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2018年11月17日 (土曜日)

京急大師線に乗って小島新田へ

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京急大師線に乗って小島新田へ


 京急大師線の連続立体交差事業(地下化工事)のうち,産業道路駅〜小島新田駅間の地下化工事が2019年3月に完了し,産業道路の踏切が解消する。工事が完了する前の様子を写真に撮っておこうと思い,重い腰を上げた。

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 京急川崎駅で大師線に乗り換える。大師線ホームは地上にあり,行き止まりの頭端式ホームになっている。

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 大師線ホームに停車する小島新田行きの電車。隣の港町駅前に高層住宅が何棟も建ったりして沿線人口が増えているためだろうか,平日の通勤時間帯でもなく,川崎競馬開催日でもなく,ましてや初詣の時期でもないのに,車内は結構な乗車率だった。

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 京急川崎から約10分,あっという間に終点の小島新田駅に到着。当初は産業道路駅で下車するつもりだったが,たまに乗った大師線なので終点まで乗りたくなったのだ。

 以前は1面1線だったホームが1面2線になっている。

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 小島新田駅前。

 江戸時代にこのあたりの多摩川の河口を小島六郎左衛門が埋め立てて新田開発を行ったため,小島新田と呼ばれたことに由来する駅名らしい。Wikipediaを見るとそのように書いてある。

 明治時代の地理院地形図を見ると,ここには「田町」というちゃんとした地名が付いている。しかも,産業道路駅付近には「上田町(かみたまち)」,小島新田駅付近には「下田町(しもたまち)」という集落もある。現在の小島新田駅は田町二丁目に存在している。
 ここに「小島新田」の地名が見られるようになるのは,一帯が田んぼではなくなった戦後のことで,大東急による大師線の小島新田駅の開業とほぼ一致する。

 なぜ「田町駅」もしくは「下田町駅」にならなかったのだろうか。本当の理由はよくわからないが,「田町」の中心が上田町にあり,むしろ産業道路駅前と言えるエリアが「田町」だったため,小島新田駅は「田町駅」「下田町駅」を名乗れなかったのかもしれない。

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 小島新田駅。仮設駅舎かな。

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 小島新田駅の北側に接する「いつくしま跨線橋」をくぐって,江川二丁目を見る。小島新田駅から「いつくしま跨線橋」を渡った先には小島町の大部分を占める日本冶金工業川崎製造所の巨大な工場があるため,江川二丁目には日本冶金の社宅が多い。

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 いつくしま跨線橋の下が駐輪場になっている。

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 いつくしま跨線橋への階段。

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 小島新田駅前の小さな飲食店街……。以前は写真左側にも飲食店が並んでいたが,共同住宅になってしまったようだ。

 小島新田駅は大師線の駅の中で最も乗降客が多い(京急川崎駅を除く)。臨海部の工場への通勤の結節点になっているからだ。近年,乗降客数を減らす駅が多い中,小島新田駅の乗降客数はほぼ横ばい,ほんのわずか増加傾向にある。会社帰りに“一杯”の機会が少なくなったのだろうか。

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 小島新田駅前。狭い駅前広場にはタクシーが待機しており,周辺の企業等への客を運ぶ。

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 小島新田駅前の小さな飲食店街を歩く。

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 田町二丁目。

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 大師線の電車が到着すると,改札口からたくさんの人が出てきて,町に散っていく。

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 小島新田駅に引き返す。

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 いつくしま跨線橋への階段を上り,駅前を俯瞰する。

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 いつくしま跨線橋。小島新田駅の東側を南北に縦断する東海道本線貨物支線・神奈川臨海鉄道の川崎貨物駅の構内を跨いでいる。

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 川崎貨物駅。ハンプやカーリターダーなどは撤去されたとはいえ,今でもコンテナヤード部分は塩浜操車場と呼ぶのかと思ったが,全部ひっくるめて川崎貨物駅と呼ぶのが正しいらしい。

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 いつくしま跨線橋の小島新田駅方向を見る。

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 いつくしま跨線橋の小島町方向を見る。

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 晩秋の日没は早い。のんびりしていると暗くなってしまいそうなので,そろそろ産業道路駅に向かうことにする。

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 小島新田駅前。

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 ホームへ。

「電車はここより先に止まります」。

 ずっと昔,1年半だけ専門学校の講師の仕事をしたことがある。事務長だったかが某新聞社出身で,「○○新聞用語の手引き」に則らない言葉の使い方にとてもうるさく,「ここより先に」などと書くと「ここから先に」だろと注意されたことを思い出した。授業で使うMacintoshのデモをしたときには,メニューの「全てを選択…」にダメ出しされたっけ……。「全て」はダメ,「すべて」だろと(笑)

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 発車間際だった京急川崎行きの電車に乗り込む。

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 隣の産業道路駅で下車する。小島新田駅に比べると,こちらは地下化工事の真っ最中という雰囲気だ。

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 小島新田駅方に構内踏切がある。大師線は小島新田駅寸前まで複線だったが,上り線側を使って地下化工事を行うため,産業道路駅から先が単線になっている。

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 大師線の電車だけじゃなく,交通量の多い産業道路を走る車両を止めるわけにはいかないので,大がかりな工事になっている。

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 駅の仮設通路。

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 産業道路駅の改札口。

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 京急では創立120周年記念事業として,沿線の小中学生に駅名変更案を募集している。大師線連続立体交差事業により駅が新しくなる産業道路駅がその主対象だ。

 新駅名の候補として挙げられているのが「大師河原」駅。大師線は川崎大師平間寺へのアクセスのために作られた路線であり,川崎大師・東門前・大師河原と大師関連駅が並ぶのは致し方ない。

 さいたま市「見沼区」という歴史的にも誇れそうな地名が一部の住民に不評(なんでも「沼」という字がダメなのだとか)で,区名案に対して住民運動が起きたことがある。それと同様に「大師河原」の「河原」に違和感を感じるという声が上がる可能性はあるかもしれない。

 地図的には「大師ジャンクション駅」もわかりやすいが,「産業道路駅」と同様に地域住民が望まないだろう。

── RICOH GR

【関連記事】
2008年6月14日 (土曜日):京急大師線港町ブルース

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2018年11月 2日 (金曜日)

横須賀市浦賀でポテチパンを食う

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横須賀市浦賀でポテチパンを食う


 京急屏風浦駅近くの白旗商店街を歩いた後で腹の具合が悪くなり駅に戻った。そのまま帰ろうかとも思ったが,まだ午後3時……

 うっかり京急線の下りホームに登ってしまったので,そのまま下りの浦賀行き普通電車に乗り込み,惰性で終点の浦賀まで乗り続けた。

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 終点の浦賀駅で下車する。

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 浦賀駅周辺を歩き回る気力も体力も無く,このまま引き返そうかとも思う。
 しれっと引き返してSuicaで改札口を出れば運賃も発生しない……けど,勘違いや居眠りで乗り過ごしてしまったわけではないので,厳密には「誤乗区間の無賃送還」規則に該当しないし,無賃乗車をするなんておのれの矜持が許さない……

 というわけで,一旦改札口を出ることにした。

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 浦賀駅の横にある京急ストア。

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 浦賀駅の改札口前。

 たしか以前は駅構内に立ち食いそば屋があったと記憶しているが,どこにも見当たらない。立ち食いそば屋で遅い昼飯を食べようと思っていたのでがっかり。

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 浦賀駅前のバスロータリー。

 立ち食いそばが食べられないと思うと,無性に腹が減ってきた。しかし,駅周辺を歩き回る元気もない……と,駅構内にパン屋さんがあることに気づいた。

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 よこすか海軍カレーパン。

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 横須賀市民のソウルフード「ポテチパン」。

 ホームのベンチで横須賀っぽいパンを食べる。

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 浦賀駅のホームへ。

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 ホームに電車が入ってきたので乗り込む。

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 ただパンを食うためにはるばる浦賀までやってきたことになった。

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 ニコンのコンパクトデジカメ?

── RICOH GR

【関連記事】
2007年4月22日 (日曜日):太平の眠りをさます上喜撰 ─ 浦賀
2013年3月 9日 (土曜日):黒船が己が町にやってきた…浦賀

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2018年10月20日 (土曜日)

三井倉庫と廃船と貨物線瑞穂橋梁 神奈川

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三井倉庫と廃船と貨物線瑞穂橋梁 神奈川


 滝の川沿いに下って横浜中央市場内の(一般人も利用できる)食堂で美味いものを食べようと思い家を出た。以前中央市場に行ったときは日曜日で休場だったが,今日は土曜日だから大丈夫だろう。

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 上大岡駅から京浜急行のエアポート急行に乗り,仲木戸駅で下車する。駅前広場を挟んで向かい側にJRの東神奈川駅がある。

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 ザ・ステーションタワー東神奈川(写真右)の隣,東神奈川一丁目地区第一種市街地再開発事業施行区域で新たな高層ビルの建築が行われている。

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 仲木戸駅を振り返る。

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 JR東神奈川駅の駅ビル「CIAL PLAT」。

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 仲木戸駅横の京急線ガードをくぐり,京急線を振り返る。ここが天然温泉「INSPA横浜」の送迎バスのりばになっている。INSPA横浜はコットンハーバーにあるらしく,この後何度も送迎バスに遭遇した。

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 第一京浜(国道15号線)の神奈川二丁目交差点に向かって歩く。交差点の角に中華料理「吉田大飯店」がある。

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 仲木戸駅・東神奈川駅方向を振り返る。写真右側の道路はかつての貨物線跡で,線路は京急線のガード下をくぐり,東海道本線に繋がっていた。

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 第一京浜の神奈川二丁目交差点。

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 第一京浜の横浜駅方向を見る。高架線は首都高速神奈川1号横羽線。

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 歩道橋のアクリル板越しに第一京浜の鶴見・川崎方向を見る。

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 神奈川二丁目交差点の歩道橋のアクリル板越しに仲木戸・東神奈川駅方向を見る。

