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2015年1月11日 (日曜日)

三春町渋池「愛姫小路」~墓参り

 正月休みは痛風で帰省できなかったため,成人の日をからめた1月10・11・12日の三連休に帰省した。
 近所の渋池の商店街を見て回りつつ,墓参りする。懐かしいところの写真を撮り歩いたので,いつものようにブログ記事にまとめるが,あくまで非常に「個人的」な写真が続くので,普段の記事とはかなり違った感じになると思う。

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 旧三春中学校。後ろの山は金刀比羅山。
 三春中・沢石中・要田中・桜中の4中学校が統合し,昨年の4月から三春町貝山地区に新しい三春中学校が開校したため,現在はもぬけの殻でひっそりしている。写真右の体育館と左端の校舎(昔は図書室や理科室,音楽室があったところ)は耐震設計になっているが,それ以外の古い建物は取り壊されることになりそうだ。
 旧桜中学校は1991年に中郷・中妻中学校が統合してできたため,校舎は比較的新しく,アニメーション等を制作するガイナックス社が廃校舎を利用してスタジオやミュージアムを開設することになったらしい。

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 旧三春中の正門から坂の下の渋池の商店街を見る。この道路は,三春町が城下町だった頃に城下北町と荒町を結ぶため,紫雲寺山の裾を切り通して作られたもので,現在でも「切通し」と呼ばれている。

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 私が三春中で軟式野球をやっていた頃は,ここのフェンスがかなり老朽化していて,ネットの下の方がめくり上がっていた。隙間から転がり出たボールを追って,スパイクシューズをカチャカチャさせて,何度もこの切通しの坂道を下った記憶がある。

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 切通しを下ったところが渋池地区の商店街になっており,「水戸屋」がある。現在は水戸屋の前は暗渠になっているが,昔は店の出入り口以外のところが少し深い開渠になっていて,坂道を転がったボールがそこに落ちるとあきらめざるを得なくなった。

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 水戸屋の前の道路は旧県道28号本宮三春線。かつては本宮や二本松行きのバスがここを通っていたが,すぐ裏側にバイパスができ,しかもそれらのバス路線は今はない。

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 渋池の旧県道28号本宮三春線の南側を見る。旧道は城下町らしい複雑な鍵曲がりになっていて,よくこんなところをバスが走っていたものだと思う。

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 切通しの坂の下から旧三春中を見る。三春中の野球部で軟式野球をやっていた頃は,バッティングにそこそこ自信があって,フリーバッティングではここのフェンスを越す打球を打つのが夢だったのだが,一度も超えることはなかった。

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 渋池商店街の菊地ラジオ電器店。
 旧県道28号本宮三春線は左にカーブする。そのまま上り坂になっているのは小浜海道。北に伊達政宗が幼少期に居城としていた小浜城があった小浜町(その後岩代町となり,現在は二本松市小浜)があり,三春城下と小浜を結ぶことから小浜海道であると思われる。なぜ小浜街道ではなく小浜「海」道なのかは不明。

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 渋池の旧県道28号本宮三春線のカーブ。

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 渋池地区はもう少し密集した商店街だったが,商店街色はかなり薄れている。

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 小浜海道の登り口。消防団の屯所の車庫に三春駒と三春張子の腰高とらの絵が描かれている。

 三春駒は旧三春藩高柴村(現在の郡山市西田町)の高柴デコ屋敷などで作られる木製の郷土玩具で,日本で最初の年賀切手の絵柄として採用されたり,日本三大駒として青森県八戸の八幡駒,仙台の木ノ下駒と並び称される。
 また,三春張子人形も高柴デコ屋敷などで作られる和紙の張子人形で,腰高とらは寅年の年賀切手に使われたことがあるが,いずれも近年は影が薄いような気がする。

 三春滝桜は人気の観光スポットになっているが,三春駒と三春張子人形のほうも,三春町としてもう少しPRが必要ではないだろうか。滝桜が開花する頃の周辺道路の渋滞は限界に達している。町としてこれ以上滝桜をPRしても意味はない。

