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2017年9月の3件の記事

2017年9月24日 (日曜日)

路地裏わずかに残る浦和宿 さいたま市浦和

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路地裏わずかに残る浦和宿 さいたま市浦和


 戸塚から上野東京ライン高崎行きに乗り,浦和駅で下車。さいたま市浦和区の元になった旧浦和市の中心市街地であり,江戸時代に中山道の宿場町の浦和宿として栄えた浦和駅西口側に出る。

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 浦和駅西口のロータリー。写真右は来年3月に完成予定の西口駅ビル「アトレ浦和 West Area」。

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 浦和駅西口の高砂一丁目,bagの店「あぶらや」等の商店が並ぶ。

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 浦和駅のガードをくぐると,東口側(東口通り)の浦和パルコの横に出る。

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 浦和駅西口の南側の雑多な一郭。

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 浦和地魚屋台「豊丸」。かつて「浦和のうなぎ」は名物になっていたと聞くが,海のない埼玉県浦和の地魚ということで,鴻沼川でとれる鰻や鯰などの川魚料理というわけではないと思う,たぶん。

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 浦和駅を振り返る。

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 浦和駅西口南側の飲食店の多い雑多な一郭へ。喫茶「エビスヤ」がある。

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 浦和駅西口南側の一郭。高砂一丁目。

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 うしろにエイペックスタワー浦和がそびえる。

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 大小居酒屋が並ぶ。カルニチンといえば健康食品系のサプリメントなどで脂肪を燃焼させるとかなんとか言われている物質だが,なんと「カルニチン堂」というジンギスカンの店の店名になっている。

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 りゅうらーめん。

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 パブやスナックが並ぶ一郭。

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 町の中華屋を少し本格的にした感じの中国料理「天天香」。店頭に“『熊の手』入荷しました”という貼り紙があって,とても気になってしまった。まだ準備中だった。

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 看板がカオスだ。シェフ・デ・ブッチョに銀座マダムローラン,そしてホルモン焼・餃子「嬢々苑」。“1、ウマイ! 2、ヤスイ!! 3、チョメチョメ!!!”…ってどんなホルモン屋なんだろう。

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 都市計画道路田島大牧線の南側にエイペックスタワー浦和(写真左)やライオンズマンション・コスタ・タワー浦和(写真右端)がそびえる。その間にさいたま市立高砂小学校がある。
 都市計画道路田島大牧線は浦和区の東西を結ぶ幹線道路で,このあたりは暫定の2車線で供用され,拡幅工事が行われている。

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 裏路地に柑橘系の実がたくさん生る木があり,その横にしゃれた感じのイタリアンレストラン「Arancia Del Sole」がある。アランチャ・デル・ソル…かな。太陽のアランチャ。アランチャって何だろうと思ってググったらオレンジのことだった。ひょっとしたら店頭の木はオレンジの木かな。

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 浦和かき氷「蔦」。店名通り店が蔦に覆われている。

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 富士屋質店横を抜けて浦和あさひ通りに出る。

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 浦和かき氷「蔦」がある路地を振り返る。

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 浦和あさひ通り商店街。

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 浦和あさひ通りを南へ歩き,都市計画道路田島大牧線に出る。もうすぐ4車線での供用が始まりそうだ。

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 浦和あさひ通り商店街を浦和駅方向に引き返す。

 浦和は中山道の宿場町であるとともに,調神社(つきじんじゃ・つきのみや)や玉蔵院の門前町だったという。このあさひ通りは調神社から北北東に延びていて,そのまま北北東方向に目をやると浦和駅の東側で大善院の前を通る東仲町商店街となり,浦和駅東口(北)交差点で国道463号線を横切り,本太(元府趾)氷川神社へと続いている。

 浦和が中山道の宿場町として栄える以前からの古い町は,あさひ通りから東仲町商店街へと続く軸と,その途中から玉蔵院へと続くなかまち通り・裏門通り・門前通りの軸の二つからなる門前町として形成されていたのではないかと思われる(いい加減な推測だ……)。

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 あさひ通り商店街。

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 鶏そば「一瑳」に行列ができている。そば屋に行列ができるのは珍しいなと思ったが,日本そばではなく中華そば(=ラーメン)だった。

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 あさひ通り商店街の浦和駅側の入口。

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 富士そば。こっちは日本そば。

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 浦和駅西口のロータリーを出て行く浦11系統桜区役所行き国際興業バス。駅前ロータリーは一方通行になっていることが多いが,浦和駅西口のロータリーは両回りだ。

 写真左は浦和コルソショッピングセンター,写真正面はコルソの伊勢丹浦和店,写真右に浦和駅がある。

 現在さいたま市は人口約130万人の大都市である。その中で,人口50万人弱だった浦和市の正面玄関としては,こぢんまりとして落ち着いた感じの駅前だ。人口50万人弱の浦和市と大宮市(と与野市)が合併して100万人を超える政令指定都市に移行したといっても,中心市街地の商業集積が突然100万都市レベルに膨張することはなく,あくまでそれぞれの地区は50万人都市レベルである。

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 浦和コルソの前から浦和あさひ通り商店街を振り返る。

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 浦和コルソショッピングセンター。

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 県庁通りを西へ歩く。

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 県庁通りの「文具のマサキヤ」の看板建築。

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 県庁通りと旧中山道が交差する浦和駅西口交差点。

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 旧中山道の浦和中山道南商店街を北上する。

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 旧中山道と交差する「さくら草通り」。歩行者専用道路で,1883年(明治16年)に浦和駅が開設されたときに作られたことから「停車場通り」と呼ばれ,バスなどが乗り入れていたという。

