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2010年12月の7件の記事

2010年12月31日 (金曜日)

2010年……アクセスありがとうございました

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 鎮痛剤の座薬の写真が,ブログのトップに表示されっぱなしなのはあまりにカッコ悪いので,かたちだけでも2010年最後の更新をしておきたい。
 と言っても,この一枚!というような作品になるような写真を日頃から撮っていないので,年末の一枚にふさわしい写真を探しては見たものの,それは無茶というもの。望郷の念に駆られたこともあって,福島の田舎の風景に最も近い感じがする,舞岡の畑の写真(2007年12月に撮影)で2010年を締めくくる。

 写真の選別が面倒だというだらしのない理由で,撮った写真を臆面もなく大量に公開しているブログですが,身に余るほどたくさんの方がアクセスして下さって,本当にありがたいと思っています。
 目障りでなければ,また来年も見に来てやって下さい。よろしくお願いいたします。

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2010年12月25日 (土曜日)

ねえ謝ってよ! 山手駅から大和町商店街

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ねえ謝ってよ! 山手駅から大和町商店街


 通院帰りに,何かに惹かれて根岸線(京浜東北線)の山手駅へ。
 山手駅で下車するのは初めてだ。なんだかワクワクする。

山手駅・大和町商店街
 山手駅前交差点。この周辺は起伏が多いので,駅前から細い上り坂が続いている。左は市立立野小学校。

山手駅・大和町商店街
 山手駅前のバス・タクシー乗り場。
 周辺には細い道路が多いので,小型バスが多く使用されている。

山手駅・大和町商店街
 山手駅前交差点。

山手駅・大和町商店街
 山手駅前交差点の上を,京浜東北線(根岸線)の電車が走ってゆく。

山手駅・大和町商店街
 山手駅前から山手駅入口交差点まで真っ直ぐ延びる大和町商栄会商店街。地図を見ると,周囲の曲がりくねった道路に比べると,あまりに真っ直ぐで違和感を感じるほど。何か由来があるに違いない。

山手駅・大和町商店街
 山手駅方向を振り返ると,ガードの上を京浜東北線(根岸線)の電車が走る。

山手駅・大和町商店街

山手駅・大和町商店街
 食堂やまて。

山手駅・大和町商店街
 大和町商店街。

山手駅・大和町商店街
 大和町商栄会商店街と平行して延びる通りに横浜大和郵便局がある。

山手駅・大和町商店街
 お茶の横浜山手園。
 大和町商店街には「山手」を名のる店がとても多い。

山手駅・大和町商店街

山手駅・大和町商店街

山手駅・大和町商店街
 大和町商店街にある銭湯「いなり湯」。

山手駅・大和町商店街
 屋根に何かいる。魔除け?
 左上の弓矢は「弓射る→湯入る」だったかな。

山手駅・大和町商店街
 いなり湯のはす向かいの路地から。左側の建物は,大和町フードセンターというマーケットだったようだが,すっかり中はがらんどうになっていた。

山手駅・大和町商店街
 大和町フードセンター跡から「いなり湯」を見る。

山手駅・大和町商店街
 いなり湯の前から,山手駅方向を見る。

山手駅・大和町商店街
 大和町フードセンター跡。
 左の端っこに,「いなり湯」の名の元になったと思われる第六天稲荷神社の赤い鳥居が見える。

山手駅・大和町商店街
 大和町商店街。まだまだ真っ直ぐの道が続く。

山手駅・大和町商店街
 大和町フードセンター跡のはす向かいにあるトキワ鮮魚店。

山手駅・大和町商店街
 真っ直ぐな道路の先に,ちょっとした起伏が見えてきた。地図を見て気になっていた,千代崎川の暗渠だ。

山手駅・大和町商店街
 ここが千代崎川に橋が架かっていたと思われる場所。遠くから見るよりも,起伏が気づきにくい感じだ。
 右奥は山手駅入口交差点。

山手駅・大和町商店街
 千代崎川の暗渠の北側を見る。暗渠の上には車が入れないようになっている。

山手駅・大和町商店街
 山手駅入口交差点から大和町商店街を見る。千代崎川の暗渠の部分の盛り上がりがよくわかる。

山手駅・大和町商店街
 千代崎川の暗渠の上の道を北へ。
 あちこちに,「この道路は,旧千代崎川に蓋をして整備したものであり,(歩行者専用の道路として……)事故および災害防止のため,車両の駐車を全面的に禁止します。」という看板が立っていて,車の通行はできないようだ……と思ったら,右手に駐車している車が……。
 こういうときに,たまにあることなのだが,なぜか写真を撮ろうとうろうろしていると,当該車両は慌てて走り去ることがある。やましい気持ちがあるからか,写真を撮られたくないからか……。

