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2017年1月 7日 (土曜日)

“楽都”郡山 駅前二丁目~大町一丁目

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“楽都(がくと)”郡山 駅前二丁目~大町一丁目


 年の瀬も押し迫った12月27日の午後,福島県三春町の実家で突然父が亡くなった。午前中までバイクで買物をしたり,近所でお茶を飲んだりしていたそうだが,それがこたつの中で心筋梗塞でポックり。85歳だった。

 前日の夜,たまたま実家に電話したばかりだった。このところ,1年に1回ぐらいしか実家に電話をしていなかった。

(私)「喘息と扁桃腺の調子が悪くて,最近は会社を休んでばかり。
    こんどの正月も帰省しないよ」
(父)「正月ぐらいは帰ってくんのが常識ってもんだぞ」
(私)「ずっと体調が悪くて,俺のほうが先に逝くかも(笑)」
(父)「それは親不孝だからダメだ」
(私)「まだバイク乗ってんだべ?
    年寄りの運転は危ねがら,いい加減にバイクはやめんせよ」
(父)「バイクはやめらんに……」

 電話の声に変わったところはなかったが,結局,父は最終手段を使い,帰省するつもりがなかった私を帰省をさせ,私に先を越されることなく天に旅立ち,心配の種だったバイクは実家に残し,とうとうバイクの運転をやめた。

 20年ぐらい前,父が初めて狭心症の発作を起こしたときも,父は愛用のバイクにまたがり,自分でバイクを運転して三春町から隣の郡山市の病院に向かい,そのままそこに数週間入院してカテーテルやステントを使った検査や治療を行っている。それほどまでのバイク好きだった。

 自宅で亡くなったので(母が発見),警察による検死やらなにやらがあったり,その後の火葬や葬儀の手配や準備も全部,何から何まで実家の近くに住んでいる弟に任せてしまった。しっかり者の弟と,親不孝で世間知らずの兄貴の対比がいつも以上に明確になり,ありがたいやら恥ずかしいやら情けないやら……

 坊さんや葬儀場の都合などもあって,火葬は年内に済ませ,葬儀は成人の日がらみの3連休に決まった。

 ここからは,黒いスーツを着て撮り歩いた郡山駅前の写真の記録である。

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 郡山駅前と東北新幹線高架下の駅ビルショッピング施設「エスパル(S-PAL)郡山店」。
 正面に見える駅前広場北側のビルは地上24階の郡山ビッグアイ。地上133mの高さのビルは,福島県内で最も高いビルである。このビルに関するすったもんだを,それに詳しい人が話し始めると2時間では終わらないので注意が必要である。

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 郡山駅とファッションビル「郡山ATi(アティ)」。かつての郡山西武である。
 と思ったが,思いっきりのピンぼけ写真だった。この日もアルコールは飲んでいないが(私は禁酒して4年ぐらいになる),最近はシャッターボタンを押す人差し指や,コーヒーを飲むときのコーヒーカップの揺れが気になる年頃である。

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 郡山駅前(西口)の広場。正面のビル群も新しくなっている。つい近年まで私の高校時代から変わらないビル群だったはず。左にスクロールする新聞社の電光ニュースが注目の的だったが,今は跡形もない。

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 郡山駅西口駅前広場を電飾で彩る光のページェント「ビッグツリーページェントフェスタ」は2016年~2017年で11回目になるという。

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 イルミネーションに楽都(がくと)郡山の文字が見える。
 郡山市は平成20年に音楽によるまちづくりを進めるべく,「音楽都市」を宣言しているのである。

 明治時代の安積開拓により急速に工業都市として発達した郡山では治安が悪化し,暴力団抗争が相次いだことから「東北のシカゴ」とも呼ばれていた。戦後になって音楽が戦災復興を目指す市民の心のよりどころとなり,職場や学校や地域での合唱や器楽演奏が盛んになる。