 浦和駅といえば,小学生の頃に鉄道マニアだったM君の影響で時刻表を見始めた頃,県庁所在地である浦和市の浦和駅を東北本線のほとんどの普通列車が通過することに驚いたことを今でも覚えている。
 その当時は,都会には時刻表に時刻が載っていない国電(現在のE電……死語なので電車区間,あっこれも死語か。国電区間を言い表す言葉がないままに平成時代も終わろうとしている)があることなど理解できず,また時刻表の東北本線・高崎線のところに載っていない駅が都会にはたくさんあることも知らずに,各駅停車を意味する普通列車に通過の「レ」マークが付いていることがただただ不思議でならなかった。

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 旧中山道から西側のさくら草通り。突き当たりは埼玉会館。

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 さくら草通りを浦和駅方向に歩く。

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 さくら草通りの下着・靴下専門店「フランス屋」。

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 さくら草通りの来集軒とメロンパン専門店「メロン・ド・パーネ」。

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 笛を吹く少女の像と浦和中郵便局(写真左)。

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 笛を吹く少女像の前からさくら草通りの西側を振り返る。

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 “元祖ねぎみそ(せんべい)”の看板が気になる「かたおか」。土産に買って帰ろうと思っていたが街を歩いているうちに失念。

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 浦和中郵便局の裏の路地に入る。

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 ナカギンザセブン通り(ナカギンザ商店会)。

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 ナカギンザセブン通りには飲食店が多い。

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 ナカギンザセブン通り。アーケードなのかビルの中なのかわからなかった。浦和駅側の入口を見るとアーケード商店街っぽいのだが……

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 本日17:00オープンという貼り紙のある立飲み「ひろ」には開店祝いの蘭の花が置かれていた。

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 立飲み「ひろ」の斜向かいは角打「新井商店」。

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 ナカギンザセブン通りを西に抜けると旧中山道(浦和中山道南商店街)に出る。

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 ナカギンザセブン通りの旧中山道側の出入口。こちら側をみるとアーケード商店街というより,一体化したビルのように思える。

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 旧中山道の浦和中山道南商店街を北上する。

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 門前通り商店街。その名の通り玉蔵院の門前の商店街である。

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 門前通り商店街。

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 山門の横には平安時代に玉蔵院を創建した空海(南無大師遍照金剛)の像が立つ。

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 玉蔵院の境内と鐘楼。

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 玉蔵院の境内のど真ん中を分断する玉蔵院通り。その名前とは裏腹に寺院への敬意が感じられない。

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 玉蔵院通りから裏門通り(うらもん商店街)へ。ここは埼玉県庁官舎の裏門に通じる道だったことから「裏門通り」と呼ばれるようになり,昭和59年の道路愛称募集で裏門通りとなったとのこと。

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 串焼「丸真」と「ぎんねこ(そば)」。

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「ぎんねこ」の横の路地には猫がいっぱい。

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 公衆浴場「稲荷湯」。立派な銭湯建築だ。営業時間が16時〜23時なので,営業時間までまだ30分以上あるのに既におばあちゃんが並んでいる。正面の写真を撮りたいが,魚眼ズームレンズだとどうしてもおばあちゃんたちが写ってしまうので,しばらく商店街を歩いて営業時間になってから戻ってくることにする。

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 裏門通りを西へ歩く。平入りの商店建築が多い。

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 和浦酒場(弐)。今様のレトロ風居酒屋。浦和のウラだから和浦というダブル・ミーニング?

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 町並みが平入りなのだから,店も妻入りじゃなく平入りにすればいいのに……と思うけど(ほら,そのほうが町並みに統一感がでるでしょ),そんなことは考えないところも今様かな。人気の居酒屋らしい。

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 和浦酒場弐の隣は,塩せんべいの「三代目満作」。こちらはレトロ風ではなくレトロなので,建物は平入りだ。

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 裏門通りを西へ。大衆割烹「志乃家」。

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 埼玉県警本部,埼玉県庁,さいたま地方裁判所などが並ぶ官庁街の東側を南北に貫く通りに出た。

 それにしても埼玉県の主要な機関や学校がすべて浦和に設けられたのはなぜだろう。
 昭和初期,まだ浦和町だった頃の地形図を見ると,埼玉県庁,北足立郡の郡役所,もちろんだが浦和町役場,旧制浦和高等学校(現在の埼玉大学),第一尋常中学校(現県立浦和高校),県立高等女学校(現県立浦和第一女子高校),埼玉県師範学校・埼玉県女子師範学校(現埼玉大学教育学部),これらがすべて浦和町の中心市街地周辺に設置されている。

 念のため大正9年(1920年)の第1回国勢調査の結果を調べてみると,埼玉県内の人口1万人以上の都市は9町で,多いほうから並べると,川越町24,675,熊谷町22,282,大宮町19,057,川口町14,351,本庄町13,807,深谷町12,259,秩父町12,088,忍町11,919,浦和町11,694となり,浦和町は9番目であった。浦和の位置は埼玉県のどちらかというと東端にあり,位置的に埼玉県の中央部というわけでもない。そんな中,浦和の主要機関数は突出している。