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 千若町の神奈川水再生センター上空を小型水上機が飛ぶ。何かイベントでもあったのだろうか。

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 入江川派川(入江川第2派川)に架かる村雨橋から首都高速神奈川1号横羽線を見る。

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 要塞のような神奈川水再生センター。横浜市で最大の下水処理施設で,神奈川区・西区・保土ケ谷区の大部分と鶴見区・旭区・港北区の一部を処理している。高度処理施設があり,処理水の一部は入江川せせらぎ,滝の川せせらぎに供給しているという。

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 神奈川水再生センターの前の千若町1丁目バス停。

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 千鳥橋。臨港幹線に続いているのでトラックやダンプカーが多い。

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 千鳥橋の上から入江川小派常盤川を見る。正面は三菱倉庫だが,その先に新浦島町一丁目のニューステージ横浜高層棟が見える。さらにその奥に見える高層ビルは新子安のオルトヨコハマビュータワーだと思われる。

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 入江川小派常盤川。

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 東海道本線貨物支線(高島線)の東高島駅構内の千鳥橋踏切。三井倉庫の倉庫群の先にコットンハーバーの高層ビル群が見える。

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 千鳥橋踏切から北東側を見る。

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 三井倉庫の倉庫群。三井の象徴でもある「丸に井桁三」マーク。

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 千鳥橋踏切。手動遮断機の残骸かと思ったが,それにしてはドラムが小さい。何の設備だったのだろう。

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 千鳥橋から入江川小派常盤川の南側を見る。

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 入江川小派常盤川と「丸に井桁三」の三井倉庫。

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 三井倉庫の倉庫群。

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 千鳥橋踏切をEF65が引く貨物列車が通りすぎる。

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 倉庫の「丸に井桁三」は豆タイルを並べて描かれている。

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 日塩株式会社の日塩倉庫の前に貨物線跡がある。瑞穂埠頭(横浜ノース・ドック)に続く貨物線(瑞穂埠頭専用線)だ。かつては国鉄高島線の瑞穂支線で,瑞穂埠頭に瑞穂駅(貨物駅)があった。瑞穂埠頭は終戦後に在日米軍に接収され,現在は横浜ノース・ドックとなっている。

 もともとは東神奈川駅から真っ直ぐ瑞穂駅まで貨物線が延びていた。この写真の駐車場のあたりで線路が分岐し,千鳥橋に平行に東神奈川駅方向に線路が延びていたことになる。神奈川水再生センターの前の道路に面した植栽は線路跡地だったものと思われる。

 神奈川水再生センターの正門が道路から少し引っ込んだ場所にあるのは,正門の前に貨物線跡(海神奈川駅跡)が通っていたためと推測される(=敷地が道路より引っ込んだ位置にあった)。

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 貨物線跡。線路が残っている。

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 千若町2丁目交差点から三井倉庫の倉庫群を振り返る。

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 貨物線跡のガーダー橋。

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 横浜ノース・ドックに架かる瑞穂橋と並ぶ瑞穂橋梁。長年使われておらず,錆びているが,線路が残っている。
 瑞穂橋から先の横浜ノース・ドックは米軍施設になるので撮影禁止である。2009年に瑞穂橋は接収解除になり,橋と共用道路が日本政府に返還されたので,瑞穂橋までは撮っても良いようだ。

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 瑞穂橋から瑞穂橋梁越しに出田町埠頭方向を見る。日本製粉横濱工場の巨大サイロが見える。

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 プレートガーダーと曲弦ワーレントラスが連続した美しい瑞穂橋梁。その錆までもが美しく感じてくる。

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 瑞穂橋から見た横浜。

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 遊覧船が行く。

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 瑞穂橋梁のワーレントラス。

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 曲弦ワーレントラスから下路式プレートガーダーへの美しいつながりの向こうに日本製粉横濱工場の巨大サイロが見える。
 複線分の幅があるが,線路は片側にしか敷かれていない。線路が複線になっていたことはあるのだろうか。

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 線路が米軍施設(横浜ノース・ドック)の中に消えて行く。これ以上近づいての撮影はアウトだろうと思われるので自粛する。

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 瑞穂橋(写真左)と瑞穂橋梁の並び。

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 けっこうしっかりとした線路が残っている。Googleマップを見ると,横浜ノース・ドック内の旧瑞穂駅の線路もかなりの部分が残っている。アスファルトの広い構内道路を横切っている部分も,線路を埋めたりせずに残しており,そこに何かしらの意図が感じられる。

 横浜港の各埠頭への専用貨物線は既にほとんどが撤去されており,残っているのは米軍施設の内側だけというのが興味深い。

 直接関係があるかないかはわからないが,沖縄の地図を見ると,都市部の海岸線で比較的自然が残っているのは海岸線に米軍施設のあるところだったりして,存外皮肉なものだなと思う。

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 瑞穂橋のたもとから横浜コットンハーバー地区を見る。山内埠頭において,横浜市中央卸売市場に隣接した橋本町二丁目を中心とした再開発地区である。写真左端に桜木町の横浜ランドマークタワーが見える。

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 みなとみらい地区の横浜ランドマークタワーやヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルのあたりにズームアップ……

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 瑞穂橋のたもとから見た瑞穂大橋。

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 横浜コットンハーバー地区。

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 港に面したデッキでバーベキューをやってる。

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 BAR「POLESTAR」とBAR「StarDust」が並んでいる。

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 Bar「StarDust」。

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 千若町2丁目交差点の横から瑞穂大橋を見る。千若町側から瑞穂大橋を渡ると横浜コットンハーバー地区となる。

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 瑞穂大橋のたもと。

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 瑞穂大橋。

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 瑞穂大橋のたもとの三井倉庫。

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 瑞穂大橋の上から見た三井倉庫の倉庫群(千若町保税蔵置場)。

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 港に突き出た荷揚げ用クレーンのある倉庫。

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 瑞穂大橋から横浜コットンハーバー地区を見る。

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 瑞穂大橋から橋本町2丁目交差点に降りていくトラック。運んでいるのは場所打ち杭用の鉄筋だろうか。「場所打ち杭」用の「既製鉄筋」ってのは,ちょっと矛盾しているようにも感じる。通常よりはるかに巨大な杭だから,プレテンション方式の既製鉄筋コンクリート杭にすると重量がとんでもなく大きくなってしまうので,コンクリートは場所打ちにするのかもしれない。

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 三井倉庫横の入江川小派台川に廃船がある。高島線の東高島駅構内の浦島第4橋梁が見える。

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 廃船。廃船になってからそれほど時間が経っていない。

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 カーブしたヒストリアレジデンス浦舟。東高島駅構内から横浜コットンハーバー地区を通って横浜中央卸売市場まで延びていた貨物線のカーブに沿った敷地を有効利用するため,建物全体がカーブしているのだと思われる。

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 会社道踏切から浦島第4橋梁と三井倉庫・入江川小派台川を見る。

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 JR貨物の東高島駅。写真左がヒストリアレジデンス浦舟。

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 会社道踏切の横から見た浦島第4橋梁と入江川小派常盤川。貨物列車が来てくれたら嬉しいなと思いながら撮影したが,そう頻繁に貨物列車が走っているわけではない。

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 入江川小派台川の北側に視線を移すと,錆の目立つガーダー橋が見える。

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 入江川小派常盤川を見る。さっき渡った千鳥橋が見える。

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 浦島第4橋梁と三井倉庫。

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 錆びたガーダー橋。神奈川水再生センターのあたりにあった海神奈川駅(貨物駅)から分岐し,高島線東高島駅まで延びていた貨物線の跡である。地図を見ると,その貨物線の跡は容易に推測できる。なぜなら,ゴルフ練習場のネットが廃線跡に沿うように設置されているためだ。

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 錆びたガーダー橋。東神奈川駅からここまで線路が延びていたのである。

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 JR貨物の東高島駅。

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 入江川第5小派川に架かる竜宮橋から東高島駅を見る。

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 竜宮橋のたもとから入江川小派台川沿いの道路(会社道?)を見る。

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 ゴルフ練習場(東神奈川ゴルフジョイ)。明治末から大正初期にここが埋め立てられた頃の地図を見ると,ここには大きな倉庫が建てられていた。埋め立て地の護岸壁がレンガ造りになっている。

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 竜宮橋方向を振り返る。

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 星乃橋(星野橋)から入江川第2派川を見る。

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 古い家並みが残る万代橋付近を通って横浜中央市場に向かうつもりだったが,さっきから体調が思わしくなく,このまま帰路に着くことにする。

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 ここには簡易宿泊所が並ぶ小さなドヤ街があったはずだが,更地になった跡地に新しいビルの建築が始まっている。違法建築物件で火災が発生し,大惨事となってしまった川崎市日進町での簡易宿泊所火災の影響で営業しにくくなったのだろうか。ここの簡易宿泊所が違法建築だったとは思えないが……

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 第一京浜神奈川二丁目交差点の上を走る首都高速神奈川1号横羽線の橋脚。太い橋脚の下に免震装置が設置されている。

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 第一京浜(国道15号線)神奈川二丁目交差点の歩道橋の上から横浜駅方向を見る。街路灯に亀と波の飾りがついている。浦島伝説は日本中各地に存在するが,このあたりにもそれが存在する。浦島町や浦島丘,亀住町……という地名にも現れている。

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 息切れしながら仲木戸駅に到着。京急線の柔らかなシートに座ってゆっくり帰ることにする。

── SONY α7R III + Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS

仲木戸〜千若町

【関連記事】
2013年2月 3日 (日曜日):富嶽五十六景神奈川沖浪裏〜ポートサイド
2010年3月22日 (月曜日):千若町の運河を歩く[神奈川新町〜仲木戸]
2009年2月22日 (日曜日):仲木戸から千若町付近の運河へ
2008年3月16日 (日曜日):仲木戸から滝の川を下る

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2018年10月 8日 (月曜日)

