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2011年10月10日 (月曜日)

レアールつくの〜豊岡商店街 鶴見

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 新横浜行きのバスに颯爽と乗り込んだのだが,鶴見駅前を出てすぐに左側に見えてきた全蓋式アーケードの「レアールつくの」商店街に心を奪われてしまい,森永工場前バス停で下車した。乗車時間はわずか数分だった。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 目の前は,もちろん森永製菓の工場前だ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 下末吉1丁目交差点。レアールつくの商店街は通り過ぎてしまったので,ここから商店街へ戻り,ついでに鶴見駅までぶらぶら歩きながら戻ろうと思う。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 下末吉1丁目交差点から西へ。飲食店などが点在する感じの住宅地だ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 左側にちらっと見えるのが森永製菓の工場。一般的に,大きな工場の近くには飲食店やスナックが並んでいることになっている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 森永製菓の工場の正門前から続く路地を西へ歩く。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 末吉商店街池下通り会と交わる。商店街とは付いているが,その色はすっかり薄れて,静かな住宅地になりつつある。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 末吉商店街池下通り会の今長商店。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街のアーチ(ゲート)が見えてきた。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 等高線に沿って商店街がうねっている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レーアルつくの商店街のアーチ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 左側の高い場所には,住宅地がびっしり並んでいる。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 商店街に焼き鳥の煙が充満する。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街。シャッターが閉じている店が少し多いかも。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街の全蓋式アーケードが見えてきた。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街。この2階部分がどのようになっているのか,ちょっと興味がある。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街の全蓋式アーケードの北西の端。ここから南東側にアーケード商店街が延びている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 アーケードの前は,形が崩れた五叉路になっていて,これは興味深い。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街のアーケードを歩く。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 アーケードの北西側の入口を振り返る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街という名前で,横浜市内ではそこそこ有名な商店街だが,歩行者があまり多い感じでは無いようだ。駅からほんの少しだけ離れているのが,ちょっと弱いところかもしれない。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 シャッターが閉まったままの店が多いのも,賑わいに水を差している感じだ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 それぞれの店に固定客がいるように見える。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 駅からは遠いので立地的には不利だが,周辺には新しいアパート(マンション)が増えつつある。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街の横の路地。緑がいっぱいだ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 八百屋さん,果物屋さんは,商店街の賑わいの演出には欠かせない店だ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 地元のスーパーマーケット八百七や日光陶器。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街のシンボル,ぼてふり地蔵尊。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 長さ方向にずいぶん長い商店街だ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 商店街が歯抜けになった部分。背後には大きなアパートが出来ている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 歯抜けになった部分から東側に延びる路地。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街の南東から北西方向を見る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 レアールつくの商店街の南東側の端。ちょっとした木々が生えていて,公園のようになっている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 商店街の中にファストフードの店は無かった(少なかった)が,商店街を出ると,どこにでもあるファストフードの店が立ち並ぶ。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 三角交差点からレアールつくの商店街の全蓋式アーケードを見る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 三角交差点からJR鶴見駅までの豊岡町は,豊岡商店街になっている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 豊岡商店街。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 豊岡商店街。
 鶴見に大本山総持寺が移転してきたときに,鶴見川から総持寺まで資材を運搬するために豊岡町の通りができ,それが豊岡商店街の元になったという話を読んだ記憶がある。
 鶴見川の流れを見ると,資材を運ぶときに豊岡町の通りが鶴見川にぶつかるところまで運ぼうとすると,ちょっと上流まで運ばなければならないことになる。ということは,鶴見川で運んだ資材というのは,鶴見川の上流側から運ばれてきた可能性が高いかも。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 豊岡町の中心付近の交差点。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 同じ交差点を鶴見駅側から撮影する。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 銭湯「亀の湯」。向かい側の路地を東に歩くと富士電機病院がある。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 豊岡町の路地。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 豊岡町の路地から豊岡商店街を見る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 かつては買い物客で賑わったのかもしれない豊岡商店街。現在は人通りもあまり多くない状況である。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 豊岡商店街鶴見駅入口の巨大なゲートに戻ってきた。新横浜駅行きのバスも停まっている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 鶴見駅入口バス停付近。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 鶴見駅入口バス停の横の交差点。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 JR鶴見駅西口バスロータリー(左側)。タクシープールに入りきらないタクシーが道路に並んでいる。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 JR鶴見駅西口バスロータリー。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 ハラが減ったので,とりあえずこのあたりで昼飯&晩飯を食う。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 JR鶴見駅西口のバスロータリー。なぜここから新横浜駅行きのバスが発車しないのか,よく分からない。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 駅前のタクシーの整理もできておらず,タクシー乗り場の手前の路上にたくさんのタクシーが停まっている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 もちろん,タクシーがじっと停まっていれば,その前後には一般の車も停めたくなるだろう。目もあてられない悪循環が起きている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 バスロータリーにしては少し小さいかな。でも,単純な性格なので,バスがたくさん停まっていると嬉しくなる。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 JR鶴見駅西口の正面。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 鶴見線の電車が鶴見駅に戻ってきた。
 やっぱりステンレス製の電車よりも,塗装してある電車が見た目が鮮やかでいいな。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 鶴見線のホームとその周囲の建物。鶴見線の線路や駅は,国鉄やJRではなく,鶴見臨港鉄道が開業した路線なので,鶴見駅のホームは鶴見線のホームだけが2階にあったり,建物の作りも全然違っている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 その鶴見臨海鉄道の高架下には京急ストアの店が入っている。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 JR鶴見駅東口の改札。
 さて,そろそろ帰ろう。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 つるみカミンを取り壊した後の臨時通路から,JR鶴見駅東口に出る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 本日3枚目のJR鶴見駅東口駅前の写真。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 駅前から「鶴見シークレイン」を見る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 鶴見シークレイン。近づくと,想像していたよりも大きい。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 鶴見シークレインからJR鶴見駅東口前を見る。