 県内における都市の序列を見るときに意外に参考となる旧制中学(ナンバースクール)は,一中が前述のように浦和町,二中は熊谷町,三中は川越町,四中は粕壁町(大正9年の粕壁町の人口は5,813人)。

 ちなみに,第1回国勢調査の市町村別人口を見ていて気づいたのだが,日本の都道府県の中で首都圏の一部として都市が多く集中している埼玉県と千葉県にだけは1920年(大正9年)の時点で「市」がひとつもない。全国の都道府県庁所在地で市制施行が一番遅かったのが浦和で,1934年(昭和9年)のことである。

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 大勝軒ののれんを見たら急に腹が減ってきた。午後3時すぎなのに,まだ昼飯を食べてないことに気づいた……と思ったら,いつの間にか店の中へ。

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 中華そばを食う。

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 大勝軒の中華そばで腹が膨れたので,裏門通りを旧中山道方向に引き返す。

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 塩せんべいの三代目満作の前を通り……

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 公衆浴場「稲荷湯」。

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 公衆浴場「稲荷湯」。入口横には稲荷湯の創業者である丸山健吉翁の胸像がある。埼玉県公衆浴場業環境衛生同業組合が,組合の要職を歴任した業績をたたえて寄贈したものらしい。

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 ぎんねこ……

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 ぎんねこの横には猫がいっぱい……

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 奥の高いビル(左側)がうらわ美術館が入っている浦和センチュリーシティ。

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 うらもん商店街を東へ歩く。

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 うらもん商店街のわさび料理居酒屋「あな蔵」。店頭のメニューには,わさび蓮根・厚切り牛タン生わさび添え・明太子のわさび漬け・わさび枝豆・ローストビーフの生わさび。こりゃ気になるじゃん。でも開店前だった。まあ,ラーメンを食ったばかりだし,絶対に呑みたくなるメニューだし,ずっと禁酒中だし,「酸っぱいわさび」だったと思い込む。

 そして,わさび料理が食えなくてガッカリしながら振り向いた駐車場の先に洋館風の建物が見える……

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 木造洋館風で1917年(大正6年)竣工の鈴木写真館だった。

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 大正ロマンを感じさせる装飾がモダンな和洋折衷建築の鈴木写真館。バルコニーの欄干や車寄せのアールにしびれる。

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 鈴木写真館の南面。玉蔵院の山門のすぐ横なので,数時間前に一度見ているはずなのだが,ごく普通の切妻屋根の建物だと思ったのか,こんなに素晴らしい建物を見逃していた。俺の目は節穴か……

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 再びうらもん商店街に戻る。

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 旧中山道からうらもん通りを振り返る。

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 うらもん通り・なかまち通りと旧中山道の交差点。

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 なかまち通り側から旧中山道の向こうの裏門通りを見る。

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 なかまち通りへ。

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 なかまち通り商店街。「サッカーのまち浦和 REDS 025th」のバナーが揺れる。

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 なかまち通り(仲町一丁目の仲一街商店街)の鈴屋呉服店。

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 なかまち通りのシャッター絵。

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 なかまち通りの西側を振り返る。Asian Style TAO……

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 鉄板バル「グリリア」。

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 なかまち通り商店街中心部の四ツ辻(仲町一丁目の仲一街商店街)。酒蔵「力(りき)」があり,店頭での焼鳥販売に人だかりができている。赤いのは浦和レッズの赤か……

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 酒蔵「力」の斜向かいにはおでんの「お多幸」浦和店がある。

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 酒蔵「力」浦和本店。

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 なかまち通り商店街をさらに東へ。鮒忠浦和店がある。思い出せるだけでもかなりの数の「鮒忠」がある。それらが全部同じチェーン店なのか,まったく無関係な店なのかもよくわからない。

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 なかまち通り商店街(仲一街商店街)。

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 なかまち通りの西側を振り返る。

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 サムズアップの親指かと思ったら,指圧の心は母心,押せば命の泉湧く,あーっはっは……の親指だった(50歳以上の人じゃないと意味がわからないかも)。

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 咖喱&カレーパン「天馬」。ラーメンを食ったばかりだというのに,思わずカレーパンを買い食い。玉ねぎの甘さが印象的なカレーパンだった。

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 なかまち通り商店街の東端にイトーヨーカドー浦和店がある。

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 なかまち通り商店街の西側を振り返る。

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 イトーヨーカドー浦和店の自転車置き場横を通り,仲町一丁目の北側,浦和中郵便局から北に延びる通りへ出て,南の浦和中郵便局方向を振り返る。

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 仲町平和通りの四ツ辻。道路に「止まれ」のペイントの他に,大きく車両進入禁止のマークがペイントされている。たしかに一方通行の道路なので反対側からは進入禁止になるとはいえ,車両進入禁止のマークは道路のどちら側からも同じマークに見える。埼玉県内独自のペイントだと思うが,運転していて迷ったりしないだろうか。

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 仲町平和通り。ときわだんごの工場がある。

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 仲町平和通りのChuning BAR「SWAG」と鶏肉・鶏卵「松喜屋」。Chuning BARって何だろう?

