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2017年4月の5件の記事

2017年4月22日 (土曜日)

降雨直前の大船の街……鎌倉市大船

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降雨直前の大船の街……鎌倉市大船


 大船での野暮用ついでに,PENTAX K-1に古いズームレンズ smc PENTAX-M ZOOM 35-70mm F2.8-3.5 を付けて持っていき,帰りに大船の街を撮ってみた。

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 大船駅東口前の交番前,県道大船停車場小袋谷線と旧松竹通りの交差点。このあたりは大船商栄会商店街である。

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 旧松竹通りと大船駅前交番。いつも人がいっぱい。

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 大船駅東口前の県道大船停車場小袋谷線(大船商栄会商店街)。

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 大船駅東口前の交差点を振り返る。写真右が駅ビル「ルミネウィング」。

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 県道大船停車場小袋谷線沿いの大船商栄会商店街。

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 西友通りの大船商栄会商店街。

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 県道大船停車場小袋谷線のゴチャゴチャっとした一郭を振り返る。

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 県道大船停車場小袋谷線の大東橋交差点。

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 県道を渡り,大船駅東口のルミネウィングを振り返る。

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 県道大船停車場小袋谷線沿いの大船商栄会商店街。奥に見えるビルは大船駅北第一地区第一種市街地再開発事業による再開発ビル「ルリエ大船」。

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 西友通りと仲通りの交差点から西友通りの東側を見る。

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 西友通りと仲通りの交差点から仲通りの南側を見る。

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 仲通りの北側の大船商栄会商店街。正面奥に見えるのが4月16日に全館閉館したばかりのoh!plaza(オー・プラッザ)。ヤマダ電機LABI大船店は4月2日に先行して閉店している。

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 仲通りとバス通り(松竹通り)の交差点。信号機がなく,利用者の裁量に任されている。
 もちろん,信号機のない横断歩道では自動車は歩行者の通行を妨げてはいけないのが交通ルールの基本である。日本ではあまり守られていない交通ルールではあるが,この交差点では比較的それが守られている気がする。

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 仲通りとバス通り(松竹通り)の交差点。

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 仲通りと松竹通りの交差点から大東橋交差点を見る。

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 大東橋交差点から三日月街区の前に続く元S字カーブの名残り。

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 仲通りの南側を振り返る。

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 閉館したoh!plazaの裏側,砂押川に沿った通り。砂押川の上が駐輪場になっている。

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 砂押川から大船駅笠間口前の大東橋を見る。その先の大船駅ホームには根岸線(京浜東北線)の電車が停まっている。

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 仲通りの南側の大船商栄会商店街を振り返る。

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 相鉄フレッサインイン鎌倉大船の前から大船郵便局の駐車場まで続く通り。市民質庫がある。

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 相鉄フレッサインイン鎌倉大船の前からoh!plazaの前を通って県道大船停車場小袋谷線に抜ける通路が閉鎖されている。

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 市民質庫の前から東側を見る。

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 なにか人だかりがあったが,近寄らずに引き返す。

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 oh!plazaの前,通り抜けができなくなっている。少しの時間見ていただけでも,たくさんの人が通り抜けようとして戸惑い,引き返していった。

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 通り抜けができなくなると書かれた「通行止」のお知らせ。

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 仲通りを引き返す。

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 三日月街区の前の元S字カーブの名残の横断歩道の跡。

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 大東橋交差点。大船観音の頭がちょっとだけ見える。

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 スクランブルになっている大東橋交差点。

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 大東橋交差点から大船駅東口のルミネウィングを見る。

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 砂押川にかかる大東橋の上から閉館したoh!plazaを見る。

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 大東橋交差点を渡る。

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 大東橋と大東橋交差点。

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 smc PENTAX-M ZOOM 35-70mm F2.8-3.5というレンズはこんなレンズ。今ではほとんど見られなくなった直進式ズームで,レトロフォーカスの2グループ式ズームなので広角側で目一杯長く伸びるのが特徴だ。

 このレンズの写りについては,別ブログ「三日画師のかすかだり」に『K-1でM35-70mm f2.8-3.5を使ってみた』という記事を書いた。ひとことで言えば,古いレンズだけどなかなか良く写る,という印象だった。

── PENTAX K-1 + smc PENTAX-M ZOOM 35-70mm F2.8-3.5

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2017年4月16日 (日曜日)

舞い散る桜の花ひらつかまえて 平塚市

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舞い散る桜の花ひらつかまえて 平塚市


 4月だというのに,あわや夏日になるかという陽気になったこの日は,神奈川県のほぼ中央部にある平塚市の繁華街を歩いた。

 平塚市は東海道五十三次の江戸から7番目の宿場町が発達した町で,人口が約26万人の商工業都市。7月に開催される大規模な七夕まつりで知られる。徳川家康の中原御殿(別荘)があり,東京から丸子・小杉を通って平塚に至る中原街道の知名度も高いが,「中原」が平塚市にあるのはあまり知られてない。

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 戸塚から東海道本線平塚止まりの電車に乗り,平塚駅で下車する。平塚駅の駅ビル「ラスカ」には,日本三大七夕祭りのひとつとも言われる「ひらつか七夕祭り」の七夕飾りが展示されている。

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 平塚駅北口には「木谷道場があったまち 囲碁のまち ひらつか」記念塔があり,詰め碁の問題が掲示されている。公共の場らしく,3題とも「殺してください」ではなく「生きてください」の問題になっている。

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 写真左が駅ビル「ラスカ」,右は元梅屋百貨店ユーユー館のユーユー駅前館。地場百貨店だった梅屋百貨店は2011年に本館を閉店し,全館テナントビルとなっている。

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 平塚駅北口の駅前ロータリー。

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 ユーユー駅前館。

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 ユーユー駅前館。100円ショップの「ダイソー」や「Right-on」,「靴のチヨダ」などが入っている。

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 平塚駅の駅ビル「ラスカ(LUSCA)」。1973年に開業した平塚ラスカを運営する湘南ステーションビルは,その後勢力を広げ,今では茅ヶ崎・小田原・熱海の駅ビルも「ラスカ」になっている。

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 ユーユー駅前館の前の「ららぽーと行き」バス乗り場。日産車体工場跡地に昨年10月に開業した「ららぽーと湘南平塚」に向かうバスだ。

 私は「ららぽーと」を利用したことがないので,「ららぽーと」といえば船橋ヘルスセンター跡地の「ららぽーと」の印象が強烈すぎて(「ららぽーと」が船橋にしか存在しなかった時代が長かったからだと思われる),神奈川県内には横浜や海老名にも「ららぽーと」はあるが,いまだに違和感を感じる。
 たとえば,新しく大宮に「ラゾーナ」ができたとして,たぶん10年ぐらい経ってもラゾーナといえば川崎を連想する人が多いと思う。だからどうだ,だから悪いという話ではないが……

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 歩道の上にアーケードがついた紅谷パールロード商店街。平塚駅前の中心となる商店街で,駅前のロータリーから西に延びる。

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 紅谷町のパールロード商店街(写真正面)と新光会商店街(八幡大門通り)の交差点。

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 薬クリエイトが入っているのが越野ビルで,それを包むように建つ(写真からはそのように見えづらいが)のが梅屋百貨店本館だった「ユーユー本館」。

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 紅谷パールロード商店街から北に向かって延びる新光会商店街。新光会商店街から大門会商店街に続くこの八幡大門通りは平塚八幡宮の参道で,平塚では旧東海道の平塚宿(平塚駅からは離れた花水川寄り)や平塚新宿の次に栄えたところである。それに比べると,紅谷パールロード商店街は比較的新しい商店街と言えそうだ。

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 新光会商店街のレストラン紅花の前の丁字路。

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 ふかわ書店には自動販売機が並んでいる。

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 レストラン紅花。

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 新光会商店街の丁字路から西に続く一番街商店街。蔦のからまる「開化亭」からは合唱の歌声が漏れてきた。飲み屋街だと昼間からカラオケの音が聞こえてくることはよくあるが,合唱は珍しい。店頭の案内板を見たら,毎月定期的に「うたごえきっさ」が行われているようだ。

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 開化亭の前から丁字路を振り返る。

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 新光会商店街の中秋蒲鉾店は大正12年創業。「中秋」は「ちゅうしゅう」ではなく「なかあき」と読むらしい。平塚漁港近くで創業した一代目の名前が中村秋蔵で中秋。
 10年ぐらい前に平塚を歩いたときに買い食いしたさつま揚げが美味かったという記憶が蘇ったが,残念ながら日曜日は定休日だった。

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 とんかつ「いちかわ」と「平塚卸売生鮮市場」。生鮮市場は以前はDAICHI(大地)という店だったところだ。

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 南側の紅谷パールロード商店街側を振り返る。

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 八幡大門通りと旧東海道(銀座通り)の交差点にある伊藤金物店。タイガー魔法瓶の歴代のロゴは,リアルで怖かったトラがどんどん可愛くなっているが,まだ怖さが少し残っているときのものだ。

 Wikipediaを読むと,タイガー魔法瓶とはライバルの象印マホービンは,タイガーに対抗するという意味で「象」を漢字に,「マホービン」をカタカナにしたとも言われると書かれているが,ここの看板はタイガーマホービンとなっていて面白い。

