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2012年1月の5件の記事

2012年1月29日 (日曜日)

揺れる日本 厚切り牛たん シロコロホルモン本厚木

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揺れる日本 厚切り牛たん シロコロホルモン本厚木


 前日の1月28日には,富士山の近く,山梨県東部・富士五湖付近を震源としたM5.5の地震が発生し,震源付近では震度5弱,横浜市や東京23区部でも震度3を記録した。その後も,同じところを震源とした余震が多くて気持ち悪い状態だったが,なんとなく丹沢・大山あたりも震源に意外に近いなとか考えていたら,「そうだ,厚木行こう」と思い立ってしまった。

本厚木から厚木へ
 横浜から相鉄線に乗り続けると,終点の海老名駅に到着する。記憶に残っていた海老名駅と違って,ホームが広くなっててびっくり。
 さて,ここで小田急線に乗り換える。

本厚木から厚木へ
 あっという間に小田急線本厚木駅前へ。

本厚木から厚木へ
 変わっているようで,あまり変わっていない本厚木。それでも,かつては丸井やパルコがあって,もっと賑やかだったような気がしないでもない。

本厚木から厚木へ
 本厚木駅の北口から東側に延びる厚木なかちょう大通り。

本厚木から厚木へ
 小田急本厚木駅の駅ビル・ミロード(左)と小田急本厚木ミロード2(右側)は連絡通路で繋がっている。
 どうでもいいけど,この「MYLORD」は見るたびに「マイロード」と読んでしまう。

本厚木から厚木へ
 小田急本厚木駅。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街。文字どおり,厚木一番の商店街。

本厚木から厚木へ

本厚木から厚木へ
 本厚木駅前バス停で発車を待つ上飯山行きのバス。この周辺のバスは,ほとんどが厚木バスセンター発着なので,本厚木駅前から出るのは珍しいかも。
 それにしても,LED式の行先表示幕は,表示できる情報量が少ないばかりか,こうやって日中に速いシャッタースピードで写真を撮ってもまともに写らないので悲しくなる。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街を北へ。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街の本厚木駅方向を振り返る。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街。少し露出がアンダー過ぎかな。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街。
 安直に露出補正で1/3アンダーのAEで撮っているが,明るい部分に露出が引っ張られてしまっているようだ。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街を北へ。

本厚木から厚木へ
 厚木一番街商店街の風船。

本厚木から厚木へ
 厚木一番の商店街。地名でいうと中町二丁目になる。

本厚木から厚木へ
 東側に見えるイオン厚木店は,元ダックシティで,その後ビブレになりサティになり,今はイオン。名前変わりすぎ……。この南側に厚木バスセンターがある。
 左側に見えるビルが厚木パークビル。ここは少し前まで厚木パルコが入っていたビルだ。
 本厚木駅周辺は,青山学院大学が森の里に厚木キャンパスを作った1980年代から急激に賑やかになったものの,大きくなるのが急激すぎて街がギクシャクしてしまったかのようで,森の里方面のバスが愛甲石田駅発着に(一部)変更になったりした挙げ句に青山学院大学は相模原に去ってしまい,さらに大型店も撤退続き。隣の海老名市とのコントラストが強すぎて,デジカメでの撮影では白飛び黒潰れが激しく,ファインダーは涙で曇る。

 で,気になったのはそっちではなく,左側のサンロード……。

本厚木から厚木へ
 サンロード。ファサードは新しくなっているが,共同店舗型の横丁だ。

本厚木から厚木へ
 サンロード内部。
 元は飲食店が並んでいたと思われるが,今はシャッターが閉じたままのところが多くなり,ところどころにピンクな店が入っているようだ。

本厚木から厚木へ
 すっかり飲食店街ではなくなっている。

本厚木から厚木へ
 北側からサンロードをのぞき込む。

本厚木から厚木へ
 サンロードを南へ。

本厚木から厚木へ
 サンロードの周辺は駐車場ばかりになっている。そんなに駐車場を作ってどうするという感じだ。そういえば,サンロード隣の元厚木パルコのビルは,駐車場を連想させる厚木パークビル。

本厚木から厚木へ
 正面がイオン厚木店。

本厚木から厚木へ
 中町一丁目交差点から厚木バスセンターを見る。

本厚木から厚木へ
 中町交差点。

本厚木から厚木へ
 中央通りの中町交差点。この中町交差点から東町郵便局前交差点の中央通りや東町郵便局前交差点の南北の東町や厚木町あたりが,厚木市の昔から市街地のはずだが,その名残は見られない。

