カテゴリー「・28 兵庫県」の32件の記事

2016年1月 8日 (金曜日)

有馬温泉から三田経由で天王寺へ

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有馬温泉から三田経由で天王寺へ


有馬温泉〜天王寺

 他の温泉地と同様に有馬温泉でも一人旅の客は歓迎されず,今晩の宿は大阪の天王寺に決定。三田経由で天王寺に向かう。

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 神鉄の有馬温泉駅(神戸市北区有馬町)から有馬口行きの電車に乗り込む。

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 有馬口駅(神戸市北区有野町)に到着。構内踏切を使って三田行きの電車に乗り換える。

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 有馬口駅の構内踏切で三田方面のホームへ。有馬温泉からの電車と新開地行きの電車は同一ホームで,待ち時間のない乗り換えが可能なダイヤになっているらしい。

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 有馬口駅のホームに三田行きの電車が入ってきた。新開地方面からの神鉄有馬線の電車は,そのまま三田線に乗り入れて三田まで運転されている。

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 神鉄三田線の電車が岡場駅(神戸市北区藤原台中町一丁目)に停車中。駅前にはダイエー藤原台店が核店舗となるエコール・リラ ショッピングセンターがある。ダイエー藤原台店は,この後イオン藤原台店となった。

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 終点の三田駅に到着。到着してすぐ,ホームの反対側にはウッディタウン中央からの公園都市線の電車も到着する。

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 神鉄三田駅のホームに新開地行きの電車とウッディタウン中央行きの電車が並ぶ。

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 神戸電鉄三田駅の改札口。

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 神戸電鉄三田駅。

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 JR福知山線の三田駅は橋上駅になっていて,ペデストリアンデッキを使って乗り換える。

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 三田駅前のペデストリアンデッキとキッピーモール(三田駅前一番館)。キッピーモールは三田阪急が核店舗になっている。

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 三田駅を発車する神鉄公園都市線のウッディタウン中央行き電車。

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 JR福知山線三田駅の改札口。

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 JR三田駅には,2005年(平成17年)のJR福知山線脱線事故のお詫びと追悼の言葉が今でも掲示されている。

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 JR福知山線三田駅のホームに高槻行きの列車が入ってきた。

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 のどかな福知山線の車窓。この後,宝塚駅までの区間は都市近郊とは思えない山間部をトンネルで抜けることになる。旧線は武庫川の渓谷に沿った車窓で知られた区間だった。

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 大阪駅で下車し,大阪環状線の電車に乗り換える。
 福知山線の列車は,かつては大阪駅が始発・終着が基本だったが,現在はJR京都線(東海道本線)やJR東西線(片町線・学研都市線)に乗り入れている。
 ディーゼル機関車が牽引する客車列車が比較的近年まで残り,のんびりしていた福知山線が急速に近代化し,京都〜大阪〜神戸の都市路線に組み込まれるようになって,少しの列車の遅れが他線区へ大きな影響を及ぼすことになったことも,JR福知山線脱線事故の遠因になったのではないかと思われる。

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 大屋根のある巨大な橋上駅舎が新しく作られた大阪駅。

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 大阪環状線のホーム。山手線が正確には品川から渋谷・新宿・池袋,そして田端間を結ぶ路線なのに対して,その名の通り環状に繋がった(今宮〜天王寺は関西本線との重複区間)大阪環状線だが,環状運転する電車はとても少ない。外回りの電車は天王寺止まりが多く,内回りの電車は天王寺からやってきて,環状線をぐるりと回った後で奈良や和歌山に向かう列車が多い。

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 東京では「♫丸い緑の山手線」という歌の通り,路線図の山手線は丸く描かれるが,大阪の環状線は,天王寺駅を中心に一直線に開いたかたちで描かれている。

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 大阪環状線の電車が終点の天王寺駅に到着。回送電車となる。

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 天王寺駅の中央改札口。

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日本最古の有馬温泉 湯本坂の町並み

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日本最古の有馬温泉 湯本坂の町並み


 有馬温泉の谷間の細い坂道「湯本坂」に並ぶ土産物店の家並みをみて歩く。

 日本書紀に舒明天皇が有馬の湯に入ったと書いてあるほどの歴史ある温泉は,江戸時代後期には有馬千軒と呼ばれるほど賑わったという。現在でも起伏の多い土地に近代的な大型の観光ホテルが立ち並び,日本でも有数の温泉街を形成している。
 そんな一大温泉街である有馬町の古くからのメインストリートである有馬本街道「湯本坂」には,昔ながらの木造の土産物店がずらりと並んでいる。

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 神戸電鉄有馬線の有馬温泉駅前。写真左が有馬温泉駅である。
 さくらやまなみバス(西宮市南北バス)のかぶとやま荘経由阪急夙川・西宮北口行きが坂を上ってきた。このまま有馬温泉バス停まで上っていくと転回する必要があるのでどうするのかと思ったが,どうやら有馬温泉バス停までは行かずに,すぐ南側の太閤橋交差点から有馬街道に入って,西宮市に向かうらしい。西宮まで乗ってみたくなる気持ちを,なんとか沈めた。

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 有馬温泉駅前から有馬川の上流にある温泉ホテル街を見る。

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 有馬川に架かる太閤橋から川を見る。川岸が整備されて有馬川親水公園になっている。こういう整備のしかたがもてはやされた時代もあったなあ……という印象だ。
 すぐ横には古泉閣の泉源の櫓がある。

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 六甲川と滝川の合流地点。ここから下流が有馬川となる。有馬川は三田市と神戸市北区の境界付近(福知山線の道場駅付近)で武庫川に合流し,六甲山地の東側を回り込んで大阪湾に流れ込んでいる。
 山の上に建つのが創業700年の老舗旅館,兵衛向陽閣。「♫有馬兵衛の向陽閣へ~」というCMソングは,東北で生まれ育ち,関東在住の私の頭の中にもこびりついているので,たぶん関東地方のテレビでも放映されていたはず。

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 有馬町・有馬・有馬温泉のバス停が並ぶ太閤通りは,滝川の暗渠を利用して幅員を広げている。
 写真右の三ツ森本店(三津森本舗)は,有馬温泉に湧き出る炭酸泉を使った炭酸煎餅の元祖だとか。

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 太閤通り。「太閤」とは,もちろん豊臣秀吉のことである。秀吉は,大火や戦乱や地震で被災した有馬温泉を保全保護し,再興に力を注いだという。湯山御殿を建て,9回も入湯に訪れるなど,よほど有馬温泉(湯山)が好きだったのだろう。

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 太閤通り。土産物屋の後ろは善福寺。

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 喫茶・パーラー「いずみ」。すぐ後ろにしだれ桜がある。

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 梅田・芦屋・宝塚行きの阪急バスのりば(阪急バス有馬案内所)と有馬観光物産店若狭屋に挟まれた細い上り坂が有馬本街道(湯本坂)である。

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 有馬本街道「湯本坂」。細く曲がりくねった坂道に,昔ながらの格子戸のある家並みが形成されていて,名産品や土産物の店になっている。

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 土産物の若狭屋と駿河屋の間の細道の階段。

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 有馬本街道「湯本坂」を少し上ったところから太閤通りを振り返る。木造三階建てが並ぶ光景に興奮する。

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 木造三階建ての橋乃家別館嵐翠案内所。

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 ほっこり饅頭の三ツ森まんじゅう店(三津森)と有馬本温泉「金の湯(きんのゆ)」。金の湯は公衆浴場(共同浴場)で,サラニサかを上ったところには「銀の湯」もある。

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 ほっこり饅頭の三ツ森まんじゅう店。

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 ほっこり饅頭の三ツ森まんじゅう店。三ツ森(三津森)は有馬温泉にたくさんの店舗がある。

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 有馬本温泉「金の湯」。

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 ありまやの前から松茸昆布・竹細工の大黒屋へと続く有馬本街道「湯本坂」。

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 松茸昆布・竹細工の大黒屋の前の湯本坂。

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 丹久化粧品店と炭酸煎餅本家三津森本舗。

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 お好み焼「一休」の前の湯本坂。

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 炭酸煎餅本家三ツ森本舗。

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 炭酸和ッフルの三津森本舗と「にしとら化粧品」。

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 お好み焼「一休」,三津森本舗と湯本坂。

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 三ツ森まんじゅう店。とにかく三津森本舗の店がいっぱい並んでいる。

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 湯本坂の川上商店と竹中肉店。この先が四ツ辻になっている。

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 湯本坂の川上商店と竹中肉店。この先が四ツ辻になっている。

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 有馬本街道の湯本坂。

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 有馬本街道の湯本坂。

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 湯山の香,有馬名物「松茸昆布」の川上商店。佃煮の老舗川上商店は創業永禄二年,室町時代後期の創業である。ここが本店で,有馬温泉街内に南店と山椒専門店の山椒彩家がある。

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 川上商店の前の湯本坂。

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 川上商店の前の四ツ辻と赤い郵便ポスト。

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 松茸昆布の川上商店と竹中肉店。

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 川上商店の前の四ツ辻と明石焼(明石玉子焼)の有馬十八番。