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 写真右が旧東海道の湘南スターモール商店街(銀座通り)。以前は平塚駅前交差点側にも続いていた歩道の上のアーケードは,ここ八幡大門通りとの交差点から先が撤去されている。
 この銀座通りが七夕祭りのメイン会場となるため,七夕~織り姫・彦星~☆ということから,スターモールと名づけられたらしい。もともとは銀座通り商店街だった。

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 駅前通り(フェスタロード)と旧東海道が交差する平塚駅前交差点。広い駅前通りは,駅前通りの東西にある不動大門通りと八幡大門通りのちょうど真ん中に,終戦後に作られた新しい通りである。平塚駅前交差点を丸く囲むように並んだ店舗もそのときに作られたはずだから,「LES CLOS ラ・クロワ猪股(猪股履物店)」の看板建築もほぼ同時期の建築だと思われる。

 大正時代の地図を見ると,伊藤金物店は旧東海道には面しておらず,その横に旧東海道に面した猪股履物店がある。銀座通り商店街を拡幅したときに伊藤金物店が銀座通りに面するようになり,猪股履物店が新しい駅前通り(フェスタロード)に移転したのだろう。

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 平塚駅前交差点の斜向かいには「はきもの宮川(宮川はき物店)」がある。履物店が多いな,と思いながら大正時代の地図を見たら,履物店や足袋店がものすごく多い。

 不動大門通りの交差点から公園通り新仲会商店街の交差点の間(平塚宿はもっと西側にあった),距離にして約350mだけでも,東海道に面して田村屋タビ店・宮川履物店・山口靴店・松屋履物店・猪股履物店・甲州屋足袋店・三好屋履物店・福助タビ店の名が読み取れる。さすが天下の東海道である。

 東海道五十三次の宿場町平塚宿は平塚市の市街地の西寄りに位置していて,江戸方見附が現在の平塚市民センターあたり,京方見附は古花水橋あたりにあった。その後,平塚新宿(銀座通り商店街のあたり)が加宿となっている。
 実はその平塚宿(平塚本宿郵便局付近)や遊郭があった大鷲神社・大鳥公園あたりを歩いてみようと考えていたのだが,海軍火薬廠をはじめとして軍需工場が多かった平塚への空襲は非常に激しかったらしく,さらに戦後に大規模な区画整理が行われたため,宿場町当時の面影はまったく残っていないという。

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 平塚駅前交差点から平塚駅北口を見る。

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 フェスタロードの平塚駅前交差点から旧東海道の東側を見る。はきもの宮川(宮川はき物店)の隣は田村屋(田村屋タビ店)。その奥の久保の井酒店も老舗だ。

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 フェスタロードの平塚駅前交差点を引き返す。正面が平塚駅。

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 湘南スターモール商店街から新光会商店街を見る。ユーユー本館の塔屋の「UMEYA」の看板が,ここが元梅屋百貨店だったことを主張している。

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 ペットショップ「みみづく園」と生活の雑貨「なべや」。

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 湘南スターモール商店街(銀座通り)を西へ。花と緑の専門店「花長」がある交差点。

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 湘南スターモール商店街の「花長」。1927年(昭和2年)創業の大きな花屋さんだ。

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 花長のアーチ型の窓が印象的だ。

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 花長の横を南に歩き,一番街商店街へ。

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 一番街商店街。

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 さらに南に歩いて紅谷パールロード商店街に出る。

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 紅谷パールロード商店街。駐輪する自転車がずらりと並んでいた印象だったが,ひょっとして自転車が少なくなった?

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 駅前ということもあって,飲食店チェーンの店が多い。写真右のビルがユーユー本館(元梅屋百貨店)。

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 紅谷パールロード商店街は歩行者天国になっていて,自転車も押して歩くのが基本。

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 さらに南へ。

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 活魚磯料理「真鶴」。
 昔の紅谷町には料亭が軒を連ねていたようで,この店はそのなごりかもしれない。

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 写真右はリーデンスタワー湘南平塚。商店街から外れたところに飲食店が点在している平塚だが,そこに大きなマンション(どうでもいいことだが,以前はブログにこのような集合住宅を「高層アパート」と書いていたが,最近は世間一般に合わせて「マンション」と書くようにした。本来なら高級アパートや高層アパートでもおかしくないと思うけどね)がにょきにょきと建っている。

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 平塚で人気の焼肉店と言えば「大衆焼肉」「ジンギスカン」で,ここはその支店。大船など神奈川県東部の「大衆焼肉ジンギスカン」「大衆焼肉」はここが発祥だと思うのだが,真偽は不明だ。

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 大衆焼肉店支店。

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 割烹「貴柳庵」。奥にそびえるのはセレストタワー湘南平塚。「どこまでが湘南か?」「平塚は湘南か?」という議論があって,相模川の西にある平塚は湘南というより西湘ではという意見もあるが,タワーマンションは「湘南平塚」がお好きなようだ。

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 大衆焼肉店支店。

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 公園通りに出る。

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 平塚紅谷郵便局の前の公園通り。ここを北に進むと東海道(国道1号線)と崇善小学校東交差点で交差し,横浜ゴムの工場(昔は海軍火薬廠だったところ)や平塚市役所・博物館・中央図書館・中央公民館・平塚郵便局がある地区を抜け,平塚市総合公園へ続いていることから公園通りと呼ばれるのだと思われる。

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 公園通りのゆるやかな坂を下ると紅谷パールロード商店街と交差する。紅谷パールロードは駐輪する自転車の量が減ったのはいいが,心なしか歩行者の数も減っているような気がする。

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 紅谷パールロード商店街と公園通りの交差点方向を振り返る。

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 紅谷パールロード商店街と公園通りの交差点。紅谷パールロード商店街は交差点を過ぎると紅谷Beロード商店街と名を変える。

 パチンコ屋の「D’station」は長崎屋平塚店本館が解体された跡地に建っている。平塚の長崎屋平塚店は長崎屋創業の店とも言える店舗で,本館は地上11階建てのだったが,ドン・キホーテ傘下となった翌年の2008年(平成20年)9月にとうとう閉店。時代の流れとはいえ,繁華街の象徴でもあった大型店の閉店による街への影響は大きかっただろう。

 平塚といえばOPA・十字屋も平塚の発祥だ。商業の盛んな街だったのだろう。

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 紅谷Beロード商店街を西へ。やや歓楽街的な色を帯びてくる。

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 紅谷Beロード商店街の丁字路。

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 歓楽街的な紅谷Beロード商店街は日中はひっそりとしている。

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 紅谷Beロード商店街の丁字路から西紅谷通り会商店街のゆるやかな坂を上ると“お菊塚”の石碑が立つ紅谷町公園がある。平塚市の商店街組合はほぼ全部「○○会」という名がついているので,西紅谷通り商店街と書くほうが正しいかもしれない。

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 紅谷町公園。

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 紅谷町公園のお菊塚。平塚宿出身で江戸へ奉公に出ていたお菊が,奉公先の男に恨まれて大事な皿を隠され,それを奉公先の主人にとがめられて井戸に投げ込まれて殺されたという,「いちま〜い,にま〜い」の怪談「番町皿屋敷」で知られるお菊の墓と言われる。

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 西紅谷通り商店街のゆるやかな坂を上る。突き当たりには東海道本線の平塚駅西口がある。

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 西紅谷通り商店街の北側を振り返る。

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 平塚駅西口の北側の階段。東西に長いホームを持つ平塚駅は,ホームの東側に駅ビル「ラスカ平塚」と北口,南口があり,それとは別にホームの西端に改札口だけの西口がある。西口には北側の階段(上の写真)と南側の階段があるが,両方合わせて西口(西口改札)と称する。

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 平塚駅西口の前のタクシーのりば。

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 平塚駅西口の正面。なか卯の横の階段は,クラブ「グッドタイム」とクラブ「ダイヤモンド」へ続く。そしてその横には「おでん横丁」への入口がある。

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 おでん横丁の入口。入口に書かれている店は居酒屋「竹の子」・寄り処ウエマツ「仲間」・すなっく「けいこんとこ」・スナック「POLO」・焼とり「歌ちゃん」で,おでんの店はなさそうなところが面白い。

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 おでん横丁の中を見てみたが,まだ昼間なので真っ暗だった。中から平塚駅西口を見る。

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 西紅谷通り商店街の西側の通りのゆるやかな坂を下る。

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 タンメンが有名な老郷(ラオシャン)本店。

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 西紅谷通り商店街。

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 西紅谷通り商店街を下り,紅谷Beロード商店街との交差点。交差点から先は紅谷しんしく会(西口しんしく横丁)となる。看板に“楽しく 美味しい 歓楽街”と書かれているように,平塚で一番の歓楽街である。

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 紅谷Beロード商店街を少し平塚駅方向に歩いたところにある平塚紅谷座ビル。映画館だったなごりが「紅谷座」という名に残る。まだ紅谷Beロード・紅谷パールロードがなかった頃の地図には「平塚劇場」の名も近くにみられる。紅谷座と平塚劇場が無関係なのか,なにかしらの関係があるのかは不明。

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 紅谷Beロード商店街の東方を見る。無料案内所もある。

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 紅谷Beロード商店街を西へ。

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 紅谷Beロード商店街は西端でプラザロードに突き当たる。

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 プラザロードの西側を見る。このまま西側へ渡ろうと思ったが,そのままは渡れず,北側の市民プラザ前交差点か南側の横断歩道を迂回しなければならない。市民プラザ前交差点側から回ろうと思ったが,気が向くままに歩いていたため,この後その決心を忘れてしまった。

