バス品川営業所が併設されていて,そこからバスが次々に出てくる。

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 八ツ山通りから旧東海道を見ると,旧東海道がかなり高いところにあるのがわかる。

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 都営バス品川営業所の事務所棟。

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 都営バス品川営業所の前の交差点から路地を入ると,品川浦の船溜まりが見えてくる。その横には古い民家の家並みが残っている。

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 品川浦の船溜まり。

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 屋形船が並ぶ品川浦の船溜まりに小さな漁船が帰ってきた。

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 小さな漁船が屋形船の間を抜けて船溜まりの奥へ。

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 それにしても見事な古民家群。路地は未舗装で,中央に石畳がある。

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 建物も植栽も丁寧に手入れされていて,気品を感じる。

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 超高層ビルが立ち並ぶ街のすぐ近くに,このような家並みが残っているのは貴重だ。

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 八ツ山通りを歩いて品川浦船溜まりの南側へ。

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 品川浦がL字型になっている部分に架かる北品川橋。

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 豊かな水産物の水揚げがあり,海苔の産地でもあったかつての品川浦に思いを馳せていたら,突然耳をつんざく轟音が響き,現実に引き戻された。
 公道を走るゴーカートの集団だった。その姿からすぐに,任天堂が提訴したことがニュースになっていた「マリカー」だとわかった。そしてこれはやっぱり“あかんやつ”だと思った。任天堂には相当な苦情が届いたのだろう。個人が任天堂のキャラクターに扮して公道走行しているのならまだしも,レンタルサービスでの集団走行では言い訳できない。

 この後も北品川付近をブラブラしていたら,ゴーカートの爆音が何度も聞こえてきた。調べてみたらこの公道ゴーカートのレンタルショップが北品川にあるようだ。近隣住民の方,大変だね……

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 たくさんの屋形船が並ぶ品川浦と品川の超高層ビル群。

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 品川浦の対岸に先ほどの古い民家の家並みが見える。

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 品川浦(かつての目黒川)に架かるのは1925年(大正14年)竣工の北品川橋。橋のたもとに鮨処「石橋」がある。北品川橋の親柱は石積みなので,それにちなんで石橋なのか,ご主人の名前が石橋さんなのかは不明だ。

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 北品川橋の西側を振り返る。

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 旧目黒川の船溜まり。

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 旧目黒川の右岸(写真左)は河口にできた砂州で,幕府に魚介類を納める御菜肴八ケ浦のひとつ南品川猟師町(現在の東品川一丁目。洲崎とも)と呼ばれる漁業の町だった。沖は埋め立てられ,東京湾が遠くなってしまったが,猟師町だった頃の名残がかすかに感じられる。

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 北品川橋の上から北側を見る。

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 旧目黒川に沿って八ツ山通りを歩く。屋形船・釣り船「ひらい丸」の看板が立つ。

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 品川浦旧目黒川の一番奥。ここから上流側はすっかり埋め立てられ,品川浦公園となっている。

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 品川浦公園から旧目黒川を見る。

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 品川浦公園の横にある利田(かがた)神社。沢庵和尚が弁財天を祀ったのが始まりと言われ,かつて洲崎弁財天・洲崎弁天と呼ばれていた神社である。目黒川河口の南品川猟師町の沖は,江戸時代の中頃から南品川宿の利田吉左衛門によって埋め立てられ開墾(南品川新開場)されたことから利田新地とも呼ばれたという。

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 利田神社(洲崎弁天)といえば「鯨塚」で知られ,品川浦公園にはクジラのオブジェや遊具がある。

 1798年(寛政10年),品川沖に迷い込んだ巨大な鯨を漁師たちが浅瀬に追い込み捕獲,一目見ようとする人で浜は大賑わい。浜御殿(現在の浜離宮)沖まで運び,11代将軍徳川家斉が上覧するほどの大騒動になったという。その後,鯨の骨を埋めて祀ったのが利田神社脇にある鯨塚である。

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 八ツ山通りの台場歩道橋……の下の横断歩道を渡り,台場横丁の坂を上って旧東海道に戻る。

