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2015年12月の3件の記事

2015年12月31日 (木曜日)

大晦日の夜は更けゆく 甲府市裏春日

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大晦日の夜は更けゆく 甲府中央商店街 裏春日


 大晦日になってから,久しぶりの旅に出た。

 いつものように,明確な目的地を決めず,とりあえず奈良の御所市と今井町の家並みを見てみようというぐらいの気持ちで,カメラと少しの着替えを入れたバッグを背負い,中央本線の電車に乗った。奈良に行くなら東海道新幹線・東海道本線に乗るべきとの意見もあろうが,あちこち寄り道するのは旅の醍醐味なんである。

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 中央本線の下り電車が新大日影第二トンネルを抜けると,甲府盆地のヘリに沿いながらどんどん下って行く電車の左車窓には,雄大な甲府盆地が綺麗に見えてくる。

 列車の車窓から写真を撮るときは,レンズ前面を窓ガラスにほぼ密着させ,必要ならばレンズの周囲を帽子などで囲って車内の写り込みを極力減らしたいところだが,端から見れば怪しい姿になってしまう。この日は,通路側に若くて綺麗なお姉さんが座っていたので,コンパクトデジカメをポケットからサッと取り出し,片手でサッと(オッサンなりに)カッコ良く撮影したつもりだった。
 撮れた甲府盆地の写真は,座席の周りのいろいろなものが写り込んでいて,イマイチだった。

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 甲府駅に到着。南口の駅ビルCELEO甲府を出て,甲府駅バスターミナル(山梨交通新バスセンター)と山交百貨店を見る。山交百貨店は山梨交通グループの百貨店だったが,現在は国際興業グループの傘下となっている。

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 甲府駅南口の駅ビル「セレオ甲府」。意外に古い1985年開業の駅ビルで,今年3月に改装してセレオ甲府としてオープンするまでは「エクラン」という名称だった。

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 駅前にちょっとした裏路地を発見。まずは駅前のビルと駅前広場を撮るつもりでいたが,ひねくれ者の私は,どうしても裏路地があると入り込んでみたくなる。

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 裏路地には「自慢屋」というラーメン&焼餃子の店がある。なぜか店の前には,紹興酒の瓶が大量に並んでいる。実質的には飲み屋ということだろうか。どういうことだろう?

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 甲府駅南口から真っ正面に南に向かって延びる平和通りから,甲府駅を振り返る。駅前広場の横断歩道がガードレール付きで付け替えられていたり,駅前広場の西半分が,立っていた武田信玄公像ごと,周囲を大きくフェンスで囲まれていて,何らかの工事が行われている。

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 甲府の平和通り。

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 今年の大晦日も午後4時を過ぎ,門松や松飾りなどの正月飾りで新年を迎える準備も整い,シャッターを閉めてしまった店も多い。甲府ほうとうの店「小作」のシャッターには「熟瓜餺飥(ほうとう)」の文字と,カボチャの絵が描かれている。もともと「うどん」より「すいとん」に近い,少しとろとろしたイメージのほうとうだから,カボチャとは相性がよさそう。カボチャが入ったほうとう,食ってみたかったな……

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 平和通り東側の山梨県庁北別館や県会議事堂,山梨県庁別館周辺の工事が行われていた。「県庁構内二工区外構整備工事」だという。
 左正面に見えるのが1928年(昭和3年)竣工の山梨県議会議事堂である。県庁の施設としては最も古い建物だという。右側にチラッと見えるのは山梨県庁別館(旧本館)で,こちらは1930年(昭和5年)竣工。全面的な改修工事が完了し,現在は外構の工事が終盤を迎えているようだ。

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 山梨県議会議事堂。県の文化財に指定されているらしい。二階建てだが,それよりも大きく立派に感じる意匠だ。

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 平和通り商店街へ戻る。以前は歩道の上にアーケードが設置されていたが,いつの間にか撤去されている。

 甲府城趾は舞鶴城公園として甲府駅南口のすぐ東側に残っている。甲府の駅前には商業ビルと山梨県庁の庁舎群が建っているが,甲府駅は甲府城の清水曲輪跡,県庁も内城石垣の一部である楽屋曲輪を解体した跡に作られている。長岡や福山と同様に,駅が城跡にある珍しい都市だといえる。

 曲輪の跡に作られた甲府駅と山梨県庁。当然のように県庁の建物の正面は,甲府駅南口正面から真っ直ぐ南に延びる平和通り(もともとは甲府城の内堀)に向いているのかと思うと,平和通りを向いているようにも見えるのは県議会議事堂だけで,基本的に県庁の建物は平和通りの一本東側に平行する舞鶴通り側に正面がある。駅前通りを向くのではなく,甲府人にはやはり甲府城(天守があったかどうかは諸説あるらしい)のあった方向を向きたいという意識があったのだろう。