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 渋池の商店街「愛姫小路」と小浜海道。

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 小浜海道。右側は旧三春中学校の石垣。

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 小浜海道から渋池の愛姫小路を振り返る。

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 旧三春中のグラウンドの西側のフェンス。

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 渋池の商店街の高橋米店と伊藤精肉店。昔,コロッケやハムカツを買い食いした伊藤精肉店だが,今は「三春グルメンチ」で知られる。三春町はピーマンの生産量が全国2位ということで,特産のピーマンをふんだんに使った青椒肉絲風のメンチカツを,いわゆるご当地B級グルメとして売り出し中なのだ。三春グルメンチが食べられる店は町内に数店ある。

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 この商店街には「愛姫小路」という愛称がついている。「めごひめこうじ」かと思ったら「めごひめこみち」と読むそうだ。バイパスができる前は県道本宮三春線として,通行量の多いところで,古くから三春城下と本宮・二本松への往来に使われていた。
 戦国時代の三春城主田村氏の一人娘愛姫(めごひめ)が,伊達政宗の元へ嫁いでいったときには,たぶんここを通って北へ向かっただろうという推測から,近年になって「愛姫小路」と名付けたらしい。

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 渋池の愛姫小路。

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 加藤木呉服店。

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 渋池の愛姫小路。後ろに見える山は紫雲寺山。

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 記憶に残っている渋池の商店街よりも,歯抜けになった部分が多くなっている。

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 カンコー学生服の看板は岡本衣料店。中学生の頃はここで学生服やジャージを買ったっけ……

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 バイパスができる前は,この渋池の愛姫小路が真っ直ぐ伸びて,八島川に架かる担橋(かつぎばし)に続いていた。

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 古い商店街の雰囲気が残る一郭。

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 三春名物「味噌まんじゅう」の菓子処三春儀同。三春町は小さな町だが,他にもかんのやの「家伝ゆべし」や三春昭進堂「おたりまんじゅう」,相模屋菓子店の「ビスまん」,福内屋の「かりんとう饅頭」など,甘いものの名物が多い。

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 八雲神社の階段。八雲神社は牛頭天王を祀っており,三春では「きゅうり天王」「天王さま」と呼ばれている。祭りのときにはきゅうりを二本持って参拝し,きゅうりを神前に供えて別のきゅうりを一本受け取って帰るんである。このきゅうりを食べると病気にならないとか。

 この八雲神社の祭りの動画がYouTubeにアップされているので,興味のあるかたは見ていただきたい。とても素朴な祭りだ。子供の頃は獅子舞(長獅子)や神主の踊りには興味がなく,もっぱら露店を見て回るばかりだったかな。長獅子に頭を食われたときに泣いた記憶はある。


〔三春町八雲神社のきゅうり天王祭 8 2012.7.26〕

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 八雲神社の鳥居と渋池愛姫小路。

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 愛姫小路の碑。

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 現在の県道本宮三春線。まっすぐ行くと磐越東線三春駅がある。

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 県道本宮三春線の渋池のバイパス。

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 県道本宮三春線のバイパスから金刀比羅(こんぴら)山を見る。山国の人から見れば,山とは言えないような小さな起伏だが,阿武隈高地の三春町周辺の山はだいたいこんな感じである。

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 渋池バス停。かつては福島交通の本宮行き・二本松行き・三春駅行きなどのバスが走っていたが,どの路線も廃止となり,現在は三春町町営バスが走るのみである。

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 バイパスから見た旧県道本宮三春線。

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 馬頭観音堂,華正院の前の旧県道本宮三春線の鍵曲がり。

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 馬頭観音堂,華正院の前の旧県道本宮三春線の鍵曲がり。広角レンズで撮っているので広く見えるが,細い道路が90°よりも小さな角度で曲がっているので,かつて通っていたバスの運転手は大変だったと思う。