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 星野金物店の見事な看板建築。

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 星野金物店。レンガまたはスクラッチタイルの壁に銅板張りのパラペットがすばらしい。

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 星野金物店の前から旧東海道の南側を見る。

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 同じ場所を撮っても,広角側(この写真は24mm)と中望遠側(ひとつ前の写真は60mm)ではこんなに印象が変わってくる。

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 旧東海道と黒門横丁の交差点。

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 黒門横丁から旧東海道を振り返る。写真左側にあったはずの「天ぷら三浦屋」がなくなってる。がっかりしているところを,「マリカー」装束の外人軍団とすれ違った。こうやって時代は変わっていくんだな……

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 黒門横丁から法禅寺に抜ける。

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 臨海山光照院法禅寺。1384年(至徳元年)開創,芝増上寺の末寺である。

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 法禅寺の山門とレンガ塀。突き当たりが旧東海道である。

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 法禅寺。門の横に品川小学校発祥の地の碑が立っている。品川小学校は品川区で最も古い公立小学校で,法禅寺にあった寺子屋を引き継ぐかたちで開校したという。

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 法禅寺から旧東海道へ。

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 法禅寺の入口から旧東海道(北品川本通り商店街)の北側を見る。

 旧東海道は電線類地中化され,電線は共同溝に埋設されている。しかし,道路上から電柱をなくす無電柱化は行われていない。広い歩道のある道路であれば,歩道上に変圧器や開閉器を納めた地上機器を設置すれば良いが,旧東海道のような道路では設置場所の問題が大きいため,地上に電柱を残して,電柱の上にトランスを設置している(単柱頂部設置方式)。

 トランス用電柱(街路灯)から下がる東海道品川宿のバナー(垂れ幕)には,「きたしなカード葵」と書かれている。北品川地区の北品川本通り商店街・北品川商店街・京急新馬場商店街の三つの商店街共同のポイントカードらしい。

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 野菜・果物「マルダイ」とせんべい処「あきおか」の前。

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 喜楽すしの前の実用自転車。懐かしいロッド式ブレーキだ。

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 喜楽すしの横には品海公園がある。品海公園の入口には小さな街道松とともに品川宿と刻まれた石碑があり,「日本橋より二里 川崎宿へ二里半」と記されている。

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 トーモンハウスの前に東海道品川宿と書かれた門柱のようなものが立っており,ここから南が北品川商店街となる。歩行新宿と北品川宿の境もこのへんになるのだろうと思われる。

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 創業明治23年の老舗尾張屋の前から北品川宿(北品川商店街)を見る。このあたりから目黒川に架かる品川橋までが北品川宿である。

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 尾張屋の前から歩行新宿(北品川本通り商店街)を振り返る。

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 北品川商店街の米の専門店「新実商店」。その奥の緑に囲まれた山門は一心寺。

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 北品川商店街の丸屋履物店は1865年(元治2年・慶応元年),激動の幕末の創業である。店頭にはたくさんの下駄や雪駄・草履が並んでいる。店内には鼻緒をすげていない下駄も並んでおり,ちゃんとした職人さんがいる店らしい。すばらしいね。

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 一心寺。江戸三十三箇所(昭和新撰江戸三十三観音札所)の30番札所である。
 境内は広くなく,山門を入るとすぐに本堂が建っている。

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 一心寺の前から北側を振り返る。

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 一心寺の向かい側,養願寺(品川虚空蔵尊)に続く路地を入る。

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 一心寺側を振り返る。

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 品川虚空蔵尊(天台宗養願寺)。

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 品川虚空蔵尊の前から一心寺方向を振り返る。

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 狭い路地と虚空蔵尊(養願寺)の境内が一体化していて,路地を歩く人が自然に虚空蔵尊の本堂の前を通り抜けるようになっている。

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 虚空蔵尊(養願寺)には女性の参拝者が絶えなかった。

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 虚空蔵尊の南側に続く路地へ。この路地は虚空蔵横丁と呼ばれているらしい。

