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2012年5月の18件の記事

2012年5月 5日 (土曜日)

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田

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若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田


 さて,時刻は午後3時少し前……。
 iPhoneで乗り換え案内情報を調べると,若松発15:13の筑豊本線普通列車に乗り,折尾で15:59発の鹿児島本線快速荒尾行きに乗れば,博多に16:43に到着。折尾〜博多の鹿児島本線の車窓も楽しみだなぁ……。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 ということで,午後3時少し前の若松駅前。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 若松駅の駅舎に入ると,正面に改札口があって,その先にホームが伸びている。完璧なバリアフリー構造。最も単純で乗り降りしやすい駅だ。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 若松駅も構内のうどん・そば屋さんが人気で,繁盛している。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 改札口を入ると,右側に石炭輸送に使われた貨車セム1000と車輪が展示されている。駅前には蒸気機関車9600型もあるらしい。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 ホームから若松駅の駅舎を振り返る。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 かつては線路がずらりと並び,石炭を積んだ貨車がたくさん並んでいたと思われる場所は,駐車場と住宅地に変貌している。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 若松駅のホームに軽いディーゼルエンジン音を響かせながら,列車が入ってきた。ローカル線でよく見るキハ47形とキハ31形の2両編成だった。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 キハ47を点検する運転手さん。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 折尾行きの先頭になるのは,国鉄末期に分社化前提で作られたキハ31形気動車。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 筑豊本線という名前は付いているが,雰囲気は既にローカル線である。ディーゼルカー2両編成だし……。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 電化はされていないが,輸送量の多さに対応した複線である。筑豊炭田が賑わい,筑豊本線での石炭輸送が増大したのは1930年〜1940年頃だろうか。まだまだ蒸気機関車が主力の時代である。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 ディーゼルカーが折尾駅に到着。駅の周囲の古い建物群にドキドキする。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 折尾駅の筑豊本線のホーム。というより,ここで列車は若松方面に折り返す。
 反対側のホームが筑豊本線の直方方面へのホームになっていて,運行形態としては,筑豊本線はすでに折尾駅で若松線(非電化)と福北ゆたか線(電化)に分割された路線となっている。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 どこからどう見ても昭和の雰囲気の残る折尾駅のホーム。案内板は福北ゆたか線・若松線と無情にも分割されている。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 若松線のディーゼルカーに後ろ髪を引かれながら,階段を上って鹿児島本線のホームへ。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 折尾駅の乗り換え階段。すごいよこれは,明治〜昭和初期建築と思われる木造のままの駅が残っているよ。増築が繰り返されているようで,どこからどこまでがどうなっているのかはよくわからないが,とにかく今まで数多く歴史ある駅を見てきたが,ここ折尾駅は一級品の建築物だと感じた。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 階段から若松線(筑豊本線)のホームを見下ろす。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 階段を上ったところは鹿児島本線の下りホーム……。いやいや,この野球のグラウンドのマウンドのように盛り上がりは何なのだろう。なだらかな盛り上がりかたは甲子園球場のマウンドを想像させる。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 上屋の多くは木造だ。それが複雑な駅構造と相まって,普通ではない雰囲気を醸し出している。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 ふとみると,駅の北側には長屋タイプのマーケットがある。これは一度行ってみたいものだ。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 一階部分やトンネルはレンガが使われている。これはますますすごい。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 あまり意味があるようには思えなかったホームの外側の通路。どういうふうに利用されたのだろうか。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 現在は閉鎖されているようにも見えるが,筑豊本線のホームの上りホーム側に小さな駅舎がある。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 なぜかホームの外側の通路? ホームに入ることは出来ない。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 裏側の通路から見た折尾駅の駅本屋(駅舎)。これはなかなか歴史を感じさせる駅舎だ。駅舎は明治か大正時代の木造だと思われるが,それが残っているのはすばらしい。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 裏側の通路を戻る。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 駅本屋だけではなく,駅の上屋を全部残したい気分だ。駅の中を歩いて,こんなに興奮したのは初めてかもしれない。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田

 さて,時刻はまだ午後3時45分。折尾から乗る予定の鹿児島本線荒尾行き下り快速列車は午後3時59分発だから,まだ十分に時間がある。ちょうどトイレに行きたくなったのだが,先ほどの若松線のホーム横のトイレまで行って戻ってくるのにも十分の時間がある。

 しかし,ひとつ,気がかりなことが出てきた。
 鹿児島本線下りホームの電光案内板をみると,下り列車は,15:48の鳥栖行き普通,15:57博多行き特急ソニック,16:09荒木行き快速……という順番で並んでいるのだ。iPhoneの乗り換え案内に載っていた15:59の荒尾行き快速が見当たらない……。これはどうしたことか。休日ダイヤと平日ダイヤの違いか?
 もし,15:59の荒尾行き快速が走っていなければ,ひょっとしたらその一本前の特急ソニックに乗らなければならないかもしれない。さて,どうしよう。短時間での決断を迫られている。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 トイレを利用するため,若松線・福北ゆたか線のホームに戻る。若松線のディーゼルカーの隣に,福北ゆたか線の電車が並んでいた。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 若松線ホーム横のトイレ。このトイレも,また博物館に残りそうなほどの年代物である。

 さて,鹿児島本線の下りホームに戻って,乗るべき電車のことを考える。15:57の博多行き特急ソニックの入線を告げるアナウンスが流れる。その後で15:59の電車が来てくれればいいが,来なければ,次の電車は16:09となる。来なかったときには明日はない(飛行機の時間がヤバい)と判断すれば,15:57のソニックに乗り込んでしまう方法一択しか残らないではないか……

 と,一択しかないと決めた瞬間,特急ソニックの入線の寸前に鹿児島本線の下り普通電車が上り線のホームに入ってきたのだった。
 なーんだ,15:59発の荒尾行き下り鹿児島本線普通列車は,折尾駅では上り線のホームに入って,特急ソニックの通過待ちをするのだった。だから下りホームの電光掲示板に15:59発の列車が乗っていないわけだ。わかってみればなんということはない話だ。早速上りホームへ移動する。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 見事なレンガ造りの地下通路を使って,折尾駅の鹿児島本線上りホームへ。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 ジャーン。折尾駅15:59発の下り鹿児島本線快速荒尾行き。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 名島駅付近で多々良川を渡る。西鉄宮地岳線の多々良川鉄橋は13連アーチが有名な鉄橋。ちょうどここを走っていてくれてたらハッピーだったんだけど,さすがにそんなうまいことは簡単に起こらない。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 時刻通りに博多駅に到着。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 余裕で福岡空港駅に到着。さっそく手荷物検査の行列に並ぶ。ゴールデンウィークも今日と明日を残すのみ。行列がもの凄い長さになっていた。行列嫌いでも,こればかりはどうにもならない。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 あちこちで「15分前に搭乗手続きを済ませないと乗ることができなくなることがあります〜」という声が聞こえる。飛行機と新幹線の所要時間を比較するときに,飛行機の所要時間に15分は追加しないと不公平だということになる。
 新幹線と違って,乗る前にこうやってゆっくりできるのは,とても良いけどね。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 気合いを入れて窓側の席を確保したものの,残念ながら下界は雲だらけ。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 上空には,地球と月の距離が短いときに見られる大きな月「スーパームーン」が見えていた。まぁ,これが見られれば満足かも。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 縦位置でもスーパームーンを撮影。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 あっという間に羽田空港に到着。羽田空港が混雑している時期だから,以前のように千葉県上空をぐるっと大回りしたりするのかと思いきや,意外にすんなり着陸できた。滑走路の増設や延伸の効果が出たかな。
 まぁ,しかし,着陸した後は東京駅に着いちゃうんじゃないかと思うくらいの長距離を走り回ったけど。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 どっと疲れた。ロビーで休む人もなく,みんながみんな,出口に真っ直ぐに向かったのにはびっくりした。

若松〜折尾でドッキリ〜福岡〜羽田
 羽田空港から京急線のエアポート急行で上大岡へ……。これまた楽ちんだわい。

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石炭と共に栄え石炭と共に…若松

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石炭と共に栄え石炭と共に…北九州市若松


 若松渡場から筑豊本線の若松駅まで,若松の街を歩くことにする。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若松渡場(右側)の前には鶴丸海運。さらにその後には若戸大橋が……。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 上野海運の前の倉庫には三菱マークがある。旧三菱合資会社若松支店として1913年に建てられたからだ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若戸渡船の若松渡場。横には若松渡場バス停がある。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 三菱マークの倉庫(上野海運)を見ながら,海沿いを西へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 こりゃまた立派な尖塔を持った旧古河鉱業若松ビル。若松地区のシンボルにもなりそうな見事なビルだ。
 だが,隣のグランドプラザアクアガーデンの門の部分の造形が,旧古河鉱業若松ビルの重厚さを台無しにしているように見える。元もと存在した建築物(旧麻生鉱業ビル)の一部を模擬したのだとは思われるが,これは残念。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 旧古河鉱業若松ビルと若戸大橋を絡めて撮影しようとすると,どうしてもグランドプラザアクアガーデンの門の部分の造形が邪魔して来やがる。これは悪質な嫌がらせにしか感じない。トホホ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目を地区を歩く。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目の街並み。若戸渡船の乗り場から,真っ直ぐ本町一丁目と本町二丁目を,そして本町三丁目を通って,若松駅前交差点にたどり着くという,若松市随一の本町通りである。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目の街並み。吉祥禅寺の入口も見える。そのまま真っ直ぐ歩けば鶴丸海運の横に出ることになる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目。残念ながらかつての賑わいは見られない。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若戸大橋の見える本町一丁目の北側へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目から国道495号線の本町二丁目交差点方向に進む。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目から東方向を見ると,屋根の上に若戸大橋が見える。これを見ながら育ったたくさんの方の脳の中には,さまざまな若戸大橋の姿が残っているに違いない。
 街のところどころに,レンガ塀が既存の建物の一部としてはまり込んでいるのが面白い。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町一丁目の道路が国道495号線を挟んで対岸側には,エスト本町商店街(本町二丁目)がそのまま延びている。本町二丁目にはアーケード商店街があるようだ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 アーケード商店街に寄る前に,まずは若戸大橋が地面に降りてくる部分も見てみたい。ということで,本町一丁目の北側に向かう。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若松区役所が写真の左手側にある。チラリと写っている主塔の手前側に若松橋台があり,そこから高架橋のまま徐々に高度を下げながらカーブしてきている。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 そのまま道なりに若松本町銀座商店街へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ここだけではなく,あちこちにレンガ造りの構造物の残骸が残っている。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町二丁目。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 南北に延びる明治町銀天街。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 明治町銀天街。
 左が若松かっぱ座。かつて石炭で賑わった頃,若松には16館もの映画館があったという。その後,映画館は次々に閉館し,1994年に最後の映画館となった若松東宝が閉館して以来,若松は映画館はゼロの街に……。この若松かっぱ座は,商店街の若手メンバーが中心となり,空き店舗を利用して2010年に小さな映画館を復活させたものだという。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 明治町銀天街。本町二丁目を南北に貫く。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 明治町銀天街。残念ながらかつての賑わいはない。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ファイブマートの前に立っているおっちゃんも寂しそうだ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 国道495号線方向を見る。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町二丁目。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 左奥のホテルルートインは,かつての若松井筒屋百貨店跡地。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 明治町銀天街とエスト本町商店街の交差点。
 左側で工事中(取り壊し中?)なのは「あやどり市場(あやどりマーケット)」。古い地図には「あやどり百貨店」とも書かれている。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 明治町銀天街とエスト本町商店街の交差点。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町商店街(東側)。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町商店街。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町と明治町銀天街の交差点。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町商店街を西へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町商店街を西へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 南側の路地。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町商店街の南側に小さな広場がある。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 こんな感じの広場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エスト本町商店街は,中川通りを越えて本町二丁目から本町三丁目に入るとウエル本町商店街となる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ウエル本町商店街の東端のホテルルートイン(元若松井筒屋百貨店さらに元丸柏百貨店)の前からエスト本町商店街を見る。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ウエル本町商店街にある井戸。防火用に戦時中に作られたものらしい。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ウエル本町商店街からエスト本町商店街を見る。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 中川通りから本町二丁目方向を見る。おっ,Miles Davisの「Round About Midnight」だ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 中川通りの仕出し料亭。丸窓。