時間が止まったまま…… 鶴見線国道駅

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時間が止まったまま 鶴見線国道駅


 前の記事「猫に招かれ稲荷神社へ 花月園前~国道駅」からの続き。鶴見川河口の貝殻浜から歩いてたどり着いた鶴見線国道駅を見て回る。

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 アーチ状の橋脚が独特の雰囲気を醸している国道駅ホーム下。

 いろいろなところで“昭和を感じるレトロな駅”と紹介されて観光地化しているし,自分でも過去に撮り尽くしている気もするが,実際にこの様子を見ると“撮りたい”という気分がむくむくと湧き上がってくる。

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 さあ,国道駅を撮るぞ……と思ったら,何やらモデルさんを撮影している。

 イヤな予感……。気にせず国道駅を撮り続けてもいいけど,便乗してモデルさんを撮っていると思われるのもイヤだし,端のほうにモデルさんが写り込んで肖像権がどうのこうのと言われるのもイヤだ。

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 しばらく鶴見川方向に引き返して,反対側を撮ったりして時間を潰す……

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 運良くモデル撮影組はすぐに居なくなった。

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 釣船「荒三丸」の看板などがなくなって,空き家ばかりになっている。

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 居酒屋「国道下」は日曜祝日定休だから,今日は休みらしい。寂しい国道駅の下が,より一層寂しい雰囲気になっている。

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 国道駅の改札口。改札口の柵はなくなっているが改札口である。

 SuicaやPASMOで隣の鶴見駅から鶴見線に乗って国道駅で下車し,そのまま鶴見駅に引き返す際は,ここで入場用の改札機にタッチする。それで一旦は「改札口を出た」ことになる。

 関係者以外は「改札口を出られない駅」として知られる鶴見線海芝浦支線の海芝浦駅も,引き返す際は同じように入場用の改札機にタッチする必要があるのだが,それでも改札口は出られないことになっている。不思議である。
 海芝浦駅に改札口の柵があってSuicaが普及していなかった時代も,柵の外側は東芝の工場だから「改札口を出られない駅」と言われていたが,海芝浦駅から帰りの切符を買うためには,柵の外の東芝の敷地内にある券売機で切符を買わなければならなかった。それでも「改札口を出られない駅」と言われていた。謎である。

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 国道駅。

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 国道駅の第一京浜側の入口にある三宝住宅社。

 どうでもいいけど,三宝とは,仏教において「仏」「法」「僧」の2つの宝物を指す。さらにどうでもいいけど,ブッポウソウは「ブッポウソウ」とは鳴かず,コノハズクが「ブッポウソウ」と鳴く。煩悩の数は無限なり。

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 第一京浜側の入口から国道駅高架下を振り返る。ベニヤ板で塞がれた店舗が多くなっている。

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 国道駅高架下。

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 鶴見線の高架がカーブしながら鶴見駅に向かって延びている。

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 第一京浜(国道15号線)側の入口。「新国道架道橋」と書かれている。第一京浜国道を跨ぐ架道橋が新しく架け替えられたわけではなく,第一京浜の東側に並行する旧東海道に対して第一京浜が「新国道」というわけである。

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 お酒とお食事「とみや」の看板。「山は富士,酒は白雪」の清酒白雪である。

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 国道駅の切符売り場と改札口。

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 改札口からホームに続く階段。

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 階段の途中から改札口前を振り返る。衣料・雑貨「フリーウェイ」のシャッターだったところにベニヤ板が貼り付けてある。

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 国道駅の高架下。アーチ状の橋脚の独特の雰囲気……

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 上りホームに登ったらすぐに鶴見行きの電車が入ってきた。

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 ホームの様子を撮りたいので,この電車には乗らない。

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 鶴見駅で折り返してきた浜川崎行きの電車。

 鶴見線大川支線に比較的近年までクモハ12形旧国電が残っていたように,鶴見線にはE電(JR発足後の国電という意味。「電車特定区間」と言っても普通の人には通じないし,「国電」に代わる言葉がない)で使い古された車両が走っている。

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 高架下のアーチ状の橋脚と同様に,国道駅ホーム上屋のアーチ状の梁もまた美しい。

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 鶴見行きの電車がやってきた。

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 鶴見駅に到着。JR鶴見線とJR京浜東北線は同じJR東日本の駅だが,鶴見線ホームと京浜東北線コンコースとの間には中間改札口が設定されている。鶴見線がもともとは私鉄鶴見臨港鉄道だったことに由来する改札口ではあるが,鶴見線の駅がすべて無人駅であることから,不正乗車防止のための中間改札口であると推測される。

 上のほうに書いたが,鶴見線は,海芝浦駅や国道駅などが多少観光地化しており,無人駅で「改札口を出られない」ことが話題になるということは,逆に切符を買わずに(タッチせずに)鶴見駅に戻ってくる乗客も多いことを意味する。もちろん,切符を持たない客が全駅無人駅の鶴見線の電車に乗り換えて,切符を持たないまま下車することも防ぐことができる。

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 鶴見線鶴見駅のホーム。

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 電車は扇町行きとなって折り返していく。

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 京浜東北線と鶴見線の乗り換えコンコース。鶴見駅の西口駅ビルは鶴見臨港鉄道のビルであり,ひょっとしたらこのアーチ状の梁も,鶴見線開業時に鶴見臨港鉄道が作ったものではないかと思った。しかし,よく見るとアーチに使われているH鋼は比較的新しそうだ。

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 鶴見駅東口に続く跨線橋から京浜東北線鶴見駅ホームを俯瞰する。ホームドアが設置され,今年2018年3月から使用を開始している。神奈川県内のJR線では,鶴見駅が初めてのホームドア導入である。

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 待つことしばし,鶴見線の電車が戻ってきたのでシャッターボタンを押し,跨線橋を離れる。

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 JR鶴見駅東口。

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 JR鶴見駅東口の駅ビル「CIAL鶴見(シァル鶴見)」。「シァル」といえば横浜駅ビルという印象だったが,本家の「シァル横浜」は解体。その後は鎌倉や桜木町など,あちこちの駅ビルが「シァル」になっている。

 どうでもいいけど,ローマ字入力で「シャル」「シアル」は直感的に入力できるが,「シァル」はむっちゃ入力しにくい。

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 京急鶴見駅から京急線の電車に乗って帰路に着く。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS or iPhone 7

花月園前~貝殻浜~国道駅

【関連記事】
2008年4月 5日 (土曜日):鶴見川河口から国道駅へ
2011年2月22日 (火曜日):鶴見線エレジー
2004年11月21日 (日曜日):都会のローカル線,鶴見線乗り歩き
2004年1月24日 (土曜日):鶴見線の国道駅から鶴見川河岸(生麦)へ

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猫に招かれ稲荷神社へ 花月園前〜国道駅

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猫に招かれ稲荷神社へ 花月園前〜国道駅


 上大岡から乗った京急の普通品川行き,ここ最近降りたことがなかった花月園前駅で下車した。後で調べたら,花月園前駅で下車するのは2008年4月以来,約10年ぶりとなる。

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 花月園前駅西側の跨線橋から駅を振り返る。

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 花月園前駅西側。東海道線・横須賀線・京浜東北線・東海道線貨物線の線路がズラリと並ぶ。そして,西側にあったJFEグループの巨大な社宅ビル(旧日本鋼管岸谷社宅)が綺麗になくなっている。

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【参考】2008年4月に撮影したJFEの社宅。

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 花月園前駅東側の階段を降り,花商会商店街へ。鳩が飛ぶ商店街アーチがある。

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 京急花月園前駅横の踏切。

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 京急線・東海道線・横須賀線・京浜東北線・東海道線貨物線の線路が並んだところにある踏切なので,必然的に「開かずの踏切」となっている。

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 この日は久しぶりにSONYのα7Sを持ってきた。1200万画素と,今ではスマホのカメラにも見劣りする画素数のカメラだが,サイレントシャッター(無音シャッター)が切れるので手放せない。が,最新のα9とは違ってローリングシャッター歪みがあるので,目の前を高速で通過する電車を撮影したりすると歪みが目立つ。

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 画面の上から下まである被写体が動いていると,こんなふうにローリングシャッター歪みが発生する。

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 花商会商店街から踏切を振り返ると,踏切はずっと閉じたままだ。

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 花商会商店街を東へ。

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 花商会商店街の花月園前駅前通り。

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 花月園前駅の駅前の商店街アーチを振り返る。開かずの踏切は閉じたままだ。

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 駅前から北に延びる花商会商店街。八百金ちゃんは開いているが,その他はシャッターが閉まったままの店が多い。

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 花月園駅前公園に続く路地。三味線・御琴「菊屋」がある。

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 日用品こたか商店の前から開かずの踏切を振り返る。

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 花商会商店街の花月園前駅前通り。シャッターが閉まったままの店ばかりになっている。

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 第一京浜と平行に南北(北東から南西)に続く商店街。中華「みのり」とスナック「美乃利」が並んでいる。

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 花月園駅前公園に続くドンツキの路地。季節の味処「増喜」,本格的インド・ネパール料理「スワガタム」がある。

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 花月園駅前公園からドンツキの路地を見る。公園に繋がっているのでドンツキという感じがしない。

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 元は稲荷市場というマーケットだったところ。

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 シャッターが閉じ,稲荷市場という看板もなくなっている。

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【参考】2008年4月に撮影した稲荷市場。

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 シャッターが半分開いていたので,元稲荷市場の建物の内部を撮影。高感度にめっぽう強いα7Sなので,現役だった頃のような写りになった。肉眼では真っ暗である。

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 元稲荷市場の前から花商会商店街の南側を見る。すっかりシャッター街になってしまっている。10年前に商店街を歩いたときのブログ記事を見ると,10年前からシャッターが閉じた店が多いのは確かだが,ここまでひどい状況ではない。

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 元稲荷市場の前から立ち去ろうとしたら,近くに居た猫が「ニャーッ」とひと鳴きした後,こっちへ来いというふうに後ろを振り返りつつ歩き始めた。「ついてこい」と言っているように見えたので,後ろをついて行く……

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 猫が元稲荷市場の横の路地を入ってゆく。

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 猫がときどきこちらを振り向く。「ちゃんとついてこいよ」ってことか?