 こうした中,1954年(昭和29年)にNHK交響楽団による郡山で初めての本格的なオーケストラ演奏会が成功する。当時,郡山市にはオーケストラの演奏会ができる公共施設がなく,国鉄郡山工場の大食堂が会場として使用されたという。1958年(昭和33年)の映画『裸の太陽』は国鉄郡山機関区・工場を中心に撮影されており,職場の仲間たちが♫釜焚き 釜焚け 釜焚こうと合唱するシーンに,当時の音楽熱のなごりが感じられる。

 “東北のシカゴ”から“東北のウィーン”へ。郡山市民の音楽活動は昭和39年には「十万人コーラス」運動へと発展。昭和40年には「二十万人コーラス市内パレード」,そして1972年には郡山市で撮影した,市民が音楽で暴力を追放するという内容の『百万人の大合唱』が映画化される。主演は若林豪・酒井和歌子。同じ1972年に郡山のヤクザの抗争を描いた高倉健主演の『昭和残侠伝 破れ傘』が公開されていて,偶然の恐ろしさも感じる。

 1974年(昭和49年)には,知る人ぞ知る,当時は日本で最大規模だった伝説の野外ロックコンサート「ワンステップフェスティバル」が郡山市の開成山公園で開催された。この企画・運営は若い20代30代の郡山市民が担っている。

 そして現在も郡山市民の音楽熱は冷めず,安積黎明高(元安積女子高)や郡山高校・郡山二中・五中・金透小学校などの合唱部や管弦楽部が全国レベルで活躍している。

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 郡山駅前を走る福島交通の三春行きバス。昔から変わらない塗色だ……と思うのだが,ちょっと違和感を感じる。
 違和感の正体は何だろうと考えてみた。昔はバスの側面は大きな広告で占められていたが,それがなくてスッキリしているのが違和感の正体かもしれない。福島交通の経営が傾き,みちのりホールディングス傘下となって車体広告の方針が変わったのか,それとも広告営業に苦労しているのか……

 とはいえ,中扉と前扉の2ドアの路線バスが主流になっている現在,昔ながらの前扉と後扉のバスを見ると,懐かしくてたまらなくなる。

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 郡山駅西口駅前の駅前通りの交差点。郡山丸井(東北地方唯一の丸井だった)の跡地にダイワロイネットホテル郡山駅前のビルができあがっている。3階までは商業施設になるらしく,2月の開店に向けて準備作業が続いているようだ。

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 駅前から郡山駅を振り返る。

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 郡山駅前南側のATi(アティ)郡山。郡山丸井の斜向かいにあり,かつては郡山西武(開店当時は西友郡山店)だったところ。新幹線高架下にあったヨドバシカメラマルチメディア郡山が移転してきて,中核の店舗となっている。

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 駅前通り。歩道の上に高いアーケードが設置されている。

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 駅前通りから北に延びる路地。奥に見えるアーケードは郡山駅前アーケード商店街。
 エリート26ビル,エリート27ビルというふうにエリートビルが並ぶ。「エリート」グループは郡山駅周辺に貸しビルを保有し管理している。写真左のビルは丸光デパート郡山店だったところ。1980年に撤退し,その後は朝日生命郡山センタービルとなっていたが,現在はエリートが所有し,エリート42ビルとなっている。

 私が高校生だった頃(1975年~78年頃),確かこの通りにラーメンの幸楽苑があって,「半ちゃんラーメン(ラーメン+半チャーハン)」が俺たち食べ盛りの高校生に評判だった。全国チェーン店の「幸楽苑」が,実は郡山の幸楽苑からの成り上がりだったことや,郡山の幸楽苑の元になったのは会津の「味よし食堂」だということを知ったのは最近のことである。

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 駅前通りを西へ歩き,郡山駅前アーケード商店街の入口の前へ。

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 郡山駅前アーケード商店街。アーケード商店街の入口の右側には「ままどおる」「エキソンパイ」の三万石郡山本店がある。その横はエリート42ビルの入口……かつて憧れのデパートだった丸光の入口だったところである。

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 郡山駅前アーケード商店街。今は飲み屋街・飲食店街になっているが,かつてはシンバルを叩き続ける猿のおもちゃがいつも動いていたおもちゃ屋「トイスかんの」が四ツ辻にあったり(実は少しだけ移転して店が小さくなって現在も営業中!),専門書もびっしり並ぶ東北書店があるなど,普通の商店街だったところである。