本厚木から厚木へ
 中町交差点の北側から南側を見る。

本厚木から厚木へ
 本厚木駅へ引き返そうかと思ったが,飲食店が並んでいるのが見えたので,さらに北側の寿町へ。

本厚木から厚木へ

本厚木から厚木へ
 東町のあゆみ橋方向に続く路地。本厚木に戻るより,このまま相模川を渡って河原口の厚木駅に行くのも面白いかと思い,東へ歩く。

本厚木から厚木へ
 寿町の一郭。

本厚木から厚木へ
 寿町の住宅地の中に,飲食店の並ぶ不思議な一郭を発見。

本厚木から厚木へ

本厚木から厚木へ
 小さなスナックなどが並ぶ。

本厚木から厚木へ
 この飲み屋街,中心市街地だった東町・厚木町に対する横丁的な位置づけだったのだろうか。

本厚木から厚木へ
 長福禅寺の南側に東西に延びる路地に,スナックや寿司屋などの飲食店が並んでいる。

本厚木から厚木へ
 相模川を渡って厚木駅に向かうつもりが,どんどん西へ歩いてしまう。

本厚木から厚木へ
 中町交差点の北側,寿町の小田急通りバス停へ。ということは,中町交差点からイオン厚木店や厚木バスセンターを通って本厚木駅東口交差点に続く通りは小田急通りと呼ばれているということか。

本厚木から厚木へ
 路地を東に引き返す。

本厚木から厚木へ

本厚木から厚木へ
 さらに東へ。

本厚木から厚木へ
 中央通りに続く路地。

本厚木から厚木へ
 あゆみ橋西入口交差点から東町郵便局前交差点方向を見る。

本厚木から厚木へ
 あゆみ橋西入口交差点。

本厚木から厚木へ
 あゆみ橋西入口交差点。

本厚木から厚木へ
 あゆみ橋西入口交差点から東側を見るとあゆみ橋が見える。

本厚木から厚木へ
 あゆみ橋際交差点。なんと,あゆみ橋は延伸工事のために全面通行止めになっている。

本厚木から厚木へ
 あゆみ橋。海老名側では首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の海老名ICから北側の工事(さがみ縦貫道路)の工事が進んでいて,そこに接続する工事らしい。
 この橋の上流側に並んで,相模小橋という沈下橋(潜り橋)が架かっていて,神奈川県では(特に都市部では)とても珍しかったのだが,気付いたときには取り壊されていた。

本厚木から厚木へ
 すこし下流側にある相模大橋。

本厚木から厚木へ
 相模大橋を渡って海老名側へ。

本厚木から厚木へ
 延伸工事中のあゆみ橋。あれっ,ちょっと変わった工法使ってる?

本厚木から厚木へ
 厚木市側を振り返る。

本厚木から厚木へ
 橋の上は風が強い……。

本厚木から厚木へ
 相模大橋の上を通る首都圏中央連絡自動車道(圏央道)。

本厚木から厚木へ

本厚木から厚木へ
 首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の海老名ICから北側を工事中。

本厚木から厚木へ
 相模大橋はもっと車線数の多い道路だと思ってた。実際に歩いてみると,どうしても工事中の圏央道と比べちゃうこともあってか,意外にちんまりした橋だった。

本厚木から厚木へ

本厚木から厚木へ
 海老名市の河原口。

本厚木から厚木へ
 厚木駅前の相模大橋東交差点。

本厚木から厚木へ
 道路の上に架かっているのが小田急線の厚木駅のホーム。

本厚木から厚木へ
 小田急線とJR相模線の厚木駅。「厚木駅」なのに海老名市内にあることは有名。客扱いはしないが,相鉄線の線路も乗り入れていて,JR厚木駅のホームの横に相鉄線の電車が留置されていることでも知られている。

本厚木から厚木へ
 小田急線のホームをくぐった南側。

本厚木から厚木へ
 中新田二丁目。海源寺交差点方向。

本厚木から厚木へ
 相模線の踏切。

本厚木から厚木へ
 厚木駅へ。最近は珍しくなった構内踏切が見られると思っていたら,踏切があったところに階段ができていて,電車のホームになっている。

本厚木から厚木へ
 以前は構内踏切を渡ったところがJR厚木駅のホームになっていたが,そのホームが閉鎖されて,手前側に新しいホームができている。電車のすれ違いができるように駅本屋側にホームを追加したのかと思ったが,線路は一本……。一瞬,事態が飲み込めなかった。

本厚木から厚木へ
 相模線の海老名行きの電車がホームに入ってきた。廃止されたホームの先には相鉄線の電車が留置されている。
 海老名止まりの電車があるなんて,知らなかった……と衝撃を受けていたら,足の真下からゴンッという衝撃が。ちょっと気になっていた富士五湖付近を震源とする地震だった。グラッ……じゃなくてゴンッ or ガッコン。

本厚木から厚木へ
 厚木駅の北側。

本厚木から厚木へ
 厚木駅のホームに茅ヶ崎行きの電車が入ってきた。久しぶりに相模線の列車にゆられ,茅ヶ崎経由で帰ろうっと。

 ── Fujifilm FinePix X100 or Canon PowerShot S100

【参考】
2005年5月21日 (土曜日):野暮用で本厚木へ
2005年6月12日 (日曜日):歴史と文化が息づくまち 海老名を訪ねる

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2012年1月26日 (木曜日)