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 旅館「上大坊」。

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 とうふまめ清の横から四ツ辻を見る。

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 竹中肉店の横から四ツ辻を見る。

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 ありまサイダー「てっぽう水」。有馬温泉は日本のサイダー発祥の地といわれる。1908年(明治41年),飲料メーカーの「有馬鉱泉」が,湧き出る炭酸水に砂糖などを溶かしてサイダーを作ったのが始まり。炭酸の圧力でコルク栓が勢いよく飛び出すことから「有馬炭酸鉄炮水」と名づけたという。

 有馬鉱泉はその後別の飲料メーカーに買収され,有馬炭酸鉄炮水は姿を消したが,21世紀になって阪神淡路大震災で客足が激減した有馬温泉の復興のために“幻の味”を再現したらしい。

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 旅館「上大坊」,有馬十八番の前の湯本坂。

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 茶房「堂加亭」の前の湯本坂。

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 招き屋,ベンチタイムの前の有馬本街道湯本坂。

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 招き屋は招き猫を中心にした雑貨屋。

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 有馬名産人形筆製造元「灰吹屋」。

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 有馬名産人形筆製造元「灰吹屋」。

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 和風くれーぷと酒の器「ふじ笑」と神戸旅靴屋の紳士館。

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 神戸旅靴屋の紳士館(写真右)と婦人館(写真左)。

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 神戸旅靴屋婦人館,ひさご飴本舗。

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 神戸旅靴屋婦人館。

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 妬湯(うわなりの湯)と小さな社。妬湯は間欠泉で,最近では昭和30年代に湧出し,現在は湧出していない。江戸時代の本には,女子が盛装してこの温泉の前に立つと激しく湧いてとまらないとか,悪口を言ってののしればたちまち湧くと記されているらしい。

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 妬湯の前の飛び出し坊や。なんじゃこりゃ……

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 妬湯の前の有馬本街道湯本坂。

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 妬湯の横を少し入ったところにある有馬妬泉源。湯気が吹き上がっている。

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 もっと歩き回りたかったが,息切れがひどくなってきたので,このへんで駅に引き返すことにする。

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 招き屋の前のベンチで少し休む。商店街に座って休む場所があることは,商店街に賑わいをもたらすためにはとても重要だと思うのだが,こんなに簡単なことができていない商店街は多い。

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 旅館「上大坊」の前が人でいっぱいだ。有馬温泉全体に言えることだが,外国人観光客の割合がとても多いのが印象的だった。観光地はどこも同じような状況かもしれない。

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 湯本坂の四ツ辻。

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 郵便ポストがある湯本坂の四ツ辻。

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 とうふまめ清の前のソフトクリーム看板で順番に記念撮影する観光客。

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 佃煮元祖川上商店の前の湯本坂を下る。

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 六甲山から降りてきたようなスタイルの人も混じる。

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 有馬本温泉「金の湯」の前。

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 湯本坂を下る。

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 湯本坂の上り口へ。

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 湯本坂の上り口にある土産物の若狭屋と駿河屋(写真左)。

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 太閤通りの喫茶・パーラー「いずみ」と善福寺。

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 阪急バスの有馬温泉バス停と案内所。

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 太閤通りの有馬温泉バス停前の有馬籠轡の竹芸有馬籠くつわ。竹細工の他に土産物を扱っている。

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 蓬莱峡経由宝塚行きのバスが発車し,太閤通りに出てきた。

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 太閤通りに並ぶ土産物屋。

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 太閤通りを下り,神鉄の有馬温泉駅に向かう。

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 有馬川の有馬親水公園と有馬街道の太閤橋。

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 太閤橋交差点と温泉旅館「有馬御苑」。

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 神鉄有馬線の有馬温泉駅に到着。

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 有馬温泉駅の横が小さなタクシープールになっている。

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 有馬温泉駅のホームに停車する有馬口行きの3両編成デ1100形電車。2扉である。

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 ホームの反対側に有馬口からの電車が到着すると,こちらの電車の発車時刻である。

有馬温泉

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迷える子羊は神戸牛の夢を見るか? 三宮

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迷える子羊は電気神戸牛の夢を見るか? 三宮


 昨晩,寝転がりながら地図を見ていたら,有馬温泉の坂道に並ぶ土産物屋の町並みを歩いてみたくなったので,姫路から有馬温泉に向かう。宿屋に空きがあったら泊まりたいと思ったが,残念ながら宿泊は無理……

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 姫路駅南口。
 それにしても,もう少し事前に旅の計画を立てて,近くの町を効率的に見て回ったほうが幸せになれそうな気もする。せっかく姫路まで来たのに,姫路城も姫路の商店街も見ずに神戸に戻るのは,傍から見ると相当に間抜けだと思う。

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 JR姫路駅のホームから姫路城を見る。

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 姫路駅のホームに新快速湖西線経由敦賀行きが入ってきた。有馬温泉まで行こうと決めたのに,「敦賀」の文字を見て,このまま敦賀まで乗ってみようかという誘惑にも駆られるが,最近は長時間座っていると尾てい骨が痛くなることを思い出し,危うく断念することができた。

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 姫路から新神戸まで新幹線を使うほど急ぐ旅ではない。しかし,いつものペースなら山陽姫路から山陽電鉄に乗っているはずなので,新快速は私にしては珍しく高速での移動になる。

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 明石駅。明石駅前南地区の再開発が本格化し,再開発ビル工事のクレーンが林立している。

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 朝霧駅を過ぎたあたりで明石海峡大橋が見えてくる。神戸市垂水区から須磨付近までの車窓はすばらしい。山陽新幹線にはこのような車窓がないのが残念である。

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 山陽本線は西明石から複々線になっていて,新快速は先行する米原行きの快速を走行中に豪快に追い抜く。JR西日本の新快速は最高速度130km/hで,首都圏の特別快速のような名前だけの快速と違って,本当に速いんである。5年ぐらい前までは,同区間を走っていた特急よりもマジで速かったほどである。

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 三ノ宮駅に到着。

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 ホームの案内板には「JR西日本ではホームでの自撮り棒の使用を禁止している」旨の案内が流れている。ごく一部の人が,ホームに三脚を立てたり,危険な自撮り棒の使い方をすることによって,そのうちにホームでこのような写真を撮ることも禁止されるようになるかもしれない……などと本気で危惧する今日この頃。

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 柱頭に凝った装飾がある円柱に歴史を感じさせるJR三ノ宮駅のコンコース。1931年(昭和6年)に高架化にともなって現在の元町駅付近からここに移転したときに作られた駅舎である。

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 三ノ宮駅前のフラワーロードの三宮交差点。そごう神戸店の三宮阪神ビルの地下には阪神本線の神戸三宮駅がある。そごうの向かい側には“○I○I”の神戸マルイがある。

 数年前から阪急と阪神の三宮駅が相次いで神戸三宮駅を名乗るようになり,JR三ノ宮には神戸市から「神戸三宮」駅に改称してほしいとの要望があるらしい。JRには神戸駅があるから「神戸三宮」駅は紛らわしいと思うのだが,どうだろうか。神戸市は,JR神戸駅に隣接した神戸市営地下鉄海岸線の駅名を,なぜか「神戸」駅ではなくハーバーランド駅としており,いずれJR神戸駅をハーバーランド駅にしてほしいと考えているのかもしれない(とほほ)。

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 三ノ宮駅前,フラワーロードの三宮交差点。

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 神戸市中央区三宮町の「さんプラザ」と19階建てのセンタープラザ。三宮センター街や地下の「さんちか」に面した複合商業施設である。さんプラザの手前に三宮センター街のアーケードの入口がある。

 三宮(三ノ宮)という駅名は,三宮神社がある三宮町に由来する。駅の北側には二宮神社のある二宮町があったり,一宮神社もあって(そればかりか一宮から八宮神社まであって生田裔神八社という),駅の位置が少しズレていれば二宮駅になっていたかもしれない。

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 JR東海道本線三ノ宮駅前高架下の三宮センイ商店街と空港バスのりば。

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 三宮センイ商店街の前にある関西空港ゆきバス・大阪空港ゆきバスのりば。チラッと時刻表を見たら,日中は約20分間隔でバスが運転されているようだ。ベンチのある待合室が見当たらないのだが,そういうものなのかな。オイラの今の体調だと,立ったままここでバスを待つのはちょっとつらいなぁ……

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 東海道本線の高架下に並ぶ三宮センイ商店街。

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 三宮センイ商店街。1995年の阪神淡路大震災では壊滅的な被害を受けたが,震災直後の1996年にはアーケードが整備され,広い歩道のある商店街に生まれ変わっている。その名の通り,元々が戦後の進駐軍の横流れの洋服生地などを扱う高級なヤミ市としてスタートしており,現在でも色とりどりの生地や服飾系の店が多い。

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 東海道本線の高架下をくぐる。

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 東海道本線と阪急神戸線の高架橋の間の飲食店街。三ノ宮高架下市場と書いてあったので,市場のようなものがあるのかと思ったら,普通の居酒屋だった。