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 駅前アーケード商店街の中心の四ツ辻。写真右が郡山駅方向,左が郡山テアトル・郡山駅前郵便局方向になる。

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 郡山駅方向を見る。昔と違って商店街ではなく飲食店街風になっているので,暗くなってからはもう少し人通りがあっても良さそうだが,郡山駅前の飲食店街の中心は駅前通りの南側(反対側)の陣屋通り・代官小路側なので,仕方のないところかもしれない。

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 四ツ辻から西側を見るとおもちゃの「トイスかんの」がある。隣の三春町で育った私だが,「かんの」では,プラモデルやおもちゃをずいぶん買ってもらった記憶がある。

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 郡山駅前アーケード商店街(北側を見る)。

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 郡山駅前アーケード商店街(南側を振り返る)。

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 アーケードの北の端が見えてきた。相席屋「女性のお客様飲み放題時間無制限0円」だってさ。

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 日の出通りとの交差点で駅前アーケード商店街のアーケードが途切れるのは昔から変わらないが,商店街はひどい歯抜けになっている。このへんに何があったのかの記憶もない。

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 駅前アーケード商店街と日の出通りの交差点。この先には映画館の郡山テアトルがある。

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 日の出通りの西側を見る。駅前通りが郡山駅の旅客駅前のバスロータリーに直結しているのに対して,こちらの通りの駅前側には日通などの営業所があり,さらに貨物引き込み線のある貨物積み降ろし場があった。現在はそれらの土地が郡山ビッグアイになっている。

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 郡山駅前アーケード商店街を振り返る。

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 郡山テアトル1・2・3。別館に6・7・8がある。たくさん映画館があった郡山市だが,現在まで残っているのは郡山テアトルだけとなった。

 まだ児童同士で郡山に遊びに行ってはいけないと言われていた小学生〜中学生の頃,映画「ダーティハリー」と「エクソシスト」を見たのは,確かここ郡山テアトルだった。いや「エクソシスト」を見たのはさくら通りの八幡坂の郡山ピカデリーだったかな。だとすると,テアトルで見たのは「片腕ドラゴン」だったかな……(ブルース・リー主演ではないカンフー映画だった)。

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 郡山テアトルで上映中・上映予定の映画のポスターが並ぶ。

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 日の出通りのもつ焼「味のじゅん天」の前から西側を見る。

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 味のじゅん天の前の日の出通り。

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 日の出通りの「味の串天」の前から東の郡山駅方向を見る。

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 日の出通りから駅前通り方向に延びる路地。かつては両側にダイエー郡山店の9階建ての本館と(4階建て?の)別館があり,立派な2層の渡り廊下でこの路地の上が繋がっていた。そのダイエー郡山店はトポス郡山店になり,しかも1994年に閉店してしまったまま,空きビルが廃墟のようになって,それが長らく郡山沈滞の象徴的名物になってしまっていた。元ダイエーの空きビルは2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の後で取り壊された模様。

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 巨大だった元ダイエー郡山店のビルが取り壊され,駐車場になっている。

 市街地の中心の9階建てのビルが空きビルのまま20年近くも放置されたり,ビルが取り壊されたら駐車場にしかならないというのは,やはり立地に問題があったのかもしれない。

 郡山駅前は,駅前通りの北側の大町通りと南側の中町通り(中央通り)が古くからの商店街になっていて,中町側の老舗デパートの「うすい」が郡山の商業の中心だ。それに比べると北の大町通り側は見劣りする。駅前アーケード商店街も北側にあるが,昔よりも中町側とは賑わいに差がついてしまった。安売りで知られたダイエーといえども,「うすい」にはまったく歯が立たなかったことも大きい。その庶民の味方“夢のデパート”うすいが,その後高級化路線を走り出したのには驚いたな……

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 日の出通りと大町通りの交差点。大町通りはもともと奥州街道で,宿場町郡山の古くからの中心である。

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 大町通りの郡山大町バス停に郡山駅前行きのバスが停車中。