レアールつくの〜豊岡 鶴見
 京急鶴見駅。
 さぁーて,普通列車でのんびり上大岡まで帰るとするか……。

 ── PENTAX K-7 + smc PENTAX-DA 21mm F3.2 Limited

【参考】
2011年2月22日 (火曜日):鶴見線エレジー
2010年7月3日 (土曜日):思ひ移る御心 鶴見
2008年4月5日 (土曜日):鶴見川河口から国道駅へ
2008年4月9日 (水曜日):国道駅から生麦貝浜へ【復刻版】
2007年7月2日 (月曜日):京急鶴見駅周辺を歩く
2004年11月21日 (日曜日):都会のローカル線,鶴見線乗り歩き

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コメント

鶴見はなんだか静かな場所ですよね。たまにカメラの機種等専門的な事が書かれているのですが、どんなカメラを使用してるのかなあと思い機種を検索しながら読ませてもらっております。(私はインスタントカメラでしか写真を撮った事がないのです)なんだか今のカメラは性能がいいのですねえ!自分の思うようなバ-ジョンで撮影できるのですね。三日画師さまはいろんな場所の地図が頭にインプットされていて(地図も正確に読める)、気分次第で好きな場所に行ける才能があるなんて羨ましいです。つい先日山手の根岸森林公園に行ったのですが、やはり迷いました。

投稿: ひろやん | 2011年10月25日 (火曜日) 21時59分

 コメントありがとうございます。
 ほんとに,フィルム時代のような失敗が少なくなりましたし,今のカメラは便利になりました。

 子供の頃から地図が大好きで,地図ばかり見ていいました。
 でも,「気分次第で好きな場所に行ける」ように見えるのは,たぶん「決まった時刻に決まった場所に行く」という目的がないからそのように見えるだけだと思いますよ。

 たまたま新横浜行きのバスがあったので乗ってみて,急に降りたくなって降りたバス停がたまたま森永工場前だったというだけなんです。
 これが事前に「鶴見駅前から出ている新横浜駅行きのバスに乗って森永工場前で下車,徒歩5分。13時に来て下さい」という話があったとしたら,鶴見駅の何番乗り場の新横浜行きなのか,バスの発車時刻は何分で,森永工場前までは何分かかり,バス停からはどっちの方角に歩けばいいのか……など,いやになるほど悩むことになりますよね。

 目的の場所もないし,ある時刻までに行かなければならないこともない……というのは,楽なんです。
 そう考えると,根岸森林公園へ行こうという目的があるから「迷う」ことになるわけで,行こうと思っていなければ迷うことはないかもしれません(ちょっと屁理屈ですね)。