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 平和通りの「ファンシーロード8番街」を南へ。商店街の左側の後ろにあるのは山梨県庁本館。平和通りは甲府城の内堀だったことから,県庁は2メートル前後の石垣(内堀の石垣そのものかどうかは不明)の上に建っており,平和通りよりも少し高いところにある。

 商店街の右後ろに建つのは山梨県防災新館で,山梨県警察本部などが入っている。ここは1975年まで地元資本の中込百貨店だったところ。中込百貨店は1975年に経営破綻,その後は甲府西武が営業していたが,甲府西武も1998年に閉店。山梨県民情報プラザとして使われてきたが,老朽化で解体。山梨県防災新館は2013年に竣工した新しいビルである。

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 肉とワイン“甲府の街のワイン屋さん”丸の内189…という店がある。気楽にワインが飲めそうな店ではあるが,店名はよくわからなかった。

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 右側はオモチャのさいとう。店頭に並んでいるのは映画のポスターだろうか。

 建物の両側に,歩道の上にアーケードが設置されていた頃の柱と金具が残っている。

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 駅前の平和通り「ファンシーロード8番街」と,その背後に建つ巨大な山梨県庁のビル。

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 舞鶴通りと紅梅北通りが交差する県民会館前交差点。舞鶴通りは甲府駅の身延線ホームの上を跨ぎ,甲府駅の北側とつながる重要な道路だけあって,通行量が多い。

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 舞鶴通りの市役所東交差点。舞鶴通りの右側に建つのは甲府市役所。2013年に竣工したばかりのピカピカの5代目庁舎である。ビルの舞鶴通りに面した外壁に,やや不規則な突起があるため,撮影時に写真の水平を正確に出そうとして,何枚かシャッターを押して悩んだ末に断念,Lightroomの後処理で写真の水平を調整した。

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 舞鶴通りの市役所東交差点から東に延びる紅梅通り。写真左側のビルは,紅梅地区再開発ビル「ココリ」(上層階の居住部分はライオンズタワー甲府),全蓋式アーケード商店街のオリオンスクエア(オリオン通り)の入口をはさんで,地球堂ビルの屋上には青い帯を巻いた地球状の球体があり,商店街のランドマークとなっている。

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 紅梅通りとオリオン通りの交差点。

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 オリオン通り。城東通りの春日モール北交差点まで続いている。

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 全蓋式アーケードが設置されているオリオンスクエア(オリオン通りの北半分)。写真左がココリ。ココリができる以前,ここにはファッションビル「パセオ」があった。

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 オリオンスクエアの東側にオリオンイーストというT字型の路地の商店街がある。

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 オリオンイーストの入口。

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 オリオンスクエアからオリオン通りの南側を見る。Wikipediaを見ると,“1956年(昭和31年)に葦張りのアーケードが完成、1961年(昭和36年)にアーチ状の鉄骨造のものを経て2010年(平成22年)に現在のガラス張りのものに架け替えられ”と書かれている。「葦張り」は「あしばり」とでも読むのだろうか。「葦簀(よしず)張り」のようなものを想像するのだが,見てみたかった。

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 オリオンイーストへ。

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 オリオンイーストからオリオンスクエア側を振り返る。複合ビル「ココリ」の上層階のライオンズタワー甲府がひときわ高く見える。

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 オリオンイーストは,きれいに整備された路地裏で,しゃれた感じの古着屋やバーが並んでいる。

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 オリオンイーストから紅梅通りに出ると,古い料亭のような外観のとんかつ屋がある。

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 紅梅通りとオリオン通りの交差点。

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 オリオン通りと紅梅通りの交差点。全蓋式アーケードのあるオリオンスクエアの左が再開発ビル「ココリ」,右が地球堂ビル。

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 街にランドマークがあるのはすばらしい。

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 オリオン通りを南へ。

 街路灯ではなく,核店舗にオリオン通りの行灯看板が付いている。よく見ると「南部商店街 オリオン通り」と書かれている。甲府市の中心となる商店街は甲府市中央一丁目・中央四丁目にある甲府中央商店街であり,オリオン通りはその北側に隣接する丸の内一丁目にある。何に対して「南部」なのだろうと,少し考え込んでしまった。オリオン通りにアーケードのある部分が北部商店街,アーケードがなく,岡島百貨店と山梨中央銀行本店にはさまれたオリオン通りが南部商店街なのだと思われるが,ひょっとしたら甲府城趾のすぐ南に位置するという意味の可能性もある。