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 東海道本線と阪急神戸線の高架下に並ぶ飲食店街。「碁」阪急囲碁の先の茶房「ジャヴア」はバスケットボールのアブドゥル・ジャバーだろうか。あっ,ジャバーじゃなくてジャヴアだからジャワ島のJAVAコーヒーかJAVA茶だろうな。
 ちなみにアブドゥル・ジャバーは「スカイフック」という無敵のシュートを得意としたバスケットボールの選手で,試合中にゴーグルをするのが特徴だった。

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 ギョウザ専門店の多い一郭。

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 歩道の上にアーケードがあるサンキタ通り商店街(三宮阪急前商店街)。昭和28年に神戸で初めてアーケードを作った商店街らしい。
 写真左のナムコランドがあるのは神戸阪急ビル西館。東隣にある神戸阪急ビル東館は阪急神戸三宮駅の上に被さるように作られた神戸のシンボル的な建築物「阪急会館」だったが,1995年の阪神淡路大震災で被災し,解体され,仮設ビルとなっている。その仮設ビルも,この日から3日後の2016年1月11日に閉館し,新しい三宮のシンボルとなるビルが建つことになる。

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 サンキタ通りの立ち食いラーメン「山笠ラーメン」。

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 サンキタ通り商店街のアーケードにステーキランド神戸の看板が並ぶ。

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 サンキタ通り商店街。写真右が阪急神戸三宮駅。

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 北長狭通一丁目の路地へ。

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 飲食店が並ぶ。男はつらい……

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 北長狭通一丁目の繁華街。

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 素人若妻・人妻・お姉さんとの秘密の…など,ヘルシーな店が集まる一郭。

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 生田新道商店街の新道モール。地下には神戸市営地下鉄山手線の三宮駅がある。生田新道と生田ロードの交差点には東急ハンズ三宮店がある。

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 生田新道から生田神社の東側を北に延びる生田東門商店街,通称「東門街」。

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 生田東門商店街「東門街」の大きな商店街アーチ。

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 生田東門商店街「東門街」は兵庫県随一の歓楽街で,大阪の北新地と並び称された“神戸の夜の顔”だという。

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 生田神社の参道「IKUTA ROAD」生田前筋商店街。生田神社から南へ450mほど延びる商店街である。

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 生田新道から生田前筋商店街「IKUTA ROAD」を見る。神戸牛を食わせる店が多い印象。洋菓子店を増やして「スイーツ通り」にする計画があるらしい。
 奥に見える高架橋は阪急神戸線・JR東海道本線のもの。

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 生田神社の鳥居と東門街のアーチ。

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 日本書紀によると,生田神社の創建は神功皇后元年(201年)。『日本書紀』神功皇后条巻第9(神功皇后摂政元年2月)には,「吾は活田長峡国(いくたながをのくに)に居らむとす」とのたまふ。因りて海上五十狭茅(うなかみのいさち)を以て祭(いわ)はしむ」と記されているそうだ。

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 生田神社の楼門。門松ではなく杉飾りが立っている。

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 生田神社の楼門。

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 拝殿の周囲にはびっしりとおみくじが結わえ付けられている。おみくじ専用のネットが張ってある。このネットがないと,たぶん無粋な現代人は境内の樹木の枝にびっしりおみくじを結わえ付けてしまうんだな,たぶん。

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 生田神社の拝殿。阪神淡路大震災で倒壊した拝殿の映像は衝撃的で,今も記憶に残っている。
 平安時代の法政書である『新抄格勅符抄』に,806年(大同元年),神社に奉仕する封戸の神戸(かんべ)が朝廷より与えられたと記されているらしく,「かんべ」→「こうべ」と変わって現在の神戸(こうべ)という地名の語源になったともいわれる。生田神社は神戸の起源でもあるのだ。

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 境内を引き返す。

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 生田神社の拝殿の裏にうっそうと繁っているのが「生田の森」。

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 楼門の前に立つ杉飾り。
 かつては生田神社の周囲に松の木が植えられていたが,延暦18年の洪水で神社が流されそうになったときに,松の木がまったく役に立たなかったという故事があるため,生田の森には松は一本もなく,正月には門松ではなく杉飾りを立てるそうだ。

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 東門街の呑み屋横丁。

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 東門街の呑み屋横丁に一升瓶が並ぶ。

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 呑み屋横丁の洋食屋「赤ちゃん」。町場の気どらない洋食屋さんで,近所にこういう店があったら入り浸りになりそう。

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 兵庫県随一の歓楽街,生田東門商店街「東門街」だが,日中はパッとしない感じだ。

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 生田東門商店街「東門街」の裏路地。

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 東門街の裏路地。

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 生田東門商店街「東門街」。山手通りに向かって緩やかな登り坂になっている。

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 中山手通一丁目。

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 こっちの写真のほうがよかったかな……と思いつつ,両方ともアップする。写真の選別が面倒なので,だらだらと大量にアップするのが拙ブログ流。

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 東門街の生田新道側にある商店街アーチ。

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 生田神社側にある東門街の商店街アーチ。

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 神戸牛の店から逃げ出そうとする牛と,それを追いかけるスパイダーマン。

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 生田新道と生田前筋商店街「IKUTA ROAD」の交差点。

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 神戸市営地下鉄の三宮駅へ。西神・山手線の三宮駅と海岸線の三宮・花時計前駅とは約300m離れている。

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 神戸市営地下鉄西神・山手線の三宮駅の切符売場。市営地下鉄から直通運転の北神急行電鉄北神線と神戸電鉄を乗り継いで有馬温泉までの切符を買う。

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 三宮から市営地下鉄海岸線の「みなと元町」や「ハーバーランド」までの切符を買おうとすると,地下連絡通路で地上に出ることなく歩いて行ける三宮・花時計前駅からの切符ではなく,新長田駅乗り換えの経路が案内されてる。ちょっと驚く。

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 神戸市営地下鉄西神・山手線の三宮駅のホームに谷上行きの電車が入ってきた。この電車が北神急行電鉄北神線に乗り入れて谷上まで行く。

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 新神戸から六甲山地の中を貫く全長約7kmの北神トンネルを抜け,北神線の谷上駅に到着。神戸電鉄有馬線の電車は同一ホームでの乗り換えとなる。

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 谷上駅のホームに神戸電鉄有馬・三田線の三田行き電車が入ってきた。

 驚くのは,4分後,同じ3番線に反対方向の新開地行き電車がやってくることだ。神戸電鉄有馬線の電車は,三田行きの電車も,新開地行きの電車も谷上駅では同じ3番線に停車するのである(日中のみ)。神戸電鉄有馬線は有馬口駅まで基本的には全線複線だし,谷上駅には1番線から6番線まである中で,1〜3番線が神戸電鉄専用のホームだ。こうすることで,北神急行電鉄北神線・神戸市営地下鉄と神戸電鉄を乗り換える乗客は同一ホームで乗り換えることができる。

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 神戸電鉄有馬・三田線の電車は,有馬線の終点有馬温泉まで行かず,その手前の有馬口から三田線に乗り入れて三田に向かう。
 ここで,有馬口駅と有馬温泉駅を往復する有馬線の電車に乗り換える。

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 有馬口駅のホームに停車する有馬線の有馬温泉行き電車。構内踏切を使っての乗り換えとなる。

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 有馬口駅から有馬温泉駅までは神戸電鉄らしい急勾配だが,距離はわずかに2.5km。あっという間に有馬温泉駅に到着する。短い距離にもかかわらず数年前まで新有馬駅という途中駅があったというのが面白い(形式上は40年間ずっと休止中だったが,2013年2月末にとうとう廃止された)。

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 終点の有馬温泉駅で下車する。

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 乗客が全員下車し終わった頃,ホームの反対側から有馬口行きの電車が発車してゆく。

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 有馬温泉駅の改札口。

三宮〜生田神社

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2016年1月 7日 (木曜日)

網干の町を歩く 新在家から興浜へ 山陽網干

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網干の町を歩く 新在家から興浜へ 山陽網干


 去年のゴールデンウィークに時間がなくて歩けなかった網干の町を歩く。網干といっても,JR網干駅ではなく山陽電鉄網干線の山陽網干駅界隈である。

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 高砂駅で乗った姫路行きの普通電車が大塩駅に停車。高砂の街をゆっくり歩いたため,時刻は既に午後4時過ぎ。ここで姫路行きの直通特急に抜かれるので,少しでも急ぐために特急に乗り換える。

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 飾磨駅の網干線の櫛形ホームに電車が入ってくる。飾磨駅で網干線の山陽網干行き電車に乗り換える。全線単線の網干線の電車は4両編成のワンマン運転で,飾磨駅と山陽網干駅の間を15分間隔(平日ラッシュ時は12分間隔)で往復している。

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 山陽網干駅(兵庫県姫路市網干区)に到着。日没が近い……

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 山陽網干駅前。
 かつてはここに播電鉄道(播電軌道)の余子浜(よこはま)町駅があった。横浜から旅をしてきて,余子浜町駅跡に立つ。不思議な気持ちになる。横浜村は大岡川の河口の入り海に,横向きに突き出した砂州だったことから横浜と名づけられたという。余子浜も揖保川の河口の三角州に少し突き出しているようにも見える。横浜と余子浜,由来まで同じだったら面白い。