横浜栄共済病院と地球市民かながわプラザ

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横浜栄共済病院と地球市民かながわプラザ


 今日一日,良いことがありそうな気分にさせる晴天。
 今日は会社を休んで,主治医に紹介状を書いてもらった横浜栄共済病院へ。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 多少憂鬱な気分で病院を出る。検査と診察の結果,来週,簡単な手術をすることになった。切り取ったものを病理検査してみないと最終的な診断はできないってことらしい。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 横浜栄共済病院。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 栄区役所交差点を挟んで向かい側には栄消防署がある。栄消防署の裏手には栄警察署,その横には栄区役所……と,このあたりは栄区の官庁街なのだ。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 とは言え,周辺の風景は,ここが官庁街とはみじんも思わせない,普通の団地の風景なのである。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅に向かう道路がかかるこの川,これが「いたち川」である。強い雨が降ると必ず横浜市の防災ページを見ることにしている増水マニアにはおなじみの川だと思う。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 柏陽高校前交差点。交差点の東南の一角が柏陽高校とそのグラウンドになっている。
 まぁ,とにかく私が苦手な団地が続く街である。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 あまりのつまらなさに,早く帰ってクソして寝ようと思い始めたところ,本郷台駅前に不思議な建物を発見……。なんじゃい,この奇妙な建物は。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 慌ててiPhoneのGoogleマップを見ると,神奈川県立「地球市民かながわプラザ」(愛称:あーすぷらざ)というものらしい。

 来週の手術のことで憂鬱だった気分が吹き飛んだ。「地球市民」とかいう小学生が作ったかのような言葉。神奈川という名称を「かながわ」とひらがなにする小っ恥ずかしいセンス。第一,組み立て方がわからずに放置したプラモデルのような見た目の建物ぶっ飛んでる。これは潜入してみなければなるまい。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 中心には圧力容器や格納容器がありそうだ。今日は無塵衣を持ってきていないが,大丈夫だろうか。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 電車の音がしたので振り返る。本郷台駅を根岸線(京浜東北線)の電車が発車していくところだった。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 人気(ひとけ)の無いところでも,ちゃんと噴水の水が出ている。予算が潤沢にある組織らしい。とは言え,周辺は普通の団地である。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 池。決して液状化して池ができているわけではないと思う。このオブジェのような前庭も,写真の右手(南東)方面からの利用者の通路になっているから驚く。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 実に斬新な建物へのアプローチである。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 さて,潜入。入口のところのカウンターのお姉さんに,あっちこっち写真を撮っていいか確認してから,カバンからカメラを取り出す小心者の私……。
 下手なことをすると,天上のてっぺんからレーザービームでも飛んできそうな感じだ。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 上下空間を昇降する装置。地球の乗り物でわかりやすく説明すると,エレベーターみたいなものらしい。

本郷台の地球市民かながわプラザ


 PowerShot S100で動画を撮ったら,異常なちらつきが発生……。可視光以外の怪光線でも出てるのかな(笑)

 三階あたりにぐるっと回れる通路のようなものが見えたので,エレベーターに乗ってはみたものの,着いたフロアは写真展会場の入口に直結してて,見るつもりの無かった世界の遺産写真展を見ることになってしまった(無料)。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 さっさと退散。地球市民プラザ前交差点。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅前の団地の一階部分が商店街のようになっている。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 団地の一階部分に設けられた商店街。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅前。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 商店街の前から地球市民かながわプラザ側を振り返る。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅の真正面にある核店舗松坂屋ストア。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 松坂屋ストア横にも小さな商店街ができている。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 松坂屋ストアの前から本郷台駅を見る。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 駅の西側の団地に,本郷台駅前アーケード商店街の文字が見える。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 団地の一階部分がアーケード付きのおとぎばなし通り商店街になっている。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 おとぎばなし通り商店街から本郷台駅前広場を見る。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 ここの中華五十番で,遅い昼飯を食った。

本郷台の地球市民かながわプラザ

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅前広場。それにしても,ここまで広い駅前広場は,他ではあまり見かけないように思うのだが,有効活用されているのだろうか。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅から駅前の広大な広場を見る。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅のホームへ。広い階段を潰して設けられたエレベーター。設置場所は,ここで本当に良かったのだろうか。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台駅のホーム。
 本郷台〜大船〜戸塚〜上永谷……と乗り換えて帰ろうと思っていたのだが,ちょうど大船行きの電車が出たところだった。せっかくだから,この機会に港南台からバスで上永谷に向かうことにする。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 本郷台から電車に乗って一駅目の港南台駅で下車する。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 港南台駅前。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 港南台駅。駅前には得体の知れないオブジェがある。

本郷台の地球市民かながわプラザ

本郷台の地球市民かながわプラザ
 港南台にはダイエーもある。イトーヨーカドーしかない上永谷とはえらい違いだ。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 上永谷行きのバスが来た。が,積み残しがでそうなほどの混み具合。しかたなく一本待つことにする。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 港南台駅。