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 オリオン通り南部商店街の山鏡堂画廊と岡島百貨店。

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 地元資本の老舗デパート岡島百貨店。
 全国の中核的な都市の中心部において,昭和から平成にかけて行われた百貨店・大型店競争があった。甲府ではパセオ(現ココリ)や甲府西武(元中込百貨店),百貨店ではないがダイエー甲府店(トポス甲府店となった後,甲府銀座ビルとなっていたが,昨年解体)との熾烈な争いがあり,それを勝ち抜いた,山梨県で一番のデパートが岡島百貨店である。現在は郊外のショッピングセンターとの戦いが行われている。

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 城東通りとオリオン通り・かすがも〜る(春日町商店街)が交差する春日モール北交差点。

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 春日モール北交差点から城東通りの東側を見る。城東通りは歩道の上にアーケードが付いたコリドときわ町商店街になっている。写真左は岡島百貨店。

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 コリドときわ町商店街の岡島百貨店。

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 城東通りのコリドときわ町商店街。入居者募集,テナント募集の貼り紙が目立つ。

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 コリドときわ町商店街。歩道の上のアーケードに,武田氏の家紋「四つ割菱(武田菱)」がデザインされている。

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 コリドときわ町商店街の城東通り歩道上のアーケードと弁天通り。アーケードの照明部分も武田菱になっているようだ。

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 城東通り(コリドときわ町)と桜通り(コリドさくら町)の桜通り中交差点。写真右の城東通りには「常磐(ときわ)通り」バス停があり,通りの名称が統一されていないように思われる。ただ,通りに名称が付いていない町よりは,ずっと歩きやすい。

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 桜通り中交差点から城東通りのコリドときわ町商店街を見る。写真右が岡島百貨店。

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 城東通りの桜通り中交差点(桜通り)とNTT甲府支店西交差点(遊亀通り)の間の裏路地にあり,スナックが並ぶ柳小路飲食店街。

 甲州街道の甲府宿は正式には甲府柳町宿で,本陣1軒,脇本陣1軒,旅籠21軒の宿場町だった。信長の死後に甲府城の築城が本格化し,甲府は城下町として発展していくことになる。宿場町だった柳町は甲府を代表する商業地区として発達することになる。新宿−立川間の甲武鉄道が官設鉄道となって甲府まで延伸し,1903年に甲府駅が開業するよりも早く,柳町を中心にした山梨馬車鉄道が勝沼−石和−柳町−浅原橋間を開業し,その一部は後に山梨交通電車線となった。中央本線甲府駅が交通の中心となったため,山梨交通電車線は柳町を通らなかった。

 かつての中心街だった柳町も,今では地名も残っていない。遊亀通りが通る現在の中央四丁目(と中央二丁目の南部)が柳町とほぼ同じエリアになるのだが,柳町大神宮と山梨中央銀行柳町支店,そして柳小路飲食店街(柳小路には旅館やなぎ・柳寿司もある)に名残をとどめる程度になっている。甲府柳町宿の頃からの賑わいも,地名までも失ってしまい,寂しさばかりが残ってしまった感がある。

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 柳小路飲食店街。

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 柳小路飲食店街。

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 柳小路飲食店街の柳寿司。柳町の数少ない名残のひとつである。

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 かつての柳町,遊亀通りの甲府中央4E地区再開発ビルの甲府武蔵野シネマ・ファイブ(閉館したシネマコンプレックス。同じビルに入っている甲府ワシントンホテルプラザは営業中)と甲府銀座通りのアーケード(銀座通り東交差点)。

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 遊亀通りから見た甲府銀座通り商店街。全蓋式アーケードが設置されている。

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 甲府銀座通り商店街。2015年の暮れの大晦日,時刻は午後5時を過ぎ,開いていた店もシャッターを閉め始めた……

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 甲府銀座通りから北に入る路地に仲見世がある。奥でL字型になっている。

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 三澤呉服店と銀座ブラザーの間の仲見世。

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 仲見世で屋台が営業中。

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 甲府銀座通り商店街と「銀座街の駅」。甲府銀座通り商店街(甲府銀座商店街)は,遊亀通りの銀座通り東交差点から西に約200メートル続く全蓋式アーケード商店街である。

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 甲府銀座通りからコリドときわ町の城東通りまで続くコリドさくら町。仲見世の西側の入口がある。仲見世の両側は仲見世ビルA,仲見世ビルBとなっている。

 仲見世入口の反対側に「桜座」というホールがあって,明治時代にたくさんの芝居小屋や劇場があって賑わった頃の櫻座劇場(開座時は三井座)を復活(建築物の復活ではない)したものらしい。正面に宅配便のトラックが停まっていたため,あとで撮ろうと思っていたら,すっかり失念してしまった(自宅に帰って,宅配便のトラックが写った写真を見て思い出した)。

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 仲見世。明るく写ってしまっているが,実はISOオートにしているためISO12800まで上がっている。

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 仲見世。とうとうISO25600までアップ。α7Sブラボー!