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〔1923年(大正12年)発行の地形図〕

 播電鉄道が開通したのは,まだ山陽電鉄網干線が開通する前の,1909年(明治42年)のことで,網干港〜余子浜町〜網干駅〜龍野〜觜崎(現たつの市新宮町觜崎)を結んでいた(その後新宮町まで延伸)。

 余子浜町駅を出た播電鉄道は,現在の山陽網干駅の西側を南下し,国道250号線の山陽網干駅前交差点付近から兵庫県道222号線(たぶん播電鉄道の跡が県道になったものと思われる)に沿ってカーブして東雲橋北交差点付近まで延びていたことがわかる。現在の網干港バス停付近に網干港駅があった。

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 山陽網干駅を出て,播電鉄道の跡に沿って南へ歩く。

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 国道250号線の山陽網干駅前交差点の交和書房。写真左が国道250号線である。

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 山陽網干駅前交差点から県道222号線を南へ歩き,中華浜さき網干店の前から南を見る。左側にカーブしているのが県道222号線で,ここが播電鉄道跡だと思われる。

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 左が県道222号線(播電鉄道跡と推測),右が余子浜商店街。

 龍野から網干駅を通り網干港への鉄道が,龍野(本竜野駅)を通り姫路に向かう国鉄姫新線や,網干と姫路を結ぶ山陽電鉄よりも先に開通したというのが興味深い。
 1889年(明治22年)に開通した山陽本線(開業時は山陽鉄道)の網干駅が,龍野や網干の市街地から離れたところに設けられたため,まずは手っ取り早く網干駅とをつなぐ播電鉄道が必要になったのだと思う。
 さらに,龍野(やその上流の山崎)から網干に流れる揖保川は,江戸時代から高瀬舟での水運が盛んで,揖保川が物流の大動脈となっていたため,播電鉄道はその物流に沿ったものだったと考えられる。

 水運から鉄道の時代になり,直接姫路までを結ぶ姫新線のほうが便利になると,播電鉄道は経営不振になり廃線。そして,鉄道から自動車の時代になって,その姫新線の貨物輸送や優等列車がなくなり,現在に至る。

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 網干区余子浜の専念寺。日没まであと10分ぐらいだろうか。網干区興浜の揖保川まで歩くつもりだったが,日没までにはたどり着けそうになくなってしまった。

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 余子浜商店街を南へ。商店街色は薄れ,住宅街になりつつあるようだ。

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 余子浜商店街を南へ歩く。このあたりは,写真右が網干区余子浜,左が網干区新在家となっている。

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 余子浜商店街の西口洋品店の前。

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 余子浜商店街の東側に沿って水路が通っており,商店街の建物が水路の上に作られていることがわかる。

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 余子浜商店街の銭湯「木村温泉」の前に,マッサージ車堂の網干店・南店・ゆとり店の3店が並んでいる。

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 ただ「ゆ」とある銭湯「木村温泉」。「ゆ」がなければ銭湯とは気付かないだろう。

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 網干川に架かる網干橋の先に橋本町商店街の商店街アーチが見えてきた。網干橋では補修工事が行われている。

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 網干川。揖保川から分流し,網干の市街地を東に流れ,大津茂川と合流して播磨灘に注いでいる。一級河川の揖保川から分流して,二級河川の大津茂川と合流するため,網干川は大津茂川の支流ということになる。一級河川から分流して二級河川になるのは珍しい気がする。

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 網干川を渡ると橋本町商店街となる。

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 網干区新在家の橋本町商店街。網干橋から少し下っていて,文字通り橋の袂にある。

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 橋本町商店街。ドーム状の屋根と赤煉瓦が特徴的な塔屋のある近代建築が見えてきた。

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 この建物は旧網干銀行の本店で,大正末期の竣工である。

 網干銀行は1930年(昭和5年)に三十八銀行に買収され,1936年(昭和11年)には三十八銀行・神戸岡崎銀行・五十六銀行・西宮銀行・灘商業銀行・姫路銀行・高砂銀行の7つが合併して神戸銀行網干支店となり,その後,1970年(昭和45年)に婦人服飾店「タケダ」となり,現在に至る。

 婦人服飾店「タケダ」が,この貴重な建築物を文化財として丁寧に,大切に使ってきたのだろう,美しいままの姿が残されている。
 そのタケダは,昨年末に閉店。姫路市の都市景観重要建築物に指定されているので,簡単に取り壊されてしまうことはないだろうが,今後どのようになっていくのかが気になるところだ。

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 網干橋方向を振り返る。

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 旧網干銀行本店と橋本町商店街のアーケード。

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 閉店した婦人服飾店「タケダ」と橋本町商店街。

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 橋本町商店街の山田産業「ワールドアートショップ」,コーヒー専門「ドルメン」。

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 橋本町商店街の全蓋式アーケード。テントが日焼けしてぼろぼろになっている。

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 アクセサリー・袋物「ムラオ」とファッションバッグ専門店「ロベール」。

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 ぼろぼろになったアーケードの隙間から旧網干銀行本店が見える。

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 橋本町商店街の「電気のカナイ」。

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 御食事処「福助」。横に「ちょっとメニュー」「ラーメン(あっさり)」,そして「とんかつ」という文字の顔が描かれている。その右側には,はっきり見えてはあかんヤツの絵も……

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 橋本町商店街のファミリーショップ「ミワシン」。かなり大きな店だ。

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 橋本町商店街の全蓋式アーケードの南端。商店街の歯抜けになったところに,マピオンの地図ではまだ商店が描かれているので,取り壊されたのは最近らしい。

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 橋本町商店街のハマサ電機商会。

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 橋本町商店街のクリーニング英国屋オウギヤ店。

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 橋本町商店街と網干一番街の交差点。

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 網干一番街(あぼし一番街)。日の入り時刻となり,写真を撮るのは厳しい状況になってしまった。

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 あぼし一番街を西へ。

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 あぼし一番街と橋本町商店街の交差点を振り返る。

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 網干本町郵便局の前。御菓子司「菊忠」,喫茶軽食「月苑」がある。

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 あぼし一番街のサンルート鍋吉と紳士服のモリヤマ。

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 あぼし一番街の紳士服のモリヤマ。

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 あぼし一番街の「ふじわら洋品店」。

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 あぼし一番街の西側の商店街アーチ。

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 あぼし一番街の西側の商店街アーチ。ここまでが網干区新在家で,交差点から先は網干区興浜となる。

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 網干区新在家と興浜の境界となる交差点に石橋の欄干が残っていて,横に案内文が掲げられている。

 案内文によると,万治元年(1658年)から明治維新まで,興浜地区は丸亀藩(京極家)の所領,新在家地区は竜野藩(脇坂家)の所領であり,この石橋は両藩の境界の堀割に架けられていたので「境橋」と呼ばれたらしい。昔はここに通行門が設けられ,朝夕時刻を定めて門が開閉されていたという。
 つまり,興浜と新在家の境界には堀割があり,現在境界を南北に走る道路は堀割になっていたようだ。

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 丸亀藩の興浜側から竜野藩の新在家(あぼし一番街)を振り返る。

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 網干区興浜の山田病院の前の変形四叉路。

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 山田病院の前の変形四叉路。

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 御菓子司「浪花堂」。

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 興浜の加納結納品店の前を西へ。

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 加納結納品店の前から東側を振り返る。

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 網干区興浜の金刀比羅神社と鮮魚「まるまん」。

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 鮮魚「まるまん」の前から東側を振り返る。

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 興浜公園と興濱歴史資料館。

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 写真右が興濱歴史資料館,左が旧水井家住宅。

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 旧水井家住宅。ここは旧材木問屋で(西50mぐらいを材木等の水運が盛んだった揖保川が流れている),大正時代に建築された母屋や土蔵は姫路市の都市景観重要建築物に指定されている。
 すっかり暗くなってしまって,ISOオートのISO4000でなんとか撮影。

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 網干区興浜の旧水井家住宅(旧材木問屋)。

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 揖保川に架かる本町橋の袂から興浜の家並みを見る。

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 本町橋の袂の西原洋傘提灯店横の路地。

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 揖保川のゆったりとした流れ。地図を見ると,写真の右側にあるはずの本町橋と歩道橋(歩行者用の橋)が撤去され,その15mぐらい上流側に真新しい新本町橋が架かっていた。

 このへんで山陽網干駅方向に引き返すことにする。

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 ISOオートでISO10000になっている。

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 金刀比羅神社と鮮魚「まるまん」。

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 網干区興浜,望楼のある山本家住宅。母屋は明治時代,別館は1914年(大正3年)に建てられたものらしい。もちろん姫路市の都市景観重要建築物に指定されている。
 あと30分早く行動していれば,もう少しまともな写真になっていたのに……と少し後悔する。

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 網干区興浜の加納結納品店の前を東に戻る。

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 あぼし一番街から橋本町商店街へ。

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 橋本町商店街を北へ歩く。

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 橋本町商店街。

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 橋本町商店街の婦人服飾店「タケダ」(旧網干銀行本店)。