山手駅・大和町商店街
 千代崎川の暗渠の南側を振り返る。

山手駅・大和町商店街
 そして振り返ると,先ほどまでの車は走り去っていた。

山手駅・大和町商店街
 少し北に歩いて振り返る。千代崎川の暗渠よりも,右側の路地のほうが低い位置にある。

山手駅・大和町商店街
 鷺山入口交差点では,暗渠が道路に近づいてくる。

山手駅・大和町商店街
 暗渠と歩道が一体化した後,さらにその北側で分かれている。

山手駅・大和町商店街
 もちろん暗渠の方に入っていくと,銭湯の煙突が見えてきた。

山手駅・大和町商店街
 銭湯さくら湯。人気のある銭湯らしく,次から次にお客さんが入っていた。
 唐破風がないと銭湯らしくなく感じるのは,オッサンの感覚だからかな。

山手駅・大和町商店街
 正面が千代崎川の暗渠。右側に細い路地と階段が続いている。

山手駅・大和町商店街
 階段を上ってみた。もちろん,急な階段は避けて。

山手駅・大和町商店街
 麦田町付近を俯瞰する。

山手駅・大和町商店街
 起伏の多い土地である。右側の高台の下を根岸線はトンネルで通過している。

山手駅・大和町商店街
 さくら湯の前に戻ってきた。
 この写真の奥に見える緑の木々が,いわゆる「横浜の山手」と呼ばれる地域である。

山手駅・大和町商店街
 サクラ湯の前の路地。

山手駅・大和町商店街
 山手公園入口交差点。かつては横浜市電が走り,元町方面へのトンネルをくぐっていた場所だ。
 ここ麦田町には横浜市電の麦田車庫もあり,さぞかし賑わっていたことだろう。

山手駅・大和町商店街
 山手公園入口交差点……ただ,「山手公園」という公園はどこにあるんだろう?

山手駅・大和町商店街
 山手公園入口交差点の反対側,さくら湯の方向を見た。

山手駅・大和町商店街
 裏通りを千代崎町方向に歩く。

山手駅・大和町商店街
 ここは川ではなくて,地形的に川のような曲がりくねった道路になったようだ。

山手駅・大和町商店街
 千代崎町方向へ続く道。千代崎町市場には興味があったが,すっかり暗くなってきてしまったので,千代崎町市場は次回の楽しみに残しておこう。

山手駅・大和町商店街
 バス通りに出る。元街小学校入口交差点。

山手駅・大和町商店街
 元街小学校入口交差点を渡り,後ろ(北側)を振り返る。

山手駅・大和町商店街
 バス通りから一歩西側に入ると,千代崎川の暗渠になるのだが,この付近では暗渠にたいして比較的大きな工事をしている。公園的な使い方をされていた部分を,道路にするための工事だろうか。

山手駅・大和町商店街
 軒先が歩道の上にまで延びている店が点在する。

山手駅・大和町商店街

山手駅・大和町商店街
 バスで磯子まで行き,磯子から上大岡行きのバスに乗り換えて,帰ることに決め,とりあえず周辺を歩く。

山手駅・大和町商店街
 最後に大和町商店街をもう一度だけ。一直線の街路灯の明かりが,道路の真っ直ぐさを象徴しているかのようだ。

  ── PENTAX K-7 + smc PENTAX-DA★16-50mm F2.8 ED SDM

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2010年12月23日 (木曜日)

見たか?鳥が飛ぶのを 追浜鷹取雷神社

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見たか?鳥が飛ぶのを 追浜鷹取雷神社


 先月末,図書館で本を大量に借りすぎて,期限延長もむなしく,結局半分も読めずに今日返却……。本を集中して読めなくなったのも,老化現象のひとつなのかと思い,別の本は借りずに図書館を出た。

追浜の鷹取商栄会商店街
 上大岡から京急の下り電車に乗り,追浜駅で下車。

追浜の鷹取商栄会商店街
 追浜駅前。駅前を横須賀街道(国道16号線)が横切り,正面に夏島貝塚通りがのびる。
 左側の大きな建物は,追浜駅前再開発ビルのサンビーチ追浜。2009年までは西友追浜店が入っていたが,現在はヨコサンなどが入店している。

 リュックには先週末からD3が入りっぱなしだったので,とりあえず派手な色が出ないように画像設定を「スタンダード」から「ナチュラル」に変更し,アクティブDライティングを「強め」に戻した。

追浜の鷹取商栄会商店街
 追浜駅を振り返る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 駅前のペデストリアンデッキから,追浜駅前交差点を見る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 サンビーチ追浜に続くペデストリアンデッキを降りる。

追浜の鷹取商栄会商店街
 追浜駅前交差点。

追浜の鷹取商栄会商店街
 横須賀街道(国道16号線)の北側を見る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 サンビーチ追浜……。空が不自然な写りになってしまうのは,ニコンのアクティブDライティングを「強め」に設定しているからだと思われるが,これを設定しないと商店街の日陰になった部分が暗くつぶれちゃうので,しかたなくそのまま放置する。

