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2013年4月30日 (火曜日)

三条市の中心街を歩く 北三条

 燕三条駅から弥彦線の電車に乗り,隣の北三条駅で下車する。

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 1日の平均乗車人員がわずか400人前後で,列車のすれ違いもできない小さな北三条駅だが,弥彦線はこの北三条駅の前後だけ高架化されている。弥彦線の列車は1〜2時間間隔で,1日に28往復だから,破格の扱いにも感じる。

 高架化されたのは国鉄分割民営化後の1996年。隣の東三条駅では,弥彦線は信越本線の下をくぐってから東三条駅東側に入っていたのを,直接西側のホームに入るように路線変更したのも1996年なので,高架化には何か理由があるのかもしれないが,よくわからない。

 とにかく,この北三条駅が,人口約10万人で新潟県内第4位の人口を擁する都市の中心市街地(本町・元町)の最寄り駅である。

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 北三条駅前の元町の交差点にある建物(石黒医院旧館)。Googleマップでは医療法人社団桂杏会と書かれている。後で表側に廻ってみようと思いつつ,すっかり忘れてしまった。今になって後悔している。昭和5年の建築だという。

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 北三条駅前通り(御門前通り)を南へ歩く。

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 北三条駅前通りと日吉町通りの交差点にある東忠商店。

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 越後屋ホテルのある通り。突き当たりは實盛寺。

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 北三条駅前通りと会議所脇小路・三条座小路の交差点にある中村酒店。

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 北三条駅前通りの小出医院。大正時代中期の見事な医院建築だ。

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 小出医院の横から本町四丁目の交差点方向を見る。

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 本町四丁目の交差点の南は広常小路となる。

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 本町四丁目から本町三丁目の三条中央商店街。

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 本町三丁目の三条中央商店街。

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 本町二・三丁目交差点。このあたりの三条中央商店街には金融機関の支店や呉服店などが建ち並ぶ,三条市一番の中心街だと思われる。

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 本町二・三丁目交差点の西側を見る。左側の一角が丸井今井邸。あれっと思ったら,やっぱり北海道の老舗百貨店丸井今井の創業者の生家だった。

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 三条中央商店街の本町一丁目側を見る。

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 本町二丁目の新大橋通り。五十嵐川の新大橋に続いている。新大橋の先を真っ直ぐ行くと,信越本線の三条駅に続いている。

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 新大橋の袂を本町一丁目に入ったところ。「ヤマモ産業」の文字が読み取れる。

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 本町一丁目。

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 上町水汲小路。

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 上町水汲小路から本町一丁目の三条中央商店街に出る。

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 本町一丁目バス停。

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 左側が本町一丁目の東映ムービル。三階に大衆演劇場三条東映がある。

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 本町一丁目の赤壁屋小路の入口から,大衆演劇場三条東映のある東映ムービルを見る。

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 赤壁屋小路。

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 赤壁屋小路の入口から見ると,三条中央商店街の南側には飴屋小路が五十嵐川まで続いている。

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 赤壁屋小路から三条中央商店街を振り返る。

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 赤壁屋小路の北側はスナック街になっている。

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 赤壁屋小路を北に抜けて神明町に出ると,とても広い空き地がある。

 Googleマップを見ると,14階建てのビルがパルム2という専門店街と上層階の住居棟,その東側にパルム3という駐車場ビルが連なっている。となると,大きな空き地にはパルム1がこれから建つのだろうか……と,このときには思っていたが,なぜ後から建つのがパルム「1」なのか気になって調べてみたら,実はこの空き地はパルム1が解体された跡地だった。

 パルム1(6階建て)は,バブル経済真っ盛りの1988年3月に,ジャスコがキーテナントとなってオープン。その後は,郊外にできたショッピングセンター等の影響で客足が減り,2001年にジャスコが撤退。地元スーパーがテナントに入ったりしたものの,2010年に閉店。そして今,空き地になってしまった……。

 これが,ジャスコ出店→商店街崩壊→ジャスコ撤退→街が崩壊……のパターンかどうかはわからない。それにしても,ジャスコに隣接したマンションを買った方の気持ちはいかばかりであろうか……。

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 三社小路。パルム1跡地の西側には飲み屋街が広がっている。

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 唐紙屋小路。

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 居島中小路。

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 居島中小路。

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 昭栄通りから実盛寺新道を見る。Googleマップを見ると,この昭栄通りには全蓋式のアーケードが掛かってるが,それが見当たらない。昭栄通りは元々パルム1があったところまで続いていたアーケード商店街だったが,その東側半分がパルム1となり,パルム1の取り壊しの後でアーケードを撤去したことになる。