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 暗くなってもめげずに撮る。

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 網干川に架かる網干橋が見えてきた。

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 橋本町商店街と旧網干銀行本店の望楼。

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 橋本町商店街の商店街アーチ。

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 銭湯「木村温泉」(写真左)と派手なLEDイルミネーションのマッサージ車堂。

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 山陽網干駅前交差点の交和書房。

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 山陽網干駅前の山崎屋本店。1854年(安政元年)創業の老舗和菓子屋である。粒あんをどら焼き風に包んだ「はまぐり」は,一見するとハマグリには見えないが,四等分すると表面に焼き付けられた模様がはまぐりの貝殻のような模様になる。昔は四等分して売っていたらしい。
 歩道橋は山陽網干駅と市立図書館分館を結ぶように架かっている。
 ちなみに,この道路が播電鉄道跡である。

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 山陽電鉄網干線の山陽網干駅。

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 山陽網干駅のホームに飾磨からの電車が入ってきた。

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 山陽網干駅のホームに停車する飾磨行きの電車。
 今晩の宿を姫路駅前に確保したので,電車に乗って山陽姫路駅を目指す。

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 網干線のホームが櫛形になっている飾磨駅に到着。反対側のホームに山陽姫路行きの電車が入ってきた。

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 終点の山陽姫路駅に到着。

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 山陽姫路駅の改札口。

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 新しいJR姫路駅の駅ビル「ピオレ姫路」。外壁がLED照明を使った動く照明になっている。時間帯によっては羽ばたく白鷺の映像になったりするらしいのだが,タイミングが悪くて見ることはできなかった。

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 JR姫路駅前の大手前通り。正面にライトアップされた姫路城(白鷺城)が見える。

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 姫路駅前のサンクンガーデン(キャッスルガーデン)。

山陽網干

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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高砂やこの浦舟に帆をあげて 高砂市

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高砂やこの浦舟に帆をあげて 山陽高砂


 元日から連日好天が続き,最高気温が15℃前後まで上がるぽかぽか陽気となっている。今日は,町のあちこちに廃線跡が残る山陽電鉄高砂駅の周辺を歩くことにする。

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 大阪駅前南交差点からJR大阪駅の駅ビル「サウスゲートビルディング(大阪ターミナルビル)」を見る。以前は「アクティ大阪」という名称だった。キーテナントとして大丸梅田店が入っている。

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 写真左がJR大阪駅サウスゲートビルディング,正面が梅田阪急ビル・オフィスタワー(阪急うめだ本店他),写真右が阪神百貨店梅田本店。私は田舎者なので,こういうビル群ではそわそわしてして落ち着かない。

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 阪神梅田駅から姫路行きの直通特急に乗り込む。

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 1時間15分程度で高砂駅に到着する。

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 山陽電鉄(山電)の高砂駅。

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 高砂駅の地下道を通って改札口へ。地下道の壁のペイントが面白い。近くの高砂高校美術部の生徒が描いたものらしい。

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 山陽電鉄の高砂駅(兵庫県高砂市)。地図を見ると駅の北側(反対側)に駅前ロータリーがあるが,改札口は南側にしかないようだ。

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 山電高砂駅前の商店街。下村の焼うなぎ,柴田最正堂,喫茶ミルクパーラー,鉄板伊酒屋ゑべっさん……

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 鉄板伊酒屋ゑべっさん。なぜ「伊」酒屋なのだろう。山電高砂駅前の商店街が緩やかな曲線を描いているのは,すぐ裏側に国鉄高砂線(元は播州鉄道)が通っていて,線路に沿って商店街が形成されたからだと思われる。

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 駅前の商店街の裏側の国鉄高砂線廃線跡は駐輪場になっている。

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 山電高砂駅前の喫茶ミルクパーラー。シャッターが閉まったままになっている。

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 高砂駅前,「ブライダル都市・高砂」のモニュメント。
 世阿弥作の謡曲「高砂」で“高砂やこの浦舟に帆をあげて”と歌われることから,高砂市は「ブライダル都市」宣言を行っている。モニュメントの上部に掲げられているマークはブライダル都市高砂のシンボルマークである。

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 高砂駅前の高砂町浜田町二丁目の商店街。

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 高砂駅前の商店街裏の駐輪場には自転車がびっしり並んでいる。

 播州鉄道が高砂駅・高砂浦駅まで線路を延ばしたのは1914年(大正3年)である。現在の山陽電鉄の前身である神戸姫路電鉄が旧高砂線に沿って線路を延ばし,高砂町駅(現在の高砂駅)ができたのが1923年(対象12年)だから,むしろこの廃線跡の線路のほうが早く敷かれたことになる。

 高砂は古くから港町(加古川の舟運)として栄えた町だが,もともとの市街地は高砂町栄町よりも南側にあったと思われる。現高砂駅の周辺の市街地は鉄道が敷かれてから形成されたため,町並みが線路に沿っているのだろう。

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 高砂町栄町の商店街。ここも旧高砂線の線路に沿って緩やかにカーブしている。面白いことに,写真左側の家並みの裏側にはショッピングセンターの「サンモール高砂」が,同じカーブを描いて建てられている。サンモール高砂は1976年開業だから,ショッピングセンターとしては古いほうだとはいえ,比較的新しいショッピングセンターにも,今はなき線路の影響が残っていることになる。

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 高砂町朝日町三丁目の商店街から高砂町浜田町二丁目の商店街を見る。

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 高砂町朝日町三丁目。正面奥に見えるのが巨大な三菱製紙の高砂工場とその煙突である。写真右にサンモール高砂の入口がある。

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 高砂町浜田町二丁目。

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 高砂駅前の裏路地,浜田町二丁目にはスナックなどが点在している。

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 高砂町栄町の商店街。ここも旧高砂線の線路に沿って緩やかにカーブしている。右側の家並みの裏側が旧高砂線,左側の家並みの裏にはサンモール高砂がある。

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 高砂町栄町の商店街から高砂町浜田町二丁目の商店街を見る。

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 高砂町栄町の商店街の中にあるサンモール高砂(西友)の入口とオモニの手作り総菜店・創作居酒屋「アリラン」。

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 田中音楽堂(引揚資料館)。ご主人が高射砲部隊にいて満州で終戦を迎え,シベリア抑留時の資料を展示しているらしい。

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 高砂町栄町の商店街。

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 高砂町栄町の高砂栄町郵便局とサンモール高砂。

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 高砂栄町郵便局の横から東側に緩やかにカーブした道路は,国鉄高砂線の高砂駅から三菱製紙高砂工場に延びていた引き込み線跡である。

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 高砂町農人町の東側の交差点。傍らには農人町の由来が書かれた案内板が立っている。「農人町 町場の北西端,北堀川の北岸沿いに東農人町から西へ東西に連なる町並。町名は農民や塩田従事者が多く住んでいたことに由来する」とある。

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 高砂町農人町を西へ歩く。

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 高砂町農人町の平沙酒店。

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 高砂町農人町の平沙酒店と橋本雑貨店。

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 橋本雑貨店の前の高砂町農人町の家並み。

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 高砂町農人町の銭湯「末広湯」と煙突。

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 銭湯「末広湯」とビジネス・御宿「ひかり荘」。
 末広湯の北側の高砂町栄町には三菱製紙の寮や社宅が立ち並んでいる。三菱製紙の体育館もある。

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 高砂町農人町の銭湯「末広湯」。

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 高砂町農人町の平沙酒店。

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 高砂町農人町の交差点の高砂徳利。

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 高砂町次郎助町へ。

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 銭湯「梅ヶ枝湯」の四ツ辻。

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 銭湯「梅ヶ枝湯」。銭湯にしては珍しい木造モルタルの平面的な建物だ。

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 銭湯「梅ヶ枝湯」の隣の建物。三階建てっぽいが,中二階ありの二階建てかもしれない。

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 梅ヶ枝湯の裏側に回り込む。

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 銭湯「梅ヶ枝湯」は木造,モルタル造り,煉瓦造りが混じっていて,不思議な感じがする建物だ。

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 四角い煉瓦造りの煙突。その横にへばりついたような四階建て風の建屋は何だろう。

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 旧国鉄高砂線の高砂駅跡から,銭湯「梅ヶ枝湯」の裏側の全景を見る。

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 上手く説明できないが,計画的に建てられたわけではない建物の魅力が感じられる。

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 井戸の跡。

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 正式名称は銭湯「梅ヶ枝湯 長谷川」か。

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 梅ヶ枝湯のある高砂町次郎助町から高砂町鍛治屋町へ。

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 高砂町鍛治屋町側から梅ヶ枝湯を振り返り見る。

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 高砂町鍛治屋町から東へ続く全蓋式アーケードの「銀座商店街」。

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 銀座商店街の西側は旧国鉄高砂線の高砂駅跡で,路線バスの転回場になっている(なっていた)。
 播州鉄道が1914年(大正3年)に延伸開通,後に播但鉄道を経て,国鉄高砂線となったが,1984年(昭和59年)2月に高砂駅~高砂港駅間が,同年11月に加古川駅~高砂駅間が廃線,高砂駅も廃止された。高砂線代替バスの高砂南バス停および転回場になっていたが,現在は代替バスも廃止。高砂市のコミュニティバス「じょうとんバス」は高砂南バス停を通るが,この転回場は通らず,梅ヶ枝湯の前の道路を通っているようだ。