追浜の鷹取商栄会商店街
 サンビーチ追浜の前から追浜駅方向を見る。駅のすぐ後ろに大きな湘南病院がある。

追浜の鷹取商栄会商店街
 以前歩いていなかった鷹取の商店街に行くのが今日の目的だったので,まずは追浜駅の北側の踏切へ。

追浜の鷹取商栄会商店街
 小さな踏切だが,人通りはけっこう多い。

追浜の鷹取商栄会商店街
 踏切を渡り,湘南病院に続く坂から踏切を振り返る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 少し後ずさりすると,立派な門柱が見えてくる。門は駐輪場に繋がっているのだが,以前は何か別の施設があったのだと思われる。ひょっとしたら湘南病院が旧海軍病院だった頃のものかもしれない。

追浜の鷹取商栄会商店街
 京急線に沿って鷹取地区へ。街路灯に「会栄商取鷹」の文字が見える。古そうな街路灯ではないのだが,「会栄商取鷹」とはずいぶんなこだわりようだ。

追浜の鷹取商栄会商店街
 京急線側を振り返る。本当は,京急線の電車の頭の部分が写るはずだったのだが,列車が予想していたより短くて,あっけなく失敗。

追浜の鷹取商栄会商店街
 「たまき」。

追浜の鷹取商栄会商店街
 飯田屋。

追浜の鷹取商栄会商店街
 飯田屋の横の坂が湘南病院へのメインアクセス道路となっており,タクシーが頻繁に通り過ぎる。

追浜の鷹取商栄会商店街

追浜の鷹取商栄会商店街
 坂の途中にある大きな切り株。何の木だったのか,枯れてしまったのだろうか。根っ子がむき出しになり,半分はアスファルトで押さえ込まれてしまっては,生き続けるのは難しかったのかもしれない。

追浜の鷹取商栄会商店街
 切り株の横から坂の下を振り返る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 鷹取川の上に建っている神戸青果店。住宅街の中に,ぽつんぽつんと商店が点在している感じだ。

追浜の鷹取商栄会商店街

追浜の鷹取商栄会商店街
 地図を見て気になっていたところに到着。クルドサックのような円形の交差点になっている。
 谷戸から鷹取川に水が流れ込む手前にあるので,中央は調整池か何かだろうか。近所の方がいらっしゃったが,話に夢中だったので話しかけるのはやめた。地図を見れば,誰もが気になる場所のはずなので,後でGoogleで調べてみればすぐに見つかるだろうと思ったのだが,探し方が悪いのか情報が見つからない。こういうところに興味を抱く方が異常なのかな。

追浜の鷹取商栄会商店街

追浜の鷹取商栄会商店街
 横須賀街道の雷神社前交差点から追浜小学校方向に延びる鷹取商栄会商店街。

追浜の鷹取商栄会商店街
 京急線の踏切方向を見る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 関係ないけど,高校のときに毎週1コマあったクラブ活動(部活動とは別)の時間は,囲碁クラブだった。

追浜の鷹取商栄会商店街
 銭湯鷹取温泉が見えてきた。

追浜の鷹取商栄会商店街
 地酒の店,掛田商店。屋根に……いっぱいいる。

追浜の鷹取商栄会商店街
 銭湯鷹取温泉。ビルの2Fに銭湯があるという,珍しいタイプ。

追浜の鷹取商栄会商店街
 省エネスーパーしんゆー。

追浜の鷹取商栄会商店街
 省エネスーパーしんゆーの前の橋(名称不明)から鷹取川の上流を見る。さらに上流を見てみたい気もしたが,完全な住宅地っぽいので,このへんで引き返すことにする。

追浜の鷹取商栄会商店街
 省エネスーパーしんゆーの前から雷神社前交差点方向を見る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 銭湯鷹取温泉の裏側。鷹取川に架かる小さな橋がある。

追浜の鷹取商栄会商店街
 雷神社前交差点に向かって歩く。

追浜の鷹取商栄会商店街
 追浜小学校方向を振り返る。

追浜の鷹取商栄会商店街
 京急線の踏切が見えてきた。

追浜の鷹取商栄会商店街
 踏切を京急線の電車が通り過ぎる。

追浜の鷹取商栄会商店街
 京急線沿いに飲食店が並ぶ。

追浜の鷹取商栄会商店街
 踏切を京急線の上り電車が走り去る。
 冬至なので,あっという間に日が落ちてしまった。

追浜の鷹取商栄会商店街
 横須賀街道(国道16号線)の雷神社前バス停。横須賀街道と京急本線の間に挟まれた飲食店街がある。

追浜の鷹取商栄会商店街
 日没後だが,まだ午後5時前なので営業している店は少ない。

追浜の鷹取商栄会商店街

追浜の鷹取商栄会商店街
 飲食店街の後ろを京急線の電車が行き来する。

追浜の鷹取商栄会商店街
 あっという間にマジックアワーも終わり,すっかり暗くなってしまった。

追浜の鷹取商栄会商店街

追浜の鷹取商栄会商店街
 すなっく「ちゃこ」。“チャコちゃん,ケンちゃん”世代か……。

追浜の鷹取商栄会商店街
 追浜駅前のサンビーチ追浜へ。ちかくの店で,何か旨いものでも食ってから帰るとするか……。

 ── Nikon D3 + AF NIKKOR 20-35mm F2.8D

【参考】
2008年3月23日 (日曜日):追浜(おっぱま)の街を歩く

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2010年12月18日 (土曜日)