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 正徳寺を囲む虚空蔵横丁のレンガ塀。

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 正徳寺のレンガ塀と虚空蔵横丁。レンガは下のほうがイギリス積み,上のほうがフランドル積み(フランス積み)になっていて面白い。一般的にはイギリス積みのほうが新しい場合が多いので,施工時期の違いによるものでもなさそうだ。

 そもそも,なぜここにレンガ塀があるのかが不思議だ。由緒ある寺とレンガ塀が結びつかない。古い地図を見ていたら,大正8年発行の地形図のこの付近に学校を示す「文」マークがあることに気づいた。昭和に入ってからの地図には「文」マークが見当たらないが,それがレンガ塀に関係しているのかもしれない。そういえば法禅寺もレンガ塀になっていて,品川小学校発祥之地でもあった。

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 正徳寺のレンガ塀から北品川公園に続く路地に旅館「靜正」がある。

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 旅館「靜正」の横には壊れた井戸がある。このあたりは江戸時代に小泉長屋と呼ばれたところで,入り組んだ路地に共同井戸が残っていることで知られる。探せばまだ現役の共同井戸が見つかるはず。共同井戸の水質は飲用に適さなくても,散水などの生活用水としては十分利用でき,住民に大事に守られている。全国には,「名水百選」に選ばれているのに,飲用不可となっているその土地自慢の名水も多い。飲用に使わないのに,地下水が飲み水の環境基準を満たさないから“安全だけど安心じゃない”とか言っている都知事の行動に唖然とするばかりだ。

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 誰も遊んでいない北品川公園と,寂しく佇む黒猫。

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 入り組んだ路地の中にある北品川公園には飛行機のかたちをした遊具がある。しかも複座だ。印象的な遊具から「ひこうき公園」とも呼ばれるらしい。

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 レンガ塀のある虚空蔵横丁に戻る。

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 虚空蔵横丁から新馬場北口通りへ。

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 新馬場北口通りの京急新馬場商店街。

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 京急新馬場商店街(北馬場参道通り商店街)。以前は商店街の東西に「サクセス品川」という商店街アーチがあったのだが撤去されたようだ。サクセス品川商店街あるいは新馬場北口通り,または新馬場サクセス通りと呼ばれていたのは確かだ。品川神社の前の第一京浜北品川三丁目交差点から東海道北品川交差点まで続く新馬場商店街は,品川神社の参道として発達した商店街である。通りや商店街の名称が定まらないところに迷いが感じられる。

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 明治時代の一軒家を改装したレンタルスペース松本は,戦前は松本酒店,戦後はもつ煮込みが名物の居酒屋「松本屋」だったそうで,この日は山形の野菜を販売中だった。

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 新馬場参道通りから虚空蔵横丁を見る。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)に並ぶ看板建築。

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 お菓子の太子堂とリサイクルショップ桃色雛。

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 麺屋「まる」と休み処「品川宿参道」,桃色雛の並び。見事な三軒長屋の看板建築だ。

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 王将せんべいとさっぽろジンギスカン喜楽,そしてパン屋の龍月堂。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)は看板建築の宝庫だ。

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 サクセス品川(新馬場北口通り)から北馬場参道通りとなった商店街アーチ。赤い電車が走る京急線の高架橋の先には品川神社がある。

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 電線類の地中化でスッキリした北馬場参道通りの京急新馬場商店街。まだ「サクセス品川」だった2008年11月撮影の写真と比べると,そのスッキリ具合がよくわかる。

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 上の写真からわずか2分後の写真。撮ろうと思った瞬間に撮っておかないと,後で後悔することになる。

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 北馬場参道通りを東へ歩き,正徳寺の門前から京急新馬場駅方向を振り返る。

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 創業宝暦11年(1761年)の加藤畳店(創業時は湊屋)。写真右は正徳寺。

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 木村屋和菓子店とトモ薬局。

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 北馬場参道通り商店街のトモ薬局の看板建築。

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 北馬場参道通り商店街。

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 チャイニーズレストラン「野沢屋」の並びの看板建築。

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 ここの看板建築を2008年11月に撮ったときのようにもう少し引いた位置から撮影したかったのだが,ちょうど向かい側で建築工事をやっていて,その関係者のものと思われる車(工事用車両ではない)が路上駐車をしていて,引きの写真が撮れなかった。残念。

