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2013年5月 4日 (土曜日)

西礪波の市場町 南砺市福光町を歩く

 越中大門駅から北陸本線の電車に乗り,隣の高岡駅へ。調べて見たら約8年ぶり。以前は頻繁に来ていた記憶のある街だが,あっという間に8年が経ってしまったようだ。
 高岡には金屋や伏木の家並みあるし,万葉線もある。万葉線沿線には新湊や吉久,六渡寺,さらには越ノ潟からの渡船もある。が,そっちは明日見て回ることにして,再来年春の北陸新幹線開業時に新高岡駅(仮称)が設置され,様変わりしそうな城端線に乗る。

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 城端線のディールカー。そこそこの乗車率だ。

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 福野にするか砺波にするか,それとも終点の城端まで行くか,どこで下車するか悩んだ末に,頭の中でサイコロを転がした結果,南砺市への合併時に一番人口が多かった福光(約2万人)で下車する。

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 福光駅の南東側に大きな倉庫が並ぶ。ここが農産物の集散地だったことがよくわかる。

 もともと城端線は,まだ富山県に鉄道がなかった1897年(明治30年)に中越鉄道が敷設した鉄道で,砺波地方で生産された農産物を,富山湾に面した伏木港まで運ぶことから始まっている。
 この当時は全国で鉄道敷設が本格的に行われ始めた時代であり,それらの多くは現在でも幹線となっているところだから,それを考慮すると,城端線への期待がいかに大きかったかがわかる。

 ちなみに,新宿〜立川の甲武鉄道(現在の中央線)は1889年4月,日本鉄道の品川〜赤羽(現在の山手線)は1885年3月の開業である。また,1882年6月には東京市内に東京馬車鉄道が開業している。そんな時代から約10年の遅れで中越鉄道が城端線を開業しているのは特筆すべき事実である。

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 駅前広場から見た福光駅。

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 駅前には大きな噴水とモニュメントがあり,そこから西の小矢部川に向かって駅前通りが延びている。

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 駅前の噴水。清水が噴出することで「噴き満つる」から福光になったという由来があるらしいが,それを表現した噴水だろうか。それとも,戦時疎開で福光に移住した版画家「わだばゴッホになる」巨匠棟方志功(もちろん青森出身)のモニュメントだろうか。よくわからない。

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 噴水の周囲には棟方志功の版画のモニュメントが並んでいる。

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 駅前通りから駅前にバスがやってきた。
 行き先は「金沢駅」……びっくりしてしまった。

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 西日本JRバスの行き先表示板は,兼六園下・香林坊・金沢駅となっている。金沢へのバスが出ていることなど考えていなかったので,本当にびっくりしてしまった。
 地図を見て合点がいった。南砺市付近から西側の医王山の裾を越えるとすぐに金沢市なのである。距離にして30km程度しかない。バスなら1時間ちょっとぐらいだろう。高岡市に出るよりも近いぐらいだ。これでは金沢に買い物客を奪われてしまう。なかなか難しい状況になっていることを知った。

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 金沢行きのバスは福光駅前でのんびりしたりせず,すぐに金沢に向かって走っていった。

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 荒木町の福光駅前交差点。

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 福光駅前交差点の南側を見る。西側から福光駅前まできた国道304号線は,ここで南に折れ,城端まで城端線にほぼ並行しながら続いている。さらには五箇山トンネルを抜けて富山県の南端に達し,国道156号線に合流して飛騨の白川郷などに繋がっている。
 右側には正円寺があり,その南隣には南砺市役所福光庁舎がある。

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 この周辺には南砺市役所福光庁舎の他にも,福光荒木郵便局,南砺市福光健康センターなどの公的施設が集まっている。

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 福光駅前交差点から小矢部川に架かる福光大橋までの坂道に,三階建ての商業ビルがびっしり並ぶ荒木町(丸の内)。とても人口2万人程度の町(今は合併して人口約5万5千人の南砺市の一部となっている)とは思えないほどの密集ぶりだ。
 個人的には,この家並みを見て,福光に来て良かったと感動してしまった。そして,興奮はさらに続く。

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 荒木町(丸の内)の駅前通りの左側にも三階建ての商店が並ぶ。起伏があって,カーブしていて,見とれてしまいそう。
 昭和50年頃,国道304号線の拡幅工事に合わせて商店街の近代化事業が行われたため,このように景観の揃った商店街ができたようだ。

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 そして,さらに驚くことに,福光大橋の先の東町にも近代的な商店がびっしり並んでいる。ハミングロード東町商店街だ。もちろん,坂道があってカーブがある,いわば3D商店街。興奮して,背中がぞわぞわする。古い歴史的な家並みや寂れた商店街が好きだと私は思われがちだが(それらも嫌いではないが),やっぱりこの福光の商店街のような景観がジャストミートなのだ。