本郷台の地球市民かながわプラザ
 バスを一本待ったおかげで,先頭カブリツキ席を確保。

左肩を手術することに
 そして,横浜栄共済病院で渡されたのがこれ。左肩の軽い手術とはいえ,手術なんてものは初めてだから,2月8日までは緊張しそうな予感……。完治したら,黄金の左腕が復活して,今シーズンは20勝ぐらいいけるかな。

 ── Fujifilm FinePix X100 or Canon PowerShot S100

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2012年1月 3日 (火曜日)

故郷の三春町からUターン

 びっくりするほど長期間,ブログの更新をサボってしまっていた。
 とりあえず,帰省した福島県の三春町から帰ってくるところから,ブログ記事を再開……。

三春からUターン
 年末には磐越東線で三春まで行ったのだが,帰りは郡山まで弟の車で送ってもらった。写真は,郡山駅前のペデストリアンデッキから延びる歩道橋。

三春からUターン
 郡山駅前のバスターミナル。右奥は元丸井デパート。正面は元西武デパートだったATi(アティ)。東北新幹線のガード下にあったヨドバシカメラ郡山店は,このATiに収まることになったらしい。こりゃめでたい。

三春からUターン
 帰省からのUターン時,東北新幹線はイヤになるほど混雑する。
 だが,私には「なすの号」がある。郡山始発なので余裕で乗れる。現在は写真のように,盛んに「なすの号」をサポートする体制が整っていて,昔みたいにガラガラのままで郡山駅を発車することはないだろうが,それでも郡山を出た時点で余裕があることだけは確かだ。

三春からUターン
 郡山駅の東北新幹線上りホームに二階建て車両の列車が入ってきた。車内は仙台・福島と乗客を詰め込んでびっしりなのに,先頭車両のところまで行列ができていて,見ているだけでため息が出そうになる。

三春からUターン
 そして上りホームとは反対の下りホームの奥にある,我が「なすの号」。ここにはUターンラッシュの喧噪はない。
 さすがに今ではこの列車の存在も知られ利用する人は多くなったが,座席争いなどとは無縁の乗車率なので,ひとり旅の私でもこうやってホームをうろついていても問題ない。

 今回は乗客がそこそこ多かったので写真を撮れなかったが,10年前の帰省からのUターン時に「なすの」に乗ったときの写真があったので参考までに貼り付けておく。

2002年1月5日なすの号郡山駅の乗車具合
 郡山駅を発車してすぐの写真なのだが,こんな感じでガラガラだった(2002年1月5日の写真)。

 行楽シーズンの各新幹線は,どこも混雑するので旅行するのがイヤになってしまうほどだが,郡山駅始発の「なすの」,越後湯沢駅始発の「たにがわ」,名古屋駅始発の「こだま」を抑えておくと,楽できることが多いと思う。

三春からUターン
 東京駅に到着。この二階建ての車両は,郡山駅で一本前に発車していった列車だと思われる。どうやら「なすの号」は,この列車の後をずっと走ってきてたようだ。

 東京駅に着いて最初に出た言葉は,「やっぱ東京は暖けえな!」かな。

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2012年1月 2日 (月曜日)

三春町内ぐるぐるりん

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三春町内ぐるぐるりん


 1月2日……弟が車で三春の町中を案内してくれた。
 兄弟とは不思議なもので,特にどこそこが見たいと言わなくても,ちゃんと私の興味のツボを抑えたところを廻ってくれる。
 とりあえず,前回帰省した後で変わったところを中心に見て回った(いろいろ事情もあり,あまり写真は撮らなかった)。

 まずは,特別養護老人ホームあぶくま荘や三春町の敬老園が併設された町立三春病院から。県立三春病院が町立になったのは知っていたが,現在は郡山市の星総合病院の傘下になっているそうだ。
 三春バイパスを通って,田村西部工業団地……。まだまだ空き地がたくさん残っている。その一角に積み上げられているビニールを巻いた干し草ロールのようなものは,町内の学校や公園の除染で出た廃棄物だろうか。

 そこから南へ走り,大滝根川を渡ると……

三春町内ぐるぐるりん
 三春滝桜。やっぱり桜の花が咲いている時期に見たいね。

三春町内ぐるぐるりん
 滝桜の周囲の畑はだいぶ少なくなったけど,まだこのように普通の畑も残っている。

 せっかくだから,近くの紅枝垂地蔵桜も見に行く。

三春町内ぐるぐるりん
 紅枝垂地蔵桜。枝の向こうに月が見えていた。枯れ枝が少し気になった。滝桜と違って,すぐ横にアスファルト舗装の道路が通っているのが,ちょっと心配だ。
 こちらは三春町内ではなく郡山市中田町にある。といっても,元は三春藩だけどね。

三春町内ぐるぐるりん
 桜の木の袂に紅枝垂地蔵桜という名前の由来となった地蔵堂がある。
 福島県の枝垂れ桜番付では,東の横綱が三春滝桜,西の横綱が紅枝垂地蔵桜(三春滝桜の娘と言われる)になっているそうだ。やっぱり花が咲いている時期に来てみたいな。