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 突き当たりのやまのて青果の前の道路が旧東海道。

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 北馬場参道通り商店街のミツワヤ化粧品店。ちなみに,上に書いた路上駐車の工事現場はここではない。

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 マルサングループやまのて青果。

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 旧東海道の花と園芸「花本園」と旬菜料理「竹乃家」。このあたりは北品川商店街となる。

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 北品川商店街の若素園と魚より。

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 東海道品川宿本宿「北品川商店街」と書かれた商店街事務所と中国料理「登龍」。

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 若素園と魚よりの間に緑の多い路地がある。

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 東海道品川宿本陣跡は聖蹟公園となっている。江戸初期には南北の品川宿それぞれに本陣が置かれたが,江戸中期に本陣は北品川宿のみとなったらしい。「聖蹟」の名は明治天皇の明治元年の行幸の際に行在所となったことから。

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 山手通りと旧東海道が交差する東海道北品川交差点。油そば専門店「ぶらぶら」の油っぽい名前に惹かれたが,がまんがまん……

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 山手通りを渡り,旧東海道をさらに南へ歩き,品川屋海苔店の前。このあたりも北品川商店街になる。「○○○品川店」と「○○○新馬場店」が混在している。

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 北品川商店街の品川宿交流館本宿お休み処。駄菓子屋や休憩所,多目的スペースが設置されている。

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 品川交流館の横から北浜公園に続く石畳の路地に割烹神戸家がある。

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 品川橋のたもと。

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 目黒川に架かる品川橋。品川橋を境に北品川宿と南品川宿に分かれることから境橋とも,昔は北品川宿の品川神社の天王祭と南品川宿の荏原神社の天王祭が同じ日に行われ,この品川橋の上で行き会ったことから行合橋とも呼ばれたという。目黒川の改修で南品川宿側にあった荏原神社が,目黒川の北側になってしまい,紛らわしくなった。
 品川駅の南に北品川があったり,品川駅が品川区ではなく港区にあったり,品川区では海岸通りと呼ばれる道路が,港区に入ると旧海岸通りになったり,紛らわしいといえば紛らわしいことだらけの土地であるとも言える。

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 目黒川の左岸にある北浜公園の北浜こども冒険広場。

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 目黒川の横の須山米店と新品川橋(洲崎橋)。

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 品川橋の上流に架かる赤い欄干の鎮守橋。荏原神社の参道に架かる橋である。大正末期から昭和にかけて,曲がりくねっていた目黒川を真っ直ぐに改修した際,南品川から荏原神社へ渡る橋が必要になり,1928年(昭和3年)に鎮守橋が架けられた。

 南品川から品川橋を渡れば,図らずも北品川側に移ってしまった荏原神社を詣でることは可能だが,荏原神社は南品川の鎮守だったから話は複雑だ。結局,荏原神社の氏子の拠出により,南品川地区から北品川を通らずに目黒川の北に移った荏原神社に直接参拝できる鎮守橋が架けられることとなった。

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 品川橋を渡って南品川宿(品川宿場通り南会商店街)へ。橋のたもとにある小さな建物は,どこからどう見ても旧交番っぽいが,特に説明書きは見当たらなかった。

 その向かいの城南信用金庫品川支店には案内板があり,信用金庫の場所が南品川宿の脇本陣の百足屋だったこと,東海道から荏原神社への道を天王横丁といい,荏原神社の鳥居の向きから往時の様子が推定できることが書かれている。
 地図を見ると,荏原神社から鎮守橋に続く参道の角度は北品川地区の町割りの角度とは違い,目黒川の対岸の南品川地区の町割りに一致することがわかる。

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 品川宿場通り南会商店街のまいばすけっとの前から品川橋を振り返る。

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 旧東海道の南品川宿の品川宿場通り南会商店街。写真右の建物のシャッターに「南品川一郵便局」の文字が残っている。現在郵便局は約100m南に移っている。