 さて,この中川通りだが,国土地理院の国土変遷アーカイブのCKU747-C10A-18の写真をよく見ると……

1975年3月2日の中川通り
 中川通りの南端に若松駅の貨物線からなだらかなカーブがつながっていて,とても違和感を感じる。さらに古い航空写真を見ても同様だ。明らかに中川通りに線路が延びている。中川通りに線路が延びていたとすれば,違和感は「まさか商店街の中を貨物線が通っていたのだろうか」という疑問に変化する。

 だが,その線路の行き先がわからない。中川通りは商店街(中川通商店街)なので,線路がずっと北に延びていると考えても,貨物を積み卸しするような工場が見当たらないのだ。まさか商店街で貨物の積み卸しをするわけがない。恵比寿市場や丸仁市場が並ぶ浜町二丁目に線路跡にも見えるカーブがあって,ひょっとしたら……とも考えたが,カーブの向きが違っている。

 中川通りをさらに北にたどると,北浜や北湊の港湾部につながる。そこに貨物を積み卸ししそうな工場が建ち並んでいる。とすると,やはり線路は若戸大橋が地上に達する部分(若戸大橋誘導路)の下をくぐり,浜町・桜町を突っ切り,北浜・北湊の港湾部まで繋がっていたのだろうか……。

 ググってみたら,出てきた出てきた,「若松市電」というすごい情報がたくさん出てきた。1975年まで若松市電(若松市営軌道〜後に北九州市営軌道)が若松駅構内から中川通商店街を通って北湊や浜町などまでを結んでいたようだ。

 下記のサイトは,情報や写真がすばらしいので,ぜひとも見て頂きたい。

若松市電 若松の繁華街〜工場地帯の軌道を走っていた貨物列車の記録です
  http://tsushima-keibendo.a.la9.jp/wakamatsu/wakamatsu1.html

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 明治町銀天街の北側,市場(マーケット)が並ぶ場所へ。
 左側に共栄市場と大黒市場が見える。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大正町商店街ゑびす(恵比寿)市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若戸大橋をくぐった南側に明治町銀天街がある。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ゑびす(恵比寿)市場の右側(東側)はウイングプラザ(中央市場)。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 共栄市場と大黒市場が並ぶ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大黒市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 共栄市場へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 共栄市場の内部。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大黒市場へ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 共栄市場も大黒市場も,内部には店が無くなってしまっている。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 いずれも出入口近くの店は頑張っている。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大黒市場を北側に抜けると,若松消防署前交差点に続く通りに出る。通りの南西側が中川町,北東側が浜町二丁目となる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大黒市場の前から南東側を見る。正面に見えるのが若戸大橋。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若松消防署前交差点方向を見る。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 右が大黒市場,左が共栄市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 共栄市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若戸大橋。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 共栄市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大正町商店街とゑびす市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 一体化しているように見えるが,中央の通りを境に,左側が大正町商店街,右側がゑびす市場なのだろうか。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大正町商店街に入ってみる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 想像していたよりも高いアーケードの付いた大正町商店街・ゑびす市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大正町商店街・ゑびす市場の入口のある南側を振り返る。日差しがまぶしい。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 エビやフグがぶら下がっている。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸いフグ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 普段は鯉のぼりとは無縁な生活を送っているため,ここでたくさんの鯉のぼりを見て,今日が五月五日,端午の節句であることを噛みしめる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 大正町商店街・ゑびす市場に無数の鯉のぼり。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 イルカも泳ぎだした。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 北側で少し曲がったあたりから先は寂しくなる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場。今日はたまたま休みだったのか,シャッター街になってしまっているのか,よくわからない。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場。シャッターの前が綺麗なままなので,今日は休みだったのかもしれない。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場から大正町商店街・ゑびす市場側を振り返る。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場のアーケードの北端。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場の北側の入口。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ひっぽん東側の丸仁市場の入口。
 カメラを構えていたところ,後から車がやってきたのを感じたので,シャッターを切るのをやめて横にどけたところ,運悪く目の前に車が停まってしまった……の巻。結構良くあることなのだが,いつも「一枚シャッターを切ってからどければよかった」と後悔する羽目になる。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場の東側。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ウイングプラザとゑびす市場の間の通り。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場(右)とゑびす市場(左)の間の通り。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ゑびす市場の南側を振り返る。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 丸仁市場とゑびす市場の間の通りの西側に,鉄筋コンクリート造りの気になる建物が見える。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若松地区労組協議会の建物らしいが,真新しい板塀で入口が見えなくなっている。かつては何か由緒のある建物だったに違いないので,この板塀は残念。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 中川通りの中川通り交差点。頭の上を通るのが若戸大橋。
 若戸大橋のアプローチを国道495号線と立体交差するまで長く延ばしたのはよくわかるが,さらに中川通りとまで立体交差させたのはなぜだろう。中川通り交差点に車が集中するのを避けるためだろうか。ひょっとしたら,貨物線ではあるが,この中川通りに若松市電が通っていたためではないだろいうか……などと妄想してみた。

 この中川通り交差点から中川町交差点あたり(若松中川通郵便局周辺)には,地図を見ただけでワクワクしてくる場所がたくさんあるのだが,そろそろ福岡空港を目指さないと飛行機の時間に間に合わなくなりそうなので,後ろ髪を引かれるように若松駅に向かうことにする。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 本町三丁目の丁字路。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 同じく本町三丁目あたり。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ウエル本町商店街。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 ウエル本町商店街と元丸柏百貨店跡地のホテルルートイン。かつての若松の賑わいの中心だ。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若松駅前交差点。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 若松駅前交差点。

石炭と共に栄え石炭と共に…若松
 筑豊本線の起点,若松駅へ。

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洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

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洞海湾の若戸渡船と若戸大橋


 小倉で迎えた5月5日の朝……

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 快晴。こりゃ日に焼けそうだ。
 それにしても,小倉駅はでっかいなぁ。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 紫川河口の小倉港。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 関門港一帯は巨大な工業地帯になっている。手前に住友金属小倉の巨大な工場,はるか遠くには新日鐵戸畑の工場も見える。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 2本の巨大な煙突は,たぶん九州電力新小倉発電所。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 船が横付けになっているのは大きな住友金属小倉の工場。
 遠くにはオイルタンクが建ち並ぶ六連島(下関市)も見える。大東タンクターミナルの六連油槽所と言い,重油/灯軽油用タンクを合計19基備えているらしい。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 iPhoneのInstagramで撮影した小倉駅。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

 今日は福岡空港18:00発,羽田空港行きの切符を買ってあるので,それまでに福岡空港にたどり着けばいい。筑豊本線〜篠栗線(21世紀になって電化され,福北ゆたか線という愛称がつけられているらしい)で直方・飯塚あたりをぶらっと歩いてみようか,と思っていたが……

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 部屋に入っていた朝刊に若戸大橋の特集記事があった。若戸大橋が今年9月で開通50周年を迎えるという。せっかくの機会だから,若戸大橋を見に行き,若松の街を歩くことに方針転換。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 小倉駅へ。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 小倉新幹線口。ペデストリアンデッキの動く歩道に「すわったり、ねころんだりしないでください」という注意書きと,動く歩道に寝転ぶ絵がある。こんなところに座ったり寝転んだりするのか? そういえば,福岡の地下鉄や,長崎本線の列車のドアには「ここに座らないでください」というステッカーが貼ってあった。うーん,恐るべし……。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 小倉駅で荒尾行きの列車に乗り込む。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸大橋のある戸畑駅で下車する。若戸大橋は,洞海湾に架かり,若松と戸畑を結ぶ橋である。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 戸畑駅北口。真正面に若戸大橋が見える。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 戸畑駅を振り返る。南口の前にイオン戸畑ショッピングセンターがある。郊外ではなく駅前だ。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸大橋に近づく。気になる「あそこ」。駅前には「まんなおし」という名前の飲食店があって,ちょっとドッキリしたばかり。まんなおし=間直しで験直しという意味らしいけど,びっくりするぜよ。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 気になる感じの裏通り。ここも正面に若戸大橋が見える。街並みができたのは若戸大橋の完成より前のはずだから,意図的にこうしたわけではない(たぶん)。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 小料理屋が並ぶ一郭。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 戸畑の街の中心は鹿児島本線の反対側の南口側にあるとはいえ,ちょっと寂しい感じの街並み。地名は駅前から銀座一丁目〜銀座二丁目である。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 南鳥旗町あたり。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 駅前通りが真っ直ぐに若戸大橋の橋脚に向かっている。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸渡船の戸畑渡場が見えてきた。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸大橋の戸畑橋台。若戸大橋は戸畑側で北九州都市高速2号線につながっている。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸大橋の下を貨物船が通る。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 戸畑渡場に若戸渡船が到着。
 若戸大橋の戸畑橋台と若松橋台には自転車や原付も乗せられるエレベータがあり,かつては徒歩や自転車で橋を渡ることができたそうだが,渋滞対策のために歩道を廃止して車道を4車線化したため,若戸大橋ができても渡船は残ることになったらしい。
 その後も若戸大橋の渋滞は深刻なようで,若戸大橋の少し北側に「若戸トンネル(新若戸道路)」という海底トンネルが工事中で,若戸大橋が開通50周年を迎える今年9月に若戸トンネルが開通することになる。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸渡船と若戸大橋の戸畑橋台。一瞬,橋台から先が途切れているように見える。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸渡船が戸畑渡場を出港。これは絶対乗らねば。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若松渡場に向かう若戸渡船。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸大橋と若戸渡船。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 戸畑漁港。左奥に日本水産のカッコいいビルが見える。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸渡船の戸畑渡場へ。渡船の所要時間は3分。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 戸畑渡場。若松渡場までは大人100円。日中は15分間隔程度で運航されている。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 渡船に乗り込む。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 北九州市営若戸渡船。北九州市営なのか。
 乗り込む船は「くき丸」。もう一隻,「第十八わかと丸」のどちらかで運用されているらしい。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 出航!