三春町内ぐるぐるりん
 滝桜のすぐ近くにあるのが三春ダム。三春城の石垣を模したデザインになっているという。

三春町内ぐるぐるりん
 三春ダムの堤体のすぐ横にあるのが郡山市の取水口。湖水の状況によって,取水口の水深を上下できる構造になっているらしい。上流に田村市の市街地があったり,畑や田んぼなどの耕作地が多い異例のダムなので,取水には気を遣うようになっているのだろう。

三春町内ぐるぐるりん
 春田大橋から三春ダムによってできた「さくら湖」を見る。阿武隈高地は浸食が進んだ隆起準平原なので,ダム湖もヒトデのような複雑な形状になっている。

三春町内ぐるぐるりん
 全長218mの斜張橋春田大橋の主塔。

 三春ダム周辺に限らず,たくさんの仮設住宅が建っている。葛尾村は全村で三春町に避難。原発のある富岡町の仮設住宅も多い。仮設住宅の供与期間は2年間だが,戦いはそれよりも長く続く……。

三春町内ぐるぐるりん
 国道288号線の三春バイパス〜三春西バイパスの三春町内部分(一本松付近)まではかなりできあがっているが,そこから郡山東バイパスまでのつなぎ(磐越自動車道とクロスするあたり)の工事がなかなか進んでいないようだ。とは言え,磐越東線とオーバークロスする部分ができているそうなので,行ってみた。
 少しきれいになった道路と八島川に挟まれて,全然目立たないのが磐越東線の線路。このタイミングで列車が走ってきてくれると最高だったんだが,残念ながら10分ぐらい前に行ってしまったばかりだった。

 橋を降りて,三春駅近くまで行くと見えてくるのが……

三春町内ぐるぐるりん
 雪村庵。画僧雪村周継が終の住み処としたところで,桜の季節には横の雪村桜が見事な花を咲かせる。

三春町内ぐるぐるりん
 郡山市西田町木村で磐越自動車道を広域農道がくぐるところが,連続アーチ橋になっている。郡山東バイパスの工事が進めば,三春から郡山への移動がさらに楽になりそうだ。

 この後はすぐに暗くなってしまったので,二本松のおばさんのところへ向かい(久しぶりの)挨拶。二本松は三春や郡山よりもさらに線量が高めだったりするので,今後もストレスを溜め込んでいかないかだけが心配かな。

 ── Panasonic LUMIX DMC-GX1 + LUMIX G VARIO 14-45mm F3.5-5.6 ASPH.

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2012年1月 1日 (日曜日)

小さな城下町三春を歩く

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小さな城下町三春を歩く


 元旦。久しぶりに帰った三春町を歩き回る。

小さな城下町三春を歩く
 まずは北町,北野神社(天神様・てんじんさま)の階段。小学校の頃の通学路なので,とても懐かしい。
 右上にちらっと見えるのが三春交流館「まほら」。

小さな城下町三春を歩く
 階段の下から北野神社を振り返る。喪中なので神社への参拝は忌避しなければならないのだが,元通学経路なので……。

小さな城下町三春を歩く
 北野神社の鳥居の前から国道288号線の北町方を見る。以前はもっと商店が並んでいたと記憶しているのだが,かなり寂しい感じになっている。
 ちなみに,1978年の宮城県沖地震のときには,ちょうど学校帰りにここを歩いていて,電線が大きく揺れ,右側の土蔵の軒の部分が落ちたことを覚えている(土蔵が並んでいたので,他の土蔵だったかもしれない)。

小さな城下町三春を歩く
 大町の四つ角方向を見る。国道288号線の幅が広がっていることに驚く。
 右側の山田屋旅館は若山牧水ゆかりの旅館(廃業?)なのだが,地震で土蔵が崩れて,近づけないようになっている。補修にはかなりの費用が掛かりそうだが,どうするのだろう?

小さな城下町三春を歩く
 三春交流館「まほら」。町の中心で,昔は商店が並んでいたところに思い切って建てた公共施設。音楽会や演劇が開催できるホールや集会場や会議室が入っている。周辺には,中央児童館や町民図書館,郵便局,町役場,小学校……などが並んでいて,小さな町ではあるが,コンパクトシティ的な施策が行われていることが見てとれる。

小さな城下町三春を歩く
 三春交流館「まほら」の駐車場から山田屋旅館を見る。
 ここ山田屋旅館の中庭には,若山牧水の『時をおき老木の雫おつるごと静けき酒は朝にこそあれ』という歌碑がある。

小さな城下町三春を歩く
 山田屋旅館の前から真っ直ぐ,三春小学校への通学路が延びている。昔に比べると,だいぶ幅員が広がっている。
 石垣の上が三春小学校。三春城は城山のてっぺんに本丸のある山城だったが,秋田氏が入城してからは山頂の本丸ではなく,麓の三春小学校ところに御殿を建てて藩政を行ったらしい。当時のものかどうかはわからないが,ちょっとした石垣が残っている。