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 仲見世のコリドさくら町側の出入口を振り返る。

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 たくさんの日の丸が揺れる弁天通り。写真右側に浅草飲食店街の入口がある。

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 浅草飲食店街。地図を注意深く見ると気付く人は多いと思うが,甲府には横丁タイプの飲み屋街がとても多い。八戸も多かったが,それに負けないぐらいの横丁・連鎖街の飲み屋街がある。仙台にも多いが,人口比では甲府のほうが上回っていると思う。

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 浅草飲食店街。途中が鍵曲がりになっているので行き止まりのように見えるが,弁天通りから春日町商店街(かすがも〜る)まで繋がっている。

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 浅草飲食店街のかすがも〜る側の出入口。

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 浅草飲食店街をかすがも〜る側に出ると,かすがも〜るの向かい側には甲府ぐるめ横丁がある。

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 甲府ぐるめ横丁に足を踏み入れる。ぶら下がる提灯,各店を紹介するボードが並び,自然発生的な横丁ではなく,念入りにプロデュースされた横丁であるらしいことがわかる。

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 甲府ぐるめ横丁。他の店のメニューを注文できる=フード・ドリンクのシェアが可能な店が多い,新しいタイプの横丁である。見た目は異なるが,野毛たべもの横丁も同様のスタイルだったはず。

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 甲府ぐるめ横丁。野毛たべもの横丁より,フードコートに近いかもしれない。

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 甲府ぐるめ横丁を通り抜け,錦通りに出る。写真左は古名屋ホテル。名古屋ではなく古名屋。

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 甲府ぐるめ横丁。建物は芳野ビルフードセンター。

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 錦通り(錦通り会商店街)を南へ。

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 錦通りの中心部にある十字路。

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 錦通りの中心の十字路にあるシアターセントラルBe館。中心繁華街に映画館が残っているのはすばらしい。

 甲府市の人口は約19万3千人で,都道府県庁所在地の人口では,鳥取市・山口市・松江市などと最下位争いをしていることを揶揄されることがある。2000年頃までは鳥取市・山口市・松江市の他,津市や佐賀市などは人口が14万人〜17万人程度で,20万人近かった甲府市より中心市街地の大きさも含めて,ずっと小さかった印象があったが,平成の合併で次々に抜かれてしまった。合併して人口が増えたとしても,街が大きくなることはないのだが,目に見える“数値”がもたらす影響は大きい。
 ここまでの写真を見ても,以前より賑わいがなくなったとはいえ,甲府市の繁華街はなかなかの規模だということがわかると思う。それは都市圏人口を比較すれば,ある程度予想できる。

 甲府都市圏(都市雇用圏:ざっくり言うと,中心都市へ通勤してくる人の数が人口の10%を越える市町村は,中心都市の都市圏に含まれるものとする)の人口は60万2千人である。これは,和歌山都市圏58万5千人(和歌山市は36万2千人),宮崎都市圏50万6千人(宮崎市40万2千人),盛岡都市圏47万4千人(盛岡市29万9千人),福島都市圏45万7千人(福島市28万3千人),秋田都市圏41万3千人(秋田市31万7千人)を上回り,鳥取都市圏24万人,山口都市圏31万3千人,松江都市圏29万2千人,津都市圏51万2千人,佐賀都市圏40万5千人よりもかなり大きい。

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 錦通りの十字路を西へ。突き当たりは舞鶴通り。甲府警察署や甲府地方裁判所がある。

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 舞鶴通りの甲府地方裁判所の横から甲府銀座ビル(解体済み)の裏の錦通りに続く横丁。名称不明。

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 甲府地方裁判所方向を振り返る。

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 エル西銀座通り。「エル」はLarge,Love,Lifeの頭文字から取ったものらしい。エル特急と同じような命名だ……

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 エル西銀座商店街。写真左は錦通り。錦通りを入ってすぐ右側には,昨年まで甲府銀座ビル(元ダイエー甲府店・トポス甲府店)が建っていたらしい。

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 暗くなってしまってよく見えないが,エル西銀座通りには変わったポーズをした十二支の銅像が設置されている。銅像の台座部分には,その干支に関する情報が書かれているのだが,暗くて読めない。

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 エル西銀座通りを東へ歩き,エル西銀座通り・かすがも〜る・銀座通り・春日あべにゅうの変形四叉路から春日あべにゅうを見る。客待ちのタクシーが停まっている。
 春日あべにゅうは歓楽街・飲食店街になっており,東に平行する桜通りとの間に広がる横丁・横丁ビル・裏路地の歓楽街や風俗街は「裏春日」と呼ばれている。

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 春日あべにゅうの飲み屋ビル「春日ビル一番街」。大晦日の午後5時半を過ぎ,中は真っ暗だ。

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 真っ暗な春日ビル一番街。二階へ続く階段には灯りがついている。