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 仲町平和通り。British Pub「Aaron」。こだわりギネスビールと手作りフィッシュ&チップスを売りにする店とは珍しい……

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 仲町平和通りの寿司「三郎」。仲町平和通りは飲食店街になっている。

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 仲町平和通りをさらに西へ。おでんの幟が立つ「夢一酒場」,小さな居酒屋「ぱす・ぽーと」。

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 仲町平和通り。Italian dining「el Regalo」,BAR & RESTAURANT「VOLENTE-048」,Bar「DOVECOT」……辞書が欲しくなる店名が並ぶ。

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 仲町平和通りを西に抜けると旧中山道の向かい側にはうらわ美術館が入っている浦和センチュリーシティがある。横断歩道を渡ったところにあるバス停は市民会館入口で,うらわ美術館のうらには市民会館うらわがある。

……という文章を書いていると,なぜ「浦和」というわかりやすい名称を「うらわ」とひらがなにするのか,意味がわからなくなる。

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 旧中山道の南側を見る。

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 旧中山道の仲町交差点から市役所通りを東へ歩き,東北本線のガード下へ。ガード下にズラリと飲食店が並んでいる。淑女クラブ「歌風里 (capri)」。

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 東北本線ガード下のアジアン大衆酒場「PUANG PETCH URAWA(プァン・ペッ浦和)」……

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 スナック「逢いましょう」……

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 やきとり「志げる」。やきとりなのに豚の絵。ということは,室蘭などのように「やきとん」を「やきとり」と呼ぶ店なのかな。

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 洋食居酒屋「akichi」。

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 東北本線ガード下から再びなかまち通りへ。

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 なかまち通り商店街。

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 イトーヨーカドー浦和店の前から浦和駅方向を見る。

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 仲町一丁目のイトーヨーカドー浦和店。

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 イトーヨーカドー浦和店の前のなかまち通りから伊勢丹浦和店の裏側に続く通り。

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 このあたりはチェーン店の飲食店が多い。

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 伊勢丹浦和店の裏側。

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 このあたりには携帯電話を見ながらじっと立っている人が異様に多くて変な感じだった(あえてそういう写真は撮っていない)。

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 なかまち五番館の前。

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 浦和中郵便局の裏から仲町平和通りに続く通り。

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 犬矢来(プラスチックっぽい)と竹藪が印象的な彩懐石「うらわ高砂」と炭火焼「かしら屋」。

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 彩懐石「うらわ高砂」。

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 伊勢丹浦和店の裏側に戻る。

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 浦和コルソ,伊勢丹浦和店の裏側のS字カーブ。T字路じゃなく丁字路,+字路じゃなく十字路だとすると,S字カーブじゃなく乙字カーブが正しい? そういえば福島県須賀川市には屈曲して流れる乙字ヶ滝という名所があったっけ……

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 浦和コルソの裏側,セブンビルの和浦酒場。うらもん通りの和浦酒場は「弐」だったから,こっちが本店(壱)かな。

 奥にナカギンザセブン通りが見える。

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 何かに由来する「セブン」だからセブンビルなのか,セブンビルがあるからセブン通りなのか?

 ラーメンを食べたばかりのような気がするけど,午後5時半を過ぎて腹が減ってきたので,なにか晩飯を食べて帰路に着くとするか……

── PENTAX K-1 + smc PENTAX-DA FISH-EYE10-17mmF3.5-4.5ED or smc PENTAX-FA 35mmF2AL

 うっかりカメラの撮像素子に大きなゴミを付けたままたくさんの写真を撮ってしまったため,写真を見るのがイヤになり,ブログの更新が大幅に遅れてしまった。Lightroomなどをいじくるのが面倒なので写真はすべてJPEGで撮っているが,しかたなく目立つゴミを消す作業を行った。簡単に消せないところはそのまま残っている。
 がっかり。撮影時に撮像素子にどのような映像が写っているのかが見えないのが一眼レフカメラの欠点だと痛感した(とカメラのせいにする)。

浦和

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2017年9月 9日 (土曜日)

高津一番街を歩く 川崎市高津区

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高津一番街を歩く 川崎市高津区


 東急田園都市線の高津駅から電車に乗る前に,駅の周辺を軽く見て回る。

 高津村は大山街道(矢倉沢往還・厚木街道)の二子・溝口宿として賑わった街で,二子の渡しから溝の口まで細長く市街地が続いていた。現在の田園都市線の二子新地・高津・溝の口の3駅にも渡る長い町並みである。川崎市高津区の名もここから取られている。

 現在の高津区の中心は武蔵溝ノ口駅(溝の口駅)周辺に移っているが,もともとは大山街道と府中街道が交差するあたりが町の中心であり(二子村と溝口村の単なる中間という見方もできる),村(町)役場もここに置かれた。

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 府中街道の高津駅前バス停。府中街道沿いは高津一番街商店街となっている。

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 高津から武蔵溝ノ口駅前の溝口駅前商店街ポレポレ通りに商店街がつながっている。
 写真正面右側は帝京大学医学部附属溝口病院の管理棟になっている。

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 高津駅前の府中街道。歩行者が横断しないように,中央分離帯にフェンスが設置されている。

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 東急田園都市線高津駅の高架下は東急ストア高津店となっている。

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 東急田園都市線高津駅下の府中街道の横断歩道。かつては高津駅高架下に「電車とバスの博物館」があって,駅の入口のここには“澁谷-櫻木町”と掲げた東急の初代3000系電車が展示されていた。