小さな城下町三春を歩く
 山田屋旅館方向を振り返る。昔は細い路地だったが,周りの建物がなくなって,昔の面影はどこにも残っていない。

小さな城下町三春を歩く
 三春交流館「まほら」の東側から,大町の商店街を見る。きれいにセットバックし,電柱が地中化された商店街だが,昔のゴチャゴチャした賑わいまできれいサッパリなくなってしまった感じだ。

小さな城下町三春を歩く
 NTTのビル(町民図書館も入っている)の前から三春郵便局,旧公民館のある通りを見る。左側に並んでいた商店が無くなった以外は,郵便局も旧公民館も昔からほとんど変わっていない。

小さな城下町三春を歩く
 三春小学校のグラウンドから,三春町役場の方向を見る。小学校のグラウンドと右側の旧公民館を繋いでいた通路は,老朽化のためだろうか,立ち入り禁止になっていた。

小さな城下町三春を歩く
 三春小学校。校庭も校舎も,約40年前からほとんど変わっていない。

小さな城下町三春を歩く
 強く 正しく 美しく……の目標は,昔から変わっていない。
 私が通っていた頃は体育館がなく,戦前に建てられた大きな木造の講堂(三春出身で大林組の副社長だった大林氏の寄付!)を体育館代わりに使っていた。

小さな城下町三春を歩く
 三春小学校の校門は,三春藩の藩校「明徳堂」の表門「明徳門」を移築したものになっている。

小さな城下町三春を歩く
 明徳堂の門の前から。右側が旧三春町公民館。昔は図書館なども入っていたが,現在図書館は向かい側のNTTのビルの中に入っている。

小さな城下町三春を歩く
 後ろを振り返ると,三春町役場がある。庁舎が完成したのは1965年だから,築約45年……と,かなり老朽化している。

小さな城下町三春を歩く
 町役場の東側から郵便局や旧三春町公民館の方向を見る。

小さな城下町三春を歩く
 さらに東の南町から。三春町社会福祉会館や南町高齢者住宅などがある。

小さな城下町三春を歩く
 南町を東へ歩くと,旧遠藤医院の近代洋風建築が見えてくる。

小さな城下町三春を歩く
 旧遠藤医院の横の坂が,お城坂と呼ばれる急坂。上に行くほど急な勾配になる。自転車のフロントに32Tを付けてお城坂を登れたときは,嬉しかったなぁ……。

小さな城下町三春を歩く

小さな城下町三春を歩く
 旧遠藤医院。寄せ棟造りで左右シンメトリーに半切妻屋根を配置した,下見板張りの近代洋風建築に惚れ惚れする。

 子供の頃には,優しい感じの太った女医さんに目薬を差してもらった記憶があるなぁ……とか昔のことを思い出していたら,ガタガタと大きな音がし始めた。地震だ。鳥島近海が震源のM7.0の大きな地震で,震源が約370kmと深かったこともあって,宮城県から神奈川県という広い範囲で震度4を記録したようだ。三春町大町の町役場に設置されている地震計は震度2だった。がっちりした地盤の上にがっちり固定されているので,三春町の震度は周辺の市町村よりも震度1ぐらい小さめだ。

 それにしても元旦早々にM7.0の地震が起きるとは,さすがに「辰」年だ(地「震」や「震」動の辰年)。

小さな城下町三春を歩く
 南町をさらに東へ。S字カーブを抜けると山中(さんちゅう)になる。

小さな城下町三春を歩く
 山中の街並み。ここも昔はびっしりと家屋が並んでいたのだが,歯抜けになった部分がすっかり多くなってしまった。

小さな城下町三春を歩く
 山中の北側の斜面に見えてきたのが,田村大元神社の山門。田村大元神社は元三春藩領の総鎮守で,旧名は大元帥明王社で「みょうおうさま」とも呼ばれている。

小さな城下町三春を歩く
 南町方向を振り返る。

小さな城下町三春を歩く
 田村大元神社の入口。地震の影響か大雨の影響か,崩れた崖の修復工事が行われていた。

小さな城下町三春を歩く
 山中から新町・化粧坂への道が分岐する交差点。

小さな城下町三春を歩く
 坂道が続く新町(しんまち)の家並み。

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 桜川にかかる橋から桜川に沿って清水へと続く家並みが無くなっている。

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 3月11日の地震で崩れたのか,台風による大雨で桜川が氾濫したのか……と思ったが,後者が近く,町全体で桜川の大規模改修工事(川幅を広げる)を行うため,立ち退いたらしい。

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 清水方向を見る。かつては清水に福島交通三春営業所があり,郡山からのバスが頻繁に走っていたのだが,現在は営業所が無くなり,バスの本数も大幅に減少している。1時間に1本のバスがあるかないか,という状況は本当に寂しい。

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 新町(しんまち)の坂をほんの少し登ったところにあるのが州伝寺。秋田氏の前に三春藩主だった松下氏の菩提寺である。

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 新町の街並み。正面に見える山がお城山。三春城は舞鶴城とも呼ばれたが,現在は山頂に平坦な土地が残っているだけで,城は跡形もない。