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 洞海湾(戸畑港・若松港)は深く入り込んだ入江なので,波が穏やかだ。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 あっという間に若松渡場に到着。早すぎて,もの足りないぐらいだ。
 上野海運,鶴丸海運など,海運会社のビルが若松港の成り立ちを物語る。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 ぐるっと回り込んで若松渡場へ。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 下船。渡船はすぐに折り返すため,のんびり写真を撮っている時間はなかった……。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 なんなればもう一往復ぐらいしてもいい気分。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 若戸渡船が戸畑渡場に向かって出発。

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋

洞海湾の若戸渡船と若戸大橋
 あっ,若松から戸畑行きは若戸大橋の下をくぐるのか……。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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2012年5月 4日 (金曜日)

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ

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熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ


 今晩の宿は北九州市の小倉駅前。熊本から人生初の九州新幹線に乗って小倉に向かうつもりだが,その前に二本木をさらっと歩いてみることにする。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 二本木の入口にある三嬌橋から坪井川の上流側を見る。熊本駅前にできた再開発ビルが見える。えっ,あの森ビル関係? ああ,それで「くまもと森都心」なのか。てっきり「森の都」熊本の新都心でなので,ダジャレで森都心なのかと思ったが,森ビルなのか……,トホホ。みんなが読めるように「くまもと森都心」ではなく「熊本しんとしん」にすればいいのに……無理だよね,森ビルだもん。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 三嬌橋を渡り二本木へ。ご存じの通り,坪井川と白川に挟まれた二本木地区は二本木遊郭があったところ。以前は東雲楼の建物が残っていたらしいが現存せず,今は旅館やビジネスホテルが多いことに雰囲気を残す程度らしい。むしろ,この三嬌橋という橋の名前に名残を感じるかも。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 右側の建物は熊本朝日放送本社ビル。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 三嬌橋方向を振り返る。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 坪井川と平行に数本の水路が流れ,街もそれに沿って形成されている。この路地の奥にビジネスホテルや旅館が並んでいる。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 熊本朝日放送本社ビルの前。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 スナックが並ぶ。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 路地の奥にはソープランドがあったりする(割愛)。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 かつての賑わいはない。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 三嬌橋方向を振り返る。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 行列が出来ている。何か事故でもあったのかと思ったら,黒亭というラーメン屋だった。クロテイ? いやいや,それじゃ湯桶読みだからコクテイか……。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 おっと,モダンなアーチ窓がカッコいい建物が見える。
(ここではラーメン屋に行列を作っている人たちからの冷たい視線を感じながら撮影)

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 取り壊しが始まる寸前か,それとも改装工事か?

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 正面から。逆光が厳しい。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 この長屋店舗の北側に東雲楼の建物があったそうな。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 ラーメン屋黒亭のある交差点。行列のほうを写すとにらまれそうだったのでパス。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 交差点を南へ。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 二本木の商店街はここがメインストリートだと思われる。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 南へ行くにつれて幅員が狭くなる。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 ラーメン屋の方向を振り返る。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 商店が一番密集するあたりが最も幅員が狭くなる。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 半分に切れてる。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 新世安橋に続くバス通りが見えてきた。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 屋根勾配のグラデーション。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 二本木三丁目方から二本木二丁目を見る。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 二本木町バス停付近。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 バス通りの向こう側(南側)が二本木三丁目。二本木郵便局や二本木神社は三丁目にあるので,渡ってみたい気もしたが,情けない体力が限界っぽい。田崎橋電停の西側あたりも含めて,また今度の楽しみに取っておくことにする。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 二本木を流れる水路のひとつ。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 水路が二本平行して二本木三丁目側に流れてゆく。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 田崎橋付近から見る坪井川。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 坪井川越しに二本木の町を見る。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 サイドリザベーションになって利用しやすくなった熊本市電の田崎橋電停。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 田崎橋電停に電車がやってきた。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 田崎橋電停から健軍町行きの電車に乗り込む。よく見ると熊本の地図が描かれた電車だ。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 あっという間に熊本駅前電停に到着。駅前の再開発でJR熊本駅に(ほんの少しだけ)近づき,大きなしずくのような形をした屋根が付いている。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 大きなしずくのような形をした屋根が熊本駅に延びている。奇抜なデザインだけど,実用性はどうなんだろう……。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 熊本駅前の再開発ビルは,森ビルの熊本森ビル都心……じゃなくて,くまもと森都心とザ・熊本タワー。ザ・熊本タワー……って,漫才コンビ名じゃないんだから(笑)

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 熊本市電がうねるようにして熊本駅前電停に入ってくる。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 JR熊本駅。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 ここで大失敗。
 私は普段から腕時計を持っておらず,現在時刻をほとんど確かめもせずに17:50頃に自動券売機で小倉までの乗車券と特急券を買ったときに,熊本駅で駅構内や九州新幹線などをしばらく見ていようと思って券売機の「現在の時刻」ではなく「1時間後」のボタンを押したつもりが,「17時」の次の「18時」を押していて,間もなく発車時刻となる18:00発の大阪行き「さくら」の切符を買ってしまったのだ(トホホ)。
 切符を買って,しばらく構内をのんびり歩いているときに,駅の時計を見て発車時刻が近いことに気付き,慌てて新幹線ホームに向かう羽目になってしまった。
 で,ホームに上がると同時に特急「さくら」がホームに入ってきて,肝心の先頭車両の写真は撮れず……。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 指定席を取ったので,ちゃんと窓側の座席は確保。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 熊本の街で何も食わなかったので新幹線の中で弁当を買おうと思っていたのが,時間がなくて事前に駅弁は買えず,しかも車内のワゴン販売も熊本の時点で既に弁当は売り切れ。冷たいお茶でお茶を濁す。トホホ^2。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 とはいえ,あっという間に小倉駅に到着。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 小倉駅の小倉食堂というフードコートで,焼き鳥丼とホルモン焼きに食らいつく。駅弁を食えなかった反動で食い過ぎた。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 小倉駅の新幹線口。左側が今晩の宿,リーガロイヤルホテル小倉。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 小倉の夜景。今回の旅行で初めて景色の良い部屋だ。

熊本二本木〜九州新幹線で小倉へ
 最後はiPhoneのInstagramで。レンズが汚れてるので変な光芒が出る。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

【参考】
2003年8月2日 (土曜日):熊本市電と熊本電鉄

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河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

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河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移


 熊本随一の繁華街である通町筋電停から熊本市電に乗り,iPhoneのGoogleマップを見る。さっきまで歩き回った街は新市街や新天地をはじめとして,クラブ通,酒場通,栄通りと,どちらかという新しい街であることを示す地名ばかりだ。

 ということは,もっと歴史のある繁華街があるに違いない。それはどこだろう……と探してみると,河原町電停から呉服町電停のあたりに,魚屋町,米屋町,呉服町,鍛冶屋町,唐人町,古大工町……というのが目に入った。この地名,ここが昔からの繁華街じゃなくてどうする。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 ということで河原町電停で下車。が,予想していたのとは違った雰囲気の街で,ちょっとがっかり。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 まずは紺屋町から上鍛冶屋町へ向かおうとすると,その反対側の河原町に,さらに予想外の雰囲気を感じる。ひとけのない住宅街かと思って通りすぎるつもりが,こ,これは……

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 住宅街かと思っていたところは,長屋(共同ビル)タイプの商店群だった。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 突然,目の前にこの商店群が表れ,街歩き好きとしては鳥肌が立つ(良い意味で)気分。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 古い繊維問屋街だ。岐阜駅前の繊維問屋街をさらに寂れた感じにした雰囲気。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 ほとんどが空き店舗だが,若い人が入っている店があるようだ。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 繊維問屋街から,独特の雰囲気のある街に変わりつつある。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町Map。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 それにしても,寂しい感じではある。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 繊維問屋街だったころの名残のある店も残っている。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 国際繊維入口。

 写真を撮っていたら,声を掛けて下さったおじさんから繊維問屋街に関する話を伺うことができた。この長屋タイプの2階建て商店群は戦後のヤミ市一帯が焼けた大火災の跡地に建てられたもので,昭和40年頃には繊維問屋街として賑わったらしい。その後は徐々に空き店舗が増えたが,最近になって賃貸料が安いということで若い人のアトリエやカフェなどが増えてきたという。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 若い人が増えてきたといっても,まだまだ厳しい状況であることに変わりはない。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 毎月第2日曜日は河原町アートの日。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 アーケードの向こうに堤防が見える。河原町問屋街の東南を白川が流れる。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 白川側から河原町問屋街を見る。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町問屋街。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町問屋街。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町問屋街。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 2階建てとはいえ鉄筋コンクリート造り(推測)なので,強度の問題は少なく,内装を変えやすいのかもしれない。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 下通商店街や新市街,JR熊本駅から離れているという立地は厳しいが,その分賃貸料が安いというのは魅力的だと思う。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 建物は鉄筋コンクリート造りだが,通路の上に架かる屋根の部分は老朽化が進んでいる。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 塩ビの屋根自体は最近新しく付け替えられているようだ。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町問屋街の前の通り。向かい側にも長屋タイプの商店群が並んでいる。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 熊本市電が走る横紺屋町方向を振り返る。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町商店街。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町問屋街の南側の駐車場。ここにも少し前まで共同店舗が建っていたようにみえる。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 周辺には大きなアパートも出来ている。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 南側の丁字路。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町商店街。河原町問屋街の向かい側の長屋タイプ店舗群。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 延寿寺。右側に長屋タイプ店舗群の裏側が見えている。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 紺屋町を北へ。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 熊本市電の通りを横切る。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 河原町電停で下車した最初の目的だった鍛治屋町あたりの街並み。正直なところ,かなり残念な感じ。河原町問屋街を見落として,ここに真っ直ぐ向かってしまったら,あとで後悔したに違いない。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 中唐人町の旧第一銀行熊本支店。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 米屋町一丁目から新町二丁目へ坪井川を渡る。川の向こう側の地名は船場町。かつては坪井川が舟運に使われ,このあたりに船着き場があったのだろう。
 すこし北側に洗馬橋(せんばばし)電停と船場橋(せんばばし)があって面白い。船着き場が船場という地名の由来だとすると,洗馬橋という電停の名前は何に由来するのだろうか。