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 ヤマト運輸のリヤカー。子供の頃によく見たリヤカーも,大人になってからほとんど見なくなっていたが,21世紀になってとうとう完全復活して大活躍。わからないもんだね。

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 プラザロードと旧東海道の銀座通りが交差する市民プラザ前交差点。

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 市民プラザ前交差点の南東側の隅にひらつか市民プラザがある。

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 平塚市は比較的平坦な街なので,自転車が大活躍。

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 市民プラザ前交差点。

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 ひらつか市民プラザの前から湘南スターモール商店街(銀座通り商店街)の東側を見る。

 この写真を撮っている段階で,市民プラザ前交差点を西に渡ることをすっかり失念してしまい,東へ歩く。昔からのクセで,地図を確認したりせずに,瞬間瞬間の欲望のままに歩いてしまうのだった。そのおかげで,偶然のうれしい発見があったりもするが,行ってみたいところを見過ごしてしまう後悔もしょっちゅうだ。

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 紅谷しんしく会(西口しんしく横丁)のスターモール側の入口。

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 西口しんしく横丁の小さな洋食屋「Kitchen Milano ミラノ」。いまどきのこういう店は外れが少ない,というのが私の持論。しっかりした店じゃないと今は生き残れないし,長く続けるのは無理だからね。

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 駐車場の横に「歓楽街・西口しんしく横丁」の大きな看板。

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 ひらつか市民プラザの正面側には観光協会の事務所や土産物屋があり,東側の西口しんしく横丁側の駐車場・駐輪場部分は文化横丁・ビアホール,居酒屋と一体になっている。

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 T字型をしている西口しんしく横丁の南側の入口方向を見る。

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 西口しんしく横丁のT字の真ん中の通り。平塚で一番の歓楽街だと思うのだが,日中ということもあってひっそりとしている。歓楽街が昼間から賑わうぐらいに経済が活性化してほしいね。

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 紅谷しんしく会(西口しんしく横丁)。「しんしく」は平塚新宿の「新宿」である。

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 紅谷しんしく会(西口しんしく横丁)。

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 奄美料理の老舗「水連洞」と,開店祝いの花が並ぶ居酒屋「ツガル」。

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 CLUB「ROYAL」。キャバクラかな。

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 CLUB「ROYAL」の前から紅谷しんしく会(西口しんしく横丁)の西側を振り返る。

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 紅谷しんしく会(西口しんしく横丁)の公園通り側の入口。写真右は長崎屋平塚店本館跡地に立つパチンコ屋。

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 公園通り。写真右のパチンコ屋(元長崎屋平塚店)の前だけ,歩道の上のアーケードが撤去されている。

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 紅谷町まちかど広場。小さなステージがある。ここは太陽神戸銀行(その前は長崎屋平塚西店)の跡地らしい。

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 紅谷町まちかど広場から銀座通り(旧東海道)を見る。

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 銀座通り(旧東海道)と公園通りの交差点。

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 紅谷町まちかど広場のミニステージ。

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 湘南スターモール商店街(銀座通り)。

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 交差点を渡り,公園通り新仲商店街を見る。

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 明石町の崇善小学校東交差点(国道1号線)に続く公園通り新仲商店街。

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 湘南スターモール商店街(銀座通り)を西へ歩く。
 公園通りとの交差点の西側の銀座通りは,戦前には呉服店・洋品店が多かったように思う。林屋呉服店もそのなごりかもしれない。

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 林屋呉服店・大木種苗店の向かい側に滝口カバンがある。滝口カバンといえば,平塚七夕まつりの七夕飾りコンクールで,毎年最上位の特選に選ばれる大作を展示することで有名なところ。部外者の私でも知っているほどだ。

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 神奈中バスの「銀座通り」バス停。

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 湘南スターモール商店街(銀座通り)の西側を見る。写真右奥がひらつか市民プラザ。

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 落花生「富田豆店」。

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 おもちゃ「くるみ玩具店」。店頭にお祭りの露店で見るような「おめん(見本)」が並んでいる。

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 おもちゃ「くるみ玩具店」の前から東側を振り返る。

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 銀座通りの向かい側から西口しんしく横丁の入口を見る。

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 サカエヤ・ホール,サカエヤ仏壇店の前にベンチがあったので,しばらく座って休む。スギ・ヒノキの花粉の影響もあって喘息が少し憎悪,長時間は歩けないのだ。花粉,イヤだねぇ。

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 明石町公園に続く飲食店の多い通りを北へ。

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 明石町の若葉寿司の前。

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 日本料理「北の」の前から北を見る。

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 日本料理「北の」の前から南の銀座通り方向を振り返る。

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「北の」の前から東側を見る。この通りは銀座通りに並行して新宿公園に続いている。
 アステール湘南のベランダ部分のパンチングメタルのような外観が面白い。

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 ちょっとしたスナック街・飲食店街になっている。

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 焼鳥「酔鳥」とスナック「わらじ」がある四ツ辻。

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 焼鳥「酔鳥」とスナック「わらじ」。
 こういう交差点のC面,大好き。

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 西側から見る。

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 交差点のC面が大好きなので,北側からも撮影。

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 焼鳥「酔鳥」の前から南側を見る。

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 大衆焼肉本店。神奈川県東部にある人気焼肉店の本店である。安いだけじゃなく,カウンターには一人用のロースターがあり,気楽に一人焼肉が楽しめるのも特徴。どこも人気店で,大船の大衆焼肉ジンギスカンなどは開店前から行列になるのが玉に瑕……

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 大衆焼肉本店の横にある恵比壽神社。

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 恵比壽神社の前から西側を振り返る。

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 店内にはお客さんがびっしりだった。このとき,このあたりの街の話をお聞きした方に誘われて店の入口まで行ったが,店内が混雑していたのと,喘息の影響で焼肉の煙で咳き込んで迷惑を掛けたらいけないので遠慮させていただいた。申し訳ないことをしたかなと後悔している。

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「向日葵」,大衆酒場「かくや」がある丁字路。写真左は明石町公園。

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 明石町公園の前から東を見る。写真右は「寿司善」。

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 明石町公園。

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 明石町公園のベンチで一休み。見上げると桜の花がわずかに残っていて,はらりはらりと花びらが落ちてくる。

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 明石町公園の北側を通る明石町通りの明石町四丁目バス停付近から東側を見る。やきとり「鳥松」に西日が当たる。

 現在の明石町通りはかつて旭座通りという名だったと思われる。公園通りと旭座通りの交差点の南西側には旭座があった(戦前の道路と,区画整理後の現在の道路がどこまで一致しているのか,地図だけでは判別できないため確証はない)。

 旭座通り沿いには旭座(映画館)があったが,それ以外には病院や医院がとても多く,料亭が並んでいた旧東海道(銀座通り)の南側とは対照的である。

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 プラザロードのスナック「INNOCENT」の横の丁字路。

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「B-ダッシュ」,スナック「まゆみ」,南ぬ島「海乃邦」,「吟」,「夜兎」……などの店が並ぶ一郭。

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 プラザロード側を振り返る。

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 明石町の北西の一郭。

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 明石町の北西にある小さな袋小路の飲み屋街。

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 明石町の路地を東へ。

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 公園通りの「ときわ旅館」の前の「GEO」というDVDやCDのレンタルショップ。他でも見かける店で,てっきり「ジオ」と読むのかと思ってたら,正しくは「ゲオ」らしい。ちょっとびっくり。

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 公園通りの「ときわ旅館」。

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 明石町通りのホルモンの「鳳家 」の2階は「Sili's Bar And Restaurant」。「ヘイ! シリ!」。あっ,それはSiriか……
 その横には大塔稲荷がある。

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 明石町バス停の前の「花市場」「楠本菓子店」「鈴源」の並び。
 このあたりが明石商店街(明石町通り)である。かつては旭座があって旭座通りと呼ばれていたはず。この明石町通りを西へ進み,平塚二丁目の大鳥公園・大鷲神社のあたりが平塚の遊郭だった。

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 旧旭座通りの明石商店街を東へ進み,明石町一丁目バス停付近の「だるまや京染本店」の前。

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 明石町の新宿公園の北側へ。

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 新宿公園。桜の花びらはほとんどが落ちて,公園の隅に吹きだまりになっている。

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 新宿公園の西側の出入口。

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 紅谷パールロード商店街へ。

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 紅谷パールロード商店街の「ユーユー本館(元梅屋百貨店本館)」。

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 紅谷パールロード商店街を歩いているうちに,すっかり暗くなってしまった。というか,軽く晩飯を食ったので暗くなっただけ。

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 紅谷パールロード商店街の中央部は駐輪スペースになっている。そのままずらりと自転車が並ぶと,通りの中心から両脇の商店に入れなくなるので,駐輪できないようにするカゴ状のゲートがところどころに設けられている。ゲートの横に自転車が並んでいないと,このゲートがなんなのか,わかりにくい。

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 ユーユー本館とユーユー駅前館の間の通り。3階部分と6階部分に連絡通路がある。本館の地下2階と駅前館の地下1階も連絡通路でつながっている。

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 ユーユー本館・駅前館の裏側。人待ちの路上駐車がひどいことになっている。

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 平塚駅前(北口)に戻る。

平塚GPSログ
 前回,前々回と使用したGPSログの経路を地図上に表示するソフトがなかなか良かったのだが,うっかりソフトを消してしまい,再度ダウンロードしようと思ったが,どこのなんというソフトだったかがわからなくなってしまった。しかたなく「Router」というフリーのソフトを使用する。