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 春日ビル一番街の地下バー街への階段。近づくと点灯するセンサーライトが点灯してドキッとした。

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 春日あべにゅうを南へ。春日あべにゅうの歩道の上にはアーケードが設置されている。

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 広瀬ビルの「Hirose Alley」。灯りの多い外から見ると,中は真っ暗に見える。

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 広瀬ビルのHirose Alley。春日あべにゅうに面した広瀬ビルを抜けると,そのまま春桜会通り(銀座通りの北側が弁天通り,南側が春桜会通り)の横丁である広瀬大通りとなる。大通りと言っても,Hirose Alleyとほとんど同じ幅の路地である。

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 Hirose Alleyの少し南にある横丁「開発通り」。

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 開発通り。オリンピック通りと平行していて,甲府で一番ディープなエリアかもしれない。

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 開発通りとオリンピック通りは中間付近で繋がっている。あれこれググってみたが,開発・オリンピックの由来は不明。

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 開発通りを東に歩き,春桜会通りに抜ける。開発通りの入口に春日小路という居酒屋がある。当初は開発通りという名称に気付かず,春日小路という横丁なのかと思っていた。春日小路(かすがこみち)のオススメ“甲府ハイボール”はジンジャーハイボールを梅酒で割っている?とか。

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 裏春日の春桜会通りを北へ。

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 銀座仲町春桜会通りの広瀬大通りの入口。広瀬ビルのHirose Alleyに続いている。

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 広瀬大通り。狭い路地に「大通り」はシャレだと思う。

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 広瀬大通り。

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 広瀬大通りから広瀬ビルのHirose Alleyへ。

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 銀座仲町春桜会通りに戻り,南側を振り返る。甲府の夜遊び無料案内所がある。

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 銀座仲町春桜会通りから南銀座へ。

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 南銀座(南銀座仲町発展会)のアーチ。南銀座は銀座通りの南側の,春桜会通りとベルメ桜町の間に位置する。

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 南銀座北側の丁字路。

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 南銀座北側の丁字路。

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 南銀座。特殊浴場「舞姫」だけが営業中。その奥に見えるアーケード商店街がベルメ桜町。

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 南銀座のアーチ。

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 南銀座。

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 南銀座を南へ。

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 南銀座の空き地の先にオリンピック通りが見えた。よく見たら「OLYPIC STREET」になってる。

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 オリンピック通り。

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 オリンピック通り。途中に開発通りと繋がる丁字路がある。オリンピック通りと開発通りを合わせるとHの字の形をしている。

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 オリンピック通り。

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 オリンピック通りの南側に隣接するニュー銀座街。「バルボラ」って何だろうとググってみたら,チェコなどで女性に使われる名前らしい。また,手塚治虫の大人向けの漫画に「ばるぼら」という作品があるという。

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 ニュー銀座街。ひょっとしたら奥で「たき通り」と繋がっているかもしれないが,確認せず。

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 ニュー銀座街の前から春桜会通りの南側を見る。性風俗店が多い。

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 ニュー銀座街は春桜会通りに2カ所の入口がある。ここは南側の入口。

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 ニュー銀座街。

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 ニュー銀座街。

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 春桜会通りの南側から北側を振り返る。

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 南銀座の南側の丁字路。

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 南銀座の北側の丁字路。

 午後6時を過ぎ,疲れ果ててしまった。街はすっかり正月休みモードへ。晩飯を食い,ホテルにチェックインして,テレビで格闘技でも見るとするか……

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2015年12月26日 (土曜日)

蒲田駅東口の歓楽街から京急蒲田駅へ

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蒲田駅東口の歓楽街から京急蒲田駅へ


 近くにありながら,今まで写真に収めることがなかったJR蒲田駅東口の繁華街を歩いてみる。

 なぜ蒲田駅東口を撮ることがなかったか……。特に理由があるわけではないが,強いて言えば,商店街が発達した蒲田駅西口や京急蒲田駅のほうに魅力を感じ,どちらかというと工場跡地の広い敷地に建った新しめのビルが多い東口にはあまり惹かれなかった,と言えるかもしれない。

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〔明治39年と昭和20年(空襲で焼け野原になる前)の蒲田駅周辺の地形図〕

 現在では駅の東西に繁華街が広がる蒲田駅周辺だが,もともと何らかの町があったわけではなく,1904年(明治37年)に荏原郡蒲田村に東海道本線の蒲田駅が開業した当時は,周囲に田んぼしかない田園地帯だった。明治39年の地形図を見ると,都市的な家屋の集積は京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)の蒲田駅(現在の京急蒲田駅)がある蒲田新宿の東海道沿いにしか見られない。当時は既に荏原郡大森町(京急線の平和島駅~大森町駅あたり)や橘樹郡川崎町(川崎市)には大きな市街地が形成されており,また荏原郡羽田村の羽田漁師町の家屋の集積も大きく,蒲田村との違いには驚くばかりである。蒲田の繁栄は鉄道駅の設置によってもたらされたことがわかる。
(大森町は1897年に町制,羽田町は1907年に町制,蒲田町は1922年に町制)