 田園都市線が溝の口まで複々線化する工事が始まるのに合わせて「電車とバスの博物館」は休館し,現在は宮崎台駅前に移転している。

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 府中街道(国道409号線)の高津駅交差点。

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 高津駅高架下にある高津駅前バス停。この日は等々力陸上競技場で川崎フロンターレの試合があるため,最寄りの市営等々力グランド入口バス停を通る小杉行きのバスは超満員だった。

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 高津駅前の府中街道(国道409号線)の高津一番街商店街。

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 灰吹屋ドラッグ。1765年(明和2年)に大山参りで賑わう大山街道の溝の口に開店した灰吹屋薬種店が元になった老舗の薬局で,大山街道の高津交差点のそばに本店がある。

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 府中街道の高津一番街商店街。

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 府中街道の高津一番街商店街。

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 高津駅東口から延びる細い通りが府中街道と交わる交差点。古くからの商店街が形成されていて,府中街道と斜めに交わっていることから,府中街道よりも古い道ではないかと思ったが,古い地形図を見ると府中街道よりはずいぶん新しいようだ。

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 高津駅東口に続く細い通りにあるラーメン「力」。

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 高津駅の高架ホームが見える。

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 府中街道側を振り返る。

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 キッチン「ウメ」の隣は取り壊し工事中。密着した長屋風の建物を壊すのは大変そうだ。

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 居酒屋「珍竹林」の前から府中街道方向を振り返る。

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 キッチン「ウメ」と高津駅の高架ホーム。

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 高津駅の下りホームの真下あたり。

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 高津駅東口の前から府中街道方向を見る。

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 高津駅東口前の高架下。

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 高架下にある高津駅東口。複々線化工事の完成に合わせて設置された新しい改札口である。以前「電車とバスの博物館」があったのがこのあたり。

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 高津駅の北側,東急田園都市線沿いに点在する飲食店。

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 東急田園都市線沿いを西へ歩くとすぐに高津駅西口がある。

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 高津警察署方向に続く路地。「やきとり弥兵衛」は開いていなかった。

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 美容室「みのり」の横を通って府中街道に戻る。

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 餃子「しくよろ亭」。

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 府中街道に出て高津交差点方向に歩く。生蕎麦「山中屋」がある。

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 府中街道を高津交差点方向へ。高津警察署の前。

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 高津警察署の周辺,というか高津駅の周辺には調剤薬局が多い。帝京大学医学部附属溝の口病院があるためだと思われる。

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 府中街道(国道409号線)と大山街道が交差する高津交差点。

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 溝の口から大山街道を走ってきた溝02系統小杉行きの東急バスが高津交差点を右折する。

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 高津交差点から府中街道の高津一番街商店街を高津駅方向に引き返す。しゃれた感じの「彩*cafe(いろどりかふぇ)」。

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 高津警察署の向かいのカバヤ薬局高津警察署前店。

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 高津警察署。

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 二子薬局。他にもたくさんの調剤薬局が並んでいる。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS

高津駅周辺

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2017年9月 3日 (日曜日)

「ハマのアメ横」洪福寺松原商店街へ

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「ハマのアメ横」洪福寺松原商店街へ


 約10年ぶりに洪福寺松原商店街を歩く。横浜の三大商店街といえば横浜橋通商店街,六角橋商店街,そして「ハマのアメ横」とも呼ばれる洪福寺松原商店街。10年間でどのように変わったのか,あいかわらずの賑わいなのかを見るのが楽しみだ。
(約10年前の記事「洪福寺松原商店街から天王町へ」)

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 相鉄の湘南台駅から横浜行きの各停に乗り,天王町駅で下車する。

 天王町駅は旧東海道と相鉄線が交差する場所にあり,旧東海道に平行する横浜環状1号線(横浜市道保土ヶ谷駅浅間線)と立体交差するために早い時期(1968年)に駅が高架化されている。近年になって天王町駅から和田町駅の東側までの区間で連続立体交差事業が行われており,天王町駅でも何らかの関連工事中である。

 古い地形図を見ていたら,1978年(昭和53年)発行の地理院地形図では駅名が「てんのうまち」,1986年(昭和61年)発行の地形図では「てんのうちょう」となっていた。単なる間違いか,それとも実際に「てんのうまち」だったことがあるのかは不明。

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 天王町駅の高架下から北側の旧東海道(駅前通り)を見る。

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 天王町駅北側の旧東海道。シルクロード天王町商店街。

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 相鉄天王町駅北側の高架沿い。

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 北側から天王町駅を見る。高架下を旧東海道が通っている。天王町駅付近からJR保土ヶ谷駅付近まで続くのが,かつての東海道程ヶ谷宿である。

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 天王町駅前通り(旧東海道)のシルクロード天王町商店街を北へ。

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 帷子川に架かる帷子橋に向かって上り坂になっている。帷子川の自然堤防が高くなっているのかと思いきや,戦前の地図で帷子川は天王町駅のすぐ南側を流れており,この先に帷子川はない。戦後,駅の北側を流れるように河川改修したときに,このなだらかな勾配を人工的に設けたようだ。

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 帷子橋が見えてきた。

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 本日の残業は当店で!!