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 高砂銀座商店街。

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 POKER株式会社・三星化学合資会社。アーチ窓のアーチ部分に凝った装飾がある。

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 高砂町鍛治屋町から高砂町細工町の家並みを見る。

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 全蓋式アーケードがある高砂銀座商店街へ。

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 高砂銀座商店街。

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 高砂銀座商店街では毎月第3土曜日に「朝ごぱん市」を実施している。いわゆる「朝市」だが,“ごぱん”はこの地方の方言なのか,ダジャレなのかは不明。

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 高砂銀座商店街の三井印判佛具店。

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 高砂銀座商店街を東へ歩く。

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 高砂銀座商店街の高砂町北渡海町の四ツ辻。

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 全蓋式アーケードのある高砂銀座商店街の高砂町北渡海町の四ツ辻から北に向かって,全蓋式アーケードのある高砂センター街商店街が延びている。

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 高砂センター街商店街。

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 高砂センター街商店街を北へ歩く。

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 高砂センター街のあらいや食料品店。看板に「三ツ矢ソース」とある。関西地方でときどき見かけるブランドだ。

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 播州地酒「高砂の松」の小南酒店。

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 高砂町次郎助町のいろは食品。

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 高砂町次郎助町の友藤商店。

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 全蓋式アーケードのある高砂センター街と小南酒店。

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 高砂センター街を北へ歩くと高砂町東農人町となる。

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 高砂町東農人町のお好み焼オーケーと高砂商店連盟協同組合の商店街アーチ。交差点の先はサンモール高砂に続いている。

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 高砂町東農人町から高砂センター街を振り返る。

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 高砂町東農人町の商店街アーチ。

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 高砂センター街に引き返す。

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 高砂センター街の川南酒店。「ちょい飲み ちょい食べ」の看板が出ている。川南酒店には角打ちがあるようだ。

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 北側を振り返る。

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 高砂センター街。

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 高砂センター街のあらいや食料品店とオガワ履物店。

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 三ツ矢ソースのあらいや食料品店。

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 高砂センター街と高砂銀座商店街の交差点には“パルファンのフアンスパン”大塩屋と「まめや」本店がある。

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 高砂センター街を振り返る。

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 高砂銀座商店街のまめや本店とよい子のおもちゃ川島玩具。

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 高砂銀座商店街の「高砂や」と田中屋模型店。高砂やは多目的スペース。

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 RADICON SHOP 田中屋模型店。店内にミニ四駆のコースがある。鉄道模型やモデルガンのコーナーがあり,子供の頃に近くにこういう店があったら楽しくて入り浸りになりそう。

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 高砂銀座商店街の杉野洋服店。

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 高砂銀座商店街の大衆食堂きねや。

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 高砂銀座商店街の東端,高砂町北本町の茶・陶器「宇治園」。下村商店は,駅前にあった焼うなぎの店の本店らしい。

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 高砂町北本町の高砂銀座商店街アーケードの東端。本町商店街の大きなアーチが見える。

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 高砂銀座商店街の入口には,マツバ商事のマツバプロパンとマツバ練炭のネオンサインがある。

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 高砂町北本町の本町商店街。

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 高砂町清水町を東へ歩く。

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 高砂町清水町の清水町会館と高砂凍氷。

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 高砂町船頭町の銭湯「高砂湯」。既に廃業し,看板なども撤去されている。梅ヶ枝湯と同様に,銭湯っぽくない平面的な建物なので,看板がないと銭湯だったかどうかの判別が難しい。

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 高砂町材木町,高砂町今津町の堀川の船着場。

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 高砂町今津町の交差点。

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 高砂町今津町の古い家並み。

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 中央部がつぶれかかっている。
 高砂町今津町,高砂町材木町には土蔵造りの建物が多い。すぐ東に堀川の船着場があり,その名残だと思われる。

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 案内板などを見つけることはできなかったが,この大きな土蔵造りの建物が工楽松右衛門邸だと思われる。工楽松右衛門は廻船問屋の船頭として,木綿を使った厚手の帆布「松右衛門帆」を開発したり,函館のドックや鞆の浦の築港に携わった人物で,老朽化した工楽邸の土地や建物は高砂市に寄付され,市が建物の保存に乗り出すことになったらしい。

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 工楽松右衛門邸の壁には舟板が使われている。

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 高砂町今津町の工楽松右衛門邸から高砂町魚町に続く路地の家並み。工楽邸はかなり老朽化が進んでいる。

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 高砂町魚町から路地の東側を振り返る。

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 高砂町魚町の路地を抜けると高砂町南本町の本町商店街に出る。

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 高砂町南本町の本町商店街。

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 高砂町南本町から高砂町材木町に抜ける路地の土蔵群。

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 高砂町南本町から高砂町材木町に抜ける路地の土蔵群。

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 高砂町北本町の本町商店街にある高砂商工会議所の建物は,旧高砂銀行の本社で1932年(昭和7年)竣工。2本のイオニア式オーダーが銀行建築らしい,重厚な感じの建物である。

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 旧高砂銀行本社と喫茶・お食事「キンパ」。

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 高砂町北本町にある本町商店街の大きな商店街アーチ。真ん中にあるマークはブライダル都市高砂のシンボルマーク。

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 大きなアーチが特徴の看板建築は雑貨店「デラコンチャ」。

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 北本町交差点付近から本町商店街を振り返る。

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 北本町交差点の酒道場「幸」と高橋酒店。

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 北本町交差点の高橋酒店。

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 北本町交差点。

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 高砂町栄町のサンモール高砂。写真左がサンモール高砂南館,写真右がサンモール高砂東館である。

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 西友が核店舗となるショッピングセンター「サンモール高砂」。写真左のサンモール高砂西館2階と南館2階をつなぐ通路の下の道路は,国鉄高砂駅構内から三菱製紙高砂工場への引き込み線跡である。サンモール高砂は1976年の開業で,国鉄高砂線の廃止は1984年。この引き込み線がいつ頃まであったのかはわからないが,ひょっとしたらサンモール高砂の開業時は,ここに線路があった可能性もある……かな?

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 サンモール高砂の中庭。

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 サンモール高砂は今年で創業40周年となる。ショッピングセンターには疎いが,この時期にこのような大型のショッピングセンターは珍しかったのではないだろうか。

# このときには普通に営業していると思っていたサンモール高砂だが,核店舗の西友高砂店はちょうど一週間前の昨年末で閉店し,専門店街だけの営業になっていたようだ。後継の核店舗がどうなるのかが気になるところだ。

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 サンモール高砂の北側の入口。

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 サンモール高砂の北側の入口とその前の高砂町朝日町三丁目の商店街。

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 高砂町朝日町三丁目のサンモール高砂入口前の商店街。

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 山電高砂駅前の商店街と旧高砂線跡の自転車置き場。

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 山電高砂駅前の商店街。

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 山陽高砂駅前のタクシープール。駅の規模に比べてタクシーの台数が多いのは,沿岸に大企業の巨大な工場が並んでいるからだろう。(株)カネカ高砂工業所,三菱重工(株)高砂製作所,サントリープロダクツ(株)高砂工場,(株)神戸製鋼所高砂製作所,キッコーマン(株)高砂工場,旭硝子(株)高砂工場,電源開発(株)高砂火力発電所,三菱製紙(株)高砂工場……等々,地図を見ると巨大な工場が並ぶ様には驚くばかりである。

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 山陽高砂駅前の商店街。

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 山陽電車高砂駅。

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 山陽高砂駅のホームへ。

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 山陽高砂駅のホームに姫路行きの普通電車がやってきた。山陽電車で山陽網干駅に向かい,駅の周辺の町を見て回ることにする。

山陽電鉄高砂

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2015年5月 9日 (土曜日)

甲子園から下市口へ

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甲子園から下市口へ


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 久しぶりにプロ野球観戦を楽しんだ翌日の朝の阪神電車甲子園駅前。

 昨日中は,まったく雨が降る気配はなかったが,路面が雨で濡れている。タイガースファンの涙雨か……

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 阪神甲子園駅前のバスのりば。

 さて,朝起きてから,今日はどこに向かうかを考えた。関西で行ってみたいのは,和歌山の湯浅町か奈良の下市町。どちらも甲子園からはちょっと遠いので,大阪の住吉大社~粉浜あたりか,もっと近い杭瀬の商店街か……。悩ましいが,明日はまた近鉄に乗って名古屋に向かうことを想定して,奈良の吉野郡下市町に決定。

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 阪神甲子園駅のホームへ。奈良駅まで直通する快速急行もあるが,下市町最寄りの下市口駅へは大阪阿部野橋駅始発の近鉄吉野線直通の電車に乗った方が良さそうだ。急ぐ旅ではないから,やっぱりゆっくり座っていくのが一番だ。

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 ホームの屋根の上に大屋根がかかる構造はJR大阪駅と同じだ。関西の人はこういうのが好きなのかな。