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 路地の写真を撮っていると,猫は立ち止まり,私が歩き出すのを待っている(かのようだ)。

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 元稲荷市場の裏の稲荷神社に連れて行かれた。稲荷神社にちゃんと挨拶していけということかな。

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【参考】2008年4月に撮影した稲荷神社。現在はなくなっている鳥居が健在だった。

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 拝んでいる間,猫は横で満足そうにこちらを見ていた。

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 商店街に戻り永井青果店前。

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 永井青果店の前から元稲荷市場を振り返る。

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 ぶどう棚のある花園保育園。

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 花商会商店街を南へ。スーパーマーケット「マルエツ花月園店」がある。商店街はシャッター街になってしまったが,マルエツがあればひととおりの買物は問題なさそうだ。

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 マルエツ花月園店の前から花商会商店街の北側を振り返る。

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 マルエツ花月園店の西側。元は何かの工場だったと思われる建物の半分がデイサービスセンター「なの花」になっている。

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 元工場の残り半分はトランクルームになっている。

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 第一京浜(国道15号線)の南仲通入口交差点。ここから旧東海道の生麦魚河岸通りまで生麦南仲通商店街が続いている。以前はここに商店街アーチがあったはずだが,それが撤去されている。

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 第一京浜の南仲通入口交差点。

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 生麦南仲通り商店街の林屋文具店とバイクショップヤギシタ。

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 生麦南仲通り商店街の林屋文具店の前から南仲通入口交差点方向を振り返る。

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 バイクショップヤギシタ横の路地を入る。

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 林屋文具店の横,岡田畳店の向かい側が更地になっている。

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 微妙に食い違いが生じている路地を西へ。

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 生麦郵政宿舎が5棟建ち並んでいる。

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 生麦南仲通り商店街方向を振り返る。

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 生麦郵政宿舎群。

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 生麦4丁目郵政宿舎B棟。

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 生麦郵政宿舎の先には第一京浜南町バス停付近の住宅が並んでいる。同じ建物が並んでいるので,帰る家を間違えそう……

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 生麦南仲通り商店街に戻る。

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 生麦南仲通り商店街のロック酒場「ヘヴン」。

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 生麦南仲通り商店街。すっかり賑わいがなくなっている。

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【参考】約10年前に生麦南仲通り商店街の同じ場所を撮影した写真。賑わっているというほどではないが,まだそれぞれの店が開いている。

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 生麦南仲通り商店街の「丸喜」「日本料理うお太」。

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 日本料理うお太の前から生麦南仲通り商店街の北側を振り返る。

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 菅原薬局。

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 生麦南仲通りと生麦魚河岸通りの交差点。

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 生麦魚河岸通り。

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 生麦南仲通りと生麦魚河岸通りの交差点にある根岸精肉店。思わずハムフライを買い食い。

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 根岸精肉店の前から生麦南仲通りを振り返る。10年前は根岸精肉店の向かい側には銭湯「松乃湯」があったが,駐車場になっていた。

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 鶴見川河口方向を見る。

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 トラックが停まっているところが銭湯「松乃湯」の跡地。

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【参考】2008年4月に撮影した銭湯「松の湯」。

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 旧東海道の中華信陽軒。

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 旧東海道を引き返し,生麦魚河岸通りへ。

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 生麦魚河岸通りから生麦南仲通りとの交差点方向を振り返る。

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 ひっそりとした生麦魚河岸通り。早朝だけ賑わい,日中はひっそりとしているのか。それとも一日中ひっそりとしているのかは不明。

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 生麦魚河岸通りの鮮魚「神高」の前。

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 横芳,髙橋海苔店。横芳の前に青い大きなポリバケツがある。店じまいしてしまったところにポリバケツが置きっぱなしになっているとは思えないので,早朝は営業していたのだと思われる。

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 横芳の横の路地から鶴見川河口方向を見る。

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 横芳の隣にも大きな青いポリバケツ。生麦魚河岸通りは,早朝に訪問しないと本当の姿がわからないようだ。

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 生麦魚河岸通り。

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 生麦魚河岸通り。

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 冬木森稲荷神社。生麦魚河岸通りの路地を入ったところには,驚くほどたくさんの稲荷神社がある。

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 冬木森稲荷神社の前の路地。

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 10年ぶりに歩いたが,見覚えのある路地。10年前にも同じところを撮影している。花月園前の駅前通りを真っ直ぐ歩き,生麦交番前交差点で第一京浜を突っ切って歩いてくるとここにたどり着く。

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 冬木森稲荷神社の前の路地を生麦魚河岸通り方向に引き返す。

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 生麦魚河岸通り。

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 路地を抜けて鶴見川河口に出る。

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 路地を振り返る。

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 鶴見川。

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 鶴見川の河口に架かる鶴見大橋が見える。

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 鶴見川の上流方向を見るとJR鶴見線の鶴見川橋梁が見える。鶴見川橋梁の鶴見川右岸側に国道駅がある。

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 鶴見川橋梁を鶴見線の電車が走る瞬間を狙って撮影。でも,あまりパッとしない。

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 わずかに残った貝殻浜(貝浜)で釣りをするおっさん。

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 貝殻浜の由来が書かれているのかと思ったら,単なる河口干潟との説明と安全利用の案内が書かれているだけ。貝殻浜がきちんとしたかたちで残されなかったのは,鶴見区や横浜市,そして河川事務所がそれを貴重なものだと思っていなかったからということがわかる。残念でならない。

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 貝殻浜の干潟は貝殻でできている。生麦の人たちが貝とともに生き,貝のむき身をとった貝殻が河口に堆積して白い貝殻の浜となったのが貝殻浜である。

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 貝殻浜の貝の蓄積。

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 貝殻浜。

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 貝殻浜。とても小さくなってしまったが,わずかでも残されたことに価値がある。

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【参考】護岸工事が始まった2004年1月に撮影した貝殻浜の写真。

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【参考】2004年1月に撮影した貝殻浜の写真。

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【参考】2004年1月に撮影した貝殻浜の写真。

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【参考】2004年1月に撮影した貝殻浜の写真。

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 子供たちが遊ぶ貝殻浜を離れる。

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 鶴見川河口の護岸。20数年前は護岸がまったくなかったわけだから,付近の方は鶴見川が増水したり高潮が発生したときにはたいそう不安だったろうと思う。

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 つり船黒川分家畑中丸の前の路地を通って生麦魚河岸通りに戻る。

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 慶岸寺。

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 生麦魚河岸通りの「かやぎや」。

 昔から漁師町として栄えてきた生麦の生麦魚河岸通りは,戦時中の食糧統制で魚を取引する闇市から生じたものらしい。戦後には正式な魚市場となり,最盛期には160軒もの魚貝商が並んだという(現在は30軒程度に減少)。

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 JR鶴見線の高架橋。

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 鶴見線の高架橋は国道駅である。

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 JR鶴見線の電車。

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 鶴見線のアーチ型の橋脚。

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 アーチ状の橋脚が特徴的な国道駅。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS or iPhone 7

花月園前〜貝殻浜〜国道駅

【関連記事】
2008年4月 5日 (土曜日):花月園前から鶴見川河口へ
2008年4月 5日 (土曜日):鶴見川河口から国道駅へ

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2018年9月23日 (日曜日)

思い出横丁から歌舞伎町へ 東京都新宿

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思い出横丁から歌舞伎町へ 東京都新宿


 前記事の《西新宿ヨドバシ帝国と『新宿の目』》からの続き。

 新宿駅西口へきたら,思い出横丁(ションベン横丁・ション横)には寄っておきたくなる。

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 小田急ハルク(小田急新宿西口駅前ビル)の北西部のスクランブル交差点。新宿駅西口と東口を結ぶ歩行者用のトンネル「角筈ガード(小ガード)」に続くこの通りは,旧青梅街道である。

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 新しい新宿パレットビル。

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「旧青梅街道(東口方面)」とちゃんと書いてある。
 三連休の中日ということもあるのだろうか,とにかく人の数が多い。

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 思い出横丁。

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 角筈ガードに続く丁字路。

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 旧青梅街道の新都心歩道橋下交差点方向を振り返る。但馬屋珈琲店本店は老舗の喫茶店。

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 角筈ガード(小ガード)への下り坂。せっかくなら中央・総武線緩行線の電車が横を走っている瞬間を撮影したいのだが,目の前を人が歩くのでなかなかシャッターが押せず,人並みが途切れたと思った瞬間には電車が走り去っていた。残念……

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 丁字路を振り返る。

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 電車が来るのを待ち続け,なんとか撮影できる瞬間をゲット。

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 新宿西口思い出横丁「柳通り(線路通り)」。

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 新宿西口思い出横丁の柳通り(線路通り)」の立呑み晩杯屋。

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 もつ焼専門「宝来家」。

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 思横秋祭りのポスター。思い出横丁を「思横」と省略するのは始めて見た。

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「私の後ろから タックルするなと 言ったはずだ…」Tシャツや「大迫半端ないって」Tシャツが話題になっていた。

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 思い出横丁の中通りへ。

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 思い出横丁「中通り」のやきとりタロー。

 とにかく人が多く,特に外国人の姿が多かった。

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 ひな鳥(ひなどり)。

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 思い出横丁の中通り。ソイ丼・元気丼の「つるかめ食堂」。“バカはうまいよ”も健在。

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 やきとり「五十鈴」。

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 思い出横丁に行列店ができていてびっくり。もつ焼き「ウッチャン」。並んでいるのは若い人が多い。あんなにディープだった思い出横丁が観光地になっている。なんだか時代が変わった感じだ。

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 閉店した「若月」が「もつ焼き縄文の豚」に。平日の昼間だけ「若月やきそば」が食べられるらしい。
 その向かいは安兵衛別館。