── Nikon D800E + AF-S Nikkor 18-35mm F3.5-4.5G ED or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

 久しぶりにNikon D800Eを持ち出してみた。やっぱり良いカメラだね。

【関連記事】
2007年12月25日 (火曜日):平塚市の繁華街を歩く

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2017年4月15日 (土曜日)

京急逸見から緊張感高まる横須賀軍港へ

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京急逸見から緊張感高まる横須賀軍港へ


 北朝鮮をめぐる情勢が緊迫化し,アメリカの原子力空母「カール・ビンソン」がオーストラリアから進路を変更して北上しているという今日この頃,ひょっとしたら横須賀基地の空母「ロナルド・レーガン」にも動きがあるのではないかと思い立ったりしたわけでもなく,ただ何も考えずに京急の浦賀行き普通電車に乗り,横須賀方面へ。

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 京急逸見駅(横須賀市東逸見町)で下車し,浦賀行きの電車を見送る。横須賀市の駅らしく,横須賀中央寄りも横浜寄りもトンネルになっている狭い谷戸に逸見駅はある。

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 逸見駅の入口。「いつみ」ではなく「へみ」と読む。

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 京急線のガード下から逸見東栄会商店街を見る。

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 京急線逸見駅から北側は逸見中央商店街となっている。歩道の上にアーケードが設置されている。逸見東栄会商店街〜逸見中央商店街〜逸見美和会商店街と続くこの通りは逸見按針通りと名づけられている。

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 商店街は逸見按針通りと横須賀街道(国道16号線)の交差点まで続いている。そびえ立つのはウェルシティ横須賀(ウェルシティ市民プラザを併設)の地上31階建ての住居棟。

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 京急線ガード(逸見駅のホーム)の南側,逸見東栄会商店街の小林食肉店・ひかりや文具店の前の歩道にもアーケードがある。アーケードというより軒下を伸ばした雁木のような日覆いだ。

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 逸見按針通り南側の逸見中央商店街を見る。

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 逸見中央商店街の旧山崎牛乳店の看板建築。現在はイタメシ屋「パッポーナ」になっている。

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 逸見中央商店街。

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 はきものと傘の店「ゴンドラ」と岩沢養鶏直売所。

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 逸見中央商店街の奥行きのない店舗。たしか“花と金魚”の髙橋生花店だったところ。

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 ゴンドラ履物店の看板建築。

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 逸見中央商店街を逸見駅方向に引き返す。

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 イタメシ屋パッポーナの前。京急線の高架橋に逸見駅のホームがある。

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 逸見駅に戻り,逸見按針通りの東側に平行する曲がりくねった通りへ。この通りには横須賀逸見郵便局もあり,逸見按針通りの旧道だと思ったのだが確証はない。ひょっとしたら元は小川が流れていて,それを暗渠化した道のようにも思われる。

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 逸見駅を振り返る。

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 北にウェルシティ横須賀がそびえる。

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 誰もいない東逸見2丁目公園。遅咲きの桜が咲いている。

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 横須賀逸見郵便局の前から北側を見る。

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 横須賀逸見郵便局の前から西に続く通りと逸見按針通りの交差点。写真右が東逸見町一丁目,左が東逸見町二丁目となる。交差点の手前側の街路灯についていた「あずま会(商店街)」という表示がなくなっている。交差点の先の「福見会(商店街)」の表示は残っている。

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 交差点から逸見中央商店街の南側を見る。

 東京湾を背後にしてこの写真の町並みを見ていることもあって,南を見ていることに違和感を感じる。横須賀の街や日本海沿いの町並みを見ているときに感じる独特の違和感だ。
 たぶん,太平洋側での生活が長いため,海が南側・東南側にあるという感覚が身に染み込んでいるのだと思う。日本海側の町に旅しているときは,頭の中の地図で日本海を無意識のうちに感じているので違和感はやや薄まるが,横須賀は首都圏にあるので違和感が強いのかもしれない。

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 逸見中央商店街。残念ながら商店街に賑わいがなくなっている。

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 はきものと傘の店「ゴンドラ」の向かいの「ふじみや」も看板建築だ。

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 逸見按針通りの横断歩道を渡り,逸見郵便局方向を振り返る。

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 写真左の逸見按針通りの東逸見町一丁目側が「逸見美和会通り」,右の逸見郵便局に続く通りから逸見按針通りの東に平行する通り(こちらも東逸見町一丁目)が「あずま会」になる。

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 逸見按針通りの交差点から西に続くのが「福見会」商店街。万国旗がはためき,街路灯の案内も健在で,まだ商店街組織が機能している。

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 福見会商店街の永沼畳店の前から商店街の西側を見る。

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 福見会商店街。残念ながらシャッターが下りたままの店舗が多い。

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 逸見按針通り側を振り返る。

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 福見会商店街のダイヤスーパー香取屋。以前は写真右に少しだけ見える空き地にも店舗があったので,ずいぶん縮小しているが店は健在だ。

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 ダイヤスーパー香取屋の南側の築堤を京急線の電車が走る。ふと2008年5月に京急逸見からJR横須賀駅まで歩いたときに撮った写真を振り返ったら,今回もほとんど同じような写真を撮っていることがわかった。薄々感じてはいたが,ほとんど進歩していない自分が情けなくなる。

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 ダイヤスーパー香取屋の(たぶん本体の)売場があったところが駐車場になっている。

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 西逸見町二丁目の鹿島神社。横須賀港の海上自衛隊横須賀地方総監部のあたりが鹿島崎と呼ばれ,鹿島神社はかつてはそこに存在したそうだが,火事で社殿を全焼,土地は明治時代に海軍用地となり,この地に移転したという。ここには三浦按針の屋敷があったとも言われる。

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 鹿島神社の南側を京急線の電車が走る。

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 鹿島神社の横から横須賀街道の汀橋交差点方向を見る。ずっと曇り空だったが,日射しが出てきた。

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 鹿島神社の境内。

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 神奈川県東部は気温が高めで,曇り空なのに夏日になりそうな勢いだった(横浜の最高気温は23℃)。明日は晴れの天気予報なので,最高気温は25℃を越える夏日になりそう。

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 鹿島神社前のやきとり「鳥吉」の横。

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 西逸見町二丁目の鹿島神社。

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 やきとり鳥吉の前から汀橋交差点方向を見る。

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 小林理容院,カワウチ時計店の前。

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 タカナシ牛乳逸見直売店の前の四つ辻。福見会商店街から万国旗の飾りが続いている。

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 佐藤精肉店の前から北側を見る。突き当たりの交差点が横須賀街道の汀橋交差点。ウェルシティ横須賀が間近になってきた。

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 タカナシ牛乳逸見直売店の前の四ツ辻を振り返る。店頭に「みるく」と書かれたテントがあるのでスナックかなと思うと,タカナシ牛乳逸見直売店なのである。

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 佐藤精肉店の前から四ツ辻のある南側を見る。

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 西逸見町一丁目を汀橋交差点に向かって歩く。

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 左の路地はどうやら川だったところを暗渠化したように見える。「汀橋」という名の橋は横須賀街道の橋だと思われるが,たぶんこの川に架かっていた橋なのだろう。だとすると,横須賀逸見郵便局の前の道も,この川の名残の可能性が高い。

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 五叉路のようにも見える。右側の細い路地もひょっとしたら小川の跡か。

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 横須賀街道の汀橋交差点に出て,逸見駅入口交差点方向を見る。ウェルシティ横須賀ポートバレーヌ1番館〜4番館が並ぶ。横須賀街道沿いの南側(写真右)は汀親会商店街となっている。
 汀橋という橋自体はそれほど大きな橋だったとは思えないが,交差点や商店街の名前として残っているところを見ると,地域の方の思い入れの強い橋だったのだろう。

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 逸見駅入口交差点付近から逸見美和会商店街の裏側に続く東逸見町一丁目の路地。

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 汀橋交差点に戻り,小川が暗渠化されたと思われる路地を歩く。逸見按針通りへの繋がり方も,いかにも元は小川だったかのように見える(思い込みかもしれないが)。

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 写真右が逸見按針通りの逸見美和会商店街。

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 逸見美和会商店街の茶舗白鳥園の横の路地。

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 茶舗白鳥園の横の路地を入ると,行き止まりの路地が入り組んでいる。

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 道幅が不均一で入り組んだ路地のある住宅街。

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 細い路地を通って逸見按針通りに抜け……

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 逸見按針通りの逸見美和会商店街を横断する。

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 逸見美和会商店街から逸見中央商店街を見る。

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 逸見美和会商店街から逸見駅入口交差点方向を見る。

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 逸見按針通りから地図に載っていない細い路地を通って,逸見郵便局前の通りの小林家具店の前に出る。上に書いた推測からすると,この道路の半分(右半分)は小川を暗渠化したものだと思うのだが,どうだろうか。

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 小林家具店の前から北側を見る。正面の細い路地が暗渠化した小川だと推測……

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 旧あずま会商店街。街路灯に「あずま会」の表示がなくなっているので,商店会は解散してしまったのだろう。

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 美味そうなスープのにおいが漂ってくる一福食堂。いまどきのこういう店は外れが少ない。そうじゃないと今の時代は生き残れない。