 横浜の山手駅の周辺は道が迷路みたいになっているので,難易度が高いですよね。Googleマップを見てみましたが,山手駅から根岸森林公園へは,iPhoneのマップを見ながら歩かないと絶対に迷いそうな気がします。いや,迷わないほうがおかしいです。

投稿: 三日画師 | 2011年10月27日 (木曜日) 15時39分

鶴見区って広いですよね。沖縄タウンとか言っても道に迷って2回程行っただけですねえ。TVが勝手にイメージを作っている様な気がします。
鶴見と言うと、豊岡商店街、ヨーカドー、生麦、総持寺と言うのが私のイメージです。

私、郡山市出身で現在三重県に住んでおります。
震災後、放射能で一度も戻っていませんが、現地はどんな感じなのでしょうか。ブログに書いて戴ければ嬉しく思います。

投稿: なむさん | 2011年11月20日 (日曜日) 14時17分

豊岡商店街・・・懐かしゅうございます。川崎に住んでいたころ、花月園競輪場での商売(遊びではありませんヨ)を終え、会社に戻るときに通ってましたな~。
 通る時間は大体お昼頃だったので、買い物客はそれほど歩いてませんでしたが、商店が立ち並んでる様は田舎育ちの私目には都会の商店街に見え「さすが横浜だな~」といつもワクワクしながら通ってました。
 画像を拝見すると、かなりお静かな雰囲気。(笑)
 久しぶりに拝見し嬉しくなりました。

 なむさんのコメントを拝見したので福島県郡山市で仕事をしてますので、勝手ながら現状をちょっと書きます。(三日画師さんすみません)

 このところ、駅付近のご近所さんや、第一中学校付近などあっちこっちで除染活動と思われる人たちを見ました。おそらく自主的に各町単位で行ってるんだと思います。(なんせ政府や担当省の取り組みが遅すぎますから)
 震災直後の小学生や中学生たちの登校姿は、マスクに帽子姿ばかりでしたが、最近はほとんど見られませんね。
 一般住宅の屋根修理もだいぶ進みましたね。屋根の上のブルーシートもだいぶ無くなりましたね。
 ただ、郡山総合体育館は窓ガラスが割れたままで見た目にも廃墟っぽい雰囲気です。
 
 まあ市内全体としては、見た感じは普通の生活をしてるように見えます。(実際はかなりの小学生が引っ越してますが・・・)
 
 三日画師さんの軒下をお借りしてすみません。
 
 又、おじゃまします。

投稿: 伊達屋酔狂 | 2011年11月24日 (木曜日) 15時40分

 なむさん,初めまして。
 伊達屋酔狂さん,毎度どうも。

 鶴見区はどこか独特のイメージがありますよね。豊岡商店街はわかりやすいかもしれませんが,急速に都市化が進んで道路の整備が追いついていないところや,古くからの猟師町で部外者が気軽に街歩きできなさそうなところも多くありますね。
 でも,そういうところが,私には魅力的に感じます。

 郡山は,私の実家のある三春町よりも,震源からは遠いですし,原発からも離れていますが,地震の被害も地面に落ちた放射性物質の量は三春よりも少し多いようですね。
 三春のある田村地方のように隆起した古い岩盤の阿武隈高地ではなく,郡山盆地は阿武隈川の河岸段丘の上に発達した町なので,揺れも大きくなったんでしょう。

 ときどき三春町のWebサイトを見ていますが,学校のグラウンドなどの主要施設は何度か除染もされて,放射線量はずいぶん下がってきているようです。そのあたりは,たぶん郡山(や福島県内各地)も同じ状況ではないかと思います。

 あちこちの局所的な線量がセンセーショナルに取り上げられることはあるかと思います。でも,いろいろ気をつけることはあっても,少しずつ,(再び大規模な放射性物質の拡散が起こらなければ)以前の生活を取り戻せる状況だと思っています。必要以上に怖がって,ストレスを溜め込んだりしないことが一番重要だと思います。

 阪神淡路大震災のときにも,屋根のブルーシートは5年以上経っても残っていた記憶があります。放射性物質も含めて,まだまだ長期戦が続きますね。

投稿: 三日画師 | 2011年12月 4日 (日曜日) 03時40分

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