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 郡山大町バス停の前,大町一丁目のスナック羅針盤のあたり。

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 郡山大町バス停の前から大町通りの南側(駅前通り側)を見る。

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 大町通りを南へ戻ると,ついさっきまで暗かったスーパー料亭大江戸ギャルズ郡山店のネオンサインが灯っている。

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 大町通りを南へ。

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 大町通りからゆうちょ銀行郡山店(元の貯金局)に抜ける路地。

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 元祖塩ホルモン焼「大豊」が力一杯商い中。“お一人様大歓迎”,“お一人様用予約席用意あり”と看板に書かれていて,遠慮なく一人ホルモンが楽しめる店らしい。カウンターのあるホルモン焼店は神奈川県にもあるが,安くて人気の店が多く,逆に気楽に寄れないのが玉に瑕……かな。見たところ,この「大豊」も人気店らしい。

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 大町通りに戻る。

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 あぶりや食堂のある細い路地。

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 あぶりや食堂のある細い路地は,大町通りを跨いで駅前アーケード商店街に続いている。郡山に詳しい人なら,成人映画「大勝館」があった路地といえばすぐにわかると思う。ボクは隣の田舎町出身のまじめな高校生だったからよくわからないけど……

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 大町通りの大町大一ビルの前。うすい百貨店だけが大きくて,あとは個人商店が並ぶ中町の中央通りに比べて,大町通りには少し大きめの商業ビルが立ち並んでいる印象だったが,歩いてみたら歯抜けになっているところが目立つようになっていた。

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 駅前通りと大町通り・中町中央通りの交差点。スクランブル交差点になっている。私が高校生だった頃は,まだここに駅前通りを横断する横断歩道はなく,地上を横断できるのは自転車だけで,歩行者は狭い地下道を通るようになっていた。当時は人通りが非常に多く,なぜスクランブル交差点にしないのだろうと不満を感じていたが,人通りが大幅に減少した今になってスクランブル交差点にすることに交通行政のチグハグさを感じる。

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 駅前通りのスクランブル交差点から東の郡山駅方向を見る。写真右側の柏屋本店は薄皮饅頭で有名。柏屋の薄皮饅頭は三万石のままどおると並んで,郡山土産の定番だ。

 柏屋本店では毎月1回「朝茶会」が行われていて,これは私が高校生の頃からやっているので,もう40年以上は続いていることになる。柏屋のWebサイトを見たら,2017年4月1日開催の朝茶会は第461回ということだ。参加は無料で元気な挨拶が参加資格,できたての和菓子(月ごとに変わる)とお茶がいただける。昔は握り飯もあったように記憶しているが,勘違いかもしれない。もう40年も前のことだ。
 高校生だったオイラ達は大人達に混じって一丁前に朝茶会に参加し,ゆったりと和菓子のおいしさを楽しみ,遅刻ぎりぎりに高校に駆け込むのが毎月の楽しみだった。朝茶会,楽しかったなあ……

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 中央通りを見る。

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 駅前通りの中央大町バス停。郡山駅と我が故郷の三春町を結ぶ福島交通のバスは,郡山駅前を出ると郡山の「中央大町」を通り,くねくねと曲がる国道288号線を走り,三春町内に入ると一本松・日本化学工場前・広場・八幡町・中町と停車した後,三春の「中央大町」バス停に停車する。同じバス路線に同じバス停名があるのは珍しいんじゃないかと思う。

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 駅前通り・さくら通りの八幡坂(写真正面)・国道4号線が交差する郡山駅入口交差点。昔はもう少し都会に感じられる場所だったが,現在まであまり変化がなく,賑わいは感じない。ビル屋上の巨大な看板が,昔は「三菱電機」と「パイオニア?」だったような気がする……

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 元は津野デパートだったホテルクラウンヒルズ郡山の前から駅前通りを見る。

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 ホテルクラウンヒルズ郡山の部屋から郡山駅入口交差点を俯瞰する。

 昔の賑わっていた頃の郡山駅前の記憶が強いので,賑わいのなくなった駅前が寂しく感じられた。遠い記憶なので,かなり美化した補正が入ってしまっている可能性は高い。

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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