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 9年前にここを歩いたときには,向かいにあった旅館「逸見館」に気を取られて,この建物に気づかなかった。
 その「逸見館」の建物は既になくなり,普通の住宅に変わっていた。

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 出桁造りの建物が並ぶ。

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 戸袋の装飾は家紋だろうか。

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 旧「あずま会」商店街の南側を振り返る。

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 出桁造りの町家。やはりこの通りは逸見按針通りの旧道だったと思われる。

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 以前は旧あずま会商店街の安田青果店跡地の前を通り,逸見美和会商店街に出る。

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 逸見美和会商店街。逸見駅入口交差点には車の列ができている。

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 横須賀街道に出ると,逸見駅入口交差点の横に見事な看板建築の店舗がある。現在はオアシス倶楽部という店が入っている。

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 横須賀街道の汀親会商店街。ここにも「逸見按針通り(Hemi Anjin Street)」のストリートフラッグが掲げられている。逸見美和会商店街から逸見中央商店街・逸見東栄会商店街と続く通りだけが逸見按針通りなのではなく,逸見一帯の商店街が地域ゆかりの三浦按針(ウィリアム・アダムス)のもとにまとまって,街を盛り上げようという取り組みらしい。商店街には厳しい時代なので,こういう試みも必要だ。

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 汀親会商店街の永原園茶舗の横に気になる路地がある。

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 永原園茶舗横の細い路地を入ると第一万年荘などのアパートが並び,その真ん中に小さな駐車場がある。

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 この駐車場,どこから車が出入りするのかが気になってしまった。横須賀街道(国道16号線)へは写真正面の路地で繋がっているが,途中はとても狭くなっていて,車が通れそうには見えない。

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 第一万年荘の裏側に回ると,さらに細い路地になっている。

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 となると,やはりここを通って横須賀街道から出入りするのだろうか。壁面にはガス管や水道管が這っていて,ここを車が通るとしたら大変だな……

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 逸見駅入口交差点のセブンイレブンの前に戻る。日がだいぶ傾いてきたが,まだ昼飯も食べてないことに気づく。一福食堂まで戻って夕飯を食べるには早いし,セブンイレブンで食いものを買って,ウェルシティ横須賀の前の公園で食べることにする。

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 ウェルシティ市民プラザ前のウェルシティ公園のベンチに座り,見事な看板建築を見ながら握り飯を食う。そういえば9年前もここで握り飯を食っていたら,妙に人なつこいスズメが寄ってきたことを思い出した。

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 この日はスズメが寄ってくることはなかったが,上空でトンビが数羽,低空旋回。明らかに私の握り飯を狙っている。
 襲撃の瞬間を撮ろうと,トンビが近づいてきたときにカメラを向けると遠ざかる。目立たないようにiPhoneのカメラを使っても気づかれた。上空から,ちゃんと握り飯とiPhoneを判別している。さすがに眼がいい。

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 トンビは眼がいいだけじゃなく,頭もいい。あとからやってきて私の前のベンチに座った親子連れは上空のトンビに狙われていることに気づいていたのに,背後のウェルシティ横須賀側から目立たないように降下してきたトンビに2度も食べものを奪われた。

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 2度目の襲撃のときのトンビ。気をつけていても,ほんの数秒目を離した瞬間に目立たない側から降下してくる。
 江の島のトンビは強引に襲ってくるイメージだが,鎌倉や横須賀のトンビは少数精鋭で巧妙だ。

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 横須賀街道(国道16号線)をJR横須賀駅方向に歩く。ウェルシティ横須賀ポートバレーヌ1番館〜4番館の並びの圧迫感。

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 横須賀街道(国道16号線)の横須賀隧道と新横須賀隧道。道路の曲がり具合から,写真左側があとから掘られた新横須賀隧道だとわかる。トンネルの横に横須賀駅商栄会商店街が並んでいる。

 横須賀市は起伏の激しい地形ゆえにトンネルが多いことで知られる。国道16号線の横須賀市内の16か所のトンネルの中で最も新しいのが新横須賀隧道で,1990年(平成2年)の竣工である。交通量の多い国道16号線のトンネルは早くから上下線用に2本目のトンネルが掘られているが,JR横須賀駅のすぐ横のここが1990年まで片側1車線のトンネルしかなかったというのは意外だ。すぐ横に横須賀線のトンネルが並行しているために工事が難しかったのかもしれない。ひょっとしたらウェルシティ横須賀ポートバレーヌの側に商店街があった可能性もある。

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 横須賀駅商栄会商店街。JR横須賀駅のすぐ横にあり,駅前と言ってもいい近さではあるが,交通量の多い横須賀街道が通行経路を分断している。残念ながら横断歩道もなく,代わりに地下道が設けられている。厳しい立地だ。

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 横須賀駅商栄会商店街と横須賀街道の横須賀隧道。

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 横須賀駅商栄会商店街の長屋型店舗では季節料理「詩」が営業中。

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 地図では「JR横須賀駅(国道)」バス停となっている「横須賀駅(裏)」バス停。Wikipediaにも“汀橋の南方の一つ隣は「横須賀駅(裏)」というバス停があったが、現在は「横須賀駅(国道)」に改められている”と書かれているが,現地のバス停名は「横須賀駅(裏)」のままになっている。

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 小料理「静むら」,らいむらいと,北京食堂が営業中。よく見ると,小料理「静むら」の前にあるバス停のポール(標識柱)の表記も「横須賀駅(裏)」となっている。

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 良くも悪くも横須賀らしい風景だ。

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 横須賀隧道の尾根の手前が東逸見町一丁目,向こう側は汐入町一丁目となる。

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 幕末から軍港として栄え,1889年(明治22年)末の横須賀(当時は横須賀町)の人口は24,366人で奈良町の24,459人に次ぎ,後の県庁所在地や政令指定都市の千葉町22,259人,青森町19,484人,東京府荏原郡品川町17,108人,福島町16,629人,浜松町13,857人,山口町13,653人,浦和村5,843人,川崎町5,036人などよりも大きい町だった。

 市街地は車が入れない急傾斜地まで広がり,それゆえ現在では人口減少問題が深刻になっている。小樽,呉,尾道,佐世保,長崎など,傾斜地にまで市街地が広がっている港湾都市に共通する問題だ。現在は人口増加傾向にある横浜市,川崎市,神戸市,広島市も傾斜地が多く,将来は同様の問題が生じる可能性が高い。

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 よこすか横断地下道の横須賀駅商栄会商店街側の出入口が見える。

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 横須賀隧道(新横須賀隧道)と高級時計の老舗時計店太安堂本店。店主が腕時計の収集でも有名な方で,店内には横須賀腕時計博物館がある。

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 交通量の多い横須賀街道(国道16号線)で分断された横須賀駅商栄会商店街側と横須賀駅を結ぶ「よこすか横断地下道」。かつては横須賀駅前のバスのりばまで繋がった連絡地下通路だったが,バスのりば側は廃止されている。

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 地下道でバスのりばまで行けなくなったため,地下道を出てから踏切を渡ることになる。

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 よこすか横断地下道を出たところにある横須賀踏切。

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 横須賀踏切からJR横須賀駅のホームを見る。線路の横にレンガが敷かれ,通路のようになっている。以前は車が通れるような広い踏切になっていたと推測される。JR横須賀駅前の広場と駅の南側が広い踏切で繋がっていた頃は,横須賀駅商栄会商店街はその名の通り駅前の商店街として機能していたんじゃないだろうか。

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 現在は車が通行できない踏切になっている。

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 踏切のすぐ横に全長73mの逸見トンネルがある。トンネルの横須賀駅側は複線で,トンネルの中で単線になっている。横須賀駅構内でも複線ある線路の南側の線路にホームはなく,単線分しか使われていない。1面2線ホーム(厳密には2面3線で,使われていない貨物ホームがある)の片側は頭端式になっている。

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 JR横須賀駅。

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 逸見トンネルを抜けて横須賀線の電車がやってきた。逸見トンネルの真上には Liberty Cove House が建つ。米軍の一括借り上げ賃貸マンションらしい。

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 階段がひとつもないことで“関東の駅百選”に認定されているJR横須賀駅。認定理由は「階段が一つもない平坦な、人にやさしい駅」だそうで,階段がないことが人に優しいことはわかっているのに,無駄に橋上駅にしたがる駅が多すぎると思う。

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 横須賀駅前のタクシーのりば。逸見トンネルの真上に建つ Liberty Cove House の基礎杭はどうなっているんだろう。

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 大きくないのに風格を感じるJR横須賀駅。

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 JR横須賀駅前。

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 横須賀駅前のバスのりば。左端にチラッと見えるのが,かつての連絡地下通路の出入口。

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 横須賀駅前のバスのりばの上を本町山中有料道路が通る。本町山中有料道路は横須賀市汐入の国道16号線と横浜横須賀道路を結ぶ。

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 JR横須賀駅のすぐ前にあるヴェルニー公園へ。東京都品川区の「船の科学館」から,昨年横須賀に80年ぶりに“里帰り”したばかりの旧日本海軍の戦艦「陸奥」の主砲砲身がお出迎え。

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 戦艦「陸奥」の主砲砲身は全長18.8mで,重さは102トンもある。口径は45口径41cmで射程はなんと36km。戦艦「陸奥」は1921年(大正10年)に横須賀海軍工廠で建造され,1936年(昭和11年)の改修でこの主砲が4基搭載されたという。