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 福光大橋の袂から,荒木町(丸の内)越しに福光駅を見る。

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 壁面の幾何模様がサイケデリック……

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 人口2万人の町にして破格の市街地。

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 福光大橋から小矢部川の上流を見る。金剛堂山〜五箇山あたりの山並みが美しい。

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 福光大橋から東側の荒木町(丸の内)の商店街を見る。

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 料理・割烹の「あそぶや」。

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 福光大橋を渡った国道304号線は,福光東町バス停付近まで一旦下った後,東町交差点まで少し登り坂になっている。ほれぼれするような外観の商店街だ。残念ながら賑わいは見られないが,シャッター街にはなっていない。

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 ハミングロード東町。

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 東町から路地を北側に入ったところにある小林浴場。

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 ハミングロード東町商店街から福光大橋方向を見る。

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 味噌屋町の路地を入る。

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 味噌屋町。

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 味噌屋町のヘアーサロンオヤマの前あたり。

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 味噌屋町。

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 正面に見えてきたのがJR福光福光地区センター。

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 味噌屋町から川原町〜さくら橋〜南砺市役所福光庁舎へと続く路地を下る。高低差から,福光の町が小矢部川の河岸段丘の上に発達していることがわかる。

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 川原町。家並みにシビれる。

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 川原町。

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 町中に小さな社がある。

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 川原町。さくら橋方向を見る。

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 河岸段丘の上の味噌屋町方向を振り返る。

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 北のハミングロード東町に続く路地。暗渠化された水路を流れる水の音が聞こえる。

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 さくら橋の袂の水天宮。小矢部川沿いには見事な桜並木がある。

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 さくら橋から川原町を振り返る。

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 小矢部川に沿って上流側に歩き,東新町の福吉橋の袂から南の山並みを見る。

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 神明宮の裏側あたりから東新町を見る。

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 神明宮の前から。福光新町から続く商店街が宮脇町交差点の東側で,道路を挟んでさらに南側に延びる。

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 福光新町のあさがお通り商店街。右側が神明宮。

 神明宮横の説明書きを読むと,慶安二年(1649年)に福野町を開町した阿曽三右衛門が,慶安四年に福光町領内の小矢部川につづく傾斜地六千歩を整地し,遠近から商人や農民を招いて五十軒の新しい市場町「福光新町」を開いたという。神明宮はそのときに鎮座されたものらしい。
 福光の地図を見ると福光新町だけが島のようにポツンと存在しているが,そういう由来があったのか。阿曽三右衛門が開町した福野町や津沢も見てみたくなった。

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 天神町から神明宮を見る。

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 宮脇町交差点の南側で,道路が斜めに交差する四つ辻に立つポスト。

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 うねるようなカーブを描く天神町の県道臼中福光線。

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 宮脇町交差点から宮脇町通り商店街を見る。

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 斜めに交差する四つ辻。

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 天神町のJA福光広瀬地区センターの前あたり。

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 天神町から神明宮方向を見る。

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 四角い穴が気になる。

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 天神町。

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 県道臼中福光線の南側から四つ辻を見る。

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 天神町。この先の右側に天神町という地名の元になったと思われる天満宮があるのだが,気付かずに引き返してしまった。

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 宮脇町交差点から宮脇町通り商店街を見る。大きな木があるのは宇佐八幡宮。宮脇町の「宮」は,宇佐八幡宮だろう。

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 宮脇町交差点から宮脇町通り商店街を見る。

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 宮脇町交差点から天神町を振り返る。

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 福光新町の神明宮。

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 新町あさがお通り商店街を北へ。

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 新町あさがお通り商店街。

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 新町あさがお通り商店街の南側を振り返る。

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 福光新町から宇佐八幡宮に抜ける路地。

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 郷社宇佐八幡宮。

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 宇佐八幡宮の前から宮脇町通り商店街を見る。

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 宇佐八幡宮の北側は本町商店街になっている。右側の下見板張りの建物は春乃色食堂。

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 宮脇町通り商店街。

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 宇佐八幡宮の前から福光新町に抜ける路地。

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 福光新町へ。

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 新町あさがお通り商店街。

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 創業明治二十八年の石黒種麹店。

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 新町あさがお通り商店街。かきやま総本舗。「新町」だが,ここが福光の核となる商店街だったと思われる。

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 新町あさがお通り商店街。

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 福光新町の願全寺。

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 新町あさがお通り商店街の北端。

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 新町あさがお通り商店街の南側を振り返る。右が福光陶園。

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 新町あさがお通り商店街の北端から商店街を振り返る。

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 福光新町と味噌屋町の境界あたり。右側に小さく見えるのが,ふくみつ街中にぎわい壱号館。

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 本町商店街からふくみつ街中にぎわい壱号館を見る。

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 本町通りの本町商店街。福光おやきと書かれたお菓子の小西。正面に見えるのは宇佐八幡宮。