 あとでわかったことだが,船場橋から西側の新町も,城下町の頃からの古い町屋らしい。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 新町二丁目の坪井川に沿った街並み。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 坪井川に沿った街並みを西へ。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 歩道のない広い通り……だったのだが。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 ゆめマートの向かい側の長屋商店群。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 坪井川に架かる明八橋から上流側を見る。明治8年に架けられたので明八橋らしい。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 明八橋から……。
 この橋の北側の新町地区と,南側の呉服町・魚屋町・米屋町・唐人町……ひっくるめて古町地区が,熊本城下の商人町・職人町だったという。次ぎに熊本を訪問するときのために覚えておこうっと。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 明八橋を渡ると西唐人町になる。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 西唐人町。古い家並みが少しだけ残っている。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 西唐人町の家並み。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 西唐人町の心光寺に出る裏路地。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 レンガの防火壁に挟まれている店。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 呉服町一丁目を南へ。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 呉服町の交差点にある呉服町電停。地図をよく見ると,電停があるのは魚屋町二丁目だった。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 呉服町交差点で熊本市電がカーブしている。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 呉服町電停で熊本駅前からの電車を見る。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 呉服町電停。熊本駅・田崎橋行きの電車を見送る。贅肉で腹が出ているので,危なく電車に腹を擦られるところだった(笑)

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 石畳とレール。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 熊本駅・田崎橋行きの電車に乗り込む。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 ほとんどの乗客が熊本駅前で下車する中,一つ先の二本木口電停で下車する。
 一緒に下車した親子連れさん,あとの会話を聞くと,私が下車したので,どうやら終点の田崎橋電停と間違えて二本木口で下車してしまったらしい。田崎橋電停まではわずか200mぐらいしかないとはいえ,申し訳ないことをしたかも。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 田崎橋までの区間は,以前は道路の中央を単線の線路がヘロヘロと延びていたが,2010年に線路を歩道側に寄せるサイドリザベーション化と複線化と軌道緑化が行われ,とても立派になった。

河原町旧繊維問屋街が「アートの街」に遷移
 みごとに変身した熊本市電の熊本駅前〜田崎橋。西側は再開発が行われ,熊本地方合同庁舎などが移転してきており,街全体が大きく変貌しそうな地域である。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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肥後国熊本・新市街〜下通〜通町筋

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肥後国熊本・新市街〜下通〜通町筋


熊本新市街〜下通〜通町筋
 白川に架かる代継橋の袂で迎えた熊本の朝。雲が多い。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 早朝は曇っていたが,10時過ぎまで部屋でゴロゴロしてたら晴れてきた。

 この四月に政令指定都市となった人口約70万人の熊本市。中心繁華街をクマ無く歩くのは無理だが,目一杯歩き回ってみる。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 代継橋の袂から北に延びるシャワー通り。北側に続く下通が全蓋式アーケード付きなのに対して,ここは雨がシャワーのように降り注ぐためシャワー通りと名付けられたそうだ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 ちょっと洒落た感じのシャワーヴァレービル。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 シャワー通りの北端から下通商店街のアーケードが続く。左側がサンロード新市街アーケード,右側がワシントン通りとなっている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 サンロード新市街のアーケード。辛島町の電停まで全蓋式のアーケードが続く。
 熊本県のマスコットキャラクター「くまモン」の姿が街中にある。熊本きっての人気者だ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 サンロード新市街。栄通りは下通商店街の西側に平行して南北に延びる商店街。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 サンロード新市街から栄通り商店街を見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 玉屋通り(「下通りへの近道です」と書かれている)の入口。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 玉屋通り。入口はビルの中を通り抜ける通路のように見えたが,アーケードの付いた細い路地だった。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 鍵曲がりになっている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 玉屋通りからプールスコート通りに出る。プールスコート……よくわからない。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 プールスコート通りから見た玉屋通り。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 プールスコート通り。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 栄通りからプールスコート通りを見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋

熊本新市街〜下通〜通町筋
 サンロード新市街へ戻る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 サンロード新市街の西側から南北に延びる銀杏通り。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 飲食店が並ぶ銀杏通り(銀杏南通り)。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 銀杏通りの「屋台」。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 銀杏通りからサンロード新市街のアーケードを見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 銀杏通りが西銀座通りと交差する。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りと銀杏通りの交差点。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りにある横丁。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りの西端。熊本交通センターが見えてくる。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 熊本交通センターの前を熊本市電が走る。
 熊本交通センターは熊本市の中心部にある巨大なバスターミナルで,街の西端にあるJR熊本駅をしのぐ,熊本市の交通の要になっている。
 左に見えるのは元岩田屋伊勢丹の県民百貨店。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 熊本市電。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りに戻る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りのドン・キホーテ。深夜営業で知られ,全国展開しているディスカウントストアだが,個人的には縁がなく,今まで一度も利用したことがない。自転車なんかも売ってるんだなぁ,という印象。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りの交通センター前方向を振り返る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通りをさらに東へ。下通商店街のアーケードが見える。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 西銀座通り商店街。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通アーケード街。アーケード商店街の中に街路樹があって面白い。「ようこそ!くまもと。下通は,西日本最大級のアーケードです」と書かれている。たしかにこのアーケード商店街は規模がデカい。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通商店街から光琳寺通りを見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 光琳寺通り。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 光琳寺通りの飲み屋街。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 光琳寺通りが栄通りに突き当たったところ。天文台の望遠鏡のような開閉式ドームのある建物SECOND SIGHT。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 栄通りと銀座通りの交差点。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 銀座通りから栄通りを振り返る。SECOND SIGHTが異彩を放っている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 銀座通りから栄通りを見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 うっかり銀座通りをスルーして,一本北側にある酒場通りへ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 酒場通りの名前の通り飲み屋が並ぶ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 酒場通りと下通が交差する。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通商店街。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通商店街から酒場通りを見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通の東側,下通センタービル。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 さらに東に歩くと,横綱土俵入りが輝く籠町通り商店街へ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 歩道の上にアーケードが設置されている籠町通り商店街。通町筋にある熊本最大のデパート鶴屋百貨店(やパルコ)の駐車場への車が行列を作っていて,商店街としては残念な感じになっている。一方通行の道路の右側に車列が出来ているところをみると,鶴屋百貨店の駐車場が通りを右折したところにあるらしい。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 籠町通り商店街。右側にずーっと車が繋がっている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 籠町通りを離れ,クラブ通を西へ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 クラブ通を西へ歩くとまたまた下通商店街へ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 クラブ通との交差点のところで,下通が少し曲がっている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 さらにクラブ通を西へ。名前の通り,西洋風の高級な飲み屋が並んでいる……はず。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 クラブ通。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 クラブ通をさらに西へ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 クラブ通が栄通りに突き当たったところにラーメン桂花本店がある。十数年前にラーメンブームの走りの頃,新宿の桂花で食べたことがあって,ラーメンにキャベツが入っていることに驚いたことは今でも覚えている。その桂花の本店がここらしい。昨年だったか一昨年に,経営破綻したというニュースを耳にした記憶があるが,再建できているようだ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 栄通りからクラブ通を見る。熊本の飲み屋街は,規模,質ともに,さすがは政令指定都市と感じるレベルだ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 栄通りから三年坂通を東へ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 三年坂通。日差しがキツい一日だったが,ここには街路樹があって,日差しが柔らかだった。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 三年坂通。左側はスーパーのダイエー。このダイエー熊本下通店が,デパート火災が大惨事となった元大洋デパートだったそうだ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 またまた下通へ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通を通りすぎ,さらに三年坂通を東(安政町交差点・安政橋方向)へ。たしかに少しだけ勾配のある坂道になっている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 三年坂通。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 籠町通りの鶴屋百貨店(左が鶴屋WING館,右が鶴屋百貨店本館)。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通(下通新天街)へ。2011年春は九州新幹線全線開業,2012年春は政令指定都市移行。熊本に春が来た,という感じだろうか。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通新天街。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 下通商店街。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 いちのいち本通りから下通新天街を見る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 いちのいち本通り。右側にいちのいち二番街(かくれんぼ横丁)がある。ここは熊本市役所の東側にあり,手取本町1の1番地から「いちのいち」と呼ぶらしい。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 いちのいち一番街(熊本市役所・中央区役所の横)から通町筋へ。熊本城東郵便局の入る日本郵政グループ熊本ビルの前を熊本市電が走る。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 通町筋から下通新天街を見る。左側が熊本パルコ。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 通町筋を挟んで北側には上通商店街が延びている。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 通町筋電停から東側を見る。巨大な鶴屋百貨店が見える。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 通町筋電停に入ってきた上熊本駅前行きの熊本市電。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 通町筋電停を出て熊本城・市役所前方面に走り去る熊本市電。正面には熊本城が見える。熊本城の天守閣が……と思ったら,復元されたばかりの本丸御殿大広間の立派な屋根の蔭から,チラッと天守閣のてっぺんが見えるだけになっている。噂には聞いていたが,これは残念かも。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 街並みの写真を撮っている範囲では,単焦点レンズのFinePix X100だけで十分だと思うけど,こういう写真を撮ろうとすると,多少望遠側にズーム出来るPowerShot S100のようなカメラを使わざるを得なくなる。ズームレンズ万歳。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 iPhone 4のInstagramでも一枚。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 通町筋電停周辺の賑わい。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 Instagramでも一枚。

熊本新市街〜下通〜通町筋
 やってきた熊本駅・田崎橋方面の熊本市電に乗り込む。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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2012年5月 3日 (木曜日)

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道

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熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道


 熊本電鉄の北熊本まで来たら,やっぱりあそこを見なくっちゃ。黒髪駅付近の併用軌道区間である。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 北熊本で藤崎宮前行きの電車に乗り,黒髪町駅で下車する。
 黒髪とは,なんとも艶っぽい地名ではないか。