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 新町の落ちついた街並み。カーブの先で化粧坂となる。

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 少し坂を上ったところにあるのが真照寺。江戸時代の三春藩主秋田家の祈願寺。寺の裏側には小さな池があり,春にはミズバショウの群生が花開く。

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 真照寺の入口,三春昭進堂の横の駐車場は,かつて馬のセリ場(セリ市場)だったところだ。三春は馬産が盛んで,ここで馬の市が開かれていたのだ。私が子供の頃は,そのセリ場の名残が感じられる場所だったが,今では普通の駐車場になってしまっている。

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 その旧セリ市場跡地の向かい側の坂道を上ると……

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 坂の上の弓町には,旧遊郭庚申坂跡がある。廃屋になった建物(中央の島屋楼と双葉楼)がかなり傷んでいる。
 弓町にあるのに庚申坂(新地とも)というのは,かつては化粧坂の近くの庚申坂にあった遊郭が移設されたからだと聞く。

 三春の盆踊り歌「三春甚句」に,“奥州三春に庚申坂なけりゃ 旅の馬喰も金残す”と歌われる遊郭,庚申坂。セリ場で馬を売り買いした金で,さぞかし賑わったことだろう。

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 島や荘(島屋楼)はずいぶん荒れてしまっている。前には枝垂れ桜があり,春の晴れた日に来たら,ゾクゾクするほど美しい風景が見られるかもしれない。

 ふと,山口百恵の「霧雨楼」を口ずさんでいた。

格子戸越しに ぼんやりと
頬杖ついて おもてをみてます

覗きこんでく 人の目は
淋しさだけを 探しているよう

一夜の夢
一夜の恋

わけ合いましょうか 幸福を
黄昏時は 心細く
あなたの名前をつぶやいてます

(作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童)

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 奥の唐破風と入母屋破風を組み合わせたような入口の一軒(島村楼)は住宅として使われているらしく,車が停まっていた。

 実は,私が中学で野球をやっていたときの監督は,大学を出たばかりの若い英語のY先生で,この一番奥の建物に下宿していたのだった。何度か部屋に入れてもらって,野球談義をしたり,学生時代の写真を見せてもらったりしたっけ。

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 庚申坂の入口の下り坂のほうをみる。
 まぁ,私も各地の遊郭跡地を見ているが,これほど遊郭の雰囲気が残っているところは珍しいように思う。

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 このまま朽ちさせてしまうのはもったいない気がする(双葉楼)。

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 名残惜しさを感じがながら立ち去る。右側が花楼。
 背中から,もっとゆっくりして行きなよ〜と声を掛けられたような気がしたが,気のせいだった。

今宵だけの
今宵のひと
分け合いましょうか 不幸せ

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 庚申坂からの坂道を下る。

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 新町の坂道が見えてくる。

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 新町の坂道を下る。右上に見えるのが田村大元神社の山門。門の両脇には伊東光運作の金剛力士像が立っている。

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 南町を通りがかった際に,道路の反対側から,再び旧遠藤医院を撮影。こちら側からの写真のほうが,左右シンメトリーの半切妻屋根の美しさが際立つ。

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 三春町役場前を三春行きのバス(三春清水行きかな)が走る。階段の上にあるのは守城稲荷神社。

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 三春町役場前のバス停。

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 三春町役場の裏の桜川。

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 桜川沿いでは下水道もかなり普及したが,まだまだ生活雑排水が流れ込んでいて,私が子供の頃からあまりきれいな川ではない。昔はとても綺麗な川で,春には桜の花びらでいっぱいになるから桜川と呼ばれるようになった,という話だけは何度も聞いて育った。
 左は後免町(ごめんまち)の福聚寺の前に抜ける坂道。途中に三春町歴史民俗資料館がある。曲がりくねった坂道を,私たちが子供の頃は,みんな「三春スカイライン」と呼んでいた。

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 三春町役場の方向を振り返る。

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 三春町大町の裏道の,桜川沿いには蔵がたくさん並んでいた。みはる壱番館というビルができて,景観ががらりと変わってしまったように見える。

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 NTTのビル(町民図書館)を振り返る。

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 裏道から大町の四つ角(三春で一番賑やかだったところ)を見る。

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 大町の四つ角から北町方向に延びる国道288号線を見る。
 何かちょっと寂しい。

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 1996年に撮った同じ場所の写真。道路が広がり,歩道が広がったけど,何かを失っているような気がする。

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 四つ角交差点の一角にある三春交流館「まほら」。

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 三春中央大町。四つ角から三つ角交差点方向を見る。

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 三春中央大町バス停付近。三春町で一番の繁華街……である。

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 大町の裏通りに戻る。
 桜川の大規模な改修工事が始まっている。

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 このあたりは,横の道路だけでなく桜川にも傾斜があるので,ごつごつした岩の間を流れる。ここも改修されて,綺麗サッパリになってしまうのかな……。

