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2015年12月26日 (土曜日)

蒲田駅東口の歓楽街から京急蒲田駅へ

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蒲田駅東口の歓楽街から京急蒲田駅へ


 近くにありながら,今まで写真に収めることがなかったJR蒲田駅東口の繁華街を歩いてみる。

 なぜ蒲田駅東口を撮ることがなかったか……。特に理由があるわけではないが,強いて言えば,商店街が発達した蒲田駅西口や京急蒲田駅のほうに魅力を感じ,どちらかというと工場跡地の広い敷地に建った新しめのビルが多い東口にはあまり惹かれなかった,と言えるかもしれない。

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〔明治39年と昭和20年(空襲で焼け野原になる前)の蒲田駅周辺の地形図〕

 現在では駅の東西に繁華街が広がる蒲田駅周辺だが,もともと何らかの町があったわけではなく,1904年(明治37年)に荏原郡蒲田村に東海道本線の蒲田駅が開業した当時は,周囲に田んぼしかない田園地帯だった。明治39年の地形図を見ると,都市的な家屋の集積は京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)の蒲田駅(現在の京急蒲田駅)がある蒲田新宿の東海道沿いにしか見られない。当時は既に荏原郡大森町(京急線の平和島駅~大森町駅あたり)や橘樹郡川崎町(川崎市)には大きな市街地が形成されており,また荏原郡羽田村の羽田漁師町の家屋の集積も大きく,蒲田村との違いには驚くばかりである。蒲田の繁栄は鉄道駅の設置によってもたらされたことがわかる。
(大森町は1897年に町制,羽田町は1907年に町制,蒲田町は1922年に町制)

 昭和20年の地形図では,蒲田駅周辺は一気に市街化している。商業地域は新旧多摩堤通りと旧東海道,そして東海道本線の西側は住宅地,京浜急行電鉄の東側も住宅地(と町工場)となった。東海道本線と京浜急行にはさまれた地域には工場が立ち並んだ。

 1920年(大正9年)に蒲田村に開所した松竹蒲田撮影所も,1923年の関東大震災で壊滅状態となり,わずか16年後の1936年(昭和11年)には閉所,大船の松竹大船撮影所に移転しており,跡地は大きな工場となっている(現在はニッセイアルマスクエアのビル)。そのような工場の跡地が徐々にビル群に変わっていったのが蒲田駅東口である。

 蛇足になるが,こうやって松竹蒲田撮影所があった場所の古い地図を見ると,開所直後から周辺に工場が増えてトーキー時代の映画撮影に適さなくなったことがよくわかる。かつて蒲田がモダンな「映画の町」だったというイメージは,現実とはずいぶん違っているような気がする。

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 蒲田駅東口の正面。横断歩道で駅前広場のロータリーを横切ると,蒲田東口中央通りの商店街アーチがある。その南側には一番街通りが平行している。

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 蒲田駅東口駅前ロータリーの北側。

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 JR蒲田駅東口の駅ビル,グランデュオ蒲田東館。もともとの駅ビル「パリオ」を全面改装したものである。
 グランデュオ蒲田東館と駅前の蒲田三和ビルの間に,少しだけ見えるのが大田区役所である。区役所が入っているビルが,あのバブル経済が沸き立った時代に不動産業界の寵児的な存在だった桃源社のビルだったことも,すっかり忘れられつつある。

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 東口前から蒲田五丁目交差点方向に続く「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」。歩道の上にアーケードが設置されている。
 蒲田駅東口は羽田空港・羽田車庫・糀谷・森ヶ崎方面のバスターミナルになっている。バス停のほとんどが駅前広場ではなく「ぽぷらーど」に並んでいるのは,駅前ロータリーにたくさんのバス停を並べるスペースが取れないためだろうか。一番遠いバス停は東口から250メートルぐらい離れており,蒲田五丁目交差点近くになる。運転本数の多いバス停が駅の近くに配置されているわけでもなく,駅から遠いバス停の利用者は不運を嘆いているに違いない。