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 横須賀港は追浜や浦賀,久里浜などの複数の港からなるが,ここ横須賀本港地区は海上自衛隊横須賀基地,横須賀潜水艦基地,アメリカ海軍第7艦隊横須賀基地のある軍港である。

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 戦艦「陸奥」の主砲砲身の前のベンチに座り一休み。

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 海上自衛隊横須賀基地に停泊中の護衛艦「かが」。よく見たが,横須賀港が定係港の「いずも」ではなく,停泊しているのは呉が定係港の「かが」だった。「かが」は「いずも」と共に海上自衛隊で最大の艦艇である。

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 JR横須賀駅に戻ったら,ちょうど衣笠駅行きの来たので乗り込み,横須賀中央駅前で下車した。

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 乗ってきたバスが走り去るのを見送る。2012年4月末に閉店した西友横須賀店の跡地には,大滝町2丁目地区市街地再開発による地上38階建てのザ・タワー横須賀中央がそびえる。

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 京急線の横須賀中央駅方向を見るとサンコリーヌタワー横須賀中央駅前がそびえる。
 ヤジマレコード本店が入ったザ・プライム(横須賀プライム)は元緑屋横須賀店である。

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 京急横須賀中央駅と横須賀モアーズシティ。

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 京急線の横須賀中央駅ホームには,珍しくなったパタパタ(反転フラップ式案内表示機)が健在だ。関東地方では京急川崎駅とここ横須賀中央駅ぐらいにしか残っていないんじゃないだろうか。

 百恵ちゃんの「横須賀ストーリー」をアレンジした電車近接案内のメロディーが流れる。“快速特急”ではなく,各駅停車の普通電車に乗って帰ることにする。

京急逸見〜横須賀

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3 or iPhone 7

【関連記事】
2008年5月17日 (土曜日):京急逸見からJR横須賀へ(9年前の記事だが,恥ずかしいぐらいに同じところを撮った写真が多い)

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2017年4月 9日 (日曜日)

雨に降られた大岡川の桜 横浜市黄金町

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雨に降られた大岡川の桜 横浜市黄金町


 小雨の中,近所のソメイヨシノを見に行ったらまだまだ見頃だった。満開になった後で肌寒い日が続いたおかげだ。
 次の週末には葉桜になってしまうだろうし,あいにくの雨模様だが,せっかくなのでまとまった桜を見に行こうと思い立つ。滝桜をはじめとして枝垂れ桜の一本桜が多いことで知られる福島県三春町で生まれ育ったためか,どうしても桜の花に惹かれてしまう。観光地のように人が多く集まるところは苦手だが,桜の花だけは別モノなんである。

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 上大岡で横浜市営地下鉄から京急線に乗り換え,黄金町駅で下車する(自宅からは20分ぐらい)。長い間続いていた改修工事が終わった黄金町駅で下車するのは初めてだ。駅構内には“かんづめで一杯”を謳った「えき缶酒場」という店ができている。黄金町らしさがなくなり,住宅街化しつつある界隈であるが,黄金町らしい店だと思った。
 とはいえ,日中は普通の立ち食いそば屋になっている。

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 京急黄金町駅の前は黄金町バス停になっている。

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 大岡川に架かる太田橋北詰の太田橋北側交差点から上流側を見る。

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 太田橋から大岡川の上流の栄橋方向を見る。
 ここの桜を見に来たのは,桜が散ってしまっていても川面に散った花びらが浮かぶ花筏が楽しめるからだが,まだ花筏よりも桜の花そのものが楽しめる状態だった。

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 太田橋から下流方向を見る。大岡川の両岸は「大岡川プロムナード」として整備され,その桜並木は神奈川県で有数の花見の名所となっている。なにしろ大岡川の河口近くは,その名も“桜木”町である。

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 太田橋から大岡川右岸の桜並木を見る。

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 太田橋交差点から末吉町四丁目の町並みを見る。

 どうでもいいことだが(このブログはそういう話が多い),太田橋の北側が太田橋北側交差点,南側が太田橋交差点という非対称性が面白い。「橋詰(はしづめ)」が使われる町だと,太田橋北詰交差点,太田橋南詰交差点となる。○○○橋詰交差点,○○北詰交差点のような名づけ方は西日本や北陸地方に多く,関東地方ではあまり見ない気がする。

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 太田橋は「昭和三年一月十五日竣功」。こうやって親柱を撮っておくと後で調べる手間が省ける。

 太田橋が南太田近くではなく,黄金町にあるのも興味深い。「太田(おおた)」は江戸時代の武蔵国久良岐郡太田村に由来するのは確かだが,現在の日ノ出町・初音町・黄金町から南太田までを含んでいた。

 黄金町が太田村域だった頃に太田橋が架けられたとすれば一件落着だが,そうは問屋が卸さない。黄金町は太田村から1869年(明治2年)に分離,翌々年には日ノ出町から初音町までがごっそりと太田村から分離してしまい,太田橋のあたりは太田村ではなくなっている(太田橋はまだない)。

 太田村に残ったのが現在の南太田地域で,1901年(明治34年)横浜市に編入する際に太田村とは関係のない関内地区に既に太田町があったことから南太田町となった。
 太田橋が架けられたのは,ここが太田村でも太田町でも南太田町でもなくなった1928年(昭和3年)である。黄金町・白金町と末吉町を結ぶ橋なので,黄金橋・白金橋・末吉橋のいずれかの名前が使えれば良かったのだが,この3つの橋は既に架かっている……という紆余曲折があって,かつてここが太田村だったところまでさかのぼって,太田橋と名づけられたのではないかと推測してみた。

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 太田橋には水道管が併設されている。水道管は太田橋交差点から真っ直ぐ浦舟町の浦舟水道橋(中村川)に続いている。

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 黄金町の大岡川プロムナードの桜並木に沿って走る京急線の電車。

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 太田橋のたもとから黄金劇場があった通りを見る。黄金劇場の建物はシェアスタジオ「旧劇場」となっている。

 大岡川沿いやその周辺では毎年大岡川桜まつりが行われ,太田川の下流側には屋台が並んだり,様々なイベントが行われたりするのだが,今年2017年の大岡川桜まつりは一週間前の4月1日(土),2日(日)に開催済み。雨も降って寂しい雰囲気だ。

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 ソメイヨシノは成長が早い。太田橋から末吉橋の間の大岡川左岸の桜がだいぶ大きくなっている。

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 初黄町の特徴ある建物が隠れるほどのソメイヨシノに育っている。

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 水上からの花見。一度やってみたい。大岡川桜まつりの期間は日ノ出桟橋や桜桟橋などからクルーズ船や屋形船が運行されるが,この日運行しているのは私有のボートじゃないかと思う。うらやましい。

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 初黄町の元ちょんの間群の横,大岡川の左岸。以前はひょろひょろとした木ばかりだったが,もう立派な桜並木だ。

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 若いソメイヨシノのほうが花が長持ちするのかどうかはわからないが,このあたりはまだ花に勢いがある。

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 太田橋北側交差点を振り返る。

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 酒処めし処「満天下」,Canti,英会話THE TREE HOUSE……などが狭い店舗スペースを活用して営業中。

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 対岸の右岸側を見ると,満開の桜の中,ファッションヘルス「ピンクライオン」の看板が目立っている。

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 BAR「Charlie Charlie〜チャーリーチャーリー」,マイノリティーズコーヒー……

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 小雨だった雨が本降りになってきた。

 この日のほとんどの写真はソニーα7Sを使い,すべてJPEGでの撮影である。色が変なのは,私がオートホワイトバランスをわざとズラして撮影しているためであり,これらの写真の色がα7Sのせいだと思われるとしたら,ソニーさんに申し訳ない。

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 てろう明るい未来?

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 右の京急線ガード横の路地の街路灯には初音町商和会の文字が見える。地図を見ると,大岡川沿いの黄金町二丁目と平戸桜木道路側の初音町三丁目の境界は京急の高架線の北側(写真の路地の反対側)にあるのだが,なぜか黄金町二丁目側も初音町商和会で,初黄町でもないのところが興味深い。

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 この街に明るい未来がくるといいなと思う。

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 この桜の木はつぼみが大きくなってはいるが,まだこれから咲くところだ。ソメイヨシノとは別の品種,たぶん八重桜だと思われる。
 八重桜は花が大きくてボリューム感もあり,もっと人気になっていい桜だと思う。全国的にも桜並木になっていることが多いソメイヨシノが咲いて散った後に咲き始めるから,あまり注目されることがないのは可哀想だ。

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 下流の末吉橋方向を見る。

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 雨が本降りになってきた……

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 黄金町が以前のような街に戻らないように見張るための黄金町交番。写真を後で見て,屋根の上に鳥のオブジェがあることに気づいた。調べたら交番を管轄する伊勢佐木警察署のイメージキャラクタの「イセタカ君」というらしい。

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 折りたたみ傘はバッグに入れているが,差すのが面倒なので京急線のガード下でしばらく雨宿り。
 工事用フェンスには京急線の電車の絵が描かれている。これも黄金町エリアで定期的に開催されている「のきさきアートフェア」の作品なのかどうか,こういうヘタウマ系の絵はよくわからない。

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 ここの横にあった大衆酒場・ラーメン「権兵衛」のところ(初音町二丁目)が更地になっていた。とてもディープな感じの店だったので,機会があれば入ってみようと思っていたが,入れるときに入らないと後悔するだけだ。