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 帷子橋の袂から相鉄天王町駅方向を振り返る。

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 帷子川に架かる帷子橋。上に書いたように,ここが東海道だったころはここに橋はなく,天王町駅の南側に帷子橋があった。天王町駅前の跡地には帷子橋跡のモニュメントがあるという。

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 帷子橋の上から天王町駅方向を振り返る。

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 帷子橋北詰にある手打そば「伊豆庵」。

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 ぱっと見に何の店かわからないのは,だいたいがパチンコ屋だ。今まで半世紀以上生きてきて,パチンコ屋とゲームセンターには一度も入ったことがないので,なにか得体の知れなさを感じる。

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 シルクロード天王町商店街(旧東海道)を北へ。「シルクロード」の名のとおり,旧東海道に沿って形成した商店街ではなく,生糸の集散地だった八王子から町田を通り貿易港の横浜を結ぶ八王子街道は「絹の道」「日本のシルクロード」とも呼ばれていたことによる命名である。

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 旧東海道と横浜水道道路(水道道)の交差点。天王町の西側,現在イオン天王町店や保土ヶ谷区役所等の官庁街やマンション群のあるところには,富士瓦斯紡績の巨大な保土ヶ谷工場があり,シルクロード天王町商店街は,もともとは東海道から富士瓦斯紡績工場の正門に続く表門通りとそれに並行する横浜水道道路に形成した商店街である。

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 旧東海道と横浜水道道路の交差点から,北の江戸方向を見る。

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 喫茶店「コロボックル」には食べもののメニューがズラリと並ぶ。

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 喫茶店「コロボックル」の向かい側には橘樹神社(天王様)が鎮座する。大正時代に橘樹神社となる前は牛頭天王社,天王宮などと呼ばれ,天王町という地名の由来となった神社である。

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 橘樹神社の鳥居と旧東海道。

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 旧東海道と表門通りの交差点から表門通りの東側(環状1号線側)を見る。

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 旧東海道を北へ。

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 たこやきてるちゃん横の駐車場には「江戸方見附跡」の説明板がある。ここに東海道程ヶ谷宿の江戸方見附があったとされる。つまりここから南が程ヶ谷宿の「宿内(しゅくうち)」となる(上方見附は保土ケ谷町一丁目と二丁目の境の外川神社付近にあったという)。

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 程ヶ谷宿の江戸方見附跡付近から西に入る。

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 かつて天王町日用品市場が集合住宅に建て替えられていた。

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 これがかつての天王町日用品市場の写真(2008年2月16日撮影)。

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 天王町日用品市場跡地の前の屋台屋「うるの」に大衆酒場ののれんが下がる。

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 旧東海道に戻り,北へ。国道16号線(八王子街道)の松原商店街入口交差点が見えてきた。

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 国道16号線(八王子街道)の松原商店街入口交差点。洪福寺松原商店街の商店街アーチがある。

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 やすさ…来やすさ…と書かれた洪福寺松原商店街の商店街アーチ。

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 洪福寺松原商店街の国道16号線側の入口にはダイソー横浜洪福寺松原店とハックドラッグ洪福寺松原店が向かい合う。

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 松原商店街入口交差点を振り返る。日よけの傘が洪福寺松原商店街のシンボル的存在になっている。

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 写真左が「まつばらセンター」。大型小売店のない洪福寺松原商店街の中核になっているマーケットである。

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 まつばらセンターの旧東海道側の入口。

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 テント屋根の上にどんどん積み上がる段ボールが商店街のシンボルにもなっている八百屋の外川商店。

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 その向かいが茶・海苔「丸秀園」。

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 旧東海道から宮田町公園に向かって商店街が延びる。写真左が「まつばらセンター」。

 とにかく商店街に買い物客が多い。こうやって写真を撮るのも,人並みが途切れる瞬間を待つのが大変だ。

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 まつばらセンターの向かい側には UOKOH SUISAN®(魚幸水産)がある。

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 京町屋食品本店。

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 京町屋食品の向かい側にあるまつばらセンターにお菓子類が並ぶ。こちらの店も京町屋。

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 その隣の惣菜店,ここも京町屋。京町屋は本店,菓子部,惣菜部の三つがあるらしい。

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 京町屋食品惣菜店の前から東側を振り返る。

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 京町屋食品惣菜部の前から西側を見る。うっかり二つ前の写真と同じ場所の写真になってしまったが,面倒なのでアップしたままにする(いかに選別作業をサボってブログにアップしているかがわかる)。

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 とんかつ「かつ信」。店頭では焼豚や肉まんを売っている。

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 シューズショップ「カメヤ」の前から西側を見る。

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 エビスヤ青果店。

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 キムチの冬伯の前から東側を振り返る。

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 川根茶ののれんが下がる「身成園」。

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 彩鮮市場。三浦半島産地直送がウリで,肉の晃進,長井水産,三浦の青果の三つの店が入っているようだ。

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 彩鮮市場の前から東側を振り返る。

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 いのまた陶器店の前から東側を見る。隣には道志村情報館,水カフェ「どうし」がある。山形県道志村の道志川は,横浜市の水道水の水源地のひとつである。道志村の面積の約36%は横浜市水道局水源涵養林として保全されている。将来,横浜市が周辺の町村と合併することがあるとしたら,たぶん相手は道志村だと思う。

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 自然食品いな穂の隣が三角形の宮田町公園になっている。

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 宮田町公園の前から洪福寺松原商店街を見る。

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 洪福寺松原商店街を東に引き返す。

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 商店街に日よけの傘が並ぶ。

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 まつばらセンター。

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 洪福寺松原商店街の中心の四ツ辻。丸秀園の前から外川商店,かつらや商店を見る。