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 急ぐ旅ではないので,まずは阪神梅田駅へ。
 久しぶりに阪神梅田駅の改札口横にある「ミンガス」のカレーを喰いたくなったのだった。20年も前に関西にある研究所に長期出張していたときに,頻繁に食べていたカレー屋である。最近多くなった本格的なカレー屋ではなく,懐かしい系のカレー屋だ。

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 朝からビーフカレーの大盛り。ここのカレーには白菜のピクルスがついている。20年前には確か店頭に「ミンガス」という店名は書いてなくて(気付かなかったのかもしれない),出張先の人に聞いたら「阪神カレー」と言われたので,ずっとそうだと思っていた。
 今では検索すれば簡単に店名が見つかる時代になったが,当時はまだGoogleがなかった。Mosaicというブラウザで千里眼かODINという検索エンジンを使っていたが(その後gooやAltaVistaが出て,Googleが一般的になるのはずいぶん後だった記憶がある),ブログなどなかった時代なので,検索してもなかなか希望の情報は見つからなかった。

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 梅田地下街の名物のひとつだった「ふるさと名産街」,通称「アリバイ横丁」は,地下道の拡幅工事等のために昨年閉店してしまった。全国各地の名産品を売る奥行き50cmぐらいの店が並び,出張に行かなくても土産物が買えることから「アリバイ横丁」と呼ばれていたという。

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 アリバイ横丁と同時期に立ち退きを迫られていたはずの串カツ「松葉」は,まだ営業中だった。

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 大阪阿部野橋駅始発の急行吉野行きに乗り込む。

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 阿部野橋から約1時間15分で下市口駅(奈良県吉野郡大淀町)に到着。

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 下市口駅には構内踏切がある。階段は嫌いなのでありがたい。
 近鉄の路線は1435mmの標準軌が基本だが,大阪阿部野橋から橿原神宮前・吉野を結ぶ近鉄南大阪線・吉野線はJRなどと同じ1067mmの狭軌になっている。

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 下市口駅の改札口。

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 雨が降ってきて,駅を出るのがおっくうになって待合室でうだうだしていたら,吉野行き特急のさくらライナーが到着。

 雨が止むのを待っていたら夕方になってしまいそうなので,しかたなく腰を上げる……

── Apple iPhone 5s

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2015年5月 8日 (金曜日)

甲子園に駆けつけプロ野球観戦

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甲子園に駆けつけプロ野球観戦


 プロ野球観戦のため,新倉敷から西宮の甲子園球場に向かう。

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 新倉敷14:09発の「こだま740号」に乗る。13:09発の「こだま」が行ったばかりなので,駅構内で遅い昼飯を食ったりして,のんびりする。新倉敷駅に停車する列車は1時間に1本しかないし,玉島中央町から新倉敷駅への次のバスは2時間後だから,それでは試合開始に間に合わないし,慌ててもしかたがない。

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 新倉敷駅の下りホームに入ってきたのは500系の「こだま号」。やっぱり,500系新幹線はどこからどう見てもカッコいい。

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 どうせなら500系に乗りたいな……と期待していたが,700系ひかりレールスターだった。いや,「ひかり」じゃないからレールスターじゃないな。

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 姫路駅で下車し,山陽電鉄に乗り換える。姫路駅前の大手前通りの真正面に,平成の大修理で真っ白になった姫路城が見える。白鷺(はくろ・しらさぎ)城だから白いのが本来の姿なのだろうけど,しろすぎ城?

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 山陽姫路から阪神梅田行き直通特急に乗り込む。山陽姫路から甲子園駅までは1時間30分弱。ロングシートじゃなくて,転換クロスシートで良かった。

 阪神電車の甲子園駅へは姫路・山陽姫路駅で乗り換えるか,新神戸駅で乗り換えるか,悩ましいところだった。「こだま740号」を新神戸駅まで乗り続けても,甲子園駅到着は姫路乗り換えとほとんど変わらないのに,乗り換え回数が2回になること,岡山駅で「ひかり」に乗り換えれば新神戸駅経由のほうが早く着くが,早く着いたからといって,試合開始時間が早まるわけでもないことから,乗り換えが1回で済み,始発から余裕で座っていける姫路・山陽姫路乗り換えにした。

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 甲子園駅に到着。大量下車。神戸市内からは阪神タイガース応援の人などで車内は大混雑だった。新幹線から新神戸駅で乗り換えていたら,三宮から甲子園までは混雑した電車に立ったまま乗ることになったはず。姫路で乗り換えて正解だった。

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 阪神電車甲子園駅(西口)。

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 阪神電車甲子園駅の目の前に甲子園球場がある。改修工事で球場の正面が大きく変わり,別の球場になったかのようだ。既にiPhone 5sでチケットを購入済みだったので,iPhone 5sにチケット引き換え用QRコードを表示させて,特定の入場券売場(携帯でチケットを買う人は少ないらしく,そこだけ行列がなかった)ですぐに入場券を入手することができた。後はスタジアムに入るだけ……

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 球場全体が蔦に覆われていた甲子園球場だったが,大改修工事で蔦が取り払われたため,全然違った雰囲気になった。新しい蔦が植えられ,しばらくしたらまた蔦に覆われた球場に戻るのだろう。

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 本日の試合,セ・リーグ公式戦「阪神−広島」。
 ローテーション通りならば,先発投手は藤浪と黒田のはず……。プロ3年目の若手速球投手藤浪と,昨年までバリバリのメジャーリーガー黒田(メジャーのローテーション投手が日本で投げるのは前代未聞かも)の投げ合い。そう思ったら,どうしてもこのゲームが見たくなったのだった。

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 プレイボール!

 先発投手はタイガースが予想通り藤浪。カープは……戸田隆矢投手。2軍から上がってきたばかりの若手投手だ。あれっと思ってググってみたら,黒田投手は足のくるぶしの炎症で数日前に登録抹消となり,ローテーションを1回飛ばすことになったらしい。しばらく旅をしていたため,ニュースに気付かなかった。残念。

 藤浪投手が初回にいきなり自己最高の158km/hを記録するも,コントロールが悪くて失点を重ねたのに対して,急遽先発を任されることになった戸田投手は粘り強いピッチングで6回を2安打2失点。甲子園のスピードガン表示はそれほどでもなかったが,けっこうキレのいいボールを投げていたように見えた。コントロールはイマイチだったかな……


 甲子園7回裏ラッキーセブンのジェット風船。

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 ゲームセット。8-3でカープがタイガースを破る。いきなり点差がついて,ちょっと盛り上がりに欠けるゲームだったかもしれないが,やっぱり生プロ野球はおもしろい。

── iPhone 5s or Canon PowerShot S100

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2015年5月 6日 (水曜日)

姫路から山陽本線で倉敷へ

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姫路から山陽本線で倉敷へ


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 飾磨から山陽電車に乗って山陽姫路へ。駅が入っている山陽百貨店を出ると,JR姫路駅の新しい駅ビル「ピオレ姫路」が見える。
 姫路駅の高架化に伴って旧姫路駅ビル「フェスタ」は取り壊され,跡地は駅前広場と半地下のサンクンガーデンとなった。撤去された播但線・姫新線の地上ホーム跡地に建てられたのが「ピオレ姫路」である。

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 姫路駅前から姫路城まで真っ直ぐ続く大手前通り。姫路城の城下町姫路のシンボルとなるメインストリートである。駅付近はトランジットモールとなり一般車の進入が禁止されているはずだが,公共交通機関であるバス・タクシーに混じって一般車が入り込んでいる。トランジットモール化されたのは4月からなので,まだ周知が徹底していないのかもしれない。
 両側の歩道は大きく広げられ「歩行者に優しいおもてなし空間(©姫路市)」に近づいたが,私が勝手に想像していたトランジットモールとはちょっと違っている気がする。少なくとも,横断歩道はもう少し広くても良さそうだ。

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 姫路駅前のサンクンガーデン(キャッスルガーデン)。

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 サンクンガーデン越しに見る駅前の大手前通りと山陽百貨店。

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 姫路駅のホームに入ってきた山陽本線の播州赤穂行き電車。姫路から山陽本線の電車を乗り継いで倉敷を目指す。

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 相生駅(兵庫県相生市)で播州赤穂行き電車を降りる。

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 相生駅のホームを岡山行きの電車が出て行くのを見送る。播州赤穂行きから岡山行きの電車へは乗り換えがスムーズに行くようにダイヤが設定されているが,大勢の人が我先にと乗り換えて,車内が混雑しているので私は乗らない。どうせ岡山駅でまた乗り換える必要があるし,わずか30分後には(岡山での乗り換えが不要な)広島行きの電車が来るからだ。

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 相生駅のホームに広島行きの電車が入ってきたので乗り込む。もちろん相生始発だから混雑することもない。

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 相生から約1時間半,尾てい骨が痛くて我慢できなくなった頃,倉敷駅に到着。以前はもっと長時間乗り続けてもへっちゃらだったのに,最近では身体を動かすのもダメ,座り続けるのもダメになってしまった。

── Apple iPhone 5S

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姫路市飾磨区の旧ジャスコ飾磨名店街

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姫路市飾磨区の旧ジャスコ飾磨名店街



 電車を乗り継いで西から西へ……

 特に目的地を決めずに奈良までやってきた今回の旅行だったが,寝る前に地図を眺めながら,少し前にTwitterのタイムラインで見とれてしまった倉敷市玉島地区の町並みをこの目で見てみたくなり,さらに西へ向かう。