 黒髪と聞いて,山口百恵の「花筆文字」を思い出した。

 ♪墨をすって一筆に
  花と一文字書いたら
  強く線をはねながら
  揺れる女の黒髪になる♪
  (作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童)

 熊本の黒髪地区は,熊本大学や済々黌高校,市立の必由館高校などが存在し,文教地区になっている。済々黌は熊本県で最も古い1879年(明治12年)創立で,古いだけが取り柄の私の母校福島県立安積高校が1884年(明治17年)開校なので,古さでも済々黌が圧倒している。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 黒髪町駅の駅舎。ホームが少し高いところにある。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 併用軌道区間まで歩くと,ちょうど藤崎宮前で折り返した電車がゆっくり走ってきた。道路を車が走ってこないように念じたら,それは通じたようだ。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 大型の車両が,あまり広くない併用道路を徐行しながらやってくる。これにシビれなくて,何にシビれるのだろう。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 電車はそのまま必由館高校の前を通り,黒髪町駅方向に去っていく。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 今度は黒髪町方から藤崎宮前行きの電車がそろりそろりとやってくる。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 この道路には意外に多くの車が走っていたのだが,電車が走ってきたときには車が来ないように念じ続けて写真を撮っていたら,運良く自動車が一台もこなかった。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 商店も並ぶ一郭を無事に電車が走り去った。左側は見性禅寺。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 黒髪町駅に戻る。艶っぽい駅名をこれっぽっちも感じさせない駅。
 最後に撮影した電車が藤崎宮前で折り返してきたのに乗り,北熊本駅へ。そこからまた青ガエルに乗って上熊本に戻ることにする。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 黒髪町駅のホームに御代志行きの電車が入ってきた。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 北熊本駅から青ガエルこと5000系の電車に乗り込む。乗客は多くないが,サイクルトレインは便利に利用されているようだ。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 北熊本駅構内ではもう一台の5000系電車が休んでいる。お互いに電車の顔の向きが逆なので,運用に入る電車によっては青ガエルの顔が今回のように北熊本側になるのか,北熊本側になるのかが楽しめる。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 終点の上熊本駅で,今度は熊本市電(路面電車)に乗り換える。健軍町行きの電車が発車しそうな雰囲気を醸し出していたので,さっさと乗り込むことにする(混雑していて座れず……しょぼん)。
 立派だったJR上熊本駅の駅舎の一部は取り壊されずに,この熊本市電の上熊本駅前電停に利用されることになったという話は聞いたが,駅舎のどこがどのへんに移築されたのか,よくわからなかった。あの上熊本駅をほとんど取り壊しちゃったみたいだ。残念。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 今晩の宿がある辛島町電停で下車する。電停のすぐ横にはサンロード新市街アーケードがある。ここは,熊本市随一の繁華街下通商店街や熊本交通センターなどの結節点になっており,とても賑わっている。

熊本電鉄黒髪町付近の併用軌道を見る
 サンロード新市街。これは立派なアーケード商店街だ。

 さてさて,そろそろ晩飯を食って,宿にチェックインしなくっちゃ。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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青ガエルに会いに熊本電鉄へ

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青ガエルに会いに熊本電鉄へ


 上熊本駅で下車したのは,もちろん……

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 この電車を見るため。熊本電鉄の上熊本駅に5000系電車が入ってきた。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 書き割りのような熊本電鉄上熊本駅のホームへ。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 熊本電鉄の5000系電車。元の東急5000系(通称青ガエル)。10年近く前に見たときには青っぽい色になっていたが,廃車を前に(?)東急時代と同じ緑色に塗り戻された。各地に散らばった元東急5000系電車も,現役で走るのはここだけになってしまった。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 上熊本駅と北熊本駅の間を往復している。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 5000系電車の運転席。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 つり革など,あれこれが東急時代のままになっている。「東横のれん街」のつり革が熊本で見られる。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 あっという間に北熊本駅に到着。ほぼ同時に30分間隔で,藤崎宮前からの御代志行きと,御代志からの藤崎宮前行きの電車が集まってきて同時に散っていく,乗り換えに便利な列車ダイヤになっている(御代志〜藤崎宮前はラッシュ時15分間隔)。
 御代志〜藤崎宮前間の藤崎線・菊池線を走っているのは,東急ではなく東京都営三田線を走っていた電車。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 熊本電鉄全線で,ラッシュ時を除いた時間帯は自転車の持ち込みが可能になっている(サイクルトレイン)。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 御代志行きの電車が走り去る。
 車庫には古いモハ71形電車がいる。きれいに手入れされているが,本線を走ることはないらしい。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 続けて,上熊本に向かって5000系電車が折り返していく。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 熊本電鉄の中心となる北熊本駅。昔ながらの木造駅舎である。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 北熊本駅。
 熊本電鉄の路線は,藤崎宮から北熊本までが藤崎線,JRとの乗換駅である上熊本駅〜北熊本〜御代志が菊池線(かつては路線名の通り菊池まで走っていた)となっているが,藤崎宮前〜北熊本〜御代志を直通する電車がメインとなり,菊池線の北熊本〜上熊本の間を青ガエルこと5000系電車が往復している。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 典型的木造駅舎に惚れ惚れする。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 木造駅舎の中からホームを見る。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 北熊本駅前から。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 雲の間から陽が差し込んできた。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 3方向から電車が集まってくる時刻になった。真っ先にやってきたのが,上熊本からの5000系……。木製の架線柱が並ぶこの風景は,ほかではなかなかお目にかかれない垂涎もの。

青ガエルに会いに熊本電鉄へ
 御代志方面から藤崎宮前行きの電車もやってきた。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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長崎から電車に乗って上熊本へ

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長崎から電車に乗って上熊本へ


 5月3日の朝,思案橋のホテルの窓から見た空。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 長崎を離れる今日になって,初めて青空になった。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 思案橋。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 思案橋電停から。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 思案橋電停。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 思案橋電停に赤迫行きの電車がやってきた。できたてのほやほやと言った感じの超低床車5000形電車だ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 あっという間に長崎駅前電停に到着。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 やっぱり晴れの日はあれこれと色鮮やかだ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 Instagramで撮って,さらに鮮やかに。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 長崎駅。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 長崎駅前。
 10年ぐらい前に新しい駅舎ができたばかりの長崎駅だが,この長崎にも各地で流行している駅周辺連続立体交差事業の計画があるらしく,計画では長崎駅がここからさらに西へ150メートルも移る(街から後退する)ことになる。現在車両基地があるところだ。ひょっとしたら,長崎県庁舎の移設も,その一環なのかもしれない。

 地図を見る限りでは,長崎駅の裏側は浦上川になっていて,長崎本線が街を分断する以前に浦上川が街を分断しているし,主要道路は既に立体交差化が済んでいるので,あまり意味のある立体交差事業とは思えない(もちろん素人考え)。長崎電鉄の長崎駅前電停は,新しい長崎駅前に移設,バリアフリー化されるらしいので,だだっ広い駅前広場を作るだけに思える他都市の立体交差化とは一線を画しているかもしれない。ただ,浜んまちとのバランスがどうなるのかが心配だ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 鳥栖までの特急券と熊本までの乗車券を買って駅構内へ。
 昨日見かけた国鉄色のディーゼルカー,キハ66・キハ67が見られたらラッキーということで,ちょうど良い時刻の特急列車から一本遅らせて,1時間程度長崎駅構内をブラブラすることにする。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 これが最初に乗ろうと思った2番線の787系の特急「かもめ」。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 4番線に885系の特急「白いかもめ」が入線。カッコええ。外観はドイツのICE3のパクリ,もといオマージュにしか見えないけど,カッコいいから許す(笑)

長崎から電車に乗って上熊本へ
 長崎本線にICE3が走ってるんだなぁ……違う違う,これは885系だった。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 Instagramで一枚885系の写真を撮る。JR東日本の路線に乗り続けていると,カッコいい電車に飢えてるんだよね。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 シーサイドライナー。キハ66・キハ67だが,塗色は国鉄色ではなく,シーサイドライナー専用色だった。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 残念。私が乗り込む特急「かもめ」が発車するまでに国鉄色のキハ66・キハ67は表れなかった……。と,あきらめていたところ,シーサイドライナー専用色のキハ66・キハ67が車両基地に引き上げていった。ということは,別の車両が入ってくる?

長崎から電車に乗って上熊本へ
 列車の運用がどうなっているのかはよくわからないが,1番線に入ってきた佐世保行きは待望の国鉄色キハ66・キハ67。まだまだ綺麗な車体だ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 隣の0番線から国鉄色キハ66・キハ67の雄姿を撮影。特別な記念運転等ではなく,こうやって普通の運用に入って普通に走っているのだからすばらしい。こういうことを事前に下調べしておけば,また違った旅が楽しめたかもしれない。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 Instagramでもキハ66・キハ67を撮影。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 懐かしい感じがして,この場を立ち去りにくい……。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 少しずつキハ66・キハ67から離れる。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 787系の特急かもめ。これに乗る。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 贅沢にグリーン車を確保。しかも一人席ではなく二人席を独占。有明海が見える右側の車窓のほうが圧倒的だからね。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 特急「かもめ」はすぐに走り出した。長崎の街ともお別れ。次はいつ来ようかな。
 車内では,買ってきた角煮めしに食らいつく。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 有明海の小さな船だまり。水が入っているときと干潟になっているときでは,まったく印象が異なる。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 有明海。長崎との別れを悲しむ涙雨でも降るかと思ったが,それは見事な青空になった。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 Instagramで,俺が願ったら今日は晴れになった……と書いたとたん,佐賀県の鹿島市付近から急に雲が増えてきてしまった。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 特急「かもめ」が鳥栖駅に到着。ここからは鹿児島本線の各駅停車に乗って熊本に向かう。
 鳥栖駅は,珍しいことに全部のホームにうどん・そば屋があって,しかもかなりの集客力がある。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 長崎本線のホームから,鹿児島本線のホームに移る。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 鳥栖を出て久留米付近では,九州新幹線の橋脚が鹿児島本線に並んで立っている。九州新幹線が開業する前の橋脚だけの工事中のときから感じたのが,「これって細すぎじゃない?」