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 蒲田駅東口の駅前広場の北側に広がる飲食店街へ。

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 街路灯などを見る限り,蒲田駅東口の北側から呑川沿いに広がる飲食店街には特に名称が付いていないようだ。蒲田東口商店街の一部という位置づけか,あるいは商店街組合のようなものがないのか,よくわからない。

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 平成通りに続く路地にも飲食店が並んでいる。

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 蒲田で一番 安心して遊べる店,日刊ゲンダイ推薦……

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 平成通り商店街から路地を振り返る。

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 平成通り商店街。呑川に掛かる宮之橋から「ぽぷらーど」まで南北に延びる商店街である。宮之橋を渡った北側は宮の橋通り商店街になる。街路灯の垂れ幕を見ると,蒲田東口商店街 ⊇ 平成通り商店街・ぽぷらーどという関係になっているようだ。

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 平成通り商店街の中央部で,東海道本線をアンダーパスする多摩堤通りの上を渡り,平成通り商店街の宮之橋側を見る。

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 東海道本線をアンダーパスする多摩堤通りの上は自転車置き場になっている。その先を東海道本線の電車が走る。

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 多摩堤通りの上から蒲田駅東口駅前広場の北側に抜ける路地を見る。中国料理寳華園の右側が蒲田駅東口に続いている。

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 中国料理寳華園の横の多摩堤通り。アンダーパスの上が駐輪場になっている。

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 多摩堤通りの東海道本線アンダーパスの横には,自転車や歩行者が通れる地下通路が整備されている。
 東海道線の西側の大きなビルは東京工科大の蒲田キャンパス。右側にチラッと写っているのは,日本工学院専門学校の校舎。駅のすぐ近くに大学と専門学校があり,若い学生が街を歩くことが,蒲田の街の賑わいにつながっているのだろう。

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 飲食店街となっている路地の北側からJR蒲田駅東口方向を見る。

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 多摩堤通りの上に整備されている駐輪場。

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 多摩堤通りの北側から呑川沿いに続く路地にも,飲食店などがびっしり並んでいる。

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 路地の西側(写真左側)には飲食店が並び,東側(写真右側)には……

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 路地の東側(写真右側)には連れ込みホテル……ラブホテルが並んでいる。

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 なぜこの路地にラブホテル街が形成されたのかはわからない。呑川の対岸の蒲田一丁目には,東京に多い黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」がある。黒湯の銭湯は蒲田にもっと多く存在していたらしいが,それがラブホテル街に結びつくようには思えない。

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 呑川側の入口から,飲食店街とラブホテル街が向かい合う路地を見る。

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 呑川と京浜東北線の電車。電車の向こう側に見えるのが日本工学院専門学校である。

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 日本工学院専門学校,デカいなぁ。

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 平成通りから宮之橋を渡り,宮の橋通り商店街へ。

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 宮之橋から南側の平成通りを振り返る。

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 宮の橋通り商店街。黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」の「ゆ」という看板も見える。

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 宮の橋通り商店街の「ゆーシティ蒲田」前の丁字路。

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 黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」。名前は今風でも,古風な銭湯を想像していたので,ちょっと驚いた。

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 宮の橋通り商店街。「宮」の由来となる神社か祠を探したが,近くに見つけることができなかった。明治39年の地形図を見ると,現在の蒲田三丁目の稗田神社から四方に道が延びており,その中の一本が宮之橋に続いている。稗田神社は蒲田村の旧郷社でもあり,宮之橋の「宮」は稗田神社に違いない。

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 宮の橋通り商店街。

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 蒲田五丁目交差点の「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」からJR蒲田駅東口方向を見る。

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 蒲田五丁目交差点から南東側を見る。右は旧多摩堤通り,左はあやめ橋~第一京浜の東蒲田二丁目交差点に続く。

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 京急蒲田駅南側の京急蒲田駅前交差点や蒲田八幡神社の前に続く,旧多摩堤通り。歩道の上のアーケードの形は変わるが,ここも「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」である。この通りも飲食店が多いが,どちらかというとチェーン店系統の店の割合が大きい。