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 うなぎ「カブト」は日曜定休日。

 個人的に思っていることだが,思い出横丁中通りの魅力のひとつが,この鍵曲がりふうの四ツ辻。これがあるだけで路地が魅力的になる。

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 中通りが鍵曲がりになった四ツ辻。

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 四ツ辻から思い出横丁中通りの北側を見る。

 このあたりは1999年11月の大火でひどく焼けたところだ。火事を機に,思い出横丁も新宿パレットビル(新宿西口会館)のようにビル化されるのかと思っていたが,雑多なまま完全に復活した。観光地化し,外国人観光客にも人気だ。

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 四ツ辻から表通りに抜ける路地にもつ焼き「縄文の豚」の北側の入口がある。

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 四ツ辻を振り返る。

 表通りに出て四ツ辻側を撮っていたら,外国人観光客に「Omoide food street」はどこかと聞かれた。慣れない英語にドギマギしてしまった……

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 表通り。ゆるやかな坂の上のパレットビル側を見る。

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 表通りの新宿大ガード西交差点方向を見る。チケット大黒屋。

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 思い出横丁中通りに戻る。

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 四ツ辻から肩が両脇に触れそうな細い路地を東へ。

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 四ツ辻側を振り返る。壁に貼ってあるポスターのフチが丸まっている。肩が両脇に触れそうというより,実際に触れている人が多いようだ。

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 その狭い路地にも小さな鍵曲がりがある。

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 線路通りに出る。「安兵衛」は日曜日が定休日。表通りの「大黒屋」はチケット・金券の買取・販売,線路通りの「大黒屋」は地酒自慢の居酒屋……と思ったら,こちらは6月に店じまい。

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 養老乃瀧新宿西口店。隣の「ばんしゃく家」とともに改装工事中かな。

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 中通りの四ツ辻に戻り,南側を見る。左が「安兵衛別館」と行列のある「ウッチャン」,右がもつ焼き「縄文の豚」。

 街全体が観光地化して,行列店や人気店には若い人や女性の客が多くなり非常に賑わっているが,逆に昔ながらの「ションベン横丁」っぽさが感じられなくなっている。レトロの中にレトロ風が混じり,張りぼて臭が強くなっている。これでは,最近各地に増えている街づくりコンサル系が作り上げた路地飲食店街との違いがなくなってしまう。現実的に本物の「レトロ」より作られた「レトロ風」が人気なので,しかたのないことではあるが……

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 四ツ辻から中通りの北側を見る。

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 ラーメン・中華料理の「岐阜屋」。

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 岐阜屋。

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 岐阜屋の前から南側を振り返る。

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 中通りを北側に抜ける。

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 青梅街道の新宿大ガード西交差点。

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 思い出横丁中通りを振り返る。

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 青梅街道の新宿大ガード西交差点。

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 しかし,本当に外国人観光客が増えたなぁ……

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 思い出横丁の線路通り。炭火串焼「かっぺ亭」,ラーメン・餃子「岐阜屋」。岐阜屋は中通りから線路通りまで繋がっている。

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 大ガードをくぐり,青梅街道(靖国通り)の新宿大ガード東交差点。

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 ヤマダ電機LABI新宿東口館はYUNIKA VISIONのあるYUNIKAビルディング。やたら大音響のデジタルサイネージが可能なのは自社保有のビルだからか。大型映像装置ではオーロラビジョンやジャンボトロン,アストロビジョンに比べるとあまり耳にしない企業だけど,どこがどこの工場で作っているんだろう。

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 新宿大ガード東交差点から新宿駅東口のマイシティ……ではなくて,ルミネエスト新宿方向を見る。

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 新宿美装協会の「貼り紙・落書き・厳禁」の警告文が落書きや貼り紙でいっぱいになっている。ゴミまで置かれている。

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 モア街中央通り食堂横丁。DUGがこの先にあった頃はよく通った道だ。新宿のこのあたりには早くから熊本ラーメンの「桂花」と「肥後のれん」が進出していて,ここには「肥後のれん」があったが,移転したか店じまいしたようだ。

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 新宿大ガードを走る埼京線の電車。

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 靖国通りから歌舞伎町一番街を見る。

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 歌舞伎町一番街のゲート。

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 歌舞伎町一番街のゲート。

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 靖国通りの歌舞伎町交差点方向を見る。

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 靖国通り。正式名称は東京都道302号新宿両国線。靖国神社の真横を通ることから靖国通りと呼ばれる。

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 歌舞伎町一番街へ。さすがに人通りが多い。

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 靖国通り側を振り返る。

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 歌舞伎町一番街を北へ。

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 大学の卒業式の後,仲間同士で歌舞伎町に繰り出したところ,故郷の三春町で中学までクラスメイトだったH.H君とばったり。中学のときに背の高かった俺を一気に追い越して長身になったH.H君が,頭ひとつ飛び抜けた体躯で「おーい,田舎モンはこんなところを歩いてちゃダメだべ」と声を掛けてきたことを覚えている。「お互いにな……」

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 コマ劇場跡地へ……

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 新宿東宝ビル(写真左:旧コマ劇場)の横から中央通り(セントラルロード)方向を見る。

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 新宿東宝ビル。最近はこういう写真の水平が取りにくい建物が多い。

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 歌舞伎町一番街が旧コマ劇場前のシネシティ広場へ続いている。

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 カラオケ屋が並ぶ銀座通り。

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 カラ館レディース……

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 カラ館レディースの前から東側を振り返る。

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 銀座通りの歌舞伎町案内所組合西武新宿店の前の四ツ辻。海鮮居酒屋「凛火」のデカい看板。

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 四ツ辻からシネシティ広場方向を見る。

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 銀座通りを西へ。

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 焼きあご塩らー麺「たかはし」。“焼きあご”のラーメン,妙にそそるねぇ……

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 銀座通り。

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 銀座通りの四ツ辻に戻る。

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 四ツ辻からエビ通りに向かって歩く。

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 エビ通りの大衆割烹「あそう」の前。

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 エビ通りの西武新宿駅方向を見る。

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 エビ通りの大衆割烹「あそう」の前。

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 エビ通りを東へ。

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 新しい外観のらぁ麺「鳳仙花」。

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 喜多方ラーメン坂内。
 ラーメン屋がいっぱいだ。むっちゃラーメンが食いたくなった。

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 さて,ラーメンを食いに引き返す。どこにしようか悩んだが,妙に焼きあご塩ラーメンに惹かれた。「たかはし」まで引き返してラーメンを食う。

 食うのに夢中だったのでラーメンの写真はなし。

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 新宿大ガード東交差点へ。

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 それにしてもYUNIKA VISIONの音がデカいなぁ。他の街じゃ許されないんじゃなかろうか。

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 西武新宿ペペ(新宿プリンスホテル)。

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 新宿大ガードを走る埼京線の電車と西新宿の超高層ビル群。

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 歌舞伎町一番街の商店街アーチ。

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 靖国通りの横断歩道を渡る。

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 靖国通りの中央分離帯に留まって歌舞伎町一番街を振り返る。

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 秋の日はつるべ落とし。あっという間に暗くなってしまった。

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 靖国通り。

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 YUNIKA VISIONのあるYUNIKAビルディング(ヤマダ電機LABI新宿東口館)。

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 靖国通りの歌舞伎町交差点。

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 信号機が変わって車が走り始めているのに,のんびり歩いている人がいる。女性ばかり。え〜信じらんな〜い……

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 新宿モア4番街。

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 新宿駅東口へ。新宿通りに綺麗な月が出ている。

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 元祖大型映像装置のスタジオアルタのALTA VISION。こちらの音響はとてもおとなしい。

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 新宿駅東口のルミネエスト新宿(元のマイシティ)。

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 疲れたので湘南新宿ラインのグリーン車で帰る。

── SONY α7R III + Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS or iPhone 7

西新宿〜歌舞伎町

【関連記事】
2011年8月 7日 (日曜日):新宿「しょんべん横丁」に夕立が降る
2004年12月 5日 (日曜日):欲望の迷宮・新宿歌舞伎町
2004年2月16日 (月曜日):飽きずに新宿へ
2003年6月15日 (日曜日):新宿東西南北

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2018年9月16日 (日曜日)

寒川町一之宮から茅ヶ崎市香川へ

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寒川町一之宮から茅ヶ崎市香川へ


 2013年の6月に寒川駅から寒川神社まで歩いたときには,人口4万7千人を超え,相模国一の宮寒川神社の門前町である寒川町に市街地の集積がないことに少し驚いたのだが,古い国土地理院地形図を見たら,寒川駅の南側の寒川町一之宮地区に門前町(鳥居前町)としての集積があることに気づいた。

寒川町一之宮
 これが昭和29年修正の地理院地形図(「今昔マップ on the web」より作成)。一之宮地区,中瀬地区に市街地が見てとれる。
 中瀬という地名を見ると,さらに昔の相模川は現在の相模線のように一之宮地区の北側を通って小出川へ流れる流路だった可能性がある。そう考えると,国道1号線(旧東海道)の旧相模川橋脚が小出川のところにあることも理解できる。

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 戸塚から東海道線の下り電車に乗って茅ケ崎駅で下車する。

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 茅ケ崎駅で相模線の橋本行きに乗り換える。

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 茅ケ崎駅の相模線ホームは,東海道線のホームからほんの少し北側に離れたところに設置されている。鉄道省の東海道本線とは違って,相模線は相模鉄道として開業したことに由来する。

 東海道線のホームを185系電車の特急「踊り子」が走り抜ける。老朽化した185系電車は遜色特急とも揶揄され,その後に登場した高性能車両のE351系電車や651系・E653系電車が次々と主力車両から外れていく中,いまだに185系電車が元気に走り続けるのは謎である。

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 相模線の電車が寒川駅に到着。全線電化単線の相模線。寒川駅で列車交換するようになっている。

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 寒川駅の側線は1984年(昭和59年)に廃止された寒川支線(もともとは貨物支線)の名残か。

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 橋上駅から線路を見下ろす。

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 寒川駅南口。「新幹線新駅を寒川町倉見地区に」の看板が立つ。東海道新幹線の相模新駅(倉見新駅)の設置は,周辺自治体の悲願である。