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 外川商店とお菓子のさいとう。

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 外川商店の段ボール箱と日よけ傘。

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 お菓子のさいとう,ふるさと弁当。

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 ふるさと弁当の前から洪福寺松原商店街の中心の四ツ辻を振り返る。

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 紳士専門「シムラ」の前から商店街の東側を見る。

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 釜山キムチ,韓国の軽食。

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 釜山キムチ。

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 つるや洋品店。

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 商店街の東側の突き当たりは横浜市環状1号線(主要地方道83号青木浅間線)。

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 小さな喫茶店たいむ。

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 環状1号線側の商店街アーチとラーメン「光家」。日曜日が定休日なのか,営業していなかった。

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 洪福寺松原商店街の中心の四ツ辻に引き返す。

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 洪福寺松原商店街の四ツ辻の外川商店。

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 外川商店の前から南側の松原商店街入口交差点方向を見る。

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 ファッションセンター柳屋の前から商店街の北側を見る。

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 清水青果店。

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 八百屋のファームガーデン松原と清水青果店。並んでいる商品をよく見ないと境界がわからない。

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 かまぼこ・半ぺん・さつまあげ・おでん種各種製造販売「三増屋」,焼鳥ムック,泉屋菓子店のある四ツ辻。

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 お菓子の店「泉屋」,五十貝商店,焼鳥ムック,肉の上原が四隅を固める四ツ辻。

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 三増屋の前。おでん種を猛烈に欲しがるワンちゃん。

 約10年前にこの商店街を歩いたときにも思ったのだが,犬を連れながら商店街を歩いている人がとても多い。単なる推測になるが,洪福寺松原商店街の近所に住んでいる方が多いためだと思われる。

 洪福寺松原商店街は最寄り駅である相鉄線天王町駅や西横浜駅からは少し離れた立地にある。横浜環状1号線や八王子街道(国道16号線)がそばを通るが,商店街は車で通行できず,周辺に駐車場は少ない。
 商店街の立地条件としては,それほど恵まれているとは言えない。それなのにこの商店街はとても賑わっている。

 Googleマップを見ると,洪福寺松原商店街の特徴がよくわかる。

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[洪福寺松原商店街(Googleマップより)]

 旧東海道に沿った商店街の北端に2階建ての「洪福寺松原商店街駐車場」が設置されているが,それほど大きな駐車場ではない。周辺に駐車場は少なく,大規模な駐車場もない。徒歩や自転車を使って訪れる客が多いことがわかる。

 対照的な地域として,千葉県でも有数の繁華街だった千葉市栄町の地図を見てみる。

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[千葉市栄町(Googleマップより)]

 一目見ただけで違いがわかる。面積の半分ぐらいが駐車場になっている。ここがかつては繁華街だったのかと思うと悲しくなってくるほどだ。

 栄町の北側にはかつて国鉄千葉駅,南側には京成千葉駅もあり,栄町は千葉市の中心的な繁華街として賑わっていた。
 その後,どちらの駅も遠ざかってしまい(と言っても,洪福寺松原商店街と天王町駅・西横浜駅との距離と同じぐらいなのだが),栄町は次第に風俗街・歓楽街となっていった。しかし,風俗街・歓楽街だけで街が成立するわけもなく,街は衰退の一途をたどっているように思う。

 衰退した商店街に飲み屋が増え,歓楽街化・飲食店街化する傾向は各地に見られる。県庁所在地クラスの都市でも,商店街が飲食店街化しているところが多いように感じる。

 その点では,洪福寺松原商店街に飲食店が少ないことにも注目したい。
 表層を見ての印象ではあるが,洪福寺松原商店街は衰退とは無縁の状態にある。商店街を利用しない人に訊ねたアンケートで「駐車場がないから」が上位になるからといって,駐車場を増やし,道路を広げて車が通りやすくするという商店街活性化施策が,必ずしも商店街に賑わいに結びつくわけではないのである。

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 お菓子の店「泉屋」。

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 四ツ辻の五十貝商店。

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 新鮮野菜・果物の五十貝商店。

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 大きなテント。ここも五十貝商店。

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 洪福寺松原商店街を北へ。婦人・紳士服「勉強堂」。

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 餃子ハウス。

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 餃子ハウス・荒井たばこ店の前の四ツ辻から和光豆腐店のほうに続く曲がりくねった道路。

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 写真左が旧東海道。

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 餃子ハウス・荒井たばこ店の前の四ツ辻から南側を見る。ここからの旧東海道が歩行者天国になっている。自転車や二輪車で商店街に来ている人は多いはずだが,商店街の中を自転車で走り回る人は少なく,ところどころにある(歩行者天国時間帯だけの)駐輪場にきれいに停めている人が多いようだ。

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 この和光豆腐店の前の道路がなぜ曲がりくねっているのか,不思議だ。

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 京あん・たいやき「鯛あん亭」。京町屋食品系の店らしい。

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 日よけの傘が並ぶ,ふとんの店「マルヨシ衣料」。織物は日焼けが禁物だからね。

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 マルヨシ衣料の婦人服店,インテリア雑貨店などが集まる丁字路。