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 桜川沿いに続く裏道。

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 中町と大町の境界を国道288号線に抜ける路地。

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 中町(手前が国道288号線)に大きな更地ができている。左側にスーパーのヨークベニマルが移転してくるらしく,ここが駐車場になるそうだ。昔は,福島交通の営業所(ボンネットバスが並んでいた記憶がある)などもあって賑わっていたところだ。
 本来なら,ヨークベニマルも郊外のバイパス沿いの広大な土地に店を構えたいところだろうが,町としても街の核店舗に去ってしまわれては困るので,こういうことになったのだと思われる。人口1万8千人ほどの小さな町に,密集した商店街があることを期待するのは難しくなってしまったようだ。

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 中町の商店街を見る。商店街というには,ちょっと寂しい感じになってしまった。右側が建築中のヨークベニマル。

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 大町の三つ角交差点を見る。後の山は紫雲寺山。
 かつては町の中心商店街として賑わったところだ。

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 裏通りに戻る。

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 右側が桜川。桜川の右側には武道場や蔵が建ち並んでいたが,工事のために撤去されている。

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 それにしても,この桜川の改修工事にはびっくりだ。かつては川沿いに家や店が並び,一軒一軒それぞれに橋が架かっている風景があったのだが,それが綺麗さっぱりなくなっている。このあたりから後免町に渡る橋もなくなっている。

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 地球温暖化の影響か短時間に強い雨が降ることが多くなり,桜川による浸水被害の回数が増えたのが,河川改修の理由だという。都会の郊外であれば,上流の宅地化が進んだことによって河川の保水能力が低下して氾濫回数が増えることも考えられるが,田舎町の三春の桜川では考えにくい。

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 三春写真館の付近は昔の状態が残っている。

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 職人横丁に続く路地を見る。

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 矢吹医院のあたり。

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 矢吹医院。入口の曲線の造形が綺麗な建物だが,この角度だと電信柱が邪魔になってしまった。

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 ヨークベニマル三春店の裏側から三春大神宮入口にかけての八幡町のこのあたり,桜川がカーブしたところに路地があって,昔は映画館もあったりして,たまに夢にも出てくる思い出の場所だったのだが,すっかり変わってしまうことになりそうだ。

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 写真の左側に,元の映画館三春座があった。

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 三春大神宮の前。

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 三春大神宮の前の橋は架け替え工事中。三春大神宮は神明宮から「しんめさま」とも呼ばれている。

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 三春大神宮入口から国道288号線の交差点を見る。
 と,なんとここでLUMIX DMC-GX1のバッテリーが切れた。バッテリーの持ちが悪いとは思っていたが,気温が低いことと相まって,わずか数時間で使えなくなってしまった。ポケットからCanon PowerShot S100を取り出して撮り続ける。

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 桜川に沿った裏道を西へ。

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 ぬる湯旅館。昔からの三春の景観が残っている。二階の手すりを見ると「ユルヌ ユルヌ……」と彫られていたりして,ちょっとシビれる。

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 レンガ造りの部分が銭湯になっている。

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 ぬる湯旅館。

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 法華寺の前の橋の上から,桜川の下流,雁木田方向を見る。このあたりは改修工事が終わっているようだ。

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 国道288号線に出る。

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 国道288号線の踊場方向を見る。

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 八幡町の商店街。小滝食堂と会津屋食堂が並ぶ。

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 左の通りの正面が三春大神宮になる。

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 三春八幡町郵便局の前にあるヨークベニマル三春店。八幡町と中町の境にあり,商店街の核店舗になっている。3月頃に中町の中心部に引っ越し予定。

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 丈六薬師堂のある丈六の家並み。

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 国道288号線の北側の裏路地を歩く。

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 愛宕神社……あたごさま。

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 愛宕神社の参道。

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 佐藤酒造の敷地内の細い路地を通って,道場町通り(三春職人横丁)へ。

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 三春職人横丁といっても,古い家並みが残っているわけではない。

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 三春職人横丁から下ると,しょんべん横丁……。しょんべん横丁の左半分が無くなり,道幅が広がっている。ここは移転予定のスーパー,ヨークベニマルの裏側にあたり,商品荷さばき搬入用の道路になるらしい。

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 しょんべん横丁の飲み屋。狭かった路地が広がって,ちょっと不思議な感じに見える。

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 職人横丁への坂道。右側には土蔵が残っていたはずだが,それもなくなっている。

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 三春職人横丁。すっかり暗くなってしまった。

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 古い鍛冶屋さんの吉田屋。数少ない現役の職人さんだが,まだ元気だろうか。

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 荒町から大町の商店街を見る。

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 荒町の裏道を通って渋池方面へ。

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 渋池の商店街。右が三春中学校の石垣とフェンス。右側の坂を上ると田村高校になる。

 長い間,ほとんど変化のない田舎町だと思っていたが,それでも少しずつ変わってきていることがよく分かった。この記事にアップした写真は108枚。大晦日に鳴った除夜の鐘と同じ,煩悩の数だ。

 ── Panasonic LUMIX DMC-GX1 + LUMIX G VARIO 14-45mm F3.5-5.6 ASPH. or Canon PowerShot S100

【参考】
1996年8月 我が故郷 三春町の写真
記憶の断片 三春

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