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 寒川駅南口。北口に比べると駅前広場もなく,ぐっと寂しい感じである。

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 寒川駅前郵便局の前から東側を見る。

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 寒川駅東側の踏切。神奈川県道47号藤沢平塚線・45号丸子中山茅ヶ崎線「中原街道」である。

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 新鮮市場「なかや」。その奥はNTT寒川電話交換センタ……となっている。かつてはこの地域をまとめる電報電話局だったと思われるが,今はひっそりとしている。

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 青果「ことぶき」。

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 青果「ことぶき」。

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 中瀬交差点。

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 中瀬交差点から相模線の踏切を振り返る。

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 Welcome to SHONAN HAPPY Farm……

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 緑に囲まれた住宅街。

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 神奈中バスの景観寺バス停付近。

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 景観寺前交差点横の景観寺の山門。

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 景観寺の境内。

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 景観寺前交差点から見た景観寺。

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 寒川町一之宮の集落を寒川十字路交差点に向かって歩く。

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 一之宮八幡大神の鳥居。

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 寒川十字路バス停。

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 寒川十字路。

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 景観寺前交差点方向に引き返す。明神社の鳥居が見える。

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 明神社。

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 景観寺前交差点から県道44号伊勢原藤沢線を東へ。

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 筒井バス停付近。左側は旧道かな。

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 三角屋根が特徴的なカラオケのステージドリーム。

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 和菓子・洋菓子の湘南冨士美寒川一之宮店。

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 足もとヨシ!!
 シャッター画ヨシ!!

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 県道44号伊勢原藤沢線を東へ。

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 郊外の風景が続く。

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 大曲バス停。

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 湘南クッキーの自販機。

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 湘南クッキーの自販機。

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 湘南満月サブレを購入……

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 湘南クッキー自販機の横には喜多方ラーメン坂内。なんという偶然というか,昨日の夜,突然無性に“普通の醤油ラーメン”が食いたくなり,上永谷周辺に喜多方ラーメンの店があったら嬉しいなと言いながら,横浜環状2号線の「niるい斗」で生姜醤油ラーメンを食べたのだった。

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 暑かったので冷やしラーメンを食った。冷やし中華ではなく,山形県や福島県で食べられているタイプの冷やしラーメン。

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 香川駅入口交差点のスーパー「Fuji」。あれこれ話題のスルガ銀行……

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 香川駅入口交差点から香川駅方向に進む。

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 小出川に架かる聖天橋が見えてきた。

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 新しい聖天橋ができたばかりで,少し前までは左側(上流側)にあった仮設橋を使っていたようだ。

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 聖天橋から小出川の上流側を見る。雑魚すくいしたら楽しそうな川だ。

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 聖天橋から小出川の下流側を見る。
 小出川は寒川町と茅ヶ崎市の境界になっている。香川駅側が茅ヶ崎市である。

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 聖天橋を渡って茅ヶ崎市へ。

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 聖天橋架替事業についての案内板があった。設置場所を考えずに作成した案内板らしく,設置場所から見える風景と鏡像になっていて(川の流れや茅ヶ崎市・寒川町の向きが逆),違和感を感じた。

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 香川駅に向かって歩く。まだ畑が多く残っている。

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 聖天橋側を振り返る。

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 駅前に広い空き地が広がっている。ここは茅ヶ崎市内に4つの店舗を展開していたスーパーマーケット「クラウン」香川店の跡地らしい。検索すると,「クラウン」は2017年3月に横浜地方裁判所に自己破産を申請。他の地区の店舗は「マックスバリュ」としてリニューアルしたりしているようだが,駅前の一等地にある香川店跡地はどうなるのだろうか。

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 そのまま真っ直ぐ香川駅には向かわず,香川四丁目側をぐるりと廻る。

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 真新しい住宅地の中にある稲荷神社。

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 三叉路。サイトウ美容室とヘアーサロンアナミズが向かい合っている。

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 ヘアーサロンアナミズの前から香川駅方向を見る。

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 本格七厘炭火焼「宝源」。

 七輪じゃないのかと思って辞書を調べたら,どちらでも良かった。もともとの語源が,“ものを煮るのに七厘程度の炭で間に合う”ことからなので,むしろ七厘のほうが本来の意味に近いようだ。

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 花政の横にマーケット風の路地がある。

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 花の「花政」,鮮魚「魚賢」,居酒屋「かがわ より道」……

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 本庄青果。

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 スナック「さよこ」。

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 テントが良い感じだ。

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 さっきまで歩いていた香川駅正面の道に戻る。Night Lounge「Baran」。「Baron」かな。

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 肉の宮代商店。

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 肉の宮代商店の前から路地を振り返る。こういうマーケットは精肉・青果・鮮魚の店が揃っているとひととおりの買物ができるが,一軒でも店じまいするとあっという間に厳しくなってしまう。

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 突き当たりが相模線の香川駅。

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 香川駅。駅前が喫煙所になっている。

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 江南堂書店の前から香川駅バスのりばを見る。さらにその南側の静岡中央銀行香川支店の前に小さなロータリーが設置されている。ただ,マイカー利用者がそんなに遠くのロータリーを利用することは少なく,駅前の細い道路上に路上駐車しているようだ。

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 香川駅前から聖天橋〜香川駅入口交差点に続く通り。

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 香川駅前。

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 立呑酒場「カガワバル」,PATISSERIE「Fujimi」。

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 香川駅のホームへ。

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 香川駅のホームから駅前を見る。列車到着時間が近づくと,駅前の路上駐車が増える。

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 相模線茅ヶ崎行きの電車がやってきた。

── RICOH GR or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

寒川〜香川

【関連記事】
2013年6月30日 (日曜日):相模国一宮寒川神社の門前町 寒川

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2018年9月 1日 (土曜日)

土地区画整理事業で更地化 川崎多摩区登戸

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土地区画整理事業で更地化 川崎多摩区登戸


 登戸駅北側の土地区画整理事業が一気に進み始めているという話を聞き,久しぶりに登戸(のぼりと:川崎市多摩区)へ。

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 JR南武線の登戸駅で下車する。2006年に新しい橋上駅となり,広々としたコンコースができた。
 この日はたくさんの雨雲が関東地方上空にあり,いつ雨が降ってもおかしくない天気だったため,傘を持ち歩いている人が多い。

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 登戸駅前のJR−小田急連絡橋の上で背中のバッグの中からカメラを取り出した。駅や駅前にバッグやカメラを置ける台が一切見当たらない駅が多い中,登戸駅前にはドラえもんが見守ってくれる台があって,ありがたかった。

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 JR登戸駅の橋上化,小田急登戸駅の改良工事にあわせて整備された駅前交通広場。中央部(写真右側)に登戸区画整理駅前店舗(仮設店舗)がある。
 新しいビルはパチンコ・スロット・カラオケ……になっていて,なんとも残念な状況だ。

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 駅前交通広場の南側に以前からの商店街が残っている。

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 登戸駅のペデストリアンデッキと,わずかに残った駅前商店街。

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 ここまでの写真を見ると,「携帯の王子様」がやたら目立っていることを含めて,登戸駅前は9年前と比べてほとんど変わっていないように見える。

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【参考】2009年3月7日に撮影した登戸駅前の写真。この一郭は9年間ほとんど変わっていないことがわかる。

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 小田急登戸駅。路面のペイントだけでは左側通行が徹底できなかったらしく,三角コーンをロッドでつないで左側しか歩けないようにしている。左側通行と書かれていても右側を歩く,歩行禁止と書いてあってもエスカレータで歩く……,いかに自己中心的な人間が多いかという悲しい現実。

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 登戸駅前から宿河原駅方向を見る。看板が目立ちすぎて,「携帯の王子様」の写真を撮っている気分になってくる。

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 向ヶ丘遊園駅方向に延びる登戸駅前商店街。

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 小田急線登戸駅の高架下に長スパン部(開口部)がある。将来的には,ここが小田急線の東西を結ぶ動線になるようだ。

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 JRと小田急の登戸駅を結ぶ連絡通路(ペデストリアンデッキ)。

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 小田急登戸駅。

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 登戸駅前商店街。

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 駅前交通広場に降りる階段。

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 駅前交通広場には川崎市営バスが乗り入れている。神奈中バスは以前と同様に駅前交通広場まで乗り入れておらず,登戸駅前商店街を向ヶ丘遊園駅に向かって歩いた先の道路上から発着しているようだ。

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 携帯の王子様の前から東側を見る。

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 写真右端の高架橋が小田急線登戸駅のホームになっている。

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 駅前交通広場から川崎市営バスが出てきたところ。

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 登戸駅前商店街の向ヶ丘遊園駅方向を見る。小田急線の高架橋が地上にある向ヶ丘遊園駅に向かって下って行くのが見える。

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 宿河原駅方向から川崎市営バスがやってきた。行先表示板に「登戸駅」とだけ表示され,路線系統番号どころか,市バスという表記すらないのが特徴。

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 小田急線高架下の北口改札口の前を通り,小田急線の西側へ。

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 小田急線の高架ホームの下をくぐる。土地区画整理事業が進行している一郭だ。

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 昔からある細い商店街。左側にあったパチンコ店や多摩百貨店がなくなっている。

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 小田急線の横がすっかり更地になっている。

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 多摩百貨店があったところもすっかり更地になっている。

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 天福楼や関山果実店は健在だった。

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 関山果実店の前から商店街の西側を見る。

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 そば屋の「甲州屋」も健在。通勤で登戸駅乗り換えをしていた頃は,ずいぶん甲州屋を利用したっけ。そば屋のかつ丼やカレーライスは美味いに決まってるし,ここは確か開化丼も出してたはず。人生初の開化丼はここで食べたものだった。

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 関山果実店の前から登戸駅を振り返る。

 川崎市公式の「登戸駅西側まちづくり方針」資料(PDF)を読むと,区画整理事業後もこの街区の細い路地を残して,飲食店を中心とした賑わいのある『まち』を創出する区域として,カラー舗装化したり,自動車通行を禁止する交通規制を導入したりする予定だそうだ。