長崎から電車に乗って上熊本へ
 鹿児島本線の車内から新しい新幹線の駅,筑後船小屋駅周辺を撮影。やっぱりね。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 終点の荒尾駅に到着。ここで電車を乗り換える。福岡県からの電車は,最長でも荒尾止まり。大牟田・銀水から熊本までの電車がやってくるのを待つ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 上熊本駅に到着。ホームの上には九州新幹線の高架橋がある。
 駅前にあった歴史ある重厚な上熊本駅の駅舎がなくなって,更地になっている。噂には聞いていたが,実際に眼にしてみると,これはやっぱりショックだ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 目の前に改札口があるのだが,階段を上り下りしなければならない。もちろん,端の方にエレベータが用意されているので,バリアフリー化してるとは言えないこともないが,ちょっと首をかしげる駅の構内構造になっている。
 手すりやら何やら,あらゆるものが安っぽくできているので,これは「暫定駅」といった状況なのかもしれない。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 上熊本駅前。何もなくなってしまった……。唖然とする風景。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 上熊本駅。右側の駐車場のところには,自転車が山のように積まれた駐輪場があったが,それは解消しているようだ。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 ちなみに,これは2003年8月に撮影した上熊本の駅舎。大きく,風格のある駅舎だった。

長崎から電車に乗って上熊本へ
 2003年8月の上熊本駅の改札口。改札口の高さと,鹿児島本線の下りホームの高さが一致している。既にバリアフリーになっている。ホームに向かう途中で階段やエレベータを使う必要はなかった。

 さて,上熊本駅で下車した理由は……ただひとつ,熊本電鉄に乗り換えること。どうなる。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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2012年5月 2日 (水曜日)

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る

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長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る


 石橋電停から思案橋・正覚寺下方面に向かう電車はないので,西浜町アーケード入口電停で下車し,長崎市随一の商店街「浜んまち商店街」を歩いて宿のある思案橋に戻る。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 西浜町アーケード入口電停の横から南東方向に浜市アーケード(浜町アーケード?)が延びている。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 西浜町電停横の鏡橋から中央橋を見る。流れる川は中島川。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 鏡橋の先には築町商店街がある。築町の先には長崎県庁や長崎県警,裁判所,検察庁……があり,官庁街になっている。あちこちに「長崎県庁舎移転計画反対」の横断幕が設置されている。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 西浜町アーケード入口電停。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市(浜町)アーケード。なぜかこのアーケード商店街が国道324号線に指定されたままになっている。南側に平行する春雨通りは道幅も広く,長崎電鉄の路面電車が通っているが,正覚寺下電停から中央橋までは,路面電車を避けるように商店街の中の歩行者専用道路が国道に指定されていて面白い。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードから鏡橋方向を振り返る。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードを歩く。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 とても賑わいのある商店街だ。
 長崎市は人口約44万人の都市だが,街の賑わいでは同規模(人口40万人前後)の県庁所在地である岐阜市や和歌山市を圧倒している。さらに言えば,政令指定都市の浜松市の商店街よりも格段に賑やかだ。
 平地の少ない長崎市の地形と路面電車の存在が,公共施設の集中や公共交通機関の利用を促進し,各地の都市が目指すコンパクトシティを自然に作りあげたように思う。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 昨年閉店した長崎大丸(博多大丸長崎店)の跡地。もともとは地元の百貨店「岡政」だったそうだ。中心商店街に賑わいのある長崎市でも,埋め立て地や工場跡地に建てられた大型商業施設の影響は大きい。ただ,この跡地には博多大丸が新たな商業施設を出店予定らしく,閉店したデパートが夏のお化け屋敷用途に放置されているところとは状況が異なっている。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードとベルナード観光通りの交差点。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 春雨通りの観光通り電停から北東に延びるベルナード観光通り。中通りに続いている。浜市アーケードよりも幅員が広い。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 観光通り電停側を振り返る。幅員が狭くなっているところが元長崎大丸。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 ベルナード観光通り。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 ベルナード観光通り。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 ベルナード観光通りを南へ。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 ベルナード観光通りの南端。春雨通りが見えてきた。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 長崎電鉄のレールが光る春雨通りの先は銅座町商店街。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードの浜屋百貨店。午後7時半が閉店時間らしい。

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 浜市アーケードの仲見世8番街。

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 仲見世8番街。

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 浜市アーケード。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードの石丸文行堂。

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 右が新天通り。

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 新天通り。
 浜んまち商店街全体が大きすぎて,宿への帰り道にさらっと歩いて見て回れる規模じゃない。

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 浜市アーケード。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 万屋通りに抜ける路地。

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 浜市アーケードの西側を振り返る。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 春雨通りの抜けるエムエスビル横の路地。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 どこで晩飯を食うかを考えながら歩く。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードの東端。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 浜市アーケードの東端から北側に鍛治屋町通りが延びる。ここも歩行者天国になっている。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 鍛治屋町通りの南側が思案橋の交差点になっている。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 あれっ,戸塚のトツカーナにもあるとんかつ浜勝って,長崎の鍛治屋町に本店がある? しかも,ちゃんぽんのチェーン店リンガーハットは同じ会社が経営……。知らなかったなぁ。

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 とんかつ浜勝の本店。ひょっとして,浜んまちのカツ……なのだろうか。

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 油屋町の橋本ビル。

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 油屋町から浜市アーケードを見る。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 思案橋の交差点。

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 思案橋の交差点。長崎電鉄のレールが光る。

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 思案橋と思案橋横丁。

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 思案橋横丁の入口の天天有。

長崎・浜んまちを歩いて思案橋に戻る
 思案橋横丁。
 結局,思案橋横丁の天天有でちゃんぽんと皿うどんを食う(食い過ぎだろ)。そういえば,長崎で食べた皿うどんは,甘い味付けのところが多かった気がする。

 ── FUJIFILM FinePix X100

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グラバー園に恐れをなして石橋付近をぶらつく

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グラバー園に恐れをなして石橋付近をぶらつく


 蛍茶屋から電車に乗り,大浦天主堂下電停で下車しようとした……が,電停から人が溢れるぐらいの人だかり。ここは大浦天主堂のほかに,観光コースのグラバー園(グラバー亭)や大浦展望公園があって,観光客があふれているようだ。混雑が苦手なので,そのまま終点の石橋まで乗り続ける。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 終点の石橋電停で下車。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 石橋電停の前。この南西側に長崎大浦郵便局がある。郵便局があるということは,大浦の街の中心がこのあたりだったはずなので(まあ,私の勝手な推測),周辺を歩いてみる。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 おっと,また三八ラーメンだ。ここは大浦支店。何店舗ぐらいあるんだろう。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 この先に進むと有名なオランダ坂がある。有名だけど,25年前に歩いてピンとこなかったし(そういえば25年前も昨日のような雨が降ってたなぁ),あまり観光地には興味がないし,実際のところ進行方向にチラッと見える風景はあまり興味深い感じがしなかったので,ここで引き返す。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦町・下町から,石橋電停の西側の相生町へ。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 商店街という雰囲気ではないが,普通の住宅地とはちょっと違った感じ……。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 よくわからないが,観光客風の人が階段を降りてきたりする。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 その先に,こんなものが。グラバースカイロードといいう斜行エレベータで,石橋電停の西側とグラバー園結んでいるらしい。Googleマップを見てたが,これには気付かなかった。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 斜行エレベータに乗ってみたい気もしたが,行き先が混雑してそうな予感もあったので,パスして相生町・上田町・大浦東町あたりを歩く。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 斜行エレベータの前の商店街。もちろん,斜行エレベータより前に形成されていたはず。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 午後6時半近く。長崎は周囲が山に囲まれているので,だいぶ暗くなってきた。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場などが並ぶ。だいぶ寂れてしまった感じだ。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場。シャッターが閉じたままの店が並ぶ。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場の東側へ出る。両端の店がかろうじて営業中。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場の西側では八百屋さんが営業中。お店の方と,ちょっとだけ立ち話。なかなか厳しい時代である。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場の横の路地。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 長崎大浦郵便局の前に出る。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 蓬莱市場。こちらは完全にシャッターが閉まっている。右隣に大浦中央市場がある。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 上田町バス停付近。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 上田町バス停付近。右側に蓬莱市場と大浦中央市場が並ぶ。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦東町の路地。路地の先が階段になっている。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 蓬莱市場と大浦中央市場。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦中央市場の前の大浦石橋通りを少し北に歩くと,石橋電停が見えてくる。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦石橋通りはバス通りだが,あまり本数は多くないようだ。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 石橋電停からスカイロードに続く通り。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦川に沿った大浦石橋通りを石橋電停に向かって走る電車。
 この大浦川は,もともと石橋電停付近までが入江になっていたところを埋め立ててできた川だという。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 石橋電停を出て,大浦川に沿って走る蛍茶屋行きの電車。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 電車が大浦天主堂下に向かって走り去る。かなり暗くなってきて,ISO800で露出が限界。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦川に沿って二棟並ぶ松が枝通りの家並み。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 松が枝通り。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 松が枝通り。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦川の上に作られた公園の上から。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 大浦川の上に作られた公園は石橋電停と大浦天主堂下電停の中間ぐらいにあるので,そのまま大浦天主堂下まで歩いてもよかったのだけど,さっき見かけた人だかりを思い出し,あんな感じのところで我先にと電車に乗り込むところは見たくない気がしたので,そのまま始発の石橋電停に戻り蛍茶屋行きの電車に乗る。最初から最後まで人混みを恐れっぱなし……。

 松が枝橋交差点で大浦海岸通りに出るところで,チラッと海が見えた。港町の長崎に来たのに,思い起こせば海を見るのは初めてだった。

グラバー園に恐れをなして石橋電停付近をぶらつく
 西浜町アーケード入口電停で下車する。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋

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浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋


浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 浜口町電停。
 右側にアパートがあり,工事用のフェンスで囲まれている。ふと数日前の記憶が蘇る。長崎行きの各駅停車の中から見えた,古いアパート群が取り壊されている最中の風景。ああ,ここがそこだったんだ。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 浜口町電停を出て行く電車を見ると,長崎西洋館というビルの中をくぐっている。これは珍しい。
 と,上のほうをみると欄干っぽい装飾が見えるではないか。ひょっとしたら,ここから合法的(アパートの非常階段に侵入したりせず)に俯瞰できるかも。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 早速長崎西洋館に入って,屋上の広場へ。予想通り,ばっちり俯瞰できた。
 地図を見ると,ここは三菱造船の浜口アパート。9棟のアパートが建っている。建物の老朽化のために取り壊しているようだ。これだけ広大な土地に,また社員用の住宅群を建て直す時代ではないので,たぶん再開発計画か何かがあるのだろう。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 懐かしい感じのアパート群。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 ポケットからPowerShot S100を出して,広角レンズでも一枚撮影。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 長崎西洋館の屋上プラザには噴水もある。ここは長崎電鉄の関連会社の商業ビルで,飲食店などが多く入っている。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 そのまま帰ろうとしたが,ふと屋上プラザの横を見るとこんなものが……。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 鉄道模型のレイアウトまである。
 ここは長崎路面電車資料館。入場無料だったけど,ほかにお客さんは誰もいなかった。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 長崎電鉄の定期券ゴム印も展示されている。電停の略称が面白い。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 いろんなものが展示されている。
 壁に掲示されている各種資料はかなりマニアックで難しい。さらっと読めるレベルではなく,あれこれ調べながらじっくり読まないと理解できない。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 というわけで,長崎路面電車資料館「いらっしゃいませ! 入場無料です」。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 長崎西洋館。賑わいはいまひとつといった感じだった。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 長崎西洋館・浜口町電停付近は軌道緑化され,芝生が敷き詰められている。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 浜口町電停から電車に乗り,終点の蛍茶屋電停へ。1号線の石橋行きと2号線の赤迫行きが次々に到着し,すぐに発車して行く。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 蛍茶屋電停の東側には電車の車庫がある。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 蛍茶屋電停付近を歩き回ってみたい気もしたが,一日乗車券を持っているのに,あまり電車に乗っていない気がして,そのまま石橋行きの電車に乗り込む。