 昭和20年の地形図では,蒲田駅周辺は一気に市街化している。商業地域は新旧多摩堤通りと旧東海道,そして東海道本線の西側は住宅地,京浜急行電鉄の東側も住宅地(と町工場)となった。東海道本線と京浜急行にはさまれた地域には工場が立ち並んだ。

 1920年(大正9年)に蒲田村に開所した松竹蒲田撮影所も,1923年の関東大震災で壊滅状態となり,わずか16年後の1936年(昭和11年)には閉所,大船の松竹大船撮影所に移転しており,跡地は大きな工場となっている(現在はニッセイアルマスクエアのビル)。そのような工場の跡地が徐々にビル群に変わっていったのが蒲田駅東口である。

 蛇足になるが,こうやって松竹蒲田撮影所があった場所の古い地図を見ると,開所直後から周辺に工場が増えてトーキー時代の映画撮影に適さなくなったことがよくわかる。かつて蒲田がモダンな「映画の町」だったというイメージは,現実とはずいぶん違っているような気がする。

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 蒲田駅東口の正面。横断歩道で駅前広場のロータリーを横切ると,蒲田東口中央通りの商店街アーチがある。その南側には一番街通りが平行している。

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 蒲田駅東口駅前ロータリーの北側。

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 JR蒲田駅東口の駅ビル,グランデュオ蒲田東館。もともとの駅ビル「パリオ」を全面改装したものである。
 グランデュオ蒲田東館と駅前の蒲田三和ビルの間に,少しだけ見えるのが大田区役所である。区役所が入っているビルが,あのバブル経済が沸き立った時代に不動産業界の寵児的な存在だった桃源社のビルだったことも,すっかり忘れられつつある。

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 東口前から蒲田五丁目交差点方向に続く「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」。歩道の上にアーケードが設置されている。
 蒲田駅東口は羽田空港・羽田車庫・糀谷・森ヶ崎方面のバスターミナルになっている。バス停のほとんどが駅前広場ではなく「ぽぷらーど」に並んでいるのは,駅前ロータリーにたくさんのバス停を並べるスペースが取れないためだろうか。一番遠いバス停は東口から250メートルぐらい離れており,蒲田五丁目交差点近くになる。運転本数の多いバス停が駅の近くに配置されているわけでもなく,駅から遠いバス停の利用者は不運を嘆いているに違いない。

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 蒲田駅東口の駅前広場の北側に広がる飲食店街へ。

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 街路灯などを見る限り,蒲田駅東口の北側から呑川沿いに広がる飲食店街には特に名称が付いていないようだ。蒲田東口商店街の一部という位置づけか,あるいは商店街組合のようなものがないのか,よくわからない。

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 平成通りに続く路地にも飲食店が並んでいる。

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 蒲田で一番 安心して遊べる店,日刊ゲンダイ推薦……

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 平成通り商店街から路地を振り返る。

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 平成通り商店街。呑川に掛かる宮之橋から「ぽぷらーど」まで南北に延びる商店街である。宮之橋を渡った北側は宮の橋通り商店街になる。街路灯の垂れ幕を見ると,蒲田東口商店街 ⊇ 平成通り商店街・ぽぷらーどという関係になっているようだ。

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 平成通り商店街の中央部で,東海道本線をアンダーパスする多摩堤通りの上を渡り,平成通り商店街の宮之橋側を見る。

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 東海道本線をアンダーパスする多摩堤通りの上は自転車置き場になっている。その先を東海道本線の電車が走る。

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 多摩堤通りの上から蒲田駅東口駅前広場の北側に抜ける路地を見る。中国料理寳華園の右側が蒲田駅東口に続いている。

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 中国料理寳華園の横の多摩堤通り。アンダーパスの上が駐輪場になっている。

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 多摩堤通りの東海道本線アンダーパスの横には,自転車や歩行者が通れる地下通路が整備されている。
 東海道線の西側の大きなビルは東京工科大の蒲田キャンパス。右側にチラッと写っているのは,日本工学院専門学校の校舎。駅のすぐ近くに大学と専門学校があり,若い学生が街を歩くことが,蒲田の街の賑わいにつながっているのだろう。

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 飲食店街となっている路地の北側からJR蒲田駅東口方向を見る。

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 多摩堤通りの上に整備されている駐輪場。

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 多摩堤通りの北側から呑川沿いに続く路地にも,飲食店などがびっしり並んでいる。

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 路地の西側(写真左側)には飲食店が並び,東側(写真右側)には……