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 居酒屋「とん平」の《区画整理に依り当店はあと二年は営業して居ります。どうぞよろしく!》の貼り紙も健在だ。

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 甲州屋の前から登戸駅方向を振り返る。帰りには久しぶりに開化丼を食べようかな……

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 路地の飲食店街を西へ。区画整理事業で更地になった区域が見えてくる。

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 北向地蔵尊と馬頭観音の前の交差点へ。「登戸駅前商店会」と掲示された街路灯だけが,ここが商店街だったことを示している。

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 北向地蔵尊と馬頭観音。

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 北向地蔵尊と馬頭観音。

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 多摩百貨店があった商店街がきれいになくなっている。

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 カーブしながら向ヶ丘遊園駅北口前まで続く道。これでもバス通りである。

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 登戸駅北側交差点に続く踏切を南武線の電車が走る。ラーメン「王チャン」。私のような王・長嶋世代の人なら迷わず「わんちゃん」と読むんだろうけど,若い人は「おうちゃん」と読むかもしれない。ラーメン「王チャン」の読みがどっちなのかは知らない。

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 更地になった区画整理事業地区の向こう側を,最新の小田急ロマンスカー70000形電車(GSE車)が走る。小田急の前面展望車付きの車両は相変わらずカッコいいなと思いつつ,連接台車じゃないのはチト残念。やっぱり3100形電車NSEが一番カッコいい。

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 区画整理事業後に北向地蔵尊がどうなるのかが気になるところ。

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 登戸駅前商店会の街路灯の右側あたりに多摩百貨店の西側の入口があった。

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 空き地の真ん中で猫が香箱座りしてリラックスしている(縮小写真では小さすぎて見えない)。

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 北向地蔵尊を振り返る。

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 向ヶ丘遊園駅北口の「アトラスタワー向ヶ丘遊園」だけが目立つ。

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 小田急登戸駅の長スパン部分。やはり小田急線の東西を結ぶ開口部になるようだ。

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 何もなくなった通りを登戸駅前商店会の街路灯が照らす。

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 区画整理事業が完了した後,どのような街になるのかが楽しみだ。

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 ぽつんと残った登戸駅前郵便局。今から30年以上も前,朝の混雑する通勤電車の車内から,この郵便局に長い行列ができているのを何度か見た記憶がある。記念切符発売に並ぶ行列らしいと聞いたが……

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 小田急線の下をくぐって東側へ。

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 小田急線と平行して商店街が向ヶ丘遊園駅まで続いている。セブンイレブンの前に「登戸」バス停がある。以前,駅前交通広場がなかった頃は,登戸のバス停といえばここだった。

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 登戸駅前商店街のJR登戸駅方向を見る。ラーメン店チェーンの「むつみ屋」は北海道ラーメンの店で,かつては全国にチェーン展開しており,ウチの近くの下永谷にも店があったほどだったが,現在は縮小して溝の口本店のほかに5〜6店舗だけになっている。

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 登戸駅前商店街。

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 登戸駅前商店街。

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 珈琲専門店「オークラ」。普通の喫茶店が健在だ。

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 ホルモン番長。

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 寿司・うなぎ・天ぷら・お食事「新橘(しんたちばな)」。

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 登戸駅前商店街。やっぱり商店街はええなぁ。

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 登戸駅前に戻る。さっそく甲州屋に戻って開化丼を食べて帰ろうかな。

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【関連記事】
2009年3月 7日 (土曜日):川崎市多摩区登戸駅界隈
2005年12月18日 (日曜日):登戸・溝の口・そして小杉へ
2005年5月15日 (日曜日):向ヶ丘遊園から登戸へ
2004年7月24日 (土曜日):パーマ&散髪ついでに,登戸,小杉,川崎…
2003年9月23日 (火曜日):小田急線登戸駅は改良工事真っ最中
2003年5月10日 (土曜日):古さを残す登戸の街

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2018年8月19日 (日曜日)

「キタクリ」商店街 横須賀市北久里浜

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「キタクリ」商店街 横須賀市北久里浜


 6月末に梅雨明けした後,7月からは真夏日・熱帯夜が続き,7月23日には埼玉県の熊谷市で日本国内観測史上最高気温の41.1℃を記録するほどの猛暑となった。同じ日に東京青梅市で40.8℃,岐阜県多治見市が40.7℃,山梨県甲府市40.3℃と合計4地点で40℃を超え,気象庁が「命の危険がある暑さ。災害と認識している」と発表するほどの暑さである。

 長期の痛風発作後に体調を崩し外出することも少なくなっていたが,数日前から熱帯夜じゃない日が続き,日中の最高気温も30℃を少しだけ下回ったので,久しぶりにカメラを持って京急線の電車に乗った。

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 京急久里浜線の北久里浜駅で下車する。2面2線の相対式ホームがカーブに位置している。

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 唯一駅の西側にある改札口を出る。

 北久里浜駅が開業したのは久里浜線が開通した1942年(昭和17年)12月で,開業時の駅名は「昭南(せうなん・しょうなん)」。同じ日に開業した現在の新大津駅は「鳴神(なるかみ)」だった。同じ1942年2月「シンガポールの戦い」で英国に勝利してシンガポールを攻略した,そのシンガポールの和名が「昭南」,同年6月に攻略・占領したアリューシャン列島のキスカ島の和名が「鳴神」島であり,まさに戦意高揚のために名づけられた駅名といえる。

 戦後の1948年(昭和23年)に沼南駅は「湘南井田」駅に,鳴神駅は新大津駅に改称される。1963年(昭和38年)にやっと湘南井田駅から北久里浜駅となるわけだが,この「井田」の由来が謎である。駅の周辺の地名は鉄道の開業の前も後も「根岸」である。
 昭和19年修正の地形図を見ると,「せうなん」駅の西側は不自然に大きな空白になっており,ひょっとしたらここに軍事施設があり,それが戦後の「井田」への改称に関係があったのかもしれないが,軽く検索した程度では情報が出てこなかった。

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 北久里浜駅の駅前広場南側の一郭。

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 北久里浜駅前広場の北側の一郭。

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 北久里浜駅。駅の東側にはこんもりとした小山がある。山の裏側には大規模な新興住宅地が広がっている。

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 駅前ロータリーの真ん中にシンボルツリーがある。たぶんクスノキだと思う。

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 駅前広場から北側へ。

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 駅前広場を振り返る。シンボルツリーがまさに駅前のシンボルになっている。

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 北久里浜駅北の新大津第5踏切を通過する京成高砂行きの快特。

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 新大津第5踏切から北久里浜駅を見る。

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 大津諏訪神社御祭禮が一週間後に近づき,根岸二丁目にも提灯が飾られ,準備が整っている。

 大津諏訪神社は2024年には後鎮座千二百年となるため,2014年にプレ千二百年御柱祭りが行われたという。諏訪市から運ばれてきた全長15mの御柱が近くの神社から境内まで里曳きされ,建御柱が行われたそうだ。

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 根岸二丁目。

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 北久里浜駅を振り返る。

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 北久里浜駅前に戻る。

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 国道134号線の北久里浜駅前交差点。

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 国道134号線の北久里浜駅前交差点から北久里浜駅を振り返る。

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 そば処「多聞」。駅前ではあるが,駅から少し離れたところにある立ち食いそば屋だ。定休日ではないが不定休らしい。

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 そば処「多聞」と大成ビル2。

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 北久里浜商店街(「キタクリ」商店街)のメインストリートが駅前からカーブしながら北西方向に延びている。

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 北久里浜駅前交差点から一つ目の四叉路の南西側にあった飲食店街がなくなり,ハラビルディング北久里浜というビルに変わっている。

北久里浜駅周辺を歩く
【参考】2011年1月8日撮影のほぼ同じ場所の写真。

北久里浜駅周辺を歩く
【参考】2011年1月8日撮影の飲食店街の写真。

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 2018年8月19日撮影の写真に戻る。ビルに変わってしまった一郭の北側の「壱番館」のところに,少しだけ飲食店街が残っている。

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 そば・うどん食事処やきとり「壱番館」。真っ昼間から酔っぱらい達で賑わっている。

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 道路を横断した女子高生に釣られて,私も道路を横断してしまった。

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 壱番館横の小さな飲食店街。

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 小さな飲食店街を西へ。

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 入口の壱番館方向を振り返る。

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 ワンコインランチをやっている「TAJ KITCHEN」。チキンカレー・キーマカレー・ベジタブルカレーの3種類のうちのひとつとナンまたはライスのセットが500円。

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 平作川に続く路地。

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 平作川に架かる人道橋から居酒屋「えぷろん」がある路地を振り返る。

 人道橋を歩いてきた高校生たちが,どこの高校生なのかがちょっと気になった。地図を見ても,この先にそれらしい高校が見当たらないのだ。生徒の一人が脚をケガしていたらしく,松葉杖をついていた。そこで思い当たったのが佐原二丁目にある湘南学院高校だ。
 湘南学院高校から真っ直ぐ北久里浜駅に向かうと,途中で横須賀線の跨線橋と国道134号線湘南橋交差点の歩道橋,そして北久里浜駅前交差点(南から交差点に進入すると歩道橋を渡るしかない)と三度もしくは二度も階段を上り下りしなければならない。自動車優先で歩行者には厳しい,バリアフリーにはほど遠い構造になっている。
 それに対して平作川を人道橋で渡るルートは,横須賀線は横須賀森崎郵便局近くの佐原踏切で渡れる,平作川の人道橋は段数が数段しかない,国道134号線は北久里浜駅前交差点北側の横断歩道を渡れる,というように,松葉杖でも多少歩きやすい道路になっている。
 松葉杖だったり,痛風などで足や膝が痛いときの階段がどれほどつらいものか,健常者にはなかなかわからないものだ。