生麦生米生卵……復誦

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生麦生米生卵……復誦


 川崎市の南武ストアーの火事のショックを引きずっていたこともあって,近くのマーケットで,ちゃんと撮っていなかったところを撮っておきたいという気持ちになり,生麦駅前マーケットのある京急線の生麦駅で下車した。

生麦生米生卵復誦
 いつものように腰を上げるのが遅くて,生麦駅を出たときには,すっかり日が傾いてしまっていた。

生麦生米生卵復誦
 生麦駅前(東口)。

生麦生米生卵復誦
 生麦駅(東口)。

生麦生米生卵復誦
 生麦駅前のパチンコ屋の横の路地。

生麦生米生卵復誦

生麦生米生卵復誦
 生麦駅前に戻る。

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 日没が近い……。

生麦生米生卵復誦
 生麦駅前マーケットに続く路地。
 右側に新しい建物が建っている。

生麦生米生卵復誦
 以前は,すなっく「くみ」のところにあった『マーケット入口』の看板がなくなっている。すなっく「くみ」も,以前は「八戸」という店だったっけ。

生麦生米生卵復誦
 鍵曲がりを曲がって,生麦駅前マーケットへ。

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 肉の上島商店だけが営業中。

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 神戸牛のれんがかかる上島商店。

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 生麦駅前マーケットの南側の入口。

生麦生米生卵復誦

生麦生米生卵復誦
 生麦駅前マーケットの南側の入口方向を振り返る。

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 路地の十字路。

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 十字路の角にある炭火やきとり「樽屋」。

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 十字路の南側,第一京浜(国道15号線)方向を見る。

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 樽屋の路地を北東へ歩く。左側が「ときわ小路」。

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 ときわ小路。まだ開いている店はなかった。

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 十字路方向を振り返る。あちこちに「速度落とせ」の立て札があり,道路にも「速度落とせ」のペインティングが……。

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 十字路に戻る。

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 第一京浜(国道15号線)方向へ。居酒屋「田舎門」。同音異字の田舎者は俺のことだな。

生麦生米生卵復誦

生麦生米生卵復誦
 大衆酒場「大番」。

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 酒飲み流「生麦道場」。

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 第一京浜(国道15号線)が見えてきた。いつもの癖で,自動車が写らないタイミングでシャッターを押したが,ひょっとしたらこの写真では自動車が映り込んでたほうが自然だったかもしれない。

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 第一京浜に出たところで,路地を振り返る。
 何の自動販売機か不明だが,なにやら〝近づくなオーラ〟を出していた。

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 第一京浜沿いには戦後すぐ(ひょっとしたら戦前?)の建物が残っている。

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 第一京浜(国道15号線)の川崎方面を見る。

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 第一京浜(国道15号線)の生麦駅入口交差点。日没だ……。

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 生麦駅入口交差点に架かる生麦駅前商店街のアーチ。

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 歩道の上にアーケードが付いた生麦駅前商店街。路上駐車の車に隠れて,全貌が見えない。

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 生麦駅前商店街のアーチを見る。第一京浜の向こう側にはキリンビールの横浜工場(工場見学で有名)がある。

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 大衆酒場「トン幸」。店の前に“スクールゾーン”と書いてあるからといって,学生専用ということではない。

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 生麦駅前商店街。シャッター通りになっているわけではないが,人通りはちょっと寂しい感じだ。

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 中華料理の「自由軒」。

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 生麦駅前商店街。

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 京急線の踏切。
 このまま電車が来てくれるかと思ったんだが,この写真のすぐ後,カメラの前に踏切待ちの人が立ってしまって……,踏切での撮影ってのは,思うようにならなくて難しいね。

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 踏切横の路地を入っていくと,大分県中津風の,からあげ店「楽喰」がある。

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 この路地,木の繁りっぷりがすごい。

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 生麦駅前商店街に戻る。

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 京急線の踏切へ。(低い)高架になっているのは東海道本線の貨物線。

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 京急線の下り電車が踏切を通り過ぎる。

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 踏切を渡ると,すぐに警報機が鳴り出し,また下り電車が走ってきた。

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 東海道線の貨物線を背にして,生麦駅前商店街のアーチを撮る。