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 路地の東側(写真右側)には連れ込みホテル……ラブホテルが並んでいる。

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 なぜこの路地にラブホテル街が形成されたのかはわからない。呑川の対岸の蒲田一丁目には,東京に多い黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」がある。黒湯の銭湯は蒲田にもっと多く存在していたらしいが,それがラブホテル街に結びつくようには思えない。

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 呑川側の入口から,飲食店街とラブホテル街が向かい合う路地を見る。

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 呑川と京浜東北線の電車。電車の向こう側に見えるのが日本工学院専門学校である。

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 日本工学院専門学校,デカいなぁ。

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 平成通りから宮之橋を渡り,宮の橋通り商店街へ。

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 宮之橋から南側の平成通りを振り返る。

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 宮の橋通り商店街。黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」の「ゆ」という看板も見える。

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 宮の橋通り商店街の「ゆーシティ蒲田」前の丁字路。

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 黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」。名前は今風でも,古風な銭湯を想像していたので,ちょっと驚いた。

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 宮の橋通り商店街。「宮」の由来となる神社か祠を探したが,近くに見つけることができなかった。明治39年の地形図を見ると,現在の蒲田三丁目の稗田神社から四方に道が延びており,その中の一本が宮之橋に続いている。稗田神社は蒲田村の旧郷社でもあり,宮之橋の「宮」は稗田神社に違いない。

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 宮の橋通り商店街。

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 蒲田五丁目交差点の「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」からJR蒲田駅東口方向を見る。

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 蒲田五丁目交差点から南東側を見る。右は旧多摩堤通り,左はあやめ橋~第一京浜の東蒲田二丁目交差点に続く。

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 京急蒲田駅南側の京急蒲田駅前交差点や蒲田八幡神社の前に続く,旧多摩堤通り。歩道の上のアーケードの形は変わるが,ここも「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」である。この通りも飲食店が多いが,どちらかというとチェーン店系統の店の割合が大きい。

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 ぽぷらーどの歩道の上のアーケードは幅が狭く,雨を防ぐ機能はあまり強力ではない。しかも,肝心のアーケードの真下には放置自転車が並んでいたりして,微妙感を感じさせながら,美しいカーブを描いてJR蒲田駅方向に伸びている。

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 ぽぷらーどの一本南側に平行する通りが,蒲田東口中央通り商店街である。

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 蒲田東口中央通り商店街は東西に延びていて,西端はJR蒲田駅東口の駅前広場につながっている。飲み屋を探して歩く人通りが多い。

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「蒲田東口中央通り」の商店街アーチ。

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 看板がやたら目立つヒノマル食堂蒲田店。

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 蒲田東口中央通り。「かおるちゃん」かと思ったら「かるちゃん」だった。

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 蒲田東口中央通りの西側,蒲田駅方向を見る。

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 “立ち飲み”「かるちゃん」の2階,「さしみや五坪」には“座ってゆっくり呑める”の文字が……

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 さかさ横丁。

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 さかさ横丁の入口には,スナック三鐘(ミツベル)とカラオケスナック鐘三(ベルサン)の入口が並んでいる。中に入ったら同じ店だったりして?

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 さかさ横丁。「大女優」という名のスナックが蒲田っぽい。

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 さかさ横丁。

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 さかさ川通り(旧逆川道路)。蒲田駅と京急蒲田駅のほぼ中間にあり,賑わいの拠点としてきれいに整備されている。かつてはここを六郷用水の支流「逆(さかさ)川」が流れていたらしい。

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 蒲田五丁目バス停付近の蒲田東口商店街の中華楼。

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 京浜蒲田商店街「(京急蒲田)あすと」の西側の入口。京急蒲田駅西口から延びる全蓋式アーケード商店街である。

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 京浜蒲田商店街「あすと」。

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 京浜蒲田商店街「あすと」。

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 商店街の西側を振り返る。

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「京急あすと蒲田」の北側にある京浜蒲田「柳通り」。

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 京急蒲田駅西口の再開発によって,「あすと」のアーケードが5〜60メートル短くなっている。
「祝あすとウィズ あすとデッキ」の横断幕が掲げられている。

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 立ち飲みワインバー(バル),バル・バンチョ。

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 京急蒲田駅西口の「あすと」のアーケードを取り壊して設けたペデストリアンデッキ「あすとデッキ」と駅前広場。

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 あすとウィズの1階と2階にはスーパーマーケットのライフが入っている。ライフはもともと駅前にあったので,何年ぶりかで復活したことになる。1階と地下1階には,ライフと同じぐらいのスペースの大きなパチンコ屋が入っている。

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 再開発で整備された駅前広場の南側の出入口。

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 再開発で整備された駅前広場とペデストリアンデッキ。有効活用されているように見えない……。東口駅前広場が完成すれば,バス網がそれと一体化して便利になるのだろうか。