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 平作川の下流方向を見ると森崎橋が見える。

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 平作川の上流を見る。根岸橋が見える。

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 北久里浜「キタクリ」商店街のメインストリートに戻る。

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 壱番館の前から北久里浜駅方向を見る。

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 北久里浜商店街の御菓子司「壺屋」。上品な感じの季節の和菓子を手頃な価格で売っている。

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 薮そば。ランチタイムの営業が終わり,シャッターが半分閉まっていた。

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 薮そばの前の四ツ辻から平作川方向を見る。焼肉韓国料理「味楽苑」,中華料理「天津飯店」など,飲食店が点在している。

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 北久里浜「キタクリ」商店街とは東西軸を対象に右にカーブしながら国道134号線に続く道路。長谷川ビルの一階部分に商店が並んでいる。

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 麺酒場「ちょいちょい」袋麺食堂とその横の小さな飲食店街。酒肴処「ん」と小料理「あき」以外は以前とは違う店になっているようだ。

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 横須賀コロッケが気になったが営業していなかった。ここも居酒屋「八兵衛」以外は以前とは違う店になっている。

北久里浜駅周辺を歩く
【参考】2011年1月8日に撮影した写真。何も考えずに撮影しているが,2011年に撮影した写真とほぼ同じ場所になっている。街を歩いていて目の前に現れた風景をどのように撮影するかに関して,私はまったく進歩・進化していないようだ。

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 根岸交通公園と根岸第3公園に挟まれた交差点。

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 根岸交通公園沿いに東へ。根岸交通公園は一般の道路と同じ交通標識や信号機などが設置されていて,子供たちが自転車に乗ったりしながら交通ルールを会得できるようになっている。

 横須賀市公式の根岸公園(交通公園)の施設案内を見たら,“公園中央の園路は、舗装表面を特殊な樹脂でコーティングしてあります。この樹脂は、太陽の赤外線を反射する性質があり、熱を蓄えないため夏場の路面温度上昇を抑制することができます”という表現があり,仕事柄,妙に引っかかりを感じてしまった。

 赤外線を反射する性質=赤外線放射率なのだが,一般的にアスファルトもコンクリートも樹脂類も一様に高く,0.9ぐらいの値を持っている(100%放射する完全黒体は1.0。それとは逆にピカピカの金属面は0.1以下の小さな値となる)。むしろ太陽光を受けたときに熱くなるかどうかは太陽光(可視光)吸収率に左右される。こちらは赤外線放射率と違って,肉眼で見たときに真っ黒なのが0.9ぐらい(90%の可視光を吸収する),真っ白なのが0.1〜0.2ぐらいの値となる(吸収するのは10%程度,残りは反射するので白っぽい)。

 舗装表面が太陽光を受けたときの温度上昇を小さくするには,赤外線放射率を頑張って0.9から0.95にするよりも,見た目を黒っぽい色から灰色,できたら白にするほうが圧倒的に効果的である。

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 根岸交通公園の東側にむらせコミタスLPガススタンドとワイキャブタクシー事務所がある。その東側にはいづみタクシー横須賀営業所もあり,このあたりにタクシーが多いのはそのせいもあるらしい。

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 京急ストア,スパーク北久里浜店(根岸町三丁目)。わずか5〜600m西側の根岸町四丁目には京急ストア北久里浜店があり,京急ストア密度が高い。

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 炭火焼肉「まんぷく亭」。午後3時を過ぎ,遅い昼飯を食べる場所を探し始めたら,無性に腹が減って我慢できなくなってしまった。焼肉屋で冷麺なんてのもいいなと思って「まんぷく亭」に寄ったら,既にランチタイム営業が終わり準備中……

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 食い物屋の多い北久里浜駅前を目指して歩き始める。

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 横須賀オートガスのLPガスタンクローリー車。

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 横須賀オートガス。北久里浜はタクシーの飲食店街になっているらしい。

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 スズキダンススタジオのテントが目立つ蔦の絡まる共同店舗。

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 食い物屋が入ってそうだったが,営業していたのはカラオケ居酒屋のみ……

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 それにしても見事な蔦だ。

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 蔦もじゃもじゃ物件を振り返る。

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 北久里浜医院の西側は改修工事中。

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 北久里浜医院の東側は通常通り診療中。

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 ナーシングホーム北久里浜の横で国道134号線に出て,北側の根岸町交差点方向を見る。

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 国道134号線の南側の北久里浜駅方向を見る。

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 さかくら総本家の北久里浜店。

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 国道134号線の向こう側で新家系「きたくり家」が営業中。遅い昼飯はとりあえずラーメンにしよう……

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 北久里浜駅前交差点で国道134号線を渡る。

 新家系「きたくり家」の妙に重い扉を開いて食券の券売機の前へ進むも,店内が異様に暑い。
 そりゃ麺を茹でる鍋やスープの鍋があるのだから,ある程度暑いのはしかたがない。しかし,エアコンが故障しているのか,扇風機が全力で回転している。
 それなら,今日の外の気温は30℃以下なのだから,入口の扉を開けっぱなしにすれば風が吹き込んだりして少しは涼しくなるのに……と思い始めたら,店内の温度に気を遣わない店員に妙にイライラしてしまい無言で店を出た。

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 北浜寿司。

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 寿司屋で昼飯……に迷うが,午後3時までのランチタイムは終わっているし,刺身一人前2800円や上ちらし2550円を気楽に食えるほどの身分ではない。寂しく引き返す。

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 北久里浜駅前。

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 結局,駅前のモスバーガーへ。

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 最高気温30℃以下で,真夏日になるのをまぬがれた一日とは言え,この季節はやっぱり涼しい冷房は正義だ。

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 ナンタコスにかぶりつく。

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 北久里浜駅から快特泉岳寺行きに乗り込む。
 京急線の電車は,普段は混雑しない普通電車(各駅停車)にばかり乗っているが,日中の北久里浜駅に停車する電車は快特しかない。関東地方では珍しい転換クロスシートに座るのは何年ぶりだろうか……

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北久里浜

【関連記事】
2011年1月 8日 (土曜日):帰宅り破魔打つ正月 北久里浜

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2018年5月26日 (土曜日)

戸塚駅東口 郡上おどり in 戸塚

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戸塚駅東口 郡上おどり in 戸塚


 通院帰り,戸塚駅でJRから横浜市営地下鉄に乗り換える際に一度東口に出てみた。

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 戸塚駅東口の橋上改札からペデストリアンデッキ上に出る。写真左が戸塚モディ(ラピス戸塚1)とラピス戸塚2。

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 ラピス戸塚2と謎の巨大オブジェ。

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 戸塚駅東口広場南側のラピス戸塚3。写真右端はJR戸塚駅のホーム。
 ラピス2と3は学習塾だらけになっている。

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 JR戸塚駅の橋上改札口。

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 戸塚駅東口のシンボル,謎のオブジェ。

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 戸塚modi(モディ)。2006年9月までは丸井戸塚店だった。食料品売場が「まるい食遊館」として営業中。

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 戸塚モディの前から戸塚駅西口の「トツカーナモール」を見る。

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 戸塚駅東口から西口側のトツカーナモールを見る。

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 戸塚駅東口で柏尾川に架かる吉倉橋。その先の上倉田交差点には「アピタ戸塚店」がある。

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 トツカーナモール。

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 戸塚駅東口駅前広場のバスのりば・タクシーのりば。バスのりばの数がバスの本数の多さに対応できていないとか,運賃後払いのバスがバスのりばに長時間留まって邪魔になっているとか,街全体の設計が古くバリアフリーに対応していないとか,いろいろ問題を抱えている。

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 戸塚モディの北側の吉田町に出る。ここは戸塚・吉田・矢部と東海道戸塚宿の中心で,東海道本線と国道1号線の戸塚大踏切解消工事にあわせて実施された戸塚駅前地区中央土地区画整理事業で一変したところだ。

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 戸塚大踏切デッキ。「開かずの踏切」として有名だった戸塚大踏切に架かる歩行者用の跨線橋である。国道1号線の戸塚アンダーパスが開通し,戸塚大踏切デッキが完成したことで,戸塚大踏切は閉鎖された。

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 戸塚大踏切デッキ。

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 閉鎖された戸塚大踏切跡地には踏切だったことを示す絵と,踏切の写真が掲示されている。

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 踏切が閉鎖されたことでドンツキとなった旧東海道「とつか宿駅前商店街」。道路空間は「戸塚大踏切ひろば」となった。その「戸塚大踏切ひろば」では何やらイベントが行われていて,郡上節が聞こえてきた。

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 戸塚大踏切ひろばでは『郡上おどり in 戸塚』が行われていた。


 とつか宿駅前商店街の催し物かと思ったが,若い人がとても多く,しかも踊りは本格的だ。踊り終わった後の挨拶を聞くと,明治学院大学の学園祭の一環でもあるようだ。
 残念ながら踊りの最後に踊られる「まつさか(松阪)」しか見ることができなかったのだが(コライコライ),生演奏での生歌の唄声が惚れ惚れするほどすばらしかった(アヨイヤナーヤイトセー)。ツイッターの情報では「郡上おどり保存会」の方の唄声だったようだ。

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 戸塚駅東口入口交差点の上に出た月。

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 戸塚駅東口から戸塚駅東口入口交差点に向かってきた回送バス。

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 踊りが終わった戸塚大踏切ひろば『郡上おどり in 戸塚』会場。

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 戸塚区唯一の銭湯だった「矢部の湯」の跡地。昨年2017年9月30日に惜しまれつつ閉店した。

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 戸塚駅東口入口交差点から戸塚駅前を見る。

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 戸塚駅東口入口交差点。

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 戸塚モディの東側。

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 戸塚駅東口広場出口交差点を出て戸38系統保土ヶ谷駅東口行きの神奈中バス。

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 戸塚モディ(ラピス戸塚1)。

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【関連記事】
2014年9月19日 (金曜日):戸塚駅東口と戸塚大踏切
2011年8月20日 (土曜日):戸塚やべえ 矢部町
2006年9月10日 (日曜日):戸塚駅東口 矢部町を歩く

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