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 南品川宿の街道松の広場と「浜松宿の松(品川宿の松)」。浜松市の有賀氏から寄贈された樹齢80年の黒松で,1993年に植樹されたものらしい。

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 品川診療所のある四ツ辻。品川診療所の北隣には昭和ネオンの品川本社がある。

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 南品川二丁目児童遊園でトイレ&休憩。

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 南品川二丁目児童遊園の隣にある青波堂木庭印房(創業明治四十年)。その隣は床屋さん風だが,今は空き家になっている。

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 創業明治二十七年の富田屋工業所。軒下の古い看板は富田工業所となっている。

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 長徳寺の入口付近の旧東海道(品川宿場通り南会商店街)。このあたりになると「○○○品川」「○○○南品川」「○○○東品川」の他に「○○○青物横丁」がチラホラ。

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 写真右側が開校明治七年の城南小学校の正門。品川区立城南小学校と区立城南幼稚園の共用の正門になっている。長年川崎市と横浜市に住んできたため,幼稚園は私立という思い込みがあり,公立の幼稚園と小学校が併設されていることに驚いてしまったが,都市によってはごく普通のことなのかもしれない。

 城南幼稚園・小学校の正門付近から,旧東海道の商店街は青物横丁商店街となる。

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 1779年(安政8年)創業の松岡畳店。大正時代の建築である。

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 畳松岡の看板がある松岡畳店。

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 古い「魚長」の看板が残る居酒屋えいちゃん。

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 青物横丁商店街の焼肉「オモニ」。

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 派手な看板の焼き鳥店(店名読めず)の横に諏方神社の参道がある。

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 南品川二丁目の諏方神社。境内の狛犬は1831年(天保2年)につくられたもの。

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 旧東海道とジュネーブ平和通りが交差する東海道南品川交差点。竹内醫院の下見板張りの洋館は健在だ。

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 東海道南品川交差点から東側の八潮高校入口交差点・南品川二丁目郵便局方向を見る。青物横丁商店街のエンドウ豆風の街路灯が面白い。

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 東海道南品川交差点から旧東海道の南側(南品川三丁目)を見る。

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 東海道南品川交差点から西側の京急青物横丁駅方向を見る。

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 東海道南品川交差点のフードマーケット平野屋。もともとは1800年(寛政12年)創業の酒屋「平野屋」。

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 青物横丁商店街の街路灯は照明の部分がエンドウ豆風になっているだけじゃなく,柱の部分にも果物や野菜が刻まれている。

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 東海道南品川交差点のすぐ南,南品川三丁目の青横ファーマシー薬局。旧東海道らしい縦書きの看板に,創業平成三年と記されている。旧東海道とはいえ,江戸時代や明治・大正時代創業の店ばかりではないのだ。平成生まれでも既に二十年以上になり,昭和生まれの私は時の流れを感じる。

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 ジュエル靴クリームの矢場靴店。

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 青物横丁駅が近づいてきた。

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 青物横丁駅前のジュネーブ平和通りの青物横丁商店街。南品川三丁目にある品川寺(ほんせんじ)の行方不明になっていた梵鐘が大正時代にスイスのジュネーブの美術館に所蔵されていることが判明し,その返還交渉が契機となって品川区とジュネーブ市が友好都市の関係を結んだ。それがジュネーブ平和通りの名の由来になっている。

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 京急本線の青物横丁駅のガード下。

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 青物横丁駅前の横断歩道。モスバーガーの看板を見たら,腹ぺこだったのでハラペーニョがのったスパイシーチリドッグが無性に食いたくなり,足が勝手に横断歩道を渡ろうとしている。

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 横断歩道を渡る。看板通りなら50m先にモスバーガーがある。

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 京急線のガードをくぐる。

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 モスバーガーのスパイシーチリドッグにむしゃぶりつき,一休み。

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 青物横丁駅から京急線の普通電車に乗り,のんびりとした帰路につく。

北品川〜新馬場〜青物横丁 2

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or RICOH GR

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2008年11月29日 (土曜日):京急線新馬場駅周辺を歩く
2008年3月22日 (土曜日):北品川駅界隈(品川宿〜品川湊)
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