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 頭がぶつかりそうな感じの東海道線の貨物線。

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 貨物線の北西側には長い長い踏切がある。
 東海道本線の鶴見〜子安間は線路の本数(東海道本線・横須賀線・京浜東北線)も,列車の運転本数も多く,長さの長い開かずの踏切が多くあることで知られている。

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 遮断機が上がると,たくさんの人が一斉に渡り出す。

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 生麦駅前商店街側を振り返る。

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 やっと踏切の反対側へ。「踏切内たちどまりきんし 踏切監視中です」の文字が怖い。踏切内でも線路がないところなら安全だと勝手に判断して,立ち止まってしまう人がいるのだろう。

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 「踏切確認」「ここは停車禁止」「ここは踏切内です・停止禁止」と,これでもかと言うぐらいに書かれている。遮断機の内側だってことはわかりそうなもんだと思うのだが。
 勝手に大丈夫だと思って立ち止まってしまう人が後を絶たないため,『線路内立ち入りのため緊急停止』につながり,しょっちゅう電車が遅れる原因になったりするのだろう。

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 もう寒気がするぐらいの注意書きである。注意書きを出す方も出す方だけど,結局そういう事態をまねいしてしまった利用者(広い意味で「国民」ってこと)の問題だよね。

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 果物が並ぶ岸谷フーズ。踏切の西側は岸谷商店街となっている。

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 街路灯には岸谷商栄会と書かれている。

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 根本乾物店という文字のレリーフが残るスーパーネモト。

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 この細い路地に岸谷商店街が続いている。サトミ靴店では閉店売りつくしセール中。

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 やきとり津軽。

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 日中は日差しがぽかぽかしていたが,日没後は急に寒くなり,風が強くなってきた。「好きですこの街……」の旗がばたばた揺れていた。

生麦生米生卵復誦

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 暗くなってしまい店名が読み取れないが,通りかかる人の多くが店に立ち寄っていた。

生麦生米生卵復誦

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 岸谷商店街の岡田陶器店。

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 フルーツショップ千日屋。

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 調子に乗って薄着で出てきたので,寒くなってきてしまった。

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 以前岸谷商店街に来たときと,同じような写真を撮ってしまったようだ。

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 生麦駅方向に引き返す。

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 左がサトミ靴店。

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 サトミ靴店の売りつくしセールの旗が揺れる。寂しい感じだね。

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 杉山神社の参道の入口付近。

生麦生米生卵復誦

生麦生米生卵復誦
 両側にアーケードが付いた踏切近くの岸谷商店街に戻ってきた。

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 左側の跨線橋を渡れば生麦駅だが,もう一度踏切を味わってから……。

生麦生米生卵復誦
 生麦駅へ。

 ── Nikon D3 + AF NIKKOR 20-35mm F2.8D

【参考】
2007年7月21日 (土曜日):生麦生米生卵

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2010年12月16日 (木曜日)

南武通り商店街の南武ストアーが焼失

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南武通り商店街の南武ストアーが焼失


 豆腐店から出火、商店街の計6棟焼く…川崎(2010年12月16日 読売新聞)

 16日午前7時20分頃、川崎市中原区中丸子の店舗兼住宅から出火、木造2階店舗兼住宅約1050平方メートルを全焼し、隣接する民家など計5棟を延焼した。
(中略)
 中原署の発表などによると、1階の豆腐店で、男性店主が油揚げを揚げていた際に出火したという。1階には豆腐店を含め5店舗が入居しているが、営業前で客はいなかった。現場はJR平間駅北約300メートルの商店街の一角。

 ここ2週間は,不審火による大火から復興しつつある磯子の浜マーケットや,残念ながら復興をあきらめた滝頭市場を訪ねて,写真を撮ったりしていたわけだが,そんなときにまた大きな火事のニュースが入ってきた。

 午前中から,ブログへのアクセスがもの凄く増えていることに気づいたのが,その発端だった。
 その検索キーワードは……

南武中央通り商店街 南武ストアー焼失

 「南武ストアー」「南武ストア」「中丸子商店街」「南武通り商店街」「南武ストア 火事」「中丸子 南武ストア」「中原区 南武ストアー」……というふうに,南武ストアーで火事が発生したことを表しているかのようだ。これで非常に悪い予感がしないひとはいないだろう。

 で,ニュースを見て,南武通り商店街の南武ストアーが焼失したことを知った。急激に増えたブログへのアクセスキーワードで,過去に訪問した商店街の火事を知ったことは,今までに何度もある。ひょっとしたら,そういう残念な閲覧のされ方をしているブログになってしまっているのかもしれない。

 とにかく,今回の被災された皆様には,一日も早い復旧を心からお祈り致したい。

 最後に,南武ストアーについて,場所と焼失する前の写真を貼り付けておきたい。
 すぐに再訪できると思っていたので,ちゃんと中の様子まで撮影していなかったことが,今となっては非常に悔いが残る。