 ちなみに,言葉で書いてもわかりにくいので,この日歩いた渋池周辺のマピオンの地図をアップしておく。

Photo
 馬頭観音堂,華正院の前の旧県道本宮三春線の鍵曲がりというのは,地図の中央下部の「荒町」という表記の上のところ。

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 旧県道から荒町の県道本宮三春線を見る。

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 三春町荒町の商店街。

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 相模屋菓子店と龍穏院の参道。

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 左が旧県道本宮三春線,右がバイパス。

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 龍穏院の山門。
 曹洞宗秋田山龍穏院は三春藩主(安東)秋田家の菩提寺。うちの墓もここにある。叔母の法要に出られなかったので,ひとりで墓参り。

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 うちの墓地の前。桜の巨木が根元から切られている。真ん中に大きなうろがあり,枯れてしまったようだ。
 以前は桜の木の右側に六地蔵があったのだが,地蔵さんが一体になっている。この地蔵さんがある場所は,以前は何もなくて,昔飼っていた猫が死んだときにここに埋葬し,墓参りにくるたびに石を置いて線香をあげていたことを思い出す。

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 桜の木以外にも,以前はうっそうと茂っていた木がなくなっている。見晴らしが良くなり,晴れた日には日光がよく当たるようにはなったが,どうなんだろう?

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 龍穏院。中のふすまには地獄絵が描かれていて,とても怖かったという記憶がある。

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 この日の気温は2℃。この晩は雪になり,けっこうな積雪となった。

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 旧県道本宮三春線。

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 馬頭観音堂,華正院の前の旧県道本宮三春線の鍵曲がりを振り返る。

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 藤田理容店の前のL字カーブ。

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 旧県道本宮三春線。

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 渋池のひろ美食堂の前。旧三春中学校のグラウンドのフェンスが見えてきた。

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 藤田理容店の前のL字カーブ。建物が密集していたときとはずいぶん雰囲気が変わった。

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 切通しの登り口の丁字路。

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 狭くて車がすれ違いにくかった切通しの拡幅工事が始まっている。ここに建物が並んでいたときにはわかりにくかったが,切通しと言っても,このあたりは盛り土になっている。

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 切通しのトウツミ農機店の前のカーブ。次に帰省したときには道路拡幅が済んで,まったく違った風景になっているかもしれない。

 カメラのおかげでまだまだ明るく撮れているが,実際はだいぶ暗くなっている。実家の晩飯は早いので,このへんで撮影終了。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 5s

【過去の三春町の写真】
1996年8月 我が故郷 三春町の写真
記憶の断片 三春
2012年1月 1日 (日曜日):小さな城下町三春を歩く
2012年1月 2日 (月曜日):三春町内ぐるぐるりん

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コメント

精肉店のメンチカツは食べたのでしょうか?美味しそうですね!!きゅうり天王際、囃子に合わせて神主さん(?)が踊るのですね。獅子舞に噛まれた子供が『お酒臭い』と言ってるし(笑)

投稿: ひろやん | 2015年1月22日 (木曜日) 16時23分

 晩飯の直前だったもんで,メンチカツは食べませんでした。今になってちょっと後悔しています。
 「酒くせ〜」には笑っちゃいますね。獅子の中の人が酔っぱらっているのは昔からですね。

投稿: 三日画師 | 2015年1月23日 (金曜日) 23時32分

曽祖母の実家が大町にありました。
祖父もそこで生まれたようです。
今は親類は誰もいなくなりましたが、
縁あって毎年三春に伺っています。
非常に興味深い拝見させて頂いてます。

投稿: 吉田 | 2016年11月 5日 (土曜日) 18時49分

 コメントありがとうございます。
 男女の縁に限らず,縁は異なもの味なもので,不思議で面白いですね。

投稿: 三日画師 | 2016年11月 6日 (日曜日) 11時13分

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