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 ぽぷらーどの歩道の上のアーケードは幅が狭く,雨を防ぐ機能はあまり強力ではない。しかも,肝心のアーケードの真下には放置自転車が並んでいたりして,微妙感を感じさせながら,美しいカーブを描いてJR蒲田駅方向に伸びている。

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 ぽぷらーどの一本南側に平行する通りが,蒲田東口中央通り商店街である。

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 蒲田東口中央通り商店街は東西に延びていて,西端はJR蒲田駅東口の駅前広場につながっている。飲み屋を探して歩く人通りが多い。

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「蒲田東口中央通り」の商店街アーチ。

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 看板がやたら目立つヒノマル食堂蒲田店。

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 蒲田東口中央通り。「かおるちゃん」かと思ったら「かるちゃん」だった。

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 蒲田東口中央通りの西側,蒲田駅方向を見る。

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 “立ち飲み”「かるちゃん」の2階,「さしみや五坪」には“座ってゆっくり呑める”の文字が……

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 さかさ横丁。

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 さかさ横丁の入口には,スナック三鐘(ミツベル)とカラオケスナック鐘三(ベルサン)の入口が並んでいる。中に入ったら同じ店だったりして?

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 さかさ横丁。「大女優」という名のスナックが蒲田っぽい。

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 さかさ横丁。

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 さかさ川通り(旧逆川道路)。蒲田駅と京急蒲田駅のほぼ中間にあり,賑わいの拠点としてきれいに整備されている。かつてはここを六郷用水の支流「逆(さかさ)川」が流れていたらしい。

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 蒲田五丁目バス停付近の蒲田東口商店街の中華楼。

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 京浜蒲田商店街「(京急蒲田)あすと」の西側の入口。京急蒲田駅西口から延びる全蓋式アーケード商店街である。

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 京浜蒲田商店街「あすと」。

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 京浜蒲田商店街「あすと」。

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 商店街の西側を振り返る。

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「京急あすと蒲田」の北側にある京浜蒲田「柳通り」。

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 京急蒲田駅西口の再開発によって,「あすと」のアーケードが5〜60メートル短くなっている。
「祝あすとウィズ あすとデッキ」の横断幕が掲げられている。

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 立ち飲みワインバー(バル),バル・バンチョ。

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 京急蒲田駅西口の「あすと」のアーケードを取り壊して設けたペデストリアンデッキ「あすとデッキ」と駅前広場。

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 あすとウィズの1階と2階にはスーパーマーケットのライフが入っている。ライフはもともと駅前にあったので,何年ぶりかで復活したことになる。1階と地下1階には,ライフと同じぐらいのスペースの大きなパチンコ屋が入っている。

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 再開発で整備された駅前広場の南側の出入口。

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 再開発で整備された駅前広場とペデストリアンデッキ。有効活用されているように見えない……。東口駅前広場が完成すれば,バス網がそれと一体化して便利になるのだろうか。

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JR蒲田〜京急蒲田へ

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【参考】
2007年10月28日 (日曜日):京浜蒲田商店街「あすと」を歩く
2013年8月25日 (日曜日):解体工事が進む京急蒲田西口駅前地区

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コメント

中央通りの『かるちゃん』はよく通いました。
マスターがエスパー伊東に似ててしかも鉄っちゃんで、楽しかったー。

投稿: うなぎ | 2016年2月24日 (水曜日) 12時47分

歩くのが楽しそうな街ですね!!ところで東京のど真ん中にも黒湯温泉が湧いているのですね!!驚きです!!

投稿: ひろやん | 2016年2月25日 (木曜日) 14時56分

 東京の温泉は黒湯のところが多いですね。特に大田区には多いように思います。湧出温度が低いので,厳密には温泉ではなく鉱泉で,「銭湯」に分類されているはずです。

投稿: 三日画師 | 2016年3月 2日 (水曜日) 09時44分

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