 ちなみに大衆酒場「権兵衛」はこんな感じの店だった。

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どちらも2010年4月4日に撮影

 大衆酒場「権兵衛」は黄金町が売春窟で性風俗の店がびっしり並んでいた頃からの店で,ここの人通りがとても多かった頃は繁盛しただろう。神奈川県警の「バイバイ作戦」によって性風俗店が一掃され,人が歩くだけで立哨する警察官が目を光らせる状況では次第に人が寄りつかなくなり,店を続けるのは大変だったに違いない。

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 平戸桜木道路の初音町3丁目交差点側から京急線のガードを見る。飲み処「夕子」の先の歯抜けになっているところが元大衆酒場「権兵衛」跡地。

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 初音町二丁目の細い路地の奥にベトナム家庭料理「NiJi」の看板が見える。

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 細い路地の奥にあるベトナム家庭料理「NiJi」。この店も大変なところに立地している。
 現在は静かな住宅地になっているが,実はこんな路地でも昔は(黄金町にとっては暗黒の時代は)ちょんの間街・青線だったのである。

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 京急線西側に沿った路地に出る。京急線の高架下は工事用フェンスで囲まれたままだ。工事(高架橋補強工事)が行われているのかどうかは不明。

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 京急線のガード下で雨宿りしながら,末吉橋のたもとを見る。

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 初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会,安全・安心まちづくり拠点「Kogane-X Lab.(愛称コガネックス)」。県警や行政とともに初黄・日ノ出町地区に違法な性風俗営業の店が復活しないように取り組み,地域や大学などの協力のもとに地域再生のための様々な活動を行っているらしい。

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 末吉橋のたもとの京急線ガード下の絵。前にも書いたが,ヘタウマ系のアートはよくわからない。

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 末吉橋のたもとから大岡川の左岸を見る。

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 末吉橋を渡り,京急線の高架を振り返る。

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 末吉橋から大岡川の上流(右岸)を見る。京急線の電車の最後尾が高架橋上のフェンスの隙間に達した瞬間にシャッターを押したつもりだが,情けないことにちゃんと撮れていない(先頭車両より最後尾の車両を合わせるのは難しいとはいえ……)。

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 末吉橋から大岡川の上流を見る。

 末吉橋のたもとから下流の右岸(一週間前の大岡川桜まつりの際の末吉町1・2丁目会場)は商店街が積極的なためか,開花時期に柔軟なためか,露店なども並んで賑やかだった。

 そのまま日ノ出町に向かうつもりだったが,昼飯をまだ食べておらず,腹が減ってきたので,足が自然に伊勢佐木町・横浜橋通商店街のほうに向かった。

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 末吉町三丁目と若葉町三丁目の境界にある交差点。韓国民団横浜支部の前に,商店街アーチの骨組みだけが残っている。商店街名が書かれていたと思われる。何と書いてあったのか,気になる。

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 若葉町のミニシアター「ジャック&ベティ」はジャックとベティの2スクリーンの映画館。上映館が少ない渋い映画を上映している。

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 FASHION HEALTH Mr. DANDYやすっぴん倶楽部。
 南に隣接する永楽町・真金町に永真遊郭があった影響もあって曙町界隈には待合や置屋が多く,公娼制度の廃止にともなって赤線地帯となり,1958年(昭和33年)の売春防止法施行による赤線廃止後に性風俗の街になっていったという。

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 伊勢佐木町五丁目・六丁目の商店街へ。

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 横浜伊勢佐木町商店街(伊勢佐木町六丁目)。

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 横浜伊勢佐木町商店街(伊勢佐木町五丁目)。平成になるまでは伊勢佐木町は横浜では一番の繁華街(全国的に見ても有数の繁華街)で,映画館も多く銀ブラならぬイセブラ・ザキブラという言葉もあったそうだ。最後まで残っていた百貨店の横浜松坂屋も2008年に閉店,テラコッタ装飾の施されたデパート建築もその後取り壊されてしまい,かつての繁栄の名残は感じにくくなってきている。

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 伊勢佐木町五丁目の桜井中央ビル。

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 横浜伊勢佐木町商店街(伊勢佐木町六丁目)。

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 横浜伊勢佐木町商店街(伊勢佐木町五丁目)。伊勢佐木町ダイカンプラザの三角屋根が気になる。

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 国道16号線の曙町三丁目南交差点に向かって歩く。突き当たりに小さく見えてきた全蓋式アーケードは横浜橋通商店街。
 横浜モンデミ〜テとか若奥サマンサとか,ダジャレ系の店かと思いきや横浜ハレ系と書いてある。横浜ハレ系ってなんだろう……

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 伊勢佐木町五丁目と曙町三丁目の境界。

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 伊勢佐木町六丁目と曙町四丁目の境界。

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 JAPANESE TATTOOの文身横浜彫こう。伝統和彫りの刺青師さんだ。
 二階部分の窓の高さがそろっていない。どのようになっているのか気になる。

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 静かな住宅地の路地かと思いきや,路地を進むとそこはやっぱり曙町四丁目,仰々しいGOLD MOONが洗われる……もとい,現れる。

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 国道16号線鎌倉街道(曙町四丁目)に出る。

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 鎌倉街道(国道16号線)の曙町三丁目南交差点。

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 鎌倉街道沿い(曙町三丁目)。「呑兵衛(のんべえ)」の隣の店はインスタントBar「即席家」。気になったので調べてみたら,レトルト食品やインスタントラーメン,缶詰など調理に手間がかからない即席商品を提供するバーなので「即席家」らしい。手作りと言いつつ業務用商品を提供する店もある中,良心的じゃないか。

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 鎌倉街道の向かい側には中華料理「一番本店」。

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 横浜橋通商店街で飯を食おうと歩いてきたが,“味でもなんでも浜一番”の一番本店で食べようかと心が揺らぐ。

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 が,一番本店の先にタンタンメン本舗という店があることに気づいた。神奈川県東部に店舗展開している,担々麺ではないカタカナのタンタンメン,いわゆるニュータンタンメン系(系列の店という意味ではなく,類似という意味)のラーメン屋である。腹が減ったときには,あのニンニクくさい溶き卵のラーメンが無性に食いたくなることがあるのだ。

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 大通りに「ド淫乱倶楽部」のような看板が並ぶ,曙町ならではの街並みを見ながら,どこで食べるかをしばし考え,タンタンメン本舗のドアを開けた。

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 ニンニク臭い息をしながらタンタンメン本舗を出て,向かいの「即席家」側を撮る。ソニーα7Sをバッグにしまい,コンパクトカメラのCyber-shot RX100M3にチェンジ。オートホワイトバランスをいじっていたα7Sと違って,こちらはカメラのデフォルトのAWBなので色味が全然違っている。

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 横浜橋通商店街の前を通って,横浜市営地下鉄阪東橋駅に向かう。

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 横浜市営地下鉄工事ために吉田川(運河)を埋めて作った大通り公園。この地下を横浜市営地下鉄ブルーラインが通っている。

 そういえば,末吉橋のたもとで地下鉄に乗りたいという女性に道を聞かれ,「まっすぐ行ったところにある広い大通りの下を地下鉄が走っているので,そこを右に進むと阪東橋がある」と教えたことを思い出した。図らずも,自分もその経路を歩くことになったのだが,どうもこの「大通り」は広い大通りに見えず,女性はひょっとしたらその手前の鎌倉街道を右に曲がってしまったのではないかと心配になってきた。

 横浜橋通商店街から地下鉄に乗ろうとして末吉橋を渡ってしまった方向オンチの女性である。ひょっとしたら鎌倉街道をそのまま真っ直ぐ歩いて阪東橋駅の横を通り抜け,一つ先の吉野町駅まで歩いてしまったとしたら,申し訳ないことをしたかもしれない。いや,むしろ吉野町駅が偶然にも鎌倉街道にあることを喜ぶべきか……

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 大通り公園にある「歌丸桜」。花びらが散り,葉桜になりかけている。「歌丸桜」の名は,真金町出身で横浜橋通商店街の名誉顧問を務めている桂歌丸師匠にちなんで名づけられている。

 この枝垂れ桜,実は私の故郷福島県三春町にある三春滝桜の子孫樹である。

 ソメイヨシノは自然交配で結実した種子が発芽することはなく,接ぎ木によるクローンでしか繁殖しないのに対して,エドヒガン系の桜である滝桜は結実した実から子孫樹が成長する。滝桜の子孫樹は全国に植樹されており,その多くは実から育った苗を育成した実生(みしょう)の子孫樹である。それ故,子孫樹が滝桜のようにきれいに枝垂れないこともある(クローンではないため,まったく同じにはならない)。

 Twitterで「滝桜」を検索したら,「滝桜の実生クローン」というツイートがあって驚いた。実から育つことを意味する実生とクローンは矛盾しているし,三春滝桜は三春盆踊り唄に「枝に手は届くけれども殿様の桜なので折られない(滝の桜に手は届けども 殿の桜で折られない)」と歌われているように,町民によって大事にされてきた桜であり,滝桜の枝を折って接ぎ木クローンにすることなど考えられない。今は殿様はいなくても,天然記念物なので枝を折ることはできない。滝桜の接ぎ木として売られている苗木があるとしても,それは滝桜のクローンではなく,滝桜の子孫樹のクローンである。