大きな地図で見る
 場所は南武線の平間駅の北約300メートル,向河原駅からは南約600メートルぐらいの商店街の一角だ。
 地図を見ると,南武ストアーは大きな〝L字〟形をしており,正面が南北に通る南武通り商店街に,南側の側面が細い路地にそれぞれ面していることがわかる。

南武通り商店街の南武ストアー
 正面の南武通り商店側の姿(2006年12月撮影)

南武通り商店街の南武ストアー
 南武ストアーの入口(2006年12月撮影)
 このときは中の撮影はしていない。読売新聞の記事では,5店舗が営業していたように読めるので,ひょっとしたらこの写真を撮ったときよりも,開いている店が増えていたのかもしれない。

南武通り商店街の南武ストアー
 南武ストアーの周辺(2006年12月撮影)
 南武ストアには,「さのふとん」屋さんなどが隣接している。今回の火事で被災していなければ良いのだが……。

南武通り商店街の南武ストアー
 南武ストアの南側の入口(2006年12月撮影)

【注意】この記事は[三日画師のかすかだり]の〝南武通り商店街の南武ストアーが焼失〟と同じ。

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2010年12月11日 (土曜日)

磯子の滝頭・丸山日用品市場に急ごう

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磯子の滝頭・丸山日用品市場に急ごう


 不審火による大火から立ち直った浜マーケットを見たら,同時期に不審火による大火が原因となり,再建を断念したという滝頭市場がどうなっているのかを見てみたくなった。

滝頭・丸山日用品市場
 上大岡からバスに乗り,仲之町バス停で下車。
 この通りは四間道路と呼ばれ(幅員が四間≒7.3mだったのが由来だと思うが,通りの名称になるほど特徴のある広さではないのが不思議だ),仲之町バス停から東側が岩瀬商店街,西側が岡村共栄会商店街となっている。

滝頭・丸山日用品市場
 周辺には起伏のある土地が広がっている。

滝頭・丸山日用品市場
 岩瀬商店街から仲之町バス停方向を振り返る。
 病院で薬を処方してもらってから出掛けてきたので,すっかり日が西に傾いている。

滝頭・丸山日用品市場
 岩瀬商店街をバスが通り過ぎる。
 滝頭市場を見に来たはずなのに,ちゃんと場所を調べてきていないので,とりあえず岩瀬商店街を歩いている。丸山日用品市場はGoogleマップにも載っているので,その周辺だろうという勘が頼り。

滝頭・丸山日用品市場
 路地の奥の正面に「肉のこばやし」が見えたので,近づいてみる。四間道路の北西側に平行する細い路地に商店が並んでいるようだ。

滝頭・丸山日用品市場
 特に○○商店街という名称が付いているわけではなさそうだが,滝頭二丁目のこのあたりは意外に商店の数は多い。丸山仲通り商店街に続いていることの影響があるのかと,この時点では思っていたのだが……。

滝頭・丸山日用品市場
 日本海側にある低気圧からのびる前線が通過しているためか,ピーカンなのに風が非常に強く,少し気温が高い一日だった。ピーカンなのは嬉しいが,写真にコントラストがつきすぎるのが残念。いつものように,Nikon D3のアクティブD-ライティングを強めに設定して対処しているが,青空と建物の境界部分が不自然になったりしがちなのが玉に瑕だ。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街に続く路地を歩く。

 後で丸山仲通り商店街で話を聞いて驚いたのだが,実はこの写真を撮ったときに意識していなかった写真右側の一連の住宅が滝頭市場だったとのことだ。すっかり普通の住宅になってしまっているので,まったく気づかなかった。大火の被害にあって再建を断念した後は,あっという間に住宅が建ったとのこと。

 浜マーケットや溝の口西口商店街で焼け落ちた部分が再建できていないのもそうなのだが,戦後の闇市が原点となった商店街・マーケットは,店が道路や川の上など,現在では違法建築になっているところが多く,焼ける前と同じ状態では建物を建てられないのだ。現在営業しているところは,自治体も黙認状態(個人的には,別記事で書いたが,上手く融通を利かせてくれていると思っている)であり,再建ともなると批判も多いのだろうと思う。

 とにかく,この周辺に商店が多い理由は,核となる滝頭市場があったからということで納得した。

滝頭・丸山日用品市場
 滝頭市場の東側に接していたと思われる理容三宅のある通り。

滝頭・丸山日用品市場
 滝頭市場の北側に位置する商店群。シャッターが閉じたままになっている。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街に向かって,通りを東に歩く。

滝頭・丸山日用品市場

滝頭・丸山日用品市場
 電柱が傾いてるときにはカメラの水平を取るのに非常に苦労する。
 これが自動水平調整機能が付いてるPENTAXのK-7(もちろんK-5にも付いているけど)なら,苦労せずにただ撮るだけなんだが,今日はNikon D3なので腕がピクピクするまで慎重にカメラを構えて撮ることになる。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街。