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 本町通りの本町商店街。このあたりには路上駐車が目立つ。買い物客が多くて賑わいがあるかと思うと,他の商店街よりも閉じたシャッターが目立つような気がする。

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 本町通りの西側の路地を入ると,五宝町の知源寺の前に出る。知源寺の石垣の一部は,鎌倉から室町中期の福光城のものらしい。

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 知源寺の前から南の南砺市福光公園のほうを見る。

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 知源寺の前の五宝町の路地には米田湯がある。

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 米田湯の前から知源寺の前を通る路地を見る。寺の真ん前を路地が通っているのが面白い。

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 五宝町から本町通りに出る路地。

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 小さな町なのに奥が深い。積雪の多い土地らしく,こんなに細い路地にも消雪設備がある。

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 国道304号線(中央通り:福光駅前から真っ直ぐ延びる通り)の市立中央図書館の前に出た。

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 中央通りが西町交差点に向かって延びている。

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 中央通りから西町通り商店街を見る。

 福光町の西町は,昭和54年4月の火事がフェーン現象による強風の影響もあって工場や民家に飛び火し,5時間近く燃え続けて116棟もの家屋が焼失する福光大火のあったところだ。西町には大火の延焼をとめたという鎮火石があり,大火の後に火伏神社となっているそうだ。

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 神田町公民館あたり。

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 国道304号線(ハミングロード東町〜中央通り)の東町交差点から本町通り商店街を見る。

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 ハミングロード東町のおもちゃの「かっぱ」に子供達が集結。TAMIYAのマークが燦然と輝く。

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 ハミングロード東町商店街(国道304号線)から,北側の観音町に続く路地を入る。喫茶&スナック幾代。

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 なだらかなカーブを描きながら観音町(観音町地区商盛会)を南北に貫く通り。スナックなどが並ぶ。

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 観音町から寺町方向に延びる路地。

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 観音町の稲荷神社。

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 稲荷神社の階段の横に観音町地区商盛会の案内図がある。スナックや居酒屋,料亭がびっしりだ。

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 旧遊郭(末広新地)の名残を感じさせる広い通り。稲荷神社の前から小矢部川に向かって真っ直ぐ延びる。

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 稲荷神社を振り返る。

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 観音町。

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 持ってきたカメラでは広い通りの雰囲気が撮れなかったので,拙いながら2枚の写真を貼り合わせてみた。

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 雰囲気のある観音町の路地。

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 蛇乃目寿司から小矢部川に抜ける路地。

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 BEER BAR CLUB GION と蛇乃目寿し。黒塗りされているのは営業時間かな。私がレタッチしたわけではない。

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 路地の西側を振り返る。

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 蛇乃目寿し。路地を抜けると小矢部川の桜並木になる。

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 焼肉大番ラーメン。焼肉かラーメンか……

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 おでん一品料理の可扇の前から,大番ラーメンを振り返る。

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 松風楼の前まで行くと,小矢部川の流れが見えてくる。

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 小矢部川の桜並木。

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 福光大橋の袂から小矢部川の桜並木を見る。

 ── Nikon D800E + AF-S Nikkor 24-85mm F3.5-4.5G or iPhone 5

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コメント

金沢に行くバスは、加越能バスで福野経緯でも出ていて、上部は庄川です。
以前は、何と鉄道があったそうで、庄川のダムの材料を運搬したのが始まりだそうです。その跡地がバス路線になっているわけです。
昨日、旅館のときわで聞いたところでは、駅前のときわも元は遊郭で、福光は金沢から上流の人が隠れて遊ぶ場所だったのだそうです。
いずれにしても、砺波平野は非常に豊かな地帯だと思います。

投稿: さすらい日乗 | 2015年8月25日 (火曜日) 21時36分

 福光がそれだけ豊かで繁栄していたということですね。
 日本海側は,もともと北前船で繁栄していた町も多いですし,どっしりした建物が多いことからもそれがわかります。

投稿: 三日画師 | 2015年8月26日 (水曜日) 06時52分

火伏石は昭和の福光大火の時に作られたものではありません。1791年の大火がそこで止まったと言うことで建てられた物です。1979年の大火もそこで再び止まったので平成元年に火伏神社が建立されたそうです。

投稿: | 2016年12月22日 (木曜日) 21時28分

 えっ?

 私が調べたことを細かく書きますと……
 1791年(寛政3年)の大火の鎮火地点に「火伏石(鎮火石)」が置かれ,1979年(昭和54年)の大火も火伏石のある西町で延焼が止まったことから,地元住民の間に火伏石に対する尊敬と畏怖の念が生まれ,昭和の大火の後でそこに火伏神社が建立されたと言うことでいいんですよね?

 火伏石(鎮火石)が昭和の大火のときに作られたなどと,私はどこにも書いていないんですけど……

投稿: 三日画師 | 2016年12月23日 (金曜日) 15時46分

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