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JR蒲田〜京急蒲田へ

── PENTAX K-5 IIs + HD PENTAX-DA 20-40mmF2.8-4ED Limited DC WR or smc PENTAX-DA15mm F4 Limited

【参考】
2007年10月28日 (日曜日):京浜蒲田商店街「あすと」を歩く
2013年8月25日 (日曜日):解体工事が進む京急蒲田西口駅前地区

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年の瀬の川崎駅前を歩く

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年の瀬の川崎駅前を歩く


 2015年も残すところあとわずかとなった。そんな年の瀬も押し詰まったこの日,京急川崎駅からJR川崎駅に乗り換える際に,デジカメのシャッターボタンを押してみた。

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 京急川崎駅では,京急本線の高架横の大師線ホーム上に人工地盤を設け,その東側隣接地(写真右側)と合わせて新しい京急川崎駅前ビルを建設中。地上12階建てで,下層が商業施設,上層には「京急EXイン京急川崎駅前」が入る予定になっている。

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 京急川崎駅前の川崎地下街「アゼリア」入口。

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 JR川崎駅前の川崎駅前東交差点。冬の高度の低い日射しがまぶしい。

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 川崎駅前東交差点左側が川崎岡田屋モアーズ,右が京急本線の高架線。

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 川崎駅前東交差点で後ろを振り返ると,川崎岡田屋モアーズの向かい側にあるのが川崎DICE。2003年開業の比較的新しめの商業施設。東急ハンズやTOHOシネマズ川崎などが入っている。以前はさくらやがあった。

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 駅前の高架線を京急線の電車がじゃんじゃん走るのが川崎らしいところ。

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 川崎駅前東交差点の南側から川崎DICE側を見る。

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 市役所通り。川崎市役所,川崎区役所,川崎競輪場へと続いている。

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 岡田屋モアーズ横から東へ続く「たちばな通り」商店街。

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 たちばな通り商店街の一本南西側に並ぶのが川崎駅仲見世通商店街。川崎の商店街の中でも飲食店が多く集まる商店街である。商店街の中ほどに,商店街の名前の由来となった善光寺関東別院がある。

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 川崎駅前南交差点へ。

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 川崎駅前南交差点。左が今年(2015年)5月末に閉店した「さいか屋川崎店」,右はヨドバシカメラと丸井川崎店が入る川崎ルフロン。ヨドバシカメラが入る前は西武百貨店だった。

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 5月末に閉店した「さいか屋川崎店」。約半年メンテしなかっただけで,薄汚れた感じになっている。

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 川崎駅前南交差点で,川崎駅東口バスターミナルから出るため信号待ちするバス。

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 川崎駅前南交差点から新川通りを見る。

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 旧さいか屋川崎店。
 さいか屋は西浦賀で呉服屋を開いた創業者が,現在の横須賀市本町で開いた雑賀屋呉服店に由来する百貨店。もともとは現在のさいか屋横須賀店が本店だったが,横須賀さいか屋・藤沢さいか屋・川崎さいか屋を統合した際に,川崎のさいか屋が本店となった。
 川崎駅東口のシンボルでもあったここの跡地がどのように利用されるのか興味深い。

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 川崎ルフロン。ヨドバシカメラマルチメディア川崎ルフロンと丸井川崎店が中核店舗となっている。左側の京急本線の高架線をはさんで,旧さいか屋川崎店が並び,その南側にはチネチッタがあり,人通りは多い。

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 JR川崎駅と駅ビル「アトレ川崎」。古びた駅ビルが新装開業して「川崎BE」となっていたが,いつの間にかアトレ川崎になっていた。

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 京急高架下の川崎駅東口バスターミナル。

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 川崎駅東口バスターミナルと川崎仲見世通りとの交差点。

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 川崎仲見世通りの駅前の交差点。

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 川崎仲見世通りの駅前の交差点。

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 川崎駅東口バスターミナルの南半分。

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 川崎駅東口バスターミナルの北半分。

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 JR川崎駅東口の大屋根。駅前から地下街「川崎アゼリア」をつなぐ。

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 川崎駅東口の大屋根の下にある地下街「川崎アゼリア」へのエスカレーター。

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 川崎アゼリアの入口にある「アゼリア宇宙カプセル」からくり時計。

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 川崎アゼリアのエスカレータから連続するJR川崎駅東口のエスカレーター。混雑が激しい。混雑するエスカレーターでは,左右どちらかを空けるのはやめて,ちゃんと2列で乗るというマナーが徹底されるといいね……

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 いつも混雑する川崎駅のコンコース。北口自由通路の工事が始まっており,北改札コンコースができれば混雑は多少は緩和される予定だ。

川崎駅前

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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