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋

浜口町長崎西洋館〜蛍茶屋
 とりあえず終点近くまで乗って,大浦天主堂下電停から石橋電停付近を歩いてみることにする。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ

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長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ


 岩屋橋電停から再び長崎電鉄に乗る。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 座れないぐらいに混雑していたので,運転席の横に立つ。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 松山町電停で下車。

 松山町電停といえば,平和公園の平和祈念像や浦上天主堂,長崎原爆資料館が近い。長崎に投下された原子爆弾の爆心地である。
 が,25年前に一通り見たし,街並みとは違ってそういう施設はあまり変わっていないと推測。まだ青い学生だった25年前でさえ,原爆資料館を見学したときには涙が止まらなくて困ったことになったのに,おっさんになって涙もろくなった今では刺激が強すぎる気がしたこともあって辞退。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 というわけで,平和公園とは反対側の長崎市営陸上競技場でのんびりする。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 iPhoneのGoogleマップを見ていたら,平和通りとは反対側,城山町の先の富士見町に「平和マーケット」というのを見つけ,行ってみたくなる。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 城山町。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 鎮西通りに平行した城山町の通りを歩き,広い道路との交差点に出ると,そこに平和マーケットがある。富士見町と城山町,岩見町,宝永町の4つの町の境界あたり。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 バス通りにある平和マーケット。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 平和マーケットから少し坂を登ったあたり。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 平和マーケット。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 入口の青果店がはなやかな感じだ。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 Instagramでも一枚。Instagramに投稿した直後に「いいね!」がつけられたりすると,やっぱり嬉しくてブタも木に登るね。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 東側の入口から平和マーケットへ。昔ながらのマーケットだ。
 戦後すぐに作られたマーケットで,一度火事で燃えて建て直されたらしい。平和公園が開設されたのも戦後だが,どちらもたまたま「平和」を願って名付けられたもので,関連はなさそうだ。

 近くのおじさんに,平和マーケットの成り立ちや,近くにもうひとつマーケットがあったことなど,いろいろ話を伺ったのだが,メモを取っていたわけでもなく,ブログを書くのをサボっているうちに貴重な話をすっかり忘れてしまった(涙)……反省。

 そのおじさん,最初は「どこの依頼で写真を撮ってるの?」と声を掛けてきたのだった。自分では,好きな街歩きをして楽しいつもりだったが,傍からは仕事でつまらなそうに写真を撮っているように見えたのかもしれない。これも反省事項かな。反省だけならサルでもできるけど。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 平和マーケットの東側の入口を振り返る。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 南側には入口が2カ所ある。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 消火器が並ぶ。密集しているので火事への備えは重要だ。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 西側は屋根が高く,作業場になっている。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 平和間の南側の入口。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 南側が面する道路も坂道になっている。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 中を歩いたときには棟割り長屋タイプのマーケットかと思ったが,南側から見ると個別の建屋が密着して並んでいることがわかる。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 坂の上から平和マーケットを見る。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 平和マーケットの南側の入口。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 サトウ製薬の象のマスコット……なんだっけ。ググって「サトちゃん」と判明。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 岩見町。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 鎮西通りを浦上川方向に下る。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 浦上川。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 市営陸上競技場の横を走る長崎本線。走っているのは,おおっ,国鉄色のディーゼルカーだ。まだ走ってたんだなぁ。復刻ブームだから,塗り戻したのかな。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 長崎本線をくぐって川口町へ。この下の川橋付近は,あれこれ立体交差していて面白い。

長崎電鉄松山町電停から平和マーケットへ
 浜口町の電停へ。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場

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長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場


長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 千歳町から電車に乗り,岩屋橋電停で下車。
 岩屋橋電停までは浦上街道(国道206号線)上を走る併用軌道だったが,南側の岩屋橋交差点から専用軌道になる。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 岩屋橋電停。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 岩屋橋電停の横に大橋市場がある。
 赤迫までの電車に乗ったときに,車内からここを見つけて気になったので下車して見た。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 大橋市場。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 お買い物するなら大橋市場。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 大橋市場。昔ながらのマーケットである。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 大橋市場。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 長崎大学が近いため,学生相手の店が入っているのかと思ったが,そうではなかった。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 大橋市場。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 東西に細長いマーケットだ。

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場

長崎電鉄岩屋橋電停大橋市場
 大橋市場の西側を流れる川の上から。
 すぐ後に長崎本線が通っている。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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長崎市北部の住吉商店街を歩く

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長崎市北部の住吉商店街を歩く


長崎市北部の住吉商店街
 5月2日,長崎の朝はくもり空。

長崎市北部の住吉商店街
 今日は,この「電車一日乗車券」で長崎電鉄(長崎電気軌道)に乗りまくる。
 思案橋電停近くで一日乗車券の販売場所がどこかを調べたら,宿泊していたリッチモンドホテルだったのでラッキー。

長崎市北部の住吉商店街
 やってきた電車が赤迫行きだったので,まずは車窓を見ながら終点まで行く。
 終点のひとつ手前の住吉電停付近がアーケードのある商店街になっていたので,まずはここを歩いてみようと決心。

長崎市北部の住吉商店街
 終点の赤迫電停。
 正覚寺下からの1号系統と蛍茶屋からの3号系統が次々にひとつのホームに入ってくる。1面1線のホームなので,あとから入ってきた電車が先に出発するラストイン・ファーストアウトのスタック構造になっている。

長崎市北部の住吉商店街
 長崎電鉄でひとつ戻って住吉電停で下車。歩いてもすぐだけど,一日乗車券はあるし,電車が次から次にやってくるので,迷わず電車に乗った。
 長崎電鉄が走る浦上街道(国道202号線・206号線)の西側がサンモール中園商店街,東側がサンモール住吉商店街になっている。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街へ。全蓋式アーケードが付いている。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街からサンモール中園商店街を見る。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉といえば,やっぱり住吉神社がある。
 ここにも三八ラーメンがある。長崎に来る途中で下車した鳥栖にもあったし,思案橋にもあったし,今回の旅では行く先々に三八ラーメンが表れる感じだ。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉神社の鳥居。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街。若い人は少ないが,なかなかに賑わっている商店街だ。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場や住吉食品市場などのマーケットが並ぶ。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場へ。奥は電車の走る浦上街道に繋がっている。

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場。

長崎市北部の住吉商店街
 買い物客で賑わう中通市場。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場。

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場を抜けて浦上街道に出る。
 向かい側がサンモール中園商店街。あとで歩いてみようと思っていたのに,このあと昭和通り電停・千歳町電停に歩いてしまったので,すっかり忘れてしまった。

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場に戻る。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 中通市場から斜向かいの住吉食品市場を見る。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉食品市場の入口にある新鮮市場たなか。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 住吉食品市場の前。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 住吉市場は中ががらんとしていた。地下は100円ショップになっている。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 住吉食品市場の中へ。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉食品市場。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉食品市場。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉市場の前へ。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉市場。

長崎市北部の住吉商店街
 住吉市場の中からサンモール住吉商店街を見る。住吉市場の中はがらんどうになっていた。

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街を南へ。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街のアーケード。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街の南にある小さな公園から。

長崎市北部の住吉商店街
 サンモール住吉商店街の南側が昭和通りに突き当たり,その南側にはチトセピアというダイエーを核店舗とした商業施設がある。始めは「ちとせぴあ」という名前が何なのかよくわからなかったが,地図を見たら地名が千歳町だった。

長崎市北部の住吉商店街
 昭和町通り電停付近。
 この電停は赤迫方面にだけホームがある。隣の千歳町電停は眼と鼻の先なので,長崎駅方面には千歳町電停を利用するようになっている。

長崎市北部の住吉商店街
 昭和通り。この昭和通りを西へ歩くと長崎本線の西浦上駅がある……というのを,あとで地図を見て知った。

長崎市北部の住吉商店街
 千歳町電停からまた電車に乗る。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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2012年5月 1日 (火曜日)

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

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雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡


 日本三大中華街(横浜中華街,神戸南京町,長崎新地)のひとつと言われる新地中華街と,新地に中華街が移る前に中国人居留地だった元唐人屋敷あたりを歩く。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 銅座川に架かる新地橋から見る新地中華街の北門。他の中華街と同様に,東西南北に門があり,それぞれ青龍,白虎,朱雀,玄武が描かれている。
 相変わらず小雨がぱらついているが,まだまだへっちゃら,傘無しでも大丈夫という感じ。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 新地中華街へ。丸山や銅座町では見かけなかった観光客の姿がいっぱい。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 新地中華街。北門から南門に向かって歩く。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 中華料理屋が並ぶ。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 少しずつ雨が強くなってきて,傘を差す人が増えてきた。本格的に雨が降り出す前にあちらこちらを歩き回ってしまうか,どこかの店に入って雨をやり過ごすか,ちょっと迷うところ。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 新地中華街。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 長崎新地中華街の中心。ここから東西南北の門が見える。
 新地蔵跡の石碑がある。ここは中国船の積み荷を貯蔵する荷物蔵所を建てるために海を埋め立てて作った土地なので新地と呼ばれ,明治維新後に唐人屋敷から在留中国人が移り住んだことから中華街が形成されたという。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 南門の先に湊公園が見える。名前通りに,もともとはここに港があったものと思われる。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 朱雀が描かれた南門。湊公園の門も,中国様式の石造りの門(牌楼)になっている。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 長崎新地中華街の南門と,その隣のつりがね堂薬局。大きな釣り鐘と飛行機のプロペラが看板になっている……。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 湊公園でのんびり将棋を指すおっさん達。まさに異国の風景だ。新地中華街を出ると,観光客の姿がぱたりと見えなくなる。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 梅香崎町のオランダ通り。正面奥が長崎梅香崎郵便局。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 長崎梅香崎郵便局の横からオランダ坂方向にショートカットする十人町の路地(階段)。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 十人町。雨が強くなってきたので,壊れると金銭的ダメージの大きなFinePix X100をしまい込んで,ポケットからPowerShot S100を取り出す。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 中華料亭陶々亭の横の細い路地を登る。なんとなくこっちの路地のほうが面白い予感がして,唐人屋敷通りではなく路地を選択したが,雨が強くなってきたこともあって,このあたりで少し後悔し始める……。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 が,思わぬところで岩永市場と出会う。もう,これだから街歩きはやめられない。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 中華料亭陶々亭。少し後悔しながら歩いていた路地が,雨に濡れた石畳でとても良い感じに見えてくる。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 十人町のアパートに続く階段。このあたりは唐人屋敷の周囲の環濠の外側のはずだが,何やら歴史を感じさせるレンガ塀。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 ちゃんぽんが評判らしい寿々屋の横には,唐人屋敷の環濠に架かる森橋がある。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 森橋は古い石造りのアーチ橋になっている。環濠も石造り。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 さらに坂を登ると広済寺の山門がある。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 広済寺の横からさらに中新町方向に坂が続いている。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 唐人屋敷の環濠の南西端に架かる森伊橋と大楠。大楠の前に見えるのが榮橋。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 天后堂の前の唐人屋敷通り。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 天后堂の前の坂段市場。階段のある細い路地。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 階段を少し下ったところから天后堂を振り返る。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 坂段市場にある秋浦電器とカステラの伊藤紫雲軒。こんなにも長崎らしい場所なのに,観光客の姿はない。実に不思議。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 坂段市場の階段のところに元富士市場の文字。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 ひょっとしたらこの右側の空き地が富士市場だったのかもしれない。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 訪れる人も少なく,寂しい感じになっている。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 丸金温泉。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 丸い提灯が並ぶ。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 丸金温泉。右側の緑は土神堂。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 丸金温泉。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 丸金温泉の前から坂段市場を見る。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 館内市場のフルーツすぎおか。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 同じような写真を何枚も撮ってしまう。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 館内市場。右側が土神堂。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 左は裏側の細い路地で確認した岩永市場,右が館内市場で,奥が牟田口市場。三つの市場はほぼ一体化しているように見える。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 岩永市場に入ると,奥に中華料亭陶々亭の前の坂道が見える。たくさんの高校生が坂を下っていく。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 右が岩永市場で,奥に坂段市場の階段が見える。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 牟田口市場。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 牟田口市場。シャッターが閉まったままの店が多く,寂しい感じになっている。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 館内市場の表側は唐人屋敷通りに面している。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 館内市場のフルーツすぎおかと,土神堂。土神堂には観光客の姿が見えるが,裏手にある坂段市場に回る人はほとんどいない。残念。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 土神堂の横の唐人屋敷通り。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 館内市場。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 坂の上にある長崎海星高校の授業が終わったのだろう,たくさんの高校生が坂を下っていく。
 館内市場の斜向かいにあるフカダベーカリーに学校帰りの高校生が集まって賑やかだった。店のおばさんと男子高校生軍団が楽しそう。こういう店にははずれはないとパンを買ってみたら,柔らかくて美味い。しかも想像していた値段より安くて,値段を二度聞きしてしまった。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 唐人屋敷通り。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 まだまだ引き上げるには早い時間帯だが,右腰やふくらはぎがやばい状態になってきて(弱っちいカラダなのだ……),雨も本降りになってきたので,宿に引き上げることにする。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 籠町。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 船大工町の路地の石畳も雨に濡れている。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 船大工町。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 見返り柳の前。福砂屋の明かりにも灯がともっている。

雨の長崎新地中華街〜唐人屋敷跡
 宿に戻ったら早速充電。この2台のカメラ,特にPowerShot S100はバッテリーが持たなすぎ……。おかげでiPhoneのカメラが大活躍する羽目になった。

 最初に唐人屋敷通りではなく,その西側の通りを歩いたのはGoogleマップを見て感じた何らかの直感。館内町の東側の舘内東部公民館あたりから北側に延びる路地にも,ある種の雰囲気が感じられたのだが,今回は歩くのをあきらめてしまった。体調が万全だったらもう少し歩けたし,舘内東部公民館あたりも見ることができたと思う。

 長崎を離れてから,その館内町の東側に木造三階建ての建物が並ぶ一郭があることを知った。たぶん,Googleマップを見て面白そうに感じた場所ではなかったかと,今になって思う。もう少し事前に下調べしておけば……後悔先に立たず。

 ── FUJIFILM FinePix X100 or Canon PowerShot S100 or iPhone 4

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長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

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長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場


長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 長崎丸山花街跡を歩き,見返り柳の前に戻ってきた。
 次は船大工町から銅座町あたり,長崎随一の飲み屋街を歩いてみる。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 カステーラの福砂屋の横から船大工町へ。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 見返り柳の前から丸山町を振り返る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町から見返り柳を振り返る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 ロマン街など,飲み屋ビルが多い。
 いつの間にか日差しが無くなり,小雨がぱらつき始める。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 寄合町に続く路地。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 階段の上に小さな祠がある。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 寄合町に向かって階段が続く。楠稲荷神社への参道だったのかもしれない。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町のメインストリートに戻る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 籠町まで飲み屋街が続いている。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座町の大正橋(旧銅座橋)に続く通り。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町から銅座町方向を見る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 籠町食堂に続く路地。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 突き当たりが駐車場になっている。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 籠町食堂から路地を振り返る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町から銅座町に続く通りに戻る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町と本石灰町と銅座町の境界あたり。カオスのような飲み屋街が広がっている。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 船大工町の飲み屋街。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 路地が行き止まりかと思いきや,さらに迷路のように続いている。猫がたくさんいる。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 思案橋横丁に突き当たる。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 柳小路通り。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 柳小路通り。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 右が柳小路通り。
 あちこちからカラオケの歌声が聞こえてくる。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 柳小路通り。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 飲み屋街というよりカラオケ街。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 思案橋横丁に出る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 本石灰町の思案橋横丁。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 本石灰町の思案橋横丁。
 本石灰町という地名が気になる。どういう由来なんだろう。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 思案橋横丁の西端。銅座市場の入口が見える。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 思案橋横丁の東側を振り返る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 思案橋横丁と春雨通りの間の細い路地。この路地の北側が銅座川の暗渠に建っていると思われる。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 春雨通りに出る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 春雨通りの思案橋電停方向を見る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 春雨通り。端唄の「春雨」に由来するらしい。三味線の音が聞こえてきそうだ。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座市場に平行する通り。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座市場。銅座川の暗渠の上に作られている。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座市場。銀貨の鋳造が行われたところが銀座なら,銅の鋳造を行っていた鋳銅所(銅座銭座)があったのが銅座町という地名の由来。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座市場。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座市場。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 Instagramでも撮影。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座川に架かる大正橋。ここから上流が暗渠(銅座市場)になっている。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 大正橋から船大工町の飲み屋街を見る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 大正橋から銅座町方向を見る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 大正橋(旧銅座橋)から銅座川を見る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 大正橋の上。銅座川の上流が銅座市場になっている。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座町から大正橋を見る。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座町。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座町の路地。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座川に沿った銅座町の路地。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 路地の真ん中まで伸びた看板。

長崎の船大工町〜思案橋横丁〜銅座市場
 銅座橋。

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長崎丸山華街〔花街〕跡あたり

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長崎丸山華街〔花街〕跡あたり


 天気予報は“くもりのち雨”だったが,日差しがある。これはラッキー。
 まずは思案橋から旧丸山遊郭あたり(寄合町・丸山町)を歩いてみる。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 思案橋の商店街。飲食店が多い。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 本石灰町の思案橋から船大工町へ。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 カステラの老舗福砂屋。ラーテスカ!
 右側に見えるのが“見返り柳”。説明書きによれば,「かつてこの界隈を丸山の入口“山の口”と称し,右と左の別れ辻に小橋があり,思ひ切り橋と名付けられる。橋畔の一樹の影長くたれ,色町の夜を朧にするものは見返り柳である。江戸,吉原の見返り柳と東西において,その意を一にするものである」とか。
 見返り柳の左側が船大工町の商店街,右側が柳小路通りで,籠町や銅座町に続いている。

 思案橋横丁と春雨通りの間が銅座川(玉帯川?)の暗渠の上に建てられているらしく(地図を見れば明らか),思案橋電停の横が銅座川に架かる思案橋,柳小路通りも元は小さな川だったところを暗渠にしたものと思われ,ここに架かっていた“思ひ切り橋”が眼に浮かぶようだ。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 “山の口”で目立っているのがレトロ風な丸山町交番。レトロというよりレトロ風で,丸山に似合っているかというと微妙だし,個人的にはちょっと苦手かも。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 丸山町交番の前から丸山公園のほうをみる。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 左側が丸山公園。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 丸山町交番のほうを振り返る。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 右側が丸山公園。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 丸山公園の南側。丸山公園の南西側が寄合町だ。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 史跡料亭花月。坂本龍馬が斬りつけたという柱の傷跡が有名らしいが,そんな怪しげなエピソード抜きにしても,妓楼引田屋から引き継いだ歴史のある料亭である。表からはその立派な建物が見えないのが残念。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 三味線の音が聞こえてくる長崎検番。この前の通りが山通りと呼ばれた丸山のメインストリートらしい。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 長崎検番の横の路地。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 花街(かがい)だった頃の雰囲気が残る?

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 同じ路地でしつこく撮影。というか,ここ以外には古い街並みはほとんど残っていない。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 同じく丸山町の街並み。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 坂と階段を登ると梅園身代り天満宮の鳥居が見えてくる。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 梅園身代り天満宮。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 東隣の路地を下る。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 長崎は坂と階段の町だ。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 こういう上下左右に変化のある佇まいにシビれる。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
「松?加」とモルタルのレリーフ文字がある(真ん中の字が読めない。「加登松」かな)。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 丸山町の細い坂道を下る。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 山通りの突き当たりの階段の上にある料亭青柳。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 山通りを俯瞰する。風情はない。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 大崎神社。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 長崎千日劇場。

長崎丸山華街〔花街〕跡あたり
 ぐるりと廻って,山の口の丸山町交番の前に戻ってきた。

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