 姫路に向かう山陽電鉄の電車の中で,飾磨駅の北側にちょっと気になる家並みを見つけたので下車してみる。

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 山陽電鉄飾磨駅の改札口。ホームから跨線橋を渡り,改札口を線路側に出るのは珍しいかも。

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 飾磨駅東側の踏切から飾磨駅のホームを見る。

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 飾磨駅ホームの東端にはそば屋の「山陽そば」がある。店はホームの高さにあり,駅の外からはホームの端にある階段を上って店内に入るようになっている。この構造からすぐにわかるように,かつてはここが飾磨駅の東口だったようだ。

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 飾磨駅の北側には緑に囲まれたバスロータリー(山電飾磨駅バス停)がある。立派なバスロータリーはあるが,飾磨駅に北口はない。

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 清水町バス停付近の交差点から駅南大路(姫路市道幹第6号線飾磨幹線)の下野田交差点方向を見る。

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 清水町バス停付近に,「名店街」と書かれた一郭が見えてくる。“名店街は営業してます”という看板もある。

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 旧ジャスコ飾磨名店街である。

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 写真右奥に旧ジャスコ飾磨店の建物の一部が残っている。
 ジャスコ飾磨店は1971年(昭和46年)に開店し,2006年(平成18年)に閉店。1993年(平成5年),飾磨駅の南側にジャスコ姫路リバーシティ店(現在のイオン姫路リバーシティ店)ができたことで客足を奪われたのだろう。同じジャスコ同士だし,これは厳しい……

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 旧ジャスコ飾磨名店街の南側には2カ所の出入口がある。

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 核店舗のジャスコは約10年前になくなっても,併設の名店街はまだ頑張っている。

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 旧ジャスコ飾磨名店街。大きな看板は既に取り外されている。

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 名店街の西側の入口には“和牛専門くろかわ”と書かれている。

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 名店街の中央を南北に貫く通り。名店街全体がアーケード商店街になっている。

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 名店街中央の十字路。

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 名店街中央の十字路から南側を見る。真っ直ぐ飾磨駅まで道路が延びている。突き当たりは飾磨駅のホームだが,北口側には飾磨駅の出入口はなく,電車に乗るには周辺の道路をぐるりと南側に回り込む必要がある。

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 名店街の中央の十字路。正面突き当たりが旧ジャスコ飾磨店。

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 中央の十字路から西側を見る。名店街の西側には南北の通りがある。

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 中央の十字路から東側を見る。東側は名店街の駐車場に繋がっている。

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 名店街北側の突き当たりが旧ジャスコ飾磨店になっている。現在はシャッターが閉じている。Googleマップの航空写真では,旧ジャスコ飾磨店の建物の内部は取り壊されていて,外周部だけが残っているように見える。

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 名店街西側の通りの南側を見る。

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 名店街西側の和牛専門くろかわの前から北側を見る。

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 名店街の北西部の角から東側を見る。旧ジャスコ飾磨店の名店街側の入口の前が,小さな広場になっている。

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 ジャスコの出入口のシャッターが閉まっている。

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 ジャスコの入口の前から名店街の西側を見る。

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 ジャスコのシャッター。ショッピングカートが残されている。約10年間も放置されていることになる。

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 左が旧ジャスコ,右が名店街。

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 閉店あいさつの看板。

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 名店街の駐車場側の南北の通り。

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 左が名店街,右が旧ジャスコ飾磨店。

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 名店街東側の駐車場から名店街を見る。「ヒロセ体育堂」の看板がカッコいい。

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 駐車場から名店街中央を東西に貫くメインストリートを見る。

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 ジャスコ飾磨店は高度経済成長期の1971年(昭和46年)の開業であり,名店街も比較的新しい市場・マーケット建築になっているが,肝心のジャスコがなくなってしまったのは厳しい……

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 名店街を東西に貫くメインストリート。

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 たこ焼き屋からただよってくる匂いに惹かれ……

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 たこ焼きにかぶりつく。

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 名店街から飾磨駅に100メートルほど戻ったところにある「しかま1番街」。

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 飾磨駅西側の踏切。山陽電鉄本線と山陽電鉄網干線の電車が通る。

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 山陽電鉄飾磨駅前の商店街。

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 山陽電車飾磨駅の山陽しかまショップとタクシーのりば。

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 飾磨駅西側の踏切を走る山陽電鉄網干線の電車。飾磨駅と網干駅を往復している。

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 飾磨駅隣の大衆食堂「大安」。

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 大衆食堂「大安」の前から飾磨駅西側の踏切を見る。

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 提灯が並ぶ飾磨区栄町の飾磨商栄会商店街。

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 飾磨商栄会商店街。

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 高島美容室の横の路地が飾磨駅方向に延びている。

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 中西青果と鮨「魚勝」。

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 飾磨区玉地の飾磨駅南側の商店街。

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 ムロタツ商店日曜大工センターのある四つ辻。

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 室辰商店・ムロタツ商店日曜大工センターがある四つ辻。

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 四つ辻を南側から見る。

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 四つ辻を東側から見る。

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 四つ辻を北側から見る。正面がムロタツ商店日曜大工センター。

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 飾磨駅のホームの横を歩き,飾磨駅へ。

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 ホームの横を歩き飾磨駅の改札口へ。

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 飾磨駅のホームは櫛形の2面3線式で,内側のホームに網干線の電車が停車する。電車は両側の扉を開けて,姫路方面からも神戸三宮方面からも同一ホームで乗り換えられるようにしている。

── SONY α7S + FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS or iPhone 5S

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2011年5月 5日 (木曜日)

加古川〜谷川〜福知山

 加古川からJR西日本の加古川線に乗って,兵庫県を北上する。

加古川〜谷川〜福知山
 加古川駅のホームに谷川行きの普通列車が入ってきた。電車は2両編成。西脇市〜谷川の区間は利用客が少ないので,1両編成のこともあるらしい。

 加古川線は加古川駅と丹波市山南町の谷川駅を結ぶローカル線だ。5-6年前までは非電化単線の典型的なローカル線だったが,巨額の赤字で廃線話も出ている神戸電鉄粟生線を尻目に,沿線自治体も多額の費用負担をすることで全線電化された。阪神淡路大震災のときには,被災した神戸を迂回する鉄道路線として使用されたことから,電化を望む声があったと聞くが,それにしては電化のタイミングが微妙な気がする。

加古川〜谷川〜福知山
 途中の厄神駅ですれ違った電車には,暗い夜の町の絵が描かれている。加古川線のラッピング電車は横尾忠則氏のデザインだったと記憶しているが,なぜ電車に町の絵なのかはよくわからない。理解不能な不思議な人なので,わからなくても仕方がないか……。

加古川〜谷川〜福知山
 厄神駅を出てすぐ,列車は加古川を渡る。

加古川〜谷川〜福知山
 西脇市駅に到着。長時間停車するので,気晴らしにホームをうろうろする。急ぐ旅では味わえない,貴重なひとときである。

加古川〜谷川〜福知山
 発車時刻が近づいたので車内に戻る。西脇市駅から先は乗客が少なくなり,車内はガラガラになった。

加古川〜谷川〜福知山
 バブリーな香り漂う日本へそ公園駅(西脇市)。近くに「日本へそ公園」があるのだと思われるが,Wikipediaの「日本へそ公園駅」の項目を見ると,一日の平均乗車人員(2008年)は11人しかない。

加古川〜谷川〜福知山
 終点の谷川駅に到着。ここで福知山線に乗り換える。

加古川〜谷川〜福知山
 福知山線の電車が来るまで少し時間があったので,谷川駅で途中下車してみる。

加古川〜谷川〜福知山
 駅周辺は閑散としているが,円応教という新宗教の本部があるということで,駅前には客待ちのタクシーがいる。

加古川〜谷川〜福知山
 駅前の旅館「萬年楼」。

加古川〜谷川〜福知山

加古川〜谷川〜福知山
 谷川駅のホームに停車する加古川線の電車。

 地図を見ると,駅の近くを加古川の支流篠山川が流れていて,川を渡ったところにある丹波市山南町谷川の町並みが非常に気になる……

加古川〜谷川〜福知山
 が,そこまで歩く元気はないので,ホームに戻る。

加古川〜谷川〜福知山
 福知山線谷川駅のホーム。かさ上げをくり返したホームに,ちょっとした歴史を感じる。

加古川〜谷川〜福知山
 福知山線の電車がホームに入ってきた。ほとんど人がいなかったホームが,列車の到着時刻近くにどっと人が増えて,1時間に1本,2両編成の電車に,座れるのだろうかと不安を感じるほどになった。

加古川〜谷川〜福知山
 余裕で座れた。
 不思議な感じの駅舎がある柏原(かいばら)駅で,対向列車2本を待つ。ホームが賑わっているのは,特急列車の後から来る普通列車の利用客だろうか……。おっと,特急「こうのとり」が381系だ……。

加古川〜谷川〜福知山
 高架化された福知山駅に到着……。

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