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 本願寺東別院(三条別院)の参道の本寺小路。三条の飲み屋街は,この参道を中心に形成されたものだと思われる。この本願寺東別院の参道を南は本町二丁目の交差点へと続き,そこから新大橋を通って三条駅前まで真っ直ぐ延びている。

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 唐紙屋小路。

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 本寺小路の南側を見る。

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 新小路。

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 新小路から本寺小路・田甫江端通り側を振り返る。ビルの入口部分が,なんだかヤバい感じ。

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 ほれぼれするような「かわに」の木造三階建て旅館建築。

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 すばらしい。

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 新小路を西へ。

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 新小路の東側を振り返る。

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 菅原小路。

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 寺町通り。その名の通り,両側に寺が並んでいる。

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 寺町通りの南側を振り返る。右側の路地は三条座小路で,鍵曲がりになって北三条駅前通りに続いている。

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 実盛寺新道。東へ進むと昭栄通りに繋がっている。

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 北三条駅に引き返す。

 三条は古くから金物の町として知られ,五十嵐川の舟運と本願寺東別院の門前町として栄えたため,五十嵐川に沿った本町通りが三条中央商店街として,本寺小路周辺の飲食店街として賑わっていたことがわかる。北三条駅南西の元町付近にあった三条城の城下町でもあるが,今回は街の東側を歩いたため,城下町的な雰囲気は感じられなかった。西側の元町や八幡町,本町四丁目から六丁目付近を歩けば,もう少し城下町を感じることができたかもしれない。

 ── Nikon D800E + AF-S Nikkor 24-85mm F3.5-4.5G

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コメント

ほんとうに日本全国、古き良き時代の建物が残っているんですね。いつの時代まで、残っているんでしょうね。

投稿: ろば | 2013年5月11日 (土曜日) 21時19分

 全国各地に,かつては何らかの産業で栄え,そして時代の波にあらがえずに取り残されたような町がありますね。人口が大きく減少するこれから,そういう町がどうなってしまうのか気になります。

投稿: 三日画師 | 2013年5月13日 (月曜日) 00時18分

こんばんわ、癒されました。

リンクします。

投稿: マイベイ | 2013年5月14日 (火曜日) 00時15分

 どうもありがとうございます。

投稿: 三日画師 | 2013年5月14日 (火曜日) 23時53分

初めまして。19歳まで三条で生まれ育った者です。
ここ数年、三条の市街地には行ってないので、懐かしく拝見させていただきました。

「上町水汲小路。」の写真の左の建物は、私が子供の頃通っていた珠算塾です。
2004年の洪水の後、五十嵐川堤防の内側にあった建物は全て移転となり、堤防の位置が変わり、土手の道路は橋の架け替えに伴いあちこちでつけ変わりました。

昭栄通りのアーケードが撤去されたのは、高齢化に伴い雪下ろしができなくなったからと聞いています。

パルムを建てるときは、そのアーケードを途中でぶった切って、神社さえ移転させて造ったのですが、結果はごらんの通りです。

かつては城下町っぽい町名だったところも、町名改正で「本町1、2、3・・・」という味気ないものになってしまいました。本願寺派「西別院」も、今は無く。

いい写真をありがとうございました。

投稿: DORO | 2013年5月15日 (水曜日) 10時02分

 DOROさん,コメントありがとうございます。
 なるほど,2004年の新潟・福島豪雨(見附市出身の知り合いがいて,大変だったと聞きました)の後に堤防が付け替えられているのですね。河川敷や堤防が新しく感じられたのは,そのせいですね。
 五十嵐川は氾濫が多くて,周辺の方は本当に大変だと思います。

 パルムは残念なことになってしまいましたね。何やら裁判沙汰になってしまって,空き地のまま放置されているようですけど,早く新しい施設ができると良いですね。

 街中に「小路」の表示があって,親しみのある呼び名を一生懸命に残そうとする意志を感じましたが,それに比べると一丁目〜六丁目というのは味気ないですね。

 西別院で検索してみました。東別院は,京都の東本願寺に対して東にある別院だから東別院なのかと勝手に思い込んでいましたが,古城町通りに西別院があって,城の東西に位置していたとなると,印象が変わってきますね。

 貴重な情報ありがとうございます。

投稿: 三日画師 | 2013年5月17日 (金曜日) 00時53分

少しだけですが、三条市を理解できました。
いいとこですね( ^ω^)おっおっおっ。

今、気になる人が三条市出身。
いつか行ってみたいです。

投稿: TO | 2015年1月 3日 (土曜日) 13時10分

 三条や燕は金物工業がとても盛んなところですが,その片鱗を感じさせる場所が抜けている可能性があります。

投稿: 三日画師 | 2015年1月 4日 (日曜日) 10時12分

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