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 旧東海道の北側を見る。歩行者天国になるのは餃子ハウス・荒井たばこ店の前から南側だけだが,その北側も車はほとんど通らない。
 車で買い物に来る人が少ない,あるいは北端の洪福寺松原商店街駐車場にちゃんと車を停めて買物をする人が多いのだろう。これだけ人気の商店街だと,周辺が路上駐車の車だらけになっていてもおかしくないし,歩行者天国になっていないこの写真のあたりに車に路上駐車の車が並んでいても不思議ではない。

 このまま旧東海道を浅間神社や横浜駅のほうまで歩くことも考えたが,10年前と同様に南浅間町・尾張屋橋のあたりを見てみたくなり,引き返す。

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 和光豆腐店の前の曲がりくねった道へ。

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 和光豆腐店の前から四ツ辻を振り返る。

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 道路が曲がりくねっている。

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 横浜環状1号線(主要地方道83号青木浅間線)に出る。

 交差点には神奈中バスの横17系統の横浜駅西口行きのバスが停車中。東戸塚から権太坂・保土ヶ谷と国道1号線を走り,相鉄西横浜駅を過ぎたところで国道16号線(八王子街道)に入り,尾張屋橋で東海道線や相鉄線,帷子川を渡って,洪福寺交差点からここまで横浜環状1号線を走ってきたバスだ。

 逆方向のバスは東戸塚行き。いつもの悪い癖で,乗ってみたくなる。

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 横浜環状1号線の街のコミュニティー食堂「タニヤ食堂」。タニタ食堂ではなく,タニヤ食堂。子持ち昆布や数の子の卸売「谷屋」が営業している食堂である。谷屋の子持ち昆布の取扱量は約30年間世界一らしい。最近は生唐辛子を使用した辛さが特徴の“横浜明太子”を売り出しているそうだ。

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 横浜環状1号線と八王子街道(国道16号線)が交差する洪福寺交差点。すぐ横に臨済宗の洪福寺がある。

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 洪福寺交差点の少し北にある中華「福屋」。

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 横浜洪福寺郵便局の南側,スナックが点在する南浅間町にあった古いマーケット跡を訪ねたが,スナック「ニューはれむ」があったマーケット跡の建物は取り壊され,新しいマンション建築工事が行われていた。

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 クリオ横濱天王町新築工事現場の前から北側を見る。GoogleマップやMapionにはまだ「ニューはれむ」が残っているので,マーケット跡が取り壊されたのはつい最近のことだと思われる。

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 スナック「ニューはれむ」と古いマーケット跡の写真(2008年2月16日撮影)

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 谷口鉄工所の壁に斜めに光が当たって美しい……

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 八王子街道(国道16号線)の南浅間交番前交差点。工事中のシートに覆われているビルが,スナック「ニューはれむ」があったマーケット跡地のクリオ横濱天王町新築工事現場である。

 洪福寺前から帷子川や東海道線・相鉄線を越えて浜松町まで横浜市電の尾張屋橋線があり,9系統の電車(六角橋〜横浜駅西口〜洪福寺前〜藤棚町〜久保山〜浦舟町:1969年廃止)が走っていた。

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 尾張屋橋際バス停。バス停名の通り,バス停のすぐ先から尾張屋橋への上り勾配が始まっている。

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 尾張屋橋際から下を見下ろすと新天地桜会稲荷神社が見える。以前見たときよりも鳥居の赤色がずいぶん褪せている。

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 玉垣に「新天地カフェー組合」の名が入った新天地桜会稲荷神社。

 このあたりは,戦前は新天地遊郭,戦後は新天地カフェー街だったところである。その面影はほとんど残っていない。唯一の名残と思われた近くの旅館「笹本」の看板も取り外されていた。あとはこの新天地桜会稲荷神社の玉垣にたくさん名が刻まれているカフェーの店名ぐらいである。

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 気になっていた東戸塚行きのバスに乗るため,尾張屋橋の下をくぐって,東戸塚方面の尾張屋橋際バス停に向かう。

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 バス停を関内駅北口行きのバスが出て行く。

 バス停の名前を見て驚いた。尾張屋橋際バス停の向かい側のバス停だから,当然尾張屋橋際バス停だと思ったら,洪福寺バス停だった。行先によってバス停の位置が互い違いに設置されていることはよくあるが,尾張屋橋際バス停が尾張屋橋側にズレると「橋際」ではなく「橋上」になってしまう。実際はどうなっているのだろうと思って,バスの中から橋の上にある尾張屋橋際バス停を探したが,橋の上にバス停はなかった。

 つまり,尾張屋橋際バス停は道路の片側にしか存在しないことになる。田舎の路線だと,バス停を示すバス停ポールが片側にしかないことはよくあるが,その場合はポールがなくてもバス停がないわけではない。
 尾張屋橋際バス停の場合は,横17系統のバスでいえば,東戸塚から横浜駅西口行きは浜松町−尾張屋橋際−洪福寺の順に停車するが,横浜駅西口発の東戸塚駅東口行きは洪福寺−浜松町と停車することになる。片側だけバス停がないのである。

 バス停ではよくあることなのだろうか? 尾張屋橋際バス停を利用する人は,会社に提出する通勤経路はどのように書いているのだろうか?

── Nikon D800E + AF-S Nikkor 18-35mm F3.5-4.5G ED or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

天王町〜洪福寺松原商店街

【関連記事】
2008年2月16日 (土曜日):洪福寺松原商店街から天王町へ

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