滝頭・丸山日用品市場
 西側を見ると,すっかり西日になっている。ドラマチックな写真を撮りたい人には好都合な時間帯になるが,街並みを記録するのには向かない光線条件だ。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街。右側に丸山日用品市場への入り口がある。

滝頭・丸山日用品市場
 ここが丸山日用品市場だ。来てよかった……という感じ。人だかりができるほどではないが,そこそこに賑わっている。

滝頭・丸山日用品市場
 ちょっと周辺も入れて丸山日用品市場を撮ってみる。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街。右側に平行して丸山日用品市場がある。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街から西側を見る。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山日用品市場。余談だが,美空ひばりの生家は,この丸山日用品市場の魚屋さん「魚増」だと言われている。なんてことを考えながら市場の中を歩くと,頭の中で美空ひばりの「車屋さん」が駈け回る。

滝頭・丸山日用品市場
 市場の中は狭いので,ジャマにならないように撮影する。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山日用品市場の南側の入り口。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山日用品市場。

滝頭・丸山日用品市場
 左側の鮮魚店「魚増」が美空ひばりの生家。美空ひばりのポスターが飾られている。
 丸山日用品市場の西側には営業中の店が多いが,東側はシャッターの閉じた店が多い感じだ。

滝頭・丸山日用品市場

滝頭・丸山日用品市場
 丸山日用品市場の中を東へ歩く。

滝頭・丸山日用品市場
 西側を振り返る。

滝頭・丸山日用品市場
 この八百屋さんから東側はシャッターばかりになる。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山日用品市場を東側から見る。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山日用品市場の東側の入り口。会話の中で「丸山日用品市場」と言っているとは思えないので,通常は「丸山市場」と呼ばれているのだろう。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街から西側を見る。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山仲通り商店街を堀割川の方向に歩くと,左側に塀で囲まれたお屋敷?が現れる。地図を見ると池もあるお屋敷だが,何なのだろう。

滝頭・丸山日用品市場
 そのお屋敷の西側の通り。

滝頭・丸山日用品市場
 丸山二丁目の交差点。根岸橋通商店街になる。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街。名前の通り,東端は堀割川に架かる根岸橋まで続いている。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街。人通りがちょっと寂しい感じだ。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街。

滝頭・丸山日用品市場

滝頭・丸山日用品市場
 商店街入り口のアーチと根岸橋が見えてきた。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街を小型バスが横切る。この周辺は道路が整備されていないところを走るバスも多く,小型バスが活躍している。上大岡から乗った根岸行きのバスは通常サイズのバスだったが,途中には対向車とすれ違うのがやっとの場所もあり,道路事情はあまりよくない。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋通商店街のアーチと根岸橋。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋の上から堀割川の北側を見る。左側の道路は国道16号線(横須賀街道)。堀割川の上に設けられた歩道の残骸が見える。現在,国道16号線の堀割川側には歩行者用の歩道がない。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸橋の上から根岸橋通商店街の入り口を見る。

滝頭・丸山日用品市場
 200メートルぐらい南側にある横浜市電保存館に興味がないわけではなかったが,Googleマップ上に見える「市設市場前交差点」が気になるため,根岸橋を渡って,そのまま馬場町方向に向かう。
 坂下町の公設市場はなくなったという話は聞いていたが,建物が残っているんじゃないかと思ったのだった。

滝頭・丸山日用品市場
 馬場町を歩く。もう少し商店街っぽいところを想像していたのだが……。
 道路の正面に見えるタワーは,スカイツリー……ではなくて,磯子火力発電所の煙突。

滝頭・丸山日用品市場

滝頭・丸山日用品市場
 目的の市設市場前交差点。市場のような建物はどこにも見当たらず。
 帰宅した後,ネット上の詳しい人に教えてもらった情報では,正面に写っている建物の場所に市設市場があったようだ。

滝頭・丸山日用品市場
 下町交差点。
 根岸橋の東詰から北側が根岸の上町,そしてこのあたりが下町。以前はどうだったのか,よくわからないところだが,今ではすっかり普通の住宅地になっている。

滝頭・丸山日用品市場
 西町の路地を南へ歩くと,広い本牧通りのプールセンター前バス停の横に出た。午後5時前だというのに日が沈んでしまった。

滝頭・丸山日用品市場
 本牧通りの根岸駅方向を見る。根岸駅前には市公社などの味気ないビルが並んでいる。

滝頭・丸山日用品市場
 本牧通りを根岸駅方向に歩く。根岸小学校入口交差点。

滝頭・丸山日用品市場
 本牧通りを南側に渡り,北側の家並みを見る。

滝頭・丸山日用品市場
 本牧通りの北側にはビルが少なく,個人商店が並んでいる。
 すぐ北側には,50メートルぐらいの明確な海岸段丘が見られる。段丘の上は住宅地や根岸森林公園になっている。