 Twitterで三春の滝桜の開花状況を検索したときに気になったことがもう1件。「歌丸桜」のように命名してあるのは気にならないが,子孫樹が「三春滝桜」と呼ばれているケースが意外に多く,それが少し気になるのだ。エドヒガン系の桜は,その名の通り春の彼岸の時期,つまりソメイヨシノよりもだいぶ早い時期に開花する。三春出身の者として,滝桜の開花状況やそれに対する多くの人の反応を知りたくて検索すると,3月の早い時期から“三春滝桜満開です!”というツイートがあったりして,こんなところにも子孫樹があるのかと誇らしげに感じるとともに,ちょっと違和感があったりもする。

 どうでもいい話を続ける。福島県の中通り地方の三春町周辺(郡山市東部や田村市,二本松市の旧岩代町など)に,なぜ滝桜の子孫樹である枝垂れ桜の一本桜の古木が多いのだろうか。三春藩の殿様が,そこが三春藩の領地であることを示すために植えたという説もある。そう,全国各地に増えている滝桜の子孫樹は三春町の隠謀なんですよ。つまり,いずれそこも三春町の領地になるという……(冗談です)

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 大通り公園の桜。

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 大通り公園にぽっかり穴が空いた感じの横浜市営地下鉄阪東橋駅駅。

── SONY α7S + FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

黄金町〜阪東橋

【関連記事】
2007年4月15日 (日曜日):阪東橋〜横浜橋商店街〜黄金町
2008年11月15日 (土曜日):変わりゆく黄金町〜日ノ出町
2010年4月 4日 (日曜日):暗くなってから大岡川桜祭り・黄金町・初音町
2014年11月15日 (土曜日):ハマの劇場空間「野毛」の激動

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2017年4月 1日 (土曜日)

再開発のために閉館するoh!plaza 大船

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再開発のために閉館するoh!plaza 大船


 JR大船駅笠間口・東口バスターミナルにある oh!plaza(オー!プラッザ)が,再開発事業の進展にともない4月16日をもって閉館することが発表された。

 oh!plazaはヤマダ電機LABI大船店やスーパーマーケットのライフ大船店が核店舗となるショッピングセンターである。「ニチイ大船店」として開業し,マイカルの「大船サティ」となったものの2002年に閉鎖,その後 oh!plaza となっていた。

 大船で早めの晩飯を食べた後に oh!plaza の周囲を見て回ることにする。

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 大船仲通商店街。YOKOHAMAYAは古くから大船にあるシューズショップ。たしかこの仲通りの店が本店で,大船駅前だけで3店舗もある。

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 大船仲通商店街と大船商栄会商店街の境の四ツ辻。角の河合果実店が閉店し,チケットショップになっている。

 世の中には二種類の人間がいる。チケットショップを利用する人と利用しない人だ……などと思ってみたりする。実は私はチケットショップを一度も利用したことがない。
 以前NHKの「ドキュメント72時間」で池袋かどこかのチケットショップが取り上げられていて,利用者のほとんどが常連さんで,デパートの商品券を数十円安く買う人,10円安くなるコーヒー券買う人など,はたから見ると大した節約になってなさそうだけど,皆さんがとても満足していらっしゃるようで,番組のタイトルも確かチケットショップで幸せを買うとかなんとか,そういうものだった。

 チケットショップはチケットを売る人の中に「闇」があるんじゃないかと思う。もらったビール券を使わないから売るとか,そういう話ではなく,たとえばクレジットカードの現金化だ。世の中には切羽詰まっている人がいて,確実に損をするとわかっていても「現金」が必要となり,クレジットカードで回数券をまとめて購入するなどした後,すぐにチケットショップで売って現金を得るというアレである。発売直後の高級カメラの未開封品が中古ショップに並ぶアレとか,最近ではフリーマーケットアプリの「メルカリ」に1万円札4枚が4万7300円で出品されたアレである。闇は深いね。

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 大船駅東口前,大船商栄会商店街の魚廣の前から仲通りの北側を見る。

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 観音食堂のある四ツ辻を振り返る。

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 マツモトキヨシだったところがYOKOHAMAYAになっている。あれっ,そうすると大船のYOKOHAMAYAは4店舗目? それとも駅前店がこちらに移転したのかな。

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 三日月街区のS字カーブ・横断歩道跡。左奥に大船観音の側頭部が見える。

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 三日月街区の前から大船商栄会商店街の仲通り方向を振り返る。

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 S字カーブ跡から oh!plaza 側へ。

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 三日月街区前のS字カーブ跡。

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 S字カーブ跡の前にもYOKOHAMAYA笠間口店がある。

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 居酒屋「網代一菜」の奥が鎌倉市大船と横浜市の境界で,砂押川が流れている。砂押川の上が駐輪場になっている。

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 駐輪場の先に見えるのが oh!plaza。屋上にはヤマダ電機LABI OFUNAとライフの広告塔がある。

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 相鉄フレッサイン鎌倉大船の前から oh!plaza を見る。

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 砂押川に架かり,鎌倉市と横浜市を結ぶ橋。橋の名称は不明。

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 橋の両側に「有料」と書かれているが,有料なのは駐輪場で,もちろん橋は無料で渡れる。ただ,oh!plaza 閉館翌日の4月17日からは通り抜けができなくなる旨の「通行止のお知らせ」が立っている。

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 oh!plaza の前の「横濱一品香」は既に店じまいしている。昨日3月31日までの営業だったようだ。

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 oh!plaza の閉館は4月16日だが,核店舗のヤマダ電機LABI は明日4月2日に先行して閉店する。ヤマダ電機LABI が閉店すると大船駅周辺に家電量販店がなくなる。ヤマダ電機は西友大船店3Fに仮店舗を開設して,修理などのアフターサービスにも対応するという。案内に「新店オープンまで仮店舗にて」と書かれているところを見ると,再開発後の同じ場所もしくはどこか近くに新店舗を計画しているのだろう。

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 カメラはリコーGRしか持ってきていないので,全景が撮れない……

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 oh!plaza を縦位置で撮る。私はあまりここを利用していなかったが,東口バスターミナルを利用している人には便利な店だったろうと思う。

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 通り抜けができなくなるという案内板。oh!plaza を利用する人だけじゃなく,東口バスターミナルから大船の商店街や西友大船店に向かう人は,少し遠回りになる。

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 oh!plaza の前から大船駅笠間口に続く道路に並んでいた店舗群は取り壊しが完了して更地になり,ユンボが1台残っているだけだった。

 子供の頃から「パワーショベル」と呼んでいた建設機械が,世間ではユンボと呼ばれていることを知ったのは比較的最近(と言っても15年ぐらい前かな)のことだ。

 最初に「ユンボ」という名前を聞いたとき,それは小型のパワーショベル(油圧ショベル)に対してだったので,小型タイプがユンボなのかとも思っていた。調べてみたら,レンタルのニッケンが「ユンボ」を登録商標として出願したのは1986年(昭和61年),登録が1988年(昭和63年)。子供の頃に聞いた記憶がないのは当然だった。新しい言葉が世間一般に広まるのはあっという間,という印象だ。

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 oh!plazaの前から大船駅笠間口を見る。

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 oh!plaza 全景。写真左に大船駅東口バスターミナルがある。

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 写真右が大船駅笠間口。午後6時を過ぎ,だいぶ暗くなってきた。

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 更地になった大船駅北第二地区市街地再開発の事業区域。写真右が oh!plaza。左に見えるのは県道大船停車場小袋谷線とルリエ大船。ルリエ大船は大船駅北第一地区第一種市街地再開発事業により,先行して建てられたビル。

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 大船駅笠間口方向に後ずさりしながら oh!plaza を撮影する。

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 大船駅笠間口の前を砂押川が流れる。砂押川から先は鎌倉市となるので,「鎌倉市」という市境を示す案内標識が立っている(道路標識の陰になってよく見えないが)。

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 oh!plaza と相鉄フレッサイン鎌倉大船。

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 大船駅笠間口。2006年に大船駅の北改札と笠間口が新設され,大船駅東口バスターミナルの利用者や横浜市栄区笠間の住民はとても便利になったと思う。

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 大船駅笠間口の前の砂押川に架かる大東橋と大東橋交差点。

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 大船駅笠間口の前の横断歩道。

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 大東橋の上から砂押川の上流側を見る。平常時は水深数十cmしかないが,たくさんの鯉が背びれを水面に出しながら泳いでいる。

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 大東橋の上から砂押川右岸の横浜市栄区側を見る。

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 大東橋交差点はスクランブル交差点になっている。写真左奥は大船駅東口の駅ビル大船ルミネウィング。写真右は根岸線(京浜東北線)大船駅のホームで,砂押川は大船駅のホームの真下を横切っている。

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 大船駅笠間口前の横断歩道と大東橋。

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 砂押川の左岸,鎌倉市大船側。

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 大船駅笠間口のエスカレーターを上ったところから駅前方向を見る。再開発事業の計画図を見ると,写真左のエレベーターに繋がる通路のさらに左側に,大船駅と再開発地区との連絡通路ができるようだ。

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 大船駅笠間口の階段。

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 大船駅笠間口の北改札口。

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 従来は東海道線と横須賀線(と根岸線・京浜東北線)の表示だけでも十分だった大船駅の案内板だが,上り方面は上野東京ライン・湘南新宿ライン・横須賀線(総武線直通)の電車がからみ合うようになり,この案内板が必要になった。

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 横須賀線の電車に乗って帰る。

── RICOH GR

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