滝頭・丸山日用品市場
 JR根岸線(京浜東北線)の根岸駅。駅の上を首都高速湾岸線が通っている。
 駅前に商店街のない,殺風景な駅だ。

滝頭・丸山日用品市場
 根岸駅前。
 路上駐車をしている無人の車から巨大な防犯アラームの音が鳴り響き続け,警察官も駆けつける騒ぎになっていた。なかなか戻ってこなかった運転手は,駐車違反で切符を切られたんだろうなぁ。じゃまなところに路上駐車する車があったら,外部から車のアラームが鳴るようにしたら,路上駐車が減っていいかもしれないね。……うるさいけど。

 ── Nikon D3 + Nikon AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D

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2010年12月 4日 (土曜日)

幻の雑誌『絶体絶命』をとうとう入手!

 株式会社幻影城の,熱血冗談多発的ドタバタ風クソ真面目マガジン『絶体絶命』が創刊されたのは,1977年の10月である。月刊で定価330円也(もちろん当時の価格)。

 この雑誌が面白いという話を聞いたのは,1980年代に入ってだいぶたった頃だった。しかし,『絶体絶命』は,創刊6号を持って文字通り「絶命」していたのである。なんでも,企画から原稿依頼,割付,校正まで二人でやってたという噂もあるぐらいで,相当に無茶苦茶な,どこからか湧き上がってくるエネルギーが作らせていた雑誌なのではないかと思うのだ。

 で,1985年頃から,この『絶体絶命』探しが続いたのだ。最大の目的は,創刊2号に載った「大部分特集 山口百恵様みな気にしてますです」と「いろはにほへと山口百恵」である。

 だが,それからが苦難の道で,いまのようにネットの古書店なんぞは存在しないから,神田やあちらこちらの古書店を歩いて探すしかなかった。たまに見つけても,肝心の創刊2号だけが抜けていて,それでも結構な値段が付いていたりしたものだった。

 そしてついに,2010年11月の末,21世紀のネット古書店の威力をまざまざと見せつけられて,手元に届いた『絶体絶命』である。ジャーン……!

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 わずか6巻で終刊となってしまったため,これが『絶体絶命』の全部である。

 2号「大部分特集 山口百恵様,みな気にしてますです」
 3号「特集    手塚漫画ばかり読んできた」
 4号「欠陥小特集 みだれ撃ち筒井康隆グラフィティ」
 5号「欠陥小特集 破れかぶれ野坂昭如グラフィティ」
 6号「小特集   憎みきれないジュリー グラフィティ」

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 これが『絶体絶命』創刊号の目次だ。
 はっきり言って,滝井圀夫・矢場徹吾の二人だけで作っていたとは思えない,本気の豪華執筆陣である(もちろん現代の大物でも,当時は駆け出しだったってことはあるだろう)。

 『絶体絶命』の広告に入っていた,『面白半分(筒井康隆責任編集)』や『ビックリハウス』とも,一部の執筆陣はかぶっているものの,そこかしこに,はちゃめちゃな時代のエネルギーが噴き出していたことがよくわかる。荒木経惟の「私のアリスたち 触写!!」も素晴らしい(アグネス・チャンがうるさい現代では不可能な写真かもね)。

 そして,この1巻のために「6巻全部」を買ったも同然の,創刊2号の山口百恵特集。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)
 この号が出たのは1977年11月である。
 既に山口百恵は,「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「イミテイション・ゴールド」で,徐々にではあるが歌謡界の主導権を握りはじめ,「秋桜」を歌っていた18歳の百恵の頃である。アイドルと言われながら,アイドルの枠に収まらないオーラのようなものを放ちつつあった時期なので,引退を前面に打ち出した興行を行った最後の1年や,引退後に書かれた文章からではうかがい知ることのできない,その時代の貴重な雰囲気が雑誌の中にとどまっているのが嬉しい。引退に向けての雑誌には書けないような,きついことも書かれていたりするが,それはそれで非常に貴重だ。

絶体絶命 全6巻(1977年〜78年)

 それにしても,この年になって,いまだに百恵ちゃんの雑誌を探していたりして,私は完全な病気だね。それも深刻な。自覚はあるんだけど,正直なところどうしようもない状況だ。

 書き忘れたので付け加えると,この『絶体絶命』の終刊は1978年の3月号。山口百恵は同じ1978年の5月に名曲『プレイバックPart2』を歌い,続く1978年の8月にこの雑誌のタイトルと同じ『絶体絶命』を歌っている。雑誌が山口百恵の歌を使って(パクって)いるわけではなく,ひょっとしたらその逆である可能性もあるのだ。

※ この記事は,別ブログ「三日画師のかすかだり」:幻の雑誌『絶体絶命』をとうとう入手した